2009年06月17日
渋沢栄一―民間経済外交の創始者
■ 書籍情報
【渋沢栄一―民間経済外交の創始者】(#1609)
木村 昌人
価格: ¥612 (税込)
中央公論社(1991/04)
本書は、「日本近代資本主義の父」と呼ばれる渋澤栄一について、
(1)晩年の30年間精力的に携わった国際関係の仕事に脚光が当たっていないという問題意識から、従来の研究が看過した渋澤の新しい側面を引き出すこと。
(2)渋澤を中心とする民間経済外交を通じて、20世紀前半の日米関係を考えること。
(3)渋澤の生き方を通して民間経済外交のリーダーシップについて考えること。
の3点を目的としたものです。
第1章「前半生の経歴」では、渋澤が、「困難な仕事を大局観と卓越したリーダーシップを持って実行」できたのは、「独創的なアイデアと人並みはずれた実務能力」であったとして、
(1)渋澤が経済と道徳の一致を絶えず心がけていたこと。
(2)渋澤が優れた銀行家であったこと。
(3)渋澤が経済活動の担い手である民間経済人の地位向上に力を注いだこと。
(4)「組織化」への意欲的な取り組みであり、その名人であったこと。
(5)渋澤の情報に対する優れた能力(情報収集力、情報分析の的確さ、情報を創造すること)。
の5点によって具体的に渋澤の前半生を明らかにしています。
第2章「国際社会への参加」では、渋澤が、「日本経済の発展にとって海運がいかに重要化を認識していた」とした上で、1902年に初めて渡米した渋澤が、「日本に対して関心を持っている人物の少ないアメリカで、まず頼れる」のは、セオドア・ローズヴェルト大統領だと考えていたと述べています。
また、「アメリカで民間経済外交を展開するに当たって渋澤に看過を与えた実業家」として、
(1)後にナショナル・シティ銀行頭取となり、アメリカ東部実業団団長として来日することにもなるフランク・ヴァンダリップ
(2)ナショナル・シティ銀行の頭取、スティルマン
の2人を挙げたうえで、「フランス生まれの実業家ジラードの遺産によってフィラデルフィアに作られたジラード・カレッジ」から感銘を受けたと述べています。
第3章「日米摩擦解消へ向けて」では、渋澤が「政府の軍備増強・増税路線に真っ向から反対した」として、渋澤が、「日本にとっての急務は、戦争によって疲弊した経済力を回復すると同時に、対外債務の返済をスムーズに行うこと」だと考えていたと述べています。
また、民間経済外交の形態は、
(1)各界実力者への要望書の送付
(2)言論活動
(3)博覧会、陳列所の開催とそれへの参加
(4)実業団相互訪問
の4つが代表的なものであったと述べています。
さらに、渡米中に渋澤がアメリカに訴えた内容として、
(1)日本は決して好戦国家でなく平和国家であることを強調した。
(2)日米経済関係のより一層の緊密化つまり貿易・資本・技術あらゆる面での両国間の取引拡大を望んでいることを表明した。
(3)渡米実業団の参加者が各方面のアメリカ人と交流を深め、相互理解を図ること。
の3点を挙げています。
第4章「日米中三国協調への模索」では、渋澤が、1914年に中国を訪問した目的として、
(1)革命後の中国国内の状況視察
(2)経済的観点からの視察
(3)欧米列強の中国進出の状況を観察すること
の3点を挙げています。
第5章「新国際秩序構築への参加」では、1921年に渋澤がオブザーバーとして参加したワシントン会議に「大きな期待をかけていた」として、
(1)海軍軍縮を実行し、日本経済に大きな負担をかける軍事費を削減できること。
(2)従来から進めてきた日米中三国協調の枠組みが形成されるのではないかという点。
(3)渋澤がアジア・太平洋を越えて国際社会全体の新しい国際秩序の形成に日本も積極的に参加し貢献すべきであるとの考えを持っていたこと。
の3点を挙げています。
そして、ワシントン会議後のワシントン体制下で、「日本は着実に経済発展を遂げていくことになる」として、「経済界のネットワークは日米両国の全国的規模に拡大し、民間経済外交史上最も充実した時期を迎えることになった」と述べ、「日米協調を第一としてワシントン体制構築に積極的に協力した渋澤初め日本経済界首脳に対して、アメリカ政・経済界の評価は著しく高く、信頼は絶大なものになった」と述べ、関東大震災に対して、「アメリカ経済界は全面的に震災の復興に援助の手を差し伸べた」ことを紹介しています。
第6章「渋澤栄一の遺産」では、渋澤の功績として、
(1)日本に日本の民間経済外交を組織化したこと。
(2)民間経済外交に対して括弧としたヴィジョンを持ち、自らリーダーシップを発揮し導いたこと。
の2点を挙げています。
一方で、「渋澤の活動を支えて来た日本の経済界が、1920年代後半構造変化を起こしたため、渋澤の影響力は低下した」として、
(1)渋澤の経済界での活動を支えていた商業会議所と銀行集会所の勢力が弱くなった。
(2)民間経済外交の担い手は渋澤より20から30若い世代が実質的に行うことになったこと。
(3)企業の経営組織の変化。
の3点を挙げています。
著者は、「渋澤こそ、民間経済外交の効き目を一番よく理解し、自らの行動によってそれを実業家に教育し続けた」として、「それを可能ならしめたのは、独創的アイデアとリーダーとしての自覚であった」と述べています。
そして、「バランスの取れた大局観と強いリーダーシップを兼ね備えた渋澤のような指導者は、現在、ならびに将来の日本にとって、最も必要であろう」と述べています。
本書は、日本の民間経済外交の基礎を築き上げた人物としての渋澤に光を当てた一冊です。
■ 個人的な視点から
渋沢栄一というと、国内の活動がやはり印象に残っていましたが、民間経済外交の創始者という観点での本書の分析は面白いし、こういう視点がこれまであまり取り上げられなかったところに、民間外交の位置づけが現れているのかもしれないと思いました。
■ どんな人にオススメ?
・渋沢栄一の3分の1を知りたい人。
■ 関連しそうな本
佐野 真一 『渋沢家三代』 2005年08月06日
今田 忠 『日本のNPO史―NPOの歴史を読む、現在・過去・未来』 2008年10月17日
童門 冬二 『渋沢栄一 人生意気に感ず "士魂商才"を貫いた明治経済界の巨人』
■ 百夜百マンガ
観察系の作風は師匠譲りですが、絵は『イオナ』の澤井健を思い出してしまいました。
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2009年05月01日
NPO入門
■ 書籍情報
【NPO入門】(#1562)
山内 直人
価格: ¥871 (税込)
日本経済新聞社(1999/05)
本書は、「NPO(民間非営利組織)について、その活動実態から、収入構造、社会的な役割、マネジメント、関連制度にいたるまで、系統的に解説したコンパクトな入門書」です。
序「NPOの神話」では、「NPOに対する誤解」として、
(1)期待と現実のギャップ
(2)非営利=善ではない
(3)NPO=ボランティアではない
(4)精神論の落とし穴
の4点を挙げています。
第1章「NPOの世界」では、NPOにこゆうな「非分配制約」について、「重要なのは、利潤を組織外部に分配しないということ」であり、「これは、NPOが収入を得てはならないとか、会計利潤が毎期毎期必ずゼロでなければならないといっているのでは」ないと述べています。
また、JHCNPによるNPOの定義として、
(1)利潤を分配しないこと
(2)非政府
(3)フォーマルであること
(4)自己統治していること
(5)自発性の要素があること
の5点を挙げています。
そして、1995年に、「日本の非営利セクターの経常支出は22兆円」にのぼり、「これは同年のGDPの4.5%に相当」すると述べたうえで、「日本の収入構造において民間寄付が特に少ない理由としては、まず寄付にインセンティヴを与える税制優遇措置が不十分であること」や、「助成財団のように民間寄付を調達・分配する機関が発達していないこと」などを指摘しています。
第2章「非営利革命の背景」では、政府のリストラが、「NPOにも新たなビジネスチャンスを提供」するとして、「民間委託は、ただ安上がりになるというだけでなく、サービスの質が改善するケースが多い」と述べています。
第3章「さまざまなNPO」では、
・教育・文化分野
・医療・福祉分野
・国境を越えるNPOの活動
などについて、具体的な例を挙げて解説しています。
第4章「フィランソロピー」では、「フィランソロピーとは、人類愛を意味するギリシャ語から派生した言葉で、寄付やボランティアといった直接の見返りを期待しない慈善活動のことを意味」すると述べています。
第5章「NPOのマネジメント」では、「NPOの経営基盤強化のためには、マネジメント(経営管理)をきちんとすることが重要」だとして、日本のNPOのマネジメントに焦点を当てています。
そして、NPOの労働市場の特徴として、
(1)賃金が総じて安いこと。
(2)中途採用が多く、転職率が高いこと。
(3)女性の比率が高いこと。
(4)ボランティア労働の存在。
の4点を挙げています。
第6章「NPOの制度改革」では、「日本独自の税制や法制がNPOの日本的特徴を生み出している」とする仮説に基づき、日本のNPOの特徴を論じています。
そして、「民法の公益法人制度とそれに連なる寄付税制は、NPOを行政への『下請け』にするのに非常に都合よくできている」と指摘しています。
本書は、NPOの実態をコンパクトに知ることができる一冊です。
■ 個人的な視点から
さすがに10年前のNPOの話では制度などの面では古いよな、と思っていたら2004年に改訂版が出ているようです。そうなると今度は法人制度改革を反映した第3版が必要になりますね。
それにしても、制度は変わって10年たっても、NPOが抱えている構造的問題はご健在のようです。
■ どんな人にオススメ?
・NPOについて知りたい人。
■ 関連しそうな本
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
沢 昭裕, 経済産業研究所『公を担う主体としての民』研究グループ (編集) 『民意民力―公を担う主体としてのNPO/NGO』 2005年05月18日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
■ 百夜百マンガ
アシスタントを使わず全て自分の手で仕上げるために週刊連載を断ったという人。読んでいた当時はそんなことにはまったく気づきませんでした。38歳の若さで亡くなられたのが惜しまれます。
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2009年02月04日
誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる
■ 書籍情報
【誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる】(#1476)
フランシス ウェスリー, ブレンダ ツィンマーマン, マイケル クイン パットン, エリック ヤング (著), 東出 顕子 (翻訳)
価格: ¥1995 (税込)
英治出版(2008/8/18)
本書は、「可能性の技術、可能性の科学、可能性の体験について」書かれたもので、「最大の目的は、世界を変える方法を変えることだ」としています。
第1章「暮れ初めの灯り」では、「ライブエイド」やブラジルにおけるHIV感染者・AIDS患者の急激な減少の例を挙げ、「いったい誰がそれを導き、誰が従い、何が障害となり、何が転機となったのか? 多くの個人の努力がどのようにしてこんな結果につながったのか? この奇跡を生み出したのは誰なのか?」と問いかけ、「本書はこうした疑問に答える本」であり、「不可能を可能にする方法を解き明かす本だ」としています。
また、ソーシャルイノベーションを成功させるには、
(1)単純なもの
(2)煩雑なもの
(3)複雑なもの
の3つの問題すべてを考えなければならないが、「理解が一番不足しているのは『複雑な問題』だ」と述べ、「ソーシャルイノベーションを起こすには、たとえ結果を予測できなくても、より変化につながりそうな相互作用を生み出すことが求められる」と述べています。
そして、本書の目的は、「『変化を生み出す(メイク・ア・ディファレンス)』ことを望む人々を結びつけること」だと述べています。
第2章「『かもしれない』をめざして」では、「ソーシャルイノベーションにおける特徴的な傾向」として、「何かを変えようとすることは、自分自身の変化を受け入れることだ」という「逆説(パラドックス)」だと述べ、人と世界は、「共進化(コ・エボリューション)」していると述べています。
そして、成功の理由について、「複雑系の理論」では、「彼らの行動が新たな相互作用のパターンを示し、それを誘発したことにある」として、彼らが、「ストレンジ・アトラクタ」をつくりだし、強化もしたと述べています。
著者は、「私たちは、変えようとしている世界の外に立っているのではない。世界が変われば私たちも変わり、私たちが変われば世界も変わる」と述べています。
第3章「静思の時」では、世界中のソーシャルイノベーションの成功者に共通する資質として、「自分の直感、つまり自分の問題認識を信じ、行動しながら学ぶという点」を挙げ、「沈思黙考と行動を両立できる」として、「これはめったにあることではない」と述べています。
そして、生態学者のホリングが、生態系や社会システム、政治システム、芸術的な形式にも見出せる同じパターンとして、「大きな変化を経験しても、もとの状態を保つ能力」である「レジリエンス(resilience:復元力)」を挙げ、さらにこの能力を、
(1)解放(release)
(2)再編(reorganization)
(3)利用(exploitation)
(4)維持(conservation)
の4つの段階である、「適応(アダプティブ)サイクル」に分けて具体的に考えたと紹介しています。
第4章「強力な他者」では、「ものごとを変えるために権力や資源を動員することは、社会起業家に一つの逆説を提示する」として、「システムを変えたい人は誰であれ、現状が牛耳っている資源を解放しなければならない」が、「人は変えようとしているシステムの一部」であることを指摘しています。
そして、「権力と『強力な他者(パワフル・ストレンジャー)』が旧システムの既存の構造に立てこもり、ものごとを変えたい人々にとって近寄りがたいもののように見えるとき、逆もまた真なのだ。力は波であり、いったん解放されれば、帆走する船のように変革を前進させる」として、「強力な他者は、『敵か見方か』ではない。両方なのだ」と述べています。
第5章「世界があなたを見つける」では、チクセントミハイの「フロー体験」について紹介した上で、社会起業家にとっては、「フローは内的というよりも外的、つまり本人の行動と他者の行動との関係において生じるもの」だとして、「人が状況に影響を与える一方で状況が人に影響を与える」という「双方向のフロー」を体験すると述べています。
そして、「ソーシャルイノベーションの探求において逆説的なのは、リーダー個人の姿を無視するのでもなく、かといって自己組織化──局所的(ローカル)な状況を評価し、大極的(グローバル)なパターンを生み出すような形で行動する関係者一人ひとりの能力──を見逃してしまうほどリーダーばかりを分析するものでもない」と述べています。
また、ミンツバーグ、ジェイコブズ、クルーグマンが、「この世界で作用しているものは何かを観察し、そして、それがなぜ作用しているのかを問う」とした上で、「この視点からソーシャルイノベーションを見ると、変化を生み出す達人は、相互作用のローカルなルールを明確に理解し、それを強化して、その潜在能力を高めるのだということが見えてくる」と述べています。
著者は、「変化が確固たるものになるには、あるいは、本物のイノベーションに必要なティッピング・ポイントに向かう勢いがつくには、社会的なフローが必要だ」が、「社会企業家はこのフローを作ること」はできず、「識見を握るのに負けず劣らず、なすがままにまかせることが肝心だ。ソーシャルイノベーションの達人は、自分を見つけさせる方法を知っている」と述べています。
第6章「冷たい天国」では、「変化を生み出そうと戦っている人々」が、
(1)成功は住所不定だということ。
(2)失敗は成功への道を切り拓くということ。
の2つの逆説に直面しなければならない、とした上で、「ソーシャルイノベーションの非常に難しいところの一つは、決してこれで十分ということがない、ということ」だと述べ、「常にもっとやるべきことがある。その結果、深い孤独や絶望さえ感じることにもなりかねない」と指摘しています。
そして、「社会起業家は、頭は空高く、足は地に着けていなければならない」として、「複雑系の理論によれば、大きな変化は小さな行為から創発しうる」ことが、「頭は空高く」の面であり、「足は地に着ける」とは、「現実を直視する」ことだと述べ、「行動の根拠を日々の現実検証に置きながらも、どこまでも夢を追い、希望を持ち続ける」として、「発展的評価の確信は、何がうまくいくかを学び、うまくいかないことを認め、そして、その違いを区別できるようになることにある」と述べています。
第7章「希望と歴史が韻を踏む時」では、1980年に、飲酒運転の常習者による事故で娘を失ったキャンディ・ライトナーが、「飲酒運転防止母の会」(MADD: Mathers Against Drunk Drivers)を設立し、8年で、「一人の母親の運動から世界的な運動へと発展させた」と述べた上で、MADDの「常習犯に対する報復と処罰という基本的な主張」が、「希望ある社会復帰から厳しい非難へ、治療更正から処罰へ」と転じた文化の潮流と符合したとともに、「フェミニズムが勢いを増している時代にあって、女性が率いる運動だった」という点でも、「MADDの成功が歴史を韻を踏んだ」理由だと述べています。
そして、MADD創設から8年で、「MADDが自分の思惑を超えて禁酒論に走りすぎ、その目標が変わってしまった」ことを理由に、ライトナーがMADDを去ったことについて、「彼女の個人的な危機は、より大きな社会的勢力という文脈で検討してみなければならない」として複雑系の科学の概念である、「進むにつれて新しい光景が現れる起伏のある地形上の動きとして進化を考えるべき」だとする「適応度地形(fitness landscape)」について解説しています。
第8章「ドアは開く」でjは、「障害と不確実性。たくさんの選択肢。たくさんのドア。どれもソーシャルイノベーションにはいくらでもあるものだ」として、ソーシャルイノベーションを、「チチェスターの探検のように、前もってイメージできる具体的な目的地に到着することよりも、ひたすら前へ先へ進むことの方がはるかに多くなる」として、彼らが、振り返ってみると、「確かに社会は変化したが、自分の役割については半信半疑なものなのだ」と述べています。
本書は、複雑系の理論を切り口に、社会起業家の生態に切り込んだ一冊です。
■ 個人的な視点から
社会起業家の生態を複雑系のツールで切る、というコンセプト自体は面白く、読み物としては大変楽しめるものになっていますが、「分析」というよりは「アナロジー」的な使われ方がされているというか、分析のツールとして使われているわけではないという印象を受けました。
もちろん、この一般書の背後には厳密な分析が控えているのかもしれませんが。
■ どんな人にオススメ?
・社会起業家の生態に感動したい人。
■ 関連しそうな本
ニコラス サリバン (著), 東方 雅美, 渡部 典子 (翻訳) 『グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換』 2009年01月05日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
マーク・ブキャナン (著), 阪本 芳久 (翻訳) 『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』 2005年12月21日
マルコム グラッドウェル (著), 高橋 啓 (翻訳) 『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』 2005年02月12日
スティーブン ジョンソン (著), 山形 浩生 (翻訳) 『創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク』 2006年02月25日
■ 百夜百マンガ
漫画の世界には学園モノの一ジャンルとして、「部活をしない部活漫画」が立派に成立していて、春風高校の光画部とかボンボン坂高校の演劇部とかがあるわけですが、それでも思い出したように学園祭があったり合宿があったりすることでストーリーにリズムを作れる「部活」の存在は重要なのです。
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2009年01月05日
グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換
■ 書籍情報
【グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換】(#1446)
ニコラス サリバン (著), 東方 雅美, 渡部 典子 (翻訳)
価格: ¥1995 (税込)
英治出版(2007/7/12)
本書は、「南アジア、アフリカ、そして中東の一部の国を含む『南』と呼ばれる発展途上国で起こっている力強い経済革命を描いたもの」で、「国民一人当たりのGDPが約1ドルで、電話普及率は世界で最も低いレベルにあり、政府は世界で最も腐敗していると見なされている国」であるバングラデシュで、事業として大きく成功したグラミンフォンの携帯電話事業がどうして可能になったのかを解き明かしたものです。
序章「『外燃機関』となる三つの力──経済成長の原動力とは」では、大多数が農村部で暮らす、バングラデシュの1億4800万の人口のうち、「25万台のビレッジフォンを通じて、1億人に通信手段を提供」し、これを保有するのは、「グラミン銀行からマイクロクレジット(小規模融資)を受けた」、「テレフォン・レディ」と呼ばれる女性起業家たちが、「ビレッジフォンを村人たちに使ってもらい、使用料金による収入でローンを返済」し、年間所得は、バングラデシュ人の平均所得のほぼ2倍に当たる750ドル、というビジネスで、このビジネスを考案したのは、アメリカでベンチャー・キャピタリストとして働いていたイクバル・カディーアで、彼が36歳の時に、バングラデシュに戻り、「全国的な電話サービスを始めることを決意し、投資家を探して起業のために奔走した」と述べています。
そして、「貧困国では自然な成長や有機的成長は起こりにくい」ため、「外燃機関」としての3つの力が必要だとして、
(1)IT:情報通信技術は、多数の人々に力を分け与えるという際だった特徴があるため、他の技術よりもずっと強い力を持っている。
(2)現地の起業家:母国の文化や複雑な官僚組織についての暗黙知を持つ現地の企業家の手を借りずに、最先端の情報通信技術が輸入されることはない。
(3)外国人投資家:グラミンフォンはノルウェーのテレノールと日本の丸紅という外国人投資家の存在なしには始められなかったし、成功もしなかっただろう。貧困国では資本市場が未発達なので、新規事業を始めるときは何億もの資金を市場の外で集める必要がある。
の3つを挙げたうえで、「歴史的にも、また今日でさえ、外燃機関となる3つの力はいずれも反対勢力からの強い抵抗に遭遇してきた」として、「多くの貧困国の最大の敵は、国内経済を牛耳る政府である」と述べています。
第1章「『つながることは生産性だ』──起業家カディーアの夢と祖国」では、世界銀行で働き始めたカディーアが、「世界銀行による貸与は、国家統制主義の政府を永続させるためにはなっても、貧しい人々の力にはなっていないように見えた」ことから、「世界銀行の無力さや資金貸与の仕方に幻滅した」と述べています。
そして、ベンチャー・キャピタリストとして働く中で、「コンピュータのネットワークがつながらなくなって困っていた」経験から、「それが最新のオフィスであろうと、発展途上国の村であろうと」、「<つながること>はすなわち生産性なのだと気づいた」と述べています。
著者は、グラミンフォンについて、「成功したビジネス」という言葉だけでは言い尽くせるものではなく、「政府に対抗しうる勢力であり、国全体がグローバル経済につながっていく上での先導役となるはずだ」と述べています。
第2章「グラミン銀行と先駆者たち──ユヌス、ピトローダ、アンテナ屋」では、カディーアがバングラデシュで携帯電話事業を展開する上で、「長い時間をかけて成功の基盤を築かなければ」ならず、「そこで重要な意味を持っていたのが、グラミン銀行だ(ベンガル語で『村の銀行』を意味する)」と述べた上で、そのメッセージと手法は、「シンプル」で、「少額(10ドル以下)を比較的手頃な利率で融資し(最初は20%だが返済のたびに低下する)、そのお金で小規模な事業を興させ、独立と自尊心を獲得させる。すると借り手はゆっくりと貧困から脱却していく。借り手は貧しければ貧しいほどよく、未亡人や身体障害者がまず歓迎される」というもので、借り手が5人のグループを形成することで、「周囲からの圧力と支援が、現実的に担保を不要にする」と述べています。
そして、グラミン銀行を設立したユヌスは、「銀行と反対の行動」をとり、「銀行が金持ちに貸すのなら、私は貧乏人に貸す。銀行が男性に貸すなら、私は女性に貸す。銀行は大規模な融資をするが、私は小口融資をする。銀行が担保を要求するなら、私の貸付は無担保だ。銀行が多くの書類を求めるのなら、私は文字が読めない人でも利用しやすいローンにする。あなたを銀行に行かせるのではなく、私の銀行が村々に行く」というのが戦略だと語っていることを紹介しています。
また、インドに電話サービスを普及させたピトローダについて、「ビレッジフォンは文化的なバリアを破壊し、経済的な不平等をなくし、知的格差さえも埋めてしまう。つまり、ハイテクは不平等な立場にいる人たちを同じ土俵に乗せる。そのため、これまで発明された中で、最も強力な民主化のツールとなる」と語っていることを紹介しています。
さらに、カディーアが最も刺激を受けたビジネスモデルとして、1990年代初期に衛星放送用のパラボラアンテナを設置し、海外からの放送をとらえて近所にケーブルで流していた勇ましい事業家たち」であるデリーの「アンテナ屋(Dish-Wallahs)」を紹介した上で、「アンテナ屋現象とピトローダのビレッジフォンの成功は、カディーアのプロジェクトのモデルとなり、彼の意欲に火をつけた。そして、グラミン銀行のマイクロクレジットは彼を魅了した」と述べています。
第3章「牛の代わりに携帯電話──新たなパラダイムが見えてきた」では、カディーアが、「電話がつながることとマイクロクレジットは同類であると考え」、あるひ、「携帯電話を牛のように使えばいいじゃないか」というアイデア、つまり、「借り入れ経験のある貧しい女性がグラミン銀行からお金を借りて携帯電話を買い、携帯電話サービスに加入して、その電話を村人たちに賃貸ししたらどうだろう」と考えついたと述べています。
そして、カディーアが、ソーシャル・ベンチャー・ネットワークという、「社会起業を推進する起業家たちの世界的なネットワークの設立者」であるジョシュア(ジョシュ)・メイルマンと会い、二人が、ベンガル語で「大衆のための電話」を意味する「ゴノフォン」を冠した、「ゴノフォン・ディベロップメント」を設立したとの述べています。
第4章「投資するのか、しないのか、それが問題だ。──資金を求めて北欧へ」では、北欧企業が、自国の人口が少ないため、新市場に積極的に参入し、「脆弱なインフラ、低い購買力、官僚的な政府」というバングラデシュにも当てはまる他の国々にも進出していたことから、「携帯電話のオペレーションで最も成功している北欧諸国の電話会社なら、最もすぐれたノウハウを提供でき、大胆なリスクもとれるだろう」とカディーアが考えたと述べ、「バングラデシュは、電気通信事業に投資する人々にとって夢のような場所だ──浸透率が低く、地形も平坦で、競争もない」と訴えたと述べています。
そして、「グラミン銀行が財務面でプロジェクトに積極関与すれば、海外の投資家が魅力を感じることは明白」だとして、グラミン銀行に投資を迫り、グラミン銀行は、
(1)このプロジェクトにおけるグラミン銀行の真の目標は何か。
(2)グラミン銀行は、利用可能なファンドがあるかどうかで、プロジェクトへの投資を決めるべきか。
の2つの問題の解決を迫られたと述べています。
また、ノルウェーのテレノール・コンサルティングから派遣されたインゲ・スコールがハンガリーでの経験を生かし、グラミンの価値を理解し、「当プロジェクト用のコンピュータ・モデルを作り上げた」として、「彼はまさに必要としていた人材だった」と述べています。
第5章「グラミンフォン、誕生──政府・官僚との闘いを超えて」では、グラミン銀行のムハマド・ユヌスが、
(1)非営利法人のグラミン・テレコム
(2)通信事業者のグラミンフォン
の2つの登録組織を作り、「グラミン・テレコムはグラミンフォンから通話時間を(50%のディスカウント価格で)大口購入し、それを農村部の女性に再販し、彼女たちがエンドユーザーに小売りする」というモデルを構築したと述べています。
また、入札の後で、シェイク・ハシナ政権が、入札プロセスを位置からやり直そうと考えているという情報を入手したユヌスが、「個人的な力と名声にモノを言わせて、ハシナと一対一で話し合う機会」をつくり、「バングラデシュは新しい電話会社を3つも持てない」と語り、グラミンフォンにライセンスを与えないとするハシナに対し、競争的な環境の整備と、ユニバーサルサービスの恩恵を解いたことで、1998年11月28日に最終合意が結ばれ、ライセンスを獲得したと述べています。
第6章「貧困国から世界クラスのプレーヤーへ──雄牛のように突進せよ」では、グラミンフォンがライセンスを受けてから4ヶ月後に計画通り開設し、他の2社は1年経っても満足にサービスを立ち上げられなかったことで、「グラミンフォンは先行者利得をつかみ取った」と述べたうえで、「1998年の終わりまでに、グラミンフォンの3万1000人の加入者の4分の1近くが、同国の主流の電話システムに接続しないサービスを利用するようになった」として、「今日、発展途上国のあいだで(特にアフリカで)、独自に携帯電話網を構築することが当たり前になっている」ことについて、「発展途上国の電話のビジネスモデルに対するグラミンフォンの最も重要な貢献」だとユヌスが宣伝していると述べています。
また、キャッシュフロー問題の解決のために、ユヌスがジョージ・ソロスにグラミン・テレコムの出資比率を高めるための資金提供を求め、、ソロス経済開発ファンドから、1060万ドルの貸付を受けたことについて、「貧しい人に市場の金利を上回る率で少額のお金を貸し付ける男が、世界で最も金持ちの一人から譲歩的な金利(5%)で巨額の貸付金を獲得した」として、「世界の象徴的人物である2人もシンクロした」と述べています。
第7章「BOPで広がる野火──アジア、アフリカ。、30億人が立ち上がる」では、「自由化や民営化や規制緩和は、どうやら民主主義と同一視すべきではないようだ」として、中国のような独裁体制の国が、「自由市場システムを導入して経済的に成功している」が、「民主主義化は明らかに、狭量で官僚的な政府首脳から一般大衆への権力の移行を意味する」として、「こうした政治マインドの変化は確かに、公共の利益に関するサービス分野が独占されてきた状況を変革する力となる」と述べています。
そして、南アフリカのマンデラ大統領が、「連絡を取り合いたいという願いは、誰もが抱く基本的ニーズだ」と演説したことを紹介した上で、アフリカの典型例として、「携帯電話が『スパイ』行為に利用されかねない」として、「携帯電話を違法とした」ジンバブエの例を紹介し、携帯電話の普及のために政府と戦ったストライブ・マシイワが、1999年に、「世界の最優秀若手人材十人」に選ばれたことを紹介しています。
また、「ドクター・モ」として知られるスーダンのモハメド・イブラハムが、「皆、アフリカは飢えた人々と可愛いライオンだらけだと思っている。電話をかけるというごく当たり前のことをしたいと思う普通の人々も大勢いる、ということを理解していない」と語っていることを紹介しています。
第8章「時代を一気に飛び越えろ──途上国で加速するMコマース」では、発展途上国における携帯電話技術の「社会的・経済的影響ははるかに劇的で、かつ破壊的だ」として、「携帯電話は情報格差の克服に役立つだけではなく、銀行口座やクレジットカードを持ったことがなかった人々のお金の扱い方を変えつつある」として、多くの貧しい人々にとって、「初めて銀行を利用できるようになった」という利点を挙げ、「このことは貯金や信用構築の機会を長期的に広げ、非公式な現金文化から、公式のクレジットとデビットの文化への移行を促進する」と述べています。
そして、フィリピンの携帯電話会社である「スマート・コミュニケーションズの躍進ぶりを見ると、テキストとプリペイドのシステムが組み合わさると、電話がキャッシュレスのデビット付きATMカードへと急速に変わっていくことがわかる」と述べ、「従来は対象外だった貧しい人々のサービスを広げたスマートの事例は、グラミンフォンがバングラデシュでテレフォン・レディに手を差し伸べたのと同じく、包括的資本主義の裏付けとなる」と述べています。
また、農村部でモバイル・バンキングを推進していく際の障害として、
・農村部の電話台数が不足している
・システムの標準化が遅れている
・文字でのコミュニケーションの不慣れ
等の点を挙げています。
第9章「援助ではなく、ビジネスチャンスを──社会に利益をもたらす『包括的資本主義』」では、「電気や銀行が夢物語であった地域に携帯電話がもたらされたこと、そして同時に収入を得る機会ももたらされたことは、革命的な出来事」であり、「発展途上国への携帯電話の普及は、まさに産業革命──西側諸国を経済面で世界の他の地域から引き離した──に匹敵する」と述べたうえで、「収入、あるいは収入を得る機会こそが、発展につながる。それによって人々は、最低限の生活から抜け出し、貯金をし、投資し、生産することができる」と述べています。
そして、「統計的な調査に基づいていても、推測はあくまで推測でしかない」が、「携帯電話はすべての国でGDPの成長に大きく貢献するということ、それも携帯電話の浸透率が低かった貧困国でGDPが最も大きな成長を示すということは、数多くの証拠によってたしかに裏付けられている」と述べるとともに、「電話台数の増加と価格競争が、村人の電話利用と生産性を拡大し、グラミンフォンの売上を増やし、テレフォン・レディの収入獲得の機会を増やす。さらに、テレフォン・レディ自体も増える。これが包括的資本主義」であると述べています。
第10章「携帯電話を超えて──カディーアとBRACの新たな挑戦」では、カディーアがレメルソン財団を通じて、セグウェイを発明した発明家のディーン・ケーメンと出会い、ケーメンが設計し直した19世紀の外燃機関であるスターリングエンジンに興味を示したと述べ、「理論的にはスターリングエンジンはバングラデシュで電気をつくる上での『適正技術』である」と述べています。
そしてカディーアが、「新たな市場のニーズと改良された技術、そしてすでに存在する燃料を前に」、「ビジネスチャンスがある」と見た上に、「グラミンフォンのように、この新しいビジネスは全く新しい小規模事業主を生み出せそうだった」と述べ、「ある事業主が牛の糞を集めてバイオダイジェスターに入れ、バイオガス(メタン)を作る。それを見に発電所の運営者である別の事業主に売り、その人はスターリングエンジンを購入して動かし、電力を村人たちに売る」というモデルを、設計したことを解説しています。
第11章「静かなる革命──変貌し続けるバングラデシュ」では、「政治的な停滞(15年以上、新しいリーダーが誕生していなかった)とその結果生じた腐敗(官僚が入れ替わることはほとんどなく、彼らは並外れた力を独占していた)は、この国の経済発展を妨げる深刻な問題となっていた」とした上で、「自己中心的な政治家や、投資家をなかなか引きつけられない未発達の資本市場や、国の心までも食べ尽くしてしまうガンのような腐敗などにもかかわらず、バングラデシュはここ10年で大きく変わった。再生の力が退廃の力を上回ったのだ。政府のあり方とは関係なく、『静かなる革命』が国を変えつつある」と述べています。
本書は、バングラデシュを舞台に、世界を変革しつつあるストーリーの一部をドラマティックに語った一冊です。
■ 個人的な視点から
本書のプロデューサーの高野氏には、社会起業家関係の勉強会でお会いしたことがありますが、本書を読み終えてから、もしやと思って奥付を見るとやはり高野氏の手によるものでした。
英治出版の社会起業家やイノベーション関係のシリーズは面白そうなものがまだたくさんあり、これから読んでいくのが楽しみです。
■ どんな人にオススメ?
・ケータイは先進国のぜいたく品だと思う人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日
坪井 ひろみ 『グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援』 2008年03月12日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
■ 百夜百マンガ
超ロング作品のメインキャラを使ったスピンオフ作品ながら、全く違和感がないのはそれだけキャラの立ち方が強烈だからなのでしょうか。もう出てくるだけでおかしいです。
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2008年12月21日
横浜・寿町と外国人―グローバル化する大都市インナーエリア
■ 書籍情報
【横浜・寿町と外国人―グローバル化する大都市インナーエリア】(#1431)
山本 薫子
価格: ¥3990 (税込)
福村出版(2008/04)
本書は、「日本の三大『寄せ場』の一つとして知られる横浜・寿町とそこで暮らす外国人を取り巻く社会的世界について描いたもの」です。
第1章「寿町という街」では、「今日の寿町では大半の簡易宿泊所が生活保護受給者を宿泊させることによって安定した経営を図っている」上、「多くの簡易宿泊所では冷暖房やテレビ、エレベーターの設置など設備面の充実が進んでいるが、これも身体障がい者や高齢者を多く含む生活保護層の受け入れを前提としていることによる」と述べ、「寿町における簡易宿泊所経営そのものが生活保護受給者に見合うスタイルを志向し、生活保護制度と共存する方向で進められつつある」と指摘しています。
そして、「寿町が日雇い労働の自由労働市場としての機能を喪失しつつあることは事実である。かつて労働者だった人々の大半が現在は高齢化し、身体に障がいを抱え、生活保護を受給しながら生活している」が、「現役の労働者であった時代を思い出すことがそうした高齢者たちの自尊心を支えている」と述べています。
第2章「寿町で暮らす外国人、働く外国人」では、「外国人から見れば、日本での就労、寿町での就労はあくまでもいくつかある就労先の中から相対的に条件の望ましい場所を選んだにすぎない」とした上で、「寿町の外国人の大半は日本で定住や永住意思は希薄」であるが、「1990年代以降の経済不況の下では、多くの出稼ぎ外国人にとって来日当初の目的を達成して帰国することがそうたやすいことではなくなっていることも事実である」と述べています。
第3章「寿町の外国人を支える人びと」では、外国人支援団体のうち、初期のものは、「もともと『寄せ場』など都市下層において労働運動に取り組んできた人びとが、これまでの運動の延長線上に外国人支援を位置づけ、活動をスタートさせている団体が多い」とした上で、こうした支援活動が、当の外国人にとっては、「自分たちが『助けられる対象』、『支援・救援の対象』とみなされているとは思いもよらない」として、「支援団体と外国人当事者との間には意識のギャップが存在」していることを指摘しています。
そして、外国人たちの基本的な意識として、「自分たちの問題は自分たちで解決すべき(もしくは解決可能)という自負がある」と述べています。
第4章「日本人からの支援、外国人どうしの互助」では、1987年に結成された「カラバオの会」について、外国人たちと日本人ボランティアたちとの関係を、「支援・非支援」という枠組みで捉えるべきではなく、「むしろ、日本人や他国出身の外国人と知り合い、友情を深め合うことを目的として『カラバオ』へ足を運んでいる」と述べています。
第5章「グローバリゼーションのなかの寿町」では、「自国では大学やカレッジを卒業した人びとが海外では肉体労働者として働き、現地の低所得層に囲まれて生活する」という「立場の逆転」が南から北への労働力移動ではたびたび生じるとして、「本国では一カ月分の給料が移住先では一週間程度で稼ぐことができる。その代わり、現地の人々が厭うような仕事をし、肉体的にも非常に厳しい。ときに、人間以下の扱いを受けることもある。そのような状況はミドルクラスとしての誇りや威信をズタズタにする」ことを指摘しています。
そして、「本来『自由な個人』であるところの外国人たちが自らの『積極的な選択』にもとづいて決定した行動の結果が、移住先社会では都市最底辺とみなされる地域での就労、居住であったのだ」として、このような「下層への囲い込み」現象を生み出すものとして、「出身国の村までつながる外国人の間のネットワーク」に、「彼らが積極的な意味を見出していることは皮肉である」と述べています。
また、「韓国人、フィリピン人たちが寿町で日雇い労働者として就労可能であったのは、この街がすでに大きな構造j変容を迎えようとする時期と重なっていた」からであると述べ、「寿町の外国人と日本人との間で目立ったトラブルが起きず、外国人の存在が徐々に地域になじんでいった背景には、地域社会がもともと育んできたマイノリティの支援、受け入れといった取り組みも指摘できるだろう。『寄せ場』の特質として、来るものを拒まずに受け入れ、また必要以上は詮索しないという人びとの行動は、外国人とその家族をある程度の期間、定着させる基礎となった」と述べています。
第6章「変わりゆく寿町」では、寿町が、「『日雇い労働者の街』から『日雇い労働者は住めない街』になっている」という声を紹介した上で、現在の寿町は、「全体的に『こぎれいになった』ということができるのではないだろうか」と述べ、「『美化』の一方で、街が『おとなしくなった』という印象も受ける」としています。
そして、「現在、寿町で取り組まれている新たな『まちづくり』は、寿町がすでに『日雇い労働者の街から福祉ニーズの高い街へ変化した』ことを前提として進められている」とした上で、「時代は移り変わっても、寿町のような地域は社会の一定の層の人々につねに求められる場所であり続けるだろう」と述べています。
本書は、日本人にとってもあまり知られていない寿町のなかの、さらに人目に付きにくい外国人の姿を追った貴重な一冊です。
■ 個人的な視点から
田舎の人間にとっては、ドヤ街といってもなかなか想像が付かず、「あしたのジョー」の「泪橋」くらいしか思い浮かばないのではないかと思います。ジョーを慕う子どもたちも登場するあの街は単に下町というようにも見えてしまい、「日本一の日雇い人夫」こと星一徹の住む街と何が違うのかはっきりしませんが、ドヤ街は基本的に労働力である働き盛りの単身の男たちが集まった街なので、星一徹の街とは違うのではないかと思います。
コミケを前にして山谷にも外国人バックパッカーが集まり始めているようです。日本人が海外旅行をする際には、昼間でも観光客相手にあからさまなスリ、置き引き、強盗までが起こることに警戒するほどですので、そういう国から来た外国人にとってはドヤ街は「安くて安全な街」なのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・ドヤ街は腕っ節の強いオッサンの街だと思っている人。
■ 関連しそうな本
山本 雅基 『東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み』 2007年01月25日
エドワード ファウラー (著), 川島 めぐみ (翻訳) 『山谷ブルース』 2008年03月21日
横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
副田 義也 『生活保護制度の社会史』 2007年06月29日
三矢 陽子 『生活保護ケースワーカー奮闘記〈2〉高齢化社会と福祉行政』 2006年04月17日
風樹 茂 『ホームレス入門―上野の森の紳士録』
■ 百夜百音
【羞恥心】 羞恥心 オリジナル盤発売: 2008
娘の幼稚園のクリスマス会の出し物で、トナカイさんたちに踊ってもらいました。
私はシナリオ担当。ちなみに作曲は「完全無欠のロックンローラー」のアラジン高原。
昔、シブがき隊の「NAI NAI 16」の替え歌をウガンダか誰かが、「ないないない、
金がない、~でも恥ずかしくない」と歌っていたのをうっすら覚えているのですが、思い出せません。夕方の番組だったような気がします。誰かわかったら教えてください。
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2008年11月30日
世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック
■ 書籍情報
【世界をよくする簡単な100の方法 社会貢献ガイドブック】(#1410)
斎藤 槙
価格: ¥1500 (税込)
講談社(2008/4/19)
本書は、「社会貢献は大きな組織や、多額のお金が不可欠なのでは」内として、「毎日の行動の一つひとつを見直し、よりよい選択肢を選ぶことで、世界をよい方向に変えていく」という「一人ひとりの意思」による社会貢献のためのガイドブックです。
第1章「半径5メートルからスタート」では、「毎日食べるもの、着るもの、乗るもの、使うもの、買うもの、捨てるもの」などが、「すべてエコとつながっていることを考え、小さな社会貢献のアクションを提案」しています。
そして、「食物連鎖の高位に位置する動物」である人間が、「自然を征服するのではなく、自然と調和して生きる存在」として、「なるべく他の動物を殺さずに、世界の飢餓や環境に貢献し、そして身体にもよい野菜中心の生活を送る」ことは、「非常に理にかなったこと」だと述べています。
また、「環境への影響が少ない洗剤」の条件として、
(1)生分解性が高い
(2)水生生物への急性毒性が低い
(3)有機物の排出が少ない
の3点を挙げた上で、「1990年代には合成洗剤の使用をやめて石鹸に切り替えようとする運動」があったが、「現在では、石鹸のほうが環境への負荷が少ないとは必ずしもいえないというのが、定説になってきて」いるとして、「合成洗剤は(1)と(2)の点で好ましくないものの、(3)については石鹸のほうが、より好ましくないといわれるようになり」、「環境への影響を見たとき、すべての面で優れた界面活性剤は存在しない」と述べた上で、「市民の一人として、洗剤の使用量を減らすこと、生活排水を減らすこと、それから下水処理施設の普及を促すため自治体に働きかけることなどが大切」だとしています。
第2章「社会貢献カレンダー」では、「季節の風物詩、そして毎年恒例のイベントや記念日などを節目にして、流れていく時間を上手に意識してみる」として、「忙しい現代人でも簡単に、そして楽しく実践できる『節目』の見つけ方、過ごし方を提案」しています。
そして、「夏」の項では、「日本の気温は年々上昇するように感じられ」るが、「みながいっせいに打ち水をすれば、真夏の気温を少し下げられる」として開始された「打ち水大作戦」について紹介しています。
また、結婚式に関して、「自分の個性を表現する結婚式」の一つとして、「グリーン・ウェディングのトレンド」も生まれていると述べ、友人が所有する庭園に1年前から花を植え、「ダイヤモンド業界には環境面と社会面の問題が多いので、婚約指輪はパス」し、ドレスは、「将来もパーティーなどで着られるもの」、「飲料や食品はすべて地元の小さな店から調達」したという例を紹介した上で、環境に適したウェディングを考えるステップとして、
(1)何が不必要かを考えること
(2)できるだけオーガニックやリサイクルのものを使うこと
の2つのステップを紹介した上で、指輪について、「ダイヤモンド、金やプラチナは、労働者にとって非常に危険な、人権すら保障されない環境で採掘されること」があり、「児童労働、採掘による環境破壊」もあることを指摘した上で、「環境や社会を考慮する会社から購入すること」ができるとして、「紛争の影響がないカナダ産のダイヤモンドなど、フェアトレードが保障された宝石やリサイクル貴金属を使って、環境と社会問題に配慮した指輪を製造販売している「ブリリアント・アース」社を紹介しています。
第3章「あの人のために、誰かのために」では、「父親であることを楽しむ生き方」を広めようとするNPO、「ファザーリング・ジャパン」などを紹介したうえで、仕事と子育てを両立する上で深刻な問題である「病児保育」を提供するNPO、「フローレンス」を紹介しています。
また、「個人が変わると組織が変わり、やがて社会も変わっていく」という発想を、日本の企業人として発揮している人として、NECの鈴木均氏を紹介し、企業型リーダーの育成をめざすNPO、「ETIC.」と協働で立ち上げたプロジェクト、「NEC社会起業塾」を紹介しています。
第4章「NPOへの第一歩」では、「慈善事業は、大金持ちの専売特許」ではないとして、「世界を救うのに(ビル・)ゲイツや(ウォーレン・)バフェット(のように金持ち)である必要はない。アフリカを助けるのにアンジェリーナ・ジョリーやブラッド・ピットのように美男美女である必要もない。僕はそれを世界中に言いたい」という、「発展途上国の子どもたち日本を送り、図書館や学校の建設を支援しているNPO」、「ルーム・トゥ・リード」の設立者、ジョン・ウッド氏の言葉を紹介しています。
そして、「ボランティア活動団体などに寄付を出すに当たって、その団体やプロジェクトを詳しく調べて効果やリスクを評価し、寄付の提供後も、どんな成果を出したかについて説明を求めていく」特徴を持ち、「場合によっては、成功するプロジェクトの立て方や財務管理の方法といった部分で、会社経営の経験者ならではの支援やアドバイスを提供していく」、「ベンチャー・フィランソロピー」について、その典型例として、1997年にシアトルで設立された「ソーシャルベンチャー・パートナーズ」を紹介し、2005年には、日本にもSVPの支部として、「ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京」設立されたと述べています。
第5章「ビジネスからの社会貢献」では、U2のボノが旗振り役として2006年に立ち上げたプロジェクト「RED(赤)」について、「世界を代表するメーカーなどがREDブランドの商品を開発して発売し、売り上げの一部を世界エイズ・ケッカク・マラリア対策基金に寄付する」と決めたと述べ、そのユニークな点として、「決してNPOではなくて、あくまで営利企業のプロジェクトだという点」を挙げています。
また、「これまでなら、民間企業は営利拡大を追及する組織。NPOは社会改善に努める組織という区別」があったが、「既存の枠に囚われない社会起業家たちは、この線引きをなくしつつ」あると述べています。
第6章「企業の社会責任(CSR)に取り組む」では、CSRや社会事業という発想は、日本には昔からあったとして、江戸時代初期に住友グループの祖となる住友家を興した初代・住友政友が、「いやしくも浮利に趨(はし)り軽進すべからず」という商人の心得を家訓としたことや、江戸中期の近江商人、中村治兵衛が、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の心得を残したことなどを紹介しています。
第7章「自分を活かす法【スキル編】」では、「自分なりの社会貢献を探す方法」として、
(1)自分の特技や能力を役立てること
(2)素直な気持ちに耳を傾けること
の2つの着眼点を挙げた上で、映画『パッチ・アダムス』のモデルとなった実在の医師、パッチ・アダムスなどを紹介しています。
本書は、社会に何か貢献したい、という思いを持った人に、その思いは思い立ったその日から実現できることを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
とりあえず、本のつくりとしては、100個並べてみました、というものではあるものの、章によってテンションの高さがまるで違ったり、踏み込み方が異なっているのに戸惑いました。
もしかしたら、あちこちに書いた文章をもとに下手くそな編集者が「100」という雑な括り方をしたのかもしれませんし、本人が間に合わせに書いた文章を編集者がそのままスルーで世の中に出してしまったのかもしれませんが、あくまで「100のエピソード」を収めたというだけで、100というボリューム感も網羅感もなく、ダラダラとした印象です。
せっかく良い内容なので、才能のある編集者にリメークしてもらったら傑作になるかもしれないと感じました。
■ どんな人にオススメ?
・世の中をよくする方法を探している人。
■ 関連しそうな本
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
斎藤 槙 『企業評価の新しいモノサシ―社会責任からみた格付基準』
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
■ 百夜百音
【かぐや姫ベスト】 かぐや姫 オリジナル盤発売: 2008
80年代には「四畳半フォーク」という言葉は揶揄の対象でしたが、世代が一回りすると、ノスタルジーとともに、ある種のロマン的な雰囲気として再評価されているような気がします。「神田川」の場合にはさらに狭くて「三畳一間」なのですが。
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2008年10月17日
日本のNPO史―NPOの歴史を読む、現在・過去・未来
■ 書籍情報
【日本のNPO史―NPOの歴史を読む、現在・過去・未来】(#1366)
今田 忠
価格: ¥2500 (税込)
ぎょうせい(2006/06)
本書は、「主として民間公益組織を取り上げ」、「民間強敵組織の代表的なものとして協同組合と町内会・自治会も取り上げている」ものです。著者は、「NPOをこのようにとらえれば、日本にはNPOの長い歴史がある」と述べています。
第1章「日本の民間非営利組織の源流」では、「現在のNPOおよびフィランソロピーの源流は江戸時代に遡り、江戸時代後期には現在の公益法人の原型も現れる」と述べています。
また、農村部を中心の行われてきた「結(ゆい)や各種の講」に関して、「結の語源は沖縄のユイマールで、友達や友愛を意味する言葉である」と解説しています。
第2章「近代国家の建設」では、明治に入り、「みんぴに公益法人の制度が規定され、江戸時代から続いた組織が法人化され、また福祉・教育などの分野で新しい社会的起業家が生まれてきた」と述べています。
そして、明治初期の病院が、「藩立病院として発足したものが多いが、藩立病院は西日本に位置し、東北・関東・甲信越地方には個人又は地元有志の醵金によって病院が設立された」として、新潟の共立病院、宮城の共立社病院、山形の済生館病院、福島県白河の仮病院、千葉の共立社病院、青森や秋田の会社病院などを挙げています。
また、日本赤十字社(博愛社)について、元老院議員佐野常民と大給恒が、明治10年の西南の役の際に、「両軍に多数の死傷者が出るという悲惨な状況に対応するため、ヨーロッパの赤十字と同様な戦争・紛争時の傷病者救護を行う組織の設立を企画した」と述べています。
さらに、「文部省開設前から各地で独自の学校設立が始まっていた」として、「京都では明治2年から翌年にかけて市の64の町組に小学校が設立された」ことを挙げ、これらが「学事のためだけでなく、同時に地域の福祉・文化・治安などの役割も似ない、現在のコミュニティ・センターのような存在でもあった」と述べています。
このほか、「明治に入っても多くの経済人によって民間公益活動が支えられた」として、渋沢栄一などのフィランソロピストを紹介しています。
第3章「大正デモクラシーから国家総動員法・戦時体制へ」では、「戦前の公的なボランティア」として、大正7年に大阪で始められた「方面委員」について、大正10年に設立された財団法人大阪府方面委員後援会が、27万円の原資から、当初利子を充当する計画を立てたが、経済界の重鎮・山岡順太郎が、「27万円元利とも使い切ること」を主張し、「27万円の資金を使い果たして、その補充の金が出来んような方面事業なら、その時限りやめてしもうたらよろしい。もしこの事業が世の中のために必要欠くことのできないものやったら資金は自然に集まりますやろ」と述べ、資金が底をついた昭和3年に基本金の募集を行ったところ、100万円を越える寄付金が集まったと述べています。
また、「この時期には関西で経済界のフィランソロピーによる学校が設立されている」として、「昭和3年に設立された灘中学校も、酒造家の加納治兵衛らの灘育英会により開設されたもの」だと述べています。
さらに、「この頃のフィランソロピーには皇室からの資金が大きな役割を果たしている」として、恩賜財団済生会など、「皇室の下賜金を呼び水として民間からの寄付金を募る方法が取られた」と開設しています。
第4章「終戦から高度成長の始まりまで」では、「1940年代後半から1950年代にかけて企業及び企業家による財団が設立されるように」なり、その多くが奨学金を支給する財団であったことに、「戦後の混乱期にあって、若い人材に将来を託した企業家の心意気が感じられる」と述べています。
また、GHQが「町内会・部落会を廃止する意向が強かった」ために、内務省令によって、町内会・部落会による行政的事務が市町村へ移管され、ポツダム政令15号により「町内会部落会又はその連合会などに関する解散、就職禁止その他の行為の制限に関する件」によって解散させられ、類似組織も含めて禁止されたが、「解散後3ヶ月以内に8割近くが名目を変えて復活し、実態としての町内会は存続し、多くの地域では行政の末端的な役割を果たしていた」と述べています。
第5章「高度成長期」では、公益法人の設立について、法律的には定められていなく、「極端に言えば、主務官庁の担当者の裁量による」ものであったと述べています。
そして、1960年代半ばからの高度成長期後期の住民運動の特徴として、「コンビナート建設に代表される大規模開発プロジェクトに反対する住民運動」を挙げ、1964年の沼津・三島市・清水町における石油コンビナート建設反対運動の成功を典型的な例として挙げています。
また、フィランソロピーに関して、日本の助成財団の中で「日本財団の助成額は桁外れに多額である」と述べ、1962年に財団法人日本船舶振興会として設立されたものが、「時代の要請とともに、海洋船舶事業だけでなく、公益・福祉事業、ボランティア支援事業、海外協力援助事業など、幅広い公益活動に支援を行うようになった」と述べています。
第6章「高度成長の終焉と市民公益活動の活性化」では、「1990年代になると、NPOという用語が用いられ始め、NPOの法人格ということが語られるようになってきた」として、1993年3月にはNPO研究フォーラムが設立されたことを述べています。
そして、1980年代にNGOの設立件数が急増したことについて、この時期の特徴として、
(1)主婦の参加
(2)欧米に本部のある国際NGOがいくつも登場したこと
(3)開発教育・地球市民教育への関心の高まり
(4)アドボカシーを主目的とした団体が活発になり始めたこと
(5)NGO間のネットワーク化
の5点を挙げています。
第7章「構造改革期と阪神・淡路大震災」では、「阪神・淡路大震災時にボランティアの活動が救援活動に大きな力となったことから、1995年が『ボランティア元年』と呼ばれるようになった」とともに、「被災地で活動した多くのボランティアの中から日本のボランティアを支える有能な人材が生まれ」、彼らは「神戸ブランド」と呼ばれ、「リーダー的存在として全国にボランティアの輪を広げて」いったと述べています。
また、1994年に日本新党と与党3党(自民、社会党、さきがけ)の議員の間で議論が活発化し、自民党がNPOに賛成することになった要因として、「介護保険制度が実施された場合、サービスの提供をNPO法人で低廉でできるよう考えた」ことを指摘しています。
さらに、「NPOの活動が充実発展していくためには、個別のNPOを支援するサポートセンターが不可欠である」として、1998年のNPO法制定以後、全国に設立されたNPO支援のサポートセンターについて解説しています。
第8章「NPO法の成立後──ネクストソサエティ」では、2001年に行政改革推進事務局が「公益法人制度の抜本改正の必要性」を提言し、2003年には、「公益法人、中間法人、NPO法人を1つの非営利法人に統合するという政府の方針が明らかになってきた」ことなどを解説しています。
また、NPOでもっとも大きな課題として資金不足を挙げた上で、「最近はNPOに対して助成を行う助成機関や行政も出てきたし、市民が市民活動を支える市民ファンドをも出てきた」とともに、「NPOに対する融資制度も少しずつ整いつつある」と述べています。
本書は、「特定非営利活動法人」という狭い意味にとらわれず、広い意味での日本の非営利組織の歴史をわかりやすく解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
NPO法以前の日本の非営利組織というと、町内会などの地縁組織や社会福祉法人などが挙げられることが多いですが、本書の面白かったのは、近代の日本の「社会起業家」を何人も紹介していることです。既存の制度がなかったため、制度の枠に乗るのではなく、課題を解決するためにイノベーションを起こすしか方法がなかったのだと思いますが、非常に刺激的です。
■ どんな人にオススメ?
・日本の「NPO」は歴史が浅いと思っている人。
■ 関連しそうな本
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
■ 百夜百マンガ
先日、柏のイベントでファンキー末吉をバーべQ和佐田をバックにサンプラザ中野くんがステージに立ったそうです。見たかった・・・。
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2008年06月06日
アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡
■ 書籍情報
【アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡】(#1233)
妹尾 堅一郎
価格: ¥790 (税込)
アスキー(2007/11/12)
本書は、「秋葉原クロスフィールド『産学連携機能』のプロデューサーとして、産学連携を軸とした先端技術による産業創出・活性化の拠点形成を進展させている」著者による、「アキバの午睡」を楽しむ一冊です。これは、「中世の頃、高野山には全国から多様な人が常に訪れるので、お坊さんは昼寝をしながらでも世間の動向を把握できた」という「高野の午睡」をもじっています。著者は、アキバを「伝統ある『テクノロジーの高野山』であり、『マニア文化(サブカルチャー)の高野山』である」と述べ、「そういった街をぐるりと歩くだけで、世界の最先端の動向を知ることができる」と述べています。
第1章「変貌をとげる『アキバ』」では、JR秋葉原駅の北側の、かつて”やっちゃ場”(青果市場を指す下町言葉)である神田市場があった区画に、国鉄秋葉原貨物駅の跡地を加えた土地を、東京都が「再開発に提供し、それを基点としていったいの再開発を提案した」ことから、「日本の最先端IT拠点」が整備されたことを解説しています。
そして、2001年に12~13万人の乗降客数だったJR秋葉原駅が、2007年には20万人程度に激増し、周辺の3駅(地下鉄日比谷線秋葉原駅、銀座線末広駅、つくばエクスプレス秋葉原駅)を加えると、「25万人を超えるのではないか」と言われるようになったと述べています。
また、ここ3年ほどでアキバのサブカルチャーが全国レベルで急激に知れ渡った要因として、
(1)フィギュア
(2)メイドカフェ
(3)電車男
の3点を挙げています。
著者は、秋葉原ダイビルの5階から15階までの11フロアを使った「産学連携機能」のプロデューサーとして、「先端技術を軸とした産業創出・活性化の拠点づくり」として、「秋葉原クロスフィールド」の創設に関わり、現在では、産学連携機能の充実と、秋葉原地区全体の活性化に携わっていると述べています。
そして、著者が当初ビルオーナーから「コーディネーター」を依頼されたが、「関係者の利害の調整役」であるコーディネーターでは、「平均的な案はつくることはできても、斬新な案を提示し、それを実施に移すことはやりにくい」として、「プロデューサーなら引き受けます」と答えたこと、そして、プロジェクト開始時に、
(1)産業活性化に「地域」は何が貢献できるか
(2)街づくりに「技術」は何が貢献できるか
の2点を自問したと述べています。
第2章「秋葉原とアキバ テクノとオタクの街の特徴」では、秋葉原の特徴として、
(1)交通利便性と知の集積性・・・秋葉原は知的なラインが結ばれている。
(2)知の三角形・都市の三角形・・・秋葉原は理系の心の故郷
(3)都市特性・・・エッジ、ディストリクト、パスノード、ランドマーク
の3点を挙げています。
そして、秋葉原の本質「アキバらしさ」について、
(1)徹底集積
(2)新旧融合
(3)構成の多重性
の3点を挙げています。
また、著者らが、秋葉原を「アキバ」と呼ぶ言葉の意味として、
(1)エリア名としての秋葉原の略・・・戦前は「あきばっぱら」と呼んでいた。
(2)秋葉原駅の近辺全体を秋葉原と呼ぶのに対して、電気街を中心にした商店街の中核地域を「アキバ」と呼ぶ。
(3)「アキバ」街区の物理的な空間の中から立ち上る、精神的な空間を”アキバ”と呼ぶ。
の3点を挙げています。
第3章「秋葉原クロスフィールド構想」では、「基本的な産学連携機能を、技術開発から事業家に至るまでのプロセスを軸に整理し、『2つの連携、3つの支援、2つの交流』として構成」したとして、
(1)2つの連携――産業創出素材の導出:大学主導の産学連携と産官主導の産官学連携の2つの連携が組み合わさるように、公的研究所や企業の研究機関を招いた。
(2)3つの支援――産業創出・活性化のリスクマネジメント:人財育成リスクの低減、ベンチャーリスクの低減、テクノロジー、特にIT開発検証リスクの低減
(3)2つの交流――産業創出・活性化への環境構築:技術関係者が交流を行なう「場と機会」の提供として「プレゼンテーション&デモンストレーション・スペース」「アキバテクノクラブハウス」を組み込む。
の3つの機能を上げています。
また、地域とベンチャーの関係のよくある議論で疑問視している点として、
(1)ベンチャーの成長段階を理解していない。
(2)米国のベンチャーの生態系を、そのまま日本に持ち込めば何とかなるという誤解が、多くの自治体にいまだに残っている。
(3)技術基点型のベンチャーとマイクロビジネスを区別しない議論。
の3点を挙げています。
第4章「秋葉原テクノタウン構想」では、「テクノタウン構想」の柱として、
(1)インキュベーション:秋葉原の資源である「技術」を活用した様々なアトラクション(サービス・商品)により、街全体が”テーマパーク”となる街づくり構想
(2)プロモーション:大学などの研究機関から民間への技術移転や共同研究のきっかけを作るための、「先端技術の産直市場」を構想。
(3)エデュケーション:次世代の技術人財育成のために、科学技術をテーマとした「体験教育(ハンズオンラボ)」と「実演販売(デモンストレーションショップ)」を主体とした”場と機会の提供”を目指す。
の3点を挙げています。
そして、2005年には、「アキバ・理科室2005」を内田洋行とラオックスと共催、「アキバ・ロボット文化祭2005」をクロスフィールドで開催、2006年に開催した「アキバ・ロボット運動会2006」では、有料イベントで1万7千人の動員を挙げ、アキバの動員記録を打ち立てたと述べています。
第5章「安心して楽しめる街づくりへ」では、「なぜ、アキバを24時間タウンにしないのか」という考え方に対し、夜10には裏通りはひっそりしてしまうアキバを「健全なるオタクの街」であり、深夜まで明るい街にすることで、飲み屋や風俗が増え、「そのスジのお兄さんたちが湧き出てくることで、「得るものと失うものを比べれば」ば、「アキバを『健全なるオタクの街』に留め置くべき」だと述べています。
また、旧万世橋駅や交通博物館があった万世橋地区の再開発について、もともと、「現在の中央線の東京川の起点」であり、「田舎から上京してきた人たちにとって、この須田町近辺こそが東京の中心地だった」と述べた上で、「万世橋」を、秋葉原の「ホワイエ」とする、
(1)多世代交流・次世代継承
(2)異業種交流・新事業創出
(3)多地点交流・次経路誘導
の3つのコンセプトを体現する”場と機会”を提供する「集客・誘導ゾーン」として構成すべきだと述べています。
そして、万世橋地区を、
(1)電気街にとっては「電気街への誘導機能」
(2)万世橋地区そのものとしては、「人々が楽しむ集客機能」
(3)秋葉原地域全体にとっては、「秋葉原地域の全体価値を向上させる価値付与機能」
であると整理しています。
本書は、著者のアキバへの思いが詰まった一冊です。
■ 個人的な視点から
「アキバ」と言ったときに、子どもの頃にいった交通博物館と電気街は一体になって記憶されているのですが、藪蕎麦に代表される、あの辺りの古い東京の雰囲気も、再開発で失われてしまうとしたらもったいないです。
■ どんな人にオススメ?
・アキバは単なる「萌え」とオタクの街だと思っている人。
■ 関連しそうな本
奥野 卓司 『ジャパンクールと江戸文化』 2008年01月06日
妹尾 堅一郎 『知的情報の読み方』 『グリッド時代 技術が起こすサービス革新』
アキバ経済新聞 『アキバが地球を飲み込む日―秋葉原カルチャー進化論』
森川 嘉一郎 『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』
隈 研吾, 清野 由美 『新・都市論TOKYO』
■ 百夜百マンガ
バード・ウォッチングを題材にした作品というのも滅多に目にしないと思いますが、子どもの頃は「動物記」モノが好きな人は結構いたような気がします。
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2008年03月24日
日本の貧困研究
■ 書籍情報
【日本の貧困研究】(#1159)
橘木 俊詔, 浦川 邦夫
価格: ¥3360 (税込)
東京大学出版会(2006/09)
本書は、「日本において、貧富の格差が拡大している」として、この「深刻な社会問題」である「貧困層の増大」に焦点を当てて、「包括的に分析するもの」です。
第1章「日本の貧困の歴史」では、「戦争による貧困がいかに人々の生活を悲惨なものにしたか」について、1945年の国民1人当りの栄養摂取量が1,793カロリーで必要摂取量の83%であったものが、47年にはそれが47%まで低下したことを挙げ、「当時の日本人は絶対的貧困の中にいたし、その深刻さも並外れたものだった」と述べています。
そして、高度成長期とそれ以降の安定成長起因は、「貧困が世の中から消えたと思わせるほどに、貧困率は低下した」と述べ、「それにつれて貧困研究も冬の時代を迎えることとなった」理由として、
(1)高度成長経済は大半の国民の所得を上昇させたので、所得で定義される貧困線以上の所得を稼ぐ人の数が増加し、逆に貧困ライン以下の所得しか稼げない人の数が減少することは、自然のことである。
(2)高度成長の時期は所得分配の平等化が進行した。
(3)この時期は日本の社会保障制度が飛躍的に発展した。
(4)それまでの日本の貧困研究が絶対的貧困を中心になされていたとともに、貧困を生む1つの要因である社会の階層化が、高成長によって鮮明でなくなり、階層化論から貧困を研究することもなくなった。
の4点を挙げています。
第2章「先進国の貧困」では、「貧困率が突出して高い」国としてアメリカと日本を挙げ、次いで南欧諸国とアングロ・サクソン諸国が続くと述べる一方で、「中欧諸国の貧困率は平均よりもやや低く、最も低い貧困率は北欧諸国で示される」と述べています。
また、「イギリスで最初に最も影響力のある貧困研究として現れた」Rowntreeについて、「後の世において『絶対的貧困』と呼ばれる貧困の定義の提唱者」であると述べています。
さらに、スウェーデンとデンマークの国民の間に自由と平等の思想が強固である理由として、
(1)協同組合の創生と発展。
(2)参加型の経営が基本になっている。
(3)共同体で生きることの意味をよく心得ている。
(4)国民の間で社会民主党の政治への信頼が強い。
(5)もともと国民の間に階級社会という顔がさほどなかった。
(6)政治家を含めた知的指導者、さらに経済学者、思想家、実務家の役割も無視できない。
(7)公共部門と国民の間の信頼感が強い。
(8)民間部門が福祉を担当すると、サービスの提供にゆがみが生じる、という危惧を国民は恐れている。
の8点を挙げています。
第3章「日本の貧困」では、「90年代以降における日本の貧困の推移に焦点をあて」、
・なぜ貧困は増加しているのか
・貧困に陥っている世帯にはどのような特徴がみられるのか
・貧困の削減に向けてどのような方策が有効であろうか
等の諸問題に対する分析を試みるとしています。
そして、現在の日本の姿について、「相対的貧困の概念で貧困を定義してもかなり貧困ラインは低く設定されている」として、「低い貧困ラインであるにもかかわらず、およそ6世帯に1世帯が貧困ライン以下にある」ことを指摘しています。
また、「核家族世帯や三世代世帯において世帯主の労働所得しか稼得所得がないケースでは、貧困になる確率が相当上昇する」と述べています。
著者は、分析結果より、「90年代半ば以降、多くの貧困指標において貧困レベルに上昇が見られ、日本の貧困が全体として拡大中であることが確認された」と述べています。
第4章「生活保護制度の貧困削減効果」では、「労働力人口として働くことが可能な年代の人に、生活保護受給がほとんどなされていない理由」として、
(1)働く場所のない失業者には、雇用保険制度からの失業給付があるので、次の職が見つかるまでの所得保障制度は用意されている、との認識が世間一般にあること。
(2)身体も精神も健常で働くことの可能な年代の人に対しては、たとえ生活保護受給の申請があったとしても、「まずは仕事を見つけなさい」と説得を重ねて、当局が申請を受理・認可しないケースがある。
(3)生活保護制度は、家族・親族からの経済支援を受けることが可能な人を排除している。
の3点を挙げています。
そして、本章において、「家計が最低限度の生活水準を満たすための収入額を世帯類型別に貧困ラインとして設定し、貧困を絶対的に定義することを試みる」としています。
また、わが国の捕捉率が非常に低い理由として、
(1)相当厳格な資格審査、所得調査、資力調査(ミ-ンズ・テスト)が課される。
(2)家族・親族に経済支援の能力があれば、生活保護の受給資格が認定されない。
(3)そもそも生活保護制度に対する十分な情報を低所得世帯が入手できておらず、そのことで申請に二の足を踏んでいる可能性が高い
(4)恥の文化によるのか、なかなか権利を行使しない人が多い。
の4点を挙げています。
著者は、公的扶助の効率性について、カナダ、ドイツ、スウェーデン、イギリス、アメリカとの比較において、「日本は6か国中最も低い効率性である」と指摘しています。
第5章「"貧困との戦い"における最低賃金の役割」では、「住宅特別扶助を生活保護支給額に組み入れた場合、生活保護支給額が最低賃金額を上回っているケースがあること」について、この事実が、
(1)生活保護制度による支給額は、人が最低生きていけるだけの生活費保障を念頭にして算出されているが、最賃が生きていくだけの生活費を支給していないと理解することが可能である。
(2)最低賃金を受け取る人は労働をしているのに対して、生活保護を受けている人は労働をしていない人が圧倒的に多い。
の2点から異常であると指摘しています。
また、最低賃金が賃金分布に与える影響として、「最低賃金を10%上昇させた場合は貧困世帯のうちの約5%、15%上昇させた場合は約6.5%が貧困ラインを脱出できる」と試算しています。
第6章「人々は貧困をどのように捉えているのか」では、「人々の『貧困』に対する考え方にどのような特徴がみられるかの検証をアンケート調査を用いて」行ない、「人々の『貧困』に対する考え方は、所得分配をどのような公正概念で理解しているか、論点とも密接なつながりをもつと考えられる」と述べています。
そして、「経済的資源や経済活動の成果をいかに分配するかという判断基準」として、
(1)貢献に応じた分配
(2)必要に応じた分配
(3)努力に応じた分配
の3点を紹介しています。
著者は、本章において明らかになった点として、
・分布内における自分自身の位置に関する情報があらかじめ明示されていないケースでは、最も恵まれない人の利益を最大にするような分配を望ましいと判断するロールズ型の倫理基準に支持が強かった。
・相対的貧困回避型の倫理時基準に対する支持が、絶対的貧困回避型を上回った。
等を挙げています。
第7章「所得格差の拡大と貧困」では、「グループ内所得格差が小さい大手企業、官公庁の方が、グループ内所得格差の大きな自営業よりも富裕層である割合が高い」ことを指摘し、「いわば、大手企業、官公庁は、90年代においては、他の世帯業態と比べてローリスク・ハイリターンの特徴を持っていた」と述べています。
また、「母子世帯、世帯主が非正規労働者の世帯、世帯主が無職の世帯などで、90年代半ば以降、自らの集団と上位集団との所得格差が拡大している」ことや、「就労世代の単身世帯、若年世帯においては、95年から01年にかけて自らの集団と上位集団との所得分布の重なりの程度は、わずかではあるが増加した」ことなどを明らかにしています。
第10章「岐路に立つ日本社会」では、実証結果より、「所得という金銭上の問題だけでなく、住宅の質、家族や社会との関係が、人々の満足度に影響があるという事実」等を明らかにしたと述べています。
本書は、格差拡大をめぐる議論が盛んななか、見えにくくなった「貧困」を見つめる目を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
日本は、終戦直後のどん底の貧困をあらゆる階層が経験しているためか、「豊かになった、あの頃よりましだ」という思いを共有できてきたために、貧困が大きな問題にならなかったのでしょうか。
その意味では、戦後の貧困を知らない世代が社会の大半を占めるようになった現在、貧困や格差の深刻さに今更ながらに気がつかされた、ということなのでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・自分は貧しくないと思っている人。
■ 関連しそうな本
橘木 俊詔 『アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん』 2007年08月02日
橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
橘木 俊詔, 森 剛志 『日本のお金持ち研究』 2006年06月13日
■ 百夜百マンガ
ちょっとヘビーなSF作品の連載が長く続いてしまったためか、初心に帰ったような恋愛モノにちょっとだけ戻ってきました。読み切りのときの「変」の衝撃は大きかったです。
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2008年03月21日
山谷ブルース
■ 書籍情報
【山谷ブルース】(#1156)
エドワード ファウラー (著), 川島 めぐみ (翻訳)
価格: ¥770 (税込)
新潮社(2002/03)
本書は、著者が、「1989年から1990年にかけて頻繁に山谷に通った16ヶ月間と、山谷に住み込んだ1991年の夏の経験」に基づき、
(1)山谷とその住人を徹底的に詳述することで通俗的な概念とはやや相容れない日本の側面を紹介すること。
(2)日雇い労働者と山谷在住・在勤者を描写して上記の記述を補うこと。
(3)日雇い労働者にとって仕事がいかに重要かを強調するために、路上生活の場ではなくれっきとした職場としての山谷に焦点をあわせること。
(4)ただの統計屋調査ではなかなか理解できないこの土地の味を出すため、山谷での個人的な体験を提供すること。
の4点を目的としたものです。
著者は、好奇心から山谷の飲み屋の日雇い労働者たちにカメラを向けたことで、手痛い一撃を喰らい、このことをきっかけに、「できる限り学び取ろうと定期的に山谷を訪れるようになった」と述べています。
第1章「舞台」では、「東京きっての荒廃地区」といわれる山谷が、1950年代末から1960年代初頭の全盛期には1万5千人に上る日雇労働者が住み、現在でも「宿」を反対から読んだ「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊設備を持つこと等の概要を説明したうえで、「非住民」にとっては、「山谷は個人の不摂生や過失のせいで人生に失敗した男たちの不潔な吹き溜まり」であるのに対し、「住民」にとっては、「避難所」であり、「どんなに小さかろうが再出発の可能性がつかめるかもしれない場所」であり、「交通の便が良く、酒、ギャンブル、お手軽なセックス、匿名性、それに何よりもすぐに手に入る収入の魅力が、解雇された労働者、地方出身のはぐれ季節労働者、借金取りから逃げ回る男、ばくち狂い、元詐欺師、元ヤクザを惹きつける」と述べています。そして、「山谷など寄せ場は国籍、民族、社会身分のために長い間差別されてきた人々の住処でもある」として、「不均衡に多い韓国人、中国人を始めとするアジア人、沖縄出身者、アイヌ、現在は集合的に被差別部落民と呼ばれる賎民の子孫が住んでいる」と述べています。
また、「山谷最大の特色と本当の意味での中心部」として、「週末もほとんどの休日も関係なく毎朝5時(もっと早い場合もある)から7時まで数百人から千人を数える男が数ダース、いや百人入るかもしれない手配師の誰かが頷いて仕事をくれるのを期待して集まってくる」と、寄せ場の様子を紹介しています。
さらに、ドヤ街について、第二次世界大戦後の数年間は大部屋式の宿泊施設と、「一段が大体一畳分で上下二段に重ねられ」、現在の「カプセルホテル」の発想の元になったと思われる「蚕棚」が一般的であったと述べたうえで、宿泊設備については、
(1)ベッドハウス:二段ベッドが備えられた相部屋
(2)個室式:家賃はベッドハウスの二倍
(3)ビジネスホテル:鉄筋コンクリート造りでセントラルヒーティングとエアコンを誇る
の3種類について詳述しています。
第2章「生活」では、「山谷在住または山谷内外で仕事をしている人々と1989年の秋から1991年の夏にかけて交わした」会話を紹介しています。
30代後半の日雇い労働者は、高校卒業後、大企業で働いていたが、地方支社への転勤を断って退職した過去を語り、「そういう会社を一度辞めたら、同じ仕事を他の会社で見つけるのはまず無理だ。目標を下げなければならない。時には相当、低くしなければならない。血の通っているものならたいてい雇ってくれる会社にまで、ということだ」、そして、「親父があの時、死なずにいてくれたらよ。大学にさえ行っていたら今頃は羽振りの良い会社で簡単な仕事について、人並みに身を固めて、お袋を喜ばせることができたろうに」と方っています
また、組合「山統労」の幹事の男は、大学時代、付き合っていた女の子を妊娠させてしまったことから退学し、「山谷以外に行く場所は思いつかなかった」と語っています。同じく、山統労の幹事の男は、大学卒業直前に、「東京のど真ん中で男たちが寒さと飢えで死んでいるというのを読んで、見に行くことにした」ことをきっかけに、「気がつくと遊び半分で日雇い労働者として働いていた」と語っています。ライター、編集者である活動家の男は、学生運動にのめりこみ、「東京の山谷というところで男が餓死した」ことを新聞で読み、「この目で確かめないわけにはいかなかった」ので歩き回っているうちに、「何がどうなったのか気がつく前に、やくざのような男に引っ掛けられ、飯場に引っ立てられた」、「建設現場収容所の強制労働だ!」と語っています。横浜の寿町で会った組合の指導者は、「こんなに長くここに住んでいると本当にいろいろな人に接するから、日本社会の何たるかがよくわかってくる」として、「厳しい差別の被害者が多い」と語り、「日本人男性の約1パーセントが一生に一度はこのような寄せ場で働く」というが、「生徒が百人いる学級で、俺がその一人なんだろうな」と語っています。
さらに、城北福祉センターの職員は、「普通わからない、ここの生活のもう一つの特徴」として、「ルンペン労働者階級の中にあるヒエラルキー」を挙げ、
(1)トビと職人:頂点にあり、稼ぎは多く、肩で風を切って歩き、大名であるかのように振舞う。
(2)土方:普通の、特別な技術を持たない労働者で賃金はかなり低い。
(3)アオカン者:いろいろな理由で働けない、あるいは働かないために、路上生活を余儀なくされている人たち。
の少なくとも3つの、「はっきりと異なる階級」があると語っています。
この他、三井信託の銀行員だった70代前半の日雇い労働者は、自分の母親が駆け落ちして出て行ってしまっていたことを知ったショックから、放蕩成果を始め、「ありとあらゆる種類の女とかかわり始め、酒に溺れ、大金を使い果たし」た末、「結局、三井の資金に手をつけたところを捕まり、これで仕事がダメに」なり、「家族からは勘当され、妻には離婚された。僕はおしまいだった」と語っています。そして、山谷に流れつき、ドヤの事務員などを務めた後、上野公園を住処とした浮浪者の仲間に入り、レストランやバーを巡って、残り物の料理と酒を集め、取材をしていた読売新聞の記者に「発見」されたことで、「他紙に自分のコラムを持ったり、多数の有名人と知り合うきっかけ」になり、「遠藤周作のようなインテリとも酒を酌み交わす仲」になって「『文化人』を相手にする彼の対談集にも」出ていると語っています。
また、釜ヶ崎のあいりん福祉センターで日雇い労働者の相談員を勤める漫画家は、「心に残る話を聞かせてくれる人たちに会い始めてから、その話は保存の価値があると思った」ことをきっかけにマンガを描き始めたと述べ、「寄せ場の面白さは、主流社会からどんなに隔離されているように見えても、残酷なくらい正確にそれを反映するところだ」と語っています。
第3章「活動」では、山統労が後援する「山谷(ヤマ)を知るつどい」等の労働組合の活動の様子等を紹介しています。
第4章「儀式」では、山谷で行われる「四大祭り」やヤマの男の葬儀の様子が紹介されています。
第5章「仕事」では、1991年の夏に、実際に山谷に住み込み、日雇い労働者として工事現場で働いた経験が日記風に語られています。
本書は、日本に長く住む日本人にも実態が知られていない山谷の住民の姿を伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
山谷と言えば泪橋、泪橋といえば「泪橋を逆に渡れ!」で知られる『あしたのジョー』ですが、今は川も埋め立てられてしまって泪橋は地名としてしか残っていないそうです。
著者が滞在した1990年代初め頃は、欧米人は珍しかったようですが、2002年のサッカーのワールドカップをきっかけに、今では欧米のバックパッカーが安宿として多く利用しているらしく、著者が再訪しても「おい!ガイジン」と珍しがられることはなくなっているようです。
■ どんな人にオススメ?
・山谷というと岡林信康を思い出す人。
■ 関連しそうな本
横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
山本 雅基 『東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み』 2007年01月25日
大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
■ 百夜百マンガ
今となっては、プロレスラーの名前の方が有名ですが、当初はこんな「原作」というかネタ元があったようです。タイガーマスクの二番煎じといえなくもない。
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2008年03月12日
グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援
■ 書籍情報
【グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援】(#1147)
坪井 ひろみ
価格: ¥1890 (税込)
東洋経済新報社(2006/02)
本書は、バングラディシュのグラミン銀行の女性を中心に、「マイクロクレジットとかかわることで、生活の質を高めようと、懸命に生き、挑戦する女性たちの姿を、具体的に伝えようというもの」です。
第1章「マイクロクレジットとは何か」では、マイクロクレジットを、「貧しい人々を対象に、フォーマルな少額融資を行い、彼らの生活が成り立つように促す仕組み」であると述べ、これまで、「融資の対象と見なされず、まともに相手にされてこなかった」貧しい人々にこそ融資するのだと述べています。
第2章「グラミン銀行誕生と貧しさの基本的な考え方」では、「グラミン」とは、ベンガル語の「村の」を意味し、1976年に、チッタゴン大学の経済学部長であったムハマド・ユヌス博士によって始められた貧困削減プロジェクト「グラミン・バンク・プロジェクト」からスタートしたことを解説しています。
そして、ユヌス博士の言葉の中から、「グラミン銀行の哲学」が感じ取れる言葉として、
・クレジットは、基本的な人権である。
・人はだれでも、機会さえ与えられれば、よりよい生活をしようとする能力と意欲を持っている。
・貧困は外から規定され、人工的・社会的につくり出されたものである。
・人びとが銀行に行くのではなく、銀行のほうが人びとのもとに行く。
・グラミン銀行の原則、原理は、きわめて単純で、普遍であるので、私たちは組織を柔軟に運営することができる。
・貧しい人々が信用に値しないのではなく、既存の銀行が人びとに値しないのである。
等の言葉を紹介しています。
グラミン銀行の特徴としては、
(1)貧しい人々しか融資を受けられないこと。
(2)メンバーになるためには自分たちで5人グループを作ること。
(3)担保はいらないが5人で連帯して返済に責任をもつこと。
(4)毎週集会所で開かれる集会に参加すること。
(5)支店の行員が集会所に来ること。
(6)自分たちで考えて経済活動に融資を活用すること。
の6点を挙げています。
また、バングラディシュ社会において、「女性の生きる道は、結婚であり、子どもの頃から、男性に依存するように教えられ」、女性の生き方には、
(1)結婚
(2)跡取り息子を持つ妻
(3)自分の結婚も含め、重大なことに口出ししないこと
(4)夫に対し疑問の余地のない忠誠や服従を示すこと
の4つの伝統的な特質が求められたと述べています。
そして、5人グループのメンバーは、グループ長とグループ書記を輪番制で公平に役割を経験することを、「女性たちにとっては"公的"で大きな経験となる」と述べ、「もともとリーダーとしての素質がある人にとっては、それをさらに開花させ、ない人にとっては、身につけさせるという訓練の意味合いがある」と解説し、毎週行なわれる40人規模のセンターでの集会において、「"公的"に人前で何かを話すという、この貴重な経験は、女性に自信を与えている」と述べています。
さらに、女性が行う経済活動について、「多くの女性が屋敷内でできる仕事を選ぶ」理由として、
・すでに身につけている技術であること
・ほとんどがイスラム教徒であるため、さまざまな形で行動が抑えられていること
の2点を挙げ、「夫と共同で活用する場合」には、
・規模の大きな養鶏や牛の飼育
・機織
・三輪のベビータクシー
・リキシャ
・雑貨店
・野菜の栽培と販売
など、「男性の手を必要としたり、男性がする仕事であったり」するものであり、女性の行動が制約されていることや、交渉ごとに不慣れなこと、そして、「夫を巻き込んで共同で働く方が、むしろ家庭内のいざこざを避けることができるし、夫も自営の仕方が学べると、歓迎する向きもある」と述べています。
第3章「グラミン銀行の活動」では、ベンガル語で「教育を受けていない人」といった場合に、「読み書きができないという技術的なことだけでなく、概念がつかめなかったり、思考の操作ができなかったり、他の人との関係を結び個人的な能力を形成できなかったりする人のこと」を指し、「教育を受けた人」との違いは、「抽象的な知識量の多少」ではなく、「期待される社会的役割の高低」であると述べています。そして、ほとんどが学校教育を受けたことがないグラミン銀行の女性たちにとって、グラミン銀行の行員は、「学校教育を受けた身近なモデル」であり、「言葉だけでなく、学校教育を受けた人とはどのような人かを身近に」示すものであると解説しています。
また、女性たちが「グラミン銀行に入ってどんなことが変わったか」を訪ねたところ、
(1)子どもは少ない方がよいと思うようになった。
(2)知識が増えた。
(3)自信がついた。
(4)子どもの教育について関心が増した。
(5)以前より忙しくなった。
(6)人間らしい扱いを受けるようになった。
(7)家庭内で発言力が増した。
(8)家計のやりくりができるようになった。
(9)友達が増えた。
(10)夫や家族の付き添いがなくても村の外に出かけられるようになった。
という結果だったことを紹介しています。
さらに、グラミン銀行が提供する住宅ローンによって、2004年12月現在で、60万4000戸の住宅が建てられ、メンバーの6人に1人が住んでいると紹介し、その条件として、「きちんとした返済実績があり、本人名義の宅地を所有している人」に限定されるため、「このローンを利用した女性は、ほとんどが夫から宅地を譲受けている」と述べています。女性が、本人名義の住宅を持つことは、
(1)安全な場所を確保すること。
(2)老後の住み家を確保すること。
(3)社会的な地位が得られること。
(4)財産を手に入れること。
などを意味し、「住宅を手に入れた女性は、離婚しても家を出て行く必要」がなく、「住宅を持っている女性たちは、幸福感にあふれ、家庭内で意見が通ることが多いと、自信をのぞかせている」と述べられています。
第4章「フィールド・レポート――また女性たちに会いたくて」では、グラミン銀行2が力を入れている「物乞自立支援プログラム」に参加している女性たちについて、ユヌス博士が、「マイクロクレジットが最貧困層まで到達するということを証明するための実験である」と語っていることを紹介し、2004年8月現在で、1万7600人に910万タカが融資され、260万タカが返済されていること、87人が物乞いをやめ、正規のメンバーになったことなどを紹介しています。
本書は、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行の取組を、同じ女性の視点から描いた一冊です。
■ 個人的な視点から
ノーベル平和賞を受けたことで世間一般に知られるようになりましたが、グラミン銀行の5人でグループを作って連帯責任を負わせる仕組みは、実は先進国にも応用可能なアイデアなのではないかと思います。日本ではどんな形が考えられるでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・グラミン銀行の仕組みを理解したい人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日
■ 百夜百マンガ
ポルシェ・カレラRSといえば、『サーキットの狼』の早瀬左近を思い出してしまう世代なのですが、この作品に登場するものには逆卍や撃墜マークはついていないようです。
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2008年02月22日
NPOバンクを活用して起業家になろう!―組織作りから資金調達まで
■ 書籍情報
【NPOバンクを活用して起業家になろう!―組織作りから資金調達まで】(#1128)
北海道NPOバンク
価格: ¥1995 (税込)
昭和堂(2007/06)
本書は、「コミュニティ事業として活動するための組織作りからマネジメント及び資金調達の手引きを示して事業体としてのNPO支援をはかり、市民が担う公共事業の推進を意図」し、「グローバルな視野にたって、ローカルな世界から地球社会を組み立て直す役割を担うものとしてNPOバンクの取組を位置づけている」もので、「NPOバンクは新しい社会のあり方を目指す夢のある目標を掲げている活動であることを知っていただきたいというのが執筆者一同の願いである」としています。
第1章「地域金融の潮流」では、「この金融閉塞期に、NPOバンク八重子ファンド、ミニ公募債などの形で、資金の出し手である消費者・個人投資家の意思に直接訴える仕組みが相次いで登場した」理由として、「これまで金融機関まかせで、なおざりにされてきた足元出の資金の流れを根っこから活性化しようとする動きかもしれない」と述べています。そして、「自らの資金の行方を、投融資先の経済的リターンだけでなく、自分にとって、コミュニティにとって、必要とされる社会的リターンの評価で判断できるかどうかが問われている」と述べています。
また、コミュニティ・ファイナンスのあり方、非営利ファイナンスの在り方については、欧米の知恵と実績に、脱帽せざるを得ないとして、1977年に米国で、既存金融機関にコミュニティ向け融資を促す「地域再投資法(CRA)」が制定され、クリントン大統領時代に全面的に改正・強化され、「既存金融機関のコミュニティ向け融資の誘導を強める一方で、コミュニティに地域資金を循環させるNPOバンク(米ではローン・ファンドと呼ばれる)などをCDFIs(コミュニティ開発金融機関)と位置づけ」、その支援のため、「財務省が無償資金を供与するCDFIファンドも立ち上げた」ことを解説しています。
さらに、NPOバンクのルーツの1つとして、「わが国で中世以来、庶民の間で相互扶助の資金融通手段として活用されてきた頼母子講・無尽講」を挙げ、「NPOバンクが各地で芽生える現状を考えると、かつての庶民金融の精神は潜在的に残っているようだ」と述べています。
そして、日本のNPOバンクが、おおきくみると、
・連携型:地域の行政や既存の金融機関と何らかの形で提携や協力関係を築いていくアプローチをとっている。
・独立型:行政とも既存金融機関とも距離を置いて、自らの立ち上げの精神に立脚して、独自路線を展開している。
とに分けることができるとしています。
著者は、「地域再生の受け皿としてのNPOバンクを育て、地域の資金を地域内で活かすためにも、NPOバンクの自立的な動きを支える非営利ファイナンスのための新たな枠組み作りが、わが国でも不可欠と思われる」と述べています。
第2章「コミュニティ・ファイナンスの潮流」では、市民金融のさまざまなしくみとして、
(1)コミュニティファンド:地域が抱えるさまざまな課題解決に取り組む民間事業に対して、地域の生活者が少額出資をして作るファンド(資金)
(2)東京ソーシャルベンチャーズ:ビジネスにおけるベンチャーキャピタルのアプローチを採用
(3)市民風車等:大規模な事業の資金調達を事業単位で「プロジェクトファイナンス」を活用
(4)私募債:実態は市民事業団体が関係者が借金をすることに他ならない
等の例を紹介しています。
そして、事業活動が充実しているNPOの多くが、個人から借り入れており、「NPOの多くにとって、金融機関はまだ敷居の高い存在である」と述べています。
また、自治体からの公的資金の活用についての課題・論点として、
(1)自治体財政の厳しい現状認識
(2)協働への試行錯誤の取組
(3)トータルなサポートシステムの構築
の3点を挙げ、「資源の有効利用という視点で、行政機関、民間支援組織、金融機関などによるトータルでサポートするシステムが今後必要になってくる」と述べています。
第3章「NPOと資金」では、「NPOのファイナンス戦略は、組み合わせることができる多様な要素が存在し、その制度設計を変えることで、多くのスキームを創造することが可能」であるとして、「より望ましいファイナンスの新しい戦略を創造していく経営努力がNPOに求められる」と述べています。
また、NPO法人を「新たな公共・公益」の有力な担い手と認識するならば、
・資金繰り:全国レベルの政府系金融機関の融資制度の確立
・経営:民設民営の支援センターや都道府県レベルのNPO支援センターが経営相談をできる体制ができるよう支援する方策
・会計:公認会計士・税理士のNPO支援ネットワークと連携した「税務会計相談」支援
が必要であると述べています。
第4章「北海道NPOバンクの現在」では、「北海道NPOバンクの成り立ちのユニークさを説明するとき、触れずにはいられない3つの『発明』」として、
(1)ひとつの金融のしくみに市民(市民個々人やNPO、企業など)と役所(北海道や札幌市)が一緒に協働で出資や寄付をなしてできた制度である。
(2)NPOを支援する制度そのものがNPO法人である。
(3)公認会計士、税理士、あるいは大学の研究者や企業の経営者、銀行関係者など、さまざまな専門家の知見が、ひとつの金融のしくみをボランティア・ベースで下支えしている。
の3点を挙げています。
そして、2006年12月現在で北海道NPOバンクが持つ貸出原資として、
・自治体が出した出資金や寄附金:合計2000万円
・市民社会全体から集めた資金:2550万円
の4550万円となっており、「この原資を元手に、累計で1億3000万円を超える貸出実績を誇っている」と述べています。
また、北海道NPOバンクが、
・NPO法人北海道NPOバンク
・NPOバンク事業組合
のふたつの団体を組織併用することで可能になった仕組みであると述べ、この「組織併用」が、「札幌の市民社会の発明」というべきものであり、1999年にスタートした北海道グリーンファンドにその原型があると解説しています。
第5章「北海道NPOバンクの審査と融資事例」では、北海道NPOバンクの特徴として、
(1)NPO法によるNPOへの相互の資金提供の機構である。
(2)地方自治体との緊密な連携を図っている。
の2点を挙げ、この設立時の特徴が、「北海道NPOバンクの審査体制にも大きく影響している」として、
・NPOによるNPOへの相互的な資金提供という特徴は、融資に伴なう「情報の非対称性」を取り除く役割を果たしている。
・融資金額の上限を200万円として、貸付金の小口化を図ることによって貸倒リスクを低くしている。
の2点を挙げ、審査体制の特徴としては、
(1)理事会とは独立して審査委員会を組織している。
(2)審査にあたって融資判定表を用いている。
の2点を挙げています。
また、北海道NPOバンクが融資申込み団体の審査にあたって評価している点として、
・返済能力
・それを支える組織力
の2点を挙げています。
「おわりに◎ローカルガバナンスとNPOバンク」では、「市民活動が、その活動発展の延長線上にNPO法人を旗揚げするだけにとどまらず、NPO法人であることで可能な事業やあるいはNPOでなくては実施できない事業を考え推進することが肝心である。そうすることによって、NPO法人の活動が実践的になり、多様化し、NPOの役割を考えて活動するリーダーが増えていくことになる」と述べています。
本書は、新しい社会を金融のしくみで作り上げていくダイナミックな動きを紹介している一冊です。
■ 個人的な視点から
本書でNPOバンクのルーツの1つとして紹介されている無尽講ですが、現在、第二地銀となった相互銀行や消費者金融の多くが「無尽」をルーツとしているというのは知りませんでした。
なお、山梨県では、共同体や職場をベースにした無尽が盛んで地縁血縁選挙の基盤となっているということは、『選挙の民俗誌』を読むまで知りませんでした。
■ どんな人にオススメ?
・金融と言えば銀行や消費者金融を想像する人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
杉本 仁 『選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層』 2007年11月07日
■ 百夜百マンガ
別人が描くドラえもんと言えば、世代的には方倉陽二先生の描く微妙に風船っぽいドラえもんが思い起こされるのですが、今の子どもたちは本人以外のドラえもんで育ったのかもしれません。
ちなみに作者とは高校時代に同じ駅を使っていたようなので、どこかですれ違っているかもしれないです。松田屋書店とかで。
投稿者 tozaki : 19:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年02月04日
金融NPO―新しいお金の流れをつくる
■ 書籍情報
【金融NPO―新しいお金の流れをつくる】(#1110)
藤井 良広
価格: ¥819 (税込)
岩波書店(2007/07)
本書は、「自分達の力で、自分達の意思で、必要なお金を集め、必要なところ回そうではないかという市民の活動」である「金融NPO」を紹介しているものです。著者は、金融NPOの活動の広がりの背景として、「お金を、単に利を生む手段として扱うのではなく、環境や地域社会などを良くするためにこそ使いたいという『意志あるお金』の持ち主が増えていること」を上げています。
第1章「日本の金融をどう見るか」では、江戸時代に隆盛をきわめ、第二次大戦後のある時期まで庶民金融として根づいていた『講』を取り上げ、「講の参加者が自分たちで小学の掛け金を出し合い、定期的に行なうクジ引きに当たった人が、その一定額を借りる権利を得る仕組み」であると解説しています。
そして、金融NPOのタイプとして、
(1)NPOバンク:まとまった資金を元手に、地域活性化のための事業や人に必要資金を貸し出す。
(2)市民投資ファンド(コミュニティ・ファンド):自然エネルギー発電事業や地域の企業を市民資金で実現する。
の2つのタイプを挙げ、「経済的リターンと社会的リターンの両方を評価する視点がないと、既存の金融だけでは、資金は流れ込んでこない」と述べています。
著者は、金融NPOづくりの背後にある、「お金を人任せにせず、自分の意思で必要なところに活かそう、という意識の広がり」について、「市民が金融を自らの手に取り戻す行動」につながっていると述べています。
第2章「広がるNPOバンク」では、設立が増えているNPOバンクのタイプについて、銀行と違いは「貸し出しの元手となる資金の集め方」にあるとして、「NPOバンクは正式の銀行免許を持たないため、預金を集めることができない」ため、「自分達のヘソクリや、市民・住民に呼びかけて出資金を集める」と述べています。
そして、大半のNPOバンクが、
・市民から「意志ある資金」を集める受け皿機関
・貸金業登録をして融資をする機関
の2段階構造をとっている理由について、貸金業登録の規定で、役員の履歴の提出が必要であったため、「出資者の中には現役の公務員や金融関係者も複数いたため、『貸金業に加わった』ことがわかると、職場での説明がわずらわしいだけでなく、立場上難しくなる懸念」が生じたためであることを解説しています。
そして、NPOバンクの代表格である「未来バンク」について、理事長の田中優氏が、「自分が郵便貯金に預けたお金が、環境破壊的な事業に使われることを、たとえ貯金者が知らない場合でも、その貯金者が財投計画に『白紙委任』を与えたのと同じ」であると考え、当時、「環境・社会性への意識を明確に据えた金融機関は皆無だった」ため、「自分で受け皿となる金融機関を作ればいい」と考え、当時の西独の「エコバンク」をモデルに未来バンクを立ち上げた経緯を紹介しています。
女性・市民信用組合設立準備会(WCC)については、地域活動に携わる女性が、「女性というだけで、銀行が一切融資してくれない」という不審を抱き、「銀行が私たちに資金を貸してくれないなら、私たちで銀行を作るしかない」と考え、信用組合の設立を目指したことが紹介されています。
東京コミュニティパワーバンク(東京CPB)については、特徴として、グラミン銀行の互助システムをモデルにした、「一人一人では信用力に少し難がある場合でも、4人以上の賛同者を集めて『団』を結成すると、相互保証の格好で融資を受けることができる」仕組みである「ともだち融資団」を紹介しています。
北海道NPOバンクについては、「地域社会の活性化を重視する地方自治体などと協働の形で活動を展開」するNPOバンクの代表格として、道庁が「市民と行政との共同による自立的な地域社会づくり」を打ち出し、「市民活動の育成策の一つとして『NPOバンクへの支援』を盛り込んだ」ことが解説されています。
第3章「多重債務者を救え」では、2006年に提案された貸金業法改正案が、「NPOバンクの便法を封じ、バンク活動そのものを停止に追い込みかねない衝撃となった」理由として、金融庁には、NPOバンクをいじめるつもりはなく、「単に、NPOバンクの存在を知らなかったためのようだ」と述べ、結局、「NPOバンクに営利性がないことを条件として、監査義務づけの例外規定を法律に盛り込んだ」ことを解説しています。
そして、多重債務者向けの救済資金の提供にはるか以前から、取り組み、独自のファイナンスを築き上げてきた「日本共助組合」を取り上げ、そのルーツは、「戦後に米国やカナダからやってきたカトリック教会の若い宣教師や神父たち」であったと述べています。
また、多重債務者問題のもう一つの先駆者として、「岩手方式」として注目されている「岩手県消費者信用生活協同組合」を取り上げ、生協を登録認可するのは都道府県となっているため、「都道府県によって信用生協の扱いが異なることが、目下の一つの課題でもある」と述べています。
第4章「市民ファンドで企業支援」では、1998年に、旧三菱信託銀行の行員だった片岡勝氏が立ち上げた「市民バンク」を取り上げ、同バンクの活動が、「貸出よりも市民出資によるファンド設立による企業支援、あるいは企業活動そのものの実践に軸足をシフトさせている」と述べ、「社会のさまざまな問題を解決すること自体を事業とするコミュニティ・ビジネスの立ち上げこそが必要だ」との片岡氏の言葉を紹介しています。そして、片岡氏の活動と、片岡イズムに共鳴した経営者、研究者、団塊世代、若者たちといった実践者とサポーター集団が、「ここ数年の間に、いくつもの企業支援ファンドを生み出してきた」と述べています。
第5章「寄付で促す資金の還流」では、収益性を度外視する環境・社会活動系のNGO(非政府組織)や国際ボランティア、あるいは設立間もないNPOにとって、一番欲しいものは、返済不要な「寄付」による「自由に使える資金」であると述べ、日米間の個人寄付に関する税制優遇措置の差を解説しています。
また、「寄付の力を自治体の政策と結び付けようという『寄付による投票条例』を提唱し、各地の自治体に条例導入を働きかけてきた」、非営利型株式会社の「寄付市場協会」を取り上げ、「経済的リターンを求める投資家は当然、NPCには投資しないだろう。しかし、社会投資家は、NPCの活動が社会に貢献しているという社会的リターンをみて判断する」という渡辺清氏の言葉を紹介しています。
第6章「米英の金融NPOの担い手たち」では、地域社会の活性化を支える非営利金融の法制度の代表格である米国の地域再投資法(CRA)について、「同法は営利金融と非営利金融の相互還流を促す役割を果たしている」と述べ、「地域社会で非営利金融を提供する主体」として、地域開発金融機関(CDFI)を紹介しています。
そして、法的枠組みとしてのCRAと、実施機関としてのCDFIが、クリントン政権時代に「制度的につながった」として、「94年のリーグル地域開発・規制改善法によって公的なCDFIファンドを創設した」ことを挙げています。
また、王手銀行などが、「CRAで義務づけられた地域の低所得者向け住宅ローンなどを、地域に根づいているCDFIらと競って提供するのはコスト的に厳しい」ため、「大手銀行による地域活動の範疇に、地域内のCDFIへの投融資も認めることにした」と述べ、このことが、「CDFI側にも財務的な健全性・安定性を高める意欲を働かせる効果も期待できる」と述べています。
著者は、「米国の金融NPOの現場を歩いてみた」として、1985年設立の「ボストン・コミュニティ・キャピタル(BCC)」、シカゴの「イリノイ・ファシリティーズ・ファンド(IFF)」、ニューヨークの「ノンプロフィット・ファイナンス・ファンド(NFF)」等を紹介しています。そして、NFFの創設者であるクララ・ミラー氏が強調している「ミッションは金融的に持続可能でなければならない」という点、金融と社会性という「ダブル・ボトムライン」の思想を紹介しています。
第7章「『銀行』になった金融NPO」では、「各国の金融NPOの担い手たちが憧れる"三大メッカ"」として、
・トリオドス銀行(オランダ):金融、社会性、倫理性の「三つの道」
・GLS銀行(ドイツ):シュタイナー学校の建設運動が起源
・ショアバンク(米国):"ショアバンク・マフィア"と呼ばれる地元シカゴの銀行員であり、社会事業活動家たちによって設立。
の3つの銀行を紹介しています。
「おわりに」では、「社会を豊かにするために、一人ひとりは生きがいを得るためにお金を活かすポイント」として、
(1)営利金融の分野で偏在の度合いを強める資金を、社会・環境リターンを生み出す非営利金融に流し込む新たなシステムをどう設計するか。
(2)金融機関の企業としての社会的責任(CSR)。
(3)人の奮起。
の3つのポイントを挙げています。
本書は、金融とは決して金儲けの道具ではなくパブリックな役割を担うものであることを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
昨年秋に、本書で紹介されているNFFのクララ・ミラー氏が来日され、立教大学でパネルディスカッションがありました。日本だとどうしても細々としたイメージが強いNPOバンクですが、法律を背景にした財務的な裏づけを持つNFFの規模と社会的なインパクトは、なかなか日本では想像がつきにくいものです。
■ どんな人にオススメ?
・NPOのためのお金が回るしくみが必要だと思う人。
■ 関連しそうな本
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
■ 百夜百マンガ
赤と青のキャンディーがちょっと欲しくなったりしました。子どもたちをドキドキさせた作品としても記憶されています。
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2008年01月24日
社会的責任のマーケティング―「事業の成功」と「CSR」を両立する
■ 書籍情報
【社会的責任のマーケティング―「事業の成功」と「CSR」を両立する】(#1099)
フィリップ・コトラー, ナンシー・リー (著), 早稲田大学大学院恩藏研究室 (翻訳)
価格: ¥3570 (税込)
東洋経済新報社(2007/08)
本書は、企業に対して多く寄せられる「社会的コーズ(主張)への支援」を求めた提言や要望への対応に追われている企業の経営層、管理者、担当スタッフが円滑に意思決定を行うための手引書としてまとめられたものです。
第1章「よきことを行なう」では、「企業の社会的責任(CSR : Corporate Social Responsibility)」を、「企業が自主的に、自らの事業活動を通して、または自らの資源を提供することで、地域社会をよりよいものにするために深く関与していくこと」と定義するとともに、「企業の社会的取り組み」を、「社会的コーズへの取り組みを支援し、社会的責任を果たすために企業が行う主要な活動」と定義しています。
また、企業が社会的コーズに取り組むことの潜在的ベネフィットとして、
・売り上げや市場シェアの増加
・ブランド・ポジショニングの強化
・企業イメージや評判の向上
・従業員にとっての魅力度や労働意欲の向上と離職率の低下
・コストの削減
・投資家や金融アナリストに対するアピール力の強化
等を挙げています。
第2章「企業の社会的取り組み――6つの戦略オプション」では、社会的責任に関連する、もっとも主要な取り組みとして、
(1)コーズ・プロモーション
(2)コーズ・リレーテッド・マーケティング
(3)ソーシャル・マーケティング
(4)コーポレート・フィランソロピー
(5)地域ボランティア
(6)社会的責任に基づく事業の実践
の6点を挙げています。
第3章「コーズ・プロモーション―社会的な主張に対して意識と関心を高めること」では、コーズ・プロモーションを、企業が、「資金、物資、その他のさまざまな企業資源を寄付することにより、自らの社会的コーズ(主張)に対する意識や関心を高め、この主張のための資金調達、人々の参加、ボランティアの人材募集を支援する」と定義しています。
そして、企業のコーズ・プロモーションがフォーカスを当てるコミュニケーション対象として、
・意識と関心を高める
・よりくわしく知るよう呼びかける
・時間を提供するよう呼びかける
・寄附金を募る
・金銭以外の寄付をするよう呼びかける
・イベントに参加するよう呼びかける
等を挙げています。
第4章「コーズ・リレーテッド・マーケティング―製品の売上げを通してされる社会貢献」では、コーズ・リレーテッド・マーケティング・キャンペーンを、「企業が製品の売り上げから得られた利益を何らかの組織に寄付すること」と定義しています。
そして、一般的なものとして、
・個々の製品の売り上げに応じて一定額の寄付を行なう
・すべての申込や口座開設に応じて一定額の寄付を行なう
・製品の売り上げや取引における一部を慈善団体へ寄付する
・時には公表せずに、売り上げの一部を慈善団体へ寄付する
・製品と関連した事柄に結びつけ、消費者に寄付させる
・製品の売り上げにおける純利益の一部を寄付する
・特定製品や複数の製品で寄付を行なう
・特定の期間、あるいは無期限で寄付を行なう
・売上げに対して寄附金の上限が句を設定する
等を挙げています。
また、コーズ・リレーテッド・マーケティングの取組みがもっとも成功する場合として、「企業がコーズや慈善活動との間に刺激的で、理想としては長期的な関係を構築し、さらにこの取り組みが製品に統合的に反映される状況」を挙げ、例として、「ある救命胴衣メーカーが何年もの間、子どもの水難防止への社会的取り組みに、地域の小児病院とパートナーになっているシナリオ」について検討しています。
第5章「ソーシャル・マーケティング―行動改革キャンペーンの支援」では、ソーシャル・マーケティングを、「公衆衛生・治安・環境・公共福祉の改善を求めて、企業が行動改革キャンペーンを企画、あるいは実行するための支援手段のこと」と定義しています。
そして、企業にとっての潜在的なベネフィットとして、「ブランド・ポジショニングを括弧たるものとし、ブランド選好を創造し、取引を構築し、販売量を増加させるといったマーケティングの目標や目的と一致している」と述べ、「時には本物の社会的インパクトを生み出すなど、マーケティングの成果を越えたベネフィットが得られることもある」と解説しています。
また、戦略的にソーシャル・マーケティング計画を企画するためのステップとして、
(1)状況分析を実施せよ
(2)ターゲットとする人々を選択せよ
(3)行動目的(望ましい行動)を行動改革の目標を設定せよ
(4)行動改革に対する障壁やモチベーションについて決定せよ
(5)製品・価格・チャネル・プロモーション戦略といったマーケティング・ミックスを策定せよ
(6)評価とモニターのための計画を立案せよ
(7)予算を決定し、資金提供スポンサーを見つけよ
(8)実行プランを完遂せよ
の8点を挙げています。
第6章「コーポレート・フィランソロピー―コーズに対する直接的な寄付活動」では、コーポレート・フィランソロピーを、「企業が慈善団体やコーズに対して行う直接的な寄付行為であり、多くの場合、現金、製品、サービスなどの寄付という形で実施される」と定義しています。
そして、この取り組みに大きな強みとして、「企業の名声と評判の向上、労働力の獲得と維持、地域における社会的課題に対する影響力、当該企業が従事している社会的取り組みの効果の増大」を挙げています。
第7章「地域ボランティア―従業員は自らの時間と能力を提供している」では、地域ボランティアを、「従業員、取引先企業、フランチャイズ企業が、地域のコミュニティ組織やコーズを支援するために自らの時間を進んで提供することに対し、企業が支援・推奨するという取り組みである」と定義しています。
そして、ボランティアへの取り組みにおける成功の鍵として、「親しみ(familiar)」を挙げています。
第8章「社会的責任に基づく事業の実践―コーズを支援するための自主的な事業活動と投資」では、社会的責任に基づく事業を、「環境保護やよりよい地域社会の実現といった社会的コーズ(主張)の支援を目的とする自主的な事業活動や投資のこと」と定義しています。
また、「企業が社会的責任に基づく事業にいざ取り組むとなると、動機が疑問視されたり、活動に厳しい評価がなされたり、結果が細かく調べられたりする」という専門家の警告を紹介し、「企業のマネジャーは、疑いや批判を受ける前に取り組むこと、社会的ニーズだけでなくビジネス・ニーズとも適合したい課題を選ぶこと、長期的にコミットメントすること、従業員の熱烈な支持を得ること、約束を達成するための体制づくりをすること、オープンで、正直で、直接的なコミュニケーションを行なうこと、などにより人々からの疑いや批判を減らすよう全力で努力しなければならない」と述べています。
第9章「25のベストプラクティス―企業とコーズに対して最もよきことを行うために」では、25のベストプラクティスを取り上げたうえで、これらのインタビューの中での「もっとも重要であると思われるアドバイス」として、「社会的取組みに対する全社的ガイドラインを含む公式資料を作るべき」であることを挙げています。
第10章「企業から資金援助や支援を獲得するための10の提案―マーケティング・アプローチを用いる」では、企業経営者たちに、
・企業が社会貢献活動に求めているベネフィットとは何か
・表立っては言わない関心事とは
・社会支援に取り組みたいと思わせる状況とは
・複数の社会的取り組みの中から支援すべきものをどのように選ぶのか
・申し出をどのように評価するのか
・パートナーに何を望み、何を期待しているのか
などの点を質問した結果、返ってきた答えをベースに10の提案を示しています。
本書は、企業の社会的責任を、いかに事業の成功に結びつけるかを考えるヒントを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
「CSR」というと企業が慈善事業に寄付をする、というような認識をされることが多いように思われますが、本書を読むと、企業が営利の事業活動を通じて、社会にいかに貢献できるか、社会を変えることができるのかが伝わるのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・CSRとは企業に金をせびることだと思っている人。
■ 関連しそうな本
フィリップ コトラー/ナンシー リー (著), スカイライトコンサルティング (翻訳) 『社会が変わるマーケティング――民間企業の知恵を公共サービスに活かす』
フィリップ コトラー, エデュアルド L. ロベルト (著), 井関利明(監訳) 『ソーシャル・マーケティング』 2005年02月14日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
沢 昭裕, 経済産業研究所『公を担う主体としての民』研究グループ (編集) 『民意民力―公を担う主体としてのNPO/NGO』 2005年05月18日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
■ 百夜百マンガ
あの「国民的漫画」のリメイク作品です。とは言え、ライバルを主人公にしているので、リメイクというよりサブストーリーとか外伝の類ではないかと思います。
個人的にはぜひ、「左門」も作って欲しいものです。
投稿者 tozaki : 07:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年01月22日
あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実
■ 書籍情報
【あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実】(#1097)
ピエトラ リボリ (著), 雨宮 寛, 今井 章子 (翻訳)
価格: ¥2100 (税込)
東洋経済新報社(2006/12)
本書は、Tシャツの「一生を追って三つの大陸を股にかけた何千キロにも及ぶ旅」の記録であり、「綿Tシャツの誕生に関わった人々と政治と市場経済の物語であり、グローバル化の物語」です。
著者は、1999年2月、ジョージタウン大学で、シアトルで行なわれWTO総会を前にして、一人の女性が群集に向かって演説している姿を目にします。「あなたのTシャツは誰が作ったものですか。食べ物も飲み物も与えられずミシンにつながれたベトナムの子供でしょうか。時給18セントしかもらえず、1日に2度しかトイレに行かせてもらえないインドの若い女性でしょうか。皆さん知っていますか。彼女は12人部屋で生活しているのです。ベッドは共寝、食事にはお粥しかもらえません。残業手当も受け取れずに、週に90時間働かされます。発言する権利もなければ、労働組合をつくる権利もありません。彼女は貧乏なだけでなく、不潔で病気が蔓延する環境で暮らしているのです。すべてはナイキの利益のために。」
この演説を聴いた著者は、自分のTシャツが誰によって作られているのかに関心を持ち、調査を始めます。著者は、「わたしの予想に反して、市場というものはこの物語で大きな役割を持つことはなかった。むしろ、物語を織り成しているのは、複雑に絡み合いながら競争市場というものを編み込んでいる『歴史』や『政治』なのだ」と述べるとともに、「グローバル化の推進派と反対派とが、人々の境遇の改善において知らず知らずのうちに『共謀者』となっている」ことを指摘し、経済学者のカール・ポランニーが提唱した「二重運動論」を紹介しています。
第1章「テキサス州ラボック ラインシュ綿農園」では、「世界一コットンな街」ラボックを取り上げ、「私が着ているTシャツ」が、この周辺で生まれた可能性が高いと述べ、「世界市場において、およそ優位性というものは常に一時的なものでしかないということは、歴史が証明している」にもかかわらず、「綿の世界市場においてだけは、米国が200年以上にわたってあらゆる意味で圧倒的な覇者であり続けており、他国、とりわけ貧しい国々には、追いつける可能性すらないに等しい」ことを指摘しています。
そして、「綿産業の米国支配を補助金だけで説明することはできない。補助金は、米国生産者に不動とも言うべき地位を保証してきた非常に大きな枠組みの、ほんの一例にすぎないのだ」として、「米国では綿の生産と販売に伴なう重大な競争リスクを緩和するための公共政策が200年以上にわたって発達し、生産者を守ってきた」と述べています。
第2章「米国綿の歴史――勝利の鍵は労働市場の回避」では、奴隷制度が、「生産者を市場の脅威から隔離するべく発展した公共政策の第一号だった」ことを指摘しています。また、他国との比較において、「財産権、報奨制度、今日で言うところのガバナンスの問題など、工場方式による綿生産を維持するために欠かせない諸制度が、米国において果たした役割は大きい」と述べています。
第3章「ラインシュ農園ふたたび――『怖いのは補助金だけじゃない』」では、「米国の生産者が、綿の生産工程においていかに巧みに商品価値を作り出したかについては目をみはるものがある」として、10トンの原綿の塊から、Tシャツになる2.5トン弱を除いた「ゴミにしか見えない」ものからの再使用、再資源化、再梱包の方法について解説しています。
そして、「綿の世界市場における米国支配の影には、労働市場の抑制という『知恵』があった」と述べ、連邦政府の巨額の綿補助金に加え、「体系化された工場生産方式」や、「識字率、財産権、商業基盤、科学的進歩などの環境」が米国綿生産者の強みの源泉であることを解説しています。
第4章「綿、中国へ上陸」では、米国の綿生産者の覇権が200年間守り続けられているのに対し、「繊維や衣料品産業での首位は、底辺へ向かう競争が苛烈なため、すぐに入れ替わってしまう」と述べ、「中国による繊維・衣料品産業の支配」が、「米国の綿生産者の覇権とは大きく様子が異なる」と指摘しています。
第5章「底辺へ向かう長い競争」では、綿産業の覇権が、英国から米国、日本、そして「さらに安くて従順な労働力をもった新たな地域であるアジアの新興工業国・地域(香港、韓国、台湾)、さらには中国へと入れ替わっていった様子が解説されています。
そして、「どの地域でも、綿織物産業の成長は他に選択肢のない多数の貧困層が支えた。いずれの場合も、『理想的な』労働力とされたのは丈夫で従順で文句を言わない人々だった。必要とされたのは独創性や知性ではなく、退屈な繰り返し作業に耐える体力と精神力だったのである」と解説しています。
第6章「女工今昔物語――農場から搾取工場へ、そして……」では、中国の昔の女工たちにとって、「工場労働は心身ともに疲れ果てる農作業から抜け出し、経済的な豊かさを求めるための一歩となったばかりではない。自立と自己決断を初めて体験でき、どんなにわずかであっても給料をもらうことでさまざまな選択ができるようになった。ある者にとっては退屈さから、ある者にとっては強制的な結婚や横暴な父親から逃れる道だった。またある者にとっては、自分で自分の着るものを選べるようになる手立てだった」と伸べています。
また、「皮肉なことに、若い女性を拘束するために綿々と続けられてきた慣習は、それが息のつまるような労働慣行であれ、門限であれ、あるいは鍵のかけられた寮、トイレの時間制限、生産ノルマ、強制的な教会通い、工場を取り囲む高い塀であれ、みな彼女たちを経済的自由と自立へ導く仕組みの一部でもあった」と述べています。
さらに、『底辺への競争を阻止せよ!」との呼びかけが、「反グローバル化運動のスローガンの中でもっともおぞましく、馬鹿げている。まさにその競争によって豊かになった先進国の活動家が、その阻止を叫ぶのだからなおさらだ。彼ら活動家はいったい誰を農村に縛り付けておきたいのか、と尋ねたくなる」と指摘しています。そして、「より広い視野に立てば、グローバル資本家と反グローバリゼーションの活動家は敵同士ではない。図らずも、彼らは人々の生活環境をともに改善してきた協力者なのだ」と述べています。
第7章「怒号の合従――政治が貿易を支配する理由」では、全米製造業貿易行動連合(AMTAC)の事務局長、オージー・タンティーロを取り上げ、「Tシャツ貿易においては、他業種で繰り広げられている『より速く』『より良く』『より安く』を目指す激しい市場競争は(今のところは)起こっておらず、むしろ競争は政治の世界で繰り広げられている」と指摘し、「価格を下へ下へと追い込んでいく市場の力は強大なものに違いないが、その市場に抵抗して価格を上へ押し上げようとする政治力も同じように強い」と述べています。
また、「当初に意図に反して、政治は産業への介入によって『底辺への競争』を鈍化させるどころか、むしろ加速させる役割を果たしてしまった」と述べ、特定国からの輸入を制限する規制によって、米国の繊維産業を守るのではなく、その国の競合相手の米国市場進出に道を開くこととなったことを、「輸入品を防ぐための堤防の穴を一つ塞ぐことで、別の穴からの流入を増強してしまう」と述べています。
第8章「保護貿易政策の意外な結末」では、「政治が衣料品貿易市場を支配してしまうこと」で、「本当に雇用が確保されてきたとはいいがない」と述べ、「雇用維持という保護主義体制の目標がほとんど達成されなかったにもかかわらず、米国民は私たちの予想に反して保護主義体制に相当同情的」であると述べています。
そして、「米国の保護貿易体制は雇用維持の目標を果たせなかったばかりか、業界団体による『頭文字軍団』がTシャツの全製造過程においてコストを積み上げたために、国内業界の競争力の低下という予期せぬ結果を招いてしまった」として、「頭文字軍団は、自身が自分の最大の敵になってしまっている」ことを指摘しています。
また、米国の繊維製品を輸入品から守るための経済的コストについて、「莫大な金額である」との数々の試算を紹介し、90年代半ばの時点で、「一人分の雇用を維持するための保護コストは、年間8万8千ドルであった」と試算したほか、2002年には、一人分の雇用確保のために約17万4825ドルのコストが費やされている、等の試算を紹介しています。
さらに、衣料品産業が、「市場競争に対応することよりも、むしろ貿易障壁に適応することによって国際化してきた」と述べています。
著者は、歴史の例として、1700年に、英国議会が、「毛織物団体が長年希望していた『最適な消費者層』をようやく保証した」として、
「いかなる死体も、羊毛のみから作られたシャツ、シュミーズ、布……を身にまとって埋葬されなければならない」
との法律が成立したこと、1722年12月25日には、「毛織物職工たちは戦いに勝った」として、「あらゆる種類の綿布を着用すること、または家具に使用することが禁止された」法律を紹介し、「何世代にもわたって英国人に暑くてむず痒くて高価な衣服を強要した」と述べ、「まもなく、綿布を国内製造するための見事なアイデアが次々と生まれてきた」として、「生産能力の高い綿織機、多軸紡績機、工場、そしてついには産業革命」を挙げています。
第9章「四〇年の暫定的保護の終焉」では、「多国間繊維取極(MFA)」の効果について、「米国が、繊維製品の数量割り当てを導入し、それをさらに拡大し、複雑にしたことで、競争力のある主要輸出国の米国参入を阻止しただけでなく、MFAがなかったら米国に物を売ることもなかったはずの多くの発展途上国に、カネになる米国市場を細かく切り分けそのパイの一切れを保証する効果があった」と解説しています。そして、「MFAの賛成派と反対派の両方が口を揃えるのは、MFAは米国産業を守ることには失敗したかもしれないが、多くの弱小国への経済援助としては明らかに成功だった」ことを紹介しています。
また、2002年にWTOが定める割当枠撤廃の第三段階が実施されたことで、「最貧国の一部は恐ろしい未来を垣間見ることとなった」として、中国が2001年にWTOに加入したことで、「一部の品目においてはじめて何の制限もなしに衣料品輸出が出来るようになった」と述べ、「人々は堤防に穴が開けられた後の水の噴出には慣れていたが、その水が中国から来ることについては、誰もまだ覚悟ができていなかった」と述べています。
第10章「中古Tシャツの行方――日本、タンザニア、そしてボロ切れ工場」では、「Tシャツの一生の中で、本当の意味でのマーケット市場に出会うのは、実はこの最終段階においてのみだ」と述べ、「この古着業者だけが、政府やロビイストからも目を向けられることすらなく、完全な自助努力で勝負している」と解説しています。
また、専門家が、「世界の最貧国が、貧困に加えて、アメリカのボロキレをポンポン投げ込むゴミ捨てかごの役割を担わされるとは、何たる侮辱的なことか」と述べていることに費えt、古着業者にとって、アフリカは「ゴミ捨て場」でも「取り残されたお荷物バスケットケース」でもなく、「得意先」であり、「多くの競合相手がアフリカ人消費者のニーズに応えようと必死でいる」と述べています。
さらに、「Tシャツの一生の最終段階では、多国籍企業から離れたところで力関係が逆転し、小規模であることが有利に働くグローバルビジネスが存在している」と述べています。
「結論」では、「Tシャツ製造をめぐる規制は、自由市場の猛威に立ち向かい、労働法や商慣行を書き換えてきた何世代にもわたる活動家たちの努力の結果」であると述べるとともに、ジョージタウン大学で演説していた女子学生には、「いつの時代にも市場と貿易によって若い女性たちが搾取工場に縛り付けられたが、彼女たちはむしろ自由になった」こと、「農民は農村にいることこそ一番と決め付ける前に、もう一度よく考えたほうがいい」と語りたいと述べています。
本書は、Tシャツを通して、グローバリゼーションを理解する「目」を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
日本でも繊維産業の女工の悲惨さは『女工哀史』として伝えられてきましたが、『日本の下層社会』にも紹介されているように、女工たちが低賃金労働とひきかえに自由をつかんだ様子がわかります。その是非を一方的に判断するのは難しいのではないかと思いました。
■ どんな人にオススメ?
・グローバリゼーションの一面を見てみたい人。
■ 関連しそうな本
ジョセフ・E. スティグリッツ (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』 2007年08月03日
ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
■ 百夜百マンガ
人間ドラマを書かせたらピカイチだった作者だけに、政治とか宗教とかのシリアスなテーマにはピッタリでした。
投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年12月20日
概論 ソーシャル・ベンチャー
■ 書籍情報
【概論 ソーシャル・ベンチャー】(#1064)
神座 保彦
価格: ¥2940 (税込)
ファーストプレス(2006/12/9)
本書は、「社会貢献領域におけるイノベーションを『ソーシャル・イノベーション』と呼び、その視点から、社会起業家やマネジメント組織であるソーシャル・ベンチャーについて整理」したものです。著者は、本書執筆の動機を、「社会貢献への志を持ち、社会問題解決に取り組む人々の姿を見て心打たれる一方で、このやり方ではパフォーマンスが上がらないのではないか、それどころか活動が続かないのではないかという懸念を抱いた」からであると語っています。
第1章「ソーシャル・ベンチャー」では、「ソーシャル・ベンチャー」を、一般的に、「社会に貢献することを目的に、社会起業家がビジネス・スキルを用いてマネジメントする組織と解釈されている」と述べ、「組織形態は、NPOのような非営利法人であれ、株式会社のような営利法人であれ、どちらでもよいとされる」と述べ、「組織内に社会貢献のための社会貢献モデルとキャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルを併せ持ち、社会貢献という目的を達成するために、社会起業家がその持てるビジネス・スキルを活用してマネジメントする組織」であると述べています。
そして、「効率性を追及するビジネスの発想を、社会貢献創出における投入と産出の関係改善に活用することは、社会起業家にも止められる重要な役割である」と述べています。
また、ソーシャル・ベンチャー支援の形態として、シアトル在住のポール・ブレイナードが1997年に立ち上げた「SVP(Social Venture Partners Seattle)を取り上げ、資金提供とともに、「その組織の社会貢献能力を高めるための組織機能強化支援」として、「専門的な技能を持つ経験豊富な人材が、資金提供先に対してボランティアでコンサルティングやトレーニングを実施している」と述べ、「資金提供先の選定プロセスや資金提供後の支援内容は、ベンチャー・キャピタルがベンチャー・ビジネスに対して行なっているものに極めて近い」と述べています。
第2章「社会起業家」では、社会起業家を、「社会問題解決のためにアントレプレナーシップを発揮する人」と幅広く捉え、事前かとの相違点としては、社会問題解決のために、「ソーシャル・イノベーション創出を意図し、構造変革に自ら踏み込む」ことを挙げています。
そして、社会起業家が発揮する「ソーシャル・アントレプレナーシップ」の特徴として、
・特異なパーソナリティ
・ソーシャル・イノベーションの推進者
・高いマネジメント能力
の3点を挙げています。
また、日本における社会起業家を志す人を支援する団体として、社会起業家を支援する組織であるNPO法人のETIC.が、ホームページ上で社会起業家向けの「Social Venture Center」を解説し、基礎知識から国内外のケース紹介までさまざまな情報提供を行なうとともに、日本初のソーシャル・ベンチャーのビジネス・プラン・コンテストを実施していることを紹介しています。
第3章「ミッションと戦略」では、ミッションが、「ソーシャル・イノベーション創出の出発点として重要な意味を持つ」と述べ、既存の手弁当的なボランティア団体も、「新たな視点からミッションを再定義したことを契機に画期的な解決策が導き出され、それが実際に提供されて社会問題が解決されるといった展開され想定される」と述べています。
そして、ソーシャル・ベンチャーの戦略の特徴として、「社会貢献実現とキャッシュフロー獲得の二重構造になっていること」を挙げ、ゴーイング・コンサーンとして安定的に社会貢献を果たすためには、「社会貢献領域と事業領域を取り巻く環境の変化や組織の成長段階などに応じて、二重構造の戦略の『バランス感』を微調整しなければならない」と述べています。
第4章「ソーシャル・イノベーション」では、「ビジネスモデルと社会貢献モデル」から構成されるソーシャル・ベンチャー・モデルの特質から、ソーシャル・イノベーションのパターンが、
(1)ソーシャル・ベンチャー・モデルづくり自体がイノベーションとなっているパターン。
(2)キャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
(3)社会貢献モデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
の3つに大別されると述べています。
第5章「マネジメント」では、ソーシャル・ベンチャーにおける理想的な人材が、「社会貢献意欲が高く、かつ、ビジネスの手腕を持ち合わせている」ことであるのに対し、「現実に目を転じると、非営利組織には社会貢献意欲の高い人材が終結しているのは当然としても、ビジネスの知識やスキルを兼ね備えた人材は少ない。そのため、目下のところ、ビジネス人材(ビジネス・プロフェッショナル)を外部から採用するしか手立てはない」とのべています。
第6章「資金調達とソーシャル・ファイナンス」では、ソーシャル・ベンチャーにとってファンドレイジングで得た資金が、「感覚的には売り上げの一部を構成する資金と位置づけられ」、まさに「フロー」の感覚であることについて、「営利企業にいた人間からすれば驚き」であり、「外部から調達した資金は、調達方法により資本金や借入金として認識され、近代的な会計制度を備えた営利企業では売り上げと同列に扱うことはけっしてない」ため、初めて接したときは「放漫経営の営利企業を見た思いがした」と語っています。
そして、「ベンチャー企業でさえ、スタートアップ段階の資金調達には苦労がつきまとう。ましてや営利第一ではなく、社会貢献を最優先するソーシャル・ベンチャーは、なおさら困難と言わざるをえない」と述べています。
また、NPOやソーシャル・ベンチャーの活動が社会に浸透することで、「社会貢献の意義については、金融機関も認識し始め」、「ソーシャル・ファイナンス」という発想を基盤とした新しいタイプの金融機関が生まれ、「社会貢献目的を掲げる組織への資金提供が可能となった」と述べています。そして、ソーシャル・ファイナンスが、「既存金融機関が提供する金融商品と預金者ニーズとのミスマッチ、および、ファイナンスの枠組みと資金ニーズの強いソーシャル・ベンチャーとのミスマッチ、この2つのミスマッチを解消し、問題解決を図るイノベーションと言っていい」と述べています。
さらに、「経済的リターンと同じように社会的リターンも評価すべき」という発想の広まりに余って、「収支の計算の帳尻」と「金銭では表示できない社会貢献の最終的な帳尻」という2つの帳尻、すなわち「ダブル・ボトム・ライン」の発想を持った投資家について注目しています。
そして、海外のソーシャル・ファイナンスの事例として、
・イタリアの倫理銀行・・・基本理念は「Giving credit to social economy」
・オランダのトリオドス銀行・・・社会的、倫理的、金融的なアプローチをミッションに掲げる
・アメリカの地域コミュニティ開発金融機関(CDFI : Community development Financial Institution)
等の事例を紹介しているほか、日本の事例としても、1989年にプレス・オルターナティブと永代信用組合が提携して発足した「市民バンク」を紹介しています。
第7章「業務評価」では、「インプットとアウトプットの比較による効率の概念、すなわち、より少ない経営資源の投入で、より大きな社会貢献が生み出されることが効率的であるという考えは、ソーシャル・ベンチャーの経営でも有効」であると述べています。
第8章「今後の方向性」では、ソーシャル・ベンチャーが、「社会貢献目的との関係から、ベンチャー企業なら到底選択しないような収益性に欠け、成長性も期待できない事業領域を選ぶこともある」と述べ、その成功基準が、「組織を維持し、安定的に社会貢献を果たすだけのキャッシュフローを生み出すことに置かれている」ため、「この特性に合わせた支援策を打ち出さなければ、絵空事になってしまう」と述べています。
そして、社会起業家が、「社会問題の捉え方や解決策について、ある種の思い込みがあるときは、皮肉にもその信念が解決を遅らせてしまうこともある。強い信念で社会問題解決に取り組むがゆえに、思い込みに近いミッションの呪縛から離れられない思考パターンに陥ってしまう」ことを指摘するとともに、ソーシャル・ベンチャーのミッションが、「往々にして、受益者には押し付けがましく見えたり、傲慢に思えたりするもことを指摘しています。
本書は、社会起業家について、体系的に理解したい人にとって重宝する一冊です。
■ 個人的な視点から
社会起業家を紹介する本は、個々の事例、と言うよりも、「こんなすごい人がいる」という紹介物が多いのですが、本書のように体系的に解説した本は、味気ない部分もありますが、大事だと思います。
■ どんな人にオススメ?
・ビジネスの人の目から見た社会起業家の姿を捉えたい人。
■ 関連しそうな本
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
■ 百夜百マンガ
名門学校のお坊ちゃま・お嬢様たちを、野性的な主人公が翻弄する、というのが後々の学園マンガでも基本パターンとなっていますが、本作品もまさにストレートな設定です。
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2007年11月22日
「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方
■ 書籍情報
【「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方】(#1036)
駒崎弘樹
価格: ¥1470 (税込)
英治出版(2007/11/6)
本書は、「病児保育」という社会問題を解決する事業型NPO「フローレンス」を経営する社会起業家(ニューズウィーク日本版の『世界を変える社会起業家100人」の1人)である著者が、「食えない」業界だった病児保育の世界にイノベーションを起こし、自分達の街を、そして、「社会を変える」ことを仕事にすることができる時代を切り拓いていく過程を語ったストーリーです。
第1章「学生でITベンチャー社長になっちゃった」では、学生ITベンチャーの社長をしながらも、「自分は何がしたいのか」に悩んだ著者が、高校受験、アメリカの田舎への留学、異国から見た日本、と回想を重ねる中で、「日本社会の役に立ちたい」という言葉に出会った瞬間を、
「ノートにその言葉が記されたとき、僕は誰もいないにもかかわらず周りをきょろきょろ見回した。まるで自分が書いた字ではないような気がした。すぐに斜線を引いて黒く塗りつぶしたが、また同じ言葉をその下に書いてみた。
日本社会の役に立ちたい。」
「もう一度自分の書いた言葉を見た。迷いなくそこに寝そべっている言葉を、僕は汗をかいて狼狽しながら、にらみつけた。」
と語っています。実は、ここが本書の一番の山場です。
第2章「『社会を変える仕事』との出会い」では、ボランティア団体と同じようなものと思っていたNPOが、アメリカでは、ビジネス界からの人材やノウハウの流入によって、「事業によって社会問題を解決する」方向にシフトしていること、そして、事業によって社会問題を解決する「社会起業家」という言葉に出会った驚きを、
「これならば、2年の間会社経営に身を費やしてきた僕にもできる、いや僕だからこそできる『日本社会の役に立つ』方法ではないだろうか」
と語っています。
そして、ベビーシッターをしている母親から、子どもの看病で会社を休んだためにクライアントが会社をクビになってしまった話を聞いたことを思い出し、親が子どもの看病をするという「当たり前のことをして職を失う社会」という「社会問題」に気づきます。また、著者自身が、子ども時代に同じ団地の「松永さん」に預かってもらっていたことを思い出し、今の下町を見て、「松永さんは、もういないんだ」という言葉を口に出すことで、「俺がやってやるさ」と、この問題を「社会問題、という抽象的な言葉ではなく、血の通って、手のすぐ届くところにいる気に食わない野郎のよう」に見据えています。
第3章「いざ、『社会起業家』!」では、「子どもが病気になったときの預け先がない」という問題には、「病児保育問題」という名前がついていたこと、凄腕の社会起業家だったナイチンゲールのファーストネームにあやかって「フローレンス」という組織名を決めたこと、助成金をめぐって魑魅魍魎あふれるNPO業界の暗部を目にしたこと、商店街のおじさんから衆議院議員、公務員までさまざまな人種とさまざまな言語を交わしたことを語っています。
そして、「ニーズあるところにマーケットありき」というビジネスの原則にもかかわらず、病児保育の施設は僅かしかなく、その原因が、事業者に赤字を強いる行政の補助金の仕組みにあり、「全国の9割の病児保育施設が赤字」という状況にあることを知り、「経済的に成り立つモデル」を模索し始めます。
第4章「大いなる挫折」では、「商店街の空き店舗を使って病児保育事業をする」というアイデアの実現のため、商店街の世界の顔役に気に入られ、行政を説得し、物件を見つけ、小児科医のバックアップを取り付けた著者が、頼みの綱にしていた中小企業庁の補助金を、「NPOが嫌い」だという区長のストップをかけられ、事業の頓挫を余儀なくされます。そこに、企業からは助成金を返せと言われ、プライベートでは失恋するという追い討ちをかけられ、「心が折れた」状態に陥ってしまいます。
著者は、活動を支援してくれた、「仙人」というあだ名を持つETIC.の宮城代表に「もうやめます」と告白に行きますが、仙人からの、
「君さ、本当は何がしたかったんだっけ?」
「病児保育の問題解決のために、新しい『病児保育の施設』が必要なのだね?」
という問いかけに答えているうちに、
「施設をつくることだけが病児保育問題を解決する手段ではない」
と気づき、また走り出します。
第5章「世の中のどこにもないサービスを始める」では、病児保育の問題は、「『預かる場所』が少ないということ」だとノートに書き付けた著者が、自宅で預かってくれる「松永のおばちゃんを、大量生産すればいいんじゃないか?」というアイデアにたどり着きます。著者は、「松永のおばちゃんは医療のプロではない」が、「医師と提携して、預かっているときにアドバイスをもらえる体制を構築すればいい!」という「脱施設モデル」を発展させ、定額制が当たり前になっているインターネットの世界をヒントに、「保険共済型課金システム」を採用することで、財務モデルを成立させています。
さらに、世論形成とネットワーキングのために、「子育てにイノベーションを」と題したシンポジウムを開催したことをきっかけに、同じ問題意識を持つ、マーケティング・コンサルタントや弁護士などのプロフェッショナルが、フローレンスの活動に「プロボラ」(プロフェッショナル・ボランティア)として参加してくれるようになります。
また、「こどもレスキュー隊員」となってもらう、「子育てのベテランで、病気の子供でも預かろう、っていう気合の入った人」を探すうちに、「最も頼みたくない人物」である(勘当されている)自分の母親に頭を下げ、「地域に埋もれた、志を持つ、子育て経験者という宝」を捜し求めています。
第6章「『地域を変える』が『社会を変える』では、2005年4月のサービスインに向け、説明会を重ねた他、大手メディアでフローレンスの取組みが紹介された裏には、フローレンスの広報アドバイザー的な役割を果たしてくれるマスコミの記者から、「ソーシャルベンチャーの唯一の武器は、明確な社会性」であり、「言葉が認識を生んで、認識がアクションを生むの。アクションが変化を生む」とハッパをかけられ、プレスリリースのイロハを叩き込まれた成果であることが語られています。
また、弁護士や大手企業の人事のプロ、行政マンがプロボラとしてバックアップしてくれたほか、学生インターンたちが銀行の内定等を蹴ってフローレンスへの就職を希望したことについて、「世の中は変わり始めている、確実に。」と語っています。
そして、フローレンスのオフィスのある「Z区」の区役所の係長から、「はっきり言って、迷惑なんですよね」と厭味を言われたことを、「無関心な国民が生み出した無数のばかげた状況の、単なる一個の象徴だ」、「敵は彼のような象徴ではなく、いままさに日本がかかっている『無関心のくせに依存する』病気。日本人の精神性そのものではないだろうか」と語っています。
また、厚生労働省の官僚が、1回のインタビューと研修マニュアルを元に、フローレンスのシステムをパクって自分たちの政策にしてしまったときには、激怒していろいろな人に愚痴っていますが、介護業界のパイオニアである「NPO法人ケア・センターやわらぎ」の石川治江氏から、
「国にパクられて一人前」
「あんたがしたいことって、何さ?」
「病児保育問題を解決するんだったら、国にパクられたほうがいいじゃないか。そのほうが全国で取組みが始まるんだもの」
とたしなめられ、己の器の小ささを恥じています。
ところが、国のモデルは、ノウハウもなく、補助金が切れたら自立できない仕組みになっていたため、全国の事業者からのSOSや視察が来るようになり、「病児保育を始めようという全国の事業者をサポートする仕組みづくり」に取り組み、「参入する事業者が増え、育ち、活躍することによって、つまり市場が創出されることによって、『点』としての問題解決にとどまらず『面』としての問題解決が可能になるのではないか」と考え、「病児保育を『当たり前の社会インフラ』として日本に根づかせることができる」と述べています。
著者は、社会起業家が行なうソーシャルビジネスを、「氷砕船」にたとえ、「クリエイティブな解決方法をあらゆる方法でプロモーションし、政策化をあと押しする」として、「氷砕船」が作った新航路を、「タンカーや豪華客船である国や自治体や参入企業は、その後ろを通っていって、規模の大きな仕事をすればいい」と語っています。
そして、「政治家や官僚だけが世の中を変えるのではない」、ソーシャルベンチャーやプロボラのような「『気づいた個人』が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる時代になっているのだ」、「『社会を変える』を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている」と語っています。
本書は、「社会を変えたい」と悶々としている人に、一歩踏み出す勇気を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
著者の駒崎さんや、本書に登場する「仙人」こと宮城さんとは、一昨年にアメリカから社会起業家をサポートするアショカ財団とREDFを呼んだ研究会でご一緒させていただきました。そのため、フローレンスの事業展開はNEC社会起業塾やマスコミなどでチェックさせていただいていましたが、本書で一番面白いと思ったのは、ITベンチャーの学生社長をしていた著者が温泉宿にこもって、「自分は何がやりたいのか」を自問する第1章です。駒崎さんの若さと目標の高さとがまぶしいほど輝いています。
■ どんな人にオススメ?
・社会の役に立ちたいと思っている人。
■ 関連しそうな本
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
■ 百夜百マンガ
作者の野球に対する思いがつまった作品です。パ・リーグ的雰囲気が好きな人にはお奨めです。
投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方
■ 書籍情報
【「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方】(#1036)
駒崎弘樹
価格: ¥1470 (税込)
英治出版(2007/11/6)
本書は、「病児保育」という社会問題を解決する事業型NPO「フローレンス」を経営する社会起業家(ニューズウィーク日本版の『世界を変える社会起業家100人」の1人)である著者が、「食えない」業界だった病児保育の世界にイノベーションを起こし、自分達の街を、そして、「社会を変える」ことを仕事にすることができる時代を切り拓いていく過程を語ったストーリーです。
第1章「学生でITベンチャー社長になっちゃった」では、学生ITベンチャーの社長をしながらも、「自分は何がしたいのか」に悩んだ著者が、高校受験、アメリカの田舎への留学、異国から見た日本、と回想を重ねる中で、「日本社会の役に立ちたい」という言葉に出会った瞬間を、
「ノートにその言葉が記されたとき、僕は誰もいないにもかかわらず周りをきょろきょろ見回した。まるで自分が書いた字ではないような気がした。すぐに斜線を引いて黒く塗りつぶしたが、また同じ言葉をその下に書いてみた。
日本社会の役に立ちたい。」
「もう一度自分の書いた言葉を見た。迷いなくそこに寝そべっている言葉を、僕は汗をかいて狼狽しながら、にらみつけた。」
と語っています。実は、ここが本書の一番の山場です。
第2章「『社会を変える仕事』との出会い」では、ボランティア団体と同じようなものと思っていたNPOが、アメリカでは、ビジネス界からの人材やノウハウの流入によって、「事業によって社会問題を解決する」方向にシフトしていること、そして、事業によって社会問題を解決する「社会起業家」という言葉に出会った驚きを、
「これならば、2年の間会社経営に身を費やしてきた僕にもできる、いや僕だからこそできる『日本社会の役に立つ』方法ではないだろうか」
と語っています。
そして、ベビーシッターをしている母親から、子どもの看病で会社を休んだためにクライアントが会社をクビになってしまった話を聞いたことを思い出し、親が子どもの看病をするという「当たり前のことをして職を失う社会」という「社会問題」に気づきます。また、著者自身が、子ども時代に同じ団地の「松永さん」に預かってもらっていたことを思い出し、今の下町を見て、「松永さんは、もういないんだ」という言葉を口に出すことで、「俺がやってやるさ」と、この問題を「社会問題、という抽象的な言葉ではなく、血の通って、手のすぐ届くところにいる気に食わない野郎のよう」に見据えています。
第3章「いざ、『社会起業家』!」では、「子どもが病気になったときの預け先がない」という問題には、「病児保育問題」という名前がついていたこと、凄腕の社会起業家だったナイチンゲールのファーストネームにあやかって「フローレンス」という組織名を決めたこと、助成金をめぐって魑魅魍魎あふれるNPO業界の暗部を目にしたこと、商店街のおじさんから衆議院議員、公務員までさまざまな人種とさまざまな言語を交わしたことを語っています。
そして、「ニーズあるところにマーケットありき」というビジネスの原則にもかかわらず、病児保育の施設は僅かしかなく、その原因が、事業者に赤字を強いる行政の補助金の仕組みにあり、「全国の9割の病児保育施設が赤字」という状況にあることを知り、「経済的に成り立つモデル」を模索し始めます。
第4章「大いなる挫折」では、「商店街の空き店舗を使って病児保育事業をする」というアイデアの実現のため、商店街の世界の顔役に気に入られ、行政を説得し、物件を見つけ、小児科医のバックアップを取り付けた著者が、頼みの綱にしていた中小企業庁の補助金を、「NPOが嫌い」だという区長のストップをかけられ、事業の頓挫を余儀なくされます。そこに、企業からは助成金を返せと言われ、プライベートでは失恋するという追い討ちをかけられ、「心が折れた」状態に陥ってしまいます。
著者は、活動を支援してくれた、「仙人」というあだ名を持つETIC.の宮城代表に「もうやめます」と告白に行きますが、仙人からの、
「君さ、本当は何がしたかったんだっけ?」
「病児保育の問題解決のために、新しい『病児保育の施設』が必要なのだね?」
という問いかけに答えているうちに、
「施設をつくることだけが病児保育問題を解決する手段ではない」
と気づき、また走り出します。
第5章「世の中のどこにもないサービスを始める」では、病児保育の問題は、「『預かる場所』が少ないということ」だとノートに書き付けた著者が、自宅で預かってくれる「松永のおばちゃんを、大量生産すればいいんじゃないか?」というアイデアにたどり着きます。著者は、「松永のおばちゃんは医療のプロではない」が、「医師と提携して、預かっているときにアドバイスをもらえる体制を構築すればいい!」という「脱施設モデル」を発展させ、定額制が当たり前になっているインターネットの世界をヒントに、「保険共済型課金システム」を採用することで、財務モデルを成立させています。
さらに、世論形成とネットワーキングのために、「子育てにイノベーションを」と題したシンポジウムを開催したことをきっかけに、同じ問題意識を持つ、マーケティング・コンサルタントや弁護士などのプロフェッショナルが、フローレンスの活動に「プロボラ」(プロフェッショナル・ボランティア)として参加してくれるようになります。
また、「こどもレスキュー隊員」となってもらう、「子育てのベテランで、病気の子供でも預かろう、っていう気合の入った人」を探すうちに、「最も頼みたくない人物」である(勘当されている)自分の母親に頭を下げ、「地域に埋もれた、志を持つ、子育て経験者という宝」を捜し求めています。
第6章「『地域を変える』が『社会を変える』では、2005年4月のサービスインに向け、説明会を重ねた他、大手メディアでフローレンスの取組みが紹介された裏には、フローレンスの広報アドバイザー的な役割を果たしてくれるマスコミの記者から、「ソーシャルベンチャーの唯一の武器は、明確な社会性」であり、「言葉が認識を生んで、認識がアクションを生むの。アクションが変化を生む」とハッパをかけられ、プレスリリースのイロハを叩き込まれた成果であることが語られています。
また、弁護士や大手企業の人事のプロ、行政マンがプロボラとしてバックアップしてくれたほか、学生インターンたちが銀行の内定等を蹴ってフローレンスへの就職を希望したことについて、「世の中は変わり始めている、確実に。」と語っています。
そして、フローレンスのオフィスのある「Z区」の区役所の係長から、「はっきり言って、迷惑なんですよね」と厭味を言われたことを、「無関心な国民が生み出した無数のばかげた状況の、単なる一個の象徴だ」、「敵は彼のような象徴ではなく、いままさに日本がかかっている『無関心のくせに依存する』病気。日本人の精神性そのものではないだろうか」と語っています。
また、厚生労働省の官僚が、1回のインタビューと研修マニュアルを元に、フローレンスのシステムをパクって自分たちの政策にしてしまったときには、激怒していろいろな人に愚痴っていますが、介護業界のパイオニアである「NPO法人ケア・センターやわらぎ」の石川治江氏から、
「国にパクられて一人前」
「あんたがしたいことって、何さ?」
「病児保育問題を解決するんだったら、国にパクられたほうがいいじゃないか。そのほうが全国で取組みが始まるんだもの」
とたしなめられ、己の器の小ささを恥じています。
ところが、国のモデルは、ノウハウもなく、補助金が切れたら自立できない仕組みになっていたため、全国の事業者からのSOSや視察が来るようになり、「病児保育を始めようという全国の事業者をサポートする仕組みづくり」に取り組み、「参入する事業者が増え、育ち、活躍することによって、つまり市場が創出されることによって、『点』としての問題解決にとどまらず『面』としての問題解決が可能になるのではないか」と考え、「病児保育を『当たり前の社会インフラ』として日本に根づかせることができる」と述べています。
著者は、社会起業家が行なうソーシャルビジネスを、「氷砕船」にたとえ、「クリエイティブな解決方法をあらゆる方法でプロモーションし、政策化をあと押しする」として、「氷砕船」が作った新航路を、「タンカーや豪華客船である国や自治体や参入企業は、その後ろを通っていって、規模の大きな仕事をすればいい」と語っています。
そして、「政治家や官僚だけが世の中を変えるのではない」、ソーシャルベンチャーやプロボラのような「『気づいた個人』が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる時代になっているのだ」、「『社会を変える』を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている」と語っています。
本書は、「社会を変えたい」と悶々としている人に、一歩踏み出す勇気を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
著者の駒崎さんや、本書に登場する「仙人」こと宮城さんとは、一昨年にアメリカから社会起業家をサポートするアショカ財団とREDFを呼んだ研究会でご一緒させていただきました。そのため、フローレンスの事業展開はNEC社会起業塾やマスコミなどでチェックさせていただいていましたが、本書で一番面白いと思ったのは、ITベンチャーの学生社長をしていた著者が温泉宿にこもって、「自分は何がやりたいのか」を自問する第1章です。駒崎さんの若さと目標の高さとがまぶしいほど輝いています。
■ どんな人にオススメ?
・社会の役に立ちたいと思っている人。
■ 関連しそうな本
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
■ 百夜百マンガ
作者の野球に対する思いがつまった作品です。パ・リーグ的雰囲気が好きな人にはお奨めです。
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2007年08月28日
世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力
■ 書籍情報
【世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力】(#950)
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳)
価格: ¥1890 (税込)
ダイヤモンド社(2007/2/17)
本書は、「社会的な課題に、事業として取り組む」試みをする人たちである「ソーシャル(社会)+アントレプレナー(起業家)」を紹介しているものです。著者は、彼らを「世界を変える勢力」として捉え、「社会の重要な問題を解決に導くために新しいアイデアを抱き、不屈の精神でビジョンの実現を目指す人々、頑として弱音を吐かず、決して諦めずに、どこまでもどこまでもアイデアを広げていく人々」であると述べています。
本書で中心的に扱われているのは、アメリカ環境保護庁(EPA)の元幹部であったビル・ドレイトンが、1978年に立ち上げた、社会起業家の支援組織「アショカ」です。アショカは、「アジア、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパの46カ国で活動」しており、「これまでに支援した社会起業は1400人、合計で4000万ドル近くを提供するとともに、専門的な助言などを行ってきた」実績を持ちます。
第1部「世界を変えた人・変える人」では、10人の社会起業家を取り上げています。
第1章「子どもを守る、24時間の電話〔インド〕」では、「子どもたちに困ったことが起きたら、深夜でも対応する、児童保護サービス」である「チャイルドライン」の設立者ジェリー・ビリモリアを取り上げています。ジェルーは、ソーシャルワーカーの育成に携わるかたわらで、「いくつもの児童保護組織があるのに互いに協力しておらず、危険な目に遭った子どもたちを救うのに何日もかかる、という実情」に気づき、緊急事態に対応する電話サービスを実現するため、通信大臣にまで陳情を行い発信無料の電話サービスを実現するとともに、関係する組織にチャイルドラインへの参加を呼びかけ、元ストリートチルドレンの若者にコールセンターのスタッフとして職を与えています。この取組みは、フランチャイズ式に全国に拡大し、2002年10月までに電話件数は270万本に達し、現在は世界にヘルプラインを普及させるための活動に拡大しています。
第2章「社会起業家のさきがけ、ナイチンゲール〔イギリス〕」では、1845年に、ナイチンゲールが看護師として働くことを志した当時、看護師といえば、「薄汚い身なりの品行の悪い女性」というイメージがあり、裕福な家の娘が就く職業としては常識外れなものであったことが述べられています。
1854年のクリミア戦争へのイギリスの参戦に合わせ、ナイチンゲールは38人の看護師を集めて現地に赴き、目を覆うばかりの病院の惨状を目にし、「病院内を掃除し、兵士たちの衣類を洗い、軍にかけ合って医療不足の解消を目指し」、資材を投じて備品倉庫まで建てています。兵士たちから「ランプの貴婦人」と慕われた彼女によって、1855年2月に43%だった院内死亡率が5月には2%にまで低下しています。
偉人伝などでは、彼女の優しさや自己犠牲を強調していますが、この成果の陰には、「不屈の精神を支えにして緻密な手法や厳しい規律を取り入れ、細かいところにまで気を配り、休みなく働く姿勢があった」ことが指摘されています。彼女は、統計学者のウィリアム・ファーと共同で、軍隊での病院や死因についての統計データをまとめ、図を用いて変革を訴えることをしています。
著者は、ナイチンゲールを、「物事を管理する能力に長け、統計を使いこなし、政府にまで働きかけをしていた」人物であり、「まさに起業家として高い成果をあげた。衛生や病院管理の手法を築き、各国に大きな影響を及ぼした」と述べ、「世の中を変えるには、強い倫理観に突き動かされたナイチンゲールのような社会起業家の力が求められるのだろう」と語っています。
第3章「世界の環境政策を変えた男〔アメリカ〕」では、後にアショカを組織するビル・ドレイトンが、20歳のときにインドを旅し、土地改革運動の指導者ヴィノバ・バーヴェと行動を共にすることで、非暴力思想をじかに学んだことが述べられています。そして、アメリカ環境保護庁(EPA)の幹部となったドレイトンが、工場自らが大気汚染を減らす方法である「バブル(「透明な半球」の意)を発案し、「ある部門が汚染物質を排出しても、別の部門が排出を減らして、工場全体として汚染ガスの排出量が一定以内に収まればよい、そのための方法は工場側が提案できるようにしよう」というアイデアを実地に移し、当時は環境運動家からも過激だと見られたものだが、今では汚染を防ぐ優れた方法として認められているものであると述べています。
第6章「スラム街の子を病気から守る〔ブラジル〕」では、1991年にリオデジャネイロで「病気の子供とその母親を対象に、退院後のケアをするための組織」である「ヘナセ(再生)」を組織したヴェラ・コルディロを取り上げています。コルディロは、ヘナセに倣う組織との協力関係を結ぶに当たり、
(1)病院と確かな協力関係を築いている
(2)貧しい親に対処した経験がある
(3)ヘナセと同じ水準を守るという合意書に署名する
(4)純粋な思いに突き動かされている
の4つの基準を設けるとともに、アショカのブラジル支部を通じて、マッキンゼーの協力を得ることで組織を拡大するための専門的な管理手順を取り入れたことが述べられています。コルディロは、「マッキンゼーはヘナセに革命を起こしてくれたの!」と述べた上で、「社会変革に、どのように事業経営の枠組みを当てはめるのか。財務面の考慮と人間的な心配りをどう調和させるのか。プロ意識を持って仕事をしながらも、親しみやすさを保つには、どうすればいいのか」という難しい問題が残されていることが述べられています。
第7章「低所得者の大学進学支援〔アメリカ〕」では、低収入家庭の子どもたちに、4日間のコースで文章教室やカウンセリング、モチベーション向上講座などを開く「カレッジ・サミット」を立ち上げたJ・B・シュラムを取り上げ、アメリカで毎年、高校を卒業する90万人の低収入家庭の子どものうち、能力があるのに入学を認められない生徒が少なくとも18万人ほどいるという実態に対し、その原因は、「収入の低い家庭の子どもは、自分をアピールするのが下手であるうえ、決め細やかな指導を受ける機会が少ない」との指摘を紹介しています。
そして、「低所得者層の多い地域で大学進学率が上がるように後押しをすれば、その地域全体、いや、アメリカの低所得者層全体に好ましい変化を及ぼせるだろう」というシュラムの考えを紹介しています。
第8章「差別の国でエイズ患者を救う〔南アフリカ〕」では、ベテラン看護師であるヴェロニカ・コーサが、「南アフリカには、職のない人も、自宅で介護を求める人も、大勢いる。だから、誰かが若者に介護の訓練を施すべきではないか」と考え、エイズ患者を救う組織「タニーテ」(「歩き始めたばかりの子どもへの愛情」の意)を立ち上げ、
(1)正規の医療を補う役目を果たす
(2)地域社会のあらゆる組織との連帯を目指す
(3)家族、隣人などにも介護技能を広める
(4)タニーテの活動に関して大きな判断を下す際には地域社会に相談する
の4つの原則を掲げたことを取り上げています。
2001年にはコーサは、「南アフリカで今年一番輝いた女性」の医療部門で第1位に輝いています。
第10章「2500万人の幼い命を救ったユニセフ事務局長〔アメリカ〕」では、1980年のユニセフ事務局長への就任以来、自身の死の間際まで、シンプルな方法で子どもたちの健康を守ろうと努めたジェームズ・グラントを取り上げています。
第2部「世界を包む『社会起業』の波」では、「アショカ」を初めとする社会起業家の特質について解説しています。
第1章「社会起業家の支援組織・アショカの誕生」では、ビル・ドレイトンがアショカを立ち上げてからの5年間で、アメリカの公的な財団からはいっさい資金提供がなかったことを紹介した上で、1984年にマッカーサー財団から20万ドルの奨励金が下りたことがドレイトンがアショカの仕事に全力を傾けるきっかけになったと述べています。
第2章「アイデアではなく、『人』が世界を変える」では、これまで社会起業かが注目されてこなかった理由として、「社会起業家がいなかったわけではない。だが、彼ら彼女らの推し進めた運動だけが関心を集め、誰がどのような手法を用いてそれを成し遂げたのかは、見過ごされてきた」ことを挙げています。
第3章「アショカが探し求める人物とは?」では、ビル・ドレイトンが、「人々は、理屈ではなく実在の人物を通して社会起業についてのイメージを膨らませます。ですから、模範となるような人材を探し出さなくてはなりません」と語っていることを紹介しています。
そして、アショカ・フェローの面接において、
(1)創造性
(2)起業家にふさわしい性格
(3)アイデアの中身
(4)倫理観
の4つの基準に着目していることを紹介しています。
第5章「世界を変える組織の四つの特徴」では、世界を変える組織が、
(1)苦境にある人々の声に耳を傾ける
(2)予想外の出来事からひらめきを得る
(3)現実的な解決策を考える
(4)適材を見つけ出して大切にする
の4つの共通の特徴を持っていると述べています。
第6章「成功する社会起業家の六つの資質」では、「大きな成功を手にする起業家は、大切な目標を掲げ、何としてもそれを実現しようとする。だからこそ着々と機械を探り、壁に気づき、途中結果を見きわめ、今後に向けて計画を練っていくのだ」と述べた上で、成功する社会起業家の資質として、
(1)間違っていると思ったらすぐに軌道を修正する
(2)仲間と手柄を分かち合う
(3)枠から飛び出すことをいとわない
(4)分野の壁を越える
(5)地味な努力を続ける
(6)強い倫理観に支えられている
の6点を挙げています。
第7章「よりよい世界を実現するために」では、社会起業家が、「世の中や他人のために尽くしたい」との思いに突き動かされているのではなく、「自分の熱い思いに従い、本能の赴くままに行動している」と述べ、「そのような行動を通して、得がたい褒美を手にしている」と述べています。
本書は、現実に世界をどんどん変えている社会起業家を知るための良質なガイドブックとなる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書の監訳をしている慶應SFC講師の井上さんは、2年前の8月に本書で主に取り上げられている「アショカ」と、社会変革を起こす投資を行っている「REDF」の2つの組織を日本に招いて「日米ソーシャル・イノベーション・フォーラム」を開催した時の中心メンバーです。
雑誌『経済セミナー』の2007年9月号には、このフォーラムを開催した専門委員会のメンバーやフォーラムに参加した日本の社会起業家が特集を執筆しています。
「特集=いま社会起業家に注目しよう!」
http://www.nippyo.co.jp/maga_keisemi/ke0709.htm
■ どんな人にオススメ?
・現実に世界を変えている人を見てみたい人。
■ 関連しそうな本
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
■ 百夜百マンガ
単発ものでテレビアニメ化されました。「トトロ」や「もののけ姫」のイメージを引っ張るようなストーリーなのですが、実際にジブリ作品の美術監督を務めた人が監督したそうです。
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2007年08月01日
ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図
■ 書籍情報
【ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の構図】(#923)
神野 直彦, 澤井 安勇 (著)
価格: ¥2730 (税込)
東洋経済新報社(2004/1/30)
本書は、「自立的な市民層の社会的活動を中心にすえて、近未来のわが国社会の構図を描いてみよう」ということをテーマとしたものです。著者は、今後、「これまで相対的に弱体だった市民セクターの強化に社会を挙げて取り組むことが緊要の課題で」あり、「まだ未成熟な市民社会組織や弱体化の著しい地域コミュニティの強化・再生などを通じて、ようやく兆候の見えてきた自立的市民社会への狭い道を広げていくことが必要であり、それが実現した政治・社会状況こそ、本書で言う『ソーシャル・ガバナンス』の世界である」と述べています。
第1章「ソーシャル・ガバナンス」では、「市場の失敗」と「政府の失敗」を克服する道こそが、ソーシャル・ガバナンスの道であり、「ソーシャル・ガバナンスとは『政府の失敗』を再市場化によって克服しようとする新自由主義への対抗戦略と言うことができ」、「市民社会を強化することによって克服しようとする戦略」であると述べています。
そして、「社会システムが社会の構成員の自発的協力によって実施する機能」として、
(1)社会の構成員が相互に助け合う相互扶助機能
(2)社会の構成員が共同の困難を解決するために実施する共同事業
の2点を挙げ、「相互扶助を目的とする機能集団」である「自助組織」について解説しています。
また、「ソーシャル・ガバナンス」を、「社会システムが新しい開かれた共同体として、自発的に再組織化されること」であり、「国民が広く参加する国民運動として、ボランタリー・セクターが活性化していくことを基盤としている」と述べています。
さらに、「アソシエーション」を、「市民社会を構成するための不可欠な要素」であるとした上で、「デモクラシーが再生するには、表決型から対話型へとそのあり方が変らなければ」ならず、「対話型デモクラシーを支えるには、『公』を担う社会アクターとしてのアソシエーションが豊富に存在することが重要である」と述べています。
著者は、「現代のガバナンス概念」を、「全体社会を構成するさまざまな社会的アクターの相関構造・相互作用関係によって形成される秩序関係または統治システムの発現パターン」という「相対的関係論として語られることが多くなった」と紹介しています。
第2章「欧米諸国における市民社会組織の機能と役割」では、スウェーデンにおける非営利活動の主体である「フォレーニング」と財団、フランスにおいて、100年以上も前から活動している「アソシアシオン」、アメリカを中心とした諸外国における市民組織の活動状況などについて紹介した上で、サラモンとアンハイアーによる非営利セクターの類型として、
(1)コーポラティスト型:政府支出も非営利セクターも大きい。
(2)社会民主主義型:政府支出は大きいが非営利セクターは小さい。
(3)リベラル型:政府支出は小さいが非営利セクターは大きい。
(4)ステイティスト型:両者とも小さい。
の4つを紹介しています。
そして、「国家・市場・コミュニティの3領域にまたがる第3セクターの一部として位置づけられる」「ソーシャル・エコノミー」について、その特質として、
(1)社会的目的を有するため利潤最大化を行動原理とせず、民主的経営参加を行うため経営参加が資本の所有に基づかない点において、市場領域のアクターと異なる。
(2)強制性より自発性、全体性より個別性が強調され、かつ民主的な意思決定を行いやすい点において国家領域と異なる。
(3)地縁・血縁に基づく継続的関係によらずに財・サービスの提供を行う点においてコミュニティと異なる。
の3点を挙げ、その課題として、
(1)現実には常に市場領域や国家領域との緊張関係や依存関係をはらんで存在している。
(2)過度の外在的期待が存在する場合には、その自立性・自発性が損なわれやすい。
の2点を挙げています。
第3章「わが国における市民社会組織の現状と課題」では、「任意参加型市民社会組織のイメージ」として、
(1)市民社会に貢献する活動を行う、政府および関係行政機関でも企業法人でもない組織であること。
(2)市民の自由意志による参加で結成された組織で、かつ、民主的な運営が確保されたものでなければならない。
(3)最小限必要な社会的責任を担えるだけの組織実態と運営ルールを備えている。
の3点を挙げています。
また、「市民自治や市民活動の単位としての公共圏域」という視点が重要になった理由として、
(1)公共政策の担い手として、個々の市民や市民組織、法人市民としての企業など多種多様なアクターが参加することが要請され、現実にそのような状況が急速に進展しつつある。
(2)経済活動などに対する規制の廃止・緩和などの政府規制改革の課題。
(3)市民組織、なかでもNPOやボランティア組織などの市民活動組織が、自治体の行政区域や国家の領域を超越して、自由に活動領域を展開しうることをその本質とする。
さらに、「市民活動団体が地域社会のソーシャル・ガバナンスにおいて果たす主な役割」として、
(1)社会的課題の発見
(2)社会的課題の解決に向けての他者への働きかけ
(3)社会的課題の解決に向けての自主的取組み
(4)社会的課題の解決に向けての関係者調整
の4点を挙げています。
本書は、新しい社会の構図として、著者らが思い描く姿を、多くの執筆者が思い思いに自由に伸び伸びと語っている一冊です。
■ 個人的な視点から
「ソーシャル・ガバナンス」という理念がちょっと広すぎるのか、まとまりがなくなってしまったというか、1冊の本にするには収まらないような印象を受けました。
もう少し、執筆者数を絞り込んで、個々の分量を増やした方がインパクトがあったかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・新しい市民社会の姿を模索している人。
■ 関連しそうな本
神野 直彦 『三位一体改革と地方税財政―到達点と今後の課題』 2007年04月16日
神野 直彦, 井手 英策 『希望の構想―分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』
神野 直彦 『地域再生の経済学―豊かさを問い直す』
神野 直彦, 池上 岳彦 『地方交付税 何が問題か―財政調整制度の歴史と国際比較』 2007年06月01日
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
■ 百夜百マンガ
テレビドラマになった『夏子の酒』の続編です。時代を遡った続編というのは、時代設定はしやすいかもしれませんが、元の作品と辻褄をつけるのが難しいかもしれません。『北斗の拳』と『蒼天の拳』とか。
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2007年06月29日
生活保護制度の社会史
■ 書籍情報
【生活保護制度の社会史】(#890)
副田 義也
価格: ¥5250 (税込)
東京大学出版会(1995/08)
本書は、「日本における生活保護制度の社会史」すなわち、「社会学の方法で研究された歴史」です。本書は、生活保護制度を形成・運営した厚生官僚たちを主役に、その葛藤を描いたものです。
第1章「戦後日本における生活保護制度の形成」では、著者が生活保護制度の形成過程に関心を持ったきっかけが、厚生省社会局保護課編『生活保護三十年史』、木村孔『生活保護行政回顧』であることが述べられています。
そして、生活保護制度の通史を、
(制度形成期)
1 制度準備期 1945-49年
2 制度草創期 1950-53年
3 水準抑圧期 1954-60年
(制度展開期)
4 水準向上期 1961-64年
5 体系整備期 1965-73年
6 格差縮小期 1974-83年
の6期に区分しています。
また、1946年に、厚生省が、「戦災者・引揚者の住宅・手当などの費用」を8億円と見込み、各県に内示したものの、大蔵省の査定で2億円に減額され、閣議決定を経た後、GHQに送られ、これに対し、GHQからは厚生省が当初、多めに見込んだ30億円とするよう指令したことが述べられています。
1946年9月9日には、(旧)生活保護法が制定され、「この法律案をつくるさいの厚生省の基本姿勢」が、「大規模な生活保護はしなければならないが、国民の血税を使うのであるから濫救におちてはならず、惰民養成になってはならないという消極的なもの」であったことが解説されています。
1949年11月からは、厚生省は生活保護法案の本格的準備に入り、この法案に欠格条項が含まれなかったのは、GHQのマーカソンによる、「徹底した性善説と教育の可能性への信頼に基づき、勤労意欲を持たぬ者でも素行不良の者でも、生活保護を与えつつ指導によって更正に導くことができるし、大事であるという理想主義の色調が濃厚な主張」を受けたものであることが解説されています。
また、法案成立過程において「社会福祉主事と福祉地区、福祉事務所の制度」に対して、
(1)大蔵省:この新しい機構は経費の増加を必要とする。
(2)自治庁:濫救・漏救の防止のための生活保護の実施機構を専門化する必要があるという説得はある程度受け容れたが、地方自治体の権限を削られることに通じる福祉事務所の独立案には絶対反対であった。
(3)民生委員連盟:旧法の制度の中では自分たちが持っていた生活保護の担当者の役割を奪う案だとして反対した。
の3つが主要な反対意見の出所であったことが述べられています。
そして、1951年11月に、「主として都道府県と市の機関」として福祉事務所が設置され、社会福祉主事の資格要件も「それのみでは専門職の条件にほど遠いもの」であり、改革案は「きわめて不十分な程度でしか実現されることができなかった」が、「最初の時期、その組織と成員の仕事に取り組む指揮はきわめて高かったと伝えられ」ていることが述べられています。
さらに、在日朝鮮人の被保護実人員が55年まで急上昇し、その比率が「日本人の保護率の約10倍の高さ」となった原因として、
(1)在日朝鮮人には、よい労働条件の職業につく機会が乏しく、日本人に比較して貧困層に属する人々が多かった。
(2)集団圧力による適正な保護の妨害。在日朝鮮人の保護獲得闘争が激しく展開し、福祉事務所への集団による陳情、暴行・脅迫の件数は全国で1万件を超えた。
の2点を挙げています。この適正化対策にあたっては、「職員の士気はきわめて高かった」と伝えられ、「それは、職員たちがそれまで在日朝鮮人のときには暴力・脅迫を伴う集団交渉に耐えながら鬱積されていた憤懣、不正受給を知りつつ正せず高まっていた正義感のあらわれ」であるとしながらも、一部の職員は、「適正化対策の調査に出かけるおりに、『朝鮮征伐にゆく』というような気分が、行政側にあったのも事実である」と述べています。
また、1957年から67年にかけて争われた「朝日訴訟」に関しては、「朝日訴訟の提訴と厚生大臣が敗訴する第一審の判決は、生活保護行政に従事する厚生官僚たちの大多数にとっては、起こるべきことが起こり、出されるべきものが出されたと感じられたはずである」、「被保護階層の生活がどのように過酷な状況にあるかは、かれらはよく知っていた」と述べています。
著者は、「民主主義の観点からみて、総体として、生活保護法は非常に優れた法律である」として、その主要特性を、
(1)国家責任
(2)最低限度の生活保障
(3)無差別平等の原則
(4)生活保護を受ける権利(=不服申し立て制度)
(5)欠格条項の除外
(6)有給の専門職の担当
などの諸規定に見られると述べています。
第2章「生活保護制度の展開I」では、池田内閣における「所得倍増計画の貧困観」を、「30年余りのちの現在でも通用する相対的貧困観の表明である」と評しています。そして、その対応家庭において、「生活扶助基準となる最低生活費の科学的算定のため」に、厚生官僚たちが、「エンゲル方式と呼ばれる計算式を案出した」ことが述べられています。
また、社会福祉主事が、「一方では革新組織による保護費獲得のための闘争の矢面に立ち、他方では地域住民たちから保護基準が高すぎるという心理的圧力をかけられていた」ことについて、後者は、「郡部の福祉事務所で特に顕著」で、「地域によっては、役場職員あるいは農協関係の職員という、かなり安定した公務員(などの給料)でさえも保護費を下回る地域」があり、「そういう低所得の地域では、一般納税者側からの圧力のほうが、保護費獲得の圧力の悩みよりも強い」ことが紹介されています。
さらに、この時期の産炭地の生活保護の代表例として、福岡県筑豊地区の例を挙げ、その特性として、
(1)筑豊地区の保護率は、福岡県内で見ても全国で見ても相対的にきわめて高い。1961年度は全国の保護率17.4%に対し、79.8%に達した。
(2)石炭産業の衰退は国家の政策が作り出したものであり、その事実は広く炭鉱労働者たち、産炭地の住民たちに認識され、国家権力が炭鉱を廃山に追い込み、自分達の職業を奪い、自分たちを経済的困窮の中に突き落とし、自らの手で生活する自尊を挫いたと感じた。
(3)彼らは、さまざまな組織を形成し、福祉事務所や県庁に対して生活保護の要求運動を行った。
(4)それまでに例が無かった大量の生活保護の申請、急激に増加した被保護世帯、苛烈を極めた要求運動の攻勢に対して、筑豊地区の各福祉事務所の対応態勢は不十分なものであった。
の4点を挙げています。このうち、(4)に関しては、現場の社会福祉主事たちが、団交の中で傷害事件が起こり、家庭訪問すると、「大勢の住民に長時間にわたって取り囲まれ、詰問され、心理的に圧迫されて、調査を妨げられる例」も多く、そのような中で、現業員たちの主要な反応類型は、
(1)被保護者や住民を警戒、敵視する反応
(2)挫折感や無気力に落ち込んでしまう反応
(3)運動団体の発想に近い、あるいはそれと同一の考え方をとり、それにもとづいて行政批判、権力批判を行う反応
の3つに分かれたことが述べられています。
また、「この時期の筑豊地区で生じた被保護者たちの集落の生活における深刻な退廃の諸現象」については、「集落のほとんどの人々が生活保護を不正受給し、不法な就労収入を得て、互いに密告されることを恐れ、猜疑の目を向け合っている。このような生活環境で生まれ育った子供たちは、学力は低く、耐性が乏しく、依存的で、他地域に就職しても、すぐに炭住の生活保護体制の中に帰ってきてしまう。かれらのなかから十代で母親、父親になるものも出てくる。まさに貧困層の世代的再生産である。人々の金銭感覚には二重価格というべきものがあり、享楽のための支出は惜しまないが、教育や医療のための支出は惜しんで、無料を当然とする」と述べた当時の筑豊地区で伝道に従事したキリスト教の牧師の講演を紹介しています。
第3章「生活保護制度の展開II」では、生活保護を含んだ社会保障の全体系の構想にあたり、「厚生官僚たち、厚生省の相対的貧困概念と、大蔵官僚たち、大蔵省の絶対的貧困概念の対立」という構図が、表れていると指摘しています。
また、厚生省が、「漏救問題の存在を認めず、その解消のために政策努力を全く行わない」姿勢をとったことが、「生活保護の現業機関である福祉事務所の仕事の仕方」に、「これまでの生活保護行政は『保護しないですむものならすませたい』『申請が無ければ保護しない』『あまり積極的にPRをしない』『保護の中味や認定の内容は対象者に知らせない』などなど、全体として消極的な色合いが強かった」という形で表れたことを解説しています。また、漏救の原因として、国民・住民の側にも、
(1)権利意識の弱さ
(2)制度に関する知識のとぼしさ
(3)申請・受給に伴う恥辱感
などの原因があると述べています。
著者は、「保護率が1%余の日本の現状は、所得保障の諸制度の中で、生活保護制度を政策的に衰退させた結果である」と述べています。
本書は、日本が本来誇るべきものとして持っていたはずの生活保護制度について、その社会的意義の変遷を描いたものです。
■ 個人的な視点から
生活保護制度については、「ナショナルミニマムとは何か」を巡る法学や経済学からのアプローチや、現場のケースワーカーが出会ったエピソードを紹介する体験談的なものが多いですが、本書のような制度の変遷とそれを巡る厚生官僚たちのドラマを描いたものは見たことがなかったので新鮮でした。
■ どんな人にオススメ?
・生活保護の理想に燃えた昔の官僚たちの姿を見たい人。
■ 関連しそうな本
青木 紀 『現代日本の「見えない」貧困―生活保護受給母子世帯の現実』 2006年03月24日
三矢 陽子 『生活保護ケースワーカー奮闘記―豊かな日本の見えない貧困』
三矢 陽子 『生活保護ケースワーカー奮闘記〈2〉高齢化社会と福祉行政』 2006年04月17日
久田 恵 『ニッポン貧困最前線―ケースワーカーと呼ばれる人々』
柴田 純一 『プロケースワーカー100の心得―福祉事務所・生活保護担当員の現場でしたたかに生き抜く法』
尾藤 広喜, 吉永 純, 松崎 喜良 『これが生活保護だ―福祉最前線からの検証』
■ 百夜百マンガ
ゲームを紹介するコーナーのはずが、ゲームのタイトルから巻き起こる妄想を抱えて町を歩くシリーズになってしまってました。もちろん、こちらの方が面白いのですが、どんどんゲームから離れていくのはスリリングです。
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2007年06月25日
ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実
■ 書籍情報
【ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実】(#886)
B.エーレンライク (著), 曽田 和子 (翻訳)
価格: ¥1890 (税込)
東洋経済新報社(2006/7/28)
本書は、一流コラムニストである著者が、「単純労働に支払われる低賃金で、人はどうやって食べていくのだろう」という問題に、「『誰か』とは、私よりずっと若くて、意欲満々の、でも時間だけはたっぷりある新米ジャーナリストのつもり」で、「誰かが古い型のジャーナリズムを実践すべきよ。ね? 現場に飛び込んで、身をもって体験してみるの」と口走ってしまったために、「以後何度も後悔するはめ」になってしまったと述べています。
タイトルの「ニッケル・アンド・ダイムド」とは、5セント硬貨(ニッケル)と10セント硬貨(ダイム)を指し、「取るに足らない」という形容詞や、「少しずつの支出がかさんで苦しむ」または「小額の金額しか与えられない」という「貧困にあえぐ」ことを意味しています。
著者は、「これは命がけの『潜入』ルポでもなければ大冒険物語でもない。私のしたことは――職を探し、仕事をし、何とか収支を合わせようとしただけで――ほとんどどんな人にもできることだ」と語っています。
第1章「フロリダ州でウェイトレスとして働く」では、著者が低賃金生活を始めた当初、「顔見知りの商店主や近所の人たちに見つかって、しどろもどろでプロジェクトの説明をするはめに陥るのではないかと、心配だった」が、「貧困ときつい仕事にあえいだ一ヶ月間、私の顔や名前に気づいた人は誰もいなかった。名前は誰にも注目されず、ほとんど口にされることもなかった」、「私はただ『ベイビー』であり『ハニー』であり『ブロンディ』であり、たいていは『ガール」だった」と述べています。
ウェイトレスとして働き出した著者は、「私がうち捨てた、例えば家とか素性とかのなかで、最も取り戻したいと思ったのは能力だった」と述べ、「この給仕係という仕事では、まるでハチに取り巻かれるように、さまざまな要求が一時に押し寄せる」、「朝の4時に冷や汗をじっとりかいて目覚めるそのとき、わたしの頭に何があったかといえば、原稿が締め切りに間に合わないということではなく、私がオーダーを間違えて、客の家族がすでにデザートのキーライムパイを食べているのに、子供がまだお子様ランチにありついていないという情景だった」と語っています。
著者は、長年時給6ドルから10ドルで暮らしている人々が、「中流層には分からないなにか生き残りの秘策みたいなものを発見しているのだろう」と期待していたが、「ほとんどの場合、『住』こそが彼らの生活を破綻させる最大の要因」であり、「1日40ドルから60ドルも払うなんて、そんなこと考えるのも無茶ではないかと言った」が、「アパートを借りる1月分の家賃と敷金が、一体どこから出ると思うのよ」と反論され、「物理学の命題と同じで、貧困においても、最初の条件こそがすべて」だと述べています。
また、ときどき本来の家に帰っていた著者は、「日がたつにつれ、自分のこれまでの生活がひどく奇妙なものに思われだした。本来の私に送られてくるeメールや留守番電話のメッセージが、まるで馴染みのない考えと有り余る自由時間を持ったどこか遠い異民族から送られてきたもののように見える。これまでのんびり買物をして歩いた近所のマーケットは、ユアッピー族の行くマンハッタンのデパートのようで、近寄りがたい。ある朝『本宅』の椅子に座って、送られてきた請求書の整理をしたときは、フィットネスクラブやらアマゾン・ドット・コムやらに払うべき何十ドル何百ドルという金額に、めまいがする思いだった」と語っています。
このウェイトレス生活は、ある日訪れた「嵐」によって中断を余儀なくされます。著者は、「科学者の精神をもって、この企画に飛び込んだはず」だったが、「長時間の交替勤務と過酷な注意集中を余儀なくされることから、いわば視野狭窄となり、企画はいつの間にか自分を試すものとなっていった。そして、わたしは間違いなく失敗した」と語っています。
第2章「メイン州で掃除腑として働く」では、採用試験で受けた「アキュトラック性格検査」なるものに、「このアンケート調査に正直に答えなかったり裏をかいたりしようとしても、アキュトラックはそれを感知するさまざまな手段を持っていると注意書きが書かれ、こういう検査の本当の目的が、「あなたはわれわれに隠し事はできない」という「情報を雇用者に伝えるのではなく、逆に雇用される側に伝えることにある」と述べています。
また、「住」に関しては、「部屋を独り占めしているというだけで、ブルーヘイヴンのあいだでは、私は貴族なのだった」と述べ、他の居住者たちは、「ワンルームかせいぜいワンベッドルームのアパートメントに、3、4人がぎゅう詰めになって暮らしている」と語っています。
さらに、ランチ休憩には同僚たちが、「コンビニで買ったものか、ただで出してくれる朝食からくすねてきたベーグルやドーナツを食べていた。何も食べない人もいた」ことについて、「いったいどのくらい貧しいのだろうか、私の同僚たちは。いずれにしても、ここで働いているという事実は、何らかの絶望的な状況か、少なくとも失敗と失望の過去を抱えているという動かぬ証拠ではあるだろう」と述べています。
著者は、「顧客たちだけでなく、誰にとっても、私たちは注目に値する存在ではなかった。時給6ドルのコンビニエンスストアの店員でさえ、私たちを見下しているように見えた」と語り、仕事帰りによるスーパーマーケットでは、「あなた、ここで何しているの?」という耐え難い視線に耐え、「私の正体をあばくのは、黄緑と黄色の派手なユニフォームだった。まるで囚人服を着た逃亡者だ。私は、ふと、黒人であることがどんなことか、ほんのちょっとだけ、分かったような気がした」と述べています。
また、「ほかに門戸を開いている職場は山ほどあるというのに、どうしてみんなこんなところで我慢しているのだろう」という疑問に、「仕事を変れば、一週間か、ひょっとしたらそれ以上、給料がもらえない」という現実的な理由の他に、見えにくい要因として、職場の上司である「テッドに認められたいという誘惑」を上げ、「同僚たちの『認められること』へのこの渇望は、慢性的に『認められること』を奪われているところから来ている。どんなにいい仕事をしても、顧客たちに感謝されることはないし、もちろん、通りを行く人たちに労働者の鑑と拍手喝采してもらうこともない」、「私たちのしていることは、見捨てられた人間のする仕事であり、表には出ないもの、忌み嫌われるものでさえあるのだ」、「だからこそ、テッドのような男が、その名に値しないカリスマになってしまうのである」と語っています。
第3章「ミネソタ州でスーパーの店員として働く」では、ウォルマートの面接を受けた著者が、「薬物検査を実施することで、労働移動を制限する効果が生まれるのではないだろうか」、「新しい仕事に就こうとすれば、(1)願書を出し(2)面接を受け(3)薬物検査を受けなければならない」という考えを語っています。
また、CBSの番組「サバイバー」を観て、「こんなばかばかしくも必死のサバイバルゲームに挑戦して、みずしらずの何百万という視聴者を楽しませるために、作り物の極限状態に自ら飛び込んでいくなんて、一体どんな変わり者なのだろう」と考えたところで、「自分こそ何者で、なぜここにいるのだ」と我に返ったことが語られています。
終章「自分への通知表――格差社会で働くということ」では、「博士号を持ち、通常の仕事では二週間ごとに全く新しいことに取り組まねばならない人間にとって、単純労働など『楽勝』だと思われるかもしれない。だが、それは違っていた」と述べ、「どんな仕事も、どれほど単純に見える仕事でも、本当に『単純』ではない」ことに気づき、「どれもが集中力を必要」とし、「新しい用語と、新しい道具と、新しい技術をマスターしなければならなかった。思ったほどやさしいものは何一つなかったし、だれも『うわぁ、覚えが早いのね!』とも『彼女、新人だなんて信じられる?』とも言ってくれなかった」、「ほかでどんな業績をあげていようと、低賃金労働の世界では、私は――仕事を覚えることはできてもヘマはするという――並の能力を持った人間でしかなかった」と語っています。
また、仕事以外にも、「どの職場にも、それぞれの個性や、序列や、習慣や、基準」を「その場その場で学ばなければならない」ことがあり、「底辺から見上げつつ人間社会の機微を見きわめることのほうが、はるかに大変だし、もちろんはるかに必要性が高いことも分かった」と語っています。
さらに、経営側が、「従業員ができると思うと、ますます従業員を利用し酷使する」ので、「少なくとも自分の能力をぜんぶ見せることは、絶対しない方がいい」と同僚から忠告を受け、「エネルギーをいかにうまく配分して、明日のために残しておくか、その計算をすることこそが、秘訣なのだった」と述べています。
著者は、「労働者としての私の成績は、BかBプラスといったところ」としながらも、「食や住をも含めた生活全般が、うまくできたかどうか」に関しては、「職業人としての成績より張るかに劣っている」と評価しています。
そして、他の大勢の人たちも、「もっと割のいい仕事につけるのに(多くは適当な移動手段がないせいだと思うが)ウォルマートで働いていたり、週200ドルから300ドルもする居住型モーテルに住んでいたりする」ことは、「個人的な失敗や誤算のレベルを超えたところ」にあり、「通勤用の車まで持っている健康な独身者が、額に汗して働いているにもかかわらず、自分一人の生活を維持するのさえままならないというのは、どこか間違っている。とんでもなく間違っている」と分析しています。
さらに、「一時的に貧困層に属していた」著者が、「そこから中流の上の階層に戻ったとたんに、私が落ちたウサギの穴は、私のすぐ後ろで、たちまち、そして完璧に、その口を閉じてしまった」と語り、「富める者と貧しい者が両極端に文化した不平等な私たちの社会は、いとも不思議な眼鏡を生み出し、経済的に上位にある者の眼には、貧しい人々の姿はほとんど映らない仕組みになっている」と指摘しています。
本書は、現代の「貧困」がどのような形をとっているかを、分かりやすく伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
アメリカのコラムニストの文体、それも100万部を超えるベストセラーになった文体ということで、読む方を飽きさせない読みやすい文体ではあるのですが、なぜだか海外ドラマの「デスパレートな妻たち」の「リネット」が頭に浮かんでしまい、吹き替えの唐沢潤の声で読んでしまったのですが、実際に著者の写真を見るとイメージ的には「リネット」でそんなに間違っては無いみたいです。
http://www.villagevoice.com/news/0121,sandler,24951,1.html
ただし、全体としての読みやすさや分析の深さとしては、本書をきっかけに、本書がイギリスで出版された際に序文を書いた、同じく一流女性ジャーナリストであるポリー・トインビー(アーノルド・J・トインビーの孫)が貧困生活に挑戦する『ハードワーク』の方に軍配が上がるのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・「単純」労働なんて誰にでもできると思っている人。
■ 関連しそうな本
ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳) 『ハードワーク~低賃金で働くということ』 2006年03月08日
鎌田 慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』 2006年03月09日
スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳) 『使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト』 2006年11月14日
熊沢 誠 『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』 2007年01月10日
橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
■ 百夜百マンガ
ペットもののエッセイということでは、はた万次郎や杉作と同じジャンルに属する作品ですが、巨匠が書くとこれだけ違う、という作品です。
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2007年06月20日
貧困の終焉―2025年までに世界を変える
■ 書籍情報
【貧困の終焉―2025年までに世界を変える】(#881)
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳)
価格: ¥2415 (税込)
早川書房(2006/04)
本書は、「私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本」であり、「何が起こるのかを予想するのではなく、何ができるのかを説明している」ものです。U2のボノからは、「この本は、平等に向けて新しい一歩を踏み出すためのもうひとつの可能性だ」と序文が寄せられています。
第1章「地球家族のさまざまな肖像」では、マラウイの「パーフェクトストーム」(気候不順、貧困、エイズの流行、長期間に及ぶマラリア、住血吸虫病などがいちどきに襲ってくること)やバングラディシュのマイクロクレジットなどのほか、ボリビア、ポーランド、ロシア、中国、インド、ケニアなどのさまざまな社会で著者が学んだ貧困との闘いが語られています。
そして、「私たちの時代の大きな悲劇」が、「人類の6分の1が開発の梯子に足をかけることさえできずにいること」であり、「極度の貧困に陥った人々の多くは貧困の罠にとらわれ、あまりにも物資が乏しいために、そこから脱出できなくなっている」と述べています。
著者は、本書のタイトルである「貧困の終焉」が、
(1)極度の貧困にあって生存のために毎日闘っている全人類の6分の1の苦しみを終わらせること。
(2)中程度の貧困も含めた世界中の貧しい人々全員に、開発の梯子を上れるように機会を与えること。
の2つを意味していていると述べています。
第2章「経済的な反映の広がり」では、「数世紀前まで、世界にはそれほど大きな貧富の差はなかった」が、「今日の富める国と貧しい国のあいだに差がついたのは比較的最近のこと」であり、なかでも、イギリスが先んじたのは、「社会と政治と地理のすべてにおいて好条件が組み合わさった結果」であり、「イギリス社会は比較的自由で、政治的にも安定していた。科学思想はダイナミックに展開できた。地理的な好条件から、貿易にも有利で、農業生産高も多く、エネルギー資源の面でも地下に大量の石炭が埋蔵されていた。世界中を見回しても、これほどの好条件が重なった幸運な地域はめったにない」と解説しています。
第4章「臨床経済学」では、著者が、「開発経済学と臨床医学の共通点から」、「臨床経済学」と名づけた「開発経済学のための新しい手法」を紹介しています。著者は、「臨床経済学に応用できる臨床医学の心得」として、
(1)人間の体は複雑なシステムで成り立っている。
(2)複雑であるがゆえに、個別の診断が重要になる。
(3)あらゆる医療は、家庭医療である。
(4)よい治療には観察と評価が欠かせない。
(5)医学は専門職である。それに携わる者には厳しい規範と倫理と行動既定が求められる。
の5点の心得を挙げています。
そして、臨床経済学において、「個別の診断をもとに、適切な治療計画を立てて、それを実行すること」が重要であるとして、「貧しい国を『検査』するときの7段階に及ぶ診断チェックリスト」として、
(1)貧困の罠
(2)経済政策の枠組み
(3)財政の枠組みと財政の罠
(4)物理的な地理的条件
(5)政治の形態と失策
(6)文化的障壁
(7)地政学
の7つのグループの質問を挙げています。
第5章「ボリビアの高海抜ハイパーインフレーション」では、ボリビアが抱える大きな障害として、
(1)1985年10月の錫の大暴落によって、国家予算とマクロ経済の安定が大きく損なわれたこと。
(2)差し迫った債務危機。
等を挙げ、著者が3年に及ぶボリビアでの仕事から学んだ教訓として、
・安定化は複雑なプロセスであり、ボリビアのさまざまなマイナス要素を解消することで初めて、ようやく通貨安定の基礎固めができること。
・マクロ経済のツールはパワーに限界があり、この国に固有の問題のため、マクロ経済安定化も長期にわたり大きな困難に苦しめられたこと。
・刷新を成功させるには、テクノクラートの知識、政治家の大胆なリーダーシップ、それに広範囲にわたる社会の関与を組み合わせる必要があること。
・成功には、国内の大胆な改革だけでなく、海外からの財政援助が欠かせないこと。
・貧しい国々は、当然受け取るべきものを要求しなければならず、ボリビアが海外債務帳消しをしつこく求めなければ、ますます増える債務に長く苦しむことになったであろうこと。
等を挙げています。
著者は、「1980年代半ばにボリビアが安定化に成功し、経済成長を果たしたことがきっかけで、私のアイデア――債務の帳消し、安定化、社会プログラム――が、国際社会の注目を集め」、南米各国から経済顧問として呼ばれるようになり、「南米の歴史や地理、社会状況、経済の動向についての知識が急速に増えていった」ことが述べられています。
第6章「ポーランドがEUに復帰するまで」では、著者が初めて作成した、「社会主義経済から市場経済への以降のための総括的な計画」の経済的なキーワードとして、
・安定化
・自由化
・民営化
・社会の安全ネット
・制度の調和
の5項目を挙げ、ポーランドとラテンアメリカは、マクロ経済の面では似ているが、「ポーランドは識字率が高く、民族的に均質の社会だった」という違いの方が重要かもしれないと述べています。
また、「債務を帳消しにしてもらったら、その国はもう信用されなくなる」とよく言われることについて、「この論理は逆である。ある国が多すぎる負債を抱えていたら、その国は信用できない」、「債務帳消しが財政的な現実によって正当化されるなら、そして善意の信念に基づいて交渉されるなら、その国はそれ以後、健全な経済を追求できる。こうして、債務の帳消しは信用を失墜させるよりも、むしろ信用を増すことになる」と述べています。
第8章「五百年の遅れを取り戻す」では、著者が中国に惹かれた「特別な理由」として、「1978年以来、中国は市場ベースの改革をドラマチックに達成していた」ことを挙げ、「中国とロシアの改革を比較することは、真面目な政治的議論にもなり、アカデミックな分析の対象にもなった」ことを挙げ、「中国の抱える大きな試練を思うとき、私は特別な感慨をもたざるをえない」と述べています。
著者は、「中国式の改革は漸進主義といわれるが、実は農村地帯の改革は急激で、国際貿易への経済開放もすばやく進み、ただ国営企業の改革だけは遅かったというのが実情である」と述べています。
一方で、中国の抱える問題として、
(1)中国の成長が均一ではないこと。
(2)市場改革を進めるに当たって、社会や環境を守る立場としての国家の役割をどうすべきか、ということ。
(3)政治改革。国内的にも対外的にも、民主化こそ中国の発展に欠かせないものだと中国の指導者たちが理解していなければ、民主化への道は必ずしも平坦ではない。
の3点を挙げています。
第9章「インドのマーケット再編成」では、イギリスのインド支配の「否定的な面」として、「統治者としてのイギリスがインド国民の教育――初等教育とエリート教育の両方――をないがしろにしていたこと」を指摘しています。
また、「IT産業でのインドの成功を支えた要因」として、
(1)一世代以上の間に、インド工科大学(IIT)から優秀な企業家やエンジニアが巣立っていた。
(2)海外に渡ったインド人の多くは故国インドとビジネス上の関係を築くようになったが、そのプロセスは新しい情報テクノロジーによって大いに促進された。
等を挙げています。
さらに、インドから学ぶこととして、「国際的な分業の利点について、世界に多くのことを教え」、「テクノロジーの可能性に応えることでいかに変われるかを見せてくれた」ことを挙げています。
第10章「声なき死」では、世界が、「アフリカの長期化する危機に対して即効性のある回答を出そうとした」が、西欧諸国は、「アフリカ諸国の統治を批判する前に」、もう少し慎重になるべきだと述べ、西洋が、「アフリカの長期的な経済開発のための投資」をしてこなかったことを指摘しています。
そして、マラリアと貧困の関係について、
(1)一人当たりのGDPが低い国の地図
(2)1946年、1966年、1994年におけるマラリア伝播の状態を示した地図
の2種類の地図を重ね、ここから、
(1)マラリアが貧困の原因なのか、それとも貧しいからマラリアが蔓延するのか、あるいはその両方なのか。
(2)アフリカでとくにマラリアが猛威を振るっているのはなぜか。
(3)マラリアと貧困の連鎖を断つにはどうしたらいいのか。
(4)マラリアと貧困をなくすために、さらに何ができるのか。
の4つの疑問が導き出されると述べています。
第11章「ミレニアム、9・11、そして国連」では、著者が、2001年の暮れに、アナン国連事務総長から、「これらの目標を達成するにはどうすればいいか、事務総長と国連組織に助言をする役目」をもつ「ミレニアム開発目標の特別顧問」への就任を要請されるとともに、この計画と並行して、「持続可能な開発をいかにして可能にするかを考える総合的な研究組織」であるコロンビア大学の「地球研究所」の所長に就任しています。
第12章「貧困をなくすための地に足のついた解決策」では、「飢えと病気と死が付きまとう社会を健康で経済開発の可能な社会へと変えるための介入」として、
・農業への投資:肥料、改良休閑地、緑肥、被覆作物、雨水貯留と小規模感慨、改良された種苗の導入で、差売りの農家はヘクタール当たりの食料の収穫量を三倍に増やすことができ、これによって長期的な飢餓はすぐに解消される。
・基本的な健康への投資:村の住民5千人につき、医師と看護師一人ずつのいる診療所を作り、マラリア予防の蚊帳を無業で配給する。
・教育への投資:小学校の全児童が給食を受けられるようにすれば、子供の健康状態は改善され、教育成果や出席率も上がる。
・電力、輸送、コミュニケーション・サービス:電力は村に電線を引くか、あるいはディーゼル発電機でも得られる。村に1台のトラックがあれば、肥料などの他農作業に必要なものや調理用の燃料が運べる。
・安全な飲料水と衛生設備:安全で便利な場所に清潔な水場を必要な数だけ設置できれば、女性や子供たちが毎日何時間もかけて水組をしなくて済む。
の5つの援助項目を挙げています。
第13章「貧困をなくすために必要な投資」では、貧困撲滅に役立つプロジェクトの実例を紹介した上で、これらに共通するテーマとして、「最も大事なのは、スケールアップを成功させるには、広く定着した適切なテクノロジー、組織的なリーダーシップ、十分な資金という支えた必要」であると述べています。
第14章「貧困をなくすためのグローバルな協約」では、「2025年までに世界の貧困をなくすには、豊かな国と貧しい国が協力し合うことが必須であり、そのスタート地点として、貧富を問わず、世界中の国々が『グローバルな協約』を結ぶことが大事だ」として、そのために必要な枠組みである「国連ミレニアム・プロジェクトが作成した計画案」である「ミレニアム開発目標に基づく貧困削減戦略」を解説しています。
この、ミレニアム開発目標に基づく貧困削減戦略は、
・鑑別診断
・投資計画
・資金計画
・援助計画
・公営計画
の5つの部分からなり、「この5つを組み合わせれば、最貧困国の援助に消極的なドナーが逃げ道にしたがる口実」である、「援助吸収能力の不足」が使えなくなるだろうと述べています。
第15章「豊かな社会は貧しい人々を助けることができるか?」では、「すでにドナー諸国が約束しているODAの範囲内でミレニアム開発目標の資金は足りる」と述べるとともに、「今の水準以上の援助がなければ、ミレニアム開発目標は達成的できない」として、ドナー諸国が約束した、先進国の国民総生産に対して、0.7パーセントという約束の実現を求めています。
第17章「なぜ私たちがそれをすべきなのか」では、「世界各地の国家破綻がアメリカの安全保障にとって重要なのは、そのたびにアメリカの軍事介入が生じるからでもある」と述べるとともに、「先進民主主義国家の政界のリーダーは、現在の時点では不可能に見えることを実現するために、いずれ納税者と有権者の力を再び借りなければならないだろう」と述べ、「開発援助をGNPの0.7パーセントまで増やすというプランに国民の支持を得て、しかもこの援助がさらに二十年間も続くということを説明しなければならない」と述べています。
第18章「私たちの世代の挑戦」では、「私たちの世代のなすべきことを啓蒙思想家の表現を借りて説明」するとして、
・人民の同意のもとに、人類の幸福を推進できる政治体制の構築に取り組む。
・科学、テクノロジー、分業化の恩恵を世界中に広めるような経済体制の構築に取り組む。
・永久平和をかちえるために国際協力の促進に取り組む。
・人類の生活改善を目的とした、人間の理性に基づいた科学技術の推進に取り組む。
の4つの目標を掲げています。
そして、「今後の課題」として、
・貧困をなくすことを約束する
・実効計画を持つ
・貧しい人々の声を届かせる
・世界のリーダーとしてのアメリカの役割を回復させる
・IMFと世界銀行を救う
・国連を強化する
・科学をグローバルに活用する
・持続可能な開発を促進する
・一人一人が熱意をもって取り組む
の9つの段階を挙げています。
本書は、世界の貧困について、それが解決しうる問題であるという希望を与えてくれると同時に、取り組むべき課題を教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
テクノロジーの進歩が貧富の格差をもたらしたのと同じように、強い信念とテクノロジーによって貧困問題は解決できる、というポジティブなメッセージは、この本が著者のプロジェクトのパンフレット的なものだとしても、訴えかけるものがあります。
■ どんな人にオススメ?
・テクノロジーは貧富の格差を広げる一方だと思う人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
■ 百夜百マンガ
ダジャレ一発でタイトルをつけられるところに売れていたときの「何をやっても許される」感が強く出ていますが、それだけに思い入れも強いようです。
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2007年05月11日
ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える
■ 書籍情報
【ソーシャル・アントレプレナーシップ―想いが社会を変える】(#841)
谷本 寛治
価格: ¥1680 (税込)
エヌティティ出版(2007/03)
本書は、「社会的な課題の解決をビジネスの仕組みを使って取り組む」「社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)」について、6人の社会的企業家が、
(1)どのような想いで事業を始めたのか
(2)起業時に出会った障害/課題をどのように乗り越えたのか
(3)どのように事業を続けてきたのか
(4)今後の課題と展望
の4つのポイントについて語ったものをまとめたものです。
第1章「ソーシャル・アントレプレナーという生き方」では、「社会的企業はいわゆる慈善活動、ボランティア」とは異なり、「市場で社会的な商品やサービスを提供したり、新しいビジネスモデルをつくって」いくものであることが解説されています。
そして、一般企業の事業との違いとして、
(1)社会性=社会的使命(ソーシャル・ミッション)
(2)事業性=社会的事業体(ソーシャル・ビジネス)
(3)革新性=ソーシャル・イノベーション
の3つの基本要件を挙げています。
そして、ソーシャル・アントレプレナーについて、
「ソーシャル・アントレプレナーとは、今解決が求められている社会的課題(例えば、福祉、教育、環境等)に取り組み、新しいビジネスモデルを提案し実行する社会変革の担い手である。彼らは社会的課題を分かりやすい形で明らかにし、事業活動として新しいしくみを提案する能力をもつ」
と定義しています。
第2章「24時間365時間の在宅福祉サービス」では、特定非営利活動法人ケアセンターやわらぎ代表理事の石川治江氏が、起業するときに気を使ったこととして、「お金を借りるということ」を挙げ、自分に対して、「私はお金を借りるのが大好きです」と自分で刷り込み、「お金は借りたら返すのです。返すためにそのお金を動かす。そして事業を回さなければならない」と語っています。
第3章「ITベンチャーから『病児保育』へ」では、特定営利活動法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏が、ビジネスセクターでは、「ニーズのあるところにマーケットあり」なのに対し、病児保育ではそういった市場原理が働かず、「既存施設の約9割が赤字」であり、「補助金のジレンマ」によって、「新規参入が阻まれ、結果的に社会的インフラ整備が圧倒的に遅れている」ことが述べられています。そして、「経済的自立ができるような成功モデルを作ること」をミッションに、「補助金に頼らず経済的に自律できるモデル」である、「脱施設型」「保険型」という特徴を持つ「フローレンス・モデル」を開発したことが語られています。
第4章「知的障害者に就労機会を」では、特定非営利活動法人ぱれっと理事の谷口奈保子氏が、「障害があっても、働きたい人は自分で稼いで自立するという考え方を社会に突きつけていく」ことこそが、ぱれっとが常に主張していることであると語っています。
また、活動する上での楽しみは、「できるはずがないと思われていることを実現させること」であり、「夢を実現させる」と言い換えてもいいと語っています。
第5章「不登校の生徒がeラーニングで学んで」では、株式会社アットマーク・ラーニング代表取締役社長の日野公三氏が、創業の動機として、「アメリカには不登校生が一人もない」というホームスクールとの出会い、つまり、「納税者が自宅を学校にしてもいい。『この子は私が家で教育をします』と言って教育委員会などに届出をすると認められる」制度との出会いを語っています。
また、戦前の日本では、お金がない人でもお金を集めて学校を作ったり、学校を作りたい人は結構スムーズに作ることができた例として、灘高が元々、「灘の酒造メーカーの資産家がお金を持ち寄って独自のカリキュラムで子弟教育をしようと作った」ものであることが語られています。
第6章「ビジネスとしての自然保護」では、株式会社ネイチャースケープ専務取締役の中川芳江氏が、ビジネスとして自然環境の保護・保全に取り組む理由として、「自然環境の再生力」が、「人の持続可能な生存や営みの基盤を支えるものとして大変重要な役割を果たしている存在」であることを挙げ、「真のクライアント」はものをいわず、お金も払わない「自然環境」であり、「お金を出してくれる人が本当は護りたい・大事にしたいと思っているもの」であると語っています。
また、「自分がしたいこと」と「自分にできること」と「社会に必要とされること」の3つをとことん突き詰めて考えると、「ソーシャル・アントレプレナーであることというのは、あとからついてくること」だと語り、「たとえどんな組織の中にいたとしても、あなた次第でソーシャル。アントレプレナーになれる」と語っています。
第7章「開発協力領域の社会的企業」では、フェアトレードカンパニー株式会社常務取締役の胤森なお子氏が、日本でフェアトレードを広めるために、「買い替え需要があってとくに若い人たちが消費する、ファッションのアイテムは不可欠」と考え、衣料品に関しては、日本のフェアトレードカンパニーが、世界的にもパイオニアであると語っています。
第8章「ソーシャル・アントレプレナーへのステップ」では、「社会的事業を立ち上げ、その活動を諦めずに継続していくことによって、社会をより好ましいものへと変えていくことができる」と述べ、「今後、とくに若い世代、団塊の世代から多くのソーシャル・アントレプレナーが登場しその活動を展開していくことが期待」されると述べています。
本書は、社会的企業家の生の声を聞くことで、ソーシャル・アントレプレナーの全体像を知ることができる一冊です。
■ 個人的な視点から
昨夜は、(株)ボーネルンド代表の中西弘子氏にお会いする機会がありました。もちろん営利企業なんですが、28年前の日本で、子どもの健全な育成のために、あそびと生活の道具や環境を提供する、という強い使命をミッションとして掲げ、既存のおもちゃ流通業界では常識破りな、直営店による垂直統合モデルで理念に共鳴するファンを増やしていったというお話は大変感銘深いものでした。
今でこそお話を聞いていて、その理念にまったく違和感を感じませんでしたが、創業当時は、1つ800円する子どもが使いやすいバケツに対する理解は少なかったそうです。
■ どんな人にオススメ?
・日本の社会起業家の話を聴いてみたい人。
■ 関連しそうな本
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
横山 恵子 『企業の社会戦略とNPO―社会的価値創造にむけての協働型パートナーシップ』 2006年02月27日
■ 百夜百マンガ
「お逝きなさい」の決め台詞でドラマも好評だった作品なわけですが、最近ネットでも「逝ってよし」っていう言葉も見かけなくなりました。
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2007年05月10日
ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家
■ 書籍情報
【ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家】(#840)
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳)
価格: ¥2100 (税込)
早川書房(1998/10)
本書は、バンクラデシュのグラミン銀行を創設したムハマド・ユヌスの自伝です。グラミン銀行は普通の銀行と異なり、「借り手たちの生活水準を向上させ、世界から貧困をなくすることを最大の目的」とした「貧者の銀行」として知られ、
(1)担保となる資産や土地のない人(特に女性)を対象に指定、資金を貸し付けている。
(2)一般の銀行では融資対象にならないような、数十ドルから数百ドル程度の、ごく小額の資金から貸し付けてくれる。
(3)融資を受けたい人が銀行に出向くのではなく、銀行員が借り手たちのところに直接出向いていって融資をする。
という特徴を持っています。
著者は、「序文」で、グラミンから、
(1)人間そのものや、人間が互いに与える影響力についての私たちの基礎知識は、まだまだとても十分ではないということ。
(2)各個人の存在がとても重要だということ。
の2つのことを教わったと語っています。
第1章「ジョブラ村にて」では、1974年の大飢饉を目の当たりにした著者が、大学の教員という立場から、「貧しい人々の本当の暮らしを理解し、近くにある村で毎日実際に使われるような、本当に生きた経済学を見つけたいと考えるように」なり、その近くのジョブラ村から学ぼうと考え、「もう一度学生になることを決意した。ジョブラ村が私の大学だ。そして村人たちが私の教授だった」と語っています。
第2章「世界銀行との関係」では、1976年に、42世帯に27ドルを貸したところから始まった活動が、1998年には230万世帯に23億ドルを貸すまでになったと述べ、それまでの世界銀行と様々な確執があったことが語られています。そして、「グラミンが一貫して説いているのは、貧しい人たちは借り手として間違いなく信頼できる」こと、「どんな場合でも、施しは金を受け取るものの尊厳を奪い、収入を得ようとする意欲をも奪い去ってしまう」こと、貧しい女性を有志の相手に選び、「彼女たちこそが、貧困に立ち向かう私たちの最も決定的な武器となった」と語っています。
第5章「アメリカ留学」では、著者が経済学のモデルの大切さとともに、「ものごとは私たちが思っているほど複雑にはできていない」ことを学び、「単純な答えを複雑なものしているのは、私たちの傲慢さだけなのだ」と語っています。
第6章「結婚とバングラデシュ独立」では、1971年12月16日のバングラデシュ独立戦争の勝利の後、すっかり荒廃し、「経済は完全に破壊され、数百万人が肉体的な損傷を抱えていた」故国に帰り、国の再建に参加することが、自分の義務だと考えたことが語られています。
第8章「三人農場での実験」では、故国に戻り、「新しいタイプの農業協同組合」を作るというアイディアである「マバジュグ(新時代の)三人農場」を実践した著者が、この方法では本当に貧しい人々に利益を与えることができないこと、「土地を持っていない貧しい人びとにこそ目を向けなくてはならない」ことに気づいたことが語られています。
第9章「銀行経営に乗り出す」では、貧しい人たちが、「朝から晩まで、まるで奴隷のように働かされ」ており、「高利で資金を貸し、彼らの製品を全て買い上げてしまう<パイカリ>の支配下に置かれていて、自由に商売をすることができない状態」であることを改善するため、既存の銀行の支店長に掛け合ったときのやりとりや、著者が発見した「世界の銀行の基礎原理」、すなわち、「金を持っている人は、もっと多くの金を手にすることができる」、逆に言えば、「金を持っていない人は、それ以上のものを手にすることができない」という「経済的差別(ファイナンシャル・アパルトヘイト)」について語っています。そして、「貧困」とは、「人々の周りを高い壁で取り囲むようなもの」であり、グラミンは、「人びとが意志を持ち、チカラをつけて、自分の手で周りにそびえる壁を叩き、いずれは自分の力で壁を壊すことができるようにさせたいと思っている」と述べています。
第10章「男性ではなく女性に貸す理由」では、グラミンが、「女性の借り手を優先」する理由として、「女性にクレジットを貸し付けたときの方が、男性よりもずっと変化が早い」ことを挙げ、それは、「飢えや貧困の問題が、どちらかというと男性よりも女性が抱えている問題だから」だと語っています。そして、「経済発展の最終ゴールに、標準的な生活レベルの向上、貧困をなくすこと、きちんとした仕事につくこと、不平等の是正などという事柄が含まれるならば、女性とともに歩もうとするのはきわめて自然なこと」であり、女性が、貧しい人々の多数を占め、職もなく、経済的にも社会的にも不利な立場に置かれていることから、「女性はバングラデシュの未来を開く鍵となるはず」だと述べています。
第11章「パルダで隠されている女性たち」では、<パルダ>("カーテン"とか"布"という意味)という社会的慣習のため、女性の家に入っていくこともままならなかった著者らが「数々の秘訣と技術」を編み出したとして、そのうちの一つ、女子学生を一緒に連れて行ったことを語っています。
そして、グラミンに参加しようとした女性が、「あたしは生まれた時からずっと、自分が役立たずだと思ってきました。あたしが生まれたことで、うちの親はもっと惨めな暮らしになっただけ。あたしは女だったけど、うちの家族は持参金なんか払えやしません。母さんが、お前なんか生まれたときに殺しとけばよかったって言うのを、何度も聞きました。あたしは自分が金なんか借りられるような人間だと思えなかったし、借金を返せるとも思えませんでした」と語ったことが紹介されています。
第13章「グラミンに参加する方法」では、著者らが独自の"貸付-回収メカニズム"を作り上げ、「事業を成功させるための鍵は、借りる人々にグループを組んでもらうこと」であることを発見したと語っています。
第14章「返済方法」では、著者らが作り上げた返済システムとして、
・ローンの期限は1年間
・毎週一定額を返済
・返済はローンを借りた1週間後から開始
・利率は20%
・返済額は1週間に2%で50週間
・利子の支払額は1000タカのローンに対して1週間に2タカまで
という簡単なものであることを解説しています。そして、貸し手と借り手の間に法的な契約書は交わされず、「信用を礎にして、その上に人々との結びつきを築き上げている」ため、グラミンの貸し倒れ率は1%にも満たないものであると語っています。
また、
(1)私たちは、グラミン銀行の4つの原則である、規律、団結、勇気、勤勉に従い、どんな人生を歩むことになっても、それを実現することを誓います。
(2)私たちは家族に繁栄をもたらします。
など、グラミンのメンバーたちの心に深く浸透した<16カ条の決意>を紹介しています。
第15章「グラミンと一般の銀行との違い」では、著者が、「どうやってその革命的なアイディアを思いついたんですか?」と聞かれたときに、
「一般の銀行のやり方をよく見て、あらゆることを逆にしてみたんですよ」
と応えていると語り、一般と銀行とグラミンのやり方とを比較しています。
第18章「最初はゆっくり始めよう」では、グラミン銀行での実験を国家規模で実現するために、マルクス主義反体制武装ゲリラ<人民軍(ゴノ・バヒーニ)>が支配するタンガイルで新しい銀行プロジェクトを立ち上げた著者らが、反政府の闘士たちに目をつけ、「人民軍あがりの連中は、素晴らしく優秀なグラミンのスタッフに変身」し、「かつて国家を銃の力と革命とで変えたいと願っていた彼ら」が、「今では村々を歩き回って、貧しい人々にマイクロクレジットを広げている」と述べ、著者らが、「彼らのエネルギーをテロリズムよりももっと建設的なものに向けてやった」ことを語っています。
第19章「心の壁を打ち破る」では、「バングラデシュのように成功させるには、何か特別な文化的な背景が必要に違いない」という疑問に対し、グラミンが、バングラデシュで成功するために、「まったく新しい文化を創造するための激しい戦い」をし、大勢の評者が、「社会革命を企んでいる」と言ったほどであることを述べ、貧しい女性たちが、「グラミンがなければこの国では全く考えられなかったであろう生活様式に変えていく」ために活動していると語っています。そして、グラミンに対する保守的な聖職者たちに代表される反発の強さや、「グラミンの活動やスタッフについて、人々に広められた話」として、
・キリスト教に改宗させられる。
・家と財産を盗まれる。
・本当は奴隷売買のための秘密組織だ。
・キリスト教を伝道する教会の隠れ蓑だ。
・金を借りた女性をどこかに連れ去ってしまい、その後その女性を二度と見かけたものはいない。
・金を持ち逃げしてしまう。
・金をくれるつもりなどないらしい。
・大掛かりな国際密輸団の一組織だ。
・新しい東インド会社と言える西洋の謀略組織だ。イギリスが2世紀半前にしたように、私たちの国をもう一度植民地化しようとしているのだ。
・スタッフには、農村の貧しい人たちをキリスト教徒に改宗させるための、秘密の誓約をさせている。
・女性をパルダから解き放って、イスラム教を破壊しようとしている。
・グラミンから金を借りると、模範的なイスラム教徒には決してなれない。
・グラミンの支店長は何か悪い計画を企てていて、それで女性を追い回している。
・グラミンの借り手だった人の死体には、十字架の焼印が押されている。
などを紹介しています。
また、イスラム法の下では、利子を稼ぐことは禁止されているが、「グラミン銀行は借りてたちのものでもある」ため、それは当てはまらないことが語られています。
第21章「グラミンのスタッフへの訓練」では、グラミン銀行の典型的なスタッフの毎日として、
・6:00 起床。
・7:00 視点に出勤。書類と鞄を抱えて自転車で、センターへ行く。
・7:30 40人の借り手たちと体操をしてから会議を始め、ローンの返済と保証金をグループごとに集める。
・9:30 次のセンターに向かう。毎週担当する400人の借り手に会う。
・11:00 メンバーの家を訪ねアドバイスする。
・12:00 支店の事務所で報告書を書き、記録を台帳に綴じる。
・13:30~14:00 昼食。
・14:00 午前中に集めた資金は午後には新しいローンとして支払われる。
・15:00 ローンに関する情報を台帳に記帳する。
・16:30 仲間とお茶。
・17:00~18:30 ローンに関してトラブルを抱えたり、子供の教育プログラムを開始しようとしているセンターへ行く。
・19:00 支店に戻り、書類上の仕事をこなして仕事を終える。
という「グラミンの行員たちの現実の生活」を紹介しています。
第24章「世界のマイクロクレジット組織」では、「他の国でグラミン方式を実践する」ことは、異なる文化的背景において、「本質的な特徴を複写する」ことであると述べています。そして、グラミン方式のクレジット・プログラムが世界58カ国で実施されていることが述べられています。
また、各国でのグラミン方式について言及する中で、「先進国で言う『貧しい人』という言葉には、第三世界で『貧しい人』と言うときよりも、より経済的な、物質的な所有に対する意味があり、その心理的な違いは計り知れない。比較的裕福な社会にいる方が、貧しい人々にとってはより耐え難いものなのである」と述べています。
第25章「合衆国での展開」では、1986年に合衆国に渡った著者が、当時のクリントン・アーカンソー州知事夫妻と会い、「どうやってグラミンを始めたのか、どのように機能しているのか、どうして以前にそれをやってみようと思った人がいなかったのか」と質問されたことが述べられています。
著者は、「バングラデシュにいて気づいた、近代的な銀行が抱える諸問題は、今や世界的な問題になりつつある」と確信するようになったと語っています。
本書は、貧困の問題を、施しではなく、人々自身の力を信じて、経済のしくみで解決しようとする社会起業家を描いた一冊です。
■ 個人的な視点から
ノーベル平和賞を受賞したことで著者の知名度は一気に上がりましたが、実は、2001年に福岡市などが主催する「福岡アジア文化賞大賞」を受賞され、来日しています。3日間の来日の最終日には、「落ち着けるところに」というリクエストがあり、大濠公園を訪れたそうです。
■ どんな人にオススメ?
・貧困を解決する仕組みを知りたい人。
■ 関連しそうな本
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
■ 百夜百マンガ
「娘の復讐を誓い訓練を受けるする父」というと、バイオレンス読み物みたいですが、ジャニタレ主演で映画にもなった作品です。
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2007年03月28日
未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家
■ 書籍情報
【未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家】(#797)
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳)
価格: ¥1680 (税込)
日経BP社(2006/9/21)
本書は、「自分達の夢を極限まで追い求めた、すごい人たちに会いたい」という動機から、世界を旅してであった社会的起業のヒーローたちを紹介したものです。本書で取り上げられている「もうひとつの起業家」たちは、「変化を求めて声高に叫ぶことはしない。自身が変化を具現し、変化を促すタイプだ。原因をつきとめて糾弾するのではなく、解決策を示す。あくまでも地に足を着けたまま、社会問題に対して具体的で、広く応用できる未来への解決策を考え、実行する。未来に警鐘を鳴らすだけではなく、問題や行き詰まりを認識しつつも、楽観主義を捨てずに代替案を示す」と語られ、「セオリーよりも実践が優先する。自己犠牲に陥ることなく、自分達の行動が、経済、エコロジー、社会的分野でそれぞれどんな結果を生むかを冷静に判断する」と紹介されています。
本書のタイトルは、ジュール・ヴェルヌの小説『80日間世界一周』をもじった「80人で世界一周」から採られていますが、実施には、取材先は113件にのぼっています。
著者は、「この本はレシピ本じゃない。物語の本だ。新しいものを恐れる懐疑的な気持ちを克服した人たちの物語。不安定なもの、疑わしいものを批判するよりも、情熱を燃やし、実践的な価値を認め、まだ確立されていない考えでも、その正当性を信じるほうが賢いってことだってあり得るのだ」と述べています。
第1章「ヨーロッパ」では、スーパーマーケットで買える、フランスで初めてのフェアトレード・ブランド「アルタエコ」を立ち上げたトリスタン・ルコントの、「まず、最初に大変だったのは、発展の見通しを強調し、市場の大半を占める既存の大型小売店を説得することだった」という言葉を紹介しています。
また、自身が化学薬品のアレルギーに苦しんでいたことをきっかけに、「純粋に必要性から、従来とは異なる農法、『自然』で、とにかく自分自身が楽な農法を編み出そうと決意し、『自然が全て解決する』を信条とする農業人」となったペーター・コパートが開発した、「害虫を食べて作物の成長を助けてくれる益虫を育てるため」の方法論を紹介し、「現状を解決するには、もっと中期的、長期的な調和という視点から『イノベーション(技術革新)』を考え直さねばならないことがわかる」と述べています。
さらに、環境に対して有害な塩素溶剤を売るエコロジストとして、ドイツの化学系洗剤レンタル会社、セフケム社長のカール・シュトゥッツルを紹介し、「顧客は、溶剤の量に対して金を払うのではなく、その機能、つまりは金属への洗浄効果に対して金を払う。末端の顧客が必要としているのは、大量の塩素溶剤ではなく、自社製品の衛生状態を維持することなのだ」という発想の転換によって、「できるだけたくさんの溶剤を売ることではなく、できるだけたくさんの金属製品をきれいにすることを目指そう」という「小さな革命」を引き起こしたことが語られています。
第2章「アジア」では、「医療費を支払える患者は、貧しくて治療費が払えない患者の分も負担する」、すなわち、「患者の3分の1が正規料金を支払い、残りの3分の2は無料で手術を受ける」という画期的な医療システムの眼科病院を開業したゴビンダワ・ベンカタワミを取り上げ、それまでアメリカの企業から無償提供を受けていた眼内レンズをインドで生産することで安価に提供し、マクドナルドの成功を参考に、「安くて美味しいハンバーガーを世界中の街角で販売できるなら、その独創性と効率という宝物をもっと高尚なこと、失明者を救うことに活かせないだろうか」と考え、「患者は数時間の入院で充分。ベッドや病室などの設備はレンタルで安くあげればいい。各室で複数の患者の手術を行う。外科医は一人の患者の手術が終わったら、そのまますぐ後ろの患者の手術に取りかかる。看護師が術後の処置を行い、次の患者を呼び入れる」というファーストフード式の白内障治療システムを開発し、アメリカで眼内レンズ代を含めて1700ドルかかる手術を10ドルで実現したことを紹介しています。
また、2006年にノーベル平和賞を受けたグラミン銀行総裁のムハマド・ユヌスを、「今回の旅で最大の成功例であり、最大の可能性を秘めたプロジェクトの発案者」として紹介し、「最も助けを必要としている、村で最も貧しい人たち」が、「返済能力がないとみなされ、銀行からお金を借りることすら」できず、「融資を拒否されることが、あらゆる阻害の発端になっている」こと、「多くの場合、貧困の原因は、個人の問題や、怠慢、能力不足ではなく、わずかな元金すら手にできない状況にある」ことに気づき、「貧者の銀行」グラミン銀行を立ち上げたことが語られています。そして、「まず、連鎖の末端にあるもの、人間のことを考える。そして、人間に希望を与えることが大切だ」という言葉を紹介しています。
さらに、同じバングラデシュで、企業内保育園の運営会社ブルキを創業したスライヤ・ハクを取り上げ、同社の目標が、「女性たちが子供か、経済的な独立かの二者択一を迫られなくてもすむようにすること」であり、「工場に保育所を併設する経済的メリット」を証明するために大々的に調査を行い、「工場内に保育所を作ることによって、生産性が向上すれば保育所運営の経費は充分補えること」を確信した彼女が、このモデルと実現し、各工場に広めていったことを紹介しています。
日本からは、「化学製品を使わず、自身の健康も損なわず、人間らしい生活を楽しめるようにする」ため、合鴨を使った新しい農法を開発した古野隆雄を紹介し、アジアで7万5千件の農家がこの方法を導入し、「本来なら退治すべき害虫を食べさせることで、鴨のエサ代も節約」でき、「生産性は、従来の農法を上回り、集中農法と同等の水準を達成できるので誰も損をしない。いや、損をするのは化学肥料の販売会社だけだ」と述べています。
第3章「北アメリカ」では、「従来の援助システムとはまったく異なるアプローチを続ける援助団体」である、アショカ財団の創始者であるウィリアム・ドレイトンを取り上げ、そのやり方が、「人に対して、つまりは、その人の夢を実現させる能力に対して投資する」、すなわち、「その人の発案したレシピや方法論ではなく、その天職に賭ける情熱を支える」という斬新さを持っていることを紹介しています。その内容は、「起業を目指す人たちは、その志の正当性に加え、企業家としての資質についても審査」され、「ひとたび審査に通れば、アショカ財団はその企業家に対し、フェローとしてその後3年間、計画の実現に邁進できるよう、毎月の生活費を支給」し、「研修や研究奨学金、経営指導、法律専門家の斡旋や、メディアへの紹介」などを行うというものであり、「社会起業家は魚を与えたり、漁のやり方を教えるだけじゃないんです。漁業全体が変革されるまで頑張るんです」という彼の言葉を紹介しています。
第4章「南アメリカ・アフリカ」では、「統計外」の存在である「闇組織」が、経済システムから排除される仕組みを解き明かし、「裏経済」を法治経済に更生させようとILD(自由・民主主義研究所)を創設した、エルナンド・デ・ソトを取り上げ、「なぜ、ペルーでは資本主義経済が成り立たなかったのか。それは、欧米や日本のような『商業権の法的な認知』という資本主義の大前提となる部分が欠如していたからだ。経済活動も発展も、まず法による商業権の保護があってこそだ」という彼の言葉を紹介しています。
本書は、起業によって社会を変えようとしている人にとって勇気を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書は、もちろん社会起業家たちの驚きのアイデアや豊かな発想力を紹介しているものではあるのですが、それ以上に力点が置かれているのは、そのアイデアなり事業は、彼らの人生にとってどんな意味を持っているのか、彼らがどんな環境や社会の中で生きてきたのか、という部分です。
その意味では、本書のスタンスは、社会起業家として取り上げられているビル・ドレイトン氏の「アショカ財団」が事業そのものではなく、社会起業家その人に、その熱意に投資していることや、日本のNPOであるetic.が開催しているビジネスプランコンテスト「STYLE」が、事業そのもののアイデアだけではなく、「あぜあなたはその事業をやらなければならないのか」というところまで掘り下げていることに通じる気がします。
■ どんな人にオススメ?
・世界中の「すごい人」に会ってみたい人。
■ 関連しそうな本
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
■ 百夜百マンガ
現在に続く平成版ライダーのハード路線を方向づけた作品。残念ながらイケメン俳優は出てこないですが、お母さん方もぜひ読んであげてください。
投稿者 tozaki : 07:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月08日
検証・若者の変貌―失われた10年の後に
■ 書籍情報
浅野 智彦
価格: ¥2520 (税込)
勁草書房(2006/02)
本書は、「誰にとっても非常に口を出しやすい、あるいは口を出したくなる分野」である「若者論」について、
(1)若者バッシングが無自覚のうちに前提としている現実把握がどの程度妥当であるのかを社会学という方法を用いて検討する。
(2)若者の現状の中に、どのような新しいものが生み出されつつあるのかという点に注意を向ける。
の2点について論じているものです。
第1章「若者論の失われた十年」では、「若者像の描き直しが必要」な理由を「若者についてのあまりにも否定に傾いたイメージを相対化し、できればそこに肯定的な要素を読み取っていくため」であるとし、ネガティブな若者イメージを構成するタイプとして、
(1)経済的:日本経済に現在の若者のあり方がプラスに貢献しているか否かという観点から判断を下す。
(2)道徳的:あるべき人間像あるいは何がしかの道徳観に依拠して、若者を批判的に意味づける。
の2点を挙げ、このうち、「若者についてのネガティブな語り方の宝庫」である後者について、
(1)他者への配慮の欠如と、そこから生じるとされる公共性の衰退。
(2)禁欲の衰退と意欲の減退から生じる労働倫理の解体。
の2つのポイントが繰り返されると述べています。
また、今回の調査において、
・友人関係
・社会意識
・自己意識
・メディア利用
・音楽生活
の5つの視角から、今日の若者の姿を複眼的かつ構造的に理解する、としています。
第2章「若者の音楽生活の現在」では、小川博司による「社会的コミュニケーションの中で、音楽の占める部分が増大する過程にある社会」である「音楽化社会」に関して、「音楽化とはまず環境面の変容を指すのであり、技術革新やメディア環境の変化を基盤とする」と述べ、また、「音楽を伝えるメディアの多様化ということでもある」と述べています。
また、「若者が何を聴いているのかわからない」という意見について、「世代を超えて共有する音楽はもはやなく」、それどころか、「隣の席のクラスメイトの好みをとらえ切れていない状況」の原因が「再分化」に求められるとしています。
著者は、音楽にかかわりの強い若者ほど、
(1)音楽の情報を資源として有していることが再確認され、
(2)音楽に直接的な意味づけをしながら、
(3)「聴く人を選ぶ」音楽を好む傾向がある、
ことが明らかになり、「音楽への関心の強さが当人のアイデンティティを構成するファクターになっているという推測を可能にする」と述べています。
第3章「メディアと若者の今日的つきあい方」では、「若者がメディアとの関わりの中で抱く実感」と「批判する側が描き出すメディアと若者の関係のイメージ」には大きな乖離があり、若者が、「もがきながらも、メディアとの付き合い方を模索している最中なのではないか」と述べています。
著者は、マスメディアでの「若者とメディア」論が、「多くの場合、要因間の関係を無造作に想定し、イメージで語られている」ことを明らかにし、「筆者の『印象』で、一部の若者の傾向を全体としてとらえたり、若者のメディア行動を短絡的に決め付けているものがある」ことを指摘しています。そして、「新しいメディア→新しい社会→それに対応する若者」という図式的議論が、「社会の変化として語られていることをそのまま個人に適用しようとする語り口」になっていることを指摘しています。
そして、メディアを利用する若者の特徴として、
(1)テレビゲームの登場人物に思い入れを持つ若者は、友だちが多い。
(2)「ネット友だち」と友人関係・自己意識の関連は限定的
等の点について言及しています。
さらに、調査の結果から、
(1)若者のメディア(特に系対話やインターネットなど)の利用率は高いが一様ではない。
(2)これらのメディアを少しずつ使いこなすタイプと、重点的に使うタイプ、あまり利用しないタイプが存在する。
(3)「メル友」「オフ会」などを利用する若者は10%台と少ない。
(4)「テレビゲームのキャラクターに思い入れを持つ若者」「インターネットで知り合った相手と友だち付き合いする若者」は、一般に問題視されるようなイメージと同じではないが、自分や友人関係について特徴のある意識を持っている部分も見られる。
の4点を明らかにし、これらが多様なものになっている社会的な背景都市t、絵
(1)彼らが、新しいメディアの普及期に生きていること。
(2)彼らを取り巻く生活環境などが、若者の間で大きな違いのあるものになっていること。
の2点を指摘しています。
第4章「若者の友人関係はどうなっているのか」では、対人関係が「親密」であるためには、そこでコミュニケーションが円滑に行われ、安心と信頼が構築されることが不可欠であるとした上で、「友人関係の中に多様なものが含まれ、それらが選択的に使い分けられるようになった」という「選択化論」について、「「選択歌論を持って希薄化論を完全に否定することは困難」であると指摘した上で、「従来型の<深い-浅い>といった親しさの図式が解体することによって、これまでの常識的な感覚では思いもよらなかったような関係が、『親しい』、『友人』関係として認識される可能性が生じたという点なのではないだろうか」と述べています。
著者は、「今回のデータからは、友人関係の希薄化論が危惧するような、友人関係の変化に伴う友人関係の社会か機能の低下という問題は、心理的安定化と対人スキルの学習という二つの機能に関しては、『親友』が、それを一定程度担っていることが確認された」と述べる一方、「友人関係の機能の一つとして考えられてきたモデルの提示という機能については、少なくとも『親友』に関しては、果たされていないと言うことが確認された」と述べています。
第5章「若者のアイデンティティはどう変わったか」では、
(1)自己意識の10年間の変化から、現在の若者のアイデンティティの特質を明らかにする。
(2)今日の若者の自己意識のあり方を、特にその多元的なあり方に着目しつつ、その多様性を明らかにする。
(3)自己意識類型と規範意識や友人とのつきあい方などとの関係を分析する
の3点について論じています。そして、「若者の他者との関係の特質は、単に表層的というよりも、様々な他者に対するコミュニケーションの高度な使い分けにある」と指摘しています。
著者は、「若者の自己の不確かさは増しているということ」が示されたとする一方、「いわゆるアイデンティティの未確立としての自己拡散」のみならず、「自己の多元性」によってももたらされていたと述べています。
第6章「若者の道徳意識は衰退したのか」では、成人式の若者の行動の報道など、「わかりやすい」番組のために「若者を扱う番組の構成そのものにバッシングの視点が組み込まれている」ことを指摘しています。そして、「社会規範がしっかりしている大半の『ふつう』の若者たち」は、
「当事者がいないところで、干渉しすぎ。うざい。
そして、まちがっている。わかっていない。」
と言うだろうと述べています。
第7章「若者の現在」では、
(1)データから見る限り若者の意識と行動には、良い意味でも悪い意味ではあまり変わっていない部分も多い。
(2)いくつかのデータを見れば変わった点も多いことを率直に認めてよい。
の2点に留意すべきとした上で、友人関係については、
(1)多チャンネル化
(2)友人とのつきあい方が状況志向的になっている。
(3)友人関係において見せている独特の繊細さ
等を指摘しています。また、自己に関しては、
(1)自分らしさ志向
(2)自己の多元化
(3)開かれた自己準拠
の3点を論じています。
本書は、若者の姿を印象論ではない方法で捉えたい人にお奨めの一冊です。
■ 個人的な視点から
毎年荒れる成人式を面白がって流すワイドショーのコメンテーターのコメントに、わが意を得たりと拍手喝采を送るようになるとオジサン・オバサン化が著しく、「何言ってんだ、このオヤジは」と思えたらまだ若いのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・若者論を自分の経験やマスコミの印象で語ってしまいがちな人。
■ 関連しそうな本
玄田 有史 『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在 中公文庫』 2005年07月20日
スチュアート タノック (著), 大石 徹 (翻訳) 『使い捨てられる若者たち―アメリカのフリーターと学生アルバイト』 2006年11月14日
熊沢 誠 『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』 2007年01月10日
本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日
宮本 みち子 『若者が『社会的弱者』に転落する』 2005年05月04日
本田 由紀 『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』 2006年09月06日
■ 百夜百マンガ
なんとなく絵的にジャンプっぽくない作品でした。ゴツイ絵、グロい絵ということでは師匠の作品である『北斗の拳』と紙一重なのですが、どこか踏み外した感じが、ジャンプっぽくなかったです。
投稿者 tozaki : 22:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年01月25日
東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み
■ 書籍情報
【東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み】
山本 雅基
価格: ¥1680 (税込)
実業之日本社(2006/03)
本書は、日本最大のドヤ街である「山谷」に「身寄りのない人、行き場のない人」が入居するホスピス「きぼうのいえ」を作った著者自身による3年半の記録です。この「行き場のない人」とは、「多くは抱えている疾病のために施設ホスピスには入れないひと、病院を出されて行き場を失ったひと、退院はしたもののひとりでは暮らせず、かといって療養施設にも入れないというひと」と述べられています。
著者は、きぼうのいえの入居者を、「身寄りがなく、行き場を失った、余命にかぎりのあるひとたちのための家」と定義し、「おのずと在宅型のホスピスケア施設の様相」を呈してくると述べ、「施設ホスピス」ではないため医療的な設備はなく、「ごく普通に生活しながら、死を受け入れていく家」だと語っています。
著者は、「実際に波乱万丈な人生を歩んできた人のユニークさについていくのはなまやさしいことではない」と率直に語り、「金にまつわる家族や血縁とのドタバタはきぼうのいえでは結構多く、親族とのトラブルのほとんどが金にまつわるもの」だと述べています。そして、「人生の終わりの時期に持つ悩みや痛み全体へのケアが必要」として、「ホリスティックケア」(全人的ケア)と名づけています。
第2章「ぼくがきぼうのいえを建てるまで」では、1985年の日航機墜落事故の報に接した不安から「悲しみの底にあるひとのそばで生きることだけが、自分の使命である」と天命を受け、ボランティアを始め、その延長線上にファミリーハウス運動の活動に携わり、そして著者自身もうつ病とアルコール依存症にはまり込むバーンアウトを経験、そして、この「飲んでも飲まなくても『地獄』」という状態から、「三度の飯より好きだといわれる『人助け』によって」、自分自身が救われたと語っています。そして、『ボランティア第一号兼自分の奥さん」との出会いや、廃業したラブホテルやパチンコ屋を紹介された物件探しの苦労が語られています。
また、施設の名前を決めるときには、「ストレートが一番」ということで「希望の家」、「山谷には漢字が読めない人も多い」という理由で、「きぼうのいえ」という名前が決まったことが語られています。
第3章「とうとうオープン」では、「お風呂に入りたい人はいませんか」と炊き出しの場で声をかけては怪しまれ、「突飛な、ある意味独りよがりな善意の表現というものは、相手に恐怖心を起こさせる薄気味悪いものでしかないことをしみじみと実感した」と語っています。また、台東区役所では、ドヤに住む人には山谷の旅館業組合との話し合いの結果、6万6千円支給されているのに、在宅ホスピスに住む人への住宅扶助は5万3700円であると示されて奥さんが「切れた」ことが語られています。
しかし、運営開始の3ヵ月後、「何とか運営が軌道に乗ろうとしてきた矢先」に、著者自身のうつが再発し、「まるで『休め』と強制終了をかけるように、頭の中でうつのボタンが押されたのを自覚」したと語られています。
第4章「看取りのとき」では、「お葬式っていうのは、天国に誕生するお祝いの日なんだよ」という司祭の言葉が紹介されています。また、「人をだまして金銭的報酬を得て身を立てること」を常習とし、原野商法などに手を染め、「無縁仏にしてください」を遺言に残した入居者のエピソードや、大柄な元ヤクザの認知症の入居者の「ぼけたとき、人は元来持っている個性を隠し立てできなくなる」人柄の魅力などが語られています。
そして、立て続けに問題を起こす入居者に、著者自身が手を挙げてしまい、ソーシャルワーカーと対立し、スタッフの間にも動揺が起き、著者がストレスによるパニック障害で救急車で運ばれたエピソードが語られています。
「エピローグ」では、「ほんの小さなつまずきで人生を棒に振ってしまうような罠が、この社会にはいくつも張り巡らされている。そうしたひとたちにこそ、人生の最後に、生きる希望を取り戻し、悲しみを癒し、希望とともに次のステージすなわち死の世界に進んでいくための場所が必要なのだ」という著者の使命感が語られ、「人生の総集編に寄り添える毎日を、幸せだと思う」という思いが語られています。
本書は、「人助け」によって救われた、著者自身について語られた一冊です。
■ 個人的な視点から
「山谷」と言えば『あしたのジョー』ですが、「なみだ橋を逆に渡る」の名セリフの舞台となった泪橋は今やすでになく、橋の下に「丹下拳闘クラブ」もなく、橋がかかっていた「思川」は埋め立てられ明治通になってしまったそうです。
本書では、「山谷」の語源は、「付近に山麓があったことから『三谷』、あるいは三軒の民家があったことから『三家(三屋)』と呼ばれていたのが」転じたものなど諸説あるとしています。
この「ドヤ」という言葉は、「簡易旅館を示す『宿』(ヤド)をひっくり返して『ドヤ』と呼ぶ」もので「自嘲的な響を持つことばだ」と書かれていますが、言葉をひっくり返して符牒・隠語にするのは、一般的な気もします。「角袖」→「クソデカ」→「デカ」とかありますし。
■ どんな人にオススメ?
・泪橋の向こう側を覗いてみたい人。
■ 関連しそうな本
横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
■ 百夜百マンガ
実は「東京防衛軍」という組織は実在したらしいのですが、この作品はおそらくまったく関係ない、というか「陸軍中野予備校」みたいなもんでしょうか。中央線だし。
投稿者 tozaki : 07:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月19日
子どもが減って何が悪いか!
■ 書籍情報
赤川 学
価格: ¥735 (税込)
筑摩書房(2004/12)
本書は、男女共同参画を、少子化対策と無理無結びつけるために使われているさまざまな統計データを、チェックしなおすことで、「女性が仕事と子育てを両立できる環境が整ってないから少子化が進む」という言説に「何かおかしい」と一言突きつけているものです。
序章では、「OECDなど先進国では、女性の就業率が高い国ほど、出生率も高い。日本も考え直さなければいけませんね」という発言を公共放送で聞いた著者が、「いよいよこんなトンデモ発言が、公共放送でも流れるようになったか」と暗澹たる気持ちになり、これらの言明を支える統計的事実を「トンデモ少子化統計」と命名しています。そして、これらの発言に使われている統計データが、発言者の意図によって恣意的にサンプルを選んだものであり、「別の基準を用いれば、まったく逆の結論が導ける」ものであることを指摘しています。
第1章では、出生率に関する国際比較の問題点を、
(1)特定の国家を偶像崇拝しやすいこと。
(2)お国事情の違いを無視した論法に陥りやすいこと。
の2点挙げた上で、都道府県別の女性の労働力率と出生率の間の相関関係についても、「女性がよく働く社会だから子ども数も多い」のか「子ども数が多いから女性も働かざるを得ない」のかの因果関係が区別しづらいことを指摘しています。
著者は、「自らの政策提言にとって都合のよい部分だけが強調されている」研究に対し、「ほんとうに考えてみなければならないのは、実証分析と政策提言の関係づけを問う論理、実証分析の倫理というべき問題系」であると指摘した上で、「出生率を高める要因を過去の一時点のデータに求めるという実証分析の作法が有している限界」として、
(1)都合の悪い事実を見てみぬふりをし、都合のよい事実だけを強調するのであれば、もはや実証分析の名に値しない。
(2)実証分析があくまで既存の社会構造を前提にした分析であるのに対し、政策提言は、既存の社会構造を変革して、あるべき未来予想図を提示しようとする。
の2点を挙げています。
第2章では、実証分析の結果が政策的に都合が悪い場合に、「計量分析を政策策定の道具として用いること自体の是非を問わなければならないはず」であるとした上で、
社会調査にはいろいろな落とし穴があるが、「ある程度共通した事実が繰り返し確認されるとすれば、その事実の一貫性にこそ、驚愕すべき」と主張しています。
第3章では、「男性家事分担度を引き上げる要因(夫が専門管理職、妻が常勤かつ高学歴)は、子ども数を高める要因にはなっていない」点を指摘するとともに、「子育ての経済的負担が大きいから、仕事と子育てを両立するのが難しいから、女性は結婚しない、子供を産まない」という主張を「産みたくても産めない」仮説と名づけ、この仮説の妥当性の疑義を呈しています。著者は、この内容をある学会で報告したところ、「こんなデータ分析に、何の意味があるのか」、「データがどうであれ、実感としては、女は家事・育児を手伝ってくれる男がいい」「こういうデータ分析は、男女共同参画に熱心に取り組んできた人たちの努力を無にする」という感情的な反発にあったことを述べています。著者はこの問題に関して、男女共同参画が必要だと思うのならば、仮に子ども数を減らす効果を持っていたとしても主張すべきであるが、「男女共同参画と少子化対策を無理やりつなげて論じようとするから、話がおかしくなる」と断じています。
第4章では、「自らが援用しているデータが怪しげな根拠に基づくことを知りながら、男女共同参画という目的のために、あえて戦略的に使い続けている場合」を厄介であると述べ、「統計的事実(存在)と社会政策(当為)の関係がどのようにあるべきかという、社会調査の倫理問題になる」と指摘しています。そして、朝日新聞の大熊由紀子論説委員による「亭主関白の伝統が根強く、女性が高学歴化したにもかかわらず男性の意識が変わらぬ国で出生率が下がっている、というのは厚生省人口問題研究所の河野稠果所長をはじめ、専門家の定説となっている」というコメントの、「専門家の定説」となっているとの証言がその後どのように広まっていったのかを分析しています。
また、著者は、本書のタイトルに込められた意味を、「さまざまな政策や制度設計のよしあしを、少子化対策(出生率回復策)としての効果・効率の面から評価するのをやめようといいたい」と述べ、「自己の性別や性役割、セクシュアリティにこだわろうとこだわるまいと、そのことによっていかなる不平等も被らない制度設計こそが、ジェンダーフリーと呼ぶにふさわしい」と主張しています。
第5章では、少子化が社会に及ぼすと言われている弊害を、
(1)人口減少と若年労働力の減少により、日本の経済社会の活気が失われ、衰退する。
(2)若年労働力の現象は、新たな労働力の不足という問題を深刻化させかねない。
(3)少子高齢化が進展すると、現行の年金や医療保険・介護保険などの社会保障費が増大する。
(4)子どもの数が減ると、子どもの自立性や社会性が減退する。
の4点挙げ、このうち年金制度の破綻に関しては、「政府が現行の年金制度を維持しなければならないという問題関心のもとでのみ、解決すべき難問として立ち現れる」ものであり、その前提がなければ「問題」ですらないと述べています。さらには、経済学者のシグノーの説として、「賦課方式の年金制度は家族の不要システムを崩壊させ、子どもの需要を引き下げ、賦課方式の担い手である次世代の再生産が抑制されることで、自らを崩壊させてしまう矛盾を持っている」という説を紹介しています。
第6章では、少子化と経済的要因に関して、「実際の世帯収入に差はないにもかかわらず、世帯収入の相対的なレベルが上昇したと認知している女性は、結婚し、子供をたくさん産んでいる」という分析を紹介しています。
第8章では、「現在の、特定の家族、特定のライフスタイルのみを支援する男女共同参画には大いに批判的である」という著者のスタンス述べています。
本書は、政策提言のために用いられる実証分析のあり方に問題意識を投げかけるという点で、研究者や官僚や政治家などの政策関係者にとって、耳の痛い一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の痛いところは、あちこちに2ちゃんねらー的な言葉遣いがちりばめてあるところです。そもそもタイトル自体が、機動戦士ガンダムの「殴って何が悪いか!」というブライト艦長のセリフからとってること自体狙いすぎの感があるのですが、その他にも、佐々木健介の「正直、スマンカッタ」や、ジーパンの「なんじゃ、こりゃ!」などのわかりやすいネタの他、「小一時間とはいわないにしても、そう問い詰めたい思いである」などの小ネタを楽しそうに使っているのが、出版後2年経った今となっては、痛々しい限りです。
○正直、スマンカッタ【しょうじきすまんかった】[成句]
■ どんな人にオススメ?
・同じデータを使っても正反対の政策が出てくることに疑問を持っている人。
■ 関連しそうな本
大沢 真理 『男女共同参画社会をつくる』
赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
白波瀬 佐和子 『少子高齢社会のみえない格差―ジェンダー・世代・階層のゆくえ』 2006年03月10日
樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編集) 『女性たちの平成不況―デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 2006年03月30日
湯沢 雍彦 『少子化をのりこえたデンマーク』 2006年03月13日
目黒 依子, 西岡 八郎 (編集) 『少子化のジェンダー分析』 2006年06月23日
■ 百夜百マンガ
もう30年以上も連載している作者の看板作品です。渡哲也やビートたけし主演でドラマ化もされました。30年間時がとまった作品とも言えるんですが、全巻揃えている人っているのでしょうか。
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2006年09月27日
利益が上がる!NPOの経済学
■ 書籍情報
跡田 直澄
価格: ¥1680 (税込)
集英社インターナショナル(2005/09)
本書は、「NPO=ボランティア」という思い込みが、「もはや夢物語に過ぎない」として、「今後のNPOのためにも『ボランティア幻想を捨てよう』と声を大にして」訴えているものです。著者は、アメリカのNPOが、「これまで公共部門にあった分野や政府が手を染めなかった分野」である医療や教育、福祉などの分野の中に「ニッチ」を見出し、そうした分野で活動を続けていくために、NPOが民間からマネジメントや「ファンドレイジング(fund-raising=資金集め)」の手法を学び、そうした人材を引き入れながら民間企業的な色彩を濃くしていったことを紹介しています。
第1章「NPOのビジネスモデルを考える」では、NPOの維持と拡充という目的のために、
・自前の稼ぎ(営業収入)
・補助金・助成金
・寄付
の3つの要素が欠かせず、「この三つがいわば三位一体となってこそ、NPOは長く存続できる」という「3分の1ルール」を紹介しています。
また、米国では、「NPOをやるかベンチャー企業をやるか」の二者択一が深刻な問題ではなく、「立ち上げた組織をどちらで登記するか」を必要に応じて選択する問題に過ぎないことを紹介し、「NPOも一種のベンチャーであるという気概が今の日本のNPO業界には求められている」と述べています。
そして、NPO法人が高齢者介護用のグループホームの建設に当たり、銀行から融資を受けるというケースを紹介し、「金余り現象」が起きている銀行がやっと一般企業のプロジェクトファイナンスに重い腰を上げ始めたこと、一部の企業や機関投資家が「社会的に意義のある事業や企業家への投資」である「社会的責任投資(Socially Responsible Investment)」の具体化に着手し始めたことを紹介しています。
第2章「この『ニッチ(スキマ)』を狙う」では、タイで国際的なNGO活動が盛んになった理由として、「NGOが活動する「隙間(ニッチ)」がアジアでは他国に先んじて拡大していた」ことを挙げ、この経緯として、1970年代以降、欧米の留学から帰国してきたエリート層が政財界に進出し始めた結果、政府も開放政策に動き始め、ここを狙って外資が大量に流入し、1990年前後の驚異的な経済成長を下支えしたこと、1980年代後半に始まったエイズの蔓延に、海外NGOが活動し、これらの活動を若いエリート層が支援して民法が改正され、NPOの設立が容易になったことなどが述べられています。
そして、今後NPOビジネスにとって可能性のある産業分野として、医療や環境問題、そして、イギリスの「グラウンドワーク・ファウンデーション」の事例としてテムズ川河口のダートワースの土壌改善事業を紹介しています。
第3章「『寄付市場』を造り出す」では、大阪の淀屋橋を作った豪商である淀屋辰五郎を紹介し、自費で橋を作り丸々「寄付」したことのリターンとして、大阪に物流の太いパイプが出来上がり、新しい繁華街が形成されたことが紹介されています。
また、1914年に米国で設立された「クリーブランド財団」に範を取った大阪コミュニティ財団を紹介し、「多数の篤志家から寄付された多数の基金により、それぞれの意向にしたがって助成事業を行う」というその設立趣旨を紹介しています。
この他、エコマネーでインフレーションを起こすという思考実験や、情報の非対称性を打開し、「寄付をする側と受ける側との双方を仲立ちするコンサルビジネス」として、「NPO法人寄付市場創造協会」(JaDoMaC)を紹介しています。
第4章「NPO業界の足元を見つめる」では、日本社会に寄付文化が定着しない理由の一つとして、「寄付に関する制度がまだ整備されていないこと」を挙げ、NPOの収益事業に関して、「ほとんどの事業を収益活動と位置づけ、本来事業を限定的に捉えるという『線引き』をしているのが現状」であること、NPOに対する寄付金を、政策的に優遇していくことの議論の裏には、「寄付市場が拡大することで、国庫から支出しなくてはならない補助金が軽減できる」という政府の本音が透けて見えること、日本では寄付金に対する優遇を受けられる「認定NPO」が2005年7月現在で34しかない理由として、認定条件が厳しいこと、等が述べられています。
著者は、「官主導の国家を民主導の国家に変えていくために」、非営利活動が重要な役割を担うとして、本書の意義を述べています。
本書は、「NPO=ボランティア」と思い込んでいた人たちにとって、視界が開けるような一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の著者は、今年のはじめくらいに「竹中塾」のプレゼン大会の時にコメントをしていたのを見かけたことがあります。
あちこちの委員などを歴任しているので名前を見たり、新聞でコメントしているのは見たことがあったのですが、単著を読んだのは本書が初めてだったのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・「NPO=ボランティア」と思い込んでいる人。
■ 関連しそうな本
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
金子 郁容 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日
■ 百夜百マンガ
この作品はジャンル的には「DV四コマ」とかになるんでしょうか。とにかくちゃぶ台がひっくり返ります。『ゴーダ君』の貧乏4コマ路線の作者が化けた作品。説教臭くなったともいえますが。
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2006年08月23日
インターネットヒストリー―オープンソース革命の起源
■ 書籍情報
ニール ランダール
価格: ¥2,415 (税込)
オライリー・ジャパン(1999/06)
本書は、「インターネットの創始者たちがそれぞれのどのような状況で、どのような意識をもってその構築に貢献したのかが、本人の口から語られた貴重なインタビュー集」です。監訳者である村井氏は、インターネットを、「『官』が『公』のことを行う20世紀まで人類が当たり前だとしてきた既存の仕組みの中で、皆で力を合わせて『民』が『公』の利益を支えるというまったく新しいモデルを実現するというチャレンジで」あると評価し、本書を、「人類の新たな挑戦の歴史(しかもその起源)について書かれた本」と位置づけています。
インターネットは、合衆国西部の4台の大型コンピュータをつなぐ実験から、30年足らずの間に世界中のさまざまなコンピュータをつなぐネットワークに急成長しました。著者はインターネットを、「いわば神話のヒュドラーのような生きた技術に最も近い。1本の縄を断ち切っても、また新たに2本の縄が隙間を埋めようと出てくるのだ」と述べています。
インターネットの起源は、1960年代、ソビエトからの核攻撃を恐れ、対策を練っていた米国が、軍内部のコミュニケーションシステムを壊滅から守ることにありました。集中管理を行う中央コンピュータをなくすためには、どのコンピュータにもすべての通信を管理するだけの能力が必要不可欠であること、メッセージの宛先であるコンピュータが破壊されている場合には、通信網を迂回して稼動中のマシンを探し当て、メッセージを伝達しなければならないこと、が条件となりました。ここで登場するのが、1960年代にポール・バランが基本原理を発表した「パケット交換方式」です。バラン氏は、インタビューの中で、当時の通信分野のトップであったアナログ人間たちには、デジタル人間には当たり前のことが意に介せず、「パケット交換方式なんてものがうまく行くはずがない」という感情的な対立があったことを語っています。
著者は、インターネットのスタート時に大半を資金援助したARPAのARPANETに関しては、インターネットの発展に1960年代が貢献した最も大きな功績として、「1960年代は世界中で興味を共有する人々がコミュニケーションの必要性と欲求を意識した時代」に生まれた「オープンでグローバルなコミュニケーションのコンセプトそのものである」と述べられています。
第3章では、ARPANETが誕生した後、軌道に乗るまでにいくつかの理由から時間を要したこと、そして、1972年10月に行われた国際コンピュータ通信会議で行われたデモで、40台のターミナルをパケット交換方式でネットにつなぎ、参加者にネットワーク上で実際に何か作業をしてもらったことなどが述べられています。著者は、技術者による実験が中心であったARPANETが、ユーザの使い勝手に目を向けたこと自体が画期的だったと評しています。ロバート・カーン氏のインタビューでは、ARPANETの使用開始に関して、多くの大学生たちが同乗していることに軍が神経を尖らせていたこと、ARPANETが果たしたインターネットの誕生への貢献として、「独立した複数のドメインの接続を果たし、ネットワーク上でオープンアーキテクチャ環境を実現したこと」が挙げられています。
第4章では、1983年1月1日からARPANETのプロトコルがTCP/IPに切り替えられたことに関して、TCP/IPの発明者であり"インターネットの父"であるヴィント・サーフ氏のインタビューを掲載しています。
第6章では、USENETの誕生に合わせて発生したネチケットの問題、すなわち、フレーミングとスパミングの問題について解説されています。USENETの誕生に携わったスティーブ・ベロバン氏のインタビューでは、ネットが本来的に規制しにくいものである喩えとして、「教会が聖書の数を把握しきれなくなったので、グーテンベルクの印刷機による複製が可能になった」という主張の例を取り上げています。
第7章では、1980年代半ばの到来とともに、かつてジョージ・オーウェルが『1984』で予言した未来像が否定される一方で、ウィリアム・ギブソンが『ニューロマンサー』で初めて使った"サイバースペース"という言葉が一般化したことが述べられています。
第8章では、1986年にインターネットを引き受けたNSF(全米科学財団)によるNSFNETの画期的な点として、最初からネットワークをつなぐネットワークとして設計されたこと、そして、1995年4月にNSFNETバックボーンが手を引いたことに関して、『誰にも気づかれずに切り替えが行われたこと自体、NSFNETが大成功であったことを意味する」ことが述べられています。
この他本書では、WWW以前にインターネットを制した存在であったgopher(ホリネズミ)、ジュネーブのCERN(欧州原子核研究機構)で生まれたWWWに関してそのネーミングについて妻と相談したというティム・バーナーズリー氏のインタビュー、1993年にNCSAの学生であったマーク・アンドリーセン氏によって開発されたブラウザーであるMosaic等の他、ヨーロッパのインターネットの歴史上重要な位置を占めるISO-OSIプロトコルの果たした役割、インターネット上の道徳的に有害な情報と検閲を求める声の高まり等について解説されています。著者は、ヨーロッパや太平洋沿岸諸国でインターネットが広がったことに関して、「インターネットがアメリカから発生したことがいかに重要な意味を持つか」と述べ、「アメリカのアメリカらしいところは、この国は勝者が生まれるとその勝者を世界中と共有したがること」であると述べています。
著者は将来のインターネットを、「第一に社会資産、第二に情報資産」として捉えられるとして、その結果として、「現在私たちが教育や個々の授業において価値を認められていること、そしておそらくは現在の思想において価値を認められているものの多くが失われることになるだろう」と指摘し、「変化はすでに始まっており、変化は必ず訪れる。それは両価的な力を有する怪物が未来に向けて、私たちの背中を押している証拠でもある」と結んでいます。
■ 個人的な視点から
本書の監訳者である村井純氏は「はじめに」と「あとがき」の他、本文中においても日本におけるインターネット普及の中心的役割を担った人物としてインタビューが掲載されています。その中では、氏が1984年10月に開始した「日本大学間ネットワーク」の略称である「JUNET」について、自分の名前(Jun)をつけたのではないか、と人から指摘されることが多いこと、そしてこの名称は、「Japan University Network」の略称であることが語られています。それにしても人が見れば自分の名前をつけたように見えるでしょうが。
■ どんな人にオススメ?
・民の力によって発達した社会インフラの経緯に関心がある人。
■ 関連しそうな本
ペッカ ヒマネン, リーナス トーバルズ, マニュエル カステル (著), 安原 和見, 山形 浩生 (翻訳) 『リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神』 2005年10月29日
リーナス トーバルズ, デビッド ダイヤモンド (著), 風見 潤 (翻訳) 『それがぼくには楽しかったから』 2005年11月05日
リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
クリス ディボナ, マーク ストーン, サム オックマン (著), 倉骨 彰 (翻訳) 『オープンソースソフトウェア―彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか』 2006年01月29日
ケイティ ハフナー, マシュー ライアン (著), 加地 永都子, 道田 豪 (翻訳) 『インターネットの起源』
■ 百夜百マンガ
作品中で実在の学校の名前が使われたということで回収になった幻の作品です。タイトルの「極道(きわめみち)高校」は、『激!!極虎一家』でも登場します。
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2006年08月18日
現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策
■ 書籍情報
橘木 俊詔
価格: ¥3675 (税込)
ミネルヴァ書房(2005/10)
本書は、労働力不足の時代を目前に控え、「女性がこれまで以上に労働力として活躍することが望ましいとする」スタンスから、「女性が現在以上に労働参加し、かつその潜在能力を今以上に活用するにはどうすればよいか」という課題を中心にすえたものです。
序章では、女性が職場でうまく活用されていない事実を、
(1)男性と比較して労働参加率が低い。
(2)管理職についている女性の比率が非常に低い。
(3)勤労意欲にややかける面があるといわれることがある。
の3点で示し、その理由として、
(1)女性の処遇に差別があり、働いている女性の勤労意欲を阻害している。
(2)女性の側に働きたい希望がないか、企業でがんばって働こうとする意欲に欠ける。
(3)女性にとって、職業生活で成功したいという希望がない。
(4)企業側は女性の労働生産性は低いとみなしているかもしれない。
という4つの理由が考えられるとし、特に(1)の処遇の差別に注目して分析を行うと述べています。
中でも男女間賃金格差に関しては、
(1)労働市場に入る前の要因:教育水準の差など。
(2)労働市場における要因:企業における昇進や仕事配分の不利、コース別人事、パートタイマーの賃金格差など。
(3)ライフサイクルや家族との関わり:育児、家事の負担など。
の3種類の要因について解説しています。
第1章では、「労働力としての女性に焦点を当て、学校教育システムと労働市場との接合をめぐる構造的問題を明らかにする」として、教育投資において、「女子は男子以上に経済的要因から影響を受けやすい、ヴァルナラブル(vulnerable)立場にあること、社会全体として、現在のパート活用が可能であるのは、「戦後50年かけて蓄積してきた高校教育と新規学卒雇用のシステムの下支えがあってのことだといった、長期的視点を持つべき」であることなどが述べられています。
第2章では、「子どもの地位達成に関するリスクの増大と、その過程における母親の役割の増大が、日本社会における女性の活躍を促進するという課題、および少子化の進行を食い止めるという課題の双方にとって大きな障害となっている」という仮説を立て、「結婚後に子どもを持つか否か、そして子どもを持った後に働くか否かに関する女性の選択に対しては、『子どもの地位達成リスク意識』が固有の影響を持っていること」を明らかにするとともに、「女性活用と少子化対策を両立させるためには、子どもの地位達成を、母親が自身の人生を犠牲にしないでも確保できるようにするという面での対策が不可欠となる」ことを述べています。
第3章では、「女性活用のあり方を母親就労に着目して検討」し、「性別役割分業観や幼い子をもつ母親就労に対する意識で重要な要因として、本人の母親が幼い頃実際に働いていたか否かがどの国にも共通して認め」られること、女性がもっと働きやすい社会を目指すためには、男性も含む社会構成員のすべてを視野に入れた環境整備が必要となることなどが述べられています。
第4章では、男性の家事・育児参加に関して、
(1)我が国の男性の家事・育児参加が増えることが育児期の女性の就業を促進する効果があるか否か。
(2)どのような対策を行えば男性の家事・育児を増やすことができるか。
という2つの問題を取り上げ、「夫の家事・育児時間が長くなるほど、女性の労働力率が高まる」ことが明らかになったことや、逆に、「我が国の夫の家事・育児時間が今後も現在のままの低水準であるならば、育児期の女性に対する各種の就業促進策を講じて女性の労働力率を上昇させることにも限界があること」がうかがえることなどが述べられています。また、夫の家事参加の規定要因として、
・家事・育児の量(末子年齢、母親同居)
・時間的余裕(夫の労働時間、妻の労働時間)
・相対的資源(妻の年収割合)
が支持され、育児参加の規定要因としては、
・家事・育児の量(末子年齢、7歳以上の子ども)
・時間的余裕(夫の労働時間、妻の労働時間)
が支持されたことが明らかにされています。本章のまとめとしては、社会全体における人的資源の活用という面では、「わが国は労働市場ではもっぱら男性を(長時間労働として過剰に)活用して、女性を重文に活用せず、家事・育児労働では男性をほとんど活用せずに、もっぱら女性を活用するという状態になっている」ことを述べ、夫の家事・育児参加を進めることで、「育児期の男性の労働市場における過度な労働時間を短縮して、彼らが家事・育児に振り向けられる時間をつくり、その分女性が市場労働に投入できる時間を増やす」ことであることが述べられています。
この他、第5章では、女性の婚姻状態と転職・再就職行動について、婚姻状態によって就業行動は非常に異なり、雇用就業におけるパート・常勤比率にも大きな差があることが述べられています。また第6章では、大卒女性のキャリアに関して、勤続年数とともにキャリア・昇格格差が増加していく理由や、男女差を感じさせない職場は、「男女同じように配属されている仕事で、上司の人事考課の公平性に満足しており、仕事分野としては研究・技術職の職場である」ことが述べられています。さらに第7章では、大卒女性が再就職せず、「M字カーブ」すら描かない理由として、「年齢制限や離職帰還が、大卒女性の再就職に与える影響」に着目して分析を行っています。
本書は、女性の能力活用について、さまざまな分野から多角的な分析をまとめた一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の中でも、特に注目されるべきは、第4章の「男性の家事・育児参加と女性の就業促進」ではないかと思います。これまで、男性の家事・育児参加に関しては、男女の間の不公平感や、「父親ももっと子育てを」というスローガン的なものが多かった印象があります。
しかし、本章では、社会全体から見た場合の、労働力の不均衡かつ非効率な使われ方に着目している点が特徴です。著者は、問題の帰結を「社会における男女の労働時間と家事・育児時間の分配の問題」であるとして、「社会全体の経済力、活力を高めるために、今一度時間の効果的な分配を検討する時期に来ている」と述べていて、大変うなづけるものではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・効率的な労働時間の分配に関心がある人。
■ 関連しそうな本
佐藤 博樹, 武石 恵美子 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』 2005年04月07日
佐藤 博樹, 佐藤 厚 (編集) 『仕事の社会学―変貌する働き方』 2005年12月01日
佐藤 博樹 『変わる働き方とキャリア・デザイン』 2006年05月22日
佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』 2005年12月06日
熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 2006年07月25日
大沢 真知子 『ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方』 2006年07月24日
■ 百夜百マンガ
ドラマにもなった(しかも深夜ではなく土曜日の夜7時半)人気作品。のはずなのに記憶の奥底に忘れ去られていった作品。「胸キュン」と言えば『君に、胸キュン』は1983年ですから当時は一般的に使われる言葉だったのかもしれません。
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2006年08月11日
日本の下層社会
■ 書籍情報
横山 源之助
価格: ¥903 (税込)
岩波書店(1985/04)
本書は、日清戦争後のわが国の産業革命期における下層階層の生活・労働状態を客観的なデータを多用して明らかにしたルポルタージュです。著者は、二葉亭四迷と松原岩五郎から影響を受け、貧民ルポルタージュを通した貧民・労働問題解決への参加を志します。著者は、明治27年に『毎日新聞』(現在の『毎日』とは別)に入社し、多くの社会探訪記事を掲載し、明治32年には本書を書き上げています。
本書の構成は、
・第1編 東京貧民の状態
・第2編 職人社会
・第3編 手工業の現状
・第4編 機械工場の労働者
・第5編 小作人生活事情
・附録 日本の社会運動
という構成になっていて、単なる潜入記事や風俗観察にとどまらず、さまざまな階層を統計データを用いて分析した本格的なルポルタージュとなっています。
第1編「東京貧民の状態」では、東京市全体で、「細民の最も多く住居する地を挙ぐれば山の手なる小石川・牛込・四ツ谷にあらずして、本所・深川の両区なるべし」と延べ、この両区が旧幕時代から、職人や人足が多く住む地域であり、他の地域とは人情風俗も異なっていると解説しています。下層民の職業は、人足・日傭稼が最も多く、人力車夫が続くこと、特に浅草区に人力車夫が多いことが述べられています。また、著者は貧民の稼業として、万年町、山伏町、神吉町、松葉町の屑拾いに注目し、「世に器具物品に千種万別あると共に、天下にあらゆる廃物汚物は屑拾いの籠に集まりて事物の運命を示す」と述べ、屑を拾うには、人に遅れをとらないよう午前3時半ないし4時には起き出さねばならないこと、節分・土用干・十二月の大掃除には多くの屑を得ることができることなどが述べられています。
また、貧民の家庭に関しては、広くて6畳、大抵4畳の部屋に、夫婦・子供、同居者を含め5~6人が住んでいること、寄留者が多いことが特徴であること、夫婦と言っても多くは正式に手続きを踏んだものではないこと、区役所に届けのない児童が多数あり、「成人してなお国籍なく、日本人にして日本人ならざるものまた多かるべし」と述べ、その理由を、「貧窟に国籍なき児童多きは、けだし野合して私生児産れ中途にして婦女の逃走するもの多きより生ず」と解説しています。
第2編「職人社会」では、職人を
・居職人:錺職、下駄・鼻緒・袋物・蒔絵・縫箔・製本・裁縫・塗物・煙管・提灯等
・出職人:大工・左官・石工・瓦葺・ペンキ塗
に大別し、出職人は「もっぱら労力を売りて生活する純然たる労働者」である一方、居職人は「地方に至れば一面は労働者の階級に属して、しかして他方面においては自ら資本を下ろして店を開きその製作品を売れるは多く、ある意味にては商人たるが如く見ゆる場合あり」と述べています。
第3編「手工業の現状」では、桐生・足利地方の工女の生活の実態として、「かれらが日々食するとことの食物と言えば、飯は米と麦と等分にせるワリ飯、朝と晩は汁あれど昼食には菜なく、しかも汁というも特に塩辛くせる味噌汁の中へ入りたるは通例菜葉、秋に入れば大根の刻みたるものありとせば、即ちこれ珍膳佳肴(ちんぜんかこう)」と述べています。一方で、工女の風俗に関しては、工場で彼らの言動に耳を傾けると、「親が承知で機織させて、浮気するなと先きぁ無理だ」という「猥褻聴くに堪えざるもの」を耳にすることがあること、広島県佐伯郡能美島は「従来淫猥の風最も盛んなる地方なりしが、昨年大阪朝日会社の分工場を設けられてより以来は地方より多くの男女職工入り込み足ることとて一層風俗を乱したること」などが述べられています。
また、大阪「第一の貧民部落なりと称せられたる名護町」付近に燐寸工場が多数設立されていることに注目しています。燐寸向上の請負職工の作業である、軸並・箱詰・商標張・包装のうち、大半は軸並・箱詰であり、他の工場に比して幼年者を見ることが多く中には6~8歳を見ることもあること、各工場で箱詰めや軸並を仕上げるごとに検査係から与えられる札が付近の米屋で手形と同様に流通していることが紹介されています。
第4編「機械工場の労働者」では、紡績工場の工女の年齢は、15歳以上20歳未満が最も多いこと、極端な例として7~8歳の児女を見ることがあること、紡績工場に欠勤者が多く常に1割程度あり、2000人の職工のいる工場に日々200人程度の欠勤者があり、2~30人は病欠であるが「他は悉く懶惰(らんだ)に基づく」と述べています。また紡績工女の風俗に関しては、「紡績会社は女護島(にょごがしま)なりと或る工場の某氏はかつて警句を吐けり」として、女工が男工の2~3倍の多数いるために、「一般紡績工場内男工と女工との間に種々の醜聞起こるもまた止むを得ざる事実なり」と述べています。
第5編「小作人生活事情」では、旧幕時代と明治との小作人の生活を比較し、「明治の時勢は小作料を大にし、肥料を高価にし、弱者をいじめつつあり」と述べるとともに、農家の内職などに言及しています。
また、附録となっている「日本の社会運動」では、帝国議会の実態を、「冷然として地租増徴案を可決し郵便税を引き上げ醤油税を増加し、かつ自己の便宜のために政府に強いて歳費を増加せり。その議員といえるものを見るに一人として主義の上に立てる者なく、悉く私利に趨り、議場の言論は珠利を争える市場のすなわち名を換えて帝国議会と称する者のみ。代議士の職は選挙法の手続を経て成りたる営利の位置にして、その権利は市場の物品と等しく金銭を持って買収するを得」と述べています。
著者は、「余輩はいま、日本の下層社会を記したる筆を転じて、我が国の社会運動を記せんとす。我が国に社会運動あるか。もしそれ社会運動にして、欧米産業社会に見るが如く利益分配の不平等より生ぜる政治問題なりとせば、余輩は多く我が国においては記すべき社会運動を有せざるなり」と述べ、「今日欧米諸国に唱えらるる意味を以てせば、我が国にては特に社会運動として記るすべきこときわめてすくなしといえども、社会の欠陥に対して起りたる広き意味における社会問題を挙ぐれば、我が国にも社会問題あり、階級の衝突あり、強者弱者の衝突あり、貧富の衝突あり」と指摘するとともに、特に日清戦争後の産業革命、機械工業の勃興によって労働問題や物価の高騰が深刻になっていることを指摘しています。そして「わが労働社会にありて最も欠くるところは、同業者の間に団結なきことなり。それ団結は勢力なり。いやしくも自己の利益を図りその位置を高めんと欲せば、団結の勢力によらざるべからず」と労働者の団結を呼びかけています。
本書は、日清戦争後の産業革命によって拡大した社会格差を正面から客観的に取り上げたルポルタージュとして、現代の社会格差の拡大の議論にヒントを与えてくれるものではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の第4編には、東京府下の鉄工場の多くが日給ではなく、その賃金を請負にしていることを、「即ち仕事の負担を定め、その製作品の程度巧拙によりて賃金を給する者、あたかも職人社会に請負行わると」等しいとしています。この理由として、「これ一は職工の怠慢を防ぎ、並びに労働を多量に得るの好方便たるが如し」であり、「競争を致して製品高を多量にするの傾向あるを以って、その賃金も多少日給者の上に出るが如しといえども、また粗製を濫造するの弊害は免かるあたわず」と述べています。
また管理職に関しても、「良監督の名ある者の職工に対する挙動を見るに、恩を以って待つことをせずして徒に職工を威迫しお、ただ叱りてさえおれば監督の能おわれりとして、得々たるものおおきこれなり。監督と威圧とは別事なり。威圧は一時の成績あるべし、決して永久職工の心事を得るものにあるざるなり。しかるに実際局に当たる者は、しからずとしてかえって器械視するの成績あると説く者多きが如きは、畢竟労働者を以って牛馬視する封建時代の感念あるにこれ由るのみ」とも述べられています。
これを読むと、「成果主義」で働く現代のサラリーマンが、明治時代の鉄工所の請負の職工と大差ないことがよく分かります。
■ どんな人にオススメ?
・社会格差と成果主義に気の重い毎日を送っている人。
■ 関連しそうな本
松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
細井 和喜蔵 『女工哀史』
犬丸 義一 『職工事情 (上)』
■ 百夜百マンガ
あのウノケンが少年サンデーに連載を持っていただけでも驚きですが、それにしても絵も話もぜんぜん少年向けではないのがポイントです。
少年マガジンのギャグマンガは、絵が汚かったりエロはあってもマンガとしてかっちりしているのに対し、サンデーはエロと言うより下ネタやタブーネタなど掲載するのに勇気(蛮勇?)が必要な作品が多いのが特徴です。
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2006年08月09日
消滅する言語―人類の知的遺産をいかに守るか
■ 書籍情報
デイヴィッド クリスタル (著), 斎藤 兆史, 三谷 裕美 (翻訳)
価格: ¥924 (税込)
中央公論新社(2004/11)
本書は、世界中で大量に失われつつある言語に関して情報提供し、「言語の死とは何か、どの言語が死につつあるのか、なぜ言語は死ぬのか、そしてなぜ、よりによって今死ぬのか、ということについて、分かる限り事実を解明すること」を狙いとしています。そして、本書は、
・なぜ言語の死がそれほど重要なのか。
・なにかできることがあるのか。
・なにかをすべきなのか。という3つの難題を投げかけています。
「言語の死」を定義することは簡単ではないようですが、「もし、誰かがある言語の最期の話者になったとしたら、その言語は――意思伝達の道具として見れば――すでに死んでいる」ことが述べられています。また、地球上に存在する言語は、少ないものでは3000、多いものでは1万まで開きがあり、これは、それまで「言語(ランゲージ)」と「方言(ダイアレクト)」に分けて捉えてきた二分法に問題があり、「外言語(タン)」、「内言語(ランゲージ)」及び「方言(ダイアレクト)」の三分法によって捉えるべきであることが述べられています。
言語の今どのような状態にあるかを表す方法として、本書では、いくつかの分類法方が紹介されています。その中のひとつとしては、
・生存可能
・生存可能だが少数
・危機に瀕している
・消滅に近い
・絶滅
の5段階による分類法があります。
本書は、言語の死を問題にしていますが、世間には、「言語の数が減ることは、人類にとっての利益であって悲劇ではない」という信仰があると述べられ、この見方に対して著者は、
(1)単一の言語を話すことが相互理解や平和、新たな国際協調と結束を保障するという発想はあまりに短絡的にすぎる。
(2)単一の世界言語の利点を声高に主張する人々は、強大な単一言語国の出身者であることが多く、その日がくれば、皆が使用するのは当然自分たちの言語であると思い込む傾向があること。
の2つの問題があることを指摘しています。
そして、言語の消滅を放っておいてはいけない理由として、
・多様性が必要だから
・言語は民族的独自性を表現するから
・言語は歴史の宝庫だから
・言語は人間知識全体の中で大きな役割を果たすから
・言語はそれ自体興味深いから
等の理由を挙げています。
そして、言語の消滅に対する対策として、
(1)危機言語は、優位な共同体社会内で話者の地位が向上すれば発展する。
(2)危機言語は、優位な共同体との比較において話者が富裕になれば発展する。
(3)危機言語は、優位な共同体から見て話者が法的に力を増せば発展する。
(4)危機言語は、話者が教育制度の中で強い存在感をもてば発展する。
(5)危機言語は、話者が自分たちの言語を書き記すことができれば発展する。
(6)危機言語は、話者が電子技術を利用できれば発展する。
の6点を挙げています。
■ 個人的な視点から
本書では、人生を豊かに、楽しいものにする上で、異言語体験が重要であることが述べられています。
・「新しく言葉を覚えるたびに新しい魂を手に入れる」(スロヴァキアのことわざ)
・「二つの言葉を知る者は、二人分の価値がある」(フランスのことわざ)
残念ながら、外国語で思考することができない自分としては、二つの言葉、二つの魂を持っている人はとても羨ましいです。
■ どんな人にオススメ?
・言語の多様性の受容性を認識したい人。
■ 関連しそうな本
ルイ=ジャン カルヴェ 『言語政策とは何か』
ダニエル ネトル 『消えゆく言語たち―失われることば、失われる世界』
河原 俊昭 『世界の言語政策―多言語社会と日本』
河原 俊昭 『多言語社会がやってきた―世界の言語政策Q&A』
■ 百夜百マンガ
「カメラ好き=女好き」という誤った?認識を与えた作品です。同じサンデーで連載された光画部が色恋沙汰を極力排除(曲垣と兵藤の婚約ネタはありましたが)していたのとは対照的です。
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2006年07月31日
最暗黒の東京
■ 書籍情報
松原 岩五郎
価格: ¥588 (税込)
岩波書店(1988/05)
本書は、明治25~6年頃、日清戦争が始まる前の首都東京の下層社会について、『国民新聞』紙上に発表された下層社会報告をもとに書下ろしを加えて出版されたものです。本書に報告されている「東京」は、江戸末期から持ち越されてきた、産業革命などの近代の社会変革をまだ経ていないものであると解説されています。また、本書は、当時の「文学」のカテゴリーである小説や詩などの規範の下で書かれたものではなかったため、明治の文学史の中からは無視されてきた存在であること、そして、本書こそが、「実は専門作家によって試みられた、大胆不敵な、わがくに最初の記録文学であったことに、今われわれは気付かねば」ならず、文学としても再評価されるべきものであるとも解説されています。
著者は、本書の冒頭に、このルポルタージュを執筆する動機を以下のように記しています。
「生活は一大疑問なり、尊きは王侯より下乞食に至るまで、いかにして金銭を得、いかにして食を需め、いかにして楽み、いかにして悲み、楽は如何、苦は如何、何によッてか希望、何によってか絶望」
当時『国民新聞』の記者であった著者、松原岩五郎は、このルポルタージュのために、「何の職業をもてる者ともつかぬ窶しき浮浪の体にて徐々に上野の山を」下り、この「貧大学」の門をくぐります。その眼科には、「蒸気客車の連絡せるごとき棟割の長屋」が東西の伸びる、「府下十五区のうちにて最多数の廃屋を集めたる」下谷万年町の貧民窟が広がります。著者はまず「貧大学課程の第一就業」として、「貧天地の一部分を代表する各種の人物」の状態を観察するため、「下層人種の雑多混合する所」である木賃宿に足を踏み入れます。
中央のランプが一つだけある薄暗い20畳ばかりの座敷に通された著者は、体中をかきむしり、虱をとっては噛み潰している飴売りの老人に戦慄します。さらに就寝時には、一張の蚊帳に10人以上が押し込まれ、他の客の「労働的の体臭」に息も止まるほどになり、件の老人から伝染した虱が膝の辺りでたっぷり血を吸って「麦粒の如くに肥りたる」のを手でつぶすこともできず、事前に数日の餓えや野宿によって準備してきた自分を「ああ偽なる哉、偽なる哉」、「腑甲斐なき事なり」と嘆いています。
著者は、ここを起点に上野山崎町、根津宮下町、小石川柳町、伝通院裏、牛込赤城下、市ヶ谷長延寺谷町などの貧窟をさまよい、ついには山の手第一の大スラムである四ツ谷鮫ケ橋にたどり着きます。ここでは、親方株である清水屋弥兵衛を訪ね、「人間は遊んでいて食するものにあらず」「壮き漢が骨を惜しむという事あるべからず」と残飯屋への就職を斡旋してもらいます。著者は、貧民を形容するのに最も適当な言葉として、「飢饉、襤褸、廃屋、葬貌」などよりも「残飯または残菜」が最も適切であると述べています。著者はここで「兵隊飯」と呼ばれる鎮台営所の残飯を売りさばきながら、飯を買い求めにくる人種を観察しています。「虎の皮、土竃、アライ、株切」などの残飯の名称については、『東京の下層社会』のなかでも解説されているので省略しますが、残飯の仕入れの状況に「飢饉」「豊年」と一喜一憂し、飢饉が続くと豚の餌にするはずの腐りかけた餡殻が「キントン」と名づけられ飛ぶように売れる貧民の食生活は当時のスラムの凄まじさを伝えてくれます。
著者の探検は、下谷万年町、四ツ谷鮫ケ橋に並ぶ当時の三大スラムの一つである芝浦の新網町にも達します。著者は、比較的清潔なのは鮫ケ橋、混雑と頽廃はあるが戸々はボロを顕わしていないのが万年町とした上で、新網町の衛生状態の悪さを、住人自らが「日本一の塵芥場」と認め、「汚水縦横して腐鼠日光に曝露され、セイ(国がまえに下が円の青)厠放任朽屐塚をなし饐飯敗魚の汚穢を極めたる物散点して路傍に祀らるるの有様より破蓆簷檐を覗き落壁人顔を描くの状」を、人間生活最後の墜落を示したものとして、砲撃の後の野営所のようであると述べています。
著者は、本書で貧民窟に暮らす人々の家計や、種々の商売を紹介しています。死人、病人の衣類をただ同然で引き取って新品に作り直す古物商や、「サルマタ、ヤゲン、ロンジ、ダルマ、チギ、ヤッコ、セイナン、ゴンベ」などの隠語を操る青物商など興味深いものばかりです。著者は、「塩鯖、鱒、棒鱈」などを行商する「宮物師」や風鈴屋の仲間になって各地を周るなかで、伊香保温泉の崖地にへばりつくように建てられた建物の日も差さない最下層に住む、盲や聾唖などの障害者が「座芸者、笛、尺八を吹く者、琴、三味線を弾る者のほかは皆揉療治按腹の輩にして、鍼治、灸焼を主る者の類」として生活していることを聞き及びます。そして、彼ら百数十人を統べている、4人の妻を持つ酋長が、彼らからピンハネした金を原資に商人たちに高利で貸し付けているという話を紹介しています。
本書はこの他、当時の労働者が利用していた飯屋のメニューや、車夫が利用していた夜間営業の屋台(おでん、煮込、大福餅、海苔巻、稲荷鮨、すいとん、蕎麦ガキ、雑煮、ウデアズキ、焼鳥、茶飯、餡カケ、五目飯、燗酒、汁粉、甘酒など)、車夫たちの使う隠語(ダリカン――五十銭、バンドウ――八銭)、車夫が立ち寄る飲食店のメニュー(丸三蕎麦、深川飯、馬肉飯、煮込、焼鳥、田舎団子)などを紹介しています。
歴史の教科書で紹介される明治は、蒸気機関車や牛鍋など文明開花の最先端の風俗ばかりに彩られていますが、江戸を引きずったもう一つの明治の東京を知ることができる本書は、東京に暮らす人にはぜひ一度読んでいただきたい一冊です。
■ 個人的な視点から
本書には、駅前で乗客をめぐって縄張り争いする気の荒い車夫の風俗が紹介されていますが、ファストフードの夜食を食べながら客待ちで夜を明かし、他の車夫と隠語を使って談笑する様子は、現代のタクシー運転手に通じるものがあるような気がします。
もちろん現代のタクシー運転手の中に、明治時代に人力車を曳いていた人はいないと思いますが、営業の主体(人力車の元締めが後になってタクシー会社になった)や労働者の移行(車夫が免許をとって転職した)など、車夫の風俗からタクシー運転手の風俗へ連続する要素などはあるのでしょうか。調べてみたい気がします。
■ どんな人にオススメ?
・歴史の教科書には載っていない明治の東京にタイムスリップしたい人。
■ 関連しそうな本
紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
横山 源之助 『日本の下層社会』
小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
西井 一夫 『新編「昭和二十年」東京地図』
吾妻 ひでお 『失踪日記』
■ 百夜百マンガ
日本ではなぜか巨大ロボットが登場する戦隊モノ風のスパイダーマンもやっていましたが、劇画にするとこんなにも変わってしまうのが恐るべしです。
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2006年07月28日
ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略
■ 書籍情報
【ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略】
C.K.プラハラード
価格: ¥2940 (税込)
英治出版(2005/9/1)
本書は、「経済ピラミッドの底辺にいる1日2ドル未満で生活している40億人」もの「ボトム・オブ・ザ・ピラミッド(BOP)」のために、大企業の資源や、規模、活動領域をすべて活用した解決策を共同で創りあげたらどうなるか?という問題意識から出発し、「実際にどうすればうまくいくか」について様々なケースを分析しているものです。
著者は、この問題に取り組むにあたり、
(1)解決策を競争するプロセスは、経済ピラミッドの底辺にいる消費者を「個人として尊重する」ことから出発する。ここでは、消費者も問題解決に欠かせないプレイヤーとなる。
(2)BOPを活発な市場に変えるには市場開発としての活動が要求され、新しい創造的なアプローチが必要となる。
という2つの要素が重要であるとしています。
著者は、「貧困を緩和するフレームワーク」を築くためには、「『貧しい人々は犠牲者であり、重荷である』という先入観を捨て、『彼らは内に力を秘めた創造的な起業家であり、価値を重視する消費者である』と認識を改めれば、ビジネスチャンスにあふれた新しいし世界が開かれる」と述べ、消費力を作り出すために重要な、
(1)手頃な値段(Afforability):品質や効能を損なうことなく手頃な値段で入手できる。
(2)製品・サービスへのアクセス(Access):販売パターンを貧困層の居住地域や労働形態に合わせる。
(3)入手のしやすさ(Availability) :効率的な販売網が重要な要素となる。
の「3つのA」の原則を挙げています。
本書は、BOP市場の特徴を、「パッケージ単位が小さく、1単位当たりの利潤も低い。市場規模は大きいが、少ない運転資金でも利益を出せる」ビジネスであるとした上で、○BOP市場におけるイノベーション12の原則
(1)コストパフォーマンスを劇的に向上させる。
(2)最新の技術を活用して複合型で解決する。
(3)規模の拡大を前提にする。
(4)環境資源を浪費しない。
(5)求められる機能を一から考える。
(6)提供するプロセスを革新する。
(7)現地での作業を単純化する。
(8)顧客の教育を工夫する。
(9)劣悪な環境にも適応させる。
(10)消費者特性にあるユーザー・インターフェースを設計する。
(11)貧困層にアプローチする手段を構築する。
(12)これまでの常識を捨てる。
の12点を挙げ、事例の分析を行っています。
著者は、BOP市場のビジネスとしての魅力を、
(1)BOP市場の中には、独立した国家のように広大で魅力的な市場がいくつか存在する。
(2)特定地域で起こしたイノベーションの多くは、他のBOP市場にも転用できる。
(3)BOP市場で起こしたイノベーションの中には、先進国の市場にも通用するものがある。
(4)BOP市場で得られる教訓は、グローバル企業としての経営慣行に活用できる。
の4点挙げ、大企業にとって時間や労力を費やす価値があるチャンスであると説いています。そして、BOP市場において新製品・サービスが普及する際のモデルは、先進国市場の「S字カーブ」ではなく「I字カーブ」を描き、「先進国市場で15年かけて起こっていた変化が、多くのBOP市場では、3~5年で起こってしまう」ことを強調しています。
本書は、発展途上国において、「伝統や動機が異なり、規模も影響を及ぼす分野も異なることが多い民間企業と社会組織が、共生関係の中で共に活動し、富を創造できるようにするフレームワーク」として「市場原理に基づいた経済エコシステム」という概念が必要であると述べ、このシステムをベースにして取引統治力を生み出すステップとして、
(1)契約の重要性を学ばせる。
(2)契約の不公正を減らす。
(3)貧困層に統治力を培う。
の3つの段階を解説しています。
また、民間企業にとって、資本、土地、労働力、商品、情報が「透明性」のある市場で取引されることが重要であるとし、「取引統治力」を、「社会が経済取引のプロセスにおける透明性を保証する能力であり、商取引を後押しする能力」であると定義しています。
著者は、経済開発のプロセスの成功によって、貧困が実際に緩和されたことを、「『ピラミッド』が『ダイヤモンド』の形に変わるということ」であると述べ、「社会に中間層とみなされる人々が何人いるかが経済発展の尺度となる」とし、「社会変革は、中間層のライフスタイルを目指そうと思う人が何人いるかによるのだ。それは、人々の望む対象を変えさせるチャンス、模範となる人々、変化の確かな兆しが増えていることを示す証拠である」と述べています。
本書の後半及び付録のCD-ROMには、BOP市場におけるイノベーションの多数のケースが紹介されています。
・カサス・バイア:信用販売によってブラジルの貧困層市場に参入。
・セメックス:貧困者が自宅を増改築するためのサービスや建築資材の購入を可能にする「パトリモニオ・オイ(今日から子孫に財産を)」プログラムによって、利益を上げながら住宅を供給。
・ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド(HLL):「石けんによる手洗いを推進する世界的な官民パートナーシップ」を推進し、下痢という健康問題を解決。
・ジャイプル・フット:米国では8000ドルもする義足を30ドルで製造し、貧しい患者に無償で提供。
本書は、分けて考えてしまいがちである、社会を変えることとビジネスとが同じベクトルを向きうることを示してくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
著者は、「貧困緩和」や「貧困層」という言葉に、歴史的に存在する情緒的な問題が含まれていると指摘し、「貧困層は国の保護下にある」という固定観念に、多くの政治家や官僚、現地の大企業やグローバル企業の経営者が囚われていると述べています。
「施し」を行うことに対して満足感を得る人たちにとっては、本書のようなビジネスの視点は耐え切れないものなのかもしれませんが、著者はビジネスのイノベーションによって貧困問題は解決可能な問題であると強く主張しています。強く共感を受ける点です。
■ どんな人にオススメ?
・「貧困層」を可哀想な人たちと思ってしまう人。
■ 関連しそうな本
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 2005年08月29日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
横山 恵子 『企業の社会戦略とNPO―社会的価値創造にむけての協働型パートナーシップ』 2006年02月27日
■ 百夜百マンガ
続編である『GTO』の方がドラマ化・映画化されて有名になりましたが、作者自身が大きく成長していることがわかる作品です。
【上京アフロ田中 】
【人類ネコ科 】
【いでじゅう! 】
【パタリロ西遊記! 】
【北京的夏 】
【ウッド・ノート 】
【め~てるの気持ち 】
【獣神ライガー 】
【彼女のカレラ 】
【ドラベース 】
【ふしぎなメルモ 】
【新約「巨人の星」花形 】
【百年の祭り 】
【おれは鉄兵 】
【ストッパー毒島 】
【ミヨリの森 】
【奈津の蔵 】
【なぁゲームをやろうじゃないか 】
【犬を飼う 】
【大市民 】
【スカイハイ 】
【FLY、DADDY、FLY 】
【仮面ライダーBLACK 】
【ゴッドサイダー 】
【東京防衛軍 】
【浮浪雲 】
【自虐の詩 】
【私立極道高校 】
【胸キュン刑事 】
【ウノケンの爆発ウギャー 】
【ピントぴったし 】
【スパイダーマン 】
【湘南純愛組! 】