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2007年10月14日
収穫の記憶
ようやくゴーヤを片付けた。もう実を結ばなくなった夏野菜の秋はわびしい。
それでも命尽きるまでとしっかりと巻きひげをそこかしこに絡ませて健気でしのびない。
ザクザクと手はさみで刈り取ると、青くさい臭いがあたりにただよう。
ついでに長芋の収穫。といっても、これは生ごみ堆肥から発芽したもの。
プランタに移し3年ほったらかしにしていただけのもので、去年はむかごを収穫してほんの少しだが秋味気分だった。
掘り出した芋は小さくて手のひらサイズ。子どもたちに、食べてみる?と聞いたら「いらん。。。」とすげなく。仕方ないので明日また埋めておこう。なかなかスーパーに売ってるみたいなのにはならんのよ。
高校時代園芸同好会は大きな畑を持っていた。そこでは長芋畑もあり、3年間の間に一度だけ、顧問の先生が掘らせてくれた。プランタでは、ひっくり返せばすぐ芋が出てくるけれど、地物はまるで発掘現場である。あれも不恰好な芋だったけれど、愛着もひとしおだったことを秋空にほかほかと思い出す。
園芸同好会は同じ学年では2人しか部員がいない弱小同好会で、わたしは他にも文化部のかけもちをしていたから、作業のほとんどは先生が「あれ、いつの間に・・・」と片付けてくださっていることが多かった。
先生は丹波のご出身で倫理社会のご担当。自宅でも園芸が好きで花をよく育てていたわたしだが、先生は主として農作物をこの畑で多数植えておられ、トマト、すいか、なす、ささげ豆など、農機具もなく手起こしの畑づくりを教えてくださった。ささげにはおそろしいほどカメムシがついて鳥肌ものだったが、思えば有機栽培を実践されていてこその経験だった。ロッカーにムカデのアルコール漬けのようなものが入っていて震え上がったこともあるが、先生は、「かまれたら塗れ」と笑っておられた。
秋はまた、広い校内に植えられたいちょうの実、ぎんなんの収穫の時期でもあった。あるとき、隣接するプールの洗足槽に、校内で拾ったぎんなんが一輪車で大量に運び込まれていた。先生の仕業である。
先生からあれしてこれしてと言われるなかで、一番強烈な作業が、この大量のぎんなんの処理である。ここで一週間水に漬けて果肉を痛ませ、ゴム長で踏んで実を取り出します。くれぐれも踏み潰さないように、、、とお達しが出たときは、本当にめまいがした。
その作業の中で始めて経験したのだが、蒸れたような臭いと思っていたぎんなんの臭気というのは、実は鮮烈ないのちの香りなのだった。それはむしろ刺激的な、フェノールを多く含んだイチョウの木の精で、青々したはじまりのインプレッションを含んでいた。
それにしてもおおきなビニール袋に2袋ほどもとれたぎんなんは、先生の采配で大いに配られた。
わたしは食べるなんてできないほど鼻をやられた気分だったが、先生が「ほー、ほー、」と、丹波の祖母を思わせる息づかいで喜んでいたのが何より忘れがたい。
秋、枯れいくものと、いのちのリレーがはじまる季節。
投稿者 kamimaki : 2007年10月14日 02:45