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2008年07月26日

治安はほんとうに悪化しているのか


■ 書籍情報

治安はほんとうに悪化しているのか   【治安はほんとうに悪化しているのか】(#1283)

  久保 大
  価格: ¥2520 (税込)
  公人社(2006/06)

 本書は、
(1)<治安>とは何なのか?
(2)「治安が悪い」ことの根拠として出されたデータは、どこまでそのことを説明できるのか?
(3)なぜ、最近になって、「治安が悪い」と熱心に語られるようになったのか?
の3つの疑問を元に、「<治安の悪化>という言説を生み出し、かくも広めることになった背景には何があったのか」について、
・ひとつには、警察の組織防衛本能に基づく行動(propaganda)があり、
・そして、あらゆる出来事をわかりやすい枠組みの中で語ろうとするマス・メディアの習性が、<治安の悪化>という既視(deja vu)の物語を呼び出してきたこと、
・さらには、受け手の側にいる人々も、自らが感じている社会不安の因ってくるところの何かを表象、つまりは形にして説明してくれるものを求めていたこと、
などの要素が結びついた構造を見出そうとしたものです。
 第1章「『治安が悪化している』と皆がいう」では、「私たちの周囲でも、たくさんの人が、『凶悪犯罪が頻発し、今までになかったような犯罪も起こっている。日本の治安はどうかなってしまった』という不安を盛んに口にする」ようになったが、「治安の悪化」は、
(1)客観的な統計データを示すことによって
(2)人々の主観的な意識を表現すること、場合によってはそれを統計化することによって
の2種類の方法で語られていることを指摘しています。
 著者は、これらから、「公式的な統計データと犯罪報道、それに漠然とした不安感の相乗効果として、人々の間に『治安の悪化』という言説が浸透するようになった」ことを指摘しています。
 また、「治安」という言葉について、
(1)「治安」と「防犯」とはどう違うのか、同じ意味なのか?
(2)もし違うとしたら、なぜ最近になって、「防犯」という言葉に代わって、「治安」という言葉が一斉に使われるようになったのか?
の2点を考えるべきであると述べ、「『治安』という視点を適用することによって、人々の個人的な責任だけではない問題、もっと大きな力によって規制すべき対象として、<犯罪>が浮かび上がってきた」と指摘しています。
 第2章「『治安』はどんなふうに悪化しているというのか」では、「(犯罪)認知件数」という用語に関して、
・まず犯罪について、被害に遭ったという届け出や告訴、あるいは殺人事件であれば死体の発見などの事実行為があること。
・これに対して警察が犯罪の発生として公式に認める行為があること。
の「2つが合わさったときに、認知件数としてカウント」されると解説しています。
 そして、犯罪の認知件数の増加理由について、
(1)警察が信頼回復のために市民からの相談にきちんと乗るようになった結果、証拠不十分な事件も受理するようになった。
(2)自動車数の増加と保険の発達によって、車の盗難や破損、荷物の盗難などの被害を保険により処理するために、警察に届け出ることが多くなった。
の2点が挙げられることを紹介し、「一つは警察という企業の営業方針・営業戦略の変更であり、もう一つは顧客の側の意識や消費行動の変化ということ」であると述べています。
 また、「犯罪の凶悪化=治安の悪化」をめぐる議論について、
(1)「凶悪犯」の認知件数の増加(率)が著しいという点に着目
(2)犯罪の手口の暴力化傾向に着目
(3)一般の人々や家庭が、無差別殺人や押し込み強盗などに遭遇する危険が増えていると主張
の3つのタイプに分類しています。
 その上で、『犯罪白書(平成15年版)』に掲載された、約30年間の犯罪の認知件数の推移を元に、
(1)長期的に見れば、殺人事件の死亡者数は、20数年前と比べてほぼ半減に近い。
(2)平成8年以降、強盗事件による重軽傷者が顕著に増加しているが、死亡者は比例して伸びてはいない。
(3)平成14年の死亡者数1,368人のうち、殺人が662人、強盗殺人で71人となり、残りの600人余りは、ほぼ傷害致死事件に該当すると推測される。
の3点を指摘しています。
 第3章「少年による犯罪は増加し、凶悪化し、低年齢化しているのか」では、少年の凶悪犯のうち「強盗」が増加している要因について、
(1)少年側の行動態様の変化・・・同じ「カツアゲ」であっても、加害者側に集団で、あるいは刃物をちらつかせるなどの傾向が生まれれば、恐喝ではなく、強盗のカテゴリーとして処断されやすくなる。
(2)取締り側の対応の変化・・・温情主義から厳罰主義へ、バイクによる引ったくりで被害者が怪我をした場合には窃盗+傷害ではなく強盗の名目で検挙するようになった。
の2点を挙げています。
 著者は、「これまでも、およそ子供たちの粗暴な振る舞いが目につく時代には、繰り返しこうした『(少年による犯罪の)増加・凶暴化・低年齢化』が三点セットとして語られてきたのだが、そのふるまいが粗暴化して見えるということと、彼らによる犯罪が凶悪化しているということとは、別種の問題なのではないか」と述べています。
 第4章「外国人犯罪は治安を脅かす主因か」では、外国人犯罪を問題にする場合には、
・人口が増えれば犯罪の絶対数も増加する可能性があることを前として認めた上で、単に外国人による犯罪が増加しているという事実を語りたいのか。
・日本人に比べて犯罪を行いやすい(あるいは、残忍な手口も厭わない)性向を持つ外国人というカテゴリーを設定して、身近にそうした外国人がいることの危険性を訴えようとしているのか。
を区別して考える必要性を指摘しています。
 第5章「『治安の悪化』否定論はなぜ説得力をもたないのか」では、近年よく耳にするようになった「体感治安」という言葉について、「客観的状況というより、犯罪不安と同じ主観的な判断であるらしいのですが、被害の可能性にしてもずっと漠然としたものでもいいし、自分が現実に直面するかどうかですら無関係、どこかで誰かが被害に遭うかもしれないといった程度の可能性までも包含するものとして理解されている」と指摘しています。
 そして、「『自分の周囲の環境に対する不安』と『日本全域にわたる漠然とした不安』とを『体感治安』という言葉で一括りにすることは、あまりにも粗雑な議論になってしまう」と述べています。
 また、体感治安の性格に関して、「ある事件や出来事が、行政、マス・メディア、識者などによって、社会的な価値(道徳)や公共の利益に対する脅威、危機として描き出され、場合によっては対応策が講じられるに至る一連の過程」をさす、「モラル・パニック」の可能性を指摘しています。
 著者は、「要するに、体感治安の悪化とは、実は、『人々が日頃感じている別の不安感の代替』『象徴としての不安』なのではないか」と述べています。
 本書は、社会を語る際の枕詞として当然視されようとしている「治安の悪化」について、そこに隠されたさまざまな思惑や錯覚を指摘しようとした意欲的な一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、東京都の知事本局治安対策担当部長などを歴任された都庁OBの人ですが、当然視され、都民からの要望も強い「治安対策」に携わる中で、「治安」とはいったい何か、を深く考えた結論というか、疑問を提示しているのが本書なのではないかと思います。
 自分の仕事を、所与のものと考えず、より深く考えていくことが本質的な問題解決に繋がるという姿勢を示した一冊と捉えることもできるのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「治安は悪化している」と信じている人。


■ 関連しそうな本

 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 荻野 富士夫 『戦後治安体制の確立』 2007年05月28日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 パオロ・マッツァリーノ 『反社会学講座』 2006年03月11日


■ 百夜百音

燃えよ ドラゴンズ!'99 優勝記念盤【燃えよ ドラゴンズ!'99 優勝記念盤】 山本正之 ナレーション 久野誠 オリジナル盤発売: 1999

 やっぱりこの人の出世作というかカラーが一番出た作品なのでしょうか。
 歌ってて楽しそうなのが何よりです。

投稿者 tozaki : 2008年07月26日 06:00

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