2008年01月02日

富山大学のweb DE AHPで作ってみた知事選定評価ページ

新年明けましておめでとうございます。
本年も、どうかよろしくお願いいたします。

さて、関西分科会では、昨年4回の意思決定研究会を行い、AHPなどの意思決定支援ツール、また話し合いにより当事者が自らの問題解決方法を見出していくPCMの手法などを学ぶことができました。
多くの方のご協力に感謝いたします。

この年末年始の休みの間に、AHPをwebで体験できるサイトがないかな、と思ったのがきっかけでみつけた富山大学のweb DE AHP。試してみるとさまざまな評価サイトを自動生成できるのでとても楽しく感じました。

http://groucho.eco.u-toyama.ac.jp/ahp/Web_DE_AHP/Web_DE_AHP.html

第4回のAHP研究会では、静岡大学の八巻先生に、オペレーションズリサーチの世界という題の講演をしていただきましたが、そのときに体験のひとつとして次回の知事選挙の評価項目、代替案比較をしました。その経験をもとに、富山大学のサイトで個々人が自分の評価のウェイトを知ることができる評価ページをつくってみましたので、ぜひお試しください。

http://groucho.eco.u-toyama.ac.jp/ahp/Web_DE_AHP/cgi/temp/frame_242781.html

(なお、総合評価結果は、先に評価をした方の結果が残っている場合がありますので、評価後は各項目を「同程度」におきなおして評価計算結果をリセットの状態にしておいてくださると助かります。また、運用時間帯は9時から22時までとのことです。)

投稿者 kamimaki : 12:57

2007年05月03日

ノーアクションレター制度改正意見募集

ノーアクションレター制度とは、民間企業等が、実現しようとする自己の事業活動に係る具体的行為に関して、当該行為が特定の法令の規定の適用対象となるかどうかを、あらかじめ当該法令を所管する行政機関に確認することができる制度のこと。平成13年に導入された。
今回の改正では、これまで行政手続法の申請に対する処分のみを対象にしていたのを拡大する。

日本版ノーアクションレター制度改正の意見募集(5/27まで募集)
http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070426_5.html

ところでこの4月のNOVA事件のとき、行政見解が司法に否定されるということが起こっている。以下asahi.comより
 「NOVAの場合、受講者は事前に受講料を支払い、「ポイント」をまとめて購入すれば授業1回あたりの単価が割安になる。しかし、中途解約すると使用済みポイントが割高の単価で計算され、返金額が少なくなり、トラブルになっていた。
 NOVA側はこれまでこうした精算方法について「経産省と話し合った上で、問題がないとの見解を得ている」と主張。実際、同省は02年、同社の照会を受ける形で、条件をつけながら、「合理性が認められないとはいえない」などとする見解を文書で示していた。」
http://mfeed.asahi.com/national/update/0413/TKY200704130261.html

以上のように制度の範疇を超える法令解釈の照会・回答はこれまでもよく行われていたようだ。
行政サイドとしては、消費者保護の視点などこれまでにない厳しい判例事情を踏まえ、いっそうの市民の立場にたった視点が必要になるといえよう。
制度の対象が広がることにより、結果として水面下の行政指導等がつまびらかになるのは決して悪いことではないだろう。が、しかし・・・

日本版というからは米国版があるのか?というふとした疑問がうかぶ。
米国では、米証券取引委員会へ金融機関等が制裁の対象となるかどうかを問い合わせる制度があり、年間相当の白黒判断を委員会が行っているという。米国では民間のことは民間にまかせているということか。

わが国では、行政がそれをする。しかし、実際に法律というのはずいぶん昔に制定されたものも多く、ニュービジネスについては元来その法律が予定していない分野が数多くあるものだ。米国なみに商行為としての慣行などと照らし合わせ市場の措置を前提に判断することが、行政には不可能だ。行政手続法の施行以前より通達行政は常に批判の対象になっていたはずだ。

制度の拡大により、これまでの通達にない部分までも新たに行政見解に取り込む必要を省庁にせまることにはならないか。
この制度、いいようでいて、実は曲がり角にあるのかもしれない。

(参考)
経済産業省のノーアクションレター制度
http://www.meti.go.jp/policy/no_action_letter/index.html

投稿者 kamimaki : 10:13

2006年11月23日

がんばる京都市動物園

最近は京都市役所さんにはいいニュースがないけれど、京都市動物園は違う。
今朝も京都市動物園のいいニュース。

チンパンジーのふんからトマト発芽 京都市動物園 生命の糧循環に(京都新聞)
- 11月22日15時37分更新
京都市動物園(左京区)で、メスのチンパンジー「初子」のふんの中にあった種からトマトが発芽して実をつけた。2年前、飼育環境の向上を目指して木々を増やした際に行った土壌改良の副産物で、ふんの中の種が発芽するのは珍しいという。「はっちゃんトマト」と名づけられ、初子のえさとして再び胃袋に入り、思わぬ生命の糧の循環が生まれている。以下は記事へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061122-00000022-kyt-l26

このはっちゃんトマト、2年がかりだそうだから、一朝一夕ではなく変化が実を結び始めた、ということだろう。

今朝も、というのは、先日2006年の飼育動物の飼育環境を豊かにする取り組み、NPO団体からエンリッチメント大賞を受賞したのも京都市動物園の飼育員さんたちだった。
http://www.zoo-net.org/enrichment/award/2006/

飼育員さんたちは互いに協力し合いながら、ユニークなアイデアを出し合い,キリン舎のマゴノテイ(キリンが体を掻くのに利用),類人猿者の植栽(ゴリラのストレス解消に有効),新サル舎の給仕装置などの仕掛けを生み出し、動物たちの飼育環境を豊かにした貢献で受賞。

肌寒くなったけど、動物たちが快適し、職員が生き生きと働く動物園を訪ねて心温まるのもいいかも。

京都市動物園HP
http://www.city.kyoto.jp/bunshi/zoo/

投稿者 kamimaki : 13:20 | コメント (0)

2006年09月24日

出生率の目標値を定める

本日の読売オンラインニュースより。
 厚生労働省は23日、少子化対策の一環として、将来の合計特殊出生率を現在の1・25から1・40程度まで高める目標値を新設する方針を固めた。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060924i101.htm

出生数を制限する政策は中国の一人っ子政策などがあるが、これまで出生率の目標を定めないのが世界の常識だったという情報はちょっと「へー」となった。
記事によると倫理面の問題と言う。確かに貢献するのは個々人だから、一生に子をなせる人とそうでない人がある問題がある以上政府がそこまでやるのか、という議論はあるのだろう。(中国の場合はより厳しい倫理面の問題を含んでいることは否定できない。)

しかしその目標の根拠に年金制度の維持というのは、少し後ろ向きな気もする。将来労働力の確保や地域社会のバランスを含めて目標設定が多面的に行われることを期待する。
ましてや、地域に一律に目標達成を押し付ける、ということがないように。人の行動を促すためには、ポジティブな目標設定が必要だ。さらに地域が政策目標の達成に向けて柔軟に取り組める仕組みづくりも同時にすすめていくべきだろう。

子を産み育てることはたやすいことではない。当事者は国民個人であり家族である。医療、福祉、労働といったお定まりの政策でのマクロ的解決だけでは無理がある。
たとえば家族の絆といったナイーブな問題も含めて、多面的にしかし直接的に、すべての個人がそれぞれのできる立場で一歩前に踏み出さなくては達成はあやうい。その意味で、個人のこころにどっしり響く、明るい政策目標になることを期待したい。

投稿者 kamimaki : 10:57 | コメント (0)

2006年09月09日

岐阜県の裏金問題

連日関西版でも新聞紙上を岐阜県の裏金問題を取り上げている。
11年前、大阪府庁をはじめ、多数の自治体で発覚した裏金問題。
まだ続いているのかと思うと驚きをかくせないが、それだけ問題の根は深い。
ニュースサイトでは中日新聞が特集を組んでいる。
http://www.chunichi.co.jp/feature/gifu_um/
返還対象額は利息も含め19億円。岐阜県の小中教職員を除いた職員数は16000人であるから単純にいえば一人12万円だが、前知事の責任問題などもあり、返還には時間がかかるのではないか。
早期に問題を解決し、清浄な県政を期待したい。

投稿者 kamimaki : 16:22 | コメント (0)

2006年07月02日

「VISION OF JAPAN」と「福祉の国のアリス」

93年に、橋本元総理のVISION OF JAPANが出た頃、わたしは福祉部で高齢者福祉の仕事に従事していた。また、家族も同様に障害者福祉の仕事をしており、私たちの生きている社会が、助け合い支えあいがなければ、どれほど脆く弱いものかを痛感していたところだった。

政治家の書いた本を読むのは初めてだったと思う。おりしも経済のグローバル化を踏まえた金融ビッグバンに向けた構想などが打ち出されたころであったと思う。これからの弱者の暮らしはどうなるのか?そんなことはひとかけらも考えない政治家に今後の日本を任せることができるのか、そういうバイアスをもった目で本を開いた。

そして本を閉じたときに、この人が、意外にも深いノーマライゼーションへの理解をもち、助け合いささえあう社会をどう実現するのかを、政策によって実現しようとされている苦闘の姿をおもちなのだろうと感じていた。その苦闘とは、何であろうか。

VISION OF JAPANの刊行前年に出版された本に、元環境庁企画調整局長の山内豊徳氏の遺稿集「福祉の国のアリス」があった。まさしく政治と行政の板ばさみになった山内氏の遺稿を、時期を同じうして読んでいた。

福祉や環境の課題はともすれば個別具体的にしか解決策を見つけることのできないものだ。その場合、その解決策の枝葉は無限に広がる。一方政策は、幹や大枝に栄養は送れても、大樹になればなるほどに、枝葉を打ち払うことによって、その確たる推進を図ろうと動く。

政策実施者の思いと、政策立案者の思いは常にここで葛藤する。
ましてや政治と行政が分離せず相互に依存し変容しながら突き進む自民党政権下において、政策を「大樹」に育て上げることが肝要となりやすい。そのような中で、真の課題解決を求めた異形の官僚は自らの命を絶たざるをえないまでに追いこめられたのだろう。

その後、政策(マクロ)と実施(ミクロ)の間の跳躍的な空白を、官僚が真(まこと)の心をもってつなぎあわせるべき時代がそこに来ていた。しかし現在にいたるまで、官僚が真の心をもつてその天命をまっとうしてこれただろうか。まっとうしているだろうか。

VISION OF JAPANで、家族や自らの個人的な経験をとりあげながら、政策にかける思いを熱く語った人はもういない。この人の目指したはしごのてっぺんは、天に向かって伸びていたのかもしれないが、その中段に足をかける場所がない。これまでも、そしてこれからも、それらの重要な階は、真の心で個別課題に取り組む人々の力を集めることによってしか、築くことはできないだろう。

そしてこの課題は、若い政治家や、行政マンに間にもまだ同様に横たわっている課題といえる。
生活者の心に戻り、真の心で問い直したい。

(神牧智子)

投稿者 kamimaki : 20:57 | コメント (0)

2006年06月18日

夕張市が財政再建団体へ(2)

さて、夕張市はもとはいえば炭鉱の町。
2005年には炭鉱サミットをドイツ・ルール地域よりエムシャーパーク構想の中心人物であったブロックハウス博士を招聘し実施している。
http://202.218.20.233/san/index.php

ところで、エムシャーパーク構想は、緑の再生など景観上の修景を行い、住宅と産業立地を推進し、新たな産業集積を目指すもので、また都市再生のための組織体IBAを発足し、イニアシアティブをとっていったことが成功の秘訣だったように思われる。
http://www.horonai.com/05_Deutsche/IBA/Deutsche01.html

このように、ネットサーフィンをしていくと、炭鉱の町再生のニュースソースは北海道内のサイトから十分に拾える。にもかかわらず、夕張市のホームページあれほど危機感が欠如していたのはなぜなんだろうか。

自治体の破綻は、こうした都市再生に向けた意欲を低下させるのかといえば、そうとは限らない、と思う。
少なくとも地域住民・地域の産業に携わる人々が危機を認知し、変えようと努力する大きな引鉄になるはず。

日本の都市再生は、欧米のそれと比べてスピードも規模もなんとなくぬるいのは、危機感の不足が根底にあるからではないか。そういう意味では、今後の夕張市には注目せざるをえない。

投稿者 kamimaki : 17:28 | コメント (0) | トラックバック

夕張市が財政再建団体へ(1)

今朝一番のニュースより。参考まで。

ところで夕張市の半年ごと公表される財政報告がなかなかホームページからはみつからない。これをみないと、破綻の原因や再建のポイントなどに仮説の一つも立てるのは難しい。
正常化対策についてのPDFはあったが、これでは問題点はみつけにくい。

もう一つ、残念なことは、ホームページ上に、危機感がほとんどみられないこと。これで再建への道を歩むには、相当の改革が必要なのではなかろうか。

■夕張市行財政正常化対策について(pdf)
http://www.city.yubari.hokkaido.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_oid=icityv2::Content::1249&WIT_ctype=application/pdf&dummy=15511091220.content

■夕張市役所ホームページ
http://www.city.yubari.hokkaido.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_template=AM020000

■asahi.com
北海道夕張市、財政再建団体へ 負債540億円
2006年06月17日06時24分
http://www.asahi.com/politics/update/0617/004.html
(ヘッドライン)
 北海道夕張市は16日、自治体の倒産にあたる「財政再建団体」に移行する方針を固めた。20日開会の市議会で、後藤健二市長が表明する。市の単年度収支は黒字だが、負債が約540億円にのぼり、自主再建は不可能と判断した。今後、財政再建計画を策定し、総務省から財政再建団体の指定を受ける。年内に指定されれば福岡県旧赤池町(指定期間92~01年)以来14年ぶりとなる。

投稿者 kamimaki : 17:24 | コメント (4) | トラックバック

2005年10月03日

民営化に感じない危機感

最近の報道をみるにつけ、つくづくこの道路公団民営化とは何か、よくわからなくなっている。
なぜこんなに危機感のないものになったのだろうか。
田中一昭さんという人が、「偽りの民営化」という本を書いている。
これほど怒りに満ちた本を私はほかに知らない。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898310729/250-1309545-2905021

国鉄の民営化のとき、線路はだれのもの?という議論はあったのだろうか?はっきりいって、あのときの国鉄よりも、借金問題は根深いと思うのに、上下分離によってどうもそれが薄れてしまった。

それに、国鉄のときは、国鉄職員のリストラという強大な危機感の共有が末端まであった。しかし道路公団の場合はどうもそうしたにじみでてくるような危機感を職員から感じることはできない。結局いきあたりばったりなつまみ食い感覚で民業に参入し、しょうもない借金を増やすのは関の山なのではないか。職員に危機感はあるのか。

やはり国鉄の民営化と比べてしまう。

国鉄民営化直前、わたしはまだ勤め始めたばかりの頃で、大阪駅の構内におしゃれな喫茶店ができたので、ふと立ち寄った。
アイスコーヒーを注文し、本を読んでいた。しばらくすると注文の品をもって、ウエイターがそばに立った。
アイスコーヒーを出すその手が、恐ろしくカタカタ震えている。今にもこぼれだしそうに、水面が波立ってる。危ない。それでもゆっくり、ゆっくり、テーブルのコースターの上に着地した瞬間、わたしは思わず、ウエイターの顔を見た。
日に焼けた中年の技師らしいその人は「おまたせしました」と、搾り出すような声で言った。

また、わたしは当時は府の人事課におり、国鉄枠の府職員採用試験も経験した。試験場は大学生の受験とは違う、重たい雰囲気があった。その後府に転職できた人はみな、意気揚揚として、じつに個性的な仕事ぶりをみせてくれた。

そのとき以来、危機は人を変える、強い要素であることを見たような気がしている。危機を薄めて見えにくくするのは簡単だ。危機感なく安心して働ける、それはけっこうなことだ。しかしそれでは改革は絶対にできないし、危機から目をそむけては、あたかも漫然と死を待つ床に寝付いたと同じことではないかと思う。

マスコミもあれほど騒いでいたのに、委員もこれほど抵抗したのに、なぜかこんなことになってしまった民営化。もうだれも変えることはできないのだろうか?

外部からの組織変容は確かに一段落した。
これからは新会社のそれぞれの内部での取組みがきっちり行われることが必要だ。
しかしその道筋は非常に厳しいように思う。

一部の報道にあるように、つまらない収益事業をだらしなく考えるのではなく、ぜひともミッションを明らかにして欲しい。そして民間会社らしく、自らの事業ドメインにおいてまず成功することだけを考えよ。
もしそれができないのなら、まさしく民営化は偽りであったといわざるをえない。

投稿者 kamimaki : 18:08 | コメント (1) | トラックバック