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2008年04月30日

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫

■ 書籍情報

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫   【東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫】(#1196)

  一坂 太郎
  価格: ¥1050 (税込)
  中央公論新社(2007/09)

 本書は、「東京・新大阪間を2時間25分で走り抜ける」東海道新幹線の車窓から、「さまざまな人々が古代から現代までの間に築いた豊かな歴史の痕跡が、確認できる」という「走る博物館」としての新幹線にスポットを当てたものです。
 第1章「東京―品川」では、東京駅丸の内北口に建つ「鉄道の父」井上勝の銅像について、「わが生涯は鉄道を以って始まり、すでに鉄道を以って老いたり。まさに鉄道を以って死すべきのみ」と晩年語っていた井上が、ヨーロッパで鉄道視察中に倒れて息を引き取ったことを紹介しています。
 第2章「品川―新横浜」では、新幹線をまたぐ「八ツ山橋」について、「東京湾に出現したゴジラがハジメテ品川から上陸し、八ツ山橋を破壊する夜のシーン」を思い出すと語っています。
 また、幕末に御殿山にイギリスが公使館建設を始めた際、「外国勢力排撃(攘夷)を唱える長州藩の高杉晋作・久坂玄瑞・志道聞多(井上馨)・山尾庸造(庸三)・伊藤春輔(博文)ら10余名の若者がイギリス公使館に忍び込み、火を放ち全焼させる」という事件が起こったことを紹介し、「当時、犯人は分からなかった」が、明治になってから、「倒幕を成し遂げ、維新の元勲となって栄達を極めた伊藤や井上が、若き日の武勇伝として自慢した」ことについて、「外国の公使館に放火した犯人が、総理大臣(伊藤)や外務大臣・大蔵大臣(井上)の椅子に座るのだから、明治日本はまだまだ野蛮国であった」と語っています。
 第5章「熱海―三島」では、、熱海駅南方の「海中に突き出た魚見崎」にそびえる「熱海城」について、「ここには元来、城などなかった」が、各地の「城ブーム」に便乗して、「昭和34年(1959)、観光目的で新たに建てられた城」であると述べ、昭和38年の「キングコング対ゴジラ」では、熱海城が徹底的に破壊されるシーンがあることを、製薬会社の広告塔として日本に連れてこられたキングコングが、「核実験の被害者であるゴジラとともに、逞しい商魂の象徴のような熱海城を無我夢中で壊し続ける」シーンを、「強烈なブラックユーモアに満ちた作品であった」と語っています。
 また、「新丹那トンネル」について、「その一部は、戦前の弾丸列車計画が進む中で掘削された」と述べ、高度経済成長のシンボルとして知られる新幹線が、「実は計画は戦前から進められていた」ことを解説しています。
 さらに、富士山について、「それにしてもなぜ、日本人はかくも富士山が好きなのか」と述べ、幕末、イギリス初代駐日公使オールコックが、「富士山に特別固執する日本人が、不思議でならなかった」ため、「富士登山に挑戦する」と言い出したことを紹介し、富士登山を敢行したオールコックの言行が「外国勢力排撃を唱える攘夷派を刺激」し、水戸浪士ら十数名によるイギリス公使館襲撃事件が起きたことが述べられています。
 そして、田子ノ浦では、「戦後、この地は製紙工場から出る汚水がヘドロをつくり、生活環境が悪化した」と述べ、昭和46年には、「駿河湾のヘドロが怪獣化したという設定の『ゴジラ対ヘドラ』という映画が公開」され、「それほど大きな社会問題になった」と述べています。
 第8章「静岡―掛川」では、日本坂トンネルについて、「戦前の弾丸列車計画」によって、昭和16年(1941)より掘られ、完成していたものであり、昭和37年までは東海道本線のトンネルとして使われていたと解説しています。
 第10章「浜松―豊橋」では、「現存する唯一の関所遺構」である「新居関所跡」について、維新直前の慶應3年(1867)8月9日朝に、「伊勢神宮のお札が降った」事件である大衆乱舞「ええじゃないか」騒動を取り上げ、「そこには幕府倒壊を目前にした段階での、庶民の変革への期待が強く表されていた」と述べています。
 第12章「三河安城―名古屋」では、「七里の渡し船着場跡」について、「かつてはこの船着場から海を渡り、伊勢桑名まで行った。ここで海を渡るため、東街道ではなく東海道なのだという説もある」と述べています。
 第14章「岐阜羽島―米原」では、藤古川を渡る際に見える「ラクダの背のような突起する天満山」の南峰辺りが「関ヶ原合戦のさい、西軍宇喜多秀家の陣で、開戦地でもある」と述べ、「明治以前の国内線では、最大規模といわれる闘いだったが、たった半日で雌雄が決した。それは事前の裏取引、つまり政治で大方の決着がつけられていたからである」と解説しています
 第15章「米原―京都」では、現在は「ひこにゃん」で知られる彦根城について、「明治の初め、地元住民の反対により取り壊しを免れた彦根城は、現在では国宝に指定されている。城と城下町がセットでよく残り、日本で最も江戸時代の近世都市の姿を伝えていると評される」と述べています。そして、「開国の恩人」である井伊直弼が、「全国的に見れば、薩摩・長州を中心とする維新紙が幅を利かせ、直弼は悪役だった」が、戦後、舟橋聖一著『花の生涯』で「彦根人たちの悔しい思い」が払拭されていくと述べています。
 また、昭和39年に、娯楽施設「伏見桃山城キャッスルランド」のシンボルタワーとして、復元された伏見桃山城が、平成14年に業績不振を理由に閉鎖と取り壊しが発表されたときに、「天守は残してほしいとの市民の声が強く、取り壊し計画は中止された」ことについて、「昭和の復元天守も、すでに文化財的価値を持ち始めているのかもしれない」と述べています。
 第16章「京都―新大阪」では、京都駅を出ると、「左手に東寺(教王護国寺)の五重塔や金堂が見える」ことについて、「絵葉書的な風景だが、古都に来たという実感が湧く」と述べています。
 本書は、東海道新幹線をよく利用する人にとっては、ぜひ一度手にとって、車窓からの風景を楽しんでほしいと思う一冊です。


■ 個人的な視点から

 東海道新幹線は一時は毎週利用していましたが、新幹線の中は本を読んだり仕事をしたりするのにはちょうどいい場所なのであまり車窓からの風景には注目せず、ぼさっと眺めることが多かったような気がします。
 ぜひ、本書を片手に新大阪まで窓を行ったり来たりしながら車窓の風景に張り付いてみたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・新幹線は単なる移動の道具と思っている人。


■ 関連しそうな本

 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 クリスチャン ウルマー 『折れたレール―イギリス国鉄民営化の失敗』 2006年08月03日
 筒井 康隆 『東海道戦争』


■ 百夜百マンガ

学級王ヤマザキ【学級王ヤマザキ 】

 山崎邦正が歌っていたテレビアニメの主題歌は、「Go West」のカバーかと思ってましたが、単なるパクリだったようです。ちなみに、ドリフのニンニキニキニキの歌の方ではありません。

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2008年04月29日

実験経済学への招待

■ 書籍情報

実験経済学への招待   【実験経済学への招待】(#1195)

  西条 辰義
  価格: ¥2940 (税込)
  NTT出版(2007/11)

 本書は、「日本の実験研究の水準を示す書物」でありながら、「アカデミックな水準を犠牲にせずに大学初年級の皆さんが読んでよくわかり面白いもの」というオーダーで書かれたものです。
 第1章「実験経済学の事始め』では、経済学の理論が前提としてきた「合理的な個人」に対し、1970年代後半、「不確実性下の意思決定」という基礎領域で、認知心理学者のカーネマンとトヴェルスキが、「プロスペクト理論」と呼ばれるアイディアを出したことで、「経済学の教科書にある『期待効用』は、フロンティア研究の主役の座を奪われた」と述べています。
 そして、半世紀も昔から行なわれている「売り手と買い手が折り合えば直ちに取引を成約していく『ザラバ』と呼ばれるマーケットを調べる」実験が、チェンバリンという産業組織の大家によって考案されたことを解説しています。
 著者は、「ゲーム理論から生まれたアイディアがどんなにすばらしいものであっても、実践に使われないのでは『絵に描いたもち』」であるとして、「今後ゲーム理論や既存の経済学とより良く付き合う1つの作法」として、「アイディアがどのような状況においてうまく働き、どのような状況においてそうではないのかをまずよく知ること」であると述べています。
 第2章「『意図』が織りなす市場」では、「『市場』競争にとって、社会的関係性を重視する行動は、市場本来の機能を撹乱するやっかいものなのか、それとも人間の本源的情動をうまく利用しつつ市場機能を発揮しうるものかという、これまでの経済学にはなかった問題提起を行なう」と指定します。
 そして、「個人は相手の意図を探って、それに応報的に対応しようと考える傾向が強いと結論づけることができそう」だと解説したうえで、「社会的関係性から生じる行動で、行動学的に見て重要なもの」として、「自分が損することになっても、相手の利得を下げてやろうとする行動」を挙げ、「一見不毛なこの行為」が、「スパイト(Spite)(=意地悪、嫌がらせ)と呼ばれ、生存競争の激しい他の生物にも広く観察される行動」であると解説しています。
 第3章「株価の決定メカニズム」では、「株価がどのように決まり、何によって動くのかということ、すなわち株価の決定メカニズムは、現実のデータによってこれまでに十分に明らかにされたとは言えません」と述べた上で、「株式市場の実験研究」の利点として、
(1)現実の株価と比較するべきファンダメンタルバリューの値がよくわからない、という問題をクリアして、株価が効率的についているのか、それともバブルが発生しているかどうかを明確に判断できる。
(2)さまざまな要因が株価に与える影響を一つひとつ順に調べられる。
の2点を挙げています。
 また、「株式市場実験の結果」に基づく、「現実のバブルを抑えるための方策」として、
(1)非合理バブルを抑えるために、市場全体のファンダメンタルバリューの計算能力を高める。
(2)投機的バブルを抑えるために、短期的な投機が市場を支配することがないよう、長期の投資家を育成する。
(3)市場の情報効率性と高めてより適切な価格付けを可能にするために、先物市場の整備も重要になる。
の3つが考えられると述べています。
 第4章「排出権取引実験」では、「排出権取引という仕組みに着目し、まず、その利用が認められた場合、どのような状況に至るのかについての理論的な予測」を示すとしたうえで、「地球規模での国際排出権取引のような、これまでに存在せず、よって過去の現実データが存在しないような制度のパフォーマンスをチェックするには、新たなデータを作り出すことができる実験経済学の手法が非常に有効」であると述べています。
 第5章「オークション・マーケットデザイン・実験経済学」では、「限られた資源を、最も必要な人、最も能力のある人に効率的に配分する」ためには「どのように資源が配分される仕組みを整備していければいいか」という「マーケットデザイン」の問題を取り上げるとしています。
 そして、「実験経済学は社会現象の複雑な要因をコントロールして因果関係を調べる上で役に立つとともに、政策決定の過程での有効性をコントロールする手段としても有効であること」がわかったと述べています。
 第6章「公共財供給実験におけるいじわる行動」では、「お金のみを目指すのか、それとも相手に勝つことを目指すのか、という2つの目的の間で私たちの心は揺れ動く」という現象を、Saijo and Nakamura(1995)が、「スパイト・ジレンマ」と命名したと述べています。
 また、Gintis (2000, 2004)が、「進化モデルを用いて、我々が戦争、飢饉、疫病といった危機に直面したとき、社会規範から逸脱した人に対して自己犠牲を払っても罰を与える人々がたくさんいる社会のほうが生き残りやすい」と主張していることについて、「いじわる行動が適応度を高める」と解説しています。
 第7章「人はどれだけ先読みをするか」では、「ゲーム理論では合理的な人間を仮定し、そのような仮定の下での人間の行動を分析しいて」いるとした上で、「その理論の根本である人々の合理性に対しては、このような実験により、すべての状況で無限の合理性を持つと仮定することは難しいことがわかりました」と述べ、「さらに、人々は、さまざまな合理性の程度を持っていることが観察されました」と解説しています。
 第8章「フィールド実験の歩き方」では、「Speed Datinguを主催して密かにデータを集めてみたり、架空の履歴書を大量に送って性別や大学名によって企業の反応がどう違うかを調べてみる」という「フィールド実験が最近広く用いられるようになってきた」理由として、
(1)実証実験で、バイアスのない正しい推計結果を得るため。
(2)ラボ実験の結果が、現実世界に適用可能かどうかをチェックするため。
の2点を挙げています。
 そして、経済学の数多くの理論ののうち、「実際に実証研究によって検証されてきたのは、そのうちの一部に過ぎません」と述べ、その理由として、
・経済理論でキーとなる重要な変数が実際のデータからは観察されないことが多いため。
・経済理論はある1つの側面にのみ焦点を当てるが、実際の経済で観察されるものはさまざまな理論の複合的な効果であって、一つひとつの効果がどのていど重要なのか識別できないことが多いため。
等の理由を挙げています。
 また、マイクロファイナンスの理論で重視されている「ダイナミック・インセンティブ」が返済率を改善するのに有効であり、「逆選択」や「モラルハザード」が「従来考えられていたほど大きな効果はなかった」ことを実証実験で明らかにしています。
 著者は、「実験を有効に活用することによって、実際のデータでは混在してしまっているさまざまな効果を、一つひとつ切り離してみることが可能に」なると述べ、「そうすることによって、あるプログラムにどのような効果、逆効果があり、それを改善するためにどのような改良を加えればいいかが見えやすく」なると述べています。
 本書は、日本の実験経済学の現状を、わかりやすく解説している一冊です。


■ 個人的な視点から

 「実験経済学」というと、なんだかイロモノ的な印象が昔はありましたが、心理学等の他の学問分野からの後押しを受け、今ではすっかり重要な一分野になってきた感があります。


■ どんな人にオススメ?

・経済学は実験できないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ロス・M・ミラー (著), 川越 敏司 (監訳), 望月 衛 (翻訳) 『実験経済学入門~完璧な金融市場への挑戦』 2007年01月17日
 ポール・ミルグロム (著), 計盛 英一郎, 馬場 弓子 (翻訳) 『オークション理論とデザイン』 2008年03月04日
 スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー (著), 望月衛 (翻訳) 『ヤバい経済学』 2008年02月13日
 多田 洋介 『行動経済学入門』 2006年08月31日
 友野 典男 『行動経済学 経済は「感情」で動いている』
 A. シュレイファー 『金融バブルの経済学―行動ファイナンス入門』


■ 百夜百音

Von Hier an Blind【Von Hier an Blind】 Wir Sind Helden オリジナル盤発売: 2005

 日本のバンドでも歌詞は英語のみ、というバンドがありますが、クリス・ペプラーによれば、ネイティブ・スピーカーからは、良くも悪くもちょっと変なアクセントが引っかかるのだそうです。

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2008年04月28日

リーダーシップは教えられる

■ 書籍情報

リーダーシップは教えられる   【リーダーシップは教えられる】(#1194)

  シャロン・ダロッツ・パークス (著), 中瀬英樹 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  ランダムハウス講談社(2007/6/14)

 本書は、「リーダーになる人というのは、他者を率いるための特別な資質を、生まれながらにして神から授かっている」という「根強く生きつづけている幻想」があるなか、「リーダーシップとは学習によって、身につけられる、あるいは身につけるべきもの」であることを「きわめてたくみにやってのけている」ロナルド・ハイフェッツ氏の教授法の「貴重な成果をまとめた」ものです。本書の目的は、「ケース・イン・ポイント教授法」を、「検証して解き明かし、評価を下していくことにある」と述べています。
 第1章「変化の時代に求められるリーダーシップ――適応の仕事の創出」では、「リーダーシップへの危機感が強まった背景」にある5つの欲求として、
(1)すべての人に潜む、何らかの決定権への欲求
(2)オーソリティ(権威、権力)への欲求
(3)めまぐるしく複雑化するシステムに対応できるリーダーシップへの欲求
(4)複雑化に伴なう変化の深さ、広さ、速さに、適切に対応できるリーダーシップへの欲求
(5)「公共の利益」に貢献するリーダーシップへの欲求
の5点を挙げています。
 そして、ケース・イン・ポイント教授法を構成しているフレームワークが、
(1)オーソリティとリーダーシップ
(2)技術の課題と適応の課題
(3)権力と進行力
(4)人格と存在感
の4つの重要な区分を定めていると述べています。
 第2章「『どういうふうに始めましょうか?』――学生たちのさまざまな期待」では、講師(ハイフェッツ氏)が、「ある共同体や組織を動かして、困難な問題を前進させるという能力」こそリーダーシップであると考えていることを紹介しています。
 そして、講師の任務が「みなさんの考えを表面に出し、細かに検証できるようにすること」であると解説しています。
 第3章「ケース・イン・ポイント教授法の使い方」では、学生たちが取り組むべき「適応の課題」は、「『固い地面』とは正反対の『沼地』という表現がぴったりだと気づくようになる」と述べています。
 そして、
・伝統的な教室:開拓ずみの分野がずらりと揃っている
・実験室またはスタジオ:整備されてはいないが、活気はある
の2点を挙げ、「この断絶を埋める架け橋として機能するのが、ケース・イン・ポイント教授法」であると述べ、この教授法のプロセスで使われる、「ダンスフロアとバルコニーのあいだを移動する」というイメージが、「行動と思考」や「実践と理論」についての教えるための一つの手段であると述べています。
 また、この教授法では、「リーダーシップの実践力を磨きながら、社会システムに存在する重要なパターンを読み取る能力を養う」ことを、「複雑な世界でのリーダーシップには欠かせない能力」であると述べています。
 第4章「失敗を糧に――グループ演習の効果」では、「グループ演習が適応のリーダーシップの学習プロセスとして機能する」理由として、
(1)失敗経験に基づく対話ができる。
(2)いくつもの違う役割を演じる機会がある。
(3)それぞれの経験に関して交わされた会話について、授業で扱われている概念を使いながら、文章にまとめる機会がある。
の3つの要素を挙げています。
 そして、「グループでの討論や質問によって教え、学ぶという方法は、『集団に仕事を戻す』という適応のリーダーシップの必要条件に対応する」と述べています。
 第5章「存在感の強化――『歌セッション』から学ぶ』では、「複雑なシステムの中で適応のリーダーシップを断行する」ために、「本当に必要なのは、集団に効果的にかかわり、人々の力を育成できる存在になることだ」と述べています。
 そして、学生たちが、「存在感について手ほどきを受ける姿を観察し合う」中で、「内面的な資質、目的意識、自己認識を高めれば存在感が増し、共通の利益を生み出せるようになる」と納得できると述べています。
 また、存在感に関して、
・場の緊張感に耐える自信を持つ。
・深いところにある感情に基づき、つくられた態度ではなく、真の自己で行動するというやり方を飲み込む。
という2点を「具体的な形で学ぶ必要がある」と述べています。
 さらに、「リーダーシップの実践では、感知したことを効果的な戦略に結びつける才覚が必要」になり、「複雑化する戦略をつねに把握することに加え、それを表現する有効な手立て」の助けとなるものとして、「比喩によるイメージ」を挙げています。
 第7章「勇気と犠牲――学習プロセスをマネジメントするリーダーシップ」では、「適応のリーダーシップによって人々を導くには、学習、そして改革というプロセスを踏まなくてはならない」と述べた上で、「リーダーシップには、視野を広げ、理解や行動の範囲を拡大してくれる体系的なフレームワークが必要になると述べています。
 第8章「『リーダーシップ神話』を見直す」では、「羊飼いと羊たち」や「ヒーローと、彼に救出された人たち」などのような「リーダーとフォロワー」という「英雄的な『指揮統制型』のリーダー像がいまだ守られ、影響力を保っている」原因として、「人々がそれに順応しているからだ」とハイフェッツが指摘していると述べています。
 そして、「適応のリーダーシップの本質は、困難な問題を解決するために人々を動かすこと」であり、「それを会得するには、従来とは違う形の学習が必要だ」と述べています。
 また、「人間の想像のプロセス」を、
(1)意識的な対立
(2)小休止
(3)イメージと考察
(4)パターンの再認識
(5)解釈・証明・実験
の5段階に分け、「芸術のリーダーシップ」もこれに沿って実践されると述べています。
 著者は、「私たちがリーダーシップや教える仕事などを芸術、あるいは芸術的活動として捉えるのは、すべての人間に潜む芸術家としての能力を重視したいからだ」と述べ、「その力によって人間は、世の中のさまざまな声に応え、他者とともに創造的に行動できる。集団として想像性を発揮し、すぐれた芸術性を共有できる」と述べています。
 第9章「リーダーシップは学ぶことができる――ケース・イン・ポイント教授法の強みと限界」では、ケース・イン・ポイント教授法の長所として、
(1)リーダーシップの理論とそれを教える方法とが、見事に一体化している。
(2)ほとんどの作業が学習者の実際の経験と関連づけられる。
等の点を挙げています。
 著者は、「リーダーシップは結局のところ一つの技術であり、月並みな方法では無理でも、正しいコーチング技術を使えば教えられるものだ」と仮定するならば、「実践的な取組(演習)を学習プロセスに組み込むことが何より大切になる」と述べています。
 本書は、「リーダーシップは天賦のもの」という先入観を打ち砕いてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 リーダーシップは学ぶことができる、ということまでわかったところで、問題はどうすればそれ身につけるか、というところですが、本書を読んでも、そこはまだまだハードルが高いようです。
 企業の採用面接などで、部活や生徒会で部長や会長をやった経験があるかどうかを聞きますが、こんな形で、若いうちからリーダーシップをすでに発揮している人を見つけ出す方が企業にとってはわかりやすいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・リーダーシップは生まれつきのもの、と思っている人。


■ 関連しそうな本

 金井 寿宏 『リーダーシップ入門』 2005年3月31日
 金井 壽宏 『仕事で「一皮むける」 関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』 2005年4月25日
 ジョセフ・L. バダラッコ (著), 夏里 尚子 (翻訳), 高木 晴夫, 渡辺 有貴 『静かなリーダーシップ』 2006年05月31日
 ジョセフ・L. バダラッコ (著), 金井 寿宏, 福嶋 俊造 (翻訳) 『「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために』 2007年06月05日
 Harvard Business Review (編集), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (翻訳) 『リーダーシップ』 2005年12月16日
 C.I.バーナード (著), 山本 安次郎 (翻訳) 『新訳 経営者の役割』 2005年03月29日


■ 百夜百マンガ

もう、しませんから。【もう、しませんから。 】

 とにかく、いろいろ作者がいじられる体当たり作品。講談社系のマンガ家の素顔(裏の顔?)が見られるのがポイント。

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2008年04月27日

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎

■ 書籍情報

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎   【占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎】(#1193)

  今西 光男
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2008/3/7)

 本書は、『新聞 資本と経営の昭和史――朝日新聞筆致・緒方竹虎の苦悩』の続編であり、敗戦以後の、「混沌の時代であり、激動の時代」を描いたものです。
 第1章「『朝日内閣』と児玉誉士夫」では、1945年8月17日に成立した東久邇宮内閣の実体が、「緒方朝日内閣」であり、東久邇宮は緒方に、「言論人としての文筆能力、世論の動向に対する洞察力」を期待していたと述べています。
 そして、「一億総懺悔」の表現が厳しく批判された、首相の発記者会見が、「五箇条の御誓文」を用いるなど、「緒方のシナリオによるものだった」と述べた上で、「日本再建のためには一億国民が一致団結して対処する必要がある」と強調するあまり、「その出発点である反背・懺悔を『一億総懺悔』と表現した」ことを解説しています。
 第2章「マッカーサーの顔色」では、緒方と吉田茂が、「吉田が田中義一内閣の外務次官であった頃から旧知の間柄だったが、それほど深い関係ではなかった」と述べ、「もし、このとき、緒方が大磯に逼塞していた吉田を外相として推さなかったとしたら、あと4日で満67歳になる吉田に、その後の宰相への道が開けたかどうか」と述べています。
 第3章「戦争責任と『十月革命』」では、朝日新聞東京本社社長村山長挙が、「社員に『聖戦完遂』を鼓舞し、『戦争新聞』をつくらせてきた最高責任者」であったことから、「自らが『戦争犯罪者』の列に連ねられることへの恐れがあった」と述べた上で、「社内体制の刷新計画」を練った、千葉、香月、白川、細川、嘉治、佐々の6人組が、連名の申し入れ書として、「社長、会長はその地位を退き社主の地位につかれたし」などのの4項目を村山社長に提出したことを述べています。
 そして、「30歳のとき(1918年)に白虹事件の処理にかかわって以来、『資本と経営の分離』こそ、朝日新聞の経営安定、編集の独立に不可欠の課題と認識していた」緒方が、「この機会に抜本的に、資本と株の問題に切り込まなかった」理由として、
「緒方が主導して1924(昭和17)年5月の株主総会で朝日新聞の定款を改正」し、「議決権を5%以下に限定する」規定がある以上、「所有株式について更なる制限を重ねる必要は感じられなかったということが考えられる」と述べるとともに、「左派の活動家がリーダーシップを握る従業員組合が、相対的に朝日社内で影響力を拡大することに対する懸念もあったのであろう」と述べています。
 第4章「徳田球一が読売新聞を握った」では、読売新聞社長の正力松太郎が、「自分の戦争責任追求につながる社内の動きは絶対に認めない」と強く決意していたことを述べた上で、1945年10月23日に始まる第一次読売争議で、11月10日に、「読売闘争支援の1000人のデモ隊が読売本社に押しかけてきた」時には、「正力は『「共産党が来るぞ」という通報にあわてふためき『下駄箱に頭を突っ込んで尻を出していた」、そして配下に注意されて非難した」と山本潔の『読売争議』に描写されていることを紹介しています。
 そして、正力が弾圧した「第一次共産党事件」で検挙された徳田球一日本共産党書記長が、「18年間の獄中生活を非転向で貫き、1945年10月10日に出所」したばかりであり、「弾圧した者とされた者、敗戦の結果、一転して戦犯容疑者とその告発者の立場に変わり、調停交渉は二人の宿命的な対決の場になった」と述べています。
 また、「徳田の最大の誤り」として、正力が保有する株に「重大な関心を持たず、きちんと詰めておかなかったこと」を指摘し、徳田が「株取引は資本主義の手段で、手を汚すことが考えていた」と述べています。
 第5章「GHQ、社主家、三等重役、そして労働組合」では、GHQと吉田政権の圧倒的な圧力の前に、新聞ゼネストが挫折し、その後、「朝日の労働組合はいわゆる『右旋回』し、経済闘争を重視する企業内組合の道を歩むことに」なったと述べています。
 第6章「社主家の攻勢と『アサヒ・マン』」では、朝日新聞の長谷部社長が、GHQのインデボン新聞課長から「朝日新聞社内の共産党関係者のリスト」を提示され、「共産党分子を『徐々に排除すべき』で、一時に大勢を排除するのは望ましいことではない」と告げられていたと述べています。
 また、後に昇進したインデボン中佐が、「彼の朝日新聞関係のスパイを、アサヒ・マン」と呼んでいたことについて、「当時、風評にその名があがったのは、『十月革命』で村山とともに退陣した鈴木文四郎だった」と述べています。
 第7章「公職追放と『フジヤマのトビウオ』」では、1949年の「夕刊朝日」の創刊号から、「四コマ連載漫画にはほとんど無名だった長谷川町子を創刊号から起用、その『サザエさん』が大評判になった」と述べ、もともとは、「福岡の新興夕刊紙『フクニチ』に1946年4月22日から連載された」と述べています。
 第8章「朝鮮戦争と『ゾルゲ』の呪縛」では、1950年7月11日夜、朝鮮半島への出動拠点になった北九州・小倉の米軍城野キャンプから、「前線出動を忌避する黒人兵200数十人が集団脱走」し、「脱走兵の一部は民家に乱入して略奪や暴行事件を惹き起こし、鎮圧のMPとの銃撃戦も起こし、市民はパニックになった」と述べ、「この騒ぎは米軍によって関連報道がすべて禁止され、事件の内容を話すことも禁じられた」が、「当時、朝日新聞西武本社広告部意匠掛」で、「城野キャンプ近くに住んでいた松本清張」が、「後年、この事件をもとに小説『黒字の絵』を書いた」と述べています。
 そして、「全軍あげて戦闘態勢にあり、しかも朝鮮半島南部の釜山周辺まで追い詰められていた米軍・GHQにとっては、『客観的立場』や『中立』『冷静』を主張する朝日社説」は許しがたいものであったが、「長谷部の必死の弁明で、事態が深刻化することはなかった」と述べています。
 また、「報道機関から始まったレッドパージ」として、1950年7月28日午後3時を期して「朝日など報道8社で336人が解雇を言い渡された」と述べ、「パージされた人たちは、その日から、一切の報道機関、一般企業からも門戸を閉ざされ、長く苦しい生活を強いられた」と述べています。
 第9章「村山復辟で緒方去る」では、「敗戦直後の『十月革命』で編集局次長から三段跳び、四段跳びで突如、朝日新聞社の経営トップに据えられた長谷部」が、「経営の仕組み、歴史的な事情、背景、さらには新聞経営者としての基本的姿勢、心構えなど、多くの点を緒方から学んだ」と述べ、公職追放中の身であった緒方は、「自分が知る限りの朝日新聞の社史や経営上の問題について懇切に説明し、その経営に誤りがないように助言していた」と述べています。
 そして、用紙統制、価格統制の撤廃によって、「自由に用紙を確保できるようになった新聞各社は、独自の魅力ある紙面展開を目指し、他社との違いを際立たせようとした」と述べ、「新聞社と販売店との直接契約は、かつての特定新聞社と販売店の濃密な関係を復活させ、新聞社の系列による囲い込みが始まった」と解説しています。
 また、「戦後、あらたにこの業界に参入してきた若手店主たち」には、「復員はしたが職がないという元軍人も多かった」と述べています。
 さらに、「共販制度から専売化への動きは、全国各地で紛争を起こしていた」として、専売化のやり方として、
(1)協議専売:各社間の話し合いで専売に移行する
(2)裸専売:一社が一方的に他社に通告して専売に移行する
(3)なぐりこみ専売:専売直前に通告するか、無通告で断行する
の3つの方法を紹介したうえで、「裸専売」の代表的な例として、1951年9月に神奈川県川崎市で起きた「醤油専売」を取り上げています。
 終章「かかる時 君しあらばと」では、1956年(昭和31)年1月28日、緒方竹虎が五反田の自宅で、急性心臓衰弱と環状動脈硬化により、満67歳で死亡したと述べ、その後も、「朝日新聞で経営上の問題が起こるたびに、緒方を知る人たちは『かかる時 君しあらば』と、いくたび思い起こしたことであろうか」と述べています。
 著者は、「朝日新聞は緒方筆致時代、『経営』が『資本』を凌駕する力を持った。緒方筆致が率いる『編集』が、タブーを恐れぬ果敢な論説を展開し、深層をえぐった特ダネをものにし、多くの購買者の支持を勝ち得たからである」都市たうえで、「いまの新聞界には、『資本』と『権力』に対峙しようとする気骨ある『筆致』は見当たらない」と指摘しています。
 本書は、新聞社の「筆致」がその新聞を本当の意味で代表していた時代を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 朝日新聞といえば、マスコミの中でも飛び抜けて給料が高いというイメージで有名ですが、戦後史を振り返ってみると、一度労働組合が「革命」に成功し、後に資本家によって巻き返しを図られた、という経緯があるからこそ、「経済闘争」の結果、逆らわないように高い給料を与えられているのかもしれないと思ってしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・朝日新聞記者の給料はなぜ高いのかと思う人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』 2008年04月24日


■ 百夜百音

Poupee de Son【Poupee de Son】 France Gall オリジナル盤発売: 1992

 結構日本でカバーされる割合の高いアーティストではありますが、「フレンチポップ」というジャンルを代表する人になってしまっています。

『夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション』夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション

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2008年04月26日

「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造

■ 書籍情報

「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造   【「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造】(#1192)

  小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著)
  価格: ¥1890 (税込)
  創元社(1995/06)

 本書は、1994年にNHK教育テレビで4夜連続で放送されたETV特集「日本株式会社の昭和史」をベースに、放送に盛り込めなかった資料や証言をくわえたドキュメントです。
 本書が扱っているテーマは「間接金融システム」、「終身雇用等、日本型雇用慣行」、「官僚機構の民間企業への関与」の3点となっており、それぞれ当時気鋭の研究者であった3人の著者が解説を加えています。これらのテーマは相互に深く関わりあっているので単純に切ることはできませんが、専門に沿っておおざっぱに分けると、
・「間接金融システム」・・・岡崎
・「終身雇用等、日本型雇用慣行」・・・米倉
・「官僚機構の民間企業への関与」・・・小林
という分担になっています。
 本書は、時系列に構成されていて、第1章の「システムの萌芽 『満州』」を小林が、第2章の「戦争と革新官僚の登場」を岡崎が、第3章の「高度成長の光と影」を米倉がそれぞれ章末に解説を加えていますが、それぞれの研究分野は相互にオーバーラップしていますので、そのあたりの議論が第4章の「『日本株式会社』と官僚支配」という座談会になっているのだと思われます。


■ 個人的な視点から

 本書で印象に残ったのは、戦後の激しい労働運動で、労働者が自ら組織を作り、団交やストを行った背景に、産業報国会の体験が影響を与えているということを労働運動の関係者自身が証言していることです。また、当初日本の直接統治を予定していた米国が、占領の予定が早まってしまったためにやむなく日本を良く知る専門家集団としての官僚を通じた間接統治を選択したので、官僚機構による関与が温存されたという証言も印象に残りました。
 戦後の経済政策に関しては、池田内閣の国民所得倍増計画の発案者も岸信介であったという証言がありました。「政治家としてはGNPなんて言ったって国民にはわかりゃしないからおまえの所得が倍になるんだと言わなきゃ話にならない。政治家はそういう話し方をするんだよ。」というのはなるほどという感じでした。


■ どんな人にオススメ?

・戦前から戦後にかけての日本社会の変化を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 岡崎 哲二, 奥野 正寛 (編集) 『現代日本経済システムの源流』
 米倉 誠一郎 『経営革命の構造』 2005年09月09日
 小林 英夫 『「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯』 2006年01月02日
 山室 信一 『キメラ―満洲国の肖像』 2006年01月13日
 小林 英夫 『満鉄―「知の集団」の誕生と死』
 小林 英夫 『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』 2007年10月22日


■ 百夜百音

Supergott【Supergott】 Caramell オリジナル盤発売: 2001

 聴けば聞くほど中毒になるお馬鹿なユーロビート。ウマウマ言ってる場合じゃないですが、そう言えば餃子はバルサミコ酢で食べるとおいしいです。

『ウマウマできるトランスを作ってみた』ウマウマできるトランスを作ってみた

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2008年04月25日

地域再生の経済学―豊かさを問い直す

■ 書籍情報

地域再生の経済学―豊かさを問い直す   【地域再生の経済学―豊かさを問い直す】(#1191)

  神野 直彦
  価格: ¥714 (税込)
  中央公論新社(2002/09)

 本書は、「『公』を再生し、大地の上に人間の生活を築く戦略」である「地域再生」を、「未来の『人間の歴史』を描くビジョン」として示したものです。
 第1章「工業社会の苦悩」では、「都市の二つの顔」として、
(1)「市場」という顔
(2)「自治」という顔
の2つを挙げた上で、「地域社会の衰退は、こうした都市の衰退を基軸に展開している」として、地域再生の道は、「工業社会から情報・知識社会への転換に、地域社会がいかに対応するかにかかっている」と述べています。
 第2章「市場社会の限界」では、「経済とは人間が自然に働きかける行為である」が、「工業社会では人間も自然も排除しようとする方向に動く」と述べています。
 第3章「財政の意味」では、19世紀末のドイツで誕生した財政学が、「ドイツの産んだ偉大な経済学者リスト」の思想を継承する「歴史派経済学の流れの中に位置づけることができる」と述べています。
 そして、財政学を大成させたワグナーが指摘するように、「『文化および福祉目的』分野の政府機能が拡大すれば、地方分権を推進せざるを得ない」にもかかわらず、総力戦の遂行過程において、「社会システムから忠誠を調達するために、公的扶助や社会保障が地方自治体から中央政府に吸収されていく」とともに、「市場経済そのものが拡大していった」ことが重要であると述べています。
 第4章「日本の地域社会の崩壊」では、「社会的セーフティ・ネットが綻び始めると、社会を再生する二つの戦略が登場する」として、
(1)新自由主義の再生戦略:綻び始めた社会的セーフティ・ネットを取り外す。
(2)地域再生戦略:社会的セーフティ・ネットを張りなおす。
の2点を挙げています。
 また、「グローバル化や産業構造の変化に対応して、大都市圏における生産基盤社会資本整備」を行なった副作用として、「四全総が掲げた『多極分散型国土』の形成を掘り崩してしまうこと」を挙げています。
 第5章「財政から再生させる地域社会」では、「日本の地方自治体は2つのチャネルで自己決定権を奪われている」として、
(1)歳出そのものを決定する権限を奪うチャネル
(2)「歳入の自治」奪うチャネル
の2点を挙げ、前者については、機関委任事務が廃止された後も、「中央政府が決定した仕事を、地方自治体に執行させていく仕組みの根幹は残っている」として、「自治事務といえども、中央政府は法律、政令、省令という法令に書き込んでしまえば、中央政府の義務づけたとおりに執行させることができる」と述べ、後者については、「中央政府が地方自治体に対して厳格な課税統制を実施」しており、「地方債の発行にも厳格な統制が加えられてきた」と述べ、「日本の地方自治体が景気政策で公共事業に動員されてしまうのもこのためである」と解説しています。
 第6章「税制改革のシナリオ」では、「補完性の原理」について、「個人でできないことは家族が、家族ができないことは市町村が、市町村ができないことは県が、県ができないことは国が、国ができないことはEUが」という原理であるとして、ヨーロッパ地方自治憲章が、「公的部門が担うべき責務は、原則として、最も市民に身近な公共団体が優先的にこれを執行するものとする」と規定していることを解説しています。
 そして、フランスが、「第二次大戦前の日本の財政制度の母国」であり、「こうした集権的分散システムを文献的分散システムに改めるには、税源移譲による税源配分の見直しが基軸となる」と述べ、1982年のフランスの地方分権改革において、「垂直的財政調整」としての税源移譲が実施されたと解説しています。
 また、「伝統的な税源配分論では、国税と地方税との税源配分には、税源の移動性が基準とされる」として、「税源に移動性を基準にすると、土地のような移動性の低い税源に課税する物税が地方税に適することになる」と述べています。
 さらに、「地方税の課税の根拠を、『協力原理』と呼んでおくと、『協力原理』に基づく地方税は比例所得税を中心に組み立てればよいことになる」として、「その財源は比例的所得税が望ましい」と述べています。
 著者は、「交付税は地方税とともに分権型財政を支える重要な収入上の支柱である」が、「交付税は課題にすぎれば、地方自治を破壊しかねない」ため、「交付税が地方自治体間の自発的協力にベースがあるという性格を強めていく必要がある」と述べています。
 第7章「知識社会に向けた地域再生」では、スウェーデンに学ぶべき点として、「地域住民の自発性と、政府の政策、企業の経済民主主義的経営が有機的に関連づけられ、産業構造を転換させたことにある」と述べ、「その原動力は、あくまでも地域社会の構成員によるグラスルーツの運動にある」と強調しています。
 終章「地域社会は再生できるか」では、地域社会再生のシナリオを、
(1)あくまでも工場誘致という従来の路線の延長線上で持続可能性を求めるシナリオ
(2)地域社会を人間の生活の「場」として再生させるシナリオ
の2つを挙げ、「知識社会では生活機能が生産機能の磁場となって市域社会を再生させる」ため、後者が「地域社会の生産活動をも活性化させる」と述べています。
 本書は、地域を再生させる意味はなんなのかを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 何となく「地方の時代」とか「地方分権が必要だ」という言葉がすっかり刷り込まれてしまい、そうするのが当たり前のような雰囲気がありますが、そもそもなぜ分権が必要か、地方が重要か、ということをきちんと考え直す機会というのは重要だと感じます。


■ どんな人にオススメ?

・「地方分権」は既定路線だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
 神野 直彦, 澤井 安勇 (著) 『ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図』 2007年08月01日
 神野 直彦, 井手 英策 『希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』 2007年08月23日
 神野 直彦, 池上 岳彦 『地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較』 2007年06月01日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月2日


■ 百夜百マンガ

闇金ウシジマくん【闇金ウシジマくん 】

 そう言えばこの人もデビュー10周年となりました。日本のマンガがみんなカラーで描かれていたらかえって作品に入り込めないのかもしれません。この人の作品はとくに赤そうです。

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2008年04月24日

新聞があぶない―新聞販売黒書

■ 書籍情報

新聞があぶない―新聞販売黒書   【新聞があぶない―新聞販売黒書】(#1190)

  黒薮 哲哉
  価格: ¥1785 (税込)
  花伝社(2006/01)

 本書は、「新聞のブラック・ボックスを解明したもの」であり、「日本の新聞社の大半が採用してきた『押し紙』政策(新聞販売店に対する新聞の押し売り)を中心に据えた経営構造が、いかに深刻な人間疎外を生み出し、ジャーナリズムの精神に反するかを指摘し、メディアが堕落した原因を、経営構想の中に位置づけようとしたルポルタージュ」です。
 著者は、新聞社という「巨塔の足下」に、「新聞記者の立ち入りが厳しく禁止された『特別地区』」があり、「住人は40万人あまり。独禁法も労基法も施行されていない。時には犯罪者が身を潜める。情報産業の裏庭、いわゆる新聞販売の現場である」と述べています。
 第1章「新聞社の下部構造――新聞販売の現場から」では、「新聞販売店に搬入される日刊紙は売れ残っても返品の対象にはならない。新聞発行本社は、販売店に搬入したすべての新聞について卸代金を徴収する」とした上で、「収益を上げるために必要部数をはるかに超えた新聞を搬入することが半ば当たり前になっている」として、「こうした商慣行が原因で配達されないまま、販売店に残った新聞のことを『押し紙』と呼ぶ」と解説しています。
 そして、「押し紙」をめぐる裁判で、「配達されずに残っていた新聞の部数をめぐって両者の間で主張が食い違う」原因として、「実際に配達される新聞と『押し紙』の区別を書類上でつけない商慣行になっている」ことを挙げています。
 また、「新聞社が執拗に『押し紙』の存在を否定する理由」として、
(1)社会的な信用度が企業存続の絶対条件である新聞社が、販売店に対して新聞の押し売りをして、莫大な利益を上げている事実が公になれば、世論の批判を免れないこと。
(2)『押し紙』が独禁法に抵触すること。
の2点を挙げています。
 さらに、販売店が、「多量の『押し紙』を引き受けながら」、経営が成り立つ理由として、「販売店が『押し紙』部数に相応した折込チラシを水増し、しかも、これらのチラシの折込手数料を徴収している」と述べています。
 その上、「『押し紙』によって生じる損失を折込チラシの水増しだけでは相殺できない」ため、「販売店の赤字を、発行本社が補助金を投入することで埋め合わせる」と述べています。
 著者は、「『押し紙』が第一の不正を呼び起こし、折込チラシの水増しが第二の不正を誘発し、さらに裁量による補助金制度が第三の不正の温床となる」として、「新聞社の販売局がブラックボックスといわれるゆえんである」と述べています。
 第2章「『押し紙』の実態」では、「新聞関係者の手で全国規模の『押し紙』調査がなされたのは新聞史の中でたった一度しかない」として、1977年に日本新聞販売協会が実施した「残紙調査」を取り上げています。
 そして、「一般紙の総発行部数が4700万部を優に越える日本の新聞社が腕を組んで、反共キャンペーンを展開すれば、共産党といえども太刀打ちできない」と指摘しています。
 さらに、「押し紙」の実態について、右翼の政治団体・正気塾の中尾征秀郎塾長代行が『スキャンダル大戦争』のインタビューで、東京都の『広報東京都』や『都議会だより」が実際には配達されていないことを、「東京都民の税金」を「騙し取っている」「詐欺」であると語っていることを紹介し、このインタビューが世に出て数日後に、「正気塾の幹部3人が警視庁公安部に逮捕」されるという「不可解な事件」が起きたと述べています。そして、その半年後には、発行元である鹿砦社の松岡利康社長が、別の単行本における名誉毀損で逮捕され、長期拘留されている事態を「明らかに異常だ」と述べています。
 第3章「ABC部数の表と裏」では、日本ABC協会の目的が、「広告の媒体となる新聞及び雑誌の部数並びに分布状況等を公正に調査、確認することにより、広告及び宣伝の合理化を図り、もって国民の文化的生活の向上に資すること」とされているにもかかわらず、その役員構成から判断すると、決して広告主の利益にかなう勢力図にはなってはないない。むしろ新聞社の権限の方が強いような印象を受ける」と述べています。
 そして、「ABC部数を決める実質的な権限を握っているのは誰かという観点から考えれば、折込チラシ水増しの現況は自ずから明らかとなる。それは新聞社である」と述べた上で、広告主の対応が、
(1)正確に折込定数と同じ枚数の折込チラシを依頼する広告主
(2)折込定数よりも少ない枚数を依頼する広告主
(3)折込チラシの配付枚数を折込定数よりも多めに設定する広告主・・・自治体などの公共団体に該当する組織が大半を占める
の3つのグループに分類されるとしています。
 また、「ABC部数を修正すれば、すべてが簡単に解決するようにも思える」が、「広告主が新聞社に対して賠償請求するなどの動きを起こす恐れがある」上、「もし、数年前までさかのぼって補償するように請求されたらパニックになりかねない」と述べています。
 第4章「片務契約と拡販戦争」では、「読売新聞の拡張員」が、「自ら暴力団の組員であることを明かしてから、購読を迫ってきたケースもある」ことや、購読を中止した毎日新聞が投函され続けたことについて、「おそらく販売店に新聞が余っているのだ。『押し紙』である」として、「景品を提供する代わりに無料で新聞を配達し続け、2ヵ月後か3ヵ月後に購読の再契約を迫る」という「販売戦略」であるという著者自らの体験を語っています。
 そして、新聞社と販売店の契約書のコピーを紹介し、「取引先企業が所有している帳簿類の閲覧権を、パートナーが有していることなど普通はあり得ない」と指摘しています。
 また、読売新聞社の理不尽な販売政策に対して、裁判に踏み切った販売店(YC広川)が、
(1)筑後読売会から脱会。
(2)息子(販売店の従業員)は退職。
(3)労災関係は一切、打ち切る。
(4)書類関係は一切、提出しなくてもよい。
(5)1500部ぐらいの店は、本社は捨ててもよい。
(6)今後はYC広川を死に店として扱う。ただし、新聞だけは供給する。そうしないと、自分がお縄になる。
という方針で対抗措置をとられたことを解説し、「販売店と新聞社の商契約は、新聞社が法的に優越的な地位を確保するための役割しか果たしていないのが実情だ」と述べています。
 著者は、「専売店制度の導入こそ、日本の新聞業界がメディア史上で侵した最大の誤りだった」と指摘し、「読者が自分の意思で新聞を選択する機会を狭め」、「ジャーナリズムの母胎であるはずの新聞社を、収益最優先の組織へ変えていった」と述べています。
 第5章「日販協の政界工作」では、「言論機会が特定の政党と関係を持つのは、新聞の公器性を考えたとき、世論の批判を免れない」ため、「新聞販売店の業界団体である日販協が中心になって」政界工作が進められたらしいと述べています。
 そして、「新聞の部数至上主義に走り、激しい拡販競争を展開し、挙句の果てには『押し紙』によってバブルのように膨れ上がった現在の新聞社を存続させるには、グレーゾーンの中で、公権力の顔色をうかがいながら、詐欺的な新聞の商取引を続ける以外に道がない」ことこそが、「新聞社の販売政策が招いた悲劇ではないだろうか」と述べています。
 本書は、毎朝届く新聞を支える「ブラックボックス」を少しだけ覗かせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔は新聞の拡張団と言えば893か苦学生と相場が決まっていたものですが、最近は女性や気の弱そうなサラリーマン風の人もやってきます。警戒されない分だけ成績がいいのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・新聞の勧誘におびえた経験のある人。


■ 関連しそうな本

 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』


■ 百夜百マンガ

はだしのゲン【はだしのゲン 】

 今でこそ、道徳の教科書みたいな扱いですが、もともとの漫画としての破天荒さというか、そういう部分があるからこそ受け入れられたのではないかと思います。

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2008年04月23日

ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち

■ 書籍情報

ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち   【ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち】(#1189)

  ロバート・スコーブル, シェル・イスラエル (著), 酒井 泰介 (翻訳)
  価格: ¥1680 (税込)
  日経BP社(2006/7/20)

 本書は、「企業と消費者のコミュニケーションを一新しつつある革命について記したもの」です。著者は、「すべてのブログによって構成されるコミュニティを指す言葉」である「ブログスフィア」を無視したら、「自社の評判がわからない。顧客から学ぶこともできないし、あなたのビジネスや評判を気にしてくれる誠実な人間としての彼らとも出会えなくなってしまう」と述べ、本書が、「この会話になぜ、そしてどうやって参加するのかについての一冊」であると述べています。
 第1章「『悪の帝国』の使者たち」では、マイクロソフトの企業ブログ「チャンネル9」を取り上げ、近年、マイクロソフトに対する敵意が弱まっていると思われる要因として、社員ブログを挙げ、「マイクロソフトの看板を背負っていると、顧客から信頼されない」というジレンマに苦しんだある社員が、2年に1度開かれる「マイクロソフト・プロフェッショナル・デベロッパーズ・カンファレンス(PDC)」では人間どうしのふれあいがあったことをヒントに、「マイクロソフトに必要なのは、人間的な表情を明らかにする何らかのチャネル」であると考え、ビデオ・ブログ「チャンネル9」が実現したことが述べられています。なお、「チャンネル9」とは、ユナイテッド航空の機内オーディオの空きチャンネルで、「フライトの最中にパイロットの声を聞くことができる」もので、「チャンネル9を通してパイロットの様子を聞くことで、不安が解消されていった」経験がヒントになっていると述べています。
 著者は、「ブログがマイクロソフトに対してこれだけのことができるのなら、あなたの会社にとっては、いったいどれだけのことができるか、ぜひ考えてみてほしい」と述べています。
 第2章「ブログはすべてを変えるか」では、「ブログを生んだ小さな出来事の連鎖」が、「仕事に、マーケティングに、顧客サポートに、社内コミュニケーションに、投資家向け広報に、製品開発に、そしてR&Dにさえ、革命的な変化をもたらすと信じている」と述べています。
 そして、「ブログについて最も重要な点」として、『会話ができる」ことを挙げ、「もっとも低コストのコミュニケーション手段でもあるから、わずかな時間と数千との金額で、数千人、いや潜在的には数百万人もの相手と、コミュニケーションできる」と述べています。
 また、「ブログの6本柱」として、
(1)公開性がある
(2)見つけやすい
(3)社会性がある
(4)感染性がある
(5)シンジケート性(配信性)がある
(6)リンクできる
の6つの特性を挙げています。
 第4章「ダイレクト・アクセス」では、ブログを、「ビジネスマンが直接、人々に語りかけられるようにした初めてのツール」であると述べた上で、ブログのあるべき姿が、「未編集の個人の声であるべきであり、集団の考えを代表するものではない」とする考えを紹介しています。
 また、「プロの縁結びの人たちは、どこの業界にもいる」として、「業界でやたらと顔が広く、最新情報に通じている人」を挙げ、ブログの世界における「コネの鉄人」として、アクティブワーズのCEOバズ・ブラッガマンを挙げています。
 第5章「無限のリーチ」では、「成功のためのヒント」として、
(1)語れ、売り込むな
(2)頻繁に投稿し、面白いものを書け
(3)興味のあることについて書け
(4)ブログは費用の節約になるが時間がかかる
(5)人の話に耳を傾けよ
の5点を挙げています。
 第6章「コンサルタント」では、「コンサルタントがブログにとって重要である」理由として、
・ブログをやっているコンサルタントは、限られた地域、もしくはニッチ市場で、カテゴリー・リーダーとしての評判を築いている。
・コンサルタントはブログを企業活動に生かすエバンジェリストになりつつある。
の2点を挙げています。
 第7章「PR」では、「いまやふたつのPRの流派が並存している」として、
(1)命令型:企業の広報活動は常に一貫しているべきであり、小さな欠点は隠すべきと考える。
(2)耳を傾け、参加する:もっと会話に重点を置いている。
の2点を挙げ、プレスリリースは、「ブログスフィアと伝統的なPR戦術の対立点」であると述べています。
 そして、「どんなPR会社もブログを通じて顧客に強力なサービスを提供し、それによって利益を上げることができる」とするスティーブ・ラベルの言葉として、「最高のPRマンとは、常に良き仲介者なんだ。クライアントとメディアの間を取り持つためのね。ブログは、そのためのこれまでで最高のツールだ」という言葉を紹介しています。
 また、ブログによって生じた「大きな流れ」として、
・ブログはメディアを民主化している
・ブログは企業の透明性を高める
・ブログは伝統的なPRを変える
の3点を挙げています。
 第8章「ブログと文化」では、ブログが「フランスで陽の目を見て、ドイツで遅れている」ことや、日本のビジネス・ブログの大半が、「まるで親しい友人を迎えるようなくだけたスタイルとをとっている」ことなどを挙げ、「ブログの発展には、国の、人種の、企業の、部門の文化が、明らかに影響している。人は、声を上げるように促され、監督者から信用されてまかされれば、ブログを書くようになる」と述べています。
 第9章「バラの棘」では、ブログのデメリットとして、
・企業の文化の問題
・わずか数人が大声を上げているために、現実以上に人気を博していると誤解してしまう――「反響室」
等を上げています。
 そして、「もしあなたの組織文化が閉ざされているなら、ブログの生態系にショックを受ける前に、まず文化の開放から手をつけるべきだ」として、「人の話に本当に耳を傾ける気がないのなら、ブログは文化にそぐわないだろう」と述べています。
 第10章「方法の誤り」では、「従来のマーケティング手法をブログスフィアに単純に持ち込もうとして失敗」した例として、マツダやマクドナルドの例を挙げ、「ブロガーはマーケティング上の小細工をしたブログに対して容赦がない」と述べています。
 そして、フランスの化粧品大手ロレアルの一部門であるヴィシーの例を挙げ、「もし間違ったらブログスフィアは改善の方法を教えてくれる。そしてそれに耳を傾ければ、ブログはおそらく、あなたが目標を達成するために役立つ」と述べています。
 第11章「ブログをより良くするには?」では、「正しくブログをやるための11のヒント」として、
(1)名前と検索エンジン
(2)始める前に、山ほど他人のブログを読め
(3)焦点を絞って単純に
(4)情熱を示せ
(5)正統性を示せ
(6)コメント機能を忘れずに
(7)近づきやすくせよ
(8)物語をせよ
(9)リンクをうまく使え
(10)現実の世界に踏み出そう
(11)李ファラー・ログを使おう
の11点を挙げています。
 第12章「クビにならないブログの方法」では、「ブログを書く上で、自分の会社について知っておくべきこと」として、
・社員がブランドよりも前面に出ることを会社は嫌っているか
・「ひとつの声」政策をとっているか
・会社は「市場は保守的なもの」と思っているか
・あなたの会社は、法務面にどのていど慎重か
の4点を挙げ、「すべてのブロガーは、常に片手で安全弁を握っておくべきである」と述べています。
 第14章「新興技術」では、「ドットコム・バブルの崩壊以来、たいした技術革新は起きていないと思われがちだが、実際にはさまざまなイノベーションがひっそりと進んでおり、その多くはブログやソーシャル・メディアに関係している」として、「もはや、コミュニケーションの時代に入っているのだ」と述べています。
 第15章「会話の時代」では、著者が、「私たちはブログとソーシャル・メディアが企業とその利害関係者との関係をどう変えつつあるのかに焦点を当て続けようとした」と述べています。
 そして、「ブログは一つの時代に終わりをもたらし、新たな時代を開くものになるだろう」と述べています。
 本書は、ブログというツールを切り口に、企業と消費者のコミュニケーションのあり方を捉えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 「マイクロソフト=悪の帝国」という図式はネットの世界では「お約束」みたいなところがあって、本気で嫌っている人は一部の人なのかと思ってましたが、やはりご当地のアメリカではビジネスに差し障りが出るくらい影響があるものなんですね。


■ どんな人にオススメ?

・ブログは個人の日記だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 コモエスタ坂本 『ビル・Gからの手紙』
 ウィリアム パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?』 2005年11月11日
 ビル ゲイツ 『思考スピードの経営 - デジタル経営教本』
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 ダン・ギルモア (著), 平 和博 (翻訳) 『ブログ 世界を変える個人メディア』 2006年06月22日 06:00
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日


■ 百夜百マンガ

D・N・A2 FILE1―何処かで失くしたあいつのアイツ【D・N・A2 FILE1―何処かで失くしたあいつのアイツ 】

 未来の世界を変えるために、過去の先祖を操作しよう、というのは「ドラえもん」以来の正統派SFマンガのストーリーですが、子ども100人はすごいなと。

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2008年04月22日

新聞社販売局担当員日誌

■ 書籍情報

新聞社販売局担当員日誌   【新聞社販売局担当員日誌】(#1188)

  崎川 洋光
  価格: ¥1575 (税込)
  日本評論社(2006/12)

 本書は、新聞社において、販売局で、「新聞販売店のコンサルタント的役割を担う」任務を持つ「担当員」について、「認知度は低い」とした上で、「担当員業務を体系的なものにまとめ、広く知ってほしい」という願いから書かれたもので、著者は、「ブラックボックス」に例えられる「販売局の業務内容に、光が差し込むことがあれば」と述べています。
 第3話「新聞販売業」では、「新聞販売業のメリット」として、「朝が早い」、「大雨が降っても配達は中止できない」、「休みも取れない」、「交通事故の危険も多い」というデメリットの反面、
(1)経営計画が立て易い
(2)新聞代金が月内に回収可能
(3)仕入れの苦労がない
(4)在庫管理の必要がない
(5)景気に左右されない
(6)店舗作りが簡単
(7)テリトリーが決まっている
(8)再販売価格維持商品に指定されている。
(9)織り込み収入がある
(10)社との繋がりが強い
の10点を挙げています。
 また、第4話「従業員表彰」では、著者が駆け出しの頃は、「優秀とされるセールススタッフの1ヶ月のカード枚数(購読契約数)」が、「1日平均10枚×30日稼動で300枚」であったのに対し、「現在は1日平均2枚×25日稼動で50枚に落ちている」ことを指摘し、その理由として、「以前は単カード(1ヶ月契約)が大半であったが、最近はしばりカード(長期契約)が主になったためである」と述べています。
 第5話「専売店」では、「すべての銘柄の新聞を1店で取り扱っている新聞販売店」を意味する「合売店」について、「合売制を維持している合売店は、どこの新聞社からもクレームを付けられない普及率、具体的には県単位の各新聞の普及率に合わせた部数を扱っているところが多い」と述べています。
 第7話「増紙経費」では、「新聞社は新規読者にはサービスをするが、長年の固定読者には何もしない」という批判に対して、朝日新聞では、「アスパラクラブ」という会員制組織のサービスがあると述べています。
 第8話「ABC公査」では、「1952年10月にABC懇談会の名称で発足した社団法日本ABC協会が行なう、新聞販売数調査のこと」であると解説しています。
 第9章「押し紙」では、「新聞社が販売店に対し、注文部数より多くの部数を送りつける行為であり、新聞業における特殊指定により厳禁とされている」「押し紙」とともに、「販売店が実際の販売部数を上回る部数を、自らの意思で注文する行為」である「積み紙」を取り上げ、「積み紙」の発生原因として、
(1)名誉
(2)折込み
(3)義理
の3点を挙げています。
 第16話「高校野球」では、「朝日の場合、主催する夏の高校野球は特別だ」として、「県大会開催直前に行なわれる、高校野球連盟(高野連)や地元警察との打ち合わせ。球場整備や観客への対応。試合の経過報告。そして、最近は自粛されているが優勝パレードの設営等等」を挙げています。
 第23話「補助」では、「販売店に対する資金援助のことであり、販売費の中から支出」される「補助」について、「部数に連動させている新聞社が多い」とした上で、「担当員は思いのままに販売費を使用して販売店に補助を出せる、と考えられているようだが、まったくの誤解である」と述べています。
 第27話「新人社長」では、新聞業界が「インテリが作ってヤクザが売る」と揶揄されているが、「昭和40年代には本当にヤクザの販売店長が存在した」ことうを挙げた上で、「目の前の畳にドスを突きつけられ、居直られている」店主を紹介しています。
 第30羽「足跡」では、41年にわたる著者の勤務実態として、
・新聞販売店延訪問店数 964店
・出席結婚式集:157回
・参列葬儀数:参列葬儀数 362回
の3つを挙げています。
 本書は、世の中からよく知られていない新聞販売の現場の姿を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 コンビニなどでも、地域を受け持つ「スーパーバイザー」がいるので、決して他業種と比較して珍しい存在ではないのですが、その閉鎖性ゆえに謎の存在とされてきた「担当員」ですが、新聞社と販売店の関係について、経済学の観点からきちんと分析できたら日本に限らず世界中の経済学や経営学の教科書に扱われそうです。


■ どんな人にオススメ?

・新聞がなぜあれほど執拗に押し売りに押しかけるのかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』


■ 百夜百マンガ

なんて素敵にジャパネスク【なんて素敵にジャパネスク 】

 大ヒットした小説のコミカライズ版。テレビドラマになったり、最近になって続編が出たりしているようです。

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2008年04月21日

広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー

■ 書籍情報

広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー   【広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー】(#1187)

  日本パブリックリレーションズ協会
  価格: ¥2520 (税込)
  宣伝会議(2006/12)

 本書は、日本パブリックリレーションズ協会の設立25周年を記念した、「PR業務の発展・充実に寄与する書籍」として、「広報関係者に役立つ有意義なケーススタディを紹介」することを目的としたものです。
 第1章「ヒット商品秘話」では、伊藤園の「お~いお茶新俳句大賞PR」について、発売当時、「お茶はタダで飲むもの」と考えられていて、「金はないけれど何とかならないか」ということでPR会社に相談し、俵万智の『サラダ記念日』いらい、「短歌や俳句がちょっとしたブームになっていた」ことに眼をつけ、「俳句を一般から募集し、受賞作品を製品パッケージに掲載」すれば、「話題づくりにもなるし、受賞した人もうれしいに違いない。俳句はわが国特有の伝統文化だし、緑茶も日本の文化だ」ということで、新俳句大賞がスタートしたことが解説されています。
 また、キシリトールの日本導入のキーパーソンとして、ダニスコジャパンでマーケティングディレクターを務める藤田康人氏を取り上げ、「虫歯予防なら、専門の歯科医の理解を得ることが第一ではないか。歯科医に支持されれば認可に道が開けるだろうし、その効能もクチコミで浸透するはず」と考えたことが紹介されています。そして、「食品添加物であるかぎり、効能をうたえない」という制約に対して、「直接、効能を訴求できないなら、関連する客観的な研究情報や資料をそろえてメディアや歯学界などに発信することで理解を深める」という方策を採ったことが紹介されています。
 さらに、ミツカンの「金のつぶ『におわなっとう』」が、当初は、「気になる匂いを抑えた納豆で、大阪の納豆嫌い層を開拓して間口を広げる」という思惑が外れたものの、「毎日食べるようなヘビーユーザーでも7割の人が大なり小なり臭いを気にしている」ということを発見し、「『気になる臭いを抑えた納豆』を商品化すれば、彼らも朝から心置きなく納豆が食べられる」と考え直したことが述べられています。そして、「2000年9月の発売から2001年1月に至る半年間にわたり、シドニー五輪など話題性のあるイベント、消臭ブームや健康ブーム、伝統食品見直しといったトレンド、季節の話題に絡ませた『広報歳時記』と呼ぶ情報シナリオ」を作成したことを紹介しています。
 この他、シャープの「水で焼く」ヘルシオのデビューに際して、「広報活動や販売活動においても、第三者である研究機関に客観的に効能を実証してもらいながら訴求していこう」という「アカデミックマーケティング」の考え方を採用したことが述べられています。
 第2章「ブランドの創造と回復」では、1997年6月に安居祥策が帝人の社長に就任すると、「広報とIRは経営トップの仕事である」と宣言し、2002年5月には、「当時、8歳の"カトリーヌ"を起用したテレビコマーシャル『だけじゃない、テイジン』」をスタートし、企業イメージの刷新を図ったことが紹介されています。
 また、国際協力機構(JICA)が独立行政法人としてスタートするに当たり、「JICA広報の問題点と解決策について部署を超えて自由に話し合う『広報タスクフォース』」が組織され、「民間企業におけるさまざまな広報活動のケーススタディをもとに、広報に関して一から勉強し、JICAの現状の問題点を共有して」いき、「全員が広報の意義や面白さに目覚め、非常にいいムードになってきた」が、彼らに「若くて行動力はあるけれども、残念ながら決定権がない」ことが問題になったことから、部長クラスを集めた「CI検討委員会」が組織され、さらに、「上の人たちが勝手にやっているんでしょう」という若手を巻き込むため、「若手を中心に自発的な参加を募」った「広報エージェント」を組織したことが解説されています。
 第3章「企業の社会的責任(CSR)」では、資生堂が、「創業以来、常に文化の発信と一体になって事業を進めてきた」ことを紹介し、「CSRの本質は、企業が本業を通じて社会に貢献することにある」として、「資生堂の企業文化活動は本業と不離一体の活動だから、バブル経済が崩壊したときに多くの企業がメセナ活動から脱落していったなかで、資生堂は途切れることなく活動を継続してきた」と述べています。
 また、日本GEが、2003年10月から取り組んでいる「地域に役立つ発明家になろう」プロジェクトにおいて、「日本GEの社員が、小・中学校を対象に行うボランティア活動」として、「GEの創始者であり、発明王として誰もが知っているトーマス・エジソンをキーワードに、生徒たちが自ら、自分の住んでいる地域の問題点を見つけ出し、解決策を"発明"してもらおう」という活動を紹介しています。そして、この活動に当たって、メッセージを、
(1)エジソンを創始者に持つGEが行なう、"発明"をキーワードとしたプロジェクトであること。
(2)物質的な支援ではなく、GE社員の得意分野である問題解決手法やプレゼンテーション手法を用いて、子どもたちの創造力を刺激する活動であること。
(3)学校・ボランティアセンター・企業の三者が一体となって取り組んでいる新しいスタイルの社会貢献活動であること。
の3点にフォーカスしたことを解説しています。
 第4章「コーポレート・レピュテーション」では、2001年にニチレイの代表取締役社長に就任した浦野光人氏が、「企業にとって広報はこれからますます重要になる」と入社時に配属希望を出して以来、30年経って「ようやく広報の仕事にかかわれる」ことになり、「トップとして広報の最前線で活躍できる機会をもらった」と語っていることを紹介しています。そして、企業の不祥事が続発する中で、「メディアを通じたコミュニケーションの重要性を痛感」し、自らも、「主としてクライシス発生時に企業・組織がどう対応するべきかを訓練するプログラム」である「メディアトレーニング」を受けたことが紹介されています。そして、浦野氏は、「広報とは、自社の情報を発信することよりも、社内外の声に耳を傾け、真摯に受け止めることが根本であると確信」していると語っています。
 また、「かつて大人の食べ物であったカレーを子どもの人気メニューへと変えた」ハウス食品が、「いかに、大人たちの目をカレーに向けさせるか」について、PRのコンセプトとして、「健康をキーワードにしたカレーの再評価」に注目し、「単なる日常の食品としてしか捉えられていなかったカレーに、『健康効果』や『効能』という付加価値を改めて見出してもらう」ため、「カレーの健康に関するファイルをきちんと整備し、それを発信する基地をハウス食品ではなく、『カレー再発見フォーラム』と命名された情報発信母体をつくって、そこからメディアに新しいカレーの魅力情報を発信していこう」となったと述べています。
 第5章「啓発・啓蒙キャンペーン」では、一般的PR活動の要件である、
(1)的確な状況分析
(2)PR活動のゴール目標の設定
(3)シナリオ設定
(4)コミュニケーション対象者層の明確化
などのほか、
(5)納得や合意、支持を得るためにメッセージの説得力の強化
(6)対象者を巻き込む"仕組みづくり"
に留意する必要があると述べています。
 そして、日本漢字能力検定協会が、1975年11月の日本漢字能力検定のスタート以来、「その普及と認知で絶大な効果をもたらした」ものとして、1995年からはじめられた「今年の漢字」イベントを取り上げ、「たった一字の漢字が、見事に世相を射抜いていて、『今年の漢字』からさまざまなことが想起される」と述べています。
 また、環境省のクールビズ・スタイルのPRにおいて、小泉総理と小池環境大臣という「史上最強のPRパーソン」を得て、「地球温暖化に本気で取り組むのだという姿勢を、国民にわかりやすく伝えてくれたことで、活動は一気に動きはじめ」たと述べています。そして、第1期目の温暖化防止キャンペーンが、「楽しみながら広がる」「参加することで考える」、そして「企業には、本業でビジネスチャンスを広げることができる」というコンセプトを貫いていたと述べ、「WIN-WINの関係を作り出せてこそ、実効があがる」と解説しています。
 第6章「地域活性化」では、浦安市の「ゴミ減量・再資源化啓発プロジェクト」を取り上げ、1991年から指導した「ビーナス計画」が、「静脈を意味するvenousと愛と美の女神Venusの2つの事柄を表して」いると解説したうえで、市民をメンバーに加えた「ビーナス委員会」が、
(1)ゴミを減らそうという「気持ちの参加」
(2)一人ひとりが自分の範囲内でできることをやろうという「できることへの参加」
(3)市民の要望を反映させる「システムづくりへの参加」
(4)市民の積極的な協力と持続を図る「システム運用への参加」
の4つの「参加」をキーワードに、「自分たちの毎日の生活にかかわる基本的な問題としてゴミの減量やリサイクルを考えてもらおう」としたことが述べられています。
 本書は、PR会社が自分たちの事業成果自体をPRに使おうというものではありますが、具体的にPRを考えさせてくれるという点でよくまとまった一冊です。


■ 個人的な視点から

 業界の人が自らの業界の成功例を載せているだけに、眉唾や話半分で聞かなければならないと思ってしまうものの、やっぱりいい話には心を惹かれてしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・PRとは宣伝のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 アル・ライズ, ローラ・ライズ, 共同PR株式会社 『ブランドは広告でつくれない 広告vsPR』 2008年01月26日
 矢島 尚 『PR会社の時代―メディア活用のプロフェッショナル』 2006年11月13日
 矢島 尚 『好かれる方法 戦略的PRの発想』 2006年10月25日
 ポール・A. アージェンティ, ジャニス フォーマン (著), 矢野 充彦 (翻訳) 『コーポレート・コミュニケーションの時代』 2006年10月23日
 世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日


■ 百夜百マンガ

王家の紋章【王家の紋章 】

 昔からの名作にして、現在も名作。こういう、「読む側も完結を期待していない作品」というか、ずっとこの世界観にひたり続けていたい作品というのはあるものです。

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