2008年10月05日
子どもとケータイ―Q&Aで学ぶ正しいつきあい方
■ 書籍情報
【子どもとケータイ―Q&Aで学ぶ正しいつきあい方】(#1354)
遊橋 裕泰, 宮島 理 (著), モバイル社会研究所 (監修)
価格: ¥1470 (税込)
リックテレコム(2008/07)
本書は、「子どもにケータイを持たせようか悩んでいる」、「子どものケータイを持たせているのが不安だ」と、「子どもの心配をしている大人に読んでもらうための本」です。
著者は、「子どもとケータイ」の本質は、「ケータイを持ち、ネット社会の自由を手に入れた子どもたちが、その一方で、一人前の人間として振舞うことができるかが、問われているということ」だと述べています。
第1部「導入編:子どもたちの『ケータイ社会』に対するインパクト」では、「これからケータイを使っていく際」に、子どもたちに、
「十分に自立的な存在に成長しているのか」
「自由と責任のバランスはとれているのか」
「コミュニケーションという行為において他者への配慮ができるのか」
の3点が求められると述べています。
そして、普及率の問題ではなく、「成長過程のわずか数年のうちに、人と人の関係をつなぐコミュニケーションの根底にケータイが入ってくるということ」が重要だと述べています。
第2部「速攻編:Q&Aでわかる子どもとケータイの正しいつきあい方」では、フィルタリング機能についての問題点として、
(1)「良いサイト」も閲覧できなくなる可能性がある。
(2)情報更新が追いつかないため万能ではない。
の2点を挙げています。
そして、「友達みんなケータイを持っている」という子どもの要求については、友達の親などに話しを聞き、グループ内保有率の実態を把握した上で、「わが子自身の成長の度合いを考慮に入れながら、最終的な判断をするべき」だと述べています。
また、子どもたちの「三十分ルール」について、「問題なのは、三十分以内に返信するために、勉学などへの集中が途切れたり、いつまでもメールを返信しあって時間を無駄に過しかねないこと」だと指摘し、「夜九時以降はメールをしない」などの家庭内ルールをつくることを提案しています。
さらに、「ケータイは子どものものだから……」と遠慮せず、「ケータイは親のものであって、子どもはそれを借り受けているだけ」だとして、「子どものものだから、口出しするわけにもいかない……」などと遠慮せず、「私が貸し与えたものなのだから、ちゃんとルールを守って使えないなら返しなさい」という意識を持つべきだと述べています。
第3部「探求編:子どものために大人としてこれだけは知っておこう」では、「普及の影響から以下に自律的であるか、自分なりの意見が持てるかが情報社会での重要な能力であることを考えると、実は最初に持たせるときこそさまざまな葛藤をさせるなかから学ばせるのがよい」と述べています。
また、「子どもの安全のためにケータイを」という議論について、「多くの保護者がケータイに安全効果を期待してはいるものの、子どもの身に起きる危険な場面やリスクを、現実のものとして具体的には想定していない」として、「その解決や低減の手段として、ケータイの機能を結び付けているわけでもない」ことを指摘しています。
そして、「ケータイは、上手に利用すれば、むしろ子どもの安全性を高め、親子の安心を維持することに貢献する」が、そのためには、
(1)「子どもにどんなことが起きるのか」、「どのように備えるべきか」、「起きた場合はどのように対応すべきか」に付いて具体的にイメージする。
(2)「ケータイを持たせることでどのようにリスクが下がり、どのように対応の精度が上がるのか」を想定した上で、ケータイの利用法を考える
などを心がける必要があると述べています。
さらに、子どもにケータイが、「必要か、不必要か」という問いと、「持たせても大丈夫か、持たせると危ないか」という問いを切り分けて考えた上で、子どもにケータイを持たせた後に、「きちんと効果が得られるように使いこなせるか、それとも効果が得られそうにないか」という運用についての視点が必要だと述べています。
そして、「ケータイを持たせる前の三か条」として、
(1)ケータイを持っただけでは、何の安全にもならないことをわかっている。
(2)子どもと一緒に、新しい世界とケータイの関係を理解しようと決意している。
(3)ケータイへの関心とかかわりを継続する覚悟を持っている。
の3点を挙げています。
著者は、「ケータイの使い方とは、つまるところ、『情報社会で人としてどう振舞うか』ということでもある」として、その根っこにある「人としての振る舞い」という価値観を教えられるのは、「個々の家庭になる」と述べています。
また、「ケータイがない時代には、子どもを誘うような『悪い大人』から子どもを守るのは、比較的容易だった」が、「現在のようなケータイ全盛の時代になると、子どもと『悪い大人』が接触する可能性は増大する」とした上で、「子どもたちを守る」には、
・関与力
・対応力
・抑止力
の3つの力が欠かせないと述べています。
本書は、子どもに関する本という体裁をとりながらも、実は、ケータイに対する付きあい方を大人自身が理解していないことを指摘している一冊です。
■ 個人的な視点から
といいつつも、私自身もPHSユーザーで、メールを使ってもPC用のeメールの延長として使っているだけで、ネット社会に繋がる端末としてのケータイを使っていないので、本書に書かれているような「プロフ」とか「30分ルール」とかは想像がつかないというのが本当のところです。
こういうのは、機械を手に入れればその世界に入れるというものでもないのですが、自分の子どもがケータイを持ちたいと言ったときには、住み慣れたPCベースのネット社会を基準にするだけではなく、新しい社会に対する順応性と対応力が必要だと感じています。
■ どんな人にオススメ?
・「ケータイ」と「携帯電話」の区別が付かない人。
■ 関連しそうな本
遊橋 裕泰, 河井 孝仁 (編さん) 『ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に』 2008年02月01日
小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著) 『モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影』 2007年08月06日
川上 善郎 (編集), 高木 修 『情報行動の社会心理学―送受する人間のこころと行動』 2005年11月19日
パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳) 『ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化』 2007年09月02日
水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』 2007年11月29日
■ 百夜百音
【Best 森田公一とトップギャラン】 森田公一とトップギャラン オリジナル盤発売: 2006
代表曲が「青春時代」、曲調もあんな感じということでナツメロといえばナツメロなのですが、1976年のリリースということで、当時でも少し懐かしめだったのではないかという気もします。
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2008年09月28日
ユビキタス、TRONに出会う―「どこでもコンピュータ」の時代へ
■ 書籍情報
【ユビキタス、TRONに出会う―「どこでもコンピュータ」の時代へ】(#1347)
坂村 健
価格: ¥1365 (税込)
NTT出版(2004/10)
本書は、「ユビキタス・コンピューティングという技術の周辺で、どういうことが起ころうとしているのか、できるだけやさしく」解説するとともに、「社会と密着した技術では、技術設計と同程度かそれ以上に制度設計が重要であること」の理解を目指したものです。
第1章「TRONの20年とユビキタス・コンピューティング」では、「コンピュータの使い方は、ドラマチックに、大きく動いている」として、現在、重要視されているコンピュータを、「組み込みシステムをベースにしたモバイル(持ち運べる)や、ウェアラブル(身につけられる)といった、小さく、いつでもそばにあるようなタイプになってきている」と述べています。
そして、著者が取り組んできた「TRON」(The Realtime Operating System Nucleus)が、その目的を「『どこでもコンピュータ』の実現に置いて、トップダウンとボトムアップの両面からアプローチを行い、20年にわたって推進してきたプロジェクト」だと述べ、オープンアーキテクチャで普及してきたTRONが、「もし課金してもここまで普及したと仮定」すると、「間違いなく10兆円を超える経済効果があったとされている」が、「日本人として世界に対し、自分たちができることで最大の貢献をする」という目標については、「満足できる結果は出ている」と述べています。
第2章「ユビキタス・コンピューティングの現況」では、組み込みコンピュータの最先端で起こっていることとして、「コンピュータの微小化が急速に進み、驚異的なサイズのコンピュータが作られようとしている。例えば、砂粒のようなコンピュータも実現しつつある」として、「このくらい小さくなると、まさに『どこでもコンピュータ』が実現する」と述べています。
そして、「ユビキタス・コンピューティングと呼ばれる分野にはトータルシステムの考え方が必要だ」として、大型コンピュータを含めた要素が、「ネットワークで結ばれることが重要」だと述べています。
また、RFIDの活用について、「国ごとにその部分に関して意識が大きく違う」と感じていると述べ、米国で最も関心をもたれているのは、「間違いなく流通分野でのコスト低減」だとして、具体的には、「従業員や業者による内部犯行、万引きあるいは何らかの手違いにより商品がなくなること」を意味する「シューリンケージ(流通過程での滅失)防止」を挙げています。
そして、「ユビキタス・コンピューティングの応用はきわめて地域密着型、生活密着型の技術であり、RFIDの利用に関しても、日本は米国と同じやり方で運用するとまず失敗する。分けて考える必要があるだろう」と述べています。
第3章「ユビキタス社会に向けて」では、産業政策について、「なぜか日本では深く知らない人のほうが声が大きいという不思議なことが起こる。それこそが、日本の産業政策の問題の根源ではないかと思うくらい」だと述べ、「問題は知識ではない」、「重要なのは、根本的な理解」であり、「問題なのは無知を自覚せず、生半可な理解で議論に加わり、またそのままでいいと思っている一部の人たちだ」と指摘しています。
そして、「技術的なことをよく理解しないで議論に参加して、そのままの思い込みで極端な議論を語る人の声の方がなぜか特によく通るのが、日本の特徴だ」と述べています。
また、いまの時代で重要な考え方として、「ベストエフォート」を挙げ、「実際問題として、パソコンもインターネットもそのシステムを構築する、個々の要素についてばらばらの主体が提供しており、全体に責任を持つ主体がいないというところに特徴がある。ベストエフォートの考えでしか、大きなシステムの提供はできない」と述べています。
本書は、「コンピュータ」という言葉でイメージするコンピュータの姿が近い将来まったく変わってしまうことを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書の第3章では、一章のかなりの部分を、技術のことはまるでわからないのに、生齧りの知識でわかった気になって、経済の考えでしかものを語れない「半可通」への批判に割いています。BTRONでは「非関税障壁」として槍玉に挙げられ、通産官僚に生贄に差し出されたとかの話もありますが、個人的には「B-Right V」や「Tipo」を使っていたので坂村先生応援したいです。
■ どんな人にオススメ?
・コンピュータは四角いものだと思っている人。
■ 関連しそうな本
坂村 健 『TRON概論』
坂村 健 『ユビキタス・コンピュータ革命―次世代社会の世界標準』
坂村 健 『痛快!コンピュータ学』 2005年07月02日
ペッカ ヒマネン, リーナス トーバルズ, マニュエル カステル (著), 安原 和見, 山形 浩生 (翻訳) 『リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神』 2005年10月29日
アラン・C. ケイ (著), 鶴岡 雄二 (翻訳) 『アラン・ケイ』
山形 浩生 『コンピュータのきもち 新教養としてのパソコン入門』 2005年07月23日
■ 百夜百音
【ソルティ・シュガー】 ソルティ・シュガー茶歌集<走れコウタロー> オリジナル盤発売: 2005
ライブ映像を見ていると、当時の雰囲気を知らないと盛り上がれないんじゃないかと思いますが、こういう時代性がある曲こそ、時代を超えた普遍性があるのではないかと思います。
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2008年07月23日
情報検索の考え方
■ 書籍情報
【情報検索の考え方】(#1280)
緑川 信之
価格: ¥1890 (税込)
勉誠出版(1999/10)
本書は、著者の「情報検索の考え方」を考察したものです。著者は、「情報検索」では、「それを見ることによって、情報の発生を促進したり、特定の情報の発生を選択的に侵攻させるもの」を意味する著者の造語である「情報触媒」を検索していると述べています。
第1章「検索とは何か」では、「検索」について、「検索とは、ある観点に基づいて分類されたいくつかのグループの中から、特定のグループを取り出す行為である」と定義しています。
また、「検索を容易にする準備」として、
(1)あらかじめ分類しておく。
(2)分類されてできるグループに見出しをつける。
(3)各グループを一定の順序に並べる。
(4)グループの性質が確認できるようにしておく。
の4点を挙げた上で、「このような準備をしておくとかえって困ることもある」として、「分類する人と検索する人が異なる場合には、注目する性質を判断基準に関する認識を一致させるように工夫する必要がある」と述べています。
さらに、「他の人が行った準備(分類など)に頼らずに、自分で行いながら検索すること」を、「拾い読みする」という意味の「ブラウジング」と呼ぶことを紹介しています。
第2章「情報検索は『情報』の検索か」では、「もとの知識状態が異なれば、同じものを見ても知識状態の変化の仕方が床なり、それが反応の違いとなる」と述べたうえで、情報の定義を、「情報とは、知識状態が変化したときの、変化分のことである」と述べています。
そして、文字を見ても、
(1)何が書かれているか理解できない
(2)書かれていることをすでに知っている
(3)書かれていることに関心がない
のいずれかの場合には、「こそから情報を得ない」と述べています。
また、「情報の定義」を、
「定義1:情報とは、知識状態が変化したときの、変化分である
定義2:情報とは、知識状態を変化させるものである」
として、「『知識状態を変化させるもの』としての情報は文字の中に存在し、それを得ることによって知識状態に変化が引き起こされる」と述べています。
さらに、「文字が文字として役立つのは、それを書く人と読む人が同じ規約を共有している場合である」として、
「文字の書き手が読み手(の頭の中)に発生させようとした情報と、読み手が文字を見て(頭の中に)発生させた情報とが一致するのは、文字(背景となる慣習や文化も含む)に関わる規約が両者の間で一致している場合である。文字は規約がある程度一致しなければ理解できないので、文字を理解できる人が見た場合は、情報についても一致することが多い」
と述べています。
著者は、「化学反応の進行が可能である物質系に、比較的少量を添加して反応を促進させ、あるいはいくつかの可能な反応のうちで特定のものを選択的に進行させる物質」である科学用語の「触媒」を借用し、「それを見ることによって、情報の発生を促進したり、特定の情報の発生を選択的に進行させるが、自分自身は変化しないもの」を意味する「情報触媒」という言葉を導入しています。
そして、これらの定義から、「情報検索は、『情報』の検索ではなく、『情報触媒』の検索である」という結論を示しています。
第3章「情報検索システムの課題」では、情報検索システムの「効率」について、
・再現率:データベース中の適合文献のうち、検索されて出てくる適合文献の割合
・制度:検索されて出てきた文献のうち、適合文献の割合
の「2種類の意味で使われる」と述べています。
また、「検索者に代わって検索を行う、あるいは適切な検索の方法を考える」検索代行者が、「検索者の検索要求を把握しなければならない」ため、その家庭を「プレサーチ・インタビュー」と呼ぶとして、「医者の問診に似ているように思われる」と述べています。その上で、「検索代行者にとって最も重要なことは、ただ検索者に代行して検索をすればよいという」のではなく、「検索者の知識状態を変えるもの、つまり、情報触媒を検索しなければならない」と述べています。
さらに、「論文の一部分だけをデータベース中で探すためには、論文が構造化されていなければならない」と述べ、構造化は、「索引語の重み付けにも役立てることができる」と述べています。
本書は、日頃何気なく使っている「検索」を論理立てて解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
「検索」というとインターネットの検索サイトがまず頭に浮かびますが、日々さまざまな情報の中に暮らす私たちにとって、オフラインでも「情報触媒」という考え方は有用なのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・「検索」はネット上のものだと思っている人。
■ 関連しそうな本
嶋田 淑之, 中村 元一 『Google―なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか』 2005年08月18日
梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳) 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』 2006年06月20日
佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』 2007年11月20日
ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳) 『アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』 2007年11月26日
■ 百夜百マンガ
不良、というより犯罪者を集めて警察の特殊部隊を作ってしまう、という設定は、なんとなく「特攻野郎Aチーム」を彷彿とさせます。
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2008年07月20日
ウェブを変える10の破壊的トレンド
■ 書籍情報
【ウェブを変える10の破壊的トレンド】(#1277)
渡辺 弘美
価格: ¥1680 (税込)
ソフトバンククリエイティブ(2007/12/22)
本書は、「2007年6月までニューヨークにおいて、米国のIT分野のビジネス動向や技術動向を調査する仕事』についていた著者が、「IT分野の新たな潮流が日本にも迫っているという危機感と、日本からも新たな潮流を生み出せる可能性への期待についてもっと広く知っていただきたい」という思いから書かれたものです。
ProLogue「破壊的トレンドとは何か?」では、ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』を取り上げ、「現在の顧客の意見に耳を傾ける結果、『持続的技術』への投資を維持し、結果として『破壊的技術』へのリーダーシップを取り損なう。だから、優良企業ほど誤った道を歩むことになるというジレンマが生じる」と述べています。
そして、本書で取り上げる破壊的トレンドの代表例として、
・ダイレクト(Direct)
・フリー(Free)
・クラウドソーシング(Crowdsourcing)
・プレゼンス(Presence)
・ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)
・バーチャル&リアル(Virtual and Real)
・ビデオ(Video)
・インターフェイス(Interface)
・サーチ(Search)
・セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)
の10のキーワードを挙げています。
第1章「ダイレクト(Direct)」では、「RSS」「ATOM」などで知られる「フィード(Feed)」と呼ばれる「ダイレクト」な技術について、単に「サイトの更新情報を配信する技術」にとどまらず、「マーケティングの観点から見てもきわめて注目すべきテクノロジーである」として、「鮮度の高い情報をユーザーに直接届けることができる」とともに、「一旦登録してしまえば、基本的にはユーザーがコレを自ら削除しようとすることはまれで、そのままフィード・リーダーに残り続ける」という「ロックイン効果」こそが「ダイレクト」の「トレンドの本質である」と述べています。
また、「米国で最もホット」な技術として、「ウィジェット(Widget)」を挙げ、米国のSNSであるフェイスブック(Facebook)や、グーグルが発表した「これまで個々のSNSが提供してきたAPIを共通化するオープンソーシャル(OpenSocial)プロジェクト」などを取り上げています
さらに、「アイ・グーグル」と呼ばれる、「ユーザーが自由にカスタマイズ」できる「パーソナライズド・スタートページ」を挙げ、「グーグルもユーザーの囲い込みに余念がない」と述べています。
著者は、インターネットの登場を「ネット革命第1楽章」、検索技術の登場を「ネット革命第2楽章」とすれば、「フィード、ウィジェット、パーソナライズド・スタートページといったユーザーに情報を直接届ける『ダイレクト』というトレンドは、検索をせずとも自分の欲しい情報が手元に届くという意味で、ネット革命第3楽章とも言える破壊的な変革を意味する」と述べています。
第2章「フリー(Free)」では、「ムーアの法則により、メモリであれば1ビット当たりの価格はどんどん『フリー』に近づきつつある」とのべています。
そして、クリス・アンダーソンが、「これまでの経済モデルを『希少経済(Economy of Scarcity)』、『フリー』の時代の経済モデルを『潤沢経済(Economy of Abundance)』と名づけて比較していることを取り上げ、「ベータ版的アプローチ」、「禁止されない限り原則自由」、「あなたが最も良いものを知っているという立場」、「ボトムアップ方式」、「管理不能」などへのビジネス・ルールの変化を挙げています。
第3章「クラウドソーシング(Croudsourcing)」では、「集合知すなわち多くの人の知恵を取り入れることでより良いサービスを提供することができる」と述べ、「いまや、インターネット上のランク付けのノウハウは、企業のビジネスを左右する重要なファクター」であるとして、「投票システムの結果によりランク付けするディグの仕組みはグーグルとは対極の位置にある』と述べています。
そして、「集合知を取り入れれば取り入れるほどにサービスが賢くなっていく仕組み」である「クラウドソーシング」においては、「プラットホームを押さえ、いち早くユーザーの囲い込みに成功した企業ほど、その優位性を維持できる」と述べています。
第4章「プレゼンス(Presence)」では、「最もソーシャルな関係が強く、時間的にもリアルタイムな情報交換を要求する場合に使うテクノロジー」として、インスタント・メッセージングを挙げる一方、「最もソーシャルな関係が弱く、時間的にもさほどリアルタイム性が要求されない場合に用いられる」ブログや、「ブログよりもソーシャルな関係を強く求めた」SNSを挙げ、「IMほどではないが、SNSよりもリアルタイム性を重視し、緩やかな友達関係を構築するテクノロジーが注目を浴びている」として、その代表格として、「今、何をしているの?(What are you doing?)」という問いかけに「2、3行の短い文で友達に情報発信するツール」であるトゥイッター(Twitter)を挙げています。
第5章「ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)」では、「ソフトウェアは不要(No Software)」のロゴを社是とする、「オンデマンドCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)のサービスを中心に提供するセールスフォース・ドットコム」を取り上げ、「オンデマンド・アプリケーションの一大世界を広げようとしている」と述べています。
そして、「今やソフトウェアもハードウェアもすべてサービスとして外部からその都度購入する時代になった」として、「いわば、エブリシング・アズ・ア・サービス(Everithing as a Service : EaaS)の時代」だと述べています。
また、「ウェブ・オリエンテッド」の潮流により、「ユーザー側の企業のビジネス・スタイルも破壊的に大きく変わる」として、
(1)コア・ビジネスへの特化
(2)業務プロセスの改善
(3)企業の生産性向上
を挙げ、「『ウェブ・オリエンテッド』な破壊的トレンドを乗り越えることは、コア・ビジネスへの特化、業務プロセスの改善、社内の生産性向上を果たせるかどうかの試金石となる」と述べています。
第6章「バーチャル&リアル(Virtual and Real)」では、グーグル・マップ(Google Maps)では、大都市圏であれば、「ストリート・ビューの機能で360度方向の風景写真を表示できる』ことについて、「ポイント・グレイ・リサーチ(Point Grey Research)」が開発した、「CCDを6個持つ球面撮影対応のデジタルカメラを車の天井に載せて、全米各地で写真撮影していることで可能になった」と述べています。
第7章「ビデオ(Video)」では、「ベオTV(VeohTV)」について、「インターネット上に存在するすべての動画を、1つのインターフェイスで検索、ブラウズ、視聴できるアグリゲーション型のIPTVである」と述べています。
第8章「インターフェイス(Interface)」では、「インターフェイス技術がますます身近なものになってきている」として、「多くの家庭で3次元加速度センサーが身近になったのは任天堂Wiiリモコン(海外ではWii RemoteやWiimoteと呼ばれる)であろう」と述べています。
第9章「サーチ(Search)」では、進行検索エンジンの特徴として、
(1)自然言語での検索を可能にしたり、人力を活用して検索したりする「より人間が使いやすい検索テクノロジー(Better Technology)」の使用
(2)検索結果のプレビューや、クラスター分け、視覚化技術の使用など「より良いユーザー・インターフェイス(Better UI)」の使用
(3)ブログ、不動産情報、医療情報など特定の情報分野や専門領域の検索を得意とする「垂直型の検索エンジン(Virtical Search)
の3点を挙げています。
また、ユーザーに優しい検索技術として、「検索+人力(Search + Brainpower)」を標榜する「チャチャ(ChaCha)」について、「自分の探したい事柄をガイドにチャットで伝えれば、次から次へと検索結果に導いてくれる」と述べています。
第10章「セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)」では、「セマンティック技術の必要性が叫ばれてからずいぶん時間がたってる割に、依然として本格利用に耐えうる技術が少ない」としながらも、「破壊的トレンドが萌芽する兆しは見え始めている」として、「セマンティック技術は、我々を『情報化社会』から『関連性社会』へと導く破壊的トレンドなのだ」と述べています。
EpiLogue「破壊的トレンド対処法」では、「日本からはなぜ米国のように次々と破壊的トレンドに繋がるテクノロジーやサービスが生まれてこないのかという疑問」に対して、あえて、「エンジニアを信頼する環境」の不足を指摘し、「エンジニアが創造性を最大限発揮できるように環境を整えるべきだ」と述べています。
本書は、個別には日本にも伝えられているウェブのトレンドを、ビジネスを変革させるものとしての視点からわかりやすく解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
『イノベーションのジレンマ』で取り上げられていたのは、ハードの話が中心ですが、それがいよいよウェブ中心になってきたような印象を受けました。その意味でもイノベーションの世界も「Web-Oriented」なのかも知れません。
■ どんな人にオススメ?
・ウェブの世界のイノベーションの次のステップを見たい人。
■ 関連しそうな本
クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳) 『民主化するイノベーションの時代』 2006年10月16日
ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳) 『アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』 2007年11月26日
ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳) 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』 2006年06月20日
ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日
■ 百夜百音
【スターボーI たんぽぽ畑でつかまえて】 スターボー オリジナル盤発売: 1983
一部ではカルト的な人気を誇るアイドルグループ。当時は、「宇宙からやってきた」、「性別不明」という設定に子供ながらに無理を感じていましたが、やっぱり当時から多くの人が変だと思っていたようです。
http://youtube.com/watch?v=q_laxO4tVOI
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2008年07月17日
パックマンのゲーム学入門
■ 書籍情報
【パックマンのゲーム学入門】(#1274)
岩谷 徹
価格: ¥1575 (税込)
エンターブレイン(2005/9/17)
本書は、名作ゲーム『パックマン』を世に送り出した著者が、ゲーム業界を担う次世代に向け、「ゲームはクリエイターの経験や人間性が現れるもの」という「想いやゲームづくりのノウハウを託すこと」を目的としたものです。
第1章「パックマンズ・メソッド 1955-1980」では、東京に生まれ、幼少時を秋田で過ごした著者が、自然の中で、「落とし穴をつくったり、草を結んでおいてみんなを呼んで、引っ掛けたり」という「他愛もないイタズラ」のなかで、「ゲームデザイナーとしての原点ともいうべき『仕掛け』への愛着」が始まったことや、雪の中で「肥だめ」という「人糞の底なし沼に落ちた恐怖の経験」が、「罠(トラップ)の持つ驚きの経験」が、「ゲームのシステムを考える際に『トラップ(仕掛け)』にこだわる」ことの原体験であったと語っています。
そして、高校、大学と「ピンボール」にはまっていた著者が、"『遊び』をクリエイトする"というナムコのキャッチフレーズに、「ここなら自分にも何かできそうだし、ピンボールをつくれるかもしれない」とひらめいたこと、入社直後に、先輩から「特許が一杯あってなかなかつくれないんだよ」とピンボールつくりの夢を一蹴されてしまったこと、ナムコのドライブゲームマシン『F-1』のデッドコピー品を訴えるために某倉庫に証拠写真を撮りに忍び込んだところで警察に通報され、建造物不法侵入で逮捕された経験などを語っています。
また、1979年、『スペース・インベーダー』の大ヒットの影響で、各社が、「エイリアンを打ち殺す殺伐としたゲームを大量にリリースした」ため、「ゲームセンターも女性が足を踏み入れてはいけない雰囲気」になってしまったことに「危機的状況を察知」し、「女性やカップルでも楽しめるゲームを作れないか?」と考え、「一切れだけ食べた残りのピザの形が、口を開けているキャラクターに見えた」ことから『パックマン』のアイディアが誕生した瞬間を語っています。
さらに、ナムコが「第一次黄金期」を迎えた1980年代について、当時のナムコが、「まだ上場していない会社で、予算もはっきりしないような状況」の中で開発していて、「ある意味、ゲーム制作者たちにとっては、非常に恵まれた環境」だったとして、「まさに、真っ白なキャンバスに自由に絵を描けた時代だった」と語っています。
第2章「ゲーム学」では、「ゲームの題材やテーマのインプットの対象は、おおよそ人間が関わる広大な世界全体に及び、ゲームという媒体を用いてどんなことも表現できる可能性を秘めている」として、「あらゆる分野にもゲームの題材を求めることができる」と語っています。
また、ゲームをプレイしたいという動機を与えるための第一の条件として、「ゲームに注目」してもらうことを挙げ、その要素として、
(1)新奇性(しばらくあるいは今までに一度も経験していない)
(2)不確定性(わからない事柄や、試行錯誤の後、疑問を解いていくもの)
(3)複雑性(構成要素の種類や数が多いほど複雑)
の3点を挙げた上で、第二の条件として、「ゲーム目的がはっきりしている」ことを挙げ、
(1)ルールとゲームクリアー(勝敗)が悩まずに分かる
(2)ひと目でそのゲームの持っている特長(遊び・奥行き)が理解できる
の2点を挙げています。
さらに、ゲームの難易度設定について、「設定する難易度カーブの上昇具合が急すぎたり、大きな壁があったりするとプレイヤーの支持が得られず、プレイヤーの技術達成の予測を誤り、難易度カーブの飽和点を低く設定していた場合は、プレイヤーには手ごたえのないゲームになってしまう」ため、「クリアごとに徐々に難易度も上がっていくことが、プレイヤーをホットにさせ、初心者でも上級者でも、ある程度、継続したプレイに導くことが可能になる」と述べています。
第3章「ゲーム開発の実際」では、企画担当者に求められている能力として、
(1)発想力:生まれてから、現時点に至るまでに得た後天的な知識・情報を選択し、掛け合わせて、「絶妙なもの」をつくり出す
(2)情報を収集・整理する能力
(3)関係者を動員していく能力
(4)臨機応変に問題に立ち向かい、対応する能力
の4点を挙げています。
また、プロデューサーに求められる能力として、
(1)千差万別な問題に「気づき、分析する力」
(2)問題を解決するための「構想力」
(3)人心を動かす「説得力」
(4)対立する利害関係をまとめる「折衝・交渉力」
(5)「人情の機敏を知る力」
などを挙げ、なかでも「問題に気づく」能力について、「これが欠落していると、俗にいう『マニュアル人間』になってしまい、そうなってしまっては、自らが企画し、また問題を解決していかなければならないプロデューサーとしては失格」だと述べています。
さらに、「ゲームソフトは、映画や書籍と同様、大衆に対するつよいメッセージ性を持ったメディアのひとつ」であるため、「その表現の方向を誤ってしまった場合、社会問題・人種問題といった重大問題にも発展しやすく、最悪の事態が起こる可能性もある」と述べ、「クリエイターは常に自らが社会の中の一員であるという意識を持ち、独りよがりな発想や自分本位に偏らないよう留意する努力が必要だ」と語っています。
第4章「対談 宮本茂」では、宮本が、「ハッピーエンドのゲームクリアーは、たくさんの選択肢の一つでしかないけれど、バッドエンドのゲームオーバーには理由が必要」だと語っています。
また、宮本は、いまのゲームが、「昔のゲームにあった『わかりやすく面白い』という方向性から、『複雑化し多様化したシステムでユーザーを満足させる』というものになって」きたと語っています。
第5章「対談 小口久雄」では、『パックマン』や『リブルラブル』が、「これ以上何も足せないし消せない」ゲームだと語っています。
本書は、本来のターゲットである、ゲームのクリエイターを目指す人はもちろん、『パックマン』を懐かしいと感じる人にとっても、お薦めの一冊です。
■ 個人的な視点から
本書を読んで、久しぶりにパックマンがやりたくなって、ネット上のフラッシュ版のゲームをやって見ましたが、簡単だと思ってもなかなか簡単にはクリアさせてもらえないゲームバランスは見事だと思いました。
■ どんな人にオススメ?
・パックマンに青春を思い出してしまう人。
■ 関連しそうな本
坂村 健 『痛快!コンピュータ学』 2005年07月02日
相田 洋 『電子立国日本の自叙伝』
山形 浩生 『コンピュータのきもち 新教養としてのパソコン入門』 2005年07月23日
ハワード ラインゴールド (著), 青木 真美, 栗田 昭平 (翻訳) 『思考のための道具―異端の天才たちはコンピュータに何を求めたか?』 2006年01月07日
アラン・C. ケイ (著), 鶴岡 雄二 (翻訳) 『アラン・ケイ』
西田 宗千佳 『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』 2008年07月09日
■ 百夜百マンガ
月刊誌の『アフタヌーン』の四コマで認められ(?)、よりメジャーな『モーニング』でストーリーものの連載を持つも、その設定の特異さゆえに幅広いファンをつかむことができなかった作品。超ニッチなファンの心は鷲づかみしたかもしれません。
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2008年05月17日
ウェブ人間論
■ 書籍情報
【ウェブ人間論】(#1213)
梅田 望夫, 平野 啓一郎
価格: ¥714 (税込)
新潮社(2006/12/14)
本書は、『ウェブ進化論』で知られる梅田望夫氏と、『日蝕』で芥川賞を受賞した小説家の平野啓一郎氏が、ウェブ世界の現状と未来について語った対談です。
第1章「ウェブ世界で生きる」では、「インターネットが人間を変えるのであればどのように変えるのだろう」というテーマを持っていた平野氏が、『ウェブ進化論』から刺激を受け、一方、同時多発テロ後、「自分の生き方を変えようとしていた」梅田氏が、平野氏の『葬送』を読んで、「自分よりも年下の人、それも1970年以降に生まれた若い人たちと過ごす時間を積極的に作ることで時代の萌芽を考えていきたい」と決断したと、お互いに影響を語り合っています。
また、平野氏は、2004年当時のパリにネットカフェができたときに、「誰も口を利かずに隣の人でなく何千キロ、何万キロと離れた場所の人とずっとやりとりしている」という光景を挙げ、「世界中どこでも、本当にコミュニケーションの際の『時空』の把握の仕方が変わってきているなという印象を強く受け」たと語っています。
さらに、梅田氏は、アマゾンの「なか見!検索」について、「これからすべての書物はデータベース化されて検索可能となる方向へシフトする」と述べ、「ここまでは主にそれが理系のところで起きたけれども、次の十年は文系の方までその波が及んでくる」と語っています。
そして、梅田氏がブログではなく『ウェブ進化論』という本を書いたことについて、「考えを一つの構造にまとめるのに適したメディアはやはり本しかない」と述べ、「ブログの本当の意味」は、「ブログを書くことで、知の創出がなされたこと以上に、自分が人間として成長できたという実感がある」と語っています。
第2章「匿名社会のサバイバル術」では、平野氏が、「都市部と地方とでは、ネットによる恩恵の実感ってかなり差があるんじゃないか」として、東京のような大都市では、「一個人の中のいろんな面を引き受けてくれる、いわば受け皿がある」と語っているのに対し、梅田氏が、「ネットの魅力の感じ方って、リアルな空間での自分の恵まれ度に反比例する」と答えています。
また、平野氏は、「ネットでブログをやっている人の意識」を、
(1)リアル社会との間に断絶がなく、ブログも実名で書く人。
(2)リアル社会の生活の中では十分に発揮できない自分の多様な一面が、ネット社会で表現されている場合。
(3)一種の日記。
(4)リアル社会の規則に抑圧されていて、語られることない内心の声、本音といったものを吐露する場所としてネットの世界を捉えている人たち。独白的なブログ。
(5)一種の妄想や空想のはけ口として、ネットの中だけの人格を新たに作ってしまっている人たち。
の5種類に分けられると語っています。
さらに、梅田氏は、「リアルに戻ってこないと本当に大きくは稼げないし、社会に変化をもたらせない」として、「マクロで見ると、匿名でできることの集積というのは案外小さいという予感」があると述べています。
第3章「本、iPod、グーグル、そしてユーチューブ」では、「世界中の本を全部スキャンして、ネット上に公開するというプロジェクト」の進行について、平野氏が、「表現者はもはや、守られるべき弱者ではないか」と述べているのに対し、梅田氏は、「出版をめぐる仕組みも、表現者が金を稼ぐ仕組みも、これから大きく変化していく」として、「その新しい流れと、どう折り合いを付けていくかという問題」だと応え、出版社側にも、「中身が検索できるように公開した方がビジネスとして得かもしれない」という論理が出来始めているとして、「ベストセラーは中身検索ができないほうがいいが、ロングテールの部分、本の少ししか売れない本については中身検索できた方が、出版社、著者、読者三方にとっていいのではないかというコンセンサスがこれから確実に生まれていく」と語っています。
また、梅田氏が、本とCDの一番の違いとして、「本はプレイヤーがいらないスタンドアローンなメディア」であることを挙げ、「紙という『材質としての価値』がプレイヤーという機能として本に付随している」ことを指摘しています。
さらに、梅田氏が株式会社「はてな」の取締役になるための「通過儀礼」として、「われわれの議論の中には、必ずアナロジーが出てくるから、一緒に経営をやってく上でこれを全部見てくれないと共通理解ができない」ため、『スター・ウォーズ』のDVDを全部見ることと言い渡されたというエピソードが紹介されています。
第4章「人間はどう『進化』するのか」では、将棋の羽生氏が、「将棋の場合でも、とにかく情報量が圧倒的になっている」として、「情報の量がいずれ必ず質に転化する」という仮説を持ち、「シャワーのように情報を浴びて刺激を受けていて、しかもインプットの質が圧倒的によくなっている」ので、「頭がよくなるに決まっているじゃない」と語っていることを紹介しています。
また、平野氏は、「人間の変容という観点に絞ってみれば、やっぱり多くの人が自分で自分を言語化してゆくようになった」ことが圧倒的に大きく、「その中で、自分が今までよりもよく分かったり、逆に自分を錯覚してしまったり、固定化してしまったりする」と語っていることに対し、梅田氏は、「アイデンティティが固定化されると、同じことを考えている人との共振があって、趣味や専門の『島宇宙』化していって、そのコミュニティの充足を目指していく」ことを、「今までよりもずいぶん幸せな選択なのではないか」と肯定しています。
本書は、ネットによって人間がどう変わっていくかを、小説家の目で照らしながら、考えるきっかけを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書で面白いのは、『ウェブ進化論』でネットで変わる社会を楽天的に見据えることのできる視点を提供した梅田氏のカラッとした前向きさに、小説家である平野氏が、ときどき着いていけなくなりそうになるなるところではないかと思います。来るべき未来の危機感をあおりながらも、楽天的な解決策(提案)を示すのがコンサルタントであるのに対し、時代の変化を前にした人間内面を描いていく小説家の仕事は、この部分では対照的なのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・ウェブは人間をどう変えるか、が気がかりな人。
■ 関連しそうな本
梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
平野 啓一郎 『日蝕』
平野 啓一郎 『葬送』
ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳) 『アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』 2007年11月26日
ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』 2006年08月29日
佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』 2007年11月20日
■ 百夜百音
【タモリ】 タモリ オリジナル盤発売: 1977
今ではすっかり「笑っていいとも」の人という印象しかないかもしれませんが、元々は、昼間の番組はおろか、深夜番組以外は登場させてはいけないような、アングラな「芸人」というか「面白い人」です。最近は、場を盛り上げる「芸人」は増えましたが、「面白い人」というのは減ったような気がします。
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2008年02月28日
ネットワーク社会の深層構造―「薄口」の人間関係へ
■ 書籍情報
【ネットワーク社会の深層構造―「薄口」の人間関係へ】(#1134)
江下 雅之
価格: ¥882 (税込)
中央公論新社(2000/01)
本書は、「ネットワークというムーブメントの本質を探ろうと思ったら、ネットワークを受け入れる下地が何なのかを分析し、さらにその下地がネットワーク浸透後、どういう方向に進むかを予測しなくてはいけない」という問題意識から書かれたものです。著者は、本書の関心事項として、「ネットワークでの拘留はどういう必然性から導かれたのか、それがどういうライフスタイルに結びつくのか、その交流にどういう原理が作用しているのか」、等を挙げています。
第1章「ネットワークの実像」では、娯楽小説や映画での描写を参考に、「新しいテクノロジーが一般大衆にどの程度認知されているか」を知ることができるとして、「すくなくとも80年代前半を境にして、ネットワークは一般個人が私的な用途で利用する身近な存在であるとの認識が広がり始め、90年代半ばにはほぼ日常的な存在と認められたと見なしてよさそうだ」と述べています。
また、ネットワークがマスメディアと明確に異なる点として、「ネットワークの向こうには『人』がいて、ときにはその『人』からインフォメーションやトランザクションの機能を引き出せる点」を挙げ、「ネットワークを単なる伝送路にあらざるものと意味づける要素は、人どうしの接触や交流の現場になりうる点にこそある」と述べています。
第2章「メディア産業とネットワーク」では、「そもそもネットワークはどういうチャネルになりうるのだろうか」という問いに対して、「ネットワークを情報の宝庫と無条件に賛美することもできなければゴミ箱と切って捨てることもできない」と述べ、「産地直送の『ナマモノ』」であり、「それを活かせるかどうかは、素材に接した人の料理の仕方、味わい方次第である」と解説しています。
そして、メディアが未発達な時代には、「共同体の『門番(ゲートキーパー)』が世論を先導することがあった」が、マスメディア登場後は、「メディア自体が影響力を行使するようになり、全国規模あるいは全世界規模の『有名人』が世論を引っ張ることもあった」としたうえで、「ネットワーク時代には、個々の関心領域を単位として、門番やオピニオン・リーダー、有名人とは異なる小教祖(ミニ・カリスマ)的な役割を持つ者が一種の均衡点として出現するだろう」と述べています。
第3章「バーチャル・コミュニティの過去・現在」では、「耐久消費財や対消費者向けサービスでは、利用者が増えれば増えるほど需要面でも供給面でも市場拡大要因が大きくなる」として、「普及率がある一定の段階を超えると、爆発的な相乗効果が発揮される」という閾値を「Critical Mass(CM)」と呼ぶと解説し、1997年の時点で「ネットワークを利用できる環境にある人が総人口の8~10パーセントに達した」ことを指摘しています。
また、「電子コミュニティ」の特徴を、「いつでも、どこでも、誰とでも」としながらも、「誰とでも」の部分は、携帯電話とネットワークでは異なり、「物理的な制約だけでなく、社会的制約をも離れ、接触する機会をもてそうになり人とも交流できる可能性があることを意味している」と御ベテいます。
第4章「ネットワーク上に見られる現象」では、「われわれは職場や学校、家庭において、その場に応じた『役割』を演じている」ことが、「束縛感や一種の圧迫感をもたらすことがある」とした上で、ネット上で、「キャラクターを意図的に設定するという行為」の典型として「ネットおかま」を挙げています。
また、ネット上という「多様な価値観の持主が集うことを期待される<場>であっても、結局は類似性・同質性の原理が作用する」と述べ、この同質性という原理の元では、<場>の状況は、
(1)覇権争い:同質性のスタンダードを追及する過程
(2)調和的交流:何らかの関心事あるいは行動原理を共有しているという前提での交流
(3排除:異質なメンバーの追放)
の3種類のいずれでしかありえないと述べています。
さらに、ネットワーク上で加熱したコミュニケーションが発生し、「感情的な誹謗や揚げ足取りに終始する状況に陥ること」を「バトル」や「フレイミング(flaming)」と呼ぶことを解説しています。
第5章「コミュニケーションの原理」では、<現実社会>と<仮想社会>の直感的な区別として、
・現実社会=身体が居合わせる機会を持つことを前提とした人間関係
・仮想社会=メディア空間上の記号を通じた人間関係
と解説しています。
また、電子ネットワーキングの社会的現実感の決定要因として、
(1)制度レベル:社会的な位置関係
(2)対人環境レベル:社会的・対人的な存在感
(3)信念レベル:自分の持つ常識との一貫性
の3つのレベルがあることを紹介しています。
さらに、ネット上で匿名を実現する方法として、「隠す」と「仮想する」の2通りのうち、後者については、
(1)ペンネームを用いること
(2)「他人の実名を盗む」という方法
(3)一人で複数の人格を装うことで、自分の「本体」をくらますという方法
の3種類の方法があると述べています。
第6章「ネットワークというコミュニケーション革命」では、「ネットワークという言葉を『網状の構造を持つもの』の比喩としてとらえるならば、『ネットワーク社会』とは、人間関係がネットワーク上のトポロジーを取る社会と解釈できる」と述べ、
(1)集団の形成要因に注目したもの
(2)情報化社会の進展結果として、情報の発信源である個人どうしの相互依存関係に注目したもの
(3)情報民主主義という考え方
の3つの論点に注目したいと述べています。
本書は、ネットワーク社会の構造を読み解くきっかけを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書は2000年3月に出版されたものですが、この当時に比べて8年経ち、インターネットと関わりを持つ人も相当増えたので、本書で紹介されているような、ネット上の習俗のようなものも、慣れてしまってそれほど目立たなくなったのか、少数派になってしまったのでしょうか。なんとなくピンと来なくなってしまった気がします。
■ どんな人にオススメ?
・ネットワークの姿を見たい人。
■ 関連しそうな本
今井 賢一, 金子 郁容 『ネットワーク組織論』 2005年03月19日
オリヴァー・E.ウィリアムソン 『市場と企業組織』 2005年04月19日
池田 信夫 『ネットワーク社会の神話と現実―情報は自由を求めている』 2005年09月17日
ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
増田 直紀, 今野 紀雄 『複雑ネットワークの科学』 2005年11月18日
アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
■ 百夜百マンガ
作者の代表的な作品です。まだ完結していない作品だけに、ハツカネズミが終わったことで再登場の機会がある?
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2008年02月01日
ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に
■ 書籍情報
【ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に】(#1107)
遊橋 裕泰, 河井 孝仁
価格: ¥1890 (税込)
日本経済評論社(2007/03)
本書は、「モバイル化する社会を概観」し、「ケーターやインターネットなどの情報通信メディアが普及するにつけて、一見意味を失ったかのように見える『場』という環境が、コミュニティという人と人との関係性を持ち込むことによって再び輝きを増す」ことを論じているものです。
第1章「ハイブリッド・コミュニティ思考」では、「パソコン+インターネットでは実現できなかったほどに、ケータイは生活の現実感をネットワーク上の情報空間と結び付けている」としたうえで、「現実空間が情報空間と結びついたことで、改めて『人が社会システムの一部なのか、人のための社会システムなのか』ということを問い直す必要が出てきているのではないだろうか」と述べています。
そして、ケータイというメディアの特徴として、
(1)ネットワークとしてのケータイ:「いつでも、どこでも、だれでも」という理想型をもっとも体現している
(2)ケータイが扱う情報の質:今という時間や現実の出来事と非常に密着したコミュニケーション環境を提供
の2点を挙げています。
また、「社会全体でモバイル化が進行したことで、人の『存在の不確実性』が高まっている」と述べ、「場所や時間を越えた種々の文脈の接合点としての個人の認識をどのように考えていくのか」がコミュニティデザインのポイントであると述べています。
さらに、「情報空間と現実空間を横断する射程で社会システムデザインすることで、人と人との関係を元気に逞しくする仕掛けとしてのインターネットやケータイといった情報通信メディアが機能する」と述べ、「デザインによって両者を還流させるダイナミズムを作り出せないか」という思考が、本書で提案する「ハイブリッド・コミュニティ」の思考であると述べています。
第2章「情報社会が生み出す諸問題」では、「ICTがもたらした豊かさの光の裏側には、同時に多くの影も潜んでいる」として、
・携帯電話により派生した様々な問題
・インターネット上の誹謗中傷
・情報セキュリティに関わる問題
等を挙げ、これらの影をもたらす要因として、「ICTにより個人の能力が高まり、その社会的影響力が増幅されていることが深く関係している」と述べています。
そして、ICTが社会にもたらす問題として、
(1)住環境における問題
(2)地域環境における問題
(3)職場環境における問題
(4)ネット環境における問題
の4点を挙げています。
著者は、本書が「ICTにより新たに生じた、もしくは増幅された、社会におけるさまざまな局面での問題に対して、ICTを通じた新しい社会のデザインが持つ可能性を探ることを目指している」と述べています。
第3章「住環境のリ・デザイン」では、これまで住宅が、「家族を容れるハコ」(上野千鶴子)として、「家族構成、家族関係を空間的に表現し規定していく制度的な機能」を持っていたが、「家族のみんながケータイという「どこでもドア」を手中にした現在では、そのような空間の強制力を飛び越え、住宅の間取りが家族関係を反映するという前提が揺らぎつつある」として、「モバイル時代における住環境のあり方について、住居、家族がどのような変化の兆しを見せ、どの方向に向かう可能性があるか」について論じています。
そして、
(1)家族の細分化
(2)多様化する家族
(3)ライフスタイルの多様化
(4)家族のライフステージによる変化
といった要因が、「家族のハコである住居に影響を与え、単にnLDKの是非を議論するに留まらず、新しい住居のカタチが多様に個別に模索されることになり、それらの集積が現在の都市、社会を構成している」と述べています。
また、2006年3月のモバイル社会シンポジウムで発表した、「モバイル時代の『家族』と『住居』をテーマに一年間かけて行った分析と調査の結果」に基づいた戸建と集合住宅のイメージを紹介しています。
第4章「地域閑居のリ・デザイン」では、「情報技術の支援を得た的確なデザインを適用することにより、そこで生きるに足る地域を再設計し、創発的に構築しうる可能性について考察する」としています。
著者は、コミュニティを、「ある共通する関心を基礎にした、信頼に基づく、人々による自発的なつながり」と定義したうえで、地域が、「コミュニティの重層として構築され、発見される」と述べています。
そして、地域を「コミュニティから構築されるアーキテクチャ」、個々のコミュニティを「モジュール」として捉え、モジュールとしてのコミュニティが持つ役割として、
(1)アイデンティティの拠り所
(2)地域ガバナンスの基礎
(3)地域情報の苗床
の3点を挙げています。
また、「情報技術を適宜に装荷することにより、地域環境の再設計を行ない、安心・安全、かつ元気な地域を創発的に構築する試み」として、2004年に開設された「eコミュニティしまだ」を紹介し、「島田市に関わる少なくとも6~8名が、地域についての関心を増し、実際に地域活動を積極的に行うようになった」ことを挙げ、「地域において防災地図づくりに自主的に取り組むなどプロデューサー的な存在となって課題解決に取り組んでいる市民が生まれている」と述べ、「こうした動きは、多彩かつ継続的なブログの利用により蓄積される信頼、顔の見える関係の構築、個人ではなくグループでの利用に伴なう信頼の醸成とグループ運営からのプロデュース力の育ち、共有ポータルを契機とする地域経営の気づきなどを背景としている」と解説しています。
さらに、2005年に開始された地域ブログサービス「はまぞう」を取り上げ、聞き取り調査によって、「地域限定のブログサービスが、顔の見えるオフラインの関係も基礎にしつつ、地域に人のネットワークを作り上げていることが窺われる」と述べています。
著者は、「eコミュニティしまだ」及び「はまぞう」から導き出せる情報デザインとして、
(1)地域のもつアーキテクチャーに留意した、モジュールとしてのコミュニティを意識した設計の重要性
(2)モジュールとしてのコミュニティから生成される情報が可視化される場とともに、それらの情報が共有され一覧化される場の存在という重層的な可視化に基づく設計
(3)その重層性を活用し情報技術により自動化された、また運営者の視座に基づく、さらにもっとも重要なオフラインの場での「編集」の存在
の3点を挙げ、「この3つの要素を持つ情報デザインにより、地域の再設計及びそれを担う『人』の育ちが、地域特性などの個別的事情を超えて可能になる」と述べています。
そして、「地域における適切な情報デザインは、コミュニティを多様に編集し創発的な地域経営の核となる『人』を発見する。また、地域のなかで資源を見出し、的確には位置し、成果を上げる『人』の育ちをも可能とする」と述べたうえで、「地域は、オフラインとオンラインを横断して構築される。そこに生まれるのは情報環境の関与を受け、地理的範囲と関心を多様に交雑させたコミュニティ、ハイブリッド・コミュニティである」と述べています。
第5章「職場環境のリ・デザイン」では、スタンフォード大学のヘイム・メンデルソンらが提唱した、「eビジネスに対応する企業の能力」である「組織IQ」というフレームワークを取り上げ、組織IQには、
(1)外部情報の認識
(2)意思決定アーキテクチャー
(3)内部の円滑な知識流通
(4)組織のフォーカス
(5)eビジネス時代の事業ネットワーク
のディメンジョンがあると述べています。
そして、今取り組むべき課題は、「工場のようなパブリック空間と、パーソナルコンピュータのプライベートな空間との間に、コラボレーションの空間を創出することができるか」であると述べています。
第6章「ネット環境のデザイン」では、ネット・コミュニティを、「インターネット上に成立するコミュニティ」であり、「掲示板やチャットといったインターネット上のシステムを媒介として多数のユーザーを吸引し、コミュニケーションをつなぐ」と解説し、現実世界におけるコミュニティが、
(1)構成要員相互の交流がある
(2)共通の目標・関心などの絆が存在する
(3)一定の地理的範域を伴なう
という特性を持つのに対し、「ネットコミュニティでは、地理的範域のの制約が取り除かれ、交流や共通の目標・関心などが重要になる」と述べています。
また、パソコン通信の世界における初期のネット・コミュニティと、インターネット上のネット・コミュニティを比較し、「限定的な空間で少なからず顔が見えていたはずのコミュニティには、見ず知らずの人々が多数入り込み始め」、
・発言を行なう少数のメンバー(Radical Access Member: RAM)
・彼らの発言を見るだけの多数のメンバー(Read Only Member: ROM)
が構成されるようになると述べ、「RAMをRAMとして引き留めるもっとも基本的な仕組み」として、「互酬性の論理、あるいは交換の論理」を挙げています。
第7章「現実世界と情報社会を越えて」では、「情報通信技術の進展によって世の中の多くの社会システムは、ヒエラルキー型の情報処理(1×N)から、自律分散的な情報処理(N×N)を行なう形態に変化していく)と述べ、「階層構造を採らないN×Nのコミュニティでは、『命令』するコミュニケーションとその管理の仕組みが、個人の自由や創造性、価値観と衝突するので、『調整』するコミュニケーションと構成メンバーを育成する仕組みを志向する必要がある」と解説しています。
著者は、「本格的な情報社会の到来がもたらすもの、そえrは人間の活動の場としての新たなフロンティアの出現である」として、コミュニティのリーダーになろうとする者は、「現実社会とは異なる特徴を持った情報社会の特長を活かして、2つの空間を自在に組み合わせたハイブリッド・コミュニティを構想することができる」と述べたうえで、「どのようなハイブリッド・コミュニティを思い描くのかという構想力と、現実社会と情報社会の両方にまたがる社会システムのデザインが重要となる」と述べています。
本書は、ハイブリッド・コミュニティという「時代を作り出すための戦略思考」を、事例とともに解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
モバイルと住居のデザインといわれてもすぐには結びつきにくいものですが、各自が「どこでもドア」を持っていると想像してみると結構深刻な問題ではないかと思います。そうなった場合、玄関はどこになるのでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・21世紀のコミュニティの形が想像つかない人。
■ 関連しそうな本
小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著) 『モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影』 2007年08月06日
小檜山 賢二 『ケータイ進化論』
ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳) 『ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化』 2007年09月02日
水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』 2007年11月29日
■ 百夜百マンガ
座頭市のようなキャラクターがどこまで受けるかは未知数だったようですが、大ヒットとは言わないまでも一定のファンを得ることはできたようです。
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2008年01月25日
爆発するソーシャルメディア セカンドライフからモバゲータウンまで グーグルを超えるウェブの新潮流
■ 書籍情報
【爆発するソーシャルメディア セカンドライフからモバゲータウンまで グーグルを超えるウェブの新潮流】(#1100)
湯川 鶴章
価格: ¥735 (税込)
ソフトバンク クリエイティブ(2007/3/16)
本書は、「意見、洞察、経験、見解を互いに交換するためのツールやプラットホーム」と定義される「ソーシャルメディア」の時代の到来が何を生み出しつつあるのかを論じた一冊です。
ソーシャルメディアは、「ユーザーが作るコンテンツによって成立するメディア」である「CGM(コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア=消費者生成メディア)」と同義語であると述べられ、「これらのサービスに共通しているのは、ユーザーが自発的に発信したり投稿したりする『表現』という側面」であり、「そうした『表現』に、他のユーザーがアクセスしたり投票したりすることで、ユーザー同士の『つながり』が発生する。そしてその『つながり』と通じて情報が伝播することになる」と述べています。
第1章「進化するソーシャルメディア」では、ソーシャルメディアの代表格であるSNSについて、元々は、「人脈作りのサイトとしてスタート」したものであり、日本のミクシィのほか、マイスペースやフレンドスターなどについて概略を紹介した上で、このような「コミュニティビジネスは先手必勝」であると考えられる理由として、「一般的に、コミュニケーションの手段というものは電話と同じで、ユーザー数が増えれば増えるほど、そのサービスの利便性が増す」という「メカトーフの法則」あるいは「ネットワークの外部性」と呼ばれる効果を挙げています。
また、「SNSの進化の次の大きなステップは、間違いなくモバイルの方向」であり、「日本においてはモバイル展開なしに成功はあり得ない」として、モバイルへの進化は、
(1)パソコンの世界とはまったく違うユーザー層を確保できること
(2)カメラやGPSや電子マネー機能等のオフラインの世界との融合
の2つの大きな意味を持つと述べています。
第2章「『動画共有』はソーシャルメディアのインフラになるか?」では、「ウェブを通じて誰でも無料で動画を公開・共有できるように」し、「作者(動画の提供者)とユーザー、またはユーザー同士がコミュニティを形成できるような仕組み用意している」サービスを提供しているユーチューブの功績について、「膨大な海賊版映像のアーカイブを作り上げたこと」ととらえるのは「大きな誤解」であり、「もともとはあくまでユーザーが(他人の著作権を侵さない)自分のオリジナル動画を自由に公開するためのツール」であり、「ユーザーが発信する情報が時に大きな話題を呼び、既存メディアでも取り上げられるようなケースは着実に増えてきている」と述べています。
また、ニコニコ動画など、「動画ファイル自体を加工するのではなく、動画や音声など、本来テキスト情報がないところにタグを付けて」いく「ディープタギング」が「映像ビジネスをウェブで展開するうえで欠かせない要素になっていくだろう」と述べ、「もはや動画やただ共有するだけでなく、ユーザーが自由にカスタマイズできるようになりつつある」と述べています。
第3章「セカンドライフという衝撃」では、セカンドライフ内におけるIBMの事業展開や、「セカンドライフの中でもっとも有名な個人」であり、「わずか10ドルの元手を32ヶ月で100万ドルにした」ことで知られる「アンシェ・チャン」が手がける不動産事業、さらには、セカンドライフ内に存在するマフィアである「バレンチノ一家」などを取り上げたうえで、「今から50年後ぐらいには、人々はみな現実社会と仮想社会の両方の人生をもち、その間を行き来する時代になる」というデジタルハリウッドの杉山校長の予測を紹介しています。
第4章「爆発するクリエイティビティ」では、「自分を表現したい、クリエイティビティを発揮したいという欲求は、『承認欲求』や『自己実現の欲求』の一つの形ではなかろうか」と述べ、「ソーシャルメディア爆発の根底にはクリエイティビティの爆発があり、クリエイティビティが爆発しているのは、表現ニーズの高まりと表現ツールの登場が同時に起こっているからだ」と解説しています。
そして、「自分の自己実現欲求を満たすために金銭的な見返りなしに智力を使ったクリエイティブな政策をする人は増えるだろうし、人から尊敬を集め他人に影響力を行使するために智力を使ったクリエイティブな作品を作る人も増えるだろう」と述べています。
また、今後、「どのようなメディアが登場しようとも、その基本になるのは人々のクリエイティビティであり、そのクリエイティビティを共有すること、ということだけは間違いなさそうだ」と述べています。
第5章「グーグル vs ソーシャルメディア」では、フロリダ州にあるジャーナリスト向けの非営利教育機関、ポインター研究所出身のロビン・スローン氏とマット・トンプソン氏が制作した「EPIC2014」というショートムービーを取り上げ、その内容は、「グーグルがアマゾン・どっと・コムと合併して巨大ネットメディアに成長し、ニューヨークタイムズなどの既存メディアを傍流に追いやるという大胆な未来予測」であり、「当時米国のメディア業界関係者に衝撃を与えた」と述べています。
そして、このショートムービーが、ジョージ・オーウェルの『1984年』の主人公の名前である「ウィンストン・スミス」の運転免許証を登場させていることを挙げ、「このショートムービー波長管理社会の恐怖を隠れたテーマにしている」と述べています。
著者は、「クリエイティビティが爆発するソーシャルメディアとグーグルの争いの結果は、もうすでに見えている。爆発するクリエイティビティの圧勝である。そのことを知っているグーグルは、戦おうともしていない」と述べています。
本書は、新しい時代のメディアのあり方に連なる道を示してくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
映画やテレビのような、時間軸の設定権が制作者側にあるメディアに触れる時間がどんどん減り、ビデオやネットなどのように、受ける側が時間軸を設定できるメディアに触れる機会がどんどん増えているような気がします。ちょうど、作者の設定した時間の流れに身を委ねる小説を読む時間が減っているような感じでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・メディアのあり方の進む方向を見極めたい人。
■ 関連しそうな本
早稲田大学IT戦略研究所, 根来 龍之 『mixiと第二世代ネット革命―無料モデルの新潮流』 2007年03月31日
原田 和英 『巨大人脈SNSのチカラ』 2007年09月01日
国際社会経済研究所, 青木 日照, 湯川 鶴章 (著) 『ネットは新聞を殺すのか-変貌するマスメディア』
増田 直紀, 今野 紀雄 『「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ』 2006年04月18日
アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
■ 百夜百マンガ
この作品が発表された平成初期の頃でさえ、元ネタの海のトリトンをリアルタイムで知っている人は相当少なかったのではないかと思いますが、マニアは恐ろしいものです。
投稿者 tozaki : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月26日
アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅
■ 書籍情報
【アンビエント・ファインダビリティ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅】(#1040)
ピーター モービル (著), 浅野 紀予 (翻訳)
価格: ¥1995 (税込)
オライリージャパン(2006/04)
本書は、「わたしたちの日々の生活の中ですでに現実のものとなろうとしている、どこにでもコンピュータが偏在する環境、すなわち『ユビキタスコンピューティング環境』の中にあって、私たちが日常的に情報に接する方法がいかに劇的に変化してきているか、そして、その接し方の変化によって私たちの生活がどのように変わろうとしているのかについて、非常に多くの具体例を示しながら解説」を試みているものです(巻末「解説」より)。
第1章「遺失物取扱所」では、「われわれは、ファインダビリティの進化の変節点にいる。情報にアクセスするためのあらゆる新型インターフェースや装置を作り出すと同時に、ヒトや場所、製品、所有物などについてのすさまじく大量の情報を、ユビキタスなデジタルネットワークにインポートしつつあるところなのだ」と述べ、「各種プロセッサやセンサ、RFIDタグ、その他関連テクノロジ製品のサイズと価格は、ティッピングポイント(臨界点)に近づきつつある」としています。
著者は、「インターネットがユビキタスコンピューティングに出会う場所」において、「アトムの大地とビットの海を結ぶ、今出現しつつある新たな海岸線を地図に記すにあたって、自分たちの来し方行く末を見晴らすためには、『ファインダビリティ』が有能なレンズになってくれる」と述べています。
そして、本書のタイトルである「アンビエント・ファインダビリティ」を、「現在急速に出現しつつある新たな世界を表現する言葉」であり、この世界では、「誰の居場所でも何のありかでも、いつでもどこでも見つけることができる。われわれはまだその世界まで到達していないが、間違いなくその方向に向かって進んでいる」と述べています。
また、Amazonの書籍売り上げの半分以上が、売り上げトップ130,000タイトル(これはBarnes & Nobleの店舗の品揃え点数)より下位の商品から成り立っているという、いわゆる「ロングテール」について、「限界費用がゼロ同然になる経済においては、競争への挑戦と大いなる勝利は、ファインダビリティの中にある」と述べ、「ファインダビリティは今日、ウェブにおける最大の話題であり、情報入手経路の収束とユビキタスコンピューティングの津波が海岸に押し寄せるにつれて、その到達範囲はさらに広がるだろう。現実空間で身体を動かす必要がどんどん少なくなるとしても、われわれは内蔵センサと空間的メタデータがあふれる物質世界をナビゲートするために、ウェブを利用するだろう。集団地とインスピレーションを捜し求める情報通の消費者たちが踊る進化するダンスにおいて、モバイル機器がデータの流れを1つにするだろう。そしてこのアンビエント経済の中で、ファインダビリティは競争優位性の重要な源になるだろう」と述べています。
そして、「ファインダビリティは、われわれがどのように権威を定義し、信頼性を割り振り、意思決定を下すのかというプロセスにおける、静かなる革命の中心にある」と述べています。
第2章「経路探索小史」では、「位置情報サポートとユビキタスコンピューティングが交わる地点で、人間はますます、物理空間とサイバースペースを結ぶハイブリッドな環境の中でナビゲーションを行うようになりつつある」と述べています。
また、「情報の視覚化技術を利用してウェブをマップ化しようとする試み」が、ことごとく失敗している理由として、「そこには『その場にいるという実感』がないから」であると述べ、「空間的メタファーには限界がある」ことを認めた上で、「それでも、そこにはやはり真の価値がある」として、「ファインダビリティは物質世界とデジタル世界との架け橋であり、それらの間でユーザがさまざまな概念を思いのままにインポート/エクスポートできるようにしてくれる」と述べています。
第3章「情報とのインタラクション」では、「有益な情報システムを設計するには、ユーザとその社会的背景についての深い理解が不可欠」であると述べ、「失敗に終わったウェブサイト、イントラネット、インタラクティブ製品のほとんどの背景には、ユーザとその情報探索行動についての見当違いなモデルが存在している。ユーザは複合的であり、社会的である。そして、情報もまた同じだ」と指摘しています。
また、1948年にカルヴィン・ムーアズが「情報検索(information retrieval)」という用語を生み出したパンチカードの時代から、「情報検索の中心的な課題と原則は、いまなお有効かつ重要である」として、「これらの課題と原則の中心に、適合性(relevance)という概念が根を下ろしている。手短にいえば、適合する結果とは、ユーザにとって興味深く有益な結果のことである」と述べています。
さらに、「人間が適用するメタデータのタグはアバウトネスを示すことができ、結果的に適合率を向上させる」として、「Googleのページランクアルゴリズムは、ユーザが構築するインバウンド(内向き)リンクが、アバウトネスを示す優れた尺度であると認識している」と述べています。
第4章「錯綜する世界」では、「われわれは地球的規模のパノプティコンの中で生きることについて、深刻な不安を抱くかもしれない。そして実践的な観点から言えば、アンビエント・ファインダビリティは到達不可能な目標だ」としながらも、「それでもやはり、われわれは確実にアンビエント・ファインダビリティという未開の地に向かって進んでいるようだ。だから今こそシートベルトを締め、スマートフォンの電源を入れて、来るべき乱気流に備えよう」と述べています。
そして、「レザーケース、回転式ベルトクリップ、着せ替えプレート、カスタム着メロ」などが、「消費者家電をハイテクなファッション的表現手段」である「エブリウェア(everyware)」に変身させると述べ、「ユビキタスコンピューティングの荒野をさまようとき、モバイル機器はわれわれの命綱となり、分かちがたく錯綜した未知の絆となって、人と人とを結びつけるだろう」と述べています。
第5章「プッシュとプル」では、「現在のアテンションエコノミーの世界で適応するには、プッシュとプルとの新たなバランスが不可欠である」と述べ、「実際にサイトを訪れた多くのユーザにとって、サイトのトップページは案内板に過ぎず」、「サイトにアクセスしたユーザが欲しいのは製品やサポート情報、データ、ドキュメント、ダウンロードファイル」であり、「サイトが伝えようとしているメッセージには無関心なのだ」と述べています。
また、考案した「ユーザエクスペリエンスのハニカム構造」として、下図の7つの要素を示し、
(1)これはユーザビリティの問題を超えたところまで議論を進めるために非常に役立つツールである。
(2)このハニカム構造のモデルはモジュール方式のデザインアプローチに対応している。
(3)ハニカム構造の7つの切り口はそれぞれが一種の「鏡」としても役立つ。
の3点を述べています。
____
/ \
____/ 役に立つ \____
/ \ Useful / \
/ 使いである \____/ 望まれる \
\ Usable / \ Desirable /
\____/ 内容のある \____/
/ \ Valuable / \
/ 探しやすい \____/利用しやすい\
\ Findable / \ Accessible /
\____/ 信頼できる \____/
\ Credible /
\____/
そして、「ファインダビリティはウェブデザインにおいてもっとも扱いにくい問題の1つ」であり、その理由の一部として、「意味体系と構造につきものの曖昧さ」を挙げています。
第6章「ソシオセマンティックウェブ」では、社会学者のSusan Leith Starによって提唱された、「複数の集団が共有していながら異なる理解を行なっている道具または観念」を表す「境界オブジェクト(boundary object)」をキー概念に、セマンティックウェブとソーシャルソフトウェアのそれぞれを支持する両コミュニティ間の「過激で激しい議論の応酬」について論じています。
そして、これら二派のコミュニティが、「似たような問題に直面」していながら、「不幸なことに、過去から教訓を得たりお互いから学びあったりすることができない場合が多い。両者が話し合うことは滅多にないし、いざ話をする段になっても、互いに異なる語彙を用いて会話してしまう」と、その論争が「バベルの塔」を想起させると述べ、「希望的観測としては、メタデータを境界オブジェクトとして用いることで、われわれは相互解釈を育み、共通理解を形成し、真の社会的進歩を促すことができるはず」であると述べています。
また、「われわれがメタデータと呼ぶ境界オブジェクトに備わっている美徳」として、「どちらか一方だけを選ぶ必要はない」と述べ、「オントロジー、タクソノミー、フォークソノミーは相互排他的なものではない」と指摘しています。
著者は、「情報のファインダビリティは、人間が知覚する情報の品質に偏りをもたらす」という研究結果を取り上げ、人気度を示すメタデータが、「ユーザがどのデータを見つけるかを左右するだけではなく、そのデータをどれくらい尊重するかにも同様に影響を及ぼす」と述べています。
第7章「啓示による意思決定」では、「自分の家族やキャリアや健康に関するもっとも重大な決断に限って、もっとも感情に左右されやすい」という「限定的"非"合理性」の存在を認めながらも、「われわれは群集の英知の存在や、『たとえ集団内のほとんどの人間が格別に見識があるわけでもなく合理的でもないと
【ワイルド7 】
【坊主戦隊ジュゲム 】
【黒鉄 】
【佐武と市捕物控 】
【海底人類アンチョビー 】