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2008年02月17日

万吉と大阪府知事

わたしの好きな司馬遼太郎作品に「俄-浪華遊侠伝」がある。
昨年文庫版が新装になり、上下巻で発刊されている、まだお読みでない方があればぜひ読んでほしい。

主人公は幕末の賭場あらしから大親分になった明石屋万吉である。
万吉は貧しい母妹らの生活をたすくため、賭場をあらしては殴られ投獄され様々な拷問を受けるなどするが尋常でない忍耐力で耐え抜く姿からやがて任侠の世界で名をはせ大親分になる。幕末の混乱期には大坂は無法地帯となり、その治安維持のため侍大将を勤め、さらに明治5年に大阪府知事渡辺昇に依頼され消防頭となる。また一方で相場で儲けた金を慈善事業に費消し、「北区(きた)のええことしい」などと呼ばれたりもする。当時の混乱振りもさることながら、世を捨てることなく身を捨てた、しかし一介の侠客の実話である。

わたしが感心したのは、維新の時代に官憲のみで治安を維持できないと判断した知事が、この万吉にそれを託した大判断である。そんなことは、いくらなんでも平成の時代におこるまい。

しかし現実にそれが起こってしまった感がある。しかも信任をしたのは、府民であり、その信託を受けたのは橋下徹氏であるとわたしは見る。

「俄(にわか)」には、江戸期から明治にかけて流行をした即興芝居の意がある。それを現代に受け継いでいるのが博多にわか。面をつけて世相を風刺するものらしいが、その伝播は大阪の川上音次郎の影響があるともいわれているようだ。タレント弁護士時代に辛口のコメンテータをしていた橋本氏には当然「俄」の才覚はあるとみてよい。

弁護士という職業もまた、公儀にも博徒にも足を踏み入れた万吉に近しい。罪を犯した者を弁護し、また違法によって被害を受けた者の立場に立つこともある。

わたしは府の職員であるので、知事をこのように評することは天につばすることなのかもしれないが、その罰はいつかは受けることとして今のこの事態から最善の結果が生み出されるように働くほかはない。

万吉という侠客の活躍がなければ立ち行かなかった乱世の大坂と今を比較するためにではなく、わたしはむしろ民意、というものに深い関心がある。ニュース記事のインタビューでも数多く「やらせてみよと思うた」のようなコメントがよせられているようである。平田オリザ氏は「府民は博打に出た」と評した。わたしも同じ思いであるが、立場は部下にあたるので、あとは丁半狙いをつけて一山当てるよりほかはない。

行政出身や議員経験者でない橋下さんという一人の府民の方を知事に迎えた。
万吉に仕えた軽口屋、難波の福、小春といった役回り、府庁の俄の一場は、始まったばかりであるが、おそらく府の職員だけでなく、この一場には、「やらしてみよ」と思うた府民の登場は欠かせない。ぜひ後世に、「平成のええことしい」を遺したいものである。

投稿者 kamimaki : 2008年02月17日 12:49