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2008年05月23日

押し紙―新聞配達がつきとめた業界の闇

■ 書籍情報

押し紙―新聞配達がつきとめた業界の闇   【押し紙―新聞配達がつきとめた業界の闇】(#1219)

  森下 琉
  価格: ¥1980 (税込)
  同時代社(2003/10)

 本書は、「新聞配達労働者はこんなにたくさんいて、こんなにも過酷な労働をして、それにもかかわらずその職場は現在も労働基準法も守られていない無権利状態にある。そうした状況の根底に大新聞社の『押し紙』という問題がある」という事実を「リアルに示し」たものであり、「新聞配達労働者が、使用者の横暴に泣き寝入りせず、裁判闘争を含めて6年間に渡り不屈にたたかいを繰り広げ、労働者の権利を一歩前進させた貴重な記録」です。
 序章「真夜中の配達」では、新聞配達労働の過酷な日常が、本書の舞台であり、全国でも数少ない「合売店」であるJR三島駅前の東部新聞販売会社とともに紹介されています。ひとりの担当者の配達部数は、朝刊で400件が普通であり、「現場に到着するまでの時間を除くと、平均して200軒を1時間で配っている」こと、「厳寒酷暑をいとえない、自然と真向う戸外労働」であり、「5時間と連続して睡眠をとることができない日常」を語っています。
 第1章「新聞合売店の『近代化』」では、1973年頃まで、夏期や年末に支給される「賞与」は、「氷代」「餅代」と書かれ、「専務、常務、支配人などは、ネクタイ、背広姿であっても創業以来の、身内、子飼いの従業員で、所詮は法被に前垂れ姿の大番頭、小番頭の『商い』方針が払拭されていなかった」と述べています。
 また、自分の地区の集金を完納できなかった「地区責」の氏名は、「札下がり」の見せしめとして、「大きな紙に書かれて、作業場に掲示され」、「給料で未集金分をさっぴかれ、給料支給も定例日より遅延された」と述べています。
 そして、身内の葬式があっても、「葬式は昼からだろう」と、「朝刊を配ってくれ」と言う、「常識はずれ」がまかり通っていた、として、「労働条件や賃金規定を定めた『就業規則』など」はない状態であったと述べています。
 第2章「配達労働者たちの矛と盾」では、「地区責任者の週休を確保するために導入された、代配要員制度」で入社した代配者たちが、「面接のとき、会社側の説明で、『毎月の給料に、地区責と代配の格差があるが、それは年二度支給されるボーナスで調整されるので、年収ではほぼ同等となる』とはっきり言われた」にもかかわらず、「実際は依然と『調整』」されず、労働基準法15条の「労働条件明示義務」もまったく果たされていなかったと述べています。
 そして、代配と地区責の給料格差が、「地区責に支給されているチラシ配達給料が代配には、まったく支払われていないこと」によるものであることを突き止める過程が述べられています。
 また、地元静岡で弁護士を探すにも、「具体的に相手が三島の新聞販売会社と分かると、『あの会社じゃねえ』と、みな関わりたくないようで、門前払いだった」ことが語られています。
 第3章「チラシ配達給料にからむ『不正』の連鎖」では、「新聞と折込チラシは、販売店と配達者にとって、不可分で車の両輪のようになっている」者であり、「このチラシ配達給料が、会社とその同族の広告社の『収益確保』の泉であり、また労働者側からしてみると、会社が収奪の的として狙ってくる格好の対象でもあった」と述べ、平成9年7月に静岡地裁沼津支部に「チラシ配達給料の一部未払い返還請求事件」を、どう10月には、「代配労働者に支払われるべきチラシ配達給料の不払いにたいする損害賠償請求事件」を提訴したことが述べられています。
 そして、「会社が従業員名義の銀行口座を勝手に開設して、濫用、私物化している」ことを、銀行で通帳元帳と通帳を照合した結果明らかにし、「本人分と会社分を区別して、本人分は個人が引き出せるが、会社分は別システムとして本人には引き出せず、通帳にも載らないシステムがあるのではないか」と述べています。
 また、チラシの配達労働を巡り、代配制度導入以来15年間、チラシ配達給料は未払いになっていて、「年間の未払い賃金総額は3600万円に及ぶ」上、「地区責任者のチラシ配達給料からは、勝手に機械使用料が差し引かれ続けてきた」という「膨大な金の使途」について、「毎日まいにち、各新聞者から配送された新聞が、梱包のまま山のように積まれて、そして、一度も読まれることなく、真新しい『新聞』が『古紙』になっていく無残な現実」を挙げています。
 第4章「押し紙」では、「1日1トンを超える量の新聞が、梱包を開けられることもなく倉庫に運び込まれた後、昔は週2回、いまは週3回、富士市の古紙問屋の4トントラックが回収に来て運び去っていく」と述べ、「全国的に部数が伸びず、経営のきびしい『毎日』のばあい、入荷数は5290部で、そのうち実際に配達されるのは、わずか2300部程度で、残紙3010部は廃棄される」という、「異常な事態」を明らかにしています。
 そして、「会社は、この『押し紙』代金をねん出するため、長期にわたって、実にさまざまなことを行なってきた。年間1億円を超える巨大な『押し紙』代金は大新聞社への上納金のようなものなのだろうか」と述べています。
 また、広告社が、「チラシ配付部数は公称5万部と宣伝しており、広告主はこれを信じて請求された額を支払っていた」が、実際に配達される部数は10%減で、「5000部が水増し分」であることについて、「会社の中ではチラシの挟み込み・配達給料から不当な賃金未払い(代配のチラシ配達給料、地区責の機械使用料無断控除)を行いながら、外ではそのチラシの部数を偽り、広告主に過分に請求をしている」ことを指摘しています。
 そして、「こうした販売店の広告チラシの不正水増しも、背景には『押し紙』代金をなんとしてもねん出しなければならない不透明な傷口から、じくじくとしみ出てくる『膿』であると言えるかも知れない」と述べています。
 第5章「むしりとられた生涯保障」では、従業員から実員を預かり、「私は銀行口座を持っておりませんので、私の勤務する朝日新聞販売店主(東部新聞反会社)を代理人に定め、退職金を受け取ることを委任しました」という「委任状」を、退職金共済組合に提出していたことを突き止め、「会社は、退職者に直接支払われるべき退職金の一部を不正に得ようと画策したと見られても仕方のない行為」であることを指摘するとともに、朝退共自体も、「『委任状』があったとしても、販売店主の口座に振り込むことが違法なことであるのは十分承知しているはずだった」として、「朝退共もまた、重大な責任を問われること」であると指摘しています。
 そして、「こうした不可解な金の流れの背景には、『押し紙』の存在がはっきりとある」と指摘しています。
 しかし、地裁判決は、「原告らの請求をいずれも棄却する」という平成13年に原告敗訴、東京地裁での控訴審は平成14年に控訴棄却が言い渡されています。そして、控訴審の判決日に、原告団が行なった各新聞者本社前でのビラ撒きの一週間後、会社側から和解申し入れがあったことについて、読売新聞社の「ワンマン社長の一喝」があったのではないかと推測しています。
 本件の弁護を担当した星山弁護士は、この事件の意義として、
(1)就業規則もなく、年中無休で有給休暇もまったく認められなかった前近代的な職場に、労働基準法を曲がりなりにも適用させることができた。
(2)少数とはいえ、職場に、憲法・労組法で保障された労働組合が結成され、会社が勝手な労務管理をすることができなくなった。
(3)裁判では、労働者側が請求した一部しか認められなかったが、会社が違法な労務管理することを事実上やめさせ、被った損害も一部回復できた。
の3点を挙げています。
 終章「炎は消えず」では、「日本の一地方、静岡県三島の位置新聞販売店の労働者たちが、無権利な労働条件に気づき、立ち上がった」背景に、「大新聞社の『押し紙』という強権に屈服しなければやっていけない新聞販売店の弱みがあり、新聞社はこのしわ寄せを、さらに弱い配達労働者に向け、彼らから絞る取れるだけ搾り取ろうとしたこと」が、6年間戦った労働事件の「基本構図」であると解説しています。
 本書は、新聞配達の現場から染み出た「膿」をきっかけに、大新聞社の「闇」にかすかな光を当てた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のストレートなタイトルにもかかわらず、押し紙の実態は広く認知されていないような気がします。
 押し売りで契約させられた新聞をクーリングオフで解約しても勝手に配っておいていくのは、そもそも販売店に新聞が余っているからであるのを知ったのは最近のような気がします。
 そう言えば、ダイソーで割れ物用においてある新聞紙は関東でも広島の新聞ですが、あの古新聞はどんなルートで回ってくるものなんでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・インテリが書いてヤクザが売ると言われている新聞の実態を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』 2008年04月24日
 歌川 令三 『新聞がなくなる日』 2008年03月29日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日


■ 百夜百マンガ

スローニン【スローニン 】

 「アフター高校部活モノ」というか、甲子園で「落球」してしまった元高校球児と、ラグビーで「骨折」した元ラガーマンの緩いストーリーが実はたまらないというか、湘爆の後半ではなかなか出せなくなってしまったムードがよいです。

投稿者 tozaki : 2008年05月23日 06:00

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