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2008年08月06日

平塚-耐震と心のまちづくり

昨春都庁を退職された木谷正道さんと初めてお会いしたのは、2002年8月の行政経営フォーラムの浜松例会だった。
当時IT担当をされていた木谷さんの発表は、「原始都庁七つの大罪」というセンセーショナルなものであったが、でもこの講演で木谷さんが本当に伝えたかったのは、IT改革の有効性ということではなくて、都民のいのち、安心をどう守るかということにとことん尽きていたのだと思う。プレゼンテーションのある部分で、一文字ずつカチカチと効果音付で文字が表示されたのだが、その効果が、会場の笑いを誘った。それを木谷さんが見逃さなかった。

「今、笑いましたね。でもここに書かれていることは、笑い事ではないんです」と言った。会場が静まり返ってその数字をまじまじと見た。それは近年の、空前の自殺者の数字だった。そしてそこから木谷さんは、都民のいのちと暮らしを守るのが公務員の仕事だが、そうした思いで仕事に取り組もうとしない都庁職員の大罪を一気に論破した。

ITをツールのひとつとして当時木谷さんが取り組んでいたのは、東京いのちのポータルのような、防災情報の信頼のおけるネットワークづくりだったが、この6日に日本都市計画学会関西支部の講演で伺ったお話では、1995年の阪神大震災以前から、首都直下型地震の対策に都庁職員として心を砕いておられたのだという。なので関西で起こったあの震災に、木谷さんは関東の身代わりのような衝撃を心に受けたのだとおっしゃっていた。

ふだんの仕事の足場として、都民にとってこれから必要なこと、大事なことを、震災で死なないまちづくりととらえて公私にわたる活動に盛り込んでこられた木谷さんの功績は大きい。この日は、子供のころからお住まいの平塚で、耐震補強のまちづくりNPOを盛り立ててこられたお話を中心に約1時間話されたあと、ギターを爪弾きながら、歌を。

木谷さんの主張はとてもシンプルである。
地震はいつ起きてもおかしくないのだから、まず家を補強して身近な人のいのちを守ろう。そしてそれだけでなく、身近なまちの人とのつながりを豊かに取り戻そう。家は残っても心が壊れたら何にもならない。心がひとつになるよう一緒に歌を歌おう。
とてもわかりやすい。

個人的には、阪神大震災のとき、実家が被災したがなかなか手立てが打てないもどかしさもある。何しろ古い家であるが、住み替える気はさらさらない。損壊した屋根は父が腰を痛めながら自力で直した。今も耐震グッズと名のつくものはいろいろ試している。こういういいのがあるから買ってこようか、というと、もう次の日には買って設置している。父がただひたすら守りたい人は、母である。

わたしの守りたいものは、と自問する。素直にいえば子供たちである。学童は木造密集地にあったが、数年前に引越し、震災以降に新築され前面道路が広く消火栓もすぐ近くにある借家に。
それまでは防災ずきんなどをみんなで手作りしていたが、引っ越してからは、ここで地震や火事があったらと夢でうなされるほど悩んでいたことなど忘れていたことをはっと思い出さされる。

公共が個人の家屋に資金を供給しはじめたのは、ここ20-15年ほどのことである。バリアフリーからはじまって、今は耐震補強。バリアフリーの時代は、わたしも草創期の住宅改造助成事業を担当したことがあるのでなじみがある。予算要求をするときはじいた公共投資の回収は、将来の在宅介護にかかる軽減費用だった。耐震補強の場合は、地震等による被害の軽減が、社会費用の増大を直接抑制するという考えに基づくのだろう。

しかし意外にこの耐震補強の実施率は伸び悩んでいるという。信頼のおける事業者がどこにいるのか情報がない、100点満点の耐震性能が確保されなければならないとするあまり価格が負担できる限度を超える、家が古すぎて耐震診断の補助対象にさえならない等等。まず耐震性能がないと判断されたらお金が高くつく。いのちに代わるかもしれない耐震費用だが、地震はいつくるかわからない。結局ほかのことを優先にしていつまでも耐震補強をしない。

借家の場合は、耐震診断の有無は実は契約時の重要説明事項の一つになっているのだが、家主は耐震診断を無しと回答する。有りだと評価を知りたくなるし、耐震性能が低ければ対策を迫られる。そんなことなら、「しないほうがましだ」となる。
かくして、本当に耐震が必要な家々に、そうした措置がとられにくい現状があるという。

木谷さんの話で面白かったのは、歯科大生が多く住む賃貸マンションのオーナーが、耐震をしていないことによって万が一のとき、多額の賠償を要求されるリスクヘッジとして耐震補強を導入したという事例だ。将来歯医者さんの卵というのは、逸失利益が大きいとふんだからという。少なくとも関西の賃貸オーナーで、そうした先々のことを考えている人はあまりいないのではないだろうか。しかしこの事例からの学びは「その気にさせる」要素はあるということだ。

それには、小さいけれど、生活の基盤たる家というものを所有するすべての人に、くまなく、ただし決して大きな負担とはならない、ちょっとした規制をかけることだ。自主的な取り組みをうながすしかけだが、将来に起こりうること、誰がその責任を負うか、こうしたことを意識させる「何か」を、ちょっと考えてみたいと思った。

それが何か、どのような形かはわからないけれど、はじまりはやはり「コミュニケーション」に違いない、と思う。木谷さんのように歌はうまくはないけれど、まずは身近な人と、対話をはじめたい。

投稿者 kamimaki : 2008年08月06日 23:24