2008年09月20日

アニメーションとライフサイクルの心理学

■ 書籍情報

アニメーションとライフサイクルの心理学   【アニメーションとライフサイクルの心理学】(#1339)

  横田 正夫
  価格: ¥2730 (税込)
  臨川書店(2008/04)

 本書は、「人間にはライフサイクルに従ったテーマがあり、特定の年代には特定のテーマに迫られることがある」というライフサイクルをテーマに、「人生のいくつかの時期に、自分の生き方についての問い直しが起こり、また生き方の変換を迫られるようなときが訪れる」という説明を、アニメーションの中に見いだそうとするものです。
 第2章「イジー・トルンカのアニメーション」では、トルンカのアニメーションを年代別に検討した上で、「アニメーションにおいて語られている内容は、心理学的な意味が多く込められており、それをもとに考えると20代、30代、といった十年ごとの年代別の分類とは別の分け方が可能になる」と述べ、「トルンカはほぼ5年ステップで自己の作品を変革してきている。それは習作期、確立期、展開期、警句期ならびに死の自覚期とみなすことができる」と解説し、「アニメーション作家の心理的な発展はライフサイクルに従って、洋の東西を問わず、同様に展開しているとみなせよう」と述べています。
 第4章「『ゲゲゲの鬼太郎』のライフサイクル」では、「個人作家によって作られる抽象度の高い作品ではなく、プロダクションによって制作される特定の年代をターゲットにしているような作品」であるが、「シリーズものとして作り続けられるうちに、そのテーマの中に、作り手のライフサイクル的テーマが入り込んでくることがある」ことを検証するとしています。
 そして、「シリーズものが、繰り返されると行ったことは、一つのシリーズを症例の一つの展開と同様に考え、シリーズの繰り返しを症例の再発と捉え、臨床心理学的な方法で検討することができる」と述べています。
 また、1960年から1964年までに、「鬼太郎の誕生からその鬼太郎世界に作者が同化するまでの過程が描かれ」手いることについて、「そこには現実の作者の家の問題、結婚、出産といった生活上の出来事が盛り込まれていた」として、「中年期危機に入った水木しげるの、妖怪漫画家としての新たなアイデンティティを確立するプロセスが、漫画の中に描き込まれていた」と解説しています。
 さらに、「第3部から第4部という変遷は、ライフサイクル的には説明しやすい変化」であるとして、「第3部では、成人期のテーマが語られ、伴侶を得ることがテーマとなっていた」が、11年たった第4部では、「むしろ中年期危機と認められるような内容が見いだせる」と述べています。
 著者は、「第1部では妖怪を退治し、第2部では人間の起こす環境汚染などの文明による不調和を批判し、第3部では異性を意識し、伴侶を獲得するテーマを描いていた。そして第4部では、中年期危機を描いていた」として、「第1部から第4部までは、人間のライフサイクルのテーマをそのまま見事に描いてきているとみなすことができる」と述べています。
 本書は、アニメーションといえども、作り手のライフサイクルが反映されている様子を分かりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 ライフサイクルという点では、同じことをより作家性の強い漫画でやると、はっきりとした結果が出るのではないかと思います。すでに結構行われているのではないかともおもいますが。


■ どんな人にオススメ?

・アニメは商業的だ、と感じている人。


■ 関連しそうな本

 横田 正夫 『アニメーションの臨床心理学』
 フレデリック・L. ショット (著), 樋口 あやこ (翻訳) 『ニッポンマンガ論―日本マンガにはまったアメリカ人の熱血マンガ論』 2006年04月29日
 平林 重雄 『水木しげると鬼太郎変遷史』 2007年08月12日
 杉山 知之 『クール・ジャパン 世界が買いたがる日本』 2007年08月19日
 斎藤 環 『戦闘美少女の精神分析』 2007年11月02日
 堀淵 清治 『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』 2007年04月15日


■ 百夜百音

ハチャトゥリャン: 管弦楽作品集 ~剣の舞【ハチャトゥリャン: 管弦楽作品集 ~剣の舞】 ラザレフ(アレクサンドル) オリジナル盤発売: 2002

 ただでさえ速い表題曲ですが、ニコニコ動画に2分以内の超スピードで演奏したものが紹介されていました。しかも指揮者は、「まだ速さが足りないと思いませんか?」と再演奏しているし。


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2008年06月29日

ウェブ恋愛

■ 書籍情報

ウェブ恋愛   【ウェブ恋愛】(#1256)

  渋井 哲也
  価格: ¥714 (税込)
  筑摩書房(2006/10)

 本書は、「ウェブを介した恋愛の実際やネット発の純愛ブームの背景」を取材し、「新ツールがもたらした新時代の恋愛間の本質」に迫ったものです。
 プロローグ「本当の恋を探して」では、「ウェブでの繋がりは、そのバーチャルさゆえ距離も年齢も関係ない。そのためウェブ恋愛は、ふたりの距離や年齢といった属性をたやすく越える」として、「リアルな属性よりむしろ気持ちが優先することも特徴といっていい」と述べています。
 また、著者の執筆動機として、「自分のウェブ恋愛の原体験を整理してみたかった」と述べています。
 第1章「ウェブで出会うということ」では、「ウェブでの出会いが本格的になったのは2000年以降」であるとして、「iモードの普及でケータイからのウェブへのアクセスも可能になった」ことに加え、「写メール機能」等の充実により、「出会い系サイトの全盛を迎える」と述べています。
 そして、「ウェブサイトでの出会いとして、最もわかりやすいのはやはり出会い系サイトだ」としたうえで、「ひとくちに出会い系サイトといっても、その内実は多彩だ」と述べ、著者自身のウェブ恋愛の体験として、「私は、恋愛に関して熱しにくい性格のため、後に恋愛対象になっても、なかなか恋愛感情が芽生えないことが多い。私は、出会い掲載とによる恋愛は不得手であることが、経験でわかった」と語っています。
 そして、ウェブでの出会いが、「外見を切り離した、文字によるやりとりがキーだったが、写真付きメールつまり「写メール」の登場で、外見もポイントになってきている」と述べ、「ウェブ上で知り合って、どちらかが『恋愛モード』になっていく過程で、ほとんどの場合に写メールの送信を要求する」が、著者自身の体験として、「じっさいに会ってみて、その幻想が音を立てて崩れていくのを何度も経験した」と述べ、「奇跡の一枚」や、「なかには別人の写メールを送る人もいるくらいだ」と述べています。
 著者は、「出会いのきっかけがウェブであるだけで、恋愛感情は、これまでの恋愛と変わらない。恋愛のツールにウェブやメールが登場したことで、出会いの形が新たに一つ生まれただけということ」だと述べています。
 さらに、「ネットだけのカノジョ」である「ネトカノ」や「ネトカレ」を挙げ、「ウェブ恋愛は、肉体的な接触がなくても成り立つ」と語っています。
 第2章「恋愛日記を綴る心理」では、ウェブ日記のタイプとして、
(1)備忘録型:自分のために覚書を残す。
(2)日誌型:情報を他の人に提供する。
(3)公開日記型:ほかの人に自分という人間を知ってもらう。
(4)狭義の日記型:自分で自分を理解するため。
の4つのタイプを挙げたうえで、「ウェブで恋愛日記を書くと、その恋愛の経緯を見ている読者がおり、恋愛を応援したり、失恋を慰めたりといった反応があるいっぽう、読者の嫉妬を招いたり、いたずらや罵声のレスポンスを受けることもある」として、書き手のキャラクターや、どのレンタルサーバーを借りているか、どのようなコミュニティで話題なるかによっても変わってくると述べています。
 第3章「生きにくさからの解放」では、コミュニケーションの道具としてのウェブが、「キュー(社会的手がかり)が少ない」、「キューレス・メディア」であるとして、「文字中心のコミュニケーション」であり、「表情や身振り手ぶり、視線、態度、匂い、服装など、対面コミュニケーションなら必然であるはずの要素が欠けている。対面コミュニケーションに存在するキューは、想像で埋められる」と解説しています。
 また、「生きづらさを抱えた人たちは、生きることへの希薄さを感じている」として、「希薄さを持ちながら、何らかのアクティング・アウト(行動化)をしている人たち」を「行きづらさ系」と呼び、「家出、援助交際、自傷行為、自殺願望・未遂、依存症などの行動を取りがちである。恋愛に依存する場合も少なくない」と述べ、「行きづらさ系」の若者たちを取材する中で、「多くの場合、恋愛やセックスが、若者たちの自身のなさや承認欲求から現れているのが見てとれた」として、「それは、愛に対する依存症であるかのようだった」と語っています。
 そして、「共依存的な恋愛の場合、自分は自分を十分にコントロールできないけれど、恋愛相手はコントロールをしたいという支配欲求が強まる。生きづらさをかかえて生きることの"希薄感"を埋めようと、相手に過度の愛情を注ぐ」と述べ、こうした人たちが、「恋愛に過度な期待をし、恋愛にふりまわされたり、相手に取り憑いていく状態」を「恋愛依存症」と呼ぶと述べています。
 その上で、「ウェブを通した恋愛者の体験談」が、「時代が変わっても恋愛の本質部分は、大きくは変化していない」と指摘しています。
 エピローグ「ウェブのアドバンテージ」では、「ウェブを通じた匿名の人間関係は、現実の人間関係の希薄さを象徴するもので、ウェブ恋愛もその一つではないか」、「ウェブは文字中心のコミュニケーションであり、人間的ではない」等の指摘に対して回答しています。
 そして、「ウェブは道具であり、ウェブ恋愛も本当の恋を探すための手段のひとつにすぎない。あくまで本当の恋を探すことが目的なのだ」と述べています。
 本書は、ウェブ恋愛というテーマを通じて、ウェブ上を行き交う人間ドラマの一部をキャッチした一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書は、単にウェブ上の恋愛を扱っているだけならば、表面的な感じで終わっていたかもしれませんが、著者が追っている「生きづらさ系」の人たちと絡めることで深みが出ている部分もあるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ウェブの恋愛は何か特殊なのかと思っている人。


■ 関連しそうな本

 室田 尚子 『チャット恋愛学 ネットは人格を変える?』 2008年06月04日
 渋井 哲也 『出会い系サイトと若者たち』
 渋井 哲也 『チャット依存症候群』
 パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
 渋井 哲也 『アノニマス―ネットを匿名で漂う人々』


■ 百夜百音

オックス・コンプリート・コレクション【オックス・コンプリート・コレクション】 オックス オリジナル盤発売: 2002

 「ダンシング・セブンティーン」をピチカートがカバーしていたこと自体知りませんでしたが、筒見メロディに対するこだわりは相当なものです。

『京平ディスコナイト~筒美京平リミックス~』京平ディスコナイト~筒美京平リミックス~

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2008年06月04日

チャット恋愛学 ネットは人格を変える?

■ 書籍情報

チャット恋愛学 ネットは人格を変える?   【チャット恋愛学 ネットは人格を変える?】(#1231)

  室田 尚子
  価格: ¥735 (税込)
  PHP研究所(2005/7/16)

 本書は、「チャットは人を変えてしまうのか?」という素朴な疑問に対する、「チャット人間」側からの回答です。著者は、「チャット恋愛がもたらす喜びと困難さの原因」について考えるとしています。
 第1章「ネットにおけるコミュニケーション」では、ケータイ、メール、メーリングリスト、掲示板、チャット、メッセンジャーの特徴について整理したうえで、「チャットだけが、『文字』と『一対多』と『リアルタイム』という3つの要素を兼ね備えている」と指摘しています。
 第2章「チャットとは何か?」では、著者がチャットルーム(CR)に「ハマった」理由として、CRの特徴である「ルームを自分で開設できる」というところにあったと述べています。
 また、ネットにおける「氏ね」のやり取りに関して、「ネットの外から見ると、ネットは『攻撃的な言葉のやり取りによって心が麻痺した人間の集まる場』という風に映ってしまう」ことについて、「それは少しヒステリックな見方」ではないかと述べています。
 そして、「他者との関係の中でしか自分のリアリティを獲得できない現代社会で、ゲームとか、チャットといったコミュニケーションのためのツールに『ハマる』のは、ある意味で必然的なこと」であると述べています。
 第3章「チャットが届けるもの」では、オンライン上の人格である「オンライン・ペルソナ」について、「大多数の人は、ひとつのオンラインん・ペルソナは、一人の現実の人間とリンクしているという前提で会話を交わしている」が、「現実の人格とはまったく正反対のオンライン・ペルソナ」を演じることができるとして、「騙し」の顕著な例として「ネット・オカマ」の略である「ネカマ」を挙げています。
 そして、「社会的なアイデンティティからはほぼ完全に自由」であるチャットという場所で、「ハンドルネームを名乗り、新しいオンライン・ペルソナを獲得していく」として、「社会の『こうあれ』という要求にしたがってつくりあげたのは『偽の自分』である、『ハンドルネームとしての私』こそが、自分自身がこうありたいと願う『ほんとうの自分』なのだ、と感じること」は、「現代社会においては必然なのではないか」と述べ、「ある時期チャットに『ハマる』ことは、『生きづらさ』を抱えている人たちにとって、一種の救いになるのかもしれない」と述べています。
 また、「実際の生活の中では、よほど親しい間柄の相手にしかできない」告白、自己開示が、「ほとんど初対面」の「素性もよく分からない相手にできてしまうのは、チャットという場がつくりだす、独特の相手との距離感ゆえ」であると述べ、「匿名である」ということから生まれる「ネットに特有」の距離感が、「現実の社会では考えられないようなスピードで、一気に縮まる」のだと述べています。
 第4章「チャット恋愛の心理学」では、「ネット上で異性に魅力を感じる社会心理学的な理由」として、
(1)類似性
(2)自己呈示
(3)自己開示と相補性
(4)理想化
の4点を挙げ、「二人だけのチャットであるPMやMJ」に「よって交わされる情報の密度、そしてそのスピードは、実際の社会とは比べ物にならないほど濃くて、速い。それゆえ、チャット恋愛では、お互いに『理解しあえている』という感覚を強くもつことになる。また、容姿や職業などを超えて『心が通い合えている』という実感は、お互いに『ほんとうの自分を理解してくれる相手だ』という認識をもちやすい」ことから、「チャット恋愛は、普通の恋愛よりも強く、濃密な関係になりやすい」と解説しています。
 その上で、「チャット恋愛がそうした『真の心の結びつき』だと感じる背景には、チャットという装置に特有のいくつかの仕掛けが働いている」として、「匿名であることや、時間の流れるスピードとその密度の問題」等を挙げ「そうしたことにあまりに無自覚なまま恋愛に入ってしまうと、チャットという装置がはずされた時、つまり現実の交際がスタートしたときに、相手を過度に理想化していたことに気づいて、幻滅するという結果を招きかねない」と述べています。
 また、「通常のチャットと、チャット恋愛の間にあるもの」として、「相手が『ほんとうの自分を理解してくれている』という実感の強さ」ではないかとして、「一緒に時を過ごす努力を惜しまないこと」は、「異性に魅力を感じる重要なポイントの一つ」であると述べています。
 さらに、2005年に、「未成年の女性を3ヶ月にわたって監禁した」として、無職の24歳男性が逮捕された「監禁王子」事件を取り上げ、「本来なら決して出会うはずのなかった男女が、ネットというメディアを得て、不幸にも出会ってしまった事件」だが、「裏返せば、ネットというものは、そういう『場』なのである」として、「チャットで簡単に人と出会えるということは、実は簡単に恐ろしい犯罪とも結びついてしまう危険があるのだ」ということを注意しておく必要があると述べています。
 著者は、チャット恋愛が破局に終わってしまう理由として、
(1)相手のことを「こういう人だ」と認識するそのイメージが理想化されやすい。
(2)「本等の自分」を相手の前だけで出せる、という感覚。
(3)やはりチャットの中だけではどうしても見えてこない相手の性格というものがある。
の3点を挙げ、「チャット恋愛が失敗に終わる原因は、実はどれも、現実の恋愛でも陥りやすい落とし穴」であるが、その可能性を、「チャットという装置が増大させてしまっている」として、「相手と恋愛への過度の依存が、チャット恋愛の悲劇を生む」と述べる一方で、「チャットならではの恋愛のあり方、というのはたしかにあるが、それが現実の恋愛とまったく異質なものであると考える必要はない」と述べています。
 本書は、チャットに「ハマった」本人による、過去の自分を振り返った一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の内容は、チャット常連の人にとっては当たり前のことなのか、アマゾンの書評では酷評している人も結構いますが、チャットどころかネットもあまり触らない人にとっては、こんなふうに相対化して解説してくれるのはありがたいのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・チャットで恋愛なんてヒトゴトだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 渋井 哲也 『ウェブ恋愛』
 渋井 哲也 『チャット依存症候群』
 パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
 T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳) 『ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化』 2007年09月02日
 水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』 2007年11月29日
 小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著) 『モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影』 2007年08月06日


■ 百夜百マンガ

釣れんボーイ【釣れんボーイ 】

 釣りか仕事か・・・男なら誰でも一度は迷う人生の選択を毎日のように行なう人の話です。やっぱり釣れるといいですね。

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2008年05月05日

考えることの科学―推論の認知心理学への招待

■ 書籍情報

考えることの科学―推論の認知心理学への招待   【考えることの科学―推論の認知心理学への招待】(#1201)

  市川 伸一
  価格: ¥693 (税込)
  中央公論社(1997/02)

 本書は、「人間の推論について、心理学の立場から眺めてみよう」というもので、話題の多くは、「認知心理学や社会心理学の推論研究に基づいている」と述べています。
 第1章「形式論理と日常的推論」では、認知心理学者のウェイソンが実験に用いた「四枚カード問題」とか「ウェイソンの選択課題」と呼ばれる問題として、
「A」「K」「4」「7」の4枚のカードとともに
「ここには4枚のカードがある。どのカードも片方の面にはアルファベット、もう片方の面には数字が書いてあるということを、あらかじめ被験者は教えられている。そこで、次のルール
   母音の裏側には、必ず偶数がある
が成り立っているかどうかを確かめるためには、一体どのカードをめくってみる必要があるか」
という問題を示しています。
 第2章「論理的推論の認知モデル」では、「私たちの日常的な推論は、抽象的で一般的な形式に沿って行われるのではなく、領域固有性を持っている」と述べた上で、「私たち人間は、論理式を操作するような思考はおよそできず、視覚的なイメージをモデルとして操作しながら、さまざまな場合を吟味していくというやり方をとる」として、「裏返せば、イメージ的に考えることのできる図式表現を使うと、私たちの思考はずいぶん改善される可能性がある」と述べています。
 第3章「機能的推論」では、「ヘンペルのパラドックス」として、「すべてのカラスは黒い」という仮説をどのように検証すべきか、という問題を検討しています。
 第4章「確率・統計的な現象に対する理解と誤解」では、「コイン投げで何回か続けて表が出ると、次には裏の方が出やすくなると考えてしまう」という「賭博者の錯誤(gambler's fallacy)」について解説しています。
 そして、「検定」や「相関」、「回帰」など、統計的な理解に不可欠な概念について解説しています。
 第5章「ベイズの定理をめぐる難問・奇問」では、「条件つき確率」について、「ある情報が得られることによって、確率はその情報が得られたもとでの条件つき確率へと変化する」と述べ、
・事前確率:情報が得られる前の確率
・事後確率:得られた後の確率
について、解説しています。
 そして、「データから仮説の正しさを推論する」場合の「確からしさの程度を数学的に求める方法」として、「ベイズの定理(Bayes' theorem)」について解説しています。
 また、「私たちは、確率とはこのように振舞うはずだという信念のようなものをいくつか持っている」として、「三囚人問題」を解説し、「数学的な解答を聞いて、それが論理的に正しいことは理解できても、直感的には納得しがたいという意味で、相当の難問の部類に属する」と述べています。
 第6章「確率・統計問題での推論の仕組みと学習」では、「人間がどのようにして直感的な確率判断を行なっているのか。また、何らかの学習によって判断のバイアスを避けることができるのか」という問題を論じています。著者は、「ヒューリスティックス(heuristics)」という概念について、「常に正解に至るわけではないが、多くの場合、楽に速く正解を見つけられる『うまいやり方』をさし、『発見法』などと訳される」と述べています。そして、よく知られているものとして、「人間が確率判断を求められたときに、それを代表性(representativeness)に置きかえて判断してしまう」というものを挙げています。この他、「たまたま利用しやすいデータによって判断してしまいがち」だという「検索容易性(availability)」や、「出題者がヒントだと言っているわけではないのに、被験者のほうが勝手に与えられた値を基準にして、それを補正して答えてしまう」という「アンカリングと調整(anchoring and adjustment)」などについて解説しています。
 第7章「推論は知識に誘導される」では、「会話や文章の理解において私たちが使う知識体系」として、「スキーマ(schema)」を挙げ、「記憶というのは、聞き手のスキーマに適合するように解釈され、変容されていくものである」と述べています。
 また、「問題を説いた経験が他の問題の解決を促進する」という「転移(transfer)」に関して、「子どもたちのふだんの学習の様子を聞いてみると、問題が解けるにせよ、解けないにせよ、やりっぱなしのことが多いのが目につく」ことを指摘し、「問題解決プロセスの最後における重要な『推論』として、『なぜはじめはうまく解けなかったのかを考えて、一般的な教訓として引き出す』ということを強調している」と述べています。
 第8章「因果関係を推論する」では、「私たちが日常経験から作り上げた素朴な信念」である「素朴理論(native theory)」について解説しています。
 第9章「自己の感情と他者の圧力」では、「総意誤認効果(false consensus effect)」として、「他者の態度の分布を自分の態度に引き寄せて推測してしまうこと」を挙げ、例として、「タバコが好きな人は、タバコが嫌いな人に比べて、より多くの人間がタバコ好きだと推測しやすい」ことなどを挙げています。
 また、著者が、推論のバイアスやエラーなどを研究することについて、「心理学者は、こういう結果を出して、自分たちをバカにしているのではないか。他人が間違いをすることを示して、何が面白いのだろうか」と不快に思う人がいると述べた上で、「自分の判断のおかしさに気づいて、納得できたとき、私にとってそれは目の前が開けたような新鮮な経験となる。むしろそれは、より洗練された認識にいたる第一歩なのである」と述べています。
 本書は、人間がどのように考え、どのように世界を認識しているのかを知る手がかりを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書で「三囚人問題」として紹介されている問題は、「モンティ・ホール問題」と呼ばれる問題と同じ構造をもち、天才数学者エルデシュも引っかかった問題として知られています。


■ どんな人にオススメ?

・自分では論理的に考えているつもりの人。


■ 関連しそうな本

 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
 ジョセフ・メイザー (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『数学と論理をめぐる不思議な冒険』 2006年12月16日
 ウィリアム パウンドストーン 『囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論』 2006年09月11日
 ブルース シェクター (著), グラベルロード (翻訳) 『My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記』 2006年11月25日
 ウィリアム・パウンドストーン (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『パラドックス大全』 2007年01月13日
 スティーヴン ウェッブ (著), 松浦 俊輔 (翻訳) 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス』 2007年01月27日


■ 百夜百音

とんねるず【とんねるず】 とんねるず オリジナル盤発売: 2005

 結構芸歴も長いんですが、さすがに最近は音楽チャートに登場することはなくなりました。ちょっと世代がずれるせいか、何が面白いのか良くわかりませんが、今となっては独自のポジションを築いているようです。

『ベスト足跡』ベスト足跡

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2008年03月19日

「説得上手」の科学

■ 書籍情報

「説得上手」の科学   【「説得上手」の科学】(#1154)

  内藤 誼人
  価格: ¥1,575 (税込)
  日本経済新聞社(2005/11)

 本書は、「説得学における基本的な知識やデータを取り上げて紹介」したもので、中でも「日常場面ですぐに応用できるような実践的な技法については、現在まで明らかにされているすべての技法を紹介」います。著者は、どんな学問にもある「これだけは絶対にしておいた方がいい」という"核"の部分の知識をきちんと説得学を学びたい読者に理解してもらうことを目的としています。
 第1章「説得がうまくいくための基本条件」では、私たちの感情が、感染しあうものであり、こちらが相手に思う感情が、「そのまま相手から返ってくるもの」であるとする「ミラー・イメージ効果」について解説し、「概して、人に惚れっぽく、人の良いところを探すのが上手な人ほど、交渉に向いている」と述べています。
 そして、私たちが、「鏡を見ると、なぜか自分の意見、感情、本音などに敏感になり、イヤなことをきちんとイヤだと主張するようになる」ため、「説得されにくく」なることをあわせて解説しています。
 また、「母親が、子どもに厳しいしつけをすればするほど、子どもは親が命令したこととは、まるっきり正反対のことをするようになる」という「ブーメラン効果」を紹介しています。
 さらに、「単純に接触回数が増えるだけで、私たちは、その相手に好意を感じるもの」であると述べ、「自分が嫌われているのではないかと思われたときの最善の解決法」として、「今まで以上に頻繁に相手に会いに行く」ことを挙げています。
 この他、「あえて『主張しない』ことで、相手の行動を変化させる」という技法として、「単純に事実をフィードバックするにとどめる」という「フィードバック法」を取り上げ、部下のやる気を高めるときにも、優れた上司は口うるさく説教などせず、「ただ、相手の仕事ぶりに対して、正確なフィードバックを心がける」ものであると述べています。
 第2章「相手の心をぐっと動かす説得の『技法』」では、交渉の定番技法である、
(1)「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」(踏み込み法):小さな要求を飲ませてから、大きな要求を持ちかける。
(2)「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」(門前払い法):わざと大きな要求をして拒絶させてから、小さな要求を切り出す。
(3)「ローボール・テクニック」:いったん要求を飲ませてから、偶然を装って、不利益を追加していく。
の3つの技法を紹介した上で、この3つの中では、(3)→(2)→(1)の順、すなわち、ローボールが一番効果が大きかったという実験結果を紹介しています。
 この他、「ほんの少しでもお願いできませんか?」と「相手の善意につけこむやり方」である「イーブン・ア・ペニー・テクニック」等を紹介しています。
 第3章「すぐれた説得者に共通する『資質』」では、優れた説得者の資質として、
・笑顔を絶やさない
・信頼される瞬時の反応(クイック・レスポンス)
・相手と似ている(類似性の原理)
等を挙げ、それぞれに関する研究を紹介しています。
 第4章「人はこんなことで説得されてしまう」では、「説得が一番うまくいく時間帯」として、「お昼から夕方くらい」、つまり、「2時から4時くらいまでが、相手に何かモノを頼むのに絶好の時間帯である」と述べています。
 また、「女性が男性、女性が女性、あるいは、男性が女性にタッチングするのは、それなりに効果があった」が、「男性が男性にタッチングしても、あまり効果がない」ことなどを解説しています。
 第5章「説得をさらに水増しするための技法」では、私たちが、「相手の服装を見て、その人の注文に従うかどうかを決めている」として、「とりわけ、制服を着た人に対しては、言うことを聞いてしまう」こと、「なるべくフォーマルな印象を出した方が、説得はうまくいくこと」等を解説しています。
 また、相手の権威性、専門性を打ち破るためのカウンター法として、
(1)「あなたは、"すべての"専門家の意見を知っているのですか?」と聞くこと。
(2)絶対に答えられない質問をすること(「どうして人間は結婚するのですか?」等の抽象的な質問など)。
(3)科学的なデータが頼りにならないことを示すこと。
(4)「その研究は、他の研究者に追認されていますか?」と聞くこと。
の4つの方法を挙げ、「この4つの方法を使えば、相手が権威や専門性によってあなたを説得しようとしてきても、かなり効果的にカウンターを食らわせることができるだろう」と述べています。
 一方で、肩書きや地位が上の人に対して、「"弱さ"を武器にする戦術」として、「徹底的に弱い立場であることをアピールし、必要なら、涙を流したりもして、哀願」する「アンダードッグ効果」(川に落ちた犬)について解説しています。
 第6章「こんな話し方をすれば説得できる」では、「説得をするときには、早口を心がけるとうまくいく」として、「単位時間あたりの情報量が増える」だけでなく、「早口で話すと、語り手の信頼性が15%高まる」とという実験結果を紹介しています。また、よどみなく話す「スムーズさが、相手を信頼させる効果をもたらすらしい」こと、「早口で話したほうが、自信に満ち溢れているようなイメージを与える」ことなどを解説しています。
 また、「少し、大きすぎるかもしれない」と思えるくらいの大きな声で話をすることや、おしゃべりが得意でない人は、「冗長な表現をなるべく排除するような話し方を身につけ」、「短文ぶつ切り表現を身につける」ことでパワフルさを感じさせることができること等を解説しています。
 さらに、相手からのきわどい質問をかわす方法として、
(1)質問を無視する方法:サッチャー元首相はこのテクニックがお気に入りだった。
(2)質問者へ攻撃を加える方法:「その質問は、仮定の話にすぎない」「その質問は、誤った前提に立っている」「その質問は不正確である」「その質問は、今の状況に関係ない」など攻撃することで、その質問がくだらないもので、答える価値もないことをアピールする。
(3)相手の質問を遮る方法:「私は、まだ発言中です、質問は後にしてください」
(4)相手の質問に、こちらの質問をかぶせていく方法:「もっと明確におっしゃってください、その質問ではお答えできません」
(5)以前の自分の回答を繰り返す方法:「ですから、先ほども申し上げたように……」
等の方法を紹介し、「相手の質問には、絶対に答えなければならない、というわけでもない」と述べています。
 第7章「相手の性格タイプ別説得法」では、内気なタイプには、「かけられるだけの時間をかけるとよい」こと、権威主義的な人には「権威」を持ち出すのが有効であることなどを解説しています。
 また、心理学では「タイプA」と呼ばれている、「性格的にせっかちで、他人がゆっくりしているのを見ると、『もっと早くやれ』と急かしてくる人、のんびり構えることができず、何かに駆り立てられているように行動する人」、「部下が何かの報告をしようとすると、『結論から言え、結論を』と、急き立てる上司」は、「説得するのは非常に難しい」と述べ、「せっかちな人は、相手に対する共感性が薄く、その話をあまり受け入れないようである。彼らは、たえずイライラしていて、自分以外の人に対しては、敵意を感じている」と解説しています。
 <付録>「売れるセールスマンを心理分析する」では、売れるセールスマンの特性として、
・外交的である。
・我慢強い。
・会社の利益でなく、お客の利益を考える。
・挑戦意欲に燃えている。
・じっくりとお客の話に「耳を傾ける」。
等を挙げた上で、これらの中には、「運命論的に決定されているものではなく、経験によって積み重ねられていくもの」もあると述べています。
 本書は、読んだからといって直ちに説得の達人になれるというものではありませんが、日々の生活の中の説得の実体験やそれに基づく「持論」に裏づけを与えてくれるものです。


■ 個人的な視点から

 書店にはビジネス本コーナーに「説得上手」になるためのハウツー本が溢れてますし、そういったセミナー(結構高い!)も数多く開催されています。こういうのはどんな人が買っているのでしょうか? やはりセールスマンなど、「人を説得する」ことを商売にしている人なのではないかと想像するのですが、実は、こういうことにお金を出すように「説得されやすい」人たちなのではないかと思ってしまいます。


■ どんな人にオススメ?

・人を説得したい人。


■ 関連しそうな本

 ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』 2006年02月16日
 榊 博文 『説得と影響―交渉のための社会心理学』 2006年02月23日
 マックス H・ベイザーマン (著), マーガレット A・ニール (著), 奥村 哲史 『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』 2005年07月04日
 フランク・ベトガー (著), 土屋 健 『私はどうして販売外交に成功したか』 2006年11月17日
 印南 一路 『ビジネス交渉と意思決定―脱"あいまいさ"の戦略思考』 2005年6月28日
 鈴木 有香 (著), 八代 京子(監修) 『交渉とミディエーション―協調的問題解決のためのコミュニケーション』 2005年09月30日


■ 百夜百マンガ

あすなろ白書【あすなろ白書 】

 「あすなろ」と聞くと「明日は檜の木になろう」を思い出してしまうのですが、恋愛ドラマの定番に似つかわしくないような。そう言えばなんでこんなタイトルなんでしたっけ?

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2008年01月14日

「まずい!!」学―組織はこうしてウソをつく

■ 書籍情報

「まずい!!」学―組織はこうしてウソをつく   【「まずい!!」学―組織はこうしてウソをつく】(#1089)

  樋口 晴彦
  価格: ¥777 (税込)
  祥伝社(2007/07)

 本書は、同じ著者の『組織行動の「まずい!!」学』の続編であり、前著出版後にも目立った、「重要な情報を隠蔽したり、意図的にミスリードしたりすることで、事件をことさらに矮小化し、自らの責任を回避しようとする悪質なケース」について、「この風潮に対して警鐘を鳴らすために、そのような事例をなるべく選んで取り上げ、タイトルにも『組織はこうしてウソをつく』という挑発的な文言を用いることにした」と述べています。
 第1章「リスクから目を背ける人々」では、パロマ湯沸器事故を取り上げ、パロマ社の対策の特徴として、
(1)修理業者向けの措置が多いこと
(2)LPガス事業者への対策は実施されているのに、都市ガス事業者に対する取組みが見当たらないこと
(3)事故が発覚するたびに泥縄式に対応した上に、それほど出費を必要としない要請活動が中心だったこと
の3点を挙げています。
 また、パロマ社の記者会見が、「頑なに自社の責任を否定」するなど、「拙劣」であった理由として、同社の「国際性」を挙げ、「売り上げの約8割が米国など海外で達成されている」ため、「訴訟社会の米国で商売を行なっていくためには、自社の誤りを簡単に認めてはならない」と、今回のケースも「米国流の発想で対応してしまった」ことと、連結売上高2400億円、社員数約1万人という大企業にもかかわらず、典型的な同族会社であるという「閉鎖性」を指摘しています。
 そして、パロマや不二家など、「高度成長期に勃興した同族会社において、危機管理の失敗が相次いでいる」ことについて、「その多くが三代目経営者の元で発生している」という「三代目の危機」の発生メカニズムを解説しています。
 さらに「発掘!あるある大辞典II」の番組捏造事件について、法律上の制作者である関西テレビが、東京所在の日本テレワークに対して「全面的に依存せざるを得なく」なっており、「完全パッケージ方式」をとり、「どの制作会社に再委託するか、予算をどのように配分するかといった番組管理の基本的な部分まで、日本テレワーク側が握ることになった」と述べています。
 そして、「あるあるII」の製作現場が、
・貴族階級:電波行政によって手厚く既得権益を保護されたテレビ局
・ブルジョワ階級:テレビ局と密接な関係を保持しつつ実務をコントロールする元請け制作会社
・貧民階級:厳しく搾取される孫受け制作会社
という三層ピラミッド型の「一種の階層社会を形成」していたと指摘しています。
 第2章「虚構の輪舞曲」では、著者が、「あれほどの数の失敗事例をどうやって研究したのですか」と質問されることについて、「各種記事や書籍、調査報告書など、公開されている情報をひたすら集めて分析した」と述べています。
 また、太平洋戦争末期の沖縄戦において、住民の集団自決事件が日本軍の「集団自決命令」によって行なわれたと広く紹介されていることについて、「この『集団自決命令』なるものは存在しなかった」と述べ、昭和27年の戦傷病者戦没者遺族等援護法が一般住民を対象外としており、「一般住民であっても群命令で行動していた者については、『戦闘参加者』として軍属に準ずる扱い」としていたため、関係者が、「困窮した住民たちを救うための方便として、『集団自決命令』など存在しないことを知りながら、それを利用した」と解説し、その裏づけとして、琉球政府で援護業務に従事していた関係者の証言を紹介し、沖縄県の資料編集所も、「昭和61年の時点で『集団自決命令』が虚構であったことを認めるに至った」と述べています。
 第3章「ジョーカーはそこにある」では、平成18年に社会保険庁で国民年金保険料に関する大規模な不祥事が発覚したことについて、「あんな役所はさっさと潰して、民間化したほうがいいですよ」と話しかけられることが多いことについて、「今回の不祥事が起きたのは、社会保険庁の『民間化』が進んだせいですよ」と答えていると述べ、「遅れず、休まず、働かず」が代名詞であるはずの公務員が違法行為を犯してまで実績向上に血道を上げた理由として、「社会保険庁に成果主義を導入したこと」が関係していると述べ、新しい人事評価制度の下で、「最も重視されていた指標が、国民年金保険料の納付率だった」と解説しています。
 また、「外国人留学生は犯罪にはしりやすい」というイメージが流布していることについて、「外国人留学生よりも、もっと恐ろしい連中が街灯を闊歩している」として、千人当たりの検挙人員で、留学生の倍にあたる16.85人に達し、「罪種別に見ても、少年は、ほとんどのカテゴリーで留学生と同レベル、あるいは大きく上回っている」と述べ、「数字だけを見れば、少年のほうが外国人留学生よりもよほど質が悪い。これを逆に言えば、一般にイメージされているほど、留学生の犯罪がひどいわけではない」と解説しています。
 さらに、不法滞在の留学生が急増した理由として、「留学生受入れ10万人計画」の政府目標をクリアするために、入国管理局が在留資格を簡単に与えてしまい、大学の側も、「経営困難に陥った一部の地方大学が、欠員を穴埋めする目的で留学生を大量に受け入れた」として、酒田短期大学のケースを紹介しています。
 第4章「リスクと共生するために」では、みずほ銀行のシステム障害のケースを取り上げ、首脳陣にはCIO(Chief Information Officer)の必要性すら認識されておらず、マスコミの指摘で急遽任命した役員にはシステム開発の経験もなく、開業直前の時点で一部のプログラムの完成度が低いことが明白であり、この時点では、システム切り替えを延期するという「最後の手段」が残されていたにもかかわらず、第一勧業銀行出身のCIOが「最後の追い込みで何とかなるという希望的観測にすがり、そのままゴーサインを出してしまった」ため、1ヶ月以上もシステム障害の影響が続き、金銭換算だけでも18億円、それ以上に「信用」というグループ全体の財産を失ったと述べています。
 そして、システム開発において、失敗する担当者の典型例として、
(1)値切り屋型:開発費をとにかく安くしろと圧力をかける。
(2)お任せ型:上流工程での打ち合わせの際に、ITのことは分からないからと相手の言いなりになる。
(3)殿様型:開発業者に高圧的な態度を取る。
(4)優柔不断型:方針を明確に決めることができない
の4つのタイプを挙げています。
 また、バブル期以降、「若い人にやかましく指導する人が少なくなった」と述べ、このような「やかまし屋」を、「十分な技能や経験を蓄積したベテランであり、その職人気質な性格から不適切な仕事ぶりを看過することができず、自分の部下は勿論のこと、同僚、さらに上司に対しても、その問題点を厳しく指摘し、解決策を教示せずにはいられない人物」と定義し、トヨタ方式の本質を、「単に現場の問題点を解決するだけでなく、その過程を通じて問題点の発見を常に念頭に置く人材を育てることにある」として、「まさに、組織全体が『やかまし屋』となった」と述べています。
 本書は、多かれ少なかれ、誰しも思い当たる組織の失敗について、豊富な事例を元に解説してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、三代目危機説として、「売家と唐様で書く三代目」を地で行っているような企業の例が紹介されていますが、単なる同族経営の問題だけではなく、その企業の主力製品なりビジネスの寿命という面も大きいのではないかと思いました。それを克服できないところに三代目の問題があるといえばそれまでですが。


■ どんな人にオススメ?

・組織が腐る実例を目にしたい人。


■ 関連しそうな本

 樋口 晴彦 『組織行動の「まずい!!」学―どうして失敗が繰り返されるのか』 2008年01月13日
 畑村 洋太郎 『失敗学のすすめ』
 中尾 政之 『失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する』
 畑村 洋太郎 『組織を強くする技術の伝え方』
 畑村 洋太郎 『失敗を生かす仕事術』
 岡本 浩一, 今野 裕之 『組織健全化のための社会心理学―違反・事故・不祥事を防ぐ社会技術』 2007年01月24日


■ 百夜百音

ジンギスカン【ジンギスカン】 ジンギスカン オリジナル盤発売: 1979

 モスクワオリンピックといえば、当時の子どもたちにとっては「こぐまのミーシャ」の印象が残っていますが、そういえば日本は参加しなかったんですよね。

『もすかう』もすかう

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2008年01月13日

組織行動の「まずい!!」学―どうして失敗が繰り返されるのか

■ 書籍情報

組織行動の「まずい!!」学―どうして失敗が繰り返されるのか   【組織行動の「まずい!!」学―どうして失敗が繰り返されるのか】(#1088)

  樋口 晴彦
  価格: ¥777 (税込)
  祥伝社(2006/06)

 本書は、近年着実に普及しつつある「失敗学」の中で、「文科系の世界」、特に「マネジメントの分野に着目して、組織行動に関係する様々な失敗事例に分析を加え、リスク管理上の教訓事項を抽出したもの」です。
 第1章「人はなぜ、ミスを犯すのか」では、チェルノブイリ原発事故の例を挙げ、「もともと実験計画そのものが安全規則に違反していた上に、危険な捜査をするようにオペレータを追い込んだ周囲の状況が、この自己の重要な背景要因となっている」として、まさしく「職場環境によって引き起こされたヒューマン・エラー」であると述べています。
 そして、三菱重工の豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」火災事故について、「新市場開拓のために重ねた無理が現場レベルに蓄積され、最終的に爆発した」物であると述べ、「『組織の三菱』といわれる三菱グループの代表的企業でさえも、現場管理に失敗してしまったことを、他山の石として重く受け止めるべきだ」と述べています。
 また、西郷隆盛が、「茫洋」「至誠」というイメージで語られているが、実際には算術に明るく、幕末には幕府側を挑発するためのテロ行為をやらせていることを指摘し、「西郷を論じる方々のほとんどは、日本人が一般的に好んでいるリーダー像に西郷を無理やり当て嵌めようとしているだけだ」と述べています。
 第2章「危機意識の不在」では、「災害は忘れた頃にやってくる」という寺田寅彦の警句が、「災害」以外にも「自己」や「失敗」にも置き換えが可能であると述べ、「リスク・マネジャーにとっては、危機感を着実に麻痺させていく『忘却』と戦うことが、最初の、そして永遠の課題である」と述べています。」
 そして、平成11年のJOC臨界事故の例を挙げ、事故の起きた作業が、
(1)質量制限の劣化
(2)安全審査を受けていない製造工程の出現
(3)形状制限の劣化
(4)形状制限のさらなる劣化
(5)質量制限の崩壊
(6)形状制限の崩壊
の6回にわたる違法な工程変更によって、本来の作業手順から大きく逸脱したものであるが、「注目すべき点は、第2を除く他の工程変更は、すべて『作業の効率化』のために行なわれた業務改善活動であったこと」を指摘し、「安全の軽視は『原因』ではなく、あくまで業務改善を追及した『結果』にすぎない」と述べています。
 著者は、この他、関西電力美浜原発事故などの例を挙げ、「アウトソーシングしたからといって、そのリスクまで一緒に外注先に押し付けることはできない」という「当然の事実」が認識されているかどうかが問題であると述べています。
 第3章「行き過ぎた効率化」では、日本では、「縁の下の力持ち」的な業務が軽視されがちであることを、旧日本陸軍で「輜重輸卒(しちょうゆそつ)が兵隊ならば、蝶々蜻蛉(とんぼ)も鳥のうち」と補給部隊を嘲っていた例を挙げて解説し、「現代の日本企業において、非常に重要な職務であるにもかかわらず、この『輜重輸卒』なみに扱われているのが安全管理部門である」と述べています。
 また、日本企業の成果主義の導入について、「成果主義の導入が性急に進められた結果、組織内で深刻な適合不全が発生しているケースがあまりにも多い」として、「目標押し付け症」や「目標下方設定症」等の症状を紹介し、これに関連したエピソードとして、次々と世界記録を更新していた某国の英雄的重量挙げ選手が、「実力をわざと小出しにして、世界記録を少しずつ更新することにより、様々な表彰や恩典を長期にわたって獲得していた」というエピソードを紹介しています。
 さらに、平成6年4月の中華航空機墜落事故の例を挙げて、「自動化をどんどん進めていった場合でも、人間と機械との接点は必ず残る。このインターフェイスの部分が、システムという鎖の中で一番脆弱なリングになるのだ」と述べています。
 第4章「緊急時への備え」では、シミュレーションについて、「緊急事態への対応能力を向上させ、危機管理マニュアルの細部を検討する絶好の機会である」ので、「具体性を欠いたシミュレーションなどは、関係者の単なる自己満足にすぎない」と述べています。そして、セレモニーに堕してしまいがちな形式的なシミュレーション観を改め、「シミュレーションの中での失敗、すれ違い、誤謬などなどのトラブルは、危機管理体制を充実するための契機であり、教訓」であり、「失敗が起きないシミュレーションは悪いシミュレーション」と考えるべきだと述べています。
 また、戦前の日本陸軍や海軍の情報の扱いの失敗の例を挙げ、「情報の不足はあくまでも『結果』に過ぎず、その『原因』のうちの相当な部分は、情報を求める側に在る」と述べています。
 第5章「リスク管理の要諦」では、コンコルド計画が、開発の中途段階の試算で、「今すぐ開発を中止して違約金を支払う方が、このまま開発を続けた場合よりも損失額が軽微で済むという結論が出た」にもかかわらずストップがかけられなかった理由として、「もったいない」の心理が根底に見え隠れすると述べ、この問題こそ、「すでに費消されてしまって今さら回収する方途がない資金」である「サンク・コスト」の問題であると指摘し、「元々人間には、自分の行なったことに『意味』を付与したがるという特性がある」と述べています。
 また、60年前の開発以来、いまだに100カ国以上の軍隊や警察で使用され、累計製造数は約1億挺と推定されるAK47突撃銃(カラシニコフ銃)が重宝される理由として、「構造が単純である上に、銃のいたるところに余分な隙間があること」、つまり、「シンプルでアバウトな造りだからこそ、信頼性が高い」と述べ、組織やシステムについても、「組織が大きくなればなるほど、そしてシステムが複雑になればなるほど、瑣末な障害が全体に対して重大な悪影響を及ぼす可能性が高くなる」と述べています。
 さらに、「組織内で共有されている価値観・信念・慣習など、構成員の行動に影響を与える様々な様相を総括」した「組織文化」について、「オフィシャル名規則やマニュアルと同様に、あるいはそれ以上に、組織の構成員の活動を事実上規律する働きがある」と述べ、一方で、「自然発生的な組織文化はどうしてもルーズなものになりがち」であり、「そのような組織文化は、本来の組織目的と無縁であるだけでなく、組織さらには社会のルールにも背反し、むしろ組織にとって有害となる可能性もある」として、雪印事件や東京女子医大病院手術ミス隠蔽事件等の例を解説しています。
 本書は、ベストセラーになっただけに、読みやすく、うなずける内容が詰まった一冊です。


■ 個人的な視点から

 「失敗学」も面白いですが、技術的な失敗の話よりも、本書のような組織の失敗の話のほうが自分の身にぐっと来ます。


■ どんな人にオススメ?

・組織の中で「まずい!」と思った経験のある人。


■ 関連しそうな本

 樋口 晴彦 『「まずい!!」学―組織はこうしてウソをつく』
 堀井 秀之 『安全安心のための社会技術』 2007年07月29日
 岡本 浩一, 今野 裕之 『組織健全化のための社会心理学―違反・事故・不祥事を防ぐ社会技術』 2007年01月24日
 ジェームズ R・チャイルズ (著), 高橋 健次 (翻訳) 『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』
 畑村 洋太郎 『失敗学のすすめ』
 畑村 洋太郎 『失敗学実践講義 だから失敗は繰り返される』


■ 百夜百音

ポテン・ヒッツ~シングル・コレクション【ポテン・ヒッツ~シングル・コレクション】 スチャダラパー オリジナル盤発売: 1994

 「ゲームボーイ」というのも商品名でしたが、この当時は、まだスチャダラのメンバーも「ボーイズ」を名乗ってしまうことが社会的に許されていたのでしょうか。

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2007年12月24日

自白の心理学

■ 書籍情報

自白の心理学   【自白の心理学】(#1068)

  浜田 寿美男
  価格: ¥735 (税込)
  岩波書店(2001/03)

 本書は、「世の中の仕組みの中に根ざした一種の構造的な不幸」と言える冤罪について、「たいていの人は、それをほとんど自分には無縁のことだと思っている」が、「犯罪の被害者になることは自分の意思で避けることができない」のと同じように、「決意だけでそれを逃れることはできない」ものであることを解説し、「冤罪の実態をさぐることで、私たちが生きているこの社会のありよう」を浮かび上がらせているものです。
 序「自白と冤罪」では、冤罪にも「逮捕以前の集中的操作、誤認逮捕、誤起訴、そして誤判と、さまざまなレベルのもの」があり、「それらをすべて含めれば、年間数百例では収まらないかもしれない」と述べています。
 そして、「うその自白は自分の利益にならないどころか、逆に自分を悲惨な状況に追い込む」にもかかわらず、「人はそのうそに陥ってしまう」のであり、「このうその自白の謎を解き明かすことが、本書の課題である」と述べています。
 著者は、本書で取り上げるべき問題として、
(1)うそとは何かという問題
(2)有罪判決を受ければ刑罰を受けることが分かっていながらやってもいない犯罪をやったと言うのはなぜか。
(3)やってもいない人間がどうして反抗の筋書きをそれらしく語ることができるのか。
(4)一見はもっともらしく語られる嘘の自白をどのようにして偽物と見抜くことができるのか。
の4点を挙げています。
 第1章「なぜ不利なうそをつくのか」では、「無実の人がうその自白に落ち、さらにうその犯行ストーリーを語るというのは、心理的に極めて異常な事態であるように思われている」が、「班員として決め付けられ、取調べの場で追い詰められ、決着をつけることを求められたとき、誰もが陥りうる、ある意味で自然な心理過程であることを知っておかねばならない」と述べ、異常があるとすれば、「当の被疑者を囲む状況の側の異常なのである」と指摘しています。
 そして、うそについて、私たちが、「うそは自分勝手な思いで、自分自身の利益のために、自分の側から積極的に他者をだますものだ」という「固定的な観念に囚われている」として、「うその個体モデル」と名づけています。しかし、うそは、「関係の場の中で生まれる」ものであり、有名なアッシュの同調実験に見られるように、「関係の側に主導権を握られた受動のうそ」もあるとする「うその関係モデル」を示しています。
 著者は、うその自白が、「うそがほんとうだと思われたときには、むしろそれを促され、支えられることもある」という種類のうその典型であると述べ、それを、「通常のうそと同列に並べて、<だまる―あばく>という枠組みの中で理解しようとしたのでは、その実相を捉えることはできない」と指摘しています。
 一方、「わが国の刑事取調べにおいて推定無罪は名ばかりで、取調官は被疑者を犯人として断固たる態度で調べるというのが常態になっている」として、警察官向けテキストには、「頑強に否認する被疑者に対し、『もしかすると白ではないか』との疑念を持って取調べてはならない」と明記されていることを紹介しています。
 第2章「うそに落ちていく真理」では、うその自白への転落過程として、
(1)自分の側から名乗り出る身代わり自白
(2)事件の周辺にいた人が疑われ、事件前後のことを問い詰められて、うまく思い出せないまま、自分の記憶に自信を失って、自分がやったのかもしれないと思うようになる自白。
(3)取調べの強圧に晒されて、自分がやっていないという記憶そのものまで揺らぐことはないが、この辛さに耐え切れず、相手の言うままに認めてしまう迎合型の自白。
の3点を挙げています。
 そして、被疑者が、「孤立無援の不安に晒され、生活すべてをコントロールされ、罵倒の屈辱を味わい、罪責感を刺激され、さらに弁明しても通じない無力感にさいなまれる」上、時間的な展望が見えず、「取調官からむしろ自白したほうが有利ではないかと思わされていく」ことを解説し、さらに、「しばしば陥る錯覚」として、「自白することの不利益(へたをすれば死刑)と否認をつづけることの不利益(取調べにさらされ続ける苦痛)をはかりにかけるというイメージ)の錯覚を指摘しています。
 また、「予想される刑罰」についての現実感の問題として、真犯人は、自分の中に犯行体験の記憶がしっかりと刻まれ、「自白をすれば、あのときのあの自分の犯行の結果が刑罰として自分にかかってくるのだということを、文字通り実感を持って感じることになる」が、無実の人の場合は、「追求されるままに罪を認めてしまった」としても、「そのことが実際の刑罰につながるとの現実感はもてない」と解説しています。
 第3章「犯行ストーリーを展開していく心理」では、1954年の仁保事件を取り上げ、そのような古い事件を取り上げる理由として、「この事件には被疑者を取調べたときの録音テープが大量に残されていて、そこから取調べの様子を直接に知ることができること」を挙げ、「否認段階の取調べ、あるいは否認から自白へと展開する家庭の取調べがテープに収められていれば、その自白過程を解明して、果たしてそれがうその自白に陥る過程であったのか、それとも真の自白を獲得する過程であったかを検証できるし、ひいてはうその自白を防止する手立てを考える手がかりにもなる」と述べています。
 また、取調べの中で、被疑者が語った「犯人になったろ」という言葉について、「これほど無実の被疑者の心境を率直に語ったことばは、おそらくほかにない」と述べ、「『犯人になる』という心理は、一見、常軌を逸しているように見える。しかし無実の人がうそで自白するとき、ほとんどがそうした心理状態に陥るものだと知っておく必要がある」と解説しています。
 第4章「自白調書を読み解く」では、1966年の袴田事件を取り上げ、「お金を取った状況を詳しく語らなければならなくなった袴田さんが、まさに『犯人になって』考えた結果」、犯行の実際を知らない袴田さんが、「その『無知』を暴露してしまった」ことについて、後に「まちがった供述」として訂正されたが、「9月7日その日の自白調書にはっきり録取された『無知』の証拠そのものは、もはや消し去ることはできない」と述べています。そして、「この種の『無知の暴露』はここだけにはとどまらない」と述べ、「語らなければならない供述要素について、おおよそ客観的な状況を勘案した犯行筋書を語りはしたが、そのあちこちのディテールで無知をさらけ出してしまっている」ことを指摘しています。
 著者は、「うそ分析、無知の暴露分析、誘導分析という3つの観点から供述分析を行った結果として、袴田さんの自白を真犯人のものと見ることには、心理学的に明らかに無理があるし、他方その自白変遷は、無実の被疑者に十分可能な範囲におさまっていることが判明した」と述べ、袴田さんの45通の自白調書が、「無実の人が『犯人になり』、取調官とのやりとりを通して、どうにかこうにか語り上げたうその自白であることを強く示唆している」と述べています。
 「おわりに」では、犯罪の証明に必要な「証拠」と呼ばれるものが、「どれほど人のことばによって歪められてしまうものか」を、「冤罪事件に多少とも付き合ってみれば、誰もが痛感させられることの一つである」と述べ、「日本の刑事捜査、刑事手続きの中にはブラックボックスがあまりに多い」ことを指摘しています。
 本書は、誰もが陥る可能性のある「冤罪」について、最低限の知識を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 冤罪事件について、報道で知ることができるのは、裁判の結果がほとんどで、とどのつまり、どう白黒がついたか、というところだけですが、冤罪を生み出すその仕組みを理解することで報道から得られる断片的な情報を読み解く力がつくのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・冤罪の仕組みを心理学の見地から理解したい人。


■ 関連しそうな本

 浜田 寿美男 『自白の研究―取調べる者と取調べられる者の心的構図』
 浜田 寿美男 『取調室の心理学』
 浜田 寿美男 『「うそ」を見抜く心理学―「供述の世界」から』
 小田中 聰樹 『冤罪はこうして作られる』
 秋山 賢三 『裁判官はなぜ誤るのか』


■ 百夜百音

高田みづえ シングル・ベスト30【高田みづえ シングル・ベスト30】 高田みづえ オリジナル盤発売: 2003

 現在は、相撲部屋のおかみさんということで、テレビで見かけませんが、昨今の相撲界をめぐるスキャンダルで、「おかみさん」の印象が悪くなっていることが気の毒です。

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2007年10月20日

エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために

■ 書籍情報

エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために   【エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために】(#1003)

  ドナルド・A. ノーマン (著), 岡本 明, 伊賀 聡一郎, 安村 通晃, 上野 晶子 (翻訳)
  価格: ¥3045 (税込)
  新曜社(2004/10)

 本書は、「人間の認知と情動を科学的に理解することが製品のデザインにどのような影響を与えるか」という著者の研究成果について描かれた紋です。
 プロローグ「三つの紅茶ポット」では、著者のお気に入りの紅茶ポットの紹介をした上で、
(1)本能レベル:見かけに関わっている。
(2)行動レベル:使うときの喜びと効率に関係がある。
(3)内省レベル:製品を合理的なもの、治背的なものにすることに関わる。
の3つのレベルの異なるデザイン上の側面について述べています。
 そして、認知科学者が、「情動が人生から切り離せないものであり、人がどう感じるか、どう行動するか、どう考えるかに影響を与えるということを理解している」と述べ、「実際、情動は人を賢くする」として、「情動が働く方法のひとつは、特定の脳の中心を浸していて知覚、意思決定、行動を制御する神経伝達物質を通してである。これら神経伝達物質が思考のパラメータを変化させるのである」として、「驚くべきことに、今や、美的に魅力的なものだと仕事がうまくできる、という証拠が得られている」と述べています。
 著者は、「認知は人を取り囲む世界を解釈し、理解する。一方、情動はそれについての迅速な判断ができるようにする」と述べています。
 第1章「魅力的なものの方がうまくゆく」では、人間の脳の複雑な特性が、「脳機能の3つの異なるレベルに起因する」として、
(1)本能レベル:自動的で生来的な層
(2)行動レベル:日常の行動を制御する脳の機能を含む部分
(3)内省レベル:脳の熟慮する部分
の3つのレベルを示し、「三つのレベルは、最も原始的な単細胞生物から始まって次第に複雑な動物へ、脊椎動物、哺乳類、最後に類人猿と人類へとゆっくり進化したという、脳の生物学的起源を部分的には反映している」と述べています。
 また、本能レベルが、「脳の中で最も単純で最も原始的な部分であるが、非常に広範囲の状況に対して敏感である」と述べ、「本能レベルは推論できない」ことなどを解説しています。
 第2章「情動とデザインの多面性」では、「それぞれのレベルに対するデザインは大きく異なっている」として、
(1)本能レベル:製品が最初に与える効果、概観、手触り、雰囲気に関わる。
(2)行動レベル:製品の使用、経験に関わり、機能面、性能面、使い勝手の面がある。
(3)内省レベル:意識と、最高次レベルの感情、情動、認知が存在し、解釈、理解、推論がもたらされる。
の3つのレベルについて解説しています。
 著者は、「魅力的なモノはよりうまく働く。その魅力が心のプロセスをより創造的にし、ちょっとした困難により耐えるようにして、ポジティブな情動を生み出す。三つのレベルの処理は対応する三つの形のデザインにつながる。本能的、行動的、内省的デザインである。それぞれが人の行動に重要な役割を果たし、デザイン、販売、および製品の使い勝手に均しく重要である」と述べています。
 第3章「デザインの三レベル――本能、行動、内省」では、「本能、行動、内省というデザインにおける3つのレベルのそれぞれが、経験を形作るときに役割を果たしている」として
(1)本能的デザイン:我々は環境から強力な情動信号を受け取るように高度に調整されており、それは本能レベルで、無意識のうちに自動的に判断される。
(2)行動的デザイン:第一に使用の面にかかっていて、外観はあまり関係ない。理屈も問題ではない。性能が問題である。
(3)内省的デザイン:カバーする領域は広く、メッセージ、文化、製品の意味やその使われ方までも関係してくる。
のそれぞれについて解説しています。
 そして、「魅了されるのは、本能レベルの現象である」のに対し、「美は内省レベルからくる」と述べ、「「美は、見かけの内側を見る。美は意識的な内省と経験からもたらされる。それは知識、学習したこと、文化に影響される。見かけは人と惹きつけないものでも喜びを与えうる」と語っています。
 第4章「娯楽とゲーム」では、「テクノロジーは、単に仕事の効率を改善するだけではなく、それ以上のものを我々の生活にもたらすべきだ。豊かさを喜びをもたらすべきだ」と述べ、その方法として、「アーティストの手腕を信頼すること」を挙げ、日本の幕の内弁当やグーグルの例を紹介しています。
 そして、本書の表紙にもなっているフィリップ・スタルクの「ジューシー・サリフ」について、「イカ料理を食べていて、レモンをその上にしぼったとき、彼はひらめいた」ことを紹介し、このジューサーが「実に奇妙だが、愉快でもある」理由として、
・注意を向けさせることによる誘惑
・驚くような新しさを感じさせる
・自明なニーズや期待を超えている
・本能的な反応をもたらす
・個人的なゴールの価値やつながりを共有する
・それらのゴールを満たすという約束
・何気なく見た人に対してジュースを絞る経験について何か深いものを発見させる
・これらの約束を果たす
などを挙げ、この他に重要な要素として、「説明するという内省的な喜び」を挙げています。著者が持っているジューサーは金メッキされた「特別記念版」であり、「これはジュースを絞るためのものではありません。会話を始めるためのものなんです」と言われていると述べています。
 第5章「人、場所、もの」では、「現代のコミュニケーションの本当の問題は、人間の注意力の制限からくる」として、車を運転している最中に携帯電話で話をすることについて、「意識的な注意を危険なやり方で分散していることになるので、計画し予想する能力は減少する」として、「本能レベル、行動レベルは依然としてうまく機能し続けているが、計画と予想の本拠地である内省レベルはそうはいかない。したがって、運転は依然可能ではあるが、それは基本的に機械的で、潜在意識下の本能レベルと行動レベルのメカニズムによる」と述べ、「携帯電話をかけながらでも普通に運転しているように見えることから、いつもより運転が経ただとか、予期しない状況にうまく対処もできないとかの事実が分からなくなってくる。したがって、運転は危険なものになる」と解説しています。同様に、「車の運転をしているとき、同乗者とする会話も、同じ湯尾にある程度注意の散漫が起こる」が、「同乗者との会話は遠く離れた人に比べてそれほどは危険でないことが証明されると思う。同乗者に対して作り出すメンタルスペースには、自動車とその周囲が含まれている。これに対して携帯電話のメンタルスペースは、車から我々を遠ざける」と解説しています。
 第6章「情動をもつ機械」では、「私は家庭は多数の専用ロボットをもつようになると考えている」と述べ、」これらのロボットが発達するにつれ、ロボットの仕事を簡単にするために家の中をデザインするようになり、ロボットと家は一緒にうまく働けるように働けるように共進化していくだろう」と語っています。
 また、「機械の情動も人間の情動と同じくらい自然で普通のものに見える必要がある」理由として、「我々が機械ともっとよくインタラクションできるようにするためには、確かに機械も情動をもち、そしてそれを表すべき」であると主張しています。
 第7章「ロボットの未来」では、「今あるロボットのうち最も協力で最も高機能なものでも、アシモフの段階には遠く及ばない」が、「ロボットと人間のインタラクションの仕方を考える上で、この原則は素晴らしいツールである」として、「アシモフのロボット工学4原則」を紹介しています。
 エピローグ「誰もが皆デザイナー」では、「我々は皆デザイナーだ。自らのニーズに役立つように環境を操作する。どんなものをもつか、どれを身のまわりに置くかを選択する。組み立てたり、購入したり、配置したり、改造したりする。これらはどれもデザインのひとつの形式だ」と語っています。
 本書は、モノに囲まれて生きる我々にとって、不可欠な「デザイン」をより深く理解する上で有用な一冊です。


■ 個人的な視点から

 アレッシの製品はどれもクスリとさせるものです。イタリアに行ったときに有名なワインオープナーを買って来ようかと悩みましたが、結局買わず、今家にあるのは樹脂製のボトルキャップです。食事や酒などのテーブルの上や厨房にあるデザインにはアレッシのデザインは嬉しい感じがします。


■ どんな人にオススメ?

・デザインは一部の人のものだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 ドナルド・A. ノーマン (著), 野島 久雄 (翻訳) 『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』
 ドナルド・A. ノーマン, 安村 通晃, 岡本 明, 伊賀 聡一郎 (著) 『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、"情報アプライアンス"へ』
 D.A. ノーマン (著), 佐伯 胖, 八木 大彦, 嶋田 敦夫, 岡本 明, 藤田 克彦 (翻訳) 『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』
 後藤 武, 佐々木 正, 深澤 直人 『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』
 Jenifer Tidwell (著), ソシオメディア株式会社 (監修), 浅野 紀予 (翻訳) 『デザイニング・インターフェース ―パターンによる実践的インタラクションデザイン』


■ 百夜百音

魔女の宅急便【魔女の宅急便】 サントラ音楽集 オリジナル盤発売: 2004

 とくに90年代は過剰なダブリングによって人工的な声を強調していたユーミンだけに初音ミクには合ってるんじゃないかと思いますが、心配なのは死後に「荒井由実」がソフトで商品化されてしまうのではないかということです。

『Yumi Arai 1972-1976』Yumi Arai 1972-1976

投稿者 tozaki : 21:00 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月22日

会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元

■ 書籍情報

会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元   【会議の技法―チームワークがひらく発想の新次元】(#975)

  吉田 新一郎
  価格: ¥777 (税込)
  中央公論社(2000/02)

 本書は、「どうしたら満足感や充実感が味わえ、かつ効率的・効果的・創造的な会議を運営できるのか」という点について、「参考になる具体的なノウハウ」を提供することを目的としたものです。
 序章「『会議社会』のなかで」では、私たちが、「出席しないといけない会議の数の多さ」と、「会議に費やす時間も増えている」という2つの意味で、「私たちは『会議社会』にどっぷり浸かっている」にもかかわらず、「出席してその中味に満足したり、後味がよい会議はきわめて少ない」問題を指摘しています。
 そして、「一人ないし数人の人に独占される会議から、みんなでいっしょにつくり出す会議への移行」が求められていると指摘し、会議の成否を左右するものとして、
(1)コミュニケーション能力、信頼関係に基づいた人間関係を作れる能力、そして好奇心やセルフ・エスティーム(自己肯定)や情報収集能力などを含めた会議に参加する出席者の資質
(2)リーダー的立場にいる人を含めた各出席者の役割の明確化
(3)さまざまな会議の運営方法を知っており、それらをどれだけ体験し、練習しているか
の3点を挙げています。
 第1章「会議を準備する」では、効率的・効果的な会議出席者数が、8~15人くらいと言われているが、「ほとんどの会議は人数のことなどあまり考慮せずに行われているのが現実」だと指摘しています。
 第2章「会議をはじめる」では、「会議を時間通りにはじめることは大原則であり、鉄則である」にもかかわらず、既に、「会議は、時間通りに始まらないもの」ということが原則になってしまっていることを指摘しています。
 また、出席者がお互いをよく知らない場合に、会議の導入として効果的な事例として、
・名刺づくり
・自己紹介→他己紹介
・私はなぜここにいるのか?
・いい出来事の紹介
・名前覚えゲーム
・仲間探し
等の事例を紹介し、「時間的には10~15分くらいかかるが、それで本音が言いやすい雰囲気が出来上がれば極めて有効な投資である」と述べています。
 第3章「会議を運営する」では、「会議をより生産的に、創造的に、しかも効率的に運営するために不可欠」な点として、
・テーマ(議題)をひとつずつ明確にし、出席者がそれを共有できていること。
・個々のテーマを扱う方法についても明確で、出席者の合意があること。
・最低一人は、会議を円滑に運営するための進行役がいること。
・会議の席での個人攻撃を回避するために、出席者を守る役割を担う人がいること。
・他にも、この章で紹介するさまざまな役割を出席者に割り振ることによって、会議へのコミットメントを高めること。
の5点を挙げています。
 また、ファシリテーターである進行役にとって、最も重要な役割として、「会議を時間通りにはじめ、また終わることは、進行役のその後の印象に影響を及ぼすだけでなく、会議そのものの善し悪しも決めてしまう重要な要素である」と述べています。
 さらに、生産性、創造性、効率性の高い会議を運営するのに欠かせない2番目の役割として、「記録係」を挙げ、単なる「書記」ではなく、「模造紙ぐらいの紙(その半分の大きさでも可)に記録をとることによって全員に見えるようにする」方法で記録をとることで、「記録係以外はメモをとることから解放されて、話し合いに集中できる」と述べています。
 第4章「会議で発表する」では、会議の場における発表の問題として、
(1)言いたいことが伝わらないということ
(2)言いたいことを伝えるのに時間がかかりすぎること
の2点を挙げています。
 そして、発表の際に犯しがちな過ちとして、
(1)時間を守らないこと
(2)過剰な情報提供
(3)専門用語や横文字の使いすぎ
(4)準備不足
(5)視覚的な資料の不足、視覚的であっても効果的でない資料
(6)単調なペースの話し方
(7)聞いている人たちと視線を合わさない死生
(8)関心やこだわりが伝わらない発表内容
の8点を挙げています。
 第5章「情報<アイディア>を共有する」では、「問題解決のための6つのステップ」として、
(1)問題を設定する(目標を設定する)
(2)問題を分析する(可能性を分析する)
(3)解決策を考え出す(実現方法を考え出す)
(4)解決策を選び出す(実現方法を選び出す)
(5)計画する→実行する
(6)評価する
の6段階を挙げています。
 また、問題分析の手法として、
・ブレーン・ストーミング
・Tの字分析
・力の分析
等の手法を、さらに解決策を考え出す手法として、「ブレーン・ライティング」などの手法を紹介しています。
 本書は、会議を運営、または会議に参加する人にとって目安となりうる一冊です。


■ 個人的な視点から

 会議がつまらないのは、会議を主催する側が、自分の原案を出席者に呑ませ、「皆で議論して決めた」というアリバイを作るために開いているから、というのが一番の理由ではないかと思います。
 そういう会議には出ない、という強硬手段に出る方法もありまして、特に、まちづくり系など、組織の壁を超えた会議では、主催者がすべて仕切るような会議は櫛の歯が抜けるように出席者が減っていきます。


■ どんな人にオススメ?

・会議はつまらないものと思っている人。


■ 関連しそうな本

 堀 公俊, 加藤 彰 『ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法』 2007年09月07日
 堀 公俊 『問題解決ファシリテーター―「ファシリテーション能力」養成講座』 2006年05月15日
 堀 公俊 『ファシリテーション入門』 2006年04月24日
 中野 民夫 『ファシリテーション革命』 2006年04月28日
 古川 久敬 『チームマネジメント』
 柴田 昌治 『なぜ会社は変われないのか―危機突破の風土改革ドラマ』


■ 百夜百音

Pineapple【Pineapple】 松田聖子 オリジナル盤発売: 1982

 90年代前半のフジテレビの深夜番組は「カノッサの屈辱」にしろ「音効さん」にしろ、面白いものが多かったです。当時学生だったのはラッキー。

『音楽の正体』音楽の正体

投稿者 tozaki : 14:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月14日

「人殺し」の心理学

■ 書籍情報

「人殺し」の心理学   【「人殺し」の心理学】

  デーヴ グロスマン (著), 安原 和見 (翻訳)
  価格: ¥2310 (税込)
  原書房(1998/07)

 本書は、戦争における殺人というテーマに関して、人間が生来持っている同種殺しに対する強烈な抵抗感、「なぜ兵士は敵を殺せないのか」という問題を、過去の戦