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2008年03月13日
都市と地租改正
■ 書籍情報
【都市と地租改正】(#1148)
滝島 功
価格: ¥12600 (税込)
吉川弘文館(2003/11)
本書は、「都市における地租改正」についての研究書であり、「都市の地租改正に関するはじめての成果」としているものです。著者は、本書の研究過程において、「地租改正研究史の基本的な認識とは異なる地租改正の意義を見出すことができた」として、地租改正が、「近代日本の国家の形成と、資本主義社会の発展に重要な役割を果たした政策であるとともに、国内の各地で、土地の所有と利用の関係を基礎にして、多様な形で成立していた地域社会の基本構造を転換した施策であった」ことを明らかにしています。
序章「都市における地租改正研究の視点と課題」では、「土地と地価」を、「学術研究の分野を横断する多角的な関心が集まる学際的な研究課題」であるとした上で、これまでの学術研究が、「明治以降、近代日本における土地と地価の歩みへの関心、つまり、歴史分析を一切立論の前提としていないという際立った問題点が指摘できる」としています。
また、地租改正研究史の蓄積において、「都市における地租改正の研究が立ち遅れている理由は明白である」として、「地租総額の約96%の地租を担っていた郡村耕宅地、あるいは、国土面積の大部分を占め、前民有地の約60%を占めていた山林原野などに、研究の関心が集中したため」であり、市街宅地の改正地租は、「耕宅地・山林原野とは量的に比較にならず、有意義な研究対象として認められていなかったのは事実であろう」と指摘しています。
第1部「明治維新の土地・租税改革と都市」では、廃藩置県前後における政府内部と東京府の動向を中心に論じています。
第1章「廃藩置県と地租改正」では、「廃藩置県直前の東京では、武家地・社寺地・町地という身分制度支配の原則に基づく土地制度が根底から崩れつつあり、抜本的な改革が不可避な情勢となっていた」こと、「東京を全国の土地・租税改革の端緒にする構想を固めつつあった大蔵省の誘導」により、東京府が「土地改革の実行を直接大蔵省に働きかけた」ことを述べています。
そして、明治4年9月2日には、大蔵省に上申した伺により、「幕藩制社会の身分制支配の原則に基づく、武家地・町地という土地利用の区別」を基礎にした、「江戸の都市社会の基礎構造の最終的な解消に結びつく、東京市街の土地制度の全面的な改革の実行を決断したといえる」と述べています。
第2章「東京における市街地券の発行」では、明治4年10月7日付けで大蔵省から正院に上申された「地券税発行ノ儀ニ付伺書」が、「市街と郡損の地租負担の不平等を指摘し、負担の均衡の実現と、税法改革の実行とを一致させる構想」に基づき、「改革の端緒として、東京への地券発行による地租賦課=地券税法の施行と、順次に、『ニ都開港場其他従来地子免除ノ市場』へ拡大していく構想の認可を求めたもの」であると述べています。
そして明治5年正月12日に大蔵省が東京府に発した「地券発行地租収納規則」および、東京府が市中一般へ布達する地券規則である「地券申請地租納方規則」が同年2月10日に六大区の正副戸長に達せられ、「近世以来の沽券地の地主や、旧武家地を受領・拝領していた居住者・利用者からの『地券願』の提出によって、東京府地券掛による市街地券の発行事務が本格化した」が、「全国の模範としてふさわしい地券税法の施行という期待に応えるために、すべての都市に先駆けることと、成功を義務づけられていた東京における市街地券の発行」が、「市中の土地状況の混乱に起因した難題に、次々と直面しつつ遂行された」ものであると述べています。
また、旧沽券地への地券の発行は、「各地主が、その土地の現在の地価であると申告した希望どおりの価格に決定した」こと、旧武家地に関しては、「各筆の表間口の広狭・面積・形状などの土地条件の違いは掛による検査も行なわず、地券の交付申請時に申告された総坪数に、一定の数値を乗じて算出するという方法により決定した」ことが述べられています。
さらに、廃藩置県の実現を契機に、東京府が、「首都としての都市基盤の整備、社会資本の充実の緊急性を強く主張」し、「都市の優遇、とくに、首都東京の都市基盤の整備を促進する意図に基づいた地租税率の軽減によって、大蔵省『地券税発行ノ儀ニ付伺書』が謳った市街と郡損の地租負担の均衡という理念」が、「早くも空論化」し、「市街地券の発行=地租課徴の意義」が、「旧来の慣行に基づく無税地を廃しておくこと、つまり、地券の授与により、政府による土地所有権の法的な承認を得たすべての地主は、旧体制下の身分・由緒などとは一切関係なく、地租を等しく負担するという原則を実現しておくことに変化したといえる」と指摘しています。
著者は、「東京における市街地券の発行による地券税法の実施の意義」を、「地租改正の範囲に止めずに、近代における地方税体系の形成と、それを基礎にした地方財政の確立と展開、さらには、租税の賦課を通した都市支配の問題としても、その理解を試みる必要がある」と述べています。
第2部「都市における地租改正の実施過程」では、「市街地の地租税率3%への改定を契機として、都市でも、地租改正法に準拠して実施された地租改正の計画と結果についての検討を目的」としています。
第1章「東京の地租改正」では、明治9年5月中に、地券局官員の坪数検査の派出によって実質的に始まった東京の地租改正が、明治11年5月中の新税施行の認可まで、約2年を費やしたことについて、「その間における各種の地租改正調査は、市中における土地利用の現況を的確に把握し、いかに地位等級の体系の均衡を整え、地価の水準を適正なものにするかに努力を傾注した点に特徴がある」ことを指摘しています。
第2章「仙台の地租改正」では、「政策上、全国的な標準の役割を担うものと明確に位置づけられた東京における地租改正の意義を確認するため」、「東京に倣った他の都市との比較研究」として、仙台における地租改正の過程を考察しています。
そして、宮城県が大蔵省に上申した地券規則案に関して、発生した問題として、
(1)坪数の確認に使用する間竿に関して、六尺一寸竿の使用を指示した大蔵省と、六尺三寸竿を主張する宮城県との対立。
(2)貸付地低価払下げの標準価格。
の2点を挙げています。
そして、宮城県が、大蔵省との協議を経て、「開墾地を除いて、六尺三寸竿を基準にした坪数の設定を認められていた」措置に関して、「旧慣の襲用によって市街地券の発行を優先する目的で六尺三寸竿を用いた民有地と、六尺竿の官有地とが混在するという混乱が生まれ、使用間竿を六尺竿へ統一したうえで、実地の丈量を早急に実施することが不可避な事態となっていた」ことを指摘しています。
第3部「『地価』の起源」では、「地租の課税標準である地価を国内全土に余す所なく創定した地租改正が、近現代社会を通した日本経済の景気循環に止まらず、社会情勢の変転をも左右している地価の動向と、それに起因して社会問題となった土地問題の根源であるとの理解を基礎にした記述である」としています。
第1章「明治維新期三井組の土地所有と地租改正」では、「近世社会を通した江戸における三井にとっての家屋敷の所持」が、「さまざまな幕府の公的な金融業務を受託するために、自己の経営上の必須要件としての意義を認めてもの」であり、「そうした目的以外に土地・家屋を資産運用し、収益を生み出す資産それ自体として活用しようという意識は、収益率の問題から、もとより有していなかった」と述べています。
そして、地券税法の施行により、すべての土地に地価が設定されたことが、「地券に記載された地租の課税標準である法定の地価という共通の評価基準により、東京全域の地主別の土地資産額を知ることがはじめて可能になったということである」と述べています。
また、三井組が、「自己の評価額以上に高めた地価を経営拡大のために最大限に活用した」として、明治9年7月、三井銀行創立時の資本金として用いたことを挙げ、三井組が、「政府の金融業務に関して独占的な立場を築くとともに、政権中枢への密着度を深め、一度は断念を強いられた独力による三井銀行の創立を実現した」と述べています。
著者は、「三井組の東京における土地所有のあり方」が、「江戸・東京における土地所有の歴史的な特質を象徴するものであった」として、「都市の土地を媒介にして成り立っていた経済と金融のシステムは、地租改正を端緒とする土地改革を経て、近代社会と資本主義の発展の基礎となった『近代的土地所有』が法的に確立されて以来、現代までも一貫して、機能し続けてきた」と指摘しています。
第2章「『地価』の誕生」では、市街地券の発行過程における最大の難題として、「各地主の地租負担額に直結する地価の査定」を挙げ、沽券地を除き、「地価査定の標準となる売買などの慣行が成立していない土地のほうが、圧倒的に多かった」ことを指摘しています。
また、「市街地券の交付申請に必要なものとして旧沽券地の各地主に求められた土地自体の時価評価の申告価格」が、「新規の地租負担額への関心や、沽券地所持の目的の違いなど、多様な要素が盛り込まれた千差万別なものとなった」と述べ、「全国に先駆けた東京における市街地券の発行過程では、旧沽券地の地価は、すべて地主が希望する随意の価格に決定することになった」ことを解説しています。
さらに、旧沽券地が区内の地所の大半であり、それを集積した商人地主が多数を占めていた第一大区における市街地券の地価が、「地価を低減するために低廉な金額を申告した地主」と、「自己の経営上の都合によって、所有地の担保価値を高めるために地券の地価を操作し、実勢を超えた水準までつり上げた地主」という「両極端の地価が混在していた」ことを解説しています。
第4部「地租改正と都市空間の土地処分」では、「都市にもっとも関係する二つの土地改革の問題」として、「都市の生産・流通・消費という枢要な機能を担った水辺の都市空間=河岸地」の利用をめぐる権利と負担の関係を改革した河岸地改正と、「社寺領上知令以降、地租改正の地域的な展開と並行して、全国ほとんどの社寺の旧社寺領・境内地を対象に実施された社寺地処分」について論じています。
第1章「河岸地と地租改正」では、江戸における河岸地が、「川端の町境や、街路より川岸へ突き当たった先の会所地と呼ばれた共同の物揚場、火除地などとして用いられた『明けておかなければならない』水辺の土地であった」と述べています。
そして、「明治維新期に、河岸地の存在形態は一変することになる」として、「全国に先駆けて東京で実施された市街地券の発行と地租賦課の開始という改革が、河岸地のような都市空間の改革も不可避にした」ことを指摘し、「東京における市街地券の発行とは、創設した地券制度に基づく、最初の地券税法の施行例という意義に止まらず、それと並行した土地改革の実施、つまり、国内すべての土地を対象に分類した『地所名称区別』の体系に、市中すべての土地を適合させるための処分の実行を義務付けたものであった」ことを指摘し、「河岸地の利用をめぐって成立していた権利や社会的な関係も、一変することになった」と述べています。
また、「河岸地改正の結果として実現した河岸地の建築制限」によって、「河岸の背後に位置した『町』の社会構造や、商業などをそのまま映し出した」ものであり、「江戸における水辺の景観」は「変化に富んだ風景こそ、自然な景観であったはず」だが、「水際に蔵が並ぶ」という画一的な景観が、「河岸地改正による近代河岸地の成立を受けて、近代土地制度の基礎である国内共通の『地所名称区別』の土地種類の体系に、河岸地のような都市空間も例外なく位置づけられ、『官』による官有地空間への建築制限の強制が、法的に保証されてはじめて実現した」と述べています。
第2章「明治初年の社寺地処分と地租改正」では、「現代における社寺への信仰、都会や田園の風景に同化して見慣れた社寺の景観などはすべて、明治維新以降の政府の宗教政策と、近代社会における地域民衆と社寺との関わりを通して形成され、社会的に定着して今日に至ったものであることを意識する人は少ない」と指摘し、「現存する社寺や信仰から抱くイメージのほとんどに関して、前近代のそれと混同してはならない」と述べています。
そして、明治4年正月5日の、いわゆる「社寺領上知令」について、「社寺の経済的基盤である朱印地・除地の多くを社寺より奪って、数多くの社寺を統合整理に導いたことや、近代日本の国家体制と社会の歩みを特徴づけた、祭祀と宗教のシステムを構築する起点となった施策の一つとして知られている」と解説しています。
また、地券税法の施行と、地券制度による土地売買の自由を法的に承認したことが、「幕藩制社会の身分制支配の原則が、武家地・社寺地・町地という土地の利用と支配関係の区別という形で具現化されており、これを基礎に成り立っていた江戸の都市社会を最終的に解体へと導く結果となった」と述べています。
終章「都市における地租改正研究の小括」では、渋沢栄一などの行動から、「彼らが租税改革の推進に込めたもう一つの期待が伺える」として、「租税改革という目的に止まらず、幕藩制的土地所有を基礎にしていた旧貢租制度を撤廃することによって、土地所持の権利や、土地利用の制限を要素の一つとして成り立っていた幕藩制社会の基本原理である身分制の解消も、一体のものとして断行しようとして、幅広い近代化政策の根幹となる改革として、実現することであったと理解できる」と述べています。
著者は、「このような東京における地租改正の研究を通して、近世江戸の都市支配と、都市社会の基本構造は、地租改正の実施とともに最終的に解消され、近代東京の新たなそれらが構築されていく契機となったことを証明できた」と述べています。
本書は、日本史の時間に習い、農民による一揆が起こったくらいの理解しかなかった地租改正について、その社会的インパクトと、隠された意図についての理解を助けてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
都市部の土地利用については、江戸期には間口で課税されたので町屋は奥に細長い形をしていた、というくらいしか聞いたことがありませんでしたが、武家地がどのようにして明治期の東京の都市インフラとしての機能を果たすようになったのかの経緯を解説してくれる本を読んでみたいものです。
■ どんな人にオススメ?
・地租改正の年号しか暗記していない人。
■ 関連しそうな本
今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
渡辺 隆喜 『明治国家形成と地方自治』 2007年03月26日
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藤原 勇喜 『公図の研究』 2007年12月07日
佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
長妻 広至 『補助金の社会史―近代日本における成立過程』 2007年04月05日
■ 百夜百マンガ
六田登といえば「なんぴとたりとも俺の前は走らせねェ!」 で知られる『F』が有名ですが、同じレースものでもバイクを扱ったこちらの方は少しマイナーです。
投稿者 tozaki : 2008年03月13日 07:00
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