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<title>サステナブル・ガバナンス・レポート</title>
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<modified>2008-08-18T19:53:10Z</modified>
<tagline>神牧智子のblog</tagline>
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<title>闇の子供たち</title>
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<summary type="text/plain">夏に向かう前、何か読み物はないかと思って書店に平積みの文庫本を何冊か買った。 う...</summary>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>夏に向かう前、何か読み物はないかと思って書店に平積みの文庫本を何冊か買った。<br />
うち一冊がヤン・ソギルの「闇の子供たち」だった。映画化するらしいとのことで問題作なのだろうと手に取った。本作品は2002年11月に解放出版社から出版されたもので文庫はこの7月25日で13版。かなり読まれている作品だが、知らずにいた。</p>

<p>読み進みながら、そういえば6月に改正議案が提出された児童ポルノ禁止法のことを考えていた。<br />
<a href="http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g16901032.htm">http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g16901032.htm</a><br />
また、今日のニュースで改正法案の処罰の範囲で与野党で協議をしているとの報道があった。<a href="http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080818ddm002010131000c.html">http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080818ddm002010131000c.html</a></p>

<p>同法は98年に成立し、04年にも改正をしているが、実際の被害がこうした規制で少なからず減ったのだろうか。悲しいかな、被害の現実が浮き彫りにされるばかりで、また驚くべきことに、教職者による犯罪があとをたたない。</p>

<p>「闇の子供たち」に登場する小児性愛者のうち何人は、やはり幼い頃に生きるための売春や性的搾取をされた者という設定もあった。まるで現代の羅生門である。しかし死人の皮を剥ぐ以上の行為が生きた子供たちに行われていることが告発される。売春だけではない、臓器売買もだ。<br />
小説に出てくる日本のジャーナリストがマフィアに狙われた主人公に「この国の子供のことは、この国の人間が解決するしかない」と述べた言葉が主人公の失望を買い、きわめて印象的だった。その昔世界的にも子供を大切にすると定評のあったわが国のはずが、「普通の国民」が、大量の児童ポルノを流通させ、旅先で過酷な環境下の子供たちを蹂躙するおかしな国になってしまったことはいっさい見ていない言葉である。</p>

<p>小説という手法をとっているが、ここに書かれた衝撃的な内容は、無関心の中におきざりされた真実であるとわたしは見て取る。なぜなら国内だけをみても、子供に対するわいせつ行為が数多く発生し、少女たちは知らず知らず出会い系サイトに導かれていく、じゅうぶんにおかしな国になってしまっているではないか。小児性愛や児童虐待ということに対する確たるNO！の宣言がない。あるいは伝わらない。</p>

<p>禁止や処罰だけではない、予防的見地に立脚した取り組みが行われる必要を痛感する。</p>]]>

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<title>平塚－耐震と心のまちづくり</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/08/post_103.html" />
<modified>2008-08-13T14:02:49Z</modified>
<issued>2008-08-06T14:24:10Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2962</id>
<created>2008-08-06T14:24:10Z</created>
<summary type="text/plain">昨春都庁を退職された木谷正道さんと初めてお会いしたのは、2002年8月の行政経営...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>昨春都庁を退職された木谷正道さんと初めてお会いしたのは、2002年8月の行政経営フォーラムの浜松例会だった。<br />
当時IT担当をされていた木谷さんの発表は、「原始都庁七つの大罪」というセンセーショナルなものであったが、でもこの講演で木谷さんが本当に伝えたかったのは、IT改革の有効性ということではなくて、都民のいのち、安心をどう守るかということにとことん尽きていたのだと思う。プレゼンテーションのある部分で、一文字ずつカチカチと効果音付で文字が表示されたのだが、その効果が、会場の笑いを誘った。それを木谷さんが見逃さなかった。</p>

<p>「今、笑いましたね。でもここに書かれていることは、笑い事ではないんです」と言った。会場が静まり返ってその数字をまじまじと見た。それは近年の、空前の自殺者の数字だった。そしてそこから木谷さんは、都民のいのちと暮らしを守るのが公務員の仕事だが、そうした思いで仕事に取り組もうとしない都庁職員の大罪を一気に論破した。</p>

<p>ITをツールのひとつとして当時木谷さんが取り組んでいたのは、東京いのちのポータルのような、防災情報の信頼のおけるネットワークづくりだったが、この6日に日本都市計画学会関西支部の講演で伺ったお話では、1995年の阪神大震災以前から、首都直下型地震の対策に都庁職員として心を砕いておられたのだという。なので関西で起こったあの震災に、木谷さんは関東の身代わりのような衝撃を心に受けたのだとおっしゃっていた。</p>

<p>ふだんの仕事の足場として、都民にとってこれから必要なこと、大事なことを、震災で死なないまちづくりととらえて公私にわたる活動に盛り込んでこられた木谷さんの功績は大きい。この日は、子供のころからお住まいの平塚で、耐震補強のまちづくりNPOを盛り立ててこられたお話を中心に約1時間話されたあと、ギターを爪弾きながら、歌を。</p>

<p>木谷さんの主張はとてもシンプルである。<br />
地震はいつ起きてもおかしくないのだから、まず家を補強して身近な人のいのちを守ろう。そしてそれだけでなく、身近なまちの人とのつながりを豊かに取り戻そう。家は残っても心が壊れたら何にもならない。心がひとつになるよう一緒に歌を歌おう。<br />
とてもわかりやすい。</p>

<p>個人的には、阪神大震災のとき、実家が被災したがなかなか手立てが打てないもどかしさもある。何しろ古い家であるが、住み替える気はさらさらない。損壊した屋根は父が腰を痛めながら自力で直した。今も耐震グッズと名のつくものはいろいろ試している。こういういいのがあるから買ってこようか、というと、もう次の日には買って設置している。父がただひたすら守りたい人は、母である。</p>

<p>わたしの守りたいものは、と自問する。素直にいえば子供たちである。学童は木造密集地にあったが、数年前に引越し、震災以降に新築され前面道路が広く消火栓もすぐ近くにある借家に。<br />
それまでは防災ずきんなどをみんなで手作りしていたが、引っ越してからは、ここで地震や火事があったらと夢でうなされるほど悩んでいたことなど忘れていたことをはっと思い出さされる。</p>

<p>公共が個人の家屋に資金を供給しはじめたのは、ここ20-15年ほどのことである。バリアフリーからはじまって、今は耐震補強。バリアフリーの時代は、わたしも草創期の住宅改造助成事業を担当したことがあるのでなじみがある。予算要求をするときはじいた公共投資の回収は、将来の在宅介護にかかる軽減費用だった。耐震補強の場合は、地震等による被害の軽減が、社会費用の増大を直接抑制するという考えに基づくのだろう。</p>

<p>しかし意外にこの耐震補強の実施率は伸び悩んでいるという。信頼のおける事業者がどこにいるのか情報がない、100点満点の耐震性能が確保されなければならないとするあまり価格が負担できる限度を超える、家が古すぎて耐震診断の補助対象にさえならない等等。まず耐震性能がないと判断されたらお金が高くつく。いのちに代わるかもしれない耐震費用だが、地震はいつくるかわからない。結局ほかのことを優先にしていつまでも耐震補強をしない。</p>

<p>借家の場合は、耐震診断の有無は実は契約時の重要説明事項の一つになっているのだが、家主は耐震診断を無しと回答する。有りだと評価を知りたくなるし、耐震性能が低ければ対策を迫られる。そんなことなら、「しないほうがましだ」となる。<br />
かくして、本当に耐震が必要な家々に、そうした措置がとられにくい現状があるという。</p>

<p>木谷さんの話で面白かったのは、歯科大生が多く住む賃貸マンションのオーナーが、耐震をしていないことによって万が一のとき、多額の賠償を要求されるリスクヘッジとして耐震補強を導入したという事例だ。将来歯医者さんの卵というのは、逸失利益が大きいとふんだからという。少なくとも関西の賃貸オーナーで、そうした先々のことを考えている人はあまりいないのではないだろうか。しかしこの事例からの学びは「その気にさせる」要素はあるということだ。</p>

<p>それには、小さいけれど、生活の基盤たる家というものを所有するすべての人に、くまなく、ただし決して大きな負担とはならない、ちょっとした規制をかけることだ。自主的な取り組みをうながすしかけだが、将来に起こりうること、誰がその責任を負うか、こうしたことを意識させる「何か」を、ちょっと考えてみたいと思った。</p>

<p>それが何か、どのような形かはわからないけれど、はじまりはやはり「コミュニケーション」に違いない、と思う。木谷さんのように歌はうまくはないけれど、まずは身近な人と、対話をはじめたい。</p>]]>

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<title>野間川の大冒険</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/08/post_102.html" />
<modified>2008-08-06T09:54:37Z</modified>
<issued>2008-08-06T09:36:47Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2950</id>
<created>2008-08-06T09:36:47Z</created>
<summary type="text/plain">週末、丹後半島へ娘とその友人ふたりとで自然体験ツアーに参加した。 宿泊は京丹後市...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>週末、丹後半島へ娘とその友人ふたりとで自然体験ツアーに参加した。<br />
宿泊は京丹後市の環境学習施設である風のがっこう京都。<br />
3度目の利用だが、過去の2回と違うのは、この間に指定管理者制度が導入されたこと。<br />
プログラムの内容に大きな変更があるのではないか、と少し心配していたが、準備段階でスタッフから送られてきたキャンプのときの服装や持ち物のかわいいイラストのFAXをみて、心配が期待に変わった。</p>

<p>娘は2度目でスタッフが総入れ替えになっているのにやはり心配していたが、そこは大阪のおばちゃんも真っ青の屈託なさである。あっという間に打ち解けてスタッフにあだ名をつけて困らせてみたり甘えてみたり。他の参加者のおとなしいお子さん方にはうるさかったのではないか、とはらはらしたが、帰阪後も積極的にメールや写真の交換をして仲良くなってしまった。次は10月に行くのだと、もう張り切って日程調整までしている。</p>

<p>1日目は地元の退職者の方々が運営している竹炭工房で竹の器づくり。のこぎりがなかなかうまく使えず相当悪戦苦闘。地元の方はさっさとのこをひいて見る間に器をつくっていく。そこですいかを食べさせてもらい、竹塩をお土産にいただいた。甘い塩である。それからドジョウ池でドジョウすくい。あまり大きくないドジョウを12匹捕まえてこれは翌日のうなぎ採りのしかけに使う。<br />
ドジョウ池には、驚くほどたくさんの虫たちや水棲生物がいる。ミズスマシ、マツモムシ、タイコウチ、ギンヤンマノヤゴ、アメンボ、オタマジャクシなどなど。</p>

<p>二日目は野間川に繰り出し、いよいよ川くだり。5時間歩くと聞き岩の上を歩いて捻挫しないか心配だったが、鮎足袋というのはなかなかのすぐれものである。中の指先が分かれていてふんばりがきくし、足首まであるので、多少滑っても挫かないですんだ。ただ、後半はやや疲れて滑ってしまい、ひざや手のひらをすりむいたりもした。都会にいると、こんな怪我をすることもない。ペロペロとつばをつけて、子供の頃の他愛ない擦り傷の痛みを思い出し苦笑い。<br />
行程のうち、深いところでは足がつかないところもずいぶんとあり、時に泳ぎながら、時に流れながら、どんどんと川をくだった先でテントを張った。</p>

<p>それからその日網での鮎漁の解禁日ということもあり、巻き網漁というのを教えていただいた。<br />
おもりのついた2重の網で、錘のついたほうを内側に、ぐるりと魚のいそうなあたりを取り囲む。<br />
そして内側に入ってバチャバチャ水を叩くと、驚いた鮎が網にかかる。それを丁寧にはずしていく。<br />
経験のない者は魚影をみても数まで瞬時にわからないが、地元の方は「もう一匹いるはず・・・」というと、必ずかかっているのに驚いた。漁果は十分で一人一人いきわたるだけ捕らえると今日の漁はおしまい。夜は酒盛り、子どもたちは溝でホタルともつかない発行器をもつ昆虫にみとれている。テントを張った周辺は元は村落だったが人が住まない廃村となっている。それでそのうちの一軒のお手洗いを借りることになったが、夕方の明るいうちに子どもの一人が踏み板をはずしてしまい、そこからはトイレのたびに、「連れもって」。ペーパーは持ち帰りごみ袋へ。</p>

<p>人が住まなくなった廃村あとは、この地域には少ながらずあるようだ。冬は雪深い土地である。動ける人がいなくなれば、村を離れなければ暮らしていけない。お手洗いをお借りしたところでは、庭先の墓石を取り除けたあとが、10個ほどもあっただろうか。長年先祖が暮らした土地を離れる。すっかり枯れたようになっている住居の周りに、ぼうぼうと草がおいしげっていたが、まだそんなに年数はたっていないようでもあった。子どもたちにはその意味はまだわからないかもしれないけれど、記憶の片隅にやきついたに違いない。</p>

<p>翌朝はうなぎのしかけを見に行ったが、残念。ウグイが一匹かかっていただけだった。ウグイは琵琶湖で食べたことがあるが、骨が多くてアンモニアのようなにおいがある。ホイルで包み焼きにして、においの強い皮をはずして皿に盛ると、お魚が好きな子がいて、小骨もかまわずぱくぱくと食べてしまった。魚好きは生命力が旺盛である。</p>

<p>野間川を離れ宿に戻って解散式。入浴と食事が全６食ついて、２泊で大人２万円、子ども１万８千円のたいへんお得な体験ツアーである。もれなく友人がついてくる。同じ川で泳いで、捕った魚を分け合った友人たちである。</p>

<p>スタッフの皆さん、京丹後市の皆さん、ありがとうございました。</p>

<p>また、今回だけでなく、前にお会いした方々とも、またお会いできれば、と心から思う。<br />
今回娘がまた行きたい、と言い出したのも、人との出会いが一番の深い思い出であり、そこにいけば会えるという縁のゆえであった。<br />
指定管理者制度の場合、数年に一度は管理替えがあるという。わたしは知らず知らずの間に、けっこうな人数の京丹後の皆さんとお知り合いになっているのに、連絡もしないまま帰ったことを、実はかなり悔いたりしている。</p>

<p>娘が夜に携帯を貸して、と、前のスタッフの方にメールをしていた。お返事をくださってありがとう。<br />
素直な心で、次回も訪ねたい。</p>]]>

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<title>日本リスクマネジャネットワーク設立総会</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/07/post_101.html" />
<modified>2008-07-27T17:35:44Z</modified>
<issued>2008-07-27T16:37:27Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2936</id>
<created>2008-07-27T16:37:27Z</created>
<summary type="text/plain">3月に阪大の環境リスク管理のための人材養成プログラムを修了したあと、これまでの修...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>リスクマネジメント</dc:subject>
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<![CDATA[<p>3月に阪大の環境リスク管理のための人材養成プログラムを修了したあと、これまでの修了者の皆さんとリスクマネジャのネットワークを作っていこうという話になり、これまで4回の準備会を経て、7月27日、ようやく発足にこぎつけた。</p>

<p>会則や倫理憲章などの策定作業にあたり、いろいろな意見を反映しながら今日の日を迎えたのだが、よくあるシャンシャン総会にはせず、最後まで意見を聞くかたちになった。司会ということもあり、代表世話人の方に、多数決などを用いるかどうかを確認したが、今後も例会を重ねて修正していくので今後の課題としてまとめましょう、とのこと。実際にそういう会をやってみて、不思議に最後落ち着いたのは、この会に参加するメンバーの見識の高さだなあ、とつくづく。</p>

<p>リスクマネジメント、と一口に言っても、最近の偽装問題や、さまざまな不祥事への後付的な事後対策をいうものではない。しかし今のところ多くの経営組織がそれを取り入れようとするのは、端的に言って転ばぬ先の杖という発想が主流ではないか、と思う。リスクが不確実なものである以上、その対策は、利益を生み出さないコスト、いわば必要悪なので、いやいやながら対策を余儀なくされているのがほとんどなのではないか。</p>

<p>なのでできるだけリスク対策のために費用をかけない、人もかけない、顕在化が確実になりそうなものに応急的に対応し、事なきをえれば喉元過ぎたる熱さのごとく忘れてしまう。先進的な企業では、社会全体のリスクへの対応を事業領域としてとらえるところもあるというが、まだほんの一握りの企業にすぎない。</p>

<p>社会人リスクマネジャの多くは組織人なので、自社内のリスク管理のあり方に一言呈したい思いがあっても、業務分担や立場の違いに支障されることが多い、険しい道にある。ネットワークで活動をすることが組織内の自分のキャリアパスに直接つながるわけではない人もいるだろう。わたしもたぶんその一人だ。にもかかわらず、思いのほか高い組織率でネットワークが発足できたのはなかなか稀有なことだと思う。目先の益だけ考えていたらできないことだ。</p>

<p>ゆるやかな連携でスタートした会だが、企業のリスクマネジメント研修に講師を派遣するなど実際に動き出している面もある。サイエンスカフェなど、誰もが気軽に立ち止まってリスクを考える機会となる事業も行う予定。ご期待ください。</p>]]>

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<title>実業之夢、プロ野球</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_99.html" />
<modified>2008-06-29T03:45:19Z</modified>
<issued>2008-06-29T02:05:02Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2900</id>
<created>2008-06-29T02:05:02Z</created>
<summary type="text/plain">先日娘の小学校にオリックスバファローズの選手3人が来てくれたのがきっかけで、昨日...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>先日娘の小学校にオリックスバファローズの選手3人が来てくれたのがきっかけで、昨日はわたしとしては非常に久しぶりに野球場へ足を運んだ。全学年に招待券をくださっていたので、引率の大人は1200円で内野自由席に入場。今ネーミングライツで「京セラドーム大阪」となっている。<br />
<a href="http://www.kyoceradome-osaka.jp/">http://www.kyoceradome-osaka.jp/</a></p>

<p><img alt="dome.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/dome.JPG" width="235" height="314" /></p>

<p>奇遇ながら先日、この京セラドーム大阪を運営する大阪シティドームの関係者の方にお話を伺う機会があった。大阪市らが出資する第三セクターであった大阪シティドームが経営破たんしたのは2006年。建設費498億円の償還が大きな負担になっていたうえ近鉄との合併により現オリックスバファローズは神戸市西区のスカイマークスタジアムとこことのダブルフランチャイズ制をとることとなり、ホームが二分され経営上不利な状況となったことなども重なった。<br />
現在の経営計画はオリックス社がドーム施設を買収し、5年後に大阪市へ無償譲渡するというもの。関係者の方によれば、公共性の維持がドームの運営上の条件としてあるのだそうで、公共がからまった施設の再生計画として非常に妙味を含んだものである。いわば再生の鍵を握るのはファンをはじめ大阪市民。なるほど、小学校への選手の招聘はそのような仕掛けのひとつであったというわけか。</p>

<p>個人的には、もともと阪急沿線に住んでいたことから、球場といえば西宮球場、アストロビジョン、阪急ブレーブス最強の時代がちょうど小学生時代。弟の名前も阪急の創始者にちなんでいたりして、自分が男に生まれたらその名前に決まっていたらしいというから、野球に熱いものを感じた最初の球団は阪神というよりも実は阪急ブレーブス。オリックスへの「身売り」、近鉄との合併に、ファンとしての夢がことごとく消えかけていたような気がしていたが、やはり球場に行き、選手のいきいきとしたプレーに触れると、封印していたものがふつふつとするのを感じる。</p>

<p>子供たちは過去の栄光にとらわれたりしないから、その点うらやましい。学校訪問の夜タイムリーでチームを勝利に導いた坂口を応援するのだ、といって、早速ファンクラブに入会し、声援を惜しまない。<br />
<a href="http://www.buffaloes.co.jp/fanclub/">http://www.buffaloes.co.jp/fanclub/</a><br />
このファンクラブ、1000円で入会したらさっそくスポーツバッグをプレゼントしてもらった。<br />
球場にくるたびにスタンプをもらえるらしい。特典欄を読んで次は何日にいこう、と友人と約束しているのをみると、すっかり「はまっている」。</p>

<p>応援団の応援は外野自由席が活発だが、内野自由席の後方で「応援会」のＴシャツを着たファンの皆さんが声をからして応援歌を歌う。一緒になって「よっしゃ！」と、応援席で声をうねらすうちにねじれた思いをかかえた母も最後まで試合を楽しんだ。</p>

<p>この応援会の皆さんが、試合終了後の清掃作業を手伝われているを見たのも、ありがたい経験だった。いいおじさんたちやねえ、と子供たちも感心していたが、それぞれバックグラウンドは元は近鉄応援会、ブルーウェイブ、ブレーブスと応援を続けていた人たちが今一緒になってこの球団を応援しているのである。ねじれファンはちょっと恥ずかしくなった。</p>

<p>球場・球団の経営努力を別の視点で評価すると、大阪産業大学との協定や、球場内ショップでの販促など、さまざまな点で感心するものがあった。客単価をあげることは至上命題だろうと思うが、応援するチームに限らず多様な球団のグッズが買えたり広告面でも球場に来ているECCジュニア教室の子供が英語で応援トークを披露するなどほほえましく印象的なものがあった。いろいろな切り口があるものである。</p>

<p>ホークスは福岡に行き、近鉄・オリックスの選手を二分した楽天イーグルスは仙台へ行き、それぞれの地域のファンに支えられ、また地域に貢献する球団として精彩を放っている。<br />
オリックス･バファローズも巻き返しはこれから。子どもたちと球場へ行こう！</p>]]>

</content>
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<title>爆弾と自殺</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_98.html" />
<modified>2008-06-26T16:49:01Z</modified>
<issued>2008-06-26T16:26:10Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2898</id>
<created>2008-06-26T16:26:10Z</created>
<summary type="text/plain">タイトルはなんだかすごいが、どちらも実際。 家族が住む近辺で戦中の1t爆弾が発見...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>タイトルはなんだかすごいが、どちらも実際。</p>

<p>家族が住む近辺で戦中の1t爆弾が発見されて、先日避難のお知らせが、ポストに投函されていた。<br />
先般東京で見つかったときは半径500mの範囲が避難範囲だったが、今回は300m。PTAでも心配していたが、避難場所になるはずの小学校が半径500mではかぶってしまう。高層住宅地なので避難の量的確保のために小学校をはずしたかたちだ。</p>

<p>いずれにしても家族は避難対象なのでやれやれと思っていた矢先、近隣で硫化水素と思われる自殺騒ぎがあった。子供の通う塾のとなりのマンションで、子供によると駆けつけた警察官か消防の人だかが嘔吐していたようだ、とのこと。二次被害が住民にはおよばなかったのは不幸中の幸いか。わが子も少なからず危険な目にあう可能性があったと感じると背筋が寒い。</p>

<p>さすがにこの夜は、思わず怖い夢を見てしまった。</p>

<p>翌朝の新聞に自殺のことは何も載っていなかった。国内では年間に3万人ものひとが、自ら命を絶っているのだという。あまりにも多いので、騒ぎになっても記事にもならない。1tの爆弾が破裂すれば数多くの人が殺傷されるが、3万人はいくまい。一人寂しく命を絶つ人はそれよりもうんとうんと多いのだと思うとやるせない。</p>

<p>死ぬまで生きたら、それがあなたの人生です。</p>

<p>何がなんでも、死ぬまで生きましょう。</p>]]>

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<title>行政組織とリスクマネジメント</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_97.html" />
<modified>2008-06-26T16:52:31Z</modified>
<issued>2008-06-26T15:36:52Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2897</id>
<created>2008-06-26T15:36:52Z</created>
<summary type="text/plain">土地に関わる仕事をしていると、時折ヒヤリ・ハットといえる事象に遭遇するときがある...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>リスクマネジメント</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>土地に関わる仕事をしていると、時折ヒヤリ・ハットといえる事象に遭遇するときがある。<br />
本庁にいて報告や相談を受けるだけでもいくらかあるのだから、現場で生身の交渉をされている方々には、見えない氷山のようなリスクは数多くあるだろう。それらに果敢に挑む現場の皆さんにはいつも頭が下がる思いがある。その一方で、本庁でのうのうとしていていいのだろうか。もっと現場の出来事に耳を傾けなくてならないと思いながら、戦々恐々とするところもままある。</p>

<p>この春に日本リスク研究学会認定の阪大講座を修了しリスクマネジャの登録をさせていただいた。この講座で学んだことは多い。行政組織にいる限り、市民生活を脅かす様々なリスク事象に直面する機会は多々ある。講座を受講するきっかけになったのは、前職の廃棄物管理での経験も大きいが、思いのほか公共事業にかかる環境リスクも見逃しがたいものがある。災害や犯罪、感染症パンデミック、場合によってはテロといったクライシスに直面することも、公共空間を管理し、人身の安全に責任を持つ行政機関の宿命だ。</p>

<p>しかし実際には、何万分の一、何千分の一の確率で発生するそのような事件事故、災害のリスク対応よりも、普段の行政実務に潜むそれぞれの行政パーソンが抱えるリスク事象の発現可能性のほうが一般には高いのではなかろうか。</p>

<p>今国内の企業ではJ-SOX法への対応のため、リスク事象を洗い出し、内部統制を高めるための文書化、システム化に余念がない。わたしも可能な限り担当業務において土地に関わる関係法規を逸脱することがないよう、マニュアルを整備し共有することをすすめてきたつもりだが、どうしても収用担当という切り口以上に踏み込むことの難しさも感じているところがある。</p>

<p>リスクマネジメントは、ある業務執行部門が単一に、さらにいえばボトムからやり遂げるには、大いに限界がある。例えば法令順守ひとつをとっても、土地に関わる法規は民法も含め無数にあるといってよく、わたしは土地収用法の専門であるといってそれ一つにおさまるわけにはいかない。リスクマネジメントは上位組織の経営管理のマネジメント、管理者クラスの業務管理のマネジメント、担当者レベルの業務執行のマネジメントにおいて、立て板に水のごと、管理とフィードバックがなされてこそ意義があるものだ、と痛感する。</p>

<p>残念ながら、大阪府庁に20年勤務していて、これまで「ヒヤリ・ハット」を積極的に上部組織が収集し、リスクの発現を未然に防ぐための経営計画をたてたという経験がない。<br />
経理や人事管理面では、多数の不祥事をこれまで経験してきた府庁だが、残念ながら過去の痛い経験はどこへやら、のど元過ぎれば熱さ忘れるといった具合で、まだまだ過去の経験から学んでいるとは言いがたい状態だ。</p>

<p>日々の細やかな業務執行のPDCAサイクルの中からリスクを認知し、管理をする経験は、予見しえないクライシスへの対応時に大きな威力を発揮する。小さなリスク事象と思われるものも、それがみのがされたがゆえに重大な事件事故につながっていくこともしばしばある。</p>

<p>社会情勢は日々刻々変化しており、これまでどおりは通用しないのがすでに常識だ。</p>

<p>しかし現実の組織には、これまでどおり、という、厚い壁が目の前に聳え立っているのを、感じている。<br />
せめて失敗経験やヒヤリ・ハットを、責められることなく共有できる基盤がなくては、これまでどおりは打破できない。このような考えは甘いのだろうか。個人責任が強く問われはじめた組織の中で、組織のミッションを再確認しながら、リスクの海を渡るのは、なみたいていのことではない。</p>]]>

</content>
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<title>白瓜のお漬物</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_95.html" />
<modified>2008-06-21T05:58:16Z</modified>
<issued>2008-06-21T05:29:14Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2889</id>
<created>2008-06-21T05:29:14Z</created>
<summary type="text/plain">蒸し暑い午前、昼は素麺が食べたくなって買い物に出ると、白瓜の糠漬けを見つける。 ...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>遊・食レシピ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>蒸し暑い午前、昼は素麺が食べたくなって買い物に出ると、白瓜の糠漬けを見つける。<br />
実家にいたころ、母が毎年夏になると、白瓜を買ってきて二つに割り、種をこそげて浅漬けにしていたのが懐かしく。皮に歯ごたえがあり、身から塩味のつゆがじゅんと出てからだの渇きをいやしてくれる。</p>

<p><img alt="uri.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/uri.JPG" width="235" height="314" /></p>

<p>やっぱり大阪の夏は瓜のお漬物やね、というと、奈良漬の瓜は食べたことがあるが、浅漬けや糠漬けはないという人あり。大阪生まれの大阪育ちでも、お母様のご実家が三重県と聞くと、食文化は母の手料理の伝承がもたらすものとつくづく思う。</p>

<p>糠床がなくても作れる浅漬けは、種をとった白瓜に塩をまぶして出汁昆布を間にしいて重石をしておくだけである。深めのタッパに入れて、タッパより小さめの皿をうつぶせにおいて、重石はあるものでまったくかまわない。夜のうちに仕込んでおいて、朝になるとかなり水があがっている。これを冷蔵庫で冷やして昼に切っていただく。</p>

<p>皮が硬いのが困る人は縞にむくといい。前歯でかるく噛み切れて奥歯で歯ざわりを楽しめる。全部むいてしまうと楽しさがない。</p>]]>

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<title>岩手・宮城内陸地震</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_94.html" />
<modified>2008-06-14T23:38:01Z</modified>
<issued>2008-06-14T15:31:37Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2881</id>
<created>2008-06-14T15:31:37Z</created>
<summary type="text/plain">今日は京都・国際会館で第7回産学官連携推進会議。 関西ネットワークシステムで昨年...</summary>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>今日は京都・国際会館で第7回産学官連携推進会議。<br />
関西ネットワークシステムで昨年に引き続きブース出展をしたので、午前中ブース当番をさせていただいた。朝早く家を出たので地震のことは何も知らず、昼過ぎに来られた方から第一報を聞く。</p>

<p>岩手方面にはお世話になっているかたがたが多数あり、夕方帰宅してメールチェックをすると、何人かの方の安否は確認できた。通信が不安定との情報もあり。今は皆さんのご無事を、お祈りしております。</p>

<p>土砂崩れ、道路の崩落など、内陸部の被害は甚大なもようだ。<br />
ひとまず今開設しているネット募金を。<br />
<a href="http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1630001/index.html">http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1630001/index.html</a><br />
被災地が自由度高く使える寄付を、できたらお願いしたい。</p>]]>

</content>
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<title>マチネー・泰子の愛</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/06/post_93.html" />
<modified>2008-06-29T03:46:09Z</modified>
<issued>2008-06-04T16:13:06Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2868</id>
<created>2008-06-04T16:13:06Z</created>
<summary type="text/plain">1日朝に新幹線に飛び乗り、新宿へ。姉の短歌朗読ライブ「曠野」を聞きに。 http...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>1日朝に新幹線に飛び乗り、新宿へ。姉の短歌朗読ライブ「曠野」を聞きに。<br />
<a href="http://www.geocities.jp/tatumilive/arano.htm">http://www.geocities.jp/tatumilive/arano.htm</a></p>

<p>1時前にはライブハウスの前に行列ができていて、その列に近づくと、髪をバッサリ短くした姉がチカチカと手を振っている。色が白くて満月のような姉の笑顔には不思議な引力があるということをはたと思い出す。</p>

<p>行くとは言ってなかったのだが、どうにも引き寄せられてしまったことを観念する。母によると、姉は珍しく、さとちゃんきてくれるかな、と言うていたらしい。来てほしかったら、祈ればええ、と言うたんよ、と母。母と姉と私は潮の満ち引きでつながっているので、これはもう自然の理と思うよりない。</p>

<p>姉は中学生から短歌を詠んで、22歳のときに東京へいってしまった。<br />
ここ数年、こうしたライブ的な活動をしているが、わたしは姉のこうしたイベントに参加するのは初めてだった。距離もさることながら、正直にいえば怖かった。しゃしゃり出てくるな、と言われるような気が、していたのである。</p>

<p>枡野浩一さんと福島泰樹さんが姉をはさんで鼎談トークを。<br />
これはこの世界にあまり詳しくないわたしから見ても実に贅沢なことである。<br />
姉はまるで不遜にみえて舞台で煙草などを吸っている。そしてやおら厨房からひとわんのそら豆を取り寄せ、「いただきものなんです。皆さんどうぞおあがりになって。美味しいんですよ。」と会場に椀を回しだす。このちぐはぐで、とんちんかんなところが姉らしくて、そしてそれが姉の愛のすべてである。</p>

<p>トークでは短歌と朗読ということを取り上げていたが、万葉の歌垣（かがい）では自然なことであったのではなかろうかと思う。福島さんが、世界各地で詩を朗読するイベントがありその模様などを話してくださる。詩は短いから、学がなくて字が書けなくても、つくることができるから、世界中どこでも歌われるのだと姉がいう。トークで枡野さんの詩のボクシングの映像が流れ、福島さんが寺山修二を絶叫し、そして姉が最後に数十首歌った。</p>

<p>トークで、人前で歌うのはつらい、と姉が言っていた言葉が身内にあふれて、わたしもつらくなってしまった。つらいつらいと言いながら、滔々と言葉はあふれ、したためた墨書の歌うたが、舞台に重なり落ちていった。曠野の百合のように姉は立ち居り、青い匂いを放っていた。</p>

<p>あかあかとして。ええ声で。</p>]]>

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<title>スポーツと公共空間</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/05/post_92.html" />
<modified>2008-05-31T23:47:56Z</modified>
<issued>2008-05-31T13:06:43Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2862</id>
<created>2008-05-31T13:06:43Z</created>
<summary type="text/plain">子どもが3人あると、それぞれに好きなスポーツが違う。 学校の体育以外に運動経験の...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
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<![CDATA[<p>子どもが3人あると、それぞれに好きなスポーツが違う。<br />
学校の体育以外に運動経験のない私には未知の世界だが、このところ家族を通じてスポーツのよさを再確認している。</p>

<p>長男は高校に入って、中学時代に週1回通っていた剣道を再開した。痛そうだし、見た目暑苦しいのだが、けっこうはまっているよう。今朝も早朝から先輩のインターハイ予選の応援へ。<br />
競技のことはあまり話さないが、規律と伝統の世界、道具の手入れなどこまごまとしたならいごとが多い。生真面目で、「理」に敏感な長男らしい選択だと思う。</p>

<p>次男は野球、それも草野球だが、休みともなると気がつけばいない。数人でも集まればキャッチボールで汗を流す。草野球を始めるようになって家でゲームをしている時間は極端に減った、というよりなくなった。部活をやや不本意に退部してからブラブラしていたが、級友たちやご近所のお兄さんと草野球で意気投合。決して本格的ではないが、スポーツを通じて心の通い合う仲間を得ることは青春時代のかけがえのない通過点だと思う。</p>

<p>つい2週間ほど前、小学生の長女が「ソフトバレーボール大会」への出場をするんだと意気込んで帰ってきた。4人でも出られるとあって、クラスメイトを片っ端から勧誘し、なんとか5人集まってこの週末に試合。前の日まで、ママさんバレーボールの練習日にコートの端っこを借りるなどして特訓していたが、通常のバレーボールとソフトバレーボールのルールの違いなどもわからないまま当日に。<br />
言いだしっぺがわが子ということもあり、地元から2駅電車に乗った先の小学校体育館へ引率した。</p>

<p>とはいえ我が小の子供たちは、まずルールからよくわかっていない未経験者。<br />
それが他の試合の審判もすることに。まず試合前に時間をかけてガイダンスを受ける。</p>

<p><img alt="siai1.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/siai1.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p>審判のジェスチャーはいろいろあり、コミュニケーションに言葉は許されていないそうだ。いわれてみればテレビのバレーボールの試合でも、審判の声は聞こえない。<br />
ここで運営委員の先生から引率の大人へご注意。<br />
「ジャッジは間違うこともありますが、大人がとやかく言わず、子供たちが自分たちでできるように促してください」</p>

<p>それからウォーミングアップ、試合開始。1試合目は体が硬かったが、他の試合の審判をしたり、2試合目、3試合目と回を重ねるごと、動きがよくなってくる。<br />
ふたつ勝ったところで欲が出て、みんなが勝ちにいっているのがこっちにも伝わってくる。<br />
内容もよかったが結果もよかった。表彰式に。</p>

<p><img alt="siai3.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/siai3.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p>なかなかスポーツというのは、いいもんだな、と今さらながら思う。競技としてルールがあり、勝ち負けは明確だが、プロセスの中で得ていくものが多い。体を使った分だけ得るものがある。それにチームが加われば相乗する。人生経験のなかでは、けっこうめっけもんの機会なのである。</p>

<p>ただ、子どもたちがこうしたスポーツに出会う中でやはり場所とそのコーディネートというのは機会の提供と継続のためには必要だと痛感する。現在のように、生徒数、学級数が少なくなってくると、学校だけで多種多様なスポーツの機会を提供するのが難しい。学校のスポーツクラブは、どこもかしこも存続のピンチだ。</p>

<p>スポーツアソシエーションはスポーツの数だけあると思うが、競技人口によってその基盤には強弱がある。学校の体育館という切り口も、何らかのアソシエーションにつながっていなければなかなか利用できないのが現状だ。公共空間と、それを活用するアソシエーションがあって、それらが常にオープンであること。あらためて、そうした目に見えない公的な活動にも感謝したしだいだが、将来の子どもたちの環境への危機感もまた、感じている。</p>]]>

</content>
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<title>世界6月号から</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/05/6.html" />
<modified>2008-05-25T08:06:55Z</modified>
<issued>2008-05-25T07:13:56Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2853</id>
<created>2008-05-25T07:13:56Z</created>
<summary type="text/plain">ジャーナリストの多田実さんこと本多清さんが、岩波書店「世界」の６月号に執筆をして...</summary>
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<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
</author>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>ジャーナリストの多田実さんこと本多清さんが、岩波書店「世界」の６月号に執筆をしていると聞いたので、週末に紀伊国屋で買ってきた。<br />
豊岡市でのコウノトリを育む農業の話題から、本多さんのフィールドになっている滋賀県高島市での環境保全型農業の取り組みを、農業者の生の声を交えながら本多さんらしい書きぶりで紹介する文章だった。</p>

<p>コウノトリは過去、田んぼを踏み荒らすということで農家からの嫌われ者だったそうだが、実際に中国から飛来した一羽の天然のコウノトリの生態観察からそれが誤解であることがわかった。地元の方から「ハチゴロウ」と名づけられたこのコウノトリは、死亡が確認されるまで、様々なことを人間に教えてくれたようだ。本多さんは、環境保全型農業は、単なるハウツーではなく、根源的なものへのコミットメントからはじまることを、書いておられたように感じている。</p>

<p>これを読みながら、どういうわけか思い出していたのが、娘の５年生の頃の教科書に出ていた「大造じいさんとがん」という物語だった。猟師の大造じいさんが、猟果をあげることができない元凶、群れの頭領である一羽のがん、残雪を得ようとしかけを凝らす戦いは何年もに及ぶ。そうしているうちに、じいさんの中で残雪のことを次第に「ただの鳥にしているような気がしなくなってくる」というのだ。</p>

<p>結びでは、環境保全型農業をすすめるにあたって、一般によく言われる絶滅危惧種が生き残ればいいという考えではなく、その地域の固有の生態系に、古くから慣れ親しんだ地域の生き物への愛着をもって取り組んでほしいという筆者のねがいが託されていた。これは本多さんの、長年の観察者としてのオリジンを感じるメッセージだったと思う。</p>

<p>本多さんおすすめ「高島いきもの田んぼ米」はこちらで購入可能。<br />
<a href="http://www.city.takashima.shiga.jp/ikimonotanbo/erabu/index.html">http://www.city.takashima.shiga.jp/ikimonotanbo/erabu/index.html</a></p>]]>

</content>
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<entry>
<title>きれいな、大阪のあかり。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/05/post_91.html" />
<modified>2008-05-19T22:51:49Z</modified>
<issued>2008-05-18T07:38:38Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2845</id>
<created>2008-05-18T07:38:38Z</created>
<summary type="text/plain">生まれ育ったところが大阪でも十三（じゅうそう）といえば、「藤田まことの『十三のね...</summary>
<author>
<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
</author>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>生まれ育ったところが大阪でも十三（じゅうそう）といえば、「藤田まことの『十三のねーちゃん』やね」とか「夜の街だね」と反応は夜の部である。子ども心にも、夕方に水を打ったカラー舗装がネオンを映し出す時間帯の十三栄町商店街は、やはり十三のまちの重要な景観であると思ったものだ。</p>

<p>学生時代、国語の時間で「場末というのは十三のような町をいう」と言われずいぶん失礼だなと思ったが、返す言葉もなく悔しかった。また「朝の十三は死んでいる」という修辞は極めて名言で、盛り場の路地は酔客の吐瀉物で汚れきっていた。</p>

<p>このネオンの記憶はわたしのふるさとの記憶であり、十三公園の滑り台の上に立てばラブホテルモンブランの看板が見えた。だから幼稚園の頃の弟は滑り台鬼ごっこを「モンブラン」と呼んでいた。頂上に立つとき「モンブラン！」と叫ぶのは、そこが山のように高いからではないのである。</p>

<p>母の実家のある丹波はバスもなければ街灯もない。その代わり星明かりは気味が悪いほど明るく、雲が出ればまったくの暗闇に包まれる。そんな闇の中、蛙や虫がうるさいほど鳴く。蛇を踏まないかと恐れながら公民館の祭りを後に、祖母を先頭に孫たちが一列になって夜道を歩く。わたしも姉の浴衣の袖を、決して離すまいと、後ろから引っ張りながら。<br />
そんな田舎に数日滞在すると、帰阪する列車の窓からネオンが見えればほっとする。大阪の美しさは汚いものを夜の暗がりに隠し、ええところだけに光をあてて際立たせるから物悲しい。それがふるさとの明かり、ネオンの輝きなのである。</p>

<p>ライトアップの構想が大阪府から打ち出されているが、ふとあの悔しい思いをした「朝の十三は死んでいる」という言葉を思い出す。夜見ても昼見ても朝見ても、きれいな大阪でありたいと思う。</p>

<p>そしてさらにライトアップで思い出したのであるが、東京都北区に勤務する和田さんが、道路街灯にLEDを本格的に導入するのだと言っていた。彼によると、このLEDの主要部分は大阪のメーカーの製品であるという。LEDは大阪でも、商店街の節電・環境対策として実証実験を行ったが、当時はLEDの性質上、広い範囲を照らせないなどの課題があった。それが照度の面で厳しい基準がある道路灯に使えるレベルまで開発が進んでいるのだという。北区の報道資料によると、今後区内2万基ある街灯や公園灯をLEDに切り替えていくらしい。<br />
<a href="http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/press/278/027849.htm">http://www.city.kita.tokyo.jp/docs/press/278/027849.htm</a></p>

<p>LEDはLED照明推進協議会によると、低電力で長寿命というメリットがあり、光の指向性の高さから光害になりにくいのだという。<br />
<a href="http://www.led.or.jp/about/features.htm">http://www.led.or.jp/about/features.htm</a></p>

<p>和田さんの日記から勝手にキャプチャーさせてもらった道路街灯とLEDモジュールのコスト比較表は以下。決してコスト的にも悪くはない。<br />
<a href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/led2.html" onclick="window.open('http://www.pm-forum.org/kamimakis/led2.html','popup','width=600,height=697,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">画像の確認</a></p>

<p>また、和田さんによると、アメリカミシガン州のアンアーバー市は全街灯をLED化するという。先を越されたといっておられたが、北区は平成17年度からLED街灯に取り組んでいたので、世界最先端は最先端である。これに続く自治体が増えれば、LED街灯はよりコストが圧縮して導入しやすいものになり、電力消費は抑制されるだろう。<br />
<a href="http://www.a2gov.org/government/publicservices/systems_planning/energy/Pages/LEDLighting.aspx">http://www.a2gov.org/government/publicservices/systems_planning/energy/Pages/LEDLighting.aspx</a></p>

<p>もっと努力できることが大阪にもあると思う。いつの日か、朝も昼もきれいな大阪の夜をライトアップできる時がきたら、ぜひLEDで。それまでコツコツで、かまわへん、と思う。</p>

<p>----------</p>

<p>なお、LED照明推進協議会によれば、LEDの輝度の高さが人体に影響することもあるという。2002年に行われた実験では、青色LEDがリスクグループ２に分類されているといい、これは「原則的考え方としては，高輝度に起因する嫌悪感や熱的不快感が無い場合でも傷害を与える可能性のある光源。」という分類らしい。なお、青色LED以外はリスク免除グループに分類されるとのことだったので追記しておく。<br />
<a href="http://www.led.or.jp/handbook/c_3_4_5_jintai_eikyou.htm">http://www.led.or.jp/handbook/c_3_4_5_jintai_eikyou.htm</a></p>]]>

</content>
</entry>
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<title>よし笛ロード</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.pm-forum.org/kamimakis/archives/2008/05/post_89.html" />
<modified>2008-05-06T15:42:55Z</modified>
<issued>2008-05-06T14:27:53Z</issued>
<id>tag:www.pm-forum.org,2008:/kamimakis/12.2831</id>
<created>2008-05-06T14:27:53Z</created>
<summary type="text/plain">連休中の一日は、家族とサイクリングへ。日経新聞で記事が載っていたのを家族が覚えて...</summary>
<author>
<name>kamimaki</name>

<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
</author>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.pm-forum.org/kamimakis/">
<![CDATA[<p>連休中の一日は、家族とサイクリングへ。日経新聞で記事が載っていたのを家族が覚えていた。<br />
ところがサイクリングロードのマップはなかなかネットで入手できない。自転車協会などに申し込まなくてはいけないらしいが、下調べに入ったのは連休になってから。まあ、観光案内所で配っているだろうとたかをくくって現地入り。大阪から片道1450円。1時間と少しで近江八幡へ。<br />
駅で1日500円のレンタル自転車を借りて湖畔、麦畑をぐるりとめぐる「よし笛ロード」をスタート。</p>

<p><img alt="start2.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/start2.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p>途中石段が八百八段もある長命寺へ。上りがきつく帰りは膝に来る。<br />
西国巡礼の寺ということもあり、参拝者は絶えない。霊験あらたかなのだろうか。</p>

<p><img alt="tera1.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/tera1.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p>それから近江八幡の水郷めぐりを横目にどんどん自転車を走らせていく。</p>

<p><img alt="kobune.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/kobune.JPG" width="240" height="320" />　<img alt="yoshihara.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/yoshihara.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p><img alt="mugibatake.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/mugibatake.JPG" width="370" height="254" />　<img alt="tochu.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/tochu.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p>到着した先は安土城址。ここでも石段の多さにちょっと疲れが・・・<br />
しかし三重塔のあたりからの景色はさすがに湖の国というにふさわしい絶景だった。</p>

<p><img alt="shiro3.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/shiro3.JPG" width="240" height="320" />　<img alt="shiro1.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/shiro1.JPG" width="240" height="320" />　<img alt="aduti.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/aduti.JPG" width="341" height="231" /></p>

<p>そこからは自転車を引き返し、近江八幡に戻る。安土へは、実は20数年前、安土城築城四百年祭というのがあり、高校の文芸部のメンバーで、信長好きのＣさんとのんびりのんびり歩いたのをしみじみと思い出す。それにちなんだ信長祭りも来年が25回目なのだそう。それにしても、安土城址は人気のある観光スポットのようだが、みやげ物も直売所も出していない。この辺の奥ゆかしさは20年前とほとんど変わっていないのではないか。ただ、片隅で売られていた作業所のクッキーはたいへんおいしかった。本当にそれだけしかなかったのであるが・・・。</p>

<p>安土城が山城であるのと同じように、安土城下も比較的起伏のある野道であったように思う。特に圃場は段差があったように思うのだが、あのときに歩いた道のりとはずいぶん違う印象だ。<br />
あるいは圃場が整備されたか。駅前の観光案内所で信長にちなんでローマの豆が入ったコーヒーを飲む。また駅前の和菓子店でこれまた信長にちなんだ最中を買う。これもなかなかおいしかった。<br />
そんなに気合が入った観光地では決してない。しかし、安土の人たちにとって信長というコンテンツは非常に大きな存在のようだ。わたしにとっては、あの古いままの野道も、捨てがたかったのだが・・・。</p>

<p>近江八幡に引き返し、八幡堀を散策し、八幡宮へ。境内のだんごやで味噌だんごを買い食い。<br />
サイクリングの結果、太ってしまっているのではないか？？</p>

<p><img alt="hatiman.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/hatiman.JPG" width="240" height="320" />　<img alt="hatiman2.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/hatiman2.JPG" width="394" height="259" /></p>

<p>八幡堀は、なかなかにぎわっていた。八幡宮にはこのところ大阪の百貨店でも行列をつくる有名菓子店があるが、帰り道に行きしなから目をつけていたチーズケーキの店がある。ここでホールケーキを買って旅の買い物はおしまい。普段甘いものはあまり食べないが、旅先ではちょっと欲しくなる。<br />
地域で根ざしているお菓子屋さんというのは、これがなかなか、滋味あふれる銘菓をつくるものである。</p>

<p>駅で自転車を返して新快速待ち。貸切電車の団体あり、近江八幡が今相当観光客を集めているのに驚いてしまった。よし笛ロード全体のマップは結局手に入らず。しかし地図がなくても湖があるので迷わないのは滋賀のよいところ。琵琶湖一周はなかなか敷居が高いが、ぼちぼちと、またたずねたい。</p>]]>

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<title>地域の宝</title>
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<modified>2008-05-11T08:45:29Z</modified>
<issued>2008-05-05T08:21:07Z</issued>
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<summary type="text/plain">平成17年に大阪市大院創造都市研究科の修士課程を卒業させていただいた。 リサーチ...</summary>
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<email>KamimakiS@mbox.pref.osaka.jp</email>
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<dc:subject>イタリア・アグリツーリズモ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>平成17年に大阪市大院創造都市研究科の修士課程を卒業させていただいた。<br />
リサーチペーパーは、グリーンツーリズム政策の評価を取り上げた。<br />
当時環境部にいたが、廃棄物関係で農村とは直接関わらない仕事だった。大学院は自費で、役所も休まずに行ったから、自分が好きなことを思い設定した。ちょうどその春に当時早稲田大学にいらっしゃった工藤先生のご紹介でイタリアのアグリツーリズモを楽しんだ経験から、なぜ日本ではグリーンツーリズムというと役所が温泉施設を作ることなのかが疑問だった。</p>

<p>わたしが滞在したボローニャ郊外フォルリーというまちのアグリツーリズモ、カ・ビオンダは、都市の営業マンであったファッジョーリ氏が20年以上前に脱サラして家族で築いた農家民宿である。当時はこのフォルリーも過疎が進展し、伝統的な民芸、工芸が衰退しかかっていたところだった。ファッジョーリ氏は、農村で滞在したい都市住民のニーズをマーケティングで得ていたことから、起業におよんだという。<br />
過疎の村では年配者は動かない。若い農業者を巻き込んで、毎週起業家交流会をカ・ビオンダで実施して、参画してくれそうな人々をピックアップしていった。その中には農家だけでなく都市の企業家、州政府の人や報道関係者といった異業種の人々の出会いの場にもなった。</p>

<p><img alt="forlikesiki.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/forlikesiki.JPG" width="320" height="240" />　<img alt="dining.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/dining.JPG" width="320" height="240" /><br />
カ・ビオンダは中山間村に立地するアグリツーリズモ（農家民宿）で1週間の滞在費は全食事と体験・観光つきで700ユーロ。</p>

<p>カ・ビオンダで出会った人の中には、イタリア南部のサルデニア島やシチリア島の観光研修生の一団があった。ファッジョーリ氏はEUの基金から出るこのような観光地を再生する補助を受けた研修生を受け入れ、地域おこしまちづくりのためにアグリツーリズモ事業の普及活動を行っているとのことだった。ファッジョーリ氏がはじめて取り組んだアグリツーリズモはイタリア全土で大旋風となり、今や1万件を越す農家民宿ブームをおこし、イタリアのガイドブックにも広く取り上げられている。一人が起こしたアグリツーズモは、今やイタリア国の大きな観光目玉事業になっているのである。</p>

<p><img alt="ilandsaf.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/ilandsaf.JPG" width="320" height="240" /><br />
サルデニア島の研修生の皆さん<br />
<img alt="ilandsiinori.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/ilandsiinori.JPG" width="320" height="240" /><br />
シチリアの伝統的な祈りを捧げる研修生の皆さん<br />
<img alt="ilands.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/ilands.JPG" width="320" height="240" /><br />
シチリアの名産品を紹介する研修生の皆さん。少しぎこちなさがある。</p>

<p>日本では行政が必死になって温泉宿を作っているが、まったくこの規模においつかない。<br />
都市と農村を交流させても、農家はもうからないし、過疎は止まらない。食は衰退し、伝統は朽ち果てる。せめて税金を投じた分以上の返りがあればよいが、その税金の流れを行政評価の視点で追いなおしてみると、地域と国の政策評価の指標にねじれがあって、しかも国からの金は財団などに大きく流れ結果として何をどの程度生み出したのかさえ明らかにするのが困難である。<br />
研究としては非常にたどたどしいものになってしまったが、はっきりわかったことが一つある。</p>

<p>地域づくりまちおこし、行政が主導したいテーマではあるが、それは行政が主導したのでは成功しない、ということだった。ファッジョーリ氏が提示したモデルは、農村で暮らしていけるモデルだった。それもファッジョーリ氏家族だけではなく、まちの人々が皆暮らしていけるモデルなので、傾いていた鍛冶屋が店を開け、伝統技術のある人たちが付加価値をつけてそれを見せて食べていける。その力、ムーブメントは、行政が都市からまきあげた税金をただあてにしていたのでは生み出しえないものがある。</p>

<p><img alt="taikentogei2.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/taikentogei2.JPG" width="320" height="240" /><br />
地域の伝統的な陶芸工房にて絵付け体験。楽焼に似ていた。<br />
<img alt="winery.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/winery.JPG" width="320" height="240" /><br />
地場産のワイナリーの見学と試飲　最高デシタ！<br />
<img alt="cheese.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/cheese.JPG" width="320" height="240" /><br />
小規模な酪農家のチーズ工房ではチーズ作りを体験<br />
<img alt="taikene1.JPG" src="http://www.pm-forum.org/kamimakis/taikene1.JPG" width="320" height="240" /><br />
伝統的な染付けを体験　錆色の染料をつけた型を布地に叩きつけて染み込ませる独特の技法。</p>

<p></p>

<p>ファッジョーリ氏は、地元の地域資源を丹念に発掘し、それらを回遊する体験プログラムを観光客に提示した。伝統的な工業者たちがファッジョーリ氏の取り組みに意気を感じ、観光客を受け入れ、伝統的な物産を復興した。それらの取り組みを、今まだ観光面で立ち遅れている南部イタリアの若い研修生が学ぶ。</p>

<p>農業の担い手の問題は深刻だ、とファッジョーリ氏自身も悩んでいる。年頃の娘さんが二人いて、スポーツが好きな二人が乗馬などの体験の案内者にもなっているが、カ・ビオンダをついでくれるかどうかはわからない。しかし、カ・ビオンダが提示したイタリア・アグリツーリズモという地域再生モデルは、スローフード運動とも連動し、イタリアの地域経済を刺激したに違いない。</p>

<p>今、日本も地域再生がさかんに叫ばれているが、国から補助金を得られることを地域再生というのは大きな勘違いであるに違いない。ファッジョーリ氏のカ･ビオンダをたずねてはや4年。まだまだ、日本の地域の宝は、掘り出されていないのを、感じている。</p>]]>

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