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2008年08月26日

とんかつの誕生―明治洋食事始め

■ 書籍情報

とんかつの誕生―明治洋食事始め   【とんかつの誕生―明治洋食事始め】(#1314)

  岡田 哲
  価格: ¥1680 (税込)
  講談社(2000/03)

 本書は、「『料理維新』と称するのにふさわしい時代でもあった」明治期における、欧米の食文化の急速な浸透と「洋食」の誕生を描いたものです。
 著者は、「和洋折衷という新しい食である『洋食』をつくりあげていったのは、やはり、庶民の創意と工夫の積み重ねであった」として、
(1)庶民は、初体験の様式調理にはなかなかなじめず、
(2)やがて牛肉を、食べ慣れた和風の調味料(味噌・醤油)で仕立てて、牛鍋やすき焼きを作り上げ、
(3)さらに、様式調理の中から、折衷料理という独特な洋食を、家庭料理の中に取り込んでいった。
の3つのステップを挙げています。
 第1章「明治五年正月、明治天皇獣肉を食す」では、当時の指導者たちが、「見上げるような欧米人との体力差という現実」に直面し、「肉食を解禁し、西洋料理を普及させることで、体力的にも文化的にも、日本人の劣等感を払拭することが急務という結論を得た」と述べています。
 しかし、「肉食が解禁されたからといって、待ってましたとばかり、庶民が肉食へ飛びついたわけではない。これから後の長い時間をかけて、西洋料理という枠組みの中で、肉の調理法を習得し、日本人独特の折衷料理『洋食』を、つぎつぎにつくりだしていく」と述べています。
 そして、日本人の肉食忌避は律令国家以来のものであったが、「江戸中期から末期にかけて、大名たちの中に、これらの掟に従わず、密かな『薬喰い』を行う者が現れてくる」と述べています。
 第2章「牛肉を食わぬ奴は文明人ではない」では、肉鍋の調理形態が、「獣肉から牛肉へ、そして、味噌から醤油と佐藤へと移行していく。換言すれば、米飯に合うおかずとして発展し始める」が、「欧米の肉料理に共通する、香辛料の使用はまったく見られない」として、「日本人の食卓を欧風化した」のではなく、「洋風素材の牛肉を、和風鍋に取り込んだ』のだと解説しています。
 そして、庶民の間で牛鍋やすき焼きが定着した背景として、「政府や知識人による積極的な肉食奨励策』を挙げ、1972年(明治5)に、敦賀県下で、牛肉店の開店によくないうわさが飛び交った際には、敦賀県庁が、「牛肉は、健康の増進・活力の補強・強壮滋養によい食べ物である。今までの習慣にこだわって、牛肉を食べると心身がけがれると言いふらす不心得者がいる。これは文明開化の妨げであり、不届きである」とする異例の論告を出したことを紹介しています。
 また、「西洋料理」と「洋食」との違いについて、「パンと合うのが西洋料理であり、米飯と合うのが洋食」だとする著者の考えを述べています。
 第3章「珍妙な食べ物、奇妙なマナー」では、「西洋料理を食べるとき、ナイフとフォークを使うには、まさに決死的な勇気が必要であった」として、
・箸がないために使ったナイフとフォークで口の中を切り、血だらけになって悪戦苦闘する。
・スープの飲み方もわからない。平皿を手に持ち、味噌汁のように皿ごと吸ったところ、胸からひざにかけて熱いスープを浴びてしまう。
・ナイフに肉片を刺したまま口の中で法張り、ナイフを引き抜いたら、唇を切って血を流す。
などの珍事が起こったことを紹介しています。
 さらに、「珍妙な食べ物が、続々と登場した」として、
・卵黄を燻製にしたからすみ
・ひき蛙の焼き鳥
・ウサギの親子丼
・ヒンヒンのステーキ
・ワンワンのソーセージ
・豆の粉のおろしワサビ
などを紹介しています。
 第4章「あんパンが生まれた日」では、「明治維新になり、文明開化の進む中で、先人たちは、パンを不思議な形態に作り変えていく』として、「おやつ(間食)の機能を持たせた、和洋折衷型の『菓子パン』」を挙げ、「あんパン」の誕生は、「『とんかつ』と同じように、日本人が作り出した『洋食』なのである」と述べています。
 そして、「パンは、米飯に執着し続ける庶民には、なじみにくい異国の食べ物であった」が、「1874年(明治7)に、『あんパン』という食品が作られると、あっという間に日本全国を制覇し、天皇の食卓にまで上るようになる」と述べています。
 第5章「洋食の王者、とんかつ」では、「独特な和洋折衷料理=『洋食』」の誕生の中でも、「『とんかつ』がつくられる歴史は、一つのドラマを構成している」として、日本人好みのとんかつが出来上がった経緯として、
(1)牛肉から鶏肉そして豚肉への変遷、
(2)薄い肉から分厚い肉への変遷、
(3)ヨーロッパ式のさらさらした細かいパン粉から、日本式の大粒のパン粉への変遷、
(4)炒め焼きからディープ・フライへの変遷、
(5)さらには、西洋野菜の生キャベツの千切りを添えて、
(6)あらかじめ包丁を入れて皿に盛り、
(7)日本式の独特なウスターソースをたっぷりかけて、
(8)ナイフやフォークではなく箸を使って、
(9)味噌汁(豚汁・しじみ汁)をすすりながら、
(10)米飯で楽しむ和食として完成する。
の10項目を挙げ、「これだけの食の変遷に、60年の歳月が費やされた」として、「外来の食べ物を、このような執念で吸収・同化していった食の文化は、他国ではあまり例がないであろう」と述べています。
 そして、明治初期に見よう見まねで作られたビーフカツレツはすき焼きのようには普及せず、後に現れる「ポークカツレツ」こそが「とんかつ」の前身となったと述べたうえで、池波正太郎が、ポークカツレツの美味しさを、「ソースをたっぷりとかけて、ナイフを入れると、ガリッとコロモがくずれて剥がれる。これがまた、よいのだ。コロモと肉とキャベツがソース漬のようになったやつを、熱い飯と共に食べる醍醐味を、旨くないという日本人は、おそらくあるまい」と記していることを紹介しています。
 また、「とんかつのうまさには、サクサクとした日本式パン粉の歯ざわりが貢献している」として、「ヨーロッパ式の細かい粒のパン粉」では、とんかつの歯ざわりは得られず、揚げ油が汚れやすく、適度の厚みのある衣に仕上がらない、食べた感じももの足りないと述べています。
 第6章「洋食と日本人」では、「明治新政府や知識人が積極的に奨励した肉食や西洋料理の普及」は、
(1)明治初期:西洋料理の崇拝期
(2)明治中期:西洋料理の吸収・同化期
(3)明治後期:和洋折衷料理の台頭期
(4)大正・昭和期:もっぱら庶民的な洋食が普及して、三大洋食が脚光を浴びる
の4つの流れがあると解説しています。
 そして、明治中期の「特筆すべき動き」として、
(1)本格的な西洋料理を社会が少しずつ受け入れていった。
(2)西洋料理の調理技術を、日本的にし編成しようとした先人たちの努力
の2点を挙げています。
 また、明治後期の和洋折衷料理(洋食)の台頭について、
(1)カツレツ・コロッケ・エビフライのように、フライ(揚げ物)と米飯の組合せ
(2)ライスカレー・ハヤシライス・チキンライス・オムライスのように、洋風を取り入れた米飯類
(3)ロールキャベツ・シチュー・オムレツのような洋風和食
などの、いくつかの系統があり、「これらの料理の共通点」として、「和食の洋風化ではなく、西洋料理の和食化である」と解説しています。
 本書は、私たちが当然のように食べている「洋食」が、日本の明治維新後、長い試行錯誤を経て完成した日本独自の文化であることを再認識させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は日清製粉に勤務する傍ら、食文化について研究を続け、食文化史研究家を名乗られています。単なる食通よりもこちらのほうがかっこいい気がするのはなぜでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・「とんかつは和食」といわれると抵抗がある人。


■ 関連しそうな本

 岡田 哲 『ラーメンの誕生』 2007年11月23日
 小菅 桂子 『カレーライスの誕生』 
 岡田 哲 『コムギ粉料理探究事典』 
 岡田 哲 『たべもの起源事典』 
 岡田 哲 『日本の味探究事典』 
 岡田 哲 『食文化入門―百問百答』 


■ 百夜百マンガ

DAI-HONYA【DAI-HONYA 】

 タキタ氏と言えばとり・みき作品では欠かせない登場人物ですが、こういうハードな作品の原案もしているとは。近未来作品なのに、すでに作中の時代に追いついてしまうと一抹の寂しさを感じます。


投稿者 tozaki : 2008年08月26日 06:00

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