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2006年07月16日
人工岩礁になるごみ収集車
連休中にネットサーフィンなどすると、時折地雷のような記事を踏んでしまう。
驚いたのは「人工岩礁になるごみ収集車」という記事。
タイでのことだそうだが、乱獲などによる海洋資源の危機に対し、王妃が2001年からプロジェクトをサポート、自然再生のため人工岩礁としてトラックやごみ収集車を海洋に沈めているというのだが・・・
わが国では京浜臨海工業地帯でこのような業務用車両のリファービッシュを行い輸出している。そのことから考えれば、なんだか非常にもったいない行動に思える。本当にこれらの車両は、クルマとしての使命を終えたのだろうか。またこれから、人工岩礁としての使命を果たせるのだろうか。
そもそも金属で出来た車両は表面がつるつるしているため、藻などが付着しにくいのではなかろうか。これは大阪湾での、中国から取り寄せた大理石のビーチの海底調査でも、つるつるした大理石が敷き詰められた部分での藻場の形成が見られなかったことからしても自明ではないか、と疑う。
ましてや塗装のかかった金属の腐食などが海洋にもたらす環境破壊はどうなのか。
自然再生のための公共事業では、海底の土壌や岩質などと本質的に変わらない人工岩礁が望ましい。
土壌や岩質が異なればそこに植生する藻の種類もおのずと異なろう。
植生が変わればそこに生息する生物の生態系も変わる。
どのような検証が行われてこうしたプロジェクトが推進されているのか、ただ王室がらみということもあるためか、ググってみたがあまり成果は得られなかった。
このような行為が科学的な根拠なしに行われたのであれば、単なる海洋投棄になってしまう。
100年後のジャック・スパロウが戦う舞台の幽霊船が、ごみ収集車だったら笑えない。
投稿者 kamimaki : 14:55
バイオフューエルでパリ・ダカ参戦
片山右京氏が客員教授を務める大阪産業大学とトヨタが共同開発、廃食用油からつくったバイオディーゼルを燃料とする車でパリ・ダカールラリーに出場するという。
http://www.osaka-sandai.ac.jp/koho/topics/t92.html
なかなかいいニュースだと思う。
廃食用油は食品製造業などから多量に排出されており、従来から飼料や肥料、せっけんなどにリサイクルをされてきた。近年では燃料化などの需要も増加し、有償で取引されることも増えてきたようだ。
このような需要がますます増加すれば、廃食用油が資源としてもっと見直される時期が早まる。
廃食用油の排出は、産業系で40万トン、うち約半分が回収されている。また、家庭系では20万トンが排出といわれている。家庭系の廃食用油のリサイクルはほとんどすすんでいない状況だ。
家庭系においていえば、大阪府内で平成14年度で廃食用油が行政回収されていたのは、岸和田市と豊能町だけである。他の揮発油などを混ぜない、漉し取った油のみを持ち込むなどのルールの徹底が必要だが、豊能町では1拠点あたり月3千円余りの委託料で回収処理ができているとのことだった。行政は回収業者が設置するタンクの場所を提供し、住民に周知をする。ルール違反を防ぐための多少の監視は必要だが現在のところ大きな事故はない。自治体にとって、まずは1箇所、拠点を設けてみる、というのもそれほど難しいことではないはずだ。
先日世田谷区自由が丘でサンクスネイチャーバスというのを見かけた。
http://www.thanksnaturebus.org/index.htm
これはNPO法人が運営するコミュニティバス事業で、バイオディーゼルで運行している。サポータの会費だけで運用されておりだれでも無料で乗ることができるという。
個人サポータの会費は年6千円。よく利用する人なら非常にお安い年間定期代だ。
廃食用油はペットボトルに詰めて持ち込む形式。
何にどのように役立つかが目に見える、そして実際に利用できる。
循環型社会は、決して「風が吹けば桶屋が儲かる」仕組みではなく、わかりやすさが人々の行動を生み出し自然に持続していくものだというのを、まさしく目にしたような気がした。
大阪産業大学の取り組みも、回収拠点に事業系が紛れ込むのではないか、というような自治体のちまちました心配を払拭するような社会的なインパクト(有償化による廃食用油リサイクルの高度ビジネス化)に、いずれつながることを期待したい。
投稿者 kamimaki : 13:49 | トラックバック
2006年07月02日
浴衣の思い出

もうすぐ10歳になる娘が浴衣を欲しいというので大丸へ。
その前に、母が同年代の頃着ていたものがあるので、これは?と聞いたけれど、今風でないのか、嫌われた。
確かに大丸あたりの浴衣売り場で、こんなビビッドな撫子柄は見当たらない。
だからこそ、映えるのに、と思うが、今年は友人が皆水色の浴衣でキメる、ということで、娘もそれに合わせたいらしい。
昔は浴衣をはじめ、和装を誂えるとなると、丹後に住む叔母に反物を見繕ってもらい、田舎の祖母に一針一針丹念に、縫ってもらったものだった。大柄な私たちにぴったりするように、叔母の見立てはいつも大輪の花を大胆にあしらったものが多かったように思う。
もうすぐお届けの報せが入ると、娘心にわくわくしたなあ。
今年の夏は、母も浴衣を誂えて、娘と祭りを楽しもうか。
雨上がり そぞろ歩きの浴衣の娘
投稿者 kamimaki : 18:39