« 2008年05月 | メイン | 2008年07月 »

2008年06月30日

日本全国おもしろユニーク博物館・記念館

■ 書籍情報

日本全国おもしろユニーク博物館・記念館   【日本全国おもしろユニーク博物館・記念館】(#1257)

  新人物往来社
  価格: ¥2730 (税込)
  新人物往来社(2006/12)

 本書は、1993年に始まった「ユニーク美術館、博物館シリーズ」の8冊目となるもので、近年続々オープンした、ハイテクを駆使した大型美術館、博物館から「歴史を重ね守られてきた館や少人数で手作りしたような館」まで59館を紹介しているものです。
 青森県の「小川原湖民族博物館。渋沢邸」では、渋沢敬三に秘書兼執事として仕えていた杉本行雄が開いた古牧温泉の小川原湖民族博物館について、東京三田綱町にあった渋沢邸が、戦後、財産税代わりに物納され、平成になって道路拡張工事に伴う取り壊しが決まると、杉本は国に払い下げを要請し、平成4年6月、12億円の費用をかけてこの地に移築したものであると解説しています。
 そして、渋沢つながりでは、埼玉県深谷市のJR深谷駅前に立っていた渋沢栄一の銅像が、現在は「渋沢栄一記念館」に移されたことや、同市血洗島にある「中ノ家(なかんち)」と呼ばれた渋沢栄一の生家(明治28年に再建されたもの)などについて紹介しています。
 さらに、渋沢栄一が人生の大半を過ごした東京都の飛鳥山にある「渋沢資料館 晩香盧 青淵文庫」では、栄一の孫の敬三が収集した漢籍6000冊が収められていた青淵文庫を紹介し、「青淵(せいえん)」という雅号が、「渋沢の生家中ノ家の近くに上の淵と呼ばれる深い淵があり、水が青かったところからつけた」といういわれを紹介しています。
 福島県の「大内宿町並み展示館」では、「江戸時代にタイムスリップした不思議な感覚に包まれる。山間に現れた茅葺き屋根の町並み」が、戊辰戦争時に、東軍・会津藩と西軍(新政府軍)との戦いの場になり、会津軍が宿場を焼き払おうとするのを、名主阿部大五郎が、「死を覚悟して嘆願し、抵抗した」ため、焼き払いにあわずにすんだことなどが解説されています。
 千葉県の「大原幽学記念館」では、「牛渡村一件」と呼ばれる事件をきっかけに、幽学が「失意のうちに死を決意」した悲惨な結果を紹介した上で、「幽学の教えは現在も受け継がれていて、八石性理学会」が、「改心楼の跡地に大原神社を建てる運動」をしたり、「幽学関係の資料の保存などに活躍」していると紹介しています。
 同じ千葉県の「麻雀博物館」では、「世界の各地から収集した3000点を越す牌をはじめ、麻雀に関する貴重な文献」が収められていることなどを紹介しています。
 福井県の「御食国(みつけくに)若狭おばま食文化館」では、「小浜では、祭礼の折には焼鯖と赤飯と蒲鉾が欠かせない」として、「その赤飯を入れる飯桶」は、「その昔、お嫁さんが33歳の厄年を迎えると、実家から贈られることになっていた」という風習を紹介しています。
 静岡県の「浜松市楽器博物館」では、「こんなにアジアの楽器を揃えているだけでも驚きなのに、日本の伝統楽器もちゃんとそろっているし、地価にはヨーロッパの楽器だけでなく、中南米やアフリカ、オセアニアの楽器まで溢れている」として、「まさに世界中の楽器がある」と感嘆しています。さらに、「各コーナーでその楽器の音が聞けたり、演奏風景のビデオが見られたり」というだけではなく、「打楽器や弦楽器が触り放題」の「体験コーナーや体験ルーム」があることを、驚きを込めて紹介しています。
 山口県の「回天記念館」では、人間魚雷「回天」について、「絶望的な戦局の太平洋戦争末期、『天を回らし、戦局を逆転させる』という願いを込めて誕生した特攻兵器である。魚雷に大量の爆薬を搭載し、隊員自らが操縦して敵艦に体当たりする。なんという悲惨な兵器であろう」と紹介しています。そして、昭和18年夏に、二人の青年士官が、「人間魚雷」を研究した際には、「はじめ『必死』を前提とする兵器案は採用できないと却下されたが、翌19年、トラック等が壊滅的な打撃を受け非常体制となった海軍はついに正式兵器とした」という敬意を紹介しています。
 高知県の「高知県立坂本龍馬記念館」では、この館の最大の特徴として、「もともと高地県内の青年組織や、地域起しグループなどが主体となり、募金によって建設資金を集めた。日本国内はもとより、海外からも寄付が集まり、その学は7年間で8億円に達した。最終的には高知市が敷地を提供し、高知県が2億円を助成して、着工に至った」という「館の成り立ち」を挙げ、昭和3年に地元の青年有志によって建てられた、桂浜の龍馬像と「同じ方法を踏襲した」と解説しています。
 本書は、ハコモノ批判も多い中で、全国の個性的な博物館・記念館を、多くの人々の情熱が支えていることを紹介している一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている博物館・記念館の中には、公立なんだけど誰が見にくるんだろう、と思うようなニッチかつマニアックな分野をカバーするテーマを選択してしまったものもあれば、本当にニッチな狭いところを、ピンポイントでカバーする個人や好事家たちによって設立されたものまで幅広くあります。ちょっと敷居は高いですが、個人の思い入れのある記念館は、濃い世界を体験できるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・身近にあっても意外に知らない博物館・記念館を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 水藤 真 『博物館学を学ぶ―入門からプロフェッショナルへ』 2008年06月20日
 村井 良子, 上山 信一, 三木 美裕, 佐々木 秀彦, 平田 穣, 川嶋-ベルトラン 敦子 『入門ミュージアムの評価と改善―行政評価や来館者調査を戦略的に活かす』 2005年11月17日
 神奈川県博物館協会 『学芸員の仕事』
 太陽レクチャー・ブック編集部 『ミュージアムの仕事』
 高橋 隆博, 森 隆男, 米田 文孝 『博物館学ハンドブック』
 全国大学博物館学講座協議会西日本部会 『新しい博物館学』


■ 百夜百マンガ

CAとお呼びっ!―逆風客室乗務員【CAとお呼びっ!―逆風客室乗務員 】

 観月ありさの主演でドラマ化されていた作品。青年漫画誌に連載された作品ながら少女漫画的なテイストをもっているところは、『おたんこナース』に通じるところがあるでしょうか。でも観月ありさは『ナースのお仕事』でしたね。

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月29日

ウェブ恋愛

■ 書籍情報

ウェブ恋愛   【ウェブ恋愛】(#1256)

  渋井 哲也
  価格: ¥714 (税込)
  筑摩書房(2006/10)

 本書は、「ウェブを介した恋愛の実際やネット発の純愛ブームの背景」を取材し、「新ツールがもたらした新時代の恋愛間の本質」に迫ったものです。
 プロローグ「本当の恋を探して」では、「ウェブでの繋がりは、そのバーチャルさゆえ距離も年齢も関係ない。そのためウェブ恋愛は、ふたりの距離や年齢といった属性をたやすく越える」として、「リアルな属性よりむしろ気持ちが優先することも特徴といっていい」と述べています。
 また、著者の執筆動機として、「自分のウェブ恋愛の原体験を整理してみたかった」と述べています。
 第1章「ウェブで出会うということ」では、「ウェブでの出会いが本格的になったのは2000年以降」であるとして、「iモードの普及でケータイからのウェブへのアクセスも可能になった」ことに加え、「写メール機能」等の充実により、「出会い系サイトの全盛を迎える」と述べています。
 そして、「ウェブサイトでの出会いとして、最もわかりやすいのはやはり出会い系サイトだ」としたうえで、「ひとくちに出会い系サイトといっても、その内実は多彩だ」と述べ、著者自身のウェブ恋愛の体験として、「私は、恋愛に関して熱しにくい性格のため、後に恋愛対象になっても、なかなか恋愛感情が芽生えないことが多い。私は、出会い掲載とによる恋愛は不得手であることが、経験でわかった」と語っています。
 そして、ウェブでの出会いが、「外見を切り離した、文字によるやりとりがキーだったが、写真付きメールつまり「写メール」の登場で、外見もポイントになってきている」と述べ、「ウェブ上で知り合って、どちらかが『恋愛モード』になっていく過程で、ほとんどの場合に写メールの送信を要求する」が、著者自身の体験として、「じっさいに会ってみて、その幻想が音を立てて崩れていくのを何度も経験した」と述べ、「奇跡の一枚」や、「なかには別人の写メールを送る人もいるくらいだ」と述べています。
 著者は、「出会いのきっかけがウェブであるだけで、恋愛感情は、これまでの恋愛と変わらない。恋愛のツールにウェブやメールが登場したことで、出会いの形が新たに一つ生まれただけということ」だと述べています。
 さらに、「ネットだけのカノジョ」である「ネトカノ」や「ネトカレ」を挙げ、「ウェブ恋愛は、肉体的な接触がなくても成り立つ」と語っています。
 第2章「恋愛日記を綴る心理」では、ウェブ日記のタイプとして、
(1)備忘録型:自分のために覚書を残す。
(2)日誌型:情報を他の人に提供する。
(3)公開日記型:ほかの人に自分という人間を知ってもらう。
(4)狭義の日記型:自分で自分を理解するため。
の4つのタイプを挙げたうえで、「ウェブで恋愛日記を書くと、その恋愛の経緯を見ている読者がおり、恋愛を応援したり、失恋を慰めたりといった反応があるいっぽう、読者の嫉妬を招いたり、いたずらや罵声のレスポンスを受けることもある」として、書き手のキャラクターや、どのレンタルサーバーを借りているか、どのようなコミュニティで話題なるかによっても変わってくると述べています。
 第3章「生きにくさからの解放」では、コミュニケーションの道具としてのウェブが、「キュー(社会的手がかり)が少ない」、「キューレス・メディア」であるとして、「文字中心のコミュニケーション」であり、「表情や身振り手ぶり、視線、態度、匂い、服装など、対面コミュニケーションなら必然であるはずの要素が欠けている。対面コミュニケーションに存在するキューは、想像で埋められる」と解説しています。
 また、「生きづらさを抱えた人たちは、生きることへの希薄さを感じている」として、「希薄さを持ちながら、何らかのアクティング・アウト(行動化)をしている人たち」を「行きづらさ系」と呼び、「家出、援助交際、自傷行為、自殺願望・未遂、依存症などの行動を取りがちである。恋愛に依存する場合も少なくない」と述べ、「行きづらさ系」の若者たちを取材する中で、「多くの場合、恋愛やセックスが、若者たちの自身のなさや承認欲求から現れているのが見てとれた」として、「それは、愛に対する依存症であるかのようだった」と語っています。
 そして、「共依存的な恋愛の場合、自分は自分を十分にコントロールできないけれど、恋愛相手はコントロールをしたいという支配欲求が強まる。生きづらさをかかえて生きることの"希薄感"を埋めようと、相手に過度の愛情を注ぐ」と述べ、こうした人たちが、「恋愛に過度な期待をし、恋愛にふりまわされたり、相手に取り憑いていく状態」を「恋愛依存症」と呼ぶと述べています。
 その上で、「ウェブを通した恋愛者の体験談」が、「時代が変わっても恋愛の本質部分は、大きくは変化していない」と指摘しています。
 エピローグ「ウェブのアドバンテージ」では、「ウェブを通じた匿名の人間関係は、現実の人間関係の希薄さを象徴するもので、ウェブ恋愛もその一つではないか」、「ウェブは文字中心のコミュニケーションであり、人間的ではない」等の指摘に対して回答しています。
 そして、「ウェブは道具であり、ウェブ恋愛も本当の恋を探すための手段のひとつにすぎない。あくまで本当の恋を探すことが目的なのだ」と述べています。
 本書は、ウェブ恋愛というテーマを通じて、ウェブ上を行き交う人間ドラマの一部をキャッチした一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、単にウェブ上の恋愛を扱っているだけならば、表面的な感じで終わっていたかもしれませんが、著者が追っている「生きづらさ系」の人たちと絡めることで深みが出ている部分もあるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ウェブの恋愛は何か特殊なのかと思っている人。


■ 関連しそうな本

 室田 尚子 『チャット恋愛学 ネットは人格を変える?』 2008年06月04日
 渋井 哲也 『出会い系サイトと若者たち』
 渋井 哲也 『チャット依存症候群』
 パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
 渋井 哲也 『アノニマス―ネットを匿名で漂う人々』


■ 百夜百音

オックス・コンプリート・コレクション【オックス・コンプリート・コレクション】 オックス オリジナル盤発売: 2002

 「ダンシング・セブンティーン」をピチカートがカバーしていたこと自体知りませんでしたが、筒見メロディに対するこだわりは相当なものです。

『京平ディスコナイト~筒美京平リミックス~』京平ディスコナイト~筒美京平リミックス~

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月28日

集合住宅デモクラシー―新たなコミュニティ・ガバナンスのかたち

■ 書籍情報

集合住宅デモクラシー―新たなコミュニティ・ガバナンスのかたち   【集合住宅デモクラシー―新たなコミュニティ・ガバナンスのかたち】(#1255)

  竹井 隆人
  価格: ¥1995 (税込)
  世界思想社(2005/07)

 本書は、「集合住宅を基点とする政治学研究」の重要性や可能性についてまとめたものです。
 著者は、本書で訴えたい点として、
(1)住宅は人間にとって生活の基盤であり地域政治との接点となるにもかかわらず、これまで政治的思考の対象とならなかったことに対して、住宅の中でもとりわけ集合住宅については、そこに居住する人間同士のかかわりが不可欠な場であることから、政治学の視点から看過すべきでない重要性を有するということ。
(2)究極の地方分権として、集合住宅における住民自治に注目することが、わが国民に巣くう貧弱な政治意識を変革する一助たりうるということ。
(3)政治学研究は一般の方々からは難解と思い込まれ敬遠されがちなことに対して抵抗を試みたい。
の3点を挙げています。
 序論「デモクラシーの模索」では、本書において、「集合住宅と政治がどういった点で結びつき、それを関連づけて思考することがなぜ重要なのか」を解明するとしています。
 そして、本書における「集合住宅」が、「共同住宅の定義とはやや異なる、いわば共同所有及び管理を前提とした多世帯住宅」であると述べ、こうした「集合住宅」には、「民主的政治的システムを伴なった住民自治組織の存在が前提となっている」として、「アメリカではこの住民自治組織が、ある局面では明確に『政府』、とりわけ公的政府と対比する意味での『私的政府(プライベート・ガバメント)』としてとらえられている」と述べています。
 また、「集合住宅における私的政府も多様な統治機関のひとつであることに着目すれば、これまでの既存政府との関わり合いを含めた『マクロ・ポリティクス』にも影響を及ぼしうること」を指摘したいとしています。
 第1章「私的政府によるプライベートピア」では、アメリカの郊外の戸建住宅群を中心として形成される居住区について、「広場、公園、街路はもちろんのこと、時には遊歩道、湖沼、丘陵、テニスコート、プール、ゴルフコース等」にまで及ぶ「コモン」について、「CID(Common Interest Developement)」と称され、「わが国では、このCIDの視覚的あるいは物理的な観点から、ある種の憧憬にも似た、いたずらに礼讃する向きが見受けられる」が、「CID体制()CID regeme)」が、「わが国とは著しく相違する法律や金融の諸制度を含めた社会構造に立脚する」とともに、「その背景にはアメリカにおける政治意識、あるいは民主主義の成熟に負うところも大きい」と指摘しています。
 そして、「CID体制」の前提となる「CIDの権利態様」について、「その集合住宅のうち個人が特定の住宅を所有、利用する一方で、共用領域であるコモンは居住者全員が共同で所有、利用することが原則となる」が、「個別の住宅やコモンを所有、利用するための権利態様」については、
(1)コンドミニアム
(2)PUD
(3)コウオプ
(4)コミュニティ・アパートメント
の4つに類型化できるとしています。
 第2章「プライベートピアの課題」では、プライベートピアが、「田園都市に物理的には相似して、郊外で緑に囲まれた都市として存在するものの、制限約款によって『望ましくない隣人』を排除し、白人の中流以上の階層に限定されたユートピアと成り果ててしまった」ため、「富裕層が社会全体の利益の増進を図り経済的公正さを追及する責任を放棄し、過密都市を置き捨てにした帰結」として批判されていることを紹介しています。
 第4章「保安の探求」では、アメリカで、1980年代以降の犯罪の増加に伴ない、「より簡便に保安(セキュリティ)心理を満たすことが求められた」として、「CIDでももっとも先鋭化した形態、すなわち居住区全体を外壁で囲い込み、いわば要塞化する『ゲーテッド・コミュニティ(gated community)』と呼称される居住区が登場し、見る間に急増していった」と述べ、その数は、全米で約2万箇所、約800万人が居住しているとして、「そのうちの3分の1が富裕層のための高級居住区であり、もう3分の1は退職者向けで、さらに残りの3分の1は中流階層向け」であると述べています。
 著者は、「わが国の戸建住宅団地において『制限』の受容や私的政府の存立を阻んできたのは『当事者意識』の欠如であり、『お上』への依存心でもある」と指摘し、「自分たちで管制(コントロール)することを厭い、他律を好む傾向はわが国の『お上』意識に通じている。居住区という自らの領域内にある街路や公園等を、各個人とは別ものの『お上』の所有物と捉えてしまえば、あとはまったく関わらなくて済むという意識である」と述べています。
 第5章「もう一つの集合住宅」では、「コウオプの利用上の制限において注目すべき」点として、「市場価格で自由に売買できるコンドミニアムに比べると、売買が厳しく制限される点」を指摘し、「富裕層向けの高級コウオプでは人種、社会階層、収入等の同質性と社会的ステイタスとの保持のため、売買の対象者が厳しく制限される」と述べ、「とくに高級コウオプの場合には、居住者は入退居(株式の売買)の際に、理事会による入居審査を経て承認を得ることが必須であり、入居を希望する際は有力者から推薦状をとっておくことが無難とさえいわれている」と解説しています。
 そして、わが国におけるコーポラティブ方式について、「その発端が分譲マンションへのアンチテーゼだったものの、その基調をなす区分所有制という法的構成は否定されずにむしろその亜流として存立してきた」ため、「このようなわが国の代物は、アメリカでの概念からすればコウオプではなく、単なるコンドミニアムとして整理されるのみである」と指摘しています。
 第6章「コミュニティからガバナンスへ」では、「もて囃される傾向にある」、わが国における「サステイナブル・コミュニティ」の紹介の仕方に欠落しているものとして、「この居住区を成立させるソフト面の要素」を挙げ、「サステイナブル・コミュニティはこれまで述べてきたCID(コモンを有する居住区)の明らかに延長線上にある」と述べ、「サステナブル・コミュニティとみなされる集合住宅は、同時にゲーテッド・コミュニティである場合も多い」ことを指摘しています。
 著者は、「かつての職住いったいの村落共同体にも通じる復古的で情念的なコミュニティとは異なり、職住が一体でない人間関係の希薄な都市社会においても通用するコミュニティとは何だろうか」という問題について、パットナムが、「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」として重視した「規範(ノーム)」を挙げ、「個々人の権利や自由は大切に扱うものの、集団として確保すべき利益に沿うために個々人の自由や権利をどこまで『制限』するか合意するのが現代の自由民主性を前提とする政治なのである」と述べ、「この『制限』について合意するための政治過程には個人の『参加』が求められ、それは個人主義が進展し、人間同士の紐帯が減退してきた現代社会ではますます重要性を増している」と主張しています。
 第7章「集合住宅と『公共性』」では、「集合住宅に『公共性』が備わる可能性があるとするならば、そこでの私的政府の存立は『マクロ・ポリティクス』において退嬰しつつある自由民主制を挽回させる切り札足りうる」と述べています。
 そして、「まずは集合住宅の民主主義的な統治(ガバナンス)をとおして『自立化』が養われることで、より大きな課題(国防、福祉、経済政策など)に対処すべき国家や地方公共団体の集団的意思決定へ参加する市民としての成熟を育む」と述べています。
 結語「集合住宅からデモクラシーを考える」では、わが国で、「その欧米で台頭してきた背景を抜きにして共同体主義(コミュニタリアニズム)や社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)など言説を無闇に取り入れんとする向きのあること」を「いささか滑稽にさえ思う」と述べています。
 著者は、「集合住宅における『制限』を前提とした私的政府の成立こそが、都市政治の未来を拓く端緒になると信じている」という言葉で本書を結んでいます。
 本書は、日本では「民主主義」という言葉と直ちに結びついてイメージされにくい「集合住宅」における「民主主義」重要性を指摘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 2007年に出版され話題になった『集合住宅と日本人』と基本的なテーマは共通していますが、あとから出たほうが、より読みやすく、整理されたかたちで再編集されたもののように感じます。
 かといって、本書の方が、学術的な掘り下げが深いかと言えば、それほどの学術的な方向に傾斜しているわけでもなく、言ってみれば、『集合住宅と日本人』の習作的な位置づけなのかもしれません。
 しかし、同じテーマについて、同じ著者が書いたものを複数読むことは、著者の主張により近づくことができますので、『集合住宅と日本人』を読んで、もっと深く知りたいと思った人にはお奨めできます。


■ どんな人にオススメ?

・「集合住宅」と「民主主義」が結びつかない人。


■ 関連しそうな本

 竹井 隆人 『集合住宅と日本人―新たな「共同性」を求めて』 2008年06月13日
 エドワード・J. ブレークリー, メーリー・ゲイル スナイダー (著), 竹井 隆人 (翻訳) 『ゲーテッド・コミュニティ―米国の要塞都市』
 エヴァン マッケンジー (著), 竹井 隆人, 梶浦 恒男 (翻訳) 『プライベートピア―集合住宅による私的政府の誕生』
 ジグムント バウマン (著), 奥井 智之 (翻訳) 『コミュニティ 安全と自由の戦場』 2008年01月12日
 山岡 淳一郎 『あなたのマンションが廃墟になる日――建て替えにひそむ危険な落とし穴』 2008年06月02日
  『』


■ 百夜百音

アクマイザー3【アクマイザー3】 水木一郎 オリジナル盤発売: 1975

 「アニキ」の熱唱が冴えるばかりでなく、鬼のようなベースもたまらない曲。当時のテレビのスピーカーではきっとほとんど聞こえなかったんじゃないかと思いますが。

『水木一郎 ベスト・オブ・アニキング-赤の魂-』水木一郎 ベスト・オブ・アニキング-赤の魂-

投稿者 tozaki : 21:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月27日

漁民の世界 「海洋性」で見る日本

■ 書籍情報

漁民の世界 「海洋性」で見る日本   【漁民の世界 「海洋性」で見る日本】(#1254)

  野地 恒有
  価格: ¥1575 (税込)
  講談社(2008/5/9)

 本書は、「日本文化は海を核心とするという特質をとらえた言葉」、あるいは「海を核心として日本をとらえる社会や文化の見方を表す言葉」である「海洋性」について、解説しているものです。著者は、海洋性を、「海辺だけの問題ではなく、内陸を含めた日本列島全体の問題である」と述べています。
 第1章「海洋性とは何か」では、「海や漁業と日本文化の『内面的連関』に対して『海洋性』と言ったのは渋沢が最初であろう」として、自宅で「アチックミューゼアムと称する私設研究所を主宰して、民具を集めたり、民俗調査をおこなって報告書を刊行したりして、多くの研究者を育成した」渋沢栄一の孫、渋沢敬三が、「民俗学や漁業史件急にも大きな功績を残した」と述べています。そして、「『魚類は衆庶の脳裏に深く浸み込んで』おり、『わが国民性と漁業との間に想像以上の内面的連関』があり、それは『日本人の生活と密接不離』である。『極めて日本的のものの一つ』となっている日本文化の『海洋性』という観点から『日本民族と水産』の関係を歴史的に検討しなければならない」と述べています。
 また、「海からの移住者」が、「島が追々と主陸につながってきたように、人と土地の因縁も、常に内の方へばかり伸びていく』のが『習い』なのだ」として、「『内に向って平原の統一』に進む海島民族としての成長の方向は『島国の古今を一貫』している」として、「島の歴史である海島民族の成長は、同時に、島国に本の歴史なのである」と述べています。
 そして、「日本人の多くが海に背を向けた生活を続けて来た。海辺には農村ともいうべき村のほうが多くみられる」が、「その一方で、祭りや祝い事などに海産物を供物や贈答品として用いたり、浄めとして塩や潮を用いる習慣は海辺だけでなく日本全体に広く見られる」として、「われわれの心のうちに『潮の濃さ』を感じ取ることができる」と述べ、「日本文化には海のものを不可欠とする『海洋性』の伝統が見出されるのである」と述べています。
 さらに、「民俗学が生んだ最高のフィールドワーカー」である宮本常一が「話の聞き方を教えられた」と言わしめた相手である桜田勝徳が、西伊豆町仁科でであった盲目の老人から聞き取った話として、「明治時代に仁科から三重県熊野灘方面へ出漁していたとき、出漁先で滞在中のめんどうをみてくれた女性のこと」について、「その女性はヒメと呼ばれた。ヒメとは遊女のことである」と述べ、桜田の調査ノートから、「マグロ延縄漁の船方は出漁先で4ヶ月間、農家の一室を宿として借りて滞在した。船方は宿でヒメと生活した。ヒメになるのは、出漁先の土地に住んでいるふつうの女性だった。自分の家に娘がいないと養女をとってまでもヒメをやらせることもあった。ヒメは世話女房のようで情が深かった。ヒメとの間に子どもができてヒメの家の婿になる者もいた。ヒメは世帯にかかる金以外に金銭を要求することはなかった。帰郷するときにはお礼に少し金を与える程度で、不漁の年などは金はいらないというヒメもいた。それでも船方は残った金をおいて帰っていった」という話を紹介しています。
 著者は、「海洋性の研究とは、内陸にも存在する海に由来し関係する民俗事象を海洋的要素として取り出して、それをならべていくことではない」として、「ボーリングという基礎作業によって出てきた具体的な事例群を通して、海洋性という特徴がどのような仕組みで維持され形成されているか、あるいはどのような社会や文化の形や論理が抽きだせるかを追求しなければならない」と述べています。
 第2章「地先沿岸漁村という世界」では、著者が、「第二次世界大戦前の地先沿岸漁村の伝統的な生活をとらえるため」に、「毎年決められたように、村の近くの海に群れをなしてやってくる回遊魚」である、「寄り魚の漁に携わる人々とその村に注目した」と述べ、「地先沿岸漁村の伝統は、寄り魚漁の中で形成され、寄り魚漁の崩壊の中で再編され変化してきたといえる」と解説しています。
 そして、「魚群がきたとなれば、何をしていても、すぐに村人たちが走り集まり、所定の持ち場につき、漁獲の体制に入った。これが寄り魚漁である。船・網・漁具の提供や管理の仕方、漁労組織や役割分担、命令指揮の伝達方法、漁獲物の分配方法、漁場の利用方法、行事や儀礼などが事細かに決められていた」として、「寄り魚漁のような集団的・組織的な漁業は江戸時代には完成し、その形は1940年代までみられた」と解説しています。
 著者は、寄り魚漁の特徴として、
(1)村の経済を支える漁業であるということ。
(2)漁の運営が村落によって管理されていたということ。
(3)寄り魚漁の祭りが一部の漁業従事者の祭りではなく、村落を単位として行われていた。
の3点を挙げ、「半農半漁というのは、農業と漁業の割合が50パーセント・50パーセントということではなく、農業をしたり漁業をしたり、また他のことをしたりという意味」であり、「半農半漁の生活の社会的な中心となるなりわいが、農業、しかも稲作になるとは限らないのだ」と述べています。
 また、漁村には、「よその土地から幼少年者をもらい受けてきて自分の家の漁師として養成すること」である「もらい子」という慣習があり、「村落で管理されていた共同漁(寄り魚漁)の場合、その構成メンバーは、漁業に労力を出す責任を負っている。共同漁に参加できる一人前の者を確保するために、また、共同の利益配当を受けるために、もらい子がおこなわれた」と解説しています。そして、「地先沿岸漁村は外来者を取り入れることにより維持される側面をもつ。漁村社会には外来者を取り込む柔軟性があるといえる」と述べ、「漁村に足を踏み入れたときに感ずる町のような雰囲気は、この外来者を取り込む柔軟性に由来するものであろう」と解説しています。
 第3章「海を求めた日本人」では、「田植えに海の魚を食べた」理由として、「民俗学では、田植え魚は忌み明けのしるしという柳田国男の解釈がとられ、ほぼ定説化している」と述べたうえで、柳田が、「稲の祭りの中心に山から迎える田の神信仰を位置づけ」、「田植えの祭りで海の魚が用いられるのは、仏教を前提として副次的に形成されたもの」であるとしたのに対し、「民俗学を支える一つの柱を築いた人」である折口信夫が、「稲の祭りの中心に海の信仰を位置づけた」と述べています。
 そして、「海の魚で祝うのは田植えのときだけでなく、年中行事の中でもっとも大切なときである正月や盆にも見られる」として、「折口論の延長でいえば、盆や正月の魚食も、禊ぎをついだしるしと解釈される」と述べています。
 著者は、「正月や祝いに用いられる魚は、まず、海のものであることが大事であり、その種類まで拘束されることはなかったろう」として、「その地域に大量に供給される魚が、そのときのその地域の魚として決まってくる。やがて、その種類の魚でなくては祝ったような気がしなくなるまでになるのである」と解説しています。
 第4章「地先沿岸漁村の交流のかたち」では、「土地の人と旅の人を対比的にあらわした言葉」として、「ハエツキ」(生え付き)と、「キタリド」(来り人)という言葉を取り上げ、「キタリドを、何かをもたらした者として説明のために登場させるのをやめなければならない。ハエツキだけから成る村があり、そこへキタリドが何かを持ってやってきて伝えるという交流のワンパターンなとらえ方を捨て去ろう」と述べ、「ハエツキとキタリドによってどのように生活が成り立っているかという交流のかたちこそ、第一の問題として設定しなければならない」と主張しています。
 第5章「出漁漁民の移住集落という世界」では、「明治時代以降、日本沿岸で漁業活動を通じて行われた移住」として、「長崎県海域から朝鮮半島沿岸における底引き網漁や一本釣り漁の漁民の動き、太平洋沿岸におけるカツオ釣りやマグロ延縄漁の漁民の動き、北海道のニシン漁場における日本各地の漁民の動き、日本海沿岸漁民のイカ釣り漁による下北半島周辺海域への動き、沖縄糸満漁民の追い込み網漁による日本沿岸各地への動き」等を挙げ、「こういった移住地域で行われた許可漁業や自由漁業がどのような形で行われたのか、移住先で展開する漁業(移住漁業)をみていこう」としています。
 そして、「漁撈技術を専一化させることによって年間の生計を立てられるということは、移住漁民が移住先の生活を支えていく漁業の形としては合理的である」とした上で、「専一性は移住地域で形成される漁業の形を示す特徴である」が、「それは同時に、ずっと済み続けていこうとする定住生活を断絶させる移住地域のもろさをあらわしている」として、「専一的に漁業を行うということは、移動を引き起こすことにもなる特徴である」と述べています。
 また、移住漁民が、「移住先に出身地の生活を再現しようとするのではなく、また、現地にとけ込もうとはするが、移住先に同化されるのでもない。移住先の地元の人々との交流を通して、得意技を生かして、そこに自らのポジションを作り上げていく。それが移住先に作られる第二のふるさとにおける彼らの土着的でない、海洋的な姿である」と述べた上で、「定住とはずっとそこに住み続けるという意味だけではない。移住漁民に見られる定住の論理は、ずっと住み続けなければならないという堅固な定住の生き方とは異なる、住み続けて入るがひょっとするといつかは移動するかもしれないという、ゆるやかな定住の生き方である」と述べています。
 終章「日本文化の基層としての『海洋性』」では、「海洋性とは、日本が豊かな海に囲まれ抱かれることによって、そしてそこに住む人々が海を意識することによって、歴史的に後天的に育まれてきた性格である」と述べ、海洋性は、「地域漁業の実態と海産物消費の習俗との相互関係によって作り出され支えられてきた特徴」であり、「海洋性とは海から来るものとのの交流や交換によって維持され活性化されてきた社会や文化の特徴であり、そこから抽きだされた仕組みや論理のことである」と述べています。
 また、「海洋性から抽きだされたゆるやかな定住に共通する特徴」として、「漁撈技術の専一性」を挙げた上で、「日本列島社会は多様である。しかし、それは定住民と漂泊民からなるからではない。定住社会に本源的なゆるやかさが多様なのである。ゆるやかさをもたらす本質的な違いが、定住社会の内実を多元的にしているのである」と述べています。
 本書は、「漁民の世界」というタイトルとは裏腹に、内陸も含めた日本社会がもつ多様性に、「海洋性」というキーワードで切り込んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 実家が海のそばだったので、生活の中に海があるのは自然なことだと思っていましたが、それは海の近くに限らず、海から離れた内陸にあっても、海や塩、魚が重要な意味をもっている、というのは新鮮でした。


■ どんな人にオススメ?

・海を見ると安心する人。


■ 関連しそうな本

 宮本 常一 『忘れられた日本人』 2006年06月25日
 イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』 2006年08月06日
 宮本 常一 『旅の民俗学』 2008年03月02日
 佐野 真一 『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』
 宮本 常一 『日本の村・海をひらいた人々』


■ 百夜百マンガ

地獄甲子園【地獄甲子園 】

 世の中には色々な地獄がありますが、メジャー誌でこの人の担当編集者っていうのも結構な地獄のような気がします。結構吹っ切れて面白いのかもしれませんが。

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月26日

新版 霊柩車の誕生

■ 書籍情報

新版 霊柩車の誕生   【新版 霊柩車の誕生】(#1253)

  井上 章一
  価格: ¥1260 (税込)
  朝日新聞社新版 (1990/05)

 本書は、霊柩車について、
(1)霊柩車はいつごろどこで使用されるようになったのか。
(2)どのような経緯と背景のもとに霊柩車が生み出されていったのか。
(3)そのそもなぜあのようなデザインの車がつくりだされたのか。
の3点を解き明かそうとしたものです。
 第1章「キッチュの意匠」では、「日本で霊柩自動車が初めて運転されたのは、大正時代の前半期である」として、大坂では大正4年に、葬儀業者の鈴木勇太郎によって考案されたことなどを解説しています。
 そして、その種類は、現代では、
(1)バス型:バスを改造して霊柩を安置できるようにした車。
(2)寝台型:乗用寝台自動車を遺体輸送用に転用したもの。
(3)宮型:荷台部分が伝統的な和風建築のスタイルで形作られ、屋根には唐破風がかけられている。
の3種類の大別できるとしています。
 また、宮型霊柩車が、「なぜあのような格好をしているのか、どうして神社仏閣を連想させるようなスタイルになっているのか」という点について、「輿(こし)がそのまま自動車に転用されて現在の宮型霊柩車の原型になった、と考えるのが自然なように思われる」と述べ、「一度使用すればそれっきりの道具」であった輿に比べ、「何度も使う」ため、「装飾模様や彫刻類に精をこらすことができた。何年も使用することで、工芸面に贅をつくすことが可能となった」のではないかと述べています。
 著者は、宮型霊柩車が、「文化のエリートたちには嫌われていたが、大衆の目にはこのうえなくすばらしいものとうつった」として、「エリートが反感を示し、大衆が喜ぶ」という「二極構造を持っていた」と解説しています。
 そして、「宮型霊柩車はキッチュの造形である。寄せ集めのデザインである。形態の扱いに自覚的な操作意識はない。いわゆる芸術上のオリジナリティも欠如している」として、「芸術誌叙述の対象になりうるものではない」と述べ、同じくキッチュである「擬洋風建築は高く評価されるのに、宮型霊柩車はなぜ黙殺されるのか」という問題について、
・擬洋風建築がすでに滅んでしまったということ。
・「無名の市井の人々」が支えた意匠を、「一握りのエリート建築家」たちが圧殺してしまったというエリートたちの反省。
等の点を挙げています。
 第2章「明治時代の葬送」では、山本有三の小説『路傍の石』のなかに、「都市の葬送風俗を考えるうえで、大変参考になる場面が出てくる」として、「おともらいのおきよ」という「おともらいかせぎの老婆」を取り上げ、「このころには、葬式にたかるだけで生活ができた」と述べています。
 そして、「葬送にむらがるひとたちの要求をいれ『引きもの』を与えることは、喪主にとってかなりの負担だった」として、「貧民たちがむらがる葬送は、たいへん高くついた」と述べています。
 また、「葬儀屋の変化が、葬列を大きく変えていった」として、「葬儀の一切を請け負うサーヴィス業」が、明治20年ごろに成立したと述べ、「このときを境に、葬儀サーヴィス業の体質が変わった」として、「昔の棺屋は発達して葬儀社とな」り、「葬具類を安く貸し始めたので、今までと同じ費用でより多くの葬具類を借りることができる」になったため、「葬儀を盛にし易く」、「豪華を衒う風」も「盛とな」ったと解説しています。
 さらに、「旧幕時代の大名行列と維新後の葬列の間には、密接なつながりがある」として、葬儀社が「大名行列の奴たちを吸収した」ことで、「大名行列という伝統芸能は、明治以後も生き延びることができた」として、「『奴の行列』という特殊な芸能は、葬列の中に保存された」と解説し、現在でも、「大坂の神社には、祭礼に大名行列をくりだすところがある」として、「葬儀社は、現在に至るまでこの伝統芸能を保存しているということになる」と述べています。
 そして、「肥大した葬列は、『ゴロゴロ』して暮らす人夫たちの生活を支えることができた。また、『煙草屋、八百屋』などの生業をいとなむひとびとも、ここからの収入をあてにすることができた。つまり、葬列の執行者たちは、それだけぶんの雇用賃金を支払っているのである。巨大な消費といわねばならないだろう」と述べています。
 しかし、「大正時代に入れば、葬列のありようは一変する。明治に特徴的な葬送風景は一掃される」と述べています。
 第3章「霊柩車の誕生」では、大正時代になると、「葬列を廃止するケース、あるいは、夜間の密葬にするケースがふえてくる」様子を解説しています。
 そして、人力車、乗合馬車、鉄道馬車などの交通機関が、「時代がさがるにつれて路上に大きく進出するように」なり、「しだいに歩行者を圧迫しだし、路上がたくさん混雑するようになってきた」結果、「葬列などの行列は、道路上では行いにくくなってきた。ものものしい葬列は、混雑しだした路上では迷惑な存在になっていたのである」と述べています。そのうえ、「交通機関の近代化は、葬列行列を寸断させただけではない。徒歩の人々に便利な足をあたえ、葬列そのものを消滅させていった」と述べています。
 また、「まだまだ自動車は高級品」であったこのころ、「霊柩車も最初は上層階級の人々が使い出したのではないか、と想像されがち」だが、「事実はそうではない。霊柩自動車は、基本的には『経費の節約』を目指したものであった。葬列を組んで練り歩くより、自動車の方がはるかに安くついた」と解説しています。
 さらに、「葬列への未練が、かなりあとまで残っていた」として、「葬送は自動車で行う。しかし、旧来の葬列にも未練がある。だから『旧式を新式とを、混合』した葬送をのぞむ。遺体は霊柩自動車で運ぶが、途中はしずしずと葬列のように『徐行』する。そして『旗、提灯、樒(しきみ)、杯」などを配し、葬列風に火葬場までいくというのである。葬列への執着心は明らかである」と述べています。
 また、「明治時代の葬列には、数多くの野道具が連なった」が、自動車の出現によって、その存在が宙に浮いてしまったとして、「こうして宙にただよいだした野道具が、自動車の周りに吸い寄せられたのではないか。持ち場をはなれ浮遊しだした野道具が、自動車の周囲に集まっていったのではないか」と述べ、「宮型霊柩車の意匠は、以上のような経過をたどって形成されたものと思われる」と解説しています。
 本書は、霊柩車を入口に、明治の葬列の姿を現代に伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 なぜだか、霊柩車を見たら親指を隠せ、とか、朝霊柩車を見ると縁起がいい、とかいう話を聞いたことがありますが、こういう迷信の類も、そのルーツである葬列にたどり着いたりできるのでしょうか。調べたら面白そうです。


■ どんな人にオススメ?

・霊柩車の不思議な意匠に惹かれる人。


■ 関連しそうな本

 井上 章一 『愛の空間』 2008年05月06日
 井上 章一 『つくられた桂離宮神話』
 井上 章一 『パンツが見える。―羞恥心の現代史』
 井上 章一 『美人論』
 井上 章一 『関西人の正体』
 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日


■ 百夜百マンガ

忍たま乱太郎【忍たま乱太郎 】

 そういえば16号沿いに「にんたまラーメン」の看板を見かけますが、この作品とはきっと関係ないのではないかと思います。

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月25日

入札関連犯罪の理論と実務

■ 書籍情報

入札関連犯罪の理論と実務   【入札関連犯罪の理論と実務】(#1252)

  郷原 信郎
  価格: ¥2310 (税込)
  東京法令出版株式会社(2006/2/17)

 本書は、談合罪に関して、その「解釈をめぐって対立が続いている間に、わが国の公共調達については、恒常的かつ継続的な談合によって受注者が決定される非公式の『談合システム』が次第に定着していき、その一部の行為だけを切り取って処罰することが困難な状況に」なったなかで、
(1)競売入札妨害罪のうち入札に関する犯罪である談合罪及び入札妨害罪についての解釈上の問題を整理、検討すること。
(2)その背景となっている制度的、社会的問題などを分析すること。
(3)操作実務および立証に関する実務上の問題を検討すること。
等を目的としたものです。
 第1編「序論」では、わが国において、「明治22(1889)年に契約制度が法律上確立して以来、一貫して一般競争が原則とされてきたが、現実には、その時々の社会経済情勢に応じて指名競争、随意契約という例外的措置を取りうる範囲が拡大され、公共調達の運用の実態としても、むしろ一般競争の方が例外的といえるような状況が続いていた」が、欧米諸国との経済摩擦の激化や、「ゼネコン汚職事件」の摘発などにより、平成6年1月18日に「公共事業の入札・契約手続きの改善に関する行動計画」が閣議了解され「それまでほとんど指名競争入札方式で行われていたわが国の公共工事の発注は一般競争入札方式採用の方向への大きな変革を迎えることとなった」と解説しています。
 第2編「競売入札妨害罪の構成要件とその解釈」では、「公正なる価格」の解釈について、昭和19年大審院判決から振り返った上で、「『公正なる価格』の意義については、学説上も『競争価格説』と『利潤価格説』とが対立している」と述べ、「最高裁判例が採っている『競争価格説』が通説であるが、『利潤価格説』も有力に主張されている」と解説しています。
 そして、「不正の利益を得る目的」について、「当該談合行為との関係において談合行為者がその利益を獲得しようとすることに社会通念上悪質性が認められるか否かという観点から判断されることとなる」として、
(1)利益の学
(2)利益獲得と当該談合との対価関係の直接性
(3)利益の正確
の3点が、判断基準として考えられると述べ、「『不正の利益を得る目的』が認められるか否かは、上記(1)ないし(3)を総合的に考慮して判断をすべきである」と述べています。
 また、入札妨害罪と談合との関係について、
(1)入札参加舎監で談合が行われず、自由競争で入札が行われる場合に、一部の入札参加者が他の入札参加者の、意思を抑圧し、または錯誤・不知に陥れる形態。
(2)談合を成立させるためには、談合に加わらない入札参加者を威迫して談合に加わるよう強要したり、談合に応じないものが入札に参加できないように、入札指名から排除するようにしたりする行為。
(3)談合が成立していることを前提に落札者に利益を得させるための行為。
の3通りがあると述べています。
 さらに、談合への入札施行者側の関与について、「受注者が業者間の談合によって決定されていることを黙認している場合も多く、それにとどまらず、積極的に談合による受注者の決定を示唆したり、談合による受注に協力するような行為を行なう場合もある」として、「このような発注者側の行為も、入札参加者の談合行為と同様に『公の入札の公正』を害するものである」と述べています。そして、入札施行者側の関与と犯罪の成立について、
(1)談合への直接の関与
(2)特定の者を落札させることについての示唆
(3)談合による受注予定者決定および落札への協力行為
(4)談合による落札者の利益を増加させる行為
の4つの類型の行為について、「入札施行者側にいかなる犯罪が成立するか」を検討しています。
 第3編「公共調達をめぐる談合システムの構造と歴史的経過」では、「談合行為そのものを、『反社会的・反道徳的行為』としての一般的な刑法犯と同様の犯罪行為として取り扱うことの困難性の最大の要因」について、「戦後長らく、公共調達に関する業務に関わるものの多くが、談合行為そのものか、それを前提とする業務に関わりを持ってきた」という実情をあげています。
 そして、いわゆる「大津判決」が、「公共調達をめぐる談合のシステムに、談合罪の解釈という面から法的な『お墨付き』を与え、その後、公共調達をめぐる談合システムをいっそう磐石なものとすることになった」と述べ、捜査機関の側も、「業者間の話し合いによる受注予定者決定という『業界内民主主義』的な談合は、むしろ、過去にあったような談合専業者や暴力団等の介在する談合と比較すれば、犯罪としての悪性の低い談合であり、処罰価値がないとの認識が広がっていった」結果、捜査機関と公共工事受注業者の間に、「談合金の授受を伴なうような談合ではないかぎり、談合罪による摘発は行わない」との「暗黙の了解のようなもの」まで生じたと解説しています。
 しかし、日米構造協議における、アメリカ側の日本の独禁法運用強化の要求を受け、「入札談合は、独禁法の適用対象として極めて大きなウェイトを占めツようになり、「談合に対する批判の高まり、公取委の談合に対する独禁法適用の効果等によって以前のように建設業協会などの場で公然と談合を行うことはできなくなり、親睦団体などの場で秘密裏に談合を行なう形態に変化していったが、そのような親睦団体も、独禁法違反による摘発が相次いだことで解散を余儀なくされた」と解説しています。
 そして、「談合システム」も、「かつてのような業者間における話し合いを中心とする『業界内民主主義』的なものから、発注者と受注者の癒着・腐敗を伴なう『天の声』が他の談合や業者間の利益配分を伴なう形態の談合に移行し、刑事事件としては悪質化の方向に向かっていると思われるにもかかわらず、刑事処罰による談合抑止はほとんど行われてこなかった」ことを指摘しています。
 第4編「競売入札妨害罪の捜査実務上の問題と検討」では、談合罪による摘発件数が極めて少なく、「同罪の捜査が積極的に行われてきたとは言い難かった」理由として、「捜査機関の側に『公正なる価格を害する目的』についての立証が困難であるか、可能であっても大きな負担になるとの認識が捜査機関側にあったこと」を指摘しています。
 そして、従来の検察官の「公正なる価格を害する目的」についての立証が、「確立した判例となっている競争価格説の観点というより、むしろ、利潤価格説に十分に配慮した立証が行われてきたというのが実情であった」と述べています。
 一方で、最近の裁判例における「公正なる価格を害する目的」の認定が、「自由競争が行われた場合の落札価格の推定に主眼がおかれ、それが『適正な利潤』を含むものか否かは、さほど問題にされていない」として、「最高裁判例の『競争価格説』の考え方をいっそう徹底したもの」だと解説しています。
 特別補講「経済事犯の動向と犯罪捜査の実務」では、「一般の犯罪と経済事犯に対する対応の違い」の原因である、「経済事犯の犯罪としての特質」について、
(1)反道徳性・非倫理性が希薄
(2)目的・動機の合理性
(3)記録化の必然性
の3点を挙げています。
 また、贈収賄についての要素として、
(1)賄賂の授受
(2)職務権限との関連性
(3)便宜供与
の3点を挙げています。
 本書は、入札関連犯罪の捜査に関わる人間にとっては、取り締まる側にとっても、取り締まられる側にとっても、わかりやすく解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 もともとは取り締まる方にとっての実用書のはずの本書ですが、立証までのロジックを赤裸々に解説した本書は、取り締まられる側にとっても「実用書」になってしまうのではないかと勘ぐってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・入札に色々と携わっている人。


■ 関連しそうな本

 鬼島 紘一 『「談合業務課」 現場から見た官民癒着』 2006年03月15日
 桑原 耕司 『談合破り!―役人支配と決別、命がけの攻防記』 2007年09月25日
 桑原 耕司 『「良い建築を安く」は実現できる!―建築コストを20%も削減するCM方式』 2006年04月12日
 桑原 耕司 『公共事業を、内側から変えてみた』 2006年02月22日
 DANGOを考える会 『談合がなくなる―生まれ変わる建設産業』 2007年05月22日
 ベンジャミン・フルフォード 『ヤクザ・リセッション さらに失われる10年』 2006年02月18日


■ 百夜百マンガ

黄昏流星群【黄昏流星群 】

 島耕作は社長になってしまいましたが、黄昏るまでにはまだバリバリに活躍するのでしょうか。

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月24日

なぜ、改革は必ず失敗するのか-自治体の「経営」を診断する

■ 書籍情報

なぜ、改革は必ず失敗するのか-自治体の「経営」を診断する   【なぜ、改革は必ず失敗するのか-自治体の「経営」を診断する】(#1251)

  木下 敏之
  価格: ¥1995 (税込)
  WAVE出版(2008/6/16)

 本書は、前佐賀市長である著者が、「佐賀市役所の改革の一例とともに、その後の地方自治体経営の研究やビジネス経験で見えてきた、今後の自治体経営のあるべき方向」を描いたものです。著者は、本書執筆の動機について、「このままでは次世代に申し訳ない」、「今、自治体経営が大きく方向を変えていけば、多少は幸福な未来になるのではないか。そのために私たちはどうすればいいのだろうか」という気持ちから、書き始めたと語っています。
 第1部「ある自治体『経営者』の挑戦」、第1章「バブルの残滓を除去する」では、1999年に佐賀市長に当選した著者が、「何からはじめるべきか」という優先順位に悩んだ結果、
(1)採算性のない事業の廃止・縮小
(2)市役所の体質改革(人口減少と高齢化の時代に合わせた大幅行革と都市計画等の見直し)
(3)産業振興策と子育て支援、教育の充実
の3つの重点課題に、優先的に取り組むことにしたと述べ、結論として、「1期目の4年間は、(1)に重点を置き、2期目に、(2)と(3)について、最大限の努力をする、という大まかな方針」を立てたと述べています。
 第2章「経営刷新は人事からはじまる」では、給料では大した差がつかない役人は、「自分のポストがどうなるか」を非常に気にするため、「大部分の役人は、ポストでコントロールできる。つまり、人事がすべて」だと述べ、3月16日の就任直後の「4月1日人事を止める」という決断をした狙いについて、
(1)管理職は実力のある人だけに絞りたかったので、能力を見きわめる時間が欲しかった。
(2)人事権が誰にあるのか、それを職員に強烈に見せつけたかった。
の2点を挙げています。
 また、佐賀市役所では、人事評価が行われておらず、市役所内の色々な派閥、グループで人事が動いていた実態にメスを入れ、人事評価の基準を細かく作って評価制度を動かしたこと、そして、「職員の退職後の就職先として市役所が準備していたポストを大幅に削減し、そのポストを市民からの公募に切り替えるということ」をしたことを述べています。
 一方で、最初の助役「人事」をめぐっては、「守旧派にきれいにはめられて」しまったとして、選挙中から相談していた議員に呼ばれて割烹に行くと、「最大会派の保守系の人たちが何人も座っている」という席に座らされてしまった、という苦い経験を語り、「政治家は清濁を併せ飲まねばといわれますが、一度、清濁の『濁』を飲み込んでしまうと、『濁』のパワーに染まってしまうような気がして、これ以後も、どうしてもそのようにできませんでした」と語り、「『濁』を飲みながら軸足を『清』に置き続けるには、まだまだ修行が足りなかった」と述べています。
 第3章「経営効率化のための公共資産売却」では、市長就任後に、「何か象徴的なものを廃止しよう」と考え、「黒塗りの市長専用車・セルシオ」と、「職員が2人にアルバイトが配置され」、「これまで職員や議員が上京した際の休憩や便利な案内係として機能」していた東京事務所を廃止したと述べ、「現実には何も困ることはなかった」としています。
 また、不必要な資産の「民間売却の基本方針」として、
(1)市役所が行う必要のない事業は廃止する。
(2)市役所が行う必要がある事業であっても、極力、民間委託を検討する。
(3)市の職員が行った方がよい事業であっても、徹底した効率化を考える。
(4)困難なテーマであっても効果の大きなものから先に取り組む。
の4点を挙げ、佐賀市営のガス事業を民間に33億円で売却したが、市営バス事業は、著者が落選したために「いまも市営」だと述べています。
 第4章「談合体質と向き合う」では、公共事業の入札において、「ともかく談合を減らす工夫」をしてきたとして、岐阜県の希望社という建設会社と、「CM(コンストラクション・マネジメント)契約」を結び、小学校の改築プロジェクトを行ったと述べ、「入札の結果として落札率の低下にだけ関心を持つことは間違っている」こと、「価格と品質のバランスが重要で、それまでの安ければいいではないか、という認識の間違いに気づかされ」他と述べています。
 そして、「はじめに談合ありきの世界」である建設業の世界の問題以上に、「行政側に『いいものを安く作る』という発想がなかったことが問題」だと指摘しています。
 また、談合防止に手を尽くしていた著者に、「闇の勢力から圧力がかかってきた」経験として、「妻の父が2回襲われた」ことを明かし、「資格を厳しくすればするほど、業者が限られ、いわゆるブラックな勢力は入札に参加できなくなる」ことが、気に入らなかったために、「私ではなく、妻の父を襲った」のではないかと語っています。著者は、「改革を実行すればするほど、特定の人たちから大きな恨みを買うことに」なり、「改革派首長たちは、少なからず、何らかの嫌がらせを受け、家族、親族に迷惑をかけてしまう。それは悲しい事実です」と語っています。
 第5章「実を結んだ経営改革」では、11%の人員削減や談合防止の結果の落札率の低下(98%→91%)などのほか、「情報公開や住民参加も同時に積極的に推進」した結果、「日経行政革新度ランキング」で、2006年には全国10位、九州では1位にランキングされたことについて、「私が行った佐賀市の一連の改革が評価された」と述べています。
 第6章「市街地の活性化と産業振興対策」では、中心市街地が衰えた理由について、「もっとも大きな理由は、日本の都市計画」だとして、「政治的には農村部出身の議員の意見が強」いため、「郊外の開発の抑制」が非常に困難であること、「街中心部に集まっていた公共施設が、郊外に分散して立地してしまったこと」を指摘しています。
 著者は、日本政策投資銀行の藻谷浩介参事役との出会いをきっかけに、「拡散した市街地をもう一回コンパクトにしよう」という対策を打ち、「6000人の人に、町を歩かせよう」という具体的な目標の達成のためには、
・働く人を増やす
・住む人を増やす
・遊びに来る人を増やす
の3点を「同時並行で進めていかなければ」ならないと述べています。
 また、市長時代に、「自分自身にもっとも限界を感じた」こととして、「建設業に代わる産業をどうやって育てればいいのか?」という課題を挙げ、「長期的に日本の人口が減少し、高齢化が進む」なかで、「財政は悪化し、公共事業は減少」するので、「建設業の代わりに、どのような仕事で食べていくのか」が「地域最大の課題」であると述べています。そして、「傑出した産業はなく、今後、これから伸びていくという確信の持てる産業も」ないため、「いくつかの企業を応援してみて、そのうちどれかが成長するかもしれないという『雑木林』作戦をとること」にしたと述べています。さらに、2005年9月に小糸製作所の誘致に成功した決め手として、「市役所側の意思決定の早さが大きな要因だった」として、「企業側の工場進出の意思決定から現実の稼動開始までの期間がますます短くなってきている」なか、「そのスピードから遅れないように、市役所側の意思決定もできるだけ一日以内にするように」したと述べています。
 第7章「乗り越えられなかった壁」では、「県と市の関係では分権はなかなか進まないのが実態」だったとして、「佐賀市の職員は県庁に対しても上下意識を持つ傾向」があったことや、下水処理上建設の際に、ドイツで実用化されている「リンボーシステム」を、「現場を知らない県庁職員」は補助対象事業にすることに了解せず、「いろいろと『難癖』をつけてきた」が、「国の職員は技術論で了解すると、話は早」く、「県庁よりも国のほうが柔軟なことが多い」ことなどを挙げています。
 また、地方の人材不足について、その根底には、「地方の学校教育における、偏差値の高い大学に入学し、一流企業に就職するのが『人生の成功』という考え方がある」と述べ、「優秀な人材を都心に供出するだけで、地元には戻ってこない構造になっている」ことを指摘しています。
 「おわりに」では、2005年10月23日の選挙で著者が敗れた理由について、「行革に反対する社民党が候補を立て、そこに、公共工事が減り、談合もしにくくなった現状に不満な層が乗る。さらに公務員の既得権益保護の立場から、実質応援のため共産党は独自候補を立てない」という枠組みを理由として挙げています。
 そして、「既得権益を次から次にはがしていく」という「改革」の利益は、「特定の層に集まることはなく、薄く広く配分される」ため、「強力な味方」ができるはずがなく、一方で、「徐々に強力な反対票が形成されていくこと」を、「改革というものが本来的にかかえる厳しさ」だと述べています。
 第2部「自治体経営の未来へ」、第1章「夕張市財政破たんの教えるもの」では、夕張の道を自動車で走っていた著者が、「穴の開いた道路の補修のために、アスファルトの代わりに道路の穴に」銀色のビニール袋の土嚢が埋められているのを見て、「市役所が破産するということは、こういうことなのだ。それが身に染みてわかった」と語っています。
 そして、夕張市の人口推移や財政再建計画について解説した上で、「いま、いうことができるのは、財政の厳しいといわれている自治体の経営幹部や住民は、税収や人口の減少以上に、職員やサービスの削減をしなくてはならないということを、夕張の貴重な教訓として受け止めなければならない」と述べています。
 第2章「自治体『再生』はありえない」では、「これから先は、昔に戻す『再生』ではなく、人口構造の変化を前提として、新たにどのような地域を形成していくかを考えた対策を打たなくてはならない」として、「日本の人口構成の今後の変化を考えれば、『再生』という言葉はもはや使わない方がよい」と述べています。
 また、世の中では、「人口減少と少子高齢化」などと、「人口減少」「少子化」「高齢化」という3つの現象を、「ひとまとめにした表現」が多いことを、「問題を見誤らせる危惧を感じ」ると述べ、「これらはそれぞれ別の現象であり、その理由も対策も違う」として、
(1)人口減少はどのように進むのか
(2)働く世代の人口はどのように変化するのか
(3)高齢化はどのように進むのか
(4)少子化はどのように進むのか
という「基礎データを把握するのが、自治体経営を考える上での出発点」となると指摘しています。
 著者は、「市町村ごとに、どのように人口が推移するのかを住民に伝えていくことは自治体運営の基本」であるとして、「自助努力の必要性を理解してもらうためにも、予測をわかりやすく、かつ、何度も住民に伝えていかなければならない」と主張しています。
 第3章「首都圏に埋められた時限爆弾」では、「首都圏ではこれから急速に高齢化が進」むにもかかわらず、「各都道府県の人口一人当たりの老人福祉施設の数を比較する」と、「東京や神奈川等、首都圏の自治体の整備が、ほかの地域と比べどれだけ少ないかがおわかりになるのではない」かと指摘しています。
 第5章「自治体経営のコストカット」では、現在、省エネのベンチャー企業の経営に携わっている著者が、「ノウハウをうかつにしゃべるとすぐにマネされてしまう恐れがある」ことを「役所と違うな」と感じるのに対し、「役所の世界はまったく別」で、「無料でノウハウを提供してもらえるのに、また、他の自治体の優良事例が雑誌などで頻繁に掲載されるのに、まったくマネをしようとは」しないことを指摘し、「自分の自治体の将来を考えると、役所もマネをどんどんするべき」だと述べています。
 第6章「富を生み出す仕組みを作るために」では、1955年からの長期間のジニ係数の推移を見ると、「近年の各都道府県における一人当たりの県民所得の上位を占めるのは三大都市圏にある都府県で、下位県は地方圏にある県ですが、長期的に見ると、所得格差は縮小している」ことを指摘し、「これまで、何十年も地方に所得移転を続け、膨大な量の公共事業を実施してきたにもかかわらず、どうして多くの地方が自立できないのか。建設業以外の産業が育たないのか。その理由を分析しないままに地方に財源を移転し、公共事業を増やしたとしても、現状は何も変わ」らないと述べています。
 そして、地方の「本質的課題」として、「地方の『人材格差』の是正」を挙げ、「この問題に手をつけない限り、決して地方は豊かになることはありません」と述べた上で、
(1)首長・公務員の産業拡大や業務のスピードについての能力不足
(2)若者への教育における差
(3)地方の企業で働く人の人材不足
の3点を指摘しています。
 そして、「資産も名声もある企業経営者の方に、損得抜きで政治の世界に入って来て欲しい」と述べ、「倒産企業の再建で地獄を見た方や、新しい事業を起こして、富を生み出した方など」が、「培った経営者としての能力を、自治体経営に役立てていただきたい」と述べ、「国政で活躍する国会議員は、さまざまな組織の経営や地方自治体の首長を経験した後で立候補すべき」だと主張しています。
 本書は、自治体を「経営する」ということの大変さとやりがいとを、自身の経験を元に分析的に解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中でもさらりと書いてありますが、ショッキングだったのは、著者の義理のお父さんが「ヒットマン」に狙われたことでしょうか。刃渡り37センチの「鎧通し」にもひるまず、回し蹴りで反撃したという空手の達人ぶりは、映画のシーンのようですが、「改革」の難しさの本質の一つには、既得権の維持を図ろうとする勢力との本当の意味での命がけの対峙があるからではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「改革」という言葉がきれいごとだと冷めて見る人。


■ 関連しそうな本

 木下 敏之 『日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条―佐賀市「電子自治体」改革一年の取り組みから』 2006年10月18日
 鬼島 紘一 『「談合業務課」 現場から見た官民癒着』 2006年03月15日
 桑原 耕司 『談合破り!―役人支配と決別、命がけの攻防記』 2007年09月25日
 桑原 耕司 『公共事業を、内側から変えてみた』 2006年02月22日
 伊関 友伸 『まちの病院がなくなる!?―地域医療の崩壊と再生』 2007年12月12日
 村上 智彦 『村上スキーム 地域医療再生の方程式』


■ 百夜百マンガ

THE STAR【THE STAR 】

 「演技」を格闘技さながらの命がけの戦いにしてしまった作品。勝新みたいな人も出てきましたが、基本的な構造はジャンプ・トーナメント的なインフレーションする敵との戦いではないかと思います。

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月23日

続ける力―仕事・勉強で成功する王道

■ 書籍情報

続ける力―仕事・勉強で成功する王道   【続ける力―仕事・勉強で成功する王道】(#1250)

  伊藤 真
  価格: ¥756 (税込)
  幻冬舎(2008/03)

 本書は、司法試験予備校の「カリスマ塾長」として知られる著者による、「続ける力」の「ノウハウを紹介するとともに、最近ともすると軽んじられがちな『続ける力』の大切さ」を訴えているものです。著者は、日々の仕事や勉強でも、「結果そのものよりも、それに対する対処の仕方によって、その価値は変わ」るとして、「続けるかぎり、『負け』はない」と述べています。
 第1章「『続ける』ことはなぜ難しい?」では、「最難関といわれる試験の、合格・不合格を分ける決定的な能力」として、「続ける力」を挙げ、「新しく始めることを、『それをやらないほうが落ち着かない』という状態にまで持っていければ、目標の5割は達成したも同然」だと述べています。
 第2章「『やる気』を続ける技術」では、司法試験は、「地道にコツコツと勉強を続けることができれば、合格に手が届く試験」だとして、
・ゴールからの発想:確信の持てない努力を続ける不安の克服に効果的
・合格後を考える:「ゴール」だと思っていた合格が、たんなる「通過点」にすぎないことが分かる。
・「フェスティナ・レンテ」:ゆっくり急ぐ
の3点を挙げています。
 第4章「勉強・仕事をやり遂げる計画術」では、「毎日やるべきことを書き出す作業」を挙げ、「やることの優先順位をつけると、次に何をしたらいいか迷う時間」がなくなるとともに、「やることの絞込み」ができると述べています。
 また、よく「寝食を忘れて取り組む」ことが、「熱心でよいことのように」言われているが、「人間の脳は寝ている間に、記憶を整理して定着させるという、きわめて重要な働きをしている」として、「睡眠時間を削るのは、あらゆる勉強法の中でも最悪の勉強法」であると述べています。
 第6章「ピンチを切り抜け、事業を続ける」では、著者のライフワークとして、
(1)司法試験の受験指導
(2)日本国憲法の価値を広く伝えていくこと
という2つの「法教育」を、ライフワークとして挙げた上で、1995年に設立した「伊藤塾」の事業を続けていく中で「最大のピンチ」として、「法科大学院構想」を挙げ、教員の手配や校舎の改装等の準備を進め、学生募集も始めていたにもかかわらず、文部科学省の認可が下りず、「それらはすべて無に帰した」とともに、「司法試験そのものの受験生の減少」が追い討ちをかけたと語っています。
 著者は、「法教育を『続ける』ことによって得た『自信』」として、「ひとつのことを信念を持って続けていれば、必ずそれを理解し評価してくれる人が出て」来ると述べ、「自信」と「謙虚さ」と「他人への尊敬」こそが、「27年の継続によって得ることができた大きな財産」だと語っています。
 第7章「『やりたいこと』をやり続ける人生」では、著者が法律家を目指した動機として、大学で憲法を学び、「個人の尊重こそが憲法の中核的な価値であること」「憲法は国家権力に歯止めをかける規範であること」に感動し、「憲法の価値を生活の中で実現する法律家になりたいと思い、べんごしになった」と述べています。
 また、「若い頃からずっと、自分にしかできない仕事をしたいという気持ち」が強くあったと述べ、若い頃には、外資系企業からの就職の誘いもあったが、「迷ったときはいつも、自分がワクワクするほうを選ぶ」ことに決めている、として、「私の講義を受けたり、本を読んだりした受験生たちが、すばらしい法律家になって、日本中で憲法の価値を実現する。それによって、日本がまともな立憲民主主義の国、一人ひとりが個人として尊重される国になる。さらに日本の平和主義が世界に発信され、暴力に頼らない紛争解決によって、世界平和が実現する」という理想があったから、法教育を続けるほうを選んだと語っています。
 さらに、22世紀になって、21世紀を振り返ると、「平和のために様々な分野で活躍した人々」が、「若い頃に『伊藤塾』というところで学んでいる」という共通点があり、「彼ら彼女らの地道な努力が、百年後に世界平和という形で実を結んだ」という姿こそが、「最大の成功」であり、「最高の幸福」だと語っています。
 第8章「『続ける』ことから『力』が生まれる」では、「目先がクルクルと変わる『改革の時代』こそ、『変えてはいけないこと』を意識して守る姿勢が求められ」るとして、「守るべき本質」を見きわめるためには、「利他の視線」こそが必要だと語っています。
 本書は、司法試験に関わらず、地道に日々「続ける」ことをいかにシステマティックにできるかを、長年の受験指導の経験を元に語った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、基本的にはノウハウ本の類なのですが、本書の後半には著者ならではの憲法にかける思いが熱く語られています。ノウハウ本としてはおまけみたいなものなのかもしれませんが、実際の受験生にとっては、この後半部分こそが、前半の「続ける力」を支える根っこの部分として伝わり、著者の「大言壮語」に感銘を受けてしまった受験生はどっぷりとはまり、そうでない受験生にも、著者の熱意の源を知ることで「続ける力」の大切さが伝わるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「続ける」ことに自信がない人。


■ 関連しそうな本

 伊藤 真 『一点集中力』
  『「見てわかる」日本国憲法』
 伊藤 真 『合格のお守り 資格試験のカリスマが教える「夢をかなえる」心の習慣』
 M. チクセントミハイ (著), 今村 浩明 (翻訳) 『フロー体験 喜びの現象学』 2006年05月10日


■ 百夜百マンガ

寺島町奇譚【寺島町奇譚 】

 昔、東京電力のCMで「僕は3丁目の電柱です」っていうのがあったかと思いますが、その絵がこの人だったような気がしてなりません。残念ながら検索したけど裏が取れませんでした。

投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月22日

食育のススメ

■ 書籍情報

食育のススメ   【食育のススメ】(#1249)

  黒岩 比佐子
  価格: ¥893 (税込)
  文藝春秋(2007/12)

 本書は、明治期のベストセラー小説家、村井弦斎の代表作、『食道楽』を取り上げ、この小説に「食育」という言葉が登場することから、"食育"の先駆者としてと村井弦斎とその作品を紹介しているものです。
 「はじめに――明治の大ベストセラー、小説『食道楽』」では、「道楽」という言葉は、仏教用語で、「道を究めて悟りを開き、それを楽しむ」ということが、「本来の『道楽』の意味」だと解説しています。
 そして、村井弦斎を、「同時代の作家たちよりも幅広い人々に愛読され、単行本も何倍も売れていた人気作家だった」と述べています。
 また、弦斎が、小説『食道楽』のなかで、すでに使っていたことについて、「百年以上経って、ようやく弦斎の名前が『食育の先駆者』として脚光を浴びるようになった」と述べています。
 第1章「文明の生活をなさんものは文明の台所を要す」(春の巻)では、『食道楽』が4巻合わせて確実に十万部売れていたことについて、「いまでも、十万部以上売れれば立派なベストセラーですが、明治時代の小説で十万部を超えた本など、数えるほど」しかなく、「『食道楽』があまり爆発的に売れたため、一時は、市場から本のカバー用の紙と綴じ糸が消えてしまい、増刷が間に合わないほどだった」ことや、「お客さんからの注文を受けた本屋の店員たちは、印刷所から増刷された本が報知社に届くのを待ち構えていて、取っ組み合いの喧嘩をして本を奪い合った」というエピソードを紹介しています。
 そして、『食道楽』の主人公、大原満は、「大食が原因で肥満していて、早い話が『デブ』」、その妻、お登和は、「美人で聡明な」女性として描かれ、この小説が、「お登和という一人の理想的な女性によって啓蒙されていく男性の話」として構想されたにちがいないと述べ、「作者の視点が、大原の誤った食生活の改善にある」という意味でも、「この小説は"食育小説"と呼ぶにふさわしい」と述べています。
 まあ、弦斎が、「美食家というより、自分が食べるものにどんな栄養素が含まれていて、身体に対してどんな働きをするのか、ということの方に興味があった」と解説し、弦斎が、すでに百年前に、「わかりやすく、食事のカロリー計算と食餌両方の意味を説いていた」と述べています。
 第2章「家庭料理の研究は夫婦和合の一妙薬」(夏の巻)では、主人公の許婚の「お代」が登場について述べた上で、明治期の結婚について、「離婚が非常に多かった」として、2006年の離婚率が、2.04であるのに対し、明治15年は2.62、明治20年は2.84、明治25年は2.76、明治30年が2.87など、現在大きく上回り、1898年に「明治民法」が施行されてからは離婚率が低下したと解説しています。
 そして、『食道楽』の内容が、「食べ物や料理ばかりでなく、健康や病気の話題まで盛りだくさん」であり、文章が平易であったため、「読み書きの能力が低い読者にとっても非常に読みやすく、分かりやすく書かれて」いたと解説しています。
 また、『食道楽』が、書かれた頃、「初めて食品関係の法律が登場した」が、「それまでは、文字通り"無法状態"」で、
・牛乳に水や米のとぎ汁を混ぜて売る。
・黒砂糖に木炭の粉を混ぜて着色して売る。
・牛肉に馬肉を混ぜて売る。
などの、「驚くべき話が残って」いると述べています。
 第3章「身体の発達も精神の発達も根源は食物にある」(秋の巻)では、現代でも、「結婚相手の女性に対して、『料理上手』であることを一方的に求める男性は多い」が、「結婚前に自ら家庭料理を研究して、妻となる人の身体を大切にしよう、と考える男性がはたしてどれほどいるでしょうか」として、「弦斎の考え方がいかに進歩的だったか」と述べています。
 そして、明治期の人々にとっては、「西洋料理は外で食べるもので、『値段が高い』というイメージが」あったが、お登和は、「それを否定して、赤茄子でも牛肉でも鶏肉でも魚でも何でも、安い材料を使って家庭で美味しく作ることができる」と語っていることを紹介しています。
 また、弦斎が、「教育では智育が大切だ、体育が大切だというものの、そのどちらも根本は何を食べるかということにある。栄養的にバランスがとれていて、衛生的な食物を摂取しなければ、脳も発達しないし、身体も発達しない。だから、それよりも『食育』が大事なのだ」と主張していることを紹介しています。
 第4章「何事にも程と加減を知ることが大事」(冬の巻)では、弦斎が、「20歳のときに、私費でアメリカへ渡って一年ほど過ごし」たが、「アメリカでの生活に適応できず、現在でいう鬱病のような状態になったために、1年で切り上げて帰国した」と述べています。
 「おわりに――『食道楽』以後の村井弦斎 あくなき『食』の探求者として」では、『食道楽』以後に弦斎が様々な実験から体験的に到達した原則として、
・食物の原則
・料理の原則
・食事法の原則
の3つの原則を残していることを解説しています。
 本書は、百年前の「食育」の思想を現代に伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 当時の男の人は、大金持ちのお坊ちゃんだったりすると、「台所」というものを見たことさえなかったりすることも珍しくなかったそうです。
 当時から見ると、『dancyu』なんて論外もいいところだったのでしょうか。だからこそ、ベストセラー作家の個性として際立ったのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「食育」とは子どものためのものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 大久保 洋子 『江戸のファーストフード―町人の食卓、将軍の食卓』 2007年11月18日
 原田 信男 『江戸の料理と食生活―ビジュアル日本生活史』
 村井 弦斎 『食道楽 (上)』
 村井 弦斎 『食道楽 (下)』
 熊倉 功夫 『日本料理の歴史』
 家森 幸男 『110歳まで生きられる!脳と心で楽しむ食生活』


■ 百夜百音

雨音はショパンの調べ【雨音はショパンの調べ】 小林麻美 オリジナル盤発売: 2001

 世代的に、この人は「ショパンの調べ」の人、という印象しかなかったのですが、資生堂の「マイ・ピュア・レディ」の人だったんですね。

投稿者 tozaki : 10:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月21日

今は昔のこんなこと

■ 書籍情報

今は昔のこんなこと   【今は昔のこんなこと】(#1248)

  佐藤 愛子
  価格: ¥777 (税込)
  文藝春秋(2007/05)

 本書は、今ではすっかり絶滅してしまった日本の風俗を紹介したエッセイ集です。
 「蚊帳」の項では、「布団はなくても寝られるが、蚊帳がなくては眠れない」者であったと述べ、著者の父親が、「山師に騙されて無一文」になったときに、「蚊帳は質屋の蔵の中」、「蚊取り線香を買う金もない」ので、「卓袱台の脚を削ってそれを燻べて蚊取り線香の代り」にしたが、「そのうち卓袱台の脚がだんだん細くなって」しまったと語っています。
 「アッパッパ」の項では、「木綿の布地を簡単に裁ち切って、寸法も格好も考えずにずん胴の筒状にして、それに小さな袖をつけ、胸元は丸くくくっただけの、その名の通りカンタンに作られた」「簡単服」を取り上げ、「まことにアッパッパこそは日本女性が因襲から開放された第一歩といえるかもしれない」と語っています。
 「居候」の項では、「居候三杯目にはそっと出し」という川柳があるが、著者の家に転がり込んでいた居候には、
「暑いなあ、こういう日はスズキの洗いでイッパやりたい」
などという厚かましい居候がいたと語っています。
 「カンカン帽」の項では、「白いステテコに毛糸の腹巻にカンカン帽姿」で「スーダラ節」を歌う植木等を、「我が国に於けるカンカン帽の最後の姿だったのだろうか?」と語っています。
 「どら息子」の項では、「道楽息子が約まってどら息子になった」と述べ、
「あすこの息子はとにかくどらで」
と「人からいわれるようになるまでには、どらなりの習練、修行――気前のよさ、口説のうまさ、欺しの術、話の面白さ、太っ腹ぶりなどなどの切磋琢磨があったにちがいない」と語っています。
 「夜這い」の項では、いざ忍び込む時には、「すっ裸に頬っかぶり」という姿になる理由として、「万一、親爺に見つかった時、泥棒と間違えられないため」で、
「丸裸でもの盗みに行くやつは東西世界、どこにもいねえ。裸は夜這いのしるしだ。着物着ていれば盗賊のしるしだ」
ということだったと語り、「泥棒は罪になるが夜這いは罪にならない。見つけた親爺も警察には訴えない。なぜならば親爺の方も身にオボエがあるから」だと語っています。
 本書は、いまではすっかり姿を消した、初めのころの「昭和」の暮らしを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 子供の頃に見た「昭和」と連続性があるからか、どうしても昭和の風俗は、探せばまだその辺にあるものか何かと思いがちですが、「三丁目の夕日」から変わっていないのは東京タワーくらいなもので、いつの間にか今の世の中で探すのは難しくなってしまったのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「昭和」はまだすぐ近くにあると思っている人。


■ 関連しそうな本

 宮本 常一 『忘れられた日本人』 2006年06月25日
 新谷 尚紀 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか―民俗信仰を読み解く』 2007年11月08日
 福田 アジオ 『番と衆―日本社会の東と西』 2008年03月07日


■ 百夜百音