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2008年02月23日

学校改革のなかの子ども

先日の参観日にあった学年懇談会では、新6年生はクラス替えをしますという重大な発表もあった。
校長先生からの説明では、中学に入ったときに、急に環境が変わって不登校が急増する中1ショックという現象があるのだそう。クラス編成に変化を与え、学習集団を再編し、学力の向上のための授業時間数のアップと相乗させること、変化への耐性をつけることが狙いという趣旨の説明だった。

大阪市内の小学校では、伝統的に5年生から6年生は持ち上がりであるので、さすがに保護者からの異論が出た。またいくらの保護者の発言をみると、背景には何らかの子どもたち間の問題もあったように見受ける。

そのときの私の持った感想は、「校長先生が決めたというのだから動かせないだろう」ということだった。最近教育委員会は学校長への権限の強化を図っている。また、改革をすすめるために、中学と小学校との間の人事交流でこれまで中学の先生だった人が小学校長になるなどしている。大人がしくんだ変化へ子どもが従わさせられる。そんな特別権力関係が成り立つのが学校社会である。

自宅に帰って長女に話すと、大いに憤慨している。わたしは「しゃあないがなー」といい続けたのだが、夜にクラスメートといろいろ電話をかけまくって話している。「みんなクラス替えしたくないって!」
そりゃあそうやろけど。世の中思ったようにいかへんねや。と世間並みの親らしいことも言ってみる。でも自分もおさまらない思いを持って学校社会に歯向かったこともあったのだから、おさまらない思いはどこへいくのか。

懇談会の翌日、校長先生から話が学年全体に対してあったそうだ。「校長先生は、子どもたちの意見にこたえられたところもあったし、こたえきれないところもあった。先生が、この学校は変わらないといけない、と言ったことはようわかるけど、どうしてそれが、今の私たちからでなければいけないのというた子もおった。みんな泣いたし、学級担任も一緒になって涙を流した」と言っていた。

また、その日の仕事帰り、同道になったクラスメートの子どもにも、娘に対してあきらめるよう言ったのと同じことを言った。でも付け加えた。
「変えられんのはクラスという学校が決めた枠組みだけ。自分たちの問題だ、と思ったことは、自分たちで変えていい。これだけは、おばちゃん、ゆーとくわ。」
まあこのようにして収束していくのだろうと、その時は感じていた。

それが、昨日、
子どもたちが自発的にクラス全員のアンケートをとって、校長室へ全員で直談判に行ったのだそうだ。アンケートは、子どもたちで作成したもので、自由意見を書く欄などもあったらしい。「こんなん書いてほんまに変わるんかー」といいながらも、熱心に全員が書いてくれたのだそう。

「皆さんが行いでしめしてくれたら、考えを改めます」
校長先生はそう言ってくれたんだそうだ。しかしその後の担任の先生の反応では、おそらく校長先生にとっては、とても困ったことに違いない。子どもの言葉を借りれば「校長先生はシャチョーに3つの約束をした」という。社長というのは教育長のことかな、と思うのだが、全国学力テストの結果が悪かったこと、市内学校でクラス運営に問題が報告されていることなどをうけて、全小中学校の校長が集められ、改革の旗揚げをさせられたというニュースをわたしも読んだような気がする。

「行いでしめすって、どうしたらいいの」
学級で考えたときに、テストで90点以上とるとか・・・朝会に遅刻しないようにいくとか・・・子どもたちにとって身近な、それでも全員が足並みをそろえるのが難しいことがいっぱい浮かんできて逆にへこんでしまったらしいが。

わたしはそれでも、この校長先生をとても見直したのである。子どもも同じ思いでこたえたいと思っているようだ。確かに学力では劣るのかもしれないが、自分たちの考えを伝える力を、この1年で身に着けたなあ、と強く感じる。子どもの言葉で感動したことに、「校長先生が一人で悩んで、一生懸命考えた答えなんかもしれんけどー、頭悪いとか、いじめあるとか、そういうことは、わたしらも一緒に考えるべきやと思うねん。それを先生に伝えたかった。」

さて、行いでしめす。いやもう十分しめされはじめていると思うよ。もうやめとき、なんていわない。
改革には形から入るものもあるけれど、教育の対象者であるはずの子どもたちでしか、結果を出せない。心が入れば形に固執しないということも大いにあるだろう。

子どもたちにリスペクト、感じている。

投稿者 kamimaki : 12:57

2008年02月20日

和紙の心

小学校の授業参観に行ってきた。5年生の長女のクラスは国語の教科書にある「和紙の心」という単元についての学習成果をポスターセッションで発表するというもの。
9つの発表のうち5つを聞くことができた。

和紙の材料について詳細に説明するもの、歴史に言及するもの、製法について、用途や特徴について、日本人の暮らしの中の和紙について、などなど、教科書以上に調べたことや身近な例を引き合いに、さすが5年生だなあ、と思う発表を聞くことができた。時間も3分の発表後2分の質問タイムといったタイムキーパーもきっちり機能していた。

保護者も質問タイムに参加でき、わたしは男子のチームに「書画用に良質だったイネの和紙の品質が低下したのはなぜですか」などの質問をした。これはちょっとわからなかったようで、わたしも謎のままだが、あとから理由をいろいろ考えてみたりしている。

発表の中には、「心」に焦点をあてたものもあり、ふだん何気なく使っている紙の原料が、植物であること、その命をもらっているのだという感動を伝えてくれた。命をもらう、いい言葉だなあと感じた。
わたしは書道をならっていたので、和紙の心、というテーマを聞くと、ふと清新な気持ちになって、青墨を硯に下ろしたくなってしまった。

子どもたちのいい発表を聞かせてもらったあとの学年懇談会では、新学習指導要領で授業数が増えていくので新6年生の自然体験学習は修学旅行の一環とします、といった発表があり、先生方の熱意はわかるが、楽しみにしていた宿泊学習が減少するのを聞くのが努力した学習成果の発表のあととは、と、やや我が子がかわいそうになってしまった。

しばらくぶうたれていたが、夜に本棚から「いのちの輝き感じるかい」という写真集を持ってきて読書感想文を書いていた。この本は北海道旭川で牧場を営むおじいさんの素朴な言葉がつづられたもので、その中で気に入っている言葉はというと、「勉強というのは、憶えることではなく気づくということ」なのだそう。

子どもに教えられた一日だった。

投稿者 kamimaki : 00:39

2008年02月17日

万吉と大阪府知事

わたしの好きな司馬遼太郎作品に「俄-浪華遊侠伝」がある。
昨年文庫版が新装になり、上下巻で発刊されている、まだお読みでない方があればぜひ読んでほしい。

主人公は幕末の賭場あらしから大親分になった明石屋万吉である。
万吉は貧しい母妹らの生活をたすくため、賭場をあらしては殴られ投獄され様々な拷問を受けるなどするが尋常でない忍耐力で耐え抜く姿からやがて任侠の世界で名をはせ大親分になる。幕末の混乱期には大坂は無法地帯となり、その治安維持のため侍大将を勤め、さらに明治5年に大阪府知事渡辺昇に依頼され消防頭となる。また一方で相場で儲けた金を慈善事業に費消し、「北区(きた)のええことしい」などと呼ばれたりもする。当時の混乱振りもさることながら、世を捨てることなく身を捨てた、しかし一介の侠客の実話である。

わたしが感心したのは、維新の時代に官憲のみで治安を維持できないと判断した知事が、この万吉にそれを託した大判断である。そんなことは、いくらなんでも平成の時代におこるまい。

しかし現実にそれが起こってしまった感がある。しかも信任をしたのは、府民であり、その信託を受けたのは橋下徹氏であるとわたしは見る。

「俄(にわか)」には、江戸期から明治にかけて流行をした即興芝居の意がある。それを現代に受け継いでいるのが博多にわか。面をつけて世相を風刺するものらしいが、その伝播は大阪の川上音次郎の影響があるともいわれているようだ。タレント弁護士時代に辛口のコメンテータをしていた橋本氏には当然「俄」の才覚はあるとみてよい。

弁護士という職業もまた、公儀にも博徒にも足を踏み入れた万吉に近しい。罪を犯した者を弁護し、また違法によって被害を受けた者の立場に立つこともある。

わたしは府の職員であるので、知事をこのように評することは天につばすることなのかもしれないが、その罰はいつかは受けることとして今のこの事態から最善の結果が生み出されるように働くほかはない。

万吉という侠客の活躍がなければ立ち行かなかった乱世の大坂と今を比較するためにではなく、わたしはむしろ民意、というものに深い関心がある。ニュース記事のインタビューでも数多く「やらせてみよと思うた」のようなコメントがよせられているようである。平田オリザ氏は「府民は博打に出た」と評した。わたしも同じ思いであるが、立場は部下にあたるので、あとは丁半狙いをつけて一山当てるよりほかはない。

行政出身や議員経験者でない橋下さんという一人の府民の方を知事に迎えた。
万吉に仕えた軽口屋、難波の福、小春といった役回り、府庁の俄の一場は、始まったばかりであるが、おそらく府の職員だけでなく、この一場には、「やらしてみよ」と思うた府民の登場は欠かせない。ぜひ後世に、「平成のええことしい」を遺したいものである。

投稿者 kamimaki : 12:49

2008年02月11日

あまりかん。

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尼崎市役所の友人が「面白い」と書いていた本を読んでみた。

尼崎の潮江のまちの果物屋に生まれた主人公が、幼稚園から高校までを過ごした尼崎のまちの、家族や友人とのことを、本当に飾らない言葉で書き上げた一冊。

友人の中には、お笑いタレントのダウンタウンの幼稚園、小・中学校時代のエピソードも盛り込まれているが、どちらかというと、笑えるのは、隠して食べたお弁当の中の意外なおかずだったりする。

幼い頃お世話になっていた田舎のお婆ちゃんを同級生の前で思わず疎んじてしまったエピソードなどは、胸がきゅうっとしめつけられた。

この本は尼崎に住むいろいろな人の言葉が強調して書かれてある。
筆者が友人の元彼女を好きになって悩んでいたときに、父親に言われた言葉などはなかなか味わい深い。

「逢いたくない人間を作ったらあかん。そんな人間を作ると、自分の世界が狭なるだけや」

今の自分にも、少し、ちくり、となる。

この本を読んでよかったなあ、と思った人は、かならず、自分の幼い日の友人の名前を、いくつもいくつも思い出したに違いない。わたしも、とにかく無数の過去のクラスメートの名前が浮かんできた。つらいこともあったけれど、生きてきてよかったなあ、と、笑って泣いた。

ところで、わたしの実家は大阪市淀川区十三(じゅうそう)にあり、尼崎と聞くとすぐに思い出すのが家業で卸売りをしていた蒲鉾の工場が尼崎にあったことである。
毎日夜中にこの工場から蒲鉾の箱が何十も届く。

玄関はそのために深夜まで施錠しないので、お風呂に入ろうとしている時など、配達の兄ちゃんの「まいどぉー」という低い声に飛び上がったものだ。配達は多いときは8時と1時の2回来て、子どももかりだされて仕分けをする。仕分けのご褒美は梅焼き。出来立てをばりっとむいてほおばる。
あの営みが、妙に懐かしい。

まいどぉー、と我が家に毎日品物を届けてくれたお兄ちゃんも、あまの子だったかもしれない。

投稿者 kamimaki : 17:28

2008年02月09日

大阪も雪

今日の大阪は私立高校の入試。
にもかかわらず、雪が降ってしまって。

でかけるとき、近所の小学生たちが、おばちゃん、雪って食べてもいいのん?という。
まあ食べるんやったら、口あけて受けるとか・・・と、そらから綿のような雪が降ってくるのをしばらく見上げていたら、目がまわってしまった。

真っ白なそらから、羽毛を散らかしたように降って来る雪は、
視界を思いのほか立体的にするのだと気づく。
それに長靴のつま先が、しんしんとする。
足元をよく見て歩くと側を通った車が泥をはねる。
電線から傘にぽさっ、と雪の塊が落ちてくる
昨日よりも寒くなく、しかし空気がじつに重く感じる。
五感に「白」が、舞い降りてきた。

それにしても雪がこんなふうに積もるのは、大阪市内では久しぶりだ。
記憶に残る雪は、10数年前の米不足があった年だったりする。
乳飲み子がいて、米を食べねばお乳が出ない。
雪の中、自転車を押してとぼとぼお米を買いに出たのを思い出す。
その時2歳ほどだった上の子が、もう高校受験とは。

あらためて、わが国の食の乏しさが身にしみるこの頃
あの雪の日も、結局外米をなんとか手に入れて、あるだけの国産米に混ぜて炊いたが、なんとも心許ない気持ちになったものだ。
この間、母親として子どもたちの食を守るためにできたことに何があっただろうか。
自問するに答えを見出せず、おろおろとする。

夕方にはひとまず落ち着いて、融けがちになった雪。
明日面接のある人の制服やスニーカーが、今夜のうちにしっかり乾きますように。

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投稿者 kamimaki : 17:32

辰巳泰子集 セレクション19

昨日久しぶりに三鷹に住む姉に電話。
電話に出るなり、「今、さっちゃんのこと考えててん。わたしには妹がおってよかったなあ~、って。」
じわっと、うれしく・・・

久しぶりに姉の歌集が出ます。よろしかったら読んでやってください。


「橋桁にもんどりうてるこの水はくるしむみづと決めて見てゐる」辰巳泰子

■辰巳泰子集 セレクション19(現在予約受付中)

投稿者 kamimaki : 08:56

2008年02月03日

アトリエインカーブ展

最終日になってしまったが、サントリーミュージアムで開催しているアトリエインカーブ展へ。

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アトリエインカーブには、何年か前にお邪魔をしたことがある。
関西ネットワークシステムの研究会で今中さんの話を聞かせていただいた。
その話に、なぜかひきよせられてしまった、とでもいおうか。
見学日には約束したわけではないのだが、友人のYさんと途中で出会ってびっくりした。

新しい絵の具箱を開いたようなアトリエの印象。
クリエイティブな空気にさらされて、すごく爽快だったことを、昨日のように思い出してしまう。
朝からあいにくの雨だったのに、それに出鼻をくじかれる、ちょっと気がかりなことも、絵を見て忘れてしまった。

まず、寺尾勝広氏の作品の展示。
寺尾氏は、鉄骨がまさしく作品の柱になっていて、特に今日は大きな作品が多数展示されていて、圧巻であった。なお、画集を中学生の次男に見せると「設計図みたい」としばし見入っていた。この作品は、昔の宮大工とてっこつ、というのだそう。
わたしには全体が曼荼羅のように見える。
いつまでも見てて飽きないものが加わったような気がする。

そして広告に取り付かれたような武田英治氏の展示へ。時計と広告文字が交差する作品はすごく迫力がある。

そして色彩豊かな湯元光男氏の作品。
寺院の上を亀が、船が飛ぶ。鯨も泳ぐ。竜宮城かと思う。色使いが豊かと思いきや、くすんだ3色を取り入れた絵の題名は欠かん住宅街という。激しく共感を覚えてしまう。

次に新木友行氏。得意のレスラーにボクサーも加わるが、現代的浮世絵のような色艶がある。人と人が取っ組み合い華麗な技をからませるときの興奮がつたわってくる。

実は湯元さんの絵をみていたとき、新木さんが会場にこられていて、あ、新木さんだ、と思ったら、近づいてこられたので「お久しぶりです」と挨拶をした。なにげに懐かしく。。帰りにもう一度声をかけて、握手をした。このあたりのずうずうしさはおばちゃんの特権ということで。。。

最後に、吉宗和宏氏の絵を見た。
重ねた白に、シンプルなモチーフの色がにじんだり、かすれたりしている。あらためて、白はきれいだと思う。静かな白は余りある白である。

インカーブのアーティストたちの絵は、3月2日まで
ギャラリーインカーブでも。
大阪市中央区南船場3-2-6
大阪農林会館503
月・火休館
13:00-20:00

投稿者 kamimaki : 16:55