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2008年04月17日
ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで
■ 書籍情報
【ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで】(#1183)
ヘンリー・ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳)
価格: ¥1,365 (税込)
朝日新聞社(2003/8/6)
本書は、「工学とはどんなもので、その根本はなんなのか、そして科学技術は他の経験とどんな関係があるのか?」といった疑問を探求するものです。著者は、「工学の歴史には、失敗を乗り越えた成功の物語がたくさんある」として、「技術者たちが問題にどのように立ち向かい、判断力を発揮したかの物語は、工学という名で知られる人間的な努力の――本質的な、とはいわないまでも――基本的な特徴のいくつかについて、多くのことを教えてくれるのだ」と述べています。
第1章「ペーパークリップと設計」では、クリップの箱には、「使い方の説明」が書かれておらず、「あの小さな優れものをどうやって使うかも、難なく理解できて当然だと思われている」が、「こうした動作はすべて瞬時に、しかも無意識になされるので、そこに要求される複雑な運動技能はふつう見過ごされてしまうけれども、クリップをはめるという動作は、クリップを使うこと――そして工学の一つとしてそれを正しく理解すること――の中心をなしている」と述べています。
また、「最も成功したクリップのデザインで事実上『ペーパークリップ』の代名詞として知られるようになったものは、特許を与えられたことがなかった」として、「ゼム」の名で知られるあのクリップの基本理念が、「明らかに19世紀後半には存在していた」と述べています。
さらに、近年の多くの発明家たちが発見または再発見したゼムの欠点として、
(1)一方向にしか使えない。二回に一回は反転させてから取り付けなければならない。
(2)サッとはまらない。まず輪と輪を押し広げなければならない。
(3)きちんと留まっているとは限らない。書類や何かに引っかかって外れる。
(4)書類を破る。取り外すとき、鋭い先端が書類につきささる。
(5)枚数の多い書類はうまく把持できない。
(6)書類の山がかさばる。書類整理スペースの多くがクリップにとられてしまう。
の6点を挙げ、「あらたなデザインが現れて、こうした不満のひとつを解消しても、多分他のいくつかの問題を処理しそこねるか、それ特有の問題をあらたに一つ生み出すかするだろう。だから技術者と発明家はひどくてこずるのだ。すべてのデザインには複数の相容れない目的が絡んでいて、したがって妥協が必要だから、最良のデザインは常に最良の妥協案を提供する」と述べています。
第2章「鉛筆の先と分析」では、「鉛筆は、荷重に耐えるように設計された材料集合体だから、ひとつの構造物である。もっと正確に言えば、字を書いたり絵を描いたりする鉛筆は片持ち梁、要するに一端だけで支持されている構造物と考えられる」と述べた上で、「鉛筆の製造には明らかに二つの相容れない目標がある」として、
(1)芯をできるだけ細くして、申し分のない細い線を描けるようにすること。
(2)芯をできるだけ太くして十分な強度を持たせること。
の2点を挙げ、「工学技術を駆使する仕事の大半がそうであるように、鉛筆の製造も、同時に満たしえないことが多い複数の目標があるうえ、つねにさらなる目標が加わって、問題をいっそう複雑にする」と述べています。
また、カリフォルニアの工学者ドン・クロンキストが、「鉛筆の折れた芯先(BOPP = broken-off pencil point)が、「おびただしい数のBOPPにかんして不可解なのは、どれもこれも大きさと形がほぼ同じだったこと」に気づき、「妙だと思うようになった」ことについて、このような観察結果に接すると、「工学者や科学者は、鉛筆の先がそのように折れた理由を、技術的あるいは科学的に説明できるのではないかと考える」と述べています。
そして、BOPPの問題が、「工学的な分析結果を吟味し解釈する際、根本的な前提を忘れずにいて、そこに立ち戻ることがいかに重要かということ」を例証していると述べています。
著者は、「鉛筆でものを書くことは、壁から突き出た梁を作ることや、飛行機の翼を暴風の乱気流にさらすことほど重大ではないし、構造にひどい損傷を与えるほどの過重でもないが、見た目がまったく異なる構造物どうしの、機能のしかたや機能のしそこない方の類似性を調べることは、成功する工学技術には不可欠である」と述べています。
第3章「ジッパーと開発」では、「発明家はつねに、自分の発明を発展させて具体的な製品を作る道を選ぶことができるが、それにはお金と時間がかかる」と述べ、プラスチックのジッパーを思いついたボーデ・マセンという発明家が、その権利を他の発明家に売り渡したと述べています。
そして、「初期のジッパー、ベルクロ、プロスチック・ジッパー、そしてそれから派生した制密封可能なビニール袋の物語は、それぞれが何年もの期間に及び、一つの概念設計や特許のアイデア開発がいかに長い期間を費やし、困難であるかを示している」とともに、「一つの製品の成功が、どのように数多くの派生的なアイデアの構想や開発をもたらし、そこからさらに他のアイデアへ繋がるかの説明にもなっている」と述べています。
第4章「アルミニウム缶と失敗」では、「すべての工学技術を統合する考え方の一つは、失敗という概念だ」として、「そのような最初に明らかにされる要件は、ふつう失敗基準といわれており、橋であれ建造物や飲料缶であれ、人工物の設計が進むにあたって越えてはならない限界になる」と述べています。
そして、「技術者と技能者の違いは主として、市場に提示された設計案を失敗基準の点から試験するのに必要な、力とたわみ、集中と流れ、電圧と電流などの詳細な計算式を立て、その値を求める能力にある」と述べています。
第5章「ファクシミリとネットワーク」では、「科学技術という言葉は守備範囲が広く、ものと、それらを取り巻くネットワークやシステムやインフラはもとより、われわれ人間がそれらに課したり、それらから課されたりする利用形態を表すのにも使われる。科学技術は明らかに周囲の状況に左右され、絶えず進化しつづける」と述べています。
そして、「一つの発想から実際に使えるものを生み出すには、おしなべて、工学上のさらなる努力が必要である」として、「技術者は科学美術の発達に影響を及ぼす(アフェクト)ばかりか、その発達を引き起こす(イフェクト)といえるかもしれない」と述べ、「いまやどこにでもあるファクシミリ装置は、技術をめぐる状況の大切さを物語る興味深い事例である」としています。
また、「数学の問題の成果がたいてい一つであるのとは違って、工学や科学技術の場合は、一つの問題に幾通りもの解決策がある」として、ベータとVHSという2種類のビデオカセットレコーダーの市場の覇権争いを紹介しています。
さらに、ファクシミリ装置の開発に、「日本人がアメリカ人よりもデジタル技術開発に強い意欲を見せた」理由として、「日本語の多様な表音文字[カタカナ、ひらがな]と表意文字[漢字]は、電信やテレックスのシステムで通信するための符号化がむずかしかった」という「文化的な理由もあった」と述べています。
著者は、「新たな代替技術が何であるか」は、「単に技術だけの問題ではない」として、「文化、社会、経済、政治の発達は、電子回路や機械運動を支配する自然法則にも劣らない制限に要因になりうる」と述べています。
第6章「飛行機とコンピュータ」では、エアバスやマクダネルダグラスとの競争に遅れをとったボーイングが、「競争に追いつくためのマーケティング戦略の一環」として、「国内外の航空会社8社を招き、概念設計の初期段階で機体の設計に参画させ」、「この段階ではほとんど何も確定されていないので、顧客に合わせた仕様変更が容易にできる」と述べています。そして、「顧客になりそうな航空会社は、ボーイングが競争相手と見た他社の飛行機の客室の幅に不満を抱いていた」ため、「逆説的ではあるが、競争に遅れをとったことで、ボーイング社は優位に立つことができた」と述べています。
著者は、「技術者が最高の成果を挙げるのは、製品の未来の顧客――航空会社であれ乗客であれ――と意見を交換するときなのである」と述べています。
第7章「水と社会」では、「水は生活そのものになくてはならない要素」であるとして、「治水は、農業社会が確立してからの数千年間で工学技術が成し遂げた最もすぐれた功績の一つである」と述べています。
著者は、「水の十分な供給、廃水処理、上下水道システムの汚染対策は、21世紀の技術者が直面している最も困難な部類の問題である」として、「効果的で、経済的で、最適な利益になる提案の設計と展開のためには、工学的な正しい判断が必要である」と述べています。
第8章「橋と政治」では、「大きな橋にまつわる計画の発端、設計、資金調達、建設の物語はどれもみな、こうした紆余曲折をともなう長い歴史と、どんな大規模工学プロジェクトにもついてまわる数々のしがらみを説明するモデルになる」と述べています。
そして、「工学上の問題は、どれもみな複雑な、人間らしい試みだ。あらゆる工学の取組は、それを取り巻く文化や政治や時代によって方向づけられ、その逆もまたいえるのである」と述べています。
第9章「建物とシステム」では、「過去最大級の公共建造物と考えられ、その建設と運営の両方を視野に入れたシステムが必要だったと思われる」ものとして、「1851年にロンドンで開催された初の世界博覧会」の器として設計され、ロンドンのハイドパークに16エーカーというかつてない広さで「展示品と人間のいっさいを一つ屋根の下に収める」期間限定の「木と鉄とガラスの巨大建物」である「水晶宮(クリスタルパレス)」について解説しています。そして、1936年には完全に焼け落ちてしまった水晶宮が、「工学、建築学、建築システム全般に及ぼした影響は今日まで続いている」と述べています。
また、「ビルは、高層化が進むと同時に比較的計量になり、したがってしなやかになった」として、超高層ビルの設計が、「新たな構造システムや、コンピュータ解析の発達とともに進化してきた」と述べています。
著者は、「大都市の人口ほどの膨大な数の人間を収容する超高層ビルが増えるにつれて、次第にはっきりしてきたことがある」として、巨大な建物が、「周辺の地域社会の環境に甚大な影響をおよぼすこと」を挙げ、「よくできた建物とは、その内部の主要なシステムとその下のさまざまなサブシステムとの複雑な結びつきや相互作用、そして周囲の環境およびシステムに対するそれらの影響と相互作用が、技術者によって的確に予想されている建物なのである」と述べています。
本書は、一見、理論や技術の世界で完結すると思われがちな「工学」が、いかに人間社会と密接に結びついた存在であるかを判りやすく解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
普段何気なくゼムクリップを使っていますが、その形がこれほどまで紆余曲折を経て、今だに完成していないものであるとは知りませんでした。
ただし、本書は、工業デザインの部分と土木・建築の部分が入り混じっていて、何となく後半部分がだれてしまった印象がぬぐえないのが残念なところです。
■ どんな人にオススメ?
・日々ゼムクリップにお世話になっている人。
■ 関連しそうな本
ヘンリー ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論』 2005年12月31日
ヘンリー ペトロスキー (著), 池田 栄一 (翻訳) 『本棚の歴史』 2006年03月12日
ヘンリー ペトロスキー (著), 渡辺 潤 (翻訳), 岡田 朋之 (翻訳) 『鉛筆と人間』
ヘンリー ペトロスキー (著), 中島 秀人, 綾野 博之 (翻訳) 『橋はなぜ落ちたのか―設計の失敗学』
ヘンリー ペトロスキー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『もっと長い橋、もっと丈夫なビル―未知の領域に挑んだ技術者たちの物語』
テッド・ヴァンクリーヴ 『馬鹿で間抜けな発明品たち』
■ 百夜百マンガ
「ギャル刑事トマト」は、お祭りの夜店で買った付録の本か何かで読んだことがあります。同じ本に収録されていた、死体運びのアルバイトの話(死後硬直で物音を立てたり、車のライトの片方が消えてしまって崖沿いの細い道に迷い込んでしまう)の作者が誰だったのかが気になります。
投稿者 tozaki : 2008年04月17日 22:00
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【鳥山明○作劇場 】