2008年10月06日

日本人の選択―総選挙の戦後史

■ 書籍情報

日本人の選択―総選挙の戦後史   【日本人の選択―総選挙の戦後史】(#1355)

  林 信吾, 葛岡 智恭
  価格: ¥819 (税込)
  平凡社(2007/06)

 本書は、「日本の有権者は、なにを考え、どのような投票行動をとったか」をテーマに戦後日本政治を概観したものです。
 第1章「政党の胎動」では、「バカヤロー解散」について、「選挙で国民に対して信を問う前に、与党内、あるいは政党間の駆け引きによって政権を奪い合うという、戦後日本の政党政治の原型ともいえる構図が見て取れる」と述べています。
 また、1946念4月10日に実施された、戦後初の総選挙について、敗戦直後に、「それまで『鬼畜米英』『一億玉砕』をとなえていた日本人が、1945年8月15日を境に、突如として『民主主義』『反戦平和』へと、コペルニクス的な思想の転換を遂げたかのような印象を持ってしまいがち」だが、「決してそうではなかった」と述べ、占領軍=GHQがこの結果に危機感を抱き、「選挙後に追放が拡大され、鳩山一郎は、当選したにもかかわらず公職に就けなくなってしまった」ことを指摘しています。
 そして、吉田茂が、「古参の党人たちを無視して官僚を登用した」理由として、
(1)戦前から議席を持っていた政治家は大半が公職追放の対象となっており、人材が払底していた。
(2)戦後の悪性インフレと食糧不足を乗り切るためには、経済政策のエキスパートで固めた内閣が必要だという、現実的理由。
(3)吉田はそもそも戦前派の党人を信用していなかった。
の3点を挙げています。
 さらに、1948年の「昭電疑獄」について、「GHQの内部対立、具体的には、日本国憲法の成立にも深く関わり、日本の民主化・日軍事化をさらに進めようとしていた幕僚民生局と、日本を早く資本主義陣営の一員とし、再軍備させたかった参謀第二部との対立抗争の結果、仕掛けられたものだというのが、今では定説になっている」と述べています。
 そして、「バカヤロー解散」による、1953年の総選挙について、「国民は明らかに、この選挙の争点は首相の暴言などではなく、『憲法改正・再軍備』の是非であることを見抜いていた。そして、はっきりと再軍備拒否の意思表示をしたと言えるだろう」と述べています。
 第2章「安保から経済成長へ」では、池田勇人の「所得倍増」の四文字について、ノンフィクション作家の沢木耕太郎が、「戦後最高のキャッチコピーである」と評価していることを紹介した上で、「私はウソは申しません」と言い切り、「海千山千の政治家たちの中にあって、馬鹿正直に所信を述べてしまう池田がこう言い切ったからこそ、『所得倍増』という突拍子もないスローガンにも、国民は聞く耳を持ったのだと言える」と述べています。
 また、朝鮮戦争を契機とした再軍備(警察予備隊の創設)とレッドパージが、「戦前の軍国主義に逆戻りし始めたのではないか」と警戒され、「逆コース」と言われたことについて、「もともとアメリカン・デモクラシーは、反ファシズムであると同時に、反共というイデオロギー(世界観)の上に成り立っている」として、「まずは占領下で日本の軍国主義を解体し、その後『民主的な』反共国家として、あらためて独立させるというのは、逆コースどころか、いたって自然な成り行きであったのではないか」と述べています。
 さらに、1960年のアイゼンハワー大統領の来日を巡り、羽田空港から皇居までのパレードが計画されたが、連日、国会周辺に10万人単位のデモ隊が押しかける中で、警察力が足りず、そこで、児玉誉士夫が登場し、「右翼団体のみならず、博徒(ヤクザ)やテキ屋までを説いて回り、最終的に5万人近い動員が可能、と見られるまでになった」と述べ、ヤクザが戦前から「警察力を補完する、権力側の暴力装置」として機能してきたと解説しています。
 第3章「保守・革新の瞑想」では、1972年6月17日の佐藤栄作首相の引退会見について、「単に佐藤政権の終焉を国民に告げたにとどまらない。官僚が自民党を支配し、ひいては日本国を支配する構図が、この日を境に、がらがらと崩れていくのである」と述べています。
 そして、1975年には、東京、大阪、京都、横浜、神戸、名古屋、川崎などの大都市を始め、「実に147もの都府県および市町が、革新系の首長で占められた」として、「これはほどなく国政選挙にも反映され、保革伯仲時代がやってくる」と述べています。
 また、田中角栄と大平正芳に対する評価が高い理由として、田中が佐藤内閣の蔵相時代に義務教育の教科書無料化を実現し、大平も、大蔵官僚時代から育英資金の拡充に取り組み、「代議士になってからは文教族として、教育環境の整備に努力してきた」ことを挙げています。
 第4章「保守『奔流』」では、ロッキード事件が明るみに出たのが、ロッキード社の内部文書が、チャーチ小委員会の事務所に「誤って」配達されたことが発端であり、「これを単なる偶然だと言われても信じがたいし、こうした暴露のされ方そのものが、日本に対する何らかのシグナルだった、と考える方が自然だろう」と述べ、「あまりに泥沼化し、負担が大きかったベトナム戦争に対する反省から、米国は、中国と『手打ち』することでアジアにおけるパワー・バランスを見直すこととなった」として、「『裏』においては、アジアにおける公然・非公然の反共勢力に資金を垂れ流すのをやめたのだと考えられている」ことを挙げ、「こうした視点から見直してみると、ロッキード事件も、単なる贈収賄事件とは、また違った面が見えてくる」と述べています。
 そして、「田中支配が始まって以降の有権者の投票行動」について、東大法学部の樺島郁夫教授が、「バッファー・プレイヤー」という言葉を用い、彼らが、「自民党支持層に分類されるのだが、実際には、しばしば自民党に投票しない」理由について、「『政権担当能力がある政党は自民党だけだ』と考えてはいるものの、自民党が安定多数を占めることは望ます、むしろ与野党伯仲の状態を歓迎しているから」だと述べ、「保革伯仲の状態でないと自民党に緊張感が失われ、国民の欲求に対して鈍感になる」と考えているとして、「都市部を中心に、こうしたバッファー・プレイヤーが増加したことが、およそ10年にわたって保革伯仲が続いた理由のひとつだと考えてよいだろう」と解説しています。
 第5章「政変から再編へ」では、高度経済成長期に、農村で義務教育を終えた少年少女が、集団就職列車で都会に送り込まれ、大部分が中小企業の現業労働者となっていったが、「特別なスキルもなく、それゆえ不安定な労働環境に甘んじるしかないという、言うなればプロレタリアートの名にもっともふさわしい彼らに手を差し伸べたのは、労働運動でも社会主義政党でもなく、宗教団体であった」として、創価学会を挙げています。そして、政治評論家の藤原弘達が、『創価学会を斬る』というタイトルの本を執筆したときに、「政府与党の最要職にある有名な政治家」、すなわち、公明党の竹入委員長からの強い要請を受けた自民党幹事長・田中角栄が、「出版を取りやめるよう直談判」の電話をかけてきたという、「戦後史に例を見ない」出版妨害事件を取り上げています。
 また、1993年6月17日、宮沢内閣の不信任案に、「羽田・小沢グループが賛成したため、可決して」しまい、羽田派が結局、「衆参合わせて44名の議員をもって新生党を結成」し、武村正義、鳩山由紀夫、田中秀征らのグループも、「ユートピア政治研究会」を母体に「新党さきがけ」を結成したことなどを解説しています。
 そして、相次ぐ金権スキャンダルで高まる一方であった国民の政治不信の空気を読んだ細川護煕が、「新しい受け皿」が必要だと考え、自らが評議員であった松下政経塾の出身者をも集め、1992年5月22日に「日本新党」を立ち上げたことを解説しています。そして、社会党、新生党、さきがけ、日本新党、公明党、民主党、社民連、民改連の8党による連立内閣として誕生した細川内閣が、71パーセントという高い支持率を記録した理由について、「貴公子然とした細川の個人的魅力や、県知事などの経歴があるとは言え、衆議院の当選一回生で首相になるという斬新さが寄与したことは間違いない」とした上で、「このあたりで、政権交代のための政権交代でもよいから、とにかく一度やってみるべきだ」という国民の声に応えたことを挙げています。
 第6章「国民の、次なる選択」では、「聖域なき構造改革」を唱えた小泉内閣が、道路公団の分割民営化を成し遂げられた理由について、「小泉はどうやら『民主党カード』を上手く使ったのではないか、という推論が容易に導き出せる」として、「抵抗勢力」が、「あくまで民営化阻止を狙うのであれば、自らの改革路線を支持する勢力を引き連れて党を割り、民主党と合流することも辞さない構えであった」と述べています。
 そして、「党内基盤がないに等しい小泉が、郵政民営化という荒業を成功させられた」のも、「選挙に勝てる『顔』を求めたあまり、よりによって一匹狼をリーダーに担いでしまった自民党は、ぶっ壊されたと言うより、自己崩壊したのであった」と述べています。
 著者は、2005年の総選挙において、自民党と民主党の得票総数が、「実は1.3対1に過ぎなかった」ことについて、「小選挙区制では、このように得票数と議席数がかけ離れた結果になることがある」が、「そうであるからこそ、劇的な政権交代も可能なシステムなのである」として、「国民はもはや、『1.5大政党制』など望まず、明確に二大政党制を望んでいる」と述べています。
 本書は、総選挙を中心に、わかりにくい戦後日本の政治をわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、教科書に書かれている評価の定まった堅い政治史と、さまざまな意見が分かれる政治学の世界、そして、週刊誌やスポーツ新聞の世界の間を取り持ってくれる一冊といえるでしょうか。さすがに大雑把というか、雑に感じる部分もありますが、こういうスタンスで書かれた本は読んでいて楽しいです。
 昔は、こういった歴史の隙間を埋めていくような読み物といえば、政治小説や時代小説だったのだと思いますが、最近は小説は流行でないので、こういった新書の読み物が増えたのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・戦後日本の政治をざっと読んでおきたい人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』 2008年04月27日
 竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
 読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
 北 康利 『白洲次郎 占領を背負った男』 2007年04月23日


■ 百夜百マンガ

クロカン【クロカン 】

 受験マンガで大注目された人ですが、本人の原点は野球マンガにあるそうです。そういえば、監督と部員、教師と生徒、という構造自体は共通しているようにも思います。


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2008年10月01日

子連れファミリーにうれしいお宿

■ 書籍情報

子連れファミリーにうれしいお宿   【子連れファミリーにうれしいお宿】(#1350)

  藤田 洋
  価格: ¥1575 (税込)
  週刊住宅新聞社(2008/10/3)

 本書は、「子連れ歓迎の施設やエリアが増えることで、少子化の流れの中でもがんばっている子育て中のママやファミリーに、思い切りおでかけを楽しんでもらえる機会」を増やし、「これから乳幼児を連れて、お出かけを考えているパパ・ママ、また新たな集客策を考えておられる」宿泊施設経営者、旅行代理店、地方自治体など、観光ビジネスに携わる方々の役に立つことを目的としたものです。
 第1章「子連れおでかけ事情」では、子連れ旅行が、幼稚園の春休みや夏休み、平日中心であることを挙げ、「お宿側から見ても、接客サービスに余裕のあるときにきていただける、客室の稼働率を高めてもらえる、有難いお客様層」ではないかと述べています。
 そして、「祖父母が一緒の三世代旅行が多いのも、乳幼児連れの旅行ならではの特徴」だと述べています。
 また、「ママ自身のニーズ」として、「おでかけは、ママ自身も日頃の家事を忘れ、リフレッシュできるまたとない機会であることは間違いない」と述べています。
 第2章「子連れおでかけ、阻害するものは何?」では、「普段、自宅のリビングや寝室、お風呂やトイレで気をつけていることを、初めてお泊りするお部屋で、施設側が特に安心安全に配慮してくれていれば、大変心強い」と述べています。
 そして、事故対策として、
・子どもの手の届かない位置の収納棚
・コンセントカバー
・家具などの角にカバー
・扉には指挟み防止ロック
などを挙げています。
 第3章「子連れ歓迎のお宿づくり100のポイント」では、「施設(客室)」について、和室の良い点として、
・ふとんなので添い寝がしやすい
・落下等の危険が少ない
・畳敷きで段差がなく転んでも適度なクッション性がある。
などを挙げています。
 そして、子どもがはしゃいだり夜泣きをしたときの気遣いをすることないよう、「客室自体が隣室や階下に対して、防音の配慮がなされた構造」になっていたり、離れの利用や、お互い様の状況にするなど、部屋割りの工夫を挙げています。
 また、「接客サービス」として、託児サービスを挙げ、「育児休暇明け近くのタイミングでママ友同士がお互い子連れで出かける『卒休旅行』という言葉」を紹介しています。
 そして、「従業員の方が子どもと接するのが大好き」という自然体の姿勢がもっとも大切だとして、「ポイントは、子ども本人にどれだけ明るく楽しく接することができるか、またママやファミリーの本来、無用な気遣いをどれだけ減らすことができるかという2つの点に尽きる」と述べています。
 さらに、入園入学、七五三や誕生日やおじいちゃんの還暦祝いなど、「ファミリーのメモリアルなニーズに宿泊プランが対応できれば、宿泊先選定の強い誘因となる」として、「貸衣装の提供、特性バースデーケーキ、プロの写真撮影、植樹、祈とう・祈願など、有料で十分満足されるプランの開発も容易」だと述べています。
 著者は、総合満足度として、重要なポイントは、
(1)子どもの安全・安心
(2)快適・清潔
(3)子ども自身が喜ぶ
(4)ママのストレス軽減
(5)家族の絆・思い出づくり
(6)接客満足度
の6点であると述べています。
 第4章「『ウェルカムベビーのお宿』認定事業の概要」では、「日々の子育てに追われるママだからこそ、『リフレッシュしたい!』、『日常ではあきらめがちな体験をしたい!』、『子どもと一緒だからこそ楽しめる経験がしたい』など、現住所を離れた、非日常の時間を持ちたいと強く願って」いると述べ、「乳幼児のいる子連れファミリーにとって安心して宿泊できる施設」を「ウェルカムベビーのお宿」として、2008年3月1日から認定をはじめたと述べています。
 「クラブメッド・サホロ(北海道)」については、「世界各国から集まったスタッフ(G・O)が、いつも笑顔で話しかけ、様々な要望にも快く応えてくれる」と述べています。
 「オリエンタルホテル東京ベイ」では、「角のある家具は一切排除され、コーナーは丸く加工されているので万が一転んでぶつけても大怪我にはなりにくい」ことや、子供用パジャマの用意などの配慮が紹介されています。
 「八幡野温泉郷 杜の湯 きらの里」では、「村人従業員には子育て経験者が多く、皆それぞれに工夫した子ども用のお菓子やシール、絆創膏などを常備している」と述べています。
 第5章「先輩ママに聞いたおでかけのコツ」では、「離乳食を卒業している場合でも、慣れない食事だと食べないこともある」ため、果物、パン、シリアルなどの食事代わりの用意を薦めています。
 第6章「『ベビーズヴァカンスタウン』選定プロジェクトとは?」では、「宿泊施設が独力で子連れ歓迎の努力をするだけでなく、観光地や市町村といった自治体が、エリア全体で連係して、子連れ歓迎を強化したとしたら」、「そのエリアでの滞在や周遊のイメージがわきやすく、時間的にも子どもの体調をみて観光プログラムの絵を出し入れしやすく、いわゆるおでかけのストーリーが組み立てやすくなる」と述べ、そのようなエリアを「ベビーズバカンスタウン」と名づけて、全国に広げるプロジェクトを開始したと述べています。
 そして、"おすすめのベビーカーロード"の訴求を重要視していると述べ、山梨県北杜(ほくと)市と群馬県昭和村の事例を紹介しています。
 本書は、実際に乳幼児を育てているファミリーにはもちろん、心遣いのある宿に泊まりたいという人にもヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、今週月曜にある勉強会でお会いした著者の藤田社長にいただきました。私自身も、子どもが小さい頃は一緒に旅行に行くことに気後れしてしまった経験があるので、本書で勇気付けられる人は少なくないのではないかと思います。
 本書は国内旅行が中心ですが、海外旅行編もあってもいいかもしれません。サイトにはあるかもしれませんが。


■ どんな人にオススメ?

・乳幼児連れでの旅行は大変だと思う人。


■ 関連しそうな本

 駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
 小室 淑恵 『結果を出して定時に帰る時間術』 2008年02月20日
 小室 淑恵 『超人気ワークライフバランスコンサルタントが教える キャリアも恋も手に入れる、あなたが輝く働き方』 2008年05月14日
 小室 淑恵 『新しい人事戦略 ワークライフバランス―考え方と導入法―』 2007年08月22日
 大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日
 佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日


■ 百夜百マンガ

ジオラマボーイ パノラマガール【ジオラマボーイ パノラマガール 】

 80年代のまだサブカル雑誌だった『宝島』ファンにとって大好きな作家の一人。当時のファンは、作者の復帰を長く待ち続けています。


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2008年09月30日

働けません。―「働けません。」6つの"奥の手"

■ 書籍情報

働けません。―「働けません。」6つの   【働けません。―「働けません。」6つの"奥の手"】(#1349)

  湯浅 誠, 日向 咲嗣, 吉田 猫次郎, 春日部 蒼, 李 尚昭, しんぐるまざあず・ふぉーらむ
  価格: ¥1260 (税込)
  三五館(2007/12)

 本書は、「働けなくなったそのときにいかに生活を立て直したらよいか」について、
(1)生活保護を受ける
(2)失業保険をもらう
(3)住宅ローン返済をやめる
(4)法律扶助を受ける
(5)社会福祉協議会の貸付金を借りる
(6)児童扶養手当をもらう
の6つの「奥の手」を、「実際に使いこなすことができるように具体的に紹介」したものです。
 第1章「生活保護を受ける」では、「生活保護は、だれにとっても一つの選択肢になりえる」とした上で、生活保護に対する、
(1)働けるときにちゃんと働いていれば、ちゃんと生活できて、しかも貯金ができたはず。
(2)できるはずのことをやらなかったからには、何か本人たちに問題があるはず。
とする「自己責任論」について、「すべてを自己責任で片付けずに、このことに理解を示せるかどうか、それが生活保護に対する態度の分かれ目になる」と述べています。
 そして、「生活保護」というと、「暴力団の不正受給」などの「濫給」が報じられるが、「本当は生活保護を適用しなければならない」のに適用しない「漏給」が大変な数に上ることを指摘し、生活保護を受けられる条件として、「すくなくとも法律上は、生活保護法は働ける人を排除していない」と述べています。
 また、福祉事務所での闘い方について、住所不定状態にある人が、「あなたの管轄はここではない」と言ったり、「住所がないと保護できないから、アパートを借りてから保護を申請してください」と追い返されるのは「ウソ」であると指摘し、住民票がなくても保護責任を負う「現在地主義」や、アパート入居用に一時金が用意されていることを解説した上で、「管轄の違う福祉事務所が申請を受け付けた場合には、管轄の福祉事務所に申請を送付する義務がある」と述べています。
 さらに、福祉事務所はあの手この手で申請書を受け取ってくれないが、「とにかく申請書を出して帰る」という決意が必要だとして、福祉事務所のウソの例として、
・申請書が入った金庫の鍵を持った人が帰ってしまった。
・住所不定の人は申請できない。
・申請を受け付けると生活保護を開始しなきゃいけないので受け付けられない。
・申請は誰でもできるが、生活保護を受けられない人がいる。あなたは受けられない。
などを紹介し、「生活保護の申請は、だれでも、いつでも好きなときに、することができる」と述べ、申請書は書式を要するものではないので、「必要事項さえ記載してあれば、どのような紙に書いたものであっても有効である」として、
(1)申請者の氏名及び住所又は居所
(2)要保護者の氏名、性別、生年月日、住所又は居所、職業及び申請者との関係
(3)保護の開始又は変更を必要とする事由
の3点が記載してあれば、「たとえ新聞折込広告の裏紙に記載したものでも有効である」と解説しています。
 また、申請をした後で、「取り下げろ」と言ってくることがあるが、「本当に保護できない理由がある場合には、申請を取り下げなくても役所の判断で却下すればいいのであって、それをせずに『取り下げ』を求めてくる場合は、『却下はできないが、保護したくない』という何かしらの理由がある可能性がある」と述べ、「取り下げませんから、要件に当たらないならばそちらで却下してください」と伝えることを勧めています。
 同様に、法律上の規定がない「辞退届」について、「本当に保護を継続できない理由があれば、辞退届けを提出させるまでもなく、福祉事務所の職権で廃止すればいいのだ。つまり、辞退届を求めてくるということは、職権でできるような正当な廃止理由がない、ということにほかならない」と解説しています。
 第2章「失業保険をもらう」では、体調を崩して退職を勧告された場合に交渉方法を具体的に挙げ、都道府県の労働相談窓口に相談した結果として、
(1)もし、会社側が病気を理由に退職を勧奨したり、解雇したとすれば、それは明らかな不当労働行為に当たる。
(2)斡旋申請を出せば、当局が仲裁をする。
(3)もしその結果に納得できない場合は、裁判を起すこともできる。
(4)過去の判例から見て、あなたは確実に勝つはずだ。
の4点を紹介しています。
 そして、健保の「傷病手当金」について、そのメリットを、「在職中に一度もらっておけば、同じ病気で働けない状態が続く限りは、その後、たとえ会社をやめても支給される点」であると述べています。
 また、「退職理由は、何が何でも『会社都合』にこだわ」るべき理由として、退職後の雇用保険の失業手当に関して、「天国と地獄ほどの差」が出るとして、
(1)自己都合になると、3ヶ月の給付制限を課せられる。
(2)もらえる手当ての総額にも大きな差が出る。
(3)受給資格要件でも差が出る。
の3点を挙げ、「会社から退職を強要されても、安易に自分から辞表を出すなんてことは絶対に避けるべき」だとして、「サラリーマンが辞表を出してトクすることなど、何ひとつない」と断言しています。
 第3章「住宅ローン返済をやめる」では、「返さない」のと「返せない」のとはまるで違うとして、「返したいけど返せない」のなら「刑事上の罰則はいっさいない」、「民事上の契約不履行として、民事上のペナルティ(強制執行など)を甘んじて受ければそれだけでいい」と述べ、「借金を返せない者は死刑に処す」なんて法律はないのに「自分で自分を死刑に追い込んでしまう」必要はないと述べています。
 そして、実際に返せないとどうなるかについて、
・1日遅れた場合
・1週間遅れた場合
・1ヶ月遅れるとどうなるか?
・3ヶ月以上遅れた場合
・一括請求された場合
・競売予告通知が来た場合
・任意売却
・競売された場合
などと「返さないとどうなるか?」を解説し、「競売は、借り手にとっては『手間とお金がかからない』という思わぬメリットがある」ので「あまり悲観的にとらえる必要はない」と述べています。
 第4章「法律扶助を受ける」では、「不慮の事態で働けなくなったりして、お金を持っていないけれど弁護士に法律相談したい人を対象にしたトラブル解決術」を解説しています。
 そして、「民事・掲示を問わず、あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指す」ことを理念とした「法テラス」について解説しています。
 第5章「社会福祉協議会の貸付金を借りる」では、大学在学中に父親が倒れた著者が「社会福祉協議会の生活福祉資金貸付制度」の就学資金貸付を利用して大学を卒業した体験談が語られています。
 第6章「児童扶養手当をもらう」では、「一定の所得以下のシングルマザーなどに支給される国の手当て」である「児童扶養手当」について解説しています。
 本書は、やむを得ず働けなくなったときに一筋の方向を見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 生活保護に対する社会的な批判は大きく、いろいろな媒体で不正受給、すなわち、働かないのに寝て暮らす人たちの記事が紹介されていますが、日本がこれほど自殺が多いのも、社会保障があいまいだからというのが大きいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・生活保護を受けるのはだらしないと思う人


■ 関連しそうな本

 湯浅 誠 『あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』
 大山 典宏 『生活保護VSワーキングプア』
 湯浅 誠 『貧困襲来』
 藤藪 貴治, 尾藤 廣喜 『生活保護「ヤミの北九州方式」を糾す―国のモデルとしての棄民政策』
 杉村 宏 『格差・貧困と生活保護―「最後のセーフティネット」の再生に向けて』
 宇都宮 健児 『もうガマンできない!広がる貧困―人間らしい生活の再生を求めて』


■ 百夜百マンガ

無頼男(ブレーメン)【無頼男(ブレーメン) 】

 荒くれ者の男たちと「ブレーメン」を結び付けてしまうセンスも最高ですが、いまどきの子どもたちは「ブレーメン」の話しを知っているのでしょうか。


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2008年09月29日

鉄道地図は謎だらけ

■ 書籍情報

鉄道地図は謎だらけ   【鉄道地図は謎だらけ】(#1348)

  所澤 秀樹
  価格: ¥819 (税込)
  光文社(2008/03)

 本書は、「路線・線路の集合体である鉄道地図の楽しみの上澄みの部分」を、「堅気の方、いや一般の方にもお裾分けしよう』年亜t者です。
 第1幕「鉄道地図、七不思議の旅」では、青春18きっぷで、JR四国の土讃線から窪川で予土線に乗り換えると、下車時に200円を請求されることを紹介し、予土線の「始発駅の窪川と次の若井の間の一駅間がJR線ではなく土佐くろしお鉄道線となるため、その部分の運賃が別にかかる」と解説し、「JR線として途切れているのが、わずか一駅間であるため、、索引地図自体もよほど注意深く見ていないと、土讃線と予土線は繋がっているかのように錯覚してしまう」として、「このあたりが、鉄道地図の奥深さというか、罪深さでもある」と語っています。
 そして、「かかる奇々怪々な現象が鉄道地図に生まれた理由」として、香川県の多度津を基点とする国鉄土讃本線が、、昭和26年まで窪川まで延び、昭和38年には、窪川~土佐佐賀間が国鉄中村線として開業したが、昭和61年の「国鉄再建法」で、中村線は、輸送密度の計算が、「鮮明を根拠とする線区単位」で行われたため、輸送密度が極端に低い赤字ローカル線としてバス輸送転換の対象になり、予土線は、代替輸送道路が未整備だったために生き残りが約束された、という経緯を説明し、結局、中村線は、第三セクターの土佐くろしお鉄道として引き継がれ、「予土線の物理的根無し化は回避された」が、「根元をなす窪川~若井間はJRではなくなり、鉄道地図上に不恰好な姿をさらす結果を招いた」と解説しています。
 また、同様の「根無し草路線」として、JR花輪線を挙げ、盛岡駅で花輪線に乗り換えようとすると「IGRいわて銀河鉄道 盛岡駅」と書かれた改札を通らなければいけないという例を挙げ、その原因である「整備新幹線に関する」掟である、「並行在来線分離」ルールを紹介しています。
 さらに、「政争の具」となった、大船渡線について、「鍋鉉線」と呼ばれる形状が、当初、ある有力政治家が路線を無理に北回りに変更させ、工事が進んだところで、その政治家が失脚し、別の有力政治家が強引に南下させたため、「鍋鉉」のような形状になり、「政治路線」の代表のように言われるようになったと解説しています。
 このほか、漢字で「柏原」と表記する駅が、関西本線の「かしわら」、東海道本線の「かしわばら」、福知山線の「かいばら」のように読みがばらばらであることや、西武鉄道の池袋線と新宿線が、所沢で交差していたり、多摩湖の畔に向けて3本の視線が、「まるで餌場に群がる三匹の蛇のように」達していることなどを紹介しています。
 さらに、「ややこしい線路」の本家本元とも言える、往年の「筑豊線群」について、「国鉄史上おそらく一、二を争う難解で稠密、複雑多岐、千万無量な路線網」が昭和40年代の初頭に最盛期を迎えたと述べ、「かつて殷賑を極めた遠賀川水運がそっくりそのまま鉄道に化けたような格好の一本道輸送だった」と解説しています。
 第2幕「全国津々浦々、『境目』の謎」では、JRの線名の名の元について、
(1)沿線の街道名を与えたもの
(2)起点側あるいは終点側の都市名・地名を与えたもの
(3)沿線の代表的な都市名を与えたもの
(4)沿線の旧国名(古代の国名を含む)を与えたもの
(5)沿線の地方名、地域名を与えたもの
(6)起点側と終点側の旧国名からそれぞれ一字を取って合成したもの
(7)起点側と終点側の都市名からそれぞれ一字を取って合成したもの
(8)買収私鉄の社名が影響したと思われるもの
(9)その他
の9つに大別しています。
 また、「管理局変われば外国」などといわれる鉄道管理局について、「東京の秋葉原界隈は、ほんとうに境界の巣窟だ」として、「隣接する4駅のうち3駅は管理局をことにしている」だけでなく、中央本線の神田~御茶ノ水間、総武本線の馬喰町~錦糸町間など、「都合5つもの局界が踵を接する、紛れもない境界銀座」だと述べています。
 第3幕「特選 鉄道地図『珍』名所八景」では、桑名に、
・1435ミリ軌間の近鉄名古屋線
・1067ミリ軌間のJR東海関西本線、養老鉄道養老線
・762ミリ軌間の三岐鉄道北勢線
が集い、「近鉄の標準軌、JRの狭軌、三岐鉄道北勢線のナローゲージがきれいに並ぶ箇所があり、ご親切にもそこには踏切まで用意されている」として、「三種のゲージが地上に並ぶのは、ここが日本で唯一であり、それらを偶然にも見事に串刺しにする踏切の存在には本当に恐れ入る。まさに天下一品の貴重な踏み切りだ」と熱弁しています。
 また、大垣駅から西へ3.1キロ行った「南荒尾信号場」について、「下り線、上り線、美濃赤坂線、垂井線と、実に4本もの東海道本線を分けるまことに豪快な分岐点なのである、こんな扇の要のような信号馬は全国的にも珍しい」と語っています。
 本書は、鉄道路線図を見ると一日過していられる人にとってはよだれの出そうな一冊です。


■ 個人的な視点から

 鉄道に乗って旅をするときに、時刻表は欠かせませんが、昔、大糸線に乗ったときに、南小谷のところに変なマークがあるのを見て、「工事中かな?」、「昔事故があったけどまだ寸断されていたりするのかな?」と不安になったことがありました。結局、その地点には何もなし。実は、JR西日本と東日本の境界線でした。


■ どんな人にオススメ?

・時刻表を見ていると時間がはやす区切る一。


■ 関連しそうな本

 櫻田 純 『世界で一番おもしろい 鉄道の雑学』
 川島 令三 『<図解>新説 全国未完成鉄道路線――謎の施設から読み解く鉄道計画の真実』
 浅井 建爾 『知らなかった! 驚いた! 日本全国「県境」の謎』
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日


■ 百夜百マンガ

おのぼり物語【おのぼり物語 】

 個人的に「上京」ってしたことがないので、「おのぼりサン」っていうのも、バカにする言葉ではありません。ちょっとうらやましい体験ではあるものの、20歳のときならともかく、30近くなるとショックも大きいのではと思います。


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2008年09月26日

東京R計画―RE‐MAPPING TOKYO

■ 書籍情報

東京R計画―RE‐MAPPING TOKYO   【東京R計画―RE‐MAPPING TOKYO】(#1345)

  CET
  価格: ¥2500 (税込)
  晶文社(2004/09)

 本書は、「かつて東京の中心部であった地域を、デザインやアートの観点から、再発見=創造するための運動体」である「CET(Central East Tokyo)」の「ガイドブックであり、新しいタイプの情報誌であり、現代都市を読み解くためのマニュアルであり、認識方法のカタログである」とともに、ここで起ころうとしていることを、「記録し、ノウハウ化していくテキストブック」です。
 そして、「RE-MAPPING TOKYO」について、「個人によって都市はさまざまなかたちに認識されていて、その認識のしかたは一様ではない。実際の年の地図の上には、幾重にも見えない地図のレイヤーが重ねあわされて風景はつくられている」と述べています。
 第1章「TDB-CEの記録」では、神田について、「江戸の名残で、この界隈は居住空間と仕事場が共存している構造が多い。つまりSOHOとして非常に適している街」だとして、「この街にあった方法で開いているスペースを有効活用するべく、2000年に『千代田SOHOまちづくり構想』」をまとめたと述べています。
 また、会期中に、「作品が展示された空き物件は、そこを見に来た観客に気に入られ、そのままギャラリーになったところもある」と述べています。
 第2章「CET04の企画」では、「新築の漂白された空間ではなく、歴史と触感と奥行きのあるエリアでこそ、都市再生の活動は具体的な結果に結びついていく」と述べ、「神田明神のお祭りのように、熱気と情熱、つまりムーブメントとしての活動体が『CET(Central East Tokyo)』として結実する」と述べています。
 そして、「アーティストとこの街は、実は相性がいい」として、このエリアが、「江戸時代、葛飾北斎や平賀源内、歌川(安藤)広重といったアーティストが数多く住んでいた場所である」と述べています。
 また、CETのスタッフが街のビルオーナーを説得する際に、「一週間だけタダで貸してください。多くのひとがアート作品を鑑賞するように、あなたのビルを見に来ます。もしかすると、この空きビルを気に入って借りてくれる人も現れるかもしれません」と説明していたと述べています。
 第3章「Director's Interview」では、CETが、「誰が指示を出すわけでもなく、それぞれが全体のなかでのポジションと役割を発見し、ある程度それぞれが現場判断で動いていく」という「フラットソサエティによって成り立っている」と述べています。
 CET実行委員長の鳥山和茂氏は、「アーティストがとがったもので、地元の人たちがのっぺりしたものだとしたら、それらの溝をきっちり埋められるような厚みを持つ樹脂みたいな存在になれたら」と語っています。
 CETプロデューサー/アートディレクターの佐藤直樹氏は「まったく前例のないところからつくり、その上で最終的には最後のディティールのところまで自分たちでできるって、やっぱり面白い」と語っています。
 CET顧問の清水義次氏は、CETを、「地元の人も新たに移り住んだ人も、このエリアで仕事をするのは面白いと思ってくれるものを目指す、新しい形のクリエーション活動」だと語っています。
 インディペンデントキュレーターの原田幸子氏は「CETで面白いのは着眼点と発想の違いだ」として、「アーティストや建築家はすごく暗くて汚い廃墟を見ても、落胆するどころかむしろ自分たちがこれをどう変えていこうかと大喜びする」ことを指摘しています。
 建築家・編集者の馬場正尊氏は、「僕らは基本的に新しい風景や出来事を見たいがために仕事をしている」として、「具体的なものをつくってしまえば、そこから新しい現実がごろごろ生まれてきて、そういうダイナミズムの中に身をおいているのが好きなんだ」と語っています。
 CET事務局/プロデューサーの橘昌邦氏は、「RENの家守としても、商店街の理事としても、CETのクリエイターや彼らの活動能力と地元の産業を結び付けたい」と語っています。
 第4章「Re-Mapping」では、「CETマップ」を、「地図を認識の道具としてとらえたプロジェクト」であると述べたうえで、「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」である「トマソン」マップや、「おもしろい建物・看板」マップ、ウィーンの建築家・芸術家のフンデルトヴァッサーにちなんだ緑化マップなどを、様々にマッピングしています。
 第5章「関連プロジェクト」では、「RENというシェアオフィスをマネジメントすることはもちろんのこと、単体のビルのだけではなく、その周辺に散在する空き室をネットワークさせることによって、総合的にエリアの利便性を高める」という「家守」のキャラクターについて語っています。
 また、「リノベーション」について、「単に改装するのではなくて、古くからある都市や建物の何かを変えることによって、新しい使い方や命を吹き込むような行為」であると述べています。
 本書は、古くて新しい東京の姿をリアルタイムのように見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のカバーは、一見シンプルなカバーのように見えますが、なんとなく持った感じがおかしい。
 よく観ると、A3サイズの紙を折りたたんでカバーにしてあって、オリジナルの「マップ」を書き込むことができるようになっています。
 裁縫の本などでは、服の型紙が綴じこんであることがありますが、人によっては、邪魔だから捨ててしまう、という人もいるカバーをこういう風に工夫するのは楽しいと思いました。


■ どんな人にオススメ?

・目に付きにくい東京の隠れた魅力を追いたい人。


■ 関連しそうな本

 東京R不動産 『東京R不動産』
 馬場 正尊, 原田 幸子, 阿野 太一 『R the transformers』
 東京大学21世紀COEプログラム「都市空, 藤野 陽三, 野口 貴文 『アーバンストックの持続再生―東京大学講義ノート』
 秋山 英樹, IC21 『空室ゼロにするリフォーム&リノベーション―賃料値下げをしないですむ打開策』
 中谷 ノボル, アートアンドクラフト 『みんなのリノベーション―中古住宅の見方、買い方、暮らし方』
 みかんぐみ, メディア・デザイン研究所 『団地再生計画/みかんぐみのリノベーションカタログ』


■ 百夜百マンガ

Banana fish【Banana fish 】

 文化庁の「日本のメディア芸術100選」の漫画部門26位に輝く作品。この作品を読んでニューヨークのイメージが固まってしまった人も少なくないのではないかと思います。


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2008年09月25日

現代コミュニケーション学

■ 書籍情報

>現代コミュニケーション学   【現代コミュニケーション学】(#1344)

  池田 理知子
  価格: ¥1890 (税込)
  有斐閣(2006/05)

 本書は、「いまだに漠然としたイメージでしか語られていない」コミュニケーション学についての「混乱した状況を整理し、コミュニケーション学の持つ可能性を探ろう」としたものです。
 序章「コミュニケーションと権力」では、従来、「単なる『技術』や『コミュニケーション能力』の問題として」考えられう、「コミュニケーションのノウハウを追求する解説し終始」していた「コミュニケーション」という概念が保持する前提から脱却し、「コミュニケーションという概念の持つ可能性を探ることを目的としている」と述べ、「現代コミュニケーション学にとって避けることができない『権力』という概念を紹介し、コミュニケーションとの接点について」概観するとしています。
 そして、「戦略的な配置が組み込まれた規律方権力の装置を批評する」には、「権力による2つの暴力について考える必要がある」として、
(1)空虚で抽象的な自由が規律訓練されることにより発動される、身体に及ぶ暴力
(2)権力が自身に向ける暴力
の2点を挙げ、「1つ目の暴力に批評・介入する際、私たちは2つめの暴力に注目しなくてはならない」と述べています。
 第1章「時計時間の支配」では、私たちが「標準時間システムへの恭順を促されるようになったのか、その目に見えない力の作用を明らかに」するとしたうえで、「まわりの世界との余裕を持ったかかわりへと私たちを導いてくれる可能性のある概念として、『間』と『遊』を提示」しています。
 第3章「言語選択と英語」では、「『言語選択=英語』という『常識』を疑い、異文化・国際コミュニケーションにおける言語選択の決定が私たちに何をもたらすのか」を考えるとしています。
 そして、「英語の不利益」として、
(1)自己表現の困難さ
(2)言語差別
(3)コミュニケーションの不平等
の3点を挙げています。
 著者は、「本章で描こうとした権力とは、もはや支配者―被支配者を明確に区別できるものではない」として、「これは支配なき支配」であると述べ、「最も効率的な支配とは『支配しないという形で支配する』こと、つまり、支配されるものが喜んで支配してもらうよう覇権(ヘゲモニー)を発動すること」だと述べています。
 第5章「レトリックと権力」では、レトリックによる支配について、「人々を抵抗できる状態に置きながら、実際には抵抗できない空間を構成する」ことであると述べ、レトリックについて、
(1)説得技術
(2)同一化
の2種類の定義を紹介しています。
 また、古代ギリシャのレトリックの思想的系統として、
・ソフィスト
・プラトン
・アリストテレス
・イソクラテス
の4つの系統を挙げた上で、「現代のレトリック研究は政治的な呼びかけをする装置に賢慮を持って実践的に介入していく。いかにして既存の議論に介入し別の解釈の可能性を見出す頃ができるのか」と述べています。
 第6章「家庭内コミュニケーション」では、「『家庭』らしさに縛られている私たちの姿を明らかにすると同時に、そこからの脱却の可能性を論じていく」としています。
 そして、「大正期以降、人々の間では、次第に子どもを『完璧な子ども=パーフェクト・チャイルド』として育てることが理想視されてきた」とする広田照幸による指摘を紹介しています。
 著者は、「今までも、家族の成員は主体性を持った1人の人間であるとは言われてきたが、むしろ異質な他者である、というところから家族関係を見つめなおした方が、これまで気づかなかった家族の様々な側面が見えてくる」と述べています。
 第7章「ジェンダーとコミュニケーション」では、「自分の性は、社会から与えられた役割を果たすことで、錯覚してしまう可能性があることを示した」のが「ジェンダー」という概念だと述べたうえで、「戦時性暴力とジェンダー・フリーに関する問題の共通点は、日本という国民国家や人間の生き方に関して価値観を戦わすという、文化戦争に関わっているという点である」と指摘しています。
 著者は、ジェンダーという領域におけるコミュニケーション学の役割として、
(1)社会の中で私たちが目撃する「身体」の社会構築性にコミュニケーションが介在していることを、丁寧に記述すること。
(2)私たちが「身体」を忘却しないように、「身体」の所在する場を常に確保する批評を絶え間なくしていくこと。
の2点を挙げています。
 第8章「コミュニケーション教育と権力」では、「特に日本における英語教育の中でのコミュニケーション教育の推進に焦点を当て、国策としての英語コミュニケーション教育が目指すものを検証」するとしています。
 そして、「国内外に抱える不安」に対し、日本が、
(1)内なる社会崩壊の対処として「日本人のアイデンティティを持った日本人の育成」
(2)経済グローバリゼーションへの対処として「英語コミュニケーション能力を持った日本人の育成」
という2つの方向性を持った教育政策で対応しているようであると述べています。
 第10章「テクノロジーとコミュニケーション」では、「同時代性は、特にネーション・ステートの成立・強化に大きな役割を果たすことになった」と述べ、「同時代性による権力を可能にした典型的なテクノロジー」として、
(1)「母国語」の発明
(2)活字ジャーナリズムなどの印刷されたメディア
(3)ラジオやテレビなどの電波によるメディア
の3点を挙げています。
 第11章「メディアのレトリック」では、「メディアは権力作用を媒介する」としたうえで、「メディアの研究は、メディアをテクストとして分析することによって、そのような権力作用と媒介作用を作動させる可能性の条件を明らかにしていく」と述べています。
 そして、映画『マトリックス』を例に挙げ、「支配に権力を与えるのは、支配される人間の側である」として、「支配される側の同意に基づき行使される権力形態を覇権(ヘゲモニー)と呼ぶ。覇権が成立する社会では、権力が一方的に上から行使されるのではなく、支配される側の同意に基づく相互的な権力関係が成立している」と述べています。
 著者は、「複数のマトリックスの存在を知ることによって、われわれはオラクルの脚本の中にほころびを見出し、人類解放という『マトリックス3部作』の解釈を規定する支配的コードを転覆する可能性を見出すこと」ができるとして、「選択の可能性を見出すことによって、支配的なコードに対して対抗的な脱コード化が可能になる」と述べています。
 第12章「多文化主義とコミュニケーション」では、「異文化間のコミュニケーションの問題を、その文化間の関係性に注目することで、もう一度、整理し精査する」とした上で、「その関係性を、従来の多文化主義的視点からではなく、コミュニケーション額の視点からとらえなおし、今後の多文化社会のあり方を提示」すると述べています。
 そして、「渋滞は、多文化主義であるとか異文化コミュニケーションというと、どうしても他者を相対化することで特殊化する作業を無意識・無批判に行ってきたが、その無意識を顕在化することで『私たち』は、新しい形の多文化主義を思考することができるだろう」と述べています。
 本書は、「コミュニケーション」をめぐる権力の様々なあり方を論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、「コミュニケーション学」の新しい可能性を探っているものなので、一般的な社会学系のコミュニケーション論を期待しているとピント外れに感じるかもしれません。
 とにかく、「進歩的文化人」的な香りが漂う一冊です。「進歩的文化人」がこれだけ集まると読むほうも疲れます。もしかすると、読者とのコミュニケーションは、「コミュニケーション学」の対象には含まれないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・既存の「コミュニケーション論」には飽き足らない人。


■ 関連しそうな本

 池田 理知子, 今井 千景, エリック・M. クレーマー, 岩隈 美穂, 灘光 洋子, 吉武 正樹, 山田 美智子, 伊佐 雅子 『多文化社会と異文化コミュニケーション』
 池田 理知子 『多文化社会と異文化コミュニケーション』
 池田 理知子, エリック・M. クレーマー 『異文化コミュニケーション・入門』
 福島 瑞穂 (著), 中下 裕子 (著), 鈴木 まり子 (著), 金子 雅臣 (著), 池田 理知子 『セクシュアル・ハラスメント』
 末田 清子, 福田 浩子 『コミュニケーション学―その展望と視点』
 大田 信男 『コミュニケーション学入門』


■ 百夜百マンガ

アクション大魔王【アクション大魔王 】

 最近でこそ少なくない体当たりエッセイ漫画の人です。ストーリーものの少女漫画から幅広く描けるのは才能なのでしょうか。


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2008年09月24日

学者のウソ

■ 書籍情報

学者のウソ   【学者のウソ】(#1343)

  掛谷 英紀
  価格: ¥735 (税込)
  ソフトバンク クリエイティブ(2007/2/16)

 本書は、「学者による個別の不正が大きな社会的損失に繋がる」という現状を伝えるとともに、「学者のウソ」の具体例を列挙し、「学者のウソが横行する社会背景に潜む問題点」を論じたものです。
 第1章「学者のウソ」では、住基ネットに関する長野県本人確認情報保護審議会や、長野県の「緑のダム構想』などを取り上げ、「予測力の欠落した学者の意見のみを大々的に取り上げたジャーナリストの責任も問われてしかるべき」であり、「これほど論理的に穴の多い文章も珍しい」と批判しています。
 また、少子化論争を巡り、エンゼルプラン・新エンゼルプランに関わった、女性学、人口学、社会学、労働経済学などの学者が、「保育所を増やせば出生率は回復するとの学術的予測を行った」ことについて、「学者たちの失態の真相は、過失ではなく、意図的なウソだった」と指摘しています。
 そして、学者の「ウソ」には、「過失によるウソと確信犯的なウソが入り混じっている」として、前者については、「今に始まった話ではない」が、「後者の故意によるウソは、社会にとってより深刻な問題である」と述べています。
 第2章「本来の学問」では、「自然科学の方法論は実験や観察を繰り返し行うこと、その結果を統一的に記述する理論を導き出すことの2つからなる」とした上で、「再現性の仮定」における「同一条件」の定義に疑義を表しています。
 また、社会科学については、「予測が与える社会的影響を言い訳に使うこと」が問題であるとして、「注意喚起と予測を混同させる論法は、歴史的に見ると新しいものではない」と指摘しています。
 さらに、本質主義の考え方について、「普遍性をもつ法則を見出そうとする試み自体、その有用性は認められるものの、その取り扱いについて、注意すべきこと」があるとして、
(1)確率的な予測しか与えない法則を根拠に、社会の構成員に過剰な規制を加えようとすることの危険
(2)法則が捏造される危険
の2点を挙げています。
 第3章「学歴エリート社会の罠」では、朝日新聞について、「スポンサーへの配慮が記事にまで影響を及ぼしている可能性が極めて高いこと」や、山田昌弘著『希望格差社会』において、「中年のフリーター博士」を「弱者と見立て、これを問題視している」こと、「男女共同参画推進運動を進めるフェミニストたち」が、「女性全体を弱者と見立て」、「女性集団の中の強者であるエリート女性のみに手厚い政策的援助が行くように誘導」していることなどを指摘しています。
 そして、「その能力を個人の利益だけでなく、社会貢献にも発揮することを期待される存在」である「学歴エリート」が、「利己的な行動をカモフラージュするためのコミュニケーション能力の習得を優先してきた」と述べ、エリートが堕落した要因として、「学歴エリートだからこそ生じてくる価値観の存在」である、「ある種の実力主義」について指摘しています。
 また、倫理の後退とともに、「人を攻撃するための道具として倫理を持ち出す人が増えていること」を問題視し、予見不可能で、「責任を負わせる対象も見出しにくい」問題について、「法的責任は問えずとも、人道的な責任を必ず声は必ず出てくる」と述べ、その副作用として、「不可避の事故のリスクがある仕事には誰もつきたがらなくなり、結果として必要不可欠なサービスが市民に提供されなくなる」と述べています。
 著者は、「利己主義が実質的に社会の標準的な規範となってしまっている以上、個々人にその規範を超える行動を要求するのは酷である」として、「個人にそれを要求する前に、そういう規範が広く受け入れられる仕掛けを社会に組み込む必要がある」と述べています。
 第4章「ウソを見破る手立て」では、学歴エリートたちが、「一見利己的に見えない」ことについて、「目的に関する議論と手段に関する議論を意図的に混同させる戦略をとる」という共通点があると指摘しています。
 そして、学歴エリートが、「政治的に左派」で「進歩的文化人」、「ハト派」と呼ばれることについて、「実際には『ハト』ではなく、『爪を隠せる賢いタカ』なのである」と述べています。
 また、「日本の世論は右傾化している」という指摘について、その理由は、「左翼のウソ」が「次々に明らかになってしまったこと、そしてそのウソに対して左翼がまったく謝罪していないこと、これこそが世論が左翼に背を向ける最大の原因」だと指摘しています。
 著者は、「お互いを信じられる社会をつくるため」には、「相手に本当に納得してもらえるような説明をするコミュニケーションの方法を打ち立てること」であるとして、「言論責任保証事業」を提唱し、そのシステムの最大の利点として、「言論の自由を確保する形で言論の責任を追求できること」を挙げています。
 そして、「言論責任保証の方式が最もインパクトをもつ分野は、官僚に対する評価」であるとして「このような評価システムが導入されていれば、アクアライン建設を推進した官僚やエンゼルプラン・新エンゼルプランを推進した官僚の給与は没収されることになっただろう」と述べています。
 本書は、学者のウソにいとも簡単に騙される「愚民」にとって、騙されていることを気づかせてくれる、ATMに貼ってある「オレオレ詐欺注意ステッカー」のような一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の73ページに「過失によるウソと確信犯的なウソが入り混じっている」という言葉がありますが、著者は、後者について、「故意によるウソ」と言い直しているように、悪いこと、間違っていることをわかっているのにうそをつく、という意味で「確信犯」という言葉を使っているようですが、これは典型的な誤用で、本来は、「道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪」(大辞林)の意味です。
 こういうところで間違えると非常にかっこ悪いわけですね。
 この場合は、著者は単なる勘違いなので、「過失によるウソ」ということになるのでしょうか。少なくとも悪気はなさそうです。


■ どんな人にオススメ?

・学者の言葉は信じてしまう人。


■ 関連しそうな本

 赤川 学 『子どもが減って何が悪いか!』 2006年10月19日
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 パオロ・マッツァリーノ 『つっこみ力』 2008年09月07日
 A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
 ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日


■ 百夜百マンガ

ハイパーあんな【ハイパーあんな 】

 「美少女+格闘」というゲームみたいなコンセプトの作品。クッキングパパの人のアシスタント出身というのは意外な感じがします。


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2008年09月19日

地方を殺すな!―ファスト風土化から"まち"を守れ!

■ 書籍情報

地方を殺すな!―ファスト風土化から   【地方を殺すな!―ファスト風土化から"まち"を守れ!】(#1338)

  
  価格: ¥1365 (税込)
  洋泉社(2007/10)

 本書は、「禁煙、大型店の出店規制が緩和されたことで、日本中の地方郊外のロードサイドに大型商業施設の出展ラッシュが生まれ、その結果、本来固有の歴史と自然を持っていたはずの地方の風土が、まるでファストフードのように、全国一律の均質なものになっている現象」である「ファスト風土化」の問題点が、「現在進行形でどのような事態を地方に生み出しているのかをレポート」したものです。
 映画監督の大林宣彦インタビュー「文化の町であることをアイデンティティにしよう」では、大分県臼杵で映画を撮ろうと思ったが、臼杵市長の後藤国利氏が、「私たち市民がせっかく穏やかで静かに守ってきたこの町で映画を作ると尾道のようになる、それは困る」と断られたことが語られています。
 「『焼き畑農業』と化した郊外乱開発に経済合理性はない!」(藻谷浩介)では、小売販売額と坪効率の低下について、
・全国的な都市近郊の乱開発により、経済成長率や人口増加率を大幅に上回るペースで小売売り場面積が増加した。
  ↓
・出来てしまった商業施設は生き残りををかけて安売り競争に走る。
  ↓
・商業施設の坪効率が大幅に低下する。
  ↓
・売り場面積の増加ペースを坪効率の低下率が上回る状況となり、日本全体の小売販売額が下がり始めた。
というロジックを展開し、「要するに、需給バランスの崩壊で、値崩れが起きている」と解説しています。
 また「歪んだ進展解説競争に、手を貸しているものたちの存在も見逃せ」ないとして、
(1)郊外の遊休土地(農地や遊休工業用地など)を店舗用地として安価で貸している地権者
(2)地元の市町村
などを挙げています。
 著者は、「高度成長期以降に地方、大都市近郊を問わず蔓延してきた郊外乱開発」を、「一方的な人口増加を前提とした、大手商業者・郊外地権者・自治体三位一体の『焼き畑農業』だった」と指摘しています。
 「国道24号から観る京阪奈地域の歪み」(原広)では、警察白書で取り上げられた、「地理的な垣根を越えた犯罪」の頻発する地域として、
・茨城、群馬、栃木、埼玉の県境付近の「北関東地域」
・岐阜、愛知、三重の県境付近の「西東海地域」
・京都、大阪、奈良の府県境付近の「京阪奈地域」
の3地域を挙げています。
 「地方で起きた下流犯罪」(田上順唯)では、「郊外へと拡散が続くことで、日本中に大量に生まれている廃店舗が、現代の『悪所』として犯罪を引き寄せている」と指摘しています。
 本書は、どこに行っても同じように見えてしまう、日本の「地方」をリアルに見ようと試みた一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本を旅するときに、鉄道を使うと、まだ駅前の風景、沿線の風景というのはかなり個性が出るのですが、レンタカーを借りたりして車で移動すると、今どの辺りにいるのか、というのがままあります。
 さすがにチェーン店の系列などは違うのですが、店の展開方法が同じようなので遠くに来ていないような錯覚を与えます。


■ どんな人にオススメ?

・地方に行っても全国チェーンのコンビニと居酒屋とファミレスを探してしまう人。


■ 関連しそうな本

 三浦 展 『ファスト風土化する日本―郊外化とその病理』 
 三浦 展 『脱ファスト風土宣言―商店街を救え!』 
 三浦 展 『下流社会 新たな階層集団の出現』 2007年11月14日
 三浦 展 『下流同盟―格差社会とファスト風土』 
 ジョージ リッツア, 正岡 寛司 『マクドナルド化する社会』 
 藻谷 浩介 『実測!ニッポンの地域力』


■ 百夜百マンガ

菜【菜 】

 いわゆる「わたせ的」とされるハートカクテルのテイストは残りますが、日本家屋や和服などの「和」の雰囲気にも合うことがわかる作品です。


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2008年09月16日

自治体財政健全化法―制度と財政再建のポイント

■ 書籍情報

自治体財政健全化法―制度と財政再建のポイント   【自治体財政健全化法―制度と財政再建のポイント】(#1335)

  小西 砂千夫
  価格: ¥2625 (税込)
  学陽書房(2008/04)

 本書は、「自治体財政健全化法の制度の趣旨を理解する部分と、その枠組みの下での自治体の財政再建や財政分析のあり方を示す部分の両方」からなるものです。
 序章「自治体財政健全化法のねらいは何か」では、この法律の狙いが、「破たんへの対応」ではなく、民間企業以上に「破たん」の社会的影響の大きい自治体について、「それをどのように避けるかの予防措置を設けたことが特徴」だと述べています。
 そして、旧法見直しに当たっては、「自治体は再建制度に守られているので、財政悪化を起こしても借金返済ができないということがない。そのために財政悪化を起こしても大丈夫という親方日の丸体質が生まれている」という「市場主義的」な制度改革の提言があったが、「最終的には、そういった方向性は地方財政制度を抜本的に見直すときに検討することとして、自治体財政健全化法の設計ではその部分は見送られ」たと述べています。
 第1章「自治体財政健全化法の概要─財政早期健全化や財政再生の対象になったらどうなるのか」では、
・実質赤字比率
・連結実質赤字比率
・実質公債費比率
・将来負担比率
の4つの指標を挙げ、これらをまとめて「健全化判断比率」と呼び、「この4つの指標のうちのどれか1つでも早期健全化の水準以上になれば早期健全化段階となり、財政再生段階の基準以上になれば再生段階」されると解説しています。
 そして、早期健全化段階に適用されると、
(1)財政健全化計画
(2)財政健全化計画の策定手続等
(3)国等の勧告等
のようなスキームで財政再建に努めなければならないこと、財政再生段階になった場合には、
(1)財政再生計画
(2)財再生計画の策定手続、国の同意等
(3)地方債の起債の制限
(4)地方財政法第5条(地方債の制限)の特例
(5)国の勧告、配慮等
の5つのスキームが適用されることを解説しています。
 著者は、夕張市の財政再生計画を解説した上で、「準用再建団体とはかくも厳しい世界であるということをあらためて認識したい」とした上で、「いっそ財政再建団体になった方がまし」などとは、「間違ってもいうべきではありません」と述べ、「自治体は、自分で作った借金や赤字は、住民生活を犠牲にしながら自力で最後まで返済しなければならない状況にあることを強く意識すべき」だと述べています。
 第2章「健全化判断比率とはどのようなものか」では、「財政再生のスキームは、実質収支の赤字に表れる資金ショートをメルクマール(基準)にして発動されること」と述べ、その論理の背景には、「建設公債主義で自由な借り入れを縛っていることが根本理由」にあると述べています。
 そして、「実質赤字比率と連結実質赤字比率では、早期健全化基準や財政再生基準に一定の差が設けられ、連結実質赤字比率が多少の赤字では基準に引っかからないように配慮されている背景」として、「国の予算措置の不足が、市町村における連結赤字比率の算定に影響を及ぼすこと」など、「自治体の財政運営の努力とは関係のないところで出てしまう赤字の存在にも配慮したもの」であると解説しています。
 第3章「早期健全化基準と財政再生基準の考え方」では、4つの財政指標が、「実質的な意味での財政健全化ではない見直しをした場合には、何かの指標が悪化するか、後年度に何かが悪化するか、時間がたってもなかなか好転しない、などの効果が出るように考えられて」いるとして、「健全化判断比率の相互の関係」を図示して解説しています。
 そして、将来負担比率だけが、財政再生基準の指標とならない理由として、「実質的な負債の財源総額に対する規模に対して大きいかどうかを見るもの」であり、「それが大きくても資金ショートがおきなければ、当面は困」が、「いずれは財政状況が厳しくなると予想され、そのときには住民への公共サービスの提供が危ぶまれる」ため、「予防措置としての健全化判断比率としてはふさわしい」と解説しています。
 第4章「自治体財政健全化法で求められる監査の体制」では、これまでの自治体の監査の実情として、「監査委員が2名の市町村では議員と自治体出身者という組み合わせが多く、監査委員による監査をサポートする事務局も自治体の職員で構成することから、総合的に見て、監査に求められている専門性も対象となる組織からの独立性も十分であるとは」いえないことを指摘しています。
 そして、自治体職員がボランティアで集まって、自治体財政健全化法に備えた監査のマニュアル作りを行っている「政策提言自治体会議」の活動について、著者自身も参加しているものとして紹介しています。
 第5章「財政情報の開示、公会計制度改革と自治体財政健全化法」では、国や自治体のバランスシート作成に関して、「財務書類を整える意義に疑問を挟む余地はなく、実務的に可能な限り統一的に財務諸表の作成を推進していくべきである」と思うが、「そのことが、自治体の財政運営のために必要な財政分析に直接的に貢献するのではなく、財政分析のためには別途財政指標を開発し、それにあわせた情報開示が求められるということを忘れてはならない」と指摘しています。
 そして、自治体は、「現金主義であると同時に、建設公債主義(原則として建設投資にしか財源として地方債を充てられない)であり、かつ地方財政法5条の2の中で地方債の償還期間は耐用年数よりも短く設定すべきと定めて」いることから、
「減価償却<地方債の元本償還+建設的に投資的経費に充当される一般財源等」
という関係式が成り立つと述べ、「現金不足が発生していない限り、発生したコスト以上に一般財源等を投入して建設費をまかなったり、元本償還をしているわけ」であり、「当期利益にあたるものは黒字であり、バランスシートは資産超過であること」になると述べ、「資金ショートさえ起こさなければ、財政運営は万全である」と述べ、「債務の建て方に制約が設けられていることによって、現金の動きだけを見ていれば、財政運営の持続可能性が維持できる仕組みになっている」と解説しています。
 第6章「健全財政のための財政指標の設定、財政再建の進め方」では、「財政分析は1年間の財政収支と、1年超の長期の財政収支に分けて考えることが望ましい」と延べ、「1年以内の資金ショートにt呪医手は、自治体では、財政再建制度や自治体財政健全化法の枠組みがある限り、当面は問題ではないと見るべき」だと述べています。
 そして、償還能力と将来負担比率に関して、「将来負担比率の分母を、標準財政規模ではなく、償還財源とすべきではなかったか」という意見について、
(1)純債務の定義ですら政省令や細則で細かく定めてもなお実態的には判断が分かれるものがあると予想されるが、償還財源の定義はそれ以上に難しく、公平なルールとして設定することに伴う技術的な点が大きい。
(2)純債務の年度ごとの変動にくれべて、償還財源の変動はもっと大きく、分母であるだけに指標の数値が年度間で極端に動くことが予想される。
の2つの点でなじまないところがあると述べています。
 また、「財政分析は、資金繰りと償還能力の2点から行うことが望ましい」とした上で、「資金繰りと償還能力の指標には様々なものがあり、それぞれを総合化して、資金繰り系指標と償還能力系の2つに集約できれば、かなり面白い財政分析ができ」ると述べています。
 さらに、「交付団体間の財政格差は留保財源の大きさで決まる」とした上で、「小規模で財政力指数が低い自治体の多くが、借りすぎの状態にある」ことを指摘し、「借りすぎている状態で、地方財政の圧縮が進むと、その痛みは、借りすぎていない状態よりもはるかに厳しいものが」あると述べています。
 著者は、借りすぎると、「結局のところ、人件費カットで凌ぐこと」になるとして、「自治体職員は、借りすぎの状態になると、結局は自分たちの人件費でその尻拭いをしなければ」ならないことをよく自覚して、「全庁的に財政問題に当事者意識を働かせることが大切」だと述べています。
 第7章「自治体の財政規律の確立と債務調整の是非」では、「自治体にも破たん法制を導入することによって、市場による監視を強めることが財政の健全化を促す」という問題提起に対して、地方債が安全債権であることが、「自治体の財政運営に緊張感をそいでいるので望ましくない」という見方は、「安全であるのは貸し手である金融機関から見てそうであるだけであって、借り手である自治体は借金返済が楽になるということでは」なく、「自治体は自分で作った借金は、どんなに厳しい行政改革であってもそれを潜り抜けて、自力で返済しなければならない」と述べています。
 そして、「新しい地方財政再生制度研究会」の報告に関して、「現在の地方財政制度では、国は地方に多くの事務配分を行い、自治体の財政力に応じたサービス格差は、国民のコンセンサスとして限定的にしか認められないという状況」にある中で、「現在のような制度として運用せざるを」得ないと述べ、「事業債を別とすれば、現在の地方財政制度の中で債務調整を導入することのメリットは少ない」と指摘しています。
 終章「わがまちは大丈夫なのか、財政を悪化させないために必要なこと」では、近年、地方分権が進められている中で、「自治体財政健全化法のスキームは地方自治の精神に反するので、好ましくないという見方」がある点について、「自治体財政健全化法によって一部の財政事情の悪い団体の自治権が制限される」ことは、
(1)財政状態が深刻な状態になって回復不可能、あるいはたいへん長い期間をかけなければ健全化しない状態になることは、後世代に多くの負担を負わせることになり、世代間の公平を著しく欠くことになる。
(2)ある自治体の財政状態が悪化すれば、他の自治体に悪い影響が及ぶ。
の2点からやむをえないと述べています。
 そして、「自治体財政健全化法には、深刻な問題を表面化することで、先送りできないようにする効果が期待され」ると述べ、「先送りにすることで表面化することを避けてきた問題を明るみに出し、透明性を高めていく方向に踏み出した」と述べています。
 本書は、単なる自治体財政健全化法の解説として読むだけではもったいない一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている「いっそ財政再建団体になった方がマシ」ということは、口が裂けても言ってはいけない、ということは、小西先生が普段から強調されています。本で読むとまた説得力が増す感じがします。


■ どんな人にオススメ?

・自分の住んでいる自治体の財政状況が心配な人。


■ 関連しそうな本

 小西 砂千夫 『自治体財政のツボ―自治体経営と財政診断のノウハウ』 2008年05月12日
 小西 砂千夫 『地方財政改革の政治経済学―相互扶助の精神を生かした制度設計』 2008年04月04日
 小西 砂千夫 『地方財政改革論―「健全化」実現へのシステム設計』 2008年04月02日
 赤井 伸郎, 山下 耕治, 佐藤 主光 『地方交付税の経済学―理論・実証に基づく改革』 2005年01月27日
 上村 敏之, 田中 宏樹 (編著) 『「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針』 2006年11月02日
 竹中 平蔵 『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』 2007年11月05日


■ 百夜百マンガ

カンブリアン【カンブリアン 】

 地味ながらも読み応えのある作品を生み出し続けてきた人でしたが、50代の若さで亡くなられたのは惜しいです。


投稿者 tozaki : 22:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年09月11日

技術官僚の政治参画―日本の科学技術行政の幕開き

■ 書籍情報

技術官僚の政治参画―日本の科学技術行政の幕開き   【技術官僚の政治参画―日本の科学技術行政の幕開き】(#1330)

  大淀 昇一
  価格: ¥735 (税込)
  中央公論社(1997/10)

 本書は、「《政府の中の技術者》=技術官僚が、明治以来の歴史のなかで、とかく公共事業に失敗があればまっさきに責任を問われ、また政治の道具・手段視されていた状態から、いかにして自らの立場を強くし、科学技術の立場を政策決定・行政過程のなかに反映させようとしたか、その苦闘の歴史から成り立っている」もので、「明治維新期における最初の技術官僚=お雇い外国人の役割というところから出発して、お雇い外国人と交代した日本人技術官僚集団の思想と行動を、戦後の科学技術庁設置と科学技術基本法発想の時点までたどったもの」です。
 第1章「お雇い外国人に代わる日本人技術官僚の登場」では、「鉄道建設をはじめとする近代的エンジニアリングを担当できる多くの日本人技術官僚が得られなかったので、すでに述べたように政府はそれをお雇い外国人に頼った」とした上で、こうしたお雇い外国人と「代替できる日本人技術者の養成を目指して、技術官僚養成の高等教育機関が工部省内に設立された」として、「工学寮」を挙げています。
 また、「近代化政策の立案・決定は日本人でやり、外国人はあくまで助言者・脇役としての地位に止めておかれた。工部省は、必要な技術官僚としてお雇い外国人を破格の高給で雇いつつも、決して国会氏の決定過程には参画させなかった」というあり方が、「日本人技術官僚がお雇い外国人と交代する事態になっても、技術官僚の扱い方として日本の行政機構の中で保持された」として、「日本人技術官僚はあくまでお雇い外国人の代替者であって、助言者、脇役としての地位に止めおかれた」ことを指摘し、「このことを制度的に固めていたのが文官任用令であり、また法律や財政関係科目のみの任用試験を規定する文官試験規則であった」と述べています。
 第2章「第一次大戦後の工業国化と技術者たちの目覚め」では、「河川に対する内務省土木局の役割を治水の方向へ大きく展開させた法制」として、明治29年の河川法の成立を挙げ、その意義について、法社会学の渡辺洋三が、
(1)純粋な治水立法であって、利水の観点なし。
(2)国家の中央集権的河川管理立法であった。
(3)大河川中心主義の立法である。
(4)河川法の制定は、地主層を大きく政府権力の階級的基礎とする第一歩となった。
の4点を指摘していることを紹介しています。
 そして、「内務省土木局の土木行政の主たる内容が、治河を中心としていたとき、社会資本投資の約半分は河川に投じられていた」が、「その役割が明治十年代末治水に転じる頃からは、社会資本投資の約半分が鉄道に投じられるようになった」と述べています。
 また、「日本最初のシヴィル・エンジニアたちの集まり」として、明治12年(1879)に工部大学校の第1回卒業生によって創立された最初の工学関係の学会である「工学会」を挙げた上で、その後、専門学会の独立が相次ぎ、「最後に残った部分でもって土木学会が創立された」と述べています。
 さらに、「技術者の地位を向上させ活躍の場を広げるための社会的運動を展開する、いわば連合工業調査委員会の別働隊のような形」で、「工政会」が、大正7年4月に発会したと述べています。
 第3章「大正デモクラシー下における技術者運動の横へのひろがり」では、官民の自覚的技術者集団が、「政党政治、憲政擁護、普通選挙などを求める全国的な大正デモクラシー潮流の中で工政会を中核にして、全国各地の高等ならびに中等工業教育機関の同窓会組織を結集して、着々と工業技術家の連盟化を推進していった」と述べています。
 また、昭和2年(1928)になる頃には、「日本工人倶楽部は世間から社会民衆党を支える『知識階級のサラリーマン並に中等階級』のもっとも有力な団体と見られ、会員数も50000人余に膨れ上がっていた」と述べています。
 第4章「新国土経営計画展開の中でのテクノクラシー思想」では、昭和11年8月に提案された「河川協議会」について、「内務技監を議長とし、技術官が出席する各省連絡協議会で、『河川の施設の計画または施行にして砂防、荒廃地復旧、堰堤、用排水、林業、漁業、開墾、港湾、道路、鉄道、橋梁、上下水道、工業などに影響あるもの又は是等の施設の計画又は施行にして河川の水理に影響あるもの』」について協議することとなっていたが、「一回も開催されなかった」と述べ、この協議会が、「まさに『河川の水理』に従って関連するあらゆる公共事業の計画と施設の施行について各省技術官が総合的に検討するという画期的な協議会ではあったが、この頃の内務技監青山士はそれを開催する指導力を発揮せずじまいであった」と述べ、「治山・治水・利水事業に関連する各省の技術官僚たちが『河川の水理』という視野に立って、全ての公共事業を国土経営的に関連づけて考察するという、いわば一つのテクノクラシー思想の片鱗をうかがうこと」ができると解説しています。
 第5章「大陸経営へ向けての技術者動員」では、日本工人倶楽部が、「何とか国内技術官の行く先を『満州国』行政部局に求めようと試みた。さらには関東軍特務部や満鉄の有力技術者に就職斡旋を依頼してもいる」と述べています。
 そして、昭和12年1月、「満州国」において、「土木行政機関の統一」がなされ、「『満州国』の国務院交通部は鉄道、道路、港湾、航空、治水さらに郵政事業、電気通信事業を管掌し、かつての日本の工部省のような一大公共事業省になった」と述べています。
 また、昭和13年、興亜院技術部が設置され、各省から優秀な技術者が集められ、「大陸経営という範囲の中での総合的な技術政策・技術行政を担当することを目指していた」として、「こういうことができる期間が内閣直属でできたということは、日本行政史上画期的であったというほかはない。まさに日本技術者運動史を飾る成果であった」と述べています。
 第6章「技術官僚が政治的飛躍を遂げた科学技術新体制」では、「科学技術新体制確立要綱」を「政治の表舞台に登場させようと技術官僚の先頭に立って死力を尽くしていた宮本武之輔」が、「示された『措置』の実現を見ることなく昭和16年12月23日の夜急逝した」ことについて、「文官任用令体制との戦いにおける壮絶な戦死であった」と述べています。
 また、松前重義が、論稿「日本技術の水準――如何にして向上さすべきか」の中で、日本の研究機関の欠陥を、「研究機関は日本に於て特に協力的ならず対立的にして相互に秘密確保に狂奔せり。故に互の連絡もなく研究能率著しく低下しをれり」と述べていることを紹介し、「さらに為政者の科学技術に対する認識の低さ、科学技術者たちの地位の低さと合わせて、科学技術者たち自身も学閥主義、功利主義、欧米追随主義を真に克服することができず、科学技術の総力動員とは程遠い状態に終始した」と述べています。
 第7章「戦後日本における科学技術行政の再建」では、昭和22年12月に内務省が解体・廃止され、国土局はその事務を一部分離し、戦災復興院と再び合体して、昭和23年1月に総理長の外局、建設院となり、この年の7月、建設省となったことを紹介した上で、「その発足にあたり、昭和16年以来内務省が行ってきた地方計画の指導事務を承継し、さらに国土計画をもになうこととされた」と述べています。
 結語「科学技術の独創性・創造性のこと」では、「日本人教官と技術官僚たちは、自分たちの想像の世界を切り開くために、さきに述べた性格の官吏制度と厳しく戦わねばならなかった」と述べ、「宮本武之輔はじめ日本工人倶楽部、日本技術協会の運動の中心にシヴィル・エンジニア(土木技術者)がいたということも、注目されねばならない」と述べ、「科学技術の独創性・創造性は、その国の自然と戦い、また自然に従うところから芽生えてくるからである」と述べています。
 本書は、現在では、公共事業を巡る天下りや談合が指摘される「技官」の世界が、明治期のお雇い外国人にルーツを持つ、長い経緯の末に築かれたことを解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 最近では「技官」というと、公共事業をやりたくて仕方がない利権集団かのように報じられていますが、明治以来の「文官」との差別を考えると現在批判されている「技官王国」と呼ばれる現象も極端な文官重視の反作用ではないかとも思います。


■ どんな人にオススメ?

・技術屋さんはマニアックだと思う人。


■ 関連しそうな本

 川手 摂 『戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開』 2005年12月29日
 城山 英明, 細野 助博, 鈴木 寛 『中央省庁の政策形成過程―日本官僚制の解剖』 2007年03月30日
 末弘 厳太郎 (著), 佐高 信 (編集) 『役人学三則』 2005年12月12日
 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 テリー伊藤 『お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」』 2006年03月16日
 西村 健 『霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち』 2007年09月05日


■ 百夜百マンガ

エルフを狩るモノたち【エルフを狩るモノたち 】

 タイトルからして抵抗感のある人もあるかと思いますが、多分こういう世界観に違和感なく入っていけることが、今の時代の漫画読みには求められるんじゃないかと思います。


投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年09月04日

「お金」崩壊

■ 書籍情報

「お金」崩壊   【「お金」崩壊】(#1323)

  青木 秀和
  価格: ¥756 (税込)
  集英社(2008/4/17)

 本書は、中村敦夫、川田龍平両参議院議員の政策ブレーンを務める著者が、「『お金とは何なのか?』という根源的な問いかけから出発し、財政赤字、年金制度、グローバリズム、エ