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2005年04月07日
高橋尚義(京丹後市)
京丹後市は平成16年4月1日、京都府の峰山町、大宮町、網野町、丹後町、弥栄町、久美浜町の6町が合併して誕生しました。
私は旧大宮町出身です。
平成2年4月に大宮町役場に入社して、財政・選挙・広報・企画という畑を歩んできました。その中でも特別に長かったのが平成9年から5年間担当した企画のセクションでしたね。行財政改革から始まり、総合計画の策定、自然環境や地球環境、新エネルギーや省エネルギーなどの環境政策もやりましたし、国のほとんど満額に近い補助金も活用して、情報政策もやってました。
何から何まで、町の政策といういものすべてについて担当したのがこの企画セクション時代です。小さな役場ですから、単一の業務だけという担当の仕方でなく、また大宮町の企画セクションは、組織に壁がない、まさに総合企画のセクションで、それも担当として私1人というところでしたので、自分の興味のあること無いこと、いろんなことに乗り出せた我ながらとても面白い時代でした。
そうした中で、平成14年4月から2年間、6町の合併に向けて合併協議会事務局で2年間の勤務を命じられ、自治体の使命とは何だろうという根幹からの議論をすることになり、その仕組みづくりに関わってきたというのがこれまでの自治体職員歴です。
今になって京丹後市の合併についておもうとき、「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」という方丈記のくだりを思い出します。これは旧町から新市へ合併前後の流れというものを考えたときの「無常観」というものなのかもしれませんし、仏教でいう「刹那滅」という思想に私の個人的な自治体合併思想がフィットしているからかも知れませんね。
この頃は、こんなことを思ったりしている私ですが、みなさん、これからもよろしくお願いいたします。
2005年04月06日
三重の吉島です、よろしくお願いいたします
神牧さん、手続きありがとうございました。
みなさま、吉島@評価みえです。よろしくお願い申し上げます。
会員に入れていただいておりますが、なかなか会話に入れず失礼しております。
関西分科会の仲間に入れていただきながら、このようなことを言うのも失礼にあたるかと思いますが、三重県は地理的には近畿の一員として、でも行政的には多くの場合、名古屋、東海地域として、あるいは中部の一員となっておりますので、日ごろから関西といっても正直ピンとこないことが多いのです。
しかしながら三重県でも、伊賀地域は関西圏に隣接する地域として密接な関係にありますし、近鉄が県内の主要交通機関となっておりますので、大阪には親近感を抱いております。
文化や言葉も関西圏と中京圏に接する地域として、双方から影響を受けながら、そのいずれでもないというのが特徴であるのかなぁと思っております。昔は大都市圏の周辺部として影の薄い地域であると言われておりましたが、北川改革で注目を浴びるまでになったものの、また逆風が吹いているのか往時の勢いがないのが気になっているところではあります。
「評価みえ」としては昨年度の受託で島根県の外郭団体の自己評価システムづくりのお手伝いをした成果を今年、新たな評価システムとして発表できると代表理事が申しておりますのでご期待ください。
さらに、昨年度、伊賀地域で行われました大規模イベントの全体事業評価を受託し、近々、HPにUPできると思いますので、その際には、ぜひ一度、ごらんいただければと思います。