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2008年04月08日
新聞社―破綻したビジネスモデル
■ 書籍情報
【新聞社―破綻したビジネスモデル】(#1174)
河内 孝
価格: ¥735 (税込)
新潮社(2007/03)
本書は、元毎日新聞者常務取締役である著者が、「ビジネス、産業としての新聞の現在を見つめ、その将来を考え」たものです。
第1章「新聞の危機、その諸相」では、販売経費率が40~50%強という「相当なコスト高体質」を指摘し、新聞経営者でさえ、「社長になって一番驚いたのが、総コストに占める販売経費の高さでした。費目の中に奨励金とか、補助金といった項目が目について、これを何とかしないと経営はうまくいかない」と思うほどであったと述べています。そして、これが「世界に冠たる戸別配達網」を維持するためのコストであり、「100円で売って50円しか手元に残らない。そこから原料費や人件費を引いたら、ほとんど何も残りません」と述べています。著者は、「それほどのコストをかけて専売配達網・戸別配達を維持する」理由として、この制度こそ「巨大部数の『生命維持装置』であることを、骨身にしみて知っているから」であると説明しています。
また、「読売の拡張旋風に翻弄され続けた」思い出として、聞いた話として、銚子市内の朝日の販売店が火事で全焼した際に、近くの読売店の店長が、「村八分でも火事と葬式は別」という義侠心から、「新聞を仕分けて折込を挟むための作業台」を貸したところ、読売の担当員は、「敵に塩を送るような不心得な者に読売を販売させることはできない」と「改廃(契約破棄)」を申し渡した、という話を紹介しています。
そして、「数字は本当に正直」だとして、著者が赴任した70年の千葉県内の各社部数が、「読売29万、朝日22万、毎日18万」で、「郡部では毎日が朝日を上回っていた」が、35年後には、「読売87万、朝日54万、毎日20万」と「完敗」したと述べています。
著者は、過ぎ去った「幸福な時代」として高度成長期の新聞躍進、部数拡張の理由として、「人口の都市集中と核家族化が同時に進行し、世帯数が爆発的に増加」したことを挙げ、「幸福な時代」が終わったトレンドシフトが、「80年代に始まり、90年代に表面化した」として、「転換点は90年代の初頭。バブル崩壊が国民の生活意識を根本から変えてしまった」ことに加え、インターネットの普及と携帯電話の爆発的普及を外からの変化として指摘しています。
第2章「部数至上主義の虚妄」では、著者が聞いた最も説得力のある世代論として、勝又自動車会長の、「子どもは親の乗っていた車には、乗らないものですよ」という言葉を紹介し、「朝日新聞と岩波書店の言うことがすべて、みたいな親(世代)に子供が反発するのは、不思議ではありません」と述べています。
そして、「新聞社が、毎日南部の新聞を印刷し販売店に搬入しているかは、ABC公査を見れば」出るが、「運び込まれた新聞のうち、何部が実際に読者の手に届いているのか、言い換えると何部が販売店に取り置かれている」のかは、「実に深い闇に包まれている」と述べ、「大手の社長で、正確な実売部数をご存知の方はいないのではないでしょうか」と指摘しています。そして、発行本社は、「独禁法と特殊指定によって、『販売店の注文部数を超えて新聞を供給する"押し紙"を禁止」されている」こと、「業界の取り決めで認められている予備紙は、注文部数の2%まで」とされているが、発行本社は、「メーカーとして販売店(卸もしくは小売)から注文された部数を搬入しているに過ぎない」という建前があり、「『新聞を運び入れた後』の全責任は、基本的に販売店側にある」と解説しています。
著者は、搬入部数と実際に配達されている部数の乖離について、「少なく見積もっても、全国の日刊紙で平均10%の残紙があるとしたら、それ自体が大変なこと」である上に、直接の被害者として、「新聞広告、折り込み広告を出している広告主」を挙げ、「もし新聞社が自ら残紙の存在、その数量を認めたら、広告主、代理店から料金の値下げはもとより、何年か過去にさかのぼって損害賠償請求を受ける可能性が大きい」として、販売関係者が、「口が裂けても言えない」と「ひたすら沈黙を守る理由」があると述べています。
さらに、折込広告に関しても、「折込代理店が販売店に何部の折込チラシを搬入するかは、長い間の慣行で、業者間の話し合い、販売店の自己申告によって行なわれてきた」ことを、「いささか信じがたい」話として紹介し、スポンサー側からの業界慣行の近代化を求める声の最大の要求が、「搬入枚数は、ABC部数を基準にしてほしい」というものであるが、「それを実行するには市町村別のABC部数をさらに販売区域ごとにブレークダウンしなくては」ならず、「店力差も露骨に出るので、販売店、発行本社は抵抗した」と述べています。
また、販売店が補助金漬けになっている現状を指摘し、「注文数を増やす→予備紙が増える→ABC部数が上がる→折込収入が増える→本社からの補助金も増える→」のここまではいいが、「この後に読者像がつながらないと、連鎖はいつか破綻」すると述べています。
さらに、悪質な拡張方法について、ネットで見かけたある学生の書き込みとして、「ドアを開けた瞬間、典型的な"拡張団顔"と目が合った。あわてて部屋に戻ってチェーンをかけたところ、男がドンとドアを開けた。『オレは、いつもは団を仕切っていて現場には出ない。あんたはよかった。ウチの若い者なら、こんな細いチェーン……あんたと俺との間にはこれ一本しかない。六ヶ月取ってくれれば、ここらはうちが仕切っているから二度とうるさいことなしだ』」と粘られた経験が紹介され、「いまだにこのような拡張が行なわれているかと思うと、鳥肌が立ちます」と述べています。そして、新聞業界紙に必ず「お尋ね者欄」があり、「集金を持ち逃げした者、カード料をくすねた者、ひと癖もふた癖もありそうな顔写真が幾つも並んでいる。業界紙に、『お尋ね者欄』があるのは新聞産業だけではないでしょうか」と述べています。
第3章「新聞と放送、メディアの独占」では、「マスメディア集中排除原則」(マス排原則)について、「新聞事業、テレビ事業、ラジオ事業を同一事業者が所有することを原則的に禁止」等解説した上で、「マス排原則というのは、基本的には新聞という縦系列と、東京キー局という横系列との兼ね合いの中でできあがっている」という放送・通信コンサルタントの西正氏の言葉を紹介しています。
そして、「マス排原則」を逆読みし、
(1)全国で1つなら20%以上の株主となり、経営支配できる。
(2)支配している放送局と別地域では、他局の株も20%までいくつでも持てる。
(3)同一地域の放送局でも、10%までならいくつでも持てる。
と読み替えています。
著者は、「噴出したマス排原則違反事件の本質」として、株保有の形態ではなく、原則の核心である、「特定の事業者(新聞や放送局)が複数の放送局を支配することを許さない」方針そのものが、空洞化していることを指摘しています。
そして、「マス排原則で真に守るべき」ものは、「『新聞とテレビの経営分離』、つまり『言論の独占防止』に絞って厳格に運用する。あとは原則自由として柔軟に運用してゆけばよかったのではない」がと述べています。
第4章「新聞の再生はあるのか」では、「このままの状態が続けば、新聞界は読売と朝日、局外中立でわが道を行こうとする(行けないと思いますが)日経という『2もしくは2.5」の流れに再編成されていくでしょう」と述べ、「日本の新聞界に第三極が必要」として、「毎日、産経が、中日新聞に『無血開城』」する道を提案しています。
また、新聞社の財産を、「世界中から自社の記者が信頼できる記事を送ってくるかどうか」、すなわち「人材しかない」と述べ、「新聞の価値は的確なニュース取材ができているか、優れた分析ができるかであって、紙にするか電波で送るかといった伝送路の問題は二の次」であり、「何人が読んだか、ではなく、誰が呼んだかが重要」だという点に「新聞機能を復権させるカギ」があると述べています。
第5章「IT社会と新聞の未来図」では、「既存のメディアは放送免許の取得とか、大規模な輪転機を購入するといったコンテンツ流通のボトルネックを押さえることで高収益を上げ、新規参入を防いできた」が、「その時代が終わろうとしている」と述べ、「日々のニュース項目を一覧して、関心あるものをじっくり読むという人間の行動パターンは変わらない」ため、「調査報道やスクープで、専門記者集団が活躍する分野は残るに違い」ないと述べています。
そして、「21世紀の最初の10年間で、業界再編成と健全な合理化を実現できれば、次につながる道が見出せる」として、「毎日新聞社という企業形態が残るとすれば、300~1000種類のニュース・コンテンツを提供するE-ペーパーのサーバー管理会社になっているのでは」ないかと述べています。
本書は、新聞業界の当事者による「部数至上主義」からの生き残りの道を模索した一冊です。
■ 個人的な視点から
学生時代に、拡張団に困ったことがありました。アパートの部屋のカギを閉めてなかったら、見るからに「成長期に煙草吸い過ぎた」感じがするミッキー岡野みたいな感じのヤンキーが玄関に入ってきて、「新聞取ってくれるまで帰らない」と言い出したのですが、ちょうど麻雀の面子が集まっているところだったので強気に出たらすごすごと帰りました。
同じアパートに住んでいた友人はもっと上手で、拡張団からさんざん洗剤やら巨人戦のチケット(何新聞だかわかってしまいますが……)やらをせびった挙句、クーリングオフの葉書を本社に出して解約していました。店にとっては報奨金を払ってしまった後の祭りなので毎朝ポストやらガスの配管の隙間やらあらゆるところに新聞を突っ込んでいきましたが、友人は頑として新聞をとっていることを認めず、「引き取ってください」と張り紙をしてドアの前に山積みにしていました。上には上がいるものです。
■ どんな人にオススメ?
・某巨人戦のチケットを持って押し売りに来る新聞の怖さを知りたい人。
■ 関連しそうな本
本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
池田 信夫 『電波利権』
吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』
崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』
大塚 将司 『新聞の時代錯誤―朽ちる第四権力』
■ 百夜百マンガ
自分がじいさんになったときにこんなカッコイイじいさんになれれば幸せです。色気づいた「チョイ悪オヤジ」なんかより、遥かにジジイの方が素敵なのはなぜ?
投稿者 tozaki : 2008年04月08日 22:00
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