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2008年07月13日
江戸の宿―三都・街道宿泊事情
■ 書籍情報
【江戸の宿―三都・街道宿泊事情】(#1270)
深井 甚三
価格: ¥756 (税込)
平凡社(2000/08)
本書は、「町人・農民など庶民の宿である旅籠屋を中心にしてさまざまな宿について」解説したもので、「今日の日本旅館の始まりとなる、朝夕の食事も提供し、風呂も用意し、床の間つきの座敷をもつ旗小屋が成立したのは江戸時代のこと」であるとして、これらのやども、「大名に参勤交代をさせ、その宿を沿道の宿屋につとめさせた江戸時代の社会の支配のあり方や、またこの社会の文化に規定されて」成立し、発展したと述べています。
第1章「三都と城下町、街道の宿をみる」では、「特定の町への旅籠屋集中」が、「17世紀中頃に城下町反映策としてとられたことが豊田武氏により指摘されている」ことを紹介しています。
第2章「貴人の宿ともてなし」では、本陣を利用する大名が、「自身の賄いを家臣にさせる木賃方式での宿利用のため、座敷利用代にあたる、下され物・宿入りなどといわれる宿料を支払った」が、「別に家臣らへの食事を依頼すれば旅籠代を支払うこと」になり、また、本人は、宿泊する大名に「献上品を差し上げていた」と述べています。
また、貿易のみ関係を持ったオランダの長崎出島商館の館長、カピタンたちが、宿を利用する際には、「ベッドはともかく、寝具も旅に持参していた」として、「オランダ商館の名誉を汚さぬように、絢爛豪華なものを選んだ」と解説しています。
第3章「庶民の宿泊事情」では、17世紀後期のいわゆる元禄時代に、商用のための旅のほか、「商品経済の展開を基礎にして、農民も町人も遠方の自社へ参詣に出かけるゆとりも生まれてきた」と述べています。
そして、江戸時代の庶民の宿を代表する旅籠屋と木賃宿について、
・旅籠屋:朝・夕の食事を提供し、「旅籠」は食事自体も意味して使用された。
・木賃宿:宿泊客が持参した食料を煮炊きするために薪を提供したことから名付けられた。
と解説し、「江戸時代の初めには木賃宿が宿屋の主流であり、旅籠屋が一般化するのは遅」かったとする説もあったが、「旅籠屋の一般的成立については今のところ定説がない」と述べています。
また、幕府がたびたび宿場町に遊女を置くことを厳禁したが、「宿泊客に食事を提供するだけでは旅籠屋の収入は限られ、また伝馬役・御用宿の負担が宿場町の住民にはある」ため、「飯盛女・飯売女として抱えた下女に売女をさせる動きは止められなかった」と述べています。
第4章「江戸の宿さまざま」では、「本陣その他の領主の宿や、商人のための商人宿」、庶民の旅である旅籠屋などのほか、「行き暮れた旅人や僧侶・巡礼・廻国修行者などに提供される善根宿をはじめとして各種の宿を取り上げ」ています。
また、武者修行者の宿は「修行人宿・修行者宿・修行人定宿などとよばれていた」と述べ、「江戸など三都以外となると武者修行の場は、当然ながら城下町となった」として、その宿として旅籠のほか、本陣が指定されていたことを紹介しています。
第5章「旅人から見た旅籠屋」では、「さまざまな身分の人々の宿泊を受け入れなければならない旅籠屋」が、「相宿利用をその特徴としていた」上、「壁ではなく、ふすまや障子だけで隣室を仕切る旅籠屋では、他の客と相宿になるといっても、厳密にはともかく、プライバシーが保てないことではそう差があるものではなかった」が、「当時の人といえども相宿の相手については不安に思うものである」と述べています。
第6章「旅籠屋の施設・経営とサービス」では、旅籠屋の建築に地打て、建築史家大熊喜邦氏による、「旅籠屋の構造はどれも大同小異で、表間口の真ん中に一間(約1.8メートル)の入口をとり、その左右のどちらかに駕籠・長持その他の荷物などを置く大きな板の間と家族の住居の間を置いた。この板の間の通りに面したところにはめた障子には屋号が筆太に書き付けられ、家内の大黒柱には家の名前を書いた看板をかけていた。二回のある家は雨戸の戸袋に屋号の看板を出し、あるいは漆喰で屋号を塗りだしたものもあるという。部屋は板の間の奥に数室から、大きいところは十数室の座敷が建具仕切りで配置されたものである」という指摘を紹介しています。
また、旅籠屋の看板のマークが、「人目で判別できるように、簡略なマークや文字一字を図案化したものが用いられた」と解説しています。
第7章「旅籠屋に生きる人びと」では、「旅籠屋など宿屋とのかかわりで暮らしを立てている人々も多い」として、「按摩、髪結、そして商人などの物売りや、また『損料屋』など旅籠屋が必要とする物品その他を提供する商売の人たちもいた」と述べ、「損料屋」については、「御用通行などのときに宿つとめに必要となる諸道具を貸す商売」だと解説しています。
また、盗難事件が珍しくなかったとして、「関東の治安の悪化していた天保頃にやはり盗難の記録が多い」ことや、「宿屋の出来事として盗難などとともに見落とせない」こととして、「奉公人の下女に対する夜ばい」を挙げ、『東海道中膝栗毛』や『成田道中膝栗毛』でも「ともに夜ばいで恥をかく弥次・喜多を登場させて笑いを誘っている」と述べ、「旅籠屋が夜ばいの起きやすい場としての条件を持っていたために生じたといえよう」と解説しています。
本書は、江戸の昔に思いを馳せるとともに、現在の日本旅館のサービスの原型を見ることができる一冊です。
■ 個人的な視点から
昔、彦一ばなしか吉四六ばはしなにかの昔話で、「ごまのはい」の話があり、旅籠で相宿した「ごまのはい」(泥棒)をやりこめる話があったのを憶えています。子供の頃なので、相宿とかにリアリティはなく、そんなもんなんだぐらいに思ってましたが。
■ どんな人にオススメ?
・江戸時代の旅に関心がある人。
■ 関連しそうな本
金森 敦子 『江戸庶民の旅―旅のかたち・関所と女』
高橋 千劔破 『江戸の旅人―大名から逃亡者まで30人の旅』
神崎 宣武 『江戸の旅文化』
金森 敦子 『伊勢詣と江戸の旅』
『旅篭に泊まる』 2007年10月08日
宇佐美 ミサ子 『宿場の日本史―街道に生きる』 2008年03月06日
■ 百夜百音
【そんなヒロシに騙されて/潮騒のメロディー】 高田みづえ オリジナル盤発売: 1983
個人的には競作したジューシーフルーツの方がなじみがあります。ちなみに「ヒロシ」はサザンのメンバーの松田弘からとっていますが、騙したわけではないそうです。
投稿者 tozaki : 2008年07月13日 06:00
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