ぎょうせい 「月刊 ガバナンス」 2005年11月号 掲載前原稿


モノ言う自治体職員(7) 自治体職員有志の会
“「公務員」を超えて公への志を”


白川展之(広島県職員)


 産学官連携など組織を超えた仕事が多かった私は、霞ヶ関への出向など官民の様々な組織を見る機会があった。その経験からの気付きは、「公」を担う自負心と仕事そのものへのこだわりが重要になるということだ。

 霞ヶ関で痛感したのは、各省庁の縦割り・縄張主義の壁だ。私達の国は中央集権だが、各省庁の専管事項として意思決定はバラバラになされる。中央政府の中は分権的なのだ。まとまりのない中央政府に、まとまりはあるが権限のない地域が従属する結果、国全体としては無責任体制となっている。重要な行政課題は先送り、財政赤字も止まることを知らない。国民にとってはたまらない。

 一方感心したのは,人材の厚さだ。改革派首長に霞ヶ関出身者は多い。同じ能力と志を持つ人材が、地域で改革の旗手となり、霞ヶ関では抵抗勢力となっている。何とも皮肉な現象だ。

 自治体も地域性や規模によって多様なこともわかった。自治体の強みは執行能力の高さだ。顧客である市民の近くにあり、透明性がある。自律的な改革は地域で生まれている。

 だが、地方公務員への批判・不信は根強い。わかりやすい事件があるとバッシングの嵐だ。なぜか?

 従来までの自治体の職務は、法制度で与えられた仕事をこなすことだった。「公」の仕事を各主体がシェアし合うガバナンスの今は違う。現場から制度のあり方を提案・主張し、世の共感を得るまでが仕事なのだ。

 全国の自治体職員が集う有志の会は、キャリア・デザインを考える会だ。キャリア・デザインとは、人生の中の節目で自らを振り返り、自分ならではの生き方を発見していくことだ。組織を超え互いに切磋琢磨し合い、正しいことははっきりと主張する公を担うプロでありたい。

 指定管理者制度の導入で、「公権力の行使」=「公務員」という神話も崩れた。公務員という身分にこだわるのか? 公を担う仕事のプロとして仕事にこだわるのか? 今までの仕事の意味を振り返り新たな意義を見付け、自らの将来を切り拓くキャリア・デザインの発想へと転換してみてはどうだろう。

 「公」を担う仕事自体はなくなるわけではないのだから。