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2008年04月09日

貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊

■ 書籍情報

貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊   【貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊】(#1175)

  永田 宏
  価格: ¥693 (税込)
  集英社(2007/10)

 本書は、「ほとんどあらゆる科目において、すでに医師不足が限界にまで達しつつある」という現実を、「他ならぬ厚生労働省の資料に基づいて明らかにしていこう」とするものです。
 第1章「表面化する医師不足」では、医師不足が表面化したターニングポイントを、小児救急病院の36時間勤務に耐えかねて病院を去る医師が出始めた2000年前後においています。
 そして、「医師たちが地位も名誉もかなぐり捨てて、医療現場から逃げ出していく」という国立循環器病センターの出来事を、「まさに日本の医療が置かれた現状そのものを象徴しているのかもしれない。そしてその根底にあるのが、深刻な医師不足なのである」と述べています。
 第2章「医師不足は現実である」では、厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」の資料を元に、「すべての医師が週48時間のみ勤務すると仮定すると、2004年において9000人の医師が不足していることになる」が、「報告書の中には、9000人が不足しているとは書かれて」おらず、「厚生労働省は、口が裂けても医師不足とは言わない覚悟なのかもしれない」と述べています。
 そして、1986年から2006年までの4つの報告書を比較し、「文字通り、大本営発表である。20025年頃には医師が過剰になるというお題目が最初からあって、それに沿うように辻褄を合わせているとしか思えない」と指摘し、「高齢の医師たちが死ぬまで一人前の働きをするという、無理に無理を重ねた仮定の上に立って計算すれば、2022年には医師が必要数に達すると言い張っている」と述べています。
 著者は、「医療経済学のドグマのひとつ」として、「医師の増加が国民医療費の増加を招く」、すなわち「医師が増えることによって、新たな医療ニーズが掘り起こされ、その結果として国全体の医療費が増加するという学説」を挙げ、「日本政府もこれに従って、1980年代後半から医師数の抑制策に乗り出した」と指摘しています。
 また、多くの新聞記事が、地方の医師不足の原因を、「2004年度からスタートした新臨床研修制度に求めている」が、2006年3月に研修を終え、大半が地方に戻らなかった新臨床研修制度の一期生たちが、「都会の病院に就職先を見つけ、そこに定着した」こと自体が、「都会においても医師が不足している事実を間接的に証明している」と指摘しています。
 さらに、日本の医師数27万人が、医師免許を持っている人の人数ということであり、「医療機関で働いている人の数はこれよりも少なくなる」と述べ、「医師のうち、医療施設従事者数は合計で約25万70000人」であり、このうち、「4万30000人余りが医育機関付属の病院の勤務者。平たく言えば大学病院の医師」であり、「その半分が医学部の臨床系の教官」で、「残りの半分が医局員。つまり平の医師」であるとして、「医療にフルに従事しているのは、一般病院の勤務医と診療所の医師の、合わせて21万3000人に過ぎない」と指摘し、WHOの統計では、第68位の韓国や第69位のクウェートと同じ程度であると述べています。
 第3章「なぜ医師は不足したのか」では、「医師の需給に関する検討会報告書(2006年)」が、指摘している理由として、
・医師の地域別、診療科目別の偏在
・患者の入院期間短縮等による診療密度の上昇
・インフォームドコンセント、医療安全に対する配慮の強化
・医療技術の向上と複雑化、多様化
・いつでも専門医に見てもらいたいという患者側の要望の拡大
・医師が作成する文章量の増大
等を挙げた上で、「特に医師の地域別、診療科目別の偏在が大きな原因であって、これさえ解消すれば、不足感も解消されるというのが、厚生労働省の主張だ」と述べています。
 しかし、著者は、医師不足の本当の理由は、おおもとを辿れば、昭和23(1948)年、今から60年も前に遡る話であるとして、戦後の法整備の根幹をなす医療法の施行規則の中に、「人員配置標準」と呼ばれる「病院の従業員の人数に関する規定」があり、「それに基づいて、特に医師、薬剤師、看護師の人数が厳密に決められている」ことが、「後々の判断を狂わせた」と指摘し、もともと、「個々の病院が満たすべき基準だったはず」の人員配置標準が、いつの間にか「日本全体としての医師数を決める基準になって」しまい、「人員配置標準に照らした最低医師数が、日本全体の医師数の上限であるかのように、その意味までも捻じ曲げられてしまった」と述べています。
 著者は、医師不足の原因を、「今から60年も前の、昭和23(1948)年に作られた医師の人員配置標準をずっと引きずり続けたこと、その標準を日本全体の医師数の上限と読み替えてしまったこと、さらにその勝手な解釈に従って医学部の定員を削減してしまったことにある」と述べ、「地方の医療が崩壊の危機に瀕しているのは、人員配置標準を最低限の医師数として地方病院に厳しく押し付けたこと、平均入院日数が大幅に短縮されたことなどが主な原因だ」と指摘しています。
 第4章「医療訴訟が医師不足を加速する」では、「昨今、明らかなミスや不正がなかったにもかかわらず、訴訟に至るケースが増加している。さらに、医学的にはまったく正しい医療行為を行なったにもかかわらず、医師が訴えられるケースも続出している」と述べ、「そのことが現場の医師を萎縮させ、結果として特定の地域や科目における医師不足を加速させている」と指摘しています。
 著者は、「医療とは最大多数の最大幸福を追求する行為」であり、「そのために多少の犠牲が出ることはやむを得ない」という「暗黙の了解が社会的に成されているという前提に立って、医療行為が行なわれている」が、「残念ながら、患者の側にはこのような認識がきわめて薄」く、「今では多くの人が、医療とは本来完璧なものであるという錯覚に陥ってしまっている」と指摘しています。
 そして、「患者にとって結果が好ましくなければ、すべて医師の責任。やったことが医学的に正しくても結果がすべて。そうなってしまったら、医療の根本が揺らいでしまう」と述べ、「医療訴訟は能力の低い医師や不良医師を排除するためには必要だが、優秀な医師までも地域から追い出してしまいかねない諸刃の剣であることに、そろそろ我々も気づかなければならない」と指摘しています。
 第5章「20025年の真実」では、2025年に供給できる医療サービスの総量は、「高々40兆円を少し上回る程度にしか過ぎない」と述べ、「厚生労働省の65兆円という予測には遠く及ばず、日医の49兆円にも達しない」と指摘した上で、外科に関しては、「外科医が3割減って、患者が3割増えるのだから、20025年には患者当たりの外科医の人数が半減する」と述べ、「仕事がきつく、参加と同様、医療訴訟が多いことで有名」な外科に、20代の外科医がそのまま全員踏みとどまるかどうかは、「はなはだ疑問と言わざるを得ない」と指摘しています。
 そして、病院の入院日数が短縮され、医師の集約がさらに進むと、「ほんの数年後には病院外来が事実上廃止されることも十分に有り得る話なのである」と述べ、「病院から締め出された外来患者は開業医に流れることになる」が、「そのとき、開業医は受け皿として持ちこらえられるだろうか」と指摘しています。
 さらに、医師不足の影響が最も大きい救急医療に関して、需要が増大している最大の原因を、「救急車をむやみに呼ぶ患者側にもある」と指摘した上で、さらに年間6万8000回余りにも及ぶ死体搬送の是非が議論に上がるはずだと述べています。
 第6章「イギリスの惨状」では、税金によって賄われているイギリスの医療費を管理し、医療機関に振り分けるためのNHS(National Health Service)について、1980年代のサッチャー政権の医療改革の影響で、医療のための予算が大幅に削られたため、病院の多くが経営難に陥り、現在でも深刻な医師不足をもたらしていると述べ、その結果「待機リスト(waiting list)」という、入院待ち患者のリストができ、「病院はどこでも医師不足で、入院患者の受け入れ能力が極端院低下してしまった」ため、登録後の待機期間が長く、「数週間はザラ。三ヶ月待ちも珍しくないし、中には半年近く待たされる患者もいる」と述べています。
 また、アメリカの医療について、「完全に金持ちのためのもの」であり、「そうすることによって、アメリカは医師不足に対処しているとも言える」と述べています。
 著者は、「医療制度は国によって様々だし、医師不足の様相も様々だ」とした上で、「日本の人口1000人当たりの医指数は、これらの国々よりも少ない」にもかかわらず、患者はどの医療機関を受診しようと、まったくの自由であり、しかも病院窓口で支払う金額はごく僅かであることを、「わざわざ医師不足を助長し、かつ患者がちょっとしたことで医師にかかることを奨励しているようなもの」だと指摘しています。
 第7章「日本が取り得る医師不足対策」では、イギリスの対策が参考になるとして、
(1)医学部の定員を増やす。
(2)国外から医師を輸入する。
(3)患者を国外に輸出する。
の3点を挙げた上で、「国内で医師の大量育成は出来ない。国外からの医師の輸入もままならない。メディカル・ツーリズムを国策として推奨するわけにもいかない」として、「日本はほとんど無策のまま、本格的な医師不足時代に突入してしまうことになる」と指摘しています。
 第8章「医師不足時代を生きる」では、「とにかく金である。いい医療を受けたかったら、それ相応の金を積む以外にないし、それができなければ、それなりの医療で満足するしかない。そういう時代が確実にやってくる」と述べ、「日本に住んでいる我々は、医療は安いものだという錯覚に陥っている」と指摘しています。
 そして、「日本の医療に大きな影響を与えた人物が3人いる」として、
・赤ひげ先生・・・博愛主義
・『白い巨塔』の財前先生・・・権威主義
・ブラック・ジャック先生・・・実力主義
の3人を省庁としてあげ、「多くの日本人が、これら3人をミックスした医師象を思い描いているし、医師になった人たちも、心の片隅でこの3人を意識し続けている」と述べています。
 また、2003年に施行された健康増進法に費え、「国が国民に向けて発した最終警告のようなもの」であり、「もうじき医療が受けられない時代が来るぞ、今から備えておけ」ということを、暗に伝えたかったのかもしれないと指摘しています。
 本書は、とかく個別要因が取り上げられがちな医師不測問題に関して、マクロな視点から問題提起している一冊です。


■ 個人的な視点から

 医師不足問題については、特に地方の公立病院を中心に、医師の厳しい労働条件や医師の偏在、患者のわがままさが取り上げられることが多かったように思いますが、それ以前に、マクロの数字で足りない、そして将来に向けて悪くなる一方というデータを示されることは厚生労働省の官僚じゃなくても暗い気持ちになりそうです。


■ どんな人にオススメ?

・地方の医師不足は医者のわがままだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 小松 秀樹 『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』 2008年01月08日 06:00
 伊関 友伸 『まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生』 2007年12月12日
 兪 炳匡 『「改革」のための医療経済学』 2006年12月05日
 小松 秀樹 『医療の限界』
 小松 秀樹 『慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理』
 樋口 範雄 『医療と法を考える―救急車と正義』 2008年02月11日


■ 百夜百マンガ

山田芳裕傑作集 考える侍・やぁ!【山田芳裕傑作集 考える侍・やぁ! 】

 漫画界において、自分の立ち位置というか居場所を模索しているかのような頃の作品。変なカルトさを狙うでなしに稀有なマンガ家だと思います。

投稿者 tozaki : 2008年04月09日 21:00

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