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2008年04月07日
新聞があぶない
■ 書籍情報
【新聞があぶない】(#1173)
本郷 美則
価格: ¥725 (税込)
文藝春秋(2000/12)
本書は、「『透明度』の高い新聞と、『知る権利』への奉仕者としての健全な『新聞ジャーナリズム』を夢見て、三十四年を新聞社の内部で、それなりに改革を訴え、行動してきた」著者による、新聞ジャーナリズムへの警告の書です。
第1章「ドタッジ・レポート」では、クリントン大統領とモニカ・ルインスキーのスキャンダルを「世界で最初に文字にして公の場にさらした」マット・ドラッジという青年の『ドラッジ・レポート(Drudge Report)』を取り上げ、「ひとりの無名の青年が、新しい情報流通網に載せて、こともなげに流した一種のアングラ情報が、伝統に安住し、情報の世界に君臨していた規制メディアを走らせ、揺さぶり、慌てさせた」と述べています。
そして、新聞が直面している「情報ビッグ・バン」がもたらした危機の構図を、「自ら誇る『権威と良識』で築かれた編集機能『情報の濾過装置』を武器に、流通情報を牛耳ってきた規制メディア、特にメディアの主力艦だった新聞・雑誌の鼻面を曳き回し、『編集されていない情報』こそが情報だとうそぶいて、規制メディアに対する不信を奏でる振興メディアの騎手」であると述べた上で、インターネットの登場によって、「情報がメディアの頭越しに、個々の情報源から不特定無数の受け手に向けて、直接飛び始めたのだ。しかも、受け手の側からも積極的に発信する、大規模な双方向の情報流通が始まった」と述べています。
著者は、「現在進行中の『情報革命』は、『権力革命』の性格を併せ持っている」として、「インターネットという新興勢力の朝鮮に揺さぶられている情報帝国のアンシャン・レジーム、すなわち規制メディアにも、こうした革命の必然性が内在している」と述べています。
第2章「新聞の信頼度調査は何を物語るか」では、「マス・メディアが特定の事象を設定し、ある姿勢を固めて集中豪雨的な報道をする傾向」である「アジェンダ・セッティング」が「マス・メディア、特に新聞の独善を批判する際の主要テーマの一つになっている」と述べています。
そして、日米の「新聞信頼度調査」の結果を紹介し、「二大新聞王国とされる日本とアメリカで、情報ビッグ・バンの衝撃波をまともに受けた新聞が、読者・国民の信頼の面で大きくぐらついている実態を物語っている」と解説しています。
第3章「インターネットへ走り出す」では、「インターネットの大衆化で先頭を切ったアメリカでは、新聞業界の危機感は切実で対応も素早かった」理由として、10年間で日刊紙の部数が10%強減っていることを挙げ、「新聞の収益に占める広告収入の比率が7割前後と極めて大きい」米国の新聞は、「急激に伸びてきた電子情報の世界に素早い対応をとり、積極的に参入していった」と解説する一方、日本では、「主として広告集めの有利さを狙って、ひたすら部数第一主義で突っ走った販売競争のひずみを指摘する新聞関係者が多い」として、朝刊のみで夕刊をとらない「セット割れ・単落ち」の増加を指摘しています。
また、新聞社のホーム・ページのパターンとして、
(1)「紙の新聞」に載っている主要ニュースの要約ないし全文の転載
(2)時々刻々と更新される最新情報を流す
(3)既報のニュースの蓄積データ
の3つのパターンを示し、「これほどまで手を変え品を変えして、各社がホーム・ページの情報に工夫を凝らす」理由として、「情報流通の世界に世紀を超えて君臨してきた新聞の意地」が動機の根底にあると述べています。
さらに、新聞社のホーム・ページが、「新聞本体から速報系のニュース、蓄積系のニュース、そして企画特集情報といった"魅力ある新聞情報"の供給を受け、これらを目玉にして多くの来訪者を獲得することによって、広告収入を得て成り立つ」という事業像を持つと解説しています。
第4章「有価証券報告書と記者クラブ」では、新聞が享受してきた特典と問題点として、
・新聞社は、半世紀にわたって事業税を減免されてきた。
・輸入新聞用紙の関税は、特別に減免されている。
・法人税の課税基準になっている減価償却資産・設備の耐用年数について、新聞社には特例が認められている。
・取材に伴なう飲食費は、交際費に参入されない。
・新聞社の株式は自由に売買できないよう法律で定められ、特別に保護されている。
・一部の新聞社は「有価証券報告書」の提出義務を、特別に免除されている。
等の点を挙げた上で、
・「第三種郵便物」の認可が新聞の選挙報道まで規制している。だが、違法状態がゴマ化され、不明朗なもたれ合いの疑惑を招いている。
・特典が絡み、情報源との癒着の温床に。抜本改革を迫られる記者クラブ制度。
等の点を指摘し、「新聞が、情報源から記者室の施設・設備を無償で提供されていることは、さまざまな弊害を生む。中でも、新聞の社会的機能を損ねる原因としてゆるがせにできないのは、その閉鎖性と絡んで、情報源との狎れ合いや癒着が生じ、結果的に報道が画一化され操作させれることだ」と述べています。そして、「省庁から市役所に至る官庁、警察庁、県警本部、政党や特殊法人、農協、一般企業などから、記者クラブに対して行われている便宜供与は、独自のアンケートでわかった分だけでも年間約111億円に達して」おり、その大部分が、「国民の税金でまかなわれている」と指摘しています。
第5章「宅配制度と表裏の再販制度」では、新聞業界が享受している特典の極め付きとして、「商品の製造元が決めた価格を、卸・小売店などの再販売業者に契約して守らせる『定価販売制度』」を意味する「再販制度」を指摘しています。
また、「インテリがつくってヤクザが売る」という非難と嘲笑のなか、「独禁法で定価販売を許しているから景品や無代紙が出る。景品や無代紙は、実質的な値引ではないか」という意見が、業界内部からも出ていると述べています。
第6章「新聞社経営と新聞販売店経営」では、実際の新聞販売店の経営について、「大方の新聞社で、販売経費が何にどう使われているかは、経理部門でさえ正確な把握がむずかしく、販売関係のカネにはまるで軍事費なみの秘密主義、別枠主義が支配している」と述べています。
また、新聞産業が、「販売店においても広告配布による収益への傾斜を大いに強めている」という「明らかな流れ」を指摘しています。
終章「新聞に未来はあるか」では、「新聞の根幹を揺るがし、自滅を誘いかねないような問題例」として、「○○新聞社広告局企画・制作」などと銘打たれた広告スペースによる「メディア内メディア」の問題について、「一つの新聞の中に、その新聞社の『編集権』のもとに制作されたページと、広告部門が広告営業の目的で制作したページが同居する姿」が、「読者に2つのスタンダードを押しつけることを意味する」と指摘し、「読者は、新聞社が『編集権』で濾過した上で送ってくる情報に対して、購読料を払っている」として、「読者が第一の顧客であり、その読者に向けた情報であるところの広告を新聞に託す広告主は、第二の顧客なのだ」と述べています。
本書は、インターネットの台頭と広告主義との矛盾を指摘した一冊です。
■ 個人的な視点から
新聞社がこれほど多くの特典を受けていたことを知ってしまうと、「言論の自由」という言葉も権利というより「特権」といった方が似合うのではないかと思ってしまいます。もしかすると当の新聞記者自身も新聞社がこれほどの特権を受けているということを自覚していないのかもしれません。というよりも、自覚していて何も感じないとしたら、そんな人たちの「言論」とはどれほどの意味を持つのかと思ってしまいます。そんなことすら自覚していない人が情報産業を担っているということも不安ですが。
■ どんな人にオススメ?
・新聞業界が特権階級だということを認識したい人。
■ 関連しそうな本
今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
大井 浩一 『メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発』 2008年03月22日
■ 百夜百マンガ
どうしてもキョンキョンを思い出してしまうのは30代ゆえの悲しさなのでしょうか。それにしてもいい曲でした。
投稿者 tozaki : 2008年04月07日 22:00
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