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2008年07月07日
新書365冊
■ 書籍情報
【新書365冊】(#1264)
宮崎 哲弥
価格: ¥840 (税込)
朝日新聞社(2006/10
本書は、『諸君!』市場で連載された2つの新書評をまとめたもので、そのうちの一つ、「『今月の新書』完全読破」は、「毎月20日までに発売された新書を完全読破する」というコンセプトだったため、「少ないときでも六十冊、多いときは百冊」の新書を手にしたとしています。
第1章「教養」では、竹内洋の『教養主義の没落』を取り上げ、「日本近代の教養主義には、大正時代に全盛期を迎える旧制高校という泉源があった」が、「戦後の学制改革による旧制高校の消滅でこの流れは杜絶する」としています。
また、高澤秀次の『戦後日本の論点』では、山本七平がライフワークとして取り組んだ「天皇制の歴史的、イデオロギー的な構造分析」について、イザヤ・ベンダサン=山本七平のターゲットが、「『天皇制国家』そのものではなく、むしろ天皇を天皇たらしめた『日本教』の精神風土にあった」ことを紹介しています。
第2章「哲学・論理学・数学」では、伊勢田哲治の『哲学思考トレーニング』において、「アメリカでは大学で哲学を専攻した者は就職の際に企業から歓迎される」理由として、「全体的な状況をよくとらえて分析する能力が身についている」可能性が高いからだと紹介しています。
第3章「政治・国際問題」では、中岡望の『アメリカ保守革命』について、「前進的なイメージのアメリカの国柄に『保守』的な思潮は似つかわしくないし、『保守』という政治態度におよそ『革命』はそぐわない」が、「『保守革命としかいいようのない政治変革が、実際アメリカで起こった」ことを紹介するものであると述べています。
また、鄭大均『在日・強制連行の神話』では、「強制連行が在日コリアンの経験談として流布されることになった」理由として、「それをよく語ったのは一世自身ではなく、幼少期に親とともに渡日した一・五世のほうだった。子が親の世代の苦難の物語を代弁したのだ。だが、その証言は一世の記憶や実感とは懸け離れた『神話』であった」と紹介しています。
さらに、横江公美の『判断力はどうすれば身につくのか――アメリカの有権者教育レポート』では、アメリカの公民教育について、「争点の見極め、判断のための情報収集、比較衡量、討議など、意思決定の技術を徹底的に叩き込む教育法を知れば、少なからぬ人が抵抗を覚えるかもしれない。あるいは、日本的風土にそぐわしくないやり方だと斥けたくなるかもしれない」という違和感が「脳裏を掠めた」が、「斥けただけで済むはずがない」と「次々に疑問が湧き出」したと述べています。
第4章「経済と金融・会計」では、赤川学の『子どもが減って何が悪いか!』を取り上げ、「世に蔓延る少子化言説の欺瞞性を徹底的に暴く告発の書だ。同時に、少子化問題を事例として、社会統計の正しい使い方、読み方を伝授する啓蒙書でもある」と紹介しています。
第6章「歴史・文学・ことば」では、永山靖生の『日露戦争』を取り上げ、この新書ほど、「日露戦争のなかに現在や未来を感じさせるものはない」として、「『マスメディアによって供給される戦争情報を享受し消費する大衆』という、勝れて今日的な構図が、すでに日露戦争において浮かび上がっていた」ことを指摘するものとして紹介しています。
第7章「社会・会社」では、三浦展の『ファスト風土化する日本』を取り上げ、三浦が、「郊外の特性として(1)生まれ育った地域が異なる人々が住むことによる『故郷喪失性』、(2)それ故コミュニティとしてのまとまりに欠ける『共同性の欠如』、(3)住民の年齢、所得、家族構成が似通っている『均質性』を挙げている」ことを紹介しています。
第8章「若者・教育」では、山田昌弘『パラサイト社会のゆくえ』を取り上げ、本書が、「ライフコースの不確実化の諸相を、各種統計データの分析や事例研究などを通して明らかに」するものであると紹介しています。
第10章「生きる・死ぬ」では、広井良典の『死生観を問いなおす』を取り上げ、「数年に一回くらいの確率で、真に本質的なことだけが説かれている書物に出会う」として、本書が、「間違いなくその一冊である」と述べています。
第13章「メディア」では、武田徹の『戦争報道』について、「原理論の展開がやや甘い」という弱さを「補って余りあるのが、従来のジャーナリズム史への疑義をたっぷり含んだ各論である」であると紹介しています。
第14章「文化」では、坪内祐三の『新書百冊』を取り上げ、「同じ『新書読み』としては驚きの内容だった」理由として、「坪内によって選ばれた百冊と私が選ばされたらリストアップするであろう百冊」とが、「ほとんど重ならないだろうと思えた」点を挙げています。
また、岡田暁生の『西洋音楽史』では、「技法や様式が変われば、聞き手の感覚も変わる」として、「中世においては『ドミソ』は不協和音だった」、「ミ(三度)は悪魔の響きとして斥けられた」ことや、「中世においては、二拍子のリズムを導入することは『紙への冒とく』に他ならなかった。教会は三位一体を表す三拍子しか認めなかった」ことを紹介しています。
第15章「宗教」では、小川忠の『原理主義とは何か』を取り上げ、「シカゴ大学原理主義研究プロジェクト」が、原理主義のイデオロギー的特徴として、
(1)近代化による宗教危機に対する反応
(2)選択的な教義の構築
(3)善悪に言論的な世界観
(4)聖典の無謬性の主張
(5)終末観的世界認識と救世思想
の5点に集約されることを紹介しています。
また、島田裕巳の『創価学会』では、戦後の高度成長期に創価学会が教勢を急速に伸長させた背景として、「地方から都市への人口流入」を挙げ、「そのとき生家を後にしたのは、祭祀権を持たない次男や三男たちだった。彼らは生まれ育った村落から都会に移ることで、郷里の紐帯から遊離したばかりでなく、伝統的な先祖供養からも切り離された」と紹介しています。
第14章「問題な新書」では、村上和雄の生命のバカ力』について、本書が、「科学者が『特異な』信念や信仰の虜になること」の「悪質な例」だと紹介しています。
また、持田鋼一郎の『世界が認めた和食の知恵――マクロビオティック物語』では、「マクロビオティックは科学的な食餌療法ではない。易学を応用した『無双原理』という独自の世界観に基づく、事実上の宗教」であることを指摘しています。
最終章「≪緊急インタヴュー≫その後の『新書完全読破』」では、政治・法律分野のお薦めとして、白田秀彰の『インターネットの法と慣習』を、経済では、大竹文雄の『経済学的思考のセンス』を推薦しています。
その上で、「新書ブーム」と呼ばれる現状について、「新書ブームはもう終わったんじゃないか」と述べ、最近の新書が、「ビジネスマンの生き方指南書、人生論みたいなものが主流」になり、「学問知を伝えるにしても、その入口くらいで終わっている、『入門書』ならぬ『門前書』がほとんど」であると指摘しています。
そして、「学者が書いたエッセイ風の入門書や人生論」にも、「昔は背後にしっかりした学問の体系があり、それをあえて表に出さずに易しくものを解き明かすというスタンス」だったが、「最近は、そういう学問的基礎もなしに、単なる思いつきを書きつらねたような本が多い」ことを指摘しています。
本書は、新書ファンには、楽しみな出会いを増やす機会を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
新書とはいえ、月に60~100冊となると、1日2~4冊読まないといけないといけないわけで、人気評論家としては相当時間のやりくりが厳しかったのではないかと思います。読むだけだったら新書を月100冊はわけないと思いますが、アウトプットを求められるのが辛いところです。それ以上に、読みたくもない本を読まなきゃいけないのは相当たいへんだったと思います。
■ どんな人にオススメ?
・月100冊はともかく、年に100冊くらいは読んでおきたい人。
■ 関連しそうな本
宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日
加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日
■ 百夜百マンガ
元々のシリーズは、29歳独身だったのですが、今では35歳になってしまったようです。30歳では切迫感がないし、ということで、35歳くらいがギャグにできるエリアなのでしょうか。『ラブやん』のカズフサがついに魔法使いの仲間入りをしましたが、これも後10年経つと笑えなくなるのか、そういう世の中になっているのか、微妙なところです。
投稿者 tozaki : 2008年07月07日 22:00
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【35歳で独身で 】