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2008年04月14日
新聞記者という仕事
■ 書籍情報
【新聞記者という仕事】(#1180)
柴田 鉄治
価格: ¥693 (税込)
集英社(2003/08)
本書は、「産業としての新聞の危機ではなく、ジャーナリズムとしての新聞の危機」を訴えたものです。著者は、「日本のメディア状況に対する」憤懣からスタートし、「新聞よ、しっかりせよ」という思いで書き下ろしたと述べています。そして、「本来なら政党が担うべきもの」である、「新聞論調の二極分化」について、かねてから「本に書きたいと考えていた」と述べています。
第1章「新聞の輝き」では、大学時代は理学部に進んでいた著者が、「戦争体験と憲法への思い」から、「もし、就職するなら、平和と人権を守る仕事、すなわちジャーナリズムの仕事をしたい」と考え、記者になったことを語っています。
そして、入社6年目の1965年、東京本社社会部の「かけだし記者」であった著者が、第7時南極観測隊に同行し、「大自然の素晴らしさもさることながら、南極大陸が国境もなければ軍事基地もない、人類の理想を実現した平和な大陸だ」ということに感動したと述べています。
また、「新聞の輝きの中でスクープほど輝かしいものはない」として、「ビキニの死の灰」をスクープした読売進軍の阿部記者や、天下に名を轟かせた「読売・社会部」の辻本記者、「朝日新聞きっての名文記者」といわれた疋田記者、ベトナム戦争取材やルポルタージュで知られる朝日新聞の本多勝一記者等を挙げ、「新聞が輝いていた時代は、こうしたスター記者が輩出した時代でもある」とともに、「スター記者を育て、活躍の場を与え、社会に押し出す『名伯楽』が必要」だとして、「新聞にとってスター記者は欠かせない存在であり、同時にスター記者になる資質を見抜き、活躍の場を与えて育てていくエディターの存在も欠かせない」と述べています。
さらに、「新聞が輝いていた時代はまた、社会正義の実現を求めて行なうキャンペーンが、面白いように、ビシビシと決まっていた時代」であったとして、
・神風タクシー
・黄色い血
・欠陥車
等のキャンペーンを紹介した上で、「最も長期間にわたり、最も成果を挙げたもの」として、「公害・環境問題」を挙げています。
第2章「テレビと新聞」では、1972年の佐藤栄作首相の「退任記者会見事件」をきっかけに、「日本の政治報道の主役はテレビとなり、テレビを中心に回るようになる」と述べる一方、事件報道では、「浅間山荘事件をはじめ70年代に多発したハイジャック事件など、同時進行型の事件では、テレビの強さは圧倒的だった」と述べています。
そして、「政治報道は、本来、新聞の独壇場だった」として、「政治記者の競争は有力政治家にどこまで食い込むかであり、私邸に、いわゆる『夜討ち朝駆け』を繰り返した」として、50、60年代に活躍した有名な政治記者として、
・朝日新聞の三浦甲子二(三浦ゴジラ)
・読売新聞の渡邉恒雄(ナベツネ)
・NHKの島桂次(シマゲジ)
の3人を挙げ、「政治家の下働きから根回し・談合、さらには首相選びのフィクサー役まで、それぞれの自伝などを読むと『よくぞこんなことまで』と驚嘆するほど、記者というより政治家そのものの動きをしている」と述べ、「この3人に共通することは、「政界内での力をばねにして社内権力の階段を上り、それぞれの組織で権勢を振るったということ」であると解説しています。
第3章「新聞の弱点」では、新聞各紙が、「世間から『似たり寄ったり』だといわれ、そういう印象がますます広がっている理由」として、
(1)何かが起こるとどの新聞も一斉に走り出し、そのニュース一色に染まってしまうことがしばしば見られて、その印象がきわめて強烈なこと。
(2)実際に「横並び」の記事が多いこと。
の2点を挙げています。
そして、「新聞がどれも似たり寄ったりになり、前夜のテレビで見たニュースばかりだと言われる最大の原因」として、記者クラブを挙げ、「弊害とメリットが表裏一体となっていて、弊害だけを取り除くことは至難の業」であると述べています。なかでも、最大の弊害として、「クラブごとに結ばれる報道協定、いわゆる『しばり』の問題」を挙げつつ、「クラブ協定の弊害は、現場にいるとよく見えない」と述べています。
また、「日本の新聞を支える確固たる基盤」といわれる「日本の戸別配達制度」について、「同時にこれは、日本の新聞の最大の弱点でもある」と指摘し、「『買う』と『とる』の違いは、紙面の中身が問われないこと」であると述べています。
さらに、部数拡張の勧誘に、「販売店が専門の『拡張団』を雇って行なっているケースも少なくない」として、「インテリがつくってヤクザが売る」という言葉を、「まんざら誇張とも言えないような現実がある」と述べ、さらに、「新聞社が販売店に実際に売れている部数より多くの新聞を押し付け」る「押し紙」がまかり通っていることについては、「折り込み広告の依頼主から見れば、詐欺行為にも等しいこと」であると指摘しています。
第4章「新聞と調査報道」では、「地方紙が地方権力を一体化してしまうケースが時々見られる」と述べ、「チェックのないところ必ず権力は腐敗する」と述べています。
そして、「新聞報道で何が素晴らしいといって、その報道がなかったら陽の目を見なかったであろうスクープほどすばらしいものはない」として、その「本来の調査報道」の「日本における金字塔がリクルート事件である」と述べています。
第5章「新聞の落とし穴」では、1971年に、沖縄返還に絡む日米の「密約」をすっぱ抜いた毎日新聞の西山記者が、捜査当局の起訴状の中で女性事務官と「情を通じて……」とわざわざ書かれていたことから、「国民の怒りの矛先は、政府から毎日新聞へと移っていった」と西山事件を取り上げています。
また、「新聞の落とし穴として最も大きな穴は、記事の捏造であろう」として、1989年に起こった朝日新聞の「サンゴ汚したK・Yってだれだ」という見出しのついた事件を取り上げています。
第6章「読売・朝日の憲法対決」では、「憲法をめぐる奇妙な『よじれ』」が生まれた理由について、「日本国民の選択が、体制としては西側の一員であることを望み自民党政権を支持しながら、憲法については改定を望まないという一見、矛盾したかたちをとったからである」と述べています。
第7章「新聞復権への道」では、「報道の自由のないところ、必ず人権侵害あり」という言葉を紹介し、「拉致問題を契機に明らかになってきた北朝鮮の状況は、知れば知るほど、戦前・戦中の日本にそっくりである」と述べ、「まるで戦前の日本をモデルにして『国づくり』を進めてきたかのように、よく似ている」と述べています。
また、「新聞はできる限り国家権力から独立していなければならない」という原則論のほか、「新聞とテレビの系列化は、現実問題としても、さまざまな弊害をもたらしている」として、クラブ協定の問題や、公平なテレビ批評ができない問題を取り上げています。
さらに、スター記者を育てる方法の一つとして、「署名記事を増やしていくこと」であると述べています。
本書は、仕事としての新聞記者について、著者自らの経験、特に、新聞が輝いていた時代との対比で語った一冊です。
■ 個人的な視点から
西山事件をきっかけとした毎日新聞の不買運動については当時は相当凄まじかったらしく、まあ、その後を読売と朝日で食い合ったわけですが。
高校時代に、社会科の時間に、憲法の報道の自由の絡みで西山事件について解説がありましたが、「いわゆるオールドミスをこましちゃったわけですね。ウヒヒヒヒ」と嬉しそうに説明していた社会科教師には当時の高校生たちは引いていました。
■ どんな人にオススメ?
・新聞記者がヒーローだった時代を知っている人、知らない人。
■ 関連しそうな本
河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』
今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
吉原 勇 『特命転勤―毎日新聞を救え!』
■ 百夜百マンガ
二番煎じもここまでくるといさぎよいというか、「がんばれドンベ」に免じてこれはこれで仕方ないと諦めるか、それにしてもあんまりと言えばあんまりです。
投稿者 tozaki : 2008年04月14日 06:00
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【鉄のほそ道 】