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<title>戸崎将宏の行政経営百夜百冊</title>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/</link>
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2008</copyright>
<lastBuildDate>Wed, 27 Aug 2008 23:00:00 +0900</lastBuildDate>
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<title>影響力の法則―現代組織を生き抜くバイブル</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4419050500/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="影響力の法則―現代組織を生き抜くバイブル" src=" http://images.amazon.com/images/P/4419050500.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4419050500/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【影響力の法則―現代組織を生き抜くバイブル】</A>(#1315)</p>

<p>　　デビッド L.ブラッドフォード, アラン R.コーエン (著), 高嶋 薫, 高嶋 成豪 (翻訳)<br />
　　価格： ￥2625 （税込）<br />
　　税務経理協会(2007/12/3)</p>

<p>　本書は、フラットになった組織において、権力など使わなくても人に動いてもらうことができる原理、「レシプロシティ」（互恵性）について解説したものです。<br />
　第1章「なぜ影響力なのか――この本から得られること」では、本書で解説する影響力のモデルとして、<br />
(1)影響力を発揮するとは、相手が価値を置くものを提供し、その代わりにこちらが得たいものを得る、つまり価値の交換である。<br />
(2)人間関係は重要だ。周囲とよい関係を築いているほど、協力者は見つけやすい。<br />
(3)職場で人を動かすには、準備が必要である。<br />
(4)影響力を発揮するには、自分のためではなく仕事のために必要だから頼む、という姿勢が不可欠だ。<br />
(5)残念だが、人を動かせないのは、本人に原因のあることが多い。<br />
(6)どんな人にも、本人が思っているよりも、もっと人を動かす力がある。<br />
の6つの法則を挙げています。<br />
　また、「影響力のモデルが役に立つ」場合として、<br />
・相手が非協力的なとき<br />
・信頼関係ができていない相手に、負担をかける可能性があるとき<br />
・相手との関係がよくないとき<br />
・依頼に応えること自体が相手に大きな負担になるとき<br />
・頼む機会が二度となさそうなとき<br />
の5点を挙げています。<br />
　第2章「影響力の法則――レシプロシティを活かす」では、「『レシプロシティ（互恵性）』は、ほとんどあらゆる文化に共通する社会通念のひとつである」と述べ、「一般的に、誰かのために何かをした場合、相手はこちらに対して恩を感じると考え、また同等の見返りがあると期待する」と述べています。<br />
　そして、「さまざまな"人を動かす"状況の中で、共通する法則が働いている」として、<br />
(1)味方になると考える<br />
(2)目標を明確にする<br />
(3)相手の世界を理解する<br />
(4)カレンシーを見つける<br />
(5)関係に配慮する<br />
(6)目的を見失わない<br />
の6つからなる「影響力の法則　コーエン＆ブラッドフォードモデル」を解説しています。<br />
　また、「まず自らの手で人を動かせなくなる状況」として、<br />
(1)相手を否定的に考える<br />
(2)目標があいまい<br />
(3)相手の世界を理解していない――目標や懸念、ニーズは、組織の要請に左右される<br />
(4)相手が何に動くかに気づかない<br />
(5)相手が価値を置くものを認めない<br />
(6)相手の求めに応じられる自分のリソースに気づいていない<br />
(7)相手との人間関係の敬意に配慮しない・修復しない<br />
(8)交換の仕方を決めない、働きかけない<br />
の8つの「障壁」について解説しています。<br />
　第3章「交換メカニズムで人は動く――何を交換するのか」では、「相手から行動を引き出す対価として提供される」リソースである「カレンシー（通貨）」について、「相手が関心を持つカレンシーと、自分が提供できるカレンシーがわかって、初めて価値の交換が成立する」として、<br />
(1)気持ちの高揚や意欲を喚起するもの：ビジョン、卓越性、道徳的／倫理的な正しさ<br />
(2)仕事そのものに役立つもの：新しいリソース、チャレンジ又は成長（学び）の手伝い、組織的な支援、すばやい対応、情報<br />
(3)立場に関するもの：承認、ビジビリティ、評判、所属意識／重要性、接点<br />
(4)人間関係に関するもの：理解、受容／一体感、私的な支援<br />
(5)個人的なもの（その人自身に関すること）：感謝、当事者意識／参画意識、自己意識、安楽さ<br />
の5種類のカレンシーが、「様々な場面で使われている」と述べています。<br />
　また、「否定的なカレンシー、人が否定的な価値を置くもの、避けようとするものも存在する」として、「状況によっては必要だったり、選択肢の一つにもなりうる」と述べ、<br />
(1)建設的なカレンシーを出さない<br />
(2)相手が嫌がるカレンシーを使う<br />
の2点を挙げています。<br />
　第4章「なにが人を動かすのか――相手の世界を知る」では、「相手が何に動くかわからないときにも相手との互恵的な関係を築き上げられるように、相手の世界をどう把握するか、そのプロセスに焦点を当てて解説」しています。<br />
　そして、「影響力を損なう否定的なサイクルに陥らないためには、否定的なサイクルが起きるパターンを理解すること」だと述べ、「上司でも同僚でも、協力してくれない相手の性格が悪いと感じられるときは、それを警告だととらえ、もっと理解する必要があると自分を説得するのだ」と述べています。<br />
　著者は、「相手の世界を理解しようと忍耐強く努力することによって、不可能とも思えた価値の交換が可能になり、相手から行動を引き出す突破口につながる」と述べています。<br />
　第5章「使っていない力を活かす――目標、優先順位、リソース」では、「あなたには、自分で思っているよりも遥かに人を動かす力がある。あなたが使えるリソースには何があるかを把握しておけば、難しい場面でも人を動かせるようになるのだ」と述べています。<br />
　そして、「自分にとって最も重要なことは何かを明確にする必要」があるとして、「もし、組織から自由で革新的であること」が最も重要であったら、上司とは対立するだろうと述べ、「多くの野心的な若者が、この落とし穴に落ちて上司をいらだたせている。そしてその結果、自分が思うように動けるチャンスを失い、新規の取引案件を見つけ出す時間を持てなくなっただろう」と述べています。<br />
　また、個人的欲求の最大の問題は、「それが組織のための目標と区別できなくなることではなく、その人の影響力を高める能力を妨げてしまうこと」であると述べています。<br />
　さらに、「相手の求めるカレンシーを把握することが、あなたのパワーの源になる」とした上で、「影響力の障壁」を自分で作ってしまう理由として、<br />
・相手にはっきりと"貸しがある"と主張しない。<br />
・自分が何をして欲しいかをはっきり言わない。<br />
・相手に響くカレンシーを知っているが、使いたくない。<br />
・相手に響くカレンシーを知っているが、相手を喜ばせたくない。<br />
の4点を挙げています。<br />
　第6章「人間関係を築く」では、帝国主義時代のイギリスの役人たちが、「植民地をつつがなく統治するために、女王と同じように考えることを訓練された」ことを紹介した上で、「現代は違う。協力し合わなければならない相手は、多種多様なバックグラウンドや価値観を持つため、うまくつきあうには努力が必要なのだ」と述べています。<br />
　また、「仕事上の信頼関係を構築する際の注意点」として、<br />
・必要に迫られるまで、相手との信頼関係作りに目を向けない。<br />
・どのように相手に近づけばいいかわからないので、そのままにする。<br />
・我慢しすぎて爆発する。<br />
・自分が理解できない言動を否定的に解釈する。<br />
などの点を挙げています。<br />
　著者は、「目標は、相手と親友になることではない。問題のある関係であっても、仕事はやり遂げられる」が、優れた仕事の成功のためには、「人間関係を改善する努力をした方が得策なのだ。『影響力の法則』を実践すれば、改善は可能になる」と述べています。<br />
　第7章「交換の戦略」では、時間をカレンシーとして使うときの戦略として、「タイミングは常に『すぐ』とは限らない」と述べ、<br />
(1)すぐその場で：お返しとして、そこですぐにカレンシーを提供する。<br />
(2)過去を活用：相手の信頼を勝ち得るために、過去の自分の努力を引き合いに出すことができる。<br />
(3)将来に向けて：後でお返しすることを約束する。<br />
の3つのタイミングについて解説しています。<br />
　そして、「将来借りるか引き出すために、今あるリソースを投資するのには意味がある。こちらから頼み事をする前に、日頃から相手の要請に応えておくのだ。実際に交換する前から、将来に備えて積み上げておくというわけだ。将来への備えだといえる」と述べています。<br />
　また、「価値を交換する場で対処すべき5つの課題」として、<br />
(1)強く出るか、後退するか？<br />
(2)率直に全部話すか、一部だけにするか？<br />
(3)当初の予定通りに進めるか、その場にあわせるか？<br />
(4)ウィン・ウィンで行くか、否定的な交換にするか？<br />
(5)仕事中心で行くか、関係重視で行くか？<br />
の5点を挙げています。<br />
　さらに、「価値の交換時の5つの落とし穴」として、<br />
・相手が気にかけていることを大切にしない<br />
・その場の生きた証拠に触れても、過去の分析結果にしがみつく<br />
・力がないのに、相手にしかける<br />
・否定的な反応を恐れるあまり、自分が考え付いた方法を使わない<br />
・この相手と再び会う可能性があるということを忘れ、自分だけひとり勝ちしようとする<br />
の5点を挙げています。<br />
　第8章「上司に影響を与える」では、上司を動かすためのアプローチ方法として、<br />
(1)上司を信頼できるパートナーと考える。<br />
(2)上司の世界をしっかりと理解する。<br />
(3)あなたが使えるカレンシーを知る。<br />
(4)相手が望む関わり方に注意を払う。<br />
の4点を挙げています。<br />
　そして、「自分の働きかけを受け付けない上司のことを、最悪でどうしようもないと決め付けている人は少なくない。彼らは、上司の性格を否定的に考え、重要な局面でさえ、上司との関わりを避けてしまう」ことを指摘させた上で、「自分が真のパートナーだと上司に理解させるのは簡単ではないが、それで一生の付き合いができる場合もある」と述べています。<br />
　第9章「やっかいな部下を動かす」では、「部下を動かすふたつの形」として、<br />
(1)次のステップのポジションで求められる能力要件は何か。<br />
(2)事前に何を頼むか決める。<br />
の2点を挙げています。<br />
　また、「最後のアドバイス」として、「権限を振り回さないほうが、部下を動かせる。権限を使えば、一瞬は思い通りになるかもしれない。しかし、目に見えない抵抗に遭うとわかっていたら、無理な命令を下すことはない」と述べ、「部下に権限を委譲し、自分に対して影響力を発揮させることで、あなたの力は強まっていく」と解説しています。<br />
　そして、「自分自身がパートナーとしてふるまうことを上司から求められたと想像して、自分もそうして欲しいのだと伝えよう」と述べています。<br />
　本書は、組織において、権限以上に力を発揮することができる影響力のロジックを教えてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　本書で紹介されている、「外交官のルール」というのがあるのですが、<br />
(1)うそは言わない<br />
(2)本当のことのすべては言わない<br />
(3)不確かなときはトイレに行く<br />
（出典不詳）<br />
というのは、外交官に限らず、普段、組織の中でも活用している人がいるような気がします。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・権力がないと人を動かせないと思う人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4414302692/pmforumorg-22/ref=nosim">『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_356.html">2006年02月16日</a><br />
　榊 博文　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4892426865/pmforumorg-22/ref=nosim">『説得と影響―交渉のための社会心理学』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_361.html">2006年02月23日</a><br />
　フランク・ベトガー (著), 土屋 健　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478540098/pmforumorg-22/ref=nosim">『私はどうして販売外交に成功したか』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/11/post_581.html">2006年11月17日</a><br />
　印南 一路　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532148766/pmforumorg-22/ref=nosim">『ビジネス交渉と意思決定―脱"あいまいさ"の戦略思考』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/06/post_144.html">2005年6月28日</a><br />
　鈴木 有香 (著), 八代 京子（監修）　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4384052359/pmforumorg-22/ref=nosim">『交渉とミディエーション―協調的問題解決のためのコミュニケーション』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/09/post_231.html">2005年09月30日</a><br />
　マックス H・ベイザーマン (著), マーガレット A・ニール (著), 奥村 哲史　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4561232753/pmforumorg-22/ref=nosim">『マネジャーのための交渉の認知心理学―戦略的思考の処方箋』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/07/post_150.html">2005年07月04日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4086184176/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="赤ずきんチャチャ" src=" http://images.amazon.com/images/P//4086184176.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg " align="left" border="0" width="80" />【赤ずきんチャチャ	】</A></p>

<p>　「魔法少女」といえば、女の子向けアニメの定番ですが、おもちゃが売れないとスポンサーがつかないのはいずこも同じようです。「ゲキレンジャー」でおもちゃが売れなかったので次の「ゴーオンジャー」では次から次へと新しいロボット(ちょっと違うけど)が出てきたり、「プリキュア」も作中のおもちゃの登場場面のほうがCMよりも長いほどだったりします。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1140.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1140.html</guid>
<category>経営</category>
<pubDate>Wed, 27 Aug 2008 23:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>とんかつの誕生―明治洋食事始め</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062581795/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="とんかつの誕生―明治洋食事始め" src=" http://images.amazon.com/images/P/4062581795.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062581795/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【とんかつの誕生―明治洋食事始め】</A>(#1314)</p>

<p>　　岡田 哲<br />
　　価格： ￥1680 （税込）<br />
　　講談社(2000/03)</p>

<p>　本書は、「『料理維新』と称するのにふさわしい時代でもあった」明治期における、欧米の食文化の急速な浸透と「洋食」の誕生を描いたものです。<br />
　著者は、「和洋折衷という新しい食である『洋食』をつくりあげていったのは、やはり、庶民の創意と工夫の積み重ねであった」として、<br />
(1)庶民は、初体験の様式調理にはなかなかなじめず、<br />
(2)やがて牛肉を、食べ慣れた和風の調味料（味噌・醤油）で仕立てて、牛鍋やすき焼きを作り上げ、<br />
(3)さらに、様式調理の中から、折衷料理という独特な洋食を、家庭料理の中に取り込んでいった。<br />
の3つのステップを挙げています。<br />
　第1章「明治五年正月、明治天皇獣肉を食す」では、当時の指導者たちが、「見上げるような欧米人との体力差という現実」に直面し、「肉食を解禁し、西洋料理を普及させることで、体力的にも文化的にも、日本人の劣等感を払拭することが急務という結論を得た」と述べています。<br />
　しかし、「肉食が解禁されたからといって、待ってましたとばかり、庶民が肉食へ飛びついたわけではない。これから後の長い時間をかけて、西洋料理という枠組みの中で、肉の調理法を習得し、日本人独特の折衷料理『洋食』を、つぎつぎにつくりだしていく」と述べています。<br />
　そして、日本人の肉食忌避は律令国家以来のものであったが、「江戸中期から末期にかけて、大名たちの中に、これらの掟に従わず、密かな『薬喰い』を行う者が現れてくる」と述べています。<br />
　第2章「牛肉を食わぬ奴は文明人ではない」では、肉鍋の調理形態が、「獣肉から牛肉へ、そして、味噌から醤油と佐藤へと移行していく。換言すれば、米飯に合うおかずとして発展し始める」が、「欧米の肉料理に共通する、香辛料の使用はまったく見られない」として、「日本人の食卓を欧風化した」のではなく、「洋風素材の牛肉を、和風鍋に取り込んだ』のだと解説しています。<br />
　そして、庶民の間で牛鍋やすき焼きが定着した背景として、「政府や知識人による積極的な肉食奨励策』を挙げ、1972年（明治5）に、敦賀県下で、牛肉店の開店によくないうわさが飛び交った際には、敦賀県庁が、「牛肉は、健康の増進・活力の補強・強壮滋養によい食べ物である。今までの習慣にこだわって、牛肉を食べると心身がけがれると言いふらす不心得者がいる。これは文明開化の妨げであり、不届きである」とする異例の論告を出したことを紹介しています。<br />
　また、「西洋料理」と「洋食」との違いについて、「パンと合うのが西洋料理であり、米飯と合うのが洋食」だとする著者の考えを述べています。<br />
　第3章「珍妙な食べ物、奇妙なマナー」では、「西洋料理を食べるとき、ナイフとフォークを使うには、まさに決死的な勇気が必要であった」として、<br />
・箸がないために使ったナイフとフォークで口の中を切り、血だらけになって悪戦苦闘する。<br />
・スープの飲み方もわからない。平皿を手に持ち、味噌汁のように皿ごと吸ったところ、胸からひざにかけて熱いスープを浴びてしまう。<br />
・ナイフに肉片を刺したまま口の中で法張り、ナイフを引き抜いたら、唇を切って血を流す。<br />
などの珍事が起こったことを紹介しています。<br />
　さらに、「珍妙な食べ物が、続々と登場した」として、<br />
・卵黄を燻製にしたからすみ<br />
・ひき蛙の焼き鳥<br />
・ウサギの親子丼<br />
・ヒンヒンのステーキ<br />
・ワンワンのソーセージ<br />
・豆の粉のおろしワサビ<br />
などを紹介しています。<br />
　第4章「あんパンが生まれた日」では、「明治維新になり、文明開化の進む中で、先人たちは、パンを不思議な形態に作り変えていく』として、「おやつ（間食）の機能を持たせた、和洋折衷型の『菓子パン』」を挙げ、「あんパン」の誕生は、「『とんかつ』と同じように、日本人が作り出した『洋食』なのである」と述べています。<br />
　そして、「パンは、米飯に執着し続ける庶民には、なじみにくい異国の食べ物であった」が、「1874年（明治7）に、『あんパン』という食品が作られると、あっという間に日本全国を制覇し、天皇の食卓にまで上るようになる」と述べています。<br />
　第5章「洋食の王者、とんかつ」では、「独特な和洋折衷料理＝『洋食』」の誕生の中でも、「『とんかつ』がつくられる歴史は、一つのドラマを構成している」として、日本人好みのとんかつが出来上がった経緯として、<br />
(1)牛肉から鶏肉そして豚肉への変遷、<br />
(2)薄い肉から分厚い肉への変遷、<br />
(3)ヨーロッパ式のさらさらした細かいパン粉から、日本式の大粒のパン粉への変遷、<br />
(4)炒め焼きからディープ・フライへの変遷、<br />
(5)さらには、西洋野菜の生キャベツの千切りを添えて、<br />
(6)あらかじめ包丁を入れて皿に盛り、<br />
(7)日本式の独特なウスターソースをたっぷりかけて、<br />
(8)ナイフやフォークではなく箸を使って、<br />
(9)味噌汁（豚汁・しじみ汁）をすすりながら、<br />
(10)米飯で楽しむ和食として完成する。<br />
の10項目を挙げ、「これだけの食の変遷に、60年の歳月が費やされた」として、「外来の食べ物を、このような執念で吸収・同化していった食の文化は、他国ではあまり例がないであろう」と述べています。<br />
　そして、明治初期に見よう見まねで作られたビーフカツレツはすき焼きのようには普及せず、後に現れる「ポークカツレツ」こそが「とんかつ」の前身となったと述べたうえで、池波正太郎が、ポークカツレツの美味しさを、「ソースをたっぷりとかけて、ナイフを入れると、ガリッとコロモがくずれて剥がれる。これがまた、よいのだ。コロモと肉とキャベツがソース漬のようになったやつを、熱い飯と共に食べる醍醐味を、旨くないという日本人は、おそらくあるまい」と記していることを紹介しています。<br />
　また、「とんかつのうまさには、サクサクとした日本式パン粉の歯ざわりが貢献している」として、「ヨーロッパ式の細かい粒のパン粉」では、とんかつの歯ざわりは得られず、揚げ油が汚れやすく、適度の厚みのある衣に仕上がらない、食べた感じももの足りないと述べています。<br />
　第6章「洋食と日本人」では、「明治新政府や知識人が積極的に奨励した肉食や西洋料理の普及」は、<br />
(1)明治初期：西洋料理の崇拝期<br />
(2)明治中期：西洋料理の吸収・同化期<br />
(3)明治後期：和洋折衷料理の台頭期<br />
(4)大正・昭和期：もっぱら庶民的な洋食が普及して、三大洋食が脚光を浴びる<br />
の4つの流れがあると解説しています。<br />
　そして、明治中期の「特筆すべき動き」として、<br />
(1)本格的な西洋料理を社会が少しずつ受け入れていった。<br />
(2)西洋料理の調理技術を、日本的にし編成しようとした先人たちの努力<br />
の2点を挙げています。<br />
　また、明治後期の和洋折衷料理（洋食）の台頭について、<br />
(1)カツレツ・コロッケ・エビフライのように、フライ（揚げ物）と米飯の組合せ<br />
(2)ライスカレー・ハヤシライス・チキンライス・オムライスのように、洋風を取り入れた米飯類<br />
(3)ロールキャベツ・シチュー・オムレツのような洋風和食<br />
などの、いくつかの系統があり、「これらの料理の共通点」として、「和食の洋風化ではなく、西洋料理の和食化である｣と解説しています。<br />
　本書は、私たちが当然のように食べている「洋食」が、日本の明治維新後、長い試行錯誤を経て完成した日本独自の文化であることを再認識させてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　著者は日清製粉に勤務する傍ら、食文化について研究を続け、食文化史研究家を名乗られています。単なる食通よりもこちらのほうがかっこいい気がするのはなぜでしょうか。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・「とんかつは和食」といわれると抵抗がある人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　岡田 哲　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448005930X/pmforumorg-22/ref=nosim">『ラーメンの誕生』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/11/post_893.html">2007年11月23日</a><br />
　小菅 桂子　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062582430/pmforumorg-22/ref=nosim">『カレーライスの誕生』</a>　<a href=""></a><br />
　岡田 哲　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490105185/pmforumorg-22/ref=nosim">『コムギ粉料理探究事典』</a>　<a href=""></a><br />
　岡田 哲　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490106165/pmforumorg-22/ref=nosim">『たべもの起源事典』</a>　<a href=""></a><br />
　岡田 哲　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490104103/pmforumorg-22/ref=nosim">『日本の味探究事典』</a>　<a href=""></a><br />
　岡田 哲　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490205090/pmforumorg-22/ref=nosim">『食文化入門―百問百答』</a>　<a href=""></a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4756108628/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="DAI-HONYA" src=" http://www.pm-forum.org/100satsu/img/daihonya.jpg " align="left" border="0" width="80" />【DAI-HONYA	】</A></p>

<p>　タキタ氏と言えばとり・みき作品では欠かせない登場人物ですが、こういうハードな作品の原案もしているとは。近未来作品なのに、すでに作中の時代に追いついてしまうと一抹の寂しさを感じます。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1139.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1139.html</guid>
<category>日本人</category>
<pubDate>Tue, 26 Aug 2008 06:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>階級社会―現代日本の格差を問う</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062583712/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="階級社会―現代日本の格差を問う" src=" http://images.amazon.com/images/P/4062583712.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062583712/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【階級社会―現代日本の格差を問う】</A>(#1313)</p>

<p>　　橋本 健二<br />
　　価格： ￥1575 （税込）<br />
　　講談社(2006/09)</p>

<p>　本書は、これまで「日本社会の目立たない舞台装置」だった「階級」が、「前面に躍り出ようとしている」ことを理解することなしには、「日本社会の現在を、そして将来を理解することはできない」として、「これを明らかにする」ことを目的としたものです。<br />
　第1章「階級の死と再生」では、著者が大学院に入って階級研究を志したときに、「教員や大学院の先輩たちに、マルクス主義に関心があって、階級の研究をやりたい」と話すと、「いまどき何を考えているんだ」という顔をされ、「日本は9割が中流の平等な社会であり、西欧のような階級はなく、マルクス主義の階級理論は日本には当てはまらないというのが自明の前提とされていて、誰もそれについて実証が必要だとは考えていないようだった」と述べています。<br />
　しかし、90年代後半以降、階級の存在が注目を集めるようになった最大の原因として、「いうまでもなく経済的格差の拡大」を挙げ、橘木俊詔の『日本の経済格差』は、「新聞の社説にも取り上げられるなど大きな注目を集めた」と述べています。<br />
　そして、階級という言葉が、「世相を理解するための普通の言葉」として使われ始めていると指摘しています。<br />
　また、「資本家階級と労働者階級に新旧2つの中間階級を加えた、少なくとも4つの階級が存在するとみなすのが、現代の階級理論の特徴である」として、「階級という言葉を『世相を理解するための普通の言葉』として使うならば、まずはこの四階級図式が出発点になるだろう」と述べています。<br />
　第2章「階級へのまなざし──近代都市東京と『階級』」では、今和次郎の「孝現学」を取り上げ、「隅田川は東京にとって皮肉な川です。本所深川は東京の中枢部および山の手の人たちにとっては違う風俗の国なのです。現代文化人風俗の国ではないのです。実に現代細民風俗の国なのです」という結論を紹介しています。<br />
　そして、現代の日本において、「今和次郎が見出したような地域差は、依然としてなくなっていない。それどころか、地域によって住む人々の階級が異なるということは、1980年代から盛んになった都市論・東京論の隠れた中心テーマだったといっても過言ではない」と述べています。<br />
　著者は、「バブル経済とその崩壊、そしてその後の経済格差の拡大のなかで、下町と山の手の差はさらに大きくなったのだ」と指摘しています。<br />
　第3章「庶民とヒーローの階級闘争──『下町の太陽』と梶原一騎」では、漫画原作者、梶原一騎を取り上げ、「戦後日本社会に梶原を位置づけるとき、忘れてはならないもうひとつの要素がある」として、「梶原こそが、常に階級にこだわり続け、上層階級を憎悪し、下層階級を擁護し、作品のなかではいつも下層階級とともに上層階級を打倒しようとし続けた稀有な書き手だった」と指摘しています。<br />
　そして、梶原作品が、「類まれな能力を持つヒーローが活躍」し、その活躍が、「常に階級的な分断線の上で展開される」という特徴を指摘した上で、『巨人の星』が、<br />
(1)労働者階級・・・星<br />
(2)資本家階級・・・花形<br />
(3)農民・・・左門<br />
の「三階級の三つ巴の関係を中心に、物語は展開されていく」と解説しています。<br />
　また、『あしたのジョー』のラストにおいて、資本家階級の白木葉子が、「すきなのよ矢吹くん　あなたが！！」と告白することを、「ドヤ街の誇示であり都市下層だったジョーが、財閥令嬢に対して決定的な優位に立ち、資本家階級に勝利した瞬間である」と述べ、「このように愛を得ることによって資本家階級に勝利するというテーマは、次の『愛と誠』にも共通している」と解説しています。<br />
　第4章「拡大する階級格差」では、「新中間階級と労働者階級の間には、かなりはっきりした違いが見られる」として、「所得水準は大きく異なり、生活や意識にも大きいな違いがある。そして両者の間の経済格差は、拡大しつつある」と述べ、「階級格差の拡大とは、まずもってこの2つの階級の間の格差の拡大なのである」と解説した上で、「同じ被雇用者でありながら、この両者を別々の階級とみなすことができる理由」として、<br />
(1)地位や技能の違い<br />
(2)両者の間の搾取関係の存在<br />
の2点を挙げ、「新中間階級はいまや、労働者階級を搾取する最大の搾取階級である」と結論付けています。<br />
　そして、「現代の日本で、労働者階級から階級闘争が発展する可能性はきわめて低い」として、「そもそも労働者階級は、政治に対する関心が低く、政治に関する知識が少なく、政治家や政治団体との接触も少ない。しかも一般的信頼感が低く、協力行動をとりにくい」ことを指摘しています。<br />
　第5章「アンダークラス化する若者たち」では、「フリーター・無業者層の階級的性格」として、<br />
(1)不安定性<br />
(2)下層性<br />
(3)不本意性と脱出困難性<br />
(4)家族形成の困難<br />
の4点を挙げています。<br />
　第6章「女たちの階級選択」では、「日本の女性は全般的に地位が低く、このため男性に比べて新中間階級の比率が低く、労働者階級比率が高くなる」と指摘した上で、「女性たちがオフィスで働く労働者の下層部分に位置づけられた結果、男性たちは、地位や高収入を比較的容易に手に入れることができるようになった」と述べています。<br />
　そして、「キューピッドの矢は遠くまで飛ばない」という言葉が、「階級間の距離についても当てはまる」として、「階級の壁は、男女にとって乗り越え不可能というほどではないとしても、依然として存在し続けているということができる」と述べています。<br />
　第7章「『階級社会』のゆくえ」では、「今日の『格差社会』をめぐる議論の中で、『格差』のとらえ方には大きく分けて2つがある」として、<br />
(1)所得などの格差そのものを問題にするもの<br />
(2)社会移動の機会を問題にするもの<br />
の2点を挙げたうえで、「格差拡大を問題にする場合には世代間移動に注目することが不可欠であり、これが格差是認・容認の主張に対抗するための有力な言説戦略となる」と指摘しています。<br />
　著者は、「格差拡大が注目を浴び、『格差社会』『下流社会』などをテーマとした本屋、特集を組んだ雑誌が読まれるようになった」ことを、「ある意味では健全な傾向である」として、「このことは、本や雑誌の主な顧客である新中間階級が、格差が拡大する現状に居心地の悪さを感じていることを意味するからである」と述べています。<br />
　本書は、「格差社会」の問題について、ストレートに「階級」という観点から迫った一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　著者が学生時代に、「いまさらマルクス？」と周囲から冷たい目で見られたと語っていますが、どうしても大学にはマルクス様大好きな元学生運動家がウヨウヨしていたので、そういう目で見られたのではないかと思います。<br />
　マルクス自体は面白いのかもしれませんが、私も『資本論』読んでいないのでなんともコメントできません。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>･日本が階級社会だと思う人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　橘木 俊詔　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400430590X/pmforumorg-22/ref=nosim">『日本の経済格差―所得と資産から考える』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_350.html">2006年02月10日</a><br />
　佐藤 俊樹　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121015371/pmforumorg-22/ref=nosim">『不平等社会日本―さよなら総中流』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/03/post_58.html">2005年03月22日</a><br />
　橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492222510/pmforumorg-22/ref=nosim">『封印される不平等』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_350.html">2006年02月10日</a><br />
　三浦 展　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334033210/pmforumorg-22/ref=nosim">『下流社会 新たな階層集団の出現』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/11/post_885.html">2007年11月14日</a><br />
　山田 昌弘　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480863605/pmforumorg-22/ref=nosim">『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/01/post_326.html">2006年01月11日</a><br />
　苅谷 剛彦　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4842085258/pmforumorg-22/ref=nosim">『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_354.html">2006年02月14日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/404926224X/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="はいぱーぽりす" src=" http://images.amazon.com/images/P//404926224X.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg " align="left" border="0" width="80" />【はいぱーぽりす	】</A></p>

<p>　世の中には「猫耳」マニアの人もいるようですが、いつも疑問に思っていたのは、頭に猫耳がついている場合、人間で言えば耳がついているところはどうなっているのか、ということです。この作品は、重複しているので「四つ耳」と呼ばれているそうです。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1138.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1138.html</guid>
<category>行政その他</category>
<pubDate>Mon, 25 Aug 2008 06:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>読書の腕前</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334033946/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="読書の腕前" src="http://images.amazon.com/images/P/4334033946.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334033946/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【読書の腕前】</A>(#1312)</p>

<p>　　岡崎 武志<br />
　　価格： ￥819 （税込）<br />
　　光文社(2007/03)</p>

<p>　本書は、「これからもずっと楽しみとして本を読んでゆきたい、できるだけ読書の時間を多くとりたい、いろんな作家のいろんな本に触れてみたいと考えているような人」のために書かれたもので、「読んでいる最中に、無性に別の本が読みたくなる」ことを目指したものです。<br />
　著者は、「人がすることすべて上達というものがある。何度も繰り返し、上手になりたいと願い、学び、そして少しずつ『腕前』が上がる」ように、「読書だってまったく同じ。読めば読むほどいろんなことがわかってくるし、前にはわからなかったことが、突然見えてきたりする」と述べています。<br />
　第1章「本は積んで、破って、歩きながら読むもの」では、読書のメリットとして、「本を読むことで、他人を知る手がかりは得ることができる。また、本は、実生活では知りえぬ、膨大な人間のモデルを提供してくれる。しかも、相手の忖度を気にせず、思うがまま、自由にそのモデルと触れ合うことができる」ことを挙げています。<br />
　また、昭和30年代初めまでは、朝日新聞社が、「写真や原稿の遠距離輸送に鳩を使っていた」ことを、森本哲郎の発言から知ったことを挙げ、「この『知る』ことの楽しみを知ってしまったからには、読書をやめろと言われても、いまでは遅すぎる～」と語っています。<br />
　さらに、「本を読む時間がない」と言う人は多いが、「その気になれば、ちょっとした時間の隙間を利用して、いくらでも読めるものなのである」として、「2分、3分といった細切れ時間であっても、合計すれば1日20、30分にはなるはず」であり、「毎日30ページ近くは読める」、「新書程度の分量なら1週間に1冊は読了できる。要は、ほんとうに本が読みたいかどうか」であると語っています。<br />
　そして、「ツン読」の効用について、「『買った本を全部読む』ということは、言い換えれば、『ぜんぶ読む本しか買わない』からであり、しかも本は一度読めばそれで用が済むと思っているからだ。おめでたいことこの上ない」と述べています。<br />
　第2章「ベストセラーは十年後、二十年後に読んだほうがおもしろい」では、著者が、「書評家」の肩書きを名乗り、新聞や雑誌で書評を担当している中で、「書評を書いていて難しいと思うのは、まずはなんといっても字数の問題だ」と述べ、一番多い「800字では、その本が著者にとってどういう本であるかの位置づけ、あらすじ、読みどころ、ポイントとなる箇所の引用、締め（着地）を並べるだけで精一杯」だと述べています<br />
　そして、いろいろなベストセラー本を読んできた結論として、「その8割方は読み通すのに苦労し、呼んで得たものもほとんどなかった。自分で買うかと言われればとんでもない。よく、みんなこんなものに金を出して、挙句に『感動した』だの『癒された』だの『生きる指針となった』などと言えるよな、とあきれるほどの代物だった』と述べたうえで、「ベストセラーは『売られている本』の代表なのである。『読まれている本』の代表なのである。だから、ベストセラーを見れば、日本の出版が見えてくる」とする長江朗の定義を紹介しています。<br />
　第3章「年に三千冊増えていく本との戦い」では、古書店主から直木賞作家になった出久根達郎が、「本を処分する際に、読んでいない本を残して、読んだ本を売るのは間違いで、読んだ本こそ残すべきだ」と書いていたことを取り上げ、「一度読んだ本音場合、そこに何が書かれているかを知っている。読後しばらく経って、書いてあったことを再確認するときに既読の本は必要だ」と解説しています。<br />
　第4章「私の『ブ』攻略法」では、著者が、ブログなどであまりひんぱんに「ブックオフ」と書くのが面倒になり、「ブ」とだけ標記するようになったところ、「まわりの友人も隠語として使うようになり、今では定着している』と述べています。<br />
　第4章「旅もテレビも読書の栄養」では、書評の仕事を看板に掲げていると、「どんな本を読んだらいいか、お薦めの本はありますか」と訊かれることがあるが、「いつも返事に窮してしまう」と述べ、「書評家は、お薦め本の自動販売機ではないのだ」と語っています。<br />
　そして、片岡義男が、「本を読むための旅」、すなわち、「なにかほかの目的がある旅行の合間に、というのではなく、本を読むだけのための旅行」を推奨していることを紹介しています。<br />
　第6章「国語の教科書は文学のアンソロジー」では、読書だけは得意だった小学校3年生の著者が、物語を決められた時間内にどれだけ読めるか、というテストで、全部読み終わったにもかかわらず、担任教師から、「全部読んだ」のはウソだ、「（劣等生の）おまえなんかに、これが全部読めるわけがない」と言って、「おまえならこの程度だ」とプリントの半分のところに線を引かれた体験を、「おおげさでなく、刀で切りつけられたような痛みが走った」、「このときの無残な気持ち、屈辱は、死ぬまで忘れない。わすれようもない、生まれて初めての大きな傷をこのとき負ったのだ」、「私は彼をこの先も絶対に許さない」と語っています。<br />
　また、小学生時代に住んでいたアパートの隣に、スクラップ回収会社があり、そこの倉庫に忍び込んでは、雑誌を読みふけった体験を、「砂糖壺に落ちたアリ」と表現し、「"本人間"としての私の基礎体力は、この倉庫と学校の図書室での読書体験によって作られていった」と語っています。<br />
　さらに、高校時代に、「毎年新学年に進級する直前に、新しい現国の教科書に一通り目を通すのが常だった」として、「当時の私は、現国の教科書を文学作品のアンソロジーと受け取っていた」と述べています。<br />
　第7章「蔵書のなかから『蔵出し』おすすめ本」では、著者の蔵書の「少なからぬ量」が、「本の本」、「本について書かれた本」であるとして、「書評集、出版史、古本についての本、読書論の類が、軽く本棚に本はあるだろうか」と述べ、「ときに、本それ自体を読むより、本について書かれた本のほうが面白いくらいだ。そこで紹介された本がまた読みたくなりあるいは著者が本を読む姿や仕種を追うことで、読書欲が刺激される。これは読書の永久運動だ」と語っています。<br />
　本書は、読書好きなら共感できる読書の楽しさのあまり、読書自体を職業にしてしまった著者が語る、読書生活をまとめた一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　いくら本が好きでも、年間3千冊もの本を買い続ける人はなかなかいないと思いますが、著者の言葉のなかでも、「ツン読」に関する言葉は身にしみました。<br />
　ツン読をしないということは、読む分だけしか本を買わない、という愚かなことだ、という言葉には共感すると同時に、本の置き場や購入費を考えると、欲しい本を欲しいだけ買うわけにはいかず、どうしても図書館が中心になってしまいます。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・本が好きで好きな人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　松岡 正剛　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763007211/pmforumorg-22/ref=nosim">『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻―読書術免許皆伝』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/12/post_908.html">2007年12月09日</a><br />
　モーティマー・J. アドラー, C.V. ドーレン (著), 外山 滋比古, 槇 未知子 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061592998/pmforumorg-22/ref=nosim">『本を読む本』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/07/post_468.html">2006年07月02日</a><br />
　ポール・R・シーリィ (著), 神田 昌典 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4894511193/pmforumorg-22/ref=nosim">『あなたもいままでの10倍速く本が読める』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/01/10.html">2006年01月15日</a><br />
　松山 真之助　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478733007/pmforumorg-22/ref=nosim">『マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/05/post_92.html">2005年05月01日</a><br />
　立花 隆　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0/pmforumorg-22/ref=nosim">『ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/07/post_492.html">2006年07月29日</a><br />
　加藤 周一　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400603024X/pmforumorg-22/ref=nosim">『読書術』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/07/post_485.html">2006年07月23日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百音</strong></p>

<p><a href=" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0013E14CA/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="ベストアルバム" src="http://images.amazon.com/images/P/B0013E14CA.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" align="left" border="0" width="80" />【ベストアルバム】</A>　ずうとるび　オリジナル盤発売: 2008</p>

<p>　「笑点」で座布団を運んでいる人が何者かを知りたい人は、このアルバムを聴いてください。一番確実な生き残り方なのかもしれません。<br />
<object width="255" height="210"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/DkgqKMSXupg&hl=ja&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/DkgqKMSXupg&hl=ja&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="255" height="210"></embed></object></p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1137.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1137.html</guid>
<category>読書</category>
<pubDate>Sun, 24 Aug 2008 06:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>美を脳から考える―芸術への生物学的探検</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788507242/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="美を脳から考える―芸術への生物学的探検" src="http://images.amazon.com/images/P/4788507242.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788507242/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【美を脳から考える―芸術への生物学的探検】</A>(#1311)</p>

<p>　　インゴ レンチュラー, デイヴィッド エプスタイン, バーバラ ヘルツバーガー (編集), 野口 薫, 苧阪 直行 (翻訳)<br />
　　価格： ￥3465 （税込）<br />
　　新曜社(2000/6/15)</p>

<p>　本書は、「『美しさ』という、従来きわめて感性的にとらえられていた経験を脳という生物学の側面から見直し、それがどのように脳内で情報処理され身体的に創出されるのかを現代の脳科学、神経科学、生物学、文化人類学など、学際的な知見に基づいて述べた、きわめてユニークな書物」です。<br />
　第1章「美の生物学的基礎」では、「私たちの近くは特定の方向にずれているので、すべてのものが同じように私たちの感覚や認知に働きかけるのではない」として、「このバイアスを探求することが美学研究の目的の一つである」と述べています。<br />
　また、私たちの知覚が、<br />
(1)周りの世界の中に秩序、規則性、パターンを求めるという非常に基礎的で一般的な水準。<br />
(2)種特有のもので、系統発生的なルーツを持つ場合もあり、また、態度の普遍性のゆえに多様な文化に見出される場合もある。<br />
の2つの水準でバイアスされている、と述べています。<br />
　第2章「韻律詩、脳、そして時間」では、<br />
(1)詩の韻律という古くからある一つのテーマ<br />
(2)ここ2,30年の間の人間の脳に関する熱心な研究の成果から導かれた新しい知識<br />
(3)国際時間研究学会によって発展を見た科学的パラダイム<br />
という、これまで互いに結び付けて考えてこられなかった三者の統合を試みたいとしています。<br />
　そして、人間の行う情報処理が、「個々のニューロンの水準ではプロクルステス式」であり、「外界から得る情報をニューロン自身のカテゴリーに切り詰め、現実がニューロン自身の設定する問いに応えるときだけ、それらの答を受け入れる」と述べています。<br />
　また、「個々の事例において因果的順序や目的的順序が形成され認知されるには、その前に事象間の順序関係や反応関係の多くの事例が比較されねばならない」が、「比較が可能になるには、比較対照の経験がそれぞれ別個のまとまりになっていることが必要」であり、「比較されるまとまり自体が時間的性格のものなので、経験のまとまりは同じ時程内に存在していなければならない」と述べた上で、「この「経験のひとかたまり」が約3秒で、「3秒の時程とは人における現在の長さである」と述べ、「人が話すとき、ほぼ3秒おきくらいに数ミリ秒の休止を入れ、「その間に次の3秒の正確な統語法や語彙を決定するのであろう」と述べるとともに、「聴き手は、聴いた3秒間の話の間は休止や思い返しなしに集中し、それから聴いたものを統合し意味づけるために聴くのを止める」と述べています。<br />
　そして、「10分の3秒はヒトが落とし劇に反応するのに十分な時間である」と述べ、「3秒のラインと3秒の『聴覚的現在』のあいだのきわめて正確な対応」として、「ラインあたりの平均音節数はおよそ10であり、詩の韻律は聴覚系における最も低次の周波数リズム2つを具現している」と述べています。　また、「聴覚的駆動は、左脳よりも右脳に対してはるかに強く影響することが知られている」として、「韻を持たない通常の散文は『モノラル』モードで伝わり、もっぱら左脳に影響するのに対し、韻をもつ言語は『ステレオ』モードでやってきて左脳の言語的資源と右脳のリズムに関わる潜在力を同時に呼び起こす」と述べています。<br />
　さらに、「韻律詩の喜びは、まぎれもなく脳の自己報酬的能力を刺激するという力に由来している」として、「それは明らかに、詩が脳自身の動機づけシステムと関わっていることに関連している」と述べています。<br />
　著者は、「記憶の状況結合性の理論も、詩が大変記憶しやすい理由を説明する」として、「もし韻律とその独特な変形が、それ自身の雰囲気、言い換えれば脳の状態のサインをもっているならば、詩を容易に想起できるのも驚くにはあたらない」と述べ、ホーマーが、「詩神は記憶の娘である」と語っていた意味はそういうことではないか、と述べています。<br />
　第3章「音楽におけるテンポ比率」では、音楽におけるテンポが、「音楽を左右する最も強力な要素の一つ」でありながら、「音楽において最も可変性の大きい要素でもある」と述べています。<br />
　そして、「音楽の演奏における速度とテンポには生物学的基礎があり、最も深いたぐいの心理的な効果を持っている」と述べたうえで、「様々な音楽の中でテンポが変化するとき、そのテンポは低次の整数比率で変化するという強い印象を受ける」と述べています。<br />
　第5章「視覚的な美と生理的制約」では、「われわれの意識体験というものは、2つの大脳半球の機能分化した多くの神経サブシステムが相互に補完的にはたらきあう結果生まれると結論してもよいだろう」と述べています。<br />
　また、「高次の処理領域では、顔刺激や顔の一部分の刺激に明確な偏好を示す視覚ニューロンが発見されている」として、「われわれはこういう類の課題に強く依存している。つまり、顔の色々な特徴は別の、違った部位にあるニューロン集団によって符号化され処理されていると考えなければならないことになる」と述べています。<br />
　著者は、「刺激は、視覚情報処理の内的なメカニズムが好む特徴によって選好されるということを示している」とともに、「そのようなタイプの刺激が肯定的な美的事象を構成するということも示していることになる」と述べたうえで、「視覚システムの機能的組織は、神経活動のダイナミックなパターンとして環境を表象するということ」を指摘しています。<br />
　第7章「大脳皮質の非対称性と美的経験」では、「『空間的な』右半球も『時系列的な』左半球も、ほとんどの活動におけるパフォーマンスに、ともに重要な役割を果たす力を持っている」として、「左半球は時系列・聴覚優位のバイアスがあり、右半球は空間・視覚優位のバイアスが見られる」と述べ、「このようなバイアスによって、左半球は細部を記述しラベル付けし、その結果時系列によって順序づけうる分離可能な事象を厳密なカテゴリーの境界によって定義づける傾向を有し、一方、右半球は空間的携帯と図形の同時性によって統合的な関連性とその配置の探索が促進される傾向が強められる」と解説しています。<br />
　そして、「メロディの弁別に関し、普通の人は左耳(右半球)優位を示し、音楽家は右耳(左半球)優位を示す」ことについて、興味深いと述べ、「音楽家はメロディの持つ区分しうる構成要素を聞いているのに対し、普通の人は音楽全体の輪郭に対して反応する」とか移設しています。<br />
　また、「観察者が右利きの場合、画像の中で最も関心を引くものが右に配置されている場合に、明らかに『好ましい』と感じる」ことについて、「右寄りに描かれた画像は、最もバランスがよいと感じられ、好ましいとされる」ことは、「刺激の持つ非対称性が、生得的に持っている知覚の偏りを補うからであろう」と解説しています。<br />
　さらに、子どもたちが描いた「悲しい絵」について、「48人の子供たちのほとんどは幸福感を表す対象を悲しみを表す対象に比べて右側に配置した」ことについて、「子供も大人と同様に、美に対する感覚をもち、それは一部生得的な知覚のバイアスと外界世界の刺激の非対称性とのバランスによって決定されるという見方と完全に一致している」と解説しています。<br />
　第8章「美しさは見る者の視野の各半分で異なっているかも知れない」では、「機能的な脳の半球特異性とそれが美に関する判断に及ぼす効果を検討することが、情緒の諸過程と人間の脳との複雑な関係について洞察を得ることを可能にする一つの方法である」と解説しています。<br />
　本書は、これまで感受性の世界の問題とされてきた「美」について、人間が持つ生き物としての特性がいかに関わっているかを探求した意欲的な一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　現代の教育を受けて文字の読み書きができる人は、詩の朗読を聞いて文字を思い浮かべてしまいますが、字の読み書きができない人々にとって、3秒ごとに一区切りが入り、音楽的な抑揚がついた韻律詩は、もしかするとほぼ唯一の文学的体験だったのかもしれません。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・「芸術的感性」を磨く必要性を感じている人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　アンドリュー ニューバーグ, ヴィンス ローズ, ユージーン ダギリ (著), 茂木 健一郎 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569626858/pmforumorg-22/ref=nosim">『脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/07/post_467.html">2006年07月01日</a><br />
　トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314009241/pmforumorg-22/ref=nosim">『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/06/post_454.html">2006年06月18日</a><br />
　ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314009780/pmforumorg-22/ref=nosim">『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/06/post_444.html">2006年06月04日</a><br />
　バート・L. ソルソ (著), 鈴木 光太郎, 小林 哲生 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788506238/pmforumorg-22/ref=nosim">『脳は絵をどのように理解するか―絵画の認知科学』</a><br />
　岩田 誠　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4130633147/pmforumorg-22/ref=nosim">『見る脳・描く脳―絵画のニューロサイエンス』</a><br />
　バルテュス, セミール・ゼキ (著), 桑田 光平 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763394/pmforumorg-22/ref=nosim">『芸術と脳科学の対話―バルテュスとゼキによる本質的なものの探求』</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百音</strong></p>

<p><a href=" http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009EVIDU/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="ミコちゃんのヒット・キット・パレード" src="http://images.amazon.com/images/P/B0009EVIDU.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" align="left" border="0" width="80" />【ミコちゃんのヒット・キット・パレード】</A>　弘田三枝子　オリジナル盤発売: 2005</p>

<p>　この人のことを知らなくても、「V・A・C・A・T・I・O・N　楽しいな」のサビのフレーズは聞いたことがあるのではないかと思います。デビュー曲は、「子供ぢゃないの」だそうです。<br />
<object width="255" height="210"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/SRVoC9C3vQs&hl=ja&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/SRVoC9C3vQs&hl=ja&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="255" height="210"></embed></object><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1136.html</link>
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<category>脳</category>
<pubDate>Sat, 23 Aug 2008 07:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ブルバキとグロタンディーク</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822283321/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="ブルバキとグロタンディーク" src=" http://images.amazon.com/images/P/4822283321.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822283321/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【ブルバキとグロタンディーク】</A>(#1310)</p>

<p>　　アミール・D・アクゼル (著), 水谷 淳 (翻訳)<br />
　　価格： ￥2310 （税込）<br />
　　日経BP社(2007/10/18)</p>

<p>　本書は、「1950年代から1970年代ころに至るまで、現代数学におけるいくつかの重要な分野を一から書き換え、自らの革新的な研究成果を幅広く講演し、優れたセミナーを主宰し、そして世界中の一流の数学者と交流」していた数学者、アレクサンドル・グロタンディークが、1991年8月に、突然、「数学のことを書き連ねた自筆の原稿2万5000ページ」に火を放ち、「一言も告げずに自宅を去り、ピレネー山中に姿を消した」事件を取り上げ、この失踪に深く関わる、「20世紀最大の数学者」である「ニコラ・ブルバキ」との関係を絡めた評伝であるとともに、20世紀の科学の変革を描いたものです。<br />
　第1章「失踪」では、グロタンディークについて、1928年にベルリンで生まれ、父サッシャ・サピロはウクライナとベラルーシとロシアの国境が交わる地域に生まれ、当時の革命運動にのめりこみ、偽名を使ってロシアから脱出し、残りの人生を無国籍者として過ごしたこと、1940年に母ハンカとともに南フランスのリュークロ収容所へ収監され、アレクサンドルはここで、数学者としての才能、すなわち、「何時間も一人で過ごしたことで、誰とも交わらずに思索を生み出して考えを導く術」を学んだことなどを述べています。<br />
　そして、若き学生アレクサンドルが、「数学の教科書に記されている問題があまりにくどく陳腐であること」、なかでも、「教科書に載っていた問題が、何の理由も目的もなしにどこからともなく姿を現したかのように書かれていたこと」に苛立ちを覚えたと述べています。<br />
　第2章「フィンランドでの逮捕」では、1906年パリ生まれの数学者、アンドレ・ヴェイユについて、「恵まれた特権的な環境の中で育っていったが、それはアレクサンドル・グロタンディークの成長期とは対照的」であると述べています。<br />
　そして、ヴェイユが、1939年にフィンランド警察本部にスパイ容疑で逮捕され、処刑に処される直前に、フィンランド政府の役人、ロルフ・ネヴァンリンナによって、国外追放に減刑され生きながらえたことを述べています。<br />
　第3章「脱出」では、ローラン・シュワルツ、エリ・カルタンとアンリ・カルタン親子、クロード・シュヴァリー、ジャン・デルサント、ジャン・デュドネなど、ブルバキに深く関わることになる数学者たちの生い立ちを紹介したうえで、「戦争は彼らの取り組みを引き裂いた」と述べています。<br />
　第4章「パリへの到着」では、グロタンディークが、「19歳でパリの数学界に旋風のように現れた」が、「控えめにいっても、彼には数学に関する標準的な予備知識が欠けていた」と述べ、後に、パリを離れてナンシー大学で博士号を取得し、パリに戻り、ニコラ・ブルバキの取り組みに関わるグループの数学者たちと親交を深めるようになったと述べています。<br />
　第5章「将軍と時代精神」では、ヴェイユらが、19世紀の伝説的将軍、シャルル・ドニ・ソテ・ブルバキにちなみ、「革命時に毒殺された無名のロシア人数学者Ｄ・ブルバキ」を名乗り、完全に架空の内容で、「ブルバキの第二定理の一般化について」という論文を雑誌に投稿したことが、「無意味ではあるもののブルバキによる初の数学論文だったようだ」と述べ、「やがてブルバキが世界の舞台へ華々しく登場するようになると、イニシャルのＤが"ニコラ"へ、そしてロシアがポルデヴィアという架空の国へ置き換えられることとなる」と述べています。<br />
　著者は、「ブルバキとその業績は、20世紀初めの何十年かで起こった文化的大変動の産物だった」として、「純粋数学は、実世界とは何のつながりもない抽象的な研究分野であるように思われるかもしれない」が、「実際には、数学は一般的な文化と密接に絡み合っている」と述べています。<br />
　そして、「20世紀の初めには、間違いなく新たな風が吹いていた。古い考えが毎日のように捨てられ、新たな方法が受け入れられていた」と述べ、「物理学、数学、言語学において始まった一見無関係な研究が、数十年のうちに別の分野で結びつき、人間の思考に対する新たなアプローチをもたらすこととなる」と述べています。<br />
　第6章「ブラックとピカソの出会い」では、「アルバート・アインシュタインが特殊相対論を初めて世に示し、われわれの右中間を永遠に打ち砕いたその2年後、パブロ・ピカソとジョジルジュ・ブラックが芸術の世界で同じことを果たした」として、彼らが、「古き芸術観を捨て、芸術を新たな分野として解体することで、現代芸術を作り出した」と述べています。<br />
　そして、「20世紀は、何世紀にもわたって社会を導いてきた数々の原理が完全に破棄されて始まった」と述べ、「こうした過去との突然の決裂は、人々の信じるあらゆるものに大変革をもたらした」として、「数学は、古代ギリシャ時代以来、人類の歴史の中でかつてないほど大きな役割を果たすこととなる」と述べています。<br />
　第7章「カフェ」では、1934年にストラスブール大学で数学を教えていたヴェイユが、「当時、数学の授業には適切な教科書が用いられておらず、またカリキュラムも大いに改善の余地があった」ところ、「いろいろな大学で同じ数学のカリキュラムに関わっている友人が5人か6人いる。みんなで集まってこうした問題にきっぱり片を」付ける、というアイデアを思いつき、「この瞬間にブルバキが産声を上げた」と述べています。<br />
　そして、1934年12月10日に、サン・ミシェル通り63番に建つカフェ・グリル＝ルーム・Ａ・カプラードに集まった若き数学者たちが、「フランスの全大学で行われる微積分学と解析学の授業のためにカリキュラムを作るというという、野心的な計画」に乗り出し、「このグループが、やがてニコラ・ブルバキとなる」と述べ、「パリで集まった6人の若き数学者と、後に加わるメンバーたちが、いわばパリの学生がやっていた悪ふざけを引き継ぎ、一人の人物をでっち上げて秘密結社を立ち上げる」と述べています。<br />
　このとき、「グループのメンバーは全員が20代そこそこで、当時はみな無名だった」が、「彼らの小さなプロジェクトはすぐに当初の目的をはるかに超えて拡大し、20年ほどのうちにグループのメンバーたちは、世界中に影響力を及ぼす著名な数学者となっていく」と述べています。<br />
　第8章「ブルバキの功績」では、「集合論」という「たった一つの出発点から数学の宇宙全体を導き出そうと取り組んだ」というフランス人数学史家ドニ・ゲージュの言葉を引用し、ブルバキは、<br />
(1)公理化<br />
(2)構造<br />
の2つの強力な方法を選んだと述べています。<br />
　そして、「構造の考え方」は、言語学という、「数学とは関係ない舞台」に存在していて、「ブルバキがその構造に切り込むと、この考え方は文化人類学へ取り込まれ、そこから心理学へ、さらに最終的には再び言語学を介して、数学的考え方が実りを生むとはほとんど思えない分野である文学へと入り込むことになる」として、「数年のうちに、構造の考え方は西洋文化のあらゆる思想を支配していく」と述べています。<br />
　第9章「ブルバキの治世」では、ブルバキのやり方が、「初めからさまざまな難点があった」が、「混乱の中で数学の文書を作り出すというシステムは、不思議なことにあまりにうまく機能していた」と述べ、その理由の一つとして、「メンバーたちが怯むことなく身を捧げていたこと」を挙げるとともに、「デュドネの超人的能力」があったと述べています。<br />
　また、ブルバキへの重大な批判の一つとして、「形式過ぎてあまりに抽象的、そして必要以上に厳密で、それによって数学の理解やその有意義な利用をいたずらに困難にした」というものであったと述べています。<br />
　そして、「1950年代から1970年代にかけて、ブルバキは数学の世界を支配した」が、「"構造"の概念を発展普及させたという功績」で、「西洋文化全般に対して」貢献したと述べています。<br />
　著者は、「ブルバキは、構造の概念を言語学における限られた意味から解放して、正確で数学的に強力なものへと変え、観念の世界へ解き放った」と述べています。<br />
　第10章「クロード・レヴィ＝ストロースと構造主義の誕生」では、「構造主義とは、"意味"の生成や認識に関する学問領域を体型づけて理解するための枠組みを提供してくれる、知的探求の一手法である」と述べた上で、構造主義が、「数学だけでなく、哲学、言語学、文化人類学、そして文芸評論にも影響を与えている」と述べています。<br />
　そして、「言語学から拝借した構造に関する考え方と、その分野におけるトルベツコイやヤーコブソンの研究のおかげで、レヴィ＝ストロースは、限られた成功の第一歩ではあったものの、文化人類学を、深い科学的基礎を持たない生物学的社会科学から脱皮させ、さまざまな社会やその親族関係に関する情報を系統的に分析してその体系の内部構造を解き明かすことのできる、現代的な学問分野へと変えた」が、具体的な結果をえっる溜めには、アンドレ・ヴェイユという数学者の助けが必要だった、と述べています。<br />
　第11章「言語学における源」では、ブルバキが「構造的分析の数学形式に取り組んだ」能登同じレベルで、「ヤーコブソンも音声の二項規約体系を探した」と述べ、ヤーコブソンが、「構造の要素は人間の脳の中に埋め込まれていて、その振る舞いは数学的な形で決定される。したがって、言語の中に見出されたものは、別の分野の中にも姿を現しているはずだ」と考えたと述べています。<br />
　第12章「心理学、精神医学、経済学における構造主義」では、「経済学における公理化の優れた実例であり、また極めて有効に機能する構造主義的モデルの格好の例」として、「経済的均衡という概念」を挙げています。<br />
　第13章「文学グループ、ウリポ」では、「ブルバキを漠然と手本とした文学者の団体」であるウリポを取り上げ、ウリポが、「ブルバキの掲げた目標や原理を数多く採り入れた」として、<br />
(1)文学を新しい形に作り替えること<br />
(2)確立された文章の規範を打ち破ること<br />
(3)作品の製作において、一見したところ行き当たりばったりに見える手法を探ること<br />
の3つの目標を挙げています。<br />
　第14章「アレクサンドル・グロタンディークとIHES」では、グロタンディークの不朽の業績として、「空間とその中の点がもつ性質の研究に新たな光を当てた」と述べた上で、グロタンディークが、「幾何学の分野に強力な手法と抽象代数の概念を導入」したと述べています。<br />
　そして、「トポスをはじめ、ブルバキが採り入れなかった数々の数学的考え方を編み出した張本人こそが、グロタンディークだった」と述べ、「歴史は、彼が正しかったことを証明すること」になり、「ブルバキは、新たな手法を退けることで、凋落の道をたどっていく」と述べています。<br />
　著者は、「何より政治活動に手を出したことが、グロタンディークを破滅させた」と述べ、他のブルバキの数学者が、政治活動に携わる一方で、自分の"職務"をこなしていたが、グロタンディークは、「おそらく育ってきた不幸な環境と関係があるのだろうが、何らかの理由で、どうしてもそうすることができなかった。ひとたび数学を離れると、二度と戻ることはなかった」と述べ、「彼はブルバキに失望し、政治活動家としての自らの失敗にも失望した。世界のあらゆる不正を悪魔のせいにした彼は、この不完全な世界から立ち去るしかなかった」結果、「ピレネー山中に身を隠した」と述べています。<br />
　第15章「ブルバキの死とその遺産」では、「ブルバキは、数学を公理化すること、構造を重要なものへ押し上げること、そして、グループ誕生前の何十年も曖昧な形に出していた分野において、厳密さを推し進めることという、3つの目標を達成した」が、それ以降、「もはやこのグループは必要でなくなった。それ以上改革するものがなくなったのである」と述べるとともに、「メンバーが各自の名で著名な数学者となったこと」を挙げています。<br />
　また、ブルバキの衰退をもたらしたもう一つの要因として、「現代数学に、厳密さ、抽象性、一般性、正確さ、そして構造を持ち込み、大半の数学者はこうした進歩を歓迎してきた」が、「ある時点で多くの数学者が、ブルバキは先へ進みすぎたと感じるようになった」と述べています。<br />
　本書は、20世紀の科学を塗り替えた数学の力のすごさを納得させてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　数学というと、現在では、無味乾燥というか抽象的で何の役に立つのかわからないマニアのための学問という印象がありますが、カフェに集まったブルバキの20代の数学者たちを見ると、とてもエキサイティングな学問だということがわかります。<br />
　また、数学が、自然科学のみならず、20世紀の社会科学を塗り替えていったことを初めて知りました。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・数学はつまらないと思う人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　ジョン・アレン・パウロス (著), 松浦 俊輔 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763866/pmforumorg-22/ref=nosim">『数学者の無神論―神は本当にいるのか』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/03/post_981.html">2008年03月05日</a><br />
　グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000062727/pmforumorg-22/ref=nosim">『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/11/post_261.html">2005年11月03日</a><br />
　ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794209509/pmforumorg-22/ref=nosim">『放浪の天才数学者エルデシュ』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/11/post_264.html">2005年11月06日</a><br />
　E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150502838/pmforumorg-22/ref=nosim">『数学をつくった人びと』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/07/1_1.html">2007年07月16日</a><br />
　藤原 正彦　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106035111/pmforumorg-22/ref=nosim">『天才の栄光と挫折―数学者列伝』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/11/post_888.html">2007年11月17日</a><br />
　サイモン シン　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4105393014/pmforumorg-22/ref=nosim">『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/09/post_522.html">2006年09月02日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061766317/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="丸出だめ夫" src=" http://www.pm-forum.org/100satsu/img/marudedameo.jpg " align="left" border="0" width="80" />【丸出だめ夫	】</A></p>

<p>　「まるでだめ！」って相当ネガティブなタイトルなんですが、当時はこれで十分なインパクトがあったのでしょうか。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1135.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1135.html</guid>
<category>数学</category>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2008 23:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>プロフェッショナル仕事の流儀あえて、困難な道を行け</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140812680/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="プロフェッショナル仕事の流儀あえて、困難な道を行け" src=" http://images.amazon.com/images/P/4140812680.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140812680/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【プロフェッショナル仕事の流儀あえて、困難な道を行け】</A>(#1309)</p>

<p>　　茂木 健一郎, NHK「プロフェッショナル」制作班<br />
　　価格： ￥1365 （税込）<br />
　　日本放送出版協会(2008/03)</p>

<p>　本書は、NHKの人気番組『プロフェッショナル』から、5人の出演者との対話をまとめたものです。<br />
　第1章「環境金融コンサルタント　吉高まり」では、温室効果ガスの「排出権」を売買するビジネスについて、「経済の仕組みを使って環境問題の解決を図ろうという新しい取り組みに、今、世界が注目している」とした上で、「そのパイオニアといわれるのが、吉高まりだ」と述べています。<br />
　そして、男女雇用機会均等法の前年に就職した吉高が、「会社に行けば、仕事というのはあるものだと思っていた」が、「何もない状況というのは、自分では受け入れられ」ず、外資系企業に転職し、ニューヨークに転勤し、環境ビジネスにであったことを語った上で、「やはり探さないと、求めて動かないと、やりたいものは見つからない」と述べています。<br />
　また、「すごく悩んでいるときに難しいほうを選ぶ」、「答えはわかっているのに悩んでいて、結局は難しいほうを選ぶ」といわれると語っています。<br />
　第2章「公立高校校長　荒瀬克己」では、堀川高校の学校改革が、「生徒の誰もが持っている『知りたい』という気持ちを中心に据えたものだ」と述べています。<br />
　そして、「探求する心は、きっと子供たちの中にある」とした上で、「一つの学問研究につながるようなことを高校の間に経験できないだろうかと考えて、『探求基礎』という科目を作った」と語っています。<br />
　さらに、「生徒や先生のやる気を引き出すキーワード」として、<br />
・アドバイスはするが教えない。<br />
・まっすぐに聞く、まっすぐに見る。<br />
・すでに効果が証明されたものを取り入れる。<br />
などのキーワードについて解説しています。<br />
　第3章「自閉症支援　服巻智子」では、「一口に自閉症といっても、いまでは、『自閉症巣ペクトラム障害』という名前で呼ばれているように、とても多様な症状」を示すと述べ、あるオーストラリア在住の研究者が、「すべての人はいくつかのピースを持っている。もしも自閉症スペクトラムだという診断をするのに80ピース必要だとすると、多くの人は10ピースくらいは何かしら持っているだろう」という言い方をしていることを紹介しています。<br />
　そして、服巻が、「誰かとわかり合いたい」という気持ちを自分の中に確認できるので、「誰かの『共感し合いたい』という気持ちを手助けしたい」と語り、それは、「結果的に忍耐という言葉になるのかもしれませんが、そうではなくて『ひもとく』だけ」だと解説しています。<br />
　また、「自閉症支援を通じて、私自身の人生のためにすごく良かったのは、多様さを受け入れること、多様であっていいということを学んだこと」だと語り、「彼らが生まれてきた意味を探りたいと思ってこの仕事を選んだけれど、その子どもたちから、生きていくとはどういうことか、人として社会に存在するとはどういうことかを、教わった」と語っています。<br />
　第4章「漫画編集者・原作者　長崎尚志」では、「企画からシナリオづくり、宣伝戦略まで、絵を描く以外の漫画制作すべてに関わる」、「絵を描かない漫画家」だとした上で、「面白いストーリーを創るキーワード」として、<br />
(1)わかりにくいものを選ぶ：わかりにくいものをわかりやすく描いているから面白い。<br />
(2)上下左右から見る：物語の形というのは大昔の神話や伝説に始まって、ほとんどパターンが出尽くしている。<br />
(3)裏切りながら安心させる：「自分はこうなると思ってたのに、どうしてこうなったんだ」というのが、読者には面白い。<br />
(4)自分が面白いと思うものをやる：漫画家なり編集者なりが面白いと信じているものをやるしかない。<br />
の4点を挙げています。<br />
　第5章「義肢装具士　佐喜眞保」では、「手術によって、気持ちが変わるほど大きな変化がある」として、自身が、脊椎の手術で身長が2センチ伸びただけで、「性格が変わるぐらいに幸せだった」と述べた上で、「本人の希望がかなうということが、どんなにうれしいことかわかる」として、「装具づくりでも、本人がどうありたいと願っているのかといういうのを、常に聞いて、本人の気持ちを入れながらつくって」いると語っています。<br />
　また、子どもの頃の事故で障害を持つようになったことで、サングラスをかけるなど、「弱い自分を見せたくない」という時期があり、「本当は弱いんだけれど、弱く見せたくない」と思っていたが、「この仕事に出会って、人様が喜んでくれる、人のお役に立てるというのが実感できるようになった」と語っています。<br />
　そして、「弱いから、弱いということがわかるから、それをカバーする努力もするし、自身を人の拓に立つ部分にぶつけたいという気持ちがある」と語っています。<br />
　本書は、テレビで何となく見ていたのでは気づかないかもしれない、「プロフェッショナル」たちの心の機微に気づかせるきっかけを与えてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　前身となった「プロジェクト×」がドラマティックなプロジェクトを追い求めたあげくに、都合の悪い部分は都合よく改変したりしてしまったために、信用を失って打ち切りの憂き目にあったのに対し、多くの雑誌や評伝が出ているように、個人の話は、それほど極端にドラマティックなプロジェクトでなくても、人生としてのドラマが人の心を揺さぶるのではないかと思います。<br />
　個人的には、最近『20世紀少年』全22巻と『21世紀少年』上下巻を一気読みしてしまった勢いで長崎さんの話は楽しかったです。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・プロフェッショナルの仕事をしたい人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　村山 昇　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883993159/pmforumorg-22/ref=nosim">『「ピカソ」のキャリア「ゆでガエル」のキャリア』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/07/post_163.html">2005年07月19日</a><br />
　渡邊 奈々　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822244644/pmforumorg-22/ref=nosim">『チェンジメーカー　社会起業家が世の中を変える』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/08/post_184.html">2005年08月11日</a><br />
　大島 謙　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794213484/pmforumorg-22/ref=nosim">『高校を変えたい!―民間人校長奮戦記』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_353.html">2006年02月13日</a><br />
　吉田 新一郎　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582852661/pmforumorg-22/ref=nosim">『校長先生という仕事』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/02/post_355.html">2006年02月15日</a><br />
　うしお そうじ　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794215673/pmforumorg-22/ref=nosim">『手塚治虫とボク』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/10/post_848.html">2007年10月06日</a><br />
　斎藤 槙　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400430900X/pmforumorg-22/ref=nosim">『社会起業家―社会責任ビジネスの新しい潮流』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/06/post_119.html">2005年06月01日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063055809/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="あいつとララバイ" src=" http://www.pm-forum.org/100satsu/img/aitutorarabai.jpg " align="left" border="0" width="80" />【あいつとララバイ	】</A></p>

<p>　バイク乗りの作品ですが、なぜか映画化されたときには少年隊が主役で、主人公はニッキでした。ちなみにカッちゃんは千葉の出身です。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1134.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1134.html</guid>
<category>経営</category>
<pubDate>Thu, 21 Aug 2008 22:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>マッキンゼーをつくった男 マービン・バウワー</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478321272/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="マッキンゼーをつくった男 マービン・バウワー" src=" http://images.amazon.com/images/P/4478321272.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478321272/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【マッキンゼーをつくった男 マービン・バウワー】</A>(#1308)</p>

<p>　　エリザベス・イーダスハイム (著), 村井 章子 (翻訳)<br />
　　価格： ￥1,890 （税込）<br />
　　ダイヤモンド社(2007/3/2)</p>

<p>　本書は、「主に最高経営責任者(CEO)を対象とするトップ・マネジメント・コンサルティングという職業」を確立し、「もともと経営システムの改善・効率化などを主とするマネジメント・エンジニアリング・ファームだったマッキンゼー＆カンパニーを、経営者や指導者に高度なコンサルティングを提供する組織に変えた」男、マービン・バウワーの評伝です。<br />
　第1章「マービンの一世紀」では、「マービン・バウワーがビジネスの世界に進出したことは、世界の企業経営に計り知れない波及効果があった」として、「マービンはコンサルティングの仕組みを作り、理念を掲げ、それを職業として確立し、世界中の経営者に影響を与えた」と述べています。<br />
　そして、マービンが、「クライアントを、そしてファームを支えるパートナーをあくまで大切にするという価値観にこだわる姿勢は度外れ」であったとして、「サービスを提供する組織というものは単に能力と経験だけでなく、構成員の行動と姿勢が問われるのだと固く信じていた」と述べています。<br />
　第2章「ビジョン」では、マービンが、「わるいのは上下関係であり、上への服従あるいは盲従だ」と考え、「CEOが必要とする知識の多くは最前線の現場に埋もれている」ことを知ったマービンが、「CEOを助けることを任務と心得、社内の知識や情報からトップを遮断している障壁を無くすべきだとアドバイス」したと述べ、「組織や運営の事となると、助言してくれる専門会社はどこにもなかった」当時、「そうした助言を与える仕事を経営コンサルティング」と名づけたが、後から聞いた話では、「経営に関するコンサルティング」と名づけたかったそうであると述べています。<br />
　第3章「プロフェッショナル・ファーム」では、マービンが、経営コンサルティングを、「一つの職業であり、医師や弁護士と同じく、評判を確立しクライアントを獲得するには高い職業規範が必要だと考えていた」として、「クライアントの利益を最優先し、職業倫理を護り、真の価値を提供できる仕事に専念する。また顧客に常に真実を話すことによって独立性を維持することである」という規範を掲げたと述べています。<br />
　そして、マッキンゼーのビジョンとして、<br />
(1)全国展開する。<br />
(2)ファームとしてのアイデンティティを確立する。<br />
(3)高い専門能力をもつ意欲的な人材を集めて育てる。<br />
(4)自己満足をいましめ、常に外部要因に注意を払う。<br />
(5)リーダーを育てる。<br />
の5つの項目を掲げたと述べています。<br />
　また、マービンがマッキンゼーのアイデンティティとして、<br />
(1)プロフェッショナルとしてのリーダーシップ<br />
(2)共通の問題解決アプローチ<br />
(3)実行の重視<br />
の3点を考えていたと述べています。<br />
　そして、マービンが、「プロフェッショナルが価値を置くのは金銭ではない。金銭的利益を無視するわけにはいかないが、それを目標にしてはならない」ということを口癖にしていたことを紹介しています。<br />
　さらに、マービンが提唱する「プロフェッショナルとしてのリーダーシップ」として、<br />
(1)顧客の利益を最優先する。<br />
(2)つねに耳を傾ける。<br />
(3)事実に立脚する。<br />
(4)行動に結びつける。<br />
(5)各人に最善を尽くさせる。<br />
(6)職業倫理を徹底させる。<br />
の6項目にまとめています。<br />
　また、「優秀な人間をひきつけるには、そこで働くことに誇りを持てるような組織文化がなければならず、また経営コンサルティングという職業が価値ある職業でなければならない」と述べていることを紹介しています。<br />
　さらに、マービンが87歳のときの理事会で収益性改善が問題になったとき、「プロフェッショナル・ファームの人間は、どうすれば収入を増やせるかを論じるべきではないと思う。ファームのディレクターやパートナーが論じるべき唯一の議題は、どうすればクライアントによりよいサービスを提供できるか、ということだ。よりよいサービスを提供できれば収入は増える。だが収入にこだわったらクライアントを失い、結局は収入も失う」と語ったことを紹介しています。<br />
　そして、「よきリーダーシップ」について、1955年の講演で、「リーダーであることを命令指揮することと勘違いするようなリーダーがいたら、チームワークは乱れて」しまう、として、「企業を経営するとは次の経営者を育てること」に他ならず、「次世代のリーダーを生み出す土壌を豊かにすることは、競争優位、事業規模、利益のすべての面で企業自体の成長を促すことにつながるから」と語っていることを紹介しています。<br />
　第4章「リーダーの決断」では、マービンが唱え続けた「共通のアイデンティティの確立」について、「ワン・ファーム」というコンセプトとして、<br />
(1)経営コンサルタントという新しい職業を定着させ尊敬を勝ち得るために、プロフェッショナルのイメージを打ち出した。<br />
(2)主要都市に構えたオフィスに、中央から指揮命令して足並みを揃える代わりに、各オフィスに自主運営・自由裁量の余地を与え、しかも統一性を保つために、ワン・ファームのコンセプトを浸透させた。<br />
(3)クライアントへのサービス提供に一貫性を保つために、トレーニングと同時に一定のガイドラインを定めた。<br />
(4)マッキンゼーというブランドのイメージを確立したいと考えていた。<br />
の4点を挙げ、マービンが服装に関してはなかなかうるさく、「各人はプロフェッショナルらしい服装をしなければならないというだけでなく、ビジネスの世界で違和感のない服装、悪目立ちしない服装をするように指導された」と述べています。<br />
　そして、マッキンゼーが株式公開をすることになった際には、「株式公開で巨万の富を得ようとするどころか、正反対の挙に出る」として、「遠い将来を慮り、保有株をパートナーに簿価で（時価ではない）譲渡した」、「それによって、健全な財務基盤を持つ公正で独立したプロフェッショナル・ファームとして、マッキンゼーを恒久的に存続させようとした」と述べ、マービンのこの行為が、「当時のパートナーからは称賛を、次世代のパートナーからは深い尊敬を集めている」と述べています。<br />
　著者は、「1939年にマッキンゼーを買い戻してから正式退職する92年までの長いキャリアを通じて、マービンはリーダーシップの生きた手本だった。正しい決定を下し実行することをマービンは身をもって示し続けた」と述べています。<br />
　第5章「リーダーシップ」では、マービンが示したリーダーとしての素質について、<br />
・誠実さ<br />
・現実的<br />
・高い規範<br />
・他人の尊重<br />
・コミュニケーション能力<br />
・配慮と検診<br />
の6点を挙げています。<br />
　そして、マービンが、「企業を動かすのは人であり、したがって企業は民主的な組織であるべきで、その中では自由な競争が行われなければならない」と固く信じていたことを紹介しています。<br />
　第6章「改革の勇気」では、クライアントとチームを組んで問題解決に取り組むときに、マービンが決まって経営者に言うこととして、「リーダーとして、何かを変える勇気を社員に与えなさい」という言葉を紹介し、「マービンは、企業のトップを相手に組織改革のコーチングを行っていた」と述べています。<br />
　また、ハーバード・ビジネススクールの改革に取り組んださいには、ビジネススクールの卒業生がリーダーシップを発揮できているか、をフォーチュン500社のトップ25社から話を聞くことにし、このインタビューに同行したスティーブ・ウォーレックは、マービンから、「この仕事から何を学んだかな」、「君の今後のキャリアで大いに役立つことだ」と訊かれ、「フォーチュン25社のCEOとあって話ができたということ」だと答えたことを紹介しています。<br />
　第7章「マービン・スクール」では、マービンが、「人を育てることを第一に組織を設計」し、「仕事を共にした部下やクライアントに多くの影響を与え、それがまた受け継がれていった」として、「言わば『マービン・スクール』である」と述べています。<br />
　そして、「マービン・スクール」の卒業生の中から、<br />
・アメリカン・エキスプレスのハーベイ・ゴルフ<br />
・イリノイ州の福祉改革を推進したギャリー・マクドゥガル<br />
・広告代理店オグルビー＆メイザーの創始者デービッド・オグルビー<br />
の3人を取り上げて紹介しています。<br />
　このほかの卒業生の中では、IBM会長のルイス・ガースナーが、「ビジネスに関してマービンから教わったのは、行動規範の大切さだ。しっかりとした規範を浸透させることは、規則で縛るよりずっと効果がある。とりわけコンサルティングのようにナレッジベースの組織では、そうだ」と語っていることを紹介しています。<br />
　著者は、本書の最後に、マービン自身の言葉として、<br />
「企業というシステムには人を育てる働きがある。私には、このシステムをよりよいものにする義務があると感じている。自分の経験を他に人に伝えようとするのはこのためだ」<br />
という言葉を紹介しています。<br />
　本書は、「経営コンサルティング」そのものを生み出した人物が何よりリーダーシップそのものを体現した人物であることを伝える一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　何より共感したのは、マービンの高潔な人柄です。日々仕事をする中で、ミッションに忠実にあろうとすると、現実には、上司からの薄笑いに遭って凹むこともたびたびあろうかと思いますですが、そんなときにも勇気と希望を与えてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・職場の現実に屈せずに、高く理想を持ち続けたい人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　若松 茂美, 織山 和久, 上山 信一　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4871882144/pmforumorg-22/ref=nosim">『変革のマネジメント―明るい「リストラ」を考える』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/08/post_183.html">2005年08月10日</a><br />
　チャールズ オライリー , ジェフリー フェファー (著), 広田 里子, 有賀 裕子 (翻訳), 長谷川 喜一郎　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798102245/pmforumorg-22/ref=nosim">『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/02/post_12.html">2005年02月03日</a><br />
　エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー, 櫻井 祐子 (翻訳), 野中 郁次郎（解説）, 野村 恭彦 (監修)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798103438/pmforumorg-22/ref=nosim">『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/08/post_196.html">2005年08月25日</a><br />
　上山 信一　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270001038/pmforumorg-22/ref=nosim">『だから、改革は成功する』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/11/post_260.html">2005年11月2日</a><br />
　モーガン マッコール (著), 金井 壽宏, リクルートワークス研究所 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4833417197/pmforumorg-22/ref=nosim">『ハイ・フライヤー―次世代リーダーの育成法』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/08/post_182.html">2005年08月09日</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093890617/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="新 ど忘れ日本政治" src=" http://images.amazon.com/images/P//4093890617.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg " align="left" border="0" width="80" />【新 ど忘れ日本政治	】</A></p>

<p>　政治家の漫画を描かせたら当代随一の漫画家。源さんが政治漫画になっちゃったと思っていたら、作者自身、政治漫画をメインにするようになってしまいました。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1133.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1133.html</guid>
<category>経営</category>
<pubDate>Wed, 20 Aug 2008 23:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>公会計改革―ディスクロージャーが「見える行政」をつくる</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453231383X/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="公会計改革―ディスクロージャーが「見える行政」をつくる" src=" http://images.amazon.com/images/P/453231383X.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453231383X/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【公会計改革―ディスクロージャーが「見える行政」をつくる】</A>(#1307)</p>

<p>　　公会計改革研究会<br />
　　価格： ￥1,890 （税込）<br />
　　日本経済新聞出版社(2008/02)</p>

<p>　本書は、「公会計改革とディスクロージャーを車の両輪として、地方自治のいっそうの充実を進めて」いくことを目的としたものです。<br />
　第1章「公会計改革の視点」（神野直彦）では、「『改革(reformation)』とは本来の姿に戻すこと」であるとして、「『公会計改革』も本来の目的を問い、公会計の本来の姿を追求していく必要がある」と述べています。<br />
　そして、「政府にとって決算の意味は、社会の構成員の決定どおりに執行したことの承認を得て、予算の執行責任を解除してもらうことにある」として、「決算の意義は、決算を審議することで明らかにされた事実について、政治的責任を選挙などで問うことができるようにすることにある」と述べています。<br />
　また、「企業の財務会計で発生主義を採用し、減価償却を実施するのは、利潤を確定することにある」が、政府は「利潤を確定する必要はない」ため、「政府という経済主体では、発生主義を導入して利潤を確定することには意味がない」が、「それにもかかわらず現金主義では財政状況が的確に把握できず、公会計に発生主義を導入すべきだと主張される背景には、政府機能の拡大に伴い租税という市場を通さない収入ではなく、市場を通した収入が増加していることがある」ことを指摘しています。<br />
　第2章「自治体の経営改革を統括する」（上山信一）では、「筆者自身の官民双方における実体験をもとに、行政が企業経営にどこまで学べるのか、またその際に評価とディスクロージャーがどういう役割を果たすのか」を考えるとしています。<br />
　そして、わが国のNPMが、「1990年代半ば以降に主に自治体に導入され、実践されてきた」、「3人の首長によって日本でもNPMが始まった」として、<br />
・94年11月：逢坂誠二・ニセコ町長（現衆議院議員）<br />
・95年4月：北川正恭・三重県知事（現早稲田大学大学院教授）<br />
・95年4月：増田寛也・岩手県知事（現総務大臣）<br />
の3人を挙げ、「いずれも従来型の与野党相乗り型選挙とは一線を画した選挙を経て当選した」共通点を指摘しています。<br />
　また、2005年から2007年にかけての関市長時代の大阪市の行政改革について、<br />
(1)徹底した情報公開<br />
(2)改革の方針を具体的に公文書に記述した<br />
(3)個別具体の事業の中身が民間企業の経営分析手法を使って解明された<br />
(4)財政問題について単年度収支だけでなく、負債と資産のバランスを視野に入れた財政再建策を立てた。<br />
の4つの要素を挙げています。<br />
　著者は、これからの自治体経営にとって重要になる課題として、<br />
(1)これからは積極的な情報公開が改革を進めるパワーソースとなる。<br />
(2)改革にあたって公開すべき情報の中身を進化、あるいは深化させなければならない。<br />
(3)行政情報を外から評価する"情報市場"の整備が必要である。<br />
の3点を挙げています。<br />
　第3章「都市・自治体マネジメントの創造」（大住荘四郎）では、自治体のマネジメントの意思形成に共通するアプローチ手法として、<br />
(1)マーケティング的アプローチ：組織の外部環境に着目し、住民のニーズや外部の期待を正確に抽出することで、地域・都市マネジメントからみたビジョン（将来像）や公共サービスの設計を目指す。<br />
(2)戦略的アプローチ：組織を取り巻く外部環境の変化を組織のミッションとの関係で把握し、組織のあるべき姿（ビジョンとゴール）を導き、それらを実現するための施策体型へのリンケージを図る。<br />
(3)組織論的アプローチ：急激な環境変化に適応できる柔軟で活力ある組織づくりを目指す。<br />
の3つのアプローチを紹介しています。<br />
　また、「地域の潜在的な人材・地域の資源を活かし、地域の発展や公共サービスの確保のための多元的な都市・地域マネジメント像」の潮流を、「NPS（New Public Service＝ニュー・パブリック・サービス）」と呼ぶこともあることを紹介しています。<br />
　第5章「公会計改革と総務省方式改訂モデル」（森田祐司）では、<br />
「自治体経営に必要な情報は、現金主義や発生主義で表される財務情報だけではない」として、「過去情報と将来情報」、「財務情報と非財務情報」の2つの切り口によって、<br />
・行政評価（過去情報・非財務情報）<br />
・マニフェスト・総合計画（将来情報・非財務情報）<br />
・財務諸表（過去情報：財務情報）<br />
・予算・財政計画（将来情報：財務情報）<br />
の4つに分類しています。<br />
　第7章「自治体がディスクロージャーをする意義」（石原俊彦）では、「自治体の行政経営改革における会計（学）の重要性を、事務事業評価と管理会計、ディスクロージャー（情報開示）、ならびに、財務会計の視点から考察する」としています。<br />
　そして、わが国の自治体で採用されている事業別予算の克服すべき欠点として、<br />
(1)事業別予算が、人件費を含めたフルコストの事業予算になっていない。<br />
(2)事業別予算における「事業」を、財政計画上の事業名としているケースがほとんどで、財政計画上の事業名と総合計画から演繹された実施計画の事業名に必ずしも関連していない。<br />
(3)「目」の下で個別の事業名が設定されている関係で、款・項・目を跨いだ複数の事業を統合した事業レベルでの予算額を集計することが困難になっている。<br />
の3点を挙げています。<br />
　また、「自治体の行財政改革を積極的に展開する際の『足かせ』」として、「各自治体の財政か職員の意識改革の遅れ」を挙げた上で、「バランスシートを作成する目的は、ほぼ財政課職員しか理解できていない自治体の財政構造を、民間企業流の決算書で整理し、それを住民に公表することで、より積極的な情報公開を行うことにある」と述べています。<br />
　第8章「情報公開と市民参加の自治体経営」（福島浩彦）では、「これまでの公共は『官が支配する公共』だった」とした上で、「これからは地域のコミュニティの中で、公共を担う民の主体を限りなく豊かにすることによって、公共はより充実させ大きくしながら、役所はより効率的で小さなものにしていく、という視点が大切」だと述べています。<br />
　そして、議会の役割は、「市民の合意を作り出すこと」と「行政の監視」の2つがあるが、「多くのいj地帯議会は、市民の合意形成の仕事は首長（執行部）に任せ、議会は要望と最後の決定だけを行っている」ことを指摘し、「この『市民の合意を作り出すこと』は、立法機関としての議会の最も重要な仕事だ」と述べています。<br />
　第10章「求められる地方自治体のアニュアルリポート」（小林麻理）では、米国において、「公会計基準審議会(GASB)」が設定した、「地方政府の財務報告に関する基本原則」にならい、わが国においても、「統一的な財務報告モデルとして自治体アニュアルリポートのフォームを確立し、アカウンタビリティを履行することが喫緊の課題である」と述べ、「自治体財政の透明性の実現のみならず、すべてのユーザーに対して、期間比較、相互比較、標準比較を行なって企業の財務分析をするのと同じ環境を自治体財政について提供すること、比較可能性を高めるとともに情報共有の有用なメディアとして機能することにこそ意義がある」と述べています。<br />
　本書は、テクニカルな会計論にとどまらず、自治体のガバナンスそのものを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。</p>

<p><br />
<strong>■ 個人的な視点から</strong></p>

<p>　こういう「～研究会」名義の共著ものの場合、人によって言っていることが180度違ったり、逆に同じような論調過ぎてつまらなかったりと、結構当たり外れが大きいものですが、本書は、公会計を軸に、さまざまな論調が適度に分かれていてお買い得ではないかと思います。</p>

<p><br />
<strong>■ どんな人にオススメ？</strong></p>

<p>・地味ではある公会計が実は重要だということを知ってしまった人。</p>

<p><br />
<strong>■ 関連しそうな本</strong></p>

<p>　桜内 文城　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061497480/pmforumorg-22/ref=nosim">『公会計革命―「国ナビ」が変える日本の財政戦略』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/02/post_36.html">2005年02月28日</a><br />
　山本 清　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/450218313X/pmforumorg-22/ref=nosim">『政府会計の改革―国・自治体・独立行政法人会計のゆくえ』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2007/04/post_710.html">2007年04月24日</a><br />
　石原 俊彦　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4502170135/pmforumorg-22/ref=nosim">『地方自治体の事業評価と発生主義会計―行政評価の新潮流』</a><br />
　石原 俊彦, INPMバランススコアカード研究会　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492620575/pmforumorg-22/ref=nosim">『自治体バランス・スコアカード』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2005/11/post_259.html">2005年11月01日</a><br />
　ポール・R. ニーヴン　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820117904/pmforumorg-22/ref=nosim">『行政・非営利組織のバランス・スコアカード―卓越した組織へのロードマップ』</a>　<a href="http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/07/post_473.html">2006年07月12日</a><br />
　ロバート・S. キャプラン, デビッド・P. ノートン (著), 吉川 武男 (翻訳)　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4820116207/pmforumorg-22/ref=nosim">『バランス・スコアカード―新しい経営指標による企業変革』</a></p>

<p><br />
<strong>■ 百夜百マンガ</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4778030494/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="赤胴鈴之助" src=" http://images.amazon.com/images/P//4778030494.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg " align="left" border="0" width="80" />【赤胴鈴之助	】</A></p>

<p>　第1回目だけは『イガグリくん』の福井英一が書いていますが、売れっ子の多忙がたたった福井の急逝によって、作者が交代しています。<br />
　最近では、『代打屋トーゴー』で知られる、たかもちげんの死後、アシスタントが連載を引き継いだ例があります。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
<link>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1132.html</link>
<guid>http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2008/08/post_1132.html</guid>
<category>NPM</category>
<pubDate>Tue, 19 Aug 2008 06:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>プロ法律家のクレーマー対応術</title>
<description><![CDATA[<p><strong>■ 書籍情報</strong></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456969926X/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank"><img alt="プロ法律家のクレーマー対応術" src=" http://images.amazon.com/images/P/456969926X.09._PE00_OU09_SCMZZZZZZZ_.jpg" width="80" align="left" border="0" /></A>　　　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456969926X/pmforumorg-22/ref=nosim" target="_blank">【プロ法律家のクレーマー対応術】</A>(#1306)</p>

<p>　　横山 雅文<br />
　　価格： ￥756 （税込）<br />
　　PHP研究所(2008/5/16)</p>

<p>　本書は、「苦情・クレームに名を借りて、執拗に不当な要求や嫌がらせを繰り返す人々」である「悪質クレーマー」を、いくつかのタイプに分類して、「それぞれのタイプの特質を指摘すると同時に、その特質に即して対処のポイントの解説」を行っているものです。<br />
　第1章「悪質クレーマーに潰される！」では、悪質クレーマー増加の背景として、<br />
(1)消費者保護関連法の施行による権利意識の高揚<br />
(2)度重なる企業不祥事とそれに対する一般社会の激烈な反応<br />
(3)インターネットの普及によって一般人でも企業・行政に対する攻撃が可能となったこと<br />
の3点を挙げています。<br />
　そして、「従業員の精神的健康のため、また善良な顧客に対するサービスの質を落とさないために、顧客と悪質クレーマーとは峻別して対応すべき」だと述べています。<br />
　第2章「顧客？　それとも悪質クレーマー？」では、「顧客として扱うか、悪質クレーマーとして対応するかの判断」のポイントとして、<br />
(1)クレームの原因に法的根拠はあるか<br />
(2)損害は発生しているのか<br />
(3)クレームの原因と損害に因果関係はあるか<br />
(4)損害と要求の関連性はあるか<br />
(5)クレーマーの行為は適法か<br />
の5点を挙げています。<br />
　第3章「悪質クレーマーの4タイプと対応の基本」では、悪質クレーマーのタイプを、<br />
(1)性格的問題クレーマー：自己保身には敏感<br />
(2)精神的問題クレーマー：突発的な加害行為に要注意<br />
(3)常習的悪質クレーマー：具体的な事実を根掘り葉掘り聞く<br />
(4)反社会的悪質クレーマー：決して秘密を共有しない<br />
の4つのタイプに分け、それぞれについて「対応の基本」を示しています。<br />
　第5章「悪質クレーマーの術中にはまるな」では、企業の担当者の悪質クレーム対応が、「悪質クレーマーの術中にはまっている」と見られるケースについて、「企業側に、クレーマーの要求が不当要求か否かを判断する手順が確立されておらず、不用意な行為をしてしまうことによって、悪質クレーマーのペースに乗せられていくことが原因」だと述べています。<br />
　また、「製品の欠陥による回収・交換の新聞広告が出ると、必ず、架空の被害を申告して金銭を得ようとする悪質クレーマーが出てくる」と述べています。<br />
　第6章「クレーマーに言質・念書を取られるな」では、「クレーマーに念書を取られる要因のほとんどは、迫力負けによる混乱と長時間の拘束、いわゆる軟禁状態」であるとした上で、これを避けるコツとして、「自分には決裁権はないが、事実調査については自分が責任者である」ということを常に念頭において、事実関係の確認に集中することだと述べています。<br />
　また、「裁判官は書面重視」であり、