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2008年06月05日

マチネー・泰子の愛

1日朝に新幹線に飛び乗り、新宿へ。姉の短歌朗読ライブ「曠野」を聞きに。
http://www.geocities.jp/tatumilive/arano.htm

1時前にはライブハウスの前に行列ができていて、その列に近づくと、髪をバッサリ短くした姉がチカチカと手を振っている。色が白くて満月のような姉の笑顔には不思議な引力があるということをはたと思い出す。

行くとは言ってなかったのだが、どうにも引き寄せられてしまったことを観念する。母によると、姉は珍しく、さとちゃんきてくれるかな、と言うていたらしい。来てほしかったら、祈ればええ、と言うたんよ、と母。母と姉と私は潮の満ち引きでつながっているので、これはもう自然の理と思うよりない。

姉は中学生から短歌を詠んで、22歳のときに東京へいってしまった。
ここ数年、こうしたライブ的な活動をしているが、わたしは姉のこうしたイベントに参加するのは初めてだった。距離もさることながら、正直にいえば怖かった。しゃしゃり出てくるな、と言われるような気が、していたのである。

枡野浩一さんと福島泰樹さんが姉をはさんで鼎談トークを。
これはこの世界にあまり詳しくないわたしから見ても実に贅沢なことである。
姉はまるで不遜にみえて舞台で煙草などを吸っている。そしてやおら厨房からひとわんのそら豆を取り寄せ、「いただきものなんです。皆さんどうぞおあがりになって。美味しいんですよ。」と会場に椀を回しだす。このちぐはぐで、とんちんかんなところが姉らしくて、そしてそれが姉の愛のすべてである。

トークでは短歌と朗読ということを取り上げていたが、万葉の歌垣(かがい)では自然なことであったのではなかろうかと思う。福島さんが、世界各地で詩を朗読するイベントがありその模様などを話してくださる。詩は短いから、学がなくて字が書けなくても、つくることができるから、世界中どこでも歌われるのだと姉がいう。トークで枡野さんの詩のボクシングの映像が流れ、福島さんが寺山修二を絶叫し、そして姉が最後に数十首歌った。

トークで、人前で歌うのはつらい、と姉が言っていた言葉が身内にあふれて、わたしもつらくなってしまった。つらいつらいと言いながら、滔々と言葉はあふれ、したためた墨書の歌うたが、舞台に重なり落ちていった。曠野の百合のように姉は立ち居り、青い匂いを放っていた。

あかあかとして。ええ声で。

投稿者 kamimaki : 2008年06月05日 01:13