時事通信社「地方行政」掲載前草稿

 
連載・英国の地方行財政改革に学ぶ(3)
思い切った地方財政の構造改革
−中央集権化で財政再建

稲沢克祐
(群馬県庁)

 一昨年誕生した労働党政権の若き党首トニー・ブレアの清新なイメージと相まって、今、英国は元気がいい。好調な経済成長率(3.0%、1998年)と、これまでに比べると低めに安定している失業率(4.8%、1998年)にも助けられ、ヨーロッパの中でブレア首相はリーダー的位置を確立しつつある。

 ついこの間までは、英国というと「英国病」という言葉が浮かんだ。約100年におよぶ停滞が老大国という印象を与えてしまっていたのだろう。76年には、G7では異例のIMF緊急融資を受けた。また、続発するストにより麻痺した交通機関、低下した公共サービスなどのニュースが記憶に残る。。そのさなかの79年、サッチャーは、インフレ抑制、政府支出の抑制、労働組合の改革を選挙公約に政権に就いた。それから18年間の保守党政権。経済は見事に立ち直り、財政の健全化も進み、98年度中には黒字に転ずる見通しだ。

 ブレアの人気は、その卓抜した指導力もさることながら、保守党政治により生み出された好調期を引き継いだラッキーさもある。今回は、サッチャーそしてメージャーの両保守党政権がいかに地方の財政改革を実行していったか、を解説したい。

 

サッチャーによる地方税財政改革

 「地方自治の母国」と言われる英国の地方自治制度は、これまでに見てきたように79年サッチャー保守党政権誕生以来の変化が激しい。だが、その中でも地方税・地方財政に関わる改革ほどドラスティックで、また、功罪半ばする改革もないだろう。

 80年代、英国は、低い生産性と高い失業率のため、国による社会保障費を増大せざるを得なかった。英国の予算制度では、国と地方の支出は、総額で実質の伸び率が抑制される仕組みになっている。つまり、国の支出を伸ばせば、それだけ地方の支出が圧縮される「ゼロサム」の世界である。

 そこで、サッチャーは、地方の支出の抑制に目をつけた。もっとも国とて厳しい総額シーリングの中にあったから、むしろ、「全公共支出の4分の1である地方の支出も逃がしはしない」というところか(1)。

 保守党政権における地方財政政策をまとめると、次の3点に集約される。

@地方税改革により地方の収入を中央集権化する

Aミクロベースで個別自治体の支出を頭打ち(キャッピング)する

Bマクロベースで国と地方の支出を合わせてシーリングをかけていく

 80年代サッチャー政権のもとで、これら3つの政策が次々と断行されていった。そして、今や保守党の18年間に及ぶ政権を経て、地方税の全財源に占める割合は16%程度までに落ち込み、個別自治体の予算額は、その上限を国に設定されるという、かつてないほどの中央集権化へと進んだわけである。

地方税の割合が激減

 まずは、税源の中央集権化についてみてみる(図表6参照)。

図表6 英国の地方税改革

 

 

 

 英国の地方税といえば、90年まで約400年もの間たったひとつであり、「レイト(固定資産税に類する税)」と呼ばれていた。レイトには2種類ある。居住用資産に対するレイトを「居住用資産レイト(正式名称はドメスティック・レイト、Domestic Rate)」と呼び、オフィスや事業用資産に対するレイトを「非居住用資産レイト(同ノン・ドメスティック・レイト、Non Domestic Rate=NDR,通称=ビジネス・レイト)」と呼んでいる。

 さて、サッチャー政権が問題視した(2)のは、経費の増え続ける自治体が経費の増加分をノン・ドメスティック・レイトに転嫁したことだった。

 自治体がなぜ企業のレイツを上乗せしたかというと、住居にかかるレイトを増やせば、有権者でもある一般の納税者の支持を失うからである。しかし、だからといって、企業向けのレイトの税率を上げれば、重税のために企業の投資意欲も減退する。

 このことを問題視して、サッチャーは、伝統を持つレイトを思い切って改革した(3)。居住用資産レイトを廃止して、人間の頭数に一律課税する人頭税(通称=ポールタックス、正式名称=コミュニティー・チャージ)を導入した。ビジネスレイトは存続したものの、もはや地方税ではなくなり、地方が徴収するものの国がプールして、人口によって配分する譲与税となった。

 この結果、歳入にしめる地方税の割合は、かつての50%超から35%へと一気に落ち込んだ。地方自治体にとってはゆゆしき事態である。さらに91年度には不評のポールタックスの税率を下げ、その代わり国税である付加価値税(VAT)を増額して地方に配分する財源とした。これで全財源に占める地方税の割合は20%にまで落ち込んだ。

 このような一連の改革によって、税源の中央集権化が進んだわけである。なお、余談だが、サッチャーが導入したポールタックスは、だれにでも一律課税という逆進性で、国民の反対が強かった。このことは、結局、サッチャー政権の退陣のひとつの理由ともいわれる。

 

図表7 経常一般財源における地方税の割合

 

 

”歯車効果”で自治体の歳出を抑制

 この地方税制改革のインパクトは、地方税の割合が減ったことのほかに、もうひとつある。「歯車効果」である。これは、歳出額が少しでも増加すると、地方税が大幅に増税されてしまう現象をいう。大きな歯車に相当する歳出が少しでも動くと、小さな歯車に相当する地方税が大きく動くこれは、自治体に支出抑制を迫る仕掛けとしては秀逸である。。

 数値を使って具体的に説明する。現在の歳出予算額を100億円、その財源のうち地方税を16億円とする。今、歳出を1億円増やそうとする。国からの交付金はふえないから、増分1億円は地方税の増加で賄わなければならない。この1億円について歳出面と税収面のそれぞれに対する増加割合を計算してみる。すると、歳出の増が1%に対して、地方税は、「17÷16=1.06」となって6%の増となる。つまり、1%に対する6%という6倍の歯車効果が効く(図表8)。 さて、地方税はたったひとつだから、4月に各家庭に送付される納税通知書の額が全てだ。しかも英国では、どのような計算でこの地方税額を算定したか、他の自治体に比べて高いかどうか、この税金を使って今年はどんなサービスを提供するか、といった情報をブックレットにして納税通知書に同封する。出費の理由も増税との因果関係も全てが一目瞭然なのである。こうした環境の下で、歳出額が増え、歯車効果で大幅減税となれば、大変な騒ぎとなる。増税に対する有権者(住民)の反感はどの国も同じだ。当然、議会は支出抑制を図り、出来る限り増税しないように気を使う。

 歯車効果は、いわば制度に内在された支出抑制の仕組みであると言える。ちなみに、歯車効果は、減税にも働くところがミソである。つまり、数値例で支出を1億円減らすと、減税効果も6%となる。増税と減税のどちらにも作用して、支出抑制のインセンティブとなるのである。

 

図表8 地方財政の歳出と増減税の歯車効果(ギアリング・エフェクト)の原理

 

 

 戦後、「ゆりかごから墓場まで」と言われた英国の社会福祉は主に地方自治体が担っていた。だが、福祉政策は、うち続く不況による税収の伸び悩みを受けて制度疲労の状態にあったと言ってよい。地方自治体に向かって、いくら歳出を減らせと言っても、一度始めてしまった給付はそう簡単に打ち切れるものではない。そこで、サッチャーは、「キャッピング」という制度を導入した。

 キャッピング制(図表9)とは、国が標準的なサービス経費を理論計算(この理論計算値を「標準支出査定額」と呼び、日本の基準財政需要額に類似する概念である)して、これを大幅に上回った予算(12.5%超)を組んでいる自治体について、翌年度予算を今年度と同額にするという制度である(4)。

 国が個別自治体の予算の上限を設定してしまうのだから、財政自主権の剥奪に近い。では、どのようにキャッピングは行われているだろうか。自治体の予算編成が大詰めを迎えた1月、国は各自治体ごとに翌年度予算の伸び率(今年度予算にこの伸び率を掛ければ、翌年度予算の上限がわかる)を暫定的に公表する。3月、この上限額を超えないように編成した予算が地方議会で議決される。だが、上限額に不服のある自治体は、国に対して理由を添えて不服申し立て(アピール)をすることになる。上限を超えて予算を組もうとすると、国に理由を添えて抗議(アピール)しなければならない。

 不服申し立てを受けた国は、何らかの裁定を下さざるを得ないが、自治体の言い分が認められることは少ない。裁定後、国の設定した上限額を超えて予算を組もうとした場合、その自治体の収支全般にわたる財務活動を、ストップさせる権限が国にはある。破産したわけではないのに、財務活動がストップしては困るから、ここまで至った例はかつてなく、結局、国の提示する額の予算にならざるを得ない。

 

図表9 キャッピング基準(例)

 

 

(出典:自治体国際化協会『英国の地方財政の動向』 1998年)

注:SSAとは、日本の基準財政需要額に相当する。教育、福祉など7分野に分けて、各自治体の標準的サービス経費を計算している。このSSAを現年度予算がどの程度上回っているかで、翌年度予算が決まってしまう。表によれば、12.5%上回っていると、予算の伸びは許されない。ただ、いずれにしても、インフレ率よりも低い伸び率が設定されているから、結局、各自治体の予算は長年の間にSSAに収斂される仕組みになっている。

 

 ちなみに96年には、オックスフォード県とケンブリッジ県がキャッピングをかけられている。なお、この制度に対しては、野党はもちろん、与党の地方議員の間でも反発は強かった。例えば、筆者がインタビューしたオックスフォード県の財政担当者は、「理由があって組んだ予算だ。絶対に負けない」と述べ、その語気も強かった。

 

図表10 1996年度キャッピングの実際

 

 

(資料:自治体国際化協会『英国の地方財政の動向』 1998年)

 

赤字自治体は認めず

 図表10は両県の当初予算がいくら減額され、そして、またいくら減税させられたかを示す。これをみると、どちらの県も一度発送した納税通知書の額を減額して、発送し直している。予算を削られた上に、再度の課税経費とあっては、自治体はいたたまれないだろう。

 もっとも、国にしてみれば言い分はある。もともと英国の自治体は赤字になることが法律で認められていない。日本で言う再建団体は制度上存在しないことになっている。だから、赤字を回避するために幾重にも財政に規制をかけており、キャッピングも、そのひとつなのである。

 しかし、すべての自治体に伸び率の抑制をかけてしまうのだから、地方から見れば、全く承諾できない制度である。事実、インタビューをしていても、「キャッピングは日本の自治体にはない」と答える度に、「民主的国家なら当然だ」と憤懣やるかたない調子でうらやましがられた。労働党は、キャッピングの廃止を公約に掲げ、98年度中に廃止することを決定した。しかし、それでも白書(5)の中で、「キャッピングは廃止するが、地方の予算の行きすぎた増加を抑制する手段を政府は留保する」と但し書きし、地方自治体をがっかりさせた。

 以上みてきたように、サッチャーは、収入と支出の両面で徹底した中央集権を図り、これでもか、これでもかと地方の財政規模を抑制していった。無論、こうした努力は、地方だけではない。むしろ、公共支出の4分の3をしめる国の方が、きつい抑制をかけられたのも事実である。次は、国と地方を合わせたマクロの財政政策を見てみたい。

 

地方財政改革の背景にある3原則 

 サッチャー、そしてメージャーの2つの保守党政権は、80年代から90年代にかけて、小さな政府を目指し、政府支出の削減と債務の縮小を実行していった。この方針は今の労働党ブレア政権にも引き継がれている。では、国と地方とを合わせたマクロ財政政策の考え方を見てみたい。また、労働党が政権交代期に支出を増やさず、保守党政権による財政のフレームを変えなかったのはどうしてかを考えてみる。この問題は、次の3つの視点から説明するとわかりやすい。

 ・コントロール・トータルという考え方
 ・マーストリヒト条約の経済収れん基準
 ・財政のゴールデン・ルール

〈コントロール・トータル〉 

 まず、コントロール・トータルだが、この考え方は、「国、地方、国有企業を合わせた支出の対前年度伸び率を1.5%以下に抑える」というものである(図表11)。

 国と地方とを合わせた歳出額抑制のマクロ的手段として、公共支出に総額シーリングを掛けようとするものである。この仕組みは、メージャー政権でできた。 ちなみに英国の場合、向こう3年間の予算の大枠が国会で審議される。ちなみに、1996年度の予算では、1996年度▲1%、1997年度0.5%、1998年度0.5%である。実質1.5%どころかマイナス1〜0.5%という厳しさである。金融ビッグバンを乗り切り、好景気を迎え、ニューズウイーク誌でも「ロンドンが世界をこの手に」という特集記事を組むような時でも緊縮は緩めていない。この成果もあって、国と地方を合わせた経常会計は、98年度決算でついに赤字から黒字に転ずる見込みとなった。

 

図表11 コントロールトータルの推移(実質ベース)

                         単位:10億ポンド

 

(出典:英国大蔵省、1996年度国家予算書)

 

〈マーストリヒト条約の経済収れん基準〉

 さらに、小さな政府への誘導は、外からも加わる。91年、マーストリヒト条約による経済収れん基準がそれである。この条約で、「単年度の財政赤字がGDPの3%以下、累積赤字がGDPの60%以下であること」が、通貨統合に参加する(6)基準となった。このため、財政赤字の削減に拍車がかかった(図表12)。

〈財政のゴールデンルール〉

 このスタンスはブレア労働党政権においても、「遵守すべき財政の2つのルール(1998年度国家予算書)」として受け継がれている。

 こうしたルールは、具体的にどのように運用されているだろうか。例えば、97年にはいり、総選挙にかけた論争がヒートしていた時のこと。労働党は、教育設備の改善、医療サービスの向上など様々な公約を訴えていた。一方で、所得税の増税はしないという公約に対して、与党保守党が「増税なくして、サービス拡充の財源はどうするのか、不可能なことだ」と反駁した。

 これに対して当時影の蔵相(7)ブラウンは、民営化された国有企業に対する臨時課税と、児童手当を廃止してそのスクラップ財源を教育環境の改善に使うと公約した。これを聞いたとき、何と説得力のある公約かと感じた。財源の裏付けあっての公約なのだ。

 

図表12 英国の財政収支改善の様子

 

 

注1)サッチャーが地方の支出を抑制しようとした理由は、公共支出削減を公約とする一方で、「防衛」と「警察」の拡充および年金・社会保険の現状維持をも約束していたから、残る分野―教育、住宅、交通、保健―で支出の削減を図らざるを得なかったからであり、これらは奇しくも保健を除き、すべて地方自治体のサービスであったのである。(竹下譲、佐々木敦朗著 『イギリスの地方税』29頁 梓出版 1995年)

注2)レイツに関する問題点については、金子勝「どのような新地方税が必要か」 『地方に税源を』(神野直彦、金子勝編著 東洋経済新報社 1998年)を参照。

注3)ビジネスレイトの国税化やキャッピングについては、政治的な理由として、労働党の支配下にある自治体の多くが支出額が大きかったために、これら自治体への圧力であったことが挙げられるが、本稿では扱わない。なお、ビジネスレイトについては、1998年7月に公表された白書で、一部が地方税として復活することが決定している。

注4)キャッピングの基準は毎年大幅に変えられる。

注5)英国環境・交通・地域省 白書「Modern Local Government In Touch with the People」(1998年7月)

注6)英国労働党はEUに対して積極姿勢を取りながらも、通貨統合の第1波には参加しないことを表明している。現在欧州随一の好景気のために、通貨統合に加わることで、景気が減速することを危惧してのことである。

注7)英国では、野党が内閣を作り、政策立案、予算編成を与党と同様行って、政策論争に臨む。この野党による内閣は「影の内閣(シャドー・キャビネット)」と呼ばれている。シャドー・キャビネットに対しては、国費が使われており、影の首相に対しては、現役の閣僚と同額の年4万ポンドが支給されている。