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2008年04月30日

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫

■ 書籍情報

東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫   【東海道新幹線歴史散歩 カラー版―車窓から愉しむ歴史の宝庫】(#1196)

  一坂 太郎
  価格: ¥1050 (税込)
  中央公論新社(2007/09)

 本書は、「東京・新大阪間を2時間25分で走り抜ける」東海道新幹線の車窓から、「さまざまな人々が古代から現代までの間に築いた豊かな歴史の痕跡が、確認できる」という「走る博物館」としての新幹線にスポットを当てたものです。
 第1章「東京―品川」では、東京駅丸の内北口に建つ「鉄道の父」井上勝の銅像について、「わが生涯は鉄道を以って始まり、すでに鉄道を以って老いたり。まさに鉄道を以って死すべきのみ」と晩年語っていた井上が、ヨーロッパで鉄道視察中に倒れて息を引き取ったことを紹介しています。
 第2章「品川―新横浜」では、新幹線をまたぐ「八ツ山橋」について、「東京湾に出現したゴジラがハジメテ品川から上陸し、八ツ山橋を破壊する夜のシーン」を思い出すと語っています。
 また、幕末に御殿山にイギリスが公使館建設を始めた際、「外国勢力排撃(攘夷)を唱える長州藩の高杉晋作・久坂玄瑞・志道聞多(井上馨)・山尾庸造(庸三)・伊藤春輔(博文)ら10余名の若者がイギリス公使館に忍び込み、火を放ち全焼させる」という事件が起こったことを紹介し、「当時、犯人は分からなかった」が、明治になってから、「倒幕を成し遂げ、維新の元勲となって栄達を極めた伊藤や井上が、若き日の武勇伝として自慢した」ことについて、「外国の公使館に放火した犯人が、総理大臣(伊藤)や外務大臣・大蔵大臣(井上)の椅子に座るのだから、明治日本はまだまだ野蛮国であった」と語っています。
 第5章「熱海―三島」では、、熱海駅南方の「海中に突き出た魚見崎」にそびえる「熱海城」について、「ここには元来、城などなかった」が、各地の「城ブーム」に便乗して、「昭和34年(1959)、観光目的で新たに建てられた城」であると述べ、昭和38年の「キングコング対ゴジラ」では、熱海城が徹底的に破壊されるシーンがあることを、製薬会社の広告塔として日本に連れてこられたキングコングが、「核実験の被害者であるゴジラとともに、逞しい商魂の象徴のような熱海城を無我夢中で壊し続ける」シーンを、「強烈なブラックユーモアに満ちた作品であった」と語っています。
 また、「新丹那トンネル」について、「その一部は、戦前の弾丸列車計画が進む中で掘削された」と述べ、高度経済成長のシンボルとして知られる新幹線が、「実は計画は戦前から進められていた」ことを解説しています。
 さらに、富士山について、「それにしてもなぜ、日本人はかくも富士山が好きなのか」と述べ、幕末、イギリス初代駐日公使オールコックが、「富士山に特別固執する日本人が、不思議でならなかった」ため、「富士登山に挑戦する」と言い出したことを紹介し、富士登山を敢行したオールコックの言行が「外国勢力排撃を唱える攘夷派を刺激」し、水戸浪士ら十数名によるイギリス公使館襲撃事件が起きたことが述べられています。
 そして、田子ノ浦では、「戦後、この地は製紙工場から出る汚水がヘドロをつくり、生活環境が悪化した」と述べ、昭和46年には、「駿河湾のヘドロが怪獣化したという設定の『ゴジラ対ヘドラ』という映画が公開」され、「それほど大きな社会問題になった」と述べています。
 第8章「静岡―掛川」では、日本坂トンネルについて、「戦前の弾丸列車計画」によって、昭和16年(1941)より掘られ、完成していたものであり、昭和37年までは東海道本線のトンネルとして使われていたと解説しています。
 第10章「浜松―豊橋」では、「現存する唯一の関所遺構」である「新居関所跡」について、維新直前の慶應3年(1867)8月9日朝に、「伊勢神宮のお札が降った」事件である大衆乱舞「ええじゃないか」騒動を取り上げ、「そこには幕府倒壊を目前にした段階での、庶民の変革への期待が強く表されていた」と述べています。
 第12章「三河安城―名古屋」では、「七里の渡し船着場跡」について、「かつてはこの船着場から海を渡り、伊勢桑名まで行った。ここで海を渡るため、東街道ではなく東海道なのだという説もある」と述べています。
 第14章「岐阜羽島―米原」では、藤古川を渡る際に見える「ラクダの背のような突起する天満山」の南峰辺りが「関ヶ原合戦のさい、西軍宇喜多秀家の陣で、開戦地でもある」と述べ、「明治以前の国内線では、最大規模といわれる闘いだったが、たった半日で雌雄が決した。それは事前の裏取引、つまり政治で大方の決着がつけられていたからである」と解説しています
 第15章「米原―京都」では、現在は「ひこにゃん」で知られる彦根城について、「明治の初め、地元住民の反対により取り壊しを免れた彦根城は、現在では国宝に指定されている。城と城下町がセットでよく残り、日本で最も江戸時代の近世都市の姿を伝えていると評される」と述べています。そして、「開国の恩人」である井伊直弼が、「全国的に見れば、薩摩・長州を中心とする維新紙が幅を利かせ、直弼は悪役だった」が、戦後、舟橋聖一著『花の生涯』で「彦根人たちの悔しい思い」が払拭されていくと述べています。
 また、昭和39年に、娯楽施設「伏見桃山城キャッスルランド」のシンボルタワーとして、復元された伏見桃山城が、平成14年に業績不振を理由に閉鎖と取り壊しが発表されたときに、「天守は残してほしいとの市民の声が強く、取り壊し計画は中止された」ことについて、「昭和の復元天守も、すでに文化財的価値を持ち始めているのかもしれない」と述べています。
 第16章「京都―新大阪」では、京都駅を出ると、「左手に東寺(教王護国寺)の五重塔や金堂が見える」ことについて、「絵葉書的な風景だが、古都に来たという実感が湧く」と述べています。
 本書は、東海道新幹線をよく利用する人にとっては、ぜひ一度手にとって、車窓からの風景を楽しんでほしいと思う一冊です。


■ 個人的な視点から

 東海道新幹線は一時は毎週利用していましたが、新幹線の中は本を読んだり仕事をしたりするのにはちょうどいい場所なのであまり車窓からの風景には注目せず、ぼさっと眺めることが多かったような気がします。
 ぜひ、本書を片手に新大阪まで窓を行ったり来たりしながら車窓の風景に張り付いてみたいものです。


■ どんな人にオススメ?

・新幹線は単なる移動の道具と思っている人。


■ 関連しそうな本

 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 クリスチャン ウルマー 『折れたレール―イギリス国鉄民営化の失敗』 2006年08月03日
 筒井 康隆 『東海道戦争』


■ 百夜百マンガ

学級王ヤマザキ【学級王ヤマザキ 】

 山崎邦正が歌っていたテレビアニメの主題歌は、「Go West」のカバーかと思ってましたが、単なるパクリだったようです。ちなみに、ドリフのニンニキニキニキの歌の方ではありません。

投稿者 tozaki : 2008年04月30日 21:00

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