2008年08月22日

ブルバキとグロタンディーク

■ 書籍情報

ブルバキとグロタンディーク   【ブルバキとグロタンディーク】(#1310)

  アミール・D・アクゼル (著), 水谷 淳 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  日経BP社(2007/10/18)

 本書は、「1950年代から1970年代ころに至るまで、現代数学におけるいくつかの重要な分野を一から書き換え、自らの革新的な研究成果を幅広く講演し、優れたセミナーを主宰し、そして世界中の一流の数学者と交流」していた数学者、アレクサンドル・グロタンディークが、1991年8月に、突然、「数学のことを書き連ねた自筆の原稿2万5000ページ」に火を放ち、「一言も告げずに自宅を去り、ピレネー山中に姿を消した」事件を取り上げ、この失踪に深く関わる、「20世紀最大の数学者」である「ニコラ・ブルバキ」との関係を絡めた評伝であるとともに、20世紀の科学の変革を描いたものです。
 第1章「失踪」では、グロタンディークについて、1928年にベルリンで生まれ、父サッシャ・サピロはウクライナとベラルーシとロシアの国境が交わる地域に生まれ、当時の革命運動にのめりこみ、偽名を使ってロシアから脱出し、残りの人生を無国籍者として過ごしたこと、1940年に母ハンカとともに南フランスのリュークロ収容所へ収監され、アレクサンドルはここで、数学者としての才能、すなわち、「何時間も一人で過ごしたことで、誰とも交わらずに思索を生み出して考えを導く術」を学んだことなどを述べています。
 そして、若き学生アレクサンドルが、「数学の教科書に記されている問題があまりにくどく陳腐であること」、なかでも、「教科書に載っていた問題が、何の理由も目的もなしにどこからともなく姿を現したかのように書かれていたこと」に苛立ちを覚えたと述べています。
 第2章「フィンランドでの逮捕」では、1906年パリ生まれの数学者、アンドレ・ヴェイユについて、「恵まれた特権的な環境の中で育っていったが、それはアレクサンドル・グロタンディークの成長期とは対照的」であると述べています。
 そして、ヴェイユが、1939年にフィンランド警察本部にスパイ容疑で逮捕され、処刑に処される直前に、フィンランド政府の役人、ロルフ・ネヴァンリンナによって、国外追放に減刑され生きながらえたことを述べています。
 第3章「脱出」では、ローラン・シュワルツ、エリ・カルタンとアンリ・カルタン親子、クロード・シュヴァリー、ジャン・デルサント、ジャン・デュドネなど、ブルバキに深く関わることになる数学者たちの生い立ちを紹介したうえで、「戦争は彼らの取り組みを引き裂いた」と述べています。
 第4章「パリへの到着」では、グロタンディークが、「19歳でパリの数学界に旋風のように現れた」が、「控えめにいっても、彼には数学に関する標準的な予備知識が欠けていた」と述べ、後に、パリを離れてナンシー大学で博士号を取得し、パリに戻り、ニコラ・ブルバキの取り組みに関わるグループの数学者たちと親交を深めるようになったと述べています。
 第5章「将軍と時代精神」では、ヴェイユらが、19世紀の伝説的将軍、シャルル・ドニ・ソテ・ブルバキにちなみ、「革命時に毒殺された無名のロシア人数学者D・ブルバキ」を名乗り、完全に架空の内容で、「ブルバキの第二定理の一般化について」という論文を雑誌に投稿したことが、「無意味ではあるもののブルバキによる初の数学論文だったようだ」と述べ、「やがてブルバキが世界の舞台へ華々しく登場するようになると、イニシャルのDが"ニコラ"へ、そしてロシアがポルデヴィアという架空の国へ置き換えられることとなる」と述べています。
 著者は、「ブルバキとその業績は、20世紀初めの何十年かで起こった文化的大変動の産物だった」として、「純粋数学は、実世界とは何のつながりもない抽象的な研究分野であるように思われるかもしれない」が、「実際には、数学は一般的な文化と密接に絡み合っている」と述べています。
 そして、「20世紀の初めには、間違いなく新たな風が吹いていた。古い考えが毎日のように捨てられ、新たな方法が受け入れられていた」と述べ、「物理学、数学、言語学において始まった一見無関係な研究が、数十年のうちに別の分野で結びつき、人間の思考に対する新たなアプローチをもたらすこととなる」と述べています。
 第6章「ブラックとピカソの出会い」では、「アルバート・アインシュタインが特殊相対論を初めて世に示し、われわれの右中間を永遠に打ち砕いたその2年後、パブロ・ピカソとジョジルジュ・ブラックが芸術の世界で同じことを果たした」として、彼らが、「古き芸術観を捨て、芸術を新たな分野として解体することで、現代芸術を作り出した」と述べています。
 そして、「20世紀は、何世紀にもわたって社会を導いてきた数々の原理が完全に破棄されて始まった」と述べ、「こうした過去との突然の決裂は、人々の信じるあらゆるものに大変革をもたらした」として、「数学は、古代ギリシャ時代以来、人類の歴史の中でかつてないほど大きな役割を果たすこととなる」と述べています。
 第7章「カフェ」では、1934年にストラスブール大学で数学を教えていたヴェイユが、「当時、数学の授業には適切な教科書が用いられておらず、またカリキュラムも大いに改善の余地があった」ところ、「いろいろな大学で同じ数学のカリキュラムに関わっている友人が5人か6人いる。みんなで集まってこうした問題にきっぱり片を」付ける、というアイデアを思いつき、「この瞬間にブルバキが産声を上げた」と述べています。
 そして、1934年12月10日に、サン・ミシェル通り63番に建つカフェ・グリル=ルーム・A・カプラードに集まった若き数学者たちが、「フランスの全大学で行われる微積分学と解析学の授業のためにカリキュラムを作るというという、野心的な計画」に乗り出し、「このグループが、やがてニコラ・ブルバキとなる」と述べ、「パリで集まった6人の若き数学者と、後に加わるメンバーたちが、いわばパリの学生がやっていた悪ふざけを引き継ぎ、一人の人物をでっち上げて秘密結社を立ち上げる」と述べています。
 このとき、「グループのメンバーは全員が20代そこそこで、当時はみな無名だった」が、「彼らの小さなプロジェクトはすぐに当初の目的をはるかに超えて拡大し、20年ほどのうちにグループのメンバーたちは、世界中に影響力を及ぼす著名な数学者となっていく」と述べています。
 第8章「ブルバキの功績」では、「集合論」という「たった一つの出発点から数学の宇宙全体を導き出そうと取り組んだ」というフランス人数学史家ドニ・ゲージュの言葉を引用し、ブルバキは、
(1)公理化
(2)構造
の2つの強力な方法を選んだと述べています。
 そして、「構造の考え方」は、言語学という、「数学とは関係ない舞台」に存在していて、「ブルバキがその構造に切り込むと、この考え方は文化人類学へ取り込まれ、そこから心理学へ、さらに最終的には再び言語学を介して、数学的考え方が実りを生むとはほとんど思えない分野である文学へと入り込むことになる」として、「数年のうちに、構造の考え方は西洋文化のあらゆる思想を支配していく」と述べています。
 第9章「ブルバキの治世」では、ブルバキのやり方が、「初めからさまざまな難点があった」が、「混乱の中で数学の文書を作り出すというシステムは、不思議なことにあまりにうまく機能していた」と述べ、その理由の一つとして、「メンバーたちが怯むことなく身を捧げていたこと」を挙げるとともに、「デュドネの超人的能力」があったと述べています。
 また、ブルバキへの重大な批判の一つとして、「形式過ぎてあまりに抽象的、そして必要以上に厳密で、それによって数学の理解やその有意義な利用をいたずらに困難にした」というものであったと述べています。
 そして、「1950年代から1970年代にかけて、ブルバキは数学の世界を支配した」が、「"構造"の概念を発展普及させたという功績」で、「西洋文化全般に対して」貢献したと述べています。
 著者は、「ブルバキは、構造の概念を言語学における限られた意味から解放して、正確で数学的に強力なものへと変え、観念の世界へ解き放った」と述べています。
 第10章「クロード・レヴィ=ストロースと構造主義の誕生」では、「構造主義とは、"意味"の生成や認識に関する学問領域を体型づけて理解するための枠組みを提供してくれる、知的探求の一手法である」と述べた上で、構造主義が、「数学だけでなく、哲学、言語学、文化人類学、そして文芸評論にも影響を与えている」と述べています。
 そして、「言語学から拝借した構造に関する考え方と、その分野におけるトルベツコイやヤーコブソンの研究のおかげで、レヴィ=ストロースは、限られた成功の第一歩ではあったものの、文化人類学を、深い科学的基礎を持たない生物学的社会科学から脱皮させ、さまざまな社会やその親族関係に関する情報を系統的に分析してその体系の内部構造を解き明かすことのできる、現代的な学問分野へと変えた」が、具体的な結果をえっる溜めには、アンドレ・ヴェイユという数学者の助けが必要だった、と述べています。
 第11章「言語学における源」では、ブルバキが「構造的分析の数学形式に取り組んだ」能登同じレベルで、「ヤーコブソンも音声の二項規約体系を探した」と述べ、ヤーコブソンが、「構造の要素は人間の脳の中に埋め込まれていて、その振る舞いは数学的な形で決定される。したがって、言語の中に見出されたものは、別の分野の中にも姿を現しているはずだ」と考えたと述べています。
 第12章「心理学、精神医学、経済学における構造主義」では、「経済学における公理化の優れた実例であり、また極めて有効に機能する構造主義的モデルの格好の例」として、「経済的均衡という概念」を挙げています。
 第13章「文学グループ、ウリポ」では、「ブルバキを漠然と手本とした文学者の団体」であるウリポを取り上げ、ウリポが、「ブルバキの掲げた目標や原理を数多く採り入れた」として、
(1)文学を新しい形に作り替えること
(2)確立された文章の規範を打ち破ること
(3)作品の製作において、一見したところ行き当たりばったりに見える手法を探ること
の3つの目標を挙げています。
 第14章「アレクサンドル・グロタンディークとIHES」では、グロタンディークの不朽の業績として、「空間とその中の点がもつ性質の研究に新たな光を当てた」と述べた上で、グロタンディークが、「幾何学の分野に強力な手法と抽象代数の概念を導入」したと述べています。
 そして、「トポスをはじめ、ブルバキが採り入れなかった数々の数学的考え方を編み出した張本人こそが、グロタンディークだった」と述べ、「歴史は、彼が正しかったことを証明すること」になり、「ブルバキは、新たな手法を退けることで、凋落の道をたどっていく」と述べています。
 著者は、「何より政治活動に手を出したことが、グロタンディークを破滅させた」と述べ、他のブルバキの数学者が、政治活動に携わる一方で、自分の"職務"をこなしていたが、グロタンディークは、「おそらく育ってきた不幸な環境と関係があるのだろうが、何らかの理由で、どうしてもそうすることができなかった。ひとたび数学を離れると、二度と戻ることはなかった」と述べ、「彼はブルバキに失望し、政治活動家としての自らの失敗にも失望した。世界のあらゆる不正を悪魔のせいにした彼は、この不完全な世界から立ち去るしかなかった」結果、「ピレネー山中に身を隠した」と述べています。
 第15章「ブルバキの死とその遺産」では、「ブルバキは、数学を公理化すること、構造を重要なものへ押し上げること、そして、グループ誕生前の何十年も曖昧な形に出していた分野において、厳密さを推し進めることという、3つの目標を達成した」が、それ以降、「もはやこのグループは必要でなくなった。それ以上改革するものがなくなったのである」と述べるとともに、「メンバーが各自の名で著名な数学者となったこと」を挙げています。
 また、ブルバキの衰退をもたらしたもう一つの要因として、「現代数学に、厳密さ、抽象性、一般性、正確さ、そして構造を持ち込み、大半の数学者はこうした進歩を歓迎してきた」が、「ある時点で多くの数学者が、ブルバキは先へ進みすぎたと感じるようになった」と述べています。
 本書は、20世紀の科学を塗り替えた数学の力のすごさを納得させてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 数学というと、現在では、無味乾燥というか抽象的で何の役に立つのかわからないマニアのための学問という印象がありますが、カフェに集まったブルバキの20代の数学者たちを見ると、とてもエキサイティングな学問だということがわかります。
 また、数学が、自然科学のみならず、20世紀の社会科学を塗り替えていったことを初めて知りました。


■ どんな人にオススメ?

・数学はつまらないと思う人。


■ 関連しそうな本

 ジョン・アレン・パウロス (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学者の無神論―神は本当にいるのか』 2008年03月05日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 藤原 正彦 『天才の栄光と挫折―数学者列伝』 2007年11月17日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百マンガ

丸出だめ夫【丸出だめ夫 】

 「まるでだめ!」って相当ネガティブなタイトルなんですが、当時はこれで十分なインパクトがあったのでしょうか。


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2008年07月03日

量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる

■ 書籍情報

量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる   【量子暗号 絶対に盗聴されない暗号をつくる】(#1260)

  石井 茂
  価格: ¥1890 (税込)
  日経BP社(2007/10/25)

 本書は、「量子というミクロの世界の自然法則を利用することにより、決して解読されないことを保証しようとする暗号」である「量子暗号」について、「それがいかに生まれ育ってきたかという歴史を背景としつつ、解説しようとするもの」です。著者は、「量子暗号には、道の可能性を探るサイエンスとしての魅力と、実際に使えることを目指して開発するテクノロジとしての将来性が同居している」と語っています。
 第1章「量子暗号とは何か」では、量子暗号が、「古代から現代に至るすべての種類の暗号とは異なり、そもそも盗み見ることや、傍受すること自体を難しくしてしまう」ものであり、「これまでの暗号がすべて『古典力学』で説明できる世界を前提としていたのに対し、量子暗号は『量子力学』でなければ説明できない世界を前提とする」と述べています。
 そして、「量子暗号とは、信号を傍受すること自体によって、その信号がどんな情報を運んでいるかが決められなくなってしまう、という量子の性質を利用した暗号である」と解説しています。
 第3章「解読できない暗号とは」では、ギルバート・バーナムが考案した「自動暗号化装置」と、ジョセフ・モーボーンが考案した、「一度使った鍵は一回限りで捨ててしまう」「ワンタイム・システム」の考え方を組み合わせれば、「絶対に解読できない暗号が出来上がる」として、このような暗号システムを「バーナム暗号」と呼ぶことを紹介した上で、「鍵として使う文字の量が送信する平文の文字量と同じかそれよりも多く、また鍵の並びが不規則であれば、解読は不可能であること」がクロード・シャノンによって証明されたと述べ、「今日に至っても、解読が不可能であることが証明できるのはバーナム暗号だけである」と解説しています。
 第5章「最初の量子暗号」では、チャールズ・ベネットとジブ・ブラサールが提案した量子暗号方式「BB84」について、「送信者と受信者の間で任意の量の秘密鍵を共有する手段をもたらした」と述べています。
 また、「通信分野の慣例」として、
・「アリス」:正規の送信者
・「ボブ」:受信者
・「イブ」:盗聴者
と表記することを紹介しています。
 そして、1989年に、ベネットとブラサールが、BB84の実験システムを作り上げ、伝送距離わずか32センチメートルにとどまったが、量子暗号の伝送実験に成功したことを紹介しています。
 第7章「量子がからみ合う暗号」では、「いったん関係が生じると、その後は遠く離れても互いに影響しあうという量子エンタングルメントの状態にある光子のペア(EPR光子対)」について、「一方を測定すると、もう一方に影響が出る」という性質が、「傍受されたことを検地するという量子暗号の特徴を実現するのにぴったりである」と述べ、アルトゥツ・エカートが、「E91」と呼ばれる、「EPR現象を使って、安全に秘密鍵を配布できる量子暗号方式を提案した」ことを解説しています。
 そして、1999年に、ウィーン大学等によって、E91方式による量子暗号の実験に成功したことを紹介しています。
 第8章「量子暗号を中継する」では、光ファイバ通信において、「通信距離が伸びるとファイバ内を伝わっていく信号は距離に応じて劣化する」が、「単一光子をつかうことが前提の量子暗号では、普通の光通信と同じような増幅などの概念は考えられない」ため、「信号を増幅するのではなく、移動するうちに壊れていく光子の状態を何らかの方法で回復してやる必要がある」と述べています。
 第11章「おとり捜査をする量子暗号」では、「現実的な通信環境を使うことを前提に、通信距離や伝送速度を改善する方法」として、ホワン・ウォン・ヤンが、「鍵のデータを送る本当の信号光のほかに、おとりの信号光を紛れ込ませることによって、イブの存在をあぶり出す」方法である「デコイ法」を提案したことを解説しています。
 第16章「量子コンピュータでも解けない量子公開鍵暗号」では、「量子暗号の背景には、サイエンスとして追求すべき未知の領域がまだ残っている。その一方では、現状のネットワークを前提とする現実的なテクノロジとしての研究が進んでいる」として、量子暗号が「量子の直接的な応用を開く」先駆けとなると語っています。
 本書は、一般には馴染みの薄いものの、インターネットなどを使う上では欠かすことの出来ない暗号技術をわかりやすく解説するとともに、最先端の科学のワクワクを伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 暗号もののポピュラーサイエンスを読んだからといって、暗号そのものについての理解が深まるというわけではないのですが、メアリー・ステュアートの話にしても、暗号にまつわる様々なドラマは読み応えがあります。


■ どんな人にオススメ?

・暗号なんて自分に関係ないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 サイモン シン (著), 青木 薫 (翻訳) 『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』 2006年05月03日
 ゲリー ケネディ, ロブ チャーチル (著), 松田 和也 (翻訳) 『ヴォイニッチ写本の謎』 2006年09月10日
 手嶋 龍一, 佐藤 優 『インテリジェンス 武器なき戦争』 2008年02月06日
 川成 洋 『紳士の国のインテリジェンス』 2008年02月16日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日


■ 百夜百マンガ

花より男子(だんご)【花より男子(だんご) 】

 台湾でもテレビドラマ化された少女マンガの超大ヒット作。『有閑倶楽部』にしてもそうですが、少女マンガの学園ものの舞台に超お金持ち学校が多いのは、女の子には小さい頃からセレブへの憧れがあるからなのでしょうか。

投稿者 tozaki : 22:00 | コメント (0) | トラックバック

2008年04月06日

算法少女

■ 書籍情報

算法少女   【算法少女】(#1172)

  遠藤 寛子
  価格: ¥945 (税込)
  筑摩書房(2006/08)

 本書は、江戸時代に出版された算法書『算法少女』からインスピレーションを受け、その著者といわれている千葉桃三という医師とその娘「あき」の父娘を中心に、生き生きとした町人たちを描いた小説です。
 「花御堂」では、当時の算法の主流派中の主流であった関孝和を祖に持つ関流に学ぶ武家の少年が掲げた「算額」の誤りを指摘してしまう顛末が描かれています。「算額」とは、「算法を勉強している人が、観音さまのおかげで、こんなにむずかしい問題がつくれるようになりましたって、お礼の意味で、じぶんのかんがえた問題を、観音さまに見ていただく」という意味の絵馬のことですが、算額をあげる「ほんとうの目あては、人の大ぜいあつまる場所で、自分の学力を発表し、誇示すること」にあったが、このときには、「それが、かえってうらめにでてしまった」ため、少年から逆恨みを買うことになります。
 「てまりうた」では、筑後久留米藩主にして自身も算法家として知られ、多くの算法家を召抱えている有馬頼ゆき(「ぎょうにんべん」に「童」)から、お姫様の算法御指南役の誘いを受けますが、あきが学んだ算法が、大阪出身の父から学んだものであり、江戸の算法の中心となっている関流の排他性を心配して、ためらう様子が描かれています。
 「九九をしらぬ子」では、木賃宿に泊まっている子どもたちが、読み書き、そろばんも九九も知らないことに、あきがショックを受けた様子が描かれています。
 「雨の日」では、あきの噂を聞いた、関流の宗統が久留米藩邸を訪れ、お姫様の御指南役をめぐって関流の娘と算法比べをすることになってしまう経緯が描かれています。
 「縁台ばなし」では、桃三の友人の谷素外が、「関流の本すじでない算法を習った、それも武家でもない町の娘のあんたが、これほどの算法の実力を持っていると、天下にしらせてやりたい」という思いから、桃三とあきに算法書の出版を持ちかけた様子が描かれています。
 有馬のお姫様の御指南役をめぐる算法比べはついには、関流との算法比べの様相を呈してきますが、そんななか、あきは本多利明という算法家を訪ね、オランダの算法書や『解体新書』を見せられ、「関流だの、上方の何流だのと、あらそっている時ではない」と諭されます。そして、「「女であれ、男であれ、すぐれた才をもっている人は、だれでもおなじように重んじられなければならない」が、「いまこの国では、どんなにすぐれた才をもっている人でも、身分がひくかったり、じぶんたちのなかまに入っていないと、その才能を認めようとしない人がおおい」、「この国がのびていくためには、なによりも、人びとが算法をしっかりと学ぶことが必要」だという本多の言葉に深い感銘を受けます。
 本書は、こうしたメインストーリーに、久留米藩をめぐる陰謀や、何かと桃三・あき父娘の世話を焼いてくれる素外の正体などのサイドストーリーが絡み、「少年少女歴史小説シリーズ」というジュブナイルものでありながら、大人が読んでも十分楽しめる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、1973年に出版され、長らく絶版になっていましたが、実際の教育現場で課題に用いられるなど熱心なファンが多く、復刊ドットコムでの盛り上がりなどをうけ、30年ぶりに復活したものです。自分でも早速注文してしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・数学が人生にとって何の役に立つのか、と思っている人。


■ 関連しそうな本

 小寺 裕 『だから楽しい江戸の算額』 2008年03月15日
 結城 浩 『数学ガール』
 佐藤 健一, 和算研究所 『和算』
 佐藤 健一, 牧下 英世, 伊藤 洋美 『算額道場』
 深川 英俊 『例題で知る日本の数学と算額』
 佐藤 健一 『和算を楽しむ』


■ 百夜百音

Impressions【Impressions】 竹内まりや オリジナル盤発売: 1999

 夫婦は似て来るといわれていますが、「山下まりや」や「竹内達郎」と呼ばれるピッチを変えて女声、男声にすると似ているのは、ボーカルの処理などレコーディング方法に負う部分も大きいのではないかと思います。

『NIAGARA TRIANGLE 1』NIAGARA TRIANGLE 1

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2008年03月16日

黄金比の謎

■ 書籍情報

黄金比の謎   【黄金比の謎】(#1151)

  渡邉 泰治
  価格: ¥1785 (税込)
  化学同人(2007/3/20)

 本書は、「数学における美的感覚を通して『もののかたち』を議論し、なぜ黄金比が人々を魅了し続けるのか、その謎に迫ること」を試みたものです。著者は、造形美と機能美の底流にある感覚として、
・数学におけるちょうどよさ:黄金比、円周率、ネイピア数、虚数単位のような中途半端な数が造形的にも機能的にも美しさをもたらす。
・均斉的なちょうどよさ:黄金比を持つ長方形のように、えもいわぬつりあい感を醸しだす。
・最適なちょうどよさ:物理の法則や成長の法則などによってもたらされる。
・心地よいちょうどよさ:雲や風のように適当な揺らぎを伴なう。
などの「ちょうどよさ」を挙げ、「数学におけるちょうどよさ」、「自然の摂理におけるちょうどよさ」、「人間の間隔におけるちょうどよさ」の3つの意味での「ちょうどよさ」のすべてを具現化したものが黄金比であると述べています。
 序章「黄金比との出会い」では、「(1+√5)/2」という「人類の長い歴史を通して数学者のみならず、多くの人々を魅了し続けている数」である「黄金比」について、割り切ることのできない「1.61803398…」という「中途半端」な値であり、無理数であると解説しています。
 そして、「1,1,2,3,5,8,13,21,…」という「フィナボッチ数列」を取り上げ、「中途半端」な数である黄金比と、簡単な規則で生成される自然数の並びを持つフィナボッチ数列とが、「互いに密接な数学的関係がある」と述べています。
 第1章「もののかたちと黄金比」では、「もののかたちをよくよく眺めることから、黄金比やフィボナッチ数列への旅が始まる」と述べ、正多面体や関数、黄金比の長方形、植物の葉っぱの出方に現れる「黄金角」などについて解説しています。
 第2章「黄金比を解剖する」では、黄金比を数学の話題として始めて意識したものとして、ユークリッドによる、「線分を2つに分けるとき、全体と片方の線分でできる長方形の面積と、残りの線分でできる正方形の面積が等しくなるように分けよ」という幾何学の問題を提唱したことを紹介しています。
 そして、黄金比を持つ長方形が、「自分自身の中に相似な図形を無限に内包している」という「自己相似性」という性質を持つことや、一辺が1の正五角形の対角線の長さが黄金比になることを紹介しています。
 第3章「生物は黄金比を選択するか?」では、植物の分岐モデルの解説した上で、「共通の、しかもたいへん重要な性質」として、「一つの枝を切り離してみると、その枝にも残った部分にも同様の形が見られる」ことを挙げ、「一部分が全体と相似形である」という性質である「自己相似性」について解説しています。
 さらに、ひまわりの種の出方や松かさの観察から、「植物は黄金角が好みのようである」と述べ、「黄金角を回転角に持つことにより、葉は、あたかも今までの葉が出た場所を避けて、できる限り開いている場所を選んで葉芽をだしているようにみえる、つまり、『ちょうどよい』場所に葉を出している」ことの結果、「はの重なり相賀少なくなり、葉には光や養分が効率的に供給され、植物としての頑強さを備えたかのように見える」と述べています。
 また、カタツムリの殻の成長の観察から、らせんの性質について、
・アルキメデスらせん:等間隔で広がるらせん
・ベルヌーイらせん:等比率で広がるらせん
の2つを紹介し、後者が、「黄金比を持つ長方形に内接する」性質を持つことを紹介しています。
 第4章「芸術に見えかくれする黄金比」では、「建築物や美術作品の中に見出される黄金比、フィボナッチ数列、ベルヌーイらせんについて、いくつかの有名な例を紹介」するとして、ピラミッド、パルテノン神殿、ミロのヴィーナスと北斎等の例を取り上げています。
 第5章「数学の美しさと黄金比の中間たち」では、「ちょうどよさ」を「美の極致に通じるキーワード」であるとして、「数学の発展史を振り返ると、この人間臭い『ちょうどよさ』という妥協的、ご都合主義的、調整的な事柄が、美の極致まで昇華されていく過程を見出すことができる」ところに、「数学のやわらかさと美しさを感じている」と述べています。
 第6章「自然も好む関数の造形と機能」では、「質量×加速度=働いている力」という関係にある「運動方程式」について、「この理論が自然界の置く深くまで見抜いた、あまりにもみごとなものであるため、そこに美しさを感じ」、「方程式から導き出される」といってしまいがちになるのは「私だけではないかもしれない」と述べています。
 第7章「予測困難? 数列が織りなすかたち」では、自己相似性を持つ図形が、「自然界に存在するもののかたちの複雑さを連想させる」ことについて、「森全体から葉っぱ一枚にいたるまでの複雑な形状、入り組んだ海岸線の複雑な形状、雲や煙の形状、はたまた銀河宇宙から素粒子にいたるまでの複雑な形状の中に、部分的に自己相似性を見出すことができる」と述べています。
 本書は、「黄金比」をキーワードに、自然の中に見出すことができる数学の美しさと「ちょうどよさ」を考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の著者は、県立高校の教師として数学教育に携わっていて、現在は岐阜県立岐阜各務野高等学校の校長先生をされているようです。
 こういう人が数学の先生だと、数学に興味のある人はとても楽しそうですが、個人的には数学に大きな壁とその向こうの魅力を感じる中学校の先生がこういう話をしてくれたら楽しいのではないかとも思います。


■ どんな人にオススメ?

・数学は味気ない世界だと思う人。


■ 関連しそうな本

 藤原 正彦 『天才の栄光と挫折―数学者列伝』 2007年11月17日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

犬神家の一族【犬神家の一族】 サントラ オリジナル盤発売: 1976

 市川崑監督の追悼企画で、76年版と2006年版の作品が放送されているようで、この曲は有名ですが、ボーカルバージョンがあるのは知りませんでした。というか、金子由香利さんを知りませんでしたが、他の曲も聴いてみたいです。

『悪魔の調べ~ミステリー映画の世界 金田一耕助サウンド』悪魔の調べ~ミステリー映画の世界 金田一耕助サウンド

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2008年03月15日

だから楽しい江戸の算額

■ 書籍情報

だから楽しい江戸の算額   【だから楽しい江戸の算額】(#1150)

  小寺 裕
  価格: ¥1365 (税込)
  研成社(2007/08)

 本書は、「文化としての和算と絵馬信仰がリンクしたもの」であり、「和算の問題を解き、発表の場としての絵馬が利用された」、「算額」に関する本です。著者は、「これまでこのような形で算額を紹介した本はなかった」と述べ、「算額は江戸の文化が詰まったテーマパークといってよい」と述べています。そして、病気治癒への感謝を込めた算額を取り上げ、「算額は江戸時代のブログともいえる」と述べています。
 第1章「見て楽しむ」では、福井県武夫市大塩八幡神社に報じられた「鶴亀松竹ノ絵附□算術一問」と題された算額を取り上げ、その答えが奉納者の竹寿75歳の長寿を祝ったものであるとして、「こんなハッピーな算額は全国でもここだけ」だと述べています。
 第2章「作って楽しむ」では、著者が算額復元の仕事を通じて、「寺への説明、算額作製者への依頼、資金の問題」等をクリアする中で、江戸時代の人の努力を実感し、「江戸時代にタイムスリップしたよう」だったと述べ、「この復元を機会に筆者は二代目福田理軒を襲名」したとしています。
 また、教育活動としての算額の制作について、「準備などがたいへんですが、生徒たちにとっては達成感や学ぶ喜びが得られるので、普段とは違った貴重な授業になる」として、関連する教科として、
・数学科
・社会科
・国語科
・技術科
・書道科
・美術科
・特別活動
等の科目を挙げています。
 さらに、算額の問題については、「自作問題」と「過去の算額から復元」の方法があるが、学校の授業としては「自分の力に応じた問題で奉納を目的として作るのがよい」と述べています。
 第3章「解いて楽しむ」では、鶴亀算を解く歌として残っている、「鶴問はば、頭の数に四をかけて、足数引いて二で割るべし。」という歌を紹介しています。
 また、和算をテーマにした小説として、「和算系小説というジャンルもできつつある」として、中でも遠藤寛子著『算法少女』を「元祖和算系小説」として、近年復刊されたことを紹介しています。
 第4章「算額雑感」では、長野県軽井沢町にある「数字だけで書かれた和歌の碑」として、
「四八八三十一十八五二十百万三三千二五十四六一十八三千百万四八四」
「世は闇と人は言ふとも正道にいそしむ人は道も迷はじ」
という歌を紹介しています。
 本書は、和算と絵馬という江戸の魅力を楽しむチャネルを提供してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 「和算」という分野にも心惹かれるのですが、漢数字の乱れ打ちに腰が引けてしまいます。
 和算のやり方を今のアラビア数字に馴染んだ人たちにもわかりやすく解説してくれる本はないものでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・文化としての和算に触れたい人。


■ 関連しそうな本

 遠藤 寛子 『算法少女』
 結城 浩 『数学ガール』
 佐藤 健一, 和算研究所 『和算』
 佐藤 健一, 牧下 英世, 伊藤 洋美 『算額道場』
 深川 英俊 『例題で知る日本の数学と算額』
 佐藤 健一 『和算を楽しむ』


■ 百夜百音

Everything【Everything】 MISIA オリジナル盤発売: 2000

 数年前に友人の結婚式の二次会で演奏しました。自分はギターだったので、ボイシングが面倒なこと以外はそれほど大変ではなかったのですが、ベースの人はたいへんだったと思います。終盤の畳みかけが楽しい曲でした。

『MISIA GREATEST HITS』MISIA GREATEST HITS

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2008年03月05日

数学者の無神論―神は本当にいるのか

■ 書籍情報

数学者の無神論―神は本当にいるのか   【数学者の無神論―神は本当にいるのか】(#1140)

  ジョン・アレン・パウロス (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥1995 (税込)
  青土社(2007/12)

 本書は、「神様がいるという論証にはいろいろとお目にかかった」著者が、「そこには足りないところ」があり、「そのすべてには非論理的なところが内在している」ことを取り上げたものです。著者は、原著のタイトルである「無宗教(イレリジョン)」を、「宗教だけでなく、他人の信じやすさが信じられないことに発する主題、論法、疑問」と解説しています。
 著者は、「宗教的な伝統や理想や祭祀」いっさいに何の価値も認めないということではなく、「私はずっと無神論者/不可知論者であり、本書では、ひょっとするとあなたもそうなっていいい(あるいはそのままそうでいていい)理由を説明しよう」としていると述べています。
 第1章「四つの古典的論証」では、
(1)第一原因論法(および不必要な仲立ち)
(2)デザイン論法(および創造主義者の計算)
(3)人間原理による論証(および確率論的終末論)
(4)存在論敵証明(および論理学的おまじない)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「世界は象の上に載っていて、その象は亀の上に載っている」と話すヒンドゥー教徒が、「その亀はどうなっているのか」と問われると、「話を変えましょう」と応じる、という話を紹介した上で、「すべてのものに原因があるのか、それとも原因のないものがあるのか。どちらの方針をとろうと、第一原因論は破綻する」と指摘し、「オッカムの剃刀」で剃り落とされるものであると述べています。
 (2)については、「認識された目的あるいは複雑さを、造物主たる神様のしわざとする」ものであると述べた上で、「複雑なものを『説明』するために、もっと複雑なものに訴えていた」ことを指摘しています。
 (3)については、「この宇宙の基本的な物理的定数が、我々が存在できるように『微調整(ファイン・チューンド)されて」いて、そのように正確に調節されていなかったら、われわれが出てきてそれを観察することもなかっただろう」としていることについて、「物理法則の定数が別だったら、あるいは物理定数の生命を許容する値の幅が、人間原理が想定するよりもずっと大きかったら(そうであってもおかしくない)、別の、もしかすると非炭素型の生命がありえて、それが発達するだろうと応じることもできる」と述べています。
 (4)については、存在論的証明が、「紀元前4世紀から5世紀のストア派の論理学者までさかのぼる、自己言及の逆説も頭に浮かぶ」として、「すべてのクレタ人は嘘つきである」という逆説などを紹介しています。
 著者は、「宗教的類論のもっとも平凡な手管」として、「かくかくが成り立つなら、必然的にしかじかが出てくる」という「何かを肯定するように見える仮言命題」をあげ、「仮言命題を立てる試みで用いられる論理は手が込んでいることもあるが、前提は保証されていないので、結論も保証されていない」と指摘しています。
 第2章「四つの主観的論法」では、
(1)めぐりあわせ論法(および9月11日にあった奇妙なこと)
(2)預言論法(および聖書の暗号)
(3)主観からの論証(および信仰、空しさ、自我)
(4)介入からの論証(および奇跡、祈り、証し)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「めぐりあわせ(コインシデンス)に魅了され、そこに意味を読み込む心理的傾向は、多くの人々にとって、神様がいることを示す論拠となり、人によっては偏執的な妄想の誘因ともなる」と指摘した上で、「何かが起きた後にあれこれ操作する例はいくらでもあるが、それで言えることは明らかなはずだ」として、「どんな日付であろうと、どんな言葉や名称の集合であろうと、似たようなことは難なくできるだろう」と述べています。そして、「神様を信じるための論証には、こうしためぐりあわせに意味があると信じる気になる心理的な弱点と無関係ではないものが、いくつかはあるのではないか」と指摘しています。
 (2)については、聖書の最初の五書、トーラーに「いわゆる等間隔文字列(エクィディスタント・レター・シーケンス)、つまりELSがたくさん含まれていて、それが人と事件と日付との無視できない関係を預言しているとする」統計学の論文を取り上げ、「こうした文字列探しが人々の面前では行なわれず、これと思えるものが見つからない場合は捨てられ」、「面白い文字列が見つかったときだけ発表し、確率を単純に計算するだけなら、そうした文字列が、表面的に意味しているように見えることを実は意味してはいないことは確かである」と指摘し、「実際にとくべき本当の問題は、特定のELSが特定の位置に現れる確率ではなく、だいたい同じ意味のものも含めて何かのELSが、テキストのどこかに、何らかの形で出てくる確率ということになる」と述べています。
 (3)については、「ただただわかる。神を骨身にしみて感じる」という論法は、「明らかに妥当ではないが、否定することもまず不可能である」と述べた上で、「この超越を求める希求をばかにすべきではない」が、「感情から断定へ移るのは、話が別だ」と述べています。
 著者は、「特定の宗教を信じる人々や、それに関係する人物や説話が、無神論者や不可知論者を理解できないと説くのはなぜか、何度も不思議に思ったことがある」と述べ、「自我とは、信じていること、知覚、姿勢などの常に変化する集合であり、本質的で永続する実体ではなく、頭で考えたキメラである」とする考えが、「社会全体で広く心の底から感じられるようになったら、その社会に対する影響は、計り知れないものになるだろう」と述べています。
 (4)については、「宗教と科学は一緒になって成長し、両立しないものではなくなったと説くのがいささかの流行になっている」ことに血打て、「私の見解では錯覚である」と指摘しています。
 第3章「4つの心理/数理論論証」では、
(1)定義替えからの論証(および理解しがたい複雑さ)
(2)認知の傾向からの論証(および単純なプログラム)
(3)普遍性論法(および道徳と数学の関連)
(4)ギャンブル論法(および思慮分別から恐怖にいたる諸感覚)
の4点を取り上げています。
 (1)については、「神様が存在することを言う論証では、多くが神様を別のものに定義しなおしている」と指摘した上で、この定義のしなおしによる論証の概略を、
1.神様は、実はかくかくしかじかのものである。
2.このかくかくしかじかのものの存在は、当然にあるとは言わなくても、いかにもありそうなものである。
3.ゆえに神様は存在する。
と示し、これを表す「蔑称的な言葉」として、「どちらともとれる(エクィヴォケーション)」と述べています。
 (2)については、人々が神様を信じたがることになる因子の中には、「生得の認知的な偏りや錯覚がある」が、「この同じ傾きを真実を告げるものと見る人」がいると述べています。
 (3)については、「文化の境を超えて、正しいと考えられ、間違っていると考えられることの類似は著しく明らか」であり、「これらの類似をいちばんよく説明するのは、それが神様に由来すること」であるとする論法について、「文化の境界を超えた道徳的な掟の類似は、ごく一般的な標準――殺人、盗み、子の養育、基本的な誠実さ――を除けば、紛れもなく決まるものでもないし、この説を唱える人々が声を大にして言いたいほどの類似ではない」と指摘しています。
 (4)については、もっとも有名なものとして、17世紀の哲学者ブレーズ・パスカルが唱えた「有名な賭け」について、「キリスト教徒になるのが好いとする論証」だが、「この論法は、パスカルのようなキリスト教の教義をすでに信じている人にのみ、説得力がある」と述べ、「パスカルの賭けは、数学的な装いはしているが、古くからの恐怖――天国の至福からはじき出される恐怖、果てしない責め苦を受ける恐怖、死の恐怖――による強力な論証とあまり変わらない」と指摘しています。
 著者は、「証拠を重んじ、曖昧なことを避ける非宗教的な人々を表すものとして提案されたことのある新語」として、ポール・ガイサートとミンガ・ファトレルによって提唱された「Bright(ブライト)」という言葉を紹介し、「いろいろな育ち方をした人々がもっとたくさん、ブライトであることを認められれば、もっとこの世のためになると思う」と述べています。
 本書は、多くの日本人にとってはあまりピンとこないかもしれませんが、実はここに挙げられているような論法は結構使っているかもしれない、と気づかされる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書と本書のタイトル(原題)は、日本人にとってはあまりインパクトがないかもしれませんが、大統領自らがあんなふうになっちゃっている国では相当の勇気がいるものだったのか、それとも数学者はそのくらい変わった人だと見られているのか、のどちらなのかも知れません。
 日本人も「神様を信じるか」と聞かれるのは、駅前で外国人に話しかけられた時くらいですが、「幽霊を信じるか」とか「霊魂はあると思うか」という質問だと、結構多くの人が「ありえない」という態度はとりにくいようです。


■ どんな人にオススメ?

・神様はいないと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 ブルース シェクター (著), グラベルロード (翻訳) 『My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記』 2006年11月25日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 スティーヴン ウェッブ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』 2007年01月27日


■ 百夜百マンガ

臨死!! 江古田ちゃん【臨死!! 江古田ちゃん 】

 北海道出身者と裸族の人にはまずお奨め。タイトルの「臨死!!」はもはや意味不明なのですが、こういうのは担当の編集の人と考えるのでしょうか?

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2007年11月24日

心は孤独な数学者

■ 書籍情報

心は孤独な数学者   【心は孤独な数学者】(#1038)

  藤原 正彦
  価格: ¥460 (税込)
  新潮社(2000/12)

 本書は、アイザック・ニュートン、ウィリアム・ロウアン・ハミルトン、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンの3人の天才数学者の生涯をそれぞれの生地を訪ねながら紹介した評伝です。
 著者は、現地を訪ねた理由を、「いくら輝かしい天才であろうと」、自然、歴史、民族、文化、風俗などの「生まれ育った風土の影響下にあるはず」と考えたからであると述べ、「天才の人間性ばかりか数学までが、そういったものの産物であることが分かった」と語っています。
 ニュートンを取り上げた第1章「神の声を求めて」では、1642年のクリスマスの夜に生まれたニュートンが、生後3歳で母親の再婚のために実家に託され、その苦しみから、「義父と母を家もろとも焼き殺してしまう」と脅すほどであった、暗い少年時代を送ったことが紹介されています。また、思弁的に自然現象を考察し、実験的考察の伝統を受け継いだニュートンが、これに、「数学的裏付けを与えることで理論の確実さを高める」方法を創始したことが紹介され、信心深いニュートンにとっては、「自然は数学の言葉で書かれた聖書であった」と述べられています。
 さらに、ニュートンの人間性に関しては、「自分が公表しないのに、先取権にはこだわる」という悪癖があったこと、当時知識人の間で流行していた秘密結社「バラ十字会」に関する書物を熟読していたニュートンが、造幣局監事としてロンドンに出る際には、千ページを超える錬金術手稿を木箱に注意深く封印して行ったこと、50歳のときに強度の鬱病にかかり、猜疑や幻想に悩まされていたことなどが語られています。
 また、微積分学の創始者の称号をめぐって、大陸のライプニッツと泥仕合を繰り広げ、「十数年も続いた論戦は、終いには国家威信をかけた、手段を選ばぬ中傷合戦にまでなった」ことが紹介されています。
 著者は、「最後の魔術師」と呼ばれたニュートンは、「聖書では使徒の言葉を通して、史書や錬金術研究では古代や中世の賢人の知恵を通して、自然研究では宇宙の仕組みを通して、ニュートンは神の声を希求しつづけた」のであり、「論理の一貫した人生を送った」と語っています。
 第2章「アイルランドの悲劇と栄光」では、ハミルトンの恋人キャサリンの父親が、「娘が無一文の学生と恋の深みに陥る」ことを怖れ、中年の資産ある牧師と強引に婚約させてしまったことを、彼女の母親から聞かされたハミルトン自身が、「娘の恋人である私に、娘の婚約を告げる際に見せた彼女の表情はとても忘れられません。娘を真剣に愛している私への同情、そして涙ながらに婚約破棄を嘆願する娘への哀れみから、悲痛に満ちていたのです」と語っていることを紹介しています。
 そして、43歳の時に、キャサリンとの間に文通があり、「ともに結婚している身で文通することに、大きな罪の意識を感じながら、二人は張り裂けそうな胸のうちを六週間にわたって綴りあった」こと、48歳のときに、キャサリンは死の床にあり、ハミルトン、「他人の妻に会うという、当時にあっては罪を問われかねない危険を冒して、彼女を見舞った」ことなどを紹介した上で、「二人だけ出会うことも自由に手紙を書くこともままならないまま、これほど長い年月、これほどの激しさで思い続ける、というところにハミルトンの真骨頂がある。まさにこの強烈な情緒と執念をもって、彼は数学に立ち向かったのである」と述べています。
 第3章「インドの事務員からの手紙」では、ラマヌジャンの数学の道のりを、「公式や定理を理路整然と上から解説されるのではなく、自ら挑戦することで、才能への点火がなされたのである。観光バスで名所旧蹟を回らず、彼は地図を頼りに、手探りで道を探しながら、それらの場所にたどり着いた。その過程で、諸定理を自らの血肉にしたばかりか、長く苦しい思考の後に訪れる、発見の鋭い喜びを充分に味わった」と表現しています。
 また、宗主国イギリスで、ラマヌジャンからの手紙を受け取った3人目の数学者であるハーディが、同僚のリトルウッドとその手紙をめぐって議論した結果、「これら公式がインチキだとしたら、いったい誰がそれを捏造するだけの想像力を持っているだろうか。この著者は本物に違いない。そんな信じがたい技術を有する泥棒やいかさま師の数より、偉大なる数学者の数の方が多いからだ」と結論づけたことが紹介されています。
 さらに、ハーディの成果が、大雑把には、
(1)既知の定理、あるいは既知の定理から容易に得られるもの
(2)新しくて奇妙だが、重要そうではないもの
(3)新しくて重要なもの
の3つに分類できることについて、ハーディが、「既知の結果であっても、それを独力で再発見したというのは大変な名誉です」と評したことを紹介した上で、「再発見というのは、いつの時代においても天才の、特に若き天才の特徴と言える。若き天才は、当然ながら同輩から抜きん出てしまうばかりか、先生をも越してしまうため、一時期、独学となることが多い。この時期に、類まれな独創力ゆえに、既知の定理をそれと知らずに独力で見出すのである」と述べています。
 また、ラマヌジャンに証明を要求しても、「続々と新公式を示すばかりで、肝腎の証明を送ろうとしない」ことに、痺れを切らしたハーディが、「フェアー精神では人後に落ちない自分を、信用しようとしない生意気なインド人め、という苛立ちと、このと法もない天才をインドに埋もれさせては数学界の大損失、という使命感の長い葛藤の末に、使命感がついに勝利した」と述べ、「ラマヌジャンをケンブリッジに連れてくる、というハーディの特命」を帯びてマドラスを訪れた若干24歳のネヴィルに会うように手紙を送ったことを紹介しています。
 著者は、ラマヌジャンが発見した公式の美しさについて、「それらはよく『奇抜』と称されるが、それは単にまずらしいという意味ではない。常人が想像できないほどの美と調和を有している、という意味に近い」と述べ、リトルウッドがラマヌジャンの仕事に対して、「この世のものとは思われぬほど美しく特異」と評していることを紹介しています。
 そして、ケンブリッジ到着直後のラマヌジャンが、ハーディとの「天才と大秀才」という数学では理想のコンビでの仕事を進めるものの、「一人暮らしの上、ケンブリッジ唯一の社交場とも言えるホールで食事をしないため、話し合うべき友人もできない」上、「イギリス特有の冷たく憂鬱な天気、そして孤独がラマヌジャンを弱らせ」ていったと述べています。渡英後3年ほどでラマヌジャンはついに病魔に襲われ、胃潰瘍、敗血症、癌、結核など、さまざまな病名をつけられるが、「栄養をとれという意志の指示に抵抗し、相変わらず菜食にこだわり続け」たため、10名ほどの医師が、「忠告に一切従わないため」、次々に見放したとも言われていることを紹介しています。
 著者は、ラマヌジャンを、「この地上にはどこにも彼の居場所がなかったのだ。インドでは貧困に追われ、イギリス人が騒ぎ出すまで正当な評価をされず、戒律を破ってまでして訪れたイギリスでは、人にも土地にもどうしてもなじめず、ついには不治の病にまで取り付かれた」ことなどを挙げ、「悲劇の人と思った」と語っています。
 本書は、数学者の中でも、特に著者の思い入れの詰まった三人の悲劇を取り上げた一冊です。


■ 個人的な視点から

 他の科学者と違ってダイレクトに世の中に影響を与えられるわけではないため、象牙の塔の住人の典型のように思われがちな数学者ですが、紙と鉛筆さえあればどこでも研究ができ、自分の内面で徹底的に思考を重ねる性質のせいか、変人が多く、ドラマティックな人生は「非数学者」の心を魅了してやみません。
 実は日本人の貢献も華々しい分野でもあるのですが、学問分野自体が地味であるためか、あまり知られていません。


■ どんな人にオススメ?

・数学者は人生においても地味だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 藤原 正彦 『天才の栄光と挫折―数学者列伝』 2007年11月17日
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

My Generation【My Generation】 Who オリジナル盤発売: 1965

 今の目から見ると、おとなしそうに見えるピート・タウンゼントが暴れている映像を見ると、「キレる若者」という言葉も違った意味に伝わってしまいそうです。とりあえず、ヘッドフォンの音量には気をつけましょう。

『The Who Sings My Generation』The Who Sings My Generation

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2007年11月17日

天才の栄光と挫折―数学者列伝

■ 書籍情報

天才の栄光と挫折―数学者列伝   【天才の栄光と挫折―数学者列伝】(#1031)

  藤原 正彦
  価格: ¥1155 (税込)
  新潮社(2002/05)

 本書は、9人の数学者を生んだ、自然、歴史、民族、文化、風俗など「風土」から天才たちの人間像に迫り、「天才の峰が高ければ高いほど、谷底も深い」、「栄光が輝かしくあればあるほど、底知れぬ孤独や挫折や失意にみまわれている」ことを語っているものです。
 第1章「神の声を求めた人 アイザック・ニュートン」では、1665年の夏、ペストの流行によってケンブリッジ大学が閉鎖されたため、仕方なく故郷のウールズソープ村に1年半あまり戻ったニュートンが、この間に、微積分法、万有引力の法則、光と色に関する理論という「三つの大理論の端緒を発見」したことを紹介し、このことをケインズが、「純粋志向に関してかつて人間に与えられた、最強の集中力と持続力」と評していると述べています。
 また、「創造の人」であったニュートンが、ハレーの助けによって「独立した三分野、微積分学、力学、天文学のそれぞれにおける諸成果を、完全無欠な有機体として統一」した『プリンキピア』を出版した44歳で燃え尽きてしまい、後半生は「栄光の人」として生きたことをの兵衛治増す。
 著者は、ニュートンにとって宇宙は、「尖塔を通さず直接に神の声を聞ける場」であり、「神が自ら造った宇宙だから、神の声がその仕組みの中に、美しい調和として在るに違いない」という強烈な先入観を持ち、「宇宙が数学の言葉で書かれている」という信念を持つことができたのではないかと述べています。
 第2章「主君のため、己のため 関孝和」では、関の最重要業績を、「連立高次方程式の未知数消去から行列式(正確には終結識)を発見したこと」であり、「ライプニッツの行列式より内容的に高度で時期的にも早かった」と述べています。
 著者は、「ふと、孝和が薄幸の人に思えた」と述べ、「算聖と崇拝されたのは死後三十年も経ってから」で、在世中はライバルに破れ失意の二十数年を送り、主君綱豊が6代将軍家宣になる晴れ姿を見る半年前に亡くなり、家庭的にはさらに不幸だったと語っています。
 第3章「パリの混沌に燃ゆ エヴァリスト・ガロワ」では、数学に目覚めた少年ガロワが、「寝ても覚めても数学を考え続ける」ことになったため、教師たちは、「数学に対する狂気がこの少年をとりこにしている。学校では時間を浪費し、いたずらに教師を苦しめ、絶えず叱責を受けている」「独創的だが風変わりで議論好き」「我慢できぬほど独創的をよそおい、救いがたいほど自惚れている」と報告していることを紹介しています。
 そして、ガロワが、「父親の自殺、二度の入試失敗、二度の論文紛失、そして退学と重なる不幸を、不公正な社会制度のせい」と考え始め、「共和主義から過激主義へと一気に進んで行く」姿を、「天才とは常に単純である。思い込みが激しい。美と調和への強烈な感受性と希求心を抱いていた青年ガロワにとって、ありとあらゆる不条理のうごめくこのみにくい世界が、ついに憤激の対象となった」と述べています。
 第4章「アイルランドの情熱 ウィリアム・ハミルトン」では、若き日に相手の父親によって引き離された初恋の女性キャサリンを三十年間思い続けたハミルトンが、キャサリンの死の床を見舞い、「私の生涯をかけた仕事です」と言って『四元数講義』を捧げたことを紹介し、「会うことも手紙を書くこともままならぬまま、これほど長い年月、これほどの烈しさで人を想い続ける、というところにハミルトンの真骨頂がある」と述べ、「まさにこの強烈な情緒と執念をもって、彼は数学に立ち向かったのである」と評する一方、この「情緒と執念」が「最愛の人を失った傷を深いもの」にし、「晩年の彼はより一層アルコールへと傾斜していった」と述べています。
 第5章「永遠の真理、一瞬の人生 ソーニャ・コワレフスカヤ」では、姉のアニュータがドストエフスキーの求婚を拒んだことを、ソーニャには理解できなかったが、「憧憬する姉のこの姿勢は、後になってそのままソーニャの基本姿勢となった」と述べています。
 また、数学と文学という「一見異質な二つの世界」が、「ソーニャの心の中で、ごく自然に共存していた」として、「数学者は詩人でなくてはなりません」「私には数学と文学のどちらの傾向が強いのか終生決められませんでした」というソーニャの言葉を紹介しています。
 著者は、ソーニャが、「際立った知性と美貌という天賦のものに恵まれながら、出会った恋愛のすべてが実を結ばなかった彼女を痛々しく感じた」と述べ、「すべては愛されなかった幼年時代にその因をたどれるかも知れないと思った」、多くの男性が、「彼女に魅了され、恋心まで抱いた」のは、「幼き日にできた胸の空洞を埋めるため、愛を異常なまでに渇望していたソーニャは、無意識のうちに」「男性を魅きつけようとふるまっていたのではないか」と語っています。
 第6章「南インドの"魔術師" シュリニヴァーサ・ラマヌジャン」では、南インドの一事務員から送りつけられた手紙を、多くの数学者がそのまま送り返したなかで、「運命の人」ハーディが、「このインド人は狂人か天才のどちらかだ」と叫び、「これらの公式がインチキだとしたら、一体誰がそれを捏造するだけの想像力を持っているだろうか。この著者は本物に違いない。そんな信じがたい技術を有する泥棒やいかさま師の数よりは、偉大なる数学者の数の方が多いからである」と語ったことを紹介しています。
 著者は、ラマヌジャンを、「われわれの百倍も頭がよい」という天才ではなく、「なぜそんな公式を思いついたのか見当がつかない」という天才であると評し、「ラマヌジャンの公式を見て私が感ずるのは、まず文句なしの感嘆であり、しばらくしてからの苛立ちである。なぜそのような真理に想到したかが理解できないと、その真理自体を理解した気に少なくとも私はなれないのである」と語っています。
 第7章「国家を救った数学者 アラン・チューリング」では、「暗号解読におけるアラン・チューリングの才能は図抜けたものだった」として、「チューリングが一国を救い、世界史を変えたと言ってよいほどのものであった」と述べ、「多様で混沌とした現象の中から論理構造を見出し理解しようと、集中して考え続ける習性」である、数学的思考そのものが「誰も予想しなかったほど役立った」と解説しています。
 そして、誰も仲のよい友達がいなかった15歳のアラン少年の前に現れた1歳年長のクリストファー・マルコムに、アランは心酔したが、ケンブリッジ大学のトリニティ・コレッジに入学したクリストファーが結核で亡くなると、「クリストファーが生きていればこう望むだろう、という生き方をすることを決意」し、「勉学に精を出し、生活や友人たちへの態度を改め、瞬く間に教官や下級生たちの人望を得るように」なったと述べています。
 第8章「真善美に肉薄した異才 ヘルマン・ワイル」では、ワイルが、27歳にして、画期的な『リーマン面の概念』を著したことについて、「論理の鎖としての数学と言うより、その背後にある本質を、言葉によって伝えようとする、ワイル独特の情熱がほとばしっている」と評し、「27歳の青年が、このような仕事を成し遂げるのは、ワイルの天才の他に、当時のゲッティンゲンに渦巻いていた、独特の熱気のせいもあるのだろう」と述べています。
 第9章「超難問、三世紀半の激闘 アンドリュー・ワイルズ」では、1452年にビザンチン帝国が滅び、帝国の学者たちが西方に持ち出したディアフォントスの『算術』がラテン語に翻訳され、17世紀前半にその訳書の余白にフランスに住む法律家のピーエル・ドーフェルマーが、「余はこの命題の真に驚くべき証明を発見したが、この余白はそれを書くには狭すぎる」という謎の言葉を残したことから、「後世の人々、幾多の名高い数学者から素人までが、この命題の解決に挑んだが、一向に謎は解けなかった」ことを解説しています。
 そして、少年時代にフェルマー予想と出会って以来、この問題を解決するという「少年の夢」に取り付かれたワイルズが、「予想の証明に必要な議論の9割を自分が完成しても、最後の1割を片付けた人がフェルマー予想解決の栄冠を得る」という悪夢を避けるため、「自分がその仕事に取り組んでいることを、プリンストン大学の同僚を含め誰にも漏らさない」という秘密主義をとることを決断したと述べています。
 ワイルズは、1993年6月23日からケンブリッジのニュートン研究所で3日間にわたり「モジュラー形式、楕円曲線、ガロワ表現」と題した研究集会の講義を行い、2日目が終わると、参加者の間に「もしかしたら」との噂が飛び、「3日目はすしづめの講演会場には入れない人々が、通路から背伸びしてのぞきこむという状態」で、「20世紀最大の数学的事件を目撃したい」と考えた人が押し寄せたと述べています。
 しかし、ワイルズの論文に対する査読の過程で1箇所だけ誤りが発見され、それから約1年間の苦悩が続きましたが、1994年9月19日、「突然、まったく不意に信じがたい閃きに打たれ」、「岩澤理論」と組み合わせるとうまくいくことに気づきます。ワイルズはこの閃きの瞬間を、「形容できない、美しい瞬間でした。とても単純でとても優雅で。なぜそれまでに気づかなかったのか自分でも分からず、20分間ほどじっと見つめていました。それから数学教室を歩き回っては机に戻るということを繰り返し、アイデアがそこにまだあることを確かめていました。とても興奮していました」と語っています。
 本書は、数学、そして数学者は、頭の固い小難しい人たちのものというイメージを持っている多くの人に、数学と数学者の人間臭さを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者自身が数学者ということと、両親から受け継いだ文才の両方を持ち合わせていたことが、本書を楽しく読める一冊にしています。海外の科学者の中には非常に文才を兼ね備えた人がいますが、国内ではなかなか例が少ないのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・数学者は特殊な人たちだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 藤原 正彦 『心は孤独な数学者』
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

FINAL LEGEND【FINAL LEGEND】 Johnny オリジナル盤発売: 2003

 テレビドラマ「茜さんのお弁当」の主題歌でヒットした「ジェームス・ディーンのように」ですが、当時小学生だった私には、「ジミー」と省略されてしまうと何のことだかわかりませんでした。

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2007年08月11日

数学をつくった人びと〈2〉

■ 書籍情報

数学をつくった人びと〈2〉   【数学をつくった人びと〈2〉】(#933)

  E.T. ベル (著), 田中 勇, 銀林 浩 (翻訳)
  価格: ¥861 (税込)
  早川書房(2003/10)

 本書は、、「一般読者や、現代数学を作り出した人間とは、どんな人間なのかを知りたいと思う人々」を対象に、「今日の数学の広大な領域を支配しているいくつかの主流をなす考え方へ[読者を]導くこと、しかもそれらの考え方を作り出した人々の生涯を語ることを通じて導くこと」を目的とした3分冊のシリーズの2冊目で、19世紀に活躍した数学家を取り上げているものです。
 第13章「栄光の日」では、ジャン=ヴィクトル・ポンスレを取り上げ、彼が名著『解析学と幾何学の応用』の序文で、ナポレオン配下のフランス軍の「モスクワからの悲惨な退却の経験」を語っていることが紹介されています。
 そして、ポンスレが、射影幾何学において双対原理を最大限に利用し、「そのきわだった美しさと、その証明のしなやかな優美さをもっていたおかげで、射影幾何学は、19世紀の幾何学者たちのお気に入りの研究対象となった」ことが解説されています。
 第14章「数学界の王者」では、この第2巻に登場する数学者の中でもっとも力が入った解説をされているガウスが登場します。著者は、「数学史を通じて、ガウスの早熟さに匹敵するものはない」として、彼が3歳になる前に、父親が計算していた労働者の週給の長い計算を脇から見ていて、「父ちゃん、その勘定は間違っているよ」と指摘したことや、後年彼が、「自分は話し始める前にもう勘定の仕方は知っていた」と語っていること、学校に入ったガウスが数学に情熱を持つ若い助手バーテルスと出会ったことなどが語られています。
 また、ガウスが、「自分が発見した偉大な業績の発表をさしひかえた」ことについて、ガウス自身が、「自分は、心の奥底から出てくる衝動に刺激されて、科学的な仕事に従事しているまでで、他人の役に立たせるために発表するかしないかというようなことは、全く第二義的なことだ」と語っていることや、友人に、「彼がまた20歳になる前に、新しい観念の大群が彼の心をおそい、彼はそれをほとんど制御することができず、それらを小さな断片に記録する時間しか持てなかった」と語っていることなどが紹介されています。
 さらに、ガウスが、「代数学の基本定理」に関して、「あらゆる代数方程式は解をもつ、という主張も、その方程式がどんな種類の解を持っているかがわかるまでは、やはりはっきりしない」という「漠然とした感じ」を、「代数法定式のすべての根がa+biの形の≪数≫であることを示すことによって、この漠然とした感じを正確にした」ことが述べられています。
 著者は、ガウスがもつ、「彼の秘密の一部」である「自分自身の思考の世界に自らを忘却し得る」能力において、「アルキメデスとニュートンとの両者に似通っている」と述べ、さらに、「正確な観察能力と、彼をして自己の科学研究に必要な器具を案出させた科学的発明の才能」においても「両者に匹敵」すると述べています。
 さらに、ガウスの強みのもうひとつの源泉として、「その科学的冷静さと個人的野心からの超越」を挙げ、彼の野心が、「数学の進歩以外にはない」と述べています。
 また、ガウスの批評が、「印刷物における表現ではいくらか冷淡であったにしても、書信や、また純粋な向学心にもえて彼と交わりと結んだ人々との学問的友情においては、非常に懇切であった」として、『整数論考究』に魅せられてガウスに自分の数論研究を送る際に、「ガウスが女性の数学者に偏見を抱いているかもしれない」からと男名義の≪ルブラン氏≫を名乗ったボフィー・ジェルマンを紹介しています。
 第15章「数学と風車」では、「ハッキリと近代的思想を持った偉大なフランスの数学者のうちの最初の人」であるオーギュスタン=ルイ・コーシーを取り上げ、彼が、「数学的創意において人なみはずれてゆたかであり、その豊富さをしのいでいるのは、わずかに二人、つまりオイラーとケイリーがあるのみである」と述べ、「コーシーの仕事はその時代と同じく革命的であった」としています。
 また、1815年にコーシーが、「フェルマが残して後世を悩ましていた大定理の一つ」である、「あらゆる正の整数は、3つの≪三角数≫、4つの≪平方数≫、5つの≪五画数≫、6つの≪六画数≫などの和である」を証明してセンセーションを巻き起こしたことを紹介しています。
 第16章「幾何学のコペルニクス」では、ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーについて、「コペルニクスの業績の重要席について一般に認められた評価が正しいとすれば、人を『何々におけるコペルニクス』と呼ぶことは、その人間に与えうる最高の賛辞か、出なければ最も厳しい非難である」と述べたうえで、「非ユークリッド幾何学の創造において、ロバチェフスキーがなした業績を知り、重要な構成部分である数学すらほんの一部である人類の思想全体に対するその意義について考えるならば」、「幾何学のコペルニクス」という言葉が「決して過大な誉め言葉でないことが認められるだろう」と述べています。
 そして、「ある意味で、ユークリッドは2200年の間、絶対的真理を発見したとか、その幾何学体系によって、人間的認識の必然的な方を発見したとか、信じられてきた」が、ロバチェフスキーの創造が、「この信念が誤りであることを実証主義的に証明した」と述べ、「彼の挑戦の大胆さと、その大成功」が、「一般の数学者、科学者を駆って、ほかの≪公理≫や公認の≪心理≫に挑戦せしめた」ことが語られていています。
 第17章「貧困の天才」では、ニールス・ヘンリク・アーベルを取り上げ、「解析学の新しい一部門を創設するという、さらに輝かしい業績のかげにかくれてしまっている」画期的な業績として、アーベルの≪不朽の記念碑≫である代数学上の業績を紹介しています。
 また、アーベルが、「大陸の大数学者たちに近づく学術的パスポートになりうる」と信じていた「一般五次方程式の代数的不可解性を証明する論文」を、ガウスは、「あえて論文を読もうともせず、『ここにもまた化け物がいる!』とさけんで、それをわきへほうり投げてしまった」ことを紹介し、それ以来アーベルが、「ガウスをはげしくきらい、おりあるごとにガウスをこっぴどくやっつけた」と述べています。
 第18章「偉大なアルゴリスト」では、フランスの偉大な数理物理学者フーリエが、「熱伝導に関する未解決の問題がまだあるのに楕円関数に時間を≪浪費≫したといって、アーベルとヤコービの二人を非難した」ことに対して、ヤコービが、「なるほどフーリエ氏は、数学の根本的な目的は公共の役に立つことと、および自然現象の説明にあるという意見をお持ちである。しかし氏ほどの智者ならば、科学の唯一の目的が人間精神の栄誉のためにあるということ、そしてこの称号に照らせば数についての問題も世界の秩序についての問題と等しい価値を持つということを心得ていてもよいはずである」と反論したことが紹介されています。
 第19章「アイルランド人の悲劇」では、ウィリアム・ロウアン・ハミルトンの幼時の多才ぶりが、「まるで馬鹿げたつくりばなしのよう」であるとして、「3歳で英語を楽に読み、算数にかなりの進歩をみせた。4歳にしてりっぱな地理学者であった。5歳でラテン語、ギリシア語、ヘブライ語を読み、活躍し、ドライデン、コリンズ、ミルトン、ホメーロスを(最後のものはギリシア語で)延々と暗誦することを好んだ。8歳でイタリア語とフランス語を征服して、自己のコレクションに加え、アイルランドの風光の美しさに接して、平易な英語の散文ではあまりに通俗すぎで高揚した気分を表せないときには、即座によどみなくラテン語で六歩格の詩をつくった。そして最後に、10歳にも達しないうちにアラビア語とサンスクリットに手を染め、これによって東洋の諸国語に対するなみなみならぬ学識の確固とした基礎を築いた」と述べています。
 そして、「ハミルトンの学問的生涯をめちゃくちゃにした、2つの災厄」として結婚とアルコールを挙げた上で、「ハミルトンのもっとも深い悲劇」は、「アルコールでも結婚でもなく、四元数こそ自然界を包括するような数学への鍵を握るものであるという、かれの頑固な信念だった」と述べています。
 第20章「天才と狂気」では、「アーベルが死に追いやられたのは貧乏のためであったが、ガロアが死に追いやられたのは愚行のためである」として、「学術史上、奔放な天才がむこうみずの愚行に身を任せた例として、エヴァリスト・ガリアのつかの間の生涯に匹敵するものはないだろう」と述べ、ガロアが、「ばかげたことの連続に圧倒されて、素晴らしい能力も充分に発揮できず、つぎつぎとばかものどもと闘ううち弓折れ矢つきたのであった」と述べています。
 そして、ガロアが17歳の年に、「自分の才能を理解する能力をもっている人物」であるルイ・ルグランの高等数学の教師、リシャールと出会ったことについて、リシャールは、「掌中の鳥が何者であるか」をすぐに悟り、それが≪フランスのアーベル≫であるとして、ガロアに首位を与え、「この生徒は、どの同級生よりずば抜けている。かれは、高等な部門しか研究しない」と報告していることを紹介しています。
 しかし、ガロアが、度重なる受験の失敗や、彼の父が陰謀によって自殺したことによって、「何にでも不正を疑い、何でも悪い方にとるようになった」と述べ、さらに、彼が、「ぼくは、多くの学者の研究を断念させるような研究成果を挙げた」と語った論文の原稿が、学士院幹事の元に届けられたが、それを見る暇もないうちに死んでしまう、という不幸に見舞われたことが述べられています。ガロアは、「間違った社会制度のために、おべっか使いの凡人どもが利益を得て、天才はいつも公正に扱われていない」と語り、彼の憎悪は、「共和主義の側に立って政治に飛び込み、されには禁じられた過激主義へと進んで」いったことが述べられています。彼は政治犯として投獄され、釈放後は、すぐに政治上の敵と衝突し、1832年5月13日の早朝、≪名誉の野≫で敵と相対し、ガロアは腹を撃ち抜かれて倒れ、病院に駆けつけたただ一人の家族である弟に、「泣くな。20歳で死ぬにはありったけの勇気がいるものだよ」と慰めたことが語られています。
 第21章「不変の双子」では、ケイシーとシルベスタを取り上げ、彼らが「互いに相手を引き立てはげましあっていた。そして互いに相手にかけているものを供給しあった」と述べています。
 そして、「知的興味の広いことにかけては、知るベスタはケイリーによく似ている」が、「身体的にはこの二人は、ぜんぜん似たところはなかった」として、ケイリーが「針金のように屈強で、肉体的な忍耐力も充分持ち合わせていたのだけれども、外見はひ弱そうに見えた」のに対し、シルベスタは「背も高くなくずんぐりしており、大きな頭が広い肩の上にがっしりと乗っかっていたが、それは恐ろしいほどの力と生命を有しているように見えた」と述べています。


■ 個人的な視点から

 「数学者」というと浮世離れした変人、というイメージをもつ人がいるかもしれませんが、19世紀が中心の2巻になって、赤貧にあえいだアーベルや、不幸続きで転落していったガロアなどの、「変人」的な数学者が登場してきました。
 これは、19世紀になってから変人が増えたというよりも、教育システムが整備されるにつれ、経済的、社会的に、それまでであれば世に出なかったような人が、十代で世間の注目を集めるようになったからではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・19世紀の個性豊かな数学家たちの横顔を目にしたい人。


■ 関連しそうな本

 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日


■ 百夜百音

ブラスタ天国【ブラスタ天国】 東京ブラススタイル オリジナル盤発売: 2007

 アニメソングを聴いているのが恥ずかしくない、と感じさせる小洒落た企画ものグループです。考えてみれば昔から中学高校のブラバンでは、「宇宙戦艦ヤマト」や「ルパン三世」は定番だったのでブラスとの馴染みは良いはずですし、動きが魅せやすいブラスのグループはパフォーマンスにも期待です。古くは新田一郎とスペクトラムがさまざまなアクションを編み出しています。

『アニジャズ 1st note』アニジャズ 1st note

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2007年08月05日

不思議な数eの物語

■ 書籍情報

不思議な数eの物語   【不思議な数eの物語】(#927)

  E.マオール (著), 伊理 由美 (著)
  価格: ¥3150 (税込)
  岩波書店(1999/09)

 本書は、著者が中学で代数を学んでいるときに出会った奇妙な数「e」について、「少々の数学の心得がある読者なら読みこなせる程度のレベル」で話をすることを目標にしたものです。
 第1章「ジョン・ネーピア, 1614」では、「科学の歴史において、対数の発明ほど科学界全体から熱烈に受け入れられた抽象的な数学的概念は滅多にない」として、その発明者であるジョン・ネーピアの名を挙げています。
 そして、彼の考えの筋道として、「任意の正の数を、ある与えられた数(後に底と呼ばれることになる)の累乗として書くことができるなら、数のかけ算、わり算はその数の指数の足し算、引き算に等価である。さらに、ある数をn乗する(すなわちn回その数をかける)ことは、その指数をn回足す──すなわち、指数をn倍する──ことに等価である。そして、ある数のn乗根を求めることは、n回続けて引く──すなわち、nで割る──ことに等価である」というものであり、「各算術演算が演算の階層の一つ下のランクの演算に変わり、それによって数値計算の煩雑さがぐっと減少する」ものであることを解説しています。
 第2章「認知」では、ネーピアが1614年に公表し