2006年03月06日
埼玉県議会の予算特別委員会
3月6日、7日と埼玉県議会で予算特別委員会が行われている。
予算委員会は、上田知事になって、予算審議を深めるために、県議会が設置した委員会だ。
以前の本会議での代表質問、一般質問だけの時代に比べると、実質的な議論が行われている。
対立型で、議論が深まるかという問題点もあるが、このような議論をする試みをもっと深めていくことが必要であろう。
インターネットで中継もなされている。
興味のある人はごらんいただきたい。
http://202.214.8.9/sgikai/2.html
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2005年10月04日
日高市で講演会
日高市で「協働への第一歩」というタイトルで講演を行う。
席に余裕があると思うので、興味のある方は伊関までメールをください。
講演会日時 平成17年10月29日(土) 10:00~12:00
会 場 日高市総合福祉センター「高麗の郷」
日高市大字楡木201
http://www.city.hidaka.lg.jp/DAT/LIB/WEB/1/hdk051001_08-09.pdf
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2005年08月06日
和光市役所で講演
昨日は和光市役所で行政評価の講演を行った。
講演会後は、担当の方々と懇親会でお酒を飲んだが、担当の皆さんの市役所を良くしたいという熱い想いを感じた。
和光市の行政評価は、事務事業評価を行っているようであるが、課題も多いようだ。
変革のためにはWILLとSKILLが必要とされるが、WILLである変革への想いを持つことは絶対条件であろう。
乗り越えなければものは多いと思うが、がんばってほしい。
投稿者 iseki : 09:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月23日
田口講演会
田口氏の講演会について、某所に提出する原稿案である。
本物はもう少し直しが入るであろう。
平成17年6月17日、埼玉県議会議員田口禎則先生をお招きして特別講義をお願いした。
講演は「県議会議員の仕事」をテーマに、伊関とインタビュー形式で行われた。
田口県議は日本代表の経歴も持つ、元浦和レッズのJリーガーである。
Jリーグにおいては96試合に出場、6得点という成績を有し、現浦和レッズの監督であるギド・ブッフバルト氏らと「赤い壁」という強力な守備陣を作ったことは有名である。
Jリーグ引退後、平成11年5月、浦和市議会議員に初当選され、平成15年4月には埼玉県議会議員に転身をされた。
会場では、400人を超す学生が熱心に田口県議の話しを聞き入った。
講演では、国民にとって分かりにくい地方議会の議員がどのような仕事を行っているのかについて、田口県議の体験も踏まえて分かりやすく説明がなされた。
1千万円単位のお金をかける候補がいるにも関わらず、田口議員はボランティアの協力を得て120万円の選挙費用で当選をされたこと。
県議会の議場では議員バッジのほか、背広とネクタイを着用しなければならないこと(クールビズは夏季期間の例外である)。
議会の一般質問の準備に半年以上前から準備し、1万字の原稿を書かなければならないこと。
議員と言えば料亭でというイメージがあるが、今の議員は宴会そのものをしないこと。など議員の日常生活について実際の例を紹介しながら分かりやすく説明をいただいた。
講演の中で、特に田口議員が力を入れていることは、埼玉県の財産である埼玉スタジアム2002にスポーツビジネスを導入したいということであった。
しかし、実際はお役所の壁は厚く、なかなかサッカーの専門家である田口議員の考え方は受け入れられないということであった。
学生からの質問コーナーもあり、ジーコジャパンや浦和レッズ、女子サッカーなどの話しなど学生の質問に対して、丁寧かつ熱のこもったお答えをいただいた。
最後に、田口県議から、学生に対して、「様々な失敗をした自分もこうして県議会議員として仕事をしている。失敗を恐れないで挑戦をしてほしい」というメッセージをいただいた。終始、マイクを使わず、生の声で、学生に対して熱く訴えをされておられたのが印象に残った。
とにかくインタビューをしている自分も面白いと感じる講演であった。
学生の満足度も高かったようだ。
投稿者 iseki : 16:39 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月21日
志木市長選
志木市長選挙、長沼明氏が初当選した。
市議会議員の大多数の支援を受けた前助役の候補を破っての当選である。
長沼新市長は穂坂市政の改革を見直しつつも継承していくというスタンスのようだ。
いずれにしても、穂坂市政の末期に見られた市長と議会の亀裂は、長沼市政でさらに深まることが予想される。
長沼新市長がどのような手腕を発揮するか、注目したい。
投稿者 iseki : 08:34 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月09日
上田知事の講演会
・昨日、城西大学の上田知事の講演会が無事に終了した。
・清光会館という大ホールが学生で満員となる盛況であった。
・若い学生を対象とした講演ということで、上田知事も熱っぽく語られていたようだ。
・話しは、とても面白かった。
・よく考えてみれば、私が上田知事の話を聞いたのは、就任の時の幹部職員向けのあいさつテープとテレビ埼玉や埼玉県のHPで放映される記者会見だけであった。
・これらの話しは面白いはずはない。
・上田知事が今、試行錯誤で埼玉県庁の改革に取り組んでいることはよく分かった。
・地域防犯グループの設置数で、300グループが1100グループに増え、担当が3000グループという目標を設定したら、10000グループにしろと職員にハッパをかけるなど、挑戦をしない埼玉県庁の職員に、いろいろ職員の意識を変えるように苦心しているようだ。
・今の知事室は、職員の目標となる、各種の統計を書き出した表で一杯ということらしい。
・各国の大使からの土産物や勲章で一杯だった知事公館が執務の場であった、前知事時代とはだいぶ違っているようだ。
・実際、経済統計や犯罪検挙の割合など、数値が上がってきているなど、就任以来、埼玉県に追い風が来ているようだ。
・埼玉県庁の本体の改革の状況についての判断は、しっかりとしたヒアリングも分析もしておらず、正確な判断は下せない。
・個人的には組織文化は簡単には変わらないと考えている。
・しかし、実際に取り組んでいる改革は、決して洗練された方法ではないが、知事自ら自分の考えで工夫はされておられるようだ。
・選挙の達人といわれた、努力する力で知事の仕事に取り組んでいることは、講演で良く分かった。
・もう少し、注意して上田改革を分析することとしてみたい。
投稿者 iseki : 14:05 | コメント (0) | トラックバック
上田知事の講演会
・昨日、城西大学の上田知事の講演会が無事に終了した。
・清光会館という大ホールが学生で満員となる盛況であった。
・若い学生を対象とした講演ということで、上田知事も熱っぽく語られていたようだ。
・話しは、とても面白かった。
・よく考えてみれば、私が上田知事の話を聞いたのは、就任の時の幹部職員向けのあいさつテープとテレビ埼玉や埼玉県のHPで放映される記者会見だけであった。
・これらの話しは面白いはずはない。
・上田知事が今、試行錯誤で埼玉県庁の改革に取り組んでいることはよく分かった。
・地域防犯グループの設置数で、300グループが1100グループに増え、担当が3000グループという目標を設定したら、10000グループにしろと職員にハッパをかけるなど、挑戦をしない埼玉県庁の職員に、いろいろ職員の意識を変えるように苦心しているようだ。
・今の知事室は、職員の目標となる、各種の統計を書き出した表で一杯ということらしい。
・各国の大使からの土産物や勲章で一杯だった知事公館が執務の場であった、前知事時代とはだいぶ違っているようだ。
・実際、経済統計や犯罪検挙の割合など、数値が上がってきているなど、就任以来、埼玉県に追い風が来ているようだ。
・埼玉県庁の本体の改革の状況についての判断は、しっかりとしたヒアリングも分析もしておらず、正確な判断は下せない。
・個人的には組織文化は簡単には変わらないと考えている。
・しかし、実際に取り組んでいる改革は、決して洗練された方法ではないが、知事自ら自分の考えで工夫はされておられるようだ。
・選挙の達人といわれた、努力する力で知事の仕事に取り組んでいることは、講演で良く分かった。
・もう少し、注意して上田改革を分析することとしてみたい。
投稿者 iseki : 14:05 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月05日
上田清司埼玉県知事講演会
6月8日(水)、埼玉県知事の上田清司氏をお招きし、城西大学創立40周年記念経営学部講演会を開催する。
演題は埼玉県行政の現状と未来(仮題)
時間は15:15~16:50、場所は清光会館2F清光ホール
この講演会は、経営学部行政マネジメントコースの特別講義の一環としても開催される。
実は、私は生の上田知事にお会いしたことはない。
埼玉県庁退職前の半年間は知事として仕えていたのであるが、現場機関の職員だったため、直接話を聞いた機会はなかった。
退職辞令も知事名でいただいたが、主幹だったため病院で所属長である守屋精神保健医療センター病院長からいただいた。
まあ、テレビ埼玉や埼玉県庁のHPで流されている知事記者会見などで話はお伺いしているが。
上田知事が城西大の学生に対してどのような話をされるか楽しみだ。
2年生と3年生のゼミの学生に「上田知事に質問をしろ」とはっぱをかけているので、どのような質問をするのか心配でもある。
投稿者 iseki : 20:03 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月26日
行政評価講演会
5月30日の月曜日、埼玉県庁の市町村課の主催で埼玉県内の行政評価の担当の方々を対象とした講演会を行う予定である。
17年間お世話になった埼玉県庁さんの仕事なので、通常行う行政評価のスライドの80%を入れ替え、分かりやすい資料をつくった。
話しを聞いた埼玉県内の市町村の担当の方が、納得できる行政評価を行えるような講演にしたいと考えている。
投稿者 iseki : 00:03 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月09日
江森元大利根町長の逝去
江森藤男元大利根町長が肺がんで亡くなられた。
ちょうど10年前、私が大利根町の企画財政課にお世話になった時の最初の町長さんであった。
元営団地下鉄の経理の職員で、退職後地元で幼稚園を経営し、町議会議員のあと町長になられた。
大利根町の職員時代、約1年間という短い期間であったが、とてもかわいがっていただいた。
謹んで哀悼の意を表したい。
合掌。
投稿者 iseki : 05:30 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月17日
穂坂志木市長の再選不出馬
穂坂志木市長が次の市長選に出馬しないことを表明されたようだ。
志木の関係者の間では話題となっており、私も結構前からうわさは聞いていた。
新聞の地方版でもインタビューで再選出馬は絶対ではないと表明していたこともあり、不出馬は50%と読んでいた。
最近、議会との関係が非常に悪化しており、その辺も影響したのかもしれない。
次の志木市長は誰なのであろうか。
注目したい。
投稿者 iseki : 22:52 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月21日
武病院事業管理者の講演
知人からの情報であるが、11月18日の木曜日、埼玉会館で武病院事業管理者の講演があったという話である。
対象は、埼玉県庁職員向けなのであるが、タイトルはズバリ「県庁職員よ、目を覚ませ」という題であったそうだ。
すごいタイトルだ。
外の視点から埼玉県の組織を見ている武管理者ならではの講演だと思う。
しかし、県職員は、「どこをどのように目を覚ましてよいか」分からないのではないか。
長年築きあげた組織文化に浸っていると無意識の部分で、今までの埼玉県庁流の思考方法が出来上がってきている。
そこを変えるのは、本当に血みどろの戦いが必要となる
投稿者 iseki : 23:29 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月17日
埼玉県庁の部局再編
読売新聞の埼玉版で埼玉県庁の部局再編が記事になっていた。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/news002.htm
引用開始
知事部局 10部に再編へ 来年度 県、スリム化方針を転換
--------------------------------------------------------------------------------
県は十五日、出納局を除く七部一局で構成されている知事部局を改編し、来年度から十部に増やす方針を固めた。環境防災、健康福祉、県土整備の三部を二つに分割する一方、国体・国際スポーツ大会局を廃止する。一九九七年度以降、県は組織のスリム化を進めてきたが、「部が肥大化し、機動力が低下した」(幹部)として方針を転換する。上田知事就任後、初の組織改編で、十二月定例県議会に県部局設置条例の改正案を提案する。
改正案では、環境防災部を「環境部」と「危機管理防災部」に、健康福祉部を「保健医療部」と「福祉部」にそれぞれ分けるほか、県土整備部から都市整備・住宅部門などを「都市づくり部」として独立させる。同時に、労働商工部を「産業労働部」に改称し、知事が唱える企業誘致強化の姿勢を鮮明にする。
(以下略)
大括りの部局は、国の中央省庁再編にあわせて、セクショナリズムの打破と部長ポストの削減の趣旨で行われたと記憶している。
筆者も実際、健康福祉部に在籍していたことがあるが、部長の所管する課が多すぎ、説明や行事の日程を取ることに大変苦労した経験がある。
県議会の答弁などもとても多く、連日答弁の準備で午前様であった。
これでは、質の良い意思決定はできない。
部の再編は意義があると考える。
しかし、再編は本当に10部で良いのであろうか。
本当に部長クラスの意思決定の質を高め、スピード感ある行政運営をするためには、さらに部門を細分化することも必要ではないか。
埼玉県立4病院の経営改革が上手くいったのは、地方公営企業法という法律の全部適用を行い、武弘道氏を病院事業管理者に置いて、武氏の責任で仕事を行ったことが大きい。
例えば、県立高校、教育委員会の下に置く必要があるのか。
いくつかの県立高校群として独自に経営ができないか。
県立博物館や県立図書館と知事部局の文化施設の経営を分離し、同じ運営にできないのか。
県営住宅を市町村住宅と一体にして管理運営できないか。
いろいろな考え方が成り立つ。
当然、今までの経緯や法律の壁があり、なかなか進まないことは分かっている。
しかし、できるだけ組織本体から分離し、独自に責任をもって運営していくという発想も必要ではないか。
投稿者 iseki : 00:01 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月05日
鎌倉市役所の事務事業評価
筆者は、鎌倉市役所の行政評価アドバイザーの仕事をしている。
実は、この数日鎌倉市役所の事務事業評価のヒアリングに基づく第3者評価の報告書づくりに追われていた。
鎌倉市役所はかなり前から行政評価を導入していて、事業評価については平成15年度に全ての事務事業306件の評価調書の作成を行っている。
ところが、評価調書を作ってみたものの成果が見えてこない。
そこで専門家3人を行政評価アドバイザーとして任命して、行政評価のあり方について見直すことになった。
とはいっても、そう大きく変えることはできない。
とりあえず、アドバイザーの提案として、調書に1年間で努力したこと。課題。これからの方針を書いてもらった。
自分たちの仕事を本気で見直してほしいからだ。
その上で、試行として、2日間にわたって25本の事務事業のヒアリングを行った。
ヒアリングはかなり疲れたが、それなりに面白く、勉強になった。
感じたことは、評価調書だけでは何も分からないが、ヒアリングで30分から1時間程度聞けば結構問題点は把握できるということだ。
これは、元公務員であったからかもしれないので、一般論ではないかもしれない。
2日かかったヒアリングの結果を3日かけて報告書にまとめた。
これは、大変な思いをした。
しかし、報告書を書くことにより、事業を理解できた面もあった。
この調書は後で公開したいと考えている。
投稿者 iseki : 00:01 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月04日
新潟地震への職員派遣
埼玉県庁で新潟県小千谷市に派遣される職員の送別式が、今日11月4日の朝に行われた。
http://prosv.pref.saitama.lg.jp/scripts/news/news.exe?mode=ref&yy=2004&mm=11&seq=29
11月8日までの5日間で、どれだけのことが出来るか分からないが、行けば公務員として鍛えられた力を発揮できると思う。
メンバーの名前を見ても、ほとんどの人は知らない名前ばかりだ。
職務を離れて災害支援の仕事に携わることは、新潟県のためにもなると思うが、派遣される個々の職員にとっても学ぶことが多く、ひいては埼玉県庁にもプラスになると思う。
ぜひ、事故のないように気をつけて、一生懸命仕事に励んでほしい。
投稿者 iseki : 08:02 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月03日
ピンキッシュ
今日は少し柔らかい話を
読者はピンキッシュというアイドルグループをご存じであろうか。
ピンキッシュHP
http://www.doyo-pinkish.jp/
ピンキッシュファンサイトHP
http://pks-f.com/
ピンキッシュは、童謡のふる里大利根商工会青年部が立ち上げたプロジェクトにより誕生した「童謡のアイドルユニット」だ。
ピンキッシュの活動を通して「童謡」と「大利根町」を広く外部発信し、地元の活性化することを目的としている。
ピンキッシュは、平成14年9月に「歌姫ユニット」オーディションを行い、多数の応募者の中から選ばれた女性によって構成されている。
同年11月の「童謡のふる里まつり」でデビューした。
ユニット名の「ピンキッシュ」は、大利根町の特産のイチゴのピンク色とメンバーのフレッシュなイメージからと名づけられた。
平成15年には、「童謡のふる里おおとね」と「ピンキッシュ」を映像の面からも外部発信するために、自主制作映画「初恋のふる里」が製作された。映画には俳優の渡辺徹氏が特別出演している。
筆者がコンセプトを立ち上げた童謡のふる里づくりであるが、筆者は童謡のふる里づくりの方法には制約はないと考えている。
むしろ、大利根町民がどれだけ真剣に童謡のふる里づくりに取り組むかが大事だ。
本気で行うことで最後は成功と感動が生まれると信じている。
実際に、最初は、続いていくのかと思ったピンキッシュであるが、地方公演や都内のライブハウスでの演奏など、着実に活動範囲は広がっている。
ひょっとすると、大利根町における「童謡のふる里づくり」と同様に大きく飛躍するかもしれない。
今後のピンキッシュの活動予定である。
興味のある方はぜひ応援してほしい。
11月 6日(土) 加須市大越 利根川河川敷特設会場 大利根スカイフェスティバル
11月14日(日) 大利根町運動公園特設ステージ 第9回おおとね童謡のふる里まつり「商工まつり」
11月23日(火) 大利根文化体育館 童謡フェスティバルイin大利根
投稿者 iseki : 06:54 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月02日
埼玉県庁で職員が不祥事
埼玉県庁でまた職員の不祥事が起きた。
「被爆者健康手帳」など申請16件を放置したというものである。
読売新聞によると、平成12年度から平成15年度まで医療整備課で被爆者の申請書類の手続きを担当した男性職員(42)が、受け付けた被爆者健康手帳や健康診断受診者証、被爆者2世手帳の申請書類を、保管箱などに入れたままにしていたということだ。
この職員が、被爆者の医療手当の申請書類25人分を放置していたことが発覚し、県の調査で発覚したということだ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041102i406.htm
筆者は平成13年度と14年度は健康福祉部に属しており、医療整備課のある県庁本庁舎4階で仕事をしていた。
問題を起こしたのが誰であるか分からないが、おそらく顔を何回も合わしていると思う。
埼玉県庁では、今年の夏に県が事務局を行っている団体のお金を着服したことにより、主幹級の職員が懲戒免職になった事例がある。
http://prosv.pref.saitama.lg.jp/scripts/news/news.exe?mode=ref&yy=2004&mm=9&seq=14
県政の記者発表資料を見ると知事部局における平成15年度の職員の処分の案件はないようだ。
しかし、平成14年度以前では、毎年のように職員の不祥事が起きていた。
他の都道府県でも、このように多いのか。
元職員として感じることは、埼玉県庁の職場風土が、事なかれ主義、現状維持の気持ちが強くなってきているように思われる。
以前はあった良い意味での県庁職員としてのプライドも薄らいでいるのではないか。
その一方、仕事の量は増えてきている。
昇進のポストも少なくなってきている。
自分自身も他人からも認められない仕事をしていて、モラールが低下し、問題を起こす職員が多くなっている。
このような傾向はないであろうか。
投稿者 iseki : 20:37 | コメント (0) | トラックバック
2004年11月01日
埼玉国体閉幕
埼玉国体が閉幕した。
埼玉県選手団は、他の都道府県に圧倒する強さで天皇杯、皇后杯を獲得したという話である。
とにかく、大会自体が無事に終わったことはよかったと思う。
大会関係者の方々のご努力に敬意を表したい。
ここで、簡単に埼玉国体を私なりに総括することとしたい。
この埼玉国体は、土屋前知事の日本一の彩の国づくり路線の集大成というべきイベントである。
誘致自体は畑和元埼玉県知事の時代に決まっていたが、土屋県政は国体のほか、ワールドカップ大会の誘致、さいたま新都心の整備、埼玉高速鉄道開通、新幹線本庄新駅整備、環境国際センター整備というような大型の施設整備を進めてきた。
埼玉国体においても、熊谷の国体会場(約104億円)とドーム(約101億円雨天の時に必要なため体育館が必要)、上尾の武道館建設(62億円)で多額の予算を投入している。
もうこのような箱ものをつくり「日本一」という時代は終わったといえる。
上田県政も新しい「価値」を創出していくことが課題といえよう。
ある意味、箱もの整備を行うというのは簡単なことだ。
お金と人を投入すれば良い。
ある意味、中央集権型の従来型の公務員の意識を徹底すればいい。
しかし、箱もの整備を超えた価値を創造することは、非常に難しい。
職員の持つ今までの意識を変えていくことが必要だ。
今まで当然と思ってきた考え方を疑うことが求められる。
上田知事の手腕が問われることとなる。
投稿者 iseki : 20:59 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月28日
新潟県への埼玉県庁職員の派遣
新潟県中越地震は、現在も余震活動が続いている。
多くの方々が、自宅から離れ避難所生活を強いられている。
このような中で、全国の地方自治体から応援職員が派遣され活躍している。
埼玉県庁でも多くの職員が新潟県内に入り活躍している。
埼玉県庁の発表資料によると
http://prosv.pref.saitama.lg.jp/scripts/news/news.exe?mode=ref&yy=2004&mm=10&seq=225
埼玉県庁では、緊急支援物資の輸送、防災航空隊の派遣、被災建物等応急危険度判定士の派遣、心のケア支援チームの派遣などを行っている。
このうち心のケア支援チームは、筆者が退職前に仕事をしていた健康福祉部や病院局の仲間が数多く派遣されている。
第1陣5人のリーダーである滝田主幹は、社会福祉課の時、筆者と背中合わせで仕事をしていた。
穏やかであるが芯が強い人であった。
また精神保健福祉指導職の鴻巣主査は、最後の職場である精神保健福祉センターで一緒であった。
ちょうど、精神科救急情報センターのオープンの責任者として、一緒に仕事をさせていただいた。
経験豊かで、とても熱い気持ちを持った人である。
また、保健師の大塚主任は、筆者が健康福祉部県立病院課に勤務していた時、こども家庭課で子どもの心の問題の仕事をされていた。公衆衛生の専門家として多くのことを教えていただいた。
他の2人については、直接お会いしたことはないが力のある専門家ということをお聞きしている。
さらに、第2陣として筆者の勤務した精神医療センターや精神保健福祉センターの職員(医師・看護師・精神保健福祉指導職)が多数、新潟入りをしている。
今回の地震は、余震がいつまでも続くものとなっている。
このような経験は、筆者の記憶にない。
被災者の方々のストレスは相当なものであると思う。
実際に、現地に派遣されている職員の話では、精神的なケアを必要とする人たちが多数いるということである。
現在、心のケア支援チームは、新潟県の小出保健所に派遣され、活動を行っている。
(行方不明になっていた母子3人の方々がお住まいの町である)
事故のないように気をつけ、その能力を十分に発揮してほしいと願っている。
遠い埼玉の地から、県派遣の職員の皆さんの健闘をお祈りする。
投稿者 iseki : 12:33 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月26日
コバトン
昨日の日本シリーズで西武ライオンズが12年ぶりの日本一となった。
広岡監督や森監督の下、田淵、石毛、秋山、辻、デストラーデ、東尾、工藤、渡辺といった名選手を擁し最強を誇ったころから大分時間が経った。
埼玉県にある地元チームとしてとても嬉しいできごとである。
ところで、読者は、胴上げのシーンで、伊東監督に並んで埼玉国体のマスコットであるコバトンが胴上げされていたのをご存じであろうか。
http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20041025i511.htm
は、読売新聞のライオンズ日本一の記事であるが、写真にコバトンがしっかりと写っている。
どうやら、松坂大輔選手が埼玉国体にメッセージを送った際に、国体事務局からコバトンを贈られた。
それをベンチに置いたところ、各投手が登板前にコバトンをなでるようになったということであるようだ。
ラッキーシンボルとしてコバトンは活躍したということである。
開催中の国体にとっても、良い話である。
コバトンは大会前から、人気キャラクターとして子ども達に大人気であった。
キャラクター商品の売り上げも数千万円になったと聞いている。
実は、筆者はこのコバトンについては、あまりいいイメージを持っていなかった。
埼玉県庁に在職中、県の仕事でコバトンのイラストを使おうとしたところ、担当職員からあれこれもったいぶった話をされたことがあったためだ。
結局、コバトンは仕事に使うことはなかった。
正直、「くそコバトン」という気持ちがあった時期もあった。
愛憎渦巻くコバトンであるが、その成功はとても嬉しいものだ。
投稿者 iseki : 14:11 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月24日
国体開会式
国体の開会式を見て感じたことを書きたい。
入場行進で、埼玉にゆかりのある人に関しての曲が流されていた。
一つ気になったのが、埼玉県の産んだ作曲家である下總皖一氏の曲が流れなかったことだ。
作曲家・音楽教育家として有名な下總皖一は、本名を覚三といい、1898(明治31)年3月31日に北埼玉郡原道村(現在の大利根町)で生まれた。
原道尋常小学校(現・原道小学校)を卒業し、父親の勤めている栗橋町の栗橋町高等小学校(現・栗橋東第1小学校)、埼玉県師範学校(現・埼玉大学)を経て、大正6年東京音楽学校甲種師範科(現・東京芸術大学)に入学。同9年同校を主席で卒業した。
昭和7年、文部省在外研究員としてベルリンの国立ホッホシューレに留学。ドイツではパウル・ヒンデミット教授に師事、近代的作曲法を学ぶ。昭和9年、滞独2年の留学生活を終えて帰国すると共に母校東京音楽学校の助教授に迎えられ、作曲法や音楽理論を講義することとなる。
文部省の音楽教科書で、「たなばたさま」「花火」「野菊」「蛍」などの曲を作曲した。
県内でも久喜、蕨、深谷女子校など150余校の校歌を手がけている。
このほかにも
川越の三芳野神社の細道が舞台の「通りゃんせ」
和光市に住んだ清水かつらの作詞した「みどりのそよ風」、「叱られて」
浦和の太田窪に住んだ参議院議員である、森まさるが作曲した「朝はどこから」
など、後の世代に受け伝えていくべき曲は数多くある
これらの曲が使われず、SMAPの曲が何曲も演奏されたのは納得がいかない。
先人達の仕事をもっと大切にすべきだ。
その一方、あいさつは長かった。
県議会議長や地元市長のあいさつは必要なのであろうか。
個人的には文部科学大臣のあいさつもいらない。
どの人も役人が書いた文章を棒読みするだけだ。
間違えても良いから自分の言葉で語ることはできないのか。
形式的で権威主義の国体の一面を見たような気がする。
投稿者 iseki : 21:37 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月23日
埼玉国体
仕事が強烈に忙しくて、日記の更新が遅れてしまった。
埼玉国体の秋季大会が始まった。
国体の開催については、いろいろ議論がある。
巨大化しているとか、形骸化しているとか。国体不要論もある。
(筆者の見解は近く書き込みをしたいと考えている。)
国体については、埼玉県職員として、新規採用職員の頃、畑和県知事の時代に開催の動きが出てからもう十数年経つ。
正直、開会式を見ていて、入場行進が始まった時は、正直、感無量であった。
ここまで準備をした埼玉県庁の元の仲間達に敬意を表したい。
とにかく、大会が事故なく、無事に終わることを祈る。
筆者は、直接県庁で国体の業務を行ったことはない。
だが、大利根町在職中に、ボクシング競技の誘致を行った経験がある。
大利根町のボクシング競技は、明日から競技が開催される。
いま、大利根町の元の同僚の方々も大会に向けた準備をしていることであろう。
大会期間中の健闘を期待する。
投稿者 iseki : 20:37 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月13日
さいたま新都心バリアフリーまちづくりボランテイア
大学で地域ボランティア論という授業を教えている。
先週は、さいたま新都心バリアフリーまちづくりボランテイアマネージャーの坂寄恵子さんをお招きして授業を行った。
読者は、さいたま新都心バリアフリーまちづくりボランテイアをご存じであろうか?
さいたま新都心バリアフリーまちづくりボランテイアのHP
http://www.info.saitama-arena.co.jp/volunteer/
1997年2月まちびらき前のさいたま新都心は「バリアフリー都市宣言」を行った。
さいたま新都心において、様々なバリアフリーのためのハード施設が整えられているが、バリアフリーのまちをつくっていくためには、ソフト機能もとても大切である。
2000年5月さいたま新都心バリアフリーまちづくりボランテイアの活動がはじまった。
写真はまちづくりバリアフリーボランティアの拠点であるふれあいプラザだ。
約80名のボランテイア、2名のボランティアコーディネーターと共に活動している。
メンバーは女性が7割、30が3割。
16歳の高校1年生から72歳の男性まで、幅広い年齢のボランティアが活動している。
さいたま新都心という新しい街を訪れて、バリアを感じる人は多い。
初めて新都心を訪れる人、日本語の分からない人、妊婦さん、そして障害のある人。
バリアフリーボランティアは、さいたま新都心を訪れる全ての人が安全で快適に過ごせる活動を行うことをミッション(使命)とする。
かといって、活動には悲壮感はない。
メンバーは「人と人とのふれあい」を楽しんで活動をしている。
他の自治体で行われている大規模開発でこのようなボランティアが活躍している例はない。
ともすれば、無機質になりがちなさいたま新都心であるが、バリアフリーまちづくりボランテイアの存在が街にふれあいと物語をつくっている。
投稿者 iseki : 19:38 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月05日
埼玉県内の市町村の財政指標
昨日は、日経新聞の市の行政改革度について紹介をした。
新聞にある指標項目を見ていると、財政指標の項目が欠けているように見える。
行政改革といいながら、実際の地方債やそれに準じる長期債務の累積残高(土地開発公社への債務負担など)や公債費比率、財政調整基金の状況、義務的経費、税の徴収率などの状況は評価されていないようだ。
財政指標は難しいが、国民はもっと自分の住む自治体の財政指標に関心を持つべきだ。埼玉県庁の市町村課では、毎年の市町村の決算の状況についてとりまとめ、埼玉県庁のHPに掲載している。http://www.pref.saitama.jp/A01/BP00/b1006a1/menu1.html
平成14年度の状況を市町村ごとに比較した資料を見ると、財政的には深谷市の財政運営の上手さが目立つ
http://www.pref.saitama.jp/A01/BP00/b1006a1/a200200a/33.xls
深谷市は県北部にある都市である
H14年度の財政力指数は0.75と埼玉県内の市の平均の0.853より低い団体である(41市中26位)。
財政力指数は、過去3年分の基準財政収入額/基準財政需要額の指数、数字が大きければ財政力があるとされている。
にもかかわらず、
公債費比率3.9(ベスト1:市平均12.0)
人口1人当たり公債費16,232円(ベスト1:市平均27,436円)
財政調整基金比率21.3(ベスト2:市平均7.9)
義務的経費比率34.9(ベスト2:市平均42.5)
歳出に占める人件費比率16.9(ベスト2:市平均22.3)
と指標は非常に良い。深谷市役所は職員が勉強熱心で、早くから少ない財源を上手く使って都市インフラづくりに励んできた歴史がある。深谷市民から見れば、まだまだ不満もあるかもしれないが、これだけの財政状況を実現していることは、誇って良いと考える。
読者の皆様の住む自治体の状況はいかがであろうか。
投稿者 iseki : 10:51 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月03日
なぜblogなのか?
なぜ、ブログなのか。
埼玉県における行政全体を議論するメディアは、これまで、埼玉新聞や読売・朝日新聞などの埼玉版、テレビ埼玉、NACK5、それに埼玉日報やさいたまグラフなどのいわゆる地方紙と呼ばれる媒体ぐらいに限られていた。
最近、インターネットの掲示板で埼玉県の行政について議論されることもあり、注目される(これまでの大手メディアには書かれない貴重な情報が発信されていることもある)。しかしその匿名性から情報の責任性や信憑性に欠けるなどの問題もある。
地方自治が成熟していくためには、様々なメディアによる多元的な議論が行われることが重要だ。
現在、話題のBlogは、地方自治における議論を行うための多元的なメディアとして可能性のあるメディアであると考える。
埼玉県初の行政専門のBlogとしてその可能性を検証してみたい。なお、当面は実験として、このBlogは来年3月を目途に期間限定で設置することとしたい。
投稿者 iseki : 17:57 | コメント (0) | トラックバック
合併破綻
埼玉県内の市町村でも、合併が次々と破綻している。以前、派遣職員としてお世話になったことのある大利根町も先週の住民投票で合併「反対」の票が「賛成」を上回った。http://mytown.asahi.com/saitama/news02.asp?c=12&kiji=210
大利根町と栗橋町は、私が大利根町の職員であった平成7年ごろでも「将来は合併」という話があり、十分な準備を進めてきた。それでも、合併が破綻するのであるから、合併は難しい。
今、埼玉県外のある自治体の総合計画の策定委員に就任する依頼を受けている。その自治体も住民投票により合併が白紙に戻っており、合併破綻後の自治体のアイデンティティと将来のビジョンの再構築が求められている。
埼玉県内の自治体の総合計画策定のピークは平成18年にある(県内の市町村が一斉に総合計画を策定した時期があり、その改定も同じ時期に迎えることとなる)。
自分たちの住む地域をどのように経営したいのか、もう一度問い直すことが重要だ。
