2008年05月05日

新婚世帯家賃補助の功罪

新聞等で府政を報じているのをみると、時折背筋がぞくぞくっとするものが出てくる。
個人的に一番受け入れがたいのが、それが結局何になるのか、結果が見えない政策立案の記事である。改革PTチームさんだけでなく、重要政策PTチームさんというのが今はあるようだが、メンバーが誰かもイマイチわからないのをいいことに、失礼を承知で意見を述べさせてもらいたい。

5月1日の読売新聞が報じたところでは、大阪府は5億円をかけて、3000世帯の新婚家庭に家賃補助をするという。これをみて真っ先に思い出したのは、大阪市が平成3年から実施している同制度。
確かに大阪市の周辺から、若い世代を呼び込むのに一役買ったかにみえるかもしれない。

わたしは大阪市内でも梅田から徒歩可能圏内に住み、日本一長い商店街の裏に住む。ここ16-7年にわたるこの周辺での生活実感からいえば、新婚補助があって一番喜んだのは誰だろうか。当時この周辺で物件探しをしたときは、不動産関係者いわく、新婚補助で2DKクラスの家賃があがっているとのこと。それでは本末転倒だろうと首をひねったおぼえがある。すでに制度発足から16年が経過した。今もこの制度が市の外郭団体を通じて継続されているというのを知り、あらためて驚いている。

家賃補助の恩恵で大阪市で定住したはずの新婚世代だが、子供はあまり生んでいない。
大阪市内の出生率は低下の一方だ。公園デビューの心配からはじまって、学校でのいじめや不登校にわが子が関わらないか、若者の犯罪に巻き込まれないか、何より子供を生んでも保育所がない。家賃補助があっても今の仕事を続けられなくなるかもしれない子育てというリスクをとりえない。街には楽しいアミューズメントがあふれていて、子供がいたら楽しめない。子連れで深夜の居酒屋という人たちもいるが、好ましいように思えない。何より通勤至便な駅前の保育所入所は激戦だ。ある人が偽装離婚してまでも保育所に入る人もいるといっていたが、はなから保育難民になるような地域で新婚さんを増やそうということに、いいメッセージを感じない。

結果的に大阪市では若い人は増えたが、それは本当に家賃補助施策のおかげなんだろうか。
わたしは大阪市さんが、事業経営分析でその効果を標榜するものの、それはベッドタウンとされてきた衛星都市の疲弊がたまたま回りまわった結果と、商業地価底値をうってここ数年でぐっと伸びた大阪市内への新築住宅需要等とがあいまった集中を作り出したものに感じる。

我が家の裏の商店街は確かに大いににぎわっているが、外からの買い物客、観光客が圧倒的に多いのを感じる。商店街を周辺の居住者が利用するには、買回り品がそこで調うことが大きな条件になるが、これが大阪市内でも少し中心を離れれば、すでにシャッター街化しており、調うもののほうが少ない商店街もかなりある。大阪市外なら、週末に車で繰り出し郊外のロードサイドショップや大規模店舗でまとめ買いすることを選ぶ人のほうが、どう考えても多いのではないか。

この地の人々のおおまかな暮らしぶりをみていると、家賃補助が成功方程式とはとても思えない。
ありの巣穴のひとつに砂糖菓子をひとつおいてみただけで、そのありの巣山全体が素晴らしくうまく機能しているように思い込んではいけないのではないか。まちでは思いのほか大きな生産や消費活動が展開されている。その中で税金にお世話になる方というのは、ほんとうに一握りなのだと心得るべきだ。そしてその税金が結果的に回りまわってどのような市場に再分配されていくのか、見極めなくてはならない。

江戸時代の人口統計を研究した学者さんがある。江戸時代、都市は人口の消費地であって、生産地ではなかった。江戸のまちでは、独身者が多い。若い人が多くても、世帯をなせる経済の人はそう多くはなかった。農村で家督を得られない人がまちで糊口をしのぐ。都市は多くの貧困者の墓場であった。これが都市のならいなのである。家賃の補助を受けてまで、物価も高く子育てにも向かない都市に無理に住む、それがまちの魅力であろうか。かくて都市化が進んだ日本は人口減少社会なのである。

商店街から800m圏内ということだが、選定される商店街がさびれすぎていてはだめだし、栄えているなら本来必要ではない。また、大阪市や堺市を除いての施策であるというなら、府内の市町村の境界で人口の取り合いをするのか、近隣の府県から吸収を図るのか、ターゲットとなる地域が見えない。

商店街が自ら活性化のためにまちづくりに取り組んだ例で思い出されるのは高松市の丸亀商店街が思い浮かぶ。やはり郊外店舗に客足をとられはじめていた頃、商店街を中高層の住宅付きのモールとして再生した。商店街振興組合が自らデベロッパーとして果敢にまちづくりに取り組んだ例で、中央省庁含め行政も動かされたが主役はあくまで商店街の、地元に根ざした人々だったと聞く。それと比べたら行政が家賃を補助するからこのまちに住んでやってくれ、というのは、あんまり他力で、しかも利益とリスクの分配の構造がみえにくい。

報道だけでこの新しい政策の価値を云々するのは同じ職場に働く者としてしてはいけないことかもしれないが、少なくとも税金でやる事業である以上、成果がどのような形で目に見えることになるのか、もう少し議論が必要なのではないか、と思う。

以下読売新聞
http://osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/h_osaka/ho80501d.htm

■新婚・子育て世帯に家賃補助…大阪府PT案 月2万円 商店街周辺、活性化も図る

 大阪府の橋下徹知事直轄の重要政策プロジェクトチーム(PT)は、商店街周辺に新たに入居する新婚・子育て世帯を対象に、今年度から月額家賃2万円を最長で3年間補助する制度案をまとめた。「子どもが笑う」をスローガンに掲げる橋下知事の子育て支援策で、国土交通省によると、都道府県による直接家賃補助は全国で例がないという。

 大阪、堺両市を除く地域の「商店街から徒歩10分圏内(約800メートル以内)」の民間住宅に新規入居する世帯で、▽結婚後1年以内で夫婦がともに50歳未満▽子どもが小学校卒業前、のいずれかが条件。公営住宅の入居基準に準じ、月額所得21万4000円以下の世帯を対象とする。

 PTは、初年度は約2000世帯に約5億円の補助を想定。府は今年度に1100億円の収支改善を目指しており、補助総額は流動的だが、住宅まちづくり部は「新婚・子育て世帯の定住を図ることで、商店街の活性化にもつなげたい」としている。

 同省によると、大阪市が新婚世帯に月額最大2万円を補助するなど市区町村による家賃補助はあるという。橋下知事は2月の就任以降、財政再建を最優先に進めており、家賃補助制度が創設されれば、公約の実現第1号となる。

(2008年05月01日 読売新聞)

投稿者 kamimaki : 09:44

2008年02月17日

万吉と大阪府知事

わたしの好きな司馬遼太郎作品に「俄-浪華遊侠伝」がある。
昨年文庫版が新装になり、上下巻で発刊されている、まだお読みでない方があればぜひ読んでほしい。

主人公は幕末の賭場あらしから大親分になった明石屋万吉である。
万吉は貧しい母妹らの生活をたすくため、賭場をあらしては殴られ投獄され様々な拷問を受けるなどするが尋常でない忍耐力で耐え抜く姿からやがて任侠の世界で名をはせ大親分になる。幕末の混乱期には大坂は無法地帯となり、その治安維持のため侍大将を勤め、さらに明治5年に大阪府知事渡辺昇に依頼され消防頭となる。また一方で相場で儲けた金を慈善事業に費消し、「北区(きた)のええことしい」などと呼ばれたりもする。当時の混乱振りもさることながら、世を捨てることなく身を捨てた、しかし一介の侠客の実話である。

わたしが感心したのは、維新の時代に官憲のみで治安を維持できないと判断した知事が、この万吉にそれを託した大判断である。そんなことは、いくらなんでも平成の時代におこるまい。

しかし現実にそれが起こってしまった感がある。しかも信任をしたのは、府民であり、その信託を受けたのは橋下徹氏であるとわたしは見る。

「俄(にわか)」には、江戸期から明治にかけて流行をした即興芝居の意がある。それを現代に受け継いでいるのが博多にわか。面をつけて世相を風刺するものらしいが、その伝播は大阪の川上音次郎の影響があるともいわれているようだ。タレント弁護士時代に辛口のコメンテータをしていた橋本氏には当然「俄」の才覚はあるとみてよい。

弁護士という職業もまた、公儀にも博徒にも足を踏み入れた万吉に近しい。罪を犯した者を弁護し、また違法によって被害を受けた者の立場に立つこともある。

わたしは府の職員であるので、知事をこのように評することは天につばすることなのかもしれないが、その罰はいつかは受けることとして今のこの事態から最善の結果が生み出されるように働くほかはない。

万吉という侠客の活躍がなければ立ち行かなかった乱世の大坂と今を比較するためにではなく、わたしはむしろ民意、というものに深い関心がある。ニュース記事のインタビューでも数多く「やらせてみよと思うた」のようなコメントがよせられているようである。平田オリザ氏は「府民は博打に出た」と評した。わたしも同じ思いであるが、立場は部下にあたるので、あとは丁半狙いをつけて一山当てるよりほかはない。

行政出身や議員経験者でない橋下さんという一人の府民の方を知事に迎えた。
万吉に仕えた軽口屋、難波の福、小春といった役回り、府庁の俄の一場は、始まったばかりであるが、おそらく府の職員だけでなく、この一場には、「やらしてみよ」と思うた府民の登場は欠かせない。ぜひ後世に、「平成のええことしい」を遺したいものである。

投稿者 kamimaki : 12:49