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2008年03月17日

社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ

■ 書籍情報

社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ   【社会を展望するゲーム理論―若き研究者へのメッセージ】(#1152)

  鈴木 光男
  価格: ¥3570 (税込)
  勁草書房(2007/10/25)

 本書は、日本のゲーム理論の草分けである著者による、1950年のゲーム理論との出会いのときから最近書かれた随想までが含まれているものです。
 第1章「社会展望としてのゲーム」では、ゲーム理論の理念が、「複数の意思決定主体(プレイヤー)からなる社会状況を『明確に見る』ということにある」と述べ、「これから起こるかもしれない状況を明確に表現したものがゲーム理論であるゲーム」であると解説しています。
 そして、「ゲームの本質」を、『ゲームには相手がいる』ことであると述べ、「自然の法則や社会的条件に従いながら、自由に自主的に自己の判断に基づいて行動するのがプレイヤーであることの要件」であり、「複数の意思決定主体が存在する状況のもとでは、プレイヤーの間には利害の不一致、すなわち、コンフリクトが存在するのが普通」であると解説しています。
 第2章「ゲーム理論成立前夜」では、ゲーム理論の社会科学的な系譜が、「C.メンガーに始まるオーストリア学派の経済学」にあり、「モルゲンシュテルンがゲーム的状況を問題意識として捉えた背景には、オーストリア学派の巨匠たちのもつ問題意識と当時の支配的な経済学に対する批判的見解やマルクス経済学の影響、そして、ナチスの支配やソビエト連邦の成立などのヨーロッパの政治情勢などがある」のではないかと述べています。
 そして、オーストリア学派の特色の一つとして、「方法論的個人主義」を挙げ、「個人の合理的行動についての考察については伝統的に強い関心をもって」いたことなどを挙げています。
 また、「ゲーム理論は複数の主体間における予見と不確実性の問題から生まれたということ」ができるとして、ナイトの『リスク、不確実性、および利潤』が、「モルゲンシュテルンの時間要素や完全予見の考察に大きな影響を及ぼし」たことなどについて論じています。
 さらに、当時のヨーロッパの政治情勢に関して、「ゲーム理論の最初の礎石の誕生からその成立までの間の世界情勢が、このような苦難に満ちた時代であったことは、ゲーム理論成立の時代的背景として見逃すことのできないこと」であると述べています。
 第3章「社会科学の法則」では、モルゲンシュテルンが、「自然科学と社会科学との法則の違い」として、「自然科学では、法則が発見され、その知識が共通認識になったからといって、自然法則それ自体が変わるわけでは」ないのに対し、「社会科学では、知識が共通認識になると、その効果関連として、社会現象が変化し、社会法則それ自体が変化することがありうる」と述べていることを紹介しています。
 そして、モルゲンシュテルンが、「経済学を厳密な科学にするためには、経済の現実に根ざした『科学的言語』が必要であり、人間行動の相互関係を考える固有のロジックが必要である」と言っていることを紹介し、「科学的言語であるためには『明確』でなければ」ならないが、そのためには「かなりの程度の数学が必要」であり、また、「物理学の必要に応える形で発展してきた数学とは異なる数学を必要」とし、フォン・ノイマンは、「それは本質的に組み合わせ論的なものである」と言っていることを紹介しています。
 第4章「ゲーム理論の役割」では、「ゲーム理論の最も基本的な理念」として、「明確に見る」ことを挙げ、「複数の意思決定主体からなる状況を明確に表現し分析するための基礎的言語であり、いくつかの概念によって組み立てられた装置の体系」であり、「多くのレンズと言葉からなる装置」ということができると述べています。
 そして、ゲーム理論を使うということは、「ゲーム理論が開発した言葉と装置を使うこと」を意味すると述べ、「ゲーム理論がこれまでの言葉と異なるところ」は、「優れた装置を通して今まで見えなかったものを明確に見ることのできる技術としての力を持つこと」であると述べています。
 また、ゲーム理論が、「社会的状況における予見とは何か」ということから出発して、「そのような状況における人間の合理的行動とは何か、その基礎にある人間の理性とは何か」ということを追求してきたと述べ、「ゲームの解」を、「与えられた情況において、ある装置を通して合理的と考えられる行動によって『起こりうると予見される可能性としての状態』を表したものということ」ができると述べています。
 著者は、ゲーム理論を、「社会科学の基礎的言葉として、社会を構成する意思決定主体と社会を対象とする社会科学者の双方に使われる言葉となり装置と」なると述べ、企業や政府などの意思決定主体に対して、「ある状況において、どのような意思決定をすべきかを支持する役割を持つ装置としての期待」が生まれると述べたうえで、「ゲーム理論を勝つための理論のように理解」する風潮に対して、「ゲーム理論はむしろ『世の中はそんなにうまくはいきませんよ』と教えることが主」であると述べています。
 第5章「交渉の論理と倫理」では、勝海舟と西郷隆盛の交渉を題材に取り上げ、勝の交渉の極意が、「『誠心正意』と『飛切の臆病者』と『みんな敵がいい』が三位一体をなしているところ」にあると述べ、「それは時代を通して変わらぬ交渉の極意」であると述べています。
 そして、交渉に当たって重要なこととして、「交渉しない場合に起こる状態、交渉によって実現可能な状態、そして、交渉が決裂した場合に起こる状態をいかに認識し、それをどう評価するか」にあると述べています。
 第6章「重層的ゲームのシナリオ」では、「展望される社会状況」は、「非協力と協力とが重層的に織りなす状況をしているのが普通」であり、「利得その他の要素についても共通認識を持つことは困難」であるため、「ゲーム理論を使って意思決定をすることなどは不可能であるという批判がしばしば繰り返されて」北と述べた上で、「企業間の提携や自治体間の協力関係の形成過程を、非協力と協力との重層的構造と考え、そこにおける意思決定のシナリオ」を考えるとしています。
 第7章「ふるさとの崩壊」では、明治以来、日本の経済発展を担ってきたのが、「ふるさとを持った人々」であり、たとえそれが『遠きにありて思うもの』であっても、その人たちのエネルギーが今日の高度工業化社会をつくりあげた」のだと述べ、「そのエネルギーの源泉が、今まさに枯れなんとしている」と主張し、工業化社会に続く情報化社会の担い手が、「ふるさとを後にしてきた人々」から、「ふるさとを失った人々」に移行し、これによって、「経済構造も社会構造も、そして、日本の文化そのものも、変わらざるを得ない」と述べています。
 著者は、情報化社会が、「その基盤としての文化を忘れたとき、自ら破滅する運命にある」と述べ、「情報化社会の頽楽と破滅とを救う道は、日本が日本として独自の文化を持つこと」であり、「日本列島が『心のふるさと』として豊かな文化を持って存在するときこそ、我々は、人間としての存在感の充実を味わい、人類として、真に国際的な連帯感を持ちうる」と述べています。
 第8章「死者のない町」では、著者の住む私鉄沿線のニュー・タウンを取り上げ、「この新しい町は奇妙に明るい」、「ただ明るいというだけではない。それはどこかシラケた明るさである。このシラケた明るさは一体どこから来るのだろうか」と述べています。
 そして、「古い時代の死者を追払い、新しい死者はまだ生まれず、他から移り住んでもいないこの町はまったく死者のない町である」と述べ、「死者と生者との間に何の応答もないとき、世界はシラケたものになる」と指摘しています。
 第9章「民主的計画を求めて」では、「現代は計画の時代である」とした上で、戦前戦後を通した諸計画の底に、「すべてのものの中央集権化による発展の願望であり、目的実現のためには強制もやむを得ないとする力の論理」が一貫して流れていると指摘しています。
 そして、我々が「計画の必要性にとらわれて、その基礎にあるべき倫理観を見失うと、知らず知らずのうちに再び独裁者なき全体主義の道を歩みださないとも限らない」と指摘し、「社会的なものとしての計画が、全体主義的な力としてではなく民主的なものとして、自由を制約するものではなく自由を増大するものとして、その命を保つためには、我々は、計画のもつ意味を、その基盤にさかのぼって考える必要がある」と述べています。
 著者は、「自由で民主的な計画というのは不断の戦いによってのみ可能である」として、その戦いは、「たんなる権力との戦い」ではなく、「目に見えない情報課の力との戦いである」と指摘しています。
 第10章「目的性の倫理」では、「手段の目的化」すなわち、「手段的価値の究極的価値への転化」によって生じた「目的論的計画観」について、「孤島におけるロビンソン・クルーソーのように、自然のみを相手にして目標を定め、それを実行してゆく孤立的個人の計画」であると指摘し、「それでは、社会的な計画として、人々を納得させることはできない」として遺棄しています。
 そして、目的論的計画が、「あらゆるものを素材化し操作の対象とする」と述べ、「計画が素材化された対象の操作可能性の上に組み立てられるとき、素材化され難いものや捜査困難なものは、計画から脱落し拒否される」として、「計画の合理性とか効率性とかいうもの」が、「それらの存在を拒否した場において定義される」と指摘しています。
 第13章「日本における初期の紹介」では、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』に出会った最初の日本人として、戦争中、フォン・ノイマンの元にいて、この本の中の数式の清書をさせられた角谷静夫氏を挙げています。
 また、ゲーム理論誕生前夜ともいうべき1930年代のウィーンに留学していた山田雄三氏も、モルゲンシュテルンの仕事に関心をもち、ゲーム理論の存在を知っていたこと、終戦直後は、外国の文献の入手が困難であったため、山田氏が『ゲームの理論と経済行動』を、「上野図書館にあった原著の一部を学生にタイプしてもらって読んだ」というエピソードが紹介されています。
 さらに、山田ゼミに在籍していた城山三郎氏が、「数学に始まり、数学に終わる。きらびやかな世界の中だけでの舞い。空の舞台で空しい舞を舞うだけ」に不満を感じてゼミを辞めようと先生に送った手紙の返事が、「社会科学を学ぶことの意味を静かに温情込めて書かれたきわめて感動的な手紙」で、「いまも読み返す度に、それこそ胸の熱くなる手紙」であったとして、その一部を紹介しています。
 第15章「ノーベル経済学賞受賞によせて」では、碁が好きだったナッシュとプリンストンで碁を打ったエピソードや、映画『ビューティフル・マインド』には「ナッシュがどういう人物だったのか、さっぱり描かれて」いないことなどが語られています。
 第16章「ゲーム理論の教育と課題」では、ゲーム理論を「社会科学の基礎」であるとして、「低学年のできるだけ早い時期に、ゲーム理論の基礎を学び、その基礎の上に、ミクロ経済学やマクロ経済学など経済学の専門的な内容とゲーム理論とが融合した形で学ぶのが効果的」であると述べています。
 著者は、「ひつようなのは、新しいパラダイムの創造に参加する喜びをもち、さまざまな批判に耐え、希望を次の世代につなぐ覚悟」であると述べています。
 本書は、日本のゲーム理論の第一人者が語った、ゲーム理論への愛が込められた一冊です。


■ 個人的な視点から

 第13章で紹介されている、山田雄三先生とゼミ生だった城山三郎氏の手紙のやりとりは、ゲーム理論に限らず、社会科学を学ぶ意味というか、社会を科学的に見る目をもつことの意味という点で、経済学や社会学などさまざまな社会科学に共通したものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・社会科学を持つ目を持ちたい人。


■ 関連しそうな本

 城山 三郎 『花失せては面白からず―山田教授の生き方・考え方』
 John Von Neuman, Oscar Morgenstern 『Theory of Games and Economic Behavior』
 鈴木 光男 『ゲーム理論の世界』 2005年08月02日
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日


■ 百夜百マンガ

ロックマンメガミックス【ロックマンメガミックス 】

 「何回やっても何回やっても」終わらない名作として知られる定番ゲームのコミカライズ作品。ゲームやアニメのコミカライズでも手を抜かず、自分の作品にしてしまうのが炎燃のやり方なのだが。

投稿者 tozaki : 2008年03月17日 20:00

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