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2008年07月16日
ヒトは食べられて進化した
■ 書籍情報
【ヒトは食べられて進化した】(#1273)
ドナ・ハート, ロバート W.サスマン (著), 伊藤 伸子 (翻訳)
価格: ¥2310 (税込)
化学同人(2007/6/28)
本書は、私たちの祖先の立場が、「狩るヒト(Man the Hunter)」であったのか、「狩られるヒト(Man the Hunted)」であったのか、という問題について、「筋の通った判断」を下し、「その結論と、特異な性質をもつホモ・サピエンスが今日見せている行動様式との間」との関連性をテーマとしたものです。
第1章「ありふれた献立の一つ」では、「700万~1000万年にわたるヒト科の進化の中で、捕食者は進化形成要因として働いていた」と考えられ、「このときの捕食者-被食者相互関係は、今の時代にも影響を残す」として、「そのたぐいの話を見聞きするたびに、何とはなしに背筋が寒くなる。この心理的な作用を引き起こしているのも、わが種の祖先が野生動物の前に屈してきたことの名残なのである」と述べています。
第2章「『狩るヒト』の正体を暴く」では、「人は何故に人なのか」という聖書以来の課題について、1970年代に広く読まれたロバート・アードレイが、「肉食動物として進化したからだ」という答えを展開してきたことについて、「タウングチャイルド」が、「狩るヒト」説の鍵を握っているとして、レイモンド・ダートが、「初期人類はしとめた動物の骨、は、角を使ってさらなる獲物を殺していた」という「骨歯角文化」説を展開し、「キラーエイプが血なまぐさい行為を成し遂げた方法を説明した」が、初期ヒト科の頭骨化石に見られる、「ヒョウの犬歯と完璧に重なる丸い穴」から、「アウストラロピテクスはおそらく狩る側ではなく狩られる側にいたと思われる」と述べています。
第3章「誰が誰を食べているのか」では、動物行動学者で捕食に関する第一人者であるjハンス・クルークによる、「人食いにまつわるむごい話に嫌悪や好奇心あるいは何らかの関心を示すのは、全人類にとってとても恐ろしい――社会の中にいるあからさまな殺人者よりも恐ろしいことと本能で感じるからだ」と説を紹介し、「なんといっても人間は何百万年もの間、動物に狩られ、食べられて進化した」ためであると述べています。
そして、「人類には、格好のごちそうと舌鼓を打たれて攻撃を受けやすい存在だった何百万年があった。だがあっという間に、捕食者に対して支配を及ぼすようになった」にもかかわらず、「いまだに自分たちが被食者であるかのようにふるまったりもする」と述べています。
第4章「ライオンにトラにクマ、なんてことだ!」では、「100万年前から比較的最近まで、ネコ科やその祖先に当たる膨大な数の動物が地球上を駆けていた」として、ヒト科を含む霊長類が、「体も歯も大きなこれほどたくさんのネコ科動物を相手にどうやって生き抜いてきたのだろうか」と述べ、「霊長類と哺乳動物捕食者との間に長期(5000万年あるいはそれ以上)にわたる共進化があったことを支持する化石証拠はめったに見つからない」が、「そのわずかな化石証拠を元に、『霊長類のルーツは肉食動物による襲撃という出来事の中に隠されている』とする仮説が十分に成り立つ」としています。
第5章「狩りをするハイエナに腹をすかせたイヌ」では、ヨーロッパに生息するオオカミが、「雌が子供のために余分の食物を求める夏にとりわけ人間を襲う」と述べ、「過去において人間、特に小柄な子供は、オオカミにとって最も捕まえやすい手頃な獲物だった」と述べています。
そして、「オオカミの襲撃で北アメリカではゼロ、ユーラシア大陸では無数にあるという相反するデータを説明するため」、「最初に出会ったときから北アメリカのオオカミにとって人類とは、動物の群れをめぐって競合する危険な相手だった」が、「ユーラシアでは、オオカミは最低でも170万年にわたってヒト科とかかわってきた」と述べています。
また、中国で発見された北京原人の化石が、「頭骨の数が、全身の骨の数と同じどころか圧倒的に多かった」だけではなく、「顔の骨は取り去られ、頭骨の一番下の開口部が割広げられていた」ため、「人肉嗜食(と脳の脂肪組織に対する特異な食欲)が唯一つのもっともらしい説明と思われた」ため、「人肉嗜食、とくに仲間の脳みそを食べるという野蛮なならわしもあった」という説が出されたが、後に、「周口店のホモ・エレクトスの頭骨には、大型のハイエナが噛んで、砕いて、処理した形跡がすべて残って」いたことが明らかになり、「現生ハイエナ類の食習性に見られる、噛む、砕く、処理するという一連の段階が再現された」と解説しています。
第6章「ヘビにのみ込まれたときの心得」では、「昔も今も変わらず人間を襲い続けている脊椎動物のグループ」として、爬虫類を挙げ、「ヘビ類は獲物を丸ごと飲み込む」ため、「今考えに入れなければならないヘビ類は、初期ヒト科ほどの食物を放り込めるような(すなわち大きく開くあごを持つ)大きさのヘビだけだ」と述べています。
また、コモドオオトカゲについて、「何万年をかけて霊長類ヒト科の脳の中に作り上げられたと思われるおそれゆえにひるんでしまう」として、「色は灰色、長さ20センチメートルの二股に分かれた下がよだれを垂らしながら人間の臭いを嗅ぎ取り、後を追いかけ、はらわたを抜きにくる。もう死は避けられない」と述べています。
さらに、「人間を捕食するワニ類の逸話の出所は、ほとんどがインド太平洋だ」として、「とくに身の毛がよだつ話」として、第二次世界大戦中、イギリス軍によるビルマ奪還の軍事作戦で、マングローブの沼地に一晩閉じ込められた1000人の日本兵が、ワニの襲撃を受け、「日本兵はワニのあごで押しつぶされるたびに悲鳴を上げた」として、「日が昇るころには、恐怖の一夜を語れる生存者はわずか20人しかいなかった」、「生き残った兵の話」では、「仲間の大半はワニに殺された」と伝えています。
第7章「空からの恐怖」では、猛禽類の実質的な殺戮装置として、その足を挙げ、「その威力は並外れている」と述べ、
(1)獲物の体に食い込む
(2)縮めて閉じる
(3)圧縮圧を加える
の3つが一斉に作用する、と述べています。
また、カンムリクマタカが、「並外れて強い力」があるため「サルを林床で殺したあと、死体をつかんだままほぼ垂直に飛び上がる」と述べています。
第8章「私たちは食べられるのをぼうっと待っているだけではなかった」では、「霊長類は樹上性捕食者よりも大きくなることで、その多くを避けられるようになった可能性が示唆される」が、「地上性捕食者についてはそのかぎりではない」と述べています。
そして、「人類の長い進化の歴史の中で、もし集団での防御がなかったなら、間違いなく死に絶えていただろう。よりたくさんの目と耳と鼻があったからこそ、舌なめずりしながら音もにおいも出さずに忍び寄ってくる捕食者の危険を減らせたのだ」と述べています。
また、「二足動物になることによってはるかに安全になった」として、「二足歩行によって両手が自由になり、人類は防御者として成功した」とともに、「より大きく見えるようになったことが、戦略としても功を奏した」と述べています。
著者は、人類進化過程の大部分で使われた防御方法として、「大型化、社会形成、発生、二足歩行、脳の複雑化、相手を混乱させるような積極的防御行動」などを挙げています。
第9章「気高い未開人か、血に餓えた野獣か」では、「人類進化の中にアウストラロピテクスが受け入れられて以来、ほぼ十年ごとにあるテーマが現れては消え、また現れている」として、根本に「狩るヒト」説(狩猟仮説)をおいた、「凶暴性の進化とその生物学的基礎」についてのたくさんの筋書きが考え出されたと述べています。
著者は、「彼らは社会的動物だった。霊長類だった。必ずしもあらかじめ決められた方向に進むのではなく、自分自身の能力で生きる複雑な生き物だった」として、「初期ヒト科は、大きくどう猛で腹をすかせたものすごい数の動物の餌の一つだった」と述べています。
第10章「狩られるヒト」では、ロバート・アードレイの狩猟仮説が、「化石証拠よりも、現生人類の悲観的な見通しと、『原罪』というキリスト教の理論的枠組みを根拠にしていた」と指摘しています。
そして、「狩るヒト」説がすんなり受け入れられた理由として、
(1)19世紀に見つかった最初のヒト科の化石が年齢にして10万歳に満たないヨーロッパの標本だったこと。
(2)動物をばらすのに使われた槍や道具などの人口遺物が一緒に発見され、しかもとても精巧に作られていたこと。
の2点を指摘しています。
また、「疑いを挟む余地がない話」として、「火を自在に操れるようになるまでは、大がかりな狩りをするヒト科はいなかった」として、「人間は肉食動物のような歯も消化器官も持ち合わせていない」ことを強調し、「調理という技術」を手に入れるまでこの問題は解決されなかったと述べています。
さらに、「狩られる人」とした人類が出発し、「どのような戦略で捕食から身を守っていた」のかについて、
・戦略その1:25~75個体からなる比較的大きな集団で暮らしていた。
・戦略その2:多才な移動様式を持っていた。
・戦略その3:柔軟性のある社会組織を作る。
・戦略その4:社会集団の中には間違いなく男がいる。
・戦略その5:男を見張りとして使う。
・戦略その6:泊まり場を注意深く選ぶ。
・戦略その7:賢くあれ、そして相手より一歩先んじること。
の7つの戦略を挙げています。
本書は、我々自身を、改めて食物連鎖の中に捉えて見ることができる目を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
自分が生きたまま食べられる光景というのは想像したくないですが、ネコ科の捕食者に一撃で急所を仕留められて、絶命した後で食べられるというのは、病気で長く苦しむのよりも幸せなのかもしれません。というより、そもそも肉食動物は、逃げられない病気の個体から食べていくことを考えると、昔は、病気になったら長く苦しむよりも食べられてしまう方が当然だったのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・自分は「狩る側」だと思っている人。
■ 関連しそうな本
西田 利貞 『人間性はどこから来たか―サル学からのアプローチ』 2008年03月09日
リチャード・ドーキンス (著), 日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳) 『利己的な遺伝子』 2006年09月26日
ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
山極 寿一 『暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る』 2008年04月13日
リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日
■ 百夜百マンガ
このタイトルだから、「きんたろう」という主人公の名前だというのもすごく安易に感じますが、他の作品の登場人物も「ささにしき」とか「こしひかり」とかなので、あまり違和感ないのかもしれません。
投稿者 tozaki : 2008年07月16日 21:00
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