2008年08月15日

日本文化の模倣と創造―オリジナリティとは何か

■ 書籍情報

日本文化の模倣と創造―オリジナリティとは何か   【日本文化の模倣と創造―オリジナリティとは何か】(#1303)

  山田 奨治
  価格: ¥1680 (税込)
  角川書店(2002/07)

 本書は、「文化に関わるコピーについて考察した」もので、「情報のポストモダンを切り開くキーワード」として、「再創――レクリエーション」、すなわち、「コピーをしながら楽しむ創造」を掲げたものです。
 著者は、「再創主義は、文化帝国主義ではなく文化的な贈与である」として、「再創主義が人類に文化的な豊かさをもたらし、情報の排他的な所有による富の独占に代わって、21世紀型の産業モデルにもなりうる」として、水木しげるや京極夏彦の例を挙げ、「妖怪がはやりうるのは、『妖怪はみんなが知っていて、誰のものでもない』からである」と述べ、「パブリシティがあるコピー自由な素材」であることが、「妖怪のように何度も繰り返すブームを作り出す秘密」だと解説しています。
 第1部「模倣と創造――オリジナリティとは何か」では、「人間が成長しながら言葉を獲得していく過程の中で、ものまねがどのような役割をもっているのか」について論じるとして、「英語文化圏に比較して日本語文化圏では、形状的な特徴よりも色彩・素材・質感・肌触りといった非形状的な特徴に着目しようとする傾向がある」として、子の傾向が、「一見似ても似つかないものの間に類似点を発見する能力、すなわち『見立て』につながる」と述べています。
 そして、「人間の思考にとって大きな役割を持つアナロジーの力を身につけるには、子供の頃の遊びが大切である」として、「子どもの『ごっこ遊び』は、アナロジーを発達させるのに良く、その発達の度合いは、子どもが『ベース・ドメイン』にどれだけ親しんでいるかに影響される」と解説しています。
 また、美術におけるものまねに関して、「これまで多くの画家によってコピーされてきた」『モナ・リザ』について、「絵画が有名であることと、そのコピーをよく見かけることは、論理的に等しい」として、「これらのコピーのすべてが、『モナ・リザ』を有名にする原動力になっている」と述べ、「コピーされた図像が普及すれば、オリジナルの価値はたかまる」と解説し、「わたしたちが何となく受け入れているような、オリジナルであること、独創的であることへの絶対的な価値観には、疑いの目を向けざるを得なくなる」と述べています。
 第2部「著作権は何を守っているのか――著作権制度の光と影」では、日本の著作権法の源として、イギリス型コピーライトと著作者の権利としてのフランス型著作権の2つを挙げ、「イギリスで発達したコピーの権利としてのコピーライトと、フランスを中心とする大陸で発達した精神的な所有権のような著作権とは、別のものであった」と述べ、「政変によって国王の権威が失われたおりに、国王からの特許に代わるものとして、それぞれが構想されたという点では共通している」が、イギリス型のコピーライトの原型が、「印刷出版業者に与えられた印刷権であり、業界の保護法を強く持っていた」のに対し、フランス型の著作権は、「天才の権利」として誕生し、「自然権論の影響を当初から受けていた」と解説しています。
 また、「江戸時代から明治なかごろまでの著作者や著作物をめぐる『常識』がどのようなものであったのかを、再認識しておかなければならない」として、「江戸時代では、他人の著作物の構想をそっくり借用したり、台詞や文章そのものを勝手に使用して出版や上演をしたり、著作物を好きなように改変することは、当然のように行われていた」が、そのような時代を、「著作権のない『遅れた時代』と簡単に切り捨ててしまっては、近世の日本文化の本質を見落としてしまう」と述べ、国文学者の諏訪春雄が、「他人の考え出した筋や趣向、表現であっても、さらに、それをひねって、意表をつく、より効果的な使い方をすれば、それがそのまま新しい作者の栄誉となるような精神風土が存在した」と指摘していることを紹介しています。
 さらに、著作権と不平等条約の関係について、「不平等条約の改正と日本の著作権制度とは、双子の兄弟なのである」として、「ベルヌ条約の加盟国であった列国は、条約への加盟を不平等条約の改正に必要な条件のひとつにした」と述べ、「著作権は、文化産業の先進国が後進国を支配するさいの正当化のための原理であって、国際政治が演じるパワーゲームに用いられるカードの一枚にすぎない。文化産業の後進国は、パワーゲームのなかで、つねに著作権カードを引かされてきた」と解説しています。
 第3部「日本文化と再創主義のすすめ」では、「日本には、著作権や独創性にはとらわれない自由な創造の楽しみがある」として、それを「再創」と名付け、「古典詩歌、芸道、建築などに見られる再創の文化を振り返ると、わたしたちが歌ってきた『つながりの歌』は、文化の発展のための優れた方法であることが見えてくる」と述べています。
 そして、「連歌の形式がダイナミックに創られた時代の『花の下連歌』のありさま」を、
(1)毘沙門堂、地主権現、北野社などの特定の社寺付近において連歌会が催された。
(2)無縁の聖が宗匠として連歌会を取り仕切った。
(3)誰もが身分を隠して出詠できた。
(4)熱狂を伴なうパフォーマンスであった。
のように整理し、「連歌や俳諧に代表されるように、日本の古典詩歌では、集団的で共同体的でありながらも、その上に繊細で微小な個性を加えることで個人の内面が引き出される」として、「連歌師、俳諧師にとっては、『連衆』というよき文芸共同体を得ることが、作品の世界を花開かせるための必須の条件であった」と述べています。
 また、「本歌取り」の技法を完成させた藤原定家が、「本歌取り」が盗作にならないための規定として、
(1)歌の総量の半分までを可とする量の規定
(2)上句の七五や下句の七七をそのまま使うことを禁じる配置の規定
(3)本歌の趣向の中心部分をとり本歌取りであることをわかるように作る引用部位の規定
(4)最近の作者からではなく古人歌からとる引用対象の規定
(5)本歌と主題を変えるという主題の規定
などを設けたことについて、「盗作にならないための禁止規定であると同時に、趣ある『本歌取り』をするためのマニュアル的な規定だと見ることもできる」と述べています。
 著者は、「近世までの日本では、文芸は共同体が所有するものだった」、「古典詩歌の『付け』や『本歌取り』などの再創的な技法は、詩歌の表現を豊かにするものとして育まれてきた」として、「コピーは文化と心を伝える、つながりの歌をうたう」と述べています。
 さらに、再創が、「日本の文化に特有なものではなく、コンピュータ・ソフトウェアの開発方法の中にも見られる」として、ハッカー文化と日本文化の関係について論じています。
 そして、オープンソース・ソフトウェアの創作スタイルとして、
(1)創作のための共通の基盤、すなわちバザールが成立するための「伽藍」が必要である。
(2)職業とは切り離された文脈で創作を取り仕切る優れたリーダーが欠かせない。
(3)開発コミュニティには誰もが参加できて、コミュニティに対しては匿名性を保ちうる。
(4)コミュニティはたいへんアクティブで、熱狂的である。
の4点を挙げ、「花の下連歌」とほとんど同じであるとして、「再創主義による創作である」と指摘しています。
 著者は、「デジタルコピーのちからによって、情報の排他的な所有という近代のパラダイムは終焉を迎えるだろう」として、「わたしたちがいまするべきことは、デジタルのコピー力を人類の文化的な豊かさにつなげるための方法を模索することではないだろうか」と述べています。
 本書は、私たちが子供の頃から教え込まれてきた「独自性」という考え方がそれほど古い歴史を持っていないことを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 面白かったのはハッカー文化と連歌の関係でしょうか。文化を共有する世界中のプログラマが、さまざまなモジュールを色々な方向に改良し、その中から、多くの支持を集めるモジュールが残っていく、というフリーソフトウェアの世界は、確かに短歌や俳諧の世界に通じるものがあるような気がします。


■ どんな人にオススメ?

・「個性」や「オリジナリティ」が何より大事だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 福井 健策 『著作権とは何か―文化と創造のゆくえ』 2006年06月10日
 名和 小太郎 『情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権』 2006年10月14日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日


■ 百夜百マンガ

鉄拳チンミ【鉄拳チンミ 】

 月刊マガジンと言えばこの作品、というくらい看板だった長編大作。中国拳法の話なのにキャラクターの名前が韓国料理なのはいかがのものかと思いますが。


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2007年07月07日

図解 アメリカ発明史―ふしぎで楽しい特許の歴史

■ 書籍情報

図解 アメリカ発明史―ふしぎで楽しい特許の歴史   【図解 アメリカ発明史―ふしぎで楽しい特許の歴史】(#898)

  スティーヴン・ヴァン ダルケン (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
  価格: ¥2730 (税込)
  青土社(2006/10)

 本書は、「特許という巨大で活気に満ちた世界と、その特許がアメリカの夢(アメリカン・ドリーム)を生み出す助けになった様を見ていく」ものです。
 第1章「ねんねんおころり、おころりよ」では、バービー人形とGIジョーが取り上げられ、バービー人形のキャラクターが元々、「ドイツの新聞『ビルト=ツァイトゥング』紙に登場したリリーというマンガの登場人物」であり、1955年にこのキャラクターにもとづいた人形が発売されたが、ドイツではあまり売れなかったものを、マッテル社を創設したルース・ハンドラーが外見に関する著作権を買い取り、1959年にアメリカ玩具博覧会で発表し、「この業界のバイヤーからは懐疑的な目を向けられたが、間もなく大衆はもっと欲しいと大騒ぎになった」ことが述べられています。なお、ルースの娘の名が「バーバラ」で、ルースの弟が「ケン」でしたが、本人たちには必ずしも歓迎されず、バーバラは「バービー人形でいるのにはうんざりです」と語り、ケンは「私は本当にバービーが好きではありません――あれはふしだらです」と語っていることが紹介されています。
 第2章「遊びせんとや……」では、空飛ぶ円盤フリスビーについて、その由来が、1920年に、「イェール大学のある学生が、コネチカット州ブリッジポートのフリスビー製パン社のパイ用ブリキ容器を投げて遊んだこと」まで遡ることが述べられています。そして、なぜ「回転する円盤型の翼」があのように飛ぶのかについて、
(1)大気
(2)最初に投げたときの力
(3)回転
(4)中空の側を下に向けて回転させること
の4点が必要になると述べています。
 第3章「スポーツのある暮らし」では、野球のグラブを始めて使ったのが、1875年にセントルイスのチャールズ・ウェイトであると考えられており、「初めてベージュのグラブを着けて守備につくと、ファンは(さらには味方の選手まで)意気地なしといった」ことが述べられています。しかし、その少し後に、有名で尊敬もされていたアルバート・スポルディングが黒い山羊の皮のグラブ(今のミットというよりは、ゴルフ用のグラブに近かった)を着け始めたときから、「グラブを着けるという考えは、他の選手にも取り入れられた」ことが述べられています。
 また、ジェームズ・ネースミスというカナダ人が、マサチューセッツ州スプリングフィールドのYMCA職業訓練校で働いていたときに、「フットボールのシーズンが終わり、野球のシーズンが始まるまでの冬の間に、学生が屋内でできるスポーツをやらせてくれないか」と頼まれ、フットボール、サッカー、ラクロスを屋内でやらせてみたが、「それぞれ手足の骨が折れ、窓ガラスが割れ、道具が壊れた」ことが述べられています。そして、ネースミスは、「固い床の上ではプレーヤーどうしの接触が問題になるので、接触しないようにしなければならない。接触はタックルによるもので、走るからタックルも行われるのだから、走らないようにする。ボールは蹴るよりは投げる方が穏やかで、とくに上に投げれば緩くなるから、高い箱に投げ込むようにしよう」と考えたことから、床から3メートル少しのところに桃を入れるかご(バスケット)が釘で留められ、当初はサッカーボールが用いられたことが解説されています。
 第4章「ザッツ・エンタテインメント」では、1931年、ウォルト・ディズニーがウィルフレッド・ジャクソンとウィリアム・ギャリティとともに、「映像と同期する方法と装置」を出願し、その特許書類の中には、ピアノを弾いているミッキーマウスが登場していることが紹介されています。
 第5章「お家がいちばん」では、「家庭用の簡単お掃除道具の最たるもの」として、1980年にオレゴン州ニューバーグのフランシス・ベートソンによって出願された「自動清掃建造物」を取り上げ、「維持管理のしやすさを特徴とする」この建物が、「なぜ生活の半分を家の掃除で無駄に過ごさなければならないのか」という疑問に端を発したもので、天井に撒水装置が吊るされ、床面には部屋を乾かすための「ベースボード装置」があり、各部屋には1メートル当たり4ミリほどの排水のための傾きがあることが解説されています。ただし、問題点として、「お金、小切手帳などの紙類が残っていてだめになってしまわないように、それらを片付けておくこと、電気機器がショートしないようにしておくこと、水道代や防水にかかる費用に慣れなければならないところ」が挙げられています。発明者であるベートソンの自宅は、「大事なものはガラスの下におかれ、特殊加工をした家具を置いている。絨毯は埃を集めるだけだと考えて使わず、洗面台や流し(食器や台所用品類の保管領域も)は、自動的に清掃されるように設計されている。衣類も、戸棚に吊られている間に洗浄される」というものであることが紹介されています。
 第6章「おいしいものを食べたい」では、「有名な話」として、「コカコーラの成分は特許にはなっておらず、したがって、今なお企業秘密である」ことや、「おなじみのくびれた瓶」が、1915年の同社の弁護士による「人が暗闇で手探りしても、すぐにコカコーラの瓶だと分かるような瓶」を採用してはどうかという意見が由来であることが紹介されていますが、暗闇の中でコカコーラを飲む、というシチュエーションがよく分かりません。
 第8章「自動車天国」では、今や有名になったセグウェイ人間運搬装置が、「元はジンジャーという名で申請されたが、これは支援者が誰もが都市生活に革命を起こすと保証する、謎の事業である、アップル社のマッキントッシュ以来の大げさなハイテク構想だと呼ばれたこともある」ことが紹介されています。
 第11章「ペーパーレスへ向かう書類づくり」では、電話自動応答装置の最初の実用モデルが、日本の橋本和芙によるもので、「かけてきた人にメッセージを提供し、かけた人が残したメッセージを録音する」というもので、「橋本の成果は、オフィス環境関連で重要な日本初の発明で最初のものだろうし、その後、日本の発明は確かな影響を残している」と述べ、「1976年から2002年にかけての、分類358(ファックス装置)と399(コピー機)における3万5000件のアメリカの特許のうち、58パーセントは日本の企業によるものだった」ことが述べられています。
 第12章「真実、正義、アメリカ流」では、銀行強盗を防ぐために、「ガス弾が2発(散弾銃の弾のようなものが提案されている)、クリップでしかるべきところに留められ、水銀の傾斜により、乾電池で動く装置のスイッチが入り、札束が強盗に持ち上げられると、ガス弾の電動式キャップが動くことになる」という発明が紹介されています。
 本書は、発明を通じたアメリカンドリームの巨大さの片鱗を見せてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で紹介されている「チョコレートで覆ったアイスクリーム」である「アイスクリーム・バー」について、アイオワ州に住むクリスチャン・ネルソンが、8歳の子が、「お小遣いをチョコレートバーにしようかアイスクリームにしようかと迷っていた」ことから思いついたもので、その権利の半分を取得したラッセル・ストヴァーが資金を出したことについて紹介しています。
 ストーヴァーは、自分で「アイスクリーム、ユースクリーム、ウィー・オール・スクリーム・フォー・アイスクリーム」(僕も叫ぶ、君も叫ぶ、みんな叫ぶ、アイスクリームが欲しい)という曲を作ったことが紹介されていますが、ということは、榊原郁恵の「夏のお嬢さん」はこの曲のパクリということでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・アメリカンドリームの具体的な姿を見てみたい人。


■ 関連しそうな本

 福井 健策 『著作権とは何か―文化と創造のゆくえ』 2006年06月10日
 豊田 きいち 『著作権と編集者・出版者』 2006年5月4日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』


■ 百夜百音

郁恵自身-25th Anniversary Edition-【郁恵自身-25th Anniversary Edition-】 榊原郁恵 オリジナル盤発売: 2001

 チューチューチュチュで知られる曲ですが、「アイスクリーム、ユースクリーム」のところで、楳図かずおの「まことちゃん」が「ギャー!!」と恐い顔で叫ぶところが浮かんでしまうのは間違っているでしょうか?

『榊原郁恵ベスト』榊原郁恵ベスト

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2006年10月14日

情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権

■ 書籍情報

情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権   【情報の私有・共有・公有 ユーザーから見た著作権】

  名和 小太郎
  価格: ¥2625 (税込)
  NTT出版(2006/5/25)

 本書は、「21世紀初頭における著作権制度の状況を、ユーザーの視点で見直したもの」であり、「著作権のうっとうしさについて、あるいは著作権のもたらすリスクについて、これを真っ正面から扱ってみたい」という狙いを持ったものです。著者は本書を、著作権法の逐条解説でも、侵害回避用のベカラズ集でも侵害摘発用のマニュアルでもなく、「ユーザーの眼を通した著作権制度批評」と位置づけています。
 著者は、知的財産権に関する原則を、
・原則1:創作者は創作物に対する独占権をもつ。
・原則2:原則1にいう独占権には制限がある。
という2つの原則が重なっているものと指摘しています。この上で、原則1と2の折り合いをつけるため、
・原則3:学問と技芸の進歩を促進する。
があることを述べています。
 また、著作権におけるユーザーに対する配慮としては、
・配慮1:著作権それ自体について、それを禁欲的に定義している。
・配慮2:公共的な著作物について、それを保護の対象から外している。
・配慮3:著作物の利用について、それが公共的な利益にかかわる場合には、その保護を例外として制限している。
・配慮4:著作物について複数の利害関係者がかかわる場合、その人々の利害が衝突しないような秩序を設けている。
・配慮5:著作権の保護機関を有限としている。
の5点を挙げています。
 本書は、著作権とメディアの発達を、20世紀初頭にトマス・エジソンによって発明された映画とレコードの登場からふり返っています。エジソンが、映像コンテンツの使い回しをもくろんで映写方式ではなくキネトスコープにこだわったこと、映画の基本特許を梃子にして競争者を抱きこみ「ザ・トラスト」と揶揄された映画特許会社を作り、映画館やフィルムレンタル会社から上納金を取り上げたこと等が紹介されています。
 著者は、著作権制度を「あいまいな概念の上に組み立てられ」、かつ「明確な枠組みを埋め込んでいる」ものであると述べています。「著作物」の定義が明確ではないこと、一方で、(1)作品のどこを利用するのかという尺度、(2)作品をどのように利用するのかという尺度、の2つの枠組みは明確であることが解説されています。
 また、著作権の国際条約であるベルヌ条約に関しては、
・原則1:内国民待遇。
・原則2:無方式主義。
・原則3:最低かつ共通の保護水準の設定。
の3つの原則があること、一方現在の世界標準は米国主導であり、「その米国においては権利強化の動きが激しい」ことに注意する必要があることなどが述べられています。
 この他本書では、1993年にイスラエルの地方裁判所が命じた『死海文書』に関する著作権訴訟における史上最高額の罰金、2005年に米国議会図書館がパブリック・コメントを求めた「孤児になった著作物」に関する議論、ファイル交換プログラムをめぐる裁判、DeCSSをめぐる4つの論点(互換性は優越しないのか、公正使用ではないのか、表現の自由ではないのか、どんな条件が、表現の自由に優越するのか)、著作権をめぐる3つの利益集団(伝統指向型、市場指向型、ユーザー主導型)、学術出版をめぐる「シリアル・クライシス(逐次刊行物の危機)」、「科学の公共図書館(PLoS)」、ロバート・マートンの学術情報の4つの特性(累積性、共有性、公開性、先取性)、みなもと太郎の「元ネタを知られるとまずいのが盗作で、元ネタを知ってもらいたいのがパロディだ」、等について解説されています。
 本書は、著作権制度について、ユーザーの立場から注目すべき論点を網羅している点で、読み物としてもコンパクトにまとまっている一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書のp.112には、「杉浦民平は1年1万ページ」という記載がありますが、これは、「1月1万ページ」の誤りではないかと思われます。1年1万ページだと、1日約27ページ。これでは、1冊読むのに10日くらいかかってしまいます。これを「豪語」するには相当の勇気が必要です。まあ、月に1万ページだと、1日333ページ、おおむね単行本1冊くらいですので、極端に多いとも思いませんが。
 杉浦氏の話は、加藤周一著『読書術』に記述がありました。


■ どんな人にオススメ?

・著作権制度をめぐる論点を押さえておきたい人。


■ 関連しそうな本

 福井 健策 『著作権とは何か―文化と創造のゆくえ』 2006年06月10日
 豊田 きいち 『著作権と編集者・出版者』 2006年5月4日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日


■ 百夜百音

「いちご白書」をもう一度【「いちご白書」をもう一度】 バンバン+ばんばひろふみ オリジナル盤発売: 2001

 そもそもユーミンの手によるタイトル曲は知っていても、ネタ元の映画の方を知らない人が多いのではないかと思います。決して小田茜や辺見えみりが出ていたドラマの方ではないことに注意が必要です。


『Super Best Of Yumi Arai』Super Best Of Yumi Arai

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2006年06月10日

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ

■ 書籍情報

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ   【著作権とは何か―文化と創造のゆくえ】

  福井 健策
  価格: ¥714 (税込)
  集英社(2005/05)

 本書は、「芸術文化活動が活発に行われるための土壌を作る」ことを最大の存在理由としている著作権を、「その目的に沿うように使ったり、設計すること」が私たちに課せられた課題として、具体例を挙げながら解説したものです。
 著者は、著作権を、
(1)それがあなたの権利なら、一定の利用をコントロールできる。
(2)著作権は、著作物について、それを創作した人に与えられる。
という2つのルールによって解説しています。
 本書の第1章では、著作権に関していちばんの論点となる、「創作性」(オリジナリティ)の問題を解説しています。この創作性に関してよく引き合いに出される「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という『雪国』の冒頭の一文も紹介されています。また、「単なる事実やデータは著作物ではない」ことを表した言葉として、「額の汗は報われない」と言う言葉が紹介されています。さらに、アイデアは自由に利用できるという原則と、そこか派生する問題として「パスティーシュ(作風の模倣)」は許されることも述べられています。
 第2章では、よく用いられる「○Cマーク」という著作権表示が、ベルヌ条約加盟国では必要ないこと、著作権にうるさい国として有名なアメリカが、1989年までベルヌ条約に加盟していなかったこと等が解説されています。また、著作人格権の解説には必ず登場する「剣と寒紅」事件についても紹介されています。
 ここまでは一般的な著作権のテキストとあまり変わりませんが、本書が俄然面白くなるのは第3章以降、様々な事例を挙げてあいまいな著作権の世界をクルーズする部分です。特に盗作かどうかを争われた裁判の解説は秀逸です。注目を集めた「どこまでも行こう」と「記念樹」の裁判に関して、真似をするつもりではなく、記憶の奥底に眠っていたメロディが作曲中に浮かび上がってきて、自分の独創だと思って発表してしまった時、それは著作権侵害なのか、という論点が紹介されています(実際にはこの裁判はJASRACという巨大な利権をめぐる権力争いだったとも言われていますが)。
 また、『ウェスト・サイド物語』と『ロミオとジュリエット』の類似点の分析や、シェイクスピアの作品にも古くから代々の底本があったこと、生前のシェイクスピアが、同時代の作家から盗作を批判されていたことに関して「われわれの羽毛で着飾った、成り上がりのカラス」と攻撃されたというエピソード、『ライオン・キング』と『ジャングル大帝』の類似点の分析など、どの話も興味深く読むことができます。
 第4章では、テクノロジーの発達と著作権を守りたい業界との攻防が時代を追って紹介されています。古くは、ビデオデッキの販売をめぐる「ベータマックス事件」から、MDに課せられている「私的録音録画補償金制度」、ナップスター事件などが紹介されたほか、最近のウィニー開発者の逮捕なども紹介されています(さすがに、自分の身内がウィニーを使って捜査資料を流出させてしまったことに逆切れして逮捕したとは書かれていませんが)。
 また、パロディをめぐる、マッド・アマノの裁判や、『バターはどこへ溶けた?』事件の痛烈な皮肉、『脱・ゴーマニズム宣言』事件、「ミッキーマウス保護法」や日本の敗戦に伴う「戦時加算」(敗戦の影は20世紀末のDVDにまで届いているのです)等のエピソードも読み物として興味深く読むことができます。
 本書は、著作権に関する入門書として、また、著作権に関する四方山話としても楽しく読むことができる一冊です。

■ 個人的な視点から

 本署のp.201では、「戦うサイバー法学者」ことローレンス・レッシグ教授を「ハワード・レッシグ」と書き間違えています。では、「ハワード」は一体どこから来たのでしょうか?
 サイバーつながりでは、『思考のための道具』などで知られるハワード・ラインゴールドが浮かびます。また、米大統領選に出馬し、ブログを使った選挙運動で知られたハワード・ディーン候補も浮かんできます。
 実際のところ、本当は誰なのかは分かりませんが・・・。


■ どんな人にオススメ?

・盗作事件に関心を持った人。


■ 関連しそうな本

 豊田 きいち 『著作権と編集者・出版者』 2006年5月4日
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
 ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日


■ 百夜百音

Human's Lib【Human's Lib】 Howard Jones オリジナル盤発売: 1983

 「ハワード」・ジョーンズかもしれない・・・ということはないでしょうが、この人もずいぶん長い間現役で頑張ってますね。


『Revolution of the Heart』Revolution of the Heart

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2006年05月04日

著作権と編集者・出版者

■ 書籍情報

著作権と編集者・出版者   【著作権と編集者・出版者】

  豊田 きいち
  価格: ¥2,310 (税込)
  日本エディタースクール出版部(2004/12)

 本書は、「出版という営みの急所である」はずの出版契約や著作権法のあらましなど、出版に携わる者がぜひ知っておくべき知識をまとめるとともに、特に出版契約に力点を入れたもので、同著者による前著『編集者の著作権基礎知識』の続編的な位置づけを占めるものです。
 本書のテーマである著作権とは、「創作者が『額に汗してできた著作物を出版したりすることを許諾する権利」である」と定義されています。そして著作権法とは、「著作者に敬意をはらって、著作物を大事に扱うルールを定めた」ものであると解説されています。著作権は土地などと同じように権利ではありますが、特徴として、「仮に『権利』を他人に売ってしまったあとでも著作者の名前は動かない」点にあるとされています。そしてこの点が揉め事の元になりやすい点です。
 では、逆に著作物とはみなされないものとは何でしょうか。本書ではこれを以下の3つのジャンルに分類しています。
(1)文芸的なもの―――語、簡単な文、人名など。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という有名な川端康成の「雪国」の冒頭は、「一定の状態(=アイディア)を述べたにすぎず、著作物ではないとされる」。俳句は短くても著作物。
(2)学術的なもの―――自然科学上の法則。学説の内容・中身。定義。
(3)美術的なもの―――書風、画風(描写)、流儀、料理の盛り付けは無権利。平面絵画を撮影した写真にも著作権が発生しない。
 私有の権利である著作権ですが、社会や文化のために著作物を無断・自由に利用できる場合が「著作権の制限」として定められています。本書ではその例を、(1)私的利用、(2)図書館等での複製、(3)引用、教育のための利用、(4)教育のための利用、(5)試験問題での複製、(6)ハンディーを背負う視覚障害者のための点字複製・録音、(7)公開して行われた政治上の発言や裁判手続きなどにおける表現、(8)ある報道の中に、図らずも混入してしまう他人の著作物、(9)物の持ち主が付与された展示権、(10)美術の著作物の原作品及び建築が「屋外の場所に恒常的に設置されている場合」、のように列挙しています。
 本書の中心的テーマである出版契約に関しては、「いまだに、書籍では、多くが、債権的な排他的出版契約で、それも、文書を作らず、口頭で行われる怠慢が目につく」と日本の出版業界の慣行の不備を指摘しています。
 また、編集者・出版者の心がけとして、
(1)原作のまま複製する義務。
(2)約束したら必ず本を出す義務があること。
(3)著作者の修正・増減権の尊重。
(4)増刷の通知義務。
(5)出版者が義務に違反した場合は、複製権者(著作権者)は、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができること。
の5つを挙げています。特に意外だったのは、増刷は刷る前に予め通知する義務があるということです。
 本書は、本来のターゲットである編集者はもちろん、プロの作家以外の多くの人間が、ブログや日記、メールなどで文章を書く機会が増えた現在、読んでおいて損はない一冊だと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の巻末には、著作権法学会のシンポジウムでの著者の報告「著作物の引用 一語一意について」が収録されています。この中で、アンブローズ・ビアズの『悪魔の辞典』に収録された「Quotation」という項目の「他人の言葉を誤り繰り返す行為」という説明を紹介しています。
 気楽に引用することがありますが、引用元を選ぶセンスも重要になってくるということであり、また、引用はあくまで引用であって、述べるべき主張は自分の言葉、自分の考えとして責任を持たなければならない、ということでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・出版や著作権に関係しそうな人。


■ 関連しそうな本

 豊田 きいち 『編集者の著作権基礎知識』 
 尾崎 哲夫 『入門 著作権の教室』 
 岡本 薫 『著作権の考え方』 
 ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳) 『表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?』 2006年04月23日
 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』 
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』 


■ 百夜百音

GOLDEN☆BEST【GOLDEN☆BEST】 石川秀美 オリジナル盤発売: 2004

 著作権と言えば、名著『ドロボー歌謡曲』でも指摘されていた有名なパクリは「もっと接近しましょ」ですね。
 出版当時、この『ドロボー歌謡曲』を読んだ時は衝撃を受けました。それと同時に、子供の頃から慣れ親しんできた歌謡曲の世界が広々とした洋楽の世界につながっていることが判り、その後のレコード選びに楽しさを与えてくれました。


『The Glamorous Life』The Glamorous Life

投稿者 tozaki : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月23日

表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?

■ 書籍情報

表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?   【表現の自由vs知的財産権―著作権が自由を殺す?】

  ケンブリュー マクロード (著), 田畑 暁生 (翻訳)
  価格: ¥2,940 (税込)
  青土社(2005/07)

 本書は、「知的財産権法を兵器のように振り回す」巨大企業によって、万人に開かれた豊かな文化から、社会が得ることができる利益が失われている事実を、「ヒップホップ音楽とデジタル・サンプリング、植物の種子と人間の遺伝子の特許化、フォークとブルース音楽、教育と本の出版、ラウシェンバーグとウォーホルによるコラージュ、映画制作・電子投票・インターネット」等のさまざまなトピックを通じて解説しているものです。その代表的なものは、著作権保護期間を延長する「ミッキーマウス保護法」と揶揄されたソニー・ボノ法です。
 本書では、有名な「ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー」等の著作権を持つASCAPが、ガールスカウトなどの団体に、「我が祖国」「ゴッド・ブレス・アメリカ」「ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー」をライセンス契約梨にキャンプで歌ってはならない、という通告を出したことが紹介されています。
 また、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な「私には夢がある」演説の一部を演説コミュニケーションの教科書『演説コミュニケーションの原則の諸類型』に引用しようとしたところ、キング牧師の著作権を厳格に管理しているキング財団から、出版費用全体を上回る利用料を請求されたために、この教科書から削除せざるを得なくなったことが述べられています。
 過剰な知的財産権保護が社会に与えるインパクトは、出版や音楽のみならず、科学分野にも及び、ガンに関するタンパク質の特許を持った企業とその利用料が障壁となり、ガンに関する研究が進まなくなっている事実が指摘されています。ミシガン大学の国立衛生研究所のレベッカ・アイゼンバーグ法学教授は、この種の特許が「アンチコモンズの悲劇」をもたらす、という主張をしています。
 そして、皮肉なことに、知的財産法に厳格な米国の国家である「星条旗よ永遠なれ」こそが、18世紀のイギリス流行歌「天国のアナクレオンへ」の無断借用であることが、「われわれは『海賊の国』なのだ。」という著者の痛烈な言葉とともに指摘されています。
 第2章では、2台のターンテーブルとミキサーを使った初期のディスコDJたちによって、「ブレイクビート」のテクニックが生まれたことが紹介されています。また、過去のクラシックの作曲家たちが、民衆音楽や過去の曲から「盗む」ことによって素晴らしい作品を作り上げてきたことを、ストラヴィンスキーの「良い作曲家は真似をするのではなく、盗む」という言葉とともに紹介し、ブラームスやマーラー、ブルース・スプリングルティーン、ボブ・ディランまでの「盗みの歴史」を紹介しています。
 そして、デジタル・サンプリングの技術が一般的になった1990年前後を境に、サンプリングを用いた音楽の創造は一変します。1991年にギルバート・オサリバンが「アローン・アゲイン(ナチュラリー)」を20秒使われたとして起こした裁判では、判事はサンプリングという新しい現象を知らなかったことが述べられています。また、「本を書く場合、別の本からの引用は全く許される」一方で、「歌詞集から2行も引用すると、それが全体からしたら0.001%にすぎなくても、出版社はトラブルに巻き込まれる可能性がある」ことが紹介されています。そして、既存の曲からサンプルを使用することが非常に高くつくことから、現在ヒップホップのプロデューサーたちが、既存の曲に似せてスタジオミュージシャンに演奏させるという、一見非合理的に見える方法をとっていることが紹介されています。このような事態を招いている、現在のシステムの問題点として、「ローリング・ストーンズのレコードからスネアドラムの一拍をとって、、残りの99%を創作したのなら、ローリング・ストーンズに100%分のロイヤリティを支払うのはおかしいのに、弁護士たちは悪名高くそれが合法的だと主張している。」というコールド・カットのマット・ブラックの言葉が紹介されています。
 本書は、この他、著者の人生を運命付けた「メディアでのおふざけ」と「著作権法」という2つの要素を教えてくれた「ネガティブランド」とU2のレコード会社との争いが紹介されています。中でも、U2のギタリスト「ジ・エッジ」への電話インタビューにネガティブランドのメンバーがもぐりこみ、エッジ本人から、「サンプルが別の作品の一部になることは、問題ありません。」「U2のドラムがダンスレコードに使われたと聞きましたよ。私はそのことをなんとも思っていません。」という発言を引き出すくだりが最高におもしろいです。
 また、カナダの高校生マイク・ローが自分の名前を使って取得した「mikerowsoft.com」のドメインネームを、マイクロソフト社が取り上げようとして硬軟織り交ぜた交渉を進める様や、海賊版のデモテープによってブレイクしたメタリカが、初期のファンへの恩返しとして、ライブを録音するための場所まで用意していることなどのエピソードが紹介されています。
 本書は、民主主義を根底から支える「表現の自由(R)」が、企業によって囲い込まれることに危機感を覚える人にとっては、レッシグ教授の一連の著作を合わせて必読書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書でも取り上げられている「マッシュアップ」という、複数の曲を1つの曲に組み合わせてしまう手法が、最近は表の世界でも注目されているようです。先日ラジオで、クリームの「Sunshine Of Your Love」がダンスミュージックになっている曲を聴きました。
 昔は、サンプルを別の曲に合わせるのは大変で、曲のテンポを変えるとピッチも変わってしまうために、ビートを合わせた後で、計算してピッチシフトをかける必要があったのですが、最近はテンポ合わせもピッチ合わせもソフト上で自動的にできるようになっています。テンポを変えてもピッチの変わらないDJ用のCDプレイヤー「CD-J」が発売された時は驚いたものですが・・・。


■ どんな人にオススメ?

・過剰な知的財産権保護に不安を感じている人。


■ 関連しそうな本

 ローレンス レッシグ 『クリエイティブ・コモンズ―デジタル時代の知的財産権』
 ローレンス レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳), 柏木 亮二 (翻訳) 『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』 2005年2月1日
 ローレンス・レッシグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『コモンズ』
 リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
 エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
 ペッカ ヒマネン, リーナス トーバルズ, マニュエル カステル (著), 安原 和見, 山形 浩生 (翻訳) 『リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神』 38654


■ 百夜百音

Clubland, Vol. 8 [Compilation]【Clubland, Vol. 8 [Compilation]】 Various Artists オリジナル盤発売: 0

 高校のときにビースティー・ボーイズが流行って、文化祭で友達のバンドが「Fight for Your Ritgt」なんかもカバーしてました。
 ギターソロは同時期に盛り上がったスレイヤーの人が弾いてます。


『Licensed to Ill』Licensed to Ill

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