2009年06月23日

スナップ写真のルールとマナー

■ 書籍情報

スナップ写真のルールとマナー   【スナップ写真のルールとマナー】(#1615)

  日本写真家協会
  価格: ¥756 (税込)
  朝日新聞社(2007/8/10)

 本書は、「人物が入った写真には肖像権が絡んでくる」という問題に対し、「そんな悩みを解決し、楽しく写真が撮れるよう(社)日本写真家協会の著作権委員ら3人と協会顧問弁護士の北村行夫氏によって実例をあげながら指導する」ものです。
 「『肖像権』とはなにか」では、「最近はやたらと『個人情報』とか『肖像権』『プライバシー』といった言葉が広まって、人物の入った光景を捉えた写真がかなり少なくなっている」ことについて、「なかには人物を入れないようにと、過剰反応かと思える自己規制を指導する人までいる」ことについて、「こうした問題が当たり前になってしまうと、写真から生気がなくなり、時代を記録する写真の魅力が失われてしまう恐れがある」と指摘しています。
 また、「肖像権」に関する判例から、人には、
(1)みだりに顔(肖像)を撮影されない権利、撮影拒絶権がある。
(2)撮影された肖像写真、作成された肖像の利用拒絶権がある。
(3)肖像の利用に対して、肖像本人の有する財産的利益を得ることができる財産権がある。
の3点を挙げています。
 そして、(社)日本写真家協会では、「『肖像権』問題を真摯に受け止め、『撮ることができない』のではなく、どうすればすすんで『撮れるようになるか』、どんなことに配慮して『撮ったものを発表するか』ということについて、じっさいに即した回答をQ&A方式でまとめてみた」としています。
 第1章「こんな場所で撮っていいの?」では、「歩行者天国や公の道路・公園などといった、誰もが自由に出入りできる場所で、しかも多くの人を対象に無料で見せているような大道芸人やパレード、イベントなどに参加している人、出演者などの撮影は自由」であることなどを解説しています。
 また、「公務中の人に肖像権は働きません」としたうえで、「公務中の方であっても、撮った写真を商業目的のチラシや印刷物に使うこと」は、パブリシティー権が働くため、使用できないと述べています。
 第2章「撮った写真を公表したい」では、写真家が肝に銘じておくべきこととして、「撮る行為、発表する行為、すべてにおいて自分自身に責任がある」ことを挙げ、「この『責任がある』ということを念頭において、撮ったり発表したりすれば、問題はおきないはず」だと述べています。
 また、スナップ写真を撮るケースで撮影者が頭を悩ます点として、「撮影前に挨拶して許諾を取ると、相手がカメラを意識して自然な表情や情景が消えてしまう」ことを挙げ、「撮影後、写真を撮らせてもらったこと、使用目的などを説明し、了解を取り付けるようにしましょう」と述べています。
 第3章「パブリシティーがらみの写真」では、個人の庭の中にあり、そこの地主が「桜の肖像権」を主張している枝垂桜について、「枝垂桜の所有者として、所有地内に立ち入っての撮影は禁止できても、所有地外から撮影した写真について、所有権の効力は主張」できないと述べています。
 第4章「写真を撮ってトラブルに」では、ラッシュ時のプラットホームや祭りの様子の写真を撮っていて、「俺を撮ったな」と文句を言われるケースを取り上げています。
 鼎談「スナップ写真はこう撮ろう」では、「肖像権について取り上げた本や雑誌の記事の中には、肖像権に対する正しい認識を伝えるよりも、むりそ『肖像権があるのだから写真を撮らせるな!』などという否定的なメッセージだけを強調するものも、少なくないというのが実状」だと指摘した上で、基本的には「写される人の気持ちになって、配慮しながら撮る」ことが基本だと述べています。
 本書は、写真家はもちろん、人物写真に関わる仕事をしている人にぜひ読んでいただきたい一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書でも少し触れられていますが、人権系の主張をする言説の中には、過剰に配慮をしたものが少なくないような気がします。その点で、本書があることはバランス的に、また実務的に大きな意味があります。


■ どんな人にオススメ?

・人物写真に関した仕事に携わっている人。


■ 関連しそうな本

 大西 みつぐ 『デジカメ時代のスナップショット写真術』
 横木 安良夫 『横木安良夫流スナップショット』
 日本写真家ユニオン, 日本写真家協会, JPS= 『写真著作権〈2005改訂版〉―写真家・著作権継承者・海外写真家団体一覧』
 飯沢 耕太郎 『写真を愉しむ』


■ 百夜百マンガ

牌賊! オカルティ【牌賊! オカルティ 】

 たしかに、麻雀の世界はオカルト的な言説があふれているように思われます。

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2009年06月13日

まだ、タバコですか?

■ 書籍情報

まだ、タバコですか?   【まだ、タバコですか?】(#1604)

  宮島 英紀
  価格: ¥777 (税込)
  講談社(2007/6/21)

 本書は、「これから求められるタバコと社会の有様をさぐるうえで、その根幹となるタバコの素性をつまびらかにするべく、ルポしたもの」です。
 第1章「やめられない魔性のアイテム」では、「タバコにだけはほかの嗜好品にはないきわだったちがい」があるとして、
(1)口の中に入るものであるにも関わらず、飲食品ではなく、食品衛生法にも薬事法にも縛られない。
(2)タバコは喫煙者が目覚めている間中、その必要性を忘れさせない。
の2点を挙げています。
 そして、「ニコチンはタバコを購入し続けてもらうための核である」として、タバコ企業が、「ニコチンには依存性がない」「喫煙は自由意思によるもの」という姿勢を貫き通す一方で、「消費者をつなぎ止めるために必要なニコチン量を綿密に分析」していたと述べています。
 第2章「心臓と血管をニコチンが襲う」では、タバコの「ダイエット効果」について、「薬物に依存しながら病気のリスクを抱え、容姿を衰えさせてでも体重だけは減らそうなどという珍妙な努力に、いったいどんな意味があるというのか」と述べています。
 第3章「脳の機能低下とタバコ煙の驚くべき組成」では、「タバコで頭がスッキリする」といっても、「非喫煙者を上回る覚醒レベルになるわけではない」とした上で、「むしろ、吸えない状態に置かれたことで、著しく低下していたレベルが、喫煙によって正常値に近づくだけだ」と指摘しています。
 また、車の運転についても、「喫煙習慣は情報処理能力や覚醒レベルに影響を与える」として、「音や光の刺激に対する反応時間が遅くなるのはもちろん、急性的には視力を減弱させることもある」ことを指摘しています。
 第4章「タバコが暴力事件を引き起こす!?」では、「消防白書」によれば、「タバコによる火災」は10件に1件に上り、損害額は98億7000万円、犠牲者は244名に上ると述べています。
 また、タバコの薬利作用について、「喫煙は神経伝達物質の放出を促し、交感神経や副腎髄質などを刺激する」ことから、「タバコには暴力性を引き出したり、怒りを増強させたりする作用があるのではないだろうか?」と述べています。
 第5章「発がんと軽いタバコの危険性」では、財務省が、「国民にタバコをたくさん吸ってもらい、多くの税金を納めてもらいたい」と言っていることについて、今でも財務省の目には「タバコによる益」しか映っていないことを指摘しています。
 また、「軽いタバコ」が肺腺がんを発生させる原因として、「NNK(ニコチン由来ニトロソアミノケトン)」を挙げたうえで、「"軽いタバコ"が喫煙者の健康を守るなどという概念は幻想以外のなにものでもない」ことを指摘し、「健康を考えて"軽いタバコ"に替えたとしても、結局は不足分を補うために大量の煙を吸い込んだり、ニコチンの吸収量を増やすために、肺の奥深くへ吸い込んだりするようになってしまう」と述べています。
 第6章「急増するCOPD──肺疾患の恐怖」では、慢性気管支炎や肺気腫など、慢性閉塞性肺疾患の総称である「COPD」について、「肺への空気の出し入れがスムーズにできなくなり、坂を転がるように悪化していく病気だ」と述べています。
 第7章「未成年者をたぶらかす自動販売機」では、高校生で毎日煙草を吸っている者が、率で換算すると男子で16万192人、女子5万6867人という「すさまじい数となる」と述べています。
 また、未成年者がタバコに手を出すことが、シンナーや覚醒剤、麻薬などの薬物事犯へとつながる恐れについて、タバコが「ゲートウェイドラッグ」になりかねないことを指摘しています。
 第8章「タバコ業界の隠蔽と情報操作」では、80年代にアメリカのタバコメーカーのイメージキャラクターだった俳優のデイブ・ゲルリッツがタバコメーカーの役員から「喫煙する権利なんざ、ガキと貧乏人と黒人とバカにくれてやるよ」、「一日あたり数千人の子どもを、喫煙に引きずり込むことが仕事だ」、「肺がんで死ぬ喫煙者の欠員補充だ。中学生ぐらいを狙え」といわれたことを明らかにしています。
 また、1976年に、インペリアル・タバコ・オブ・カナダ社が、若年層向けキャンペーンとして、「シックスティーン計画」と呼ばれる特別なプロジェクトをスタートさせたことを紹介しています。
 そして、フィリップ・モリスの「マールボロマン」として名をはせたウェイン・マクラーレンが肺がんに侵され、51歳で志望する直前に、「タバコの広告に出たことを申し訳ないと思っている……宣伝をした製品が人々を殺したことを思うと耐えられない気持ちだ」とテレビで証言し、死の間際には「タバコは人を殺す。私がその生き証人だ」と言い残したことを伝えています。
 終章「その火を消して、タバコを手放そう」では、「太く短く生きるのだ」と豪語する喫煙者への忠告として、「タバコ関連疾患に見舞われて早世することは、寝たきりにならずに安楽な死を迎えることとはまったく別だ」と述べた上で、「どんなヘビースモーカーも、タバコを加えて生まれてきたわけではない」と語っています。
 本書は、タバコの恐ろしい身体への害を分かりやすく忠告した一冊です。


■ 個人的な視点から

 昔は、雑誌社にとってタバコ業界はどこよりもお得意様の広告主でしたのでこういう本は出せなかったと思いますが、タバコの広告規制が進んだおかげでこういう本も出せるようになったのでしょうか。
 願わくばパチンコの広告規制も進んで、パチンコの中毒性を警告する一般書が数多く出版されることを待ち望みます。


■ どんな人にオススメ?

・タバコもパチンコも中毒性はないと思う人。


■ 関連しそうな本

 SH(ACTION ON SMOKE AND HEALTH) (著), 津田 敏秀, 切明 義孝, 上野 陽子 (翻訳) 『悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実』 39247
 加濃 正人, 松崎 道幸, 渡辺 文学 『タバコ病辞典―吸う人も吸わない人も危ない』
 平間 敬文 『子供たちにタバコの真実を―37万人の禁煙教育から』
 磯村 毅 『リセット禁煙のすすめ―タバコの迷路から脱出し、自由の鐘を鳴らそう!』
 禁煙ジャーナル 『たばこ産業を裁く―日本たばこ戦争』
 林 高春 『たった5日でできる禁煙の本』


■ 百夜百音

35周年記念 VERY BEST OF ROCK&BALLADS【35周年記念 VERY BEST OF ROCK&BALLADS】 ダウン・タウン・ブギウギ・バンド オリジナル盤発売: 2007

 タバコの歌といえばこの歌。大人になってから「なんてバカなことを」と後悔しながらこの歌を聴く人も少なくないでしょう。タバコ会社から金が出ていたかどうかは分かりません。


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2009年06月06日

萌える男

■ 書籍情報

萌える男   【萌える男】(#1598)

  本田 透
  価格: ¥735 (税込)
  筑摩書房(2005/11/7)

 本書は、
・純愛精神を胸にひそかに抱いている「萌えるオタク男」が、バブル期以後の日本で増え続けているのか、あるいは、なぜ、純愛を求める男の多くがオタクにならなければならなかったのか。
・なぜ、オタク男は二次元のキャラクターに「萌え」るのか。
・そもそも、「萌える」という行為にはどういう意味があるのか。
などの疑問に答えているものです。
 著者は自らの主張を、「『萌える男』は正しい」の一言に要約できるとしています。
 第1章「萌える男は正しい」では、「男性は一部の『モテ系』と、そうでない『非モテ系』に二極分化しつつある」としたうえで、「80年代という時代に、ナンパや『軽薄短小』と呼ばれる一連の『恋愛資本主義文化』の裏側でひそかに誕生し、徐々に拡大していった勢力が、『オタク』なのだ」として、オタクとは、「恋愛資本主義に組み込まれなかった人々」だと定義しています。
 また、「萌える男は、恋愛とは、『萌えて忍ぶものなり』という受動的態度で女性に対しても一種フェミニスト的というか気弱な平和主義者だが、萌えない男は『恋愛とはセックスなり、セックスとは恋愛なり』という能動的(?)態度で女性に接する」として、「萌えない男」の態度を「生身の女性をあまり大事に扱わない態度ともいえる」と述べています。
 そして、「現実の社会は、結局のところ、いまだにこのような狩猟的な男性を肯定する価値観を持っている」として、「生身の女性とセックスせずに空想に耽っている男のほうが、生身の女性を強姦する男よりも下位に置かれている」と指摘し、「萌える男を非難する男たちは、『萌える』という行動の持つ意味が理解できない。それは『萌える』能力が欠落しているからであり、彼らは『脳内に別の現実世界を構築する』という想像力に欠けているのだ」と述べています。
 さらに、「映画『私をスキーに連れてって』のタイトルが示すとおり、恋愛資本主義社会では、男性とは女性に消費生活の楽しみを与えるための下僕」であるのに対し、「萌える男は、自分自身のために消費する。すなわち、彼らは恋愛資本主義のルールと真っ向から対立している存在なのだ」と述べ、「だから萌え趣味は、必要以上に批判され、忌み嫌われるのだ」と指摘しています。
 第2章「萌えの起源」では、「『萌え』とは『脳内恋愛』である」と定義した上で、「萌えオタクの増加とは、つまり、萌えという『脳内純愛』を目指す芸術運動がオタク史上の成立と拡大によって大衆化・普及化した結果」だと述べ、「『萌え』という精神活動は、すでに大昔から存在していた。当初は芸術家のような限られた層だけが萌えていたが、その後、科学技術の発達や萌えオタク市場の確立によって、誰でも萌えることが可能になった」と述べています。
 そして、「萌えは宗教(神)が死に、神に代わる『恋愛』も死んだ現代の日本において、必然的に生まれてきた新たな信仰活動」だと述べ、「むしろ動物化したのは、恋愛資本主義システム下で恋愛とセックスを切り離して肉体的な快楽を刹那的に貪り続ける『萌えない男』たちのほうなのだ」と述べています。
 第3章「萌えの心理的機能」では、「萌え」ゲームとして「ONE」「Kanon」「痕」の3タイトルを取り上げ、「感動的なストーリーだったために『泣きゲー』という呼ばれ方をした」と述べた上で、「ONE」について、「『恋愛というレゾンデートルの再生』という、萌えの最も重大な心理的機能を体現した作品」だと述べ、「『現実世界における恋愛の機能』を作品世界内で(現実にありえない純度で)純粋に再現しようとした物語」であり、「ONEが作り上げた『恋愛』の姿があまりにも完全で理想的な形態だったがために、現実よりもONEの世界の方に自らの居場所を見出す人が続出した」と述べています。
 一方で、現実の恋愛について、「ある種の人間――異性にとって魅力的な人間――は、そのような恋愛の優れた機能を享受できるのかもしれない」が、「ある種の人間――異性にとって魅力のない人間――は、絶対に恋愛によって癒されることがない」と述べています。
 第4章「萌えの社会的機能」では、「70年代的な『純愛』は現実世界では80年代以後に滅び去り、援助交際やヤラはたに代表されるような恋愛の各機能を分散した相対的な関係性へと還元されてしまった」が、「純愛という概念はオタク界に『萌え』として生き残った」と述べています。
 そして、「『萌え』の話すもう一つの役割」として、「『萌え』は恋愛を脳内に生き残らせようとする保守的な性質を持つと共に、すでに破綻した〈恋愛―結婚―家族〉という男女関係の連続性を再生するための新たな関係性の物語をシミュレートするラジカルな思考実験の場ともなっている」として、「恋愛関係以外の男女関係の構築」を例に、萌え属性の一つである「メイドさん」について解説しています。
 著者は、「萌えはもともとは現実における恋愛の模倣からスタートしているのだが、徐々に恋愛のルールを解体・再構築する方向へと進んでいる。しかも、そのルートは多岐に渡り、あたかも複数のコンピュータが最適な解を求めるべくさまざまなルートで演算を繰り返すように」、「萌える男たちが膨大な情報を分散処理しながら崩壊した恋愛に変わる新しいシステムを作り出そうとしている」と述べています。
 第5章「萌えの目指す地平」では、本書が「萌え」の機能や目的を考察した最大の理由として、「恋愛結婚を基盤にすえた現代の家族制度(広義には、男女関係及びそこから派生する人間関係にまつわる制度全般)が有効に機能しなくなっており、さまざまな問題が発生しているという現状を説明し、その閉塞的な現状を打破するための一つの思考実験運動として『萌え』が登場してきた、ということを説明するため」だと述べ田上で、目的の第二として、「崩壊しつつある現在の社会システムを萌えという思考実験によって改善できる可能性を、『萌える男は現実逃避しているだけ』『燃えとは恥ずべきことであり、萌える男側に全責任がある』というドグマによって摘み取らせてはならないという危機感」だと述べています。
 そして、恋愛が「『誰もが行える』という建前を現実のものにすることができず、恋愛できない人間や恋愛に癒しを見出すことができない人間を大量に生み出すこととなった」という「孤立状態に陥った人間が自我を安定させる」方法として、
(1)何が何でも恋愛し、家族を持つという道
(2)空想の世界で萌えキャラに萌えるという道
(3)仕事などに自己を捧げ、自我を絶対的に支える他者などは存在しないという相対主義を受容して孤高を貫くという厳しい道
の3点を上げています。
 第6章「萌えない社会の結末」では、著者が『電車男』に耐えられない点として、「電車男の内面がエルメスに愛されているからこそ恋愛関係が発生しているはずなのに(そうでなければ純愛とはいえない)、なぜ電車男が恋愛資本主義的なマニュアルに基づいて恋愛スキルを上げて『外見』を『向上』させなければ恋愛が成就しないのか」という点を祖適し、「オタクに恋愛資本主義のマニュアルを教え込んで恋愛システムを延命させたからといって、恋愛と家族の崩壊が阻止できるとは思えない」と述べています。
 最後に著者の主張として、
(1)「萌えの正当性と必然性」:萌えの流行には社会的な原因があり、オタク男個人を道徳的に責めるのは間違いである。
(2)「萌えには効能がある」:萌えの機能論的解説。萌えによって数々の心理的・社会的効能がもたらされる。
(3)「萌えの可能性と重要性」:萌えは恋愛及び家族を復権させようとする精神運動であり、燃えが挫折すれば家族も滅びる。
の3点を述べています。
 本書は、世間から後ろ指を差されがちな「萌え」が持つ意味、社会的役割を肯定的に論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会的な変化を背景にオタクを読み解こうという試みは大変面白かったです。
 本書を読むまでは「萌え」って単なる趣味嗜好の話だと思っていましたが、本書を読んでしまうと、そういう「生き方」なのだということがわかります。とは言え、自分でも恋愛シミュレーションゲームとかをやってみようというほどには理解しようと思わないですが。


■ どんな人にオススメ?

・「萌え」は異常者だと思う人。


■ 関連しそうな本

 本田 透 『喪男の哲学史』
 本田 透 『脳内恋愛のすすめ』
 本田 透 『電波男』
 本田 透 『電波大戦』
 本田 透 『世界の電波男 ― 喪男の文学史』
 本田 透 『がっかり力』


■ 百夜百音

フジテレビ系列ドラマ 電車男【フジテレビ系列ドラマ 電車男】 オリジナル・サウンドトラック オリジナル盤発売: 2005

 電車男って映像化したときにはオタクからオシャレに変身してたって印象があったですが、原作ではそれほどじゃなかったような気がするのですがどっちだったでしょうか。
■ 書籍情報

萌える男   【萌える男】(#1598)

  本田 透
  価格: ¥735 (税込)
  筑摩書房(2005/11/7)

 本書は、
・純愛精神を胸にひそかに抱いている「萌えるオタク男」が、バブル期以後の日本で増え続けているのか、あるいは、なぜ、純愛を求める男の多くがオタクにならなければならなかったのか。
・なぜ、オタク男は二次元のキャラクターに「萌え」るのか。
・そもそも、「萌える」という行為にはどういう意味があるのか。
などの疑問に答えているものです。
 著者は自らの主張を、「『萌える男』は正しい」の一言に要約できるとしています。
 第1章「萌える男は正しい」では、「男性は一部の『モテ系』と、そうでない『非モテ系』に二極分化しつつある」としたうえで、「80年代という時代に、ナンパや『軽薄短小』と呼ばれる一連の『恋愛資本主義文化』の裏側でひそかに誕生し、徐々に拡大していった勢力が、『オタク』なのだ」として、オタクとは、「恋愛資本主義に組み込まれなかった人々」だと定義しています。
 また、「萌える男は、恋愛とは、『萌えて忍ぶものなり』という受動的態度で女性に対しても一種フェミニスト的というか気弱な平和主義者だが、萌えない男は『恋愛とはセックスなり、セックスとは恋愛なり』という能動的(?)態度で女性に接する」として、「萌えない男」の態度を「生身の女性をあまり大事に扱わない態度ともいえる」と述べています。
 そして、「現実の社会は、結局のところ、いまだにこのような狩猟的な男性を肯定する価値観を持っている」として、「生身の女性とセックスせずに空想に耽っている男のほうが、生身の女性を強姦する男よりも下位に置かれている」と指摘し、「萌える男を非難する男たちは、『萌える』という行動の持つ意味が理解できない。それは『萌える』能力が欠落しているからであり、彼らは『脳内に別の現実世界を構築する』という想像力に欠けているのだ」と述べています。
 さらに、「映画『私をスキーに連れてって』のタイトルが示すとおり、恋愛資本主義社会では、男性とは女性に消費生活の楽しみを与えるための下僕」であるのに対し、「萌える男は、自分自身のために消費する。すなわち、彼らは恋愛資本主義のルールと真っ向から対立している存在なのだ」と述べ、「だから萌え趣味は、必要以上に批判され、忌み嫌われるのだ」と指摘しています。
 第2章「萌えの起源」では、「『萌え』とは『脳内恋愛』である」と定義した上で、「萌えオタクの増加とは、つまり、萌えという『脳内純愛』を目指す芸術運動がオタク史上の成立と拡大によって大衆化・普及化した結果」だと述べ、「『萌え』という精神活動は、すでに大昔から存在していた。当初は芸術家のような限られた層だけが萌えていたが、その後、科学技術の発達や萌えオタク市場の確立によって、誰でも萌えることが可能になった」と述べています。
 そして、「萌えは宗教(神)が死に、神に代わる『恋愛』も死んだ現代の日本において、必然的に生まれてきた新たな信仰活動」だと述べ、「むしろ動物化したのは、恋愛資本主義システム下で恋愛とセックスを切り離して肉体的な快楽を刹那的に貪り続ける『萌えない男』たちのほうなのだ」と述べています。
 第3章「萌えの心理的機能」では、「萌え」ゲームとして「ONE」「Kanon」「痕」の3タイトルを取り上げ、「感動的なストーリーだったために『泣きゲー』という呼ばれ方をした」と述べた上で、「ONE」について、「『恋愛というレゾンデートルの再生』という、萌えの最も重大な心理的機能を体現した作品」だと述べ、「『現実世界における恋愛の機能』を作品世界内で(現実にありえない純度で)純粋に再現しようとした物語」であり、「ONEが作り上げた『恋愛』の姿があまりにも完全で理想的な形態だったがために、現実よりもONEの世界の方に自らの居場所を見出す人が続出した」と述べています。
 一方で、現実の恋愛について、「ある種の人間――異性にとって魅力的な人間――は、そのような恋愛の優れた機能を享受できるのかもしれない」が、「ある種の人間――異性にとって魅力のない人間――は、絶対に恋愛によって癒されることがない」と述べています。
 第4章「萌えの社会的機能」では、「70年代的な『純愛』は現実世界では80年代以後に滅び去り、援助交際やヤラはたに代表されるような恋愛の各機能を分散した相対的な関係性へと還元されてしまった」が、「純愛という概念はオタク界に『萌え』として生き残った」と述べています。
 そして、「『萌え』の話すもう一つの役割」として、「『萌え』は恋愛を脳内に生き残らせようとする保守的な性質を持つと共に、すでに破綻した〈恋愛―結婚―家族〉という男女関係の連続性を再生するための新たな関係性の物語をシミュレートするラジカルな思考実験の場ともなっている」として、「恋愛関係以外の男女関係の構築」を例に、萌え属性の一つである「メイドさん」について解説しています。
 著者は、「萌えはもともとは現実における恋愛の模倣からスタートしているのだが、徐々に恋愛のルールを解体・再構築する方向へと進んでいる。しかも、そのルートは多岐に渡り、あたかも複数のコンピュータが最適な解を求めるべくさまざまなルートで演算を繰り返すように」、「萌える男たちが膨大な情報を分散処理しながら崩壊した恋愛に変わる新しいシステムを作り出そうとしている」と述べています。
 第5章「萌えの目指す地平」では、本書が「萌え」の機能や目的を考察した最大の理由として、「恋愛結婚を基盤にすえた現代の家族制度(広義には、男女関係及びそこから派生する人間関係にまつわる制度全般)が有効に機能しなくなっており、さまざまな問題が発生しているという現状を説明し、その閉塞的な現状を打破するための一つの思考実験運動として『萌え』が登場してきた、ということを説明するため」だと述べ田上で、目的の第二として、「崩壊しつつある現在の社会システムを萌えという思考実験によって改善できる可能性を、『萌える男は現実逃避しているだけ』『燃えとは恥ずべきことであり、萌える男側に全責任がある』というドグマによって摘み取らせてはならないという危機感」だと述べています。
 そして、恋愛が「『誰もが行える』という建前を現実のものにすることができず、恋愛できない人間や恋愛に癒しを見出すことができない人間を大量に生み出すこととなった」という「孤立状態に陥った人間が自我を安定させる」方法として、
(1)何が何でも恋愛し、家族を持つという道
(2)空想の世界で萌えキャラに萌えるという道
(3)仕事などに自己を捧げ、自我を絶対的に支える他者などは存在しないという相対主義を受容して孤高を貫くという厳しい道
の3点を上げています。
 第6章「萌えない社会の結末」では、著者が『電車男』に耐えられない点として、「電車男の内面がエルメスに愛されているからこそ恋愛関係が発生しているはずなのに(そうでなければ純愛とはいえない)、なぜ電車男が恋愛資本主義的なマニュアルに基づいて恋愛スキルを上げて『外見』を『向上』させなければ恋愛が成就しないのか」という点を祖適し、「オタクに恋愛資本主義のマニュアルを教え込んで恋愛システムを延命させたからといって、恋愛と家族の崩壊が阻止できるとは思えない」と述べています。
 最後に著者の主張として、
(1)「萌えの正当性と必然性」:萌えの流行には社会的な原因があり、オタク男個人を道徳的に責めるのは間違いである。
(2)「萌えには効能がある」:萌えの機能論的解説。萌えによって数々の心理的・社会的効能がもたらされる。
(3)「萌えの可能性と重要性」:萌えは恋愛及び家族を復権させようとする精神運動であり、燃えが挫折すれば家族も滅びる。
の3点を述べています。
 本書は、世間から後ろ指を差されがちな「萌え」が持つ意味、社会的役割を肯定的に論じた一冊です。


■ 個人的な視点から

 社会的な変化を背景にオタクを読み解こうという試みは大変面白かったです。
 本書を読むまでは「萌え」って単なる趣味嗜好の話だと思っていましたが、本書を読んでしまうと、そういう「生き方」なのだということがわかります。とは言え、自分でも恋愛シミュレーションゲームとかをやってみようというほどには理解しようと思わないですが。


■ どんな人にオススメ?

・「萌え」は異常者だと思う人。


■ 関連しそうな本

 本田 透 『喪男の哲学史』
 本田 透 『脳内恋愛のすすめ』
 本田 透 『電波男』
 本田 透 『電波大戦』
 本田 透 『世界の電波男 ― 喪男の文学史』
 本田 透 『がっかり力』


■ 百夜百音

フジテレビ系列ドラマ 電車男【フジテレビ系列ドラマ 電車男】 オリジナル・サウンドトラック オリジナル盤発売: 2005

 電車男って映像化したときにはオタクからオシャレに変身してたって印象があったですが、原作ではそれほどじゃなかったような気がするのですがどっちだったでしょうか。

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2009年06月01日

義賊伝説

■ 書籍情報

義賊伝説   【義賊伝説】(#1593)

  南塚 信吾
  価格: ¥663 (税込)
  岩波書店(1996/11)

 本書は、「世界史上に現れた義賊群像を簡単に紹介し」たうえで、ハンガリーの国民的義賊であるロージャ・シャーンドルを通じて、「義賊の実像と伝説の関係」を探ったものです。
 第1章「世界市場の義賊たち」では、義賊の「黄金時代」は、「あきらかに18世紀後半から20世紀前半にかけてであり、この時期、世界各地に義賊とみなされる人物・集団が排出した」として、地域的には、東欧、スペイン・イタリアなどの地中海世界、アメリカ合衆国、ラテン・アメリカ、オーストラリアなど、「周辺世界がその舞台となった」と述べています。
 第2章「義賊増の誕生」では、シャーンドルについて、「文献によって確認できる最も早い伝説」は、184年末にプトノキ・ヨージェフという作家が著した「ロージャ・シャーンドル」というバラッドだと述べ、彼が「ベチャール」(義賊)になるには、「兵役という同情すべき理由があったこと、貧しいものには害を加えなかったこと、48年革命において『セルビア人』(オーストリア帝国の軍隊を指す)と勇敢に戦ったこと、いつでも村の社会に帰りたがっていたことなどが歌われていた」と述べています。
 そして、シャーンドルが、「必ずしもはっきりとした罪によってではなく、民衆からは同情の余地のあるかたちで、『公式の』秩序から『のけ者』にされた」として、「ベチャールとなる動機をめぐる伝説には一定の現実的基礎があったということになる」と述べています。
 第3章「社会的正義の体現者」では、「権力者の悪を正す」というモチーフが、「義賊の最も大切なイメージの一つである」と述べた上で、史実として、本当にシャーンドルが権力者の不正を懲らしめたのかについて、1851年に貴族の農場の監督官パラーシュティを殺害した事件などを挙げ、「ベチャールは、多くの貧しい農民に共通する権力者への不満を代弁してくれただけでなく、かれらに代わって権力者への報復を実行してくれた」と述べています。
 また、ベチャールが皇帝を救ったという伝説について、「正されるべきは現地の不正な代官や農場監督官であり、その上位の国王や領主は正義を行おうとしているのだ、という信仰が示されている」と指摘しています。
 第5章「民衆社会の周辺で」では、「ベチャールは村人に支持され、守られていた」としたうえで、ベチャールの社会観は、「伝統的正当性の主張以上に出るもの」はなく、「より積極的に民衆を指導するようなそれ独自のイデオロギーは持っていなかった」と述べています。
 第6章「地域権力とのかかわり」では、「ベチャールは地方の公的権力とどのような関係にあったのか」について、ベチャールが最も直接的な権力と捉えたのが、治安権力と、「貴族の農場の監督官、村や町の役場や司祭であった」と述べ、ベチャールが「在地の公権力と基本的には対立していた」と述べています。
 また、ベチャール衰退の理由として、「行政制度の近代化のみにあったのではない。かれらを支持していた農民の世界にも次第に変化が生じていた」と述べています。
 終章「記憶された歴史=民衆の夢」では、「実像としての義賊は民衆・地域権力の相互関係に規定される」として、
(1)イギリス型:中央権力が地方権力はもとより、地方の民衆社会まで掌握していて、民衆もまた早くから権利義務観念を身につけていたため、地方社会に義賊が現れる余地がない。
(2)ラテン・アメリカ型:近代に入っても、地方社会においてパトロン=クライエント関係が強く残存する地域に現れ、権力と民衆社会の中間に義賊が現れ、徐々に地方権力と癒着して中間的権力となり、民衆社会を支配する側に立つ。
(3)東欧型なかんずくハンガリー型:権力と民衆の間に義賊が登場し、多くの場合、民衆の側に立つ。
の3つのパターンを挙げています。
 そして、この3つのパターンは「発展段階」の差ではなく、「諸地域の世界的関連のなかで、義賊を取り巻く諸要素の展開の仕方の違いの中で考えるべきこと」だと述べています。
 本書は、「義賊」という民衆の夢を当時の地域像とからめて解説した一冊です


■ 個人的な視点から

 現代の義賊というと、やっぱりルパン三世なんでしょうか。そういえば、狙うのは金持ち、不必要な殺しはしないなどの要素は義賊っぽいです。でももともとのルパンはもっとハードボイルドだったのですが、クラリスの心を盗んだあたりでは相当義賊っぽくなってます。


■ どんな人にオススメ?

・義賊はお話の中だけだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 千葉 治男 『義賊マンドラン―伝説と近世フランス社会』


■ 百夜百マンガ

くじびきアンバランス【くじびきアンバランス 】

 「げんしけん」の作中のマンガを実際に作っちゃったものですが、やっぱりマンガは設定が命だということがよくわかります。

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2009年05月21日

塩の文明誌―人と環境をめぐる5000年

■ 書籍情報

塩の文明誌―人と環境をめぐる5000年   【塩の文明誌―人と環境をめぐる5000年】(#1582)

  佐藤 洋一郎, 渡邉 紹裕
  価格: ¥966 (税込)
  日本放送出版協会(2009/04)

 本書は、「塩の、ひいては資源の偏在の程度が深まることで、自然と人間に何が起きているのか」をテーマに、「塩とインゲンの5000年の歴史を通して、文明と環境の未来」を見ようとするものです。
 第1章「塩とはなにか」では、塩が、「多様に、そして必須のものとして、人間と深く関わっている」理由を、「なによりも、塩が生命活動に必須の資源だからだった」と述べています。
 第2章「塩が生かす生命」では、「最近では食塩の評判が悪い」として、「あるものの害の側面を強調するあまり、その正の側面を否定してしまうことは、よくあること」だが、「こうした風潮が医学の世界にまで広まっているとすれば、それは由々しきこと」だと述べています。
 また、「世界には塩を使わない『無塩文化』がある」として、ニューギニアの一部の地方で、「食塩を調味料に使わない土地があること」などを紹介しています。
 第3章「塩は世界をめぐる」では、「世界的に見ると、特に乾燥地の畑では、穀物や野菜の栽培を長く続けると、収量が少なくなったり、枯れてしまったりすることがある」理由として、「灌漑などによって畑に人為的に水をかけて栽培を続けていく間に、土壌中に塩がたまってしまうことが原因」だと述べ、「いったん土壌に塩分が多量に集積すると、それを除去するのは大変に難しい。たとえ技術的に可能であっても、経済的に困難であることが多い」と述べています。
 そして、「農業を中心とする土地と水の利用の中で、人間は長い間、塩との『戦い』を繰り返してきた」として、私たちの祖先が、「何とか差し障りのないつきあい方を求めてきたように思う」と述べています。
 第4章「塩と文明の興亡」では、シュメール文明が崩壊した理由について、「決定的な説明はなされていないが、過度の灌漑による塩害が作物生産を減退させたことが原因とされることが多い」と述べています。
 そして、メソポタミア文明、楼蘭王国など、「古代に栄えた文明で塩害によって滅んだか、またはひどく悩まされていたと思われるところは多い」と述べた上で、「ひとつの例外がナイル」だとして、「ナイルの場合は土壌にたまった塩分を洪水が洗い流してくれていたから」だと解説しています。
 著者は、「文明の崩壊をもたらす個々の現象をその因果関係として捉えひとつのネットワーク図に描き出す方法」を「文明崩壊のウェブ解析」と名づけています。
 第5章「人類は塩とどうつきあうのか」では、「塩は二面性をもっている」として、塩を扱った書籍や文献は、「人類にとって塩がいかに大切であったかを書いているか、あるいは反対に、塩が健康にいかに悪いかや農業の場で塩がいかに悪さをしてきたかを書いたかのいずれか」だと述べたうえで、「プラスになるかマイナスになるかは条件しだいである」として、「それを災害と思うか、自然の恵みと思うかは、ある意味で受け取り方なのだ。それは『気のもちよう』という宗教の教えにも通じるところがある」と述べています。
 本書は、過去の文明に大きな影響を与えてきた塩と人類のかかわりを、簡単にまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の内容については、それなりに面白かったのですが、売れる本かと聞かれればそれほど売れる本になりそうに感じませんでした。思うに、NHKブックスは編集者の関与というかチャックというかが相当に甘いんじゃないかとも思いました。
 それは、構成にしても、同じような内容が後になってまた出てきたりして、一冊の本としてのストーリーや本自体の位置づけ、コンセプトをきちんと形作っていくというよりは、著者が書いてきた原稿をそのまま製本しているのではないかと思うような点です。
 ほかのNHKブックスの本も、内容は悪くないのに構成が甘かったり、ときには内容自体がトンデモ本の類だったりとちょっと残念な部分があります。


■ どんな人にオススメ?

・塩と人類のかかわりを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 マーク カーランスキー (著), 山本 光伸 (翻訳) 『「塩」の世界史―歴史を動かした、小さな粒』 2007年06月10日
 マーク カーランスキー, S.D. シンドラー (著) , 遠藤 育枝 (翻訳) 『世界をかえた魚 タラの物語』
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)』 2006年08月14日
 ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)』 2006年08月15日
 R.P. マルソーフ (著), 市場 泰男 (翻訳) 『塩の世界史』
 ピエール ラズロ (著), 神田 順子 (翻訳) 『塩の博物誌』


■ 百夜百マンガ

走らんか!【走らんか! 】

 NHKの朝ドラの原作、というか『博多っ子純情』の別バージョンといったほうがいいのでしょうか。


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2009年05月13日

ヒトはなぜペットを食べないか

■ 書籍情報

ヒトはなぜペットを食べないか   【ヒトはなぜペットを食べないか】(#1574)

  山内 昶
  価格: ¥714 (税込)
  文藝春秋(2005/04)

 本書は、「ペットを食べると聞いただけで、怒り心頭に発し、おぞましい厭悪感を抱くのはなぜか」を明らかにしようとするものです。
 第1章「イヌを食べた人々」では、ヨーロッパでは、中世になるとドッグ・イーターがほとんど見られなくなった理由として、
(1)ユダヤ=キリスト教が、それ以前のアニミズム的な多くの異教の神々を否定し、それらの異教で神々の化身や従者だったイヌも悪魔的存在とされた。
(2)王侯貴族がイヌを猟犬として飼い、権力の象徴としたこと。
の2点を挙げています。
 そして、西洋で20世紀になってもイヌを食べていた事実を取り上げ、「他民族の古くからの犬肉食の伝統を野蛮だ、残酷だと非難、誹謗しておきながら、自分たちはこっそり食べていたのだから、西洋のいわゆる動物愛護精神とやらをもう一度根本的に検討してみる必要があるだろう」と述べています。
 第2章「ネコを食べた人々」では、「ローマ人たちが猫を敬遠して食べなかったのも、不気味で、油断のならない七変化的なその魔性のゆえではなかったか」と述べた上で、中世になると、「猫喰いは禁忌になっていた」と述べています。
 一方日本では、江戸時代に、猫の肉を甘く脂っこいとするものと、味も悪いとする本があったことを紹介しています。
 第3章「ペットを愛した人々」では、動物とのセックスについて、「なぜそうした話題に虫唾が走るようなおぞましい嫌悪感、全身に虫が這い回るような蟻走感を感じるのか」の謎を解くとしています。
 そして、古代の神話を例に、「古代では獣姦はなんら穢らわしい行為ではなく、むしろ神聖な結婚だった」と述べています。
 第4章「タブーの仕組み」では、「食・性タブーひゃ瓜二つの構造を持っていた」として、「インセスト・タブーとは性の次元に現れたペット食タブーであり、ペット食タブーとは食の次元に現れた近親姦禁忌にほかならなかったのであり、こうして従来別々に解釈されてきた性と食のタブーを統一的に把握する道が開けてくる」とのべています。
 第5章「贈物と祭り」では、近親婚禁忌を、「相互に女性を気前よく交換して、疎遠な敵性集団を親密な友好集団に変えて、社会的紐帯を作り出すための巧妙な文化装置だった」と述べた上で、「未開の王や首長が季節の変わり目や人生の節目の祭儀で、近親相姦を冒したり、禁じられた獣肉を食べるといった違反をわざと行ったのも、この違法なケガレた超人的行動によって文化と自然の隔壁をぶち壊し、超社会的な自然=カオスの聖なる魔力を帯びた怪物となって再び社会に復帰し、女性の生殖力を増強させたり、家畜や農作物の豊凶を左右する支配力を更新し、その霊力を人民に誇示するためだった」と述べています。
 第6章「ペットと消費文明」では、「市場に操作された我欲の満足のためだけにペットを消費財として独占し、猫可愛がりするのは、動物の独自性や聖性を認めず、その権利や固有性をないがしろにすることに他ならない」と指摘しています。
 本書は、人間にとってのペットの存在とは何かを考えさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 豚や牛などの畜産農家さんが本当に愛情を持って育てていながら、美味しくそれらの肉を食べられるのは、本書のテーマに関係があるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・ペット大好きなヒト


■ 関連しそうな本

 宇都宮 直子 『ペットと日本人』
 鯖田 豊之 『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見』
 マーヴィン ハリス (著), 板橋 作美 (翻訳) 『食と文化の謎』


■ 百夜百マンガ

カムイ伝【カムイ伝 】

 どうにも長編なので、週刊誌で途中から読んでもよく分からないという記憶が強いです。いつかまとめて読んでみたい。


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2009年05月08日

トマトとイタリア人

■ 書籍情報

トマトとイタリア人   【トマトとイタリア人】(#1569)

  内田 洋子, シルヴィオ ピエールサンティ
  価格: ¥735 (税込)
  文藝春秋(2003/03)

 本書は、イタリア人にとって欠かせない食卓のパートナーである「トマト」について、どのようにイタリアで食べられるようになったのかという「トマトから辿る、イタリア人と料理の文化史」です。
 第1章「トマトの歴史」では、トマトが、「コロンブスが新大陸を発見して、その後、他の果実とともにトマトもヨーロッパに持ち帰られてはいたものの、当初は〈珍しい植物〉としてしか知られていなかった。食物として世間が認めるようになるまで、実に3世紀もの時間を要した」とした上で、トマトがマンドラゴラと同じ〈敬遠すべき植物〉とみなされていたと述べています。
 そして、コロンブスが新大陸(グァナハニ島)に到着した際に、島民から献上された食物の中に「その後のヨーロッパの食文化を大きく変えることになる食物が二つ、入っていなかった」として、トマトとジャガイモを挙げるとともに、1519年にメキシコに上陸し、現地の数千年に及ぶ文明を破壊してしまったヘルナンデス・コルテスが、唯一、後世に貢献したことは、「一行が現地から祖国へトマトの種を持ち帰ったこと」だと述べています。
 また、「現在の地中海料理の中で、特にイタリア料理の基盤をなす食材は、大半が新大陸を原産地とするもの」であり、「その筆頭がトマト」だと述べています。
 第2章「絶妙のコンビ、パスタとの出会い」では、「豪華な祝典の食卓にトマトが最初に登場したのは、食用ではなく装飾のためだった」として、「上流社会では、トマトを食べることなど、思いもよらないことだった」と述べています。
 そして、「面白いことにトマトは、その原産地であるアメリカ大陸でもっと強い反発を喰らう」として、リンカーン大統領の反対派が、「トマト料理を食べさせれば彼を毒殺できるのではないかと考えて、大統領トマト暗殺計画を練った」ことを紹介し、「暗殺計画に加わった料理人はトマトの強い毒性を本気で信じていたため、リンカーン大統領の食卓にトマトが出される寸前に、自分の犯そうとしていることに恐れおののいて、命を絶ってしまった」と述べ、「リンカーン大統領は事の顛末を知らされて立腹するどころか、暗殺を企てた一味のその稚拙さと無知を大いに笑い飛ばし、この一件が起きるまでは食べたこともなかったトマトだったのだが、皆の見ている前であえて問題のトマト料理を実においしそうに平らげて見せた」として、これが「結果的にトマトにとっては大変なPRになった」と述べています。
 また、ナポリで生まれたパスタとトマトのコンビが「数ヶ月でイタリア全土に広まり、その後フランス、スペインへ伝わって、やがては世界中で食されるようになっていった」と述べるとともに、19世紀末から20世紀はじめにかけて、アメリカやヨーロッパの工業化の進んだ他国に400万人ものイタリア移民が出発したことで、「世界各地へ持ち込まれたパスタとトマトの組み合わせは、イタリア料理のブームの基盤を造ることになった」と述べています。
 さらに、「同じイタリア半島に暮らしてはいたものの、国も習慣もばらばらだったイタリア人たちをつないでいた」ものがトマトだったと述べています。
 このほか、トマトの効能として、「端的に言えば、トマトには過剰な糖分や脂肪分がないこと」だとした上で、「トマトはさまざまな効用にあふれた、食べると体内からわき起こる力を与えてくれる食べ物」だとして、「明るく強い太陽の光を受けて育ったトマトを食べることは、太陽のエネルギーを体内に取り込むようなものなのだ」と述べています。
 第3章「二一世紀のトマト」では、近頃のトマトが蔵理にくい理由として、「現代のトマトは、度重なる品種改良の結果、冷蔵庫に入れておけば数週間どころか、極端な例では数ヶ月でも保存が可能となっている」と述べています。
 そして、イタリア人が、「年間1人当たり75kgのトマトを消費する」として、中でも「とりわけトマトに目がないのは、ナポリ人」だと述べています。
 著者は、「アメリカ大陸からイタリアが授かったトマトは、長年にわたってないがしろにされてきたものの、今ではイタリア料理にはなくてはならない存在となった。トマトはイタリア人にとって単なる食物を越えて、〈幸せな気分〉と同義になっている」と述べています。
 本書は、日本人にとってもおなじみのトマトの食文化史をコンパクトにまとめた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、「たいていの日本人が間違う手順」として、「スパゲッティが茹で上がったら、その上からソースをかけて食卓へ出す人が多い」が、「これは、間違い。おいしくない」として、「本の少し芯が残るように茹で上げて十分に水気を切ったスパゲッティを、ソースの入ったなべへ入れるのである。鍋の中で手早くかき混ぜて、熱々を食べるのが本道である」と述べています。
 個人的にも、スパゲティは鍋でソースに絡めて食べるのが美味しいと思います。火にかけながら少し和えるのが美味しいです。


■ どんな人にオススメ?

・トマトは大昔からイタリア人の好きなものだと思う人。


■ 関連しそうな本

 内田 洋子, シルヴィオ・ピエールサンティ 『イタリア人の働き方』
 内田 洋子, シルヴィオ・ピエールサンティ 『三面記事で読むイタリア』
 島村 菜津 『バール、コーヒー、イタリア人―グローバル化もなんのその』
 橘 みのり 『トマトが野菜になった日―毒草から世界一の野菜へ』
 ファビオ ランベッリ 『イタリア的考え方―日本人のためのイタリア入門』


■ 百夜百マンガ

ひかりの空【ひかりの空 】

 スタープレイヤーの登場で再び盛り上がった女子プロゴルフブームに便乗した作品なのでしょうか。


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2009年04月26日

ヒトラー・ユーゲント―青年運動から戦闘組織へ

■ 書籍情報

ヒトラー・ユーゲント―青年運動から戦闘組織へ   【ヒトラー・ユーゲント―青年運動から戦闘組織へ】(#1557)

  平井 正
  価格: ¥798 (税込)
  中央公論新社(2001/01)

 本書は、「20世紀最大の全体主義政党」であるナチ党の組織だったために、「他に類を見ない特異なシステムとなり、青少年組織の歴史に悪名をとどめること」になった「ヒトラー・ユーゲント」について、「当時のドイツの若者の現実に即した視点で、その展開過程を辿ろうと意図」したものです。
 第1章「青年運動から『ヒトラー・ユーゲント』へ」では、「ヒトラー・ユーゲント」が、枠組みとしては、「ヒトラーの意思に従属する青少年団体」だったが、「そのスタイルには、1896年頃に始まったドイツ独特の『青年運動』に由来する諸要素が、影響を残していた」と述べています。
 そしてバルドゥーア・フォン・シーラハについて、「一般に浸透している『ヒトラー・ユーゲント』のイメージを確立した人物だった」と述べ、彼が、「青年組織から発展した社会秩序を目指した限り」で、「『ワンダーフォーゲル』的青年運動より革新的だった」と述べ、彼とヒトラーとの「きわめて『個人的』な関係を触媒としているところに、『ヒトラー・ユーゲント』の『シーラハ=ヒトラー』二重構造の複合的性格がある」と指摘しています。
 第2章「シーラハと『ヒトラー・ユーゲント』」では、「ヒトラー・ユーゲント」全国指導者の地位を獲得したシーラハが、1932年に開催した「全国青少年集会」が、「ヒトラーの政権獲得前の、シーラハの活動の頂点だった」と述べています。
 そして、青少年組織としては少数派だった「ヒトラー・ユーゲント」が「小説や派手なパフォーマンスを通じて、一般市民にもアピールしていた」と述べています。
 第3章「国家ユーゲントへの道」では、「ヒトラー・ユーゲント」が「『青年運動』の歌やワンダーフォーゲルといった行動を真似てはいても、本質的には伝統的な『青年運動』とは異質な組織だった」と指摘しています。
 そして、1936年に「ヒトラー・ユーゲント」を「公式に国家組織とする法律が公布」されたことについて、「これは重大な変化であり、青少年組織のあり方の歴史における画期的な出来事だった」と述べています。
 第4章「『ヒトラー・ユーゲント』育成の道」では、「ヒトラーの権力掌握後の2年間は『ヒトラー・ユーゲント』は、敵をやっつけるのが主要な課題」だったが、「それに一段落すると、将来若者を何に従事させるかを決定することが、緊急の課題として浮上してきた」ことについて、「シーラハはヒトラーのような暴力的な人間ではなかった。軍事より文化を優先する気質の持ち主だった」と述べ、「ヒトラーはシーラハが、ユーゲントたちに『ドイツ』文化を理解させようと力を尽くしているのを見たとき、鷹揚に構えて好きなようにさせた。彼は若者たちが、彼の『ドイツ・ユーゲント』というイメージを目指して努力している限りは、満足していた」と述べています。
 第5章「戦時体制──『ヒトラー・ユーゲント』の崩壊」では、「平和時代の『ヒトラー・ユーゲント』体制は、戦争とともに完全に崩壊した」が、「その課題は増大した」として、「ユーゲント幹部の10人中9人は制服を国防軍の軍服に着替えた」と述べ、「シーラハはそれまで、外からの『ヒトラー・ユーゲント』への干渉を排除することに一所懸命だった。突撃隊という怪物と国防軍という怪物の間で、彼は長い間協調しながらも、自立性を保とうと手を尽くした」が、「今やヒトラーには、できるだけ早く、できるだけたくさんの兵士が必要となった」と述べています。
 そして、「ヒトラー・ユーゲント」師団が最後まで勇敢に戦った理由について、「『少年』兵にすぎない彼らには『戦闘』と『戦争』は別だということができなかったからであろう。子供だからこそ、『戦う』という作業に、一途に没頭したのだといえる」と述べています。
 そして、「ヒトラー・ユーゲント」育ての親シーラハが、「結局自分の運命をヒトラーに委ねた。しかし彼はヒトラー以上に、『ヒトラー・ユーゲント』と自分を同一化していた」と指摘しています。
 本書は、ナチの青年組織がどのように生まれ、どのように滅んでいったかを当時の若者、特にシーラハの視点から描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 藤子不二雄の「ひっとらぁ伯父サン」の話に出てくる「黒シャツ隊」のモデルがわかってすっきりしました。何となくナチスの青年組織という漠然としたイメージを持っていましたが、本書を読んだ上で藤子作品を読むと、また発見があるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・漠然とナチスは一枚岩の全体主義組織だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 B.R. ルイス (著), 大山 晶 (翻訳) 『ヒトラー・ユーゲント―第三帝国の若き戦士たち』
 フーベアト マイヤー (著), 向井 祐子 (翻訳), 三貴 雅智 『ヒットラー・ユーゲント―SS第12戦車師団史〈上〉』
 村瀬 興雄 『アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景』
 村瀬 興雄 『ナチズム―ドイツ保守主義の一系譜』


■ 百夜百音

「ワルキューレ」【「ワルキューレ」】 オリジナル・サウンドトラック オリジナル盤発売: 2009

 それにしても、第二次大戦から何年経ってもヒトラーを悪役にした映画というのは後を断つことがありません。その意味ではフセインもビン・ラディンも足元にも及ばないのではないかと思います。

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2009年04月10日

ゴム銃オフィシャルガイドブック

■ 書籍情報

ゴム銃オフィシャルガイドブック   【ゴム銃オフィシャルガイドブック】(#1541)

  中村 光児
  価格: ¥1575 (税込)
  社会評論社(2009/01)

 本書は、「日本ゴム銃射撃協会」の理事長である著者が書き下ろした、ゴム銃の魅力を満載した一冊です。
 著者は、2000年に任意団体の日本ゴム銃射撃協会を設立し、インターネットサイトを運営し、会員数は2008年12月現在で1840余名、全都道府県、海外13カ国に支部を持っています。
 本書は、「子の1冊出始めてゴム銃に接する方から全国レベルの射撃の名手を目指す方にまで情報提供ができるよう」、「5分でできる割り箸ゴム銃から連発銃にいたる各種のゴム銃の作り方、輪ゴムの知識、自宅でできる公式競技などを豊富な図説を写真を交えて」紹介しています。
 第1章「ゴム銃の定義」では、
・弾丸に輪ゴムを使い、その輪ゴムが自らの収縮力で発射される装置。
・身体の一部または全部を装置の一部または、全てとするものは銃とはみなさない。
の2項目からなる定義を紹介しています。
 第3章「ゴム銃の射程距離と弾道」では、その到達距離は、「大人が立って発射すると概ね5~6m程度」で、「急激に減速するので、最大到達位置ではまったく威力がなく、実用性も危険も」ないと述べています。
 第6章「制作」では、材料である割り箸にも、
(1)丁六
(2)小判
(3)元禄
(4)利休
(5)天削
(6)双生
などの種類があることなどを解説しています。
 そして、教材として、
(1)割り箸ゴム銃
(2)瞬間解放式単発銃
(3)回転翼式連発銃
の3点を紹介しています。
 また、作例として、表紙にもなっている、200発装弾できる「Side Winder」や、504弾が装弾でき、毎分1200発の発射速度を誇る「P503 DOTT DEL」など18点を紹介しています。
 第7章「射撃」では、輪ゴムの装填方法について、「左右のゴムが均等に伸ばされているか否かで、発射後の輪ゴムの弾道は大幅に変化」すると述べ、「どちらか一方をきつく伸ばして装填する」方法である「片掛け」について、弾道が曲がりそうな印象があるが、きつく伸びていた側が先行する回転運動によって、「極端に細長い陸上競技のトラックのような形を保ったまま、まるで横に寝かせたキャタピラのように回って」いき、回転運動が命中するまで続き、細長い形状も保たれるため、「平掛けの回転運動よりずっと安定した弾道を保」つと述べています。
 第9章「ゴム狩猟の手引き」では、「ゴム銃を猟具として使うと、家庭内の害虫駆除に実用性を発揮するだけでなく、アウトドアライフにちょっとした楽しみが加わります」と述べています。
 本書は、夢を失わない大人にお勧めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 いい歳した大人が何をやってるのかと思う人もいるかもしれませんが、ゴルフに夢中になる人、パチンコにはまる人と何が違うのか、ということもあるのかもしれません。まあパチンコは依存症なので治療が必要だという話も聞きますが。


■ どんな人にオススメ?

・子どもの心を失わない人。


■ 関連しそうな本

 井波 恭子 『空間を彩るバルーンアートハンドブック』
 朝日 勇, 日本折紙協会 『親子でたのしむやさしいおりがみ』
 山内 スス, 菅原 道彦 『ベーゴマ』


■ 百夜百マンガ

銭【銭 】

 金銭がらみの業界ネタを織り込んだ作品。銭への執着を描いた作品は数多くありますが、いろんな業界を紹介するのは嬉しいです。


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2009年04月05日

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉

■ 書籍情報

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉   【人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉】(#1536)

  町田 宗鳳
  価格: ¥1124 (税込)
  日本放送出版協会(2007/05)

 本書は、「ほかならぬ『宗教』こそが、人類最大の敵だと考えている」著者が、「宗教そのものというよりも、宗教の仮面をかぶった人間の思惑」を批判したものです。
 著者は、「宗教は〈愛〉と〈赦し〉を説くが、人を幸せにしない。人類社会を平和にもしない」理由は、「宗教は人間の勝手な思惑で作り上げられたフィクションに過ぎないから」だと述べています。
 第1章「エルサレムは『神の死に場所』か」では、「ゴルゴダ」が古代アラム語では「髑髏」を意味するが、「この教会は『神の死に場所』ではないのか」と述べ、「そこに渦巻いているのは、不信と憎悪のエネルギーであって、宗教が説いている〈愛〉のエネルギーではない」と指摘しています。
 また、「四千年のトラウマを抱えたユダヤ教から派生してきたキリスト教の基本構造にあるのは、やはり自分たち信仰者を〈正義〉とし、その信仰を受け入れない〈不義〉なるものを敵視する二律背反的世界観」であり、「そこに、自己中心的な〈愛〉の五人が生じやすい」と指摘した上で、「福音主義者」と呼ばれるクリスチャンの中には、「宗教というものを極めて狭く理解し、自分たちの信仰に加わらないものの立場を否定する人たちがいる」と述べています。
 そして、「他者の立場、他者の価値観を受け入れることのできない世界観を誰かによって植え付けられてしまったという事実は、実に不幸なことである」として、「宗教というのは、げに恐ろしいものである」と述べています。
 さらに、「一神教が持つネガティブな側面」の反面、「人類はその宗教からおおいなる恩恵を被っている」として、「人類が近代文明を構築しえたのは、ほかならぬ一神教的コスモロジーのおかげだった」と述べています。
 第2章「世界最強の宗教は『アメリカ教』である」では、「博物館入りがそう遠くないかもしれない日本仏教とは異なって、古代の宗教都市エルサレムで角を突き合わせている一神教は、今も生きている。しかも、進化している」として、「そのダーウィン的進化論の先端」に「アメリカ教」が誕生したと述べ、「アメリカを今日のスーパーパワーの地域に押し上げたのは、ピューリタン精神を核とする『アメリカ教』という世俗的原理主義者であり、それと正面衝突してしまっているのが、イスラム過激はの宗教的原理主義者である」と指摘してます。
 第3章「多神教的コスモロジーの復活」では、「このへんで『権力的な集中的統制力』をもつ文明の形態を転換しないことには、人類社会の行き詰まりは目に見えている」として、「一神教的コスモロジーから多神教的コスモロジーへの移行がどうしても不可欠となる」と述べています。
 そして、仏教とキリスト教の一番大きな違いとして、「それぞれが異文化・異宗教に出会ったときのリアクションの仕方」を挙げ、「仏教は融通無碍というか、妥協的というか、どこまでも土着の文化に合わせていこうとするのに比して、キリスト教はその思想性を高く掲げ、新領域をキリスト教色に染めようとする傾向がある」と述べています。
 第4章「無神教的コスモロジーの時代へ」では、「われわれは、いつまでも籠のような宗教が必要だと思い込むつもりなのだろうか」として、「人類が自分の足、つまり自分の判断力でしっかりと歩けるようになれば、宗教という歩行器はお蔵入りになる」と述べ、「無神教に目覚めることは、ロープなしで山に登ったり、重りなしで海にもぐるようなもので、決して簡単なことではない」が、「どれだけ時間がかかろうとも、人類の精神史において、有神の宗教が無神教へと変容していくのは、必然的で動かしがたいものであると思えてならない」と述べています。
 また、「現代に蔓延する精神的な荒廃やニヒリズムを警告し、そこから脱却するために人間がエゴを越えて成長する存在であることを指摘」するものとして、「トランスパーソナル心理学」を挙げ、「人間の心が成長していく個性化過程(individuation)や、それが究極的には『一なる世界』(unusmundus)につながり、そのゆえに共時性(synchronicity)という不思議な現象も起きるといった考え方」が、トランスパーソナル心理学の核心にあるものだと述べています。
 第5章「〈愛〉を妨げているのは誰なのか」では、「文明というハードウェアと、人間の欲望というウイルスに感染したソフトウェアで動かし続けていると、まもなくそれがブレイクダウンするのは、目に見えている」としながらも、「人間が欲望を抱くのが悪いわけ」ではなく、「問題は、欲望の使い方を誤ることである」と述べています。
 第6章「広島はキリストである」では、神話学の観点からみた、「日本文化が誇るべき美徳」として、「日本の神話に、いわゆる悪魔がいないこと」を挙げ、「日本文化では、神と人、善と悪、生と死が二項対立的に扱われることがなく、あいまいな関係におかれている」ことを指摘し、「近代文明が二項対立的な性格を強く帯び、そのために深刻な亀裂が生じていることを思えば、そのような曖昧さが貢献しうる余地は小さくない」と述べています。
 そして、「次世代の宗教は、実感の伴わない救いや、心理的な負担になるような罪を説くのではなく、刻々と終焉に近づきつつある人類に、『今』というときをいかに生き、そしていかに死を迎えるか、なんのてらいもなく、ストレートに語る宗教であって欲しい」と述べたうえで、「人類最後の看取りをしてくれる宗教が、一神教でも多神教でもなく、無神教の〈愛〉であることを祈っている」と述べています。
 本書は、人類にとって宗教とは何かを深く内省した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、タイトルを見ると少しぎょっとしてしまい、結構トンデモ本も平気で出版してしまうNHK出版だけに心配もしたのですが、本書で指摘しているような内容は、とくに宗教心のない人はもちろん、多くの日本人にとっては、うなづけるところが多いのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・大統領とキリスト教に熱狂するアメリカ人に違和感を覚える人。


■ 関連しそうな本

 町田 宗鳳 『前衛仏教論』
 町田 宗鳳 『法然―世紀末の革命者』
 町田 宗鳳, 上田 紀行 『「生きる力」としての仏教』
 松岡 正剛 『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 2007年06月09日
 アレックス カー 『犬と鬼―知られざる日本の肖像』 2007年10月04日


■ 百夜百音

未来はパール【未来はパール】 パール兄弟 オリジナル盤発売: 1986

 僧籍を持つミュージシャンといえば、バカボン鈴木が有名ですが、昔のMCはバカボンは毎年ある時期になるとお寺に行かなきゃいけない、という話があったと記憶しています。

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2009年04月04日

はじめての初音ミク

■ 書籍情報

はじめての初音ミク   【はじめての初音ミク】(#1535)

  エム制作委員会
  価格: ¥2625 (税込)
  ヤマハミュージックメディア(2008/3/8)

 本書は、「人間の声を組み込み、データベース化した世界初の『歌うソフトウェア音源』」である「VOCALOID2 初音ミク」を通して、「音楽の創造・魅力・可能性」を紹介したものです。
 第1章「セットアップをしよう♪」では、「初音ミク」について、「専用エディタ(編集ソフト)を使い、音程と歌詞を入力して音楽データを制作」する方法について解説しています。
 第2章「楽譜を見ながら音符を入力してみよう♪」では、楽譜を見ながらピアノロール画面に入力する基本について解説しています。
 そして、歌詞については、初音ミク専用で、「長音の『ー』や小さい『っ』の表記が、通常の歌詞とは違う形になっている」と述べ、初音ミクは、「漢字や英語・数字の表現ができない」ことや、「歌詞の入力は、全部ひらがな・カタカナ・ローマ字で行う」ことなどについて解説しています。
 第3章「『大きな古時計』を歌わせてみよう♪」では、初音ミクの得意音域について、[A2]から[E4]をとく意図するとして、「これをもとに、楽曲を選んだり、オリジナル局の制作に、チャレンジしてみましょう」と述べています。
 また、声の性質については、「歌手の声質を調整する機能」である「ジェンダーファクター」について、「この値を大きくすると男性的で大人っぽい低い声」に、「値を小さくすると女性的で子供っぽい高い声」になるとして、「互いに極端にいじると、特殊な性質になるので、チャレンジしても面白いかもしれません」と述べています。
 第4章「伴奏に合わせて歌わせよう♪」では、「Cubase Studio 4」を使いながら、第3章で作成したメロディデータと、付属DVD-ROMに収録されたカラオケデータをミックスする手順を解説しています。
 そして、サウンド作りの要である音量バランスをとる「ミキサー」、音質を調整する「イコライザー」、音の強弱を加工して人間らしい歌声に近づける「コンプレッサー」、残響を調整することで「歌っているところを指定する」働きを持つ「リバーブ」などの機能について解説したうえで、自分で作った曲を人に聞いてもらうためのWaveファイルへの「書き出し」の方法などを説明しています。
 第5章「DTMで広がる世界♪」では、「パソコン上で音楽を作る作業」である「Desktop Music (DTM)」について、DTMが飛躍的に発展した理由として、「DTMでは、人間の代わりにパソコンが音楽を演奏してくれるので、入力したフレーズをその場で確認することができ」、「修正も簡単に行うことが可能」などのメリットがあるため、「DTMはプロの現場でも多用され続けている」と述べています。
 そして、初心者から本格サウンドまで、音楽制作ソフトの紹介をしています。
 第6章「DTMでオリジナル楽曲♪」では、実際にオリジナル楽曲を制作する手順を、ソフトの起動からドラムパターンの作成、他のパートの入力方法など、順を追って解説しています。
 第7章「動画を作って投稿しよう♪」では、VOCALOIDシリーズを制作したクリプトン社が運営するCGM型コンテンス投稿サイト「ピアプロ」を紹介した上で、Windows XPに標準で搭載されている「ムービーメーカー」を使って、静止画と音声の動画を作成する方法を解説し、ニコニコ動画に投稿するときのファイル形式である「flv」形式への変換方法について解説しています。
 第8章「VOCALOID関連特集♪」では、VOCALOID2のバーチャル・アイドルとして、「初音ミク」や「鏡音リン・レン」などのVOCALOIDのキャラクター設定や、本書描き下ろしのイラストなどを紹介しています。
 また、「はちゅねみく」によるVOCALOID開発者インタビューも掲載されています。
 第9章「VOCALOID2のレパートリーを増やそう♪」では、「創聖のアクエリオン」、「風の谷のナウシカ」、「残酷な天使のテーゼ」などの楽譜や「初音ミク版歌詞カード」が掲載されています。
 また、「初音ミク」の「入力語の決まり」として、
(1)「漢字・英語・数字」は「ひらがな・ローマ字・カタカナ」にする。
(2)助詞の「は」→「わ」、「を」→「お」にするなど、表記と発音が違うものは発音どおりにする。
(3)促音の「っ」は、音(音符)を短くするか、母音を入れて表現する。
(4)ピアノロールに入力した音(音符)の数を歌詞の文字数を同じにする。
(5)
の5点を解説しています。
 本書は、初音ミクに歌を歌って欲しい人にとっては必携の一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書には、「初音ミク」の体験版が付いているのですが、やっぱり自分が作った曲を歌ってもらえるのは嬉しいもので、ついつい何時間も曲作りに没頭してしまいます。
 というわけで、作ってみましたよ。

■ どんな人にオススメ?

・自分の作った曲を初音ミクに歌ってもらいたい人。


■ 関連しそうな本

 クリプトン・フューチャー・メディア 『VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ01 初音ミク HATSUNE MIKU』
 目黒 真二, Otomania 『初音ミク・鏡音リン・レン☆ボーカロイドを楽しもう』
 できるシリーズ編集部, 藤本 健, 大坪 知樹 『できる初音ミク&鏡音リン・レン』
  『DTM MAGAZINE 2008年 08月号』


■ 百夜百音

supercell【supercell】 supercell feat.初音ミク オリジナル盤発売: 2009

 ここのところ、初音ミクのCDがチャートにも入ってくるようになったことで、近いうちに一つのジャンルとしてVOCALOIDものは定着するのではないかと思います。


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2009年03月15日

だれが中国をつくったか 負け惜しみの歴史観

■ 書籍情報

だれが中国をつくったか 負け惜しみの歴史観   【だれが中国をつくったか 負け惜しみの歴史観】(#1515)

  岡田 英弘
  価格: ¥735 (税込)
  PHP研究所(2005/9/16)

 本書は、「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営み」だとした上で、現代中国語の「歴史(リーシー)」は、「英語の『ヒストリー』の訳語として明治時代新たに作られた」日本語を、「日本で勉強した清国留学生たちが、中国に持ち帰った」者だと述べています。
 また、司馬遷が、『史記』で書いているのは、「皇帝の『正統』の歴史」であり、「『中国』という国家の観念も、『中国人』という国民の観念も、司馬遷の時代にはまだ」なく、「19~20世紀の国民国家時代の産物」だとしています。
 そして、「『正史』は、中国の現実の姿を描くものではなく」、「前漢の武帝の時代の天下の姿」である「中国の理想の姿を描くもの」であり、「中国的な歴史観の建前では、天下に変化はあってはならない。実際には変化があっても、それを記録したら歴史にはならない」と述べています。
 第1章「司馬遷の『史記』」では、司馬遷が『史記』の著作に着手したきっかけが、「紀元前104年に宇宙が原初の状態に戻り、歴史が完成に達したという認識であったことは間違いない」として、この認識は、「皇帝制度が発展の極限に達したという、当時の現実を反映したもの」であり、「暦学の知識は、そうした現実に、時間の区切りをつけるために利用された」と述べています。
 そして、『史記』の「殷本記」の物語から見ると、「殷人が北方の狩猟民(北狄)の出身であることは疑いない。女神が野外の水浴の場で、天から降りてきた鳥の卵を呑んで妊娠し、男の子を産むというのは、北アジアの狩猟民や遊牧民に共通な始祖伝説の型である」として、「おそらくモンゴル高原から山西高原を通って南下して、河南の夏国を征服したのであろう」と述べています。
 また、「周本記」を見ると、「北方の狩猟民出身の殷を倒して取って代わった周が、西方の遊牧民の出身であったことは明白である」上、「その周を滅ぼした秦も、『史記』の『秦本記』で見ると、やはり西方の遊牧民である」と述べ、「前221年の秦の始皇帝による『天下』の統一以前には、中国と呼べるような世界がまだなかったばかりか、中国人と呼べるような民族も、まだなかったことになる」として、「夏も、殷も、周も、その実態は王朝の名に値するようなものではなかった。多数の都市国家の中で、軍事力がやや大きかったものにすぎない」と述べています。
 著者は、「中国文明の歴史は、皇帝の歴史であり、永久に変わることのない『正統』の歴史である。あとはその時代その時代の公認の『正史』が、『史記』の形式を少しも変えずに踏襲して、皇帝を中心とする世界(中国)の叙述を続けていくことだけが、中国の歴史家の宿命となったのである」と述べています。
 第3章「陳寿の『三国志』」では、後漢の人口が、一度激減し、「紀元37年に約1千5百万人を記録してから、しだいに増加に転じ、2世紀の前半を通じて4千9百万人台で安定した」が、「150年を過ぎることからまた急上昇して、157年には5千6百万人を超えている」として、この余剰人口が都市に集中し、「都市には膨大な貧民層が出現した」と述べ、彼らが縁故を頼って作った互助組織を母体に、「当時の中国の高度経済成長に取り残される」ことに「期待と現実の間のギャップ」を感じた彼らが、「だんだんに革命思想に魅力を覚えて、互助組織自体が革命団体に変わっていく」と述べ、「これが中国特有の宗教秘密結社の起源であり、道教も仏教も、この時期の中国の下層階級の、出身地別を超えた団結の指導原理として、秘密結社の地下組織を通じて広まったものである」としています。
 そして、184年の「黄巾の乱」、189年の「董卓の乱」の混乱野中から、「宦官の養子の息子である曹操が頭角を現し、後漢の最後の皇帝を名目上の主君に立てて」、南京の孫権、四川省の成都の劉備と対抗したとして、「それとともに中国の人口は、5千6百万人大から一気に4百万人台に激減し、華北の平原地帯では住民がほとんど絶滅した」と述べています。
 また、『魏志倭人伝』が信用ならない理由として、「倭国を南に伸ばして、邪馬台国を南方の熱帯にあるようにいうのは、当時の敵国である呉の背後に位置させる意図があったからだ」として、『魏志倭人伝』が、「当時の魏の政治状況を十二分に反映した記録であると結論付けることができる」と述べています。
 第4章「司馬光の『資治通鑑』」では、「2世紀の末に中国人がほとんど死に絶えた」ので、魏の文帝(曹丕)が、「河南と山東の一部を囲い込む境界線を引いて石の標識を立て、この地域を『中都の地』と名づけ、わずかに生き残った領内の中国人をかき集めて、その内に移住させた」として、その総数は、「せいぜい250万人程度」だと述べています。
 そして、唐の太宗(李世民)が、「中国統一の2年後、630年にいたって、東トルコ帝国を滅ぼ」したときに、草原の遊牧部族の首領たちが、「太宗を自分たちの共通の君主に選挙して、『天可汗』(テングリ・カガン)の称号」を贈ったことについて、「歴史の舞台がこれまで中国だけであったのが、ここではじめて中央ユーラシアをも含むようになった」が、「この重大な変化を『正史』の枠組みで取り扱うことは、中国の史官の手に余ることであった」と述べています。
 また、1004年に、契丹の聖宗皇帝が、北宋に侵入し、「北宋の真宗皇帝と対峙した」際に、「契丹と北宋のあいだに和議が成立」した「セン淵の盟(センはさんずいに亶)」について、この和平条件は、「司馬遷の『史記』にはじまる『正統』の歴史観で見れば、北宋としては2人の皇帝の並存を公式に承認したこと」になり、「これは北宋にとって、屈辱以外の何物でもなかった」と述べ、「こうした屈辱の反動で、実際は古く入植した遊牧民の子孫である北宋の人たちが、自分たちが『正統』の『中華』だ、『漢人』だといいだして、傷ついた自尊心を慰めるように」なり、「北方に起こった遊牧帝国を成り上がりの『夷狄』と蔑むことによって、せめてもの腹いせにした」ことが「中華思想」の起源になったと述べています。
 第5章「宋濂らの『元史』」では、「現実の歴史の舞台は、『正史』の枠組みにお構いなく、とめどなく拡張をつづける」として、「中央ユーラシア草原では6世紀以来、第2次取る固定国、ウイグル帝国、契丹(遼)帝国、金帝国、モンゴル帝国と、一連の遊牧帝国の系列が成長をつづけ、とうとう13世紀に至って、隋・唐の系列を継ぐ中国のなごりともいえる南宋帝国を、完全に呑み込んでしまった」と述べています。
 また、それまでの王朝の名前が、「みんな地名」であったのに対し、「『元』は違う」として、「モンゴル人が、中国の古い都市の名前や出身地の地名を国号にせず、『天』を意味する『大元』を採用したことは、中国だけの歴史の時代が終わり、新しいモンゴル世界の時代が始まったという意識を表現している」と述べています。
 しかし、「明朝の時代になっても、中国の正史の書き方は、相も変わらず『史記』と『漢書』の枠組みから出られなかった」として、「正史の伝統に養われた中国人が『元史』を読むと、幻聴が、あたかも遊牧民が中国に入ってつくった、中国式の王朝であったかのような誤解が生まれる」と述べたうえで、「中国の正史の欠陥」として、
(1)分量は多いが内容は貧弱。
(2)個々の史実についても、皇帝にとって具合の悪いことは省略することになっている。
(3)「正史」というものは、その全部が皇帝制度の内側から見た中国史である。
の3点を挙げています。
 第6章「祁韻士の『欽定外藩蒙古回部王公表伝』」では、「類まれなる史書の編纂者であった祁韻士の生涯を、その自伝を通して語ってみたい」としています。
 本書は、中国の歴史がどのように作られたかを学ぶヒントを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 中国の歴史は、世界史でも日本史でも登場しますが、なんとなく直線的に捉えがちではないでしょうか。
 世界史の時間に習う中国史では分かりにくかった、中国とは何か、中国人とは何か、ということに近づくための視点を与えてくれる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・中国とは何かを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 日本史の誕生―千三百年前の外圧が日本を作った 『岡田 英弘』
 岡田 英弘 『日本人のための歴史学―こうして世界史は創られた!』
 岡田 英弘 『中国文明の歴史』
 岡田 英弘 『歴史とはなにか』
 岡田 英弘 『誰も知らなかった皇帝たちの中国』
 岡田 英弘 『世界史の誕生』


■ 百夜百音

ひっぴいえんど【ひっぴいえんど】 和幸 オリジナル盤発売: 2009

 70年代のオマージュを当時から活躍しているミュージシャンがやっちゃうっていうところに日本の音楽界の歴史を感じます。

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2009年03月08日

学校崩壊と理不尽クレーム

■ 書籍情報

学校崩壊と理不尽クレーム   【学校崩壊と理不尽クレーム】(#1508)

  嶋崎 政男
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2008/8/19)

 本書は、「教育解におけるクレーマーの実態の解明と、それによって引き起こされる問題の解決策の提言」を目指して、「教育に関するクレーム問題を取り上げたもの」です。
 第1章「壊れていく教師たち」では、「学校(教師)に対して、自己中心的で理不尽な要求やクレームを繰り返す保護者を意味する和製英語」である「モンスターペアレント」という言葉を紹介した上で、「保護者も教師も、子供の健全な成長を願い、ともに手を携えていくパートナーであるとの認識」を基本として抑えておかなければならないと述べています。
 そして、実際のクレーマー事例を紹介しながら、クレーマーの「三種の神器」として、
(1)議員
(2)人権および法曹関係者
(3)マスコミ関係者
の3点を挙げています。
 第2章「クレーム社会の到来」では、「保護者クレーマー」に共通した特徴として、
(1)誇張した表現
(2)権威の誇示
(3)優位性の確保
(4)内容の転換
(5)複数の苦情
(6)激情の演出
(7)「正義」の代弁
(8)全員への強要
(9)巻き込み
(10)不定期の再発
(11)実利の獲得
(12)刑法への抵触
などの点を挙げています。
 そして、クレーム発生のモデルとして、「問題の発生をコップから水が流出したとき」と捉える「コップ論」を提示し、
・長い間かけて溜まって行った「原水(要因)」に、
・大量の水が短時間に注入された場合(誘因1)、
・何らかの力によってコップが傾けられた場合(誘因2)、
に、「水がコップから流出し始め、問題が発生すると想定する」と解説しています。
 また、1990年代半ばに義務教育段階の子供を持っていた保護者が、1980年代に、「全国の中学校で校内暴力の嵐が吹き荒れ」たことを経験し、「何をやっても許される」という「幼児万能感に基づいた、身勝手きわまる不条理がまかり通るのを見て育った世代が、『教師への反発・反抗は当たり前』という感覚をもつようになった」と述べています。
 第3章「クレーマーを生み出す社会」では、1980年代に中学時代を過した子供たちが、1990年代半ばに保護者になったことについて、「多感な中学生期を送った人々に、『教師、尊敬に値せず』とい1う強烈なメッセージが伝えられた」結果、当時の中学生が「相手が反撃できない状況ではやったもん勝ちがまかり通る」という方法論を学んだとして、「『モンスター・ペアレント』と『校内暴力』は同じ現象」で、「同じ人間が時代を経て同じ場所で同じことを行っているにすぎない」、彼らは「『ペアレント』ではない。今も『チャイルド』なのだ」とする言葉を紹介しています。
 第4章「クレーマーを生み出す家庭」では、「子どもを持つ家庭の役割は、大きく社会化機能と安定化機能に分けられ」るとしたうえで、「この2つの機能が、家庭において十分に果たされないと、子供の問題行動につながるさまざまな要因が蓄積されて」いると述べています。
 第5章「クレーマーの類型」では、著者が、これまで収集したクレーマーの事例として分類した類型として、
(1)問題指摘型(善意のクレーマー)
(2)子どもベッタリ型(溺愛型クレーマー)
(3)関係保持型(依存型クレーマー)
(4)自尊型(自尊感情過多クレーマー)
(5)敏感・神経質型(敏感型クレーマー)
(6)欲求不満解消型(欲求不満解消型クレーマー)
(7)攻撃型(愉快犯型クレーマー)
(8)理解不能型(混乱型クレーマー)
(9)利得追求型(利得追求型クレーマー)
(10)無クレーム型(無クレーマー)
の10類型を挙げています。
 第6章「理不尽なクレーマーとならないために」では、「子どもの『虚言』がクレームの出発点となること」があるとして、
(1)叱責や非難など、葛藤場面から一時的に逃避するための虚言
(2)反抗や攻撃のための道具としての虚言
(3)自分をよく見せたい、認められたい、欲求を充たしたいなど、何らかの利得を得ようとするための虚言
(4)他からの強要、あるいは他の人をかばうなど、他者との関係から生まれる虚言
の4点を挙げています。
 第7章「教師のクレーム対応」では、クレーム対応の「さしすせそ」として、
・最初が肝心(初期対応能力)
・しっかり傾聴(カウンセリング力)
・すばやく行動(判断力・決断力・実行力)
・正確な記録(記録力)
・組織で対応
の5点を挙げています。
 本書は、理不尽な親が実は単なる大きくなった子どもであることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 クレーマーはどこの世界にでもいるわけですが、今問題になっている保護者クレーマーが、1980年代に無抵抗の教師に対して暴力を振るっていた校内暴力を行っていた当時の生徒だった、という指摘にはなるほどという気がしました。「大人」の肩書きを手に入れた、歳を取っただけの中高生たちが、無抵抗の教員たちに何をするのかと考えるだけで恐ろしいです。


■ どんな人にオススメ?

・学校にクレームを入れるのは良識のある大人だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 本間 正人 『モンスターペアレント―ムチャをねじ込む親たち』
 諸富 祥彦 『モンスターペアレント!?―親バカとバカ親は紙一重』
 嶋崎 政男 『"困った親"への対応―こんなとき、どうする?』
 多賀 幹子 『親たちの暴走 日米英のモンスターペアレント』
 小野田 正利 『親はモンスターじゃない!―イチャモンはつながるチャンスだ』
 尾木 直樹 『バカ親って言うな! モンスターペアレントの謎』


■ 百夜百音

ばちかぶり ナゴムコレクション【ばちかぶり ナゴムコレクション】 ばちかぶり オリジナル盤発売: 2007

 プロジェクトXの人という印象が強いと思いますが、当時としてはやはり「ばちかぶり」の人。過激なステージは有名でステージで脱(自粛)。

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2009年02月08日

先生と生徒の恋愛問題

■ 書籍情報

先生と生徒の恋愛問題   【先生と生徒の恋愛問題】(#1480)

  宮 淑子
  価格: ¥714 (税込)
  新潮社(2008/11)

 本書は、教師と生徒の恋愛という学校現場のタブーを取り上げ、「わいせつ行為で処分された先生や年齢差を乗り越えて結婚したケースなど、当事者たちの生々しい言葉」で構成したものです。
 「プロローグ」では、2001年に起きた「中国道女子中学生転落死事件」(援助交際をしようとして、教師が中学1年の少女に手錠をかけ、中国道を車で走行中、逃げだそうとした少女が転落死した事件)以来、「文部科学省が、教師の性的な行為はすべて『わいせつ行為』と括り、懲戒免職の対象にし始めたことから、本来は『恋愛』と捉えられるものでさえ、一様に『わいせつ行為』とくくられ、教師側への処分に傾く傾向になってきたこと」に疑問が生じると述べています。
 第1章「先生を許さない!」では、教師と生徒との恋愛の当事者の一方である元生徒の言葉から、「教師と生徒という関係における恋愛は、『相手の期待に添えるようにがんばってしまう』ことがある」として、「学校の成績がいい生徒は、学校や先生が持つ価値観を先回りして捉え、自分の思いとは別に、求められる価値観に過剰に適応してしまう」ことを指摘しています。
 第2章「隠蔽された禁断の恋」では、先生側の立場から、「生徒との恋愛が発覚すると、突然その日から教師の方は、『性的存在だ』という目で見られてしまう」として、それからは同僚も生徒も「見る目が変わって」しまい、「どんなにがんばっても認めてくれない」、「今まで積み上げたものは一瞬で消えて」しまったと述べています。
 そして、「教師が信頼を失うのは簡単」だとして、「公になると、教師には『処分』が待ち受ける傾向になってきた」と述べています。
 第3章「『淫行』で逮捕された先生」では、ある県の青少年健全育成条例に抵触した「淫行教師」として逮捕され、懲戒免職を受け、逮捕後に起訴猶予になったため、「有罪でも無罪でもないという中途半端な立場で、その後の人生を過ごすことになった」例を取り上げています。
 そして、「淫行規定」は、「解釈次第でどうにでもなる」、青少年健全育成条例が、「認知事件」(警察が発生を認知した事件)であるため、「そこに恣意性が多分に入る余地がある」とする当事者の言葉を紹介しています。
 そして、生徒がアルバイト先で優しくしてくれる男性とつきあうことになり、教師と別れた後に、彼の父親が、「後見人」として、学校に二人の関係を糺しにきて、警察官と接触したために、逮捕となり、世間に公けになったと述べています。
 第4章「先生と生徒は幸福になったのか?」では、教え子の3年生と恋愛関係になった中学校の教師が、生徒の卒業を待って6月に結婚したが、7月に出産したことから、「教師と教え子の女子生徒という関係の時からつきあい、妊娠させていたことが公になり、青少年健全育成条例に抵触するとして、県教育委員会から懲戒免職処分を受けてしまった」例を紹介しています。
 そして、職を失った後も民間企業の営業職で働いていたが、将来に向けて医療関係の専門学校で学んでいるときに、アルバイトをしながら2人の子育てをしていた妻が、アルバイト先の若い男性に唆され、突然失踪してしまったと述べています。
 第5章「『清らかな交際』のゆくえ」では、「教師と生徒の恋について、禁断の恋だ、(教師の側には)教育公務員としてのモラルが欠落する行為だ、わいせつ行為だ、と騒がれるようになったのは最近」で、「1980年代までは、ひと知れず愛を育み、結婚したカップル、また学校という場で誕生した予想外のカップルとして、周囲から驚かれながらも祝福されていたのではないか」と述べています。
 そして、教え子と結婚した教師に、成功談や秘訣を訪ねようとしたが、「周りにうまくいっている教師と生徒の夫婦なんて、一組もいません」と「みんな断られてしまった」と述べています。
 また、ある現役校長は、「教師には生徒にのめり込みやすい性質があるゆえに、恋愛には要注意」だとして、「情熱的な教師、ハートを持つ教師ほど、生徒に恋愛感情を持ちやすい」としたうえで、「意識して選んでいるわけではないけれど、自然発生的に」、「可愛くてハートのある子を『選ぶ』の」だと語っています。
 第6章「女教師と男子生徒との恋愛模様」では、男子生徒からの「コクられ体験者」の女教師は結構多いが、女教師と男子生徒の恋愛関係は「数としては圧倒的に少ない」と述べています。
 そして、「女教師と男子生徒」が結婚まで至ったケースとして、年齢差16歳、教師には夫と2人の子供がいたが、その後愛を貫いて結婚し、「女教師は教え子との子どもを3人出産した」というケースを取り上げ、「女教師と教え子」のカップルとして生きることは、「社会の通念、道徳との闘いを常に迫られながら生きることであり、周りの愛しい人たちを悲しませる罪深い行為なのだろうか」と述べています。
 第7章「過去が裁かれるとき」では、中学校教師と教え子が、生徒が高校進学後恋愛関係になり、後に学校の生徒指導担当から注意を受けたことから別れ、それぞれ結婚し子どもももうけていた14年後に、「ある圧力団体に所属する」と自称する男性が、元生徒の代理人として教師に過去の交際について面談を申し込み、教師の過去を避難する抗議文を県教委に提出したことから、「ふたりの過去が再び公」になり、諭旨免職を勧められたがこれを断ったことから懲戒免職処分を受けた事例を取り上げています。
 そして、裁判で争った結果、県教委が「十分な弁明の機会を与えず、かなり強引に処分を下した」として、懲戒免職処分が取り消され、停職6ヶ月の処分を受け、現場復帰したと述べています。
 第8章「文部科学省とタブー」では、「行政の立場からすると、性的行為は『非行』なので」あり、「性的行為があったということが『外形的』に明らかになれば、懲戒免職になるということであり、個人の事情は斟酌されないことになる」と述べています。
 第9章「恋愛と『みだらな性行為』との境界」では、最高裁の判例では、「『淫行規定』がかなり限定的に解釈された」としたうえで、「たとえ合意があっても、青少年の心身の健全な育成を阻害するおそれがあり、社会通念上、非難に値する行為=淫行だ」として、
(1)青少年を教育する職務上強い支配関係下で行われる性行為
(2)家出中の青少年を誘った性行為
(3)一面識もないのに性交渉だけを目的に短時間のうちに青少年に会って性行為すること
(4)代償として金品などの利益提供やその約束の元に行われる性行為
の4点を挙げ、教師と生徒の恋愛は、(1)に相当するため淫行とされると解説しています。
 第10章「『処分された恋愛第一号』を訪ねて」では、「教師と生徒の恋愛のすてきなモデルと見られるのが嫌」だとする当事者の言葉を紹介しています。
 そして、「内心の自由に入る領域」である恋愛に第三者が介入することについて、「性的な行為というのは、女の子にとって妊娠の可能性、出産の可能性が出てくることを意味」することが、男性と違うとして、「経済的な自立ができる時期まで、あるいは、人生に対して自分で選択ができる時期まで、性的な行為は待つべきではないか」とする言葉を紹介しています。
 「エピローグ」では、「教師と生徒の恋愛はいまの時代、多大なリスクを覚悟しないとできない」と痛感したと述べたうえで、問題点として、
(1)教師と生徒の「恋愛」そのものを許すべきか否か
(2)性的行為は「許されざる非行」か
(3)結婚は必要条件か
(4)第三者の判定は可能か
(5)「わいせつ行為」の認定は可能か
(6)妥当な処分はどのようなものか
の6点を挙げています。
 著者は、「行き過ぎた処分主義の横行は、ひとが本来持っているひとを愛する素直な気持ちの芽を摘んでしまうのではないか」との懸念を述べています。
 本書は、教育現場のタブーに正面過ぎるくらいに正面から取り組んだ一冊です。


■ 個人的な視点から

 教師と生徒のラブストーリーといえば、『おくさまは18歳』を思い出してしまうのは50代くらいの人が多いのではないかと思いますが、再放送で見たことあるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・先生と生徒の間の恋愛は有りうると思う人。


■ 関連しそうな本

 宮 淑子 『黙りこくる少女たち―教室の中の「性」と「聖」』
 宮 淑子 『セクシュアル・ハラスメント』
 宮台 真司, 山本 直英, 藤井 誠二, 速水 由紀子, 宮 淑子, 平野 広朗, 金住 典子, 平野 裕二 (著) 『「性の自己決定」原論―援助交際・売買春・子どもの性』


■ 百夜百音

First Contact【First Contact】 →Pia-no-jaC← オリジナル盤発売: 2008

 これ見ちゃうとカホン欲しくなります。そうやってだんだんパーカッションが増えていってしまうのですが、そういえばボンゴもタンバリンもそうやって買ってしまった気がします。

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2008年12月16日

現代マンガの冒険者たち

■ 書籍情報

現代マンガの冒険者たち   【現代マンガの冒険者たち】(#1426)

  南 信長
  価格: ¥2520 (税込)
  エヌティティ出版(2008/5/15)

 本書は、「現代マンガの歴史の中でキーパーソンとなる作家たちを選び出し、『どこがすごいのか』『マンガ界にどんな影響を与えたのか』を検証しながら、チャート図なども用いて漫画家の系統進化の流れを俯瞰できるようにした、いわば<現代マンガ進化論>のようなもの」です。
 第1章「ビジュアルの変革者たち」では、「映画的手法(自由なコマ割り&カット割り、視点の移動など)と漫画的記号(効果線、焦りを示す汗など)といった斬新なビジュアル」を、「マンガに適した表現にブラッシュアップし、系統だった手法として確立させた」のが手塚治虫であり、手塚作品を手本にマンガを描き始めたのが「トキワ荘」の住人たちであり、そこから現代マンガの進化が始まったため、手塚が「マンガの神様」と呼ばれると述べています。
 そして、劇画~青年マンガの流れの中から、「突然変異のように現れた」のが大友克洋であり、「それはマンガ界にとって、まさに革命と呼ぶべき出来事であり、のちの作家たちに与えた影響はとてつもなく大きい」として、「手塚治虫が現代的マンガ表現の創始者だとすれば、大友克洋はマンガ表現の変革者であった」と述べています。
 また、大友克洋と江口寿史が「ともにちばてつやの影響について語っている」ことについて、「手塚治虫が"マンガの神様"なら、ちばてつやは"マンガの先生"なのかもしれない」と述べています。
 さらに、鳥山明について、『Dr.スランプ』のギャグが同じジャンプ誌上の『すすめ!!パイレーツ』に比べて、「幼稚」だったが、「多くの読者は、今まで見たことのない<絵の力>に酔った」として、「デビュー当初、"絵はうまいがマンガとしてヘタ"だった鳥山が、<さらにうまい絵>と<個性的なキャラ>を得て、"見ているだけで楽しい世界"を構築することに成功した」と述べています。
 第2章「『Jコミック』の正体」では、その特色として、「<明るい絶望感>のようなものを漂わせるマンガ」であり、年代としては90年代以降だとして、「バブルとその崩壊があって、一種の虚脱感、喪失感みたいなところからスターとしたのが90年代だった」と述べています。
 また、松本大洋が影響を受けた漫画家として、土田世紀の名を挙げていることについて、「ヒップホップ系のミュージシャンが『山本譲二をリスペクトしています!』と宣言するようなもの」だとした上で、初期の短編集『青い春』に土田のデビュー作にして名作『未成年』の影響を見て取ることができると述べています。
 第3章「<ギャグ>に生き、<ギャグ>に死す」では、吾妻ひでおについて、「スラップスティックから、SFパロディ、シュールギャグ、実録&私小説ギャグへと至る」作品の変遷は、「そのままギャグマンガの系譜と重なる」として、小説家を含めて、「トラウマ自慢の作家」が多い中で、「それを飄々とした笑いに昇華させるところが、ギャグ漫画家としての吾妻ひでおの真骨頂だ」と述べ、いしかわじゅんとの対談の中で、「俺とかいしかわさんみたいにナンセンスやってると、自己否定しちゃうんだよな。芸術家じゃないんだから、漫画家がそんなことやったら潰れるよ」と語っていることを紹介しています。
 また、鴨川つばめが、中学時代に酒井七馬の『漫画家入門』に出会い、「堕落した漫画界を変えるのは君たち若い人間なんだ」というメッセージに共感し、弟子入りしようとしたが、酒井が、「極貧の中での餓死」をしたと聞いたことから、「酒井さんを餓死に追いやったマンガ界に対する敵討ちみたいな気持ちが僕の原動力でした」と語っていることを紹介しています。
 そして、鴨川が、一時対人恐怖症に陥り、「いざとなったら首切って死ねるように枕の下に果物ナイフ」を入れていたことを紹介し、江口の場合は、「描けないこと自体をギャグにした」ことで、「吾妻ひでおや鴨川つばめが陥った"精神の袋小路"から逃れることに成功した」と述べ、『ストップ!!ひばりくん!』の第9話で初めて<白いワニ>が登場したとして、「江口は<白いワニに襲われる>というネタを使って、落とすこと自体をギャグにしてしまった」として、「結果的には白いワニが江口の作家生命を延ばしたことになる」と解説しています。
 また、とり・みきの作風について、「"ギャグの因数分解"のように、笑いのパターンみたいなものを、一度バラバラにして、その断片を順列組み合わせで再構築したり増幅させたりして作っているような印象を受ける」として、<理数系ギャグ>と評しています。
 第4章「<物語の力>を信じる者たち」では、大友克洋や江口寿史が「ちばてつやから影響を受けた」とか足り、井上雄彦にも、「ちばの影響が見受けられる」、あの本宮ひろ志でさえ、「ちばてつや氏に熱狂的に傾倒していた」と語っていることを紹介し、「ストーリーテリングの面でちばてつやの存在は極めて大きい」と述べています。
 また、浦沢直樹の『YAWARA!』について、「それまでのスポーツマンガをすべて咀嚼して、お約束事をあえてやり尽くすことで、マニアが読むとクスクス笑うようなものを目指していた」が、アニメ化され小学生からファンレターが来るようになったことで、「さすがにその子たちの気持ちは裏切れないなって。随分とエライものをしょいこんじゃったな」と思ったと語っていることを紹介し、その自己管理能力について、「午前中に起きて犬の散歩までしているという規則正しい生活」に、「夜9時には家に帰って食事する、と。だからそこに小さな締め切りがあるんです」と語っていることを紹介しています。
 そして、『課長 島耕作』が、連載当初は、「現在のようなスーパーサラリーマン」ではなく、「保身に汲々とする小心者で、妻子と住宅ローンを抱えて小遣いも少なく、不倫相手の女子社員にホテル代を出させる。そんなフツーの(?)サラリーマンが、中間管理職としての仕事をこなしながら、いろんな女たちとアバンチュールを楽しむ」という「罪のない娯楽作品だった」にもかかわらず、「いつの間にか主人公が勝手に成長して、国際舞台で活躍するスーパーサラリーマンに変身」してしまったと述べています。
 さらに、笠辺哲に関して、「よく『マンガが面白くなくなった』なんて言う人がいるけれど、それはその人が面白いマンガを発見できなくなっただけの話である。面白いマンガはたくさんある。特に新人作家に関して言えば、みんな昔より間違いなく上手い」として、「斬新で個性的な表現力を持った新人が随時登場しているのは事実」だと述べています。
 第5章「<少女>は成長して<女>になる、か」では、吉田まゆみについて、「'80年代の流行や世相が随所に取り込まれ、今読み返すと、あの時代の空気がまざまざとよみがえってくる」と述べています。
 そして、松苗あけみについては、少女マンガ界の女王・一条ゆかりのアシスタント出身であり、「まさに世間がイメージする少女マンガの王道のように見える」が、「その中身は、いわゆる少女マンガとは一線を画す」として、「あくまでも乙女チックな世界観を保ちながら、ストーリーや語り口、キャラクターはとことんドライ」だと評しています。
 また、耕野裕子に関して、"漫画家マンガにハズレなし"として、『漫画家残酷物語』『まんが道』『燃えよペン』『モト子せんせいの場合』『サルでも描けるまんが教室』『漫画家超残酷物語』『まんが極道』『僕の小規模な生活』『俺はまだ本気出してないだけ』等を挙げています。
 本書は、現在世に出ているマンガがどういう要素で組み立てられているかをわかりやすく解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 マンガも結構細分化が進行していて、すべてのマンガをチェックするというのは権力の頂点に上り詰めた人間であっても難しい状況にあります。
 個人的にも、高校生の時には本屋の雑誌の棚にある本は全部読みつくす意気込みで一生懸命読んでましたし、当時は単行本も立ち読みできたので『こち亀』全巻読破のようなこともできましたが、今では限られた時間のなかでいかに面白いマンガに出会えるかということが大事になっています。
 その意味でも現在のマンガを体系化してくれる本はありがたい限りです。


■ どんな人にオススメ?

・世の中の無数の本を俯瞰したい人。


■ 関連しそうな本

 竹内 オサム 『手塚治虫―アーチストになるな』 2008年10月18日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 うしお そうじ 『手塚治虫とボク』 2007年10月6日
 堅 信之 『アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質』 2007年11月4日
 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年7月28日
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年4月29日


■ 百夜百マンガ

泣くようぐいす【泣くようぐいす 】

 幕張三校の関係者を伺わせた前作、とはいえ他誌での作品、を内容的には引き継いでいるということなのですが、何よりもこういう壊れた人材を排出したということで、当時の幕張三校関係者は面白がっていいのではないかとも思います。


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2008年11月29日

津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇

■ 書籍情報

津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇   【津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇】(#1409)

  筑波 昭
  価格: ¥620 (税込)
  新潮社(2005/10)

本書は、昭和13年5月21日に岡山県苫田郡西加茂村大字行重部落(現津山市加茂町行重)で起きた、「津山事件」または「津山三十人殺し」に関して当時の捜査資料に基づき、当時数え22歳の犯人都井睦雄の誕生から犯行に至るまでを丹念に追ったルポルタージュです。
 第1部「事件」第1章「惨劇」では、都井が遺した、「僕が此の書物(かきもの)を残すのは自分が精神異常者ではなくて前持って覚悟の死であることを世の人に見てもらいたいためである。不治と思える病気を持っているものであるが近隣の圧迫冷酷に対しまたこの様に女とのいきさつもありて復讎のために死するのである」などが記された計3通の遺書を紹介しています。
 第2章「事後」では、「事件そのものは不起訴処分によって結着したが、この狭い地域社会に突発した未曾有の大事件は、むしろ事後処理が大変だった」として、津山警察署長が岡山県警察部長に報告した「三十余人殺傷事件をめぐる事後の状況に関する件」と題した報告書を紹介しています。
 そして、当時、風紀の乱れと噂された村の痴情問題については、「犯人都井睦雄が寺井弘妻マツ子及び岡本和夫妻みよと、情的交渉ありたることは村民の認むるところなるも、その他はおおむね遺書による風評に止まり、当時これを知りたる者なく、岡本一家鏖殺しは痴情関係をめぐる怨恨なること判然したるも、他は若干にても反感を有する者及びいわゆる傍杖を食いたるものと認められ、村内全般に風紀著しく廃頽せりと認めらるる具体的事実なく、犯人の病的好色者たりしは、今日に於ても全部落民の異論なきところなり」と報告されていることを紹介しています。
 また、犯人の実姉みな子が、「目下妊娠臨月にして、事件以来家庭に不和を生じ、嫁入先に於ては分娩させぬ等の物議あるものの如くなるも、近隣並びに本人をめぐる者は同情感を抱く者多く、目下排斥または差別等の事実を認めず」と紹介しています。 さらに、「都井の従兄弟にあたる寺井元一一家九名」が、「いずれも被害を受けておらず、被害者遺族並びに一般部落民はこの点に関し、都井の計画を予め察知しながらも、これを秘しいたるものならずやとの疑点を有し」、「部落民の面前に呼び出し、種々詰問し、排斥するの態度を示し」、元一の長男が都井の遺品である自転車に乗っていたのを被害者の長男が見つけて「石を以って該自転車を破損せしめたる事実」があることや、元一が耕作していた都井の遺産の田地の畦を誰かが壊したことなどの迫害を紹介し、元一の3人の息子は、小学校への通学途上で「他の生徒より排斥的言動を受け」、元一に「親に死なれるのは悲しいことであるが、お父さんさえ死んでいてくれたら、自分たちは乞食をしても生活して行きます」と泣いて訴えたことなどを紹介しています。
 第3章「論評」では、「新聞紙の報道等によると、この村はとくに男女間の風儀が乱れているようにいわれているが、いったいに娯楽機関に恵まれぬこの種山村では、青年男女間の風儀が比較的ルーズであることは顕著な事実で、貝尾部落のみをとくに責めるのは酷に失する嫌いがある」との論評を紹介しています。
 第2部「犯人」では、都井の生涯を数え年によって追っています。
 6歳のときに、幼くして結核で父母を失った都井が、祖母の里である貝尾に引っ越してきたことについて、「この家にはいまわしい過去があった」として、痴情のもつれによる刃傷沙汰と割腹自殺があったことをとりあげ、「この犯人が22歳であったところから、『犯行の荒筋がやや本件と類似しているのみならず、犯人の年齢が同年であることなど、うたた因縁の深きを感ぜずにはいられない』」と、津山事件を研究した岡山地方裁判所の検事が記していることを紹介しています。
 そして、都井が祖母から溺愛されていたことを示すエピソードとして、9歳のときにちゃんばらで左の目の上に、「わずかに血をにじませて泣きながら帰ってきた」時に、相手の子どもの家に、「睦雄は都井家の大事なあととりじゃけん。親がいないからいうて、ばかにしとるんじゃろ。二度とこんなまねしてみい。わしゃただでおかんがの」と「血相変えてどなりこんだ」ことや、10歳のときに都井が級長に任命されると、任命証を持って近所に触れ回り、翌日には赤飯を炊いて近所に配りながら、「孫の頭の良さを触れ回った」こと、15歳のときに担任教師から、「成績がいいからこのまま百姓になるのはもったいない」と県立岡山一中への進学を勧められたが、「この家さおばやん一人残しても、睦雄は岡山さ行くちゅうのんか」とすすり泣く祖母を見て進学をあきらめたことなどを紹介しています。
 また、20歳のときには、都井が、寺井マツ子に現金や反物などを与え、「すでにこのときから確実な情交関係が生じていたとみられる」と述べ、「寺井マツ子と関係するのに成功したことが自信をつけたのか、あるいはマツ子では物足りなかったのか、これ以後都井はまるで人が変わったように、部落内の女性に積極的に攻撃を開始」したとして、「部落内の未婚の若い女性は軒なみだった」が、「いずれも不成功に終り、この年は暮れる」と述べています。
 21歳のときには、「部落の若者たちとは全く交際をしないから、夜遊びや夜這いの仲間に加わることもなかった」都井が、「帽子をまぶかにかぶりマントをはおった」姿で部落をうろつきまわった理由は、「夜遊びでもなければ夜這いのためでもなかった。他人の夜這いの実情を目撃し、部落の男女の性的人脈をその目で確かめ、動かぬ証拠をつかみ、そのうえで彼独自の性的行動を起こそうと企図したことが、間もなくこののちに彼自身の行動によって証明される」と述べています。そして、樵夫である岡本和夫の妻みよに、部落随一の資産家寺井倉一との関係をネタに関係を迫ったと述べています。
 また、徴兵適齢届の受付に初日に訪れた都井が、結核で実質的な不合格である丙種合格となり、軍医から結核と宣告された際には、
「軍医どの、ほんまに結核ですけんの? もういっぺんよく診てつかあさい」
「きさまは日本帝国陸軍の軍医を疑うのか。きさまが結核であることはまちがいない。しっかり療養せい。そんなからだで帝国陸軍の兵隊がつとまるか」
と怒鳴りつけられたことを紹介しています。
 22歳のときには、「岡本みよとの情交現場を夫の岡本和夫に見つかり、紛争を起こし」、土地の慣習に従って、酒を持って詫びにいく際に、酒だけでなく「大きな肉の包み」を提げて、「この日のために三日がかりで自分が仕留めた」ウサビの肉だといって、みなでスキ焼きにしたが、その肉は、都井が小学生の頃から育ててきた老犬「コロ」の肉で、都井は、「コロはもう年じゃけんの。どうせほっといてもそう永生きはせんじゃろ」、「わしは食わん。食うたふりしただけじゃけん」と語っていたことを紹介しています。
 そして、5月21日の事件当日、寺井千吉方を襲撃した都井は、養蚕室で3人を惨殺した後、母屋の炬燵に座り込んでいた戸主で85歳の千吉が、「格別の反応を示さずに凝然と端座したまま」でいたのに対し、「年寄でも結構撃つぞ」と銃口を首に当てたが、千吉は動かず、「こわくなかったことはないが、どうされようがかまわんという気じゃったから、わしはそのままじっとしとったけん。それで睦雄もこんな老いぼれをやっても、なんの益もない思ったんじゃろ。すぐに往んでしもうたじゃ」と後に語っているとのべています。
 また、頭に2つの懐中電灯、腹にはナショナルランプを提げた都井の姿は、暗闇では、「三つ目の怪物」に見え、その三つ目の怪物が、「『殺すぞ、殺すぞ』と大声で連呼しながら、ものすごいスピードで坂を登って」いったとして、部落では高い位置にあった寺井倉一方を襲撃する際には、「勾配のきつい隘路、小石と雑草と路面のでこぼこ。すでに三十人近くを屠った都井が、二貫目もある重い猟銃を手に、この道を信じられぬスピードで駆け上がった」と述べています。
 あとがきでは、津山事件について、「ひとつの奇妙な伝説がつきまとっている」として、「事件当時マスコミに発表されず、世間から秘匿され埋もれてきた事件」だとされているが、「実際には事件当時ラジオを始め全国のマスコミがこぞって派手に報じており、日本中にセンセーションを巻き起こしたことは、当時の新聞をひもどけばすぐにわかることである」と述べています。
 また、「日本犯罪史上空前の惨劇は、犯人の自殺によって清算されたかたちとなったが、実はほとんど清算されなかった」として、この事件の捜査を指揮した岡山地方裁判所の国枝鎌三検事正が、「犯人を生かして親しく告白を聴き、もしくはその身体を医学的に観察することができなくなったことは、貴重な鍵を失いたるもので甚だ遺憾である。数通の遺書は全面的に肯定しがたき点もあるべし。また生存関係者の陳述にも同様信憑しがたき憾もあらん」と結んでいることについて、「俗にいう、死人に口なし、である。生存関係者が犯人を悪くいうとも、自分に不利なことを口にするはずがない。まして女性たちは犯人と関係があり、それが動機の主たる部分を形成していると噂されているからには、彼女たちがすべて真実のみを陳述したとの保証はない」として、「部落の人々は現在でもこの事件に触れるのを忌避する。津山事件は明らかに禁忌なのであった」と述べています。
 本書は、「三十人殺し」という大量殺人や男女関係の面にばかり目が行きがちなこの事件について、犯人が人生の中でどんどん追い詰められていく様を丹念に追った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 昭和13年といえば、今から70年ほど前ですが、当時、貝尾部落にいた子ども、若者の中には、今でも存命の方もいるでしょうし、都井から関係を持ったと名指しされた女性たちの子や孫もいるわけですので、この惨劇の後、禁忌とされたこの事件の、「あの三十人殺しの村」という十字架を背負って、村がどう再建していったのか、ということにも興味があります。じっと、時が過ぎるのを待つ、というのがいちばん大きいのでしょうが。


■ どんな人にオススメ?

・「津山三十人殺し」の犯人の人となりを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 八つ墓村 『横溝 正史』
 西村 望 『丑三つの村』
 祝 康成 『真相はこれだ!―「昭和」8大事件を撃つ』
 合田 一道, 犯罪史研究会 『日本猟奇・残酷事件簿』
 ミステリーの系譜 『松本 清張』
 島田 荘司 『龍臥亭事件』


■ 百夜百音

小学生のための「ハロー!マイソング」 9 ~高学年向き1【小学生のための「ハロー!マイソング」 9 ~高学年向き1】 合唱 オリジナル盤発売: 2000

 散歩してたら近所の小学校から「気球に乗ってどこまでも」が聴こえてきました。お父さん世代には懐かしい曲です。

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2008年11月22日

離婚後300日問題無戸籍児を救え!

■ 書籍情報

離婚後300日問題無戸籍児を救え!   【離婚後300日問題無戸籍児を救え!】(#1402)

  毎日新聞社会部
  価格: ¥1680 (税込)
  明石書店(2008/8/27)

 本書は、「明治時代の1898年の施行以来変わらない」民法の「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」とする「離婚後300日規程」が、「離婚の増加、女性の社会進出、医療技術の進歩──など、立法当時には想像できないほど」変わった時代に対応できず、「変化する時代に取り残された存在」になっている問題について、「現代の家族の問題を見事なまでに象徴」し、「生きる権利の前提となる『戸籍』すら取れない子どもたちを何人もつくり出していた」として、毎日新聞が、2006年12月から行ったキャンペーンをまとめたものです。
 第1章「親子の苦悩」では、離婚後300日規程のため、母親の離婚成立後、226日後に誕生した女児が、出生届を受理してもらえず、戸籍のないまま2歳になったケースを紹介し、市役所は、「女児を前夫の戸籍に入れた後で養子縁組することや、前夫に親子関係不存在を確認する裁判を起こしてもらうこと」などを提案したが、「自分の娘を一時的にでも他人の戸籍に入れることは納得がいかないし、前夫とは関わりを持ちたくない」として、父親が話していることを紹介しています。
 また、これらの記事が掲載された反応として、「切迫早産のため離婚後300日以内に出産、『前夫の子』とされてしまったケース」について、「予定日から女性の妊娠期間の『十月十日=約280日』を逆算して単純に考えても、『前夫の子』であることは100%あり得なかった」と述べています。
 一方、前夫の側についても、離婚後300日以内に子どもが生まれれば、母親である女性は離婚前に前夫以外の男性と関係を持っていた可能性が高いことになる。前夫にとって、この事実を離婚後に知らされたときの屈辱感やショックや、少なからぬものだと想像できる」として、「前夫」として、調停への協力を求められている男性からの、「私には身に覚えのない子です。元妻も僕の子ではないと主張しています。一方的に離婚を成立させ、現実には身ごもっていたのですから、前夫である私は被害者であり、精神的な苦痛で慰謝料請求はできるのでしょうか」というメールを紹介しています。
 また、全国の県庁所在地の市役所の窓口担当者へのアンケートの結果に、「窓口の職員らの苦悩がにじみ出ていた」として、「現状を疑問視し、国に対応を求める意見も見られた」と述べ、「当事者が窓口で悲嘆に暮れる様子を見て、自治体の職員は気の毒に思っているのに規定があるため出生届を受理できない」という現状を憂えた自治体側が法務省に行った要求に対して、法務省民事局からの回答は、「要望には応じ難い」とわずか1行記されただけだったとして、「法務省の『事なかれ主義』を象徴するような対応だった」と述べています。
 著者は、「300日規定」の主な問題点として、
・「前夫の子」となるのを拒んだことにより、戸籍のない子どもが存在する。
・今の夫の子とするため前夫を巻き込んだ裁判が必要。
・DNA鑑定など科学的証明があっても、規定が優先。
・裁判で現夫のこと戸籍登録できても前夫の名が残る。
・離婚後に妊娠しても、早産などで300日以内に誕生するケースがある。
・規定が周知されていない。
等の点を挙げています。
 第2章「行政、国会が動き始めた」では、「無戸籍の子どもたちは、本人とは全く関係のない理由で行政サービスから長らく遠ざけられてきた。本来受けられるはずの定期検診や予防接種などの乳児医療や保険サービスだが、自治体の理解不足もあり、対象から漏れる例が少なくなかった」と述べ、2007年3月1日の衆議院予算委員会分科会で、民主党の泉健太衆院議員の質問に対する、柳沢伯夫厚生労働大臣の答弁を受け、「厚労省も無戸籍児への行政サービスの徹底に乗り出した」と述べています。
 そして、自民党の法務部会兼プロジェクトチームで、慎重派議員から、「DNA鑑定という生物学的な方法を持ち込むのは法制度を覆しかねない、いわば生物学的な親子関係がすなわち法的な親子関係ではない」として、「法律婚では、不貞行為は違法行為ということになっていて、例外を保護する場合は裁判所の手続で認めるのが民法の原則だ」と指摘したことを紹介しています。
 また、法務省による実態調査の結果、離婚後300日以内に誕生する子は、「年間約2800人」におよび、「規定に苦しんでいる家族が決して少なくないことを裏付ける内容だった」と述べています。
 さらに、無戸籍のまま年を重ねた場合に、将来懸念される大きなハードルとして、「旅券取得」と「結婚」を挙げ、支援団体の働きかけを受け、「外務省は、無戸籍のままでも旅券が発給できるよう、旅券法施行規則を改正する方針を決めた」と述べています。
 第3章「浮上する課題と見直しの動き」では、「別居などの『結婚生活の破たん』と、『離婚届の受理』は、必ずしも一致しない」として、「前夫の離婚届提出が遅れたため、『離婚前の妊娠』とされてしまい、戸籍がない男児を育てることを余儀なくされた」ケースを取り上げています。
 また、300日規定によって無戸籍となった女性が出産を控え、「2代に及ぶ無戸籍」の恐れが表面化したケースについて、「地元法務局との調整の末」、「女性が無戸籍のまま『夫』と結婚、子どもについては『夫』の戸籍に記載する」救済策が採られたが、「女性本人は、戸籍や住民票にも記載されない状態が続くことを余儀なくされた」と述べ、「それまで、結婚は困難とされてきた無戸籍者も、結婚できることを示した点で意義のある救済策となった」と述べています。
 「報道を振り返って」では、取材を通じて浮かび上がったこととして、「法律の条文を振りかざし、少数者の存在を公的に認めようとしなかった国や自治体の姿勢、また規定が今の時代にそぐわないことを理解しようとしない政治家たちの姿だ」として、中でも法務省については、「当事者や家族が苦しんでいるのを知りながら、問題を長らく放置してきたと言ってもいいだろう」と述べています。
 本書は、メディアによるキャンペーンが、いかに政治や行政を動かし得るかという、権力としてのマスメディアの力を存分に示した一冊でもあります。


■ 個人的な視点から

 生物学的な親子関係だけが親子ではない、というのも、DNA鑑定などなかった明治時代には考えられなかったことなので、それはそれで一方の真実であり、いちいちDNA鑑定をしていったら色々波風が立つというのも正しいとは思いますが、そういった問題回避のための手法はあくまで便宜的なものであり、その時代の技術レベルや社会通念などで変えていってもいいものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・法律は杓子定規だと思う人。


■ 関連しそうな本

 二宮 周平 『家族と法―個人化と多様化の中で』
 二宮 周平 『家族法』
 星野 英一 『民法のすすめ』
 利谷 信義 『家族の法』
 二宮 周平 『事実婚の判例総合解説』
 内田 貴 『民法の争点』


■ 百夜百音

ひとつだけ/the very best of akiko yano【ひとつだけ/the very best of akiko yano】 矢野顕子 オリジナル盤発売: 1996

 ポニョでは魚たちの声をやってましたが、あの台詞でもそれとわかるキャラクターは強烈です。

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2008年11月17日

柳模様の世界史―大英帝国と中国の幻影

■ 書籍情報

柳模様の世界史―大英帝国と中国の幻影   【柳模様の世界史―大英帝国と中国の幻影】(#1397)

  東田 雅博
  価格: ¥2310 (税込)
  大修館書店(2008/05)

 本書は、「18世紀末にイギリスで案出された」、「17、8世紀の中国ブーム=シノワズリーchinoiserieの産物」である「柳模様willow patternと呼ばれる、中央に柳を置き、愛をささやきあうかのごとく空を飛ぶつがいのキジ鳩やマンダリン(中国の高級官吏)の館、その館を取り巻くジグザグのフェンス、さらに中国風の橋の上を歩く、もしくは走るように見える三人の人物などを周辺に配した陶磁器の文様」に関して、イギリスの人々が見出してきた「中国イメージ」について論じたものです。
 第1章「シノワズりー」では、「柳模様という陶磁器の文様は、シノワズりーと呼ばれる、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパの中上流社会を席巻した一大文化現象を抜きにしては、生まれることはなかった」と述べたうえで、「シノワズリーとは、何よりヨーロッパ人のカタイ=中国についての幻想」だとして、「シノワズリーとは、要するに想像上の中国を構築することである」と述べています。
 著者は、「柳模様にとって重要なのは、中国的な要素を配した風形式庭園が、その誕生の頃に大いに流行していたこと」だと述べています。
 第2章「柳模様とは何か」では、柳模様という文様にまるわる元が足り、伝説について、「いつ、誰によって作られたのかは全く分からない」という点では、「ほとんどの研究者の見解が一致している」と述べています。
 そして、「いわゆる柳模様物語が確認できる最初の文献」として、1849年に刊行された『ファミリー・フレンド』という雑誌に掲載された「柳模様の皿の物語」のストーリーについて、不正蓄財で財を成したマンダリン(高級官吏)の娘に恋した秘書チャンが、大金持ちの公爵と娘との結納の宴の混乱に乗じて娘を連れて逃げ、柳模様の上部の小さな島に逃げのびるも、公爵の追撃により、二人は家に火を放って死んでしまい、二人を哀れんだ紙によって二羽の不死のキジ鳩に変身する、と要約しています。
 第3章「近代イギリス社会と柳模様」では、「柳模様が人気のある陶磁器の文様として社会的に受け入れられたのは、いつの頃から」かという問題について、「柳模様という文様が案出されたのは1780年頃であろうから、柳模様はかなり早い時期からイギリス社会に広まっていたのかもしれない」と述べています。
 そして、「柳模様に中国を見た」イギリスの人々が、「中国を訪れたときには、8やはりそのイメージを捜し求めた」として、その代表的な景観である、「豫園の近辺の風景、湖心亭と九曲橋を中心とする景色であった」と述べるとともに、もう一つの場所として、「円明園」を挙げています。
 第4章「柳模様の中国観」では、「イギリスの人々は、子供の頃から柳模様に親しみ、そこにはっきりとした中国イメージを読み取っていた」として、「それが『ヨーロッパで作られたもの』だと分かるまでは、現実の中国でもあった」と述べ、「柳模様の中国観」とは、
・合理性のモデル:合理的な社会秩序であるとか、嘘も奇跡もない理性に基づく歴史叙述など。
・良き統治:啓示宗教がないにもかかわらず偉大かつ道徳的な一大帝国であるとか、安定した寛容で賢明な政体。
・暢気な暮らしのモデル:エキゾティックな快楽の源泉であるとか、お伽噺の幻想の国。
といった3つの要素があったとした上で、「柳模様の中国観は、明らかに『暢気な暮らしのモデル』の要素を代表するもの」だと述べています。
 本書は、大英帝国の皿の模様をきっかけに当時の東洋観を追い求めた一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で取り上げられている「柳模様」に限らず、昔からある文様にはそれぞれストーリーがあるはずです。昔はそういう好奇心というか想像力を刺激するような図柄に出会う機会が結構あったような気がしますが、最近はあまり見かけないのは、本人の注意力のせいなのか、絶対数が減っているからなのか。


■ どんな人にオススメ?

・「中国」という言葉にロマンを感じる人。


■ 関連しそうな本

 東田 雅博 『図像のなかの中国と日本―ヴィクトリア朝のオリエント幻想』
 東田 雅博 『大英帝国のアジア・イメージ』
 東田 雅博 『纏足の発見―ある英国女性と清末の中国』
 ドロシー コウ (著),小野 和子, 小野 啓子 (翻訳) 『纏足の靴―小さな足の文化史』
 顧 蓉, 葛 金芳 (著), 尾鷲 卓彦 (翻訳) 『宦官―中国四千年を操った異形の集団』
 宮崎 市定 『科挙―中国の試験地獄』


■ 百夜百マンガ

マンガ嫌韓流【マンガ嫌韓流 】

 ネット上で大論争を巻き起こした、というかネット上で論争になっている問題を漫画という日向のメディアに引きずり出した作品。内容についてはともかく、漫画というメディアの使い方としてはむしろ本来の姿に戻ったのではないかという気もします。


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2008年11月11日

釣り具博物誌

■ 書籍情報

釣り具博物誌   【釣り具博物誌】(#1391)

  田代 俊一郎
  価格: ¥1575 (税込)
  書肆侃侃房(2008/3/3)

 本書は、『東京中日スポーツ』に連載されたエッセイ「釣然草」をもとに加筆、修正したもので、「日本の釣り文化の中で忘れ去られていった」、「B級の道具」や、「釣りの近代化のなか」で、「足速く、消え去ろうとしていた」伝統的な道具を、「少しでも紹介、記録できれば」との思いで書かれたものです。著者は、「釣りは楽しい。釣りはおもしろい。そのことを少しでも釣具を通して釣り人と共有できれば」と述べています。
 第1章「寡黙な恋人たち――ロッド、リール編」では、著者がよく行く中古釣具店が、「台湾リール」や、「六角のワカサギ竿」、「黒潮リール」など、「これは非売品です」と、「やたら非売品の多い」店だとして、「これで商売は成り立つのかしらと心配するほどだ」と語っています。
 そして、「ロッドとリールが別々にあるのもどうにかならないものか」という「シンプルというより、見方によっては無精者のための道具」として、「握りとリールが一緒になった20センチ弱の本体」を持つ「リール付ロッド」である「ダイワペット」を取り上げ、「これもひと昔前のいわばB級釣具ではあるが、こうした遊び心のある道具は好ましい。合理性、機能性だけの追求だけでは釣具はおもしろくない」と語っています。
 また、「一つのラインしか持って行かなかったばっかりに、大物をあげられず、悔しい思いをしたことが何度もある」という釣り師の思いに答えるリールとして、「ライン巻取りの溝が二つに分かれている」シマノの「ツインパワー黒鯛」を取り上げ、「非常に使いやすいが、釣り場でこのリールを使用している人を見たことがない」と語っています。
 さらに、旅をしながらギャンブルする「旅打ち」に対応して、旅をしながら釣りをする「旅釣り」は、「釣り人にとっては夢である」と語った上で、旅の同伴者として、「ビジネスカバンに入る大きさ」「山登りのリュックに収まるコンパクトさ」というキャッチフレーズを持つ「パックロッド」を紹介し、「韓国で『旅釣り』をしていて、パックロッドを出すと、韓国人から手品でも見るような視線を受けたことが何度もある」と語っています。
 第2章「小さなテロリスト――仕掛け編」では、プラグの原点「ラパラ」について、自分の漁のために、1930年代に、「松の皮で小魚に似せたルアーを作った」漁師のラウリ・ラパラが、「肉食魚は、小魚の群れを襲うのではなく、弱ったり傷ついたりして群れから脱落した小魚を食べているようだ。肉食魚の攻撃心を刺激するのは、死にかけた魚の突拍子もない動きではないだろうか」と語っていることを紹介しています。
 また、11月の磯で、「誰かに拾われて同じウキが作られると大変なことになる」といって、海中に引っかかったウチを回収するために、上半身裸になって海に飛び込んだ男が作った、メジナ用のウキ「釣匠」のウキを紹介しています。
 そして、大正、昭和前期に爆発的にヒットした「馬井助(ばいすけ)浮き」について、「釣り道具としての浮子が装飾品、美術工芸品としての域にまで高められた最初の浮子であった」と『日本釣具大全』に記されていることを紹介しています。
 第3章「愛しき同伴者――小物編」では、「ルアーマンにとって痛恨の極みはやはり、愛用のルアーを失くすことである」として、ルアー回収機の「ルアーリターン」について、「延ばせば2メートル以上になり、仕舞い寸法は30センチ強。なかなかの優れものだ」と述べ、「釣り場の好ポイントの周囲を見渡すと先行者のルアーがクリスマスツリーの飾りのように木々からぶら下がっている」ので、「ルアーを失くすことはあるが、拾うこともある」と語っています。
 また、ストリンガーについて、「帰る間際まで魚の新鮮さを保つためにあるが、同時に今日釣り上げた魚を誇示する装置でもある」として、「防波堤で海に下ろしたストリンガーを見ると必ずどんな釣果なのかあげてみたくなるのが釣り師の心情である」と語り、「ストリンガーにかける魚はやはり一定の大きさが要求される」として、「ストリンガーには丸太のようなスズキ、体高のあるクロダイがよく似合う」と語っています。
 第4章「孤独者の暖炉――読書編」では、「一番、好きな釣りエッセー」として、森下雨村の『猿猴川に死す』を挙げ、「森下の思いは釣りの向こう側の風景にあったのだろう。それは人である」として、「人物像の彫込みが深く、釣りをする人々の喜びや悲しみがやさしいまなざしで刻まれている」と語っています
 そして、「釣り師はそれぞれに、釣りに絡ませたもうひとつの楽しみを持っているはずだ」として、「釣りとの組合せで多いのが温泉である」と述べ、つげ義春の挿絵が入った大崎紀夫の『全国雑魚釣り温泉の旅』を取り上げています。
 また、「装丁ベスト1」として、佐藤垢石の『釣の本』を挙げ、垢石の一生は、「酒と釣りに明け暮れた、まさに釣り人の夢を代弁したような男である」と紹介してます。
 さらに、つげ義春の代表作「紅い花」について、「暗く、うらぶれた作品も多い中で、『紅い花』はどこか明るく救いのある作品に仕上がっている。釣り文学史の中にぜひ、入れたい名作である」と述べています。
 本書は、道具を通じて、釣り人の生き様や考え方をよく表している一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者が「小物編」で、「誰もいない防波堤、磯などでかける」ラジオについて、「井上陽水の『小春おばさん』が小さな箱から流れ出す」と語っているところは、さすがは九州の人だと感じます。
 関東の人間には想像がつきにくいところですが、九州のというか福岡の人はとっても陽水が大好きなようです。


■ どんな人にオススメ?

・釣りは道具じゃないと思う人。


■ 関連しそうな本

 森下 雨村 『猿猴 川に死す―現代によみがえった幻の釣りエッセイ』
 森下 雨村 『釣りは天国』
 森下雨村 『森下雨村探偵小説選』
 大崎 紀夫 『全国雑魚釣り温泉の旅』
 佐藤 垢石 『釣の本』
 つげ 義春 『紅い花』


■ 百夜百マンガ

ペナントレースやまだたいちの奇蹟【ペナントレースやまだたいちの奇蹟 】

 二匹目のどじょうというほど大ヒットはしてないのですが、愚直なまでにジャンプの思想を表したこういう作品があることが必要なのでしょう。


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2008年10月19日

駅前旅館をいとおしむ―昭和の面影が残る旅の宿

■ 書籍情報

駅前旅館をいとおしむ―昭和の面影が残る旅の宿   【駅前旅館をいとおしむ―昭和の面影が残る旅の宿】(#1368)

  松尾 定行
  価格: ¥1680 (税込)
  クラッセ(2008/03)

 本書は、「今や探して見つけ出さなければならない」駅前旅館の現状をレポートしたものです。
 著者は、「『迎え入れる側』と『お世話になる側』の飾らない心と心のふれあいがあるからこそ、駅前旅館に泊まる『鉄道の旅』は面白いのだ」として、「駅前旅館に残る"暖かさ"こそが『鉄道の旅』の真髄だ」と述べています。
 第1章「日本最後の駅前旅館に泊まった」では、著者がこの「駅前旅館めぐり」で、3回宿泊を断られているとして、
・播州赤穂の駅近旅館
・奈良県のローカル線の駅前旅館
・長野県の駅前旅館
の3軒を挙げ、「駅前旅館は、成り行きで"飛び込む"のが基本だ」という考えを述べ、「細かなスケジュールを組まない気ままな『きしゃ旅』や、仕事がどこでどういう風に進むか見通しの立たない取材旅行などのとき、暗くなってから突然、玄関のガラス戸を開けても、、快く迎えてくれる駅前旅館は、本当にありがたい存在だ」と述べています。
 また、山陽線の竜野駅の「中村屋」を取り上げ、「なんでもない『昭和の情景』が思いがけず、播州平野の西端に残っている。駅前旅館から下駄を履いて歩いていける」として、山陽道「正條宿」の面影を残す通りを紹介しています。
 さらに、予讃線坂出駅の「旅館 松の下」について、「なんとかつづけているのは、お遍路さんのおかげですね」とする主人のコメントを紹介しています。
 鹿児島線の戸畑駅の「いくよ旅館」では、「駅前旅館を切り盛りする人たちの高齢化が進み、全国的に食事は出せなくなっているところが少なくない」と述べ、昭和30年代の全盛期には、「戸畑を訪れる歌舞伎役者、歌手、映画俳優、相撲取りなどの多くが『いくよ旅館』に泊まった」と述べています。
 第2章「駅前旅館・駅近温泉旅館・駅近冷泉民宿に泊まるローカル線の旅」では、会津鉄道の湯野上温泉駅の旅館「清水屋」が、「部屋の目の前が、庭の池を挟んで会津鉄道の線路」であることについて、「『鉄道の旅』にとって、最上級の名旅館と言うべきだ。大浴場もガラスの窓を開ければ線路」と絶賛しています。
 飯田線の鳥居駅については、「全国に9千余りを数える駅の中で、実在した人物の名を駅名としている駅は」数えるほどしかないと述べています。
 そして、飯田線の車窓を印象付ける川として、
(1)天竜川は大河
(2)板敷川は清流
(3)水窪川は激流
の3つを挙げています。
 第3章「駅前旅館 全国現況リスト」では、取材の中で、「電話をかけると、遺憾なことに、とても客商売をしている人の応対とは思えない旅館がままある」理由として、
(1)休業(廃業)の決断を迫られている最中で、出版物に掲載するから色々教えて欲しい──と問いかけられても、とまどうばかりというケース
(2)日本人の古くからの負の面、意固地な部分の現われと思われるケース。逆に、かたくなであればこそ平成の今日なお、駅前で日本旅館を営んでいられるのだ。
の2点を挙げています。
 本書は、今では数少なくなった「駅前旅館」の現状を追った貴重な一冊です。


■ 個人的な視点から

 「駅前旅館」と言うと井伏鱒二原作の映画を思い出す人が多いと思いますが、著者によれば、DVDを見たけど駅前の様子はほとんど出てこなかったそうです。
 ちなみに、井伏鱒二と言えば、ガンダムファンとして有名だそうです。本当??


■ どんな人にオススメ?

・駅前の旅館に泊まりたい鉄道ファン


■ 関連しそうな本

 大穂 耕一郎 『駅前旅館に泊まるローカル線の旅』
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 野田 隆 『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 2008年03月08日
 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 丸田 祥三 『鉄道廃墟』


■ 百夜百音

Music From The Magic Shop【Music From The Magic Shop】 おおはた雄一 オリジナル盤発売: 2008

 コニーちゃんことクリス智子さんが参加、ということですが、そういえばコニーちゃんの「バブル・バス・ガール」ってどこかで入手できないですかね。

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2008年09月23日

アニキの時代―Vシネマから見たアニキ考

■ 書籍情報

アニキの時代―Vシネマから見たアニキ考   【アニキの時代―Vシネマから見たアニキ考】(#1342)

  谷岡 雅樹
  価格: ¥777 (税込)
  角川マガジンズ(2008/01)

 本書は、「オヤジよりもむしろ、ヌエ的に、飄々と賢くたくましく生き抜く」アニキを取り上げた、「オレたちのアニキ論」です。
 第1章「地上を跋扈するアニキたち」では、「アニキ」とは、「親という第三者を介さずに、直接に契りを結ぶもの」であり、「直接、兄と弟に値する人物が尊敬しあって、もしくはホモ的な要素も加味して、二人が互いの絆を誓う」と述べ、「一家(組織)とは関係無しに一対一で結ぶ関係である以上、むしろ父性や父親原理を否定したところから生まれてきた考え方」だと述べています。
 そして、90年代に、「フリーターや、ヘタレや、オタクや、ニートが育っていく中で、アニキという存在はどんどん渇望され」、「その渇望と待望の中から、90年代、怒涛の攻めを繰り出してくるのが『Vシネマ』であった』と述べています。
 第2章「アニキを生み出したVシネマの世界」では、「手本が無かった。自ら作った業界、世界だけあって、オヤジがいなかった」、「大御所」たちが、「昔の名前でメガホンをとるが、自らが粗製乱造に手を貸して、製作費の減少とともに」去って行った、「残るはアニキだけである」と述べています。
 そして、「新宿騒乱時代の正統後継者の一人」である哀川翔が、「脆弱な製作体制のVシネマ世界で、そして若者の芽を摘み取る政策の時代の中で、アニキとなった。それはもう、自分しか(玉を取りに)行く者がいなくなっての緊急当番であった」と述べています。
 また、「ベスト・オブ・弟分」中野秀雄について、「数々のアニキたちを、後から前から、脇から支えているような、その佇まいが、垣間見えるせいであろう」と述べています。
 著者は、「Vシネマの製作現場自体はもはや恵まれておらず、暴対法で排除されてきたヤクザ動揺の疲弊が、テーマに選ぶ作品(たとえば実録物)とダブることで不思議な表現力を生み出している」として、「この条件を生かすべきである」、「せめて、その迫力を、カネがなくとも知恵で見せてほしい」と述べています。
 第3章「わが国のアニキ史」では、「これまでリーダーとは、地縁血縁の共同体を代表することで、引き継がれてきた」が、著者は、「同じ仲間がアニキを(パートナーシップの上での)社長として、存在させる。親分が全部責任を取る時代は終わった。血筋が幅を利かせる時代は終わったのである」として、「価値の転換が起きる」時代に、「指導力を持つのは、これまでの価値の継承者ではない」、「アニキは、この世襲制を、がんじがらめの差別態勢をぶっ壊すものである」と述べています。
 また、日本映画の中で、「兄弟分を意味する『兄弟』の付くタイトル」について、菅原文太が「ほぼ独占している」理由について、「まずチンピラで売り出したスターは菅原文太だった」として、文太が「アニキとなるために」、俊藤浩滋プロデューサーという「親を斬った」のだと解説しています。
 最終章「そして小沢のアニキへ」では、「なぜ、この山賊の世間での注目度は、実際の力量から見て驚くほどに低いのか。結局は一人だけ、今のところ最後まで発見されずに居残り佐平次となっている」と述べています。
 本書は、「オヤジ」ではなく「アニキ」の時代となった現代をVシネマを通じて解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 一般に「兄貴」と言ったときには、「超兄貴」とかのボディビルダーみたいのだったり、水木一郎だったりというのをイメージするかと思いますが、基本は、『傷だらけの天使』の水谷豊の雰囲気なのでしょうか。
 正直なところ、Vシネマっぽい文体というやつは読みにくかったです。


■ どんな人にオススメ?

・「アニキ」という言葉に惹かれてしまう人。


■ 関連しそうな本

 谷岡 雅樹 『Vシネ血風録』
 谷岡 雅樹 『キング・オブ・Vシネマ―ゴールドカタログ100選』
 哀川 翔, 谷岡 雅樹 『哀川翔―鉄砲弾伝説 (谷岡雅樹のナイフの横顔)』
 谷岡 雅樹 『Vシネマ魂―二千本のどしゃぶりをいつくしみ…』
 谷岡 雅樹 『三文ガン患者』
 木全 公彦, 谷岡 雅樹 『映画業界で働く―映画プロデューサー・配給・宣伝・興行・字幕翻訳家etc.』


■ 百夜百音

ベスト&ベスト【ベスト&ベスト】 堀江美都子 オリジナル盤発売: 1995

 ハクション大魔王の「アクビ娘」の歌もいいですが、「けろっこデメタン」も覚えています。それにしても、蛙版のロミオとジュリエットだとは気づきませんでした。タツノッコン王国にも見かけなかった気がします。


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2008年09月21日

テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代

■ 書籍情報

テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代   【テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代】(#1340)

  長谷 正人
  価格: ¥2,520 (税込)
  青弓社(2007/11/24)

 本書は、「自作自演」を分析のキーワードに、「情報」と「演出」の亀裂を埋めるようなテレビ的言説の構築を目指したものです。
 第1章「開拓者の時代」では、「70年代のバラエティ」が「見る番組を選ばなければならないという悩ましくもうれしい選択を強いることによって、視聴者の側にテレビそのものに触れるという経験をもたらす」ことで、「視聴者を引き連れ、あるいは逆に視聴者に先導されながら、テレビという土地に様々なフロンティアを開拓し、テレビと自らを重ね合わせていくさま」をたどるとしています。
 そして、視聴者の位置取りについて、「一方で、観客が視聴者そのものであるという側面」があり、「もう一方で、それは、観客と視聴者とは一体ではない」と述べています。
 また、タモリの「出世」のスピードには、「個人の力量にすべてを帰着させることをためらわせる何かがある」として、「やはり内輪ウケということではないか」と述べ、「テレビが一つの固有の遊びの空間になり始めた」として、「『全員集合』が一つの番組の枠内で週に一度実現していた大きな内輪ウケの共同体が、テレビ全体に拡大し、常態化し始めた」と述べています。
 第2章「視るものとしての歌謡曲」では、60年代後半のGSブームについて、「それまで作詞・作曲家についてはレコード会社と専属契約を結ぶという形が主流」であったが、「GSについては、一過性のブームと大方は受け取り、また曲風が従来の歌謡曲とは大きく異なっていたために、専属作家が曲を提供する対象にはならなかった」ため、「GSブームをきっかけとして、専属契約を結んでいないフリーの作詞・作曲家が大きく頭角を現すこと」になったと述べ、GSが、「フリー作家の台頭を可能にするという意味で、より実質的な規制の秩序の破壊を実現するという面があった」と解説しています。
 そして、『スター誕生!』を企画した作詞家阿久悠が、
(1)テレビ時代にふさわしい歌手の発掘
(2)作詞・作曲家の地位の向上
の2つの意図を持っていたとして、「こうした番組企画の意図から読み取れるのは、『歌謡界』のさらなる自己変革ということに他ならない」と述べています。
 第3章「ドキュメンタリー青春時代の終焉」では、「1970年代は、ドキュメンタリーとテレビにとって大きな転回点だった。70年代とは、それまでのテレビのルールが根本的に否定されると同時に、現在のテレビへとつながる新しいルールが作り出された時代だった」と述べ、1960年代末に登場した『ドキュメンタリー青春」と、東京12チャンネルの担当ディレクターの田原総一朗を取り上げています。
 そして、田原が、ドキュメンタリーの制作を、「個性的な出演者と製作者の対決の場だと考えていた。彼にとってドキュメンタリーとは、出演者を追い詰めるための『罠』であり、製作者と出演者が対決を行うための『土俵』であった」として、ジャズ・ピアニストの山下洋輔が出演した「バリケードの中のジャズ」を紹介しています。
 また、田原の『テレビディレクター』を呼んで、テレビに入ることを志した、日本テレビの土屋敏男が手がけた、『進め!電波少年』などの「ドキュメント・バラエティ」の手法が、「間違いなく『テレビ自身を見せるテレビ』の正当な末裔である」と述べています。
 第4章「日常性と非日常性の相克」では、「テレビドラマが1983年以降、日常生活のロマン主義化とでも呼ぶべき方向へと変容していくプロセスの中で捨ててしまったものが何か」を問いかけています。
 そして、山田太一作品の凄みとして、「日常への非日常的暴発の瞬間をドラマチックに描いたところにあるわけではない。むしろ反対に、そのような非日常的爆発の後で、それを再び日常生活のなかに折り畳んでいく、そのプロセスを描いたところにある」と述べています。
 著者は、「ロマンチックなものに日常生活を支配されることによって、かえってロマンチックなものを夢見る方法を忘れてしまったこと。それが現代の生活文化とテレビの最大の危機」だと指摘しています。
 第5章「コマーシャルの転回点としての70年代」では、若者を中心に「CMに発熱した」70年代について、CMソングライター(としての)大瀧詠一、CMディレクター杉山登志(とその死)、CMディレクター川崎徹、コピーライター糸井重里らを取り上げ、「テレビ史の転回点──一つの様式の完成と同時に、その様式を崩す手法の胚胎の時期──としての70年代」を描き出すとしています。
 また、山下達郎や大瀧詠一、ムーンライダーズらについて、「80年代に才能が開花するモダンなクリエイターらにとって、CM音楽は修行時代を支えたパトロン的な存在だった。気まぐれで厳しいクライアントのオーダーをこなして、それを『商品としての音楽』として完成させるCM音楽は、のちのプロデュース・ワークに結びつく貴重な体験だったはず」だとする、田中雄二の解説を紹介しています。
 第6章「テレビと大晦日」では、メディア・イベントとしての大晦日について、「『局間の垣根の消失=無礼講』が非日常の空間を生み出す重要な要素になっている」と述べた上で、「1975年を転換点として、大晦日のテレビが『秩序』から『混沌』へと変容し、壮大なる無礼講空間へと姿を変えていく様子は、テレビにとって非日常とは何であるかの変容を意味する」と述べています。
 そして、帝国劇場の『レコ大』から東京宝塚劇場で行われていた『紅白』への移動という「神風出演」こそが、「視聴者の創造力において大晦日番組を一体とするのに重要な役割を果たしていた」として、「当時は局間の垣根が高く、他局の番組についてふれるのは原則としてご法度だった」と述べ、「神風出演という大晦日ならではの架橋は、複数のテレビ局が共同で生み出す大晦日というメディア・イベントの存在を立体視させた」と述べています。
 第7章「『女子アナ』以前 あるいは"1980年代/フジテレビ的なるもの"の下部構造」では、80年代に行われた一連の組織改革のなかで、「プロダクションの本社復帰」が「制作現場の空気を一変させた」として、「在籍する女性アナウンサーに『ポツダム社員』同様フジテレビの正社員としての地位を与えられたことが、いわゆる『女子アナ』誕生のきっかけだった」と述べ、それまで厳然と存在していた「25歳定年制」について解説しています。
 本書は、テレビが面白かった70年代を理論付けて解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 子供の頃の大晦日の目標は、「紅白をトリまで見る」、「ゆく年くる年をみる」というものだったような気がしますが、いつも目標かなわず寝てしまっていました。で、最後まで起きていられるようになるころには紅白は面白く感じなくなり、つまらないから早く寝るようになってしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・70年代にテレビが大好きだった人。


■ 関連しそうな本

 田村 隆 『「ゲバゲバ」「みごろ!たべごろ!」「全員集合」―ぼくの書いた笑テレビ』
 大橋 巨泉 『ゲバゲバ70年!大橋巨泉自伝』
 山田 満郎, 加藤 義彦 『8時だョ!全員集合の作り方―笑いを生み出すテレビ美術』
 ジョン フィスク, ジョン ハートレー (著), 池村 六郎 (翻訳) 『テレビを"読む"』
 佐藤 卓己 『テレビ的教養』
 田原 総一朗 『テレビと権力』


■ 百夜百音

Re:Package【Re:Package】 livetune feat.初音ミク オリジナル盤発売: 2008

 こういう形で作品を発表してCDとして発売されるようになるなんて、すでに「初音ミク」という一大ジャンルが形成されてしまっている感じです。

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2008年09月15日

煙る鯨影

■ 書籍情報

煙る鯨影   【煙る鯨影】(#1334)

  駒村 吉重
  価格: ¥1470 (税込)
  小学館(2008/1/31)

 本書は、日本にたった5艘だけある沿岸商業捕鯨の船に5ヶ月間乗り込んだルポルタージュです。著者は、「いまも、日本沿岸の海域で鯨を追う現役の鯨捕りたち」の話を書きたい、という一心から、そのうちの一艘「第七勝丸」に、「春から秋にかけ、日本の沿岸を渡り歩いて鯨を追う旅路」に同行しています。
 プロローグ「捕鯨が来た道」では、和歌山県太地町の捕鯨の歴史を語る上で外すことができない「あの事故」、明治11年12月24日に起きた「大背美流れ(おおせみながれ)」と呼ばれる、百十四名の命を失った大事故を紹介しています。
 第1章「熊野灘へ」では、知人の編集者から、「商業捕鯨の船が実在するってことを、いったいどのくらいの人が知ってるんでしょう。乗ることができたら、面白いじゃないですか」との言葉をきっかけに捕鯨の世界に片足を突っ込んだことを語っています。
 そして、取材する先々で、捕鯨に賛成か反対かの「二分論の前を避けて通ることは、まずもって難しかった」が、「強いて言うなら、数少ない捕鯨国の一つである日本の中にあってすら、置き去りにされたような商業捕鯨の現場に身を置く男の姿に興味があるだけだった。あるいは、まるで将来の見えないその業界で、腕一本を拠りどころに飯を食っている職人たちに、ごく自然と畏敬の念をもっただけのことだった」と語っています。
 著者は、太地町の捕鯨船勝丸に身をおくことについて、「まずそのことの難しさを思う。たった7人しかいない小さな船に、明らかに歓迎されない人間が一人混じるという図式は、ちょっと考えるだけでも気を滅入らせた」と語っています。
 第2章「見えぬ『烏帽子』」では、「初日に幸先よく2頭を仕留めたのを最後に、ぱたりとゴンドウ鯨の姿が見えなくなってしまった」ことについて、「捕鯨船に限らず、マグロ漁船など大物を追う船に強い考え方」として、「取材者のような部外者を乗せた場合、海神はその船に恵みを与えることをやめてしまう」という「ジンクス」があると語っています。
 第3章「ゴンドウ鯨」では、太地沖でゴンドウ鯨の捕獲が本格的に始まったきっかけとして、明治11年の「大背美流れ」を挙げ、「働き盛りの男たちと、鯨方という大組織を失った太地浦では、物理的に大型捕鯨を再興するのは不可能となっていた」と述べています。
 そして、「知る限り、太地ほどゴンドウ肉のかぐわしい臭味を偏愛する土地は、他にあるまい」と語っています。
 また、大型捕鯨船の砲手の性格は、「気が強くって、くよくよしない。ドンガラ(捕鯨砲の的を外すこと)打っても、ナンヨっという図太い顔ができる」ことを紹介しています。
 第4章「昼下がりの岩門」では、太地の喫茶店の奥さんから、太地が、「じっと見られてる感じがしますでしょ」、そして、「おかずが来るんですよ、夕方になると近所から」と聞かされたことを語り、「どうやら太地とは、そんなところらしい」と語っています。
 そして、「捕鯨モラトリアムにより熱烈に一般の鯨肉市場に迎えられ」、「バブル」と言われるほどであったツチ肉が、「調査の副産物により、早々に退席を余儀なくされた」と述べています。
 第5章「列車のなかで」では、千葉県の和田浦に向かう車中で捕鯨の歴史を振り返りながら、昔は、「各船にいた、年配者の艫取りが古いしきたりを厳格に守らせていたようが、昭和50年代中ごろからは、海と鯨を怖れ崇める敬虔な光景もすっかり潰えた」こと、そして、俳優の菅原文太がレポーターを務めたNHK教育テレビで勝丸の船主・磯根翁を訪ねた際に、「母船の加工工場で加工の追いつかない鯨肉がぞんざいに放られるのを目撃したこと」を語り、「南氷洋はひどい……」という声を「やっと絞り出した」ことを挙げ、「日本の捕鯨は、どこかで豹変した」と語っています。
 第6章「ツチ鯨」では、「ツチ漁を語るとき、鯨捕りたちの口調は、まるで眼前の鬼門を凝視するかのように小難しくなる」として、「他の鯨に比べても極めて用心深く臆病な性質」に加え、「千メートル以上を軽々と潜り、40分以上も水中を泳ぎまわることが可能な、驚異的な潜水能力を備えている」ことをあげています。
 また、「房総半島の切っ先にある浦々は、熊野灘に面した紀州の鯨どころ同様、鯨とのつき合いが古い」として、「江戸の昔から、安房といえばツチ」だと述べ、「安房は、セミなナガスといった大型の髭鯨を捕るために網捕り法を見事に完成させた太地とはまた違う、独自の捕鯨文化を生んだ地であった」と語っています。
 そして、「和田に来て、つくづく知らされた」として、「どうやら、土地の人びとにとってツチ鯨とは、多分にお題目になりがちな古き良き歴史文化財の類などではなく、いまも暮らしの一部として欠かせない身近な存在であるらしい」と述べています。
 第7章「追尾」では、「鯨を仕留めた後にしなければならない、重要な仕事」として、
(1)引き寄せた鯨の首元か手羽の付け根辺りの急所に、ジャンスと呼ばれる槍を入念に突き込み、完全に息を断っておく必要がある。
(2)ロープをかけて右の舷側まで鯨を引き寄せた段階で、長柄の「腹さき」で首元の頚動脈を断ち、腹を開き、肉に血が回らないようにすること。
(3)艫デッキのウインチも使って巧みにロープを操り、巨体を徐々に艫側に持っていき、船尾の右側に尾を結わえ付ける。
の3点を挙げています。
 第8章「和田の解剖場」では、「国道沿いで鯨料理のレストランを営むママ」が、「和田の夏はツチでしょう。この季節、ツチ食べな、何食べるの」といって、「ツチ捕る船に乗るなら、肉の味ぐらい知っておいたほうがいいでしょ」と、揚げたてのツチ肉のフライを出してくれたことを語っています。
 そして、「待望の一頭の商品価値が、あられもなく崩落するさまをつぶさに見せ付けられた私は、和田の人々が持つ妥協のない評価基準に敬服しつつも、しばし唖然とさせられた」と語っています。
 第10章「沈黙の根室海峡」では、ツチ鯨を仕留めた勝丸が港に戻ったときに、「いつもならボランティアの学生らや見物人が大勢詰め掛けているはずの、港前の解剖場に、まったく人気がなかった」という「異変」に気づき、「髭鯨肉の不足を補ってきたツチ肉が、その役割を完全に終えたという、市場の厳しい現実を、勝丸はあらためて突きつけられたのだ」と語っています。
 第11章「大漁満足」では、「いつまで勝丸にとどまるべきかを、真剣に考えざる」を得なくなった著者が、自身が3年前にパレスチナ自治区のガザに入って身動きが取れなくなった経験を思い起こし、「煎じ詰めれば、すべては私自身が食うためでしかないのである」、「汗の流さず血も浴びず、無力で無責任な傍観者となって、ただ何かを観るためだけに、他社の人生にふらっと立ち入り、とっとと去っていく。紛れもなく、それが私の仕事なのであった」と語って慰安す。
 本書は、近海商業捕鯨という知られざる世界を舞台に、そこで営まれる海の男たちの人生を描いた一冊です。


■ 個人的な視点から

 第8章に登場する、国道沿いの鯨料理のレストランのママというのは、おそらく和田のおかみさん会の八千代さんではないかと思います。
 「ぴーまん」の料理も美味しいですが、併設の「櫟」も雰囲気がいいですよ。


■ どんな人にオススメ?

・鯨は遠くの海で捕れていると思っている人。


■ 関連しそうな本

 渡邊 洋之 『捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間』 2008年01月31日
  『鯨類生態学読本』
 小松 正之 『クジラと日本人―食べてこそ共存できる人間と海の関係』
 小松 正之, 日本水産学会 『よくわかるクジラ論争―捕鯨の未来をひらく』
 大隅 清治 『クジラと日本人』
 星川 淳 『日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか』


■ 百夜百音

つのだ☆ひろエッセンシャル・ベスト【つのだ☆ひろエッセンシャル・ベスト】 つのだ☆ひろ オリジナル盤発売: 2007

 つのだ☆ひろと言えばこの曲。それにしても、名前の間にある「☆」は未だに謎です。「漫☆画太郎」など、その影響は大きいようです。

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2008年08月31日

フー・アー・ユー?

■ 書籍情報

フー・アー・ユー?   【フー・アー・ユー?】(#1319)

  のり・たまみ
  価格: ¥840 (税込)
  扶桑社(2007/11/2)

 本書は、「みんなの代表者」である政治家の「おかしな『発言』を集めた」ものです。「おかしな発言」と言えば例のあの大統領も当然登場します。それも何度も。
 本書のタイトルになっている「フー・アー・ユー?」は、2000年5月にワシントンでの日米首脳会談で当時の森喜朗首相がクリントン大統領に向かっての一言と伝えられています。「もちろん、森元総理がクリントン大統領を知らなかったわけではなく」、「人と会ったときの挨拶として『ハウ・アー・ユー(お元気ですか?)』と言うように覚えていた」が、言い間違えて「フー・アー・ユー(あなたは誰?)」とやってしまったと解説されています。そして、クリントン大統領が、「ヒラリーの夫です」と機転を利かしたにもかかわらず、「私もです(ミー・トゥー)」とやらかした、という落ちまでついています。
 佐藤栄作元総理が、1964年に、「人気のある政治家・大野伴睦氏が『伴ちゃん』と呼ばれたことに対抗して」、「高圧的・官僚的」な自分のキャラクターをわきまえず、「栄ちゃんと呼ばれたい」と発言した事に関して、横山ノック議員が、ほんとうに「栄ちゃん」と呼びかけたときに、「とても不快そうに見下した」という逸話が残っており、「実際に呼ばれて嫌なら、最初からそんなこと言わなければいいのに」と述べています。
 本書の真の主人公とも言えるブッシュ・アメリカ大統領については、2001年7月19日のロンドン訪問の際に、子供から「ホワイトハウスはどんな所なんですか?」と質問され、「白いよ」と答えた、という代表的な「迷言」を取り上げています。
 そして、大統領就任前のカリフォルニア州知事時代には、「私の知能が足りないと思っている人間はその事実をまだ甘くみている」と発言し、その後の8年間をこの段階で予言してしまっています。
 海部俊樹元総理が、初めて衆議院議員に立候補した1960年のキャッチフレーズ「サイフは落としてもカイフは落とすな」は、それ以来16回の当選を重ね、現職では当選回数で最古参となっており、「第29回衆議院選挙にこのキャッチフレーズで初当選したのが29歳。そのため『第29回総選挙に29歳で初当選したから、29年後には総理大臣になる』と公言するように」なったところ、「本当に、初当選から29年後の1989年、内閣総理大臣に」なったことが紹介されています。
 「ヤジ将軍」のあだ名を持っていた元衆議院議員の三木武吉市は、1946年に他党の候補から「妾が4人もいる候補がいる」と攻撃された際に、「愛人は5人であります」と即答し、「もっともいずれの愛人も年をとって廃馬となり役に立ちませんが、これを捨て去るごとき不人情は三木武吉にはできませんから、みな養っております」と返したことで聴衆の拍手を浴びたことを紹介しています。
 現在は、事務所費問題で脚光を浴び、その直前には、食の安全について「消費者がやかましい」と発言して話題を振りまいた農林水産大臣を務めている太田誠一衆議院議員については、2003年6月26日に当時の「スーパーフリー事件」に絡めて、「集団レイプをする人は、まだ元気があっていいんじゃないですかね。正常に近い」と発言したことを伝えています。
 「小泉チルドレン」と呼ばれる議員の中でも子供っぽい「チルドレン」ぶりを伝えられることが多い杉村太蔵衆議院議員については、「『棚からぼた餅』という言葉は僕のためにあるような言葉」と余りにストレートに気持ちを発言して有名になったことを伝えています。ほかには、「料亭行ったことないですよ、行ってみたいですよ! 料亭!」「国会議員はJR全部タダですよ!」「大臣に選ばれちゃったらどーしよ! うひゃ!」など、秀逸です。
 本書には、これら耳を疑うような迷言とは逆に、政治家の立派さを示すような発言として、1957年に石橋湛山総理が発言した「皆さんから嫌がられることをする。ご機嫌もうかわない」という決意表明を紹介しています。しかし、この直後老人性肺炎になり、在任65日で総理を辞職してしまったことを伝えています。
 本書は、政治家がわれわれと同じ人間であることを再認識させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 失言・迷言の類では、日本にも森喜朗元総理という第一人者がいますが、アメリカの現職にはかないません。この2人の首脳会談の内容というのも、関係者は相当ひやひやさせられたのではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・政治家は大変だと思う人。


■ 関連しそうな本

 のり・たまみ 『へんなほうりつ』
 盛田 則夫 『世界のとんでも法律集』
 村井 理子 『ブッシュ妄言録―ブッシュとおかしな仲間たち』
 西森 マリー 『警告!絶対にマネをしてはいけない「ブッシュ君」英語集―正しい英語例つき』
 大月 隆寛 『ニッポンの恥!』
 ルーシー・ケイヴ 『世界一おバカなセレブ語録』


■ 百夜百音

フー・アー・ユー【フー・アー・ユー】 ザ・フー オリジナル盤発売: 1978

 腕をぐるぐる振り回す「ウインドミル奏法」で有名なグループ。ギタリストのピート・タウンゼントは轟音がたたって難聴になってしまったそうです。


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2008年08月30日

世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史

■ 書籍情報

世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史   【世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史】(#1318)

  トム・スタンデージ
  価格: ¥2415 (税込)
  インターシフト(2007/05)

 本書は、「ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラ」という「各時代の中心的存在だった飲み物によって世界を区分け」したもので、著者は、「飲み物は一般に考えられているよりも密接に歴史と結びつき、人類の発展に大きな影響を与えている」と述べています。
 第1章「石器時代の醸造物」では、ビールについて、「最初に栽培した作物、大麦と小麦を原料とするこの飲み物が黎明期の文明を支え、社会、宗教、経済生活において中心的役割を果たすことになる」と述べ、「紀元前4000年までには、近東一帯に普及していた」と述べています。
 そして、パンとビールについて、「醸造にパンを使うというメソポタミア人の手法」が、「考古学者の間で激しい議論の的になっている」とした上で、「両者はいわばコインの表と裏のようなもので、パンは固いビールであり、ビールは液体のパンだったのである」と述べています。
 第2章「文明化されたビール」では、「メソポタミア人もエジプト人も、ビールは古代に神から与えられた飲み物で、自らの存在の基盤であり、文化的および宗教的アイデンティティの一部を形成し、社会的に非常に重要な意味を持つものと考えていた」として、「ビールはまさに、最古の二大文明を特徴付ける飲み物だった」と述べています。
 第3章「ワインの喜び」では、「ギリシアでは、ワインは庶民的といえる飲み物だったが、それでもなお、ワインはある階層と別の階層とを区別する際の目安になった」と述べたうえで、「たとえ上質なワインでも、水を加えずに飲むことは野蛮な行為である、とギリシア人、とりわけアテナイの人々は考えた」と述べ、一方、「ワインをまったく飲まないのは、ワインをそのまま飲むのと同じくらい悪いこととされた」と述べています。
 第4章「帝国のブドウの木」では、「裕福なローマ人たちは最上級ワインを楽しみ、それほど豊かでない人々は質の劣るワインを飲んだ」として、「コンビビウムと呼ばれた晩餐会への出席者には、それぞれの社会的地位にふさわしいとされるワインが出された」と述べ、「古代ローマには、伝説的高級ワインのファレルヌムから最低ランクのローラまで、各階層向けのワインが存在した」と解説しています。
 著者は、「ギリシア人とローマ人のワインに対する態度は、もともと古代の近東文化の中でその基礎が作られたものだが、さまざまな形で現在まで受け継がれ、世界各地に広まっている」として、「現代においてもワインが富、権力、地位と密接な関係にある」と述べています。
 第5章「蒸留酒(スピリッツ)と公海」では、「成分を単離・精製するために、液体をいったん蒸発させてから再び凝結する」という「蒸留法」が、「誕生は古代にまでさかのぼる」とした上で、「ワインを蒸留する習慣を取り入れたのはアラブ世界が初めてだった」と述べ、「蒸留の知識は、アラビア人学者が守り、そして発展させた数ある古代の英知の一つだった」として、「alchol(アルコール)という単語は、蒸留酒の起源がアラビアの錬金術師の実験室にあることを表している」と解説しています。
 そして、アフリカの奴隷商人が奴隷との交換品として、「布地、貝殻、金属製の器、水差し、銅板など」をヨーロッパ人から受け取った中で、「一番ほしがったのは強いアルコール飲料だった」と述べています。
 また、バルバドスの入植者たちが、「砂糖作りでできる副産物を発酵させ、これを蒸留して強力なアルコール飲料を作る方法」をブラジルから手に入れ、バルバドスでは、改良により、「それまでは何の価値もない余り物とされていた糖蜜を使ったケイン・ブランデーの製造法を開発」し、この飲み物が「キル・デビル(悪魔殺し)」と呼ばれ、さらに、もともと「騒々しいけんか、暴力騒ぎ」を意味するイギリス南部の俗語である「ラムバリオン」と呼ばれ、まもなく「ラム」と呼ばれ、「まずはカリブ諸島全域に、続いて世界各地に広まる」と解説しています。
 第6章「アメリカを建国した飲み物」では、「ニューイングランドの酒造業者たちにイギリス領の砂糖業者から糖蜜を買わせること」を目的とした「糖蜜法」が、「遵守されず、その制定は入植者たちを憤慨させた」と述べ、「ラム酒と糖蜜に対する関税はアメリカ植民地のイギリスからの分離のきっかけになるとともに、ラム酒に強烈な革命の香りを加えた」と述べています。
 そして、ヨーロッパからアメリカにやってきた入植者たちが、「蒸留酒で奴隷を購入し、服従させ、管理しただけではなく、蒸留酒に対するアメリカ先住民の狂信的な態度を、彼らに対する支配手段として意図的に利用した」と述べ、この狂信的態度のルーツについて、「幻覚作用のある在来種の植物と同じく、蒸留酒は超自然的な力を備えており、これを飲む者は完全に酩酊して初めてその力に近づくことができる、というアメリカ先住民の思い込みがもとになっているようだ」と解説しています。
 著者は、「銃器および伝染病と並び、蒸留酒は旧世界の人々が新世界の支配者になる手助けをすることで、近代社会の形成に寄与した。蒸留酒は、数百万の人々の奴隷化および強制的移動、新しい国家の建国、土着文化の征服の一翼を担ったのである」と解説しています。
 第7章「覚醒をもたらす、素晴らしき飲み物」では、ガリレオやベーコンら先駆者につづく、「合理的探求の精神」が、西洋思想会の主流として広がったとして、「新合理主義のヨーロッパへの広まりと同時に、コーヒーという、明敏な思考を促す新種の飲み物も普及した」と述べ、コーヒーが、「飲むものを酩酊させる代わりに覚醒を促し、感覚を鈍らせて現実を覆い隠す代わりに知覚を鋭敏にする飲料」と考えられたと解説しています。
 また、フランス領だった西インド諸島にコーヒーを持ち込んだ、フランス海軍士官ガブリエル・マテュー・ド・クリューが、当時パリの王立植物園にあったルイ14世のコーヒーの木から王の主治医を介してコーヒーの切り枝を入手し、大西洋を渡る旅の間、「わずかな水を、大いなる希望の源であるコーヒーの切り枝と分け合わなければならなかった」と語っていることを紹介しています。
 第8章「コーヒーハウス・インターネット」では、17世紀のヨーロッパのビジネスマンが、最新の情報を入手したければ、「コーヒーハウスに行きさえすればよかった」と述べ、「ヨーロッパのコーヒーハウスは、科学者、ビジネスマン、作家、政治家たちの情報交換の場だった。現代のホームページと同じく、コーヒーハウスは最新の、そしてしばしば信用のならない情報の発信源であり、それぞれの店が専門の話題、または独自の政治的視点を持っているのが普通だった」と解説し、「ヨーロッパのコーヒーハウスは全体で、理性の時代のインターネットの役割を果たした」と述べています。
 そして、「国家と民間双方の金融に急速な革新が起きたこの時期、数々の株式会社の設立、株の売買、保険制度の発展、国債の公的融資など、あらゆる要素が絡み合い、ロンドンはついにアムステルダムに代わって世界金融の中心となった」と、「イギリスの金融革命」を解説し、この革命を、「肥沃な知的環境とコーヒーハウスの投機精神がこれを可能にした。スコットランドの経済学者アダム・スミスの『国富論』は、いわば『プリンキピア』の金融版」であると述べています。
 また、1789年のパリのコーヒーハウスでは、革命論者たちが、カフェ・ド・フォアの外のテーブルで、「武器を取れ! 民衆よ、さあ武器を取れ!」と叫んだことがバスティーユ牢獄の襲撃のきっかけとなったとして、「カフェ・ド・プロコープに続々と集まった人々は、その鋭い眼差しで、黒い飲み物の奥に革命の年の輝きを見たのだ」とするフランスの歴史家ジュール・ミシュルの言葉を紹介しています。
 第9章「茶の王国」では、「帝国主義の拡大と産業の拡大、その両者をつないだのが、茶という新しい飲み物だった」として、「ヨーロッパ人が東方交易を拡大した理由」が茶であり、労働者の飲み物として浸透した茶が、「新たに誕生した工場制機械工業の担い手のエネルギー源」となったと述べています。
 そして、「18世紀の初め、イギリスで茶を飲む者はだれもいなかったが、同世紀の終わりには、それこそ誰もが茶を飲んでいた。誇張ではない」と述べ、チャールズ2世王妃のキャサリン・オブ・プラガンサのお茶好きをきっかけに、「東インド諸島からイギリスへの独占輸入権を認められたイギリス東インド会社によって爆発的に拡大する」と述べています。
 著者は、「茶は世界で最も古い帝国から世界各地に広まり、最も新しい帝国の中心に根を下ろした」と述べています。
 第10章「茶の力」では、1773年の茶税法がアメリカ入植者たちの怒りを買い、1773年の「ボストン茶会事件」などを経て、「1775年の独立戦争の勃発を後押しする結果となった」と述べています。
 また、アヘン戦争と絡めて、「アメリカの独立と中国の没落はどちらも、茶がイギリスの帝国主義政策に、ひいては世界史の流れに与えた影響の名残なのである」と述べています。
 著者は、「茶の物語からは、革新と破壊いずれの意味においても、当時の大英帝国の強大な力をうかがい知ることができる」とした上で、「イギリス人の茶好きは変わっていない」と、「この帝国とそのエネルギー源だった茶が歴史に与えた衝撃の後もまた、今でも残っているのである」と述べています。
 第11章「ソーダからコーラへ」では、「アメリカの台頭と、20世紀における戦争、政治、公益、コミュニケーションのグローバル化は、コカ・コーラ──世界でもっとも価値の高い有名ブランドであり、アメリカとその価値観を体現している、と世界中の人々に思われている飲み物──画世界に普及していく動きと、ぴたりと符合している」と述べています。
 そして、1886年、コカ・コーラを開発したアトランタの薬剤師ジョン・ペンバートンについて、コカ・コーラ社の公式説明と異なり、「実際にはベテランの売薬製造業者だった」と述べ、当初のコカ・コーラが、「少量のコカ・エキスを含んでおり、そのため、微量のコカイン成分が含まれていた」と解説しています。
 また、プロモーションの方向性を、「あるといい続けてきた医学的効能に力点を置かなくなった」結果、それまで、「頭痛薬ないしは強壮剤を求める、働きすぎの多忙なビジネスマンを対象」にしていたが、「女性と子供を新たなターゲットにする」ことができたと述べています。
 第12章「瓶によるグローバル化」では、コカ・コーラ社CEOの、
「10億時間前、人類が地球上jに登場した
 10億分前、キリスト教が誕生した
 10億秒前、ビートルズが音楽を変えた
 10億本前のコーラは、昨日の朝に飲まれた」
という言葉を紹介しています。
 そして、第二次世界大戦中、コカ・コーラが兵士のモラル維持に役立つという理由で軍需品として認められ、米軍は、「基地内に瓶詰め工場とソーダ・ファウンテンを作り、コカ・コーラの現役だけを出荷させることにした」とともに、「工場の機械を設置、操作するためにコカ・コーラの社員が基地内に派遣」され、彼らが「技術顧問(T・O)」として特別待遇を受け、「コカ・コーラ大佐」とも呼ばれたと述べています。
 著者は、「コカ・コーラはアメリカを連想させる飲み物であると同時に、単一の世界市場化、つまりグローバル化へと向かう流れを代表する商品でもある」と述べ、反対派から、「文化と企業とブランドを使ってほかのあらゆる地域を侵略しようとしている」として、マイクロソフト、マクドナルドとともに槍玉に挙げられていると述べています。
 エピローグ「原点回帰」では、「太古の昔、人類に発展への第一歩を踏み出させた飲み物」である「水」について、合衆国で販売されている容器入り飲料水のうち」、「実に40パーセントが水道水」であると指摘しています。
 本書は、世界史に「飲み物」という新しい切り口を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 アヘン戦争もそうですが、歴史の重要な節目には嗜好品をめぐる争いがきっかけとなっているものが多いことを教えてくれます。タバコとか麻薬をめぐる世界の本も読んでみたくなります。

■ どんな人にオススメ?

・酒やお茶が歴史を変えるとは思えない人。


■ 関連しそうな本

 アントニー・ワイルド (著), 三角 和代 (翻訳) 『コーヒーの真実―世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在』 
 エディット ユイグ, フランソワ‐ベルナール ユイグ (著), 藤野 邦夫 (翻訳) 『スパイスが変えた世界史―コショウ・アジア・海をめぐる物語』 
 磯淵 猛 『二人の紅茶王―リプトンとトワイニングと…』 
 中本 晋輔, 中橋 一朗 『コーラ白書 世界のコーラ編』 
 ジルベール・ガリエ (著), 八木 尚子 (翻訳) 『ワインの文化史』 
 アラン・マクファーレン, アイリス・マクファーレン (著), 鈴木 実佳 (翻訳) 『茶の帝国―アッサムと日本から歴史の謎を解く』 


■ 百夜百音

崖の上のポニョ【崖の上のポニョ】 藤岡藤巻と大橋のぞみ オリジナル盤発売: 2008

 この夏は、ついついこのサビのポニョポニョが頭の中をぐるぐるした人が多かったのではないかと思います。

『崖の上のポニョ サウンドトラック』崖の上のポニョ サウンドトラック

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2008年08月03日

過疎地で快適に暮らす。

■ 書籍情報

過疎地で快適に暮らす。   【過疎地で快適に暮らす。】(#1291)

  鷲田小彌太
  価格: ¥1575 (税込)
  エムジー・コーポレーション(2007/10/29)

 本書は、働き盛りの30年間、過疎地で快適な生活を送ってきた著者がお薦めする「快適な過疎地暮らし」のガイドです。
 序章「過疎地が呼んでいる」では、過疎地で暮らした30年間を、「私にとって最も仕事が充実した時期」であると語った上で、過疎地にこだわる最大の理由として、「過疎地に住まいの拠点をおく生活が、都会や田舎に拠点をおく生活よりも快適だ、という長い経験則に支えられている」と述べています。
 第1章「『地方の時代』とは『過疎地の時代』のことです」では、「過疎地にないもの」として、
・公共交通機関
・商店
・電気
・ポスト
・電話
・水道
を挙げる一方で、「過疎地にあるもの」として、
・闇と光
・キノコや山菜
・静寂
・イヌの放し飼い
を挙げています。
 また、「過疎地の敵」として、
・身の丈の雑草
・害虫
・自然の雑木
・イタチ
・ナズミ
・キツネ
などを挙げています。
 さらに、過疎地の住居について、古民家や丸木小屋の不便さを指摘し、「ロマンのために家族の生活から利便性を奪うと、総スカンを食らう」と述べ、快適に暮らすために気をつけたいこととして、
(1)家の大きさは必要最小限
(2)可能な限り、普通の生活スタイルをスムーズに行うことができる設備
(3)風雨雪に強い家にする必要
(4)土台=基礎は完全にすること
などを挙げ、「大事なことは、奇を衒わないこと」だと述べています。
 第2章「快適な時間と空間を生きる」では、「過疎地で住む最大の『快』」として、「『人がいない風景』に出会う」ことを挙げています。
 また、「過疎地で住みはじめた瞬間、その恩恵をいやというほど味わうことができるもの」として、「闇」を挙げ、「『闇』はいまや希少価値になったのだ」と述べています。
 第3章「日本国中過疎地だらけ。よりどりみどりだ」では、「『過疎地』と『田舎』は同じではありません」と前置きし、「過疎地とは、第一に、かつて人が住んでいて、いい間は住まなくなった地区のこと」であり、「すぐにでも人が住むことのできる場所」だと述べています。
 そして、「勤めがあるにしろ、退職後であるにしろ、過疎地暮らしをはじめようとするなら、候補地として、都心から『1時間が至近距離』というのが目安になる」と述べ、「勤めがあるならば、2時間以内ということが条件」であると述べています。
 著者は、「過疎地暮らしは、都会や田舎と違って、自由に、気儘に生活したい、というのが原則になる」として、「そのための工夫は、当然、考えて、実行しなければなりません」と述べています。
 第4章「過疎地で快適に暮らした」では、「生きることの中心に仕事を置き、その仕事に存分に打ち込むこと」ができたことが、著者が「過疎地暮らしを快適に送ってきたことの第一で最大の証拠」だと述べています。
 第6章「過疎地は近くにもある。だが近すぎると後悔する」では、著者の胸中を、「退職したら、鴨川に住もう。」というフレーズが鳴っていると語り、千葉県は房総の鴨川を、東京から車でも電車でもバスでも2時間、という遠さを挙げ、「ここから都心に通うのは困難ですし、気が重いでしょう。でも、定住するのなら、と都心までつかず離れずの距離で、公共交通機関もあるので、ちょうどいいのではないでしょうか」と「鴨川に行ったこともないのに」そう思うと語っています。
 そして、「海から最低でも10キロ離れた山側で、高台であっても、できるなら海が見えないところがいい」と語っています。
 第7章「退職後は過疎地で」では、「退職後の生活が『余生』ではなく、最低でも20年間続く」ことを、「決して疎かにできない、人生上の大問題」だと述べ、「あれもこれも、つれあい次第だ」と述べています。
 本書は、都会に住んでいる人にとっても、田舎にすんでいる人にとっても、夢と希望を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「田舎暮らし」という言葉がありますが、特に定年退職後に、ほんものの「田舎」に突然やってくることは、相当ハードルが高いんじゃないかと思いますが、著者が提唱しているような「過疎地暮らし」の方が、むしろイメージに近いんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「田舎」=「過疎地」だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 鷲田 小彌太 『夕張問題』 2007年12月05日
 保母 武彦 『夕張破綻と再生―財政危機から地域を再建するために』 2007年08月08日
 松本 武洋 『自治体連続破綻の時代』 2007年01月04日
 吉富 有治 『大阪破産』 2006年10月20日
 西中 真二郎 『市町村盛衰記―データが語る「日本の姿」』 2008年02月05日
 佐々木 信夫 『市町村合併』 2006年03月27日


■ 百夜百音

あゝ、我が良き友よ【あゝ、我が良き友よ】 かまやつひろし オリジナル盤発売: 1975

 1970年代の段階で青春時代を振り返る曲だったわけなのですが、となるとこの曲の舞台の「古き時代」は1960年代前半くらいなのでしょうか。

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2008年07月27日

日本の地籍―その歴史と展望

■ 書籍情報

日本の地籍―その歴史と展望   【日本の地籍―その歴史と展望】(#1284)

  鮫島 信行
  価格: ¥2940 (税込)
  古今書院(2004/05)

 本書は、「一筆ごとの土地の所有者、地番、地目(土地の用途)、境界、面積を調査し、その結果を地籍簿と地籍図にまとめる作業」である「地籍調査」について、その「歴史と現状」を知ってもらうことで、「国民理解の一助となり、その促進に」貢献することを目的としたものです。
 そして、「日本の地籍調査は平成14年度末でまだ45%しか進んでおらず、登記所に備え付けられている約600万枚の図面の半分近くは公図と呼ばれる、明治時代に遡るもの」であるとして、「公図のもつさまざまな問題を理解してもらい、地籍調査の促進が国土の利用保全や都市の再生にとって不可欠であることを知ってもらうこと」を、もう一つの目的としたものです。公図は、明治初期の地租改正の際に、「土地所有者が役人の指導を受けながら作った地引絵図」を基に作られたもので、「正確には現地と一致しない」と述べ、「明治政府は地租改正に当たり一間を六尺とする基準を定めたが、地方によっては太閤検地以来の六尺三寸や、さらに古い六尺五寸が使われたところがあり、また田の長さも畦(あぜ)の中心ではなく縁から図られたというようなこともあり、地籍(土地の面積)が実際よりも小さめに記録されることになった」として、これを「縄伸び(なわのび)」といって、「現在の調査で地籍を測りなおすと登記簿より増えることが多く、過去に行なわれた調査結果では、地籍調査完了地区で平均2割程度の縄伸びが報告されている」と述べています。
 序章「検地の時代」では、江戸時代の検地において、
・1間を6尺、1反を300坪(歩)とし、検測は6寸(10分の1間)単位で行い、6寸未満の端数は切り捨て
・陰地は検測の際に差し引く
・検測は田の畦際(あぜぎわ)から1尺置いた位置から行う
・縄だるみ(縄のたるみを補正する目安)
・縄心(なわごころ、過酷な年貢に対する配慮で、検測あたりを割り引いて記録した慣例、一般的には長辺2割引、短辺1割引だった。割り引かれた数字は実測地の隣に朱書きされたため、この慣例を「朱間を切る」といった)
・四壁引き(屋敷地の広さに応じ四方の境から1尺~1間をおいて検測する慣習で、四方引きともいった)
などの旧例を紹介しています。
 第1章「地租改正と地図」では、明治5年、明治政府が、「全ての私有地に地券を交付し、所有権の公証を行なうこと」を決め、これを「壬申地券」と呼び、「地券の交付のためには、土地の位置の明示と一筆ごとの反別(面積)、地目、地価及び所有者の確認が必要」であるとして、「地番の付与と土地調査が実施された」と述べています。
 そして、改租作業について、「郡村の境界を更正し、土地の広狭を丈量し、其所有を定め、其名称を区別し、地価を定め、地券を渡す」ことであったと述べています。
 また、丈量(測量)の基準として、地租改正事務局が、「1間を曲尺の6尺、1反を300歩とする基準」を定め、「調査に使用する間棹(けんざお)は6尺に砂摺(すなずり、摩擦シロのこと)1分(約3ミリ、両端に5厘ずつ)を加えた6尺1分棹とすることが規定された」が、この通達が遅れたため、
・太閤検地以来の中検(6尺3寸)
・古検(6尺5寸)
・1反を360歩とするような太閤検地以前の旧慣
が使用された府県もあったと述べています。
 さらに、地籍編成事業について、地租改正事業とほぼ同時期の明治6年12月に、「土地に関する基礎資料を整備するための地籍編成事業を行う旨、各府県に布達した」が、「まさに改租事業の真っ只中」であったため、多くの府県で地籍編成事業は先送りされ、西南戦争の影響による中断などを経て、「10年以上の歳月をかけてもなお完成に至らず」、明治23年に「内務省地理局が廃止されるにおよび取り止めとなった」と解説しています。この地籍編成事業の目的は、「官民を問わず全国全ての土地の境界を正し、地籍・所有を詳細に明示し、外に対しては国境を括弧たるものとし、内に対しては百般の施策の基本となし、国民に対しては境界争いを防止するもの」とされ、「これは現在の地籍調査の目的に通ずる」と述べています。
 また、区画整理事業について、「地籍の明確化という点で区画整理事業にまさる手法はない」が、「地籍の混乱が区画整理事業の実施を阻んでいるケースも多い」と述べています。
 第2章「地籍調査の時代」では、昭和25年の国土調査法について、その「制定に最も熱心だったのは農林省だった。背景には昭和22年(1947)より開始された農地改革があった。農地改革では、国が農地を買い上げ小作人に譲渡したが、登記簿上の面積や土地台帳附属地図の位置表示が不正確だったことから配分に混乱が生じ、地籍の明確化が求められていた」と述べています。
 そして、「法定外公共物」と呼ばれる、「法律上の管理の対象となっていない公共物の総称」について、「通常普通河川(青線)や里道(赤線)等と呼ばれ」、其起源は、「明治時代の地租改正で官有地(国有地)と民有地が区別されたことに遡る」と述べ、「法定外公共物の管理は公に土地法の二元管理となっていた上、機能管理について定めた法律がなく、経費の負担や管理責任が明確でないなど、数々の問題があるとされてきた」と述べています。
 第3章「地籍調査の現状と課題」では、「一筆地調査で最も大事なこと」として、「修正主義の採用」を挙げ、「地籍調査はもともと存在した筆界を現地で再確認し明確化するもの」であり、「権利関係や現地の筆界を変えることなく、地図を修正する作業」であるのであって、「過去に確認された境界ではなく、現に存在する境界を新たな筆界として調査すること」を意味する「現況主義」を用いると「権利の侵害が生じる恐れがある」ことを指摘しています。
 そして、昭和26年の開始以来、既に半世紀以上が経過した地籍調査事業が、平成14年度末の全国進捗率は45%にとどまり、「中でも都市部の進捗率は18%と送れば目立ち、とりわけ三大都市圏周辺部の遅れが著しい」ことを指摘しています。
 また、一筆地調査では、「土地所有者の立会いが必須なため、相続登記が行われていなくても、調査実施者は相続人を追跡しなければならない。何代も相続登記が行われていないときは、一筆当たりの法定相続が数十人に上るようなケースも生じ、地籍調査にとって大きな障害となる」と述べています。
 第4章「諸外国の地籍調査」では、「世界史的にみて、19世紀は地籍調査の時代だったといえる」として、フランスの「ナポレオン地籍」をはじめとして、ドイツ、オーストリアならびにイギリスの地籍図の現状を紹介しています。
 そして、フランスにおいて、1808年から1850年に実施された地籍調査の成果を、ナポレオンの名をとって「ナポレオン地籍」と呼ばれていると述べています。
 また、イギリスについて、厳密な意味では、「わが国や他のヨーロッパ諸国のような境界確認に基づいた地籍はない」が、「見方を変えると地図はあくまでも参考で、実際の境界は当事者が管理するという英国流見識の流れと見えないこともない」と述べています。
 終章「地籍システムの構築に向けて」では、「国家座標(三角点網)に基づく測量によって作られたヨーロッパ諸国の地籍図と、農民自らが図って作った地引絵図では、策定目的は同じでも地図の有用性という点でまったく異なる」ことを指摘した上で、地籍調査事業が、「今のペースで行けば完了までにまだ100年以上を要する」と述べ、「関係各省庁・団体、地方自治体、国民が連携し、こうした地籍システムを一日も早く作り上げていくことがこの国のさらなる発展の礎となる」と述べています。
 本書は、私たちの暮らしている土地が、意外ともろい基礎(明治時代の農民と村役場の役人による図面)の上にあることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 GISとかいろいろ地図をめぐる技術は進んでいて行政の中にも取り入れられているのですが、その基礎となる境界をめぐる権利関係はGISとかを導入してそうな都市部の方が進んでいないというのは難しいところです。
 学生時代に測量のバイトをしたことがありますが、ポールを真っ直ぐ(上部の丸の中から泡が収まるように)持っていなければならず、塀の上とかでは結構苦しかったような記憶があります。


■ どんな人にオススメ?

・土地の境界は決まっていると思う人。


■ 関連しそうな本

 藤原 勇喜 『公図の研究』 2007年12月07日
 佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
 ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日
 今尾 恵介 『住所と地名の大研究』 2006年07月06日
 今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
 滝島 功 『都市と地租改正』 2008年03月13日


■ 百夜百音

エッセンシャル・ベスト リンリン・ランラン【エッセンシャル・ベスト リンリン・ランラン】 リンリン・ランラン オリジナル盤発売: 1974

 右と左のどちらがリンリンかわかりますか?
 香港出身で、インディアンにもインド人にもまったく縁はないですが、なんでこんなコンセプトが出てきたのでしょうか。
 それはともかく、筒見サウンドはやはりよいわけです。

『筒美京平 ULTLA BEST TRACKS / SOUL & DISCO』筒美京平 ULTLA BEST TRACKS / SOUL & DISCO

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2008年06月01日

ヨーロッパをさすらう異形の物語―中世の幻想・神話・伝説 (下)

■ 書籍情報

ヨーロッパをさすらう異形の物語―中世の幻想・神話・伝説 (下)   【ヨーロッパをさすらう異形の物語―中世の幻想・神話・伝説 (下)】(#1228)

  サビン・バリング=グールド (著), 池上 俊一, 村田 綾子, 佐藤 利恵, 内田 久美子
  価格: ¥2310 (税込)
  柏書房(2007/09)

 本書は、1875年に出版された『中世の奇妙な神話』の全訳の下巻で、「中世を代表する伝説たちが一堂に会している」もので、「古典的地位を保っている」とされています。
 監訳者は、「古今東西の神話・伝説を自家薬籠中のものにして、つぎつぎ関連付けていくきらびやかな博識の本書は、翻訳者泣かせでもある」と述べています。
 第14話「聖ウルスラと一万一千の乙女」では、「中世の伝説には美しいものもあれば、奇怪なものもあるし、不快に感じるものもある」としたうえで、「美しいのは見かけだけで、ちりと灰が詰まった異教の『ソドムのリンゴ』であることもよくあること」であると述べ、「この興味深い物語」が、「勘違いと捏造だらけだった」として、「こんな神話はほかに類を見ない」と述べています。
 第15話「聖十字架伝説」では、「私個人としては、世界中の人々の間で存在していた従事が、いにしえの宗教の一部を作ったという考えに異論はない」と述べ、「十字は、命や水を通じての復活の象徴として世界中で扱われている。夜の時代である中世二十次が残して言った影、さまざまな国に落としていったその影は、私たちが考えているよりもずっと深いのかもしれない」と述べています。
 第16話「シャミル」では、ソロモン王がつくった荘厳の神殿が、「神殿の建築は、石切り場でよく準備された石を用いて行われたので、建築中の神殿では、槌、つるはし、その他、鉄の道具の音はまったく聞こえなかった」とされていることについて、「祭壇をつくるときに鉄の道具を使うことが禁じられた理由は、ミシュナにある――鉄は命を削ってきた。祭壇は命をのばすもの」であると述べています。
 そして、ソロモンの賢い部下たちは、「祭司長がつける裁きの胸当ての宝石」を彼に見せ、「宝石は、それよりも硬い何かで削られ磨かれていた。その何かとは、シャミルschamirといい、鉄の道具では無理なところも削っていた」と語り、ソロモンが精霊たちを呼び寄せ、シャミルのいる場所を尋ねたところ、「シャミルは大麦の粒ほどの大きさの虫だが、とても強力で、フリントでも歯が立たないほどだと」と告げられたことが述べられています。
 また、「シャミルは命を与えるちからをもっている」という名神もあるとして、「これにはおそらく、鳥あるいはイタチが、不思議な草を使って死体を生き返らせたという物語が関係していて、これらは、中世にかなり広まっていた」と述べています。
 さらに、北方に伝わる「栄光の手」について、「絞首刑になったものの手であり」、・人間の手首を死衣にくるんで、しっかり血抜きをする。
・完全に粉末状にした硝石、塩、インドナガコショウと一緒に陶器の中に入れる。
・二週間つけたままにして、よく乾燥させる。
・猛暑の時期の太陽にさらして、完全に乾かしきる。
・絞首刑になった者の脂肪、採りたての蜜蝋、ラップランド製のゴマでろうそくを作る。
という製造方法を解説し、このおそろしい手にまつわるいくつかの話が、ヘダーソンの『イングランド北方の民間伝承』に載っているとして、そのひとつを紹介しています。
 著者は、「錠を吹き飛ばし、石を粉々にして、秘法がずっと隠されていた山を開かせる。あるいは、しびれさせ、魔法の眠りに誘い、命をよみがえらせる」というさまざまな物語が伝えていることはひとつであり、同じことを主題にしている、「それはつまり、稲妻である」と述べ、「鳥によって運ばれる、石を砕くシャミル、虫、小石」とは、「嵐雲だ」と述べています。
 そして、「気まぐれな人間の心は、驚きをもたらすものを説明する理由を探して、次から次へと仮説を立てていった。そして、却下されていった説の数々は、神話として国々の記憶には残らず、神話の真意は忘れ去られてしまったのだ」と解説しています。
 第17話「ハーメルンの笛吹き男」では、ゲーテの『魔王』や、「魔力のある歌声を持つ有名なセイレーンの物語』との類似点を指摘しています。
 第18話「ハットー司教」では、飢えた貧しい人々を納屋に押し込め、納屋に火を放ち、「国に感謝してもらわねば、この絶望的なご時世に、穀物を食いつぶすネズミを退治したのだから」と言ったハットー司教が、翌日無数のネズミに食い殺された物語を紹介した上で、「これらの物語は、飢饉のときにキリスト教以外の信徒が人間の生贄をささげたことがもとになっている」と解説し、ハットー伝説は、「飢饉のときに指導者や王子を生贄にささげる風習と、その生贄をネズミに食わせることを伝えている。こうした供儀をおこなう理由が忘れられたときに、神の罰が下り、苦しむ人々によるむごい仕打ちや殺人、聖職者への暴力となって現れるが、これはなんら不思議なことではない」と述べています。
 第19話「メリュジーヌ」では、森の中の泉のそばで出会った乙女、メリュジーヌを妻に迎えたレモンダンが、「毎週土曜日には彼女一人で私室にこもり、彼は絶対にそれを邪魔してはならない」という約束を破り、「彼女の下半身が、醜い魚もしくは蛇の尾に変わっていた」のを見てしまい、「この蛇女め、私の高貴な血筋を汚しおって!」と声を荒げたところ、「新たな城主が誕生するときには、あなたと、あなたの子孫は、この美しいリュジニャン城の上を飛び回る私を見るでしょう」といって、窓から飛び立ったという伝説を紹介しています。
 第23話「サングリアル(聖杯)」では、「キリストが槍で刺されたとき、脇腹から血と水が流れ出た。アリマタヤのヨセフが、救世主が最後の晩餐で使った器でその血を受けた」として、42年もの間、地下牢につながれたヨセフは、「もっていた聖なる器から栄養と英気を与えられた」という伝説を伝えています。
 また、テンプル騎士団が、偶像崇拝をとがめられた際、「香油を塗り、磨きこんだ頭部の像に、テンプルの騎士はまさに卑しむべき信頼を置き、厚い信仰を寄せている。その頭部の眼窩には、天空の輝きを持つ暗赤色の宝石がはめ込まれている」と述べられていたり、「彼らが所持する例の頭は、顔が人間のそれのように青白く、髪は黒く縮れ、首には金色の飾りを巻いている。彼らは、実のところどの聖人のものでもない頭の像を崇拝し、その前で祈りをささげる」と述べられていることを紹介した上で、「頭の像が崇拝されたのは、目的は不明だが生首を器に載せておこなった、ふるいドルイド教の儀式の名残かもしれない」と述べ、「敵の血まみれの頭はケルトの民族的象徴」であり、「ボイイ陣はその頭を神殿に運んで洗い、金で装飾を施して、祭事には聖なる器の代わりに使い、それで飲み物を振舞った」と解説しています。
 本書は、無数の物語を通じて、中世ヨーロッパを生き生きと伝えている一冊です。


■ 個人的な視点から

 「近代の目から見た中世」という意味では小泉八雲の『怪談』みたいなものでしょうか。文化を理解する、というのは、こういう「誰もが知っているストーリー」を知っているということを意味するのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・ヨーロッパ人の共通するストーリーに迫りたい人。


■ 関連しそうな本

 サビン・バリング・グールド (著), 村田 綾子 (翻訳) 『ヨーロッパをさすらう異形の物語 上―中世の幻想・神話・伝説』 2008年05月10日
 小泉 八雲 『怪談・奇談』 
 高橋 友子 『路地裏のルネサンス―花の都のしたたかな庶民たち』 2006年11月03日
 若桑 みどり 『フィレンツェ―世界の都市と物語』 
 高橋 友子 『捨児たちのルネッサンス―15世紀イタリアの捨児養育院と都市・農村』 2006年12月09日
 甚野 尚志 『中世の異端者たち』 


■ 百夜百音

「渡る世間は鬼ばかり」サントラ盤【「渡る世間は鬼ばかり」サントラ盤】 羽田健太郎 オリジナル盤発売: 1996

 泉ピンコが「三門マリ子」の芸名を持った牧伸二の弟子の漫談家であったということは有名なのかもしれませんが知りませんでした。

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2008年05月24日

戦後漫画のトップランナー横井福次郎―手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡

■ 書籍情報

戦後漫画のトップランナー横井福次郎―手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡   【戦後漫画のトップランナー横井福次郎―手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡】(#1220)

  清水 勲
  価格: ¥2835 (税込)
  臨川書店(2008/01)

 本書は、「戦後漫画のトップランナーであり、『メトロポリス』『アトム』などの手塚作品にも影響を与えた天才漫画家横井福次郎の障害と作品を現代に紹介するもの」です。なお、横山隆一の「フクちゃん」は、「横井の名前にヒントを得た」キャラクターであると説明されています。
 第1章「プッチャーとターザン」では、昭和23年1月頃、手塚治虫が横井福次郎に会い、当時、手塚の「話題の書であり、売れ行きが良いために自信を持っていた」『新宝島』を横井に見せたが、「横井にはだいぶ物足りなく写った」と述べ、当時、「ふしぎな国のプッチャー」を連載中で、「その未来社会を漫画と魅力的な分掌で描く絵物語スタイルで人気を博していた」横井の、「SF小説の巨匠・海野十三の世界に影響を受けた内容と比べて『新宝島』は"こどもだまし"に近いと思われても仕方がなかったかもしれない」としています。
 そして、横井の「ふしぎな国のプッチャー」を、「百年後の未来社会のイメージを漫画で具体的に示した最初の作品」とした上で、横井から"子どもだまし"の作品だと言われた手塚が、「ふしぎな国のプッチャー」に「対抗するかのようなSF漫画『メトロポリス』を出版」するまで、10ヶ月をかけた「並々ならぬ苦労があったようだ」と述べています。
 さらに、手塚の「アトム」にも「ふしぎな国のプッチャー」からの影響が「明確に出ている」として、この作品に出てくるロボット少年「ペリー」が、「十万馬力」で「科学の子」と呼ばれ、「ペリーは、プッチャーの父であるベッチャー博士が、交通事故で息子をなくしたロロー婦人のために作ったロボット」であるという設定について、「手塚治虫は横井福次郎に敬意を表して、アトムをペリーと同様な理由で生み出されたロボットにしたのではないか」と述べています。
 第2章「子ども漫画の開拓者」では、昭和19年に横井が、小川哲男を引き継ぐ形で連載を続けた「火の玉カンチャン」について、「海を潜り、陸を走り、空を飛ぶことのできる情報収集・敵内部撹乱飛行体」である「火の玉」号に乗り込んだカンチャンと助手のタコ吉が米軍攻撃に出発するストーリーであり、「日本軍の敗色が濃くなった時期の連載だけに、形勢逆転を米軍を上回る科学兵器で達成しようと様々なアイデアが紹介される」と述べています。
 また、昭和23年に連載した「ボックリ坊や」について、「西洋を舞台に色刷で描くという新しい試みの作品」であり、「漫画家の中で西洋人を描かせたら横井の右に出るものはいなかっただろう」理由として、「西洋映画俳優専門のブロマイド屋で働き、翻訳小説の挿絵を描いてきた横井の特別の技術」であったと述べています。そして、「横井がもう十年に来ていたら漫画の世界は変わっていただろうと言われる」が、「少なくとも子ども漫画の世界はもっと多様なものになっていた」と述べています。
 第3章「大衆漫画の開拓者」では、「戦中から一般大衆向けストーリー漫画の分野でも活躍」してきた横井が、戦後、「オオ!市民諸君」「エミコの時計は何故進む」「家なき人々」などの作品で脚光を浴びたと述べています。
 そして、昭和21年11月から昭和23年5月までに連載された「オオ!市民諸君」を、「横井の大衆向けストーリー漫画の代表作」であり、映画化されたことについて、「まさにこの原作漫画が時代状況を巧みに諷刺し、大衆にアピールしていたことを物語っている」と述べています。著者は、この作品を、「占領時代の真っ只中に生きた横井の現実感と民主主義、自由主義社会の先行きを予感して描いた作品だろう」と述べ、「文章、コマ漫画、漫画漫文が入り混じったもので、これほど複雑、多様な表現を使った漫画作品は空前絶後と言ってよい」と評しています。
 第4章「戦前・戦中・戦後社会の記録者」では、横井が、「最初、ナンセンス漫画を描き出し、実力を認められて新漫画派集団に迎えられ」た後に、「次第に風俗漫画や子ども漫画に創造範囲を広げ、コマ漫画・連載漫画にも挑戦し」、「やがて挿絵画家としても通用するほどの表現力を身につけていく」と述べています。
 また、横井が、小学校卒という学歴だが、「絵も文章も天才的な才能を持っていた」ことについて、「絵は北沢楽天が主宰する絵画塾の教育を受けているが、文章はまったくの独学である」として、「その語彙の広さを考えると、かなりの読書家で江戸文学からSF小説までもかじっていたのだろう。様々な挿絵の仕事をしていた頃は大衆文学にひたっていたといってよい」と述べています。
 第5章「横井福次郎の生涯」では、昭和5年に、時事新報社活字鋳造部に入社した横井が、同紙の日曜付録『時事漫画』(北沢楽天主宰)を目にし、「漫画なら自分にも描けるかもしれない……」と、「小学校の頃からの絵の仕事への憧れ」から、ナンセンス漫画に挑戦したことが述べられています。
 そして、昭和9年から昭和13年にかけては、「漫画だけでなく挿絵の仕事にも積極的に関わった」として、「様々なジャンルの小説の挿絵を担当」する中で、「空想科学小説の作家として知られる海野十三」をいったことが、後の「火の玉カンチャン」「ふしぎな国のプッチャー」「冒険児プッチャー」などの冒険科学漫画・SF漫画の発想に影響したことが「十分考えられる」と解説しています。
 また、「新しい漫画雑誌あるいは漫画を重視する雑誌が登場」した昭和21年が、横井が、「生涯の代表作ともいうべき作品のほとんどを一気に"吐き"出す」年であったと述べ、「横井が秘めていたアイデアが一気に爆発し、漫画家として完全に開花した年となった。ストーリー・テラーとして、表現者としての才能が十分発揮できるようになったからである」と解説しています。
 昭和23年には、『冒険ターザン』をはじめ、単行本が出版され、「印税というまとまった収入」をもたらすようになり、念願の家を東京に手に入れることができたが、「月35本の連載をかかえた時もあった」ため、「締切を守るための徹夜の仕事が続き、それが彼の命を縮めていくことになる」として、昭和23年12月5日、36歳の若さで急逝したと述べています。
 著者は、横井福次郎の日本漫画死に果たした役割について、「横井が日本SF漫画の先駆者であり、岡本一平を継ぐ大衆向けストーリー漫画の開拓者であった」とした上で、「その精神は手塚治虫に継承されたことは疑いの余地がない」ことや、昭和24~25年にかけて次々と漫画雑誌が休廃刊し、戦後の第一次大衆漫画ブームが終わってしまうことについて、「漫画界が横井を失った影響は極めて大きい」と述べています。
 本書は、今ではほとんどその名を目にすることがない、戦後漫画をスタートさせた埋もれた第一人者を発掘した一冊です。


■ 個人的な視点から

 終戦直後の第一次大衆漫画ブームの中で、大人向けの風刺漫画から児童向け漫画まで、才能が幅広すぎるがゆえに燃え尽きてしまった、と考えると、当時の社会がいかに漫画を渇望していたか、ということの切実さを感じるような気がします。
 現在の、山のような雑誌が出版され、漫画もその予備軍も大量にいる中で、この中に本物はどれだけいるのか、と考えずにはいられません。


■ どんな人にオススメ?

・手塚治虫が漫画を創造した神様だと信じている人。


■ 関連しそうな本

 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 うしお そうじ 『手塚治虫とボク』 2007年10月06日
 大塚 英志, ササキバラ ゴウ 『教養としての〈まんが・アニメ〉』
 中野 晴行 『マンガ産業論』
 夏目 房之介, 宮本 大人, 鈴賀 れに, 瓜生 吉則, ヤマダトモコ 『マンガの居場所』


■ 百夜百音

The Nutcracker【The Nutcracker】 New York City Ballet Orchestra オリジナル盤発売: 2000

 娘に「くるみわり人形」のCD付き絵本を買ってあげて以来、我が家では「くるみわり人形」ブームです。それにしても一筋縄ではいかない原作は、ぜひきちんと読んでみたいものです。

『くるみ割り人形』くるみ割り人形


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2008年05月10日

ヨーロッパをさすらう異形の物語 上―中世の幻想・神話・伝説

■ 書籍情報

ヨーロッパをさすらう異形の物語 上―中世の幻想・神話・伝説   【ヨーロッパをさすらう異形の物語 上―中世の幻想・神話・伝説】(#1206)

  サビン・バリング・グールド (著), 村田 綾子 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  柏書房(2007/09)

 本書は、「中世ヨーロッパに流布していた代表的な伝説をほとんど網羅し、それを時代と民族、あるいは作家の個性が加工して、それぞれ魅惑的なヴァリエーションを創っていったことを指摘」するとともに、「著者の知識と感性を総動員して、融通無碍に時空を超えた『比較神話学』へと連なっている」ものです。
 第1話「さまよえるユダヤ人」では、「中世に生まれたあらゆる神話の中で、このユダヤ人の伝説は群を抜いている」と述べた上で、この神話が、「人間の生命という、永遠に解けない謎、想像の源泉から生まれている」という「大いなる神秘を起源にしている」と述べています。
 第2話「プレスター・ジョン」では、「プレスター・ジョン伝説は、東宝におけるネストリウス派の目覚しい繁栄から生じたと思われる」と述べたうえで、「ローマについて語るときの見下した口調は、西洋人の心情を表しているとは思えない」として、「どう見ても、ヨーロッパ人の捏造したものではない」と指摘しています。
 第3話「占い棒(ダウジング)」では、「中世は迷信や俗説の時代だった。占い棒には埋蔵されている財法、貴重な鉱石や水脈、泥棒や殺人犯を探し出す力があると信じられていた」と述べ、棒占いの驚異的な力がヨーロッパ中の関心を集めるきっかけとなったジャック・エマールのエピソードを紹介しています。
 第4話「エペソスの眠れる七聖人」では、エペソスの「眠れる七聖人」が、「その望みどおりにエペソスの地で安らかな眠り」につくことができず、「聖遺物が黄金や宝石よりも価値のあった時代に、そっとしておいてもらえるはずもなかった」として、「今もサン・ヴィクトル修道院付属教会に安置されている」と述べています。
 そして、「西暦250年ごろ、7人は当時のローマ皇帝デキウスのもとで迫害されて、前に述べた洞窟に埋められたのではないだろうか。そして479年、テオドシウスの治世下で、彼らの遺骸が発見され、移送されて、眠れる七聖人の伝説が生まれた」とする考えを、「ただの憶測ではなく、じゅうぶんに考えられる話だ」と述べています。
 第5話「ウィリアム・テル」では、「古典を研究する者にとって、できることなら避けたいつとめのひとつ」として、「人々が事実だと思っている話をでたらめだと暴き、史実とされている出来事がただのつくり話にすぎないと証明すること」だと述べています。
 第6話「忠犬ゲラート」では、この物語が、「インドからヨーロッパにもたらされた。伝播の道筋も明らかになっている」として、「『ゲスタ・ロマノールム』によって、ヨーロッパ中に伝わり、ウィリアム・テル伝説と同じく、国や地域ごとの色合いをまとい、語り継がれていった」と述べた上で、「国や世紀によってさまざまな変化が生じても、物語の土台は変わらない」として、「人間が動物や鳥と友情を育んでいる。人の言葉を話せない動物は、自分のやりかたで主人に尽くす。だが主人はその行動を誤解して、命の恩人を殺してしまう」という筋書きを解説しています。
 第8話「反キリストと女教皇ヨハンナ」では、「女教皇ヨハンナの伝説は完全なつくり話で、その土台には歴史的事実は一切存在しない。おそらく、ローマ・カトリック教会の聖職位階制(ヒエラルキー)に不信を抱かせる目的で、ギリシア人がつくりだしたものだろう」と指摘しています。
 第10話「ヴィーナスの山」では、ヴェーヌスベルクの物語の根源を、
「地下にいる人々が、人間と結ばれようとする。
 α.男性が彼らの住処へ誘い込まれ、地下に住む種族の女性と結婚する。
 β.男性が地上に戻ることを望み、逃げ出す。
 γ.男性がふたたび地下の世界へ舞い戻る」
という構造をもつとして、「現存する民間伝承集の中には、この根源に基づいた物語が必ずと言っていいほど入っている」と述べています。
 そして、「中世に形作られた伝説は、新興宗教と既存宗教のせめぎあいを如実に物語っている」として、「タンホイザーの物語が本当に伝えているのは、キリスト教徒とは名ばかりで、実際には異教の心を持つひとりの男が、異教の魅力に惑わされていくさま」であると解説しています。
 第13話「聖ゲオルギオス」では、各地の神話を比較した上で、「謎めいた素性をもつ聖ゲオルギオスを、キリスト教化されたセム人の神と認めないわけにはいかない。転化していく上で、必要に応じてほんのわずかな脚色が加えられた」と解説し、「聖ゲオルギオスが何度も死んでしまうのは、見方を変えれば、太陽が一日で姿を消すことを意味している」と述べています。
 また、「ドラゴンとの戦いは、アーリア人の神話すべてに共通するもの」として、「ドラゴンに捧げようとした乙女とは、大地である。ドラゴンは、嵐の雲。ドラゴンと戦う英雄は、太陽。英雄が持っている輝く剣は、稲妻の光。英雄が勝つことで、大地は危機を脱する」として、この物語が、「その風土ごとにアーリア人が感じ取る天候の特色に合わせられている」と解説しています。
 本書は、ヨーロッパ人ならば当たり前に知っている数々の神話や伝説のルーツを読み解くことで、民族の歴史の一端を垣間見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ヨーロッパ人の書くいろいろな文章の端々には、古典とともに、古い伝説があちこちに引用されることが多く、翻訳で読む日本人には、なかなかニュアンスというかその背景が伝わりづらい点がありますが、本書は、その一助になるものではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ヨーロッパ人の理解を深めたい人。


■ 関連しそうな本

 サビン・バリング=グールド (著), 池上 俊一, 村田 綾子, 佐藤 利恵, 内田 久美子 『ヨーロッパをさすらう異形の物語―中世の幻想・神話・伝説 (下)』
 甚野 尚志 『中世の異端者たち』
 高橋 友子 『路地裏のルネサンス―花の都のしたたかな庶民たち』 2006年11月03日
 若桑 みどり 『フィレンツェ―世界の都市と物語』
 高橋 友子 『捨児たちのルネッサンス―15世紀イタリアの捨児養育院と都市・農村』 2006年12月09日
 アルフレッド・W・クロスビー (著), 小沢 千重子 (翻訳) 『数量化革命』 2006年11月18日


■ 百夜百音

30-35 vol.7 「イカ天」特集【30-35 vol.7 「イカ天」特集】 オムニバス オリジナル盤発売: 2006

 これだけはっきりターゲット年齢層を絞ってくると痛快です。たしかに、土曜の深夜にイカ天を一生懸命見ていた世代となると限定されてくると思います。

『バンド天国』バンド天国

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2008年05月04日

GHQ日本占領史 (17)出版の自由

■ 書籍情報

GHQ日本占領史 (17)出版の自由   【GHQ日本占領史 (17)出版の自由】(#1200)

  竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃
  価格: ¥6090 (税込)
  日本図書センター(1999/03)

 本書は、GHQによる日本占領時の「出版の自由」に関する改革、特に報道に関する改革を記録したものです。
 巻頭の「解説」では、古川純氏が、「占領軍当局は二重の責務を負った」として、
(1)軍国主義的・超国家主義的な思想を挫き、そのような思想を助長し、過去に民主主義的傾向を窒息させてきた公共的な情報メディアの統制措置を除去すること。
(2)情報メディアの中で及びそれを通じて民主主義的傾向の成長を奨励すること。
の2点を挙げています。
 また、「検閲(censorship)は広い概念であり、占領軍による検閲と破たんに情報の自由な流れを公権力が事前に内容を審査して抑制する活動だけではなく、軍の作戦行動のための諜報(情報収集・分析・評価)活動をも含んで用いられた」と解説した上で、「占領軍の検閲をあまり言論統制の面からだけ見ないで、米太平洋陸軍としての占領軍が広く軍として有する諜報作戦の中で継続した民間検閲活動という位置づけのもとに総合的視野で考察する必要」を強調しています。
 第1章「降伏時の状況」では、出版産業が、「戦争の間、日本の国民生活の他の部分と同様にひどい損害を受けた」と述べ、「政府の強制的戦時統合」によって、100以上あった日刊紙が55まで減らされるとともに、「戦前及び戦時の検閲と統制手段」によって、「すべての出版社に対して厳しい監視」が行なわれたと述べています。
 第2章「プレスの自由のための青写真」では、最高司令官が、「日本のプレスを解放し、そして、民主勢力としてその発展を促す最高司令官の権限を基本政策指令に含まれた広範な指示から導き出した」として、
(1)市民的自由を確立し基本的人権を尊重すること。
(2)日本の人民に占領の目的、政策及び進捗状況を完全に知らしめること、そして、彼らを合衆国及びその他の民主主義諸国の歴史、制度、文化及び達成した成果に親しませること。
(3)日本の人民に、人民の困苦を引き起こすに当たって、軍国主義者、全体主義者及び超国家主義者が果たした役割を明らかにすること。
(4)軍事的安全保障と占領目的を達成するために必要最小限の統制のみを日本のプレスに課すこと。
(5)民主的な理念と原則を普及することによって思想の自由を促進すること。
の5点を挙げています。
 また、「全国的な独占的ニュース収拾機関である同盟通信は、顕著な犯罪者であった」として、同盟が、「戦争の終結は、連合軍の軍事的優越よりも天皇の『大御心(慈悲)』によってもたらされたものであり、そして、占領しているアメリカ人はたんに天皇の『顧客』にすぎないとの立場」をとったと主張したことを指摘しています。
 さらに、新聞の事前検閲に当たり、「公刊を意図したすべての版のゲラ刷りを2部提出することを要求」され、「校正刷りの1部は、許可された印が付けられ、もしくは削除部分のために印づけられて返却され」、「写しの一部は発行された新聞と比較するために検閲当局に保存された」と述べています。
 第3章「出版者が直面した諸問題」では、「国民的新聞の最高レベルのオーバーホールのためのパターン」が、東京で「3大紙」によって築かれたとして、
・毎日新聞:1945年8月29日に奥村信太郎社長が辞職し、1946年2月16日には顧問からも退職。
・朝日新聞:村山長挙社長、上野清一会長及び従業員に受け入れられた5名を除くすべての取締役が1945年11月5日に辞職。
・読売新聞:正力松太郎社長が、SCAPが戦争犯罪容疑で彼の拘束を命じるまで、従業員の圧力に耐えたが、その後、正力と20人の読売役員ならびに取締役は辞職。
の3点を解説しています。
 第4章「ニュースの収集」では、「政府の管理下にあり助成を受けている[新聞]組合通信社」である「同盟通信社」が、「占領開始時における日本ので唯一のニュース収集・配信組織」であったが、最高司令官の1945年9月24日の指令が、「同盟から独占的特権及び政府支援の両方を剥奪した」と述べています。
 そして、「同盟解散の直前に、同盟の理事会と加盟新聞社は新たな組合通信社」である「共同通信」の計画を立案し、「多くの同盟従業員は共同で同じ地位を保った」と述べ、「共同への参加を断った若干の前同盟従業員」が、「時事通信社」と呼ばれる分離組織を作り、「共同と時事はライバル通信社として競争するよりも、共同は新聞社と日本放送協会にサービスを限定し、時事は個人購読者だけにニュースを売るという『紳士協定』を立案した」と述べ、時事通信社が、1945年に750名の従業員で操業を開始し、1950年には1444名になったと述べています。
 また、第3の通信社であるラヂオ・プレスが、「英語を話す2世によって降伏後間もなくに設立された」ほか、「占領の最初の年が終わる前に、より小規模な50を超す通信社がこの分野に参入した」と述べています。
 第5章「労働者とプレス」では、「政府のプレス統制を崩壊させる降伏勅書の直後に、日本の大新聞の当同社は多くは彼らが久しく課せられていたと感じた抑圧のくびきを、彼ら自身で取り除くための落ち着きのない運動を始めた」と述べたうえで、「占領中の最も重要な労働争議は、読売で起こった」として、「従業員の行動、結果としてのストおよび結果として生じた解決は、出版業界中で数年間、先例および雛形として位置づけられた」と述べています。
 そして、1945年の読売争議において、「正力松太郎社長以下の読売首脳陣の退陣」と「経営陣と取締役の影響力を削減し、編集責任の大部分を従業員に引き渡す」という抜本的な経営改革を要求したが、正力は拒絶し、結局、1945年12月1日に正力が戦争犯罪容疑で逮捕されたことで、「読売首脳陣は労組の要求にほぼ全面的に同意した」と述べています。
 また、朝日新聞の労働争議では、6人の従業員代表が、「村山長挙社長、上野清一会長、ならびい朝日の全取締役の辞職を求め」たのに対し、村山は、要求を拒否した上、6人の代表の辞職を求めるという報復に出たため、従業員グループは、村山の辞職を求めるビラを印刷・配付し、職場の重要ポストを占拠したと述べています。
 第6章「戦後の刊行物」では、「1県1紙、東京で5紙、大阪で4誌という新聞発行の制限が撤廃されると、資本と新聞事業に近づく方法を有する企業者に広範な市場をもたらした」と述べ、「戦後の日刊紙のほとんどは、読者層を、既成新聞の読者層を侵すのではなく、拡張しつつある新聞市場の中で獲得した」と述べています。
 そして、「新発行日刊紙の多数は夕刊紙であり、夕刊紙というのは、大新聞のほとんどが朝刊紙なのであまり立て込んでいない分野であった」が、1949年に起きた朝刊大新聞の夕刊発行によって、「夕刊旋風」を解き放ったと述べています。
 また、「新聞に対する公衆の信頼を損なうような機能を果たし、戦後日本の出版会を撹乱した特徴」として、「普通は限定部数・不定期発行のタブロイド版」で、「ゆすりや恐喝のためにならず者に利用された」「ゴロツキ新聞」について言及し、「『ゴロツキ新聞』の発行者は、もし彼らの揺すり・たかりを警察に知らせた場合には肉体的な暴行を加えると脅すことによって、対象となる犠牲者を脅迫した」と述べています。
 さらに、雑誌に関しては、「最も多く求められる5大婦人誌」として、「主婦の友」、「主婦と生活」、「婦人クラブ」、「婦人生活」、「ひまわり」を、総合雑誌としては、「世界」、「文藝春秋」、「中央公論」、「改造」を挙げています。
 第7章「小新聞対全国的日刊紙」では、「戦時中に新聞を規制した無数の政府規則と影響力のあるSCAPの改革にもかかわらず、1つの際立った特徴が変わらずに残った」として、「全国的新聞の支配―東京の3大新聞」を挙げた上で、それが、「明治維新に引き続き日本で発展してきた政治的・文化的生活のすべての形態が極端に東京に集中したことの必然的な結果」であると解説しています。
 第8章「プレスの改善」では、「戦前および戦時中に政府がプレスを統制するシステムの一部として利用した装置」である「記者クラブ」について、「SCAPが新聞協会に対して記者クラブ・システムの固有の害悪について印象づけた後に、力が弱まった」と述べています。
 そして、「共産党員の排除」の結果、「東京の新聞および通信社では解雇者または退職者は183名を数えた」他、大阪の77名をはじめ、全国では500名のレベルを記録したと述べています。
 また、「降伏後の初期において、プレスの自由に対し、民主的なプレスの発展を阻害する小さな、しかし時には影響のある制約があった」として、「すべての重要な政府機関のオフィスで機能した記者クラブという制度」を挙げています。
 さらに、「読者が競争紙との間の報道合戦に巻き込まれ完全に混乱した」事件として、朝日新聞による「本庄事件」と、読売新聞による「銚子事件」を挙げ、前者では、「本庄について、警察組織を買収し法を公然と無視して住民を恐怖に陥れるような暴力団員・バクチ打ち・ゆすり集団の支配する『暴力の町』」と書き、後者では、銚子について、「高寅[タカトラ、高橋寅松]という名前の地元のバクチ打ちのボスが仲間の1人に銚子の小新聞『大衆日報』の記者であるコシカワ・イノスケを襲うよう命じた」と読売新聞が報じたと述べています。
 第10章「書籍出版」では、書籍販売に関して、降伏後4年間は、「日本出版配給統制会社(通称『日配』)の事実上の独占であった」と述べた上で、1949年3月27日に、「閉鎖機関令」と「過度経済力集中排除法」の規定により、「閉鎖機関の指令を受けた」と述べています。
 本書は、終戦直後の出版業界の有様と、現在のマスコミの姿のルーツを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 マスコミっていうのも規制産業ですから、「なぜ現在のような状態になってしまったのか」を考える上で、「経路依存性」がありすぎるほどあるので、終戦直後に遡ったり、戦前に遡ったり、明治にまで遡らないとわからないことが山ほどあります。
 その意味で本書は重要な資料なのではないかと思いますが、なにしろ、大昔でありながら登場メンバーの顔ぶれは現在とほとんど変わりませんから、読み物としても十分読める一冊だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・現在の新聞社の素性を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』 2008年04月27日
 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日


■ 百夜百音

GAME【GAME】 Perfume オリジナル盤発売: 2008

 いまだにポリリズム売れてるみたいです。去年、カラオケでパフューム歌ったときは誰も知らなかったのが嘘みたいです。
 ちなみに今日は館山に行って来て、地元の安房校の人のX-JAPAN話を聞いてきたので。

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2008年05月03日

テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか

■ 書籍情報

テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか   【テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか】(#1199)

  吉野 次郎
  価格: ¥1575 (税込)
  日経BP社(2006/11/30)

 本書は、「インターネットの影響で、放送ビジネスが大きな転換期を迎えている状況を解説」したものです。
 序章「五十年かけて密かに築いた"おいしいビジネス"」では、「テレビ局に、どうしこれほど富が集中しているのだろうか。他の先進国を見回しても、ここまでテレビ局が成功している国はない」と述べ、「日本のテレビ局が、半世紀をかけて、優れたビジネスの仕組みを築き上げた成果である」と語っています。
 そして、「テレビ局がインターネットを嫌う理由は、たった7つに集約できてしまう」として、それを本書の章立てにしたと述べています。
 第1章「地上デジタル巡る攻防戦」では、「映像を配信できるインフラ」である電波を独占してきたテレビ局に対して、「通信会社がブロードバンド回線で本格的に攻勢をかけようとしている」という状況を解説しています。
 そして、テレビ業界がブロードバンドで番組を流すのを認めない理由が、「高い視聴率を維持したい」という答えにたどり着くとした上で、世界でもまれに見る「有料放送大国」となってしまって勢いを失った米地上波テレビ業界の惨状を解説しています。
 第2章「揺れる最強の番組流通システム『系列』」では、テレビ局がインターネットに番組を提供しない理由として、表向きは、「著作権の処理が大変だ」という理由を挙げているが、実は、「単純に『儲からない』というだけである」という理由を述べています。
 また、キー局が「全国規模で事業を営んでいる大手企業からの広告依頼」を受け、「系列の地方局に番組と一緒にCMを放送してもらうことで、こうしたスポンサーから巨額な広告費を集められている」と解説しています。そして、「キー局のCM収入の仕組み」として、
(1)タイムCM:特定の番組につくスポンサーのCM
(2)スポットCM番組が終わってから次の番組が始まるまでの"すき間"の時間帯を埋めるCM
の2種類のCMについて解説し、キー局が、「潤沢なタイムCMを基に、魅力的な番組を作り上げ」、「さらに、残ったタイムCM収入で地方局に電波料を払って、その番組を全国に流してもらう」とともに、「番組の制作費はタイムCM収入で賄えているし、地元だけで流すCMなので地方局に払う電波量も不要」なスポットCM収入の「ほとんどをそのまま粗利益として確保できる」と述べています。
 第3章「成長力失った公共放送はネットに夢中」では、「悲願のネット進出」を果たすためのプロパガンダ装置として、NHKが「NHKアーイカイブス」を建設したとして、「NHKが、「ラジオ放送、テレビ放送、BS放送とメディアを増やすことで、拡大してきた組織」であり、「新たなメディアに手を出さないと、いずれ成長が止まるという宿命を抱えている」と解説しています。
 そして、民放テレビ局がNHKのネット進出に反対している理由は、「NHKは黙って今の公共放送に専念していろ」というものであり、「NHKが節度を持って従来通りの公共放送を提供していれば、民放テレビ局が望む『二元体制』が維持できると考えている」と解説しています。この「二元体制」とは、NHKが、「まじめな報道番組や教育番組、教養番組を多く流している」ため、民放が「娯楽番組の量産」に専念できる、というものであると解説しています。
 第4章「家電業界の戦略商品『ネット対応テレビ』の破壊力」では、テレビ界では、「画面が汚れる」という言葉が、テレビ局の放送以外の情報が映り込むことを表し、テレビ局はメーカーに「勝手に画面をいじるような機能を付けるな」、「あなた方は、テレビ放送を映す装置を作っているんですからね」と言っていると述べています。
 第5章「芸能界とテレビの蜜月に陰り」では、テレビ局が芸能界を引き寄せるために、「タレントに支払う『高額な出演料』とタレントの知名度を高める『大きな宣伝効果』の二つ」を使ったと述べ、「大物のお笑い芸人」には1回の番組出演で最高数百万円もの高額な出演料を支払っているのに対し、俳優は「テレビで効率的に稼げない仕組」だが、「大きな宣伝効果がある」こと、そして、ミュージシャンは、「テレビの宣伝効果に期待」し、CDやコンサートチケットの売れ行きの伸びを期待するモデルであることを解説しています。
 第6章「コンテンツの支配者が下克上に怯える」では、テレビ局の「番組を大量に生産できる体制」が、400社にも上るといわれる「外部の番組制作会社」によって支えられていると述べた上で、テレビ局が、「大きな番組制作費と、リスクの小さな政策環境の2つを与える上で、テレビ局は制作会社を自らの下に集結させてきた」と述べています。
 そして、「制作会社を引き寄せていたテレビ局の求心力」が、ネットの影響で低下してきた動きを後押ししているのが、「テレビ局による制作会社の支配が日本のコンテンツ市場の成虫を阻んでいるとして、市場構造の改革を目論んでいる」経産省であると述べています。
 第7章「政府とテレビ局に亀裂が走る」では、「テレビ放送用の電波」という「滅多に手に入れることができない貴重な財産」をテレビ業界に使わせている総務省が、その代わりに、「一般の報道番組や臨時の災害報道、文化の向上につながる放送など、社会に役立つ放送サービスを提供してもらっている」と解説しています。
 しかし、「通信と放送の融合」推進派の勢いが増したことで、「テレビ局は、自分たちの"商売の種"である番組を、インターネットの発展のために差し出せと政府から言われるようになった」と述べています。
 著者は、「インターネットとテレビを組み合わせて、新しいビジネスを創造できたとき、テレビ局は電波に改めて新たな価値を宿らせるだろう」とした上で、「すでに出来上がったビジネスモデルの上に乗り、楽に過ごしてきた世代」である今のテレビ局社員たちに、「電波の価値を生かせる新ビジネスを作り上げられるのだろうか」と述べています。
 本書は、誰もが知っているようで実は知られていないテレビ局のビジネスモデルを解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 在京キー局が儲かっていて、デカイ社屋を建てたり給料が良かったりというのは、単に全国ネットの番組を作っているからというだけではなく、綿密に練り上げられた"儲かる仕組み"があるからだということを認識させてくれる一冊です。


■ どんな人にオススメ?

・在京キー局の強大な権力の源を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 池田 信夫 『電波利権』 2007年05月07日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
 歌川 令三 『新聞がなくなる日』 2008年03月29日
 池田 信夫, 林 紘一郎, 山田 肇, 西 和彦, 原 淳二郎 『ネットがテレビを飲み込む日―Sinking of TV』
 国際社会経済研究所, 青木 日照, 湯川 鶴章 (著) 『ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア』 2008年02月29日
 池田 信夫 『ネットワーク社会の神話と現実―情報は自由を求めている』 2005年09月17日


■ 百夜百音

黒船【黒船】 サディスティック・ミカ・バンド オリジナル盤発売: 1975

 今のCDの「クリア」な音も良いですが、昔のテープコンプの聞いた音はいいですね。入力のインジケータが真っ赤になって隣のトラックにも音が漏れ出すようなゴチャっとしたサウンドは最近あまり聞かない気がします。

『20 Songs to 21st Century -BEST OF SADISTIC MIKA BAND-』20 Songs to 21st Century -BEST OF SADISTIC MIKA BAND-

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年04月27日

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎

■ 書籍情報

占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎   【占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎】(#1193)

  今西 光男
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2008/3/7)

 本書は、『新聞 資本と経営の昭和史――朝日新聞筆致・緒方竹虎の苦悩』の続編であり、敗戦以後の、「混沌の時代であり、激動の時代」を描いたものです。
 第1章「『朝日内閣』と児玉誉士夫」では、1945年8月17日に成立した東久邇宮内閣の実体が、「緒方朝日内閣」であり、東久邇宮は緒方に、「言論人としての文筆能力、世論の動向に対する洞察力」を期待していたと述べています。
 そして、「一億総懺悔」の表現が厳しく批判された、首相の発記者会見が、「五箇条の御誓文」を用いるなど、「緒方のシナリオによるものだった」と述べた上で、「日本再建のためには一億国民が一致団結して対処する必要がある」と強調するあまり、「その出発点である反背・懺悔を『一億総懺悔』と表現した」ことを解説しています。
 第2章「マッカーサーの顔色」では、緒方と吉田茂が、「吉田が田中義一内閣の外務次官であった頃から旧知の間柄だったが、それほど深い関係ではなかった」と述べ、「もし、このとき、緒方が大磯に逼塞していた吉田を外相として推さなかったとしたら、あと4日で満67歳になる吉田に、その後の宰相への道が開けたかどうか」と述べています。
 第3章「戦争責任と『十月革命』」では、朝日新聞東京本社社長村山長挙が、「社員に『聖戦完遂』を鼓舞し、『戦争新聞』をつくらせてきた最高責任者」であったことから、「自らが『戦争犯罪者』の列に連ねられることへの恐れがあった」と述べた上で、「社内体制の刷新計画」を練った、千葉、香月、白川、細川、嘉治、佐々の6人組が、連名の申し入れ書として、「社長、会長はその地位を退き社主の地位につかれたし」などのの4項目を村山社長に提出したことを述べています。
 そして、「30歳のとき(1918年)に白虹事件の処理にかかわって以来、『資本と経営の分離』こそ、朝日新聞の経営安定、編集の独立に不可欠の課題と認識していた」緒方が、「この機会に抜本的に、資本と株の問題に切り込まなかった」理由として、
「緒方が主導して1924(昭和17)年5月の株主総会で朝日新聞の定款を改正」し、「議決権を5%以下に限定する」規定がある以上、「所有株式について更なる制限を重ねる必要は感じられなかったということが考えられる」と述べるとともに、「左派の活動家がリーダーシップを握る従業員組合が、相対的に朝日社内で影響力を拡大することに対する懸念もあったのであろう」と述べています。
 第4章「徳田球一が読売新聞を握った」では、読売新聞社長の正力松太郎が、「自分の戦争責任追求につながる社内の動きは絶対に認めない」と強く決意していたことを述べた上で、1945年10月23日に始まる第一次読売争議で、11月10日に、「読売闘争支援の1000人のデモ隊が読売本社に押しかけてきた」時には、「正力は『「共産党が来るぞ」という通報にあわてふためき『下駄箱に頭を突っ込んで尻を出していた」、そして配下に注意されて非難した」と山本潔の『読売争議』に描写されていることを紹介しています。
 そして、正力が弾圧した「第一次共産党事件」で検挙された徳田球一日本共産党書記長が、「18年間の獄中生活を非転向で貫き、1945年10月10日に出所」したばかりであり、「弾圧した者とされた者、敗戦の結果、一転して戦犯容疑者とその告発者の立場に変わり、調停交渉は二人の宿命的な対決の場になった」と述べています。
 また、「徳田の最大の誤り」として、正力が保有する株に「重大な関心を持たず、きちんと詰めておかなかったこと」を指摘し、徳田が「株取引は資本主義の手段で、手を汚すことが考えていた」と述べています。
 第5章「GHQ、社主家、三等重役、そして労働組合」では、GHQと吉田政権の圧倒的な圧力の前に、新聞ゼネストが挫折し、その後、「朝日の労働組合はいわゆる『右旋回』し、経済闘争を重視する企業内組合の道を歩むことに」なったと述べています。
 第6章「社主家の攻勢と『アサヒ・マン』」では、朝日新聞の長谷部社長が、GHQのインデボン新聞課長から「朝日新聞社内の共産党関係者のリスト」を提示され、「共産党分子を『徐々に排除すべき』で、一時に大勢を排除するのは望ましいことではない」と告げられていたと述べています。
 また、後に昇進したインデボン中佐が、「彼の朝日新聞関係のスパイを、アサヒ・マン」と呼んでいたことについて、「当時、風評にその名があがったのは、『十月革命』で村山とともに退陣した鈴木文四郎だった」と述べています。
 第7章「公職追放と『フジヤマのトビウオ』」では、1949年の「夕刊朝日」の創刊号から、「四コマ連載漫画にはほとんど無名だった長谷川町子を創刊号から起用、その『サザエさん』が大評判になった」と述べ、もともとは、「福岡の新興夕刊紙『フクニチ』に1946年4月22日から連載された」と述べています。
 第8章「朝鮮戦争と『ゾルゲ』の呪縛」では、1950年7月11日夜、朝鮮半島への出動拠点になった北九州・小倉の米軍城野キャンプから、「前線出動を忌避する黒人兵200数十人が集団脱走」し、「脱走兵の一部は民家に乱入して略奪や暴行事件を惹き起こし、鎮圧のMPとの銃撃戦も起こし、市民はパニックになった」と述べ、「この騒ぎは米軍によって関連報道がすべて禁止され、事件の内容を話すことも禁じられた」が、「当時、朝日新聞西武本社広告部意匠掛」で、「城野キャンプ近くに住んでいた松本清張」が、「後年、この事件をもとに小説『黒字の絵』を書いた」と述べています。
 そして、「全軍あげて戦闘態勢にあり、しかも朝鮮半島南部の釜山周辺まで追い詰められていた米軍・GHQにとっては、『客観的立場』や『中立』『冷静』を主張する朝日社説」は許しがたいものであったが、「長谷部の必死の弁明で、事態が深刻化することはなかった」と述べています。
 また、「報道機関から始まったレッドパージ」として、1950年7月28日午後3時を期して「朝日など報道8社で336人が解雇を言い渡された」と述べ、「パージされた人たちは、その日から、一切の報道機関、一般企業からも門戸を閉ざされ、長く苦しい生活を強いられた」と述べています。
 第9章「村山復辟で緒方去る」では、「敗戦直後の『十月革命』で編集局次長から三段跳び、四段跳びで突如、朝日新聞社の経営トップに据えられた長谷部」が、「経営の仕組み、歴史的な事情、背景、さらには新聞経営者としての基本的姿勢、心構えなど、多くの点を緒方から学んだ」と述べ、公職追放中の身であった緒方は、「自分が知る限りの朝日新聞の社史や経営上の問題について懇切に説明し、その経営に誤りがないように助言していた」と述べています。
 そして、用紙統制、価格統制の撤廃によって、「自由に用紙を確保できるようになった新聞各社は、独自の魅力ある紙面展開を目指し、他社との違いを際立たせようとした」と述べ、「新聞社と販売店との直接契約は、かつての特定新聞社と販売店の濃密な関係を復活させ、新聞社の系列による囲い込みが始まった」と解説しています。
 また、「戦後、あらたにこの業界に参入してきた若手店主たち」には、「復員はしたが職がないという元軍人も多かった」と述べています。
 さらに、「共販制度から専売化への動きは、全国各地で紛争を起こしていた」として、専売化のやり方として、
(1)協議専売:各社間の話し合いで専売に移行する
(2)裸専売:一社が一方的に他社に通告して専売に移行する
(3)なぐりこみ専売:専売直前に通告するか、無通告で断行する
の3つの方法を紹介したうえで、「裸専売」の代表的な例として、1951年9月に神奈川県川崎市で起きた「醤油専売」を取り上げています。
 終章「かかる時 君しあらばと」では、1956年(昭和31)年1月28日、緒方竹虎が五反田の自宅で、急性心臓衰弱と環状動脈硬化により、満67歳で死亡したと述べ、その後も、「朝日新聞で経営上の問題が起こるたびに、緒方を知る人たちは『かかる時 君しあらば』と、いくたび思い起こしたことであろうか」と述べています。
 著者は、「朝日新聞は緒方筆致時代、『経営』が『資本』を凌駕する力を持った。緒方筆致が率いる『編集』が、タブーを恐れぬ果敢な論説を展開し、深層をえぐった特ダネをものにし、多くの購買者の支持を勝ち得たからである」都市たうえで、「いまの新聞界には、『資本』と『権力』に対峙しようとする気骨ある『筆致』は見当たらない」と指摘しています。
 本書は、新聞社の「筆致」がその新聞を本当の意味で代表していた時代を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 朝日新聞といえば、マスコミの中でも飛び抜けて給料が高いというイメージで有名ですが、戦後史を振り返ってみると、一度労働組合が「革命」に成功し、後に資本家によって巻き返しを図られた、という経緯があるからこそ、「経済闘争」の結果、逆らわないように高い給料を与えられているのかもしれないと思ってしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・朝日新聞記者の給料はなぜ高いのかと思う人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 2008年04月05日
 崎川 洋光 『新聞社販売局担当員日誌』 2008年04月22日
 河内 孝 『新聞社―破綻したビジネスモデル』 2008年04月08日
 本郷 美則 『新聞があぶない』 2008年04月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 黒薮 哲哉 『新聞があぶない―新聞販売黒書』 2008年04月24日


■ 百夜百音

Poupee de Son【Poupee de Son】 France Gall オリジナル盤発売: 1992

 結構日本でカバーされる割合の高いアーティストではありますが、「フレンチポップ」というジャンルを代表する人になってしまっています。

『夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション』夢みるシャンソン人形~フランス・ギャル・ベスト・セレクション

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2008年04月20日

官僚とメディア

■ 書籍情報

官僚とメディア   【官僚とメディア】(#1186)

  魚住 昭
  価格: ¥720 (税込)
  角川書店(2007/04)

 本書は、「メディアと権力の接点で起きている出来事ばかりを取材してきた」元共同通信記者の著者が、特にジャーナリズムの現場で働く人々に「メディアはだれのものか」を改めて問いかけているものです。
 第1章「もみ消されたスキャンダル」では、安倍晋三前首相の就任直後、「安倍の地元事務所と暴力団関係者の関わりを浮き彫りにし、事件の全体像を描き出す」という「山口県下関市の安倍邸や地元事務所に火炎瓶が投げられた事件をめぐる記事」の出稿にストップがかかった事件を取り上げ、共同通信幹部にとって、平壌支局開設直後で、「安倍首相の反応に神経を尖らせていたことが大き」かったと述べています。
 第2章「組織メディアの内実」では、「かつての共同通信は日本で最も自由な報道機関」と言われていたが、「元首相竹下登の金庫番と言われ、リクルート事件の最中に自殺した青木伊平の生涯」を追った連載の単行本への収録をめぐって上層部と対立する著者の様子が描かれています。そして、「一時は会社を辞めようかと思い詰め」ながらも、結局は泣き寝入りし、半年ほど、「テニスクラブに通ったり、パチンコをしたりして時間を潰し」て「サボタージュ」を続けることで、「組織の論理から抜け出すことができたという解放感」から「以前よりずっと幸せな気分になっているのに気づいた」と語っています。
 その後、京都支局デスクへの異動を命じられ、若い記者たちと一緒に働くうちに、いつの間にか「内心軽蔑していた大阪支社や本社の連中と同じように、いや彼ら以上に小さなミスをおそれ、細かい、くだらないことにこだわるデスクになっていた」自分に築き、「このままいけば自分場自分でなくなってしまう」という恐怖から共同通信を辞め、フリーのライターになった経緯が語られています。
 著者は、共同通信を辞めて1年後、当時の読売新聞社長、渡邉恒雄の評伝取材の仕事に取り掛かり、10時間に渡る本人のインタビューを読み返す中で、「テーマはこれだ」と思えるようになったものとして、ナベツネ氏が、読売のトップに駆け上がるきっかけになった、昭和40年代に「大手町の国有地の払い下げを受けるときの政府との交渉で活躍したこと」と、「昭和50年(75年)の中部読売新聞社ダンピング事件で公正取引委員会が同社の不当廉売を立件する際、政界などに働きかけて公取委の動きを抑えようと画策したこと」の2つの出来事について、「ナベツネ氏の頭の中には、自分の会社の利益のために政府に圧力をかけるのは、報道機関の禁じ手なのだ、という意識がまったくない」ことに気づき、自分も共同通信時代に「ナベツネ氏の小型版を見ていた」事に気づき、「ナベツネ氏の連載で自分が何を打つべきなのかがようやく分かったような気がした。読売新聞にも、共同通信にも共通する腐敗の構造、それをえぐりださなければならないのだ」と述べています。
 第3章「悪のトライアングル」では、日本中を震撼させたマンションなどの耐震データ偽装問題をめぐって、取材を通じて、「ヒューザー幹部や設計事務所長たちが構造計算の実務にあまりに無知なこと」が、「建築界の実態なのだ」と気づき、「構造設計者とその他の建築関係者たちの間に横たわる専門知識の溝は驚くほど深い」と述べています。
 そして、姉歯建築設計事務所が行った偽装が、当初は木村建設からのプレッシャーなどよりも、「時間がなく、とりあえず(構造計算書を確認機関に)出した。後で差し替えようと思っていたので、単純な偽造だった」という簡単なもので、「建築確認の際、意匠や構造に関する図面や計算書を同時に出すことになっているが、実際に構造審査が始まるのは意匠審査が終わった後」なので、「当初は適当にダミーの書類を提出しておき、『意匠』審査の間に正規のものを作成して、構造審査の呼び出しがあったときに差し替える」ということについて、「おそらく姉歯さんは意匠審査の間に正規の書類を作って呼び出しがかかったら差し替えようと思ったんでしょう。そうしたら呼び出しが来ずに差し替え前の書類が通っちゃった」という業界関係者の証言を紹介しています。
 著者は、「耐震偽装事件の真相が姉歯の個人犯罪だったことは、私の取材でも疑問の余地がないほど明らかになった」にもかかわらず、「なぜ『悪のトライアングル』という間違った事件の構図が作られてしまったのか」について、耐震強度偽装事件の翌年に拓かれた「耐震偽装事件に何を問うべきか――本当の黒幕は誰だ――」と題したシンポジウムで、
「国交省が『震度5で倒壊のおそれ』と発表したが、なぜそんなことが言えるのか? もし、間違っていたら、国交省がやったことは計算書偽造よりもはるかに大きな犯罪になる」
「『強度0.5以下の建物は取り壊し』の方針にはまったく根拠がない。取り壊しの決まったホテルやマンションには耐震補強で対応できるものがたくさんあるはずだ」
「この事件に黒幕はいない。あほな役人が烏合の衆のエンジニアを集めてワーワー騒いでいるだけ。それにマスコミが乗って何がなんだかわからなくなっている」
などの、「研究者や実務家から国交省に対する厳しい批判が相次いだ」ことを取り上げています。
 そして、「姉歯だけでなく、小嶋や木村建設の幹部たち、それにイーホームズ社長の藤田らが逮捕」されたことについて、「彼らは事件の被害者であって、姉歯の反抗にはまったく加担していない。あれほど大胆な耐震データ偽装が行われているとは夢にも知らなかった」として、「社会的あるいは道義的責任がある」が、「刑事責任とは別の位相のものだ」と述べ、「当局が当初描いた事件の構図」も「『悪のトライアングル』による組織的な詐欺事件」だったが、「すべての証拠が『姉歯の個人犯罪』を指し示しているということが次第に分かってきた」ため、「本来なら、真相に気づいた時点で捜査本部の体制を縮小し、姉歯一人の立件で操作を終えるべきだった」が、「東京地検や警視庁はそうしなかった」理由として、
(1)「悪のトライアングル」の構図を信じ込むマスコミや世論がその結論を歓迎しないことが目に見えていたこと。
(2)いったん大がかりな人員を投入した以上、理由はどうあれ、何も成果が上げられなければ、彼らの官僚としての地域や評判に傷がつくと考えたこと。
の2点を挙げ、「事件関係者の身柄を拘束して、見せしめにするためのあからさまな別件逮捕」であり、「彼らが事件に関係して世間を騒がせたこと、あるいはマスコミ世論の指弾を受けたこと自体とけしからんとする『ケシカラン罪逮捕』である」と述べています。
 著者は、この事件の構図を、「報道が悪のイメージを作り出し、そのイメージに乗っかって当局が罪人を作り出す。その結果、人々の目は最も肝心なところからそらされていく」と述べ、「この事件で問われるべきは国交省の官僚たちの責任だった」として、「建物の安全を支えるはずの建築確認システムが完全に形骸化し、機能しなくなっていたということ」を事件があらわにし、「国交省の官僚たちはおそらくそのことに薄々気づきながら、何の手も打たずに放置してきたのだろう」と述べるとともに、彼らが、「1998年の建築基準法改正に際して検査業務の民間委託と限界耐力法の導入によって建築確認システムを破綻させた」ことを指摘しています。そして、国交省の官僚たちが、「自らの責任回避に成功した」のは、「事件発覚から強制捜査着手までの約5ヶ月間、メディアを通じて流された情報の大半は国交省を発信源としている」として、国交省の情報操作を指摘しています。
 第5章「情報幕僚」では、記者クラブ制に関して、「事件記者たちが当局の捜査を批判する記事のスタイルを持っていないのは、日本のメディアの報道が『客観報道主義』に基づいているから」であるとして、「記事のスタイルはこの客観報道主義に基づいて交通事故や窃盗事件から誘拐殺人のような大事件に至るまでそれぞれに応じて決められて」いることを指摘しています。
 そして、「記者たちの多くが官庁の中に設けられた、閉鎖的な記者クラブに所属し、そこで役人のレクを受けたり、役人宅に夜討ち朝駆けをかけたりして情報を取る」なかで、「官庁情報をいち早く簡潔に、しかも正確に記事化すること」が要求され、「そんな作業を長年続けていると、知らず知らずの間に官庁となれ合い、官僚と同じ目線で社会を見下ろすようになる」と指摘しています。
 また、著者自身の体験談として、東京社会部で事件記者にとっての桧舞台である検察担当になったときに、ヒラの検事たちに接触し、「特捜部内に2人の有力な情報源」を持つことができ、彼らと情報交換を繰り返すうちに、「いつのまにか彼らのインナーグループの一員になっていた。彼らに情報を提供し、彼らの捜査に協力しながら、自分の仕事に必要な情報をもらっていた」と語っています。
 そして、著者が、共同通信の記者を目寝る直前に手がけた『沈黙のファイル』の取材で、太平洋戦争開戦前夜の参謀本部作戦課の内情を調べた際に、「あのとき新聞の論調はわれわれが弱腰になることを許さなかった」という元参謀の証言に出会い、「それまで新聞は軍部の圧力に屈して戦争に協力させられたのだと思い込んでいた」著者は衝撃を受けたと述べ、「彼ら新聞記者たちは政官界の随所に濃密な人間関係を儲けて食い込み、情報を物々交換することで、あるいは情報を通過のように利用することで密着度を高めながら、実態としては情報提供者・情報幕僚としてふるまい、時としては政治ブローカーのごとき役割も果たしていた」ということを、「かなりの確信を持って言うことができる」と、検察庁における自分自身の立ち振る舞いに照らしながら語っています。
 著者は、「情報には魔力がある。それがディープ名ものであればあるほど情報の出し手と受け手の一体感が強まり、それに伴なって受け手の出し手に対する批判的な目は失われていく。もっとありていに言えば、記者は無意識のうちに自らの情報源に跪いてしまう」と述べています。
 第6章「検察の暴走」では、「特捜検察は今ブレーキの壊れた車のように暴走し始めている」と述べ、ライブドア・村上ファンド事件に関して、「一見華やかでも、操作の中身は疑問だらけだ。これほど無理筋の経済事件は戦後検察しにもほとんど例がない」と指摘しています。
 そして、「情報をエサに新聞やテレビを味方につければ、検察が批判されることはほとんどない」として、「検察は自らの威信や影響力を保つために次から次へと事件を摘発しなければならないという自転車操業的体質をこの十数年で身につけてしまった」ため、「検察組織の劣化は急激に進んだ」一方で、「『この国を統治するのは俺たちだ』と言わんばかりの権力的な自意識だけが肥大化した」と指摘しています。
 第7章「NHKと朝日新聞」では、「日本のメディアの現状を最も端的に示したのは2005年1月、朝日新聞の報道で明るみに出たNHK番組改編問題だった」とした上で、「この番組改編劇にはかなり巧妙な仕掛けが施されている」として、「松尾や野島らNHK幹部たちは安倍に呼びつけられたのではない。安倍ら『若手議員の会』のもとに出向くよう仕向けられたのである。そして『仕掛け人』が目論んだとおり、安倍らの意向を敏感に察知して、制作現場に改変を命じたのである」と指摘しています。
 そして、「この問題ほど日本のマスコミの異常さを内外に知らしめたものはない」とした上で、「その政治的圧力がなかったかのような報道がまかり通る原因を作ったのは当の朝日新聞である」と指摘し、朝日の本田記者らは、「自分の組織に負けたのである」と述べています。
 また、番組改編問題が明るみに出る約3ヶ月前に起きた「辰濃事件」の際の朝日の処置が、ネックになっていたと指摘し、「管理を強化し、効率化を追求すればするほど組織はガタガタになる。もうそろそろメディアの経営陣はそのことに気づいていいはずだ」と述べています。
 第8章「最高裁が手を染めた『27億円の癒着』」では、「産経新聞大阪本社と千葉日報社の2社が最高裁と共催した裁判院制度のタウンミーティングでサクラを動員していた」事件について、「この問題には見えないカラクリが潜んでいるのではないか」と直感したとして、「最高裁とパイプを持ち、日本最大の広告代理店・電通の大株主であるうえ両新聞社に記事を配信している共同通信社しかないのではないか」と推測しています。
 また、タウンミーティングの開催結果を伝える特集記事と最高裁の裁判員制度についての5段広告について、「事前広報及び事後広報」と「実施主体の中立性」がポイントになるとして、「官庁や裁判所とは一線を画し、独立した新聞者の編集権に基づく特集記事だと思い込ませ、裁判員として参加するのが国民の義務だという空気を醸成することができる」という「実施主体の中立性」を全面員出しながら、「全紙が同じ企画で詳報を載せている」ことは、「あらかじめ電通が『特集10段・広告5段』と指定しているためだ」ということは「電通の仕様書を読むとすぐにわかる」ことを指摘し、「質の悪い企業が読者を騙して新商品を買わせようとするときに使う"偽装記事"(記事を偽装した広告)と同じ手法が使われている」今年糾弾しています。
 そして、「こうした偽装記事と広告の抱き合わせ方式が実行されたのはこれが初めてではない」として、共同通信が10年以上前から、「社内で『パックニュース』と呼ばれる特殊な企画記事を加盟紙に配信」していて、「株式会社共同通信社(報道機関である社団法人共同通信者の関連会社)が電通と連携しながら始めたサービス」であることを明らかにしています。
 また、電通が最高裁に提出したタウンミーティング「仕様書」には、「新聞者の編集関係者の意識を高めてもらい、執筆意欲を喚起する」とするとともに、「地域オピニオン層の巻き込み」を図るとしていること、「コーディネーターとして地元新聞者の論s熱意員・編集関係者などを立てることで、司法及び裁判員制度に対する正しい理解に基づく、前向きな地域世論の醸成を図る」とあり、「ここからは報道機関である地方紙や共同通信を政府の広報機関として利用しようという電通の意図が明確に読み取れる」ことを指摘しています。
 さらに、裁判員制度について、「当の裁判官たちの大勢が内心では受け入れがたいと思っている制度だからこそ、最高裁は電通と結託した大がかりな世論誘導プロジェクトを仕掛けなければならなかったのではないだろうか」と述べています。
 本書は、メディアと「当局」とが、互いに力を及ぼしながら世論がエスカレートし、事実が隠されていくメカニズムを解き明かした一冊です。


■ 個人的な視点から

 悪い本ではないですが、何となく読みづらいと感じてしまうのは、本書のテーマが「権力とメディアの関係」であるにもかかわらず、おそらくは叩きやすい権力の代表としての「官僚」を持ち出してきたタイトルのせいではないかと思います。たしかに「官僚」でも間違いではないのですが、官僚制の問題を扱っているわけでもなく、焦点がぼけて感じるのはもったいない限りです。


■ どんな人にオススメ?

・メディアの人間がいかに権力に取り込まれるかを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 魚住 昭 『国家とメディア―事件の真相に迫る』
 魚住 昭 『渡邊恒雄 メディアと権力』
 魚住 昭 『特捜検察の闇』
 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日


■ 百夜百音

九ちゃんとパラキン【九ちゃんとパラキン】 坂本九ほか オリジナル盤発売: 2005

 先週、パラキンのボーカルだった佐野修さんのステージを見る機会に恵まれましたが、70歳を超えてステージの上で走りまくりながら歌う若々しい姿と、客席を見事につかむ存在感はさすがだと思いました。

『レア・コレクション』レア・コレクション

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2008年04月05日

新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩

■ 書籍情報

新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩   【新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩】(#1171)

  今西 光男
  価格: ¥1470 (税込)
  朝日新聞社(2007/6/20)

 本書は、「新聞の隆盛期といわれた20世紀前半の大正時代から昭和戦前期にかけて、『大日本帝国』の膨張による日中戦争の長期化と戦時体制の強化によって、新聞の自由が次第に奪われ、新聞統制の結果、ついに国策新聞化してしまった『新聞の屈服』を、新聞経営の視点から改めて検証」を試みているものです。
 第1章「新聞はいかにして一大敵国となったか」では、第一次大戦中にわが国最大の産業都市となった大阪を舞台に、「大阪朝日新聞(大朝)と大阪毎日新聞(大毎)」が、「特ダネや速報で激しくしのぎを削っ」ていたことを紹介し、懸賞投票や連載小説「虞美人草」など、イベントの開催が、「新聞販売の拡張手段になり、その知名度の上昇は広告媒体としての価値を高め」、「商業新聞」と呼ばれるようになったと述べています。
 そして、戦争、スポーツ、航空ショーといった大ニュースやイベントが、国民を熱狂させ、「新聞読者を激増させた」ため、「1895年から1901年にかけては、半期ごとに2万~4万円もの純益を上げ、繰越金も雪だるま式に増えていた」として、中でも朝日は、「きわめて高率な出資者(株主)への配当」を誇り、1907(明治40)年上半期には「14割8分」という、「出資金を上回る驚異的な配当を記録した」と述べています。
 また、大朝が、その「自由な論調」により、「読者の知的欲求を満たすとともに、世界の動向や政治問題に目覚めさせた。大正デモクラシーという言われた社会意識の高まりは、新聞を通じて、さらに各階層、地方へと広がろうとしていた」と述べ、「大朝は時の権力から『一大敵国』と名指しされる、権力批判の牙城となっていた」ため、「朝日新聞、とりわけ大朝が、言論弾圧の標的とされたのは、当然ともいえる成り行きだった」と解説しています。
 そして、1918(大正7)年8月に起きた「白虹(はっこう)事件」について、「白い虹が太陽を貫くように見えるのはその国にとって兵乱の兆しである」という故事に基づく表現である「白虹日を貫けり」という言葉を内務省・警察当局に見咎められ、「権力の転覆、あるいは『皇室の尊厳』を冒す疑いがある」として告発されたと解説しています。
 この事件で朝日新聞は大きな打撃を受け、「全面降伏」を余儀なくされた裏の事情として、朝日新聞は、創業期に「政府の機密費からの融資を受けていた」という過去があったことが紹介されています。
 さらに、有山照雄・東京経済大教授の「白虹事件は、日本のジャーナリズムにとって最大の転換点であり、現在のジャーナリズムをも根幹のところから緊縛している」という言葉を紹介した上で、朝日新聞が、「その内部では、経営者と資本家である社主家との間で、激しい暗闘が何度も繰り返され」、その中心となっていたのが緒方竹虎であったと述べています。
 第2章「『筆致』緒方の誕生」では、「筆致」という「正式の役職名ではない」が、「その権威と実力を表現する呼称として、あるいはその体制をさして使われた」言葉について、「新聞者の編集部門・方針を掌握することであり、その最高責任者をさす言葉でもある」と解説しています。
 そして、緒方竹虎が、1912(明治45)年7月30日に、明治天皇が崩御、大正天皇が即位した際、入社1年足らずで、「政治記者にとって最大の取材対象」である「新しい元号はどうなるのか」という大スクープを物にした経緯を述べています。
 緒方は、1925(大正14)年2月に、編集局長に就き、満37歳、政治部長、支那部長を兼務したまま、東朝の筆致を担うことになり、ここに「緒方筆致」が誕生したと述べています。"
 第3章「軍部に抗することはできたか」では、大朝が、「ワシントン会議で示された主力艦対英米6割案に賛同する社説を掲げ、対英米7割を主張する海軍などの姿勢を批判した」こと等を挙げ、「普選運動、軍縮問題とも、大学、新聞が一体となって世論の盛り上げが大きな力になった」と述べています。
 しかし、「大朝の期待とは裏腹に、『武力がオールマイティの時代』がまさに日本を多い、その武力による『猪突主義による顛落』が現実になろうとしていた」として、「その弾圧の嵐は、朝日とりわけ大朝に向っていた」と述べています。
 そして、「大朝がひとり、集中砲火を浴びることになった」理由として、「普選問題、軍縮問題でこれまで共闘してきた東朝が、実は満州事変の直前に『変節』していたから」であったと述べています。
 さらに、「新聞経営にとっては追い風が吹いていた」として、「地方の読者獲得のために、地方版の拡充が行われ、1930(昭和5)年までに一県一版の地方版が完成」し、「出兵している地元紙団の動向などが掲載され、それが大きな目玉になった。従軍している兵士の留守宅では、新聞は不可欠の情報源になった。肉親の安否を知るには現地の特報が載る新聞しかなかった」と述べています。
 第4章「二・二六事件の仁王立ち」では、緒方が「政府に協力的な姿勢をとるようになった」理由として、「首相に就任した先輩の広田や、懇意だった米内光政が、新聞界の代表として、されに個人的相談相手として、緒方を指名した」ことや、「日増しに強まる軍部の構成、軍国主義化の情勢をみて」、「これに歯止めをかけるには、新聞紙上における言論活動だけではもはや難しくなっていると判断し、政府中枢に直接、発言力、政治力を発揮しうる立場に自らを置こうと」したという「計算」があったと述べ、「そのことは、『新聞人』としての緒方の限界を示すとともに、緒方のその後の人生を大きく変えることにつながることになった」と述べています。
 第5章「日米開戦への道」では、日本の前途を憂慮した緒方が、「密かに中国との『和平工作』に取り組んでいた」ことを、「新聞記者本来の職分を逸脱するものであったが、三国同盟の締結、日米開戦の危機という非常時に、このまま、手をこまねいているわけにはいかないと判断した」ためであると述べています。
 第6章「ゾルゲ事件と中野正剛の憤死」では、1941(昭和16)年10月15日朝、「元朝日新聞上海特派員で満鉄嘱託、尾崎秀実が検察当局にスパイ容疑で逮捕され」、「3日後の18日にはドイツ人新聞記者リヒアルト・ゾルゲが、同容疑で捕まった」事件について述べ、「緒方や編集局長の野村秀雄らは尾崎逮捕の極秘情報をつかむや、ただちに事件の朝日への波及を懸念したと思われる」が、「厳しい緘口令がしかれ、朝日新聞にはなかなか情報が集まらなかったであろう」と述べています。
 また、12月8日朝、毎日新聞が、日米開戦の歴史的スクープを掲載した経緯について、東日政治部黒潮クラブ(海軍省担当)記者後藤基治記者らの徹底取材があったとして、ある海軍提督(のちに米内光政だったことが明らかにされる)の私邸に招かれた記者が、提督がトイレに立った隙に、鞄の中の「対米英作戦要項」に「開戦時期は12月1日から10日までのX日」とあったことを覗き見し、提督から、「このカバンの中には、君が見たがっている書類がある。だがこれを見せたら、僕は銃殺される。重臣、大臣でも銃殺だ」と言われたことが述べられています。
 そして、「日米開戦」という新聞にとって歴史的大事件の日に、「朝日新聞は完敗していた」と述べています。
 第7章「『反緒方』のクーデター」では、「東条英機内閣による『ゾルゲ』と『中野正剛』の二つの事件は、『朝日新聞の顔』である緒方竹虎の維新とその社内体制を大きくゆるがした」として、事件の摘発が、「その標的が朝日新聞であり、とりわけ緒方に向っていることを示していた」と述べ、「これまで、緒方が朝日社内で重用され、社主家を上回る実権を振るうことができたのは、緒方の持つ政府や軍部への影響力であり、権力との調整能力があったからだ」が、「時の独裁的権力者・東条英機はその緒方を明らかに敵視していた」と述べています。そして、白虹事件の際と同様に、「権力の弾圧が加えられたときに、それに呼応するかのように、朝日新聞社では社内抗争が勃発する。そうした朝日の体質、社内風土を、政府や軍部はすでに把握していた」として、1941(昭和16)年10月4日付の内閣情報局の調査文書が、朝日新聞の経営体質を「個人商店特有の老舗思想」であり、「諂いが出世の第一」と看破していることについて、「残念ながら、現在の朝日新聞についてもそうだと肯かざるを得ない」と述べています。
 また、「『筆致』としての社論形成や対外的な影響力では緒方は自他共に認める存在だったが、車内のバランスやさまざまな思惑にも配慮しなければならない社内人事については苦手」で「人事について口を出すことも稀だった」と述べています。
 第8章「潰された和平工作」では、戦時体制下に、「統制は新聞社のみならず、取材現場である記者クラブにまで及んでいた。というより、記者クラブ制度の確立が統制の大きな柱になっていたといったほうがいいかもしれない」と述べ、「記者クラブの統制強化で、記者の意識も行動も変化していた」として、緒方が、「一連の情報公開、統制緩和に賛同すると思っていた記者の間から、『色々なことを話していただくのはありがたいが、どの程度記事にしてよいか判らなくなる」との苦情が出て驚いた。身も心も『御用クラブ』になっていた。緒方は検閲を緩和しようと務めたが、実態は変わらなかった」と述べています。
 第9章「統制に屈服した新聞」では、大空襲などで主要交通網が寸断される事態となっても、国民が少なくとも一紙を読めるように、「中央紙と地方史との販売地域を分け、大都市部の印刷設備についても共同化を図る」とする「新聞非常態勢に関する暫定措置要項」が、1945年3月13日に閣議決定され、「この結果、東京、大阪、福岡の三大都市圏以外の道県においては、中央紙(全国紙)は配達をやめ、一県一紙の地方紙のみしか販売できなくなった」とする「持分合同」について解説し、さらに、地方紙の強化のため、中央紙から人材と資材(輪転機など)の提供が行なわれ、「この結果、地方紙の取材力、設備などは著しく強化」され、「戦争末期という非常事態かとはいえ、文字通り一県一紙の独占的支配を確立し、中央紙からの人材、機材によって、最新の技術と編集ノウハウをつかんだ県紙が、戦後、それぞれの県で圧倒的な市場支配(購読率)を確保したのは、この『持分合同』といわれる新聞統制の結果だったのである」と解説しています。
 第10章「新聞にとって『戦争』は終わっていない」では、「戦時下で進められた新聞統制の結果、新聞は大きく変容した」として、1935(昭和10)年ごろには全国で1200あった日刊紙が、統制の結果、1943年にはわずか55社に減少し、「しかも用紙配給や価格の統制、さらには共販体制移行による販売部門の共同化や持分合同によって、新聞は政府の統制下に入った」と述べています。
 そして、「かつて大正時代から、昭和初期にかけて、朝日新聞をはじめとする新聞は時の権力から『一大敵国』視され、さまざまな弾圧を受けてきた」が、「残念なことに、いまや朝日新聞も含めた日本の新聞は、『一大敵国』と呼ばれるような、権力から本当に恐れられる存在ではもはやないようだ。戦時下の新聞統制で作られた新聞業界の棲み分けと与えられた既得権の数々によって、敗戦と占領という激動を超えて、半世紀以上にわたって新聞産業を反映させてきたが、その一方で『権力』によって新聞が『馴化された』面もなしとはしないからだ」と述べています。
 本書は、朝日新聞の歴史を通じて、現在の朝日新聞と新聞産業の危機を訴えている一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、基本的には戦前・戦中の朝日新聞の論陣の中核にあり、時の権力に大きな影響力を持ち、それゆえに権力から追われた「筆致」緒方竹虎の評伝という体裁をとっていますが、そこかしこに、現在の新聞界、特に朝日新聞社に対するメッセージが込められています。本書が元々、「朝日総研リポートAIR21」に連載されていたものを元にしているためということもありますが、人が歴史に夢中になるのは、その中に現在のエッセンスを透かし見ることができるからなのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・なぜ各県に「県紙」が一紙だけあるのか疑問のある人。


■ 関連しそうな本

 今西 光男 『占領期の朝日新聞と戦争責任 村山長挙と緒方竹虎』
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 原 克 『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』 2008年02月24日
 大井 浩一 『メディアは知識人をどう使ったか―戦後「論壇」の出発』 2008年03月22日


■ 百夜百音

ハチミツ【ハチミツ】 スピッツ オリジナル盤発売: 1995

 ヒット曲「ロビンソン」のタイトルは、タイのロビンソンデパートに由来しているそうですが、普通は想像するのは「ロビンソン・クルーソー」か「宇宙家族ロビンソン」なのではないかと思います。

『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection

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2008年03月30日

報道危機―リ・ジャーナリズム論

■ 書籍情報

報道危機―リ・ジャーナリズム論   【報道危機―リ・ジャーナリズム論】(#1165)

  徳山 喜雄
  価格: ¥714 (税込)
  集英社(2003/06)

 本書は、「マスメディアは本当にやるべき報道をやっているのか、このままでは市民から遊離していく一方ではないか、そうならばどう改革していくべきなのか、市民から何を求められているのか」等の危機感や疑問から、メディアが突きつけられている問題や課題を論じ他のものです。
 第1章「漂流する放送メディア」では、テレビの政治を扱ったワイドショーとお茶の間の関係を取り上げ、「情報の送り手である『テレビメディア』と受け手である『視聴者』、さらにテレビを利用することによって存在をアピールしようとする『政治家』、この三者が三つどもえになり、高視聴率という『黄金の三角地帯』を形成している」と述べています。
 そして、「「いつの時代も権力者は、マスメディアを自分の都合のいいように利用したいもの」であることを、テレビと視聴者は肝に銘じるべきであると述べています。
 第2章「萎縮する活字メディア」では、「権力から市民を守るはずのマスメディアが、いつのまにか市民と市民を守る権力の連合体から敵視されるという『倒錯の構図』」が、「権力を監視するはずのマスメディアが逆に権力から監視されるという方向へと尖鋭化していった」と述べ、人権擁護法案のなかに、「報道機関による人権侵害」も休載対象として盛り込まれることとなったことについて、「世界各国に人権委員会はあるが、報道機関を対象とする国はほとんどない。いずれの国も言論・報道の自由の観点からはずしている」と主張しています。
 そして、マスメディア側が「これまであまりにも取材・報道することに一辺倒で、自分自身について説明することをおろそかにしてきた」と述べたうえで、「マスメディアが市民から遊離し始めた原因はここにもあるのではないだろうか」と明言を避けています。
 第3章「メディアの新しい潮流」では、「ネットの世界においては個人でも用意にニュースを発信することができ、ジャーナリズムはますますマスメディアの占有物ではなくなってきた」と危機感を煽っています。
 また、「耳や尻尾を切断したネコの虐待写真がネット上の掲示板『2ちゃんねる』に流れた」ことや、容疑者が書類送検された後も、「怒りが収まらないネット利用者によって実名や住所、顔写真がネット上で暴露された」ことを取り上げ、「ネットを使って犯罪行為をした容疑者がネットで報復されるという、現代社会をシンボリックに映し出す事態となった」と述べた上で、「一連の出来事の舞台となった2ちゃんねるとは、どのようなメディアなのだろうか」と解説しています。
 第4章「明日のジャーナリズムのために」では、日本の記者の育てられ方について、大学卒業後、新聞社や通信社に入社すると、「まず地方支局に配属され、そこで警察取材(サツ回り)から始め」、「現場で仕事をさせながら戦力になる人材に育てる」という「オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)方式によって日本の記者は養成されていく」と述べた上で、警察取材からOJTを始める弊害として、
・まず情報をいただく、という姿勢からスタートする。
・権力側に立った報道姿勢になりがち。
・被害者の人権を脅かす場面に遭遇しやすい。
・一つの事件、自己を大勢の記者で追うパックジャーナリズムになりがち。
・記事がパターン化する。
。新聞記者の仕事が、警察取材という第一歩で嫌になる記者が少なからずいる。
という朝日新聞記者の石川雅彦記者言葉を紹介しています。
 そして、「まず最初にスポーツ取材や街ダネ取材、あるいは徹底的にインタビュー技術を学ぶ、といったいくつもの養成過程があってもいいのではないだろうか」と述べています。
 また、日本型OJTが、「さらの新人を、我が社のカラーに染める」という色彩が濃いことを指摘しています。
 さらに、欧州でジャーナリストになるための道として、
(1)大学でジャーナリズムを学ぶ
(2)独立ジャーナリスト・スクールに通う
(3)「見習い」をしながら仕事を覚える、いわゆるOJT方式
の3点を示しています。
 著者は、「世界的に見ても、新時代に対応できるジャーナリストの養成・研修方法の開発・確率、そして市民に信頼される強靭なジャーナリズムの再構築が不可欠となってきている」と述べています。
 本書は、「ジャーナリスト」を自称する階層の人たちによる、自らの生き残りの道を模索した一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書のタイトルである「報道危機」とは、メディアスクラムの問題など、市民にとっての「報道」による「危機」を扱っているのではなく、マスコミ関係者が、自分たちにとっての「危機」を訴えているもの、だという前提を理解していないと、市民が読んでも著者が何を言わんとしているのかがなかなか理解できないんじゃないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「報道」という聖域を侵される「危機」を感じている報道人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 毎日新聞取材班 『ネット君臨』
 西村 博之 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』


■ 百夜百音

大全集【大全集】 吉幾三 オリジナル盤発売: 2000

 田舎のプレスリーだったころは寄ってくる娘っ子たちもいたのですが、いよいよそれも嫁に出て行ってしまったのか、ついには若いもんは一人だけになってしまったようです。


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2008年03月29日

新聞がなくなる日

■ 書籍情報

新聞がなくなる日   【新聞がなくなる日】(#1164)

  歌川 令三
  価格: ¥1470 (税込)
  草思社(2005/9/6)

 本書は、元毎日新聞記者による、「『新聞はなくなってほしくない』と思っている人間が書いたジャーナリズム論」です。
 第1章「『沈まぬ太陽』と『役員室午後三時』」では、現在の全国紙のルーツが、明治時代に、「小新聞(こしんぶん)」と呼ばれた「下世話な世相の一面や事件を取り上げた」ものにあり、その源流は大阪朝日新聞といわれていることを紹介しています。
 また、「インターネットは地球を襲った巨大隕石である」とのたとえ話の大前提として、「いま新聞界を襲っているデジタル情報革命なるものは、新聞の発生を促した15世紀のグーテンベルクの印刷機の発明以来の、歴史上滅多に起こらない大事件だ」と述べたうえで、
(1)デジタル革命派、"情報の容れ物"の素材革命でもある。
(2)日本の新聞経営のデジタル時代への対応は、米国よりも7~8年、韓国よりも3年遅れている。
(3)日本の新聞界の「電子」新聞の対応が及び腰なのは、戸別配達制度が強固だからである。
(4)戸別配達制度が危うくなるのは、テレビのデジタル化が完了する2010年だ。
(5)2012年頃までに、小さくなった「紙」新聞紙上のパイを巡って、全国紙による争奪戦が起こる。
(6)デジタルテレビ、インターネット、新聞の3つのメディアの大融合時代がやってくる。
(7)日本の「紙」の新聞が姿を消すのは2030年頃だ。
(8)インターネット・メディアは情報伝達の単なる道具ではない。情報伝達の主たるメディアが変わると、ジャーナリズムは大きく変容する。
の8つの仮説を立てています。
 第2章「さようなら? グーテンベルク」では、、ルターの宗教改革をメディア論的に見ると、中世カトリック教会の行動は「メディアの横暴とその弊害」であり、これに反発したルターが、「聖書こそ、神の教えを伝える唯一のよりどころである」と考え、「神と人間をつなぐメディアは『教会』ではなく『聖書』である」と主張し、「『坊主』から『聖書』へと、キリスト教における支配的メディアの改易に成功した」と述べています。
 第3章「韓国に行けば、明日が見える」では、韓国マスコミ学会会長の金教授が、「ニューメディア時代の韓国の大新聞の直面するジレンマ」として、「紙の新聞が、電子新聞に力を入れれば入れるほど、読者は電子新聞の無料のニュース提供の便利さになれてしまい、逆に紙の新聞を読まない人を増やすかもしれない」との言葉を紹介しています。
 また、市民電子新聞である「オーマイ・ニュース」の呉社長が、「私たちの目標は、メディアのパワー・シフトです。閉ざされた保守の紙の新聞から、開かれた進歩のwwwメディアの時代に移行させることです」と語っていることを紹介しています。
 第4章「飛び交う『新聞の死亡宣告』」では、「アナログ時代の情報収集の鉄則」として、「人より早く情報を取りたいのなら、人より良い位置を占める」ことを挙げ、ユダヤ系金融業者のロスチャイルド家が、1815年、ナポレオン率いるフランス軍と連合国軍とのワールテローでの決戦の第一報を掴み、英国公債を買い捲ることで巨万の富を築き上げたことを紹介しています。
 また、アイダホ州、ポスト・レジスター紙の編集発行人、ロジャー・プロソー氏が新教会のホームページに寄稿した「いまからでも、遅くはない」という論文を取り上げ、その論旨は、「アメリカの新聞人は1990年代初め、インターネット・メディアの出現にあわてふためき、自分達の持っている貴重な財産であるニュース・コンテンツの価値を自らの手で、低下させた」として、「『紙』は有料だが『電子』はタダ、それが消費者の常識なってしまった。これは新聞の自殺行為だ」と主張していることを紹介しています。
 第5章「『ぬるま湯』のなかにも、つのる危機感」では、「明治以来続いた日本的宅配制度」に支えられ、「やや落ち目にあるとはいえ、日本の新聞業の規模は世界一」であることを述べた上で、「この欧米にはない新聞店の仕組みの解明なくして、日本の新聞事情を語ることはできない」として、そのビジネスモデルの特徴として、
(1)販売経費が高い。売り上げの4割以上が、日々の新聞の出前費用に回されている。
(2)新聞にはさんで個別に届けられる折り込み広告の収入を店が持っていること。
(3)日本の新聞社の収入に占める広告収入の比率が、比較的低いこと。
等の点を指摘しています。
 そして、「将軍は昔の戦争をしたがる」という欧州の諺を取り上げ、「変革の時代には、過去の成功体験こそが、企業の自己変革の足かせとなる」と述べています。
 また、団塊の世代が新聞好きな理由として、「日本の新聞が世界一の大部数であり得たのは、高度成長期の日本が、価値観の共通性が強い社会だったからだ」と述べ、「人々は日本の発展のために『個』を制して『大同』につく」という「あの時代特有のコンセンサス重視の読者感覚が、ステレオタイプの大新聞の文化とピッタリだったのだろう」として、それが「新聞を読まないことは、恥ずかしいことである」という考え方を生んだ社会的背景であると述べています。
 第6章「201X年『日本型新聞経営』が死ぬ」では「新聞の将来を語るキーワード」として、「市場での共食い」を意味する「カニバリ」を挙げ、破壊的「カニバリ」のポイントとして、
(1)破壊的な「カニバリ」は、イノベーションが既存の製品を市場から駆逐してしまうような「破壊的」技術を生み出したときに発生する。
(2)「破壊的」技術によってもたらされた新製品には、通常、低価格で性能も良く、新しい顧客にもてはやされるものが多い。
(3)「カニバリ」とは無縁なアウトサイダーにとっては、「破壊的」技術によってもたらされた新商品は、千載一遇のビジネスチャンスである。
の3点を挙げています。その上で、「インターネットデジタル情報化という"破壊的"技術が生んだニューメディアだ」として、日本の新聞界は、「深刻な"カニバリ"のジレンマに陥り、目下思案中」であると述べています。
 そして、日本の新聞経営のよりどころとして、
(1)販売収入こそ、新聞経営の命である。
(2)専売店による宅配制度の維持こそが、日本の新聞経営者の至上命題である。
(3)広告収入は重要だが、それも「紙」新聞の安定的発行の継続が前提だ。
の3点を挙げ、日本の新聞経営は、「ニュースや広告を詰め込んで読者に運搬するコンテナーは『紙』でなければならない」という米国とは逆の経営戦略が導き出されると述べています。
 第7章「ジャーナリズムは滅亡するか?」では、「この本に残された最後のテーマ」に対し、「ジャーナリズムは滅亡しない。伝統的なジャーナリズムの定義を書き換えるほど、大きく変容を遂げるだけだ。新聞ジャーナリズムも生き残る。だがメディアの主役交代で、衰退しているだろう」と答えています。
 また、「ブロガー」など、インターネットに情報を発信する「電子」メディアについて、メディア論の見地からは、「彼らのやっていることは、『ジャーナリズムの文化大革命』だ」として、その理由を、
(1)情報伝達の媒体の機能が、従来のジャーナリズムとは全く異なる。
(2)社会への影響の及ぼし方の違い。
の2点挙げています。
 本書は、毎朝、家に配られることが当たり前だと思っていた新聞とは何かを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、1934年生まれということで、結構なお年を召されているのですが、新聞の歴史からネット新聞までの流れを、破壊的イノベーションの考え方で整理している点は、若いジャーナリストがや現役の新聞記者が「ネット君臨」などの場当たり的で感情的な反応を示しているのに比べると、シンプルながらもわかりやすいんじゃないかと思います。この対極的なものの見方は、やはり年の功なんでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・新聞のインクの匂いが好きな人。


■ 関連しそうな本

 毎日新聞取材班 『ネット君臨』
 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳) 『民主化するイノベーションの時代』 2006年10月16日
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日


■ 百夜百音

そばにいるね【そばにいるね】 青山テルマ feat.SoulJa オリジナル盤発売: 2008

 「史上初のアンサーソングで1位獲得」となった曲ですが、シチュエーションとしては、松村和子の「帰ってこいよ」をデュエットで歌ったわけなので、「ベタ」さで言えば現代のほうがはるかにベタになってきているということもできます。
 いつの時代も「春は別れの季節」ということで、一定の需要があるということでしょうか。
 ちなみに「帰ってこいよ」にはアンサーソングとしてセカンドシングル「お加代ちゃん」がありますが、日本初のアンサーソングは、「黒ネコのタンゴ」に対するアンサーソング「ドラネコのゴーゴー」だそうです。

『帰ってこいよ』

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2008年03月08日

テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅

■ 書籍情報

テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅   【テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅】(#1143)

  野田 隆
  価格: ¥777 (税込)
  光文社(2006/4/14)

 本書は、「鉄道ならぬテツ道入門」であり、本書をきっかけに、「テツ予備軍のみなさんが、ときにはクルマや飛行機を捨てて鉄道旅行を試みて」くれることを目指したものです。
 第1章「テツはこう乗っている 日常編」では、「テツはまず何よりも車窓を楽しむもの」であること、「テツにとって、時刻表というのは、キリスト教徒の聖書、法律家の六法全書、ビジネスマンの経済新聞、若い女性の化粧道具と同じく必携品」であること等を述べています。
 そして、「列車に乗って音を楽しむ」ことの初心者向けとして、京浜急行電鉄やJR常磐線の車両が放つドレミ音階(インバータの音が発車時に段階的に変化するのに着目して音をつけたもの、ドイツ製)を紹介しています。
 また、「テツのいちばんの喜び」として、「ある路線の始発駅から終着駅までの全区間を走破すること」である「完乗(かんじょう)」を挙げています。
 第2章「テツはこう乗っている 旅行編」では、「テツは四種類いる」として、
・乗りテツ:列車に乗ることを無常の喜びとするテツ
・撮りテツ:列車の走行シーンを撮影することに生き甲斐を感じるテツ
・収集テツ:切符やカードを始め、普通の人にはガラクタとしか思えないような鉄道部品や廃品を大事に保存し、コレクションに加える。
・模型テツ:「製作派」、「収集派」、「運転派」等の流儀がある。
の4大勢力を紹介しています。
 そして、中でも最大の勢力である「乗りテツ」については、さらに、
・旅情派:風光明媚なローカル線に乗って楽しんだり、趣のある車両に揺られて旅情を感じたりするテツ
・記録派:「全線完乗」や「最長片道切符」などの事業達成のために乗るテツ
に分かれるとしています。この「最長片道切符」については、1978年に作家の宮脇俊三氏が実行したときには、北海道広尾線広尾から九州の指宿枕崎線枕崎までの1万3000キロあまりであったが、四国への連絡線の廃止や赤字ローカル線の廃止のため、「総延長距離はだいぶ短くなって」しまい、2004年にNHKの番組で俳優の関口知宏氏が実行したときには、総延長11925.9キロ、運賃は93879円であったことを紹介しています。
 第3章「テツはここに感動している」では、夜行列車に乗ったテツが、「チェックすることが多すぎて徹夜となる」ことや、全国に十数か所あるデッドセクションの場所を暗記して、「通過の瞬間を待ちわびる」こと等を語っています。
 第4章「テツはこう得している」では、「ケータイやインターネットで、わざわざ乗り換え情報を検索する必要」もなく、「苦なくして、労少なくして電車に乗れる。これこそ、テツならではのお得な一面である」と述べています。
 そして、テツの乗車パターンに対応できるフリー切符や乗り放題切符を紹介し、鉄道利用主体の生活を送っていると「歩くことが日常的」になり「健康に非常にいいこと」である等、「テツ知識があるとずいぶん得することも多い」と述べ、「いかにもテツ丸出しの人間よりは、『隠れテツ』くらいが、案外、人からも信頼され、得な人生を送れるのかもしれない」と語っています。
 第6章「テツはこれを集めている」では、鉄道模型の価格が1台10万円以上するものもあるため、「鉄道」が、「金を失う道」と言われると述べ、ミニカーや飛行機、戦艦などのモデルのコレクターも、「鉄道模型は高くて手が出ないよ」と敬遠していることを紹介しています。
 第7章「テツはこれを食べている」では、日本中の駅弁を紹介する中で、「幻の駅弁」として、福井県小浜の「御食國(みつけくに)濱のかあちゃんのまごころ焼き鯖そぼろ寿司弁当」や1万円を越す高額で知られる「極上松阪牛ヒレ牛肉弁当」等を紹介しています。
 また、珍しい飲み物として、新潟~会津若松間を走る「SLばんえつ物語号」の沿線の新潟県にいつの酒屋が作った「酒酒ポポ酒ポポ」という、「蒸気機関車の形をした陶器に入っていて、煙突から煙ではなく酒が出てくるようになっている」商品などを紹介しています
 さらに、「日本全国を旅しているから、テツは各地の名産を食べ歩いているのだろう」と思われることがあるが、「それは大きな勘違いだ」と、ホームの駅ソバをすすり、中には、「テツ行為中は食べない」など、「その日のテツ行為が終了するまでは、おちおち食事などしている暇はない」という「究極のテツ道」を語っています。
 第8章「テツはこう乗っている 海外編」では、「テツにとって、海外の鉄道は鉄道の範疇に入らない」理由として、
・国内の鉄道に多大な関心を示し、その乗りつぶしや撮影に膨大な時間や労力をつぎ込んできたため、海外の鉄道に目を向ける余裕がない。
・飛行機には敵意や恐怖心を持っているために日本から脱出できない。
・語学に苦手意識を持っている。
等を挙げています。
 本書は、テツ分の少ない一般読者にとっても、たまに見かける「テツ」達が、何を考え、何のために行動し、そこで何をしているのかを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書によれば、イタリアでは「撮りテツ」行為は法律に触れる行為になるそうです。どうやら、テロ対策として駅構内での写真撮影が禁じられているようで、他の国でも駅は軍事施設などとともに撮影禁止になっているところがあるようです。
 そう言えば、列車の中に放置されているバッグがあると思って鉄道関係者が拾おうと思ったら、「録りテツ」が血相を変えて飛んできて、録音中だから触るな、と怒られたそうです。奥が深すぎます。


■ どんな人にオススメ?

・自分自身の「テツ分」を自覚していない人。


■ 関連しそうな本

 三戸 祐子 『定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』 2005年10月10日
 橋本 毅彦, 栗山 茂久 『遅刻の誕生―近代日本における時間意識の形成』 2006年05月11日
 猪瀬 直樹 『土地の神話―東急王国の誕生』 2006年07月21日
 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 原田 勝正 『鉄道と近代化』 2007年11月30日
 丸田 祥三 『鉄道廃墟』


■ 百夜百音

WINK ALBUM COLLECTION 1988-2000 アルバム全曲集【WINK ALBUM COLLECTION 1988-2000 アルバム全曲集】 Wink オリジナル盤発売: 2008

 20年前の中高生たちが30代になり、自由に使えるお金も増えたところを狙った高額商品を出してきているようですが、さすがに妻子がある人は買いにくいんじゃないかと思います。

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2008年02月24日

悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生

■ 書籍情報

悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生   【悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生】(#1130)

  原 克
  価格: ¥756 (税込)
  集英社(2003/06)

 本書は、テレビやラジオなど、いまや「第二の自然」になっているメディア環境について、「こうした事態はいつごろから生まれてきた」のかを、「20世紀前半、メディアの揺籃期、当時の都市大衆は我々の先輩として、どのように情報と接していた」のかを、主にドイツと日本を例に挙げて解説したものです。
 第1章「【テレビ】料理番組と遠隔誘導ミサイル」では、1930年代に、ヨーロッパ各国がテレビの定時放送を開始したことについて、各国が国の威信をかけて開発競争にしのぎを削っていたと述べています。
 そしてナチスのゲッベルスが、「直接的な政治宣伝よりも、いわゆる『非政治的な娯楽』番組の方が、トータルで見た場合、大衆に与える影響が大きい」と考えていたことを挙げ、直接的な政治宣伝のような稚拙なやり方よりも、カワイ子ちゃんや好感度の高いスターや芸能人を使って、「自分を取り巻いている世界の根本を、ラディカルに問い直したりせず、ただただ目の前の現実を、受苦的に受けとめる様子を演じさせる」という「効率の良い方法」があると述べ、「こうした事態は、今も実はぜんぜん変わっていない」だけでなく、「事態はずっと深刻になっている」と指摘しています。
 また、日本におけるテレビ技術の開発の歴史を紐解き、「テレビ開発というプロジェクトが、国家事業としてのオリンピック開催という文脈を抜きには、考えにくくなり始めている様子を読み取ることができる」と述べています。
 著者は、「この時代は、テレビ社会や軍需産業といった問題の方がが、一斉に出現していた時代にほかならない」と指摘し、「今日のテレビ情報化時代の、直接のスタート地点なのだ」と述べています。
 第2章「【パンチカード】個人情報は悪魔の囁き」では、アメリカ合衆国の人口調査のために、1882年に新しい大量情報処理システムとしてパンチカード処理機が考案されたことを紹介し、「これこそ、国家がシステマチックに、個人情報を収集、管理した最初の事例である」として、「この高速処理マシンは、国家が個人情報を一元管理するという、特殊な使用目的と深く結合していた」と述べています。
 そして、「パンチカード処理機は、その情報処理能力の高さゆえ、戦争に動員される運命にあった」として、ナチス・ドイツが、1939年のポーランド進行直前に二度目の人口調査を実施した目的が、「運転免許取得者」と「ユダヤ人種」の数の確定にあったことを解説しています。ナチスが一斉にユダヤ人強制収容を実施したときには、「ユダヤ人の名前が漏れなく記載された名簿」が彼らの手にあり、「その名簿に基づいて、間違いを犯すことなく、ユダヤ人だけを連れ去った」と述べています。
 著者は、「情報の拘束児童処理システムは、この瞬間に、生命の高速処理機という凶器になったのである」と述べています。
 また、収容所において、「決して名前は使われなかった。つねに番号だった」という元衆人の証言を紹介し、「ここでは人間の死が、もはや個人名では語られず、記号や番号によってだけ整理されていた。人間性を否定する究極のディストピアだ」と語っています。
 第4章「【ラジオ】バベルの電波塔あるいはガレージキット」では、ラジオ愛好家(アマチュア)にはふたつのタイプがあるとして、
・積極派:ラジオ技術に関して、あれこれと工夫してみたがるマニアックなひとびと。部品を購入してキットを自分で組み立て、波長やコールサインを手がかりに世界中の電波を拾おうとする。
・消極派:もっぱら聴くだけで満足するひとびと。ラジオ受信機を、「蓄音機をモダンに改良したもの」ぐらいにしか考えていない。
の2つのタイプを挙げています。
 そして、英国や合衆国では、アマチュア無線家が、第一次世界大戦に通信兵として動員され、「動員に関する彼我の違いが決定的であった」ことが述べられています。
 第5章「【ラジオ定時放送】フォルクス受信機VE301型」では、ナチス・ドイツが、「自分達の主張を漏れなく送り届けるために、各家庭に一台、ラジオ受信機を行きわたらせる」ための、「大衆の受信機」「国民受信機」普及プロジェクトについて解説しています。
 そして、平均的な二回路タイプで150マルク前後が相場だったところを、「50マルク」で登場させるという価格破壊を仕掛け、さらに、2台以上受信機を保有した場合に受信料を無料することで、「家庭にラジオ複数時代が到来した」と述べています。
 また、ナチスのプログラムが、「ラジオを行きわたらせることによって、国家の行政機構にまで変革を及ぼすことができる」というものであり、「ラジオ受信機というハードウェアを行きわたらせ、メディア環境を一元化する」ことで、「これまでの行政システムも根本的に改革できる」というものであることを解説しています。
 さらに、ラジオは元来、最初から受信機だったわけではなく、「アマチュア無線のように送信機能も受信機能も両方兼ね備えたガレージ・キットであった」が、「中央からのコントロールが不能な情報が、全国を飛び交っているという図は、潜在的な反権力の体現そのもの」であることから、「送信業務の認可制度が導入され、中央による電波情報の一元化が国家行政の一部になっていった」と述べ、「情報を選択する可能性が、情報の受け手である聴取者から、本質的に剥奪されていた」と述べています。
 本書は、普段当たり前に接しているテレビやラジオが、どのような意図の下で放送されているのかを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 アマチュア無線家が通信兵として活躍したという史実は、現代に置き換えると、スーパーハカーの皆さんをサイバー戦争に徴用するかのようなものではないかと思いますが、そう言えば、「ゲームセンターあらし」で、誤って発射された大陸弾道弾を打ち落とすためにソ連があらしを頼ったエピソードを思い出しました。


■ どんな人にオススメ?

・テレビやラジオの定時放送を当たり前のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
 ドナルド・R. キンダー (著), 加藤 秀治郎, 加藤 祐子 (翻訳) 『世論の政治心理学―政治領域における意見と行動』 2006年06月19日
 川上 和久 『情報操作のトリック―その歴史と方法』 2007年10月12日
 アンヌ・モレリ (著), 永田 千奈 (翻訳) 『戦争プロパガンダ 10の法則』 2007年11月01日
 高木 徹 『ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア紛争』 2006年11月27日


■ 百夜百音

エッセンシャル・ベスト庄野真代【エッセンシャル・ベスト庄野真代】 庄野真代 オリジナル盤発売: 2007

 イスタンブールやモンテカルロなど地名を冠した筒美京平メロディで人気を博しました。「歌って踊れるディストリビューター」としても知られています。

『庄野真代 ゴールデン☆ベスト-シングル・コレクション+筒美京平作品集-』庄野真代 ゴールデン☆ベスト-シングル・コレクション+筒美京平作品集-

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2008年02月23日

思わず話したくなる社名&商品名の謎―なぜか気になる社名・商品名の由来760

■ 書籍情報

思わず話したくなる社名&商品名の謎―なぜか気になる社名・商品名の由来760   【思わず話したくなる社名&商品名の謎―なぜか気になる社名・商品名の由来760】(#1129)

  田中 ひろみ
  価格: ¥1470 (税込)
  日本文芸社(2003/07)

 本書は、「誰もが知っている664社の社名と身近な商品名・企業キャラクター名の由来を掲載」しているものです。
 第1章「意外に知らない社名の由来」では、「ブルドッグソース(株)」の社名が、
・ブルドッグ犬がソース発祥の国であるイギリス生まれである
・大正時代、日本の家庭でペットとして人気だった
ことから商品名として採用されたことを紹介しています。
 また、「(株)亀屋万年堂」のお菓子の「ナボナ」が「ローマのナヴォーナ広場で毎年行なわれる菓子祭」に感銘を受けたことにちなんでいることが述べられています。
 この他、ミシンの「ブラザー工業(株)」が、10人兄弟が興した会社であること、「モスバーガー」の「(株)モスフードサービス」の社名が「Mountain」「Ocean」「Sun」の頭文字にちなんだものであること、ガステーブルの「リンナイ(株)」が創業者の林さんと内藤さんの頭文字「林内」にちなんでいること、「グンゼ(株)」が養蚕の振興という「郡の方針」を意味する「郡是」と書いていたこと、「イカリソース(株)」の社名が創業者が船の事故で命をつないだいかり綱にちなんでいることなどが紹介されています。
 第2章「まだまだ続く社名の由来」では、通販化粧品会社の「(株)ディーエイチシー」の「DHC」が「大学翻訳センター」の略称であることや、化粧品メーカーの「(株)ちふれ化粧品」が消費者団体の「全国地域婦人団体連絡協議会(全地婦連)」との共同系商品事業に由来していることなどが紹介されています。
 また、洋菓子メーカー「モロゾフ(株)」が、ロシア革命でロマノフ王朝が崩壊したために、国外へ亡命して日本にたどり着いた、洗練された製菓技術を持つモロゾフ一家の名前にちなんでいること、「ヱスビー食品(株)」の「S&B」が太陽と鳥を図案化した「ヒドリ印」の商標にちなんでいることなどが紹介されています。
 第3章「なぜか気になる商品名・キャラクター名の由来」では、ハウス食品の「ククレカレー」が「クック」+「レス」で調理不要という意味であること、エーザイの「チョコラBB」が実際には世に出なかった「チョコレートコーラ」という飲料にちなんでいること、脱臭剤の「キムコ」がミスユニバースの伊藤絹子にちなんだものであること、「カステラ一番、電話は二番」の「文明堂」の電話番号が本当に「0002」であること、「(株)ディーシーカード」のCMに登場する「カッパ」と「たぬき」が「他を抜く」と「人を引きずり込む」ということで縁起がよいとされたことなどが紹介されています。
 また、興和の「ウナコーワ」が「至急電報」を意味する「ウナ電」にちなんで「早く効く」という意味で名付けられたことが紹介されていますが、今やまったく意味不明です。「うなぎのように長い電報」のことかと思う人も少なくないのではないでしょうか。
 本書は、普段目にする企業名や商品名の由来を教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 ちなみに「ウナ電」の「ウナ」は、英語の「urgent」(至急)をの2文字「UR」のモールス信号が和文モールスでは「ウナ」になることにちなんでいるそうです。
 そうなると「ウナ丼」は急いで出てくる丼ものなのでしょうか。少なくとも知っている鰻屋さんでは急いで出てくるメニューではないように思います。


■ どんな人にオススメ?

・自分の会社の社名の由来を知らない人。


■ 関連しそうな本

 本間 之英 『誰かに教えたくなる社名の由来』 2005年09月10日
 本間 之英 『誰かに教えたくなる社名の由来〈Part2〉』 38606
 湯元 俊紀 『語源ブログ ネットで探るコトバの由来』
 荒俣 宏 『広告図像の伝説』


■ 百夜百音

オーガニック・スタイル【オーガニック・スタイル】 クライズラー&カンパニー オリジナル盤発売: 2007

 葉加瀬太郎の強烈な髪型ばかりが注目され、そのままキャラとして定着してしまいましたが、他のメンバーは今何をしているのでしょうか。

投稿者 tozaki : 22:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年02月17日

浮動票の時代

■ 書籍情報

浮動票の時代   【浮動票の時代】(#1123)

  長島 一由
  価格: ¥840 (税込)
  講談社(2007/10/19)

 本書は、「2005年の郵政解散による総選挙、2007年の参議院選挙など、地方選挙に限らず国政選挙においても、組織や地盤という意味からは圧倒的に不利な落下傘候補が地滑り的な勝利を収めること」が珍しくなった現象を考えることで、「時代を読み解く鍵」を見つけようとするものです。
 第1章「浮動票時代の選挙と旧来型の選挙」では、選挙技術のコツのうち大事な点の一つとして、「政策をきちんと練って候補者のセールスポイントと一緒にわかりやすく有権者にプレゼンテーションすること」であると述べ、「これが候補者や陣営によって雲泥の差が出てしまう」と指摘しています。
 また、旧来型の選挙をしてきた人からは「空中戦」と呼ばれる、「不特定多数の有権者を対象に、朝、夜を問わず、駅前で個人新聞を配布したり、街頭演説を中心に徹底的に政策を訴える」ことによって、「全部浮動票での当選を目指す選挙」を、旧来型の選挙が「釣堀」の釣りであるのに対し、「大海原に釣り糸を垂れる」ものであると述べています。
 そして、浮動層の時代の中心は、「無党派層+α(支持政党への離反層)」であると解説し、「いつの間にか、地盤の液状化や組織、団体などの既得権益の空洞化などが広がっていた」ためであると述べています。
 第2章「浮動票時代の首長の権力」では、「あらゆる機能を持つ地方自治体のリーダーは、地域限定ではあるが、絶大な権限を持つ大統領のような存在でもある」と述べています。
 また、「選挙は絶対評価ではなく、相対評価だ」として、「しがらみを持たないよそ者の方が、有権者にとって行政・政治の改革をしてもらう上では魅力的に映る場合さえある」と述べています。
 さらに、「お堅く安定したイメージの(地方自治体という)職場のトップは、実は、『企業買収によって頻繁に入れ替わる社長』のようなものと、いえなくもない」として、そのまんま東知事のような首長誕生パターンの例を挙げています。
 第3章「浮動票時代のオール野党議会への対処術」では、自らの8年間の逗子市長在任時代に、「新市長の思いどおりにはさせない」という思いが、「多かれ、少なかれ、市役所の一部の職員や議員には根強くあった」と述べ、なかでも、「こいつが市長にならなければもっとバラ色だったのに」という感情が「一番根が深い」と述べています。
 そして、議会において、「ポストの割り振りを受けること」を意味する「アンパンをくわされる」という隠語を紹介し、「人事調整の中で、アンパンを食べさせられたあと態度が豹変し、おかしくなった議員のことを、『○○さん、口の周りにアンコついてたもんな』などと、周りの人は笑っていた」と述べています。
 これに対し、市長の側は、「職員に対する人事権」というニンジンを持っているとして、「足元をすくわれないようにするためにも、市役所の生産性を上げるためにも、ポストの昇進昇格などの人事権はフルに活用する」と述べています。
 また、オール野党の議会で、嫌がらせのようなくどい質問や満場の野次に対抗するために、「『ひとりごと』を口にしてひどい質問やおかしな質問には釘を刺した」として、行政のリーダーには、「相手によってはふてぶてしさを持ち合わせなければならない場合がある」と述べています。そして、議員の不用意な発言に対して、「席に座ってから、『冗談じゃない』『何をいってるんだ!』と、大きな声で『ひとりごと』をいった」ことや、「手に持っていたファイルを机にたたきつけて、怒りをあらわにした」ことなどを語っています。
 第4章「浮動票時代だからできる役所を変える発想法」では、行政サービスの全国調査で日本一を獲得することを目標に掲げ、日経新聞社などの「全国透明度ランキング」で1位を獲得したことなどを語っています。
 第5章「浮動票時代の人事マネジメント術」では、著者が逗子市長に就任した前後に、富野暉一郎元逗子市長に会う機会があり、「人事は絶対に自分でやらなきゃダメだ。議員に関与させないことはもちろん、人任せにしないこと。人事は市長の力の源だから……」とアドバイスを受けたことを語っています。
 また、人事にあたって、「ポストを横にスライドさせるだけでも、態度が180度変わった」と述べ、その理由として考えられることとして、
(1)方向転換がしやすい
(2)前例主義と公平性に捉われないで済む
(3)市長よりも情報量が少ない
の3点を挙げています。
第6章「浮動票時代の組織運用術」では、「開き直った公務員」ほど手強いものはない、として、「原則、罪を犯さない限りクビにならないという身分の保障に加えて、一生懸命働いた人とそうでない人でさほど差がつきにくい賃金システム」を指摘しています。
 第7章「浮動票時代に有権者はどう行動すべきか」では、浮動票時代のリーダーは、「しがらみがないから、一人ひとりの声に敏感になる」ため、「浮動票の時代は、一人のリーダーが変える時代でもあるが、それは同時に、一人ひとりの有権者が変える時代でもある」と述べています。
 本書は、自ら浮動票を掴んで選挙を戦ってきた著者が語った実践(実戦)の記録です。


■ 個人的な視点から

 本書の内容からすると、それほど「浮動票」がテーマというわけでもなく、どちらかというと、「オール野党時代の役所改革術」くらいのほうが合うような内容ですが、あえて「浮動票」という言葉を前面に出したのは、例えば国政に向けてのアピールという意味もあるのでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・浮動票は当てにならないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 逢坂誠二 『町長室日記―逢坂誠二の眼』 2005年05月27日
 浅野 史郎, 北川 正恭, 橋本 大二郎 『知事が日本を変える』 2005年04月02日
 埼玉新聞社 (編集) 『生き生きまちづくり 埼玉県志木市の挑戦』 2005年04月17日
 北川 正恭 『生活者起点の「行政革命」』 2005年03月07日
 田中 成之 『"改革"の技術―鳥取県知事・片山善博の挑戦』 2006年2月21日
 〈横浜改革〉特別取材班, 相川 俊英 『横浜改革中田市長1000日の闘い』 2005年10月19日


■ 百夜百音

ゴールデン☆ベスト【欽】スーパーヒット【ゴールデン☆ベスト【欽】スーパーヒット】 オムニバス オリジナル盤発売: 2004

 イモ欽トリオにしてもひょうきん族にしても、当時のテクノポップとお笑いは切っても切り離せない関係にあったことがわかります。

投稿者 tozaki : 07:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年02月16日

紳士の国のインテリジェンス

■ 書籍情報

紳士の国のインテリジェンス   【紳士の国のインテリジェンス】(#1122)

  川成 洋
  価格: ¥735 (税込)
  集英社(2007/07)

 本書は、
・スパイ作戦自体がスパイによって遂行されたという痕跡をまったく残していないこと。
・実際の行為者であるスパイのカバー(偽装)や、その正体が暴露されていないこと。
の2つが完全にクリアされることで、その任務が終わる、という困難かつ命がけの任務につくスパイの「最先進国」の異名を持つイギリスのスパイについて、「祖国に尽くしたスパイ」と「祖国を裏切ったスパイ」を2部構成で紹介しているものです。
 
○第1部「祖国に尽くしたスパイ」
 第1章「フランシス・ウォルシンガム」では、「イギリス秘密情報部の父」といわれ、「部下のスパイにいろいろと指示をするスパイマスターとしての役割や、彼自らがその黒幕となって行う陰謀や策略といったスパイ活動そのもの」に真骨頂を発揮したことを紹介しています。
 そして、「イギリスの陰謀史に残る悪名高い『バビントン・プロット』の顛末」について、元フランス王妃で、スコットランド女王にして、敬虔なカトリック教徒のメアリ・スチュアートを陥れるために、25歳の青年貴族バビントンをそそのかし、エリザベス女王暗殺計画を持ち掛けさせ、その咎によりメアリの死刑執行を実現したことを解説しています。
 また、メアリの処刑をきっかけとした、スペインの「無敵艦隊」遠征の動きを事前に察知し、艦隊の全陣容の情報を入手し、130隻の艦隊のうちスペインに帰港できたのは3分の2に過ぎないという打撃を与えています。
 しかし、「エリザベス女王の危機を二度も見事に勝利に変えた」にもかかわらず、ウォルシンガムは、その秘密情報機関を私費で賄い、情報部を維持するために破産してしまっています。
 著者は、ウォルシンガムを、「冷静沈着にエリザベスの政敵を次々と倒し、常に聖職者のように黒衣をまとい、ときに特異の二枚舌や恫喝的な言辞を操っていた」ため、「暗い謎に満ち、危険と策略に長けた闇の人間」とみなされていたと述べ、「まさに情報機関のために生まれてきたうってつけの人間だった」と評しています。
 第5章「ポール・デュークス」では、革命期のソ連において、
・ソ連のパスポートを持つチェーカー(ソ連の秘密警察)の同志ピオツロヴィスキー
・手足の不自由な赤軍兵士
・髭面のプロレタリアート
・肺病の知識人
などの4種類の変装を見事にこなし、「その変装姿に応じて自在にロシア語を操る」ことができたMI6のポール・デュークスについて、「偵察する国の人間への変装と言語能力、さらに周囲を完全に騙す演技力、これこそスパイとしての理想的な武器に他ならない」と評しています。
 そして、デュークスがMI6の長官であった「C」ことマンスフィールド・カミング海軍大佐から要請を受けたデュークスが、スパイとしての訓練をほとんど受けぬまま、「2年間、ソ連におけるイギリス情報部の責任者として並々ならぬ能力を発揮」を発揮したとし