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2008年08月24日

読書の腕前

■ 書籍情報

読書の腕前   【読書の腕前】(#1312)

  岡崎 武志
  価格: ¥819 (税込)
  光文社(2007/03)

 本書は、「これからもずっと楽しみとして本を読んでゆきたい、できるだけ読書の時間を多くとりたい、いろんな作家のいろんな本に触れてみたいと考えているような人」のために書かれたもので、「読んでいる最中に、無性に別の本が読みたくなる」ことを目指したものです。
 著者は、「人がすることすべて上達というものがある。何度も繰り返し、上手になりたいと願い、学び、そして少しずつ『腕前』が上がる」ように、「読書だってまったく同じ。読めば読むほどいろんなことがわかってくるし、前にはわからなかったことが、突然見えてきたりする」と述べています。
 第1章「本は積んで、破って、歩きながら読むもの」では、読書のメリットとして、「本を読むことで、他人を知る手がかりは得ることができる。また、本は、実生活では知りえぬ、膨大な人間のモデルを提供してくれる。しかも、相手の忖度を気にせず、思うがまま、自由にそのモデルと触れ合うことができる」ことを挙げています。
 また、昭和30年代初めまでは、朝日新聞社が、「写真や原稿の遠距離輸送に鳩を使っていた」ことを、森本哲郎の発言から知ったことを挙げ、「この『知る』ことの楽しみを知ってしまったからには、読書をやめろと言われても、いまでは遅すぎる~」と語っています。
 さらに、「本を読む時間がない」と言う人は多いが、「その気になれば、ちょっとした時間の隙間を利用して、いくらでも読めるものなのである」として、「2分、3分といった細切れ時間であっても、合計すれば1日20、30分にはなるはず」であり、「毎日30ページ近くは読める」、「新書程度の分量なら1週間に1冊は読了できる。要は、ほんとうに本が読みたいかどうか」であると語っています。
 そして、「ツン読」の効用について、「『買った本を全部読む』ということは、言い換えれば、『ぜんぶ読む本しか買わない』からであり、しかも本は一度読めばそれで用が済むと思っているからだ。おめでたいことこの上ない」と述べています。
 第2章「ベストセラーは十年後、二十年後に読んだほうがおもしろい」では、著者が、「書評家」の肩書きを名乗り、新聞や雑誌で書評を担当している中で、「書評を書いていて難しいと思うのは、まずはなんといっても字数の問題だ」と述べ、一番多い「800字では、その本が著者にとってどういう本であるかの位置づけ、あらすじ、読みどころ、ポイントとなる箇所の引用、締め(着地)を並べるだけで精一杯」だと述べています
 そして、いろいろなベストセラー本を読んできた結論として、「その8割方は読み通すのに苦労し、呼んで得たものもほとんどなかった。自分で買うかと言われればとんでもない。よく、みんなこんなものに金を出して、挙句に『感動した』だの『癒された』だの『生きる指針となった』などと言えるよな、とあきれるほどの代物だった』と述べたうえで、「ベストセラーは『売られている本』の代表なのである。『読まれている本』の代表なのである。だから、ベストセラーを見れば、日本の出版が見えてくる」とする長江朗の定義を紹介しています。
 第3章「年に三千冊増えていく本との戦い」では、古書店主から直木賞作家になった出久根達郎が、「本を処分する際に、読んでいない本を残して、読んだ本を売るのは間違いで、読んだ本こそ残すべきだ」と書いていたことを取り上げ、「一度読んだ本音場合、そこに何が書かれているかを知っている。読後しばらく経って、書いてあったことを再確認するときに既読の本は必要だ」と解説しています。
 第4章「私の『ブ』攻略法」では、著者が、ブログなどであまりひんぱんに「ブックオフ」と書くのが面倒になり、「ブ」とだけ標記するようになったところ、「まわりの友人も隠語として使うようになり、今では定着している』と述べています。
 第4章「旅もテレビも読書の栄養」では、書評の仕事を看板に掲げていると、「どんな本を読んだらいいか、お薦めの本はありますか」と訊かれることがあるが、「いつも返事に窮してしまう」と述べ、「書評家は、お薦め本の自動販売機ではないのだ」と語っています。
 そして、片岡義男が、「本を読むための旅」、すなわち、「なにかほかの目的がある旅行の合間に、というのではなく、本を読むだけのための旅行」を推奨していることを紹介しています。
 第6章「国語の教科書は文学のアンソロジー」では、読書だけは得意だった小学校3年生の著者が、物語を決められた時間内にどれだけ読めるか、というテストで、全部読み終わったにもかかわらず、担任教師から、「全部読んだ」のはウソだ、「(劣等生の)おまえなんかに、これが全部読めるわけがない」と言って、「おまえならこの程度だ」とプリントの半分のところに線を引かれた体験を、「おおげさでなく、刀で切りつけられたような痛みが走った」、「このときの無残な気持ち、屈辱は、死ぬまで忘れない。わすれようもない、生まれて初めての大きな傷をこのとき負ったのだ」、「私は彼をこの先も絶対に許さない」と語っています。
 また、小学生時代に住んでいたアパートの隣に、スクラップ回収会社があり、そこの倉庫に忍び込んでは、雑誌を読みふけった体験を、「砂糖壺に落ちたアリ」と表現し、「"本人間"としての私の基礎体力は、この倉庫と学校の図書室での読書体験によって作られていった」と語っています。
 さらに、高校時代に、「毎年新学年に進級する直前に、新しい現国の教科書に一通り目を通すのが常だった」として、「当時の私は、現国の教科書を文学作品のアンソロジーと受け取っていた」と述べています。
 第7章「蔵書のなかから『蔵出し』おすすめ本」では、著者の蔵書の「少なからぬ量」が、「本の本」、「本について書かれた本」であるとして、「書評集、出版史、古本についての本、読書論の類が、軽く本棚に本はあるだろうか」と述べ、「ときに、本それ自体を読むより、本について書かれた本のほうが面白いくらいだ。そこで紹介された本がまた読みたくなりあるいは著者が本を読む姿や仕種を追うことで、読書欲が刺激される。これは読書の永久運動だ」と語っています。
 本書は、読書好きなら共感できる読書の楽しさのあまり、読書自体を職業にしてしまった著者が語る、読書生活をまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 いくら本が好きでも、年間3千冊もの本を買い続ける人はなかなかいないと思いますが、著者の言葉のなかでも、「ツン読」に関する言葉は身にしみました。
 ツン読をしないということは、読む分だけしか本を買わない、という愚かなことだ、という言葉には共感すると同時に、本の置き場や購入費を考えると、欲しい本を欲しいだけ買うわけにはいかず、どうしても図書館が中心になってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・本が好きで好きな人。


■ 関連しそうな本

 松岡 正剛 『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝』 2007年12月09日
 モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳) 『本を読む本』 2006年07月02日
 ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳) 『あなたもいままでの10倍速く本が読める』 2006年01月15日
 松山 真之助 『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』 2005年05月01日
 立花 隆 『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』 2006年07月29日
 加藤 周一 『読書術』 2006年07月23日


■ 百夜百音

ベストアルバム【ベストアルバム】 ずうとるび オリジナル盤発売: 2008

 「笑点」で座布団を運んでいる人が何者かを知りたい人は、このアルバムを聴いてください。一番確実な生き残り方なのかもしれません。

投稿者 tozaki : 2008年08月24日 06:00

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