« 2006年05月 | メイン | 2006年07月 »

2006年06月29日

ベランダにて

ここ数年ベランダで夏は野菜を栽培している。
今年は茄子、きゅうり、トマト、へちま。

肥やしは食品廃棄物を堆肥にしたものを使っている。

堆肥といっても野菜くずや魚のあらなどをコンポストがわりの大きなコンテナ植木鉢に投入し、古土をかぶせておくだけ。夏場は2週間で土に還る。はじめは臭いがひどいのでは?と思ったが、やってみると、それほどでもない。少し多めに古土をかけるだけでほとんど防げる。
とはいえそんな作り方だと栄養が薄いので古土の改良くらいの気持ちで続けている。

しかし何年か続けていると、そんな堆肥の寝かせ段階にはいった植木鉢から、思いもかけない発芽がおこる。長いもだったり、かぼちゃだったり、びわだったり、りんごだったり、葡萄だったり。
去年はその長芋から収穫したむかごをご飯に炊き込んでみたりして。

植物を栽培していると肩の力が抜ける。
毎朝、ナスについたアブラムシを一匹ずつ指でつまみながら、様子を見守るだけの手間をかけない園芸である。
それにしても根付いたところに枯れるまで、文句もいわずにたち続ける植物の姿はあっぱれである。

投稿者 kamimaki : 22:25

2006年06月18日

夕張市が財政再建団体へ

関西分科会blogにコラムを投稿。
今朝一番ネットでみかけて気になっていたニュースだった。
財政再建団体は福岡の赤池町以来14年ぶりである。
それにしても・・・続きは下記で。

■夕張市が財政再建団体へ(1)
http://www.pm-forum.org/kansai/archives/2006/06/post_17.html

■夕張市が財政再建団体へ(2)
http://www.pm-forum.org/kansai/archives/2006/06/post_18.html

投稿者 kamimaki : 17:35 | コメント (11) | トラックバック

2006年06月11日

夏野菜のコンキリエ

pasta.jpgディ・チェコのコンキリエが安いと、つい、買ってしまう。
コンキリエは貝の形をしたショート・パスタで、窪みに具がよく絡んでおいしい。
ゆで時間は13分とあるが、わたしは少し固めに仕上げてソースと煮込む。

みじん切りにしたにんにく・新たまねぎをオリーブオイルで炒めてひき肉、荒みじんのトマト、なす、かぼちゃなどたっぷりの夏野菜を投入。塩、こしょう、ローリエ、ワインを1/2カップ加えて、鍋にふたをして弱火でとろとろ。
ワインが苦手ならスープストックを。
ラタトゥユの要領で、ふたをしたまま30分くらい火にかけ、ソースが完成。
そこからコンキリエをゆであげて、鍋を火にかけたまま一気にからめながら短時間煮る。

テーブルには皿とフォークと好みの主食・副菜、飲み物を並べてからコンキリエを湯きりすること。
この時点で食卓に皆がそろっていないときは本気で叫ぶこと。
「はやく、はやく!ご飯だよ!」

付け合せはブロッコリやアスパラガスの温野菜や、じゃがいもとベーコンのバター炒めも普通においしい。
パルミジャーノを、忘れずに。

(追記)

市販のスパゲティソースで手軽に作ってもよいが、野菜をゆっくりゆっくり火を通すと、思いもかけない味わいがある。特にトマトは煮込んだものと、フレッシュなもの、2種類を使う。
フレッシュトマトの皮は湯剥きしてもよいし、フォークでさしてコンロであぶっても簡単にむける。
野菜を刻む時間、副菜を作る時間、コンキリエを強火で吹き上がらせないように踊らせて湯がく時間、思いのほか時間に追われる料理でもあるから、野菜を煮込む時間をいかに上手に使うかが決めて。

食卓のセットが間に合わないと、パスタの芯がα化する瞬間の歯ごたえが楽しめない。
叫ぶ前に、「今日はコンキリエ」と、家族によくよく伝えておくことも料理のうち、だったりする。

投稿者 kamimaki : 15:36 | トラックバック

2006年06月10日

鱚(きす)の香草焼き

大分近海の鱚(きす)が届く。
20センチもある大物で、このくらいに成長するのに、5年くらいもかかるらしい。

淡白な魚だと思うが、わたしは皮が焼けるにおいが好きだ。
うすく塩をして、グリルでさっと焼く。
香草はお好みだが、ローズマリーでもバジルでもコリアンダーでもよい。
和風好きなら朝来の岩津ねぎもおいしい。この場合は味噌仕立てで。
みじん切りしたたまねぎとにんじんがしんなりするまでたっぷりのオリーブオイルで炒めたあと、香草を加えてバルサミコ酢をほんの一たらし、わたしはそこに醤油をいれて和風味にする。

これをさきほどのグリルに乗せていただく・・・と、テーブルをみたら、
おなかを減らした子供たちが、マヨネーズをかけて半身ほど食べてしまっているではないか。
その上小骨が口にあたるとかどうとかひとしきり・・・だまらっしゃい!

空腹の子らに急かれる鱚(きす)の骨

(追記)

骨をはずしながら思い出した。
皮の焼ける匂いが懐かしいのは、昔よくこの魚で離乳食を作ったからだった。
安価な魚であるが、最近はあまり店頭でみかけない。
どうも漁獲量が減っているらしい。
というのも、きれいな水でないと棲めないのだそうだ。
近海の汚染が気になる。

投稿者 kamimaki : 14:20 | コメント (1372)

2006年06月09日

家庭系危険・有害廃棄物の諸課題(8)

わたしと地域計画建築研究所のK計画部長とは暑気が立ち上る高槻の富田駅に立っていた。
小売に協力を依頼に行く前に、どうしても製造にも働きかけをするべきだと思ったからである。今回の実験にかかる費用のうち、奨励金相当部分と処理費用を補助してもらいたい、また消費者へのアンケートに、製造からも設問を出していただき、消費者の声を届けたい。
訪問したのは大手の家電メーカーの照明部門だった。

同社では、前年度の調査に際して、住民団体の皆さんとともに、この会社を訪れて蛍光灯の環境対策について時間をさいて説明いただき、工場見学をさせていただいた。

蛍光灯に含まれる有害物質は水銀がその代表的なものになる。蛍光灯の発光原理から、水銀は欠かせないものであるが、人体・環境に有害であるため、近年製品中の水銀は従前の50mgから10mg程度まで低減させながらさらに長寿命化を果たしてきた。隠れた企業の努力には目を見張るものがある。

蛍光灯は消費電力が白熱灯に比較して圧倒的に効率的であるため、すべての工業製品から水銀を排除するとの欧州のRoHs規制においても、蛍光灯に限ってはその含有が許されたという経緯がある。
蛍光灯=有害というステレオタイプではなく、公平な目で見れば、蛍光灯はCO2削減の観点からも、優れた環境製品であるといえる。

ただしこれは適正に回収処理がされれば、の話である。蛍光灯リサイクルを実施している自治体がこのごろは増加しているとはいえ、府内ではまだ1/3程度の普及率でしかない。また、実施している自治体も回収時の破損などの問題から、管理可能な回収拠点を多数設置できず、必ずしも回収率が高いとはいえないのではないか、といった課題を抱えている。

2時間近く、上記のような視点から、今回の社会実験の基本的な考え方を説明し、協力を呼びかけた。
担当者の方には熱心に耳を傾けていただいた。思えばアポをとったとはいえ、金を出せ、知恵を出せ、という話である。それでも真摯にご対応いただけたことは明記しておきたい。
最終的には参加できないという返事が後日メールで連絡された。残念であったが、実験開始に向けて次の章にすすむひとつの節目であった。

投稿者 kamimaki : 21:29 | コメント (9) | トラックバック

家庭系危険・有害廃棄物の諸課題(7)

豊中市のIさんによれば、阪急線の高架下にできた、新しい環境教育施設「豊中市立リサイクル交流センター」で実験期間中の拠点回収ができるのではないかということだった。

実験協力自治体と回収拠点の一つが提案されたことによって、この実験実施に向けてはずみがついた。
次に検討を要するのは実験の仕組み、モニタリング項目などであった。

デポジットは通常購入時に課される。ただでさえ厳しい競争環境にある家電販売店が、少しでも価格が高くなるデポジットに参加意向を示してくれる見込みはきついものがあった。
1円でも高いと競争に負ける。府内全域あるいは関西広域などで、とりこぼしなく取り組めば課金が競争に影響を持ち込まないが、今回は豊中市域の限られた中で行う。このため社会実験に参加した店舗の売り上げが下がってしまう可能性があった。そもそもデポジットというのは、製品価格に上乗せされるために余分な購入(消費)を引き下げるという効果があり、それはいたし方のないものである。しかしこのために参加店舗が集まらないという手戻りをつくると、年度内の実験が困難になる。
そこで課金はあきらめ、回収奨励金方式を選定した。

しかしただ、回収奨励金方式をとったなら、モニタリング上次の問題が考えられた。地域外からの廃蛍光灯の持込である。回収率を地域内での消費に対するものとしてカウントするのに、他地域から奨励金目当てに持ち込まれれば測定が不能になる。また、奨励金の原資が尽きてしまうことも考えられる。さらに、公共施設などから無断でとりはずされたまだ廃棄段階になっていない蛍光灯が持ち込まれる危険性もあった。

そこで、やはり鉛バッテリーのように、新規購入と廃棄が対になる、「交換」型にすることが必要であろうというアイデアに落ち着いた。バッテリーの場合はレシートだが、今回は実験参加店舗で新規に蛍光灯を購入したときに「廃蛍光管引換え券」を配布することにした。後日この券と取り替えた廃蛍光灯を持参すれば、キャッシュバックされる。券がなければ引取りにキャッシュバックは生じない。地域外や盗難をしてまでもの持込はこれで防げるのではないか、と考えられた。

このことは、製品寿命からいっても利点があった。飲料容器などのデポジットでは、デポジットが返金されるのは消費後である。しかし鉛バッテリーは製品寿命が約2年。わたしたちが実験の対象品目に選んだ蛍光灯は定格点灯時間が6000時間、最近の製品では9000時間と長寿命化しており、これは一日16時間点灯して1年半以上もつのである。社会実験の会計面、投入資源量からいっても、それほどの長期間実験を行うことは困難であった。
しかし新規購入時に使用済み製品と「交換」をするという発想でいくと、製品寿命が長くてもデポジットの管理期間は短くて済む。モニタリングも発行券で管理できるので好都合であった。

券の発行と管理という交換のシステムは、デポジットでよく言われる、外部性の排除のしやすさも魅力だった。デポジットシステムを適切に利用しないことをフリーライダーというが、空き缶などで常に問題視されたのはデポジットの有無の識別性である。デポジットをしていないのにリファンドを受け取る行為があれば、これはフリーライダーであるが、この点では券を用いるというのは非常にわかりやすいシステムになろう。

百聞は一見にしかずとはよくいったもので、沼田さんの米国調査は、ローカルデポジットは無理という思い込みのあったわたしたちに、大きなヒントを与えてくれたのである。
この米国調査をはじめ、これまでの実験でお世話になったのは、地域計画建築研究所のK計画部長である。推進会議の少ない調査費用から、よくもこれだけの活動をともにしてくださったものである。

K部長は無口な人だが、わたしがいつも自由な発想で意見をまくしたてたあとに「意味がよくわかりません」と付け加えられるのがはじめはショックだった。そのうちだんだん自分の無茶苦茶、というのがわかってきた。そう、推進会議の調査費用は年間100万円しかなかった。そこで米国にいかせろだの、社会実験をしようよなど、いいたい放題していたのであるから。

投稿者 kamimaki : 20:47 | トラックバック

2006年06月07日

家庭系危険・有害廃棄物の諸課題(6)

前述の沼田さんによると、米国でのバッテリーデポジットは、新規バッテリー購入時にデポジットがレシートに記録される。州によって、店舗によって金額は違い、5ドルあるいは10ドルというところもある。購入者は古いバッテリーと取替え、この廃バッテリーをさきのレシートとともに購入店に持参すると、先にはらったデポジット金がリファンドされるという。
この交換は、新規購入後30日以内におこなわなくてはならず、それを超えるとデポジット金の返金はなくなる。このほか交換可能な条件として、損壊や激しい汚れがないことなども条件となる。

また、このような店頭回収のほかに、行政が設置した積み替え保管所に持ち込むことができる。しかし、ここではリファンドはない。デポジット期限の切れたものや店舗が引き取らない汚れたバッテリーなどが持ち込まれ、リサイクラーが回収している。

また、デポジットリファンドの運用スキームなどを事業者にまかせているコネティカット州と、行政が丸抱えしたロードアイランド州とを調査した結果、モニタリングを要しない店舗完結型の運用に比較してモニタリングに費用と事業者の協力をえなければないシステムはあまりに煩雑で、そのためにロードアイランドではこのデポジットリファンドシステムをやめてしまったということが確認できた。

事業者の自主的な取り組みを行政が汎用的に取り組み、運用は事業者にまかせる。
鉛市場に左右される場合も考えられるが、リサイクルの価値の高い製品ではこのような柔軟な取り組みがよい成果をあげるようである。

さて、平成17年度の調査は、廃蛍光管で何らかの形で経済的手法を取りいれた社会実験を行おうという方向性になり、それにはまず一般廃棄物の処理責任を法的に負う市町村の実験参加がどうしても必要だった。米国調査の結果、空き缶以外でもデポジットの事例があること、高い回収率を誇ること、流通や製造などもこのシステムに柔軟に対応できていることなどの情報提供により、これならできそうだ、という雰囲気が生まれてきた。

今年度はぜひ社会実験をしたいので、ご協力いただける市町村はないでしょうか。
これで手があがらなければ、この調査研究はもうすることがないのでは、と思いながらワーキングに投げかけた。
そこで、ひょいっと手をあげたのが、豊中市のIさんであった。

投稿者 kamimaki : 21:34 | トラックバック

2006年06月04日

吹田市立博物館

高校の後輩、大学院の同窓生である吹田市議の中本さんが、吹田市立博物館での企画展の市民委員の一人として奮闘されているということもあり、展示を拝見させていただいた。

企画展は「千里ニュータウン展」。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/history/32634-frame.html
新聞やテレビ、ラジオでも繰り返し報道されたことも手伝い、当初の入館目標を大きく上回る2万人が入場されたという。

普段の吹田市立博物館は、弥生時代の土器を中心にした展示と聞いていたが、古代史好きな方にはそれなりの魅力のある場と思われる。全国的に珍しい木組の墳墓、須恵器や瓦の窯跡の復元模型などは
他の博物館には見られないものだと思う。
古代史はロマン満ち溢れる世界であるが、それを今日の多くの人に感じ取っていただくことは難しい。

そういえば高校時代、古代史をこよなく愛した同級生の一人は、府内の古墳をたずね、人がいないときはその中にそっと入って横たわるのが好きだったという。当時はずいぶんひいたものだが、最近近つ飛鳥風土記の丘をめぐり、実に多数の墳墓群を見たときに、王たちの亡骸になった気分でそこで横たわることは、確かに深いロマンに満ちたものだったろうと共感を感じた。

ところで展示の中では、この吹田の窯で焼き上げられた土器群が、どのような墳墓で副葬品として用いられたのかなどは知られておらず、課題は多いとしていた。説明を丹念に読むと、熱意のある人がこの研究に取り組んでいるのは確かなのだろう。地元の特徴をおさえた、よい常設展という印象を受けた。

しかし多くの人に、歴史のロマンをわかりやすく、感動的に伝えているかどうかは次の課題だ。
市民委員による討論会が午後、開催され、のぞかせていただいたが、この博物館の特徴である歴史文化への言及は少なく、むしろ平生の観覧者の少なさ、かびくささ、受付が愛想ない、モロモロ、そういう評判なのであった。

またこの博物館を歴史に限らない、自然環境なども網羅するものにしていくことへの提案や、積極的な市民参加などが活発に意見交換された。

歴史文化に関する展示については、大阪歴史博物館、狭山池博物館や近つ飛鳥博物館といった古代史を伝える博物館と、展示品の貸し出しや公開講座のコラボレーションなどもしていくとよいだろうと思う。大きな博物館でイベントがあれば、かならずサテライト会場の名乗りをあげる、そうして広報のチャンスをつかみながら、古代史ファンを取り込みつつ、吹田市立博物館の強みを発揮させればよい。
窯跡を移設するなど、大変な保存運動を行われた資産はしっかり活用されるのがのぞましいと思うからだ。

古代史はマイナーであるが、好きな人は好きなのである。
ただ、情報が少ないために、アクセスがされにくい。だから積極的な情報発信をすれば、遠くても足を運ぶ人はいるだろう。そのとき本物にふれさせる感動をきちんと演出しなければならないが・・・

その一方で、古代史にあまり関心のない市民の皆さんであっても「これこそ宝」だと思われる、新たな資源を、手に入れる努力、活かす努力もされていかれるのだろうと思う。たとえば良質の粘土が取れるというこの地で、須恵器の復元をするワークショップをするなどもアイデアだ。博物館の庭に泥池をつくってクワイを植えたっていい。
参加する人が自分の中にストーリーを膨らませることができれば、吹田オタクは育つのである。

市民による企画展「千里ニュータウン展」は数多くの人を「懐かしさ」をキーワードにひきつけた。
さて、これからは、将来の話である。
市民がつくる博物館、”吹田スタイル”に、期待している。

投稿者 kamimaki : 20:24 | トラックバック

2006年06月02日

公聴会

わたしの現在の大阪府庁での業務は、公共事業用地の取得、特に土地収用ということに特化している。
土地収用というのは、所有者の意思に反しても法律的手続きを以って土地所有権を公共事業主体が獲得する制度であり、統治の仕組みの一形態としても、たいへんな強権発動を伴う制度である。

土地収用法は平成13年に改正があり、特に土地を収用してまでも行うべき事業かどうかの判断において、一定の住民参加手続きや第3者機関への諮問といった手続きが加えられた。
わたしの仕事も、こうした認定にかかる事務が分担として割り当てられており、先日は1週間国土交通大学校に特に事業認定庁としての実務を扱うための研修を受けたばかりだ。

6/2は、今後の認定庁としての事務に活かすため、四條畷市の市民ホールで、第2京阪道路の公聴会を傍聴してきた。

最初30分は起業者から事業の説明。
第2京阪道路は、京都と大阪をつなぐ高速道路等の整備事業である。
http://www.kkr.mlit.go.jp/naniwa/03/index.html

次の方は道路周辺の住民の方。大気汚染への懸念を、数値データで示される。地域内にある廃プラの処理施設での排気との複合汚染の問題、環境アセスの再評価を主張された。
次の方は某大学名誉教授の方。この方は賛成意見を述べられた。
次の方は地元市議の方。夜間の騒音についての懸念を述べられた。
その次も地元市議の方。やはり大気汚染への懸念を述べられた。

認定庁の席におられた方々は先日の国土交通大学校で講師をされた方々だった。平成13年の収用法改正で規定され開催された公聴会としては5度目。18時にはじまり、終わったのは20時40分だった。
明日午前もあと4人ばかり公述される予定。

会場は土木の関係者と住民さんで約半分の入りといったところか。怒号や野次は無く、たまに拍手がおこるくらいで、静かな公聴会だった。

公益性の裁量判断というのはなかなか難しいことだと思う。
将来の交通需要の予測など、さまざまな手法が開発されており事業をするほうにはそれらを駆使して説明を遂げることが可能だ。しかし判断をするための尺度は、予測結果を受け取る人すべてといってよいほど異なるだろう。環境基準など法律で一定の尺度が提示されているものもあるが、すべてが法律で網羅されていないこともまた事実である。

今の仕事をしていると、時々このような難しさを感じることがある。
その原因は「わからなさ」で、現時点では自身の知識の不足もあるが、確からしさのハッキリしない事柄を取り扱う難しさである。しかし将来のことの確からしさをつきつめるというのは学究にゆずり、ツールとしての活用段階に期待したい。一方、実務家としては、ほかの道、オルタナティブな、「わからなさ」への解決方法があるのではないか、と思う。

投稿者 kamimaki : 23:14