時事通信社「地方行政」掲載前草稿
連載・英国の地方行財政改革に学ぶ(2)
英国版廃藩置県 そして連邦制へ
一層制改革の軌跡稲沢克祐
(群馬県庁)前回は、連載を始めるにあたって、日英の地方自治体の違いを主に行政と議会の組織、税財政制度の面から解説した。いよいよ今回から、1979年に始まるサッチャー政権以降、現在のブレア政権(97年〜)にいたるまでの改革のプロセスを説明したい。まず、今回は、英国版の「廃藩置県」とも言うべき、県の廃止と一層制自治体の創設、そして、英国の地方分権の流れについて見てみたい。
最初に大きな流れを述べておく。
80年代に入り、サッチャー政権(79年〜90年)は、まず都市部で、広域的自治体を廃止した。そして、県と市の仕事を一手に引き受ける一層制の自治体が誕生した。90年代にはいると、さらにメージャー政権(90年〜97年)の手によって、この一層制改革が地方にも拡げられた。これに加えて97年に労働党のブレア政権になると、国の権限を大幅に委譲する地方分権改革が進められるのである。
86年サッチャーの改革−県がなくなる
95年11月、私は、数カ月後に迫った構造改革に向けて大作業中のスコットランドのグランピアン県庁を訪問した。県庁は北海油田で有名なアバディーンにある。当初、私は、「構造改革」という言葉から自治体内の部局統廃合でもやるのかという印象を受けた。だが、現実はそれどころではなく、県がなくなり、市に吸収されるというのである。この時に迎えてくれたのは、現在の県議会議員と幹部、そこに同席していたのが、翌年4月に県がなって一層制になった時の議員と幹部たちである。彼らは、自らを「影の議員団」「影の幹部」と呼んでいた。この「影の議員団」はその年の5月の選挙で選出されており、また幹部も徐々に集められて翌年以降の自治体運営を模索しているところであった。
かつて英国の地方自治体は、基本的に日本と同じ二層制、県にあたる広域自治体がカウンティー、市にあたる基礎的自治体がディストリクトであった。ところが、現在の構造は、80年代に始まった一層制改革によって、単純ではなくなっている。
まず、86年にサッチャー首相(当時)は、ロンドンにあった大ロンドン県(グレーター・ロンドン・カウンシル)および6つの大都市圏にあった県を廃止した。「カウンティー(県)とディストリクト(市)という二層制は、責任の所在を不明確にし(アカウンタビリティーを損ね)、また、効率も悪い」という理由(1)からである。
「シンプルが一番」とのかけ声ひとつで、これらの地域は、県と市の仕事を一手に引き受ける一層制自治体となった。しかし、人の面では、払った犠牲は大きかった。大ロンドン県の職員2万1千人のうち2千人は解雇され、残りの人々は、一層制自治体である「バラ(borough)=『区』」の職員となり、大都市圏においては、同様に「大都市圏ディストリクト(Metropolitan District)」だけとなり現在に至っている。
メージャーによる全地域完全一層制
90年代にはいり、メージャー政権になったが、同政権もサッチャー政権の一層制改革を支持した。すなわち、一層制改革の波はスコットランド、ウエールズそしてイングランドの地方圏にも及んだ。96年4月、たったひとつの法律で、スコットランドとウエールズでは県がなくなり、ユニタリーと呼ばれる一層制自治体だけとなった。イングランドの地方圏では、スコットランドとウエールズほど簡単に進まなかった。イングランドでは、法律によらず、一層制改革を担当する委員会を設置して協議をしていったからである。
サッチャー政権・メージャー政権と続く一層制改革は、地方の意向を無視した強固な中央集権によるもの、という印象を与えるかもしれない。だが、実態はやや違っていた。ディストリクトは一層制にする政府案に当初から賛成していた。 前回、自治体の仕事は「横割り」と述べたが、もともとディストリクトにとって、カウンティは「目の上のタンコブ」であった。ディストリクトは徴税を一手に引き受けていながら、住民にサービスがはっきりと意識される教育や福祉はカウンティになっているのだから面白くない。このようにディストリクトの賛成(2)という追い風を受けて、国による改革が進められていったわけである。
さて、こうなると、カウンティーも激しいロビー活動を展開して巻き返しを図る。その結果、法律で一気に県がなくなったスコットランドとウエールズと異なり、イングランドでは、地域によっては二層制を残しながらも、一部地域でユニタリーが誕生するという変則的な結果になった。ともかく、98年4月をもって一層制改革は終了したが、その状況は図表5のとおりである。図表のように、イングランドでは34のカウンティーが残っている。
イングランドで二層制の地域が残ったということは、自治体側の団結いかんでは、この政策の流れを変えられるということを示している。この経緯から示唆されるのは、自治体の生死に関わる案件が進行しているとき、当事者たる自治体が一枚岩になっていることがいかに重要か、ということだろうか。
図表5 地方自治体の数
注1)イングランド地方圏では第三層の自治体として、パリッシュがある。これは、道路清掃や墓地管理などの限られた業務と住民意見を集約するなどの活動が主となっている。課税権はある
注2)ロンドンにおけるシティ(City)の行政は、Corporation of Londonという行政組織により、行われている。また、ロンドンや大都市圏では、バラやシティの称号の付いた自治体があるが、機能は、一層制のディストリクトと同じ。
意外に小さい一層制改革の効果
さて、一層制改革の目的は、「アカウンタビリティー(説明責任)の向上」と「非効率の排除」であった。効果はあったと言えるだろうか。前述のグランピアン県では「一層制にする改革をどうとらえているか」と住民にアンケートをした。〈小さくない犠牲〉その結果、もっとも多かったのは、「一層制でも二層制でもよい」という回答だった。つまり、「県が何をやっていて、市がどんなことをしているかがわからないから、関係ない」ということだ。
また、一層制にすれば用事がある場合、県庁に行けばいいのか、市役所に行けばいいのか迷わずにすむという観点からの肯定論もあった。なるほど、これなら税金を納めているところと受けているサービスがぴったりと一致しているから、アカウンタビリティーは向上するに違いない。しかし、この程度の改革ならば(とは言い過ぎかもしれないが)、この改革は払う犠牲が多すぎはしないか。
ちなみに、グランピアン県の人事部長は、県庁職員を住居地と希望により各市に振り分ける作業は困難を極めていると言い、改革を終えて自ら退職した。また、振り分けきれない人員の退職などという犠牲は終身雇用の慣行のない国とは言え、大きすぎた。英国のこういった例に照らすと、強引な一層制化よりも、今、日本で進められている「ワン・ストップ・サービス」を徹底する方が現実的で効果もより望めるのではないか。
〈広域的自治体の必要性も〉
「非効率」という目的についてはどうか。確かに、人事や財政といった管理部門は、県と市で重複しているから、統合すれば削減になるだろう。しかし、その他の部門は「横割り」だから、1+1は2に限りなく近い。逆に、「規模の利益」が生かしにくくなる分、経費は増加するのではないか。
事実、「改革による地方自治体の経費削減効果」が地方自治体向情報誌に掲載されていたが、時を経るにつれてその額が小さくなり、「あれだけ騒いでこれくらい?」といった辛口論評も目にした。86年の一層制への移行の結果、ロンドンと大都市圏はバラ(ロンドン)、ディストリクト(大都市圏)だけの一層制構造になり、地方自治体の全ての分野の仕事は区が一手に引き受けている。
私は、結果ついて3つの区(バラ)でインタビューをした。すると「計画行政」、「道路行政」を中心として、複数の区にまたがるような仕事に調整役がいないために、やりずらく無駄が多いという点が指摘された。86年の一層制改革のインパクトが十年を経た今、表れつつある。
前述のとおり、2000年には大ロンドン県が復活する。だが、以前の大ロンドン県ではなく、区の仕事の調整が主たる業務となる。区の仕事は変えず、現時点での綻びを直すにとどまる。復活してもこの程度なので、86年の改革は成功とも言えるし、「県」という広域的自治体の必要性が再確認できたともいえる。
基礎的自治体とEUの「直接外交」
一層制改革は、地方自治を「国―県―市」という構造から「国―市」というシンプルな構造へと変えた。だが、この話にはさらに上がある。「EU(欧州連合)―市」という構造である。無論、国がなくなったりはしないが。
リバプールの対岸にあるウイラルという一層制自治体がある。そこの渉外担当課長の名刺には「EU担当」の肩書きもあった。胸には、あの青地に12の星が円形に並んだEU旗のバッジをつけていた。「EU担当」とは、ブリュッセルにあるEU本部と交渉して地域振興補助金を獲得する仕事だと言う。よく聞けば、英国の自治体の中には、この補助金獲得のために、ブリュッセルに事務所を開設しているところもあると言う(3)。
ちなみに地方自治体向けのEU補助金とは、主に「構造基金」のことである。その設立の目的は「地域間の不均衡を減ずること、最も恵まれていない地域の後進性を除去すること」(4)となっている。つまり、ヨーロッパが経済的に市場として確立できるためには、各国の力がそろっていなければならない。国同志が横に並ぶためには、それぞれの国の中で不均衡があってはならない。そのために国同志がお金を出し合い、地域に配分しよう、ということなのである。国の連合を進めていくのに、まず、地域に目を向けたわけだ。
欧州統合に対して懐疑的であった保守党政権に対抗して、労働党政権は「欧州と地方の重視」を重要政策として打ち出している。そういう背景もあって、ヨーロッパと地方が直接結びつく図式が出来上がっている。つまり、対国民のサービスは住民に最も身近な政府、すなわち地方自治体にまかせる。グローバル化した経済に対しては、従来の「事業主としての国(中央政府)」の役割は終わる。代わって政府は、「市場経済の守護者」として役割を担うようになる。そして、さらにこの場合の政府には、EUと英国政府の2つがある。しかも、英国政府より新しいEUの役割が高まるという構図である。
ブレアによる地方への権限委譲
さて、サッチャー、メージャー政権の地方改革は、いわゆる地方自治体の枠組み内の改革であったのに対して、ブレア政権は、国と地方の関係に手をつけた。ブレアは、「地方の重視」を重要政策として掲げ、政権に就くとすぐにスコットランドとウエールズに大幅に国の権限を移すことを進めた。また、イングランドに地域機関の創設を決めた。
〈国会に準ずる議会、スコットランドとウエールズに〉
スコットランドとウエールズに対する国の権限の委譲は、ブレアの選挙公約でだった。政権成立後すぐに住民投票を行い、住民の賛同を得た。スコットランドについては、スコットランド全体を管轄する議会を創設する。さらにスコットランド首相と閣僚による内閣(スコットランド行政庁)ができ、内閣は議会に対して責任を持つ。議会は国税である所得税の税率を増減する決定権を持つことになっている(注5)。国税の太宗である所得税にまで決定権が及ぶのだから、これほど大きな税源移譲・権限移譲(注6)はないだろう。ウエールズ議会には、税に関する権限移譲はないが、大幅な国の権限移譲が行われる。
こうした大胆な決断の背景には、もちろん、英国が一つの国でなく複数の民族や言語、そして歴史を抱えた「連合王国」であるということがある。だが、スコットランドの500万人とウエールズの300万人の住民投票による支持をもとに国の権限が大幅に移譲されていったことは注目に値する。もっとも、デンマークの人口が500万人あまりであることや、国名が「連合王国」であることを想起すれば、これは、「連邦制への移行」と考えられなくもない。いずれにしろ英国の場合、住民投票により住民の支持さえあれば、ここまで国の権限と財源を移譲できる(注7)ということである。
〈イングランド地域機関の創設〉
さて、イングランドでは、幾つかの地方自治体の議員代表が構成する地域集会が創設された。これを「イングランド地域機関」という。役割は、経済開発、輸送、戦略的土地利用計画で、地域体制を強化することである。また、民主的な取り締まり(地域を基盤とする準政府機関、エージェンシー、民営化された旧公営企業を監視して地域に開かれた機関にする)も行う。なお、このイングランド地域機関の創設は、地方自治体と欧州との関係も意識している。つまり、かつては県がEU補助金を申請する場合の単位となっていたのだが、一層制の下での基礎的自治体では単位が小さすぎる。そこで、地域機関がEU補助金獲得の戦略的な組織になるというわけである。
注1)大ロンドン県廃止の政治的な理由として、大ロンドン県が当時国政野党の 労働党の牙城であったためだったことも挙げられているが、本稿では、政治 的な内容は扱わない。
注2)ディストリクトの全てがカウンティ廃止に賛成していた訳ではない。規模 の小さなディストリクトでは、「われわれがカウンティ(県)なしに仕事を するなど考えられない」という声もあった。ここで言う「ディストリクトの 賛成」とは、全国組織である「全国ディストリクト協議会(Association of District Council, ADC)」が賛成方針をとっていたことを言っている。
注3)ブリュッセルに事務所を持つ自治体数は15。
注4)横田光雄「英国労働党政権の新地方自治政策」『地方自治叢書10 機関 委任事務と地方自治』(敬文堂 1997年)194頁
注5)税源移譲についても、スコットランド議会創設とともに住民投票にかけられている。どちらにも「イエス」と投票しよう、という「イエス・イエス運動」がスコットランドで展開され賛成多数で支持された。
注6)国からスコットランド議会に移譲される権限は健康、教育、地方自治、住宅、経済開発、観光事業、輸送、法律、警察と監獄、環境、農林漁業、食物基準、スポーツ、芸術、公文書に関する事項などで、スコットランド議会設置法に明示される予定であり、国の所管事項は、外交、防衛、経済政策、社会保障、輸送の安全確保、雇用といった行政になる(横田論文、183ページ〜184ページ)
注7)「地方分権」の英訳を「Devolution」とすると、英国では、本稿で解説したスコットランドとウエールズへのウエストミンスター議会(国会)の権限移譲とイングランド地域機関の創設を通常意味する。「Decentralization」を訳語にすると、自治体内での出先機関への権限の移譲を意味する。