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2008年06月29日
ウェブ恋愛
■ 書籍情報
【ウェブ恋愛】(#1256)
渋井 哲也
価格: ¥714 (税込)
筑摩書房(2006/10)
本書は、「ウェブを介した恋愛の実際やネット発の純愛ブームの背景」を取材し、「新ツールがもたらした新時代の恋愛間の本質」に迫ったものです。
プロローグ「本当の恋を探して」では、「ウェブでの繋がりは、そのバーチャルさゆえ距離も年齢も関係ない。そのためウェブ恋愛は、ふたりの距離や年齢といった属性をたやすく越える」として、「リアルな属性よりむしろ気持ちが優先することも特徴といっていい」と述べています。
また、著者の執筆動機として、「自分のウェブ恋愛の原体験を整理してみたかった」と述べています。
第1章「ウェブで出会うということ」では、「ウェブでの出会いが本格的になったのは2000年以降」であるとして、「iモードの普及でケータイからのウェブへのアクセスも可能になった」ことに加え、「写メール機能」等の充実により、「出会い系サイトの全盛を迎える」と述べています。
そして、「ウェブサイトでの出会いとして、最もわかりやすいのはやはり出会い系サイトだ」としたうえで、「ひとくちに出会い系サイトといっても、その内実は多彩だ」と述べ、著者自身のウェブ恋愛の体験として、「私は、恋愛に関して熱しにくい性格のため、後に恋愛対象になっても、なかなか恋愛感情が芽生えないことが多い。私は、出会い掲載とによる恋愛は不得手であることが、経験でわかった」と語っています。
そして、ウェブでの出会いが、「外見を切り離した、文字によるやりとりがキーだったが、写真付きメールつまり「写メール」の登場で、外見もポイントになってきている」と述べ、「ウェブ上で知り合って、どちらかが『恋愛モード』になっていく過程で、ほとんどの場合に写メールの送信を要求する」が、著者自身の体験として、「じっさいに会ってみて、その幻想が音を立てて崩れていくのを何度も経験した」と述べ、「奇跡の一枚」や、「なかには別人の写メールを送る人もいるくらいだ」と述べています。
著者は、「出会いのきっかけがウェブであるだけで、恋愛感情は、これまでの恋愛と変わらない。恋愛のツールにウェブやメールが登場したことで、出会いの形が新たに一つ生まれただけということ」だと述べています。
さらに、「ネットだけのカノジョ」である「ネトカノ」や「ネトカレ」を挙げ、「ウェブ恋愛は、肉体的な接触がなくても成り立つ」と語っています。
第2章「恋愛日記を綴る心理」では、ウェブ日記のタイプとして、
(1)備忘録型:自分のために覚書を残す。
(2)日誌型:情報を他の人に提供する。
(3)公開日記型:ほかの人に自分という人間を知ってもらう。
(4)狭義の日記型:自分で自分を理解するため。
の4つのタイプを挙げたうえで、「ウェブで恋愛日記を書くと、その恋愛の経緯を見ている読者がおり、恋愛を応援したり、失恋を慰めたりといった反応があるいっぽう、読者の嫉妬を招いたり、いたずらや罵声のレスポンスを受けることもある」として、書き手のキャラクターや、どのレンタルサーバーを借りているか、どのようなコミュニティで話題なるかによっても変わってくると述べています。
第3章「生きにくさからの解放」では、コミュニケーションの道具としてのウェブが、「キュー(社会的手がかり)が少ない」、「キューレス・メディア」であるとして、「文字中心のコミュニケーション」であり、「表情や身振り手ぶり、視線、態度、匂い、服装など、対面コミュニケーションなら必然であるはずの要素が欠けている。対面コミュニケーションに存在するキューは、想像で埋められる」と解説しています。
また、「生きづらさを抱えた人たちは、生きることへの希薄さを感じている」として、「希薄さを持ちながら、何らかのアクティング・アウト(行動化)をしている人たち」を「行きづらさ系」と呼び、「家出、援助交際、自傷行為、自殺願望・未遂、依存症などの行動を取りがちである。恋愛に依存する場合も少なくない」と述べ、「行きづらさ系」の若者たちを取材する中で、「多くの場合、恋愛やセックスが、若者たちの自身のなさや承認欲求から現れているのが見てとれた」として、「それは、愛に対する依存症であるかのようだった」と語っています。
そして、「共依存的な恋愛の場合、自分は自分を十分にコントロールできないけれど、恋愛相手はコントロールをしたいという支配欲求が強まる。生きづらさをかかえて生きることの"希薄感"を埋めようと、相手に過度の愛情を注ぐ」と述べ、こうした人たちが、「恋愛に過度な期待をし、恋愛にふりまわされたり、相手に取り憑いていく状態」を「恋愛依存症」と呼ぶと述べています。
その上で、「ウェブを通した恋愛者の体験談」が、「時代が変わっても恋愛の本質部分は、大きくは変化していない」と指摘しています。
エピローグ「ウェブのアドバンテージ」では、「ウェブを通じた匿名の人間関係は、現実の人間関係の希薄さを象徴するもので、ウェブ恋愛もその一つではないか」、「ウェブは文字中心のコミュニケーションであり、人間的ではない」等の指摘に対して回答しています。
そして、「ウェブは道具であり、ウェブ恋愛も本当の恋を探すための手段のひとつにすぎない。あくまで本当の恋を探すことが目的なのだ」と述べています。
本書は、ウェブ恋愛というテーマを通じて、ウェブ上を行き交う人間ドラマの一部をキャッチした一冊です。
■ 個人的な視点から
本書は、単にウェブ上の恋愛を扱っているだけならば、表面的な感じで終わっていたかもしれませんが、著者が追っている「生きづらさ系」の人たちと絡めることで深みが出ている部分もあるのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・ウェブの恋愛は何か特殊なのかと思っている人。
■ 関連しそうな本
室田 尚子 『チャット恋愛学 ネットは人格を変える?』 2008年06月04日
渋井 哲也 『出会い系サイトと若者たち』
渋井 哲也 『チャット依存症候群』
パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
渋井 哲也 『アノニマス―ネットを匿名で漂う人々』
■ 百夜百音
【オックス・コンプリート・コレクション】 オックス オリジナル盤発売: 2002
「ダンシング・セブンティーン」をピチカートがカバーしていたこと自体知りませんでしたが、筒見メロディに対するこだわりは相当なものです。
投稿者 tozaki : 2008年06月29日 06:00
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