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2008年03月09日
人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ
■ 書籍情報
【人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ】(#1144)
西田 利貞
価格: ¥1890 (税込)
京都大学学術出版会(2007/08)
本書は、「ヒトに共通な心理や行動の特徴」が、「長い進化の過程の産物」であり、「それらはいつ、どうして生まれたのか、どういう適応的意義をもっているのか、自然の中のヒトの位置はどのようであるか」を探ることを目的としたものです。著者は、本書の出版の動機として、「人間は文化の産物であり、教育によってどのようにでも変えられる」という考えが、あまりにも根強くはびこっていることを挙げ、その考えが「間違っていただけでなく、今や害毒を流している」として、「進歩思想」との結びつきを指摘しています。
第1章「現代人は狩猟採集民」では、人の行動の性差の大半が、「霊長類時代から持ち越した違いと、狩猟採集時代の適応の二つから説明できる」としています。
第2章「人間性の研究の方法」では、本書が、「人の進化史のうちのはじめの部分、つまり『サルからヒトへ』というホミニゼーションと呼ばれている過程と関係する部分」であるとしたうえで、人の自然史を再構成するための人類学の分野として、
・霊長類行動生態学
・実験心理学
・生態人類学
・文化人類学
・分子系統学
・比較解剖学
・古人類学
・古生態学
・先史考古学
・化石生成学
の10点を挙げ、「本書は、ヒトの持っている行動特徴の起源がヒトと近縁な他の動物の中に見つからないかを探るという試み、そして人がチンパンジー属と分かれた後の最も広い意味での採集狩猟の時代での適応は何かを探る試みである」と述べています。
第3章「社会生物学から見た人類」では、ヒトの行動が、「個体の『包括適応度』を最大にするという形で進化した」と述べ、包括適応度を、「個体の適応度(簡単にいうと、子どもの数)に、『血縁度』に応じて割引した近親者の適応度を加えたもの」であると解説しています。
また、「どの社会でも夫の年齢は一般に妻の年齢より高い」ことや、姦通が非常に多い社会では、子より姪甥に多く投資する習慣があること、非血縁者の子どもを養子にとる理由が、遺伝学的には「ペットを飼うのと同じ」であることなどを解説しています。
第4章「社会の起源」では、「血縁関係にあるということは、動物界を通じて、個体を社会的に結びつけるもっと大きな要素である」として、「血縁者を他の個体より優遇すること」を「ネポチズム(nepotism)」と呼ぶと述べ、人類や霊長類におけるネポチズムの例を解説しています。
第5章「互酬性の起源」では、ヒトの互酬性に関して、北米北西海岸のインディアン社会にあった「ポトラッチ」という奇妙な習慣を取り上げ、「一つの家族集団がライバルの集団を、何年間もの蓄積を消費しつくしてしまうほどの非常に贅沢な宴会に招待し、ご馳走し、多量の引き出物を与える。ライバルは次の機会に、それ以上の規模の宴会を催し、お返しする」という行動には、「ライバルに社会的に打撃を与える」という意図があるとして、これを通常の贈与ではなく「財産を使った戦い」であると紹介しています。
第6章「家族の起源」では、家族を、「性的独占権、相互扶助義務、生まれた子供の所属、財産相続などについて一定の伝統的な規定を伴なう通常一人の男と一人あるいは複数の女のグループと彼らの子孫からなる集団」であると述べ、ヒトにとって普遍的な特徴である「ヒューマン・ユニヴァーサル」の例であると述べています。
そして、ヒューマン・ユニヴァーサルの一つである「近親相姦(インセスト)の回避」について、その起源を説明する仮説として、
(1)ジグムント・フロイト:同性の親子が性的に嫉妬する。
(2)エドワード・ウエスターマーク:幼年期に同居して、親しく接触した相手には、成年に達したとき性的魅力を感じなくなる。
(3)マリアム・スレーター:人口学的に制限されていた近親相姦が、後になって制度化された。
(4)クロード・レヴィ=ストロース:家族間のネットワークを維持するため
(5)有害遺伝子ホモ結合説:近親者同士で子どもを作ると、有害劣性遺伝子が顕在して死亡あるいは身体障害者が生まれる確率が高まり、親の繁殖にとって不利である。
の5点を挙げています。
第7章「攻撃性と葛藤解決」では、競合する資源の優先権の決め方として、
・優劣の確定
・平等関係
・未解決関係
の3つの方法を挙げています。
また、戦争が人類の歴史に登場したのは、比較的最近のことであるという主張が、「霊長類や狩猟採集民俗には戦争がないという誤った認識による」ものであることを指摘し、「定住や農耕、都市の発生、帝国主義とともに戦争は増加したかもしれないが、その最大の原因は人口過剰である」と述べています。
第8章「文化の起源」では、宮崎県幸島のニホンザルにおけるイモ洗いや小麦洗い文化という行動の普及が社会的学習によるものであるという説に疑問が呈されているとして、
(1)「普及」に時間がかかりすぎていること
(2)イモ洗いといってもさまざまなパターンがあること
(3)キャプチンモンキーを飼育し、水場を設け、少し離れたところにイモを置いて観察したところ、どのサルもイモを水につけ、洗いだしたという観察から、仲間から習い覚えたという社会的な情報伝達のルートを考える必要はなく、「個別的学習」で十分説明できること。
の3点を挙げています。
第10章「知能の進化」では、脳の進化を説明する仮説として、
(1)生態仮説:食物メニューや、食物獲得・処理の技術、食物分布と関係したメンタルマップ(認識地図)、食物の季節変化の知識、道具使用、特に石器使用が、知能の進化の選択圧であるという仮説
(2)社会仮説:集団内の社会関係が、知能進化の選択圧であるとする仮説
の2説を挙げ、「一方が正しく、他方がまちがっているということではないのかもしれない」と述べています。
第11章「初期人類の進化」では、最後の共通祖先が、
・果実中心の食べ物であった
・大人の雄の血縁を核とする50~100人程度の父系集団であった
・主な移動様式は指背歩行(ナックル・ウォーキング)で、採食地から菜食地へ地上を移動した
等の点を推測しています。
また、最近の人類学の見方で最も変わった点として、「人類進化における直立歩行の意義」を挙げ、「かつては、二足歩行の採用とともに、ヒトの祖先の生活しパターンは、類人猿的なものから急激にヒト的なパターンに変化したと考えられていた」が、二足歩行を始めても、ヒトにならず絶滅した動物が何種類もいたことが明らかになったと述べています。
第12章「終章」では、農牧の発明とそれに付随する文明の発達によって、「離乳の早期化、出産間隔の短期化、成長加速、病気の克服、寿命の長期化が起こり、人口の限りない増大を招いた」として、人類の目的が「地球上にできるだけ多くの人間を一時的に存在させること」であるならば、それでよいだろうが、「現実に行なわれていることは、『人口の大記録』を達成しようとしているかのようである」と指摘しています。
本書は、動物としてのヒトという視点で見ることによって、人間の社会の理解を助けてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
人間社会の制度が、人間の理性や智慧によって成り立っていると信じる人にとっては、社会のルールがサルの社会からの延長にあるというのは抵抗があるのではないかと思います。
人間がいろいろ悩んで考えた結果が、サルの習性と同じだというのはそれはそれで面白いのではないかとも思いますが。
■ どんな人にオススメ?
・自分はサルとは違う、本能で行動していないと思っている人。
■ 関連しそうな本
スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年01月28日
リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『イヴの七人の娘たち』 2006年06月24日
リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日
■ 百夜百音
【安全地帯IV】 安全地帯 オリジナル盤発売: 1985
シングル「熱視線」は、当時の歌謡曲のなかでも飛び抜けてハイテンポかつ歌いにくい一曲だったのではないかと思います。特にサビの前のブレイクは歌い出しを難しくしています。
さらに、昔のカラオケのレーザーディスク時代は、安全地帯のカラオケは映像がエロイということでうかつにカラオケでは歌いづらかったような気がします。
投稿者 tozaki : 2008年03月09日 06:00
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