2008年06月06日
アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡
■ 書籍情報
【アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡】(#1233)
妹尾 堅一郎
価格: ¥790 (税込)
アスキー(2007/11/12)
本書は、「秋葉原クロスフィールド『産学連携機能』のプロデューサーとして、産学連携を軸とした先端技術による産業創出・活性化の拠点形成を進展させている」著者による、「アキバの午睡」を楽しむ一冊です。これは、「中世の頃、高野山には全国から多様な人が常に訪れるので、お坊さんは昼寝をしながらでも世間の動向を把握できた」という「高野の午睡」をもじっています。著者は、アキバを「伝統ある『テクノロジーの高野山』であり、『マニア文化(サブカルチャー)の高野山』である」と述べ、「そういった街をぐるりと歩くだけで、世界の最先端の動向を知ることができる」と述べています。
第1章「変貌をとげる『アキバ』」では、JR秋葉原駅の北側の、かつて”やっちゃ場”(青果市場を指す下町言葉)である神田市場があった区画に、国鉄秋葉原貨物駅の跡地を加えた土地を、東京都が「再開発に提供し、それを基点としていったいの再開発を提案した」ことから、「日本の最先端IT拠点」が整備されたことを解説しています。
そして、2001年に12~13万人の乗降客数だったJR秋葉原駅が、2007年には20万人程度に激増し、周辺の3駅(地下鉄日比谷線秋葉原駅、銀座線末広駅、つくばエクスプレス秋葉原駅)を加えると、「25万人を超えるのではないか」と言われるようになったと述べています。
また、ここ3年ほどでアキバのサブカルチャーが全国レベルで急激に知れ渡った要因として、
(1)フィギュア
(2)メイドカフェ
(3)電車男
の3点を挙げています。
著者は、秋葉原ダイビルの5階から15階までの11フロアを使った「産学連携機能」のプロデューサーとして、「先端技術を軸とした産業創出・活性化の拠点づくり」として、「秋葉原クロスフィールド」の創設に関わり、現在では、産学連携機能の充実と、秋葉原地区全体の活性化に携わっていると述べています。
そして、著者が当初ビルオーナーから「コーディネーター」を依頼されたが、「関係者の利害の調整役」であるコーディネーターでは、「平均的な案はつくることはできても、斬新な案を提示し、それを実施に移すことはやりにくい」として、「プロデューサーなら引き受けます」と答えたこと、そして、プロジェクト開始時に、
(1)産業活性化に「地域」は何が貢献できるか
(2)街づくりに「技術」は何が貢献できるか
の2点を自問したと述べています。
第2章「秋葉原とアキバ テクノとオタクの街の特徴」では、秋葉原の特徴として、
(1)交通利便性と知の集積性・・・秋葉原は知的なラインが結ばれている。
(2)知の三角形・都市の三角形・・・秋葉原は理系の心の故郷
(3)都市特性・・・エッジ、ディストリクト、パスノード、ランドマーク
の3点を挙げています。
そして、秋葉原の本質「アキバらしさ」について、
(1)徹底集積
(2)新旧融合
(3)構成の多重性
の3点を挙げています。
また、著者らが、秋葉原を「アキバ」と呼ぶ言葉の意味として、
(1)エリア名としての秋葉原の略・・・戦前は「あきばっぱら」と呼んでいた。
(2)秋葉原駅の近辺全体を秋葉原と呼ぶのに対して、電気街を中心にした商店街の中核地域を「アキバ」と呼ぶ。
(3)「アキバ」街区の物理的な空間の中から立ち上る、精神的な空間を”アキバ”と呼ぶ。
の3点を挙げています。
第3章「秋葉原クロスフィールド構想」では、「基本的な産学連携機能を、技術開発から事業家に至るまでのプロセスを軸に整理し、『2つの連携、3つの支援、2つの交流』として構成」したとして、
(1)2つの連携――産業創出素材の導出:大学主導の産学連携と産官主導の産官学連携の2つの連携が組み合わさるように、公的研究所や企業の研究機関を招いた。
(2)3つの支援――産業創出・活性化のリスクマネジメント:人財育成リスクの低減、ベンチャーリスクの低減、テクノロジー、特にIT開発検証リスクの低減
(3)2つの交流――産業創出・活性化への環境構築:技術関係者が交流を行なう「場と機会」の提供として「プレゼンテーション&デモンストレーション・スペース」「アキバテクノクラブハウス」を組み込む。
の3つの機能を上げています。
また、地域とベンチャーの関係のよくある議論で疑問視している点として、
(1)ベンチャーの成長段階を理解していない。
(2)米国のベンチャーの生態系を、そのまま日本に持ち込めば何とかなるという誤解が、多くの自治体にいまだに残っている。
(3)技術基点型のベンチャーとマイクロビジネスを区別しない議論。
の3点を挙げています。
第4章「秋葉原テクノタウン構想」では、「テクノタウン構想」の柱として、
(1)インキュベーション:秋葉原の資源である「技術」を活用した様々なアトラクション(サービス・商品)により、街全体が”テーマパーク”となる街づくり構想
(2)プロモーション:大学などの研究機関から民間への技術移転や共同研究のきっかけを作るための、「先端技術の産直市場」を構想。
(3)エデュケーション:次世代の技術人財育成のために、科学技術をテーマとした「体験教育(ハンズオンラボ)」と「実演販売(デモンストレーションショップ)」を主体とした”場と機会の提供”を目指す。
の3点を挙げています。
そして、2005年には、「アキバ・理科室2005」を内田洋行とラオックスと共催、「アキバ・ロボット文化祭2005」をクロスフィールドで開催、2006年に開催した「アキバ・ロボット運動会2006」では、有料イベントで1万7千人の動員を挙げ、アキバの動員記録を打ち立てたと述べています。
第5章「安心して楽しめる街づくりへ」では、「なぜ、アキバを24時間タウンにしないのか」という考え方に対し、夜10には裏通りはひっそりしてしまうアキバを「健全なるオタクの街」であり、深夜まで明るい街にすることで、飲み屋や風俗が増え、「そのスジのお兄さんたちが湧き出てくることで、「得るものと失うものを比べれば」ば、「アキバを『健全なるオタクの街』に留め置くべき」だと述べています。
また、旧万世橋駅や交通博物館があった万世橋地区の再開発について、もともと、「現在の中央線の東京川の起点」であり、「田舎から上京してきた人たちにとって、この須田町近辺こそが東京の中心地だった」と述べた上で、「万世橋」を、秋葉原の「ホワイエ」とする、
(1)多世代交流・次世代継承
(2)異業種交流・新事業創出
(3)多地点交流・次経路誘導
の3つのコンセプトを体現する”場と機会”を提供する「集客・誘導ゾーン」として構成すべきだと述べています。
そして、万世橋地区を、
(1)電気街にとっては「電気街への誘導機能」
(2)万世橋地区そのものとしては、「人々が楽しむ集客機能」
(3)秋葉原地域全体にとっては、「秋葉原地域の全体価値を向上させる価値付与機能」
であると整理しています。
本書は、著者のアキバへの思いが詰まった一冊です。
■ 個人的な視点から
「アキバ」と言ったときに、子どもの頃にいった交通博物館と電気街は一体になって記憶されているのですが、藪蕎麦に代表される、あの辺りの古い東京の雰囲気も、再開発で失われてしまうとしたらもったいないです。
■ どんな人にオススメ?
・アキバは単なる「萌え」とオタクの街だと思っている人。
■ 関連しそうな本
奥野 卓司 『ジャパンクールと江戸文化』 2008年01月06日
妹尾 堅一郎 『知的情報の読み方』 『グリッド時代 技術が起こすサービス革新』
アキバ経済新聞 『アキバが地球を飲み込む日―秋葉原カルチャー進化論』
森川 嘉一郎 『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』
隈 研吾, 清野 由美 『新・都市論TOKYO』
■ 百夜百マンガ
バード・ウォッチングを題材にした作品というのも滅多に目にしないと思いますが、子どもの頃は「動物記」モノが好きな人は結構いたような気がします。
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2008年03月24日
日本の貧困研究
■ 書籍情報
【日本の貧困研究】(#1159)
橘木 俊詔, 浦川 邦夫
価格: ¥3360 (税込)
東京大学出版会(2006/09)
本書は、「日本において、貧富の格差が拡大している」として、この「深刻な社会問題」である「貧困層の増大」に焦点を当てて、「包括的に分析するもの」です。
第1章「日本の貧困の歴史」では、「戦争による貧困がいかに人々の生活を悲惨なものにしたか」について、1945年の国民1人当りの栄養摂取量が1,793カロリーで必要摂取量の83%であったものが、47年にはそれが47%まで低下したことを挙げ、「当時の日本人は絶対的貧困の中にいたし、その深刻さも並外れたものだった」と述べています。
そして、高度成長期とそれ以降の安定成長起因は、「貧困が世の中から消えたと思わせるほどに、貧困率は低下した」と述べ、「それにつれて貧困研究も冬の時代を迎えることとなった」理由として、
(1)高度成長経済は大半の国民の所得を上昇させたので、所得で定義される貧困線以上の所得を稼ぐ人の数が増加し、逆に貧困ライン以下の所得しか稼げない人の数が減少することは、自然のことである。
(2)高度成長の時期は所得分配の平等化が進行した。
(3)この時期は日本の社会保障制度が飛躍的に発展した。
(4)それまでの日本の貧困研究が絶対的貧困を中心になされていたとともに、貧困を生む1つの要因である社会の階層化が、高成長によって鮮明でなくなり、階層化論から貧困を研究することもなくなった。
の4点を挙げています。
第2章「先進国の貧困」では、「貧困率が突出して高い」国としてアメリカと日本を挙げ、次いで南欧諸国とアングロ・サクソン諸国が続くと述べる一方で、「中欧諸国の貧困率は平均よりもやや低く、最も低い貧困率は北欧諸国で示される」と述べています。
また、「イギリスで最初に最も影響力のある貧困研究として現れた」Rowntreeについて、「後の世において『絶対的貧困』と呼ばれる貧困の定義の提唱者」であると述べています。
さらに、スウェーデンとデンマークの国民の間に自由と平等の思想が強固である理由として、
(1)協同組合の創生と発展。
(2)参加型の経営が基本になっている。
(3)共同体で生きることの意味をよく心得ている。
(4)国民の間で社会民主党の政治への信頼が強い。
(5)もともと国民の間に階級社会という顔がさほどなかった。
(6)政治家を含めた知的指導者、さらに経済学者、思想家、実務家の役割も無視できない。
(7)公共部門と国民の間の信頼感が強い。
(8)民間部門が福祉を担当すると、サービスの提供にゆがみが生じる、という危惧を国民は恐れている。
の8点を挙げています。
第3章「日本の貧困」では、「90年代以降における日本の貧困の推移に焦点をあて」、
・なぜ貧困は増加しているのか
・貧困に陥っている世帯にはどのような特徴がみられるのか
・貧困の削減に向けてどのような方策が有効であろうか
等の諸問題に対する分析を試みるとしています。
そして、現在の日本の姿について、「相対的貧困の概念で貧困を定義してもかなり貧困ラインは低く設定されている」として、「低い貧困ラインであるにもかかわらず、およそ6世帯に1世帯が貧困ライン以下にある」ことを指摘しています。
また、「核家族世帯や三世代世帯において世帯主の労働所得しか稼得所得がないケースでは、貧困になる確率が相当上昇する」と述べています。
著者は、分析結果より、「90年代半ば以降、多くの貧困指標において貧困レベルに上昇が見られ、日本の貧困が全体として拡大中であることが確認された」と述べています。
第4章「生活保護制度の貧困削減効果」では、「労働力人口として働くことが可能な年代の人に、生活保護受給がほとんどなされていない理由」として、
(1)働く場所のない失業者には、雇用保険制度からの失業給付があるので、次の職が見つかるまでの所得保障制度は用意されている、との認識が世間一般にあること。
(2)身体も精神も健常で働くことの可能な年代の人に対しては、たとえ生活保護受給の申請があったとしても、「まずは仕事を見つけなさい」と説得を重ねて、当局が申請を受理・認可しないケースがある。
(3)生活保護制度は、家族・親族からの経済支援を受けることが可能な人を排除している。
の3点を挙げています。
そして、本章において、「家計が最低限度の生活水準を満たすための収入額を世帯類型別に貧困ラインとして設定し、貧困を絶対的に定義することを試みる」としています。
また、わが国の捕捉率が非常に低い理由として、
(1)相当厳格な資格審査、所得調査、資力調査(ミ-ンズ・テスト)が課される。
(2)家族・親族に経済支援の能力があれば、生活保護の受給資格が認定されない。
(3)そもそも生活保護制度に対する十分な情報を低所得世帯が入手できておらず、そのことで申請に二の足を踏んでいる可能性が高い
(4)恥の文化によるのか、なかなか権利を行使しない人が多い。
の4点を挙げています。
著者は、公的扶助の効率性について、カナダ、ドイツ、スウェーデン、イギリス、アメリカとの比較において、「日本は6か国中最も低い効率性である」と指摘しています。
第5章「"貧困との戦い"における最低賃金の役割」では、「住宅特別扶助を生活保護支給額に組み入れた場合、生活保護支給額が最低賃金額を上回っているケースがあること」について、この事実が、
(1)生活保護制度による支給額は、人が最低生きていけるだけの生活費保障を念頭にして算出されているが、最賃が生きていくだけの生活費を支給していないと理解することが可能である。
(2)最低賃金を受け取る人は労働をしているのに対して、生活保護を受けている人は労働をしていない人が圧倒的に多い。
の2点から異常であると指摘しています。
また、最低賃金が賃金分布に与える影響として、「最低賃金を10%上昇させた場合は貧困世帯のうちの約5%、15%上昇させた場合は約6.5%が貧困ラインを脱出できる」と試算しています。
第6章「人々は貧困をどのように捉えているのか」では、「人々の『貧困』に対する考え方にどのような特徴がみられるかの検証をアンケート調査を用いて」行ない、「人々の『貧困』に対する考え方は、所得分配をどのような公正概念で理解しているか、論点とも密接なつながりをもつと考えられる」と述べています。
そして、「経済的資源や経済活動の成果をいかに分配するかという判断基準」として、
(1)貢献に応じた分配
(2)必要に応じた分配
(3)努力に応じた分配
の3点を紹介しています。
著者は、本章において明らかになった点として、
・分布内における自分自身の位置に関する情報があらかじめ明示されていないケースでは、最も恵まれない人の利益を最大にするような分配を望ましいと判断するロールズ型の倫理基準に支持が強かった。
・相対的貧困回避型の倫理時基準に対する支持が、絶対的貧困回避型を上回った。
等を挙げています。
第7章「所得格差の拡大と貧困」では、「グループ内所得格差が小さい大手企業、官公庁の方が、グループ内所得格差の大きな自営業よりも富裕層である割合が高い」ことを指摘し、「いわば、大手企業、官公庁は、90年代においては、他の世帯業態と比べてローリスク・ハイリターンの特徴を持っていた」と述べています。
また、「母子世帯、世帯主が非正規労働者の世帯、世帯主が無職の世帯などで、90年代半ば以降、自らの集団と上位集団との所得格差が拡大している」ことや、「就労世代の単身世帯、若年世帯においては、95年から01年にかけて自らの集団と上位集団との所得分布の重なりの程度は、わずかではあるが増加した」ことなどを明らかにしています。
第10章「岐路に立つ日本社会」では、実証結果より、「所得という金銭上の問題だけでなく、住宅の質、家族や社会との関係が、人々の満足度に影響があるという事実」等を明らかにしたと述べています。
本書は、格差拡大をめぐる議論が盛んななか、見えにくくなった「貧困」を見つめる目を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
日本は、終戦直後のどん底の貧困をあらゆる階層が経験しているためか、「豊かになった、あの頃よりましだ」という思いを共有できてきたために、貧困が大きな問題にならなかったのでしょうか。
その意味では、戦後の貧困を知らない世代が社会の大半を占めるようになった現在、貧困や格差の深刻さに今更ながらに気がつかされた、ということなのでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・自分は貧しくないと思っている人。
■ 関連しそうな本
橘木 俊詔 『アメリカ型不安社会でいいのか―格差・年金・失業・少子化問題への処方せん』 2007年08月02日
橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』 2006年02月10日
苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
橘木 俊詔 『現代女性の労働・結婚・子育て―少子化時代の女性活用政策』 2006年08月18日
橘木 俊詔, 森 剛志 『日本のお金持ち研究』 2006年06月13日
■ 百夜百マンガ
ちょっとヘビーなSF作品の連載が長く続いてしまったためか、初心に帰ったような恋愛モノにちょっとだけ戻ってきました。読み切りのときの「変」の衝撃は大きかったです。
投稿者 tozaki : 22:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月21日
山谷ブルース
■ 書籍情報
【山谷ブルース】(#1156)
エドワード ファウラー (著), 川島 めぐみ (翻訳)
価格: ¥770 (税込)
新潮社(2002/03)
本書は、著者が、「1989年から1990年にかけて頻繁に山谷に通った16ヶ月間と、山谷に住み込んだ1991年の夏の経験」に基づき、
(1)山谷とその住人を徹底的に詳述することで通俗的な概念とはやや相容れない日本の側面を紹介すること。
(2)日雇い労働者と山谷在住・在勤者を描写して上記の記述を補うこと。
(3)日雇い労働者にとって仕事がいかに重要かを強調するために、路上生活の場ではなくれっきとした職場としての山谷に焦点をあわせること。
(4)ただの統計屋調査ではなかなか理解できないこの土地の味を出すため、山谷での個人的な体験を提供すること。
の4点を目的としたものです。
著者は、好奇心から山谷の飲み屋の日雇い労働者たちにカメラを向けたことで、手痛い一撃を喰らい、このことをきっかけに、「できる限り学び取ろうと定期的に山谷を訪れるようになった」と述べています。
第1章「舞台」では、「東京きっての荒廃地区」といわれる山谷が、1950年代末から1960年代初頭の全盛期には1万5千人に上る日雇労働者が住み、現在でも「宿」を反対から読んだ「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊設備を持つこと等の概要を説明したうえで、「非住民」にとっては、「山谷は個人の不摂生や過失のせいで人生に失敗した男たちの不潔な吹き溜まり」であるのに対し、「住民」にとっては、「避難所」であり、「どんなに小さかろうが再出発の可能性がつかめるかもしれない場所」であり、「交通の便が良く、酒、ギャンブル、お手軽なセックス、匿名性、それに何よりもすぐに手に入る収入の魅力が、解雇された労働者、地方出身のはぐれ季節労働者、借金取りから逃げ回る男、ばくち狂い、元詐欺師、元ヤクザを惹きつける」と述べています。そして、「山谷など寄せ場は国籍、民族、社会身分のために長い間差別されてきた人々の住処でもある」として、「不均衡に多い韓国人、中国人を始めとするアジア人、沖縄出身者、アイヌ、現在は集合的に被差別部落民と呼ばれる賎民の子孫が住んでいる」と述べています。
また、「山谷最大の特色と本当の意味での中心部」として、「週末もほとんどの休日も関係なく毎朝5時(もっと早い場合もある)から7時まで数百人から千人を数える男が数ダース、いや百人入るかもしれない手配師の誰かが頷いて仕事をくれるのを期待して集まってくる」と、寄せ場の様子を紹介しています。
さらに、ドヤ街について、第二次世界大戦後の数年間は大部屋式の宿泊施設と、「一段が大体一畳分で上下二段に重ねられ」、現在の「カプセルホテル」の発想の元になったと思われる「蚕棚」が一般的であったと述べたうえで、宿泊設備については、
(1)ベッドハウス:二段ベッドが備えられた相部屋
(2)個室式:家賃はベッドハウスの二倍
(3)ビジネスホテル:鉄筋コンクリート造りでセントラルヒーティングとエアコンを誇る
の3種類について詳述しています。
第2章「生活」では、「山谷在住または山谷内外で仕事をしている人々と1989年の秋から1991年の夏にかけて交わした」会話を紹介しています。
30代後半の日雇い労働者は、高校卒業後、大企業で働いていたが、地方支社への転勤を断って退職した過去を語り、「そういう会社を一度辞めたら、同じ仕事を他の会社で見つけるのはまず無理だ。目標を下げなければならない。時には相当、低くしなければならない。血の通っているものならたいてい雇ってくれる会社にまで、ということだ」、そして、「親父があの時、死なずにいてくれたらよ。大学にさえ行っていたら今頃は羽振りの良い会社で簡単な仕事について、人並みに身を固めて、お袋を喜ばせることができたろうに」と方っています
また、組合「山統労」の幹事の男は、大学時代、付き合っていた女の子を妊娠させてしまったことから退学し、「山谷以外に行く場所は思いつかなかった」と語っています。同じく、山統労の幹事の男は、大学卒業直前に、「東京のど真ん中で男たちが寒さと飢えで死んでいるというのを読んで、見に行くことにした」ことをきっかけに、「気がつくと遊び半分で日雇い労働者として働いていた」と語っています。ライター、編集者である活動家の男は、学生運動にのめりこみ、「東京の山谷というところで男が餓死した」ことを新聞で読み、「この目で確かめないわけにはいかなかった」ので歩き回っているうちに、「何がどうなったのか気がつく前に、やくざのような男に引っ掛けられ、飯場に引っ立てられた」、「建設現場収容所の強制労働だ!」と語っています。横浜の寿町で会った組合の指導者は、「こんなに長くここに住んでいると本当にいろいろな人に接するから、日本社会の何たるかがよくわかってくる」として、「厳しい差別の被害者が多い」と語り、「日本人男性の約1パーセントが一生に一度はこのような寄せ場で働く」というが、「生徒が百人いる学級で、俺がその一人なんだろうな」と語っています。
さらに、城北福祉センターの職員は、「普通わからない、ここの生活のもう一つの特徴」として、「ルンペン労働者階級の中にあるヒエラルキー」を挙げ、
(1)トビと職人:頂点にあり、稼ぎは多く、肩で風を切って歩き、大名であるかのように振舞う。
(2)土方:普通の、特別な技術を持たない労働者で賃金はかなり低い。
(3)アオカン者:いろいろな理由で働けない、あるいは働かないために、路上生活を余儀なくされている人たち。
の少なくとも3つの、「はっきりと異なる階級」があると語っています。
この他、三井信託の銀行員だった70代前半の日雇い労働者は、自分の母親が駆け落ちして出て行ってしまっていたことを知ったショックから、放蕩成果を始め、「ありとあらゆる種類の女とかかわり始め、酒に溺れ、大金を使い果たし」た末、「結局、三井の資金に手をつけたところを捕まり、これで仕事がダメに」なり、「家族からは勘当され、妻には離婚された。僕はおしまいだった」と語っています。そして、山谷に流れつき、ドヤの事務員などを務めた後、上野公園を住処とした浮浪者の仲間に入り、レストランやバーを巡って、残り物の料理と酒を集め、取材をしていた読売新聞の記者に「発見」されたことで、「他紙に自分のコラムを持ったり、多数の有名人と知り合うきっかけ」になり、「遠藤周作のようなインテリとも酒を酌み交わす仲」になって「『文化人』を相手にする彼の対談集にも」出ていると語っています。
また、釜ヶ崎のあいりん福祉センターで日雇い労働者の相談員を勤める漫画家は、「心に残る話を聞かせてくれる人たちに会い始めてから、その話は保存の価値があると思った」ことをきっかけにマンガを描き始めたと述べ、「寄せ場の面白さは、主流社会からどんなに隔離されているように見えても、残酷なくらい正確にそれを反映するところだ」と語っています。
第3章「活動」では、山統労が後援する「山谷(ヤマ)を知るつどい」等の労働組合の活動の様子等を紹介しています。
第4章「儀式」では、山谷で行われる「四大祭り」やヤマの男の葬儀の様子が紹介されています。
第5章「仕事」では、1991年の夏に、実際に山谷に住み込み、日雇い労働者として工事現場で働いた経験が日記風に語られています。
本書は、日本に長く住む日本人にも実態が知られていない山谷の住民の姿を伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
山谷と言えば泪橋、泪橋といえば「泪橋を逆に渡れ!」で知られる『あしたのジョー』ですが、今は川も埋め立てられてしまって泪橋は地名としてしか残っていないそうです。
著者が滞在した1990年代初め頃は、欧米人は珍しかったようですが、2002年のサッカーのワールドカップをきっかけに、今では欧米のバックパッカーが安宿として多く利用しているらしく、著者が再訪しても「おい!ガイジン」と珍しがられることはなくなっているようです。
■ どんな人にオススメ?
・山谷というと岡林信康を思い出す人。
■ 関連しそうな本
横山 源之助 『日本の下層社会』 2006年08月11日
松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
山本 雅基 『東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。―「きぼうのいえ」の無謀な試み』 2007年01月25日
大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
■ 百夜百マンガ
今となっては、プロレスラーの名前の方が有名ですが、当初はこんな「原作」というかネタ元があったようです。タイガーマスクの二番煎じといえなくもない。
投稿者 tozaki : 08:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月12日
グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援
■ 書籍情報
【グラミン銀行を知っていますか―貧困女性の開発と自立支援】(#1147)
坪井 ひろみ
価格: ¥1890 (税込)
東洋経済新報社(2006/02)
本書は、バングラディシュのグラミン銀行の女性を中心に、「マイクロクレジットとかかわることで、生活の質を高めようと、懸命に生き、挑戦する女性たちの姿を、具体的に伝えようというもの」です。
第1章「マイクロクレジットとは何か」では、マイクロクレジットを、「貧しい人々を対象に、フォーマルな少額融資を行い、彼らの生活が成り立つように促す仕組み」であると述べ、これまで、「融資の対象と見なされず、まともに相手にされてこなかった」貧しい人々にこそ融資するのだと述べています。
第2章「グラミン銀行誕生と貧しさの基本的な考え方」では、「グラミン」とは、ベンガル語の「村の」を意味し、1976年に、チッタゴン大学の経済学部長であったムハマド・ユヌス博士によって始められた貧困削減プロジェクト「グラミン・バンク・プロジェクト」からスタートしたことを解説しています。
そして、ユヌス博士の言葉の中から、「グラミン銀行の哲学」が感じ取れる言葉として、
・クレジットは、基本的な人権である。
・人はだれでも、機会さえ与えられれば、よりよい生活をしようとする能力と意欲を持っている。
・貧困は外から規定され、人工的・社会的につくり出されたものである。
・人びとが銀行に行くのではなく、銀行のほうが人びとのもとに行く。
・グラミン銀行の原則、原理は、きわめて単純で、普遍であるので、私たちは組織を柔軟に運営することができる。
・貧しい人々が信用に値しないのではなく、既存の銀行が人びとに値しないのである。
等の言葉を紹介しています。
グラミン銀行の特徴としては、
(1)貧しい人々しか融資を受けられないこと。
(2)メンバーになるためには自分たちで5人グループを作ること。
(3)担保はいらないが5人で連帯して返済に責任をもつこと。
(4)毎週集会所で開かれる集会に参加すること。
(5)支店の行員が集会所に来ること。
(6)自分たちで考えて経済活動に融資を活用すること。
の6点を挙げています。
また、バングラディシュ社会において、「女性の生きる道は、結婚であり、子どもの頃から、男性に依存するように教えられ」、女性の生き方には、
(1)結婚
(2)跡取り息子を持つ妻
(3)自分の結婚も含め、重大なことに口出ししないこと
(4)夫に対し疑問の余地のない忠誠や服従を示すこと
の4つの伝統的な特質が求められたと述べています。
そして、5人グループのメンバーは、グループ長とグループ書記を輪番制で公平に役割を経験することを、「女性たちにとっては"公的"で大きな経験となる」と述べ、「もともとリーダーとしての素質がある人にとっては、それをさらに開花させ、ない人にとっては、身につけさせるという訓練の意味合いがある」と解説し、毎週行なわれる40人規模のセンターでの集会において、「"公的"に人前で何かを話すという、この貴重な経験は、女性に自信を与えている」と述べています。
さらに、女性が行う経済活動について、「多くの女性が屋敷内でできる仕事を選ぶ」理由として、
・すでに身につけている技術であること
・ほとんどがイスラム教徒であるため、さまざまな形で行動が抑えられていること
の2点を挙げ、「夫と共同で活用する場合」には、
・規模の大きな養鶏や牛の飼育
・機織
・三輪のベビータクシー
・リキシャ
・雑貨店
・野菜の栽培と販売
など、「男性の手を必要としたり、男性がする仕事であったり」するものであり、女性の行動が制約されていることや、交渉ごとに不慣れなこと、そして、「夫を巻き込んで共同で働く方が、むしろ家庭内のいざこざを避けることができるし、夫も自営の仕方が学べると、歓迎する向きもある」と述べています。
第3章「グラミン銀行の活動」では、ベンガル語で「教育を受けていない人」といった場合に、「読み書きができないという技術的なことだけでなく、概念がつかめなかったり、思考の操作ができなかったり、他の人との関係を結び個人的な能力を形成できなかったりする人のこと」を指し、「教育を受けた人」との違いは、「抽象的な知識量の多少」ではなく、「期待される社会的役割の高低」であると述べています。そして、ほとんどが学校教育を受けたことがないグラミン銀行の女性たちにとって、グラミン銀行の行員は、「学校教育を受けた身近なモデル」であり、「言葉だけでなく、学校教育を受けた人とはどのような人かを身近に」示すものであると解説しています。
また、女性たちが「グラミン銀行に入ってどんなことが変わったか」を訪ねたところ、
(1)子どもは少ない方がよいと思うようになった。
(2)知識が増えた。
(3)自信がついた。
(4)子どもの教育について関心が増した。
(5)以前より忙しくなった。
(6)人間らしい扱いを受けるようになった。
(7)家庭内で発言力が増した。
(8)家計のやりくりができるようになった。
(9)友達が増えた。
(10)夫や家族の付き添いがなくても村の外に出かけられるようになった。
という結果だったことを紹介しています。
さらに、グラミン銀行が提供する住宅ローンによって、2004年12月現在で、60万4000戸の住宅が建てられ、メンバーの6人に1人が住んでいると紹介し、その条件として、「きちんとした返済実績があり、本人名義の宅地を所有している人」に限定されるため、「このローンを利用した女性は、ほとんどが夫から宅地を譲受けている」と述べています。女性が、本人名義の住宅を持つことは、
(1)安全な場所を確保すること。
(2)老後の住み家を確保すること。
(3)社会的な地位が得られること。
(4)財産を手に入れること。
などを意味し、「住宅を手に入れた女性は、離婚しても家を出て行く必要」がなく、「住宅を持っている女性たちは、幸福感にあふれ、家庭内で意見が通ることが多いと、自信をのぞかせている」と述べられています。
第4章「フィールド・レポート――また女性たちに会いたくて」では、グラミン銀行2が力を入れている「物乞自立支援プログラム」に参加している女性たちについて、ユヌス博士が、「マイクロクレジットが最貧困層まで到達するということを証明するための実験である」と語っていることを紹介し、2004年8月現在で、1万7600人に910万タカが融資され、260万タカが返済されていること、87人が物乞いをやめ、正規のメンバーになったことなどを紹介しています。
本書は、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行の取組を、同じ女性の視点から描いた一冊です。
■ 個人的な視点から
ノーベル平和賞を受けたことで世間一般に知られるようになりましたが、グラミン銀行の5人でグループを作って連帯責任を負わせる仕組みは、実は先進国にも応用可能なアイデアなのではないかと思います。日本ではどんな形が考えられるでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・グラミン銀行の仕組みを理解したい人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日
■ 百夜百マンガ
ポルシェ・カレラRSといえば、『サーキットの狼』の早瀬左近を思い出してしまう世代なのですが、この作品に登場するものには逆卍や撃墜マークはついていないようです。
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2008年02月22日
NPOバンクを活用して起業家になろう!―組織作りから資金調達まで
■ 書籍情報
【NPOバンクを活用して起業家になろう!―組織作りから資金調達まで】(#1128)
北海道NPOバンク
価格: ¥1995 (税込)
昭和堂(2007/06)
本書は、「コミュニティ事業として活動するための組織作りからマネジメント及び資金調達の手引きを示して事業体としてのNPO支援をはかり、市民が担う公共事業の推進を意図」し、「グローバルな視野にたって、ローカルな世界から地球社会を組み立て直す役割を担うものとしてNPOバンクの取組を位置づけている」もので、「NPOバンクは新しい社会のあり方を目指す夢のある目標を掲げている活動であることを知っていただきたいというのが執筆者一同の願いである」としています。
第1章「地域金融の潮流」では、「この金融閉塞期に、NPOバンク八重子ファンド、ミニ公募債などの形で、資金の出し手である消費者・個人投資家の意思に直接訴える仕組みが相次いで登場した」理由として、「これまで金融機関まかせで、なおざりにされてきた足元出の資金の流れを根っこから活性化しようとする動きかもしれない」と述べています。そして、「自らの資金の行方を、投融資先の経済的リターンだけでなく、自分にとって、コミュニティにとって、必要とされる社会的リターンの評価で判断できるかどうかが問われている」と述べています。
また、コミュニティ・ファイナンスのあり方、非営利ファイナンスの在り方については、欧米の知恵と実績に、脱帽せざるを得ないとして、1977年に米国で、既存金融機関にコミュニティ向け融資を促す「地域再投資法(CRA)」が制定され、クリントン大統領時代に全面的に改正・強化され、「既存金融機関のコミュニティ向け融資の誘導を強める一方で、コミュニティに地域資金を循環させるNPOバンク(米ではローン・ファンドと呼ばれる)などをCDFIs(コミュニティ開発金融機関)と位置づけ」、その支援のため、「財務省が無償資金を供与するCDFIファンドも立ち上げた」ことを解説しています。
さらに、NPOバンクのルーツの1つとして、「わが国で中世以来、庶民の間で相互扶助の資金融通手段として活用されてきた頼母子講・無尽講」を挙げ、「NPOバンクが各地で芽生える現状を考えると、かつての庶民金融の精神は潜在的に残っているようだ」と述べています。
そして、日本のNPOバンクが、おおきくみると、
・連携型:地域の行政や既存の金融機関と何らかの形で提携や協力関係を築いていくアプローチをとっている。
・独立型:行政とも既存金融機関とも距離を置いて、自らの立ち上げの精神に立脚して、独自路線を展開している。
とに分けることができるとしています。
著者は、「地域再生の受け皿としてのNPOバンクを育て、地域の資金を地域内で活かすためにも、NPOバンクの自立的な動きを支える非営利ファイナンスのための新たな枠組み作りが、わが国でも不可欠と思われる」と述べています。
第2章「コミュニティ・ファイナンスの潮流」では、市民金融のさまざまなしくみとして、
(1)コミュニティファンド:地域が抱えるさまざまな課題解決に取り組む民間事業に対して、地域の生活者が少額出資をして作るファンド(資金)
(2)東京ソーシャルベンチャーズ:ビジネスにおけるベンチャーキャピタルのアプローチを採用
(3)市民風車等:大規模な事業の資金調達を事業単位で「プロジェクトファイナンス」を活用
(4)私募債:実態は市民事業団体が関係者が借金をすることに他ならない
等の例を紹介しています。
そして、事業活動が充実しているNPOの多くが、個人から借り入れており、「NPOの多くにとって、金融機関はまだ敷居の高い存在である」と述べています。
また、自治体からの公的資金の活用についての課題・論点として、
(1)自治体財政の厳しい現状認識
(2)協働への試行錯誤の取組
(3)トータルなサポートシステムの構築
の3点を挙げ、「資源の有効利用という視点で、行政機関、民間支援組織、金融機関などによるトータルでサポートするシステムが今後必要になってくる」と述べています。
第3章「NPOと資金」では、「NPOのファイナンス戦略は、組み合わせることができる多様な要素が存在し、その制度設計を変えることで、多くのスキームを創造することが可能」であるとして、「より望ましいファイナンスの新しい戦略を創造していく経営努力がNPOに求められる」と述べています。
また、NPO法人を「新たな公共・公益」の有力な担い手と認識するならば、
・資金繰り:全国レベルの政府系金融機関の融資制度の確立
・経営:民設民営の支援センターや都道府県レベルのNPO支援センターが経営相談をできる体制ができるよう支援する方策
・会計:公認会計士・税理士のNPO支援ネットワークと連携した「税務会計相談」支援
が必要であると述べています。
第4章「北海道NPOバンクの現在」では、「北海道NPOバンクの成り立ちのユニークさを説明するとき、触れずにはいられない3つの『発明』」として、
(1)ひとつの金融のしくみに市民(市民個々人やNPO、企業など)と役所(北海道や札幌市)が一緒に協働で出資や寄付をなしてできた制度である。
(2)NPOを支援する制度そのものがNPO法人である。
(3)公認会計士、税理士、あるいは大学の研究者や企業の経営者、銀行関係者など、さまざまな専門家の知見が、ひとつの金融のしくみをボランティア・ベースで下支えしている。
の3点を挙げています。
そして、2006年12月現在で北海道NPOバンクが持つ貸出原資として、
・自治体が出した出資金や寄附金:合計2000万円
・市民社会全体から集めた資金:2550万円
の4550万円となっており、「この原資を元手に、累計で1億3000万円を超える貸出実績を誇っている」と述べています。
また、北海道NPOバンクが、
・NPO法人北海道NPOバンク
・NPOバンク事業組合
のふたつの団体を組織併用することで可能になった仕組みであると述べ、この「組織併用」が、「札幌の市民社会の発明」というべきものであり、1999年にスタートした北海道グリーンファンドにその原型があると解説しています。
第5章「北海道NPOバンクの審査と融資事例」では、北海道NPOバンクの特徴として、
(1)NPO法によるNPOへの相互の資金提供の機構である。
(2)地方自治体との緊密な連携を図っている。
の2点を挙げ、この設立時の特徴が、「北海道NPOバンクの審査体制にも大きく影響している」として、
・NPOによるNPOへの相互的な資金提供という特徴は、融資に伴なう「情報の非対称性」を取り除く役割を果たしている。
・融資金額の上限を200万円として、貸付金の小口化を図ることによって貸倒リスクを低くしている。
の2点を挙げ、審査体制の特徴としては、
(1)理事会とは独立して審査委員会を組織している。
(2)審査にあたって融資判定表を用いている。
の2点を挙げています。
また、北海道NPOバンクが融資申込み団体の審査にあたって評価している点として、
・返済能力
・それを支える組織力
の2点を挙げています。
「おわりに◎ローカルガバナンスとNPOバンク」では、「市民活動が、その活動発展の延長線上にNPO法人を旗揚げするだけにとどまらず、NPO法人であることで可能な事業やあるいはNPOでなくては実施できない事業を考え推進することが肝心である。そうすることによって、NPO法人の活動が実践的になり、多様化し、NPOの役割を考えて活動するリーダーが増えていくことになる」と述べています。
本書は、新しい社会を金融のしくみで作り上げていくダイナミックな動きを紹介している一冊です。
■ 個人的な視点から
本書でNPOバンクのルーツの1つとして紹介されている無尽講ですが、現在、第二地銀となった相互銀行や消費者金融の多くが「無尽」をルーツとしているというのは知りませんでした。
なお、山梨県では、共同体や職場をベースにした無尽が盛んで地縁血縁選挙の基盤となっているということは、『選挙の民俗誌』を読むまで知りませんでした。
■ どんな人にオススメ?
・金融と言えば銀行や消費者金融を想像する人。
■ 関連しそうな本
ムハマド ユヌス, アラン ジョリ (著), 猪熊 弘子 (翻訳) 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』 2007年05月10日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
杉本 仁 『選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層』 2007年11月07日
■ 百夜百マンガ
別人が描くドラえもんと言えば、世代的には方倉陽二先生の描く微妙に風船っぽいドラえもんが思い起こされるのですが、今の子どもたちは本人以外のドラえもんで育ったのかもしれません。
ちなみに作者とは高校時代に同じ駅を使っていたようなので、どこかですれ違っているかもしれないです。松田屋書店とかで。
投稿者 tozaki : 19:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年02月04日
金融NPO―新しいお金の流れをつくる
■ 書籍情報
【金融NPO―新しいお金の流れをつくる】(#1110)
藤井 良広
価格: ¥819 (税込)
岩波書店(2007/07)
本書は、「自分達の力で、自分達の意思で、必要なお金を集め、必要なところ回そうではないかという市民の活動」である「金融NPO」を紹介しているものです。著者は、金融NPOの活動の広がりの背景として、「お金を、単に利を生む手段として扱うのではなく、環境や地域社会などを良くするためにこそ使いたいという『意志あるお金』の持ち主が増えていること」を上げています。
第1章「日本の金融をどう見るか」では、江戸時代に隆盛をきわめ、第二次大戦後のある時期まで庶民金融として根づいていた『講』を取り上げ、「講の参加者が自分たちで小学の掛け金を出し合い、定期的に行なうクジ引きに当たった人が、その一定額を借りる権利を得る仕組み」であると解説しています。
そして、金融NPOのタイプとして、
(1)NPOバンク:まとまった資金を元手に、地域活性化のための事業や人に必要資金を貸し出す。
(2)市民投資ファンド(コミュニティ・ファンド):自然エネルギー発電事業や地域の企業を市民資金で実現する。
の2つのタイプを挙げ、「経済的リターンと社会的リターンの両方を評価する視点がないと、既存の金融だけでは、資金は流れ込んでこない」と述べています。
著者は、金融NPOづくりの背後にある、「お金を人任せにせず、自分の意思で必要なところに活かそう、という意識の広がり」について、「市民が金融を自らの手に取り戻す行動」につながっていると述べています。
第2章「広がるNPOバンク」では、設立が増えているNPOバンクのタイプについて、銀行と違いは「貸し出しの元手となる資金の集め方」にあるとして、「NPOバンクは正式の銀行免許を持たないため、預金を集めることができない」ため、「自分達のヘソクリや、市民・住民に呼びかけて出資金を集める」と述べています。
そして、大半のNPOバンクが、
・市民から「意志ある資金」を集める受け皿機関
・貸金業登録をして融資をする機関
の2段階構造をとっている理由について、貸金業登録の規定で、役員の履歴の提出が必要であったため、「出資者の中には現役の公務員や金融関係者も複数いたため、『貸金業に加わった』ことがわかると、職場での説明がわずらわしいだけでなく、立場上難しくなる懸念」が生じたためであることを解説しています。
そして、NPOバンクの代表格である「未来バンク」について、理事長の田中優氏が、「自分が郵便貯金に預けたお金が、環境破壊的な事業に使われることを、たとえ貯金者が知らない場合でも、その貯金者が財投計画に『白紙委任』を与えたのと同じ」であると考え、当時、「環境・社会性への意識を明確に据えた金融機関は皆無だった」ため、「自分で受け皿となる金融機関を作ればいい」と考え、当時の西独の「エコバンク」をモデルに未来バンクを立ち上げた経緯を紹介しています。
女性・市民信用組合設立準備会(WCC)については、地域活動に携わる女性が、「女性というだけで、銀行が一切融資してくれない」という不審を抱き、「銀行が私たちに資金を貸してくれないなら、私たちで銀行を作るしかない」と考え、信用組合の設立を目指したことが紹介されています。
東京コミュニティパワーバンク(東京CPB)については、特徴として、グラミン銀行の互助システムをモデルにした、「一人一人では信用力に少し難がある場合でも、4人以上の賛同者を集めて『団』を結成すると、相互保証の格好で融資を受けることができる」仕組みである「ともだち融資団」を紹介しています。
北海道NPOバンクについては、「地域社会の活性化を重視する地方自治体などと協働の形で活動を展開」するNPOバンクの代表格として、道庁が「市民と行政との共同による自立的な地域社会づくり」を打ち出し、「市民活動の育成策の一つとして『NPOバンクへの支援』を盛り込んだ」ことが解説されています。
第3章「多重債務者を救え」では、2006年に提案された貸金業法改正案が、「NPOバンクの便法を封じ、バンク活動そのものを停止に追い込みかねない衝撃となった」理由として、金融庁には、NPOバンクをいじめるつもりはなく、「単に、NPOバンクの存在を知らなかったためのようだ」と述べ、結局、「NPOバンクに営利性がないことを条件として、監査義務づけの例外規定を法律に盛り込んだ」ことを解説しています。
そして、多重債務者向けの救済資金の提供にはるか以前から、取り組み、独自のファイナンスを築き上げてきた「日本共助組合」を取り上げ、そのルーツは、「戦後に米国やカナダからやってきたカトリック教会の若い宣教師や神父たち」であったと述べています。
また、多重債務者問題のもう一つの先駆者として、「岩手方式」として注目されている「岩手県消費者信用生活協同組合」を取り上げ、生協を登録認可するのは都道府県となっているため、「都道府県によって信用生協の扱いが異なることが、目下の一つの課題でもある」と述べています。
第4章「市民ファンドで企業支援」では、1998年に、旧三菱信託銀行の行員だった片岡勝氏が立ち上げた「市民バンク」を取り上げ、同バンクの活動が、「貸出よりも市民出資によるファンド設立による企業支援、あるいは企業活動そのものの実践に軸足をシフトさせている」と述べ、「社会のさまざまな問題を解決すること自体を事業とするコミュニティ・ビジネスの立ち上げこそが必要だ」との片岡氏の言葉を紹介しています。そして、片岡氏の活動と、片岡イズムに共鳴した経営者、研究者、団塊世代、若者たちといった実践者とサポーター集団が、「ここ数年の間に、いくつもの企業支援ファンドを生み出してきた」と述べています。
第5章「寄付で促す資金の還流」では、収益性を度外視する環境・社会活動系のNGO(非政府組織)や国際ボランティア、あるいは設立間もないNPOにとって、一番欲しいものは、返済不要な「寄付」による「自由に使える資金」であると述べ、日米間の個人寄付に関する税制優遇措置の差を解説しています。
また、「寄付の力を自治体の政策と結び付けようという『寄付による投票条例』を提唱し、各地の自治体に条例導入を働きかけてきた」、非営利型株式会社の「寄付市場協会」を取り上げ、「経済的リターンを求める投資家は当然、NPCには投資しないだろう。しかし、社会投資家は、NPCの活動が社会に貢献しているという社会的リターンをみて判断する」という渡辺清氏の言葉を紹介しています。
第6章「米英の金融NPOの担い手たち」では、地域社会の活性化を支える非営利金融の法制度の代表格である米国の地域再投資法(CRA)について、「同法は営利金融と非営利金融の相互還流を促す役割を果たしている」と述べ、「地域社会で非営利金融を提供する主体」として、地域開発金融機関(CDFI)を紹介しています。
そして、法的枠組みとしてのCRAと、実施機関としてのCDFIが、クリントン政権時代に「制度的につながった」として、「94年のリーグル地域開発・規制改善法によって公的なCDFIファンドを創設した」ことを挙げています。
また、王手銀行などが、「CRAで義務づけられた地域の低所得者向け住宅ローンなどを、地域に根づいているCDFIらと競って提供するのはコスト的に厳しい」ため、「大手銀行による地域活動の範疇に、地域内のCDFIへの投融資も認めることにした」と述べ、このことが、「CDFI側にも財務的な健全性・安定性を高める意欲を働かせる効果も期待できる」と述べています。
著者は、「米国の金融NPOの現場を歩いてみた」として、1985年設立の「ボストン・コミュニティ・キャピタル(BCC)」、シカゴの「イリノイ・ファシリティーズ・ファンド(IFF)」、ニューヨークの「ノンプロフィット・ファイナンス・ファンド(NFF)」等を紹介しています。そして、NFFの創設者であるクララ・ミラー氏が強調している「ミッションは金融的に持続可能でなければならない」という点、金融と社会性という「ダブル・ボトムライン」の思想を紹介しています。
第7章「『銀行』になった金融NPO」では、「各国の金融NPOの担い手たちが憧れる"三大メッカ"」として、
・トリオドス銀行(オランダ):金融、社会性、倫理性の「三つの道」
・GLS銀行(ドイツ):シュタイナー学校の建設運動が起源
・ショアバンク(米国):"ショアバンク・マフィア"と呼ばれる地元シカゴの銀行員であり、社会事業活動家たちによって設立。
の3つの銀行を紹介しています。
「おわりに」では、「社会を豊かにするために、一人ひとりは生きがいを得るためにお金を活かすポイント」として、
(1)営利金融の分野で偏在の度合いを強める資金を、社会・環境リターンを生み出す非営利金融に流し込む新たなシステムをどう設計するか。
(2)金融機関の企業としての社会的責任(CSR)。
(3)人の奮起。
の3つのポイントを挙げています。
本書は、金融とは決して金儲けの道具ではなくパブリックな役割を担うものであることを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
昨年秋に、本書で紹介されているNFFのクララ・ミラー氏が来日され、立教大学でパネルディスカッションがありました。日本だとどうしても細々としたイメージが強いNPOバンクですが、法律を背景にした財務的な裏づけを持つNFFの規模と社会的なインパクトは、なかなか日本では想像がつきにくいものです。
■ どんな人にオススメ?
・NPOのためのお金が回るしくみが必要だと思う人。
■ 関連しそうな本
駒崎弘樹 『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』 2007年11月22日
デービッド・ボーンスタイン (著), 井上英之 (監修), 有賀 裕子 (翻訳) 『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』 2007年08月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
町田 洋次 『社会起業家―「よい社会」をつくる人たち』 2005年02月16日
斎藤 槙 『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』 2005年06月01日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
■ 百夜百マンガ
赤と青のキャンディーがちょっと欲しくなったりしました。子どもたちをドキドキさせた作品としても記憶されています。
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2008年01月24日
社会的責任のマーケティング―「事業の成功」と「CSR」を両立する
■ 書籍情報
【社会的責任のマーケティング―「事業の成功」と「CSR」を両立する】(#1099)
フィリップ・コトラー, ナンシー・リー (著), 早稲田大学大学院恩藏研究室 (翻訳)
価格: ¥3570 (税込)
東洋経済新報社(2007/08)
本書は、企業に対して多く寄せられる「社会的コーズ(主張)への支援」を求めた提言や要望への対応に追われている企業の経営層、管理者、担当スタッフが円滑に意思決定を行うための手引書としてまとめられたものです。
第1章「よきことを行なう」では、「企業の社会的責任(CSR : Corporate Social Responsibility)」を、「企業が自主的に、自らの事業活動を通して、または自らの資源を提供することで、地域社会をよりよいものにするために深く関与していくこと」と定義するとともに、「企業の社会的取り組み」を、「社会的コーズへの取り組みを支援し、社会的責任を果たすために企業が行う主要な活動」と定義しています。
また、企業が社会的コーズに取り組むことの潜在的ベネフィットとして、
・売り上げや市場シェアの増加
・ブランド・ポジショニングの強化
・企業イメージや評判の向上
・従業員にとっての魅力度や労働意欲の向上と離職率の低下
・コストの削減
・投資家や金融アナリストに対するアピール力の強化
等を挙げています。
第2章「企業の社会的取り組み――6つの戦略オプション」では、社会的責任に関連する、もっとも主要な取り組みとして、
(1)コーズ・プロモーション
(2)コーズ・リレーテッド・マーケティング
(3)ソーシャル・マーケティング
(4)コーポレート・フィランソロピー
(5)地域ボランティア
(6)社会的責任に基づく事業の実践
の6点を挙げています。
第3章「コーズ・プロモーション―社会的な主張に対して意識と関心を高めること」では、コーズ・プロモーションを、企業が、「資金、物資、その他のさまざまな企業資源を寄付することにより、自らの社会的コーズ(主張)に対する意識や関心を高め、この主張のための資金調達、人々の参加、ボランティアの人材募集を支援する」と定義しています。
そして、企業のコーズ・プロモーションがフォーカスを当てるコミュニケーション対象として、
・意識と関心を高める
・よりくわしく知るよう呼びかける
・時間を提供するよう呼びかける
・寄附金を募る
・金銭以外の寄付をするよう呼びかける
・イベントに参加するよう呼びかける
等を挙げています。
第4章「コーズ・リレーテッド・マーケティング―製品の売上げを通してされる社会貢献」では、コーズ・リレーテッド・マーケティング・キャンペーンを、「企業が製品の売り上げから得られた利益を何らかの組織に寄付すること」と定義しています。
そして、一般的なものとして、
・個々の製品の売り上げに応じて一定額の寄付を行なう
・すべての申込や口座開設に応じて一定額の寄付を行なう
・製品の売り上げや取引における一部を慈善団体へ寄付する
・時には公表せずに、売り上げの一部を慈善団体へ寄付する
・製品と関連した事柄に結びつけ、消費者に寄付させる
・製品の売り上げにおける純利益の一部を寄付する
・特定製品や複数の製品で寄付を行なう
・特定の期間、あるいは無期限で寄付を行なう
・売上げに対して寄附金の上限が句を設定する
等を挙げています。
また、コーズ・リレーテッド・マーケティングの取組みがもっとも成功する場合として、「企業がコーズや慈善活動との間に刺激的で、理想としては長期的な関係を構築し、さらにこの取り組みが製品に統合的に反映される状況」を挙げ、例として、「ある救命胴衣メーカーが何年もの間、子どもの水難防止への社会的取り組みに、地域の小児病院とパートナーになっているシナリオ」について検討しています。
第5章「ソーシャル・マーケティング―行動改革キャンペーンの支援」では、ソーシャル・マーケティングを、「公衆衛生・治安・環境・公共福祉の改善を求めて、企業が行動改革キャンペーンを企画、あるいは実行するための支援手段のこと」と定義しています。
そして、企業にとっての潜在的なベネフィットとして、「ブランド・ポジショニングを括弧たるものとし、ブランド選好を創造し、取引を構築し、販売量を増加させるといったマーケティングの目標や目的と一致している」と述べ、「時には本物の社会的インパクトを生み出すなど、マーケティングの成果を越えたベネフィットが得られることもある」と解説しています。
また、戦略的にソーシャル・マーケティング計画を企画するためのステップとして、
(1)状況分析を実施せよ
(2)ターゲットとする人々を選択せよ
(3)行動目的(望ましい行動)を行動改革の目標を設定せよ
(4)行動改革に対する障壁やモチベーションについて決定せよ
(5)製品・価格・チャネル・プロモーション戦略といったマーケティング・ミックスを策定せよ
(6)評価とモニターのための計画を立案せよ
(7)予算を決定し、資金提供スポンサーを見つけよ
(8)実行プランを完遂せよ
の8点を挙げています。
第6章「コーポレート・フィランソロピー―コーズに対する直接的な寄付活動」では、コーポレート・フィランソロピーを、「企業が慈善団体やコーズに対して行う直接的な寄付行為であり、多くの場合、現金、製品、サービスなどの寄付という形で実施される」と定義しています。
そして、この取り組みに大きな強みとして、「企業の名声と評判の向上、労働力の獲得と維持、地域における社会的課題に対する影響力、当該企業が従事している社会的取り組みの効果の増大」を挙げています。
第7章「地域ボランティア―従業員は自らの時間と能力を提供している」では、地域ボランティアを、「従業員、取引先企業、フランチャイズ企業が、地域のコミュニティ組織やコーズを支援するために自らの時間を進んで提供することに対し、企業が支援・推奨するという取り組みである」と定義しています。
そして、ボランティアへの取り組みにおける成功の鍵として、「親しみ(familiar)」を挙げています。
第8章「社会的責任に基づく事業の実践―コーズを支援するための自主的な事業活動と投資」では、社会的責任に基づく事業を、「環境保護やよりよい地域社会の実現といった社会的コーズ(主張)の支援を目的とする自主的な事業活動や投資のこと」と定義しています。
また、「企業が社会的責任に基づく事業にいざ取り組むとなると、動機が疑問視されたり、活動に厳しい評価がなされたり、結果が細かく調べられたりする」という専門家の警告を紹介し、「企業のマネジャーは、疑いや批判を受ける前に取り組むこと、社会的ニーズだけでなくビジネス・ニーズとも適合したい課題を選ぶこと、長期的にコミットメントすること、従業員の熱烈な支持を得ること、約束を達成するための体制づくりをすること、オープンで、正直で、直接的なコミュニケーションを行なうこと、などにより人々からの疑いや批判を減らすよう全力で努力しなければならない」と述べています。
第9章「25のベストプラクティス―企業とコーズに対して最もよきことを行うために」では、25のベストプラクティスを取り上げたうえで、これらのインタビューの中での「もっとも重要であると思われるアドバイス」として、「社会的取組みに対する全社的ガイドラインを含む公式資料を作るべき」であることを挙げています。
第10章「企業から資金援助や支援を獲得するための10の提案―マーケティング・アプローチを用いる」では、企業経営者たちに、
・企業が社会貢献活動に求めているベネフィットとは何か
・表立っては言わない関心事とは
・社会支援に取り組みたいと思わせる状況とは
・複数の社会的取り組みの中から支援すべきものをどのように選ぶのか
・申し出をどのように評価するのか
・パートナーに何を望み、何を期待しているのか
などの点を質問した結果、返ってきた答えをベースに10の提案を示しています。
本書は、企業の社会的責任を、いかに事業の成功に結びつけるかを考えるヒントを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
「CSR」というと企業が慈善事業に寄付をする、というような認識をされることが多いように思われますが、本書を読むと、企業が営利の事業活動を通じて、社会にいかに貢献できるか、社会を変えることができるのかが伝わるのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・CSRとは企業に金をせびることだと思っている人。
■ 関連しそうな本
フィリップ コトラー/ナンシー リー (著), スカイライトコンサルティング (翻訳) 『社会が変わるマーケティング――民間企業の知恵を公共サービスに活かす』
フィリップ コトラー, エデュアルド L. ロベルト (著), 井関利明(監訳) 『ソーシャル・マーケティング』 2005年02月14日
谷本 寛治, 田尾 雅夫 (編著) 『NPOと事業』 2005年01月28日
上山 信一 『「政策連携」の時代―地域・自治体・NPOのパートナーシップ』 2005年03月28日
沢 昭裕, 経済産業研究所『公を担う主体としての民』研究グループ (編集) 『民意民力―公を担う主体としてのNPO/NGO』 2005年05月18日
D. ヘントン, K. ウォレシュ, J. メルビル (著), 加藤 敏春 (翻訳) 『市民起業家―新しい経済コミュニティの構築』 2005年03月15日
■ 百夜百マンガ
あの「国民的漫画」のリメイク作品です。とは言え、ライバルを主人公にしているので、リメイクというよりサブストーリーとか外伝の類ではないかと思います。
個人的にはぜひ、「左門」も作って欲しいものです。
投稿者 tozaki : 07:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年01月22日
あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実
■ 書籍情報
【あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実】(#1097)
ピエトラ リボリ (著), 雨宮 寛, 今井 章子 (翻訳)
価格: ¥2100 (税込)
東洋経済新報社(2006/12)
本書は、Tシャツの「一生を追って三つの大陸を股にかけた何千キロにも及ぶ旅」の記録であり、「綿Tシャツの誕生に関わった人々と政治と市場経済の物語であり、グローバル化の物語」です。
著者は、1999年2月、ジョージタウン大学で、シアトルで行なわれWTO総会を前にして、一人の女性が群集に向かって演説している姿を目にします。「あなたのTシャツは誰が作ったものですか。食べ物も飲み物も与えられずミシンにつながれたベトナムの子供でしょうか。時給18セントしかもらえず、1日に2度しかトイレに行かせてもらえないインドの若い女性でしょうか。皆さん知っていますか。彼女は12人部屋で生活しているのです。ベッドは共寝、食事にはお粥しかもらえません。残業手当も受け取れずに、週に90時間働かされます。発言する権利もなければ、労働組合をつくる権利もありません。彼女は貧乏なだけでなく、不潔で病気が蔓延する環境で暮らしているのです。すべてはナイキの利益のために。」
この演説を聴いた著者は、自分のTシャツが誰によって作られているのかに関心を持ち、調査を始めます。著者は、「わたしの予想に反して、市場というものはこの物語で大きな役割を持つことはなかった。むしろ、物語を織り成しているのは、複雑に絡み合いながら競争市場というものを編み込んでいる『歴史』や『政治』なのだ」と述べるとともに、「グローバル化の推進派と反対派とが、人々の境遇の改善において知らず知らずのうちに『共謀者』となっている」ことを指摘し、経済学者のカール・ポランニーが提唱した「二重運動論」を紹介しています。
第1章「テキサス州ラボック ラインシュ綿農園」では、「世界一コットンな街」ラボックを取り上げ、「私が着ているTシャツ」が、この周辺で生まれた可能性が高いと述べ、「世界市場において、およそ優位性というものは常に一時的なものでしかないということは、歴史が証明している」にもかかわらず、「綿の世界市場においてだけは、米国が200年以上にわたってあらゆる意味で圧倒的な覇者であり続けており、他国、とりわけ貧しい国々には、追いつける可能性すらないに等しい」ことを指摘しています。
そして、「綿産業の米国支配を補助金だけで説明することはできない。補助金は、米国生産者に不動とも言うべき地位を保証してきた非常に大きな枠組みの、ほんの一例にすぎないのだ」として、「米国では綿の生産と販売に伴なう重大な競争リスクを緩和するための公共政策が200年以上にわたって発達し、生産者を守ってきた」と述べています。
第2章「米国綿の歴史――勝利の鍵は労働市場の回避」では、奴隷制度が、「生産者を市場の脅威から隔離するべく発展した公共政策の第一号だった」ことを指摘しています。また、他国との比較において、「財産権、報奨制度、今日で言うところのガバナンスの問題など、工場方式による綿生産を維持するために欠かせない諸制度が、米国において果たした役割は大きい」と述べています。
第3章「ラインシュ農園ふたたび――『怖いのは補助金だけじゃない』」では、「米国の生産者が、綿の生産工程においていかに巧みに商品価値を作り出したかについては目をみはるものがある」として、10トンの原綿の塊から、Tシャツになる2.5トン弱を除いた「ゴミにしか見えない」ものからの再使用、再資源化、再梱包の方法について解説しています。
そして、「綿の世界市場における米国支配の影には、労働市場の抑制という『知恵』があった」と述べ、連邦政府の巨額の綿補助金に加え、「体系化された工場生産方式」や、「識字率、財産権、商業基盤、科学的進歩などの環境」が米国綿生産者の強みの源泉であることを解説しています。
第4章「綿、中国へ上陸」では、米国の綿生産者の覇権が200年間守り続けられているのに対し、「繊維や衣料品産業での首位は、底辺へ向かう競争が苛烈なため、すぐに入れ替わってしまう」と述べ、「中国による繊維・衣料品産業の支配」が、「米国の綿生産者の覇権とは大きく様子が異なる」と指摘しています。
第5章「底辺へ向かう長い競争」では、綿産業の覇権が、英国から米国、日本、そして「さらに安くて従順な労働力をもった新たな地域であるアジアの新興工業国・地域(香港、韓国、台湾)、さらには中国へと入れ替わっていった様子が解説されています。
そして、「どの地域でも、綿織物産業の成長は他に選択肢のない多数の貧困層が支えた。いずれの場合も、『理想的な』労働力とされたのは丈夫で従順で文句を言わない人々だった。必要とされたのは独創性や知性ではなく、退屈な繰り返し作業に耐える体力と精神力だったのである」と解説しています。
第6章「女工今昔物語――農場から搾取工場へ、そして……」では、中国の昔の女工たちにとって、「工場労働は心身ともに疲れ果てる農作業から抜け出し、経済的な豊かさを求めるための一歩となったばかりではない。自立と自己決断を初めて体験でき、どんなにわずかであっても給料をもらうことでさまざまな選択ができるようになった。ある者にとっては退屈さから、ある者にとっては強制的な結婚や横暴な父親から逃れる道だった。またある者にとっては、自分で自分の着るものを選べるようになる手立てだった」と伸べています。
また、「皮肉なことに、若い女性を拘束するために綿々と続けられてきた慣習は、それが息のつまるような労働慣行であれ、門限であれ、あるいは鍵のかけられた寮、トイレの時間制限、生産ノルマ、強制的な教会通い、工場を取り囲む高い塀であれ、みな彼女たちを経済的自由と自立へ導く仕組みの一部でもあった」と述べています。
さらに、『底辺への競争を阻止せよ!」との呼びかけが、「反グローバル化運動のスローガンの中でもっともおぞましく、馬鹿げている。まさにその競争によって豊かになった先進国の活動家が、その阻止を叫ぶのだからなおさらだ。彼ら活動家はいったい誰を農村に縛り付けておきたいのか、と尋ねたくなる」と指摘しています。そして、「より広い視野に立てば、グローバル資本家と反グローバリゼーションの活動家は敵同士ではない。図らずも、彼らは人々の生活環境をともに改善してきた協力者なのだ」と述べています。
第7章「怒号の合従――政治が貿易を支配する理由」では、全米製造業貿易行動連合(AMTAC)の事務局長、オージー・タンティーロを取り上げ、「Tシャツ貿易においては、他業種で繰り広げられている『より速く』『より良く』『より安く』を目指す激しい市場競争は(今のところは)起こっておらず、むしろ競争は政治の世界で繰り広げられている」と指摘し、「価格を下へ下へと追い込んでいく市場の力は強大なものに違いないが、その市場に抵抗して価格を上へ押し上げようとする政治力も同じように強い」と述べています。
また、「当初に意図に反して、政治は産業への介入によって『底辺への競争』を鈍化させるどころか、むしろ加速させる役割を果たしてしまった」と述べ、特定国からの輸入を制限する規制によって、米国の繊維産業を守るのではなく、その国の競合相手の米国市場進出に道を開くこととなったことを、「輸入品を防ぐための堤防の穴を一つ塞ぐことで、別の穴からの流入を増強してしまう」と述べています。
第8章「保護貿易政策の意外な結末」では、「政治が衣料品貿易市場を支配してしまうこと」で、「本当に雇用が確保されてきたとはいいがない」と述べ、「雇用維持という保護主義体制の目標がほとんど達成されなかったにもかかわらず、米国民は私たちの予想に反して保護主義体制に相当同情的」であると述べています。
そして、「米国の保護貿易体制は雇用維持の目標を果たせなかったばかりか、業界団体による『頭文字軍団』がTシャツの全製造過程においてコストを積み上げたために、国内業界の競争力の低下という予期せぬ結果を招いてしまった」として、「頭文字軍団は、自身が自分の最大の敵になってしまっている」ことを指摘しています。
また、米国の繊維製品を輸入品から守るための経済的コストについて、「莫大な金額である」との数々の試算を紹介し、90年代半ばの時点で、「一人分の雇用を維持するための保護コストは、年間8万8千ドルであった」と試算したほか、2002年には、一人分の雇用確保のために約17万4825ドルのコストが費やされている、等の試算を紹介しています。
さらに、衣料品産業が、「市場競争に対応することよりも、むしろ貿易障壁に適応することによって国際化してきた」と述べています。
著者は、歴史の例として、1700年に、英国議会が、「毛織物団体が長年希望していた『最適な消費者層』をようやく保証した」として、
「いかなる死体も、羊毛のみから作られたシャツ、シュミーズ、布……を身にまとって埋葬されなければならない」
との法律が成立したこと、1722年12月25日には、「毛織物職工たちは戦いに勝った」として、「あらゆる種類の綿布を着用すること、または家具に使用することが禁止された」法律を紹介し、「何世代にもわたって英国人に暑くてむず痒くて高価な衣服を強要した」と述べ、「まもなく、綿布を国内製造するための見事なアイデアが次々と生まれてきた」として、「生産能力の高い綿織機、多軸紡績機、工場、そしてついには産業革命」を挙げています。
第9章「四〇年の暫定的保護の終焉」では、「多国間繊維取極(MFA)」の効果について、「米国が、繊維製品の数量割り当てを導入し、それをさらに拡大し、複雑にしたことで、競争力のある主要輸出国の米国参入を阻止しただけでなく、MFAがなかったら米国に物を売ることもなかったはずの多くの発展途上国に、カネになる米国市場を細かく切り分けそのパイの一切れを保証する効果があった」と解説しています。そして、「MFAの賛成派と反対派の両方が口を揃えるのは、MFAは米国産業を守ることには失敗したかもしれないが、多くの弱小国への経済援助としては明らかに成功だった」ことを紹介しています。
また、2002年にWTOが定める割当枠撤廃の第三段階が実施されたことで、「最貧国の一部は恐ろしい未来を垣間見ることとなった」として、中国が2001年にWTOに加入したことで、「一部の品目においてはじめて何の制限もなしに衣料品輸出が出来るようになった」と述べ、「人々は堤防に穴が開けられた後の水の噴出には慣れていたが、その水が中国から来ることについては、誰もまだ覚悟ができていなかった」と述べています。
第10章「中古Tシャツの行方――日本、タンザニア、そしてボロ切れ工場」では、「Tシャツの一生の中で、本当の意味でのマーケット市場に出会うのは、実はこの最終段階においてのみだ」と述べ、「この古着業者だけが、政府やロビイストからも目を向けられることすらなく、完全な自助努力で勝負している」と解説しています。
また、専門家が、「世界の最貧国が、貧困に加えて、アメリカのボロキレをポンポン投げ込むゴミ捨てかごの役割を担わされるとは、何たる侮辱的なことか」と述べていることに費えt、古着業者にとって、アフリカは「ゴミ捨て場」でも「取り残されたお荷物バスケットケース」でもなく、「得意先」であり、「多くの競合相手がアフリカ人消費者のニーズに応えようと必死でいる」と述べています。
さらに、「Tシャツの一生の最終段階では、多国籍企業から離れたところで力関係が逆転し、小規模であることが有利に働くグローバルビジネスが存在している」と述べています。
「結論」では、「Tシャツ製造をめぐる規制は、自由市場の猛威に立ち向かい、労働法や商慣行を書き換えてきた何世代にもわたる活動家たちの努力の結果」であると述べるとともに、ジョージタウン大学で演説していた女子学生には、「いつの時代にも市場と貿易によって若い女性たちが搾取工場に縛り付けられたが、彼女たちはむしろ自由になった」こと、「農民は農村にいることこそ一番と決め付ける前に、もう一度よく考えたほうがいい」と語りたいと述べています。
本書は、Tシャツを通して、グローバリゼーションを理解する「目」を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
日本でも繊維産業の女工の悲惨さは『女工哀史』として伝えられてきましたが、『日本の下層社会』にも紹介されているように、女工たちが低賃金労働とひきかえに自由をつかんだ様子がわかります。その是非を一方的に判断するのは難しいのではないかと思いました。
■ どんな人にオススメ?
・グローバリゼーションの一面を見てみたい人。
■ 関連しそうな本
ジョセフ・E. スティグリッツ (著), 楡井 浩一 (翻訳) 『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』 2007年08月03日
ジェレミー シーブルック (著), 渡辺 景子 (翻訳) 『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと』 2007年08月15日
シルヴァン・ダルニル, マチュー・ルルー (著), 永田 千奈 (翻訳) 『未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家』 2007年03月28日
渡邊 奈々 『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』 2005年08月11日
C.K.プラハラード 『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』 2006年07月28日
ジェフリー サックス (著), 鈴木 主税, 野中 邦子 (翻訳) 『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』 2007年06月20日
■ 百夜百マンガ
人間ドラマを書かせたらピカイチだった作者だけに、政治とか宗教とかのシリアスなテーマにはピッタリでした。
投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年12月20日
概論 ソーシャル・ベンチャー
■ 書籍情報
【概論 ソーシャル・ベンチャー】(#1064)
神座 保彦
価格: ¥2940 (税込)
ファーストプレス(2006/12/9)
本書は、「社会貢献領域におけるイノベーションを『ソーシャル・イノベーション』と呼び、その視点から、社会起業家やマネジメント組織であるソーシャル・ベンチャーについて整理」したものです。著者は、本書執筆の動機を、「社会貢献への志を持ち、社会問題解決に取り組む人々の姿を見て心打たれる一方で、このやり方ではパフォーマンスが上がらないのではないか、それどころか活動が続かないのではないかという懸念を抱いた」からであると語っています。
第1章「ソーシャル・ベンチャー」では、「ソーシャル・ベンチャー」を、一般的に、「社会に貢献することを目的に、社会起業家がビジネス・スキルを用いてマネジメントする組織と解釈されている」と述べ、「組織形態は、NPOのような非営利法人であれ、株式会社のような営利法人であれ、どちらでもよいとされる」と述べ、「組織内に社会貢献のための社会貢献モデルとキャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルを併せ持ち、社会貢献という目的を達成するために、社会起業家がその持てるビジネス・スキルを活用してマネジメントする組織」であると述べています。
そして、「効率性を追及するビジネスの発想を、社会貢献創出における投入と産出の関係改善に活用することは、社会起業家にも止められる重要な役割である」と述べています。
また、ソーシャル・ベンチャー支援の形態として、シアトル在住のポール・ブレイナードが1997年に立ち上げた「SVP(Social Venture Partners Seattle)を取り上げ、資金提供とともに、「その組織の社会貢献能力を高めるための組織機能強化支援」として、「専門的な技能を持つ経験豊富な人材が、資金提供先に対してボランティアでコンサルティングやトレーニングを実施している」と述べ、「資金提供先の選定プロセスや資金提供後の支援内容は、ベンチャー・キャピタルがベンチャー・ビジネスに対して行なっているものに極めて近い」と述べています。
第2章「社会起業家」では、社会起業家を、「社会問題解決のためにアントレプレナーシップを発揮する人」と幅広く捉え、事前かとの相違点としては、社会問題解決のために、「ソーシャル・イノベーション創出を意図し、構造変革に自ら踏み込む」ことを挙げています。
そして、社会起業家が発揮する「ソーシャル・アントレプレナーシップ」の特徴として、
・特異なパーソナリティ
・ソーシャル・イノベーションの推進者
・高いマネジメント能力
の3点を挙げています。
また、日本における社会起業家を志す人を支援する団体として、社会起業家を支援する組織であるNPO法人のETIC.が、ホームページ上で社会起業家向けの「Social Venture Center」を解説し、基礎知識から国内外のケース紹介までさまざまな情報提供を行なうとともに、日本初のソーシャル・ベンチャーのビジネス・プラン・コンテストを実施していることを紹介しています。
第3章「ミッションと戦略」では、ミッションが、「ソーシャル・イノベーション創出の出発点として重要な意味を持つ」と述べ、既存の手弁当的なボランティア団体も、「新たな視点からミッションを再定義したことを契機に画期的な解決策が導き出され、それが実際に提供されて社会問題が解決されるといった展開され想定される」と述べています。
そして、ソーシャル・ベンチャーの戦略の特徴として、「社会貢献実現とキャッシュフロー獲得の二重構造になっていること」を挙げ、ゴーイング・コンサーンとして安定的に社会貢献を果たすためには、「社会貢献領域と事業領域を取り巻く環境の変化や組織の成長段階などに応じて、二重構造の戦略の『バランス感』を微調整しなければならない」と述べています。
第4章「ソーシャル・イノベーション」では、「ビジネスモデルと社会貢献モデル」から構成されるソーシャル・ベンチャー・モデルの特質から、ソーシャル・イノベーションのパターンが、
(1)ソーシャル・ベンチャー・モデルづくり自体がイノベーションとなっているパターン。
(2)キャッシュフロー獲得のためのビジネスモデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
(3)社会貢献モデルにおいてイノベーションが創出されるパターン。
の3つに大別されると述べています。
第5章「マネジメント」では、ソーシャル・ベンチャーにおける理想的な人材が、「社会貢献意欲が高く、かつ、ビジネスの手腕を持ち合わせている」ことであるのに対し、「現実に目を転じると、非営利組織には社会貢献意欲の高い人材が終結しているのは当然としても、ビジネスの知識やスキルを兼ね備えた人材は少ない。そのため、目下のところ、ビジネス人材(ビジネス・プロフェッショナル)を外部から採用するしか手立てはない」とのべています。
第6章「資金調達とソーシャル・ファイナンス」では、ソーシャル・ベンチャーにとってファンドレイジングで得た資金が、「感覚的には売り上げの一部を構成する資金と位置づけられ」、まさに「フロー」の感覚であることについて、「営利企業にいた人間からすれば驚き」であり、「外部から調達した資金は、調達方法により資本金や借入金として認識され、近代的な会計制度を備えた営利企業では売り上げと同列に扱うことはけっしてない」ため、初めて接したときは「放漫経営の営利企業を見た思いがした」と語っています。
そして、「ベンチャー企業でさえ、スタートアップ段階の資金調達には苦労がつきまとう。ましてや営利第一ではなく、社会貢献を最優先するソーシャル・ベンチャーは、なおさら困難と言わざるをえない」と述べています。
また、NPOやソーシャル・ベンチャーの活動が社会に浸透することで、「社会貢献の意義については、金融機関も認識し始め」、「ソーシャル・ファイナンス」という発想を基盤とした新しいタイプの金融機関が生まれ、「社会貢献目的を掲げる組織への資金提供が可能となった」と述べています。そして、ソーシャル・ファイナンスが、「既存金融機関が提供する金融商品と預金者ニーズとのミスマッチ、および、ファイナンスの枠組みと資金ニーズの強いソーシャル・
【ウッド・ノート 】
【め~てるの気持ち 】
【獣神ライガー 】
【彼女のカレラ 】
【ドラベース 】
【ふしぎなメルモ 】
【新約「巨人の星」花形 】
【百年の祭り 】