2005年02月05日

清渓川再生事業(2)

仁川空港には夜到着。都心へはバスを使った。
深夜の仁川郊外は広大な平地が広がる。ソウル市内に入ると高架道路が縦横に走る。
日本以上の道路社会であることを思わされる。
バスターミナルに迎えに来て下さった韓国住宅公社の方に宿まで送っていただく。

行くまでに、「ソウルでさ、散髪屋のクルクル回るのがついてる場所は、ちょっと風俗っぽいとこなんだよ」と教授がのたまう。だいたいそういうところではマッサージをやってるのだそうだ。
宿につくと、そのクルクルが回ってる。
「先生、回ってますよ??」一行、目がテン、状態である。
とにかく安い宿でいい、とのK教授の指示でとられた宿はモーテルだったのである。
「あら、だめですかぁ」
と住宅公社の女史がケロっとしていう。宿の手配をしたのはこの人である。
来る前に韓国通の友人が言っていたことが思い出される。
「ケンチャナヨ」(なんとかなるさ)である。

とにかくわたしたちは調査のあいだ、このモーテル「夢」に投宿した。
ふさがっている各部屋の入り口に赤いランプがともり、全体的に赤っぽい照明の部屋である。
その赤い光のなかで、翌日以降のスケジュールを確認する。

同行者のうち、教授とAさんの研究対象はホームレス調査であり、わたしとKさんの対象は清渓川であるが、わたしたちは調査日程の半分は一緒に行動することになっていたので、ほんの一部ホームレスの調査にも同行することになる。

2日目:午前~午後 全国失職老縮者対策協議会、ドロップインセンター(ホームレス調査)
     夕刻 NGO訪問(清渓川再生事業)
3日目:午前 ソウル市政研究院(清渓川再生事業)
     午後 清渓川再生事業本部(同上)
4日目:午前 清渓川周辺で商業を営んでいたLee氏へインタビュー
     午後 帰阪(教授とA氏は引き続きホームレス調査へ)

投稿者 kamimaki : 10:04

2005年01月24日

清渓川再生事業(1)

一昨年、大学院の課題研究でお隣の国、韓国に行った。ソウル市では、ちょうど市内を走る高架道路を撤去して以前そこにあり、今は鉄板で蓋をされ暗渠になっていた清渓川という小川を再生するという事業にとりかかっているところだった。
大阪にも多くの河川が都市部に流れている。これらの河川はかつての主要な都市交通であった舟運の名残である。市内のほとんどの川は戦後の焼け跡処理のため埋め立てられたが現在も道頓堀川、東横堀川などが残る。
清渓川の場合、環境再生のため行う公共工事であるというが、その環境がそれ以後長く保全されなければ、川はすぐどぶ川に、それこそ大阪の道頓堀川のような様相を呈するだろう。それには絶え間ない努力が必要だ。
事前の調査で高架道路の存続にあたっては、老朽化のため撤去もしくは建替えせざるを得ないことがわかった。いずれにせよ撤去しなくてはならないものらしい。その廃棄物はどうなるのか?また、都市交通はどうなるのだろう?人々の利便は?また、周辺の露天商の立ち退き問題の決着は?などなどの疑問点が浮かんできた。また先にこの清渓川再生事業を調査した日本の学識経験者はこれらを「サステナブルシティを目指す取り組み」と賞賛していた。そのように断言できる根拠は何なのか。すくなくともその時点でのわたしの認識・疑問点はその程度だった。大学院の課題研究として取り組むには十分すぎる内容になるだろう。にわか大学院生であるお気楽にもあらゆる段取りを教授にまかせきり、自分はろくに下調べもせずに、ソウルに向かう飛行機に飛び乗ったのだった。

投稿者 kamimaki : 13:02