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2008年09月06日

〈海賊版〉の思想‐18世紀英国の永久コピーライト闘争

■ 書籍情報

〈海賊版〉の思想‐18世紀英国の永久コピーライト闘争   【〈海賊版〉の思想‐18世紀英国の永久コピーライト闘争】(#1325)

  山田 奨治
  価格: ¥2940 (税込)
  みすず書房(2007/12/20)

 本書は、1774年2月22日、今のロンドンにあるウェストミンスター宮殿で決着した「永久コピーライト」をめぐる歴史的な判決を題材に、「永久ではなく期限つきの権利だという原則」がどのように出来上がったかを解説したものです。この「ドナルドソン対ベケット裁判」は、独占的なカルテルを結んだロンドンの書店主たちに対し、「人気のある本を物価の安いエジンバラで印刷してロンドンに持ち込み、安い値段で売りさばく」ドナルドソンが、「新しい文化は、過去の文化を発展させながら創られる。世間に広まってからかなりの年数がたち、社会に浸透しきった作品に、いつまでも所有権があるのはおかしい」、「共有の文化がなければ、創作活動がとても窮屈になってしまう」という点を突いたもので、著者は、「作品を永久に独占することは許されず、作者が亡くなってからある年数が過ぎれば、誰でもコピーを作って売ることができる──既得権者がもっとも嫌う、こういった原則が認められた」点で、この「判決の意味は重い」と述べています。
 第1章「本の『海賊』と独占』では、裁判におけるドナルドソンの主張として、
(1)ベケットらの言うことは、難解でキメラ的で定義できない。コピー生産の独占は、天賦の際の独占を意味し、これは誰がどうみても異常な特権である。
(2)慣習法による権利には、良心と理性に基づく正義が必要。
(3)天賦の才を独占することは、人権の侵害。
(4)慣習法は正義と公正の母である公共の利益のためにある。
(5)本のコピーの特権と独占は印刷術とともに始まったもので、慣習法に基づくものではない。
の5点を紹介しています。
 著者は、、争点として、
(1)文学の所有権とは何か。ベケット側は文学には所有権があるというが、ドナルドソン側はそんなものは定義できないという。
(2)コピーライトは慣習法か。ベケット側は、コピーライトは慣習法に基づく永久の特権であるとし、ドナルドソン側は、コピーライトは印刷術にはじまり、「アン法」によって作られたもので、期限つきの権利だという。
(3)コピーライトの源は何か。ベケット側は、コピーライトの源は文学の最初の所有者たる著者にあり、書店主は、著者から文学の所有権を買い取っているので自分たちの独占物だという。ドナルドソン側は、かりに文学の所有権があったとして、何を持ってそれを買い取ったことになるのか、著者の天賦の才を独占するのは人権侵害でもあるという。
の3点を挙げています。
 第2章「コピーライトに群がるひとびと」では、イングランドの国内法だった「アン法」には、「コピーライト」の語はなく、「本の『版』をめぐる権利」を守って織物であるが、「その『版』とは何かが定義されていない」ため、「古典的な本の『版』の権利を、なぜ特定の書店が独占できるのか」、「その理由付けができない」と述べています。
 そして、ロンドンの書店主たちが、「権利を著者から買ったことを理由に、印刷・出版の永久独占を主張した」ことは、「『アン法』の精神に反することだ」とドナルドソンが考え、義憤だけではなく、「大市場にビジネス・チャンスを見出そうという経済的な動機がなければ、大書店主たちの独占に対して、これほど真剣に戦いを挑んだだろうか」と述べています。
 また、1769年4月20日に言い渡された「ミラー対テイラー裁判」では、主任裁判官のマンスフィールド卿が、「独占書店主たちの主張を認め」、「コピーライトは慣習法であり、著者がもつ永久の権利だとする判決を下した」と述べています。
 第3章「一九日間の法廷闘争」では、ドナルドソンの弁護人ダリンプルが、「アン法」の正式名称をパロディにした「生垣の若芽と木々の枝々の権利を植栽者に定められた期間帰属させることによって植栽を信仰する法律」なる架空の条文を披露し、「本を出版することは、生垣や木を植えることと同じような公共性がある──そんな公共のものを永久に誰かのものにしておくことは、いかがなものか」と主張したことを紹介しています。
 また、ベケット側の主張に「おかしな点がみられる」として、「出版の権利は『アン法』ですでに保護されている」にもかかわらず、「著者がもつという永久の精神的な所有権を持ち出し、書店の保護の必要性と著者の精神的な所有権を強引に結びつけて、永久の保護を主張している」点を指摘しています。
 さらに、アプスレー大法官からの質問として、
(1)著者には慣習法上の独占権があるか?
(2)慣習法上の著者の権利は、印刷・出版によってなくなるか?
(3)慣習法の権利にかんする訴権は、「アン法」によって奪われたか?
の3問を、カムデン卿からの質問として、
(4)慣習法は著者は相続人に永久独占権を与えているか?
(5)その権利は「アン法」によって奪われたか?
の2質問を挙げ、双方の主張を整理しています。
 第4章「スコットランドの『悪徳な知』の系譜」では、スコットランドにおいて、「印刷術を使って聖書の内容を広める」ことが行われ、長老派教会が、「教理問答書、聖書、讃美歌集をイングランドから持ち込み、いわばその『海賊版』を大量生産」したことが、「スコットランドの出版業の基盤になった」と述べています。
 そして、合邦後のスコットランドで、「文学、哲学、科学についての知的な議論が、日常社会に溶け込んでいた」として、「高い識字率とそれに支えられた出版業が隆盛した」「民衆レベルまで及ぶ知識と教養のなかから、スコットランド・ルネッサンスと呼ばれる文化が生まれた」と述べています。
 第5章「現代への遺産」では、「文学の所有権をめぐる18世紀の裁判がもたらしたもの」として、「文学の所有権はしばしば土地の所有権を比喩にして考えられて」きており、「大書店主たちによるコピーライト裁判も、土地の囲い込みという時代の気分を反映していたのだろう」と述べた上で、「永久コピーライト」という囲い込みは上院の判決でストップがかかったとして、「土地の囲い込みには熱心だったはずの上院の貴族たちも、最終的には本という文化は、土地のような経済財の比喩ではとらえきれないと認めた」と述べ、「文字文化の中心的な担い手」でもあった「高い教育を受けたインテリ」である上院議員は、「本やコピーライトは、経済財である前に文化財なのだということを、よくわかっていた」と述べています。
 「おわりに」では、アメリカの「コピーライト保護期間延長法」が、「ミッキーマウスの権利が切れそうになるたびに期間が延ばされてきた」ため、「ミッキーマウス保護法」だとも言われていることを紹介し、「著作権が延びていちばん得をするのは、著作者ではなく著作権者であり、著作物を流通させて利益を得ている会社である」と指摘しています。
 また、「海賊版」の効用として、
(1)それによって市場が形成されること
(2)価格が安いので若いファンが生まれること
(3)そのファンのなかから新たな創作が始まること
の3点を挙げ、「『海賊版』を非難することはたやすい」が、「それを違法だ、不道徳だと片付けてしまっては、この複雑怪奇な文化のダイナミズムが見えなくなってしまう」と述べています。
 本書は、現代の著作権をめぐる考え方の基本を決定した、18世紀の英国の裁判を丹念にたどった一冊です。


■ 個人的な視点から

 タイトルこそ「海賊版」という言葉を使っていますが、あくまで括弧つきの扱いであって、海賊版自体に関心がある人は少し肩透かしを食うかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「著作権」は著作者を守っているものだと思う人。


■ 関連しそうな本

 山田 奨治 『日本文化の模倣と創造―オリジナリティとは何か』 2008年08月15日
 福井 健策 『著作権とは何か―文化と創造のゆくえ』 2006年06月10日
 名和 小太郎 『情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権』 2006年10月14日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日


■ 百夜百音

Bizarre Love Triangle【Bizarre Love Triangle】 Commercial Breakup オリジナル盤発売: 2001

 激甘なエレポップサウンド。New Orderのカバーをしていたことでたまたま発見しましたが、潔いほど楽しいサウンドです。なんとく同世代感を感じます。


投稿者 tozaki : 2008年09月06日 22:00

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