2008年05月05日
地域の宝
平成17年に大阪市大院創造都市研究科の修士課程を卒業させていただいた。
リサーチペーパーは、グリーンツーリズム政策の評価を取り上げた。
当時環境部にいたが、廃棄物関係で農村とは直接関わらない仕事だった。大学院は自費で、役所も休まずに行ったから、自分が好きなことを思い設定した。ちょうどその春に当時早稲田大学にいらっしゃった工藤先生のご紹介でイタリアのアグリツーリズモを楽しんだ経験から、なぜ日本ではグリーンツーリズムというと役所が温泉施設を作ることなのかが疑問だった。
わたしが滞在したボローニャ郊外フォルリーというまちのアグリツーリズモ、カ・ビオンダは、都市の営業マンであったファッジョーリ氏が20年以上前に脱サラして家族で築いた農家民宿である。当時はこのフォルリーも過疎が進展し、伝統的な民芸、工芸が衰退しかかっていたところだった。ファッジョーリ氏は、農村で滞在したい都市住民のニーズをマーケティングで得ていたことから、起業におよんだという。
過疎の村では年配者は動かない。若い農業者を巻き込んで、毎週起業家交流会をカ・ビオンダで実施して、参画してくれそうな人々をピックアップしていった。その中には農家だけでなく都市の企業家、州政府の人や報道関係者といった異業種の人々の出会いの場にもなった。
カ・ビオンダは中山間村に立地するアグリツーリズモ(農家民宿)で1週間の滞在費は全食事と体験・観光つきで700ユーロ。
カ・ビオンダで出会った人の中には、イタリア南部のサルデニア島やシチリア島の観光研修生の一団があった。ファッジョーリ氏はEUの基金から出るこのような観光地を再生する補助を受けた研修生を受け入れ、地域おこしまちづくりのためにアグリツーリズモ事業の普及活動を行っているとのことだった。ファッジョーリ氏がはじめて取り組んだアグリツーリズモはイタリア全土で大旋風となり、今や1万件を越す農家民宿ブームをおこし、イタリアのガイドブックにも広く取り上げられている。一人が起こしたアグリツーズモは、今やイタリア国の大きな観光目玉事業になっているのである。
サルデニア島の研修生の皆さん
シチリアの伝統的な祈りを捧げる研修生の皆さん
シチリアの名産品を紹介する研修生の皆さん。少しぎこちなさがある。
日本では行政が必死になって温泉宿を作っているが、まったくこの規模においつかない。
都市と農村を交流させても、農家はもうからないし、過疎は止まらない。食は衰退し、伝統は朽ち果てる。せめて税金を投じた分以上の返りがあればよいが、その税金の流れを行政評価の視点で追いなおしてみると、地域と国の政策評価の指標にねじれがあって、しかも国からの金は財団などに大きく流れ結果として何をどの程度生み出したのかさえ明らかにするのが困難である。
研究としては非常にたどたどしいものになってしまったが、はっきりわかったことが一つある。
地域づくりまちおこし、行政が主導したいテーマではあるが、それは行政が主導したのでは成功しない、ということだった。ファッジョーリ氏が提示したモデルは、農村で暮らしていけるモデルだった。それもファッジョーリ氏家族だけではなく、まちの人々が皆暮らしていけるモデルなので、傾いていた鍛冶屋が店を開け、伝統技術のある人たちが付加価値をつけてそれを見せて食べていける。その力、ムーブメントは、行政が都市からまきあげた税金をただあてにしていたのでは生み出しえないものがある。
地域の伝統的な陶芸工房にて絵付け体験。楽焼に似ていた。
地場産のワイナリーの見学と試飲 最高デシタ!
小規模な酪農家のチーズ工房ではチーズ作りを体験
伝統的な染付けを体験 錆色の染料をつけた型を布地に叩きつけて染み込ませる独特の技法。
ファッジョーリ氏は、地元の地域資源を丹念に発掘し、それらを回遊する体験プログラムを観光客に提示した。伝統的な工業者たちがファッジョーリ氏の取り組みに意気を感じ、観光客を受け入れ、伝統的な物産を復興した。それらの取り組みを、今まだ観光面で立ち遅れている南部イタリアの若い研修生が学ぶ。
農業の担い手の問題は深刻だ、とファッジョーリ氏自身も悩んでいる。年頃の娘さんが二人いて、スポーツが好きな二人が乗馬などの体験の案内者にもなっているが、カ・ビオンダをついでくれるかどうかはわからない。しかし、カ・ビオンダが提示したイタリア・アグリツーリズモという地域再生モデルは、スローフード運動とも連動し、イタリアの地域経済を刺激したに違いない。
今、日本も地域再生がさかんに叫ばれているが、国から補助金を得られることを地域再生というのは大きな勘違いであるに違いない。ファッジョーリ氏のカ・ビオンダをたずねてはや4年。まだまだ、日本の地域の宝は、掘り出されていないのを、感じている。
投稿者 kamimaki : 17:21