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2007年08月22日

全国一級河川の水質現況の公表

国土交通省が発表した全国の河川の水質状況では、毎年ながら大阪を流れる大和川がワースト1。
しかしBODは飛躍的に向上したとのこと。10.4 mg/Lから5.6 mg/Lだから約半減だ。

http://www.mlit.go.jp/river/press/200707_12/070821/index.html

この発表でのトピックスは、今年初めて親しみやすさを指標にした新しい評価を導入したこと。
これまではBODのみが指標になっていたが、それでは住民にとってわかりにくいし、住民と連携した水質管理がかはられにくい。
新たな指標は4つの視点と住民協働で推し量るのだそう。これはなかなか画期的なことだ。

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/05/050423_.html

この新しい評価の方法は、1.ごみの量 2.透視度 3.川底の感触 4.水の臭い 5.大腸菌群数
をA-Dの5段階でそれぞれ評価し、一番低い評価をとると2005年の検討段階でされていたようだ。

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/05/050423/07.pdf

平成18年に適用した評価では、これに加え、豊かな生態系の確保の視点で5段階評価と利用しやすい水質の確保(化学物質リスクの観点)の3段階で評価を加えた。

一部の河川では調査実施直前の出水で正しく評価されていないところもあるようだが、このような評価はわかりやすいものだ。評価も住民視点に変化してきているのを実感。
今後多くの河川で住民と協働した調査が行われることに期待する。

投稿者 kamimaki : 00:43

2007年08月14日

ミティゲーションの難しさ

ネットニュースで東京都の落合川の付替え工事に伴う原川の埋め立て工事の差し止め訴訟があったと8月10日のニュース。
この訴訟では原告に住民4人のほか、ホトケドジョウ、落合川も名を連ねているんだそう。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/e20070811004.html

圏央道や有明海などでムササビやムツゴロウが原告に名を連ねた訴訟では、自然物は原告不適格となり却下されている。
それでも名を連ねての訴訟はよく提起されているようだ。厳しい法廷においてはいくぶんユーモラスでもあり、いたって真剣でもある。このためニュースに取り上げられて話題になるのだろう。

ところで落合川では保全措置をまったく行わないのかといえば、そうではない。
都はこの落合川整備事業では環境保全のために相当の努力をしてきた経緯があるようだ。
今回提訴のニュースのリンクにあった保全する会のホームページに工事の概要をしめしたパンフレットが掲載されていた。これをみると、湧水を保全し、湿地環境についても整備するとの内容である。
これはこれでなかなか結構なボリュームのある公共事業といえるだろう。
http://www.ochiaigawa-shoukeikoku.net/

また、都は平成17年度に、「建設技術の活用」「公共事業の進め方やストックの運用等の工夫等」
により、特出した成果が得られた事業を表彰する全建賞を、この落合川整備事業で受賞している。
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kitakita/topics-syousai.html

こうした土木関係の業界で高い評価が得られた事業で、工事の差し止め訴訟が起こるというのは、行政において公共事業を担当する者にとっては苦しいところだ。

公共事業において、民意との最終的な調整手段がやはり訴訟にしかない、というのは幾分さびしいような気がする。
どのくらいの意思疎通の機会が住民側と行政の間にあったのかはわからないが、わたしも都市整備部に赴任して若干とまどいをかくせなかったのは、公共事業の用語だけでなく、言語といおうか、ものの伝え方が、ちょっと違うところがある。そしてすれ違ったままであっても、たぶんひとたび決まれば、すすまざるをえないところが、事業の実施側にある。すると、その後の話し合いの機会というのは、本当になくなってしまうし、担当者が途中で変わってしまうこともしばしばだ。

河川事業の目的の多くは、堤防決壊や河川水の氾濫といったハザードの防止にある。土木技術者はその専門家だ。いっぽう、市民団体や環境保全団体は、長年身近な河川に関わってきた、場合によってはNPOの実施する環境保全プログラムを履修したり大学の研究者の指導を受けている自然環境のプロ、あるいはセミプロである。
こうした専門家どうしの会話には微妙なずれが生じることがありえる。特にそれぞれの仮説がぶつかりあうときはなおさらだ。

最近は土木技術者も川の観察会などを主催する側になり、大いに川の環境の大切さを満喫しているところだ。わたしの周囲にも、先日雨を見込んで観察会を中止し現地視察に切り替えたが、晴天となって残念がっている技師さんたちがいた。川に入れば技術者も幼い日の川餓鬼になっているのが目に浮かぶ。そしてそのことと、ハザードの防止という責任ある事業を施行することとは、決して相反することではないのだが、当然のように、優先順位が違う。

わたしからみれば、川に対する思いは、それぞれ深い。それだけに、訴訟のようなことになる前に、適切なコミュニケーターが介在することはなかったのかが気になっている。
工事を先延ばしにすることのリスクと、今ドジョウを移すことによるリスク、それらはいずれも不確実性を伴うものではある。それぞれの仮説を語る場で、ほんの少し、「通訳」がいるんじゃないかな、と感じている。

投稿者 kamimaki : 20:23