« 量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる | メイン | ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 »
2008年07月04日
鉛筆と人間
■ 書籍情報
【鉛筆と人間】(#1261)
ヘンリー ペトロスキー (著), 渡辺 潤, 岡田 朋之 (翻訳)
価格: ¥3873 (税込)
晶文社(1993/11)
本書は、「ありふれた鉛筆の歴史や鉛筆によって象徴されるものを通した工学技術の研究」です。
第1章「忘れられた道具」では、「木製の鉛筆は日用品として価値が高かった」が、「このような鉛筆が忘れられたという話は興味深い」として、鉛筆が、「特筆すべきものではなく、当たり前すぎるもの」と考えられ、「あまりにありふれていて、安価で、話すことと同じぐらいなじみぶかいものと思われている」と述べたうえで、「鉛筆の歴史はそれ自体工学についてもっと学ぶ素晴らしい機会を提供するはずである」と述べています。
第2章「『鉛の筆』の謎」では、「ペンシル」という言葉が、ラテン語の「ペニシラム」という「筆に似ていたところにちなんで」名付けられ、「その名前は筆を表すもっと一般的なラテン語の短縮形、『ペニキュラス』に由来するが、そのことば自体がその短縮形で、ラテン語でしっぽをあらわす『ペニス』からきている」と述べ、「最初の鉛筆は、実際、動物のしっぽに似せてつくられた」として、「ペンシルは文字どおり『小さなしっぽ』であり、細線を書いたり描いたりするために使われた」と述べています。
そして、「鉛の鉛筆」が、「乾いた薄いしるしをつける金属の鉛の尖筆と、細くて黒い線を引く筆鉛筆にかわって、一本の道具で乾いた感じと黒さという二つの望ましい特徴を持つものとして登場した」と述べ、「その名は、実際にはほとんど含まれていない一つの原料に由来してつけられた」と解説した上で、「日常つかわれるモノの名は、食べられるものであろうとなかろうと、それらが最初につくられた原料に由来する場合が多い」と述べています。
第4章「木製鉛筆の登場」では、「最初に、いつ、どこで、石墨の鉛筆がつくられ、使われたのかは、多くの技術に関する年表と同様、記録されていない」が、「早ければ1500年頃、おそくとも1565年と主張することはできる」と述べています。
第5章「イギリスの石墨発見」では、カンバーランドで黒鉛が発見されたことで、「鉛筆の進化には拍車がかか」り、「黒鉛の化学的な性質は、本当のところはつきとめられていなかったけれども、16、7世紀の鉛筆製造者と使用者は、その理想の物質を書いたり描いたりする便利で効果的な道具につくりかえることに熱中した」と述べています。
そして、木製の鉛筆が、「17世紀の終わりにはつかわれはじめていたようである」と述べています。
第6章「現代の鉛筆はフランスでつくられた」では、「大陸では、ボローデール産は供給が不安定で値段も高かったし、他からやってきた石墨は質が悪かったから、工程の革新はイギリスよりもずっと切実で、この時代から発展していった」と述べ、1973年にフランスとイギリスの間の戦争が始まったことで、「フランスではボローデール産の石墨が使えなくなってしまった」ため、代替方法を探すため、「39歳の技術者で発明家でもあったニコラ・ジャック・コンテ」に白羽の矢が立てられ、「粉状の石墨から不純物を取り除き、丹念に陶器用の粘土と水で混ぜる。濡れたノリをこすりつけた長い方形の鋳型にそれを詰める。芯が乾いたら、鋳型からとりだして、木炭をまぶし、陶器の箱に密閉する。そして高温で熱する」という革新的な工程が生み出されたことを解説しています。
そして、コンテの工程が、「減少するボローデール産石墨の供給に依存しなければいけなかったヨーロッパの鉛筆製造者にとって、ある程度の自立をもたらした」と述べ、クレヨン・コンテが、「粘土と石墨の割合をかえることによって、品質をかえずにさまざまな濃さの鉛筆をつくることができるという利点もあった」と解説しています。
第7章「ドイツの鉛筆職人」では、「19世紀初頭のドイツの鉛筆製造業衰退の主要な原因」として、「商業上の伝統とギルド的な慣行」を挙げています。
第8章「アメリカの鉛筆開拓者」では、「1800年頃のアメリカには鉛筆をつくるための組織だった商売はなかった」として、「当時、黒鉛の鉛筆の『一番の競争相手』になったのは『羽根ペン』だった」と述べています。
そして、1812年に、家具製造を仕事にしていたウィリアム・モンローが、「プランバゴをハンマーで砕き、それをスプーンの中で粘着性のある物質と混ぜ」、「混ぜあわせたものをシダーの木のさやにつめた」として、「新しい産業がここにはじまったのである」と述べています。
第9章「森の職人 H・D・ソロー」では、「ソローの鉛筆製造にみられるように、技術的な工夫と伝達は口と鉛筆で実践され、19世紀のなかごろまではほとんど書き残されることはなかった」と述べています。
第11章「ドイツのブランド合戦」では、「筆跡の黒さを示すために鉛筆を段階付けしたのは、実際には、石墨と粘土の比率によって新の固さを加減する方法を開発したフランスだった」が、「表記の仕方にはあいまいさがあった」と述べ、「文字を最初に使ったのは19世紀のはじめのロンドンの鉛筆製造業者ブルックマンで、ブラックのBとハードのHをつかい、それぞれの段階はBとHをくりかえすことであらわそうとした」と解説し、「画家が求める濃い鉛筆と製図者が好む固い鉛筆がBとHという明らかに不釣合いな表示のもとに一本化された」と述べています。
第14章「芯を支える木」では、「実際の鉛筆につかわれる木は、鉛筆をつかうために必要なものである」として、鉛筆の木のさやや橋の鋼鉄のケーブルが、「鉛筆や橋それ自体の心理的、視覚的特長を左右し、『頑丈さや見た目の良さ』をつくりだすものである」と述べ、「なかの芯がどれほど品質の良いものであろうと、木というインフラストラクチャーが弱ければ、芯は折れてしまう。ちょうど虫に食われた木の杭で立てた橋が壊れてしまうのと同じである」と解説しています。
第16章「折れない芯」では、「新しく削った芯先は、できるだけ尖ったままで簡単に折れないほうが望ましい」として、「汚れることなくスムーズに書け、消すこともできて、ほどよい一定の濃さの跡が残ることはもちろん、できるかぎり鋭く尖らすことができて、つよく押さえつけてもってもポッキリとたやすく折れてしまわないようなじょうぶな鉛筆」が、鉛筆製造業者に求められたと解説しています。
そして、鉛筆の先端強度の問題が、「芯先が紙に押さえつけられるという意味で荷重が梁の一端にかかるガリレオの片もち梁と本質的に同じである」と述べ、「弱い軸木に鉛筆の芯がいい加減についたものでは、芯は木から剥がれて、ある製造業者が『圧点』と呼んだ部分から折れてしまう」と解説しています。
第19章「競争、恐慌、そして戦争」では、1941年12月8日、パールハーバーの影響で、「『ミカド』鉛筆は『ミラド』と改名されることになった」と述べています。
第22章「どこにでもあるモノの物語」では、「小さくて安価ではあるが、また力強く欠くことのできない鉛筆と、それをつくりだした産業の物語は、まさに小宇宙の物語である」と述べ、「イギリス製鉛筆の比類なき卓越性は過去の話である。また、フランス製鉛筆については、研究と開発の重要性を思い知らされる」としたうえで、「19世紀の鉛筆の歴史は、テクノロジーをつかった逃れることのできないビジネスの場だった。世紀半ばにはドイツ製鉛筆が世界の市場を制覇したが、最後に勝利し、未来へ向う望みをふくらませたのはアメリカ製鉛筆だった」と結んでいます。
本書は、鉛筆というありふれた道具をテーマに、技術の壮大な歴史を伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
最近ではシャーペンは使っても鉛筆を使う機会は相当減りましたが、くっきりとした線を引くためにクルクルと回転させて紙に当てる角を変えながら書くテクニックは変わらないような気がします。
■ どんな人にオススメ?
・鉛筆は21世紀に入ってから使ったことがない人。
■ 関連しそうな本
ヘンリー ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『フォークの歯はなぜ四本になったか―実用品の進化論』 2005年12月31日
ヘンリー ペトロスキー (著), 池田 栄一 (翻訳) 『本棚の歴史』 2006年03月12日
ヘンリー・ペトロスキー (著), 忠平 美幸 (翻訳) 『ゼムクリップから技術の世界が見える-アイデアが形になるまで』 2008年04月17日
ヘンリー ペトロスキー (著), 中島 秀人, 綾野 博之 (翻訳) 『橋はなぜ落ちたのか―設計の失敗学』
ヘンリー ペトロスキー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『もっと長い橋、もっと丈夫なビル―未知の領域に挑んだ技術者たちの物語』
■ 百夜百マンガ
どんな切羽詰った問題も、緑茶を飲んでゆったりしたときのような落ち着いた視線で物事を見られるのがこの人の強みでしょうか。
投稿者 tozaki : 2008年07月04日 23:00
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.pm-forum.org/MT3/mt-tb.cgi/1789
【どーでもいいけど―不景気な暮らしの手帖 】