時事通信社「地方行政」掲載前草稿

 
連載・英国の地方行財政改革に学ぶ(1)
自治の母国の自治体の姿

稲沢克祐
(群馬県庁)

 

 日本では、今、行財政改革や地方分権の議論が盛んに行われており、「エージェンシー」や「PFI」など英国の事例がよく持ち出される。だが、こうした手法の背景には、どのような自治体改革があったのかはあまり紹介されていない。私は、1995年4月から1997年3月までの2年間、群馬県庁から自治体国際化協会ロンドン事務所に出向していた。当時の経験をもとに、報告したい。

 滞在の2年間には、英国の地方自治体にでかけてインタビューをよく行った。訪問した自治体は20を超え、延べで110人の地方公務員に話を聞いた。いずれも、現役の日本の地方公務員としての視点から質問し、いろいろ発見と様々な驚きと感慨があった。18年間におよんだ保守党政権(79年〜97年)のちょうど末期であった。体験した2回の地方議員選挙では、保守党が各地で惨敗を続けるのを見た。そして日本への帰国1カ月後に、若き党首トニー・ブレア率いる労働党圧勝の報にふれた。さて、この連載では、次の3つの視点に沿って、英国の地方行財政改革のプロセスや考え方を解説したい。

@管轄・仕事の分担体制の見直し
A地方の税財政改革
Bサービスの質/効率改革

 連載1回目の今回は、改革の話しに先立ち、英国の地方自治体の基本的な仕組みについて解説をしたい。

 

日本とは違う−4つのショック

 さて、赴任早々、英国の自治体を訪問し、まずはショックを受けた。日本の地方公務員の常識との隔たりが大きかったのである。

ショック その1 県がなくなる。

 スコットランドのリージョン(日本の県に相当)を訪問した時のことである。なんと翌年(平成8年)4月をもってスコットランドでは、県がすべて廃止され、完全一層制に移行するという。その新体制の議員(「影の議員団」と呼ばれていた)が来年の政策を検討中とのことだった。消えてしまう県庁の職員は、ユニタリー(一層制、すなわち市町村にあたる基礎自治体)の職員になる。彼らもどの部署へ行くのか、本人の希望を入れながら調整中とのことであった。

ショック その2 仕事がなくなる。

 どこの自治体を訪問しても、苦虫をかみつぶしたような顔で、「強制競争入札」(CCT、Compulsory Competitive Tendering)について説明された。この制度は、「自前で行政サービスをしようと思えば、自らも入札に参加して落札しなければならない」というもの。公務員にとっては何ともオッカナイ制度ではないか。入札の相手は、英国のみならずヨーロッパの民間企業と地方自治体である。従って、ある自治体の道路清掃はフランスの会社が落札し、ある所では、隣りの自治体に落札されてしまったということが起きる。入札に負けた所では、担当部局は廃止され、職員は解雇される。

ショック その3 隣りの市の地方税は3倍

 英国では、地方税はただひとつ。そしてその額も自治体の裁量ひとつで決まる。同じロンドンの中でも、区によって、年間7万円のところもあれば、20万円のところもある。自治体の仕事は、法律で厳格に決められているから、サービスの範囲に差はないはず。となると、必然的に住民の関心は、納税額とサービスの質とにいく。

ショック その4 英国には知事がいない。

 「英国には、公選の首長がいない」−「知事選挙について」質問したら、何とこんな答えが返ってきた。知事に相当するメイヤー(市長)と呼ばれている人がいるにはいる。だが、儀礼行為をすることが主であり、議員の中から順番に選ばれているにすぎない。では、誰が行政権を代表するのかというと、議会の多数政党の実力者(「リーダー」と呼ばれている)がする。つまり、公選議員が立法権と行政権を合わせ持つ。

地方議員と職員の仕事

 ワールドカップでは、イングランドとスコットランドが別々の国として出場している。このことを持ち出すまでもなく、英国はひとつの国ではない。英国は、バグパイプとウイスキーで有名なスコットランド、チャールズ皇太子がプリンス・オブ・ウエールズを兼ねているウエールズ、イギリスという名前と同義と勘違いされがちなイングランドという3つの王国、そしてアイルランド共和国の北側部分を占める北アイルランドの合計4つの国からなる連合王国である。それぞれの地域で、地方行財政制度は、少しずつ異なっている(1)。以下では、合わせて人口の8割以上を占めるイングランド・ウエールズの制度について、解説したい。

〈行政権も議員の手に〉

 議員は、ボランティアで原則無給。任期は4年。たいていはほかに仕事を持っているから本会議などは夜間に開かれたりする。議会には、教育委員会、社会福祉委員会、環境委員会などの委員会があり、事務局にはこれに対応する部があり委員会を補佐して、予算要求書の作成や行政執行方針の策定などを行っている。委員会の中で最も力を持っているのは、予算編成を行う政策資源委員会(Policy and Resources Committee)であり、委員長は議会多数派のトップ(「リーダー」と呼ばれている)が務める。

 県にも市にも、公選の首長はいない。立法権と行政権は議会に集中している。自治体を訪問するとメイヤー(市長)の肩書きを持つ人から歓迎を受けることがあるが、メイヤーは各党から毎年順番で選出され、その仕事は儀礼上の行為にとどまる。実権は議会のリーダーの手中にある。ロンドンのリッチモンド・アポン・テムズ区の一般議会を傍聴した時のことだ。議長が夜7時に開会を宣言すると、リーダーがすっくと立ち上がり、議案の説明から質問までを取り仕切っていた。

 なお、首長については、公選制の是非が問われてきた。そして、実は、最近、労働党政権の選挙公約と住民投票を経て、西暦2000年には首都ロンドンに公選首長が誕生することになった。行政権と立法権の分離である。ちなみに、英国の地方自治協議会の役員と話していた時に、「日本は地方自治体の仕組みは大統領制と聞いている。立法(議会)と行政(事務方)がはっきりと異なる指揮命令系統にあればチェックができるから、素晴らしいことだと思う。」と感嘆されたことがある。

 ともすれば、英国=先進、と考えがちだったので、フレッシュな驚きだった。

〈職員は原則公募制〉

 事務局の長は、事務総長(チーフ・エグゼクティブ)と呼ばれ、有給職員のトップとして議会の活動を補佐する立場にある。職員はといえば、部長―課長―職員というラインで仕事をするのは日本と同じであるが、決定的に違うのは公募制で、専門職としての性格が強いこと。財政部長職などが空席になると新聞に広告が出る。「○○県の財政部長が空席につき、募集、年俸4万ポンド。当面する課題は・・・」これを見て、民間企業の人や会計士(2)が応募してくる。こうして、地方公務員は、いろいろな自治体を渡り歩きながら昇進していく。しかし、国と地方との人事交流はない。

越権行為の法理と横割り行政

 自治体の仕事について日本と大きく違うのが、「越権行為の法理」と「横割り行政」の2つの原理である。

 「越権行為」とは何か。

 自治体の仕事は、教育、福祉、環境保護など広範囲にわたっているものの、サービスの提供の範囲は法律で逐一決められている。これは、日本の自治体が包括的権限を持つのとは、大きく異なる。法律以外の仕事をすると違法行為となり(「越権行為」の法理)、時に訴訟にまで発展することがある。

 もうひとつの「横割り行政」とは何か。

 これは、国と地方自治体の分担領域にダブりがないことをいう。つまり、国と自治体の間には仕事の重複はあまりない。例えば、農林業振興は国の仕事として一元化されている。これを「横割り行政」という。日本では、国と自治体の仕事の多くが重層構造になっていて、「縦割り行政」といわれるのとは対照的である。広域の自治体と基礎的自治体の関係も「横割り」である。

 地方自治体の構造は次回に詳しく述べるが、長い間二層制を採用しており、広域自治体がカウンティー(県)、基礎的自治体はディストリクト(市)である。ごみの収集はディストリクト(市)でごみ処理はカウンティー(県)。教育と福祉はカウンティー、税金の賦課徴収はディストリクトなどと分けられている。自治体の仕事になっている分野については、国の関与がほとんどないから、自治体の裁量は広いと言える。

 このように英国の自治体には、「越権行為」と「横割り行政」の2つの原則があって、仕事の区分がきっちりとしている。

図表1 英国の横割り行政の姿

 

 

(出典:自治体国際化協会、「英国地方財政読本」、1997年より作成)

(注)

1 以上のほかに警察は、カウンティでもディストリクトでもない独立地方機関  が担当。
2 大都市圏では、カウンティではなく、ディストリクトのみ。ただし警察と消防は、大都市圏事務組合が担当。ロンドン圏についても同様で、警察、消防が事務組合となっているほかは、ロンドン区が担当。

 

国より小さい地方財政規模

 英国の地方財政の規模は、96年度で約15兆2千億円(758億ポンドを1ポンド200円で換算)であり、全公共部門の4分の1である。日本の地方財政が100兆円弱であり、国の財政より多い額になっていることの違いは大きい。このように比較的規模が小さいことの理由としては、

@インフラ整備が進んでおり、また、災害が少ないことから資本支出のしめる割合が少ないこと(全地方支出の10%未満)。なお、60年代には道路舗装率100%を達成している。

A農林業や商工業振興が国の仕事になっていること、

B後述するCCTやPFIにより民間で行われている仕事が増えていること、

などが挙げられる。

図表2 地方の歳出の内訳(目的別/1996)(単位:%)

 

 

(資料:CIPFA,Councillors'Guide to Local Government Finance 1997より作成)

 

図表3 分野別の国と地方の支出分担割合

 

 

(資料:兼村高文「イギリスの地方財政と地方債」『地方債月報』1997年12月)

 

図表4 日英の歳入構成の違い

 

 

(資料:CIPFA,Councillors'Guide to Local Government Finance 1997
    自治省、『地方財政の状況』 平成10年3月より作成) 

 

 支出分野別では、教育費と社会福祉費が高く、経費の性質では人件費が高い。

 つまり、英国の地方行政は労働集約的とも言えるが、人件費は、過去には50%を超えていたのと比べると、徐々に減少してきている。これは、民間委託が増加してきているためである。(3)

 国と地方の仕事が横割りであると前述したが、それは、次の図表3からもはっきりと見て取れる。英国では、政府間の役割分担が鮮明なのである。

 さて、歳入面については、一言で言うと、きわめて中央依存型である。図表4に示すように、地方税の割合は16%と全体の6分の1程度であり、わが国の自治体の場合の34.6%と比べて低い。

地域差の大きな地方税

 英国の地方税は、別に法で定められているわけでもないが、伝統的に一種類である。もっとも、課税対象は最近大きく変わった。400年続いた資産税(レイト)が廃止されて、90年に人頭税(ポールタックス)が導入された。しかし、これも93年に廃止されて今は、レイトとポールタックスを足して2で割ったカウンシルタックスになっている。

 カウンシルタックスとは、税額の半分が居住用家屋に課税される資産税、残りがその家屋に住んでいる成人数をもとに課税される人頭税と考えてよい。注目すべきは、税額が自治体によって大きく違うことである。同じロンドンの区でも、もっとも低額の区が322ポンド(約7万円)、最高の区が918ポンド(約20万円)と実に3倍の開きがある(4)。

 

[今後の連載について]

 さて、次回以降は、いよいよサッチャー政権登場以降の地方の行財政改革のプロセスを説明したい。4回の概要は、次のとおりである。

第2回 英国版廃藩置県 そして連邦制へ

第3回 思い切った地方財政の構造改革

第4回 経営の原点はバリュー・フォー・マネー

第5回 新しい地方自治体像を求めて 

 

注1)イングランドとウエールズの制度は似ているので、実際は、1国3制度である。

注2)英国には会計士組織が6つある。国や地方自治体などの公会計を専門にしている会計士を「公会計公認会計士」と呼び、その組織はCIPFA(The Chartered Insititute of Public Finance and Accountancy)である。

注3)CIPFA., Councillors' Guide to LOCAL GOVERNMENT FINANCE 1997 REVISED EDITION, 1997 p.40

注4)いずれも1998年度速報値。