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2008年08月16日

したたかな生命

■ 書籍情報

したたかな生命   【したたかな生命】(#1304)

  北野 宏明, 竹内 薫
  価格: ¥1680 (税込)
  ダイヤモンド社(2007/11/16)

 本書は、「世界をロバストネスの観点から眺めることにより、世界は生命の躍動としてとらえられ、通常は生命とは無関係だと思われている『組織』も、ある種の生命法則と同じように『進化』していることがわかるようになる」ものです。
 著者は、「ロバストネス」(=強靭さ)とフラジリティ(=脆弱さ)は、「あらゆるシステムの表と裏の顔」だと述べています。
 第1章「したたかに生きる強さの条件」では、「分子の集合体からなるシステムの構成原理、基本原理は何かという問いに答える」溜めの「システムバイオロジー」という研究分野について、「システム論的な生物学への新たな興味は、システム論からの流れ、代謝工学からの流れ、ゲノムサイエンスからの流れ、計算科学・複雑系からの流れが折り重なったということに特徴がある」と述べています。
 そして、「生命現象を理解するには、遺伝子やタンパク質を理解することは必須」だが、「それらがどのように相互作用し、そのネットワークが、どのような動作原理で挙動するのかがわからなければ、その生命現象の理解は困難」だと述べた上で、システム生物学の「システム」の理解のレベルとして、
(1)システム構造理解
(2)システムダイナミクス理解
(3)システム制御理解
(4)システム設計理解
の4つのレベルを挙げています。
 また、「生命のシステム・レベルでの理解につながる思考の枠組み」として、「生物の色々な局面で観察され、部品個別の機能では説明できない現象」について、「生物が、いろいろな擾乱に対してその機能を維持し続けることができる現象」を挙げ、「多くの種では、幅広い擾乱に対して、対応できる能力を有して」いるという特徴を、「ロバストネス(Robustness)」と呼んでいることを紹介し、本書が、「このロバストネスという概念を用いて生物や組織などのシステムをより深く理解するという試みを展開」するものであると述べています。
 さらに、「複雑なシステムのロバストネスを向上させる方法」として、
(1)システム制御
(2)対故障性
(3)モジュール化
(4)デカップリング(バッファリング)
の4点を挙げています。
 第2章「強くなればなるほど弱点が生じる」では、「すべての擾乱にロバストなシステムは存在しない」として、「ロバストネスとフラジリティの関係というのは表裏一体で、どこかをロバストにすれば、必ずどこかにフラジリティが出てくる」というトレードオフが存在し、「このトレードオフは永遠に解決」しないと述べています。
 さらに、トレードオフは、「ロバストネスとフラジリティの間だけではなく、パフォーマンス(性能)とリソース(資源)までも含んだ関係」があるとして、「この4つがまさに『四つ巴』になる」と述べています。
 そして、糖尿病をロバスト・システムの脆弱性という観点から理解するとして、われわれの身体が、「エネルギー消費が激しく、感染症の多い環境に対してロバストになるように進化してきた」と考えられるとした上で、進化的なタイムスケールでは、「マクロな敵(捕食者)とミクロの敵(感染症)との戦いに有利になるような適応をしてきた」ため、「どのような場合にでも、中枢系と免疫系の機能を維持することが最も重要」であったと述べ、「進化的に見ると、インスリン抵抗性は疾病ではなく、通常の生理学的機能であり、感染などに対する生態のロバストネスを実現する機構である」と考えられるが、「ヒトが生きる環境が急激に変わってしまった」結果、「血中のグルコースレベルが高いままでいるので、糖毒性や高インスリン血症などによって引き起こされる血管障害になる」と解説しています。
 第3章「ロバスト・システムとしての癌」では、「癌がいろいろな治療に対してロバストに対応する現象」について、癌のロバストネスの原因として、
(1)細胞内のフィードバック・ループやシグナル伝達系の多様性
(2)腫瘍微小環境でのフィードバック(tumor microenvironment feedback)
(3)癌細胞の遺伝的多様性
の3点を挙げた上で、「これらのメカニズムによって、癌は非常にロバストなシステムになってしまった」と述べています。
 また、抗癌剤の開発において、「癌細胞に選択的に効果を及ぼし、正常細胞には副作用を与えないという『選択性』をいかに確保するか」が重要であるが、「多くの抗癌剤では、高い選択性を実現できていない」として、「ヒトの大規模タンパク質相互作用データを利用した研究」が進んだ結果、「多くの疾患の原因タンパクはネットワークの周辺部分に存在するのに対して、癌関連因子はネットワークの中心部」であり、「非常に多くの分子と相互作用するネットワークの構成要素」である、「ハブ」であることが明らかになったと述べています。
 そして、「一つの可能性」として、「ハブやボトルネックとなっている因子をターゲットにしないで、多くの因子をターゲットにする戦略」を挙げた上で、「問題は、ロングテールの部分にあるターゲット単独では、大きな効果を及ぼさないであろうということ」であると述べています。
 第4章「遺伝と共生をつなぐ進化のシステム」では、「進化可能性とロバストネスは密接に関連していて、進化とロバストネスは切っても切れない関係」のようだと述べ、生物が進化する際には、
・突然変異などの遺伝的な変化が引き起こされる必要
・その結果として、新しい形態が出現し、集団中に広まっていく必要
の両方が必要であるとして、
(1)致死的ではない突然変異が生じる可能性があることが必須
(2)変異は致死的である可能性があるので、できるだけ少ない数の変異で新たな有利な表現型が生み出されうる
の2つが必要であると述べています。
 そして、「少ない回数の突然変異で新たな表現型を生み出すことに関わりがありそうなメカニズム」として、「モジュール化」を挙げた上で、「ホメオティック遺伝子(Homeotic Genes)の出現」と、「それを含むショーン・キャロルがいうところの『進化のツールボックス』の出現」という2つの「進化的な飛躍」が、モジュール化を可能にしたと解説しています。
 また、「生物の生命現象を担う分子間相互作用ネットワークの構造」において、「コアを中核とした重層構造をもつ進化戦略」として、「蝶ネクタイ構造」(Bow-Tie Architecture)のネットワークが見えてくると述べ、「進化の過程で、シグナル伝達系が多様化する場合に、安定的に保存されているコア・ネットワークに接続することで、新しい刺激やより詳細な刺激の弁別に対応できる可能性」を示唆しています。
 著者は、「進化可能性とロバストネスのメカニズムは、システム上の要求としては同じことが要求されているのではないか」として、「ロバストネスが進化可能性を促進し、進化のプロセスでその環境に対してよりロバストネスの大きい個体が選ばれやすいという相互関係がある」と述べています。
 そして、「ロバストネスという視点から生命を見ていくと、生命の多様性や進化が別の角度から理解できる」として、「このような概念体系の構築は、ようやく始まったばかり」だが、「いずれ非常に豊饒な概念・理論体系が構築され、生命システムなど、複雑で進化可能なシステムに深い理解に達するのではないか」と述べ、「その中での中核概念であるロバストネス・トレードオフは、複雑で進化可能なシステムが内含する本質的な相克として、生命の物語の中心的モチーフになるのではないか」と述べています。
 本書は、生命や組織が持つ「したたかな」頑健さに対する理解を深めるきっかけを与えてくれる一冊です。

■ 個人的な視点から

 進化と糖尿病の話は『迷惑な進化』にも出てきた話なので読みやすかったですが、一番面白かったのは、ロバストネスという観点から見た癌の話でしょうか。病気として治りにくい、ということは、癌がそれだけロバストであるということですが、こんなところでネットワーク理論に出くわしたのが驚きでした。


■ どんな人にオススメ?

・生命の強さの仕組みを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 竹内 薫 『99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』 2007年06月16日
 北野 宏明 『システムバイオロジーの展開―生物学の新しいアプローチ』 
 児玉 龍彦, 仁科 博道 『システム生物医学入門―生命を遺伝子・タンパク質・細胞の統合ネットワークとして捉える次世代バイオロジー』 
 池上 高志 『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』 
 田中 博 『生命-進化する分子ネットワーク―システム進化生物学入門』 
 蔵本 由紀 『非線形科学』 


■ 百夜百音

続・青春歌年鑑 1970【続・青春歌年鑑 1970】 オムニバス オリジナル盤発売: 2002

 月亭可朝もボインを嘆くどころの場合ではなくなってしまいましたが、今の若い人にはなかなか通じないのではないかと思います。

投稿者 tozaki : 2008年08月16日 06:00

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