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2008年10月06日
日本人の選択―総選挙の戦後史
■ 書籍情報
【日本人の選択―総選挙の戦後史】(#1355)
林 信吾, 葛岡 智恭
価格: ¥819 (税込)
平凡社(2007/06)
本書は、「日本の有権者は、なにを考え、どのような投票行動をとったか」をテーマに戦後日本政治を概観したものです。
第1章「政党の胎動」では、「バカヤロー解散」について、「選挙で国民に対して信を問う前に、与党内、あるいは政党間の駆け引きによって政権を奪い合うという、戦後日本の政党政治の原型ともいえる構図が見て取れる」と述べています。
また、1946念4月10日に実施された、戦後初の総選挙について、敗戦直後に、「それまで『鬼畜米英』『一億玉砕』をとなえていた日本人が、1945年8月15日を境に、突如として『民主主義』『反戦平和』へと、コペルニクス的な思想の転換を遂げたかのような印象を持ってしまいがち」だが、「決してそうではなかった」と述べ、占領軍=GHQがこの結果に危機感を抱き、「選挙後に追放が拡大され、鳩山一郎は、当選したにもかかわらず公職に就けなくなってしまった」ことを指摘しています。
そして、吉田茂が、「古参の党人たちを無視して官僚を登用した」理由として、
(1)戦前から議席を持っていた政治家は大半が公職追放の対象となっており、人材が払底していた。
(2)戦後の悪性インフレと食糧不足を乗り切るためには、経済政策のエキスパートで固めた内閣が必要だという、現実的理由。
(3)吉田はそもそも戦前派の党人を信用していなかった。
の3点を挙げています。
さらに、1948年の「昭電疑獄」について、「GHQの内部対立、具体的には、日本国憲法の成立にも深く関わり、日本の民主化・日軍事化をさらに進めようとしていた幕僚民生局と、日本を早く資本主義陣営の一員とし、再軍備させたかった参謀第二部との対立抗争の結果、仕掛けられたものだというのが、今では定説になっている」と述べています。
そして、「バカヤロー解散」による、1953年の総選挙について、「国民は明らかに、この選挙の争点は首相の暴言などではなく、『憲法改正・再軍備』の是非であることを見抜いていた。そして、はっきりと再軍備拒否の意思表示をしたと言えるだろう」と述べています。
第2章「安保から経済成長へ」では、池田勇人の「所得倍増」の四文字について、ノンフィクション作家の沢木耕太郎が、「戦後最高のキャッチコピーである」と評価していることを紹介した上で、「私はウソは申しません」と言い切り、「海千山千の政治家たちの中にあって、馬鹿正直に所信を述べてしまう池田がこう言い切ったからこそ、『所得倍増』という突拍子もないスローガンにも、国民は聞く耳を持ったのだと言える」と述べています。
また、朝鮮戦争を契機とした再軍備(警察予備隊の創設)とレッドパージが、「戦前の軍国主義に逆戻りし始めたのではないか」と警戒され、「逆コース」と言われたことについて、「もともとアメリカン・デモクラシーは、反ファシズムであると同時に、反共というイデオロギー(世界観)の上に成り立っている」として、「まずは占領下で日本の軍国主義を解体し、その後『民主的な』反共国家として、あらためて独立させるというのは、逆コースどころか、いたって自然な成り行きであったのではないか」と述べています。
さらに、1960年のアイゼンハワー大統領の来日を巡り、羽田空港から皇居までのパレードが計画されたが、連日、国会周辺に10万人単位のデモ隊が押しかける中で、警察力が足りず、そこで、児玉誉士夫が登場し、「右翼団体のみならず、博徒(ヤクザ)やテキ屋までを説いて回り、最終的に5万人近い動員が可能、と見られるまでになった」と述べ、ヤクザが戦前から「警察力を補完する、権力側の暴力装置」として機能してきたと解説しています。
第3章「保守・革新の瞑想」では、1972年6月17日の佐藤栄作首相の引退会見について、「単に佐藤政権の終焉を国民に告げたにとどまらない。官僚が自民党を支配し、ひいては日本国を支配する構図が、この日を境に、がらがらと崩れていくのである」と述べています。
そして、1975年には、東京、大阪、京都、横浜、神戸、名古屋、川崎などの大都市を始め、「実に147もの都府県および市町が、革新系の首長で占められた」として、「これはほどなく国政選挙にも反映され、保革伯仲時代がやってくる」と述べています。
また、田中角栄と大平正芳に対する評価が高い理由として、田中が佐藤内閣の蔵相時代に義務教育の教科書無料化を実現し、大平も、大蔵官僚時代から育英資金の拡充に取り組み、「代議士になってからは文教族として、教育環境の整備に努力してきた」ことを挙げています。
第4章「保守『奔流』」では、ロッキード事件が明るみに出たのが、ロッキード社の内部文書が、チャーチ小委員会の事務所に「誤って」配達されたことが発端であり、「これを単なる偶然だと言われても信じがたいし、こうした暴露のされ方そのものが、日本に対する何らかのシグナルだった、と考える方が自然だろう」と述べ、「あまりに泥沼化し、負担が大きかったベトナム戦争に対する反省から、米国は、中国と『手打ち』することでアジアにおけるパワー・バランスを見直すこととなった」として、「『裏』においては、アジアにおける公然・非公然の反共勢力に資金を垂れ流すのをやめたのだと考えられている」ことを挙げ、「こうした視点から見直してみると、ロッキード事件も、単なる贈収賄事件とは、また違った面が見えてくる」と述べています。
そして、「田中支配が始まって以降の有権者の投票行動」について、東大法学部の樺島郁夫教授が、「バッファー・プレイヤー」という言葉を用い、彼らが、「自民党支持層に分類されるのだが、実際には、しばしば自民党に投票しない」理由について、「『政権担当能力がある政党は自民党だけだ』と考えてはいるものの、自民党が安定多数を占めることは望ます、むしろ与野党伯仲の状態を歓迎しているから」だと述べ、「保革伯仲の状態でないと自民党に緊張感が失われ、国民の欲求に対して鈍感になる」と考えているとして、「都市部を中心に、こうしたバッファー・プレイヤーが増加したことが、およそ10年にわたって保革伯仲が続いた理由のひとつだと考えてよいだろう」と解説しています。
第5章「政変から再編へ」では、高度経済成長期に、農村で義務教育を終えた少年少女が、集団就職列車で都会に送り込まれ、大部分が中小企業の現業労働者となっていったが、「特別なスキルもなく、それゆえ不安定な労働環境に甘んじるしかないという、言うなればプロレタリアートの名にもっともふさわしい彼らに手を差し伸べたのは、労働運動でも社会主義政党でもなく、宗教団体であった」として、創価学会を挙げています。そして、政治評論家の藤原弘達が、『創価学会を斬る』というタイトルの本を執筆したときに、「政府与党の最要職にある有名な政治家」、すなわち、公明党の竹入委員長からの強い要請を受けた自民党幹事長・田中角栄が、「出版を取りやめるよう直談判」の電話をかけてきたという、「戦後史に例を見ない」出版妨害事件を取り上げています。
また、1993年6月17日、宮沢内閣の不信任案に、「羽田・小沢グループが賛成したため、可決して」しまい、羽田派が結局、「衆参合わせて44名の議員をもって新生党を結成」し、武村正義、鳩山由紀夫、田中秀征らのグループも、「ユートピア政治研究会」を母体に「新党さきがけ」を結成したことなどを解説しています。
そして、相次ぐ金権スキャンダルで高まる一方であった国民の政治不信の空気を読んだ細川護煕が、「新しい受け皿」が必要だと考え、自らが評議員であった松下政経塾の出身者をも集め、1992年5月22日に「日本新党」を立ち上げたことを解説しています。そして、社会党、新生党、さきがけ、日本新党、公明党、民主党、社民連、民改連の8党による連立内閣として誕生した細川内閣が、71パーセントという高い支持率を記録した理由について、「貴公子然とした細川の個人的魅力や、県知事などの経歴があるとは言え、衆議院の当選一回生で首相になるという斬新さが寄与したことは間違いない」とした上で、「このあたりで、政権交代のための政権交代でもよいから、とにかく一度やってみるべきだ」という国民の声に応えたことを挙げています。
第6章「国民の、次なる選択」では、「聖域なき構造改革」を唱えた小泉内閣が、道路公団の分割民営化を成し遂げられた理由について、「小泉はどうやら『民主党カード』を上手く使ったのではないか、という推論が容易に導き出せる」として、「抵抗勢力」が、「あくまで民営化阻止を狙うのであれば、自らの改革路線を支持する勢力を引き連れて党を割り、民主党と合流することも辞さない構えであった」と述べています。
そして、「党内基盤がないに等しい小泉が、郵政民営化という荒業を成功させられた」のも、「選挙に勝てる『顔』を求めたあまり、よりによって一匹狼をリーダーに担いでしまった自民党は、ぶっ壊されたと言うより、自己崩壊したのであった」と述べています。
著者は、2005年の総選挙において、自民党と民主党の得票総数が、「実は1.3対1に過ぎなかった」ことについて、「小選挙区制では、このように得票数と議席数がかけ離れた結果になることがある」が、「そうであるからこそ、劇的な政権交代も可能なシステムなのである」として、「国民はもはや、『1.5大政党制』など望まず、明確に二大政党制を望んでいる」と述べています。
本書は、総選挙を中心に、わかりにくい戦後日本の政治をわかりやすく解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
本書は、教科書に書かれている評価の定まった堅い政治史と、さまざまな意見が分かれる政治学の世界、そして、週刊誌やスポーツ新聞の世界の間を取り持ってくれる一冊といえるでしょうか。さすがに大雑把というか、雑に感じる部分もありますが、こういうスタンスで書かれた本は読んでいて楽しいです。
昔は、こういった歴史の隙間を埋めていくような読み物といえば、政治小説や時代小説だったのだと思いますが、最近は小説は流行でないので、こういった新書の読み物が増えたのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・戦後日本の政治をざっと読んでおきたい人。
■ 関連しそうな本
今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』 2008年04月27日
竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
北 康利 『白洲次郎 占領を背負った男』 2007年04月23日
■ 百夜百マンガ
受験マンガで大注目された人ですが、本人の原点は野球マンガにあるそうです。そういえば、監督と部員、教師と生徒、という構造自体は共通しているようにも思います。
投稿者 tozaki : 2008年10月06日 23:00
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